2016-04-17 22:37:21 更新

概要

トラック泊地シリーズ。
提督の旧友が、トラックに訪問する話。



8月。

ガーベージ海域攻略作戦の完遂から一月が過ぎ、激闘によって残された傷も、だんだんと癒え始めた。

敵の本拠地であると予想されている、深海中枢……過去、真珠湾(パールハーバー)と呼ばれた場所へ、一歩ずつ歩を進めていくたびに、

人類は……艦隊は、必然的に甚大な被害を負った。

逆に言えば、これは、過去に歩んだ一歩よりも、今歩む一歩のほうがずっと大きく、価値のあるものとなってきているということの表れであるともとらえられる。


時には、足の踏み場さえ無い針の山へ飛び込むことを余儀なくされ、

数え切れないほどの毒蜂が棲んでいると予測される巣へ拳を叩き込むようなことすらあった。

そのすべてを完遂し、やってのけるだけの実力を持つ艦隊も、生きている限り傷を負う。



本土にも夏の日差しが照りつけ、セミの鳴き声がこだまする季節。

前線を全力で駆け抜け続けた斬り込み隊……トラック泊地は、その傷を癒すために、長期の休暇に入っていた。






卯月「あづい」




響「うん」


卯月「あづいっぴょん」


響「そうだね」


卯月「なんで卯月たちはここに居るっぴょん?」


響「なんでって。君が自分から残ったんじゃないか。主力艦隊以外の艦娘は結構な人数が本土に帰ったよ」


卯月「いやそうじゃなくて。なんでトラック泊地はトラック諸島にあるっぴょん」


響「…………哲学かい」


卯月「仮にトラック諸島が歯舞とかにあればもっと涼しかったぴょん。なんでトラック諸島はトラック泊地ぴょん。赤道ちょうちかいぴょん」ジタジタ


響「ンなこと言われてもトラックはトラックだよ。君がここでじたじたしてても諸島は北上しないよ」




食堂にて収集のつかない問答を繰り返す卯月と響。

主力である第一艦隊は護衛のためにここに残ることを義務付けられたが、

その他の艦娘は長期休暇が終わるまで、本土での旅行や里帰りを楽しむことが許されていた。


そんな様は長期休暇が始まる前から見慣れた光景であると、調理場で割烹着を着て料理を作る戦艦レ級がひとり。

鍋やコンロの熱気が充満するのが常の調理場が、今日ばかりはひんやりとした空気で満ちていた。

カウンター席に腰掛け、ぐったりと寝そべる卯月の個人的な注文を受けたが為である。



レ級「おら、できたぞ。始めてない冷やし中華」ゴトン


卯月「ッシャオラァ!!頼んでみるもんぴょんね」


響「すまない。材料もロクに揃えてないのに、注文させて」


レ級「気にするなよ、麺さえあればあとは残りモンでどうにかなるし。それより響はいいのか?」


卯月「うめえぞ」ズルズル


響「ああ、私はいい。今日は提督の客人が来る予定が入ってるから、規定の時刻になったらさっさと用意をしなきゃならないからね」


レ級「客人?…… あぁ。確かにそんなようなことを言ってたな。悠長に飯食ってる場合じゃないってか」


卯月「お客さんっぴょん?だれだれ?」ズルンッ


響「ええと……そう。確か――」


ガラリ


提督「響ー。伯爵からそろそろ到着すると連絡があった。来てくれないかー?」


響「ああ。今行くよ」





卯月「…………。」


レ級「…………。」



卯月「伯爵って誰ぴょん」ズルズル


レ級「知らね…………いや、たぶん知ってる」


卯月「……誰ぴょん。」ゲップ











来客である『伯爵』について……


彼女の艦名は「Graf Zeppelin」。独逸の未成空母が基であり、艦娘となってはじめて戦場へ立った。

夜戦においても艦載機の発艦及びコントロールを可能とし、大反抗の際には昼夜問わず彼女の航空機が飛び交い、

他の航空母艦が夜が明けるのを待つ中、彼女だけが重巡洋艦や駆逐艦とともに夜を戦い抜いた。


トラック泊地の提督、天原桜花少将とは、その大反抗の際に知り合った。

大反抗の後、体に溜め込んだ疲労と古傷がたたり、戦場へ……海上へ出ることのできなくなった彼女の体を憂い

桜花はたびたび彼女の元へと訪れていた。

他愛も無い雑談と、似たような境遇、似たような体の者同士でしか出来ない話をするために。


当時から桜花は、彼女のことを「Graf」の日本語訳である「伯爵」というあだ名で呼んだ。

そして伯爵自身も、その名で呼ばれることにそれほど抵抗を感じていなかった。



そして、今。

伯爵の体は、無理をすれば海を渡ることが出来る程度には回復していた。


トラック泊地が長期休暇に入ったことを知った伯爵は、さも当然のようにそこへ行くと桜花に通達した。

これが顔を合わせながらの話であれば、桜花は間違いなく引き止めたが、届いた報せは決定事項だけが書かれた、それはそれは強引なものだった。

少しは自分の体を大切にしろ、と独白をこぼす桜花は、それを聞いていた夕立に、あなたもねと答えられ

似たもの同士であるが故に、あまり強いことを言えず、結局桜花は「準備をして待っている」以外の返事をすることが出来なかったのだった。





伯爵「…………。……ん……」



提督「お疲れさん。久しいな、伯爵」


響(……グラーフ・ツェッペリンじゃないか……けど)


伯爵「あぁ、ナクヤ。相変わらずキツい澄んだ眼だ、見てるだけで震え上がりそうだな」


提督「お前の挨拶も大概だよ。そら、肩を貸せ。横須賀からこの距離を単身で渡りやがって、まともに動けないはずだろ」


伯爵「まともに動けない状況下が日常だったからな。けど肩は渡すぞ、さすがに疲れた」


響(老成した雰囲気が、天龍とそっくりだな……)


