2016-09-27 01:04:46 更新

概要

ついモヤッと来て書いた
FGO世界で好き勝手やりたくなった結果がコレ

・メインシナリオをなぞっていくだけの手抜き仕様
・やりたい放題の主人公
・原作設定のミス、逸脱、改変等
・ネタバレ、その他二次創作にありがちな色々

上記のことがダメな方はご注意下さい


炎上汚染都市:冬木





館内洗浄開始まで、あと180秒です…


不運というのだろうか?


目に付くのは瓦礫と瓦礫と燃え盛る炎

無機質な研究施設だった一角は、ただの廃墟に成り下がっている

出口は閉ざされ、妙なカウントダウンを続ける機械音声


「すみません先輩…巻き込んでしましました…」


少女の声が聞こえる

桃色の髪の、メガネの似合う、優しげで、儚げな女の子


此処に来て、初めて出来た友達で

初対面の時から自分のことを先輩なんて慕ってくれて…

今は羽織っていた白衣の半分を赤く染めていた


医学の知識なんてものはないけれど

体の半分を瓦礫に押し潰され、服の半分以上を染める出血

弱々しい呼吸と苦しげな声…今すぐ手を打っても間に合うのかどうか


「良いのよマシュ。私が勝手に助けに来ただけだもの」


そう、ただの一般人が事故現場に飛び込んだだけ

何が出来るわけじゃないんだ、むしろ邪魔になる可能性もあったのに

結果として彼女と心中する役目があっただけ良かったかもしれない位


「だから、謝るならフォウくんにするべきね」


そっと手を伸ばす

この…犬の様な?リスの様な?兎の様な生物に

マシュがフォウと呼んでいた生物、そのマシュですら良く分かっていない生き物

だからきっとカテゴリーとしては「フォウ」と、そういう生き物なんだろう

人間原理で申し訳ないが、意見があるなら主張して欲しい


先程まで心配そうにマシュの周りを彷徨いたり、頬をなめていたりしていたフォウ

しかし、動物なりに自体を察したのか、機械音声がカウントダウンを始める頃には

大人しくマシュの隣で丸くなっていた


「フォウ?」


伸ばされた手を大人しく受け入れるフォウ

鳴き声からしてフォウなのだから、本当にカテゴリーはフォウで良いかもしれない


「そう、ですね。フォウさんも…ごめんなさい」

「フォウッ!」


謝るマシュ

それが気に入らなかったのか、強めの鳴き声が返ってきた


「ふふっ…不満みたいね?」

「むぅ…困りました」


巻き込んだ負い目はあれど、今の自分では明日の朝日は拝めそうにない

先輩に頼もうにも こちらもご道々だ

今の自分に出来る償いなんて「ごめんなさい」と言うくらいなものなのに


「ありがとう、で良いんじゃない?」

「え?」


だって私もこの子も、あなたが心配で突っ込んできたんだもの

「ごめんなさい」と、沈痛な顔して言われるよりも

「ありがとう」と、笑みを見せてくれたほうが嬉しいわ


「それだけで…良いのでしょうか?」

「私は好きよ?あなたの笑顔」

「…」


向けらる笑顔に、気恥ずかしそうに目をそらすマシュ


合って一日も…過ごした時間は半日にも満たないのに そう言い切れる不思議

意外と自分は惚れっぽいのか、それともこの子は人に愛される才能でも合ったのか


「それに、この子だってきっと、ね?」

「フォウっ♪」


頭を撫ぜる

返ってきた声は機嫌が良さそうで、それを同意と見るには十分だった


「先輩…手を、握ってもらってもいいですか?」

「うん…」


動かすのも辛いだろうに、懸命に伸ばされた手を掴み、ぎゅっと握り返す


「先輩、フォウさん…ありがとうございます」


弱々しく微笑むマシュ

割れた眼鏡、額から流れる血、精彩の欠いた瞳、そのどれもが終わりを印象づける

同時に、部屋の中央に浮かんでいた丸い球体が、室内の火に煽られるように赤く赤く染まっていく


何と言ってたかな…この機械が正常なうちは人類の未来が保証されるとか

それが燃えているとなると…終わり、かな?私も、マシュも…世界も…


3・2・1


機械音声が最後の時を数えきる


ー全工程完了。ファーストオーダー実証を開始しますー


「どういたしまして…」


その声がマシュに届いたのかは分からない

ただ私たちは光りに包まれ、その意識を手放した




不運、と言うべきだろうか?


貴女にはその才能があります

そんな言葉に踊らされ、飛び込んでみればこれだもの

だからこれは不運というより運の尽き

実際、詐欺という訳でもなかった

魔術はあった、これで私もって思いもした

ただ、ここに来たタイミングが悪かったのだろう


世界を救う、その前に自分が死んでどうすんだか

嫌だな…人が死ぬのってこんなに簡単なんだ

そりゃそうよね…毎日テレビの向こうでは誰かが死んでたんだ

寿命とか老衰なんかじゃなくて、事故だったり災害だったり

殺し合いの結果なんてのも珍しくはなかった

今度は自分の番…それだけ、言ってしまえばそれだけで

せめてもの幸運は一人じゃなかったことくらいか


手にとった温もりを、噛みしめるように握りしめる

直にこの温もりもなくなるだろう

けど、それは私も一緒…


霧里 明音(きりざと あかね)

赤い髪が目を引く、快活な女の子

きっと普通の生活を送って、きっと普通に死んでいっただろう

魔術なんて魔導の道にそれなければ


不運なんかじゃない、自分で選んだ結果だ

だからこれは運の尽き、それを運命と呼ぶのなら


此処が私の終着点




ぼんやりとしていた

起きる前のような不確かな現実感

頬に温かい感触。犬にでも舐められたら こんな感じだろうか?


「先輩っ…先輩っ」


誰かが必死に私を呼んでいる

この声…この呼び方…それは記憶に新しいものだった


「起きて下さいっ、起きないと殺しますよっ!」


物騒なことだ、さっき死んだばっかりなのに

起こした上でまた殺すのか、意外と過激な子ね


「もう…なによマシュ…人が気持よく死んでる所に…」

「良かったっ。先輩…ご無事で」


どれ程死んでいたのか分からないけど

随分と久しぶりに見た気がするマシュの姿


「もう天国に着いたの?」

「いえ…ここは、天国には程遠いところかと」

「そう…」


それは残念…天国ではないなら此処は地獄か

悪い事してきたつもりはないのだけど…神様は随分と意地悪だ


「天使はいるのにね…」

「へ?せ、せんぱい…」


マシュに手を伸ばして抱きしめる

温かい…研究所で感じていた温もりと比べても

はっきりと生きている者の温もりだった


「良かった…無事で…」


でも残念…本当に残念


「マシュ…逃げなさい」

「きゃっ!?」


マシュを突き飛ばす

力加減が出来てないのは大目に見て欲しい、擦り傷ぐらいで済めば良いけど


目の前には凶刃、剣かな?

人の様な形をした人ではない何か…骸骨かしら?

なんで動いてるんだろう?安っぽいゾンビ映画の世界見たい


まさか、この歳で2回も死ぬなんて思わなかった

コマ送りのように近づいてくる凶刃

避ける?その選択肢はマシュを突き飛ばした瞬間に消えていた

痛いのは嫌だったんだけど…マシュが無事なら良いか

受け入れるように目を閉じる…いや、実際は斬られる瞬間なんて怖くて見てられなかっただけ


「フォウっ!」


けれど、その逃避は横合いからの声に引き戻される

ガッと、骨を軋ませて吹っ飛ぶ化物

お陰で凶刃は空を切り、何とか命は繋いだようだった


「フォウくんっ」

「フォォォォォッ!」


私の前に立ち、毛を逆立て唸り声を上げるフォウ

随分と頼もしい護衛さんだ

一息吐いてみれば、あきらめモードだった思考が多少はマシになる


とりあえず、今はどうなっている?

