アイドルスペースウォーズ・エピソード2 第二部⑫ 生存競争
「アイドルマスターミリオンライブ!」内で行われたイベント、「アイドルスペースウォーズ」の二次創作です。
戦艦佐竹に帰還した765小隊を出迎えたのは、ドクターアンナだった。司令室にウィルスが入り込んでしまったので一緒に来てくれと言うアンナだったが、口調やふるまいに違和感を覚えたカナが彼女を質問責めにする。答えに窮している最中に”本物の”アンナがアナウンスを入れたことで正体を看破された”偽物”は、カナとシホの目の前で突如姿を消してしまった――
「ハァ、ハァ……!」
ドクターアンナに瓜二つの“侵入者”が姿を消した後、弾かれたように走り出したカナ・ヤブキは格納庫を飛び出し、“ある部屋”に向かっていた。
「た、隊長…!ハァ、ハァ……ど、どこまで逃げるんですか!こちらは2人、相手は1人です!迎え撃って戦えば…」
カナに追従して走るシホ・キタザワが意見を述べるが、それを遮るようにカナは指を自分の口に添えてささやく。
「シッ!静かにして!!」
「……?」
思いがけない強い口調に、シホは思わず口をつぐむ。
そして、カナは急に立ち止まると、素早く周りの音に意識を集中させた。
(……やっぱり)
「あの、隊長…?」
「こっちに来て。隠れるよ」
有無を言わせず手を引かれて“茂み”に隠れたあと、たまらずシホは切り出した。
「…どうして急に逃げ出したんですか。あの場で戦っていればきっと勝てました。こんなふうに逃げ回っている時間なんて…!」
「あの人の姿が見えなくなったあと、シホちゃんは気配を感じた?」
またもシホの言葉を遮るようにカナが問いかけた。怪訝に思いながらも、感じたことをそのまま伝える。
「…いえ。たぶん、感じなかったと思います。存在そのものが目の前から消失したように思いました」
「私も同じだよ。それどころか、足音すら感じなかった」
「は?」
気配だけじゃなく――足音すら感じない?
「ここまで逃げてくるまでの間、特に走り出した直後、後ろから誰かが追ってこないかずっと気にしてたけど…少しも足音が聞こえなかったんだ。息切れの声も、もちろん気配も」
「ま、待ってください。気配も音もしないなんて…そもそも、奴は本当に“姿を消した”んですか?何らかの手段でワープしたとか、そもそもホログラムだったとか…」
首を振って、カナは否定する。
「私たちを出迎えた時は足音も聞こえたし、気配もあったよ。ワープした可能性は否定できないけど…たぶん違うと思う」
「何故ですか」
「…あの人は、私たちを殺すつもりだった。標的が目の前にいるのに、ワープで離れた所に移動…なんてしないんじゃないかな」
「なら、奴は本当に姿を消したってことですか」
「たぶん」
「奴が後を追ってきていない可能性は」
「わからない。でも、きっと来るはずだよ」
曖昧ではあったが、カナの口ぶりはほとんど確信しているようだった。確かにあの“侵入者”は目の前で自分たちを殺すと宣告した。それなのに遠くに離れてしまうのは道理に合わない。
「音も気配もなく、自分の姿だけを相手から隠す…まるで忍者ですね」
「あはは、そうだね」
「笑い事じゃありませんよ…」
緊急時でもいつもと変わらないやりとりにシホはため息をつきかけたが、カナの表情を見て思わず押しとどめた。
声こそ笑っていたが、その顔はまったく笑ってなどいなかった。緊張のためかひどく強張っており、目も据わっている。彼女は確かにシホと会話していたが、その意識は、今は見えない敵に全神経を注いでいる。
あの時と同じだ。アイドルフォースを救出しにテロリストのアジトへ向かった、あの時と――
「うん、本当にびっくりした。光学迷彩なんて実際に見たことなかったから」
光学迷彩。視覚的に対象を透明化する技術。名前くらいは聞いたことがあるが、それがどういった原理で成り立っているのかシホにはわからない。だが、少なくともそれが軍事技術として一般に取り入れられているという話は聞いたことがなかったし、あれほど完璧に姿を消したり、音もなく歩くことができるものなのだろうか。
「あんなのが一般的に取り入れられたら困っちゃうよね。見えなかったらまともに戦えないもん」
光学迷彩が一般化した悪夢じみた世界を想像し始めたところで、理性が意識を現実に引き戻した。
「…奴が姿を消した方法はわかりました。それで、これから具体的にどうするんですか」
「……」
カナは伏し目がちに辺りを見回している。敵から逃げ出し、ここまで誘導しておきながら、まさか何も考えていなかったのか。
「…わかりました。幸いこちらは2人、相手は1人です。私が囮になって奴を引き付けるので、隊長はその隙に」
「それはダメ」
即答だった。シホは舌打ちする。
「じゃあどうするんですか。姿は見えない、気配もわからない、足音も聞こえない。その上危険な薬品を所持していて、いつ背後に忍び寄られて薬品を打ち込まれるかわからない。こうしている今だって、もう近づいてきているかもしれない!この戦艦だっていつ墜ちるかわからないんですよ!?悠長に作戦を考えている時間はないんです、奴一人に構っている時間は…!」
焦りと不安でまくし立てるシホの口を、カナの手が塞いだ。
「静かにして。私たちの位置がバレちゃう」
「……っ、ですが」
「船のことなら大丈夫だよ。きっとドクターアンナがなんとかしてくれる。私たちはこっちに集中しよう」
静かなカナの口調にシホは押し黙った。それでも何か言おうとしたが、その前にカナが言葉を投げかける。
「シホちゃん。ここがどこだかわかるよね?」
「……?」
ここがどこか、この部屋は何か。それが何の関係があるのか。疑問に思いながらも、シホはやや躊躇いがちに答えた。
辺り一面の、緑を見回しながら。
「植物園……ですよね?」
765小隊に遅れること数十分。“侵入者”は息を切らせながら、やっとの思いで植物園に到着した。
(ハァ、ハァ……。つ、ついた…。くそっ、こっちは何の訓練もしてない一般人だっての…!)