提督「響。すまんが、先行して執務室までの扉を開けてくれるか。こいつ、存外重たい」


響「ああ。わかった」


提督「悪いな」


響「提督の役に立てるなら、どんな雑務も引き受けるさ」



足早にその場を去る響の背中が遠ざかっていくのを見ながら、桜花と伯爵の二人は互いの足並みを揃えながらゆっくりと歩く。

十歩ほど歩いたところで、どちらともなく昔話をはじめる。

来るなと言われても行き、来いと言われても行かないような捻くれ者同士がこうして顔を合わせる機会は少なく、

その割に、か……あるいはそれ故か、ひとたび会えばお互いにその喜びを際限なく分かち合う。


己が身分を忘れ、親しい友人同士に戻る瞬間を邪魔するわけにもいくまいと

響は彼女らの雰囲気を背中で感じながら、小走りで本庁へと向かった。







本庁内、客間。

あまり大きな歓迎は苦手だという伯爵の意向の一切を無視した用意が主力艦隊の艦娘によって行われている中、

響が到着する。



響「みんなー。進捗の方はどうだい」


武蔵「ああ響。問題ないよ、いつでも迎えられる」


響「そっか。助かるよ、武蔵」


武蔵「いいさ。母さんが横須賀に出払ってここに居ない以上、私が……って」



比叡「なかなかイケる……」ペロモグ


榛名「はい、榛名は大丈夫だと思います」ペロモグ


武蔵「コラー!!天下の金剛型がつまみ食いするなッ!!」ゴスッ


榛名「へぶッ!?」


比叡「痛ァい!?不幸だわ……」


響「それ、キミのセリフじゃないだろう」



比叡「だ、だってこんな美味しい料理を前にしておあずけなんて……」


武蔵「食い意地が張りすぎだろう……お客さんが来たら一緒に食べるんだから、それまで我慢しろ」


比叡「うう…… ………… っていうか……この料理、誰が作ってるんです?」


響「……そういえばレ級は食堂の方に居たね。本庁の調理場には今誰が……」



赤城「クク・・・・・懐石料理・・・・・・倍プッシュだ・・・・・!!」ガラリ


榛名「わあ!?びっくりした……ああ、赤城さんが作ってたんですね」


赤城「長門も一緒だ・・・・意外か・・・?」


比叡「いえ、そんなには。ここの艦娘はみんな色々出来ますし」


榛名「芸達者といいますか。まぁもともとがアレなので必然的に、ではありますけどね」


赤城「客人が誰であれ・・・・・!慢心は不要っ・・・・・!・・・・もてなすっ・・・・この上なく・・・・・!!」


武蔵「大和がここに居ればホテルの真価を発揮したんだろうがな。まあ仕方ないか」


響「ナチュラルにひどいことを言うね、武蔵。準備が出来てるなら何よりだ……もう来るだろうしね」


榛名「えっ?もう来てらっしゃるんですか?」


響「うん。とはいえかなりゆっくり歩いてくるし、ほらほら、余裕はあるけどさっさと配置について」


武蔵「ん。父さ…………提督も一緒に来るのか?」


響「ああ、提督も一緒だよ。……私達は会ったことがない人だけど、提督にとってはとても親しい相手のようだった」


赤城「上々ねっ・・・・・!長門を呼んでくるっ・・・・・!」


榛名「お願いしますね、赤城さん」




比叡「……今度、赤城さんに料理教えてもらおうかなぁ…………」


榛名「いいんじゃないですか?」










提督「……と……言うわけ、で。」


伯爵「こちらの提督……天原といったか?……の、旧友だ。よろしくな」


提督「一泊二日、旅行のような心持ちでここに来てくれたわけ、だが」 



比叡「お控えなすってェェ!!!」


榛名「ォ控えなすッてェエエッッ!!!」


提督「なんだこれ」


響「精一杯の歓迎の仕方……らしい」


伯爵「ふむ。……本土から離れると、やはり文化も違ってくるのか」


提督「いや、違っているのは文化でなく彼女らの意識だ。どういうことだ、これは」


比叡「お控えなすって!!!」


武蔵「遠路遙々、よくいらっしゃって下さいました……えっ……と……堅苦しい歓迎の挨拶ですが、どうぞ受け取ってくんなせえ……?」


提督「歓迎の意は伝わったから。充分控えてるから、そのかかってこいみたいな手をどうにかしてくれ比叡。あと律儀に台本らしいものを読み上げる必要もないぞ、武蔵」


赤城「提督。……お疲れ様です……質素ではありますが、私と長門が料理を用意させていただきました」


伯爵「おお、この料理はアカギが用意してくれたのか。ありがとうな」


提督「……まぁ、お前と長門ならしっかりやってくれるとは思っていたよ。」


赤城「ええ。それとは別に、彼女らにお迎えの礼儀作法を少しばかり」


提督「前言撤回だ 犯人はお前か」


榛名「お控えなすって」 


長門「控えおろう」ガラリ


響「気に入ったのかい、それ」


提督「頼むから落ち着いて飯を食わせてくれ」 


伯爵「わらひは別にはまわんぞ」モグモグ


