2020-12-04 05:53:31 更新

概要

アークナイツをやってみた、感想のような妄想の続きの続き

注意

・二次創作にありがちな色々
・本編4-5章のネタバレ




最初の印象は わがままな子で、次には気丈な子だと認識を改め

瓦礫をよじ登る姿に、見た目相応の危なっかしさも覚えた


「じゃあ、ホシグマ。ホシグマお姉さん…」


それが、ドクターからの初めての命令で、一番最初の無茶振りでもある

その横暴さは どこかチェン隊長にも似てもいたが、幼い容姿の分だけマシには思えた


人は見かけで判断してはいけない


そう、容姿の話をするのなら、アーミヤ代表とて例には漏れない

第一印象のまま「少女」などと口走ってしまった自分が恥ずかしく思うほど、アーミヤ代表は立派であられた


そんな彼女が気にかけているんだ


きっと、ドクターも…


そう思い、精一杯に色眼鏡を外していたつもりではあったが



「きゃっ…!?」


小さな悲鳴


途端に感じた違和感に慌てて足を止める


「失礼しました…お怪我はございませんか?」


反射的に下げた視線

平均を見下ろす程に高い自分の視線は、いつしか見上げるのも忘れて自然と下へ落ちていた


けれど、今回はそれでもまだ足りないようだった


軽く下げた視線


いつもなら、誰かしらの頭の上でも捕らえそうなものを、毛先の一つも見受けられない

重ねて、人一人とぶつかった割に軽すぎた衝撃は、さらに足元を覗き込ませた


「これはっ…ドクター」


その姿を認めた途端、たちまち肝が冷える

同盟組織のTOPだとか、そういう政治的な理由も後にして

危うく子供を蹴り上げかけたかと思うと、自分の不注意を呪いたくもある


「…? …?」


転んだ拍子に尻でもぶつけたのだろうか?

尻もちを付いたまま、痛みでも泣くでも、驚いて声を上げるでもなく

混乱した面持ちで辺りを きょろきょろと見回した後


すっ…


ある時を堺にして、自分の方を静かに見上げてくる視線

それは丁度、腰を曲げ、手を差し伸べようとした一時で


「ひっ…」


飲むこむような悲鳴に、動きを止めた一瞬でもあった


あとあと指摘されて気づいた事は、自分のような体躯に覗き込まれれば誰でも怖いだろうと言うこと

自分の影はドクターの小さな体を飲み込み、その表情にも影を落とし込んでいた

そこで、笑顔の一つでも作ってあげられればまだ違ったものを

そういう不得手は見事に伝わってしまうもので


じわり…


浮かんだ涙は止まらず、その後の騒ぎに頭を抱えるしかなかった


「ふぇぇぇぇんっ、ぷりゅむーっ、じぇしかーっ!?」


すぐさま自分から飛び退いたドクターが、慣れたものの名を呼びながら向こうへと消えていってしまい

残された自分には、周囲のオペレーターたちからの苦笑交じりの気遣いが向けられる

だが、あらぬ嫌疑が掛からぬだけ良し、とも割り切れず

心中には、子供を泣かせてしまった罪悪感がだけが取り残されていた




そんな、事故のような事件の後

「ふぅ…」と、一人吐いた溜息は、苦し紛れにも自分を落ち着かせる事には成功する


あと2・3でも、深呼吸を繰り返せば落ち着くだろうという合間

やはりか、頭を過るのはドクターの面影でもあった


ぬいぐるみだ…そう、ぬいぐるみが良い


それを抱いている姿がよく似合うし

クマかウサギと言われれば、ウサギの方だと言えるくらいには しっくりも来る


容姿は言うまい


ところによっては、ドゥリンの出の者たちともそう違いはない程度だ

けれど、あれくらいの時分の子が前線に出ていると思えば、気を揉むくらいはしても良いだろう


ああ、持て余しているのだな


わがままかと思えば、単に危なっかしい あの子の事を


冷たく言うなら気にしなければいい

協定の関係上、指揮下に入ることもあるだろうが、アーミヤ代表もいるのだし

ドクターの方から距離を取るなら、そう混乱も無いはずだ


だからこれは、身勝手な贖罪なのだろう


友人を殺す手伝いをしてしまった自分の我儘

その落ち込みようと言えば、アーミヤ代表の背中を今でも思い浮かべるほどだが

あのはしゃぎようは、それを通り越して不安にさせる


だってそうじゃないか


自分にぶつかって泣き出すような子が、友人を手にかけてまともでいられるものか?

いっそ自分にでも当たり散らして貰えれば、いくらかでも受け止められたものを


それも取り越し苦労か、いらぬお世話か

あるいは、自分が思っている以上にドクターは大人であったのか




「よぉ、ホシグマ。ドクターを泣かせたそうじゃねーか」


感慨の余韻もなく、その元気な声は自分の溜息を吹き飛ばしてしまった

あらぬ嫌疑が掛からなかったのはその場限りのこと

伝え聞いた事実は、やはりそういう結論に行き着くのだろうか


「誤解ですよ、マトイマル…」


手間だと思いつつも、ここで彼女と揉めるよりはマシとの釈明は


「じゃあ、しかたねーな」


疑いは晴れた、快晴だ。かかっと、溌剌に笑い飛ばすマトイマルの顔にはなんの嫌味も残っていない


「素直なのは貴女の美徳ですが。もう少し、私を疑ってもいいのでは?」

「なんでだよ? もとから疑ってもねーぞ、ドクターはお前とぶつかったとしか言わなかったしな」

「そうですか…」


職業病か…


警官なんてやっているから、余計な事と思いつつもつい考えてしまう


例えば、ドクターが自分に脅されて嘘をついているだとか

例えば、自分が真実をぼかし話しているだとか


笑って泣いて、すぐに怒って…


なるほど…


だからマトイマルはドクターと仲良く出来ているのかと、勝手に納得できてしまう


「では、自分に何のようでしょう? 報復というわけではなさそうですし…」

「物騒なこと言うなよ。我輩は別に…あー…んー…なんだ?」

「知りませんよ…」


そんな不思議そうな顔を向けられても困る。自分の要件くらい自分で語ってほしい


「まってろ、ちょっとドクターに聞いて…」

「待て待て待て、待ちなさい。待ってください…」


思考放棄したマトイマルの手を取り、一足飛びに歩き出そうとした彼女を手繰り寄せる


「いや、でも「困ったことがあったら私に聞いてって」ドクターがよ…」

「困ってません。それくらいでは誰も困らないし、それでは あの子に頼りすぎです」

「よし、じゃあ質問だぞ。我輩の要件はなんだっ」

「知りませんよ…」

「よし、どくたーっ!」

「とまりなさいマトイマル」


素直というか、もう愚直だ。頭の中をまるっとドクターに預けてきたと言われても頷いてしまう


「わかりましたから。そも、どうして自分に声を掛けたのです?」


警官なんてやってるからと自嘲した直後に事情聴取をやらされる

良くも悪くもとはまさにだろうか


「ドクターを泣かせた奴を見かけたからだなっ」


やっぱり自分は報復されるんでしょうかね…


「仕返しでもするつもりで?」

「ちげーって。ただ、泣かせたやつの方が困った顔してんのが気になったっていうかよ」

「…なるほど」


それで「要件は?」と聞かれては、確かに彼女にはそれ以上の理由はないのだろう

自分を笑いに来たと、なんなら嫌味を言われても納得する場面だが


「そうですね…少し、困ってしまいました」


口が滑った…


困ってませんと言えば「そうか」ですむ、きっとマトイマルならそれで信じた話を

それでも、湧いた興味は彼女に続きを求めていた


「どうして、ドクターは私を怖がるのでしょうか?」


他にも、言い方はあったかもしれない

アーミヤ代表が相手なら、もっと違った言い回しもあるだろうが

それでは、マトイマルの首が傾く姿しか想像できず、一番わかりやすそうな疑問を選んでいた


「デカイからだろ?」


それに対する彼女の答えは非常に簡潔であった


「…貴女が言いますか、それ?」


分かりやすい答えだ、事実その通りでもあるのだろう


だが、それをマトイマルが言うのはどうだろう?