内心で毒づきながら、目は獲物の姿を追い求める。エイリアンの身体能力は平均して地球人より高いが、それでも訓練された兵士と何もしていない常人とでは埋めがたい差があるようだ。
カナたちが逃げた通路はこの植物園まで直結しており、途中で逃げたり隠れられる部屋はない。また、765小隊が到着する前に、植物園から先に繋がる通路への扉は司令室からの操作でロックしている。最初の不意打ちで仕留め損なったときの保険のつもりだったが、まさかステルス機能を使った瞬間に逃げられるとは思わなかった。
想定外といえば、ドクターアンナのことだ。確かに毒薬を打ち込んだはず。なのになぜ生きているのか。
(出合い頭の不意打ちで胸に一撃…肌に直接打ったわけじゃないけど、ちゃんと心臓を狙ったのに。ひょっとしてあいつ、人間じゃない…?)
ともあれ、獲物は袋小路に追い込んだ。あとは気づかれないように背後に忍び寄り、首筋に一撃。それで終わりだ。仕掛けたウィルスはドクターアンナによって対処されるだろうが、もう一度ちゃんと殺した後にまた仕掛ければいい。幸いというべきか、不測の事態に備えてウィルスチップは2枚持たされていた。
部屋に入り、周りを見渡す。辺りは一面の緑で、木や草がところどころ生い茂っている。木には艶やかな赤色の実が生っており、根のそばには大小さまざまな茸が生えていた。天井から照りつける人工光の明かりが眩しい。一応手入れはされているようだが茂みは深く、部屋の隅から隅まで見通すことはできない。案の定、一見した限りでは逃走者たちの姿を見つけることはできなかった。
(…いない。隠れてるのか。めんどくさいな……)
整理された道を通りながら無遠慮に舌打ちする。どうせ外部には聞こえない。唯一気をつけなければならないのは、生い茂る草や根っこに足をとられて茂みに突っ込むことだ。自身の立てる音は聞こえなくとも、茂みが大きく揺れればさすがに気づかれる。
ゆっくりと歩みを進めて乱れた息を整えながら、口元に弧を描いた。
(どこに隠れたって同じだよ。どうせ逃げられっこないんだからさ…!)
植物園。
ドクターロコが開発し植えた種が成長し、フロアの一室を埋め尽くすほどに草木が生い茂った部屋のことである。ここで収穫された穀物や果実はクルーたちの食糧源ともなっている。また、“とある理由”によって通常時は立ち入り禁止とされ、クルー全員の持ち回りとなっている食糧の収穫担当者にも厳重注意が言い渡されている。その理由が――
「…まさか、隊長」
「うん、そうだよ」
はっとして問いかけたシホに、微笑みながらカナは答える。
「私たちじゃどこにいるのかわからないけど、きっと“彼ら”なら見つけられる…と、いいなあ」
「そこはせめて断定してくださいよ…」
「あはは…。ほとんどカンだから断定はできないけど、私は信じるよ」
生い茂る草木を見つめながら、カナは言う。
「“彼ら”を――ドクターロコの発明を、私は信じる」
(――見つけた)
入り口からしばらく歩いて、ほどなく標的の姿を視界に捉えた。深い茂みの奥の空いたスペースに身をすり合わせるようにして隠れている。よく探さないと見つからない位置だが、それでやり過ごせると思われているのなら随分と舐められたものだ。
周囲は茂みに覆われていたが、一か所だけ歩いて通れるくらいの道が開けている。彼女には知る由もないことだが、収穫のために通行する道のみ整備されて通りやすくなっており、ここもその一部である場所だった。
迷わずその開けた道まで進みながら、“侵入者”は内心安堵していた。
(もしあの深い茂みの中に隠れられていたら、最悪そのまま突っ込んで力づくで仕留めなきゃいかなかったからね…。まあでも最初の奇襲で1人は始末できるだろうし、こっちを完全に見失ってからまた仕掛ければ殺れなくはなかっただろうけど)
相手が間抜けでよかった。心からそう思いながら、道端まで伸びた木の根に足を取られないよう注意を払いつつ標的までの一歩を踏みしめた。
(あの光学迷彩は使用者の姿を人の視界から消す。でも、きっとその存在自体を完璧に消すことはできないはず)
油断なく周囲に気を配りつつ、さりげない所作で腕の時計で現在時刻を確認する。
(もしあの人が、この植物園について何も知らないのなら――)
現在時刻は――“彼ら”の活動時間帯。
(悪いけど、ちょっと怖い目にあってもらうよ…ッ!)
