ミリオン部5 ファンカツ
第5話です
ファンカツ
「ふふふ。ついに、ついにこの時が来たのですよ!」
決して暗くなく、明るい蛍光灯の部屋の元。静かでもなく、部屋の外からは慌ただしい喧騒が聞こえてくる。そんな日常の中、1人だけいつも以上にテンションを静か(?)にあげている人物が一名いた。
数日後、その日に何かあるわけもなく、何か起こりそうな雰囲気さえも私は知らずに控室もといミリオン部部室へと足を向けていた。今日は土曜日。学校も午前中で終わり、いつもであればレッスンに精を出すはずなのであるが、今日は少し違う。
何せ、人数が多いミリオンシアターメンバー。全員レッスンができるスペースはあるが、公演前になればそうはいかない。出演メンバーが優先してレッスン場を使うのは勿論、先生もそっちに付きっきりになる。
自主練・・・しているのが当然の場面なのだろうけれど、そこは未来や可奈が見逃すはずがない。バッチリ予定に部活を入れ込まれてしまった。今更文句を言うつもりはないけれど、普段からこれくらいやる気を出してくれれば、ぐらいは思っても当然だと思う。
「ふふ、まったく・・・」
まぁ、未来も前回の活動で多少痛い目を見たようなので、そこには目を瞑っておこう。その分今日の活動には不安を感じずにはいられないのだけれど、そんなにも毎回変なことになることはないだろう。
そう思いながら、私は部室の扉を開いた。
「みんな、ありがとーーーー!」
「亜利沙さ~ん」
「亜利沙ちゃん、ふぁいとですよ~」
「亜利沙~?って、美也さん。ファイトはちょっと違うんじゃないですか?」
「そうなんですか?難しいですね~応援って」
「あっ、もうだめなのですよ。ちゃんと亜利沙のこと応援してください!」
「え~あたしも、何か間違えてました?歩さん?」
「い、いや。ひなたは何にも間違えてなかった!・・・と思うぞ、うん」
「じゃあ、私なんですね・・・むむむ、ではこれでどうですか!」
「・・・って、なんで美也は亜利沙のこと睨んでんの?」
「それはですね、囲碁や将棋の応援では静かに見ていないと、ダメなんですよ~」
「亜利沙は棋士じゃないですよ!」
「(なに、これ?)」
ドアを開けた先では、いつもは部屋の真ん中に置かれているはずの机が壁際に追いやられ、そしてその上に堂々と立っている松田亜利沙さん。その周囲を一定の距離(大体1メートル)を空けて、奥から順に木下ひなたちゃん、宮尾美也さん、舞浜歩さんが立っている。
「お、静香ちゃん遅いのですよ!もう、活動は始まっているのですよ!」
そして、なぜかいつもより高い位置(机の分)から亜利沙さんから怒られた。私は驚きながらも冷静に部屋に置かれている時計を見る。
「(5分前よね)」
集合時間は午後2時。今は午後1時55分。昼食を取っていたせいでギリギリにはなってしまったけれど、遅れてはいない。
「私達も遅刻しちゃったんですよ~」
「そうなんだわ。何でも、ファンはイベント1時館前に集合するのが基本らしいんだわ」
ファン?イベント?よくわからない単語がひなたから飛び出してくる。
「しずか~。よかった。お前が来てくれて」
そんな中、歩さんだけ様子が違って、私に助け?を求めて抱き着いて来た。
「えっ、えっ!どうしたんです?歩さん。というか、これは何をしているんですか?」
私はこれの張本人と思われる(としか思えない)亜利沙さんに向かって聞いた。
「何をって、アイドル活動に決まってるじゃないですか!」
亜利沙さんは自慢げに、それはもう自慢げにふんぞり返って鼻を鳴らしながらそう言い放った。・・・が、何、それ?