提督「ああもう、ごっくんしてから喋れ」 






トラックにて賑やかな歓迎が行われている最中……

場所は変わり、横須賀。


客人を迎える予定のある桜花に代わり、

代理として夕立、護衛として雪風が、海を渡り

伯爵とすれ違うようにしてここに来ていた。


妹提督「はいはい、ご苦労様。ありがとね、こんなとこまで」


夕立改二「いえ、戦況報告は本来提督が行うもの。むしろ、代理を用意したこちらが謝らねばならないくらいですよ」


妹提督「ああいーのいーの。伯爵さんにはわたしもお世話になったから、あの人のガス抜きをしてくれるお姉ちゃんに感謝してるくらいだよ」


長い黒髪を一本にまとめ上げ、

のほほんとした笑みを浮かべっぱなしのこの女性は

天原桜花少将の妹、天原梅花。

横須賀の元帥をつとめている総司令官である。

軍服に着られているような体格と雰囲気から、

誰もが姉の方を元帥であると勘違いするが

その実、前線に出て戦いたがる姉が少将止まりなのであり

体を動かすことが得意でない妹の方が元帥で、

夕立らトラック泊地の艦娘は

彼女の助力を得て前線に躍り出ることができている。


かたや、こちらが戦えるだけの後ろ楯となってくれることに感謝する夕立。

かたや、向こうが戦ってくれることと、姉とともに居てくれることに感謝する梅花。

「いやいやそちらこそ」の連鎖は、

二人が顔を合わせるたびに起こっている。



ほとんど雑談のような報告を終え、重苦しい扉が開き

書類を渡して身軽になった夕立が出てくる。


夕立改二「さーて……用事、終わりっと。待たせてごめんね、雪風」


雪風「いえ、これが私の仕事ですから。もう大丈夫なのですか?」


夕立改二「まあちょこちょこ細かいことはあるけど、大半は終わりだね。どうする雪風、ご飯でも食べてく?」


雪風「ぬおっ、秘書艦に飲みに誘われました……もちろんご一緒させていただきますとも。」


夕立改二「うん、まぁ飲まないけどね。海上を飲酒運転とか洒落にならないし」



トラック泊地の艦娘は、それぞれが特徴的な成長をしているために

同名の艦娘でも、その振る舞いや口調に大きな違いが表れている。

横須賀にはじめて彼女らが来た時は、

「普通」を見慣れた、あるいはふれあい慣れた提督や司令官、艦長が

彼女らの様子を目を丸くして見ていたものだが、

今ではすっかり慣れたもので、すれ違う度に屹立とした敬礼を誰もが夕立や雪風に向けている。

それに答えながら、雪風は、ふと気にかかったことを夕立に問いかけた。



雪風「……そういえば、秘書艦。ひとつ質問してもよろしいですか?」


夕立改二「ん。答えられることなら答えるよ。」


雪風「はい。……伯爵……について、です」


夕立改二「ん、むぅ」


雪風「彼女は大反抗の際、提督と知り合い、戦友になったと聞いています。……けれど、大反抗を生き抜いた艦娘の中に……『Graf』という名を見かけたことがないのです」


夕立改二「まあ、そうだろうね」


雪風「あれだけの大規模な海戦です。生き抜いた艦娘は、それだけで何よりも大きな戦果であると言えましょう。……その名が、どこにも記されていない。率直にお伺い致します。夕立秘書艦」



雪風「……グラーフ・ツェッペリンとは、何者ですか?」



夕立改二「………………」



しばらく、立ち止まり。

ふと雪風と目を合わせ。


夕立改二「ここじゃ場所が悪い。もちっと移動してからでもいいかな?」


雪風は、彼女の紅い瞳を見つめ返す。 


雪風「はい。きっと、公の場で語れるような話でもないのでしょう」


夕立も彼女の目から顔を逸らさず、にこりと微笑み。


夕立改二「察しがよくて、助かるっぽい」







数年前、対象を日本列島にとった、深海棲艦の大進撃があった。

『大反抗』と呼ばれているその戦いの中で、

人類が勝利するために行われ、秘匿された

数多の作戦があった。


伯爵はその作戦の内、

『大戦時、未成であった艦の志を継ぐ艦娘』の建造によって生まれた。

まともな稼働を期待せず、特攻させるために

矢じりとして未成艦娘を生み出した、

この作戦に具体的な作戦名は存在しないが

後にただ一人、作戦を完遂し、轟沈した上で帰還した化け物の名をとり

『未成艦娘の特攻作戦』は、こう呼ばれるようになった。


『桜花作戦』と。



――桜花作戦の概要は、以下の通り。


並みの艦娘よりも遥かに強い闘志を持つ未成艦娘は、

しかして脆さをも持ち合わせている。

海に出るだけで内部機関を損傷させるものもいれば、

砲撃を行うだけでダメージを負うものもいた。

その上で全員に共通していたのは、

『傷つけば傷つくほどより強く闘志をたぎらせる』という性質だった。


なれば、と。

文字通り死ぬまで戦わせれば、彼女たちはとてつもなく大きな戦果をあげるのではないのだろうか?

