ミリオン部6.3 雨音
ミリオン部6話 最終分です
所雨音
長い時間だった。3人は静かに席に座っていた。可奈はちらちらと気にしながら、はなは全く気にしていないという雰囲気で、雨音はスマホをいじりながら。正解はないだろうが、不正解はあったようだ。可奈は時間が経つにつれ、チラ見するたびに顔が青ざめていった。
一言で言うなら折檻。あえて言い回しを変えるとしたら拷問。まぁ、見ていて気持ちのいいものではないことは間違いない。
「では、私はこれで失礼するのですよ」
そう言って、気分よくやることを終えた声の主、徳川まつりは言った。
「あ、はい。お疲れ様でした」
勢いよく立ち上がり、一切背中を曲げずに一礼する可奈。
「は、お疲れ様なのです。あとのちゃんのこと、お願いするのです」
「りょ、了解しました!」
素晴らしい、見事な敬礼だった。
『・・・』
ドアが閉まり、足音が聞こえなくなるまで数秒の長い時間。誰もしゃべろうとはしない。
「はぁ・・・」
「にゃはは」
「ふぅ・・・」
「・・・」
緊張が一気に抜ける室内。
「徳川まつりさん、なかなかの人ですね」
「まつりさん。あんなに怖いなんて思わなかった~」
「にゃはは。あれはさすがに怖かったねぁ」
「・・・・・・」
「はなさん、普通にしゃべっちゃってますよ」
「さすがに息が詰まったもの」
「にゃはは。確かにそうっすね~。可奈さん、まつりさんっていつもあんな感じ?なわけないですよね~」
「うん。いつもはやさしいよ。・・・何考えてるかわからないことはあるけど」
「そう。瑞希と言い変わった人が多いのね。アイドルって」
『(はなさんが言う!?)』
「・・・・・・・・・」
「いや、まぁでも悪口はいけないよね。うん、いけない」
「う~ん。でも、しゃあないって思いますよ。ある程度は。一緒に住んでれば文句の一つぐらいあるのは当たり前だと思いますしね~」
「そうね。それが普通だと思うわ。人前でしゃべったりはしないけれど」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・私、姉妹っていないからわからないけどそんなものなんですか?」
「にゃはは。別に姉妹だけじゃなくて親とかでもそうじゃないっすか」
「ええ。家族とはいえ違う人間ですから、気に入らない点があるのは仕方のないこと。距離感が大事ね、そこは」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「そうですね~。姉貴には結構ズバズバ言いますけど、お互いその方が楽だからってことが大きいですね~。溜めこんじゃうとどうにもスッキリしなくて、お互い」
「へぇ、いいなぁ。そういう関係って」
「可奈さんは別にいるんじゃないですか?」
「え?」
「ここに所属している人は家族みたいなもの・・・だって瑞希は言っていましたよ」
「姉貴も。ここにいるみんなは家族とはちょっと違うかもしれないけど、大事な仲間だって言ってましたよ」
「仲間・・・仲間かぁ・・・えへへ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
可奈は昔のほんの少し昔のことを思い出していた。まさかの抜擢で765プロのステージに、しかもアリーナライブに出させてもらって、挫けて、諦めそうになって。でも、春香さんが手を取ってくれて、みんなが引っ張って行ってくれたことを。
「あああああああああああ!」
「わぁ!」
「ひゃう!」
「うわぁ!」
そんな少ししんみりしながらもあたたかい空間に突如として放たれた大声!徳川あとの復活である。
「ああ、ほんとあいつ。手加減ぐらいしろってのよ」
今の今まで一切言葉を発せず、ピクリとも動かなかったというのに一気に復活を遂げたあとの。慣れたことだった。
「お、おはよう?あとのちゃん」
「え、ああ。別に寝てたわけじゃないから」
「にゃはは。お疲れ様」
「大変だったわね」