私は一抹の希望を抱いて残りの2人に目をやった。歩さんは私に抱き着いて離れてくれない。
「亜利沙ちゃんすごいんですよ~、静香ちゃん。私、感動しちゃいました~」
「あたしも盲点やったんやわ~」
2人は少し興奮しているのか(美也さんはいつも通りなような気もするけれど)、説明が要領を得ていない。
「ごめん。ひなた、美也さん。一から説明してもらえないかしら?」
「え~っとな。最初あたしが30分前にここに着いたんだわ。そうしたら、もう亜利沙さんが待ってて」
「その後すぐに私が到着したんです。それで、亜利沙ちゃんに聞いたら10時からずっと待ってたらしいんですよ~」
「じゅ、10時!」
30分や1時間・・・も、まぁ分からなくもない。ただ、10時、4時館前ともなれば話は違ってくる。
「みんな甘いんですよ。イベント前には物販があるんですよ!物販が!それならイベント開始の4時間前に到着しているのは当然というか、遅い!今日だって、1時間目に体育さえなければ・・・」
とても悔しそうに亜利沙さんは語る。
「ちょっと待ってください、亜利沙さん。1時間目はって。あとの授業はどうしたんですか?」
「もちろんさぼりましたよ!イベントのためなら当然じゃないですか!」
・・・何から突っ込んだらいいのだろうか?
「それは、あたしもダメやよっていったんよ。でもね、静香さん。ファンの活動ってそうやったんや~って、あたし感心したんだわ」
「そうなんですよ~。皆さんすごいですよね~。私も、感心しちゃいました~」
「それでな、亜利沙さんが私達もファンが喜んでもらえるようにするためには、ファンと同じことをして、ファンの気持ちを分かった方がいいって言ってな」
「こうやって、亜利沙ちゃんを応援してるんですよ~」
よく見ると、ひなたと美也さんの手にはサイリウムが握られている。というか、歩さんも持っている。
「そうなんだよ。亜利沙がそう言って聞かなくて、私もこんなこと全然慣れてないからどうやっていいかわかんないし、もうどうしたらいいかわかんないんだよ」
歩さんはようやく立ち上がって説明するが、だいぶ参っていたのだろう、いつもの元気がない。
「ま、まぁ事情は分かりました」
あまり、分かりたくはなかったけれど、
「とりあえず、今日のメンバーはこの5人なんですね?」
「そうですよ」
亜利沙さんがはっきり答える。うん、疑っているわけではないが、間違いなさそうだ。確か、人選をしたのは未来のはず。いったいどういう基準でこのメンバーを選んだのかしら・・・
《数日前》
「え~。誰にすればいいのかなぁ~。わっかんないよ~。今日は疲れてるし」
控室で1人残ってメンバーを選んでいるが、一向に決まらない。
「志保ちゃん、どうやって決めたんだろう?」
琴葉さん、杏奈ちゃん、このみさん。考えてもよく分からない。
「もう!いいや!あみだで決めちゃえ!」
《現在》
「だから、早く静香ちゃんも亜利沙を応援するのですよ」
そう言って、亜利沙さんは机から降りて脇に置いてあった段ボールからサイリウムを出して私に渡した。
「えっと、これって、亜利沙さんの私物ですか?」
まさか、今日の活動のために用意したとか言うのだろうか?
「いえ、違うのですよ。昨日来たら置いてあったのですよ。これはもう、私の考えを誰かが応援しているとしか思えないですよ!」
亜利沙さんは喜びに満ちた笑顔で天を仰ぎながら言った。
「は、はぁ・・・」
《昨日》
いつもの控室とは違って、事務室。プロデューサーや事務員の音無さんの仕事場。
「おっじゃましまーす」
そう言って私、春日未来は元気よく来週の予定を確認しに来た。
「わわっ・・・」
が、入り口近くに置かれた何かに足を引っ掛けて転んでしまった。
「あいてて、これ何ですか?」
幸い怪我はなかったが、痛い。
「お客さんの忘れもの・・・サイリウムですか?」
結構数がある。通りで私が足を引っ掛けてもびくともしないはずだ。
「でも、ここに置いておいたら危ないですよ。あっ、そうだ。控室に置いておきますよ。ここより広いですから!・・・いえいえ、気にしなくていいですよ~。では、お邪魔しました!」
《現在》
「でも、亜利沙さん。こんな所で亜利沙さんのことを応援していても、ファンの気持ち?は分からないと思うんですが」
