ミリオン部6.2 あとの
ミリオン部6話第2部になります。オリキャラ徳川あとのちゃんの話です
徳川あとの
はなは一言口にすると、すぐにまた黙りこくってしまった。3人は驚愕の顔で見ていたが、もうしゃべる気がないのだと察すると、早々に諦めてしまった。何となく、あくまでも何となくだが、私達ではしゃべらせることはできないのだと思った。
「じゃ、じゃあ。次はあとのちゃん!」
「はぁ?次って何です?」
突然の可奈の言葉に悪態をつきながら聞くあとの。もう猫を被るとかそんな必要もない。すでにこの場には最大級に猫を被っている人がいたと分かったのだから、2番目に甘んじるわけにもいかないのだろう。
「え?はなさんと話したから、次はあとのちゃんかなぁって」
何が可笑しいんだろうといった口調の可奈。順番に話す必要がそもそもあるのか?なんて理屈は可奈には通らない。だからこそ、はなとも会話が成立していたのだろう。今となっては、はなが合わせていた可能性も出てきたが、それははなのみぞ知る事実である。
「別に話すこととかないし」
あとのは冷たくあしらう。あとのは本能というか直感で分かっていた。この可奈という娘に関わると、痛い目に合いそうだと。本人には自覚も悪気もないが、そうなることが運命で決められていると、察したのだった。
「ええ~、お話しようよ~。まつりさんが家でどんなふうだとか、すっごく聞いてみたいんだよ~」
それは本心だった。可奈は勿論、シアターにいるアイドル一同は徳川まつりという人物のことをこれまでの活動を通して知ってきたが、いざ私生活のこととなると一切が不明のままだった。
特に本人が言いたくないと言っているわけではないのだが・・・というか、本人は自分がいかに姫のような生活を送っていると語るのだが、真偽は不明。誰も確かめようとはしない。ていうかできない。怖い。
そんな中現れたのが、この徳川あとのという人物。徳川まつりの私生活をしる人物。可奈としては確かめたくて仕方がなかったのだ。
「あれのことなんて話しても面白くないし。私に得しないし」
損になる可能性の方が高い。あとのは姉が外でどんなふうに振舞っているか知っているので、余計なことは話すべきじゃないと分かっていた。自己防衛的な意味で。
「え~、聞かせてよ~。雨音ちゃんも気になるよね?」
こうなったらどうしても聞きたくなった可奈は引き下がらない。
「にゃはは、そうですね~。姉貴からちょこっとだけまつりさんのこと聞いてますけど、確かに、普段どんな風なのか気になる人ですよね~」
雨音は何となく、あとのの気持ちを何となく察してはいたが、今はこの4人しかいないのだし少しぐらいは大丈夫だろうと思った。雨音としても姉の仲間がどんな人たちなのか少しでも聞いていたいという気持ちがある。しかし「聞きたい」とはっきり言わないところは、姉と同じく空気を読む能力が高いことがわかる。
「はぁ・・・別に話すことなんてないし。聞いてもつまらない話ばかりだし」
はっきりと話したくないと言いたいところではあるが、何とも言いにくい雰囲気に言葉を濁す。姉のキャラがぶっ飛んでいる分、ちゃんとしないといけないという気持ちをもって育ったせいか、完全に突き放した対応ができないのが自分の弱点であると、あとのは知っていた。
「え~、そんなの話してみないとわかんないよ?いいから、いいから、話してみてよ」
そんなあとのの気持ちも、雨音の気遣いも全く分からずにずけずけと聞く可奈。会話には加わっていないはなも、巻き込まれている2人も全くの同意見だった。
『(ずるい)』
そうやって誰とでもすぐに話せることが。そうやって気を遣わずに話しかけられることが。そうやって、自分の気持ちに常に素直でいられることが。三者三様、この劇場に所属するアイドルたちと同じことを思った。
「はぁ・・・分かった。じゃあ、聞きたいこと言ってみて。話せることなら話す。話せないことは話さない。それで、いいでしょ?」
「うんうん!じゃあ・・・ねぇ~」
あとのの言葉に目を輝かせて考え始める可奈。そんな様子に溜息をひとつつくあとの。何となく、この部屋でよく見る光景のようになってきた。
「何ですか?」
あとのは真剣に考えている可奈をよそに、自分の方を向いて微笑んでいるはなと、にやにやしている雨音に聞いた。言いたいことは何となくわかっているけれど。
