なぎさ 「若おかみは高校生?!」 夕 「わたくし、本人役ですかぁ?」 雫 「やっぱり料理人……」 大悟「え、オレも出るの(ヨッシャー)」
ラジオ・アクアマリンの面々が一堂に会してお届けする「若おかみは高校生!」です。ご査収くださいませw
「若おかみは小学生!」と「きみの声をとどけたい」のコラボ小説は、何作となく上梓してきましたが、キミコエの面々に若おかみの世界観に入ってもらう、という発想はありませんでした。
きっかけはツイッターに投稿されたその趣旨のキャラデザ。なぎさがおっこ、夕が真月、乙葉がおかみ役、なのであやめはウリ坊、かえでは美陽、雫は料理繋がりで康さん、紫音は鈴鬼、といった具合です。
しかしこのキャスティング、奇跡といえなくないですか? 特に真月と美陽の関係が夕とかえでで表現できるのなんか、マジでありえないと思うんですよ。なのでこのイラストを見た時に「これは作品にしたいな」と思ったわけです。
とはいえ、ハードルはいっぱい。特に全員のパーソナリティーが変化しているうえに、なぎさと大悟をいい仲にしようとまで欲張った挙句、停滞してしまうというミスも発生。基本的に完全オリジナルな内容になってます。
2018.12.26 Twitterイラストに触発されて設定開始。
2018.12.27 顔合わせ(3500字)まで。仲居さんがキャスティングされていない状況。
2019.1.10 作成再開。顔合わせ→読み合わせ→実際の劇の場面にまで伸長。
2019.1.14 8000字オーバーまで。劇の場面はどう進展させようか思案中。
2019.1.21 1万字オーバー。作劇中。紫音だけがまだ登場していない状況。
2019.1.25 大悟・鉄男親子が出てきた時点でストーリーに行き詰まり。
2019.2.6 作成再開。まず朱音パート出来。なぎさ両親と鉄男・大悟のかかわりは事故繋がりに。
2019.2.10 1万五千字まで。朱音が大広間で即興のライブを催し、それに救われる一同、というスタイルに。
2019.2.19 劇の部分完全作り直し。当該ファイルの修正いったん中止。
2019.7.2 別作品の仕掛初めに伴い、当作品を見直し。
劇部分をあっさり目にして、ほぼいきなり事実の提示を行うことで、完成を優先。
2019.7.8 劇部分大枠作成完了。エンディングへ。2万字強に伸長。
2019.7.9 第一版 上梓・公開(20586字)/ただし、完成には少し遠いので、大幅加筆修正検討。
2022.10.16 誤字修正、3点リーダーの見直し等、完成に近づける。20826字。
2024.5.6 一部表現の追加/感嘆符の全角化など。20878字。
2018年9月某日、日ノ坂高校から下校してくる幼なじみ3人。
なぎさ 「若おかみは小学生!、めっちゃ面白かったねぇ」
かえで 「面白いっていうのとはちょっと違うな。勝気なオレでもおっこちゃんの健気な姿に涙したぜ」
なぎさ 「そう。そういう意味で面白いって言ったの」
雫 「私、もうボロボロだったよう」
なぎさ 「私もクライマックスでは声出しそうになるくらい泣いたけど、清々しかったなあって」
かえで 「それはわかったよ。でもよ、なんか、オレたち、関わったような感じしねえか?」
雫 「そういえば、おっこちゃん、だったよね……」
なぎさ 「おっこ……?ええ?ま、まさか、私たちの泊まった……」
あやめ 「はぁい、あの映画は「春の屋」さんが舞台になっていたんですよぉ」
かえで 「うわっ、藍色っ!って、どこから飛び出してくるんだよ」
なぎさ 「ほんっと、びっくりしたぁ」
雫 「脅かさないでくださいよぉ」
あやめ 「ああ、それは失礼いたしました」
かえで 「で?今度は書類じゃなくて、自分から出てきたってことは、又オレたちに、なんかさせようって言うんじゃないだろうね?」
あやめ 「そこまでわかっていらっしゃるなら、話は早いっ」
なぎさ 「え、えぇ?また私たちに何かさせるつもりなの?」
雫 「もう、勘弁してよぉ」
あやめ 「でも、今回は勧進元はわたくしではないんでしてよ……では、どうぞ!」
??? 「私が誰だか、わかるよね、みなさん」
なぎさかえで雫 「「「校長先生っ!」」」
