ミリオンロンパ 非日常編1-4
某ゲームのパロディです。殺害トリック等のクオリティはご容赦ください。死ネタ注意。
【劇場規則】
規則5:理事長ことアカネへの暴力を禁じます。監視カメラの破壊を禁じます。
規則6:鍵のかかったドアを壊すのは禁止とします。
規則7:仲間の誰かを殺したクロは”卒業”となりますが、自分がクロだと他の候補生に知られてはいけません。
なお、規則は順次増えていく場合があります。
未来ちゃんの個室の前までたどり着くと、勢いよくドアを開ける。
「志保ちゃん!」
「矢吹さん…?どうしたの、そんなに慌てて」
中に入ると、少し驚いた表情の志保ちゃんと目が合った。
「また死体でも見つかった?」
「や、やめてよそんな冗談」
「本気で言ってるんだけど…ま、いいわ。それで?」
「うん、あのね――」
トラッシュルーム前での昴ちゃん達との会話と、これまでの捜査状況をかいつまんで説明する。
志保ちゃんは得心した様子で頷いた。
「…なるほど。それで死体の持ち物を確認したいわけね」
「う、うん。いいかな?」
「いいよ、ちょうど検死も終わったみたいだから」
シャワールームの扉を数回ノックすると、中から聞き覚えのある声が返ってきた。
「豊川さん、入ります」
「は~い。…あら、可奈ちゃん?」
風花さんは小型キッチンで手を洗っているところだった。
彼女は少し驚いた様子でこちらを見ている。私がいるとは思わなかったんだろう。
「急にすみません、ちょっと確認したいことがあって…」
「大丈夫よ。何かしら?」
「未来の持ち物の中に鍵はありませんでしたか?トラッシュルームに入るために必要らしいんですが」
「鍵?うーんと…見当たらなかったと思うけど…」
「えっ、なかったんですか!?未来ちゃんひょっとして失くしちゃったのかなぁ…」
「失くした…ね。もっとほかに、可能性の高い理由があると思うけど」
「それって…?」
「自分で考えたら」
「えぇーっ!?ここまで言っておいてそんなのズルい!教えて教えておーしーえーてーっ!!」
「ああもう、うるさいっ!」
「ま、まあまあ。鍵は見つからなかったけど、代わりにこんなものがポケットに入ってたよ」
そう言って風花さんが志保ちゃんに手渡したのは、くしゃくしゃになった紙だった。
「証拠品になるかと思って一応取っておいたんだけど」
「何が書いてあるの?」
「待って。えっと…”小麦粉:100g、水:80g、塩:適量”…」
「どういう意味なのかな…?」
「さあ。でも、何かのメモであるのは確かでしょうね」
何かのメモ…これを未来ちゃんが持っていた意味。
ひょっとしたらこれは、重要な手がかりになるかもしれない…。
【『何かのメモ』を手帳に記録しました】
「あの……現場を、見させてもらってもいいですか?」
「えっ、でも…」
「聞いてなかったの?もう検死は終わったし、鍵も持ってなかったって」
志保ちゃんに頷いて返す。
「うん、わかってる。でも自分の目でちゃんと見ておきたいんだ」
「可奈ちゃん…」
未来ちゃんの犯人探しをするのに、その未来ちゃんの殺害された現場を確認しないのはおかしい。
ただの精神論かもしれないけど、現実に向き合う意味でも絶対に必要だと私は考えていた。
志保ちゃんが嘆息する。
「…わかった。ただし、私も傍に居る。また気絶されても困るからね」
「…!ありがとうっ!」
「未来ちゃんはこのキッチンの先…シャワールームに居るよ」
風花さんの指し示した先…シャワールームはカーテンに遮られて、ここからだと中は確認できない。
一度深呼吸し、気合いを入れ直して一息にカーテンをめくる。
その先にあったものは――
………。
(…………ああ………)
今朝見た光景と何も変わらない。
壁にもたれて俯いたまま、ぴくりとも動かない死体がそこにあった。
(未来ちゃん……本当に死んじゃったんだ……)
覚悟はしてきた。吐き気はするけど、今朝より血の臭いも薄くなっている。
けれど…私の胸を抉る喪失感だけはどうしようもなかった。
立ちすくむ私の肩を志保ちゃんが叩く。
「…大丈夫?」
「うん…」
「なら手早く済ませるわよ。残念だけど、今の私達に死者を悼む時間なんてない」
「……うん」
言い方はきついけど、口調は優しかった。それをありがたく感じながら改めて目の前の光景に目を凝らす。
(まずは未来ちゃんの周りの様子を観察してみよう)
アカネファイルの通り、彼女はシャワールームの奥で壁に寄りかかった状態で死亡している。
足元には血に濡れた刃物と、未来ちゃんのモノらしい血痕。
血はほとんど乾いているけど、犯行当時はかなりの出血量だったように見える…。
(どうして未来ちゃんがこんな目に合わなくちゃいけなかったの…?)