確かに、自分よりは一つほど目線は低いかも知れないが、角まで含めればそう大差も無くなってしまう

それに、ドクターとの身長差を考えればもう誤差の範疇でしかない


「それなら、貴女だってあの子に怖がられていないとおかしい」

「ふむ…それもそうだな」


しかし、事実はそうならない

そのマトイマルと自分に対するドクターの対応はまるで逆だ


きっと、同じ様にぶつかった相手がマトイマルだったなら

ぶつくさ文句を言いながらも「抱っこ」と手を伸ばしてせがんでいただろう

流石に幼く見過ぎかと思ったが、それでも出来ない想像でもないのが現実だ


「なら…ホシグマが怖がってるからじゃないのか?」


はっとさせられた


「自分が?」とかなにか適当な反論をしたようにも思うが


「じゃあ、なんで起こしてやらなかったんだよ?」


その言葉に、止めてしまった自分の手を思い出す

ドクターに触れる直前に、あの子の涙を見つけて、泣き声に慄いたのはきっと自分も一緒だったのだろう


「お、図星だな? いいか? こういうのは勢いだ。こう、わしっと捕まえてだな…」


そんなマトイマルの実体験を話しに半分に聞いていた気がする




「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」


ロドス中に響き渡る悲鳴

いささか大げさな表現ではあるが、それは噂となって一瞬で広がったのは変わらない


曰く


ホシグマがまたドクターを泣かせていたと


「不器用なヤツ…」

「貴女に言われたくありませんよ…」


やらかしたことに一人黄昏れていると、呆れたようにマトイマルに話しかけられていた

発端を言えば彼女のアドバイスだ。恨み言の一つも許されるだろうと口にしたそれは


しかし、輪をかけて不思議そうな顔をして返される


「どうしてそうなったんだ?」

「しりませんよ…」

「いや、だって、我輩はそれで上手くいったぞ」

「どうしてそうなったんですか…」


いや、もはや言うまい

疑問に思えど、試そうという気概は生まれなかった

振り返って反省するのなら、仏頂面で捕まえられればどんな子でも泣くだろうという当たり前の事実

それでも上手くいったと言うなら、それはマトイマルの気質による所なのだろう





廊下の真ん中で足を止めたマトイマル

くるりと辺りを見回した後、悩むように首を傾げていた


「さて…」


ロドスに来て最初に覚えたことは、多分ドクターの探し方だった

そう言っては大げさかもしれないが、しかしそう的外れでもない気はしている





「うわ…でかっ…」

「なんだ、ちっこいの…」


覚えている限り、ドクターとの最初の会話はコレだった


「ちっこいって何よっ。私よりちょっと…少し…おっきいくらいでっ…で…」


ちょっとを少しと言い直し、それでも足りずに背伸びをする姿が可笑しかった


「わはははっ。そうだなっ、半分くらいちょっとだよな」

「はんぶんっ!? もう少しくらいあるんだからっ」

「そうか、そうか、よしよし」


そう言って、我輩の足元でちょこちょこ跳ね回るその子の頭を撫で回し、そのまま無遠慮に抱き上げた


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「あははははっ。あばれんなって、くすぐったいだろぅ」

「はーなーしーてーっ。下ろしなさいよっ」

「いいのか? 行くぞ?」

「へ…?」


「ひぃっ!?」だったかな? 「きゃっ!?」だったかもしれん

とりあえず、ぱっと我輩が手を離すと同時に、可愛らしい悲鳴を聞いたのを覚えている


半分…は大げさでも、ありすぎる身長差は抱き上げただけで、その子から容易に足場を奪い


するり…


抱えた腰から落ちるように小さな体がすり抜けていく

あわや地面にぶつかるかというタイミングで、脇の辺りを捕まえ直し、ひょいっと抱え直す


「ぁぁぁぁぁぁ…」


驚いた余韻を漏らすように、声にならない声を引きずる その子

離せ下ろせと騒いでたのに、今やガッチリと我輩の体を掴んでいた


「あはははっ。楽しかったか?」

「楽しいわけが無いでしょうっ!? 落ちたらどうすんのっ、どうしてくれるのよっ!?」

「おちなかったろ?」

「そうじゃなくって、そうじゃないのよぅ、ぜんぜんちがうんだからぁ…」


そのうち騒ぎ疲れたのか、諦めたのか、ぐったりと我輩に体を預けてくる


「ていうか…あなた、何がしたいのよ…意味が分からないのだわ」

「おう、少し道に迷ってな」

「なに? 迷子なの? そんな おっきいのに?」

「曲がり角ばっかりでなぁ。いやになるぜ」

「ふーん、それじゃあ行きましょうか? 連れて行ってあげるわ」

「そりゃ助かるけどよ。角から手を離してくれ…前が見えん」

「良いじゃない。どうせ行く先なんてわからないのだし、なすがままになると良いのだわ」

「ああ…それもそうか」


なんか違うような気もするが、案内してくれるってなら似たようなものかと頷いて


「出発よ、前に進むがいいのだわ」


耳元で上がる元気な声に手を引かれ、その子と一緒にロドスの中を突き進む

右へ曲がり、左へ曲がり、観光案内よろしく混ざる説明も


「見えんっ」「見せたげないっ」

「みーせーろーよー」「いーやー」


なんて、じゃれ合いながらも少し歩いて、「いいわ」と小さな声が我輩の足を止める

今度はゆっくりと床に下ろすと、その子も角から手を離し、ようやくと視界が開けていた


「悪かったな案内させて。助かったぜ」

「いいえ、良いのよ。私も楽ちんだったのだわ」


まるで、その子も自分の目的地が ここだと言いたげに扉の前へと足を進めると


くるり…


踊るようにスカートを翻し、我輩へと向き直る


「さあ、ご用件は何かしら? 私が、あなたの探している「ドクター」よ?」





「よしっ…」


一つ頷き、当たりを付けて歩き出す


基本、探しても見つからないドクターだが、一人でいることもそうはない

かといって、誰でもいいという訳でもなさそうで、自分を甘やかしてくれる人を選んではいるようだった


人の捌けた食堂


遅めの昼食や、間食に舌鼓を打つオペレーターたちがまばらにいる中に


「お、いたな」


探しづらいと言っても、見つけづらいわけじゃない

ドクターは目立つんだ。良くも悪くも


好きなやつは集まるし、苦手なやつは距離をとる

するとぱっくりと、人垣が2つに別れたりもする


「はーい、ドクターあーんして」


そして、ちょうど今はグムに餌付けをされている所のようだった


小さな口を大きく開けて、もっしゃもっしゃと、お菓子を頬張っているドクター

女のオペレーター達は特に、男のオペレーターたちもチラホラと、その愛らしさに目を奪われているのが見て取れる


「おーいっ、ドクターっ!」


そんな彼ら、彼女らには悪いと思えど、それはそれとして声を張り上げた


食堂に響き渡る声は、一瞬にして我輩に視線を集め

しばし止まった歓談の隙間を縫って、とことこと近づいてくる足音


「マルっ、マトイマルじゃないのっ」


そのまま大きく手を広げて、我輩に抱きついてくる小さな体を受け止める


「また何か悩み事? しょうがない子ね。いいわよ、何でも言ってみて? 話してご覧なさいな?」


お腹に埋めていた顔を持ち上げて、 にっこりと向けられる笑顔に自然と我輩の表情も緩んでいた


「あのぅ…マトイマル?」

「あ、わりぃ、グム。ちょっとドクター借りてって良いか?」

「それは良いんだけど…」


遠慮がちなグムの声に返事を返しつつ、それでも煮え切らない態度に首をかしげてみせると


「おなか…おなか…」

「腹だ?」


ちょんちょんっと、指された指の先。言われるままに下げた視線の先には


べっとり…


黒ずんでいた


ついでにドクターの顔を見れば、同じ様に口の端が汚れている

我輩の服が汚れていたか? とも考えたが、そんな覚えはまるで無いし

漂ってくるチョコレートのような独特の匂いは、まさにそうじゃないのかと言われているみたいだった


さっきまでドクターは何を食ってたんだろうなと


テーブルの上を覗き見れば、ホイップクリームに大量のチョコレートの後が見える

同じ様にデコレートされた自分の服と、汚れの取れたドクターの口周り


「うおっ!」

「あははは…。ちょっと拭くもの持ってくるから…」

「平気よ、こんなの舐めてれば無くなるのだわ」

「まあ、そうだな。ほっときゃ乾くだろ」


口周りのチョコを舐め取るドクターの横で、我輩も服についた汚れを手で払う


「ばっちぃ事しないの。マトイマルも汚れを広げないでっ。ほら、二人共こっち来る」

「まったく、しょーがねーな」「グムのおこりんぼー」

「うるさいよっ」



一喝するグムに逆らいきれず、服の汚れが染みに変わる頃になってドクターと二人、ようやくと開放された


「まったく…まったくなのよ。マルのせいでグムに叱られたじゃないの」

「なんだよぉ…お互い様だろ。我輩だってドクターのせいで怒らたんだからな」

「知らないわよそんな事。いいえ、そんな事よりもよ」


ぐずるドクターと突き合いながら、しばらく歩いていると

思い出したように足を止めたドクターが、我輩のことを見上げてくる


「マトイマル? あなた、私に用があったんじゃなくて? 言ってくれないと怒られ損なのだわ」

「ん? ああ、そうだった。なぁ、ドクター? ホシグマの事怖いのか?」


話の流れに乗って、ただなんとなくと留まっていた胸のもやもやを訪ねてみる

「ホシグマが? 怖い?」そう言って、首をかしげたドクターが不敵に笑うと


「何を言うのよマトイマル。私に怖いものなんて無いのだから。あなたのドクターは無敵なのよ」


えっへん…

胸を張り背筋を伸ばすドクター

頼りがいは無さそうだが、可愛げのある仕草に思わず伸びた手は、その頭を撫で回していた


「よしよし、じゃあ大丈夫だな」

「当然よ、矢でも鉄砲でももって来るがいいのだわ」


それが子供強がりで、見栄っ張りの背伸びだと、あの時の我輩に気づけるわけもなく

ただ、ドクターがそう言うなら大丈夫と、当たり前に受け止めていた




「おーいっ、ホシグマーっ!」


噂をすればか


ドクターの倍はあるんじゃないかと見紛うほどの大柄は、見た目に違わず見つけやすかった

どれだけ人に紛れていようと、頭一つは抜けて見える姿に大きく手を振って声をかける


「ぁっぁっぁぁっ…!?」


どこから声を出したんだろう?


