八幡「また性犯罪者呼ばわりか……」その2
八幡「また性犯罪者呼ばわりか……」その1の続き
ーー翌朝、比企谷家
ピンポーン!
ガチャッ!
大志「おはようっす、お兄さん!」
八幡「おう、おはようさん。それと、昨日は悪かったな。お前が悪いと勝手に決めつけちまって……」
大志「いえ、別に気にしてないっすよ!」
八幡「そうか。まあ、その、なんだ。小町の事、頼んだぞ。幾ら小町が心配だからって、さすがに俺が中学校に行く訳にはいかんしな」
大志「お兄さんの分まで、しっかり守ってみせるっすから安心してください!」
八幡「すまん、頼んだ。小町、支度は出来たか?」
小町「うん。お兄ちゃん、い、行って、くるね……」ブルブル
八幡「大丈夫か? 無理せずに休んでもいいんだぞ?」
小町「大丈夫。お兄ちゃんにあまり心配は掛けたくないし、大志くんもいるし……。で、でも、本当に無理かなーって思ったら、早退、するかも……」
八幡「ああ、無理すんなよ。何かあったらすぐ俺に連絡しろ。自転車飛ばして迎えに行くから」
小町「もしもの時は、お願いするね……。じゃ、じゃあ、行ってきます」
八幡「おお、いってらっしゃい」
――ガチャッ、バタンッ!
八幡「ふぅ、とりあえずは何とかなりそうか。一時はどうなる事かと思ったが」
八幡「俺もそろそろ出ないとな」
ーー高校、教室にて
戸塚「おはよう、八幡っ! 何か怖い顔してるけど、具合でも悪いの?」
八幡「いや、何でもない。心配してくれてありがとうな、戸塚」
八幡(さすがに顔に出てしまっていたか。大天使トツカエルに心配を掛けないように気を付けねぇとな)
戸塚「本当に? 八幡が大丈夫だって言うなら信用するけど、無理しちゃ駄目だからね!」
八幡「もちろんだ。俺ほどのぼっちともなれば、無理をするどころか大事をとって休むまである」
戸塚「そう言いながらいつも無理するよね、八幡は。僕だけじゃなくて、由比ヶ浜さんや雪ノ下さんも心配してるよ?」
八幡「まあ、気を付ける。部活の雰囲気も最近ようやく以前に近いところまで戻ってきたしな」
戸塚「うん! あ、そろそろ予鈴が鳴る頃かな? 八幡、またね!」
八幡「おう」
八幡(そういえば、この後の部活をどうするか考えてなかったな)
八幡(小町があんな状態なんだし、部活は休んで真っ直ぐ帰りたいところだが、理由を言わないと雪ノ下や平塚先生は納得してくれないだろうな)
八幡(平塚先生は俺にとって数少ない信頼できる大人だから、小町の事もある程度話しても問題はないと思うが……)
八幡(接点がそれなりに多い雪ノ下に自分の事情を知られるのは小町も嫌がるだろうし、あいつは何とか上手くはぐらかすしかねぇな)
――放課後
結衣「ヒッキー! 部活行こっ!」
八幡「へいへい。つっても、今日はちょっと顔だけ出したらすぐに帰るけどな」
結衣「え、何で? 用事でもあるの?」
八幡「まあ、ちょっとな」
結衣「ちゃんと説明してよー!」
八幡「部室に着いてからでいいだろ。今ここで説明するの二度手間だし」
結衣「分かった。言っておくけど、嘘ついたり誤魔化したりするのは無しだからね! そういうのは、もう駄目だよ?」
八幡「……おう」
八幡(修学旅行や生徒会長の一件で散々拗れた事が記憶に新しいだけに、由比ヶ浜に釘を刺された直後に嘘をつくのは気が引けるが、やるしかない)
八幡(小町は今頃家に帰っているはずだ。「俺が帰るまでうちで小町を見ていてくれ」と大志に頼む手もアリっちゃアリだが、さすがにこれ以上甘える訳にもいかんだろ)
ガラガラガラッ!
