ミリオン部 ゼロ
ゼロ
私、最上静香は激しく後悔しています。
それは多分私の目の前に座っている北沢志保も同じだと思う。ふと目があった表情と、その先の鏡に映る私の表情が同じだったから。
それに対して、私達と同じ765プロシアターでアイドルとして日々切磋琢磨している春日未来と矢吹可奈はとても楽しそう。私と志保の表情が見えていないぐらいに・・・。
「はぁ・・・」
2人が気付かない程度の小さなため息が目の前からかすかに聞こえた。私も同じ気分だ。何せ、みんなが揃うであろう時間まで、この2人に付き合わなければいけないのだから。でも、私も志保もまんざらでもない表情をしていたということは、私達も多少は楽しみに感じているということなのだと思う。
唐突な始まりで戸惑ってはいたけれど、きっと楽しいことを始めてくれるに決まっているのだから・・・
「ひーまだ、ひーまだ。ひーまひーまだ~」
4人で使うには広い控室で可奈は歌っていた。部屋の真ん中に置かれた机に顔を置いて、いかにも暇だと言わんばかりの姿で、独特の調子のはずれた、何となく耳に残る歌声を奏でる。
それは歌うというよりも、何もすることが無く静かな空間に耐え切れず思わず声に出たというのが正しいのかもしれない。
「可奈。暇だって言うけど、次の公演のダンス、まだまだじゃない。練習すれば?」
歌のことには一切ツッコミを入れずに、淡々と述べるのは志保。部屋の壁際に置かれている椅子に座って百合子に貸してもらった本を読んでいた。
「え~、だって一人でだとやる気が起きないんだも~ん。それだったら、志保ちゃん付き合ってくれる?」
「いやよ。私はできているし、ミーティング前に汗かきたくないもの」
今日はシアターメンバーでのミーティングの日。多少時間があるとはいっても、いちいち着替えて練習するには短い。
「可奈ちゃん。じゃあさ、じゃあさ。劇場に出て歌の練習しない?今日はまだ誰もいないし、きっと気持ちいいよ」
そんなやり取りに私の隣に座って携帯をポチポチ触っていた未来が加わる。放っておくわけがないとは思っていたけれど、
「ダメに決まってるじゃない、未来。劇場の使用には許可が必要なのよ。誰もいないからって勝手に使っていいわけないでしょ」
私も口を挟まずにはいられなくなってしまった。
「え~静香ちゃんのケチ」
口をとんがらせて文句を言う未来。まったく、分かっているくせに変なこと言うんだから。とはいえ、私も暇なことには変わりないので、それ以上文句を言うのは止めた。
「それもこれも可奈のせいなのよ。せめて静かにしてて」
いや、あった。今回私たち4人だけがほかのメンバーに比べてかなり早く劇場に着いてしまった原因。
「それは・・・だって・・・しかたないじゃん」
可奈は何とか言い返そうとしたが、思い浮かばなかったのか、そう言うだけに留まった。まぁ、言い返せるはずがないのだけれど。
「仕方ない!どうやったら9時集合を7時集合って間違えるのよ!」
さすがの志保も声を荒げる。我慢の限界だったらしい。
「それは、ね。9時って言ったら7時か~って思う、じゃない?」
上目づかいに志保を見ながら説明をしているが、可奈の説明は全然答えになっていない。でも、その答えを私は少し予想していた。
「なんでそうなるのよ!」
志保はその答えにもなっていない答えにさらに声を荒げるが、私は聞かない方がいいと思う。あきれるだけだから・・・
「え~、そっかな~。私は可奈ちゃんの言いたいこと分かるな~」
私も散々この声の主である未来に苦労させられたから。
「そうだよね、分かるよね。未来ちゃん」
味方を見つけた可奈は喜びの表情で未来を見つめる。駆け寄って手まで取るありさま。その様子から志保は溜息。何となく悪い予感がしたらしい。
「・・・じゃあ、その理由を聞かせてもらえる?」
それでも聞こうとするあたり、志保はさすがだと思う。しかも、部屋の真ん中に置かれている机の席について聞く体勢を整えている。私も覚悟を決めて一番近かった席に座る。
味方を見つけて機嫌のよくなった可奈と、未来も席に座る。2人ともちっともこっちの気持ちがわかっていない様子。
「それで?」
聞かなければいいのに・・・と思うほど重たい口調の志保。
「え~っとねぇ・・・」
説明をしようとするが、思いつかないみたいで言葉が止まる。
「何よ、どうしたの?」
苛立ちが漏れ始める志保。
「いや~いざ説明しようとしても、さっき言った言葉ぐらいしか出てこなくて・・・」
「さっきのって、9時だから7時になるってことよね?」
私は嫌々ながらも、話を進めないことにはどうにもならないと思い口を出す。
「うんうん、そうだよ。静香ちゃん」
私まで味方になった思った様子の可奈。ちょっとそれは止めて欲しい。
「静香ちゃんもわかるよね~。9時って言われたら7時だよね~」
み、未来まで・・・
「静香、説明してもらえる?」
志保は2人に聞くのは無駄だと思ったのか、はたまた私まであちら側だと思ったのか・・・それは表情からなさそうだ。よかった。ともかく、私に説明を求めた。
「多分だけど・・・」
仲間に思われたくない、ほんの少しの抵抗ののち、
「19時って言ったら午後7時のことじゃない。だから、9時って聞いたら7時とかそういう・・・」
あまりにもばからしい話なので、私は途中から言葉を繋げれなくなった。
「そうそう、そうだよ。静香ちゃん。私もそう言いたかったの!」
「やっぱり、静香ちゃんって頭いいよね~」
止めて!逆に頭が悪くなった気がしてくるから!