半分以上無駄だろうなと思いながら、一応意見してみる。
「ふふふ、静香ちゃん。心配はしなくていいのですよ」
いえ、心配はしていませんでしたが、悪い予感は当たったみたいです。
「これは、経験のないみんなのためのあくまでも、練習ですよ!ちゃんと、本番は用意してありますので心配しないでください!」
「あ、亜利沙。いったいこれ以上なにしようって言うんだ?」
歩さんは怯えながら聞く。
「本番って楽しそうですね~何するんですか?私にも教えてください。亜利沙ちゃん」
「あたしも気になるわ」
「ふふふ、みんな気が早いですよ。でも、まぁいいでしょう。何より実践が大事ですから。習うより慣れろ!本番といきましょー」
こういったとき、悪い予感はウソみたいに当たるし。逃れられない。私は少ないながらも経験から察しました。歩さんには悪いけれど・・・
「キャー千鶴さんかわいい!」
「千鶴さんめんこいよー」
「ふぁいと~ですよ。千鶴さん」
『がんばれ~千鶴さん・・・はぁ』
舞台には明日本番を迎えるメンバーがリハーサルさながら練習をしている。舞台はすでにセットが組まれ、照明さんも音楽に合わせて演者に本番を意識してもらおうとしてくれている。
舞台に立つ演者は衣装こそ練習用のジャージだが、表情は真剣そのもの、誰もいるはずもない座席に笑顔を振りまきながら、明日の公演に胸を膨らませながら、練習に打ち込んでいる・・・はずなのだが、
「もう、いったい何なんですの!」
そうさせていないのが私達5人だというのは言うまでもない。
私達は周りの目など気にせず(私と歩さんは気にしている)、座席の一番前の真ん中。つまり舞台に一番近い場所で両手にサイリウムを持って、千鶴さんを応援している(つもり)なのだ。
「練習の邪魔ですから、止めてくださいまし!」
当然の言い分。やられて本人が言うのだから、私達は諦めて立ち去るしかない。それではなくてもスタッフの皆さんから白い目で見られているのだから、私と歩さんは顔を上げることも難しかった。
「ちょっと待ってくれへん、千鶴さん」
「ん?なんですの、ひなた」
まずい、どうやら亜利沙さんはともかく、ひなたまで・・・
「あたし達な、今ファンの皆さんの気持ちになって応援してるんやわ」
「ファン、の気持ち、ですの?」
「そうなんです~。亜利沙ちゃんにファンを喜ばせるためには、ファンの皆さんの気持ちを知らないとできないって言われて、こうやってファンの皆さんの気持ちになってるんですよ~」
サイリウムを振りながら美也さんが説明する。
「そ、それは確かに、そうかもしれませんわね」
そして、丸め込まれつつある千鶴さん。ひなたと美也さんは本気でそう思ってしまっているので、千鶴さんも納得しかけてしまっているようだ。
でも、ここで私や歩さんには否定する言葉も、元気ももうすでにない。こうやって、両手に誰のものかわからないサイリウムを持って、振り回していただけですでに心はクタクタだった。
「そうなのですよ、千鶴さん!私達はファンの気持ちを知って、より良いアイドルちゃんになることができるのですよ!・・・それに、こうやって観客がいた方が千鶴さんも練習になるじゃないですか?まさに、一石二鳥なのですよ!」
水を得た魚。まさに亜利沙さんはそんな感じだった。純真無垢で真っ直ぐな瞳のひなた。ふわふわしながらも真っ直ぐ自分の意見を持ち独特の空気を持つ美也さん。この二つの水を得た亜利沙さんに敵はいなかった。
「そうですわね!ファンの皆さんあってのアイドルですもの!いいですわ、存分に応援してください!私も、その応援に見事答えて見せますわ!」
千鶴さん陥落。
「キャー千鶴さんかわいい!」
「千鶴さんめんこいよー」
「ふぁいと~ですよ。千鶴さん」
『がんばれ~千鶴さん・・・はぁ』
曲が始まり、私達はサイリウムを腕が痛くなるまで振りぬいた・・・
練習が終わり、私達が立ち去る寸前に、
「あの、静香さん。何だったんですか、あれ?」
と、桃子ちゃんに不審者を見るような目で言われたのが、深く心に突き刺さった。
「(私が聞きたい・・・)」
疲れ切ったため日誌書き忘れ
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