ふと、違和感を覚えた。
(――――ん…?)
何かに見られている気がする。高い位置から見下ろされているような、強烈な不安感を覚える。
その違和感を引きずったまま勢いよく振り返るが、何もいない。見えるのはただ一面に生い茂る鬱蒼とした草木だけだ。
(気のせい、か……?)
自らの中に生じた原因不明の悪寒を振り払おうと、一歩踏み出した。踏み下ろそうとした。――だが、動かない。
(――――!!??)
見ると、足下の太い根から小さな根が伸びだして右足に絡みついていた。振りほどこうと今一度力を込めるが、万力に挟まれたようにぴくりとも動かない。
それでもなんとか振りほどこうと足掻いていると、急に部屋の人工光の明かりが陰った。
(…違う。これは影だ。…何かが、後ろにいる…!?さっきまで何もいなかったのに!?)
巨大な何かが、自らをすっぽり覆い尽くすほどの影の持ち主が背後にいる。足を木の根に絡めとられているため逃げることもかなわない。半ば恐慌状態に陥ったまま、その対象だけでも見定めるために勢いきって背後を振り返り――
彼女は、見た。
(――――――――――――え)
花があった。
花弁の内側に鋭い牙が並んだ、全長3メートルを超える巨大な花が、今にも“侵入者”を飲み込もうと大きな口を広げていた――
食人植物。
草木の中に姿を隠し、油断して近づいた獲物を捕らえて食らうとされる伝説上の植物。非常に生命力が強く、獰猛で、並大抵の傷ではすぐに再生してしまう。また、仮に倒しても土の底から新しく這い出して来るため、彼らを完全に絶やすには土の底に埋まっている核を破壊しなければならない。一定の周期で眠りにつくため、植物園に収穫に来る際には彼らの活動時間帯を見計らうようにクルー全員に言い含められている。「こういったインポータントなエリアにはガードマンがネセサリーです!」とはロコの談。勝手に凶悪な生物を配置したことで彼女は半年間タダ働きに近いほど減給されてしまったのだが……それはまた別の話。
『う――うわあああああああああああああああああああああああッッ!!?』
恐怖のあまり叫んでいた。理解が追いつかない。なんだこの生物は?なんでこんなものが、宇宙戦艦の一室に潜んでいる!?
わき目も振らず逃げ出そうとしたが、右足は根にがっしりと絡めとられてビクともしない。化け物はゆっくりとこちらに顔(と思しき位置)を近づけてくる。迫る巨体を見上げ、はっと気づいた。
(そういや、なんで…?なんでこいつ、私の位置がわかるの…!?)
慌てて首元のスイッチを触るが、確かにステルス機能はオンになっている。何者にも今の自分は知覚されないはずだ。だがこの化け物は緩慢とした動作ではあるが間違いなく自分に近づいてきているし、今も逃走を妨げる足に絡みついた太い根っこが奴の一部であることは確認するまでもなく明らかだ。
見えている。少なくとも、自分の存在は目の前の化け物に認識されてしまっている。おそらくこの足元の根は奴のセンサーみたいなものだったのだ。それを不用意に踏んでしまったために知覚された。いや、足元に注意したところで関係なかったのかもしれない。茂みをほんの少し揺らしただけでも、この部屋に入った段階ですでに気づかれていた可能性もある。
緩慢な動きで迫ってくる化け物の大きな口が見える。綺麗に並んだ牙の中央は真っ暗闇で、底が見渡せない。あれに飲み込まれたらどうなる?あの暗闇に飲み込まれたら、私は――――
知らず空いていた口から、再び叫び声が漏れた。
『あ、ああ…ああああああああああああああああああああッッッ!!!』
その悲痛な叫びが外部に聞こえないことを、今の彼女は失念していた。
「――――来た!!」
身を縮めていたカナが立ち上がる。“侵入者”の悲鳴に反応したわけではなく、食人植物が動き出したことから何者かの侵入を見て取ったのだ。
ほんの数メートル先では、植物が“見えない何か”を捕らえ、自身の一部である強靭な根を使って高く持ち上げ、今にも飲みこもうとその大きな口を広げていた。
「シホちゃん!」
「わかってます!…くっ、やっぱりこっちにも集まってきた…!」
立ち上がって声をあげたことで捕捉されたのだ。カナたちの周囲にも食人植物が集まってくる。その数3体。大きさはまちまちだが、そのどれもが自分たちを捕らえようと鞭のような手足を伸ばしてくる。
(もたもたしていたら、こっちまで捕まる…!)