結衣「やっはろー、ゆきのん!」
雪乃「こんにちは、由比ヶ浜さん。と、比企、ヒキ……挽肉君だったかしら?」
八幡「お前、何で未だに俺の名前間違えんの?」
雪乃「仕方ないでしょう。脳の容量をいらない記憶で埋めるのは勿体無いから、あなたの名前はいちいち覚えない事にしているのよ」
八幡「あー、はいはい」
八幡(さて、お決まりの罵倒も済んだところで、本題を切り出すか。あまりここに長居も出来ねぇしな)
八幡「悪い、雪ノ下。俺、今日から暫く部活には出れねぇわ」
雪乃「どういう事かしら? 『暫く』と言うからには、今日一日だけ休んで終わり、ではないわよね?」
八幡「まあ、アレだ。その……小町の受験勉強に付き合おうと思ってな」
雪乃「それくらいなら、部活動が終わって帰宅してから付き合うだけでも充分なのではないかしら? あなたがわざわざ奉仕部を休む程の必要性を感じないのだけれど」
八幡「いや、小町はあんまり成績が良くないからな。次のテストである程度の点数が取れるまで勉強を見ないと、危ねー気がするんだよ」
雪乃「そう。だったら、奉仕部の活動の一環として私達も一緒に小町さんの勉強を見る、というのはどうかしら? これなら、あなたも奉仕部を休まなくて済むでしょう?」
結衣「あっ、それいいかも! ゆきのん成績良いし、ゆきのんに教えてもらえればバッチリだよ!」
八幡(この流れは不味い! 今の小町は、なるべく誰にも会いたくないはずだ。家族以外の人間で小町と接しても問題なさそうなのは、癪な話ではあるが現時点だと大志くらいしかいない)
八幡(雪ノ下と由比ヶ浜は女だから、小町も極端な拒否反応は示さないかもしれんが、もう少し落ち着くまで会わせない方がやはり安全だろう)
八幡(どうにかこの2人を小町に近付けないようにしねぇと……)
八幡「由比ヶ浜のこの前のテストの結果、雪ノ下が教えた割にはそこまで良くなかった気がするんだが?」
雪乃「比企谷君にしては、なかなか痛いところを突いてくるわね……」
結衣「ちょ、2人共どういう意味だし!」プンプン!
雪乃「でも、小町さんなら由比ヶ浜さんのような事にはならないと思うわ。それに、比企谷君の成績だと理系の科目を小町さんに教えるのは厳しいのではないかしら?」
八幡「まあ、理系は得意ではないな。だが、中学レベルの物なら何とかなるだろ。もしそれすら出来ないようだったら、俺はこの高校に通えていないからな」
雪乃「だとしても、比企谷君が1人で小町さんに勉強を教えるよりは、私もいた方がより成績の向上は見込めるはずよ。丁度、今は何も依頼が来ていないのだし、数日勉強を見る程度なら何も支障はないわ」
八幡「いや、だが……」
雪乃「どうしたのかしら? やけに目が泳いでいるように見えるのだけれど、もしかして後ろめたい事でも隠しているの?」
結衣「そういえば、ヒッキー、教室でもずっと様子が変だったよね? 彩ちゃんと話してる時も、いつもみたいにデレデレしてなかったっていうか、テンション低いままだったし……」
八幡(由比ヶ浜の奴、どんだけ俺の事見てんの!? 雪ノ下も雪ノ下で、俺が隠し事をしてると気付いてるし)
八幡(誤魔化すのはもう無理か? しかし、小町の事をこいつらに全て話す訳にはいかない)
雪乃「比企谷君、何か言ったらどうなのかしら? 黙ったままでは、何も分からないわよ?」
結衣「ヒッキー!」
八幡(くそっ、良い言い訳が思いつかん! 早くこいつらを止めないといけねぇのに!)