当時、作戦を任された幹部たちはそんな考えに至り

彼女たちが死ぬ間際に起爆し

何もかもを塵芥と返す『首輪』を開発する。


戦って死ぬことはおろか、

生まれることすら許されなかった彼女たちは

誰ひとりその案に異議を唱えることはなく、

自分達の首を差し出した。


その未成艦娘(できそこない)の中で、伯爵だけが例外であった。

彼女だけは昼夜問わず艦載機を飛ばすことを可能とし、

『実用に耐えうるだけの艦娘』であると判断されたが

しかして彼女は自分だけが助かることをよしとせず、

その首に自ら首輪をかけ、海へと発った。



『桜花作戦』は成功に終わる。

内、帰還した艦は三隻。

枢軸国、連合国問わず生まれさせられた未成艦は、

その大半が海の上で散っていった。


一隻は轟沈し、その上で帰還。

一隻はその艦に救助され、満身創痍の中、不発の首輪をかけたまま帰還。

そして最後の一隻が、伯爵――

Graf zeppelinであった。



未成艦娘の名は、今やどこにも残されていない。

生まれることを許されなかった彼女たちは、

生まれ、戦ったことすら認識されず

海色に染まり、消えていった。




夕立改二「――あの人だけは死ぬことなく、空母としつ戦い抜き、正真正銘生き残った」


雪風「……だから、提督と…………」


夕立改二「まぁ、今はもう何もわからないけどね。実際に参加した艦艇は誰が誰だかわかんないし、

     第一、この作戦自体が最高機密だし」


まるで思い出話をするように最高機密を聞かされていたらしい事実に、

雪風は少し身震いした。


雪風「だとしたら、負傷して戦線から外れていた、たいうのは……」


夕立改二「事実が二割。隠蔽が八割ってところだね。

     ……ま、それを知ってどうこうするあなたでもないでしょ?」


雪風「……それは、そうです……けど」



艦娘だろうと生きている。

そんな作戦が極秘裏に行われていたことに、

憤りを覚えないわけがない。

だが、それでも、その憤りをどこに向けたとしても

私たちが、その散った命のうえで生きている限り

そんな行いに何の意味もないのだろう。


雪風はそう考えながらも、それでもいてもたってもいられずに、

夕立に問いかけた。


雪風「……ッ秘書艦。私に……それを知った私があの方に、何か、出来ることはありませんか?」


そうだね、と間を起き。


夕立改二「じゃ、今から真っ先に帰ろう。そんであの人が帰りたくなくなるぐらい、盛大にもてなしてやるっぽい」


いたずらっぽく笑いながら、夕立は答えた。


雪風「……はいっ!頑張りますっ!」


雪風も、晴天のような笑顔でそれに答えた。








提督「いやぁ、しかし……今日は暑いなぁ……」


伯爵「ん……そうだな。照り返しもキツいし、もう少ししたら戻るか」



――海。

赤道付近に位置するトラック泊地近海は、

常に強い日射のもとに晒されている。


海面が空を写し、きらきらと光るその上に

旧友二人はかつての戦いをなぞるように立っていた。


提督「歩き方は忘れていなかったな」


伯爵「互いにな。昔より歩けるようになったんじゃないか、なあ提督?」


提督「ん……まぁ、な。……夕立にこっぴどく叱られはしているが、

   体を動かさんとどうもな……」


ぐい、ぐいと体をねじり、体の凝りをほぐす桜花。

その腰には錆びない軍刀がさげられている。


伯爵「はは、そうか……お前が、か。ふたまわりも背丈の違う相手の尻にしかれてるとはなぁ」