零れそうになる涙を服で拭って観察を続ける。
(あの刃物…)
じっと目を凝らし、ふと気付いた。
(…これ、包丁だ。そういえば厨房で包丁がなくなってた。じゃあこれが…!)
「…その包丁、ちょっと見せて」
いつの間にか後ろから志保ちゃんが覗き込んでいた。
「…未来の血の他に、白い粉みたいなものが付いてるわね」
「え?あ、本当だ…なんだろうこれ。……って、えええっ!?」
「何よ、舐めて確認するのが一番手っ取り早いでしょう」
いや、それにしても全然躊躇がなかったような…それにもし毒物だったらどうするつもり…。
なんて、言っても聞いてくれないんだろうけど。
「…わかった、これ小麦粉だ」
「小麦粉?何でそんなものが未来ちゃんを刺した包丁に付いてるの…?」
「…さあね」
明らかに何か分かってそうな顔だけど、聞いても教えてくれないことはさすがに学習してる。もういいもん。
それより考える。普通に考えれば調理中に小麦粉が包丁に付いたんだと思うけど、じゃあ未来ちゃんはその包丁で殺されたってこと…?
何だろう…何かが引っかかる。重要な手がかりな気はするんだけど…。
【『付着した小麦粉』を手帳に記録しました】
未来ちゃんの遺体の状態を調べようと近寄った瞬間、体が動かなくなった。
友達の変わり果てた姿。最期の瞬間、彼女は何を思っていたんだろう。
俯いているせいで表情は分からない。苦しみに歪んでいるのだろうか、それとも人形のように無表情なのだろうか。
それを確認するのが怖くなって……唐突に強烈な吐き気とめまいに襲われた。
「……う…!」
「矢吹さん?」
私の様子を見た志保ちゃんがゆっくり首を振る。
「…限界みたいね。そろそろ切り上げましょう」
「でも…」
「無理して倒れたらそれこそ意味がないでしょう」
「ごめん…」
「なんで謝るの…ほら、肩貸して」
半ば志保ちゃんに引きずられるようにして居間に戻る。驚いた表情の風花さんがすぐに近寄ってきた。
「か、可奈ちゃん!?大丈夫…!?」
「はい…だいじょうぶ、です。ちょっと、気分が悪くなっちゃって…」
「無理もないよ。ほら、ベッドで横になって」
「すみません…」
促されるままベッドで横になる。風花さんが持ってきた水を飲み、少し時間が経つと体調も良くなっていった。
「…それで、何か見つかった?」
私が落ち着いてきたのを見ると、風花さんは机のそばに立っている志保ちゃんに問いかけた。
「包丁に小麦粉が付着していました」
「ああ…あの白い粉って小麦粉だったんだ」
「他は特に何も。ただ…少し気になっている事はあります」
「気になる事?」
「確証はないので言いません。それに、豊川さんの検死結果を聞けば自ずと分かることですから」
「あはは…あんまり頼りにされると困っちゃうけど。お医者さんではないから本格的な検死はできないし。でも…そうね、じゃあ私からも報告を…」
そこではっとしたように風花さんは私を横目で見た。
「志保ちゃん…」
「…そうですね。止めておきましょうか」
「…あ、だ、大丈夫だよ!ほら、もうこんなに元気に…」
「いいから。もう少し寝ていなさい」
「でも…」
「無理して倒れられても迷惑だって言ってるのよ」
「……」
「豊川さん、一点だけ聞きたいことが」
「あ、うん。何かな?」
「”壁に血痕を洗い流した跡”は見つかりましたか?」
風花さんは一瞬ぽかんとした表情を浮かべ、困惑したまま首を振った。
「う、ううん。なかったと思うけど…」
「分かりました。…矢吹さん、確認だけど厨房のペットボトルの数は減っていなかったのよね?」
次は私に質問が来た。厨房に設置されている冷蔵庫の、水の入ったペットボトルのことを聞いているんだろう。
美奈子さんと確認した冷蔵庫の中身を思い出しながら、うなずく。
「うん、減ってないよ」
「どうも。じゃあ確定かな」
「…?」
話がよく分からない。”壁に血痕を洗い流した跡”?それに何の関係が…?