部屋の隅に転がされていたあとのが席に戻る。
「それで?」
「それでって?」
「部活なんでしょ、これ?」
「ああ、そういやそう聞いて来たんだった。にゃはは、忘れてたよ」
「そういえば・・・そうだったわね」
そもそも、未来が可奈を困らせるためだけに呼ばれたゲスト。そして、活動内容が不明瞭にも程があるこの部活。何をすると言われても困るしかない可奈。
「え~っと・・・」
今このタイミングで初めてこの部活の活動内容に疑問を持った可奈。3人の視線が突き刺さる。とはいえ、
「まぁ、分かってましたけどね」
「ええ」
「なんか、話聞いたときにチラッと聞こえましたしね~」
3人はすでに百も承知。自分にとっても得るものがあると思ったから参加したに過ぎない。可奈は「ははは」と乾いた笑いを浮かべる。
「ふ~ん。じゃあ、私に任せてもらっていいですか?」
スマホを手でくるくるさせながら言う雨音。
「えっと、別にいいというか、何かあるならぜひお任せしたいんだけど・・・何するの?」
「にゃは!どうせなら・・・みんなと仲良くなってきちゃったので!」
『???』
疑問符が3人の頭に浮かぶ。
1時間後
「わぁ、すっごいですね!」
「こんなに大勢が集まるなんて~久しぶりですね~」
控室もとい部室の様子に感嘆の声を上げる星梨花と美也
「あれ?もうこっちお菓子なくなっちゃったよ!」
「ほんま?じゃあ、あたしが買いに行ってくるわ」
「ひなたちゃん、私もいくよ」
「環もお手伝いするぞー」
「じゃあ、私達が飲み物買いに行こっか?ジュリアーノ」
「わかった。行くから、そのジュリアーノっての止めろって」
「しょうがないな~。茜ちゃんも手伝ってあげるよ。ジュリアンのために」
「だから、そのジュリアンってのも止めろって言ってるだろうが!」
騒ぎながら買い出しに出ていく、ひなた、育、環の3人と翼、ジュリア、茜のこれまた3人。
「椅子はいらないだろうけど、机が足りないわね」
「受付用の机借りてきましょうか?」
「プロデューサーさん、事務室にいたので聞いてきますね。琴葉さん、紗代子さん」
「ありがとう、美奈子」
「机を運ぶのであれば、私もお手伝いいたします」
「ありがとう、エミリーちゃん。助かるわ」
「では、部屋のデコレーションはこのロコが、クリエイティブでアメイジングなアートを、スピーディーにクリエイトするのです!」
「ロ、ロコちゃん。そんなに張り切らなくても・・・」
「何を言っているのですか!カレン。アートはオールウェイズでフルリダクションなのです!」
「コロちゃん。後片付けが大変になるので、あの意味の分からないアートは止めて頂戴ね」
「ロコの名前はロコです!チヅル、間違えないでください!」
「まぁまぁ、今日はそんなに時間もないし入り口飾り付けるぐらいでええんちゃう。千鶴もそれぐらいやったらすぐに片づけられるし、な?」
「まぁ、そうですわね」
「あ、ありがとう。奈緒ちゃん」
「ええって、ええって」
「じゃあ、ロコは早速取り掛かるのです!」
会場の準備をそれぞれの方向で進める、琴葉、紗代子、美奈子、エミリーとロコ、可憐、千鶴に奈緒。
「お酒・・・はさすがにダメよね?」
「未成年がほとんどなんだから、ダメに決まってるでしょ」
「そもそも劇場の控室ですから・・・今日この後に飲みに行きます?」
「いいわね~風花ちゃん」
「そう言えば最近飲みに行ってないものね・・・確かにたまにはこの3人で飲みたいわね」
「このみさんと飲むなんて久しぶりですね」
「そう言えば、この前莉緒ちゃんと行ったお店、風花ちゃん連れて行ったことないわよね」
「ええ、このみ姉さん。いい機会だし行きましょうか?」
「わぁ、楽しみです」
すでにこの後のことで盛り上がる年長組。
「はぁ・・・おはようございます」
「おっはよーございまーす!アイドルちゃん達が集まると聞いて、亜利沙飛んできましたーー」
「おはようネ」
「ふふ。随分にぎやかですねぇ。皆さん、おはようございます」