提督「笑うなよ……ああ見えてあいつは強いんだ。器量も実力も、私とは比べ物にならん」


伯爵「…………そうかよ。……フフ」


提督「なんだ、気持ち悪い。さっきから何をそんなに笑っているんだ?ツボか?ツボに入ったか?」


伯爵「……?ツボがどうたらは判らんが……何、お前もしっかり提督をやっているんだなと、思っただけだ」


伯爵は、物憂げに空を見上げる。


伯爵「――私たちには司令塔など存在しなかった。あったのは、自分達の意思だけだ。

   手足の動かし方も、弾の撃ち方も、教わりはせど指揮はされなかった。

   死にたいように、死ねと…… それが唯一のオーダーだった」



伯爵「それが今じゃどうだ。年を取って満足に海にも出られなくなったやつもいれば

   顔に似合わん立場について職務を全うするやつもいて

   ……刀を振るのに精一杯だったやつが、たくさんの教え子を作って、彼女たちを纏め上げ、ともに生きている」


伯爵「死ぬのが役割だった奴がだぞ?往生際が悪いどころか、いつ死ぬのかまったく予想もつかなくなりやがった。

    …………まったく、長生きなんぞするもんじゃないな。

    生きれば生きるほど、死にづらくなる」


提督「……お互い様だ。戦いが終わったらさっさと隠居しやがって、こっちはお前に追い付こうと必死だったのに、

   追いかける背中がなくなったやつの気持ちも考えろ、馬鹿野郎

   どこを見て走ればいいのかもろくにわからなかったぞ。」




伯爵「……。 なぁ。」


提督「何だ。馬鹿野郎」


伯爵「………… 右目は、痛まないのか?」


提督「燃えっぱなしだが、痛くはないさ。それに、この目のおかげで見えるものも出来た」


伯爵「…… ほう。」



背中合わせに、顔をあわせずに会話をしていた両名が

互いに一歩踏み出し、その先の何かを見据えた。


偵察機が帰ってくる。

勢いをそのままにカードに戻るそれを、巧みに掴み取る伯爵。

右目にかかる前髪をたくし上げ、ゆらゆらと燃える炎を晒し

目を細める桜花。



桜花「東西から遠路遙々、アポ無しのお客様がおらっしゃった」


グラーフ「何名様だ?ナクヤ」


桜花「団体様だ、グラーフ」



両名はそのまま、まったく同じタイミングで腰元に手をかけた。

一人は刀に。一人はカードケースに。


帰還した偵察機が録音した声が再生される。

その言葉はただの艦娘や人間にはぬらりとした日本語に聞こえるが、

右目を燃やす艦娘にははっきりとした言葉として認識される。


曰く、敵は二隻。孤立している。

曰く、未成艦。不完全な出来損ないの生き残り。

曰く、これを機に一斉攻撃を仕掛け、撃滅する。


水平線の向こう側に影がのぞく。

艦影の数は10や20などではない。


グラーフ「捌ききるぞナクヤ。姫様から鬼のようなクレームが来ないようにな」


桜花「私はお前が心配だよ。老女将め、せいぜい無理をするな」


グラーフ「……。 ナクヤ。」


桜花「……なんだ。いつになく真剣な声を出して」


グラーフ「お前に私の体を預ける。指示をくれ、……提督」  


桜花「……。そうかい

   ――しかしまぁ、どうしてこうあいつらは――」





グラーフ「不完全と未完成という形容だけで片付けるのか。」


提督「実に清々しい間違いだ」










夕立改二「で」


提督「……」

伯爵「……」



陽がすっかり沈みきった、トラックの夜。

さながら菩薩のような笑みを浮かべ、

怒りをこれでもかというほどに振り撒いている夕立の前で