「はぁ・・・」
頭が痛そうな仕草をする志保。
「じゃあ、あなた達。10時って言われたら8時に集まって、11時って言われたら9時に集まるつもり?」
半ば投げやり気味の口調の志保。その気持ち、ものすごく分かる、分かるのだけれど・・・
『ん?なんで?』
やっぱりというか、その疑問の理由まではさすがにわからないのだけれど、悪い意味で期待を裏切らないのがこの2人。
「な、なんでって。さっきの話だとあなた達の中ではそうなるんでしょ!」
聞けば聞くほど頭が痛くなるのが分かっているのに、聞いてしまうのが私や志保。損な役回りだというのは自覚している。
「志保、落ち着いて」
「え、ええ。そうね。ありがとう、静香」
志保も自覚している(はず)。それでも、ツッコミを入れてしまうのが、志保のやさしいところと言うべきなのか、損なところと言うべきなのか。
「未来、さっきの話だと19時だと7時だから、数字の似ている9時は2を引いた7時に間違えてしまうってことでしょ」
「あ、うん。そうだよ」
何の躊躇もなしに答える未来。ちょっとはおかしいと自覚してほしい。
「だったら、20時も2を引いた18時。午前8時にならないのってことなんだけど・・・」
自分で話していて頭が痛くなってくる。
「えー。それは違うよ。20時は20時だよ」
「そうだよ。それはあり得ないよ~」
まるでこっちがバカな発言をしているみたいに笑う2人。いや、バカな発言であることは間違いないし、分かってはいるのだけれど・・・
「なんでよ!考え方は同じじゃない!なんで20時は午前8時にならないのよ!」
私と同じようにバカにされていると感じたのだろう。一度落ち着いたはずの志保はまた声を荒げる。
「ひゃん!怒らないでよ、志保ちゃん」
「そうだよ~。私も可奈ちゃんも間違ったこと言ってないじゃん」
いいえ、未来。間違ったことしか言ってないわよ。
「だって、そうでしょ!あなたた・・・いいわ、もう」
志保も不毛な会話にしかならないのに気が付いたのか、言葉を取り下げた。そうよ、それが正解。いくらこちらの理論を持ち込んでも、この2人には無意味。受け入れるしかないのだから。20時と19時には何か2人にしかわからない絶対的な差があるのだと・・・思うしかない。
「それで、どうするの?」
「どうって、何が?」
可奈はどうやら元々何の話をしていたのか忘れてしまった様子。
「集合時間までの1時間半。どうするのかって聞いてるのよ」
志保もわざわざ聞かなくても、放っておけば静かに過ごせるのに・・・
「あ~どうしよっか?志保ちゃん、何かいいアイデアない?」
あ、話が完全に戻った。
「さぁね、そっちの2人で考えてみたら」
志保としては「時間つぶしに話は聞いてもいいけれど、こっちは巻き込まないでほしい」といったところだろうか。最終的に巻き込まれることにはなりそうだけれど、どの道回避できないだろうし、暇つぶしにはなるだろうから、ここは便乗させてもらおう。
「未来はない?アイデア」
「私?う~ん。そうだね~」
いかにも考えています、といった仕草で未来が考えを巡らせ始める。それを見て、その向かいに座っている可奈も考え始める。さてさて、どんなことを思いつくのやら・・・
先に口を開いたのは未来だった。
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