調子を外したような悲鳴と共に我輩の手が、ドクターに引っ張られる


「違うわっ、マル。どうしてそうなるのっ!?」


得意げだった仮面が剥がれた代わりに、今にも泣きそうな顔は訴えてくるものがあった


「なんでだ? 平気なんだろ?」

「そうだけどっ、そうじゃないのっ!?」

「分からんことを言うやつだな」

「だからっ、怖いとかじゃないけどっ、だってあの人…」


のし…のし…のし…


その先を言う前に、聞こえてきた足音に押され、ドクターが我輩の影に逃げ込んでしまった


「あの…マトイマル…気持ちはありがたいのですが」


気遣わし気に距離を取るホシグマに、困ったように見下され

縮こまったドクターが、怯えた風に見上げてくる


そんな二人に挟まれて、流石の我輩もなにか間違ったことには気づくが、それで納得できるものでもなかった




居たたまれない


マトイマルの後ろで、怯えたように見上げてくるドクターにホシグマは困り果てていた


「ホシグマだってドクターの事が怖いって訳じゃないんだろ?」

「ええ、それは…そうですが…」


同様の問いかけを後ろのドクターにも投げかけるマトイマル


「当たり前でしょっ、怖くなんて…ないもん…」

「な?」

「なっ? って…貴女は…」


どうして鵜呑みにするんでしょうかマトイマル

それは子供の強がりだろうと、誰もが分かりそうなものなのに


「だから分からないんだよドクター。二人とも平気って言ってるのに、どうしてこうなってるんだ」


それを口にできるのは良し悪しなのでしょうが、マトイマルの疑問にも頷ける

しかし、いい機会なのはそう。私にだってドクターに尋ねて見たいことはあった


「ドクター、何も怒りはしません。あの時の様にしてくださって良いのですよ?」


思い返すのは、瓦礫の上によじ登っていたドクターの小さな姿

心持ちを崩していたアーミヤ代表に代わりをしっかりと務めを果たしていたように思う

それが不遜で、横柄な態度であったとしても、指揮官ならそれでも良いと思えるし

というよりは、こうも怯えられるくらいなら、威張り散らされた方がいくらかマシというのが本音か


「だってっ、チェンが言うのよっ。あなた怒ると噛み付いてくるんでしょっ」

「マジかっ!?」

「噛みませんよ…」


なるほど…そうですか…チェン隊長か…まあ、分からないでもない

あんまり鬱陶しかったから、ナマハゲ代わりに使われていたというわけか


「それに貴女デカイじゃないのっ、見上げるのも大変なのだわ」

「デカイって…それは…まあ…馴れていただくしか。ですが、マトイマルは平気なのでしょう?」

「それはそうよ。ねぇ、マトイマル?」


そこから先の仕草は自然なものだった

当たり前の様に手を伸ばしたドクターの体を抱えて、当然の様に持ち上げたマトイマル

伸ばされた小さな手は、落ちないように彼女の首に回されて、満足そうに体を預けていた


「でも、こうして見るとホシグマも案外普通に見えるわね」

「左様で…」


マトイマルに抱えられ、ようやくと同じに目線になったドクターにいつもの調子が戻ってくる

やはりか、チェン隊長の戯言を抜いてしまえば、大きすぎる身長に敬遠されてただけなのだろう


「どうだ? ホシグマも抱いてみるか?」

「いや、マトイマル…私は別に…」

「いいじゃねーか。なぁ、ドクター?」


まさかドクターが頷くとは思わなかった

「優しくしするのよ?」なんて、甘えた調子で言われると流石に断りづらい

差し出されたドクターの小さな体に手を伸ばし、力加減も分からずに取り合えずと受け取ると


軽い…余りにもだ


他人を持ち上げる機会は自ずと暴漢ども放り投げる機会に等しく

子供を持ち上げる機会は忘れてしまって久しい


腕にかかる感触柔らかく、預けられる重みは温かい

まるで、犬だか猫でも抱いているような感覚に、力加減を見失いそうだった

私のような乱暴者が不用意に力を込めたなら、そのまま壊してしまいそうで


「ふーん。ホシグマはいつもこんな光景を見ているのね。ちょっとふらついてしまいそう」

「そうでしょうか? いつもこうですから…私はあまり」

「それじゃあ、少し座ってみなさいよ。しゃがむと良いのだわ」


なぜ? の疑問は飲み込んで言われるままに腰を下ろす

視界はぐっと下がり、ドクターと同じ視線は、なるほどと思える景色があった


「マトイマル…デカイですね。なるほど、これは怖い」

「でしょう? 上から覗き込まれたら泣いてしまいそうになるのだわ」

「…その節は、失礼しました」

「良いのよ、もう良いのだわ」


そう言って私から体を離し、床に足をつけたドクター


「ねぇ、ホシグマ? ホシグマお姉さん?」


伸ばされる小さな手と問いかけは


「貴女は私を守ってくれるの?」

「それは…もちろん」


ロドスと龍門の協定もある。それを抜きにしても、自分に許される限りは無視が出来る存在でも無くなってきている


「ええ、良いわ。約束よ、約束なのだわ。嘘ついたらマトイマルが許さないんだから」

「それは…大変だ。しっかりと果たさなくては」


満足そうに頷いたドクターの小さな小指が私の指に絡みついてくる

ぶんぶんと調子に合わせて手を振って


『指切った』






「えぇ、行っちゃうの…フランカ?」


先の作戦の処理も終わり、一旦BSWに方に戻るというフランカ


「ええ、私がいない間ジェシカの事をお願いね、ドクター?」

「そんなのは言われなくたって。あの子は私のなんだから」


それでもぐずる私は「すぐに戻って来るから」とフランカに頭を撫でられていた

しかし、すぐに戻ってくるなら何もフランカが直接出向かなくたっていいし、なんだったら


「そんなの、エクシアにでも行かせればいいじゃない」

「残念ドクター、あたしは休暇よ」

「・・・・?」


自慢気に笑顔を向けるエクシアに

私は不思議そうな顔を浮かべたまま、おもむろにテキサスの方へと視線を移していた


「ねぇ、テキサス。エクシアがなんか言ってる。未知の言語なのだわ」

「いや、休暇なのは本当だ。私も含めてな」

「なにそれ、聞いてないんだけど。じゃあ、私は誰からチョコを貰えばいいのよ…」


「食いしん坊め…」そんな小言には耳を塞いで、ポケットの中から出てくるソレに私は目を輝かせていた


「こらー、テキサスっ。お菓子で釣るとか卑怯だぞっ」

「知らんよ。そのお菓子でさえ取り上げたお前に言われたくはない」

「そうよそうよ。横取りなんて最低なのだわ、お菓子泥棒さん」

「根深い…。コレが食べ物の恨みなのね…およよよ…」


がっくりと肩を落とすエクシアは置いておいて、テキサスが差し出したチョコに飛びつく私


「良いか。一気に食べるんじゃないぞ、戻ってくるまでに無くなってたらアンセルに言いつけるからな」

「大丈夫よ、ジェシカのせいにするから。私はお咎めなしなのだわ」

「…」

「あーっ、まってまって。かえしてよっ、かえしなさいよ、それはもう私のなんだから」


すっと、手の中から逃げていくチョコの束

一瞬遅れて掴み損なった指先を握りしめ、逃げていくチョコに手をのばす

けれど、テキサスの身長も手伝ってか、軽く持ち上げられただけでもう届かなくもなっていた


「すきありっ」

「なっ、エクシアっ…お前」


テキサスの手からすっぽ抜けたチョコがエクシアの手に渡る


「ほーら、ドクター。チョコレートだぞーおいしいぞーあーまいぞー、はい、あーん」

「…あ、あーん」


不信はある…だが、目の前のチョコを逃す手もなく

エクシアに誘われるまま、抜身のチョコレートに口を開いた

だけど、舌に広がるはずの甘さはなく


カチン…


虚しく空を切った歯の音が、私の我慢の糸ごと噛み切っていた


「あーもー、ドクターは可愛いなぁ」


目を見開いてみれば、私の醜態を前にして、うっとりしているエクシアの姿


過ぎる冗談は罪過である、笑えぬ悪戯は悪逆ぞ


「テキサス…剣を貸して…アイツを切るわ」




「どうして分かっていてこういう事をするんだろうな…」

「ドクターが可愛いから? まあ、気持ちはわかるけど…私もね」


テキサスの独り言をフランカが拾い上げる


「それに、あれで結構なついてるみたいじゃない」

「アレでか…?」


ぶぉんっと響く風切り音

光剣が軌跡を描き、エクシアの影をなぞっていく

「あぶなっ、ちょっ、ドクターすとっぷすとっぷ、降参だよ」

「真っ二つよ、なます切りにしてやるのだわ、チョコのようにね」

「ぎゃぁぁぁぁっ!?」


「アレでよ。それに、テキサスだって分かってて貸したんでしょう?」

「いや、まあ。流石に捕まるとも思えんしな」

「そうだけど。ドクターが怪我でもしたら大変だし、そろそろ止めましょ」

「ん」


その後、割って入ったフランカが、ドクターから剣を取り上げて

テキサスが取り返したチョコレートがドクターの口をふさぐまで、可愛い唸り声が響いていた





『ファイトー&Cheer up』


親指を立て、手を振るフランカ達をアーミヤと二人で見送った後

落ち込んだのは沈黙の帳だった


さっきまで騒いでいたせいか、いざ訪れた静寂が妙に気まずい


私とアーミヤとの間に横たわる よそよそしさ


なにか言わなきゃいけない気がして、何も言えないまま

何も言われたくなくて、なんでも無いふりを装い続ける


重圧に変わる沈黙、気まずさが息苦しくて

次に足が動いたなら、そのまま逃げ出していただろう



そんな、止まったような時間を動かしたのはケルシーだった


「いつまで固まっているつもりかね? 龍門に行くのだろう、アーミヤ」

「あ、はい…そうでした。それじゃあ…ドクターも一緒に」


いつものように、それでも恐る恐る伸ばされたアーミヤの指先

受け入れるでも、拒否をするでもなく、それが私に触れる直前


「ダメだ」


びくっ…


ケルシーの言葉が弾くようにしてアーミヤの指先を震わせる


「ドクターには話がある。アーミヤは先に行っていたまえ」

「それ、私も一緒じゃダメですか? なんなら耳も塞いでますから…」


可愛らしいと、普段ならそんな風にも思ったかもしれない

小さな手で耳を覆っちゃって。けれど、アーミヤの長い耳がそれで隠しきれるでもなく

聞こえない振りでもなければ、本当にただ可愛いだけの仕草だった


「ごめんねアーミヤ。先に行っていて、私も…うん、後で行くから」


嘘だな


自分でも分かる・あとで行くって言った奴が本当に来るためしなんてどれほどか

きっと言われたアーミヤだって、体よく断られたのを感じ取ったのか

ただ小さく「はい…」と、絞るような声が聞こえてくる


「ケルシー先生。ドクターをあまり困らせないでくださいね?」

「分かっている」

「意地悪もダメですよ?」

「もちろんだ…」

「イジメるのもナシですから」

「…当然だ」

「やっぱり…部屋の外で待ってちゃダメですか?」

「アーミヤ」

「はい…行ってきます…」


数歩 歩いては振り返り、かわるがわるに言葉を変えて

名残惜しく、未練たらしく、最後には苛立ちを含んだケルシーの言葉に押され、ようやくと龍門へと向かっていった



そうしてアーミヤを見送った後、待っていたのはケルシーの皮肉だった


「ひどい顔だな」

「そりゃ、友だちを殺してって命令すればこんな顔にもなるわ」


その言葉の意味を知りつつも、よりありきたりな方へと話を反らす


「そんなにアーミヤが信じられないかね?」


だというのに、なんて優しくない人なんでしょう


「…言われたくないことを ズケズケと…嫌いよ」

「なに、気にするような間柄でも無いはずだ」

「そうね、そうだったわね。確かに遠慮する間柄じゃないものね」


その言及が友人関係に及ぶわけはもちろん違くて

ただ単に、甘える相手でも、まして甘やかす相手でもなかっただけ

そこに愛情の是非はなく、そうね、そういう意味の信頼ではあったのかもしれないけど


「だって、たまらないじゃない。あの子の口から「どうして?」って言われたら、やってらんないのよ」

「理解はするが」

「だったら…」

「しかし、君以上に君に依存しているのがアーミヤだ。いい加減にしてもらわないと私も困る」

「いい気味だわ。ケルシーが困るっていうのなら、このままでも良いくらいよ」

「…冗談のつもりなら、もう少しセンスを磨くべきだな」


初めて、ケルシーが声音を変えたのを聞いた気がする

私のつまらない冗談が余程癪に障ったのか、よっぽどアーミヤの事が気がかりなのか

まあ、私に対する気遣いは無いってのは確かみたいで、気にする間柄でもないといえばその通りではある


「ああいいわよっ、もう分かったわっ」


カツンっ


わざとらしく靴音を響かせて踵を返す


「アーミヤを迎えに行けっていうのでしょう? さっさと仲直りしろってさ」

「そうだが待ちたまえ。アーミヤの事で一つ、伝えておくことがある」



後出しのような本題を聞き流し、ようやくとケルシーから開放される


「指輪…指輪ねぇ…」


アーミヤの足取りをたどる途中、それを反芻しても見たが「そういえば付けてたな」くらいの印象しか浮かばず

それよりも、そんなことよりも。これからどんな顔してアーミヤを出迎えれば良いのかと

そっちの方が気がかりで、次第に指輪の話なんて二の次になっていた





『あっ…』


お互いを見つけたのはほぼ同時


そのまま ぽつぽつ と近づいてくるアーミヤだったけど

お互いに手の届かない一歩を残して足を止めてしまっていた


「…ドクター。その、迎えに来てくれたんですか?」

「別に…。ただ、ケルシーが行けってうるさいから…」

「あはは…。そう、なんですね…そんなに信用ないかな…私」

「それは、そうよ。だって、アーミヤ…」


泣き虫なんだから…


それを言葉にする前に、口を閉じれたことは素直に自分を褒めたかった

そんな事を言って、アーミヤに余計な事を思い出させるのも嫌だったし

何より、その先でアーミヤに責められたらと思うと、もはや彼女に何を言って良いものかも分からない


「ドクター?」


途中で濁した言葉が気になったのか、覗き込んでくるアーミヤ

その顔を真っ直ぐに見られずに私が顔をそらすと、横目には泣きそうな彼女の表情が浮かんでいた



結局 出迎えるなんて形も取れず、ただ、私達の距離が擦り切れそうになっただけ

張り詰めて張り詰めて、先に泣くのはどっちだろうという間際


そこに待ったをかけたのは、全く関係のない着信音だった


「わかりました、すぐに戻ります…。あの、ドクター」

「仕事ね? 良いわ、行きましょうアーミヤ」

「はい…」


丁度いいと思ったのはお互い様だったろうか?

あるいは、本当に泣き虫の甘えん坊は私だけだったのかもしれないけれど

不意に訪れた仕事は、私情を後回しにするには十分だった





通信に急かされるように、龍門の一室へとやって来た私とアーミヤ

開いた扉の先で、大きな大きな人がまっていた


「あら、ホシグマじゃないの。今日も変わらず大きいのね」

「ドクターも変わらぬようで」

「誰が小さいかっ」

「そうは言いませんが…」


アーミヤの横をたっとすり抜け、同じ部屋にいたチェンには目もくれず、ホシグマの足元と駆け寄る私

しかし、手っ取り早く甘えようにも、そのお顔は随分と遠い


「ちょっとホシグマ。しゃがみなさいな、お顔が遠いいのだわ、首が痛くなるのよ」

「これは失礼を…」


言われるまま、ゆっくりと膝をついたホシグマ

それでも、いいとこ私と同じ身長なのだから、羨ましいというか呆れる程に思う


「ホシグマ、資料を取ってくれないか」


まあ、意に返さないのはお互い様だ

ホシグマに甘え始める私の事なんてチェンが気に掛けるわけもなく、部屋の一角から頭越しに声を掛けてくる


「ほら、ドクター。お仕事の邪魔しちゃダメですよ?」


棘のあるチェンの声とは打って変わって、柔らかなアーミヤの声が私を掴むが


「…分かってるわよ。ねぇ、ホシグマ。邪魔なんてことないのでしょう?」

「えぇ…まあ…」


振り返って振り切って

こっちに来てほしそうな彼女の視線を裏切って、ホシグマの背中にぶら下がっていく私


「まだ…仲直りをされてなかったのですか?」

「…貴女もそれを言うの?」

「小官でさえ気になるのです。ロドスの中では相当に違和感でしょう」


資料を探すかたわらのひそめた気遣い

気を使われるだけありがたいと思え、なんて他人なら偉そうにも言うのだろうけど

人の傷口をつついて喜ぶ連中の気なんて、私には知れたものではない


いっそ邪険に振り払おうにも、他に逃げ場もない以上、私は我慢を覚えるしか無いのだった


「上手くやっているつもりよ。問題は無いのだわ」

「そのつもりなら、せめて小官を騙せるくらいには…」

「あ、それよりこれじゃない? なにが書いてあるの?」


慣れた小言を口にするホシグマを遮って、手近な資料に手を伸ばす


「いけませんドクター。おいそれと見せられるものでは」

「良いじゃない? 貴女の日記よりマシなことがきっと書いてあるはずなのよ?」

「何を適当な…。そのようなものをしたためた覚えは」


ー これだけが背が高くても、星には手が届かないものだな…ふっ、上には上がいるということか ー


「この「ふっ」の所が最高にドキドキしたのよ。背筋が震える思いだったのだわ」

「それらしいことをでっち上げないで頂くたく。アーミヤ代表が意外そうな顔をなさっているではありませんか」

「良いホシグマ? 法螺も吹き続ければ立派な音色になるのよ? 真実は作れるのだわ」

「そのようなこと、一体誰が信じると…」

「アーミヤとか?」


否定はできまい。実際、鵜呑みにも等しく信じかけているのだから反論なんてあろうはずもない

勝った…と思った。一体何と戦っていのは定かではないにしろ、この口喧嘩は私の勝ちだと思っていた


「その調子なら、仲直りも早そうですね」

「な、またそれを言うのね。耳にタコなのよ?」

「言い続ければ納得いただけるのでしょう?」

「どこで覚えるのよ、そんな言葉…」

「さて、ご自身の口に聞いてみては?」


すっと、指先から資料がすり抜けていく

それはいい。資料の中身にさして興味があったわけでもない、少しホシグマを困らせたかっただけ

ただ、それを素直に渡すのはなにか負けたような気がして…少しだけ、そう、ほんの少し悔しかった



「ホシグマさん…日記なんて付けてるんですか?」


一応の確認か、それでも聞かずにはいられなかった疑問をチェンに投げかけたアーミヤ


「しらんし、あったとしても人の日記を覗き見る趣味はない」


鼻を鳴らし、興味はないと切り捨てたチェン

それよりも意外に思ったのは、ドクターがホシグマに懐くとは思っていなかった事だった


誰が間を取り持ったものか…


流石にロドスは世話焼きが多いなどと、良くも悪くもない感想も浮かぶだけ

むしろ、そこにアーミヤの影が見えないことの方が余程に気がかりだ


「まぁ、良い機会ではあるんだろうが。その気があればだが…」

「へ?」


たまらず出た言葉に、意味を測りかねたアーミヤが首をかしげる


言うか言うまいか、余程お節介なのだろうと自覚こそすれ

一度吐いた言葉を飲み込むというのは、どうにも性に合わない


「喧嘩なら早く仲直りしておけと言っているんだ」

「あ…あー。あははは…ケンカ…とかじゃないんだけどなぁ…」

「尚更たちの悪い話だな」

「だって…」


それだけをこぼして視線を下げたアーミヤ

気づけば、溢れるばかりだった愛想笑いも止んでいて

泣かれても面倒だ…なんて、いらぬ心配もしたくなる雰囲気だった


すれ違いの原因は…ミーシャの1件ではあるのだろう

だとすれば、私にも責任の一端が無いとも言い切れない

慰めの言葉よりは、助言の一つか


だが、アーミヤ一人の問題ならともかく、ドクターの心中となると流石にまどろっこしい

問題はアイツにその気があるのかどうかだが…私が直接聞いたところでまともに答える筈もないか


「ふいって…されるんです」

「は?」


ふいってなんだ?