なぎさ 「こ、校長先生が、いったい、どんなお願いなんですか……」
校長 「いやあ、実は私も「若おかみは小学生!」見て感激しちゃってね。アクアマリンの面々で劇やったら、きっと面白いものになるんじゃないかなって思っちゃったんだよね」
なぎさ 「はあ……」
校長 「それに君たちの温泉地レポート。私もテレビで見させてもらったけど、感動ものだったね。演技指導とかなしでやったってあやめ君からも聞いたし、下手なタレントよりずっと良かったよ」
雫 「まあ、私、結構カットされちゃって空気みたいになってましたけど……」
校長 「こんな才能を放っておくのは忍びない。是非とも、町の記念イベントで一肌脱いでもらえんだろうか?」
かえで 「お言葉ですが校長、私たちにも受験や進路のことがありまして……」
校長 「お?ラクロスでAO入試勝ち取っている君がそれを言うのかね?」
かえで 「あ、いや、その……」
雫 「わ、私もお菓子のことで頭がいっぱいで……」
校長 「あれ?言ってなかったっけ?君が行く製菓学校、校長は私の教え子だよ」
雫 「え?そ、そうなん、ですか……」
なぎさ 「わ、私は独力で勉強してますので、そんな時間はとてもじゃないですけどありませんので……」
校長 「心配しなさんな。今すぐやれなんて、言ってないよ、みなさん」
なぎさ 「それってどういう……」
校長 「なあに。君たちの卒業制作みたいにしてほしいだけだよ。題して、「若おかみは高校生!」」
一同 「「「ええっ!」」」
校長 「あやめ君?プレゼンとしてはこんなものでいいだろうか?」
あやめ 「うーん。なんかこう、彼女たちに「劇がしたい」という感情を紡がせるまでには至ってませんよね……」
校長 「おお、なるほど、そういうことかぁ。でも、なにをどうしたら彼女たちがその気になる?」
あやめ 「申し訳ありません。そこは、校長が考えていただきませんと」(メガネキラーン)
校長 「うーん、き、急に言われてもなぁ。まあ、そういうことだ。前向きに検討してくれたまえよ」(歩き去る)
一同 「……」
かえで 「なあ、オレたち、何か悪い夢でも見てるんだろうか?」
雫 「夢でも嫌だよ」
なぎさ 「でも、あそこまで校長先生が言ってくれたのなんて、はじめての経験だよ」
かえで 「そりゃぁそうだけど、結局校長って何をさせたいんだろうな?」
雫 「あやめさんは、何か聞いてませんか、校長先生から」
あやめ 「あの人、肝心なこと言わずに立ち去るんだから……」
なぎさ 「肝心なことって?」
あやめ 「さっき校長が「卒業制作みたいなものだ」って言ってたでしょ?これには意味があって、来年、日ノ坂町って町になって30年目の節目なのね」
雫 「それと私たちって、なんか関係あるの?」
あやめ 「関係大ありじゃありませんか!日ノ坂町あってのアクアマリン!30周年記念で、アクアマリンの面々でなんか出し物をやりたいって言うのが校長の願いなんですよ」
かえで 「そこは理解できるけど……なんで題材が「若おかみ」になるんだよ」
あやめ 「さあ?それは校長センセにでも聞いてくださいな」
なぎさ 「やるとしてもお芝居でしょ?お稽古している暇なんかないよ」
かえで 「ちょっとそこっ!なに劇やる方向に傾いているんだよ!」
雫 「私、歌も歌えるようになったから、今度はお芝居もやってみたいなぁ」
かえで 「おいおい、雫まで……」
あやめ 「かえでさん?幼なじみの好ってことで、ここはひとつご参加のほどを」
かえで 「あーわあったよ。そうだ、ついでだから夕の奴も巻き込んじゃえ」
なぎさ 「ああー、それいいなあ。お嬢様だけど凛とした立ち姿だからお芝居したらきっと映えるよ」
雫 「何か、この4人だけでストーリーできちゃうかもだね」
あやめ 「申し遅れましたが、わたくしがいろいろとコントロールするように、と町長からも直々に言われておりますので……」
なぎさ 「ええっ、町長さんも動いてるの?」
かえで 「そりゃぁびっくりだなぁ」
あやめ 「わたくしは、出演兼監修ということで関わってまいります。あ、もちろん乙葉チンも合流しますわよ」
一同 「「「えええ」」」
かえで 「だって、あいつ、もうプロの歌手なんだろ?そんな三文芝居に付き合ってられるわけ……」