「そうだ!」
可奈はそんな様子にも当然気づかない。
「何?」
「えっと、まつりさんって朝ごはんはご飯派、それともパン派?」
突拍子もない質問が繰り出された。
「えっと・・・なんで?」
質問に答えても大丈夫かどうかよりも、なぜそんなことを聞くにか聞かずにはいられなかった。
「えっと、まつりさんってやっぱりお姫様ってイメージで貴音さんもそう言えばお姫様だな~って思ったら、普段何食べてるんだろうって気になって」
「何でそうなるのよ」
「貴音さんってすごく食べるんだけど、食べるものは全然お姫さまっぽくないんだ~。それで、まつりさんはどうなのかなぁって?」
劇場に大量のお菓子を持ち込んでいる可奈と貴音はそう言う部分で結構接点があり、話す機会も多かった。主に新作お菓子の話題だけではあったけれど・・・
「そんなもの、ここで食事もしてるんだから、見る機会だってあるじゃない」
「ここで食べるものは出前かお弁当だもん。普段家で何食べてるのか聞きたいの!」
あまりにあとのが勿体付けるので(そう思っているのは可奈だけ)、身を乗り出す可奈。
「はぁ・・・」
観念したのか、考え始めるあとの。今朝はあとのが早く家を出たので何を食べていたのか知らない。だったら、昨日はどうだったっけ?・・・それより、これは話しても大丈夫な内容だろうか?などと考えを巡らせて、
「って言っても、別に変ったものは食べてないし・・・」
興味を反らせようと試みてみるが、
「それでもいいから!」
興奮した可奈は止まらない。
「はぁ・・・普通に家族で同じ物食べてるだけだし。昨日はグラタンだった、かな?」
「あれ、結構普通」
期待してたものと違ってポカンとする可奈。いったいどんなものを期待してたのだか。
「家族で暮らしてるんだから当たり前じゃない。あれの趣味に合わせてたら破産するわよ」
時折無茶なリクエストをする姉を思い出す。半分冗談だと分かっていても、あれには困らされている。
「え~、でもちょっと変わったものとか食べないの?」
「変わったものって、私も食べるんだからそんなもの・・・」
突然あとのは言葉を止めた。恐らく可奈の期待している物ではないのだが、変わったものというカテゴリーに引っかかるものがあった。
「なになに?あとのちゃん」
そんな様子に気が付いた可奈。こういうと事は目ざとい。
「別に何でもない」
ただ、それは何となく口にしない方がいいと判断したあとの。でも、その判断は遅すぎた。
「え~~!気になるよ!それ。いいから聞かせて、聞かせて!」
「にゃはは、それは私も気になりますよ、あとのさん。聞かせてくださいよ。誰にも言いませんから」
「こくこく」
さすがに2人もこれには興味津々。まぁ、どうせ話さなければ可奈が収まらないことが目に見えているからだろう。
「はぁ・・・本当に大したことないんですけど?」
『・・・』
期待を寄せるまなざしが3組。もう、何もかも遅い。
「はぁ・・・別に変ったもの食べているとかは本当になくて・・・」
実はないことはないのだが、それは口にするべきではないと思ったあとの。
「私もあれも小さい頃の話ですけど、何でも食べるときはフォークとナイフを使って食べてたんです」
嫌な思い出を語るような顔をするあとの。実際、嫌な思い出だった。
「それって、普通じゃないの?私も一時期そうだったよ?」
さも当然のような様子の可奈。まぁ、あるよね。一回はそう言ったお嬢様みたいな振る舞いに憧れることって・・・。そんな顔をしてはなと雨音の2人に同意を求めるような目線。
「いや、普通しないですよ」
さすがに否定する雨音。分からなくもないが、さすがにしない。
「(ふるふる)」
当然はなも否定。
「え~そんな~」
味方がおらず泣きそうな声を出す可奈。まぁ、これは仕方ない。
「それに私もって付き合わされたんで、ほんと迷惑だった」
思い出される嫌な思い出。「ほ?姫の妹なのですから、高貴な振る舞いをしてもらわないと困るのです」(まつり談)
「え~別に普通じゃないの?」
納得しない可奈。そんな可奈に、昔の融通の利かない姉の姿を重ねたあとの。
「普通じゃないし。大体、家だけならともかく、外食の時までとかほんとあり得ない!」