それぞれ異なったテンションで登場する桃子、亜利沙、エレナ、朋花。
「え~っと大体揃ったかな」
そんな部屋の様子を角の方で眺めているのが、可奈をはじめとする・・・いや、今となっては雨音をはじめとする4人。
「これ、雨音ちゃんが呼んだの?」
「はい。声をかけたのは数人ですけど、皆さんメール回してくれたみたいで」
「はぁ。息苦しい」
「・・・」
可奈は茫然。それはそうだろう。今日初めて会った劇場メンバーのただの姉妹だった雨音が、1時間足らずでほとんどの劇場メンバーを集めてしまったのだ。
「ごっめーん。遅れちゃった!まだ始まってないよね?」
「もう、めぐみーが寄り道とかしちゃうからだよ」
「ほんとだよ。あんなファンシーで女の子らしい店、オレ緊張しちゃうから苦手なのに・・・」
「にゃははは。ごめんごめん。だって目に入っちゃったんだもん」
さらに遅れてきたのは海美と昴。そして、雨音の姉の恵美だった。
「あ、姉貴。遅いよ、もう」
「おっ、雨音じゃーん。ほんとに来てたんだ」
「ちゃんとメールしたじゃん」
「いやぁ。でも半信半疑だったんだよね。いきなり劇場でパーティーするから来てって言われてもさぁ?」
仲良さげに話す所姉妹。2人並ぶと髪型や背丈以外は本当にそっくり。
「本当によく似ていますね、あの2人は」
「気持ち悪いぐらい」
「あはは。仲良しでいいじゃないですか」
素直に感想を言いたい可奈だったが、あとのの後だと何とも口に出しづらかった。あんなものを見せつけられた後では・・・
「お、可奈おっはよー。雨音、迷惑かけてなかった?」
「いえいえ、そんな。むしろ私が迷惑かけちゃってたというか、助けられてたというか・・・」
はなに関してはむしろ唯一対応ができていたはずなのだが、可奈はそれが特別なことだとは思っていない。
「そう。私は相手出来てただけでもすごいと思うけど・・・」
「いえいえ、そんな!雨音さんもはなさんも・・・あとのさんもすごいいい人ばかりで、私がご迷惑ばかりかけてました」
あとのの名前を言う前に間があったことはともかく、迷惑をかけていたかどうかは別にして圧倒されっぱなしだったことは事実。
「にゃはは。可奈さんもすごかったですよ~(はなの件)」
「ええ、可奈ちゃんはいい子だったわね(久しぶりに普通に?会話ができて)」
「ほんと、ここに居る人は変な人ばっかりですね(特に姉)」
「お、瑞希のお姉さんのはなさんに、まつりの妹のあとのちゃんだっけ?よろしくね~」
初対面のはずなのに気さくな恵美。こういった所も姉妹はよく似ている。
「それで、どうするの?」
「もうすぐ買い出しに行ってくれてる人とか戻ってくると思うし、準備も出来上がりそうだから・・・」
そう言いながらスマホをいじる雨音。
「おっまたせー」
「たくさんお菓子買うてきたよ」
翼やひなたの買い出し組がタイミングよく戻ってきた。
「ロコのアートも完成したのです!」
「机、借りてきましたよ」
会場準備も終わりそうだ。
「す、すいません。遅れました」
「杏奈、来たよ」
「ふふ、遅れちゃいました」
「はぁ、疲れた~」
「うわ!なんだ、この人数!」
レッスンで遅れていた百合子、杏奈、麗花、のり子、歩もやって来た。いないのはミリオン部のメインメンバーの未来、静香、志保とはなの妹である瑞希と、先ほどまでいたはずのあとのの姉まつり。
「で、どうすんの?雨音」
「決まってんじゃん、姉貴。さっきも言ったっしょ」
目と目を合わせる所姉妹。
『パーティー、始めましょう!』
『おお!!』
所姉妹の掛け声に、亜利沙や莉緒、海美、奈緒などのテンション高めのメンバーが声を上げる。
可奈はそんな場面を一番端から眺めていて思った。
「(これが、雨音ちゃんか~)」
と。
中心にいる恵美と雨音の所姉妹は、みんなに笑顔を与える恵みの雨のようだった。
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