あやめ 「それがあるんですよ」
乙葉 「劇はやるとして、音楽は誰がつけるのかしら?」
なぎさ 「乙葉さんっ」
かえで 「二人ってどうも神出鬼没だよなぁ」
雫 「あーびっくりしたぁーー」
あやめ 「当然お仕事も含めて、のブッキングで、私から猛プッシュしたら、町長さんも乗り気でOK出してくれたからこその奇跡のコラボですよ!」
乙葉 「この間のイベントの売り上げの10倍はもらえるから、がぜんやる気も出ようってもの」
あやめ 「というわけで6人は何とか揃いましたが……紫音さんはどうします?」
なぎさ 「劇に出れるかどうか、どういう状況なのか、聞いてみるよ」
あやめ 「一応モチーフは、「若おかみは小学生!」ですが、せいぜい利用するのは人物像くらい。ストーリーやら設定はまるっきり別物を考えてます」
かえで 「てことは、劇場版とか原作はほぼ無視てことなのかな?」
あやめ 「ほら、「キミスイ」も、実写版は大人バージョンを追加したから大ヒットしたのとおんなじですよ。似た何か、にした方がパロディとしてもシリアスとしても受け入れられやすい、って考えてるんで……」
かえで 「それじゃぁ、渾身の脚本に設定、期待してるぜ」
あやめ 「すべてこのわたくしにまっかせなさぁーい」
11月。
あやめ 「それでは出演者の皆様、こんにちわ」
一同 「「「「「「こんにちわー」」」」」」
あやめ 「というわけで日ノ坂町制30周年記念ドラマ「若おかみは高校生!」の構成、脚本、設定、演出などほぼ一手に引き受けます、監督の中原あやめです」
一同 「「「「「パチパチパチパチ」」」」」
あやめ 「で、今日は初顔合わせ、ということで皆さん自己紹介と、役名を発表頂けたらな、と思います。では主人公・行合なぎささん」
なぎさ 「ハイっ!えー、主人公の行合なぎさを演じます行合なぎさです。よろしくお願いいたします」
あやめ 「次々行きますよ、次は彼女のライバルの夕さん」
夕 「浜須賀旅館の一人娘・浜須賀夕役の浜須賀夕です」
かえで 「夕とは双子なんだけど幼少期に死んだ設定の、浜須賀かえで役の龍ノ口かえでです」
乙葉 「音楽も担当しますけど、劇の方ではなぎさの祖母の乙葉を演じます、琵琶小路乙葉です」
雫 「あ、わっ私は、行合旅館で一人奮闘する料理長の雫役を演じます土橋雫です。よろしく」
あやめ 「で、わたくしはすべてやりながら、劇の方ではウリ坊ではなく幽霊のあやめとして出演します」
紫音 「私は、小鬼の紫音として登場します」
朱音 「私は、シンガーソングライターの朱音役で出ることになりました」
大悟 「ぼ、ぼくは、な、なぎさと知り合いって言う設定の、えっえっと、大悟役をやらせていただきます」
鉄男 「その大悟君の両親役で私と」
みつえ 「みつえが出ることになりました」
あやめ 「いやあ、それにしても、よく揃いましたね、こんなキャスティング」
プロデューサー(作者) 「自分でもびっくりしているところだよ」
あやめ 「あと、仲居さんか……あ、みつえさん、ちょっといいですか?」
みつえ 「はい。なんでしょう?」
あやめ 「ドラマ上、一人女性が欠けているんで大悟君の母親役ではなく、仲居さんでお願いいたします」
みつえ 「え、ほんと?ちょうどいいわ。なぎさをやんわりとだけどしかれる立ち位置だからね。というわけであなた、男二人で頑張ってね」
鉄男 「なんか、夫婦役って言われた時より生き生きしてやがる……」
あやめ 「(全員に呼びかけ)はーい。ようやく形になりましたのでここでちょっと修正いたしますね。当初大悟君は両親と帯同する設定だったんですが、父親と二人で向かう設定に変更して、浮いたみつえさんには行合旅館の仲居さんを演じていただくことになりましたのでお知らせいたします」
なぎさ 「ええ、みつえさんが仲居さんやるの?」
みつえ 「なんか文句ある?」
なぎさ 「い、いや、別に……」
みつえ 「こんなこともあろうかと、台本通読しといてよかったし、セリフ増えてめっちゃ楽しみ」
かえで 「ああ、それで生き生きした表情になったのか……」