フォウもマシュも私も無事…どう見ても天国じゃないし


「ていうかっ、マシュっ!?無事なのっ、怪我ないっ」


自分で突き飛ばしておいて何だけど、今更彼女のことを思い出す


「はいっ、それより先輩…」

「ええ、そうね…」


それはそう…皆まで言うな

立ち上がり、ざっと辺りを見渡せば

ひーふーみーよーっと、化物が一杯だった


「マシュ…こいつら何?」

「言語による意思の疎通は不可能。敵性生物と判断します」

「対応は?」

「殺ります、それしかありません」

「おっけっ」


その辺に転がっていた鉄パイプを拾い上げる

剣を振り回してくる化物相手に、どれだけ有効化は甚だ不明だが

素手よりは余程良いだろう


「先輩は私の後ろへっ、フォウさんは先輩をお願いしますっ」

「って、マシュあなたはどうするの?」

「大丈夫です、この程度なら多分何とかなります」


振り返り微笑む彼女

その姿は、死にそうだったあの時と比べると

随分と頼もしく、まるで別人のようだった




「ふははははっ、骸骨のくせに私に逆らうからこうなるのよっ」


マシュが叩き伏せ、動かなくなった骸骨の頭を踏みつける

意外というべきなのか、不気味に動いていた割にあっさりと砕け散ってしまう


「フォウっフォウっフォウっ!」

「あはははは、結構楽しいわねこれっ」

「フォウっ!」


一人と一匹が地面を踏み鳴らす度に、パキポキぺきと小気味良い音が辺りに響く

勝利のBGMにしては余りにも軽はずみで、それが人骨だった日には余りにも不気味だった


「先輩…弱い者いじめって好きですよね?」

「あら、よく分かったわねマシュ?」

「いえ、何となく…その…」


そうこうしてる内に最後の一体までも粉々に踏み砕かれていた


「それで、こいつらなんなの?」


ようやっと満足したのか、足を止めマシュに向き直る明音


「分かりません…強いて言えばこの異変に関係あるような、無いような何かです」

「ここはどこ?」

「2004年の冬木と呼ばれている地方都市です」

「私は誰?」

「はい、先輩です」

「こっちのは?」

「フォウさんです」

「貴女はだぁれ?」

「マシュです、マシュ・キリエライト」

「3サイズは?」

「上から…って、何を言わせるんですかっ!?」

「ちっ、惜しい…」


淡々と答えをくれるものだから

勢いで口を滑らせるものかと期待したけれど

お互い冷静なようで何よりだ…


「ていうか、マシュ…あなた無茶苦茶強いわね?」


「つっかれたぁ」と、その辺にドカっと腰を降ろす明音

そして、そういえばと残っていた最後の疑問を口にした


「いえ、本来なら逆上がりも出来ないモヤシです…この力は…」


突然だった

マシュが続けようとした言葉を遮るように空間が滲み出し

テレビの砂嵐のようにざわつき出す


「ああ、やっと繋がった。 もしもし、こちらカルデア管制室だ、聞こえるかい!?」


浮かび上がる像が映しだしたのは人物

金髪で碧眼のゆるふわ系の様な白衣の男


「ドクター、こちら…」

「ああっ!?」


マシュが開いた口を遮って大声を出す明音


「出たわね栗男っ!」

「マロンじゃないって言ったじゃないかっ、ロマンだよっ、ロマニ・アーキマンっ」

「どっちも同じでしょっ。どうせ一年中栗の花みたいな匂いさせてんだから、むしろピッタリだわっ」

「誤解を招くような事言わないでくれないかなっ!」

「女の子部屋でナニかしてたくせにっ!」

「キミが来るまでは空き部屋だったんだよっ」

「盗撮機器でも仕掛けてたんでしょっ!」

「酷い誤解だっ!」

「今度は何よっ、上から目線で覗きこんでっ盗撮犯からのぞき魔にランクアップって訳?」


きーきーぎゃーぎゃーと不毛な争いを続ける二人


「はぁ…先輩、少し黙って」


加減はしよう、正し しばらく喋れなくなるくらいには

手持ちの大盾を振り上げるマシュ

何ともなれば、先の骸骨の群れをたやすく一層出来るほどのソレを

明音の頭の上に落とした


「たてっ!?」


きゅぅっと、そのまま行動不能に陥る明音

その隣へフォウが駆け寄ると、ちょんちょこちょんちょこと前足で突き始めた


「Dr.ロマン…状況説明、願えますか?」

「あ、うん。逞しくなったね、マシュ」

「この状況では嫌でも…それと、盗撮の件は帰ってから」


ニコッと、笑みを浮かべるマシュ

まるで信用してない瞳がそこにはあった


「誤解だと言っているっ!」




「いいかな、くれぐれも無茶な行動は控えるように、こっちもできるかぎり早く電力を」


それっきり、砂嵐さえも残さずに途切れる映像


「それが彼の最後の言葉だったわ」

「不吉なナレーションを入れるのはやめて下さい、先輩」


痛そうに頭を擦りながら、ゆっくりと起き上がる明音


「話は聞いていましたか?」

「痛くてそれ所じゃありませんでしたー」


むすーっと頬を膨らませ、マシュのことを睨みつける


「すみません先輩…ですが、あのままでは話が進まないと…」

「あの専門用語の塊が会話だっての?」


英語のほうがまだマシに聞こえるくらいだ


「えぇっと…簡単に説明しますと…」


困ったように頬を掻くマシュ

そもそも元一般人の先輩にどうやって説明したものか

おそらく常識的に分かっていそうな事さえ分かってない筈で

言ってみれば、カルデアに紛れ込んだ猫みたいなレベルだろう


「いいわ」

「え?」

「とりあえず、霊脈?とかいうのに移動して、あの栗男に連絡を付ければいいんでしょ?」

「え…ああ、はい…現時点ではそれが急務かと…」

「じゃっ、行きましょっ」


頭の痛みも引いたのだろう

軽やかに立ち上がると、駆け上ってきたフォウくんを肩に乗せて颯爽と歩き出す


「あの先輩…もしかして?」

「ないない」


マシュの言葉を遮って、手をひらひらと振り回す明音

どれもこれも初耳の単語ばかりだ、ゲームやマンガでそれっぽい単語は幾らか聞いたが

それと意味が同義であるかは甚だ疑問だし、それで理解した気になるのは危険極まりないというもの

けどとりあえず、単語の意味を無視すれば龍脈とやらに行けって事位は確実だったってだけ


「歩きながらいきましょう。サーヴァント、まずはそれから説明なさい?」


聞いていれば、マシュがやたらに強いのはそういうモノになったかららしい

オマケに私と契約して、どうたかこうだか…


先ず何を置いてもこれだ

さっきの化物どもは また出るだろう

戦闘になった時、マシュの力が把握できないのは不味い


「あ、はい…でもその前に…」

「?」

「方向…逆です」

「…早く言いなさいよ」

「すみません…」




「つまり、スーパーキリエライトになったって事でいいの?」

「…どの部分をつまったのかは置いておいて、もうそういう事でいいです」


廃墟の中を歩く二人と一匹

元は人の営みも合ったろうそこは

全てが全て火の海に沈んだ後、黒く煤けた残骸が残っていた

あの時、カルデアに映った赤い映像。その結果がこれなのかもしれない


サーヴァント、英霊召喚の魔術

英雄、偉業、概念とか何とかを形にして使役するものらしい

その力は人類最強の兵器だとか、何だとか

そして、マシュはその力をその体に宿すことに成功したらしい


「でもデミったんでしょ?」

「へんな動詞を作らないで下さい」

「それで、キリエちゃんはどんくらい強いの?」

「それが…私自身にもよく分からなくて…」


英霊と契約する際

その力を丸投げされてそれっきり

今はこうして何とか戦えてはいるが


「それに、大問題として宝具の使用が…」

「なんか必殺技だったわよね…盾なんだし、バリアでも張るんじゃないの?」


シャキーンって構えたら何かでないかしら?シャキーンって


「それで できたら苦労はしません」

「それもそっか]


それからしばらく

「まだ着かないの?」と、愚痴をこぼす事…いえ、数えるのは止めましょう

それでも、ねーねーねーとうるさくなってきた頃


「そう言えば まっしゅー?」

「はい?」


不意に足を止めると、真剣な面持ちでマシュに向き直る明音


「あなた、私がマスターで良かったの?」

「はい、それは勿論」

「あら、あっさり…」


それは確かに、自分でも意外なほどに簡単に口にしてしまった

先輩の何が良いのだろう?

いえ、この状況でも落ち着いて…

むしろ余裕さえ感じるのは驚嘆に値しますが、それだけで?

まだ合って一日経ったかどうかいう程度なのに…

むしろ、付き合いが長くなるほど端々の言動が怪しい感じもする


けど多分、あの時、手を握ってくれたあの時なのだろう

この人は信じても良い人だと


「私に不満はありません。先輩は、この春NO1ベストマスターじゃないかと」

「やだ、ちょっと照れるじゃない…私を口説いてどうしようと言うのよ?」

「いえ、どうも。とりあえず先を急ぎましょう」

「あら、あっさり…」


身をくねらせて、気持ちの悪い動きをしている明音を置き去りに、一人歩をすすめるマシュ

なんとなく、なんとなくだ

その会話に乗っかったら無駄に疲れそうな気がすると、本能が告げていた




きゃぁぁぁぁっ!!


突然の悲鳴に足を止め、顔を見合わせる二人


「悲鳴…よね?」


とっくに終わった世界で、マシュと二人でアダムとイブと思ってたのに

唐突に降って湧いた悲鳴に、そんな夢は儚くも崩れ去った


「どう聞いても女性の悲鳴です…急ぎましょう、先輩っ」

「あ、うん…」


なんだろ?

どこかで聞いたような声?

ま、女の悲鳴なんて似たり寄ったりか


自分もいつかは あんな悲鳴を上げる日が来るのかと思うと、少々の嫌気も差してくるけど


「見えた…化物も一緒ね。まあ、当然か…マシュっ、化物は任せたわ」

「はいっ」


飛び出したマシュの後ろに隠れながら、女性の方へ駆けていく明音

視界の片隅では、化物たちを難なく粉砕していくマシュの背中

その姿に、頼もしさも覚えると同時に


デミサーヴァント…マシュは自分をそう呼んだ

横文字使ってカッコつけてるのかと茶化したくもなったが


「まったく…説得力のある光景だことっ」


駆け抜けていく、瓦礫の散らばった廃墟の道を

走りにくいったらありはしないが、マシュが頑張ってる以上文句も言えない

1・2の3で瓦礫を飛び越え、女性の元へたどり着く


はて…どこかで見たことあるような?

銀髪で、赤目の、傲慢で、高飛車で、高圧的な?