うつむいていたアーミヤが、いきなり何かを呟いたと思うが、その意味が分からない

不意なのか? 不意打ちでもされたのか? なんて予測とはまったくの逆方向だったようで


「だから…目を合わせてくれないんですよ。ふいって…そらされて、あれ…とっても悲しくなるんです」

「あー…ぁぁぁ…」


なんかもう良いやって気がした

放っておけ、放っておこう。口を挟んだのがそもそもの間違いだった

痴話喧嘩にこれ以上のかける時間もなく

しかし、話題をかえるのにも何らかの結論が必要なこの状況が果てしなく面倒くさい


「あーってなんですか、あーって。チェンさんにはわからないんですよ」

「なんだそれは? 分かるとでも言ってほしいのか? ならこれ以上お前にドクターは任せてやれんな」


なんなら、龍門で引き取ってやっても良い


冗談にしては言いすぎだが、まあそれはそれで悪くもない

ドクター自体が優秀なのは確かだし、あの性格に難が合ったとしても利益にはなるだろう

多少ホシグマの負担が増えるのは…上手いことスワイヤーをおもちゃに…いや懐かせられれば

ほら、あの巻毛なんて、バネみたいで子供が好きそうなもので

ぼんやりとでも、ドクターがアレを引っ張る絵が浮かばないでもない


「ぇ…やだぁ…」

「やだぁ…って、お前…」


そんな少女じみた否定を、産まれて初めて聞いた気がする

アーミヤの口から聞こえる分にはまだいいが、とてもロドスの代表の言葉とは思えなかった


「だったらこれ以上手間を掛けさせないでくれ」

「あ、はい。仕事に戻りますね…」


一度切り替えれば流石に早いものだった

ホシグマにドクターの相手をさせている間に、トントン拍子に話は纏まっていく


間の息抜き、次の議題に移るまでの僅かな隙間

息を吐くついでのようにアーミヤが呟く


「チェンさんって、意外とドクターのこと好きなんですね」

「それは誤解だ。誤解なんだよ、アーミヤ」


お前の頭を冷やしたかっただけで、本気でアレが欲しいとか思うわけもなかったが


「ふふっ。でも、今のちょっとドクターみたいでしたよ?」

「ちっ…悪い冗談はやめてくれ」

「はーい」


たまたまでた口癖に悪態をついてみせても、なぜかアーミヤは嬉しそうなままだった






きっと私は ふてぶてしい顔をしているのだろう


チェンとアーミヤ、事務的な二人のやり取りを遮ったのは、聞き馴染んだ通信機の音だった

お忙しい二人のこと、ご苦労さまだと他人事に思っていられたらどれだけ良かったか


血相を変えたアーミヤに連れられて、あれよあれよと言う間に

気づけば近衛局と連れ立って、ウルサスの廃都市に立っていた


「嫌な街ね…」


なんて、グムの前では言えない感想をつぶやく私


どうしても思い出してしまう

天災でぐちゃぐちゃになった町並みを、レユニオンが滅茶苦茶にしていった町並みを

あの場所ではないとはいえ、似通った町並みを見るのは気分がいいものじゃない


帰りましょうよ…こんな所


いつもならそう言っているのに、今日ばかりはそうも言ってられなかった


「ジェシカのバカ…大丈夫だって言ったじゃないの」


ちょっと偵察に行ってくるだけって、行った先で帰れなくなってるんじゃ世話ないのよ

帰ってくるまでが偵察だって、フランカに習わなかったのかしら。そうよ…帰ってこないと許さないんだから


「ドクター?」

「いいの…。平気よ、アーミヤ。急ぐのでしょう?」

「はい、それは…」


心配そうに差し出されたアーミヤの手から、視線を逸らした私の前に


ワラワラ…


瓦礫が音を立てて崩れ落ちる。その隙間から這い出して来たのは大量のバクダンムシ

それから、ガチャガチャと、ムシの後ろから、ムシよりもそれらしく群がってくるレユニオンの兵士達


「マトイマル」

「おうっ。出番だな、ドクターっ!」


呼べば応える元気な返事

これだけで、何も心配しないでいられるのは正直頼もしい


「じゃあ、お願いね。あ、バクダンムシには近づか…」


私が言うのが遅かったのだろうか?

それとも彼女が駆け出すのが早かったのだろうか?


個人的には後者にしたいんだけど、とりあえず暴れるんならもう少し遠くでやって欲しいと思う


ボーンだとかドカーンだとか、あまりにも非現実的な爆音

叩きつけられる瓦礫と爆風

なにより不愉快だったのは、一緒になって飛び散ってくるバクダンムシの肉片とか体液的なヤツだった


とっさにガーディが庇ってくれてなきゃ、きっと今頃いい感じに大惨事になっていたことだろう


「とりあえずジェシー。あれをマトイマルに近づけないで、危なっかしいたら…って」


いないんだった


手癖と言うか、口癖のように頼っていた相手が居なくなるというのは、どうにも落ち着かない


「私が行きましょうか?」

「ダメよプリュム」


代わりにと、前にでかけたプリュムの背中を引き止めて


「あんな脳筋(フィジカルモンスター)に付き合ってたら、あなたが持たないわ」

「まぁ、それは…」

「自覚があるなら行かないで。大怪我されても困るのよ」


ドカンバコンと、連鎖的に爆発が広がっている中心で、未だに大暴れを続けているマトイマル

それどころか、一振り一振り薙刀が弧を描くたび、傍目にも勢いが増していく


暴風か、台風とでも言うべきその姿は…ああ、でも、なぜかとても綺麗だった


流麗で大胆で、あまりにも無茶


避ける前に叩き落とす、切り結ぶ前に切り伏せる


強引で豪快で、甚だ理不尽だった


嵐のように踊るマトイマル

無論、無傷で居られる訳もないのに、傷を受けたそばから傷が塞がっていく

敵からすれば悪夢だろう。私達からしたって冗談みたいに思うんだから


「プリュムは向こうから回ってちょうだい。ガーディは私から離れないでね? まだミンチになりたくはないのよ」


うなずき、すぐにも駆けていくプリュムを見送り、ガーディの後ろに隠れる私


「マトイマルの治療、要りますかね?」

「いらないと思うわ、不要なのよ。アンセルくんは他の子の面倒を見てあげていて」

「そうします…」


唾を付けときゃ治る。それを地で行くマトイマルになんの薬が必要なものか


「もうっ、マトイマルーっ。ちょっとは大人しく戦えーっ!!」

「無駄よガーディ。聞こえてる訳ないのだわ」


むしろ、その他戦いの余波を一身で受け止めているガーディにこそ必要なものだと思う





「ねぇ、貴方? 私のジェシカはどこかしら?」


戦いも一段落ついた後、アーミヤが忙しいのを良いことに抜け出した私は

瓦礫の隙間に隠れていたレユニオンの兵士を見下ろしながら、そんな事を問いかけていた


「し、知らないっ、誰だよそいつはっ…もういいだろう…な? 降参だ…だから…」


たすけてくれ…


なんて酷い、人聞きの悪い言い方なのだわ

襲われたのは私達の方だし、そもそもコレを連れてきたのは貴方達だと言うのに


カサカサ…ワシャワシャ…


さて、節足動物に向ける擬音はどれが良いかしら?


それ以上逃げようもない場所から、私を見上げる兵士さん

瞳は恐怖に揺れているし、その視線は私の抱えている趣味の悪いぬいぐるみに注がれている


源石を溜め込んで肥大した腹、節々にささくれ立ち元の形など忘れてしまった体

果たしてコレを生き物と言って良いものか?

薄い腹の裏側から、狭い関節の隙間から、明滅し漏れ出す灯りは鼓動のようで

たしかにそれは生きてるとも取れる


「ねぇ、貴方。でもコレは貴方が連れてきたのでしょう?」

「違うっ、俺じゃないっ」

「じゃあ、持ち主に返してあげて? 大丈夫、きっとこの子が飼い主の所へ連れて行ってくれる筈だから」

「やめっ…」


抱えていたぬいぐるみから指を離すと、それ以上に兵士は何も言えなくなってしまう


そーっと、そーっと、刺激など与えぬように

優しく、ゆっくりと、舞い降りる羽のようにして


私は、抱えていたバクダンムシを兵士の腹の上へと据え付けた


「ひっ…あ、あ、あ…」


飲み込んだ悲鳴に言葉は続かず、身動き一つも取れなくなる兵士


「大丈夫、その子も死に体だから。大人しくしていたらきっと貴方も助かるはずよ。ええ、きっとだわ」


くるり…


体を回して背中を向ける

伸びかける手は見えないふりをして、叫びたい衝動には気づかないふりをして

私の世界から、その兵士の存在を意識的に蹴り出した


「ドクター、そろそろ良いかにゃあ? ネコを被るなら今のうちだよぉ」


間延びしたヘイズの声に手を引かれ、瓦礫の隙間から顔を出す

「おかえりにゃ」とはにこやかに迎えながらも

すっと細くなる金色の視線が舌なめずりをするように私の体を這い回る


「怪我なんて無いのよ? 平気なのだわ」

「そっ」


心配ないと言葉で伝えるが、返ってきたのは素っ気のない返事

それが気取られたことへの照れ隠しなら可愛げもあるのだけれど

実際のところは煙に巻かれた感じが強く、単に興味を無くしただけにも思えた


「それに、ネコを被ってるのはお互い様なのよ、ヘイズ」

「ざーんねん。私が被ってるのは帽子だよぉ」

「それは深く被りすぎ。そんなんじゃ息苦しいでしょう?」


そう言って、ヘイズの帽子へと手を伸ばす私

おとぎ話の魔女が被るようなとんがり帽子は、子供心に一度は被ってみたい欲に駆られる

背伸びをし、その広い帽子のつばへと指かかるその前に


ひょいっと…


ヘイズが半歩後ろへ下がると、私の指から帽子が遠のいていった


「おいたはダメだよ、ドクター」


ぴんっとおでこを弾かれる

優しく子供をあやすようでもあり、それ以上は許さないとやんわりとした拒絶みたいだった


ぼんっと大きな音がしたのは

それから数歩、ヘイズと手をつないで歩いてからだった


「ふぅ…。ドクターってば、一体何の話をしてきたのさ?」

「別に、大した話はしてないのよ? うちのジェシカ見ませんでしたかって、それだけなのだわ」

「ふーん…」


にしては…と、言外に雰囲気を漂わせ

マントで爆風から私をかばいながらも、その視線は爆心地へと注がれていた


「ま…。良いけどにゃぁ」


その興味も束の間

瞳を閉じ、肩をすくめ、吐息と一緒にあっさりと興味をなくす代わりに、私と手をつなぎ直したヘイズ


「私、ヘイズのそういう所好き」

「そう? 褒めてもないも出ないよ?」

「ううん、別に褒めてはないの。でも好き」

「なにそれ、意味がわからないにゃぁ」


残念そうでもなんでもなく、からかうように笑い合いながら

何事もなかったように、何食わぬ顔をして私達はアーミヤ達のところへ戻っていった





問題は重なるものだ


別々で来られても鬱陶しいが、まとめて押し付けられるのも面倒くさい


「チェンが居なくなった?」


ヘイズと一緒、何食わぬ顔でみんなの所へ戻ると、困った顔をしたアーミヤに迎えられる


「はい、何かを見つけたみたいで…」


そのなにかに心当たりがありそうで、その予感がアーミヤの顔を更に険しくしているようでもあった


「それで、ジェシカ達もこの奥にいるのね…」


めんどくさ…


そうは思うけど、結局やることは変わらない

この廃都市の奥まで行って、迷子のみんなを連れて帰る


こう言えば簡単そうには聞こえるんだから不思議なものだ


たとえ増えた厄介事が、私の文句の門土を開かせようと

「勝手に飛び出していったチェンなんて放っておけばいいのよ。知ったこっちゃないのだわ」

それをホシグマの前で言うのは、少し可愛そうと思う程度の


「ドクター…口に出てますよ」

「あら、失礼…」

「いえ…。養護は出来ませんので…」


気まずそうなアーミヤに頬を突かれ、額面どうりの謝罪を口にする私に

頬をかきながらも、勝手に飛び出した挙げ句に、連絡にも応じない上司へ向けられる文句を受け止めるホシグマ


「チェン隊長の捜索は我々が、お二人は仲間の救援を…」


ホシグマの提案は、まあ道理といった具合ではある

私としても、まずはジェシカ達を確保したいし

まあ余裕があればついでにチェンを探すくらいはしてもいいかと思う程度なのだけど


私のアーミヤがその道理を良しとするようなタイプじゃないのを、改めて思い出していた


「いえ、ホシグマさん。ここは私達に任せてください」


口調こそ丁寧だったけど、いやに力強いその言葉

悪く言えば頑固で、良く言えば覚悟…だろうか


「この先は、天災が残した源石が根を張るエリアです。健康なみなさんが進めば鉱石病へ感染するリスクがあります…」


その結果は…


まあ、言わずもがなだ


感染者に対しての政策など、自分たちがよく理解しているのだから

「辛い結末…」だとアーミヤは言うけれど、それでもまだ優しい物言いにも聞こえるくらい


「それに、感染者の私達なら…」


本当に、覚悟が決まっていらっしゃる

こっちにだって、その鉱石病が進行するリスクもあるだろうに

それでも、私達は全員行くつもりなんだから、どっちもどっちな訳だけど


「アーミヤ代表は…。そんな小さなお体をしているのに、こういう時はとても大きく見えますね」


ぽつりと零れたような言葉

それは、ホシグマの素直な感想で、アーミヤへの称賛だった


向けられる尊敬の眼差し、思いも寄らない言葉に急に顔を赤くして言葉を詰まらせるアーミヤ

しかし、ホシグマの方は冗談でもなく至って真面目に

「お考えは承りました」と、今にも傅いてしまいそうな雰囲気まであった


「どうかチェン隊長をよろしくおねがいします」


深々と下がる頭は、アーミヤの身長よりも低く

元々の身長差も合ってか、とっても小さく見えてしまう




「あの…ドクター?」


それを子供だというのなら、別に言い返す気はなかった

きっと、ふてぶてしい顔をしている私を、どこか遠巻きに覗こんでくるアーミヤ


なんか怒らせるようなことしちゃったかな?