あやめ 「えーっと、それではこれから台本の読み合わせ、という活動を始めたいと思います。これは『誰がどこで、どんな風にしゃべるのか』を確認する作業であると同時に、演者の方々には場面を頭の中に思い描いていただいて、芝居をスムーズに進めるというものです。まだ台本の方は決定稿ではないですし、これからどんどん手も入れていくつもりにしてますので、まずは"こういう劇をやるんだ"ということを頭の中に入れといていただきたいと思ってます」
一同 「「「「「はーい」」」」」
あやめ 「まあ大衆演劇と同様に舞台は一つしかありませんので、むしろ感情であるとか、表情を作ってもらいたいとは思ってますけどね」
かえで 「かんとくう―」
あやめ 「なんですか?」
かえで 「てことは、これって舞台演劇なんですよね?オレ、てっきり録画撮りするドラマかと思ってたよ」
あやめ 「はぁい。つまり、一発もの、録りなおしとか巻き戻しは効きませんのであしからず」
夕 「それは一大事ですわ」
雫 「絶対、セリフ、かんじゃいそう……」
なぎさ 「大丈夫!私たち、本番に強いんだから」
かえで 「どこからくるんだよ、その自信……」
あやめ 「そ、それでは読み合わせ、始めていきましょうか。まずは、行合旅館の玄関口でなぎさが掃除をしているシーンから……」
なぎさ 「うわー、読み合わせ、大変だったよう」
かえで 「そりゃぁ、主役さんですから、一番セリフ多いしな」
雫 「思ったよりセリフ少なくて助かったけど……」
紫音 「私も。なんか嫌がらせみたいに少なかったし……」
乙葉 「私は、なぎさと結構絡まれて面白かったわ」
みつえ 「なぎさにこんな一面があったなんて。あんた、なかなかやるじゃない」
なぎさ 「エヘヘ」
夕 「私が最初に行合旅館に訪れるシーンは、ちょっと納得いきませんけどね」
かえで 「そういうのはここでは言いっこなし。文句は藍色に言ってくれよ。オレたちじゃあどうしようもないからな」
なぎさ 「台本見ながらお芝居したいなぁ。だって私が一番覚えること多いんだもん」
かえで 「はいはいわかったわかった。で、オレ、ちょっと気付いたことがあるんだ」
夕 「なんですか?」
かえで 「この台本にかかれている脚本、あやめがメインで、ほかのプロの人が加筆とか修正とかかけてるんだろ?」
雫 「そうなんじゃない?」
なぎさ 「それがどうかしたの?」
かえで 「時々かえで的でないセリフって言うのかな?気になった部分がちらほらあったりしたんで」
なぎさ 「それは気が付かなかったなぁ」
かえで 「まあ、アドリブって言うか、オレの口調に直させてもらうけどな、本番では」
あやめ 「(打ち合わせから戻ってくる)いやあ、みなさん、エクセレントだったですよ!」
なぎさ 「あ、は、はい」
あやめ 「ここまでできているなら、あとは修正した台本で演じていただくだけ。あー、当日がめちゃくちゃ楽しみですわ」
かえで 「で、いつやるんだよ?」
あやめ 「2019年の2月。年明けに通しげいこを1、2回やってそれから本番になだれ込んでいただきます。場所は日ノ坂町民会館」
雫 「え?あそこ、500人くらいは入るよ」
かえで 「まあ、舞台は確かに立派だけど……」
なぎさ 「500人前にして演じるのかぁ。かなり緊張するなぁ」
あやめ 「まあ、演劇なんて、見られてやるもんじゃないんで。自分の殻に閉じこもってやるもんですから」
雫 「あ、なんか言ってること、わかるわかる~」
かえで 「観客気にしちゃ、やってられないのはわかるよな」
乙葉 「あやめ?あとは決定稿を早めにちょうだいね。作曲の絡みもあるから」
あやめ 「はいはい、かしこまりました、乙葉チン!」
かえで 「ほんと、相変わらず、乙葉には頭が上がらねえな、藍色のヤツ」
紫音 「いい友達関係なのはうらやましいですね」
なぎさ 「お互い進む道が違っているのに、ここまで親交を深められているのがすごいよ」
あやめ 「それでは、年内のけいこや話し合いはここまで。来年早々から一気に動き出しますので、そのつもりで!」
一同 「「「「「「はーい」」」」」」
2019年2月。劇の本番当日。
あやめ 「はーい、もう準備できてますかぁ―」
一同 「「「「「はーい」」」」」
あやめ 「まあ失敗は誰しもあるもの。ここは吹っ切れていただいて、セリフとかもアレンジしていただいて構いません。ただ本筋だけは忘れないように。