さっき確認したとき、未来ちゃんの足元に血痕はあったけれど、壁にはほとんど付いていなかった。
志保ちゃんは犯人がペットボトルの水で血痕を洗い流したと思っているんだろうか。
「えっと…血を洗い流すだけなら、シャワーを使えばいいんじゃないかな」
「馬鹿なの?」
「え」
「未来の死亡時刻は午前0時半頃。つまり?」
「”夜時間”だから水は流れない…?」
「そういうこと」
「そ、それは知ってるよ~。そうじゃなくて、あらかじめ蛇口を捻っておいて朝7時にシャワーが流れるようにすれば…」
志保ちゃんがぽかんとした表情をしていた。
あれ…何かヘンなこと言ったかな…?
「できるの?」
「う、うん。一回確認したもん。蛇口を捻ったまま寝ちゃって、朝になったら水の流れる音で目が覚めて…」
志保ちゃんは途中から私の話を聞いていなかった。
少し考える素振りを見せたあと、真剣な表情で私を見る。
「矢吹さん」
「な、なに?」
「あなたは既に自分の無実を証明できるカードを持ってる。せいぜいその使い所を見誤らないことね」
「へ?」
「ここのシャワーの蛇口は捻られていなかった。――話は終わりよ」
志保ちゃんは一方的に会話を打ち切ってしまった。
自分の無実を証明できる…って言われても、どうすればいいのか。
…自分で考えろってことですよね、はい。
【『血痕』『夜時間』『シャワーの蛇口』を手帳に記録しました】
「豊川さん、ご協力ありがとうございました。あとは自由に行動してもらって結構です」
「もういいの?」
「ええ。あまり残り時間もなさそうですし」
アカネは明確に時間設定をしたわけじゃない。きっと待つのに飽きたらその時点で”始まる”。
その瞬間が近いことを志保ちゃんは察しているのかもしれない。あるいはもう捜査に疲れ……それはないか。
「志保ちゃんは?」
「私は”見張り役”ですから。お構いなく」
「分かったわ。私は食堂にいるから、必要だったらすぐに呼んでね。それと…無理はしないでね」
「どうも」
「風花さん、また後で」
風花さんが部屋から出ていって、それでようやく思い出した。
「そういえば、ロコちゃんはどこに行ったの?」
「あなたと同じ」
「え?」
「検死が終わった後に死体を覗きに行ったのよ。シャワールームから出てきた時には真っ青になってて、手洗いに出ていってそれっきり」
「ありゃりゃ…」
そこで会話が途切れた。まだ少し気分が悪いのでおとなしく横になる。
志保ちゃんはベッドに座らず、壁にもたれて腕を組んだまま立っていた。いつもの姿勢。
ふと、思い浮かんだことを聞いてみる。
「未来ちゃんのDVDって、どんな内容だったのかな」
「さあね。どれも似たような内容だと思うけど」
「犯人も同じような映像を見たんだよね」
「まあ、そうでしょうね」
「どうしてこんなことになっちゃったのかな…」
「なった、というよりさせられた、というほうが正確だと思う」
「させられた…?」
「あなたは何も理由がないのに人を殺したいと思う?」
「…思わないよ」
「私もよ。きっと、この劇場にいる全員が同じはず。黒幕以外はね」
だから、と一呼吸置いて続ける。
「現状を嘆くより前を見つめたほうが、事態の解決には近くなる」
「振り向くな、ってこと…?」
「そうじゃない。振り向いてもいい、後悔してもいい、泣きたければ泣いていいの。ただそこで立ち止まってはいけない。もう帰ってこない人を思い遣って何もしないのはただの逃避よ。あなたが生きたいなら、どんな絶望が立ち塞がっても生きたいと思うなら、前に進み続けるしかない。それだけは忘れないで」
私は黙って聞いていた。志保ちゃんがこんなに長く喋るのは初めて聞くな、とあまり関係ないことを頭の片隅で考えながら、思う。