ああ、そうだ。この印象には覚えがある


あんたっ


女性の方も気付いたのだろう

明音の方に向いた視線が驚きに見開かれ、同時に口を開く


「霧里 明音っ」

「おるがないざーっ」


お互いに、お互いの名前を叫びあった…はずだった


「誰がオルガナイザーよっ!人を怪獣みたいに呼ばないでっ!」

「怪獣みたいに叫んでたじゃないっ!」

「叫んでないわよっ!」

「あら、そこに化物が…」

「ひぃっ!」


バカでも分かりそうな冗談のはずだったのに

面白いくらいに反応して、その場から跳ねて避ける その女性


「むふふふ…」

「あんた…喧嘩売ってんでしょっ」


堪えきれず、からかうように笑う明音に詰め寄り その襟首に手をかける


「先輩っ、所長っ」


そのじゃれ合いに、割って入ってくるマシュの声

戦闘中で余裕がないためか、若干声が上ずってさえいる


「遊んでないで、逃げるなり隠れるなりっ…つぅっ!」


その後を続ける余裕もなくなったのか、言葉の代わりに重い打撃音が響いてきた


「もうっ、マシュに怒られちゃったじゃない」

「誰のせいよ…誰の」


観念したように手を下ろす女性

言いたい事も、上げたい手も山程あるが…

残った理性を総動員して、何とか気持ちを落ち着ける

確かにマシュの言うとおり、手伝えないならせめて邪魔にならない程度にはしないと




「ねぇ、フォウちゃん?あなた、何を言ってるか分かる?」

「フォゥ?」

「そうよねぇ…」


廃墟の片隅、瓦礫の上に居座って首を傾げてみせるフォウの頭を撫で回す明音


戦闘終了後、ようやく落ち着いたと思ったら

栗男とマシュ、そして、さっきの女性の3人で何か呪文の様な会話を始めていた

どうやら、ここが丁度霊脈と呼ばれる場所らしく

何のかんのと魔法陣が広がったと思ったら、カルデアとの通信が回復していた


女性…オルガマリー・アースミレイト・アニムスフィア

長い名前だ…とっても偉そう。というか実際偉いのはそう

人理継続保障機関フィニス・カルデア…こっちも長い名前だ

結局長いからカルデアって略されるし、最初からそうすればいいのにと思う

そのカルデアの所長…言ってしまえば私の上司になるのか…ま、平社員と社長の関係ね

雲の上の人すぎて実感が沸かないのが救いかもしれない


その任務は人類史の救済だとかなんだとか…まどろっこしいお題目を掲げていたはず

個人的には、明日のおやつを食べるために頑張りましょうって言われる方が、まだすっきりするかも


「で、そこの貴女っ」

「ほへ?」


話が一段落したかと思えば、その矛先はこちらに向いてきた

労でも労ってくれる?なんてことはなく、むしろ糾弾するに近い雰囲気をまとっている


「だいたいがしてっ、なんで貴女みたいなのがマスターになってるのよっ」

「ふぉー?」


手持ち無沙汰にフォウを膝の上に乗せ、その鳴きマネをしながら首を傾げる明音

お冠、鶏冠にきた、どちらにせよ良いようには受け取れないし

なんで怒られてるのかも分かりゃしない


私だって、目が覚めたらマスターになってたのだ

何で?といわれたら、どうして?と聞き返したくなってくる

加えて、一流の魔術師がどうとかこうとか…まるで子供の駄々のよう

ああ、そうか…子供の駄々なのか。それなら分かる、私にだって覚えがある

自分が持ってないのに何でアイツが持ってるのって


「ねぇ?もしかして、羨ましいの?」


だが、それを口にするべきじゃなかった


パンッ!!


乾いた音が廃墟に響く

遅れてきた痛みに、自分が頬を叩かれたのだと気付いた頃には

乱暴な足取りで去っていく彼女の後ろ姿


「…まずった?」

「はい…かなり不味いです。餓死寸前のレベルです、狼と同義です」


どちらかと言えば、自分に対しての言葉だったが

律儀に返してくれたマシュのお陰で、かなり不味ったのは理解した


「とはいえ、事情を知らない先輩を一方的に責めるのも酷でしょう」

「そうだね。けど明音ちゃん。余りマリーを責めないであげて欲しい」

「責めるなたって…」


地雷を踏んだのは確かにそうだが、いきなり叩かれて良い感情は持てないわよ…

オマケに事情通のお二人は、彼女の肩を持つ雰囲気だし

私の味方は、健気に頬を舐めてくれるフォウくんだけと来たものだ


「マリーも複雑な立場でね…」


納得してない私を察してか、彼女の状況を簡単に説明してくれる栗男


父親の急死で、若くしてお家を継いだこと

かと思えば人類史の救済に、トドメは自身にマスター適性が無いと来たもんだ

なるほど、確かにあれは地雷になりうるか


「それにしたって、魔術師って暇なの?」

「残念だけど。人のやることは何処でも変わらないということかな…」

「それは、そうなんでしょうね…」


結果として、彼女に集まってしまった非難と陰口

社会の裏側、神秘の最先端で、女の子一人囲ってのイジメと権力争い

それでも何とかやって来て、そしてこの状況…最悪だ、私なら放り出してる間違いなく


「真面目に生きてると損する世の中ね…っと」

「先輩?」

「謝ってくるわ…」


仲良くならずとも、理解はしてあげて欲しい

それが貴方の望みでしょう?Dr.マロン?


「ははっ、お見通しか。いや、察しが良くて助かるけども…それとロマンだよ、明音ちゃん」


ロマンの訂正の一切をシャットアウトして歩き始める明音


とはいえ、どうやって謝ったものか

少年漫画的に殴り返すのも良いか?

少女漫画チックに泣いてみせるのも良いか?

けれど、何より先に考えなきゃならないのは…


彼女の名前…何だったかしら?




「なによ…」


その声に足を止める

まるで、というか完璧にそれ以上近づくなのニュアンスが漂っていた


「どうせロマニ達に何か吹きこまれたんでしょ?安い同情ならやめてちょうだい」

「…」


はい、明音ちゃんはイラッときましたよ

ちょっとくらい悪いと思ってたけどそれももう良いや


「はっ、同情なんてするわけないじゃない?」

「え?」


あぁ、止めておけばいいのに

けれど、開いた口は開いたままに、ただただ言葉を垂れ流す

仕方ない、霧里 明音とはそういう生き物だ

我慢の聞かないお年ごろなのだ、そういう風に生きてきたのだから


「自分が好きで続けてることじゃないのっ、嫌ならやめてしまえばいいっ」


だいたいっ、その椅子に座ってるのはアンタじゃなくてもいいんでしょっ

そこに座りたい奴なんて ごまんといるんだし、さっさと譲っちゃえばいいじゃない


「何も知らないくせにっ、勝手なことをっ!」


振り下ろされるオルガマリーの手

しかし、同時に明音の手も振り下ろされていた


「いったっ、へ?なに?なんで?」


平手同士のクロスカウンター

面食らったオルガマリーが目を丸くして、きょとんとしている


「おかえしよ、やられっぱなしは性に合わないわ」


対して、ドヤっと笑みを浮かべる明音ちゃん


「この…私に手を上げてどうなるか」

「どうなるっての?やってみなさいよっ、アンタなんてぴーぴー泣いてるだけのお子ちゃまじゃないのっ」

「誰がお子ちゃまよっ、少なくても貴女よりは年上ですっ」

「なに?年齢しか威張ることないの?オバサン?」

「なんですって…」

「なによっ」


そしてそのまま取っ組み合いに移行する二人


「ぼ、僕らはどうしたら…」

「放っておきましょう。触らぬ神に、です」

「良いのかなぁ…」

「ふぉぁぁぁ…」


フォウくんでさえも我関せずと あくびをこぼし、傍観を決め込み丸くなること数分後


「はぁ…はぁ…」


ようやっと体力が底をついたのか、荒い息を吐きながら肩で息をする二人


「マシュも…マロンだって…心配してんじゃないの…」

「ロマンよ…人の名前すら覚えられないの貴女は…」

「どっちも同じようなもんでしょ…。とにかく、素直に助けてって言えばいいじゃないの…」

「そんなの…どうせ誰も助けてくれないじゃない…」

「助けるわよ、この一流の魔術師たる明音ちゃんが」

「ちょっと待ちなさい、誰が一流よ…」

「え?マスターになれるのは一流の魔術師だけなんでしょ?」


だったら私は合格じゃない?

もっと褒め称えてもよろしくてよ?

そう言って、えっへんと胸を張る明音


「バカ言わないで…貴女を魔術師と認めたら、世界の八割が当てはまります」

「なんだ、対してレアじゃないのね」

「皮肉よ、バカっ」

「あははははは」


カラカラと笑う明音

それを見てると、だんだんとこっちが馬鹿みたいに思えてくる

なんで私コイツと取っ組み合ってたんだか…バッカ見たい…


そうして、息を一つ吐くと姿勢を正し明音と向かい合う


「貴女は一つ勘違いをしているわ」

「なによ?」

「貴女は私の部下、私は貴女の上司、手伝うのは当たり前なの、命令は絶対遵守ですからねっ」

「なにそれ?新手のツンデレ?」

「ちがいますぅっ!」


そう言われても、そんなツンケンドンと指先を突きつけられては

そうとしか見えないんだけどなぁ…まぁ、良いけど


「素直じゃないんだ…お、おる…おるもっ…おるふぇ?」


あ、やばい…この人名前なんだっけ


「オルガよ…」

「?」

「オルガで良いって言ってんの」


名前を思い出そうと、右往左往する明音の上に降って湧いたその名前


「また変な名前で呼ばれたらかなわないから…それだけよ…」

「勘違いしないでよね?」

「そうですっ」

「ふふっ…」

「何がおかしいのよっ」

「ううん、ごめんなさい」


思わず吹き出してしまった

なんていうかそれは、完ぺきにツンデレのフレーズだったから


「それじゃ、私の事も明音で良いわ。ね?「マリー」」

「…あなた。わざとやってんでしょっ」

「あはははははっ」


一度は引っ込んだはずのマリーの手が伸び、再び明音を捉える

「あーれぇぇぇ」と、ガクガクと揺さぶられてはいるが

最初のそれに比べると幾分か棘は取れているように見えた


「ふぅ…一時はどうなることかと…」

「はい…。ですが、お互いの理解が深まったようで何よりです」




「それで…明音は何処まで覚えてるの?」

「マリーの3サイズ位は覚えてるわよ?」

「…」


睨まれた


「おこりんぼめ。ていうか、何処までって…何処からよ?」

「最初からです」

「最初?」

「先輩がレムレムしてた辺りです」

「ああ…あの長つまらない話か…」

「…」


睨まれた


「おこりんぼめ。しょうが無い…この明音ちゃんがリピートしてしんぜよう」

「嫌な予感しかしないんだけど…」

「同感です」


明音が一歩進み出ると、大きく息を吸い込み話し始める


諸君、私はこのカルデアの観測を続けてきた、それは何故か?

それは、このカルデアに文明の灯がある限り、人類の未来(あす)が保証されていたからだ

だが、その灯火が突如として失われてしまった


聡明な君たちなら分かるだろう?