その表情は不安に揺れていて、しかしその不安は見当違いではある


「別に…私がいなくても平気そうだなって」


どうしてそんな事を言ったのかは分からない


ただ、なんとなく


自分以外の誰かに頼られてるアーミヤを見るのが つまらなかっただけなんだと


まあいいじゃない…もういいのよ


ケルシーだって、常々私に頼りすぎるなと口酸っぱく言ってるのだし

ここで私とアーミヤとの距離が多少開いたところで、それが本来というやつなのだわ


「ドクター…どうして…」


どうして…って、その先が聞きたくなかったから

耳を塞ぐだけでも物足りなくて、彼女の顔を見るのも恐ろしかった


だからわざと、聞こえなかったふりをして

名残惜しさを振り切るように、私はアーミヤのそばから逃げ出していた





ホラー映画で発狂している人みたいだなと、そう言えば幾分可愛らしくも見えただろうか?


つまり、やっと見つけたジェシカがそんな状態で

可愛らしくない言い方をすればPTSDと口慣れない言葉が頭をよぎる


うずくまり、頭を抱え、見たくないものから自分を遠ざける


元々が気の弱いジェシカのこととは言え

自分の役目を忘れて発狂するほど無責任な子でもない


「一体何が合ったらこんな事になるのよ、メテオリーテ…」

「…知らないほうが良いわ」

「ふんっ、子供扱いしちゃって…」

「そうじゃないけど…。いえ、だとしても知らないで済むなら…ね」


事情を一番知っているはずのメテオリーテからしてこれだ

はぐらかすでもなくNOと言うなら、きっと喋る気はないんだろう

それが年長者としての気遣いなのは分かるけど…

それと同じくらい、その気遣いを喜ぶ子供はいないだろうってのも分かって欲しいものだ


そのままメテオリーテを問い詰めたい気持ちはぐっと飲み込んで、それとは別の理由で私の腹は立っていた


「もう大丈夫ですよ、ドクター」

「そう、ありがとうアーミヤ」


ジェシカの様子を見ていたアーミヤから声がかかる

一体どんな魔法を使ったのか、一緒に介抱していたフロストリーフでさえ怪訝な表情を浮かべる中


「ケルシー先生には内緒にしてくださいね?」


人差し指をたて、冗談めかす姿にひとまずの安心は覚えるのだけれど

無茶を重ねる彼女のこと、私の知らない所で変な代償を払ってないかは気にかかる


例えば指輪がどうにかなっていたりだとか…


それがどう不味いかなんてのは分からずに、ちらとアーミヤの指に視線を滑ってしまう


まあ、それでも、今はそれより…


「おはようジェシー。私のことが分かるかしら?」


笑顔で、努めて笑顔で、病み上がりのジェシカに負担を掛けないように明るく声を掛けたつもりだった


「ひぅっ…。ど、どくたー…その、おはよう…ございます」


ほら、良い子でしょう?


一瞬上げかけた悲鳴を飲み込んで、拙くても挨拶を返してくれる

気は弱くたって、意地は張れる子なのよ…それが、あんなに風になるなんてますます分からないこと


『もうっ、ドクターが居なくたって大丈夫ですから

 ドクターの方こそ私が居ないからって他の人に甘えないでくださいね』


「だったかしら?」

「うぐっ…」


出発前のジェシカの真似をして、小首をかしげてみせる私

たしかこんな風だったはずだ。心配する私をそんな風にあしらってみせてくれたはず


なんて頼もしい事よ…


モノマネの評価は別にしても

「そんな事も言っていたな」とフロストリーフも頷いてくれたのだから記憶違いもないのだろう


「ええ、ええ、良いのよ。ただの偵察だったはずだもの、ここまでの事態は私だって考えてなかったのだし…っ」


そこで言葉詰まる。何か言おうとしたけれど、きっと多分それじゃなくって

揺れ始める視界に、ますます言いたいこと分からなくなっていた

泣きたいのはきっとジェシカの方なのに、気づけば私の方が心配をかけていて


「勝手に居なくならないでよ…そんな命令してないのだわ…。貴女のせいよ、全部ジェシカが悪いんだからぁ…」

「はい…ごめんなさい、ドクター。心配させちゃいましたね…」


勝手な言い分だと思う

いつも気軽に押し付けていた責任を、文句を言いつつも受け止めてくれて

今もこうやって、いきなり泣き出した私を抱きしめてくれている


優しい子、本当に優しい子で、そんなジェシカが私は大好きで

泣きついたその先で、改めてその温もりを確かめる


ぐすっと、鼻をすすり。涙は胸元に置いてきて、ぱっと顔を上げた私は


「帰ったらお仕置きね」

「はぃ…」


感動の再開、愛おしい包容、温かい彼女の耳に現実を突きつける


「鬼かお前は…」

「あはは…」


呆れるようなフロストリーフの呟きに、ただ苦笑いを返すアーミヤだった





「いつまで隠れているんだい? ロドスの虫けらたち」


感動の再会も束の間、私達の間に入ってきたのは聞き覚えのある声だった


「あのクソガキ…また騒いでるのね」


メフィストとかいっただろうか?


色白で白髪の…多分ウルサス人か何かなんだろうけれど

一瞬でも、その容姿がミーシャの影に重なって、それが更に不愉快だった


まあ、あてつけだ


それでも、ムシを捕まえたら手足をもいで遊んでいそうな この声をいつまでも聞いていたいものでもない



よっぽど苦々しい顔でもしていたのだろうか?

気づけば、ひやりとしたフロストリーフの手が私の肩を捕まえていた


「落ち着け。あれはやつの常套手段だ」

「知ってる。弱いやつほどっていうものね…まさになのよ」

「ああ、それだけに腹立たしいのも分かるが」


肩に置かれた手をとって、自分の頬に当ててみる

冷たいが、それだけに戦場で火照った肌には丁度いい


「冷たいのね…気持ちいいのだわ」

「ドクターのは熱いくらいだな」

「誰が子供よ」

「そうは言っていないが…まぁ」

「まぁってなに? まぁ否定はしないって? あんまり子供扱いすると私のジェシーが黙ってないんだから」


やはりこれだ。こうでなくっちゃ

言うに事欠いたらとりあえずジェシカのせいにする、そうして困った顔をする彼女を見るのがたまらない


「何もしませんよっ、何もしないから…」


ほう? と、興味深げにジェシカをみたフロストリーフ

その視線から逃げるように、ぶんぶんと手を振り頭を振り

身の潔白を証明しようとするジェシカは、まさにお手上げと言った具合で


そんな彼女の姿がたまらなく大好きなのだ




すんっと、鼻がなった


もちろん良い匂いがしたわけじゃない

良く言えばきな臭く、悪く言えば吐き気のする匂い


けれど、それに慣れてしまってもいたんだ


私が目を覚ましたときから、それは私につきまとっている匂い

焼けていて、焦げくさくって、錆びていて、濁っている

おおよそ生き物の発する匂いじゃないし、それでも成れの果てではある臭い


だから、意識的に知らんぷりをしていた


気に留めていたら切りがない

当たり前のように路端に転がっているものに、感情を移していたら疲れてしまう

まるでゲームの背景のように、貼り付けられた虚像(テクスチャ)だと割り切って


「ダメッ!」


ここに来てメテオリーテが声を上げた

敵の最中で壊れたジェシカを抱えながら

今まで良く良くフロストリーフ達をまとめていた彼女の声は、私に忌避感を思い出させるには十分で


「アーミヤっ!」


途端に叫んでいた

「え?」と、不思議そうにアーミヤが私に振り返る


「私を見ててっ、振り返ったらぶん殴るからっ!」


なんとも理不尽な話だが

しかし、こぼれ出た火の粉が、煌々と私達を照らす頃にはまったくの冗談でも無くなっていた

戦場で人が死ぬ、死体が焼ける。それは良い、何一つ良くはないが、気にしていてもしょうがない


だけど、これは違う


うず高く死体の山を築き、憎しみのままに火を放つ

ごぅ…と、怨嗟のごとくに燃え広がる火の手が描いたのは、かれらの旗印


アーミヤの表情から戸惑いが消えていく


立ち込める死臭と、影を伸ばす灯火の熱さ、自分の背中を焦がす焦燥の正体は

一度でも戦場に出たものなら、だれも予想できるほどに燃え上がっていた


今すぐにでもアーミヤを引きずり倒したい


そうまでしてでも、あれをアーミヤに見せたくはなかった

「過保護ね」いつだったかケルシーに言った覚えはある。その時は、からかい混じりの嫌味だったけれど

その言葉は私に返ってきていた。そのくせ、こんな時に限ってあの人はアーミヤを突き放すんじゃないかって…


また、ジェシカが震え始めていた


「どうして…どうして…」


か細く泣く声は今にも崩れてしまいそうで

縋るように私を抱きしめてくる その腕を振り払えるわけもなかった


大丈夫だから、などとどうして言えたもんか


私みたいな子供に縋り付いてくる子が、大丈夫に見えたらそれこそ狂気だ

ただ私よりも小さく見えるジェシカの事をぎゅっと抱きしめて、その震えが取れるまで頭を撫でてやるのが精一杯


「アーミヤっ。良いからこっち来て、私を見ながらゆっくりよっ」


久しぶりに、アーミヤと視線を合わせたような気がする

意識的に避け続けていたその顔を、まさかこんな形で見ることになるなんて


「ドクター、私は大丈夫ですから。むしろ、私が見届けないと…」


変わらない、何も変わってない

久しぶりに真っ直ぐと見つめたアーミヤの顔は、私が覚えている彼女のままで

悪く言えば意固地に、良く言えば腹の座ったまま


浮かべていたのは儚げな笑顔だった


見るなって、あんなに言ったのに

「大丈夫…」だなんて、何処を切り取ったって言えるわけがないのに

私から視線を外したアーミヤは、そのまま一歩ずつ彼らの元へと歩いていく


それは同時に、私の元から遠のいて行くみたいで


「行かないで」って泣いて見せたら止まってくれるだろうか?

そんな想像はとても出来ないけれど、今になって結局それが私の本心なのだ気付かされていた





口火を切ったのはどっちだったろう?


あるいは耳障りなメフィストの挑発だったかも知れないし

もしかしたら大好きなアーミヤの啖呵だったかもしれない


まあ、売り言葉に買い言葉だ


どっちが先だなんてものに意味はなく

とりあえずの問題としては、戦闘が始まったのと同時に飛び出したフロストリーフの扱いだった


「呆れた。キツネの振りして とんだイノシシじゃないの…。そういうのはマトイマルだけで間に合ってるってのに」

「出番か、ドクター?」

「おすわりよ、マル」

「おう」


そのマトイマルでさえこれほど素直なのに、戻れと叫ぶメテオリーテの声も聞きやしない

それほどまでにメフィストが許せなかったのか。それは分からなくもないけれど

その激高はあいつを喜ばせるだけで、もっとこう道端の石を蹴っ飛ばすみたいに処理したいと私は思うのよ


何かが ひび割れて、砕ける音がした


フロストリーフが振り下ろした斧

最初こそ力強く受け止めていた敵の盾は、その途端から脆くも崩れ去り

ガラス細工のようにパラパラと砕けて散ると、ゴロリと地面に転がって降りた霜に埋まっていく


敵の足がすくむのも分かる、防御がまるで意味をなしてない


そんなものに近づきたいやつがいる訳もなく、それでもメフィストが余程に怖いのか

板挟みになった恐怖はそのままに、ほとんど自棄になって突っ込んでくる始末だった


アーミヤの黒いアーツが敵を穿つ

メテオリーテの爆撃に浮足立った合間をすり抜けて、メフィストに肉薄するフロストリーフ


それじゃあ私達も…と、言いたいけれど


どうにもメフィストの様子がおかしい


フロストリーフの斧を前にしても微動だにしないどころか、薄ら笑いを崩さない

それでいて勝利を確信しているわけでもなく、どちらかと言えばまともに取り合う気もない感じだ


足元に地雷が埋まってないだけ良かったか

遠くから狙撃されないだけまだマシだったか


じゃあ…


急に凍えだす空気

煌々と燃え盛っていた彼らの業の塊が、その火先に至るまで凍りついたのはどう取るべきか


その異様に誰も彼もが戦闘を忘れ

その中でメフィスト一人が予定調和のように騒ぎ立てている


冷気の向こう、すらりと立つ長身の女性

耳の長さだけならアーミヤといい勝負。だけど、まるっきり冷たい印象を受ける人

そんな女性の周りを取り囲むように整列する兵士たち


なるほど、こっちはまっとうに兵士のようだ

雰囲気だけで察するなら、女性を中心とした騎士団のようにも受けとれる

数こそは少ないものの、さっきまで蹴散らしていた雑魚とは違い、一人相手にするのにどれだけの労力がかかるやら


声がする


透き通った女性の声、それこそ氷のように冷たい声

それは多分に歌だった。呪いのような旋律に心が凍えそうだった


灰…?