飛び退った拍子にシホはルーントリガーを抜き放ち、正面にいた1匹にあらかじめ装填しておいた強力な麻痺弾を撃ち込む。通常弾では動きを止められず、与えたダメージもすぐに回復されてしまうからだ。しかし、麻痺弾の効力でも動きを止められるのはもって数分、猶予はない。エネルギーの切れたプラズマソードの柄を振り回して植物を威嚇しているカナを横目に、振り向き様に背後に迫っていたもう1匹に銃撃を叩き込んだ。
闇が迫る。アレに飲まれたら、終わる――
『この、化け物がああああああああああああああッ!!』
恐怖が臨界点を超え、逆上した勢いのままに自分の体を持ち上げる蔦に劇薬の入った注射針を突き刺した。
効果は――ない。
『え……う、うわあああああああああああああああッ!?』
唖然とする間もなく、体がさらに高く持ち上げられる。隠し持っていた注射針が落下して砕け散るが、気に留めている余裕はなかった。そのまま自分の真上まで移動させると、不意に拘束を解いた。
落下する。必死でもがくが何の助けにもなりはしない。植物園内に重力が働いていることを心の底から恨む。そのまま暗黒の中に飲み込まれようとした、その時――
「シホちゃんッ!」
「了解!!」
シホの握るルーントリガーから撃ち放たれた麻痺弾が食人植物を襲った。植物はおおきくのけぞり、“侵入者”はそのまま自由落下に従い床に落下する。
「がッ!…………あ、う……」
もがく“侵入者”の背後で、植物はうなだれるようにして硬直している。麻痺弾が効いているようだが長くはもたない。植物が動かないことを確認すると、シホは即座に“侵入者”に向けて銃を構えた。その横で、カナは硬直した食人植物に向けて小さく頭を下げ、謝罪する。
「ごめんね、助けてくれたのに。あとでいっぱいお水飲ませてあげるからね…!」
痛みに呻いていた“侵入者”は自身の状況に気づくと、慌てて首元のスイッチを押した。カチッ、カチッと音はするが、何も起きない。
(まさか、落下のショックで壊れたの…!?くそっ、このポンコツめ!)
不審な動きをする“侵入者”を見てとったシホは、銃口を向けたまま一歩近づき、声を張り上げた。
「動かないで!少しでも動いたら……」
「その言葉はもう聞き飽きたんだよッ!!」
向けられる銃口を意に介さず“侵入者”は立ち上がる。そして――不意に引きつった声をあげた。
「ひっ…………ひひっ」
「……?」
意図が読めず立ち尽くす。遠巻きに見ているカナも困惑の表情を浮かべていた。その間にも、少しずつ笑っているような引きつり声は大きさを増していく。
「ひっ、ひひっ…………ひひひっ………ひひひひひっ」
「何を、笑っているの…!?」
シホは困惑のままに問いただした。“侵入者”は虚ろな表情のままだったが、その瞳は追い詰められた獣のようにギラギラと暗い光を宿していた。
「ひひっ……つ、使うつもりなんてなかったのにさぁ……。でもしょうがないよね、もう後がないんだもんね…ひひひっ」
「何を言っている…?」
「ここで捕まるくらいなら、全員巻き添えにしてやるってことだよ」
宙空を泳いでいた彼女の視線が…ふいに、こちらを向いた。
「――ッ!?シホちゃん、下がって!!」
「ヒャハハハハハハハハハハハ!!もう遅いよッ!全部、全部燃え尽きろッ!!」
カナの忠告が聞こえた。
その言葉に従う間もなく、“侵入者”は大きく息を吸い、指笛を鳴らした。
ピュ――――――――――――――――――――――――――――ィ…………
「……!」
「くっ…!?」
音が部屋中に響く。指笛の反響音が残る中で、“侵入者”は高らかに叫んだ。
「来い、サラマンダーーーッッッ!!!」
このSSへのコメント