そうだっ、我々の未来が失われてしまったのだ


驚くのは分かる、だが聞いて欲しい

私はその原因を解析し、解明し、ある一定の回答をだした


それが君たちだ、君たちには力がある

現状を打破する力がっ

私には術がある、現状を打開する術が


さぁ、共に取り戻そうっ文明の灯をっ、人類の未来をっ


そして我々はっ、人類史にその名を刻むであろうっ


「フィニスっカルデアっ!」


演説…そう、それは演説であった

だってしょうが無い、あんな長つまらない話をリピートするなんて頭痛ものだ

ならせめて、過剰装飾して面白おかしくしないとやってらんないのだから


いけません、かなり不味いです

マシュの耳に届くのは「フィニスっカルデアっ!」の唱和

主に面白がってるDr.とマスターのじゃれ合いではあるが、それにフォウさんまで加わって…

いえ、そのぐらいなら見ないふりで済みましたが…


隣を見る、そこにいるオルガマリーを伺うように覗きこむ

怒髪天をつくだろうか?いや、いっそその方が対処が容易かった

聞こえて来るのは小さな拍手、目を輝かせて賞賛を送っているオルガマリー

いけません…褒められ慣れてない人はこれだから…


カルデアを称えるような唱和に完全に飲み込まれてしまっていた


正直なところを言えば、所長の長つまらない話より

よほど士気は上がる気はします、ですが…


「先輩…一つ、質問が」

「なぁに?」


そう、聞かなければならない。元々これが本題なのだから


「つまり、どういうことですか?」

「ふふんっ、愚問ねマシュっ。私に分かるわけないじゃないっ」


どこからその自信出てくるのか、えっへんと胸を張る明音


「おバカっ!!」

「ひらてっ!」


同時に飛んできたオルガマリーの平手が、スパンっと明音の頭をはたく


「ああもうっ、ちょっとそこに座りなさいっ!」


事態も使命も知らずに特異点に来るなんて酷い話だわ


「仕方ないからもう一度説明してあげます」

「うふふふ…」

「何を笑ってるのっ」

「ん?マリーは優しいなって?」

「っ…別に、今は貴女しかいないし…必要最低限の知識もないのは今後の…」

「うん、ありがとう」

「…いいから、はじめます…」


何をどう言おうが、ニコニコと笑顔で返してくる明音に

どんな顔をして良いか分からず、頬を染め曖昧な表情を浮かべたまま話を続けるオルガマリー

公私共に一人だった彼女に、その反応は刺激が強すぎたようだった


「いけませんDr.、所長が絆されていきます。あれではチョロインと同義です…」

「いや、まぁ…いい傾向なんじゃない、かな?」


それから十分程度は経ったろうか

話に一段落をつけると、「質問は?」と、明音の様子を伺う


「うん、大体わかったわ」

「結構です…まったく、余計な手間を取らせないでよね」

「待って下さい所長…これは…この顔は、全く理解してないって顔です」


笑顔のまま話を聞いていた明音

終始そのまま、質問は?と問われても変わらない

だって、そんなものありはしない…質問ができるほど理解が及んでいないのだから

分かった事と言えば、まったく理解できないってことが分かりました


「なんてこと…まったく…なんてことなの…」


ガクッとその場に崩れ落ちるオルガマリー

あまりの知能指数の差に、自分までバカになったような幻覚が見えるようだった




「ごめんっ話は後っ、今すぐそこから逃げてくれっ」


何事かと聞き返す前に、その影は音もなく姿を現した


「なっ…あれって…サーヴァント…」


黒い靄に覆われてはいるものの、その異様は間違いなく英霊のそれだった


「戦うなっ、明音、マシュ。君たちにサーヴァント戦はまだっ」

「戦うなって言われてもねぇ…」


じゃあ逃げる?

そうはしたいけど。これ、後ろを見せたらザックリいかれるパターンじゃないの?

少なくとも、あの場に現れるまで誰も気づかなかった相手だ

なんかそういうのが得意なんでしょう…寝首を掻けばいいものを、余裕をのつもりなのかしら…

栗男が花を咲かせて目を離してただけって、大穴だと楽なんだけどなぁ…ま、ないわよね…


「ごめんマシュ、倒せとは言わないけど…」


せめて、逃げる隙は作って欲しいかな


「はいっ、貴女に勝利を…。マスターっ!」




「ちょっとマリー…あなた、天体科のすごい人なんでしょ?」

「だったら何?今はそれ所じゃ…」

「なんか攻撃魔法とかないの?」


具体的に直径3500km位の隕石を落とすようなヤツとか


「あるわけ無いでしょっそんなのっ!私達まで死ぬじゃいないっ」


こいつは一体天体科を何だと思っているのか…


「となると…」


不味いかな…

打ち負けては無いと思う…ただ、急な戦闘で精神的に押されているような

攻めあぐねいている?いや、腰が引けてると言うべきか…

声援でも送ったら やる気出るかしら?


「マシューがんばってー。勝ったらご褒美にキスしてあげるわよっ」

「マスターっちょっと黙ってっ!」

「ちょっとマリー、怒られたじゃないのっ」

「私が悪いみたいに言わないでくれます?」


マリーにまで怒られてしまった

まったく、最近の青少年は気が短くていけない


しかし手詰まりだ

後0.5人…いや、それより少なくてもいいか

せめて天秤を傾けるだけの…なにか…


「仕方ないか…マリー、逃げる準備だけしときなさい」

「は?ちょっと明音?貴女、なにを…」




「これでっ、どうだっ!」


踏み込み、手にした巨大な盾を振り下ろす

本来護る為の武具ではあるが、鉄の塊には違いなく

その重量と、それを難なく振るえる贅力も重なれば

それは巨大な鉄槌と何ら変わりない


だがそれも相手が通常の、ただの化物が相手ならの話だ

振り下ろされる鉄槌を、まるで木の葉でも払うように受け流される

戦闘、殺し合い、己の全てを秤に乗せて、相手の命を奪い合う


伸びてくる短刀を、慌てて引き戻した盾で何とか凌ぐ

たたらを踏みながらも、なんとか耐えるが

体勢を整える暇など与えてくれるはずもなく

2度3度と、次々に殺意が運ばれてくる


「ドウモコウモ、コレデハ 私ダケデ十分ダッタカナ…」


傾く天秤

それが致命的な部分に至るまで そう長くはない

それは自分が、確実に相手も分かっている…ここで切り返さなければ


「チェストォォォォっ!!」

「ムッ」

「えっ!?」


響く雄叫びと共に、二人の間に割って入る明音

その辺で拾った鉄の棒、あとほんのちょっぴりの勇気を握りしめて


無謀だ、誰だってそう思う

背中からはマリーと栗男が何のかんのと叫んでいる

でもだってしょうが無いじゃない?


隙は作るものだ。その為には相手の意表を突くのが良い

でももって、この場で一番あり得ない選択は、多分コレだ


「バカメ オノズカラ シニニクルトハ」


視界の端でキラリと光る殺意


ああ、死んだなこれは…


下校中、傘でヒーローごっこをしてた程度の私に これをどうにかする手段はない

まして ただの鉄の棒では話にもならないだろう

残ってるのは勇気くらいだが、この場から逃げ出さないのに全部使ってしまっている


まったく、最悪な一日だ。今日だけで何回死にかけたのか

いや、本当はもう死んでいて 、地獄の底から敗者復活戦でもさせられてるんじゃなかろうか?


「先輩っ!」


マシュの声が聞こえてくる

綺麗な声だ、子守唄でも歌ってくれれば良く眠れるだろう

これでさよならかと思うと寂しくもなるけど…コンテニュー出来るかどうかは…


「ハッ!」


殺意が伸びる、鈍色の線を引きながら

あと一呼吸もしない内に、胸か喉かに突き刺さるだろう


「たぁぁぁっ!」


敵の意識が逸れるその一瞬

針の穴を通す様な合間に、長大な鉄槌が叩き落される


まったく、何なんだこの人は

カルデアの時も、此処に来たときも、今だってそう

どうしてわざわざ自分から死に来る、頭に来る、本当に

言わなきゃいけない、言わなければ気が済まない

その為にはコイツが邪魔だ、邪魔なものは…


「どけぇぇぇぇっ!」

「ナッ!?」


鎧袖一触。文字通りのただの一撃

振り下ろした盾が直撃し、敵サーヴァントが弾丸の様に吹き飛んだ


「はぁはぁ…」

「ホームランっね、マシュ?」


ぱっちりとウィンクを飛ばす明音

それを、ホームランで打ち返すようにマシュの怒声が響いた


「バカッ!」

「たてっ!?」


振り下ろした盾を切り返すと、そのまま明音の横っ面に叩きつけるマシュ


「何なんですかっ先輩はっ!死にたいんですかっ!本当に殺しますよっ!」

「ちょっ、ちょっと待ってマシュ…ほんとに、死にそう、なんだけど…」


頭がグラグラする、立っているのもやっとな上に

マシュの怒声が叩きつけられて、思考でさえもグニャグニャに歪んでいく


「死にませんよっ!そのぐらいで死んでたら もうとっくに棺桶ですっ!」

「ちょっと、マシュ…言ってること無茶苦茶…」

「無茶苦茶なのは先輩ですっ!」


右も左も分からないで、迷い込んだ猫と同義な癖して…

逃げたって誰も怒らないのに、逃げていいのに…どうして、私なんか…


消えていく言葉尻り

いつしか怒声はなりを潜め、泣き出す前の様に か細いものへと変わっていた

その変化に罪悪感を覚えなくもない

泣かせたいわけではなかった、彼女の笑顔が見たかったから、二人で笑いあえればもっと良かったから


「迷い込んだ猫だって、友達くらい助けるでしょ?」

「なんですか、それ…それだけなの?」

「うんっ」


にっと笑顔を浮かべて頷く明音

だってしょうが無い、霧里 明音とはそういう人物だ


考える前に体が動いている様な、やりたいことは取り敢えずやっておく様な

やらないで後悔するよりも、やって後悔した方がいいと

そういう風に生きてきたのだから、そういう生き物でしか無かった


「ははっ…本当に、先輩は…」

「うんうん、マシュも頑張ったわね、えらいえらい」


顔をうつむかせ、肩を震わせている彼女の頭を無遠慮に撫で付ける

子供をあやす様にと言うよりは、犬を撫で回すような雑さではあったけど

マシュもそれを嫌がりはしなかった


「ちゅーしたげようか?」

「しませんっ、バカッ」

「あはははは」




とはいえ、いつまでも感動のシーンをやっているわけにもいかない


「マロンっ!」

「ロマンだよ…明音ちゃん」


アイツは私「だけ」とか言っていた

新種のキノコ私茸なんて物がない限りは、恐らくもう一人…最悪それ以上か


「ビンゴ…だけど、これは…」


その答えはマリーの悲鳴と一緒に返ってきた


「マリーっ、あんたちょっとこっち来なさい」


慌てて二人で駆け寄ると、追加された敵サーヴァントの前に立つマシュ

その背中は非常に頼もしいが…


「ヤッテクレタナ コムスメ…」

「最悪ね…」


後ろからの殺気を感じ取り、マシュと二人で舌打ちをする

ぶっ倒れてる間に逃げれれば良かったんだけど…挟撃されてるんじゃどの道か


「ちょっとっ!アイツ倒したんじゃ」

「何?サーヴァントってそんな簡単に死ぬの?」

「うぐっ…」

「よねぇ…」


盾で吹っ飛ばしたくらいで死んでくれたらこっちも楽でよかったわよ、ほんと


「マスター…私が突っ込んで前のサーヴァントを抑えます、その隙に…」

「後ろのはどうすんのよ…」

「…長くは持ちません…できるだけ遠くに…レイシフトの修理が終われば…」

「レイシフトの修理が終わるまで、3人で頑張ってみるってのは?」

「ありえません…お二人を護りながらなんてとても…」

「足手まといは辛いわねぇ…」


返す言葉もない、マシュのプランは実に現実的だ

不意打ちなんて、もう通じないでしょうし…

3人で死ぬよりまだ…けどなぁ…


「行きますっ」


敵サーヴァントに駆けていく背中

「待ってっ」なんてとても言えない、待ってる間にも状況は悪くなるだけ

どの道目の前のやつを抑えないと逃げるのもままならない


「先輩ッ!」


走る…鍔迫り合いをしているその後ろを駆け抜ける

後私に残ってる選択肢は


マリーと一緒に脇目も振らずに逃げ切るか

このまま踵を返すかだけど…


アンサズっ!