未来ちゃんは死んだ。殺された。それは事実だ。悲しいし、すごくつらい。犯人探しだって本当はやりたくない。未来ちゃんのためだなんて言い訳だ。私はこの悲しみから、誰かを敵にすることで逃れたいだけなんだ。それでまた自分がつらくなるって分かっているくせに。
でも前に進まなくちゃいけない。私は生きているから。未来ちゃんの分まで生きるとかそういうことを言えたらカッコいいのかもしれないけど、私はそこまで強くない。人の命なんて背負えない。だから私は――
「引きずっていくよ」
今朝見た光景。血に濡れた友人の死体。これから一生忘れることはないだろう。
いや、忘れちゃいけないんだ。でも私は弱いから、忘れたいと思ってる。忘れて楽になりたいと願ってる。
だから、せめて。
「忘れずに引きずっていく。背負っていけるほど、私は強くなんてないから」
それが何の供養にならないとしても、私は引きずり続ける。
未来ちゃんの死も――そして、これから私達全員で指名することになる”クロ”の命も。
私は上半身を起こした。休んだおかげか、さっきより随分楽になっている。
「大丈夫なの?」
「うん、もう平気」
「そう。………」
「…?志保ちゃん…?」
「…まあ、いいか。そっちから情報ももらってるし。交換するって言ったのは私だしね」
「へっ?」
「はい、私が見つけた証拠」
そう言って志保ちゃんが差し出したのはメモの切れ端だった。この部屋にある物と同じ…つまり全部屋共通のメモ用紙。
(何か書いてある…?)
文字は所々薄れていたが、声に出して読んでみる。
『夜遅くにごめんね。ちょっと二人でお話しない?塞ぎ込んでるのってあんまり良くないからさ…。
0時に私の部屋に来てくれると嬉しいな。大好きなアレを用意して待ってるね。みらい かすが♪』
内容を反芻するまでもなかった。
「これって、手紙…!?」
「文面だけ見れば未来が誰かを呼び出していたという事になるわね。死亡時刻から考えても、その呼び出した人物に殺害された可能性が高い。
まあ、肝心の呼び出した人物がまだ分からないんだけど…」
「すごいよ!このメモ、どこで見つけたの!?」
「裁判の時にでも説明する。もう捜査する時間はあまり残ってないと思うから」
「そ、そっか。分かった」
【『誰かに宛てた手紙』を手帳に記録しました】
「……あれ?」
メモを見ていて、少し引っかかることがあった。
「どうしたの」
「この、最後の文章…名前だよね、たぶん。何でこんなに歪んでるんだろう…?」
志保ちゃんはどうでもよさそうに言った。
「サインのつもりなんじゃない」
「…言われてみれば」
「どうしてただの手紙に自分のサインを書くのかよく分からないけど。変な文字が浮かんできたから最初は私も驚いた」
たしかに一見して何が書いてあるか分かりづらい。でもちゃんと見ればそれっぽく見えるし、何より人一倍アイドルに憧れていた未来ちゃんらしいとも思えた。
この特徴的なサイン…証拠として使えるかもしれない。
【『未来のサイン』を手帳に記録しました】
私がメモを返そうとすると志保ちゃんは片手を突き出して拒否した。
「いい。それはあなたにあげる」
「いいの?」
「必要な事はメモしてあるから。…それより、動けるようになったなら行ったほうがいいんじゃない。人を待たせてるんでしょう」
「そうだね。じゃあ行くよ、いろいろありがとう!」
「…ま、せいぜいがんばって」
未来ちゃんの部屋を後にしてトラッシュルームに向かう。証拠もだんだん揃ってきた。
残り時間は少ない。後悔のないように、やれることは全部やっておこう。
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