二人の女性がバスローブ姿で正座させられていた。


夕立改二「提督さんも伯爵さんも、海に出るだけで負荷がかかる体をしているわけですよね」


普段、とは言えないが、

語尾に「ぽい」とつける彼女の口調は

堅苦しくなく、くだけているのが常である。


夕立改二「それがなぜ、二人揃って小破中破して

     お風呂に入ってたんでしょうかね?

     夕立にはとてもとても。わかりませんね。」


提督「……ええとその。えと……なんというか」


伯爵「待てユウダチ。私が散歩したいと言い出したんだ。そちらの提督を連れ出したのは私だ」



夕立改二「――喧しいッ!!悪いのはどっちもでしょうがッ!!!」



そんな彼女の口調に敬語が混じり、

加えて怒号まで発せられると

単純な話、物凄く怖い。


提督「すいませんでした」

伯爵「えんとしゅーでぃぐんぐ」


付け加えると、ドイツの未成艦娘であれど

伯爵は日本生まれなので、

ドイツ語は全くもって話せない。


夕立改二「まったくもう……二人そろって入渠しながら夜を迎えるつもりだったんですか?ええ?

     ……こっちは雪風達が頑張ってくれてるっていうのに」


提督「……? 雪風が……何を?」


夕立改二「ああ、ええと」



雪風「秘書艦っ!二次会の用意できました!!!」


赤城「ククク・・・・眠いっ・・・・・!」  

 

響「ごめん。もうちょっと手伝ってくれるかい」



提督「……にじかい?」


夕立改二「そ。朝はご飯食べて終わりだったけど、

     夜は色々催し物とか考えてたの。

     雪風が率先してやってくれて、私は出る幕なかったっぽい」


伯爵「……夜はまだまだ長そうだな、ナクヤ」


提督「……だな。騒がしくてすまない」


伯爵「いや。たまには、こうやかましいのもいいさ

   それにここなら誰からも文句を言われることは無いだろう?」 


提督「違いない。………ん」



雪風「伯爵さんっ!はじめまして、陽炎型駆逐艦の雪風ですっ!」


伯爵「む。ああ、はじめまして……」


後ろ手になにかを隠し持ちながら、雪風が正座しっぱなしの伯爵に声をかける。


雪風「それで、ええとですね、その…………」


なんだろうか、と考えた……瞬間。

やわらかな花の香りが、伯爵の鼻をくすぐった。


雪風「――私たちの國を、護ってくださり……ありがとうございましたっ!!

   そして、ここへ来てくれて……本当に本当に、ありがとうございますっ!!」


差し出されたそれは、花束だった。


伯爵「あ…… ……嗚呼。どういたしまして……かな」


困惑しながらも、胸のうちで花開くような喜びを覚える伯爵。

その目線の先には、

朝とはまったく姿を変えた客間があった。


夕立改二「さ、ふたりとも!しびれたかもしんないけど立ち上がって!

      二名様、ごあんないっぽい!」



伯爵「……。 ナクヤ」


提督「どうした?伯爵」


花束をそっと抱きながら、立ち上がり、伯爵が言った。



伯爵「ありがとう。戦友」


提督「互いにな。戦友よ」




彼女達は、騒がしい夜をまた過ごす。

かつては闘志を、今は花を抱いて。




後書き


提督「なあ雪風」

雪風「なんですか、提督?」

提督「私にはお花、ないの?」

雪風「お花、わりと高いんです……」

提督「そっか……」


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