私が首を傾げている間にも、空から凍りついた灰が降ってくる

黒い、黒い雪の結晶。それが地面に触れた途端


「うわっ…」


慌てて足を持ち上げると、さっきまで地面だった所が氷に覆われていた

遅れて周囲を見渡してみれば、瓦礫も死体も何のその。一切合切全部が凍りつき、広がるのは一面の銀世界


「ええい…付き合ってらんないわ。アーミヤ、撤収よ、逃げるんだから」


予想外の異常事態に私は声を上げていた

そもそもジェシカ達を拾いに来ただけで、ボス戦の用意なんざしていない

周囲を一瞬で凍りつかせるような規格外のアーツを前に、無理やり戦う利点なんて何ひとつもなかった


「待ってくださいドクター。フロストリーフさんがまだっ」

「は? フロストリーフがどうしたって…えぇ…」


固まっていた…では不正確か、言い直せば凍っていた

それだけ敵に近かったのが災いしたのか、すでに足が凍りついて身動きが出来ないでいる


「もうっ、ジェシカっ!? だから言ったじゃないっ、なんで引き止めておかないのよっ!!」

「そんな事言わなかったじゃないですかぁ…。それに、メテオリーテさんの援護をしないと…」

「は? メテオリーテがなにって…もうっ、ジェシカー!! なんで言わないのっ!」

「だってぇ…」


そしたらメテオリーテまで突っ込んでいたし、それを見た私はジェシカの名前を叫んでいた

そりゃフロストリーフをほっとけ無いのも分かるけど、なんでシューターが突っ込むのよ


「たくもうっ、マトイマルっ」


その一言で砂塵が上がる

私が溜めに溜めた鬱憤を、代わりに払ってくれるようにな爽快感はあるが、あんまり長続きもしそうにない

そもそも、息をするだけで胸の奥まで凍りそうな環境で、後どれほど持つものか

幸いなのは、マトイマルより先に私が音を上げそうってところくらいで、状況が好転する兆しがない


フロストリーフを置いていけば…


なんてあり得もしない選択肢を除外するとなればやっぱり


「あの業務用冷凍庫…忌々しいったら」


まさか、ここに来てタルラが恋しくなるとは思わなかった

けど、いたらいたでますます無理が増えるだけに、結局いなくてよかったって落ち着いてしまう


「業務用冷凍庫って、そんな…」


言ってる場合じゃないし、笑ってる場合じゃもっとないが、あんまりな物言いに苦笑するアーミヤ

その余裕があるならもう少しは平気かと思うが、そこはもうお互い強がりでしか無いのはよく分かる


指先の感覚がない、つま先が痛い、声を出すのも億劫だ

息を吐けばたちまち凍りつくし、息を吸ったら氷で喉をつまらせる


後少し、もう少しがとても遠い


メテオリーテがフロストリーフのもとにたどり着くまでの少しの距離がとても重く感じてしまう


あるいは強引にでも…


次第に、頭の中まで冷え切ってしまいそうだ

そんな事をすれば今度こそアーミヤに嫌われてしまうだろうに…それは嫌だな…嫌だけど


ふと、冷気が揺らいだ気がした


きっと、私が敵だったら往生際の悪い…とか思うような光景

フロストリーフの放つ冷気が冷凍庫に蓋をする

完全に閉まったわけじゃない、いくらか呼吸が楽になった程度

それもいつまでもは続かない、本当にただの悪あがきだと思っていたのに


「どうにか、できるかも知れません…」


落ち着いたアーミヤの声が、私の背中を押していた


「じゃあやって。後はどうとでもするから」

「はい」


きっと、アーミヤ本人にも確信はなかっただろう

しかし、時間もなければ余裕も無いのだ

出来ることがあるならするべきだと、代わりにアーミヤの背中を押す私


アーミヤの手から、黒いアーツが伸びていく


それは冷凍庫にでも、もちろん周りの兵士の誰でもなく


すとん…


地面に落ちていった



「あははははっ、やったわっアーミヤ。後でたくさん褒めてあげるのよっ」


冷気が晴れる

凍っていた空気が溶け出して霧になり、それさえも霧散するほどに熱が戻ってくる


アーミヤが砕いたのは埋められていた源石の一つだった

それで何かの調子が狂った代わりに、私達の調子が戻るんだから細かい理屈は後回しだ


「さあみんなっ。どうにかするのよっ、どうとでもしてやるのだわっ」


雑な命令だが、やることは明白だ


フロストリーフまでの道を開いて、彼女を担いだメテオリーテの援護をする


言うのは簡単だが、なにも出来ないことじゃない

ちょっと敵が強いのと、少しの凍傷くらいなら…ほら


「さあ、ジェシーも行って? アーミヤ達の事をお願いね?」

「そんな、ドクターも一緒に」

「いいえ。殿をすると言ってるの、立ち往生は困るわ」

「うっ…りょ、了解…」


一度決まれば流石に早い

すぐにアーミヤたちに合流して、撤退の援護を始めるジェシカを見送った後


「ヘイズ、いるわね?」

「いるよー?」


黒い霧が立ち込める、かと思えば突然に彼女の気配が現れるのだから不思議なものだ


「まずはあのオブジェを壊しましょうよ。無駄に積み上げてるみたいだし、支柱を壊せばいけるはずだわ」

「それは良いけど。メフィストを追わなくても良いのかにゃ?」

「いいわ、よくはないけど良いの。それどころじゃないのだわ」

「そ。じゃあ、少し待っててねー。すぐ戻るから」


そっけないまでにあっけなく

そのまま黒い霧にまぎれて、戦場の闇に消えていくヘイズ


それからまもなく、趣味の悪いオブジェが倒壊したのを合図にして私達もその場から離脱した





湯気っていうのはそれだけで温かそうには見える


「ぁっ…。ちょっとアンセルくん、これ熱いわ、火傷するのよ」


冷えた…というより、ほぼ凍結して青白くなっているつま先をお湯に付けては見るものの

熱いとかじゃなく痛いまでの刺激に、つま先を濡らす程度が精一杯だった


「ドクター…治療の時くらい言うことを聞いてください。私だってドクターの足を切りたくはないですから」

「怖いことを言うのね…。そんな大げさに言ったって騙されないのだわ。脅かそうとしたってだめなんだから」

「はぁ…分かりました。仕方ありませんね」


そのため息を堺に、アンセルくんの表情から心配性が抜け落ちていく

「あ…」これはダメだわ。そう思った時には遅くって

お医者さんの顔を被り直したアンセルくんに体を抑えられていた


「ぎゃぁぁっぁぁぁぁ!? いたっ、いたいってっ、アンセルくんっ。やめてって、はーなーしーてーっ!」

「大人しくしてください。死にやしませんから…」

「だって死ぬほど痛いのよっ!跡になったらどうするのよっ、お嫁にいけなくなるのだわ」

「そうならないように処置をしてるんです。もう少しですから我慢してください…」

「でもっ、でもぉ…アンセルくん…ぐすっ…」


痛みで思考が鈍ってくる

そもそもの暴れる元気も使い果たして、泣き疲れた後はアンセルくんの胸元にしがみついていた


「大丈夫ですよ…大丈夫ですから」


そう何度も声を掛けられて、優しく撫でられているうちに、だんだんと足の痛みも溶けてくる

不安も安心に切り替わり、抱きついているアンセルくんの体が心地良い


「ねぇ…アンセルくんは貰ってはくれないの?」

「どうでしょう? ドクター、私の言うこと全然聞いてくれませんし」

「…意地悪ね。照れているの?」

「かもしれません」


そのうち痛みも引いてきて、それと同時に急に恥ずかしくなってきた私は

「もう良いわ…」と、ちょっとぶっきら棒なくらいにアンセルくんから体を離していた


「そうみたいですね…。でも、もう少しだけ大人しくしていてください」


私の足を見ていたアンセルくんが立ち上がり、アーミヤを呼んでくると踵を返す

「あ…」思わず出た声と、たまらず伸びた手が、アンセルくんを捕まえて


「どうしたんですか?」


不思議そうに振り返る彼に、果たして私はなんと言ったものか


「おとなしくって…私一人でどうしろって…」

「ですから、もう少し体を温めてって…ああ、寂しいんですか?」


私の仕草から何を勘違いしたのか、納得したみたいに頷くアンセルくん


「そうは言ってないでしょっ。ちょっと…心細いだけなんだから…」

「はいはい。じゃあ、少しだけですよ」


しょうが無さそうに苦笑して、隣に座り直したアンセルくん

おざなりに脱いだ靴下を横に置くと、お湯の貼ったバケツに一緒になって足を潜らせる


「少し、狭いですね」

「良いじゃない、コレくらいが丁度いいのよ」


バケツに二人は流石にか

それでも並んで、足先でも触れ合わせながら、お湯の中に入るのは少しくすぐったい

これも ある種の混浴かと思えば、都合よく顔まで火照ってしまいそう


「ねぇ、アンセルくん。帰ったら風呂に入りましょう、一緒に入るのだわ」

「そんなの…私が皆さんに睨まれてしまうじゃないですか」

「じゃあ、みんなで入る?」

「それはまた…目のやり場に困りそうですね」

「そうでしょうそうでしょう。アンセルくんを困らせてやるのだわ。仕返しをしてやるのよ」

「私を困らせたいのなら、せめてお風呂ぐらいひとり入れるようになってくださいね」

「まあ、そこまで子供じゃないのだわっ」


まあ益体のない話だ

半分冗談が常で、機会があったらって社交辞令的な くすぐりあい


「それ…私も一緒じゃダメですか?」


しかしだ、それをそうと受け取らない人もいるようで

アンセルくんと顔を見合わせ、そんな事を言いだしたアーミヤを見上げるしか無い私達だった




「こほん」


一つ咳払いをしたアーミヤ

それはまあ強引に空気を変えようとした彼女の顔は、何処となく羞恥に染まっているみたいだった


「それで、チェンはなんて?」


しかし、話題としては至極真っ当にまともでいるしかない


ジェシカ達を助け出し、命からがら逃げ出して

なんとかホシグマ達が待ってる筈だった合流地点にたどり着いてみればもぬけの殻


まさか、メフィストが、レユニオンの連中がここまで手を回していたかとも思ったけど

戦闘の痕跡も薄く、さりとて慌ただしく離脱したような雰囲気だけが置き手紙とばかりに残されていた

そんな時に掛かってきたのがチェンからの通信で…


「やっぱり、龍門に何か合ったみたいです」

「ふーん、そう」


まあ、どうでもいい…とまでは言わないが、しかしこっちもそれどころじゃない


なにせ死にかけた


無傷なものなんて何処にもいないし、目立った外傷はなくとも右も左も凍傷だらけだ

私のマトイマルでさえ疲れた顔をしてるんだから、他のオペレーター達の疲労は考えるまでもないだろう


「それで? アーミヤは助けに行きたいというのでしょう? 顔に書いてあるのだわ」

「うっ…それは、はい…放っては置けませんから」


口ごもる。だがそれも一瞬で取り直し、やっぱりと真っ直ぐに口にしていた

それは正しい、きっと理屈に合っている

龍門との協定、ロドスの行動方針。激化するレユニオンの行動を抑える意味でも、ここで潰しておくのがきっと正しい


「ドクターは反対ですか?」

「別に? なんとか出来ます大丈夫ですって、いつも言ってるのはチェン達のほうじゃない

 私達が手を出す意味なんてあるのかしら? 行ったって邪険にされるだけなのよ」

「かも知れませんが…」


しかし、それを言って引くアーミヤでもない

結果、誰も傷つかずに、少しでも被害が抑えられるなら邪険にされても構わないって

なんなら一人でも行く覚悟ですーって、そんなのさせられる訳もない

それならいっそ、はっきりと言って欲しいものだ。そうしたら精々アーミヤのせいに出来るっていうのに


「第一よ? 大体よ? ここからどうやって龍門まで駆けつけるっての? 徒とか嫌なんだからねっ」

「ああ、それなら、そろそろ…」


振り返ったアーミヤの視線は空に向かい、彼女を目印にするように上空からヘリみたいな物が降りてきていた

しかしその割にはプロペラもなく、空飛ぶ車の様な、飛行艇と言えばロマンが溢れる代物


「輸送機なんて…そんなのあるなんて聞いてないわよ」

「それはまあ、秘密兵器って感じでしょうか? あはは…」


不満げな声を漏らす私に、苦笑交じりで誤魔化したアーミヤ

これもケルシーの入れ知恵か、なら今はアーミヤを突くよりもコレの使い方を考えたほうが良いかも知れない


「なるほどね、分かったわアーミヤ」


ぽんっと手を叩いた私はアーミヤを見上げ、一体何の同意を得たのかとアーミヤは首を傾げて返す

その表情は、疑問半分と不安半分でいい加減、私の言動に馴れてきたように身構えてもいる


そんな彼女に、にぱっと不敵に笑ってみせると


「こいつにバグダンムシを積み込もうって魂胆ね? 爆撃よっ、空襲してるやるのだわっ!」

「物騒!? もう少し穏便にっていつも言ってますよねっ」

「良いの、皆まで言わないで」


ほらやっぱりと、慌てるアーミヤの前に、したり顔で指を立てて続ける私


「大丈夫。たとえ龍門に被害がでてもレユニオンが持ち込んだって言い張れるって寸法なんでしょ

 ケルシーの考えそうなことだわ、分かってるんだから」

「どこも大丈夫じゃないですよぅ。それにケルシー先生はそんな事…」


「本当に?」と、アーミヤが言葉を重ねる前に、その口を遮る私


今の私達の状況が、プラン通りなのか、最悪のパターンなのかは知らないけれど、あの秘密主義者が…


「何一つ含みが無いなんてありえないでしょ」

「それは…」


こんな所か?