「今度は何っ!?」


同時に起こった爆炎が、残った選択肢を全て吹き飛ばし明音の足を止める


「小娘かと思えばそれなりに兵じゃねえか。なら放っておけねえな」


気さくな声と共に、散歩のついでと言わんばかりに飄々と現れる姿

蒼いフードを被った、赤目の男…


「何物ダ…!?」

「見れば分かんだろご同輩。なんだ、泥に飲まれちまって目ん玉まで腐ったか?」

「キャスター!ナゼ漂流者ノ肩ヲ持ツ…」

「あん?テメエらよりマシだからに決まってんだろ…そら、構えなお嬢ちゃん」


赤い視線がこちらに向く

敵意は感じない…むしろ好意的にすら感じ取れる

助かった、と思うにはまだ早いが

少なくとも、最悪…だけは脱したようだ


「え、私?」

「おめえじゃねえ、すわってろっ」


場違いに手を上げた明音を一喝するキャスター


「そう…マリー、出番よっ」

「はっ!?なんで私よっ!」

「そっちでもねぇよっ!ったく、案外余裕だな…助けなくても良かったか…」

「いえ、ご助力感謝します、キャスター…」


申し訳なさそうに目を伏せるマシュ


「この程度、助けるうちにも入らねーよ。ほら、気張りな。もしかすると番狂わせもあるかもだぜ?」

「はいっ!」


気を取り直し構えるマシュ

これで2対2…イーブンか…そう思っていいのだろうか?

アイツ、漂流者の肩をとかどうのこうの…てことは、つまり向こう側のサーヴァントって事よね

美味しい所で、裏切りとかもあり得るのか…


「ちょっとアンタ」

「んだよ?もうお巫山戯してる余裕はねえぞ?」

「信じていいの?」

「おうっ」

「そっ」


信じていいか、なんて質問にどれ程意味があったろうか

嘘でも付かれればお終いなのに、それでも聞かずにはいられなかった その言葉

返ってきたのは、当然だとでも言いたげな軽い一言

返したのは、それをすんなりと受け入れてしまっていた軽い一言


「じゃ、アンタ私のサーヴァントってことよねっ!」

「あ?まぁ、一人健気に戦ったそっちの嬢ちゃんに免じて、今だけな」

「恐縮です…」

「ふはははは。どうだ、マリーっ!私サーヴァント2体目よっ」

「あんた喧嘩売ってんでしょっ!」


得意げに自慢する明音をガクガクと揺さぶるオルガマリー

だが、そんなんでサーヴァント2体目という自慢は揺らぎはしなかった


「すみませんキャスター…後ろは無視してくれていいです」

「おぅ…」




「灼き尽くす炎の檻-ウィッカーマン-!!」


現れたのは巨人

細い枝木で編まれた燃え盛る灼熱の巨人

地を焼き、天を焦がしながら、その巨腕を振るい敵サーヴァントを捕獲する


アアアアアアア!!


聞こえてくる絶叫、苦悶と苦痛で灼かれる姿

燃え盛る木々の間に見えたそれは、炎の檻に囚われた生贄の様であった


「あ、あの…ありがとう、ございます。危ないところを助けていただいて…」

「おう、おつかれさん。それより自分の身体の心配だな」


さり気なく伸びた手が、マシュのお尻を無遠慮に撫で上げた


「ひゃんっ!?」

「おう、なよっとしてるようでいい体してるじゃねえか!」

「い、いきなり何を…ひゃんっ!」


文句の一つでも言ってやろうかと、口を開いたマシュだったが

それもまたすぐに、可愛い悲鳴に塗りつぶされた


不意に後ろから伸びた手が、遠慮なくマシュの胸に覆いかぶさってくる


「そうでしょう?それに、マシュはおっぱいだって凄いんだから」

「おおっ!確かに確かに」


明音の手の平に余るそれは、指を動かす度に沈み込み形を変えていく


「やーめーてーっ」

「あははははははっ」


マシュの悲鳴と二人の笑い声が重なる

そして「役得ねっ」「約得だな」っと、意気投合する二人だった


「ねぇ…ロマニ…アレ、どう思う?」

「…うらやましい…です」

「は?」

「いえ、なんでも」




「ねぇ、フォウくん。クッキー食べる?」

「フォウっ」


ポッケからクッキーを取り出し、カリカリと食べ始める

フォウ(小動物)と明音(小動物)


その視線の先では「聖杯戦争」だの「大聖杯」だのと魔術的な会話を始めている

カルデアに戻ったらお勉強の一つでもした方が良いのだろうか?

とは思いはするものの、結局3日と持たずにやめてしまうだろうなと結論する


「ねぇ、マシュマシュ…結局どうなったの?」


話が終わった頃合いを見計らって、マシュ頼みを始めた明音


「そう…ですね…」

「目的地が同じなんだから一緒に行こうやって話さ、嬢ちゃん」


マシュがどう説明したものかと、事情を噛み砕いていると

キャスターのピクニックにでも行くような説明が割って入って来た


「明音よ、嬢ちゃん嬢ちゃんって誰か分からないじゃないの」

「それもそうだな。じゃあ、明音。一時だがよろしく頼むわ」

「ええ、こちらこそ。キャス…アンタ名前は?」


キャスターって確か役職名だったはず、部長とか係長的な

これから一緒に行こうってのに名前も知らないんじゃ味気ないと、何気なく聞いた一言


「明音、教えたはずでしょう。英霊の真名ってのは…」

「クーだよ。クー・フーリンだ」

「…」


3人共聞き覚えがあったのだろう、その名に、その存在が目の前にいる事実にゴクリと息を呑む


「ふーん。で、それって有名な人なの?」

「だよなっ。はははははははっ」


名前を聞いた所で誰かも分からず首を傾げる明音

そんな反応を予想してたのだろう、クーの方も笑って返すのだった




「ねークーちゃーん?」

「おめえは行き成り慣れ慣れしいな…」

「すみません、キャスター」

「あぁ、まぁ、いいけどよ…」


大聖杯に向かう道中

クーの肩に手を回し、背中にぶら下がっている明音


「そうよね、winwinの関係だと思うわ、私も」

「ったく、ませガキが」


悪戯っぽく、クーの耳元で囁く明音

明音からすれば、ぶらさがり心地はどうあれ歩かなくて良いのは楽だし

クーからすれば、女の子一人でどうなるわけもなく、背中に当る感触も悪いものではなかった


「それでね、クーちゃん。お願いがあるのだけど」

「んだよ?抱っこしろとかは面倒くせえからナシだぞ?」

「そういうのはもっとロマンチックな所がいいわ」

「そうかい。それで?」

「うん、ルーン魔術教えて?」

「あー…」


悪いことではないだろう

聞いた話じゃ、昨日今日魔術を知ったばかりの素人だ

何も使えないよりは良い…だが、一朝一夕でどうにかなるもんでもないが

せめて、護りのルーンでも刻めれば良いか…


「まっ、いいぜ」

「やったっ、くーちゃん大好き」

「はいはい」


休憩のために足を止めた短い時間で

どれ程伝わるかは分からんが、ダメで元々だな

最悪、適当なルーンを刻んで渡しておくか




「くかー…zzzzzz」

「…」


だめだったか…寝落ちするとは思わなかったが


「すみません、キャスター」

「謝ってばっかだな、嬢ちゃんは」

「いえ、まぁ、なんと言いますか…弁明させて頂ければ…」


先輩もマスターになりたてで、いきなりこんなことに巻き込まれた上

ろくに休みもとってない状態でして…寝落ちしてしまうのも、致し方なく


「良いって別に、ダメ元だったしな」

「ま、こんなバカに魔術が使えたら世界中の魔術師が泣くわよ」

「いや、そうでもねえぜ?なまじ頭がいいと、変に理解しようとして余計詰まっちまう」


そういうものはそういうもんだと受け入れるのも重要さ、時と場合に寄るけどな


「くーかーzzzzz…」

「この馬鹿面を見てもそれが言えるのなら、まあ一考します、キャスター…」

「…」


普通にしていれば可愛らしい寝顔も

大口を開け、よだれを垂らしてるこの惨状に、頭を抱えるしかないクーだった




んー…あっ、なんかくび、くるし…

なに…あ、あぁ…なんか、そういうこと、なの…

ていうか、あんた…だれ?

え、くー?しってるの?ちょ、やり、それやり…しぬ…


「はっ!?」


死ぬかと思った…あの女本気で突き刺しやがった

冷や汗をかきながら飛び起きる明音

頭がグラグラする…これが知恵熱というヤツだろうか

なんか、無理やり頭に刻み込まれたような…なんだったのかな…


「明音っ起きたんならさっさと立ちなさいっ!」

「んー…何よ、マリー。大声出さないでよ」

「それ所じゃないってのっ」

「ん?」




対峙するクーとマシュ

仲良くにらめっこなんて冗談めいた空気はなく

突き刺すような殺気が交わされていた


防戦に次ぐ防戦

後ろで寝ている明音を護りながらでは思うように動けず

次第に追い詰められていくマシュ


「んじゃ、そろそろトドメと行くか」

「つっ!?」


クーの魔力が叩きつけられる様に膨れ上がっていく

広がる魔法陣、捧げられる呪文は灼熱の巨人を呼び覚ますために


「善悪問わず、土に還れ…」


ーアンサズ!