雪乃「……何も答えられないようね。でも、それならばこちらにも考えがあるわ」
結衣「ゆきのん、何をするの?」
雪乃「小町さんに電話をして、比企谷君が勉強を教えるという話が本当かどうか確認をするのよ。これで、比企谷君が嘘をついているか、はっきりするでしょう?」
八幡「っ、やめろ、雪ノ下!」
雪乃「あら、小町さんに電話を掛けられたら困る理由でもあるのかしら? だったら、本当の事を潔く話したらどう?」
八幡「……っ」
雪乃「やはり言えないのね。――もしもし、小町さん?」
八幡「雪ノ下、やめっ……ちっ、離せ由比ヶ浜!」
結衣「駄目! ヒッキーが何を隠そうとしてるのかは分かんないけど、そういうのはもう無しにしようって約束したじゃん!」
八幡「今回のはそういう問題じゃねえんだよ! 雪ノ下、早く電話を切れ!」
雪乃「――なるほど。小町さんは、比企谷君から勉強を教えてもらう約束はしていないのね? ところで小町さん、さっきから話し方が普段と違うように思うのだけれど、何かあったのかしら?」
八幡「おい、雪ノ下! その質問は……っ」
雪乃「小町さん? 急に黙り込んでどうしたのかしら? まさか、比企谷君との間に何かあったの? ――あら、それは違うのね? 私はてっきり、シスコンを拗らせた比企谷君が小町さんを襲って押し倒したりでもしたのかと……小町さん?」
八幡「おま、バッ……!」
雪乃「――電話が切れてしまったわ。比企谷君、どういう事かしら? あなた、もしかして本当に小町さんに手を出したのではないでしょうね?」
結衣「嘘!? 嘘だよね、ヒッキー!? ヒッキーはそんな事しないよね!?」
雪乃「由比ヶ浜さん、この男に情けを掛けては駄目よ。さあ、性犯罪者君、早く真実を話しなさい? 全て正直に話せば、通報は許してあげるかもしれないわよ?」
八幡「性犯罪者……だと?」ピクッ
雪乃「あなたはいつも私や由比ヶ浜さんにいやらしい視線を向けているのだし、その上小町さんを襲ったともなれば、性犯罪者呼ばわりされるのも当然だと思うのだけれど?」
雪乃(とは言ったものの、実際の所、比企谷君が小町さんを襲う事なんてあり得ないでしょうね。それでも、せっかく私達3人の関係が立ち直ったばかりなのに隠し事なんて解せないし、せめてこのくらいは言わせてもらわないと――)
八幡「……帰る」
雪乃「帰る? まだ何も事情を説明してもらっていないわよ?」
結衣「そうだよ、ヒッキー! ちゃんと説明してもらわないと、納得できないよ!」
雪乃「比企谷君? 早く事情を――」
八幡「黙れ!!」
雪乃・結衣「!?」
八幡(雪ノ下に悪口を言われるのはいつもの事だし、性犯罪者呼ばわりされるのだって今回が初めてという訳でもない)
八幡(普段の俺なら、適当に受け流していたレベルの罵倒だ)
八幡(だが、こいつらは今のデリケートな小町にちょっかいを掛けやがった)
八幡(挙句、おそらく冗談だろうとはいえ、小町を襲った最低野郎と俺を同列に扱いやがって!)
八幡(理性の化け物と呼ばれた俺も、さすがに今回ばかりは苛立ちを抑え切れそうにない)
八幡(これ以上ここにいたら、余計な事まで口走ってしまいそうだ)
雪乃「比企谷君、待ちなさいっ!」
結衣「ヒッキー、待ってよ!」
――ガラガラッ、ピシャンッ!
八幡(部室を出た俺の後ろを、あいつらが追ってくる気配はない)
八幡(今日のところは、これでひとまず収まるだろう)
八幡(あとは、平塚先生に部活を休む事情を説明しなくちゃならんが、今は雪ノ下にトラウマを穿り返された小町の方が気掛かりだ)
八幡(平塚先生への説明は明日に回して、今日はすぐに帰宅するか)
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