さんざんアーミヤを困らせて、自分の不満は吐き出した

これ以上に彼女をからかっても意味はなく。その答えを聞く前に、タッタカと私は輸送機に向かっていた


「え、ドクター? どこに?」

「どこって、龍門でしょう? 行かないなら置いていくわよ」

「でも…あんなに嫌がってたのに」

「勘違いしないで。龍門を助けるとかじゃなくて、私はアーミヤを放っておけないだけなんだから」


それとも…


振り返った私はアーミヤを見つめて、それでもやっぱり下を向く


「私はお邪魔かしら?」


大げさだ、私もアーミヤも

わざとらしく泣きそうな声を出してみせたのもそうだし、ぶんぶんと音がなりそうなほど首を振っていたのもそう

弾むようなアーミヤの声が追いかけてくる

状況だけを考えれば不謹慎だったかもしれないけれど、少しは仲直り出来たと思えばやっぱり嬉しい


ただ一つ、他意があったとするのなら

そうは言っても、本当の所は私が放って置かれたくないだけだった





お空の旅は思ったよりは快適だった

特に気に入ったのは歩かなくて良い所。自分の足で歩かなくていいというのは楽ちんだ


「良い、アーミヤ? 今だけなんだからね? アンセルくんが体を冷やさないでって言うから」

「はーい、分かってますよ。私も言われましたから…ふふっ」


アーミヤの膝の上に抱かれて、お互いを暖房代わりに温め合う私達

ふやけたアーミヤの声がいちいち不穏に聞こえるが、それでも温かいには変えられない


そんな風に戯れてるうちに、龍門の市街地に到達する輸送機と、私達の眼下には戦場が広がっていた


「ね、ねぇ…アーミヤ。これ、急に落ちたりしないわよね…? ねぇ?」

「大丈夫ですよ、ドクター…えへへ♪」

「な、何がおかしいのよ…もう」

「うーうん、なんでも」


輸送機の窓から改めて下を見る

視界を得るために傾く輸送機。アーミヤを捕まりながら滑りそうになる体を必死に抑える私

それの何がおかしいのか。私情の混じりに にへら とだらしない笑みをアーミヤは浮かべていた


そんな笑い方をするアーミヤは嫌いよっ


などと言って突き放したい気持ちもあるが

おぼつかない足元が浮遊感に苛まれ、煽られるような不安は度し難い

結果として、アーミヤを調子に乗らせてしまっているが、それでもこの手を離す勇気は持ち合わせていなかった



恐る恐る見下ろしたビルの上

林立するビル、その屋上の一つにチェンとメフィストが対峙していた


事態はクライマックスか

しかし、メフィストの攻勢に、チェンがあと一歩を押し切れないでいるようにも見える


私兵の群れで壁を作り、遠距離からの狙撃でチェンの足を止める

さらに配置した狙撃兵は、透明になる魔法でも掛けてあるらしく、射線を読むのにも難儀な事よ

単純でいて単調で、つまり確実な作戦ではある。人海戦術が取れるなんて羨ましい話しだが

何よりつまらないのは、他力本願なくせに、自分が強いと強者の笑顔を浮かべているメフィストの存在だった


「でもアイツ。アーミヤちゃんを廃都市に放ったらかしにした張本人でしょ?」


私の肩越しから、つまらなそうな顔を覗かせるブレイズ

「もう少し高みの見物でも良いんじゃない?」と、棘のある言葉を隠しもしない


「じゃあ、ここで見捨てる?」

「ま、そこまでは言わないけどさ…」


棘には棘を

それでも不満を隠さないブレイズの気持ちも分かる。多分にそれは、私も同じ気持ちであったから


「そうよ、それで良いのよブレイズお姉さん。アレだけ威張り散らしていたんだもの…」


負い目を付けてやるのよ

恩を被せて、笠に着て、無理難題をふっかけてやるのだわ。散々困らせてやらなきゃ気が済まないんだから


「やめてください、ドクター。ブレイズさんも」

「そりゃ、命令なら従うけど…そっちは良いわけ?」


私達をたしなめるアーミヤの声に

あえて言葉を区切ったブレイズ お姉さんの視線が、薄気味悪い笑みを浮かべ続ける私に向いていた


「もちろんよ、分かっているのだわ。でも、下に降りる間くらい良いじゃない?」

「ふーん。ま、そんなに時間はかかんないと思うけどね」


言うや否や、ブレイズが輸送機の扉を開いていた


「へ…?」


嫌な予感がする…。だが、事態は待ってはくれなかった

開け放たれた扉から、叩きつけるような風が飛び込んでくる中ブレイズが声を上げる


「アーミヤちゃんっ。まさかそのまま飛ぶ気なの?」

「大丈夫ですブレイズさんっ。私がドクターを抱えるので、実質一人分かと思いますっ」

「実質って…ま、いっか。あんまり私から離れないでよ」


まるでユーザーを煙に巻くようなアーミヤの言葉に

一瞬呆れたような顔をしたブレイズだったが、すぐにもそれは悪戯をするような笑顔に変わっていた


例えばそう…


生意気な子をちょっと懲らしめてやろうだとか、可愛い子に意地悪をする時のような雰囲気にも似ていて


「ちょっとブレイズっ。あなた今笑ったでしょうっ!?」

「ねぇ、ドクター…気球って知ってる? アレって浮くのよ?」

「知らいでかっ! それでも人は落ちるのよっ!?」


そんな当たり前の事を、取り繕った真面目顔で言われても何の安心感も生まれない

どころか、これから落とされるのだという理解ばかりが、それこそ気球のように膨らんでいく


「アーミヤ…。まってよ、待ちなさいよ…本気なの?」


泣きそうな声を出して、アーミヤを見上げる私

いつもならこの辺りで譲歩をしてくれる彼女に甘えては見たものの


「待ちましたよ…? 私は、いっぱい待ってたんですから」

「ん?」


しかし、今回は事情が違ったようだ


「待ってたって…何をよ?」

「…ヘイズさんと二人で何をしてたんですか?」

「うぐっ…」


バレてた


それを言われては何も言えない

だって、コソコソしてたんだもの。その上、アーミヤが嫌がりそうな事をこっそりしてたんだもの

適当な言い訳を考える前に、アーミヤを騙していたようなバツの悪さが私の口を鈍らせる


その空白が、さらにアーミヤの鬱憤を膨らませてしまうのにも気づかずに


「それに、ケルシー先生とお話をしていた時もです。一緒に龍門に行きましょうって言った時もそうでした…

 おはようも、おやすみも、ただいまも、おかえりなさいだって…わたし、ずっと待ってたんですよ?」


「ちょっとまって、アーミヤ、一旦落ち着いて? そんなの後でいくらでも…」

「後っていつですか? 褒めてくれるのはまだですか…?」

「ひぅっ…」


取り繕うのがバカみたいだ

私が何かを言うたびに、アーミヤの声音が下がっていく

何を言ってもすべて墓穴。地雷原を歩かされるような恐怖にだんだんと返す言葉も無くなってしまう


「先に行くのは心細いんです、待たされるのは寂しいんです、目をそらされるのは悲しいんですよ…」


ドクター…ねぇ、ドクター?


上げつらねて終わりなく、口さがなければ止めどなく

私が故意にでも、無意識にでも、避け続けていた事実を、アーミヤは淡々と延々として語り続ける

指折り数え続けて指が足らず、重なる言葉は恨み言のように重くなっていった


ぎゅっと…


首がしまる

罪悪感を孕んだ胸の痛みは確かに合ったが、それを忘れるほどに強く、強く強く、アーミヤに抱きしめられていた


「ぅっ…アーミヤ、ちょっと苦しいわ…離して…よ」

「ううん…」


ゆるゆると、小さく首を振るアーミヤが そのまま私の耳元で囁いた



… ぜ っ た い に は な さ な い …



泣きそう


しかし、泣き声を上げるのも許されないまま、私の悲鳴は空に落ちていった





さながら怪獣映画のようであった


ブレイズが屋上に到達するその前に、箒で払うように振るわれたチェーンソー

邪魔とばかりに横薙ぎに払われると、メフィストの私兵ごとビルの一角を切り飛ばす


築かれた橋頭堡


その混乱に乗じて、追っかけ落っこちてくる私達に叩きつけられたのは上昇気流だった

それを気球というのは余りにも乱暴で

アーミヤに抱えられてなければバランスを崩して尻もちをついていた所だろう


「ぜぇ…はぁ…ひぃ…ひっぐっ…」


死ぬかと思った


自分の声とは思えない音が喉奥から響いている


取り繕う余裕も無ければ、真面目を装ったアーミヤがメフィストの前に立つのも止められやしない


「ドクター…まさか、お前まで来るとはな」

「はぁ?」


何を言っているの?