「わっちっ!な、なぁぁぁっ!?」

「え、うそ…」


突然、降って湧いた炎に詠唱が中断され膨れ上がった魔力も萎んでいく


「ちょっとクー、私のマシュに何してんのっ!!」

「いえっ、先輩これはっ、いや、それよりも…」

「ん、なによ?二人して鳩豆みたいな顔して?」

「マジか…」


クーの呟きは この場の全員の代弁でもあった


「なーんだ、もうビックリさせないでよ」


宝具の特訓ならそうと言ってくれればいいのに

おもわずクーに魔法ぶっぱしちゃったじゃないの


「ごめーんね?」


特に悪びれもせずに、首を傾げて謝ってみせる明音


「いや…良いけどよ…それよりお前…」

「ああ、さっきの?目が覚めたら何かこう…ビビッときてね」


使ってみれば大したもんでもないわね、これ

なんかパズルみたいで面白いわ


「あーでも、なんか変な夢見たわ…」

「夢だ?」

「んー、首に縄くくられてブラブラしてたら、黒尽くめの女に槍で刺されるの…」

「…マジか」

「それに、なんか「クーによろしく」だとか、何だとか?知り合いなの?」

「…マジだ」

「なんだったのかしらね…」


魔術、マリーがやたら大げさに言うものだから、どれほどの物かと思ってたけど

寝て起きたら使える程度だなんて結構拍子抜けだ

私でこれなら、世界中の8割が魔術師になれるってのも案外皮肉でもなかったのかもしれない


「なんてこと…なんてことなの…」


頭を抱え、必死に現実を否定しようとするオルガマリー

だってありえない、昨日まで一般人だったのに

今日にはマスターでルーン魔術を行使している

まぐれだろう?なんて言葉は気休めにもならない

魔術にまぐれなんてありはしない、そんなの私が認めない

原因と結果はいつだって1SET、ルーン魔術が明音の手で再現された結果は揺るがないのだから


「所長…お気を確かに、あれはきっと例外とかイレギュラーとかいう、それこそカモノハシの様な」

「カモノハシに魔術が使えるわけ無いでしょうっ」

「いえ、物の例えです…本気にしないで下さい」

「いや、マリー…明音ちゃんだってマスター候補生だったんだ。魔術の素養だって…」


にしても限度があるが




「おおっ!何ここ何ここっ、鍾乳洞?ちょっと探検みたいで楽しいわね」

「お前さんは元気だなぁ…。はしゃぎ過ぎてこけんじゃねーぞ」

「はーい」

「あと逸れんなよ」

「なにそれ?クー、貴方お父さんみたいよ?って、あっとととと…」


その辺の出っ張りに足を引っ掛ける明音

ぐらりと傾くその途中、腕を引っ張られて引き上げられた


「言わんこっちゃねぇ…後、せめて兄ちゃんにしてくれや」

「あははははっ」


洞窟にたどり着いた途端、物珍しそうに辺りをウロウロし始める明音

右へ行ったり左へ行ったり、隙間を覗いて見たり、コウモリを捕まえてみたり

小学生もかくやという はしゃぎっぷりである


「此処は…元から冬木にあったものでしょうか?」

「半分は、ね。残りは魔術師が時間を掛けて広げた地下工房です」


それもどれだけの時間を掛けたのやら及びも付かないほどの


「地下工房?」


またまた出て来た聞きなれない単語に首を傾げる明音


「はぁ…明音、帰ったら勉強会よ…」

「えー…」

「えーじゃないっ!いつまでも素人気分では困ります。良いですか、地下工房と言うのは…」

「所長…」

「なによ?」


オルガマリーが腕を組み、説明モードに入ろうとした時

それを遮ってマシュが言葉を挟む


というのも、このまま説明が続けばだいぶ長くなる上に

先輩が理解できるとは思えない…所長の説明が悪いとは言わない、むしろ良いほうだと思う

けれどそれは、前提条件の知識があってこそ成り立つもの

足し算もわからない人間に、掛け算を教えたってどうしようもないというものだ

故に…


「いえ、恐らく先輩にはこういった方が理解が良いかと」

「?」

「秘密基地ですよ、先輩」

「ああ、なるほどねぇ。じゃあ、この奥に「大聖杯?」みたいなのがあるのね」

「はい、その通りです」


「…頭がいたいわ」

「まっ、カンで生きてるやつに理屈は通じないもんさ」

「一応、礼は言いますキャスター」

「おう」




「それよりキャスター。貴方、セイバーの真名を知っているの?」

「ああ、知ってる。ヤツの宝具を食らえば誰だってその正体に行き当たるさ」

「誰だって…ね…」

「なぁに、マリー?」


なんとなく、その怪訝そうな視線が明音に向く

それに気付いた明音が、にっこりと笑みを返した


「あー…そうだな。じゃあクイズだ」


王を選定する岩の剣のふた振り目の名前はなんだ?


「はいっ、分かりませんっ」


気が抜ける…即答だ

皆が皆んなして頭を抱える


「ちぃった悩め」

「分からないことを悩んだってしょうが無いのよっ」


そういうときは素直に人に聞いたほうが早いというものだ


「じゃあ、あれだ…聖剣と言えばってヤツだよ」

「聖剣…って、クーの?」


明音の視線が興味本位に下にさがる


「先輩…流石にドン引きです…」

「頼む…仮でも俺のマスターなんだろ、お前…少しはよぉ」

「あははははっ、冗談冗談だって」


サーヴァント二人からドン引きされる バカ(マスター)


「ねぇ、ロマニ…クーフーリンって聖剣なんて持ってたかしら?」

「うん、マリーは良い娘に育ったね」

「は?何よそれ」




「さて、ここが最後の一休みになるが…」


どうする?と、赤い瞳がその覚悟を問うように明音を見据える


「お風呂入りたいですっ」

「帰ってからにしろ」


一問一答、即断即決

出会って間もない二人だったが

いつもそうしているかのように、明音の冗談を切って捨てるクー


「ここまで来ると、マスターがバカで良かった気もします」

「そうだね、いっそ羨ましいくらいだよ。僕なんて終始胃が痛みっぱなしだっていうのに」


これから、いやもう既に戦場だと言うのに

世界平和の前に、自分の命でさえ危ういと言うのに

最初から今の今まで変わらないその言動

今だってさえ「えー一緒に入ろうよー」とか言って、クーにじゃれついてる始末だ


「…」

「所長、どうしましたか?さっきから黙り込んで?」


気になることでもあったろうかと、オルガマリーを覗き込むマシュ


「…いえ、その、明音?」

「んー?マリーも一緒に入る?」

「入りませんっ。じゃなくてっ!その…」

「?」

「…カルデア所長として、その、ここまでの功績を認めます…って」


だからその…貴女を一流とはいわないでも三流魔術師くらいには…


「おい、嬢ちゃんよ。回りくどすぎて明音の目が点になってんぞ」

「もうっ、なに不思議そうな顔してるのよっ!」


だからそのっ、ああもうっ、


「褒めて上げてもいいって言ってるのよっ!」


頬を染め、肩で息をするオルガマリー

そうまでして、何とか、ようやく、褒めてあげると口にする


「ねぇ、マリー。私は「ありがとう」って言って欲しいわ」

「なっ…」

「それとも、貴女の手助けにはなれなかった?」

「いえ、それは…その…及第点くらいには…」

「そう、良かった」


満足そうに頷き優しく微笑む明音


「うっ…ぁ、りが…ぅ」

「え、なに聞こえなーいっ」

「うるさいわねっ、調子に乗らないでよっこのバカっ」


そしてそのまま「言って」だの「言わないだの」と、キャーキャー騒ぎ出す二人


「あの嬢ちゃん、ちょろいなぁ」

「今まで友達とかいなかったからね、その反動だよ」

「ですが、良い事です。所長の心もようやく雪解けの時期なのでしょう」




洞窟を抜け出た先にポッカリと広がった空間、その中心にそれはあった

大聖杯…それはなんと表現したものか、魔力の渦、塊、ではまだ足りない

規格外の、途方もない、途轍もないその渦の中に、根源がすけて見えるような気さえする


「超抜級の魔術炉心…なんで、こんなものが…極東の島国なんかに」

「こそこそしたかったんでしょ?独り占め…したいでしょうしね…」


その辺の事情は分からないが

目の前に浮かぶそれは、確かに碌でもないものだと感覚が告げていた

俗に言うなら、大金だろうあれは…あんだけあれば何でも出来そうな気はしてくる

そうともなれば、誰だってそうする、私だってそうだろう


「いや、まさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ」


その言葉とともに、大聖杯の陰から男が一人姿を現す


「レフ……ああ、レフ、レフ、生きていたのねレフ!」

「マリー?」


その姿を見た途端、オルガマリーが吸い寄せられるようにフラフラと近寄っていく


「所長!いけません、その男は!」


マシュの言葉は届かず、レフのもとまで辿り着くと

縋る様に、懇願する様に、必死に何かを口にしている


「おい嬢ちゃん…知り合いか、あの男?」

「はい…ですがっ…」


姿形は確かにそうだ

暗緑色のスーツを着た優しげな笑みを浮かべる男

特徴的と言えば、長い髪がもざもざしてる所だろうか


だが、決定的に何かが違う

サーヴァントであればまだ良かった、しかしそうではないし、人ですらもっと無い


「マリー…連れ戻したほうが」

「よしな明音…近づいたら殺されるぞ…」

「なによ、それ…。ていうか、あいつ、カルデアに居たやつよね?なに、敵だったの?」

「それは…わかりません…ですが」

「あれが味方とは思いたくねーよな」

「はい…」


ふと、空間に穴が開く

開いた先に見えるのは、燃えるような赤に染まった球体

それは丁度、この特異点に飛ばされる前に見たカルデアスの最後の姿


「マロン…あなた、何かした?」

「いや、違うっ。これはっ…」


繋がっている、そっちとこっちが

空間に穴でも空いたように、ぽっかりと不自然なまでに


「い、いやぁっ!助けてっ、だれかっ!」

「っ、マリーっ!」

「先輩っ!」

「おいやべえぞっ、アレに触れたら…」


マシュの静止を振り切って駆け出す

その間にもオルガマリーが穴の中へと、どんどんと引き寄せられていく

その先には煉獄…何が起こるかなんて分からない

触れたら何よっ、だったらなんだってのよ

だから、泣き叫んでいる彼女を放っておけって…


「出来るわけ無いでしょっ!マリーっ手をっ!」

「明音っ!…助けっ!!」


走る走る走る、近づく程に自分も吸い上げられそうになって足がもつれる

それでも、まだなお、走り続け、手を伸ばし…空を切った


「っ!?マリーっ!!」


掴み損なった手を滑らせて、叩きつけられるように地面に落ちる

体が痛い、全力で走ったせいで喉が焼けている

でもそんなの…それ以上に…マリーはどうなった…


「聞いているなドクター・ロマニ? 共に魔道を研究した学友として、最後の忠告をしてやろう」


後ろでまた何かゴチャゴチャ言っている

鬱陶しい、耳障りだ、その話がそんなに重要なの?