どんどん頭の中に思い出される苦い思い出。そんな様子に、はなと雨音は気が付いた。これはまずいかも知れない。
そんな2人をよそに、あとのの頭の中では過去の思い出が湧いて出てきていた。
『スープはちゃんとスープ皿に入れてもらわないと困るのですよ』(味噌スープを指して)
『ご主人、フォークを持ってきていただけませんか?』(有名そば店にて)
などなど・・・隣で常に聞かされた身としては、今思い出しても恥ずかしい。年を重ねて、そう言った非常識すぎる行動はなくなっていったが、今思い出すと恥ずかしいを通り越して、腹正しくなってきたあとの。
「そうよ。それだけじゃなくて、あれもこれも・・・」
一度思い出したらどんどん思い出される苦い思い出。
「小学校ではお付き役とか言われて、休み時間ごとに教室に呼び出される」
「あ、あとのちゃん・・・」
可奈もさすがにおかしいと気が付いたようだ。しかし、すでに手遅れ。パンドラの箱は、空けてはならない箱の鍵が外れてしまったのだ。
「それだけじゃない。先生もあれに言っても無駄だからって、私に注意するし。体育館のパイプイスに座るなんて姫にはふさわしくないって言って、やたらでかい椅子運ばされて、私だけ見つかって怒られた。卒業した後も、あれが持って帰らなかった机やロール絨毯を持ち帰れって言われたし・・・」
すでに元々の食べ物の話から脱線しているが止まらない。可奈や雨音が声をかけても全く気が付いていない。今のあとのには何も聞こえていない。そう、何も・・・
「あれのせいで私は小学校の頃の思い出は・・・。中学に入った時には卒業してたから何にもなかったけど、先生や一部の先輩には『ああ、あの・・・』とか言われるし。そのせいで変な噂が流れたこともあったし」
どうやら、今現在でもそれなりに被害を受け続けているようだ。もっと言えば、今のあとのの性格もそんなところから作り出されていったのかもしれない。それは、まぁ仕方ないのかもしれない、が
「あ、あとのちゃん。そこまで言わなくてもいいんじゃ、ないかな?」
さすがの可奈も止める。可奈としては、あくまでも普段のまつりさんが、どんな風なのかちょっと、ほんのちょっと聞きたかっただけなのだ。
「そ、そうですよ。今は違うんでしょ。だったら、いいじゃないですか?」
雨音もあとのを止めにかかる。さすがに雨音もここまでになるとは思っていなかったのだろう。それに・・・
「あとのちゃん。あまり他人に悪口は言わない方がいいと思うわよ」
はなまで止めにかかる。
「はぁ?そんなの私の勝手でしょ。はなさんまでわざわざ声まで出して止めに来るなんて、あいつの手先ですか?あんな姉をかばうんですか?」
あとのは止まらない。一度開かれた箱はそんな簡単にしまるわけがないのだ。絶望がすべて出し切るまでは・・・。
「大体、19にもなってまだ姫姫とか言ってるとか、頭おかしいとしか思えないし。なんであんなのにファンがつくのか疑いますよ。プロデューサーもよく注意しないですよね。まぁ、アイドルはあれぐらい頭のねじぶっ飛んでる方がキモオタの気持ちをつかみやすいのかもしれませんけど」
「ほ?まつりのファンはみなさんいい人なのですよ?あとのちゃん」
瞬間にあとのが固まる。椅子にふんぞり返りながら、言いたいことを言ってすっきりしてい・た顔はすでにない。パンドラの箱から出てきた絶望の後に残った希望は、あとのにとっての絶望だったようだ。
ギギギと音を立てているかのように、あとのの首が回る。ほんのわずかの空耳という奇跡を願って・・・。しかし、起こらないから奇跡というのだ。
「あとのちゃん。何か私と、私のファンの皆さんに悪口言いました?」
「い、いえ。お姉さま。私がそんなこと言うはずがないじゃありませんか・・・」
あとのの声は震えている。
「ほ?それだと私の耳がおかしいのでしょうか?頭のねじが飛んでるとか、キモオタとか聞こえたのですが?」
ゴゴゴという音を立ててまつりの後ろにオーラのような何かが見える・・・ような気がする。可奈と雨音とはなはすでに関わりのないといったような感じでいる。
「・・・すいません」
か細い声であとのが言う。しかし、
「ほ?許すわけがないのですよ。あ・と・のちゃん」
あとのまつりである
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