チェンの声がするが、その言葉の意味が分からない


好きで来たわけでもないのに、そんな以外そうな顔をして


「来たくなんてなかったわ…。だって、落ちたのよっ 落っこちたのっ! 落とされたんだからっ!?」


一度口を開けば抑えが聞かないのは私も同じようだった

分かりやすくチェンに食って掛かると、溜まった鬱憤をここぞとばかりに叩きつける


「死ぬかと思ったのっ、死ぬところだったのよっ。チェンのせいなんだからっ、責任取りなさいよばかーっ!?」

「分かった、分かったから落ち着いてくれ。こんな所で泣くんじゃあない」

「泣いてないーっ! あんたなんかと一緒にしないでよっ」


鬱陶しそうに頭を抑えられ、振り回した手はチェンの服を掠めていく

負い目もあろう。怪我の痛みも残っているのか、流石にそれ以上の手は上がらなかったけど

目に見えてチェンの機嫌が悪くなってるのは確かだった


「ほい、ドクターその辺で。アーミヤちゃんが今良いこと言ってるんだからさ」

「離してよブレイズっ。今度はビルから落とそうってのっ! やりなさいよっ、やってみせなさいなっ!!」

「…落とすわよ? ほんとに…」


そこに優しさはなかった

いや、私を拾い上げた時まではまだ良かったが、流石にそれ以上も付き合う気はないと冷めた声が胸に突き刺さる


「…ごめんなさい」

「はい、良い子。そうやって、しおらしくしてるほうが絶対可愛いって」

「だって…急に落とされたのよ? びっくりするじゃないの、とっても驚いたんだから…」

「ああ、まあ、それはごめんね」


ブレイズに抱きかかえられ、頭を撫でられるうちにようやくと落ち着いてきた

半分は脅しの効果だったが、大人しくしてる分には可愛がってもらえるなら、それ以上もない話しではある



しかし、それ以上に困っていたのはアーミヤだった


メフィストの前に降り立ち、ぶつけ合うだけの対話かわす

重ならない主義主張は平行線を描き、一触即発の空気に緊張感が高まっていく…


はずだった…


ドクターが、後ろでなんか騒いでいる


その癇癪に強く出きれないチェンさんと、手慣れ様子で落ち着かせているブレイズさん

傍から見ればそれは羨ましい光景ではあったけど、状況が状況だ

お互い、追い詰められた状況でのその余裕は、なんとも場違いで腑抜けている


緊張感は高まっているだけで、いまいち張り切らない糸はいつになっても切れる様子がない

言いたいことも言ったし、もう戦うしかないんですねと

この意見だけはきっとメフィストとも合うはずなのに、狂った調子にイマイチ口火を切れないでいた


ドクター…ちょっと黙って


散々逡巡した挙げ句、選んだ言葉は自分にしては少し刺々しい

状況が状況だ、気持ちが高ぶっていたのもあるし、気が急いていたのもきっとそう

気が滅入る。言ってしまえばまたドクターに逃げられるのかと不安しかないなんて、とんだ貧乏くじだ


「何をしに来たんだよ…お前たちは。ピクニックのつもりなのかなぁ…っ」


明らかにイラついたメフィストの声

アーミヤが口を開くより前に、しびれを切らしメフィストの言葉は攻撃の合図へと変わっていた


「ドクターっ!?」


慌てて振り返るアーミヤ。だがそれでも間に合わない

砲弾が、ドクターを抱えたブレイズの元へと飛んでいき


「ブレイズ、ちょっとしゃがんで」


ひょいっと頭を下げた二人の上を掠めていった



「心配ないわアーミヤ。だってここが死角だもの、当たりっこないのだわ」


「へ?」とか「は?」とか、アーミヤとメフィストから腑抜けた声が聞こえてくるのは中々に愉快だった

さっきまでの不機嫌もそこそこに、アーミヤの隣へ向かった私は その手を捕まえていた


「おまえ…何を言って?」


しかし、メフィストの動揺はアーミヤ以上だったようで

いかにもといった感じで目を点にして、信じられないものを見るような視線を私に向けてくる


「上に3つ、右に3、左に1と、下にも3…かしら?」


適当に並べ立てたような数字、何かの暗号にも聞こえるそれは

しかしてメフィストには通じたようで、明らかに表情が変わっていた


「分からない? 見えてるって言ってるのよ…ねー、ブレイズお姉さん」


可愛こぶって後ろを向き、からかうように声をかける


そんな私の仕草に苦笑しながらも、自分の血を拭ったブレイズがそれを世界に振りまいていた

血は広がり霧になり、烟る血液は燃え上がると、歪んだ陽炎を作り出す

光学迷彩とかブレイズが言うにはそうらしいけど…どうせなら周りのビルごと吹き飛ばせば早いのに


そんな愚痴が舌打ちに変わる前に、見えなかった狙撃兵達が点々と視界に入るようになる


「さあ、出番よチェンっ。やってしまいなさいな」


狼狽するメフィストに意気揚々と指を指す私

このままサクっと血が飛び散る瞬間を夢見て、しかし現実はかったるそうだった


「まてまて、なぜ私がお前の指揮下に入らんといけないんだ」

「なぜ? わからない? 首を取らせてやろうっていうのよ、それ以上が必要?」


その無言は肯定なのか逡巡だったのか

それでも私の傍を通り過ぎると「任せた」と、言葉を残して駆け出していくチェン


「ええ、良いわ。見ていて…きっと上手に出来るんだから」




まあ、こんなところだろうと

傾いた戦況の上辺に乗って、上から目線で私はメフィストに声を掛けていた


「ねぇ、メフィスト? バナナはおやつに入ると思う?」


別に意味が合ったわけじゃない

ただピクニック発言に乗っかってみただけの、強いて言うなら勝利宣言だったのかも


「なんなんだよ…たった4人だぞ。しかも一人は…」


聞いてない? 聞こえてない? まあどっちでもいいけれど

その震える声は私には向いていなかった。パラパラと、崩れる砂の城を呆然と眺める子供のようで


「私兵を友だちに数えないでよ、これだからボッチは。友達の作り方も知らないのかしら」

「おまえっ! お前らそいつを殺せよっ、そいつを殺せば僕の勝ちなんだぞっ!!」


くすくすと、これみよがしに笑った途端に噛み付いてくるメフィスト

批判にだけは過剰に反応して、自分の失態は見ないふり

なんて心の狭い、友達がいないのも頷ける

一人で出来ます やりましたって態度だけは チェンに似ているようでいて、それはあまりにもチェンに失礼だろう


「さあ、チェン。お膳立てはしてあげたわ。そいつの首を撥ねるのよ、とんと首を上げると良いのだわ」


勝ち誇った笑いを漏らす私に「よく言うわ…」と、呆れた様子ながらも疲れを隠せないブレイズの声が掛かる


「言わないでブレイズお姉さん。恥ずかしくなってしまうわ、顔から火が出そうなのよ」


ブレイズの言う通り、勝つには勝ったが辛勝だ

アーミヤのアーツが嫌に刺さったり、強引なブレイズの範囲攻撃と

チェンが変な刀をカチャカチャ見せびらかしていたお陰ではあるし

それを指摘されると、自分の不得手を認めるようで恥ずかしい


「そうは見えないんだけど?」

「そうは見せないのが指揮官の仕事なの。分かってくれるかしら? この苦労」

「よしよし。えらかったし、がんばったわね」

「でしょー」


どかっと大きな手が私の頭を捕まえると、随分と乱雑に頭を撫でられる

右へ左へ、面白いように頭がゆすられて、いい加減目も回りそうだが、それでも褒められる分には悪くないし


ばんっと、やぶれかぶれの銃声が響く


とっさに前に出るブレイズと、慌てて後ろに隠れる私

なにより、私を庇うように広がった手はとても頼もしいものだった



銃声が通り過ぎ、辺りが静けさに包まれる

取り残されたメフィストの私兵。居なくなった狙撃兵たち

ブレイズが切り飛ばした屋上が、肩身を寄せているその上で、立っているのは私達だけだった


「こらーっ! ちぇーんっ! ちぇぇぇぇぇぇんっ!?」


いや、違う、それでは困るのだ。そんな結末を私は望んでいない


「なに逃してるのよっ!? それじゃしょうがないじゃない、私が下手っぴだったみたいじゃないのっ!!」

「いや、すまん…油断をした」


チェンの前まで飛び出す私

しかしあと一歩という所でまた頭を抑えられ、振り回した手はイマイチ彼女に有効打を与えられていない


「そうでしょうよっ。中途半端に刀を見せびらかしてっ

 すぱっと抜いてしまえばよかったじゃないっ! そうすりゃ てんてんころりんだったのよっ!!」


それが図星だったのか、探られたくない腹でもあったのか

それ以上になにもは言い返さずに、鬱陶しそうに私の攻撃を捌き続けているチェン


「そこまでよ、ドクター…」

「ここまでなものかよっ! だってブレイズっ、あなただって言いたいことくらいっ」

「ど・く・たー…すとっぷ、ね?」


私の体を影が覆う

振り返ると、ブレイズの笑顔が近づいていて、その指先が唇を塞いでくる


「ひぅっ…」


言葉が出なくなった

仕草こそ優しいくせに、揺らいで見えるその体はとても大きな威圧感で私を押さえつけていた


「私も無事、アーミヤちゃんも無事、ドクターだって、ついでにソイツも無事。だれも下手っぴなんて思わないわ」

「でもあいつはジェシカをイジメたのよ、許せないじゃない…」

「それも分かるけど、また今度。みんな疲れてるんだから」


それを言われて息を呑む

なんせこちとら、命からがらおっとり刀で駆けつけたばかりだ

正直、この状況を凌いだだけでも儲けものと言われればその通りであり


「…わかったわ。それで良いのでしょう?」


ブレイズの威圧感にも負けて、不承不承と頷くより他はなかった


「チェンにごめんなさいは?」

「誰が言うもんですかっ」


べーっと舌を出し、それでもブレイズは逃げていくドクターを見逃して


「すまん、助かった」


その背中には、思ったよりも素直なチェンの言葉があった


「それは、ドクターを追い払ったこと? それとも私達が助けに来たことに対して?」

「…両方だ」

「へぇ…」


不思議なものを見るように目を細めたブレイズの視線を、「なんだ?」と怪訝な表情で受け止めたチェン


「別に。助けなんかいらなかったとか言われるかもって思ってからね…。ま、そこまで腐っちゃいないか」


それじゃと、あっけなく手を振ったブレイズは、何を言うでもなくそのままドクターを追いかけていった






チェンの前から逃げたのは良いとして、逃げる先なんてのは言うほどなかった

ブレイズの後ろに隠れてもいたかったけど、チェンの近くにいるとまた余計な事を言ってしまいそうで

結局、渋々ながらも、アーミヤの近くに腰を下ろすしかない


しかし、近づきすぎるのも怖いものだ


ぜ っ た い に は な さ な い


忘れてしまいたいのに、ふとした拍子に思い出すその言葉

そりゃ、彼女の好意をしっていながら、お預けをしていた私も悪かったのだろうけど


それにしたって、アレは怖い…夢にも出たらそのまま引きずり込まれてしまいそう


「ドクター?」


アーミヤに名前を呼ばれる

いつの間にか彼女を見つめていたのか、焦点のあった視線はすんなりとアーミヤと重なっていた


「なぁに? 難しい話は終わったのかしら?」

「いえ、それはまだ…」


口ごもるアーミヤに代わって、私の通信機にざっと雑音が入り込む


「いやなに、ドクター・しずく。君ならもう少し騒ぎ立てるかと思っていたのでね」

「ああ、それ?」


通信の相手は近衛局のお偉いさんのフェン長官(ドラゴン爺さん)だった


「このクソジジイっ。私達を囮に使いやがったわねっ、どうしてくれるのよっ、死ぬところだったじゃないっ…て?」


言葉こそは乱暴に、それでも つまらなさそうにお望みの言葉を私は返す


「あっはっはっはっ。まさにそれだよ、耳を抑える準備が無駄になってしまったな」


突然の暴言に慌てるアーミヤが可愛らしい

だが、その程度でこのドラゴン爺さんは気を害す風でもなく、通信機ごしにも鷹揚な笑顔が見て取れる


「それを言ったら、ケルシーにも同じことを言わないといけなくなるわねきっと」

「ほう、そう思うかね?」

「ええ、とっても。怖い人よアレは、優しくはあるけど、冷たいもの」


それがきっとアーミヤとの一番の違いかなってはおもう


「だからね、それは良いのよフェン長官」


代表だの顧問だのと呼ばれても、結局はチェンと同じような立場でしか無い

悪く言えば神輿とその飾りで、よく言っても中間管理職か、不要な情報までこっちに降りてくるはずもない

耳栓、目隠し状態で、私に出来ることなんてそう多くもないのだから、言える我儘があるとすれば


「そんなことよりも私、あのお菓子が また食べたいわ」

「アレかね…。随分と気に入ってはいたようだが…そうか」


それで何を察したのか、自分の顎をひと撫でして頷く爺さん


「知ってるんだから、年寄りは子供にお菓子を上げるのが趣味なのでしょう?」

「そうとも。それで機嫌が取れるんなら可愛いものじゃないか?」


ぱたっと、突然に止んだ会話

嵐の前の静けさかと、落ち着かない沈黙が続いた後『あっはっはっはっ』と笑い出す私達


その光景。果たしてアーミヤにはどう映っていたものか

面白い顔をしながら、私と通信機の向こう側を行ったり来たりしてるのだけは印象的だった



ーおしまいー




おまけの没シーン供養


Amy「ケルシー先生…少し、良いですか…?」

KLC「ダメだな」

AMY「まだ何も言ってないのにっ!?」

KLC「聞いているよ。あの子を抱えて飛び降りたんだろう? 流石に同情する」

AMY「あれは…だって、わざとじゃ…」

KLC「確信犯か? なお質の悪い。まあ、良かったんじゃないか?」

AMY「何が良いもんですかっ」

KLC「視線すら合わせてもらえないよりはだ。ケンカなら健全にしたまえよ」

AMY「あのぅ…先生から何か言って貰えたりは?」

KLC「嫌だね、噛みつかれては敵わん。それに、ドクターの事は任せてと息巻いたのは君だろう?」

AMY「はい…そうですね。行ってきます…」



Dr 「ねぇ? アーミヤはもしかしてスケベなの? ウサギはそうだとよく言うけれど…」

AMY「違いますし誤解ですっ。それをそうだと言うなら、アンセルさんだってそうなるじゃないですかっ」

ACL「いや、私まで巻き込まないで欲しいんですけど…」

Dr 「そうなの? それじゃあ アーミヤ? 一つ答えて、正直によ?」

AMY「な、なんでしょう?」

Dr 「アーミヤは私とお風呂には入りたくないのね? 私の裸が見たいということではないのよね?」

AMY「・・・・・・・・・・・・・」

ACL「あ、すいません アーミヤさん。ドクターから少し離れてもらえますか?」

AMY「なんでっ!?」

ACL「いえ、悩む時点そうとう…」



Dr 「まあたいへんびるがまっぷたつでひびだらけなのだわー」

Cen「いや、まてこれは…」

BLZ「それもぜんぶレユニオンってやつのせいなのね」

Cen「さっきお前が切り飛ばして…」

Dr 「…(ちらっ)」

BLZ「…(ちらっ)」

Cen「…ああっ。そうだな、多分そうなんだろうよ」

BLZ「流石ねチェン隊長。話が分かるわ」

Dr 「まだよ。これからもっと恩を被せてやるんだから」

AMY「ごめんなさい…ほんと、すみません…」



Dr 「良い? アーミヤっ。それ以上近づかないで、また無理心中とか御免こうむるのよ」

AMY「はぃ…」

Dr 「…でも、それ以上離れるのもダメ。見える所にいてちょうだい…」

AMY「ドクター♪」

Dr 「近づかないでって言ってるでしょうっ!?」

AMY「ひぃん…どうしたら良いんですかぁ」



後書き

最後までご覧いただきありがとうございました


5章はほとんど無視できると思ってたのに結局長くなってしまった

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