マリーはどうなったの?マリーをどうしたの?どうしてお前は生きているの?


「うっさいわよ、アンタ…」


痛む体を無視して、ゆらゆらと立ち上がる


「先輩っ、下がってっ」


庇うように、明音の前に立ち盾を構えるマシュ


「ねぇマシュ?…マリーね、私に助けてって言ったのよ…なのにさ…」


独り言のような呟き

いつもの快活さとは程遠い消え入りそうな声


「それは…先輩のせいでは…」

「あははは…かもね。私、なーにやってんだろ…」


肝心な時に何もしてあげられないなんて…酷い話よ、本当に酷い話だわ

だからね?


「ごめんマシュ…我慢できないや…」

「え?」


ぶん殴ろう、とりあえずあの爆弾カメムシをぶん殴ろう

ではどうする?ではどうやる?

偽物でもなんでも、今は適当な形が欲しい…魔力ぶち込む体の良い器が

そして、私の思いつく限り、一番火力の有りそうなイメージは


ぽつんっと、ルーンが一つ浮かび上がる

それに引き寄せられるように、更に一つ、また一つと、夥しさを増していく

やがて、煩いくらいに膨れ上がったルーンの塊が弾けて飛んだ


溢れ出す魔力の本流

体中で火花が散っているような錯覚を覚える

痛い痛い痛いっと、もう限界だと叫んでいる

けど届かない、こんなんじゃダメだ…もっともっともっともっと

足りないなら何でも良い、命でも傷って体を壊して、無理やり届かせろ


「是非は問わないわ…尽きなさい」


なんかそれっぽい炎の巨人ーウィッカー・マンー


「うそっ…」

「おいおいおいおい…」


見た目は確かにそう…しかし、明らかに宝具ではない何か、良く言ってもその真似事をした程度

魔力を捏ね固めた粘土細工程度の代物ではあったが

加減を忘れた熱量が触れるもの全てを巻き込みながら立ち上がる


明音が腕を掲げると、地鳴りとともに石や砂 木の根を巻き込んで地面がせり上がっていく

どろどろ、どろどろと人の形を作りかけては、自身が発する熱にやられて崩れ落ちる

だがそれでいい、手を伸ばしてアイツを押しつぶせば大概がお終いだ


そして、溶岩のように赤熱した不格好な巨人の腕がレフの頭上へと落とされた


はぁぁぁっ!


一閃。裂帛の気合とともに、巨人の腕が消し飛ぶ


「稚拙だな…次があるならもっと研ぎ澄ますと良い」


中性的な声。飛び散る熱波ですら意に返さずに、黒い甲冑を纏った少女が立っていた


「いやいや、これは驚きだ。善意で見逃してあげた私の失態だよ」


大げさに2度3度と手を叩くレフ


「とは言え私も暇ではなくてね。君たちの相手は彼女に任せよう。せいぜい頑張り給え、どの道結果は変わらんがね」


そうして踵を返すと、吸い込まれるように空間に溶けていった




「ほぅ…面白いサーヴァントがいるな」


ジロリと、マシュの…その大盾を睥睨する金色の瞳


「構えるが良い、名も知らぬ娘よ…その守りが真実かどうか…」


黒い甲冑を纏った金髪の少女

小柄な体躯でもってしても、そこにある存在感と、隠すこともなく放たれる殺意と魔力


剣を構えると解けだした魔力が溢れ出し、光を吸い込む漆黒の輝きを増していく


「ははっ…ごめんマシュ…動けないや」

「構いません…後は私が…」


とは言え、本当に自分にどうにか出来るのか

相手は名高い聖剣…


「良いか嬢ちゃん…」


盾から手を離すなよ。その瞬間、後ろにいるマスターは一瞬で蒸発するぞ?

勝つなんて考えるな。アンタはマスターを護る事だけを考えろ


「得意だろ?そういうの?」


ぽんっと、クーの手がマシュの肩に掛かる


「はいっ、やります。やってみせますっ、全力で!」


地面に盾を突き刺すようにして構えるマシュ


「ねぇ…くー?逃げてもいいのよ?」

「バカ言うな。マスター置いて逃げられるかよ」


どの道嬢ちゃんがダメだったらオレに勝ち筋もねえんだしな


「そっか…ありがと。一つお願いがあるんだけど…ちょっとこっち来て?」

「んだよ…こんな時に」


膝を付き、肩で息をする明音の側により顔を近づける


「んっ!」


離れようとするクーの頭を、残った力を振り絞って両手で押さえつける

触れ合う口と口、押し付けられる唇と唇

舌で強引に唇を割り開き、押し込むようにして唾液を流し込んでいく


「ふはぁ…」

「ばっ、おまえ…」

「私の魔力…残りぜ~んぶ…」


魔力というか、生命力だの精神力だのそういったもの全部を流し込んだ気分だ

目も開けてられない、呼吸するのがやっと…後はもう


「ごめんね、くー。あと…お願い…」

「…おう」

「終わったら…続きしましょうね?」

「10年たって出直してこいや」

「言ったわね…待ってなさいよ…ふふふふ…」


事切れたように倒れる明音

浅い呼吸のお陰で、ようやっと生きてるのが分かるほどに弱々しい


「全く…お前は…」


残り全部って、雀の涙じゃねぇか

だが…まあ、気合は十分に入った。これで負けたらカッコワリィぞ

10年か…かぁ、持ったいねぇな…


黒い黒い黒い濁流

視界が途切れるその一瞬、最後に映ったその光景…

マシュは無事かな…クーは大丈夫かしら…フォウくんも…

願わくば…この暗闇が瞼の裏側でありますように…




「おっはよーございまーす」


開口一番、元気な声が管制室の扉を開く

戻ってみればあら不思議

爆発の爪痕は残っていても、大体が片付いた後で

ぱっとみ研究施設っぽい姿を取り戻していた


「お早うございます先輩。無事で何よりです」

「マシュのお陰ねっ」

「いえ、こちらこそ…一人では保ちませんでしたから…」

「何かあったの?」

「いえ、なにも」


セイバーを倒した後、特異点が崩壊し

レイシフトが間に合うかどうかという刹那の話

倒れた先輩の体を抱きしめ、手を握り…そして握り返してくれた

2度あることは3度あると…その言葉を信じさせてくれるような


「なによーマスターに隠し事はいけないんだぞー」

「ちょっ、先輩っ。手が、手の動きが気持ち悪いです…イソギンチャクと同義です」

「だって、折角の玉の肌だもの。傷でも残ってたら大変じゃない?お姉さんが調べてあげようってのよっ」


じゃなくても脱がすわっ、だから動かないでっ


「ちょっ!?先輩やめっ、きゃっ!?何処触ってっもうっ、おバカっ!」

「たてっ!!??」


一瞬だけ召喚した盾で頭を叩くと、そのまま床に崩れ落ちる明音


「コホンっ…再会を喜ぶのは結構だけど…」

「何よ、マロン…乙女の蜜時を邪魔しようっての?」


床に伸びたままロマニを睨みつける明音


「眺めていたいのは山々だけどもね…今は話を聞いて欲しい…」

「…はーい」


珍しく真面目な口調のロマニに、渋々したがって姿勢を正す


「まずは生還おめでとう、明音ちゃん…」




「くかー…zzzzz」

「先輩、起きて下さい、先輩…」

「へ、なに?終わったの?」

「うん…未来が終わりそうだよ…」


何か悲観したように頭を抱えるロマニ

確かに、確かにっ長い説明になってしまったけども

カッコつけたような言い回しもしたけども…さ…寝ることは無いんじゃないかな…


「それで?私一人で人類を救えって話だっけ?」

「え、まぁ…ていうか、聞いてたのかい?」

「ううん…状況的にそうなるでしょ?」


そのために集められて、残ったのが私一人なんだから


「ああ、そうだ…ほぼ強制になるのは分かってるが…それでも僕はこう言うしか無い」


マスター適性者48番、霧里 明音

君が人類を救いたいのなら

2016年から先の未来を取り戻したいのなら

君はこれからたった一人で人類史と戦わなくてはいけない

その覚悟はあるか? 君にカルデアの、人類の未来を背負う力はあるか?


「無いわっ!断言していいっ」

「…先輩…気持ちはわかりますが…そこはカッコよく頷く所では?」

「人類の未来なんて知らないわよそんなの」


そう、霧里明音はただの少女でしかない

ちょっと魔術が使えて、サーヴァントと契約出来て、時をかける少女的な素質があったとしても

ついさっきまで平和に生きてきたのだ、行き成り人類の未来を背をわされても困る


「けどまあ、マシュとイチャイチャする未来なら守ってもいいかもね?」

「え…それは…その、強制に近いのでは?」

「愛は育むものよ…ね、マシュ?」

「先輩…手の動きが気持ち悪いです…タコと同義です…」


わらわらと怪しく手を動かしマシュに迫る明音


「あ、うん。僕は別室に行ってるから…終わったら呼んでくれ」

「ど、どくたー、た、たすけっ…」


いーやぁぁぁぁぁっ




そうして、明音ちゃんのグランドオーダーは始まりましたとさ


「こんなもんか…」


パタリと、日記帳を閉じる

それを机の隅に押しやると、自室のベッドに体を投げる

気まぐれで書き始めた日記帳、娯楽の乏しいカルデア内ではいい暇つぶしにはなっていた


せっかくだからとタイトルも考えてみたのよ

明音ちゃんの日記帳

魔術師っぽく、あかしっくれこーど…なんてね?


ーおしまいー




幕間の物語


ーばーさーかー ー



走る走る走る、進撃では無く撤退の一途をただひた走る

後方に上がる砂埃は、軍隊が進撃しているようだったが、実際はただの単騎であった

瓦礫など障害物にもならず、ただ一直線に押し寄せてくる影


ウォォォォォォッ!!


轟く雄叫びに、背筋が冷える、冷や汗が止まらない


「お前はっ、しばらく大人しくしてろって言ったろっ!」


クーが叫ぶ

明音から厄寄せのルーンを消したは良いが

集まってきている厄が散るまで一旦待機のつもりであった

しかし、目を離した隙に見えなくなる明音の姿

次に見つけた時には、猛ダッシュで駆け込んできた…その結果が


ウォォォォォォッ!!


再度の咆哮

段々と近づいてくる雄叫び、もう幾許もなく交戦範囲に入るだろう


バーサーカーのサーヴァント

大聖杯を護るセイバーですら手を焼く怪物中の怪物

近づかなければ無視も出来たのに、近づいたバカがいるもんだから


「だってぇぇぇっ!!」


ちょっとその辺でルーンの練習をするつもりだった

取り敢えず適当に火を起こしまくっていたら…なんかコイツに当たっていた


「キャスターっ!私が止めますっ、その隙にっ」

「やれんのかっ!」

「ぶっつけ本番なだけです。むしろ、退路がないだけっ!」

「はっ、良い覚悟だ。乗ったぜっ!」


反転して、盾を構えるマシュ

時間もない自信もない、けれどやるしか無い

言い訳は後っ、不安は邪魔なだけ、私はただ…先輩を…

いえ、今回はその人が原因なわけですが…だからこそっ!

今防がなきゃ、文句の一つも言えなくなるからっ


「せんぱいのぉぉぉっ!ばかぁぁぁぁぁっ!」




「はぁ…はぁ…私出来たの…」

「ヒュゥ…何とかなったなぁ…まったく」


マシュの叫びとともに開いた宝具

光の防壁が壁となり、暴風の様だった敵の進軍を阻む

その隙に、クーの宝具が敵を焼き払い…どうにかこうにか


「ふぅっ、助かったわねっ皆っ」


額の汗を拭い、にはっと笑ってみせる明音

しかし、周りからの返事はない…それどころか視線が痛い


「おバカッ!」


口火を切ったのはオルガマリーだった

同時に放たれた平手が明音の頭をすっぱたく


「先輩のバカッ!」

「アホかおめえはっ!」

「フォウっフォウっ!」


更に次々と恨み言が連なっていく


「ひらてっ!たてっ!つえっ!」


次々と上げられた手に耐えきれず、ぱたんきゅーと地面倒れ伏す明音だった


「フォウフォウフォウフォウ!」

「あ、やめてっ、フォウくん、噛んじゃいやよっ、それほんと痛い」




「けどまぁ…真名をものにするには至らなかったか…」

「はい…結局、英霊の真名も分からずじまいで」


フォウにじゃれつかれている明音は捨て置いて状況を確認する二人


「そう…未熟でも良い、仮のサーヴァントでも良い…そう願って宝具を開いたのねマシュは…」


真名を得て、英霊そのものになる欲が微塵もなかった

そんな彼女だからこそ、宝具も応えたんでしょうねきっと…

とんだ美談だ…おとぎ話も良いところよ…


「あ、いえ、それは違います」

「へ?」

「私はただ、どうしようもないほど衝動的な理由で先輩に文句を言いたかっただけです」


そのためにはアレが邪魔だったのだ


「かはははははっ!ま、結局はそんなもんだよなっ」

「マシュ…貴女、明音に似てきてない?」

「そうでしょうか?」


そうは言うが、こんな雑な娘だったかしら…

記憶の中のマシュの姿をひっくり返した所でそんなもんは見つかりゃしなかった


「と、とにかく…無名のままでは使いづらいでしょう?…何か通りの良い呪文を…そうね」


人理の礎ーロード・カルデアス

カルデアはマシュにとっても意味のある名だ

霊基を起動させるには丁度いいでしょう


「ねぇ…マリー…。貴女、必殺技の名前考えるのとか好きでしょう?」


フォウに馬乗りにされたまま、マリーを見上げる明音

その瞳に映る彼女の表情は何処か得意げに見えた


「…フォウ、もっとやっていいわよ」

「フォウっ!」

「いたいたいたいたいたい」


ーおしまいー



ー召喚:クーフーリンー


カルデアスの鎮座する部屋とはまた違った区画

何方にせよ、研究室には変わりないのだけれど

床から壁まで大げさに広がる魔法陣のせいか、少し魔術的なイメージが強い気がする


「先輩、キャスター…いえ、クーさんから伝言が」

「ん?」

「どうせ呼ぶならランサーで呼んでくれと」

「なに?くーちゃん槍も使えるの?」

「はい。どちらかと言えば槍の方が有名なくらいです…ゲイボルグという名に聞き覚えは?」


その槍の背景はともかく

魔槍、神槍、伝説のと来れば現代日本においてもそこそこ有名なはず


「????」

「あ、はい。何でもありません、始めましょう…」


だったのだが

案の定と言うか、目を点にして首を傾げる明音を顔を見た途端に、話を遮断したマシュだった


「んで、この…丸いのに触ればいいの?」

「はい、そこに魔力を流し込むと起動します」

「はーい」


部屋の中央。そこにポツンと立っている台座の前に立つ

そして、その上の丸い水晶のような球体にそっと手を触れた


チクっと走る痛み

球体に触れた手から何かを吸われているような感覚

同時に、部屋中に広がっていた魔法陣に光が入り鳴動を始めた


「後は概ね機械がやってくれます…何か、媒体でもあれば 尚良かったのですが」

「媒体ね…」


何でも良いのかしら?

彼との思い出とかロマンチックで良いけど、いくらなんでも抽象的過ぎるだろうし

もっと具体的な…そう、例えば…


唇に指を這わせる…触れ合った体温なんて残っちゃいないが

その感触を思い出すようになぞっていくと、ほんのりと温かくなったような気がする

残り香って程でもないが、たとえ靄のようでも彼の魔力の残滓なら十分かしら…


「彼との思い出があるじゃない?」

「そんな、乙女チックなもので…」

「イケるイケるって。それで?何か呪文とかあるんでしょう?」

「はい、こちらを…」


準備完了、用意周到にカンペを差し出すマシュ


「長いわ…」

「ゆっくりで構いませんから…正し、丁寧にお願いします…」

「はーい」


最初のわくわく感は何処へやら

カンペに書かれた文字の羅列に早くも辟易しそうになる


すぅ…はぁ…

とりあえず、深呼吸をして気持ちを切り替える

仕方ない、儀式なんてものは手順が大事ってのはそりゃそんなもんだろう

前向きに前向きに前のめりになるほどに

口ずさむ呪文の意味を噛みしめるように、想いを呪文に乗せるように


「告げる…」


汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に

汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ


刻が満ちる、魔力が溢れる、想いが集う

魔法陣から光が溢れだし、それが一処に集まっていく


「さぁっ、来なさいクーっ。あんたのゲイボルグで私の…」


その時だった


「やりっ!?」


光の渦から赤い槍が伸び、明音の脳天に振り下ろされた


「その先言ったら帰るぞ、マジで…」


光が晴れると、そこには青い鎧を纏った男

青い髪と赤い瞳、どこかで見たような表情を呆れ気味に崩していた


「お久しぶりですキャスター…いえ、今はランサーですか」

「おぅ、お前らも無事だったみたいだな」


お久しぶり、とは言ったものの、お互いについこの間の話ではあるのだが


「ちょっとっ、クーっ!痛いじゃないのっ」

「アホか、あんなひでー口上で呼ばれる身にもなれっての」

「10年経ったら相手してくるっていったじゃんっ!」

「鏡見ろ、まんまちんちくりんじゃねーか」

「マシュッ!今何年っ」

「はい、2015年です」

「こないだの特異点は?」

「2004年、ですね」


「どうよ?」と、言わんばかりに得意げな笑みを浮かべる明音


「まじかよ…」


確かに言った、そうは言った。それは、子供を窘める方便でもあったし

10年経てば、見た目も中身も良い感じになってるだろうと期待もあった

まさか時間をすっ飛ばしてくるなんて…いや、失念していただけか…その手があったかと


「それじゃ、行きましょクー?」

「お、おいっ、嬢ちゃんっ良いのかコイツっ」

「いえ、私は何も見てないですし、聞いてもないです」


回れ右、我関せず、その頬を少しばかり染めながら




「ちょ…ちょっとクー。思ったより痛いわよ、これ」

「はっ!?おまっ!?」

「なによーっ、誰だって初めてくらいあるでしょう?

 それともクーは女の子一人満足させられないの?」

「たく…よっ」

「きゃっ♡」




「おっはよーございまーすっ!」

「はい、お早うございます先輩」


元気よく扉を開き、研究室に入ってくる明音

「今日も良い朝ですね」と、マシュが返してくれるが

代わり映えしない研究室の壁&壁ではそろそろ辟易してくるというもの


「そういえば…ランサーは?」

「賢者タイムね、きっと」


なんかやっちまった感全開だった

それが今日始めてみた彼の印象


「はい?キャスターのスキルも保持されていたのでしょうか?」

「男は皆そうなるのよ。ね、マロン」

「うん、僕に振るの止めてくれないかな…」


肩に置かれた手から、顔を背けるロマニ


「ドクター、英霊が2つのクラスを所持するなんて…」

「いや、そうじゃないんだマシュ…」

「教育は大事よ?ドクター(保健の)」


からかうように笑う明音

今日も一日楽しくなりそうだった





後書き

最後まで読んでくれてありがとね

勢いで書き始めたけれど、意外となんとかなるものね
とはいえ、メインシナリオもまだ2章までしか終わってないから
続きがあってもまた今度、ね

それじゃ、バイバイ


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かんちゃんさんから
2016-12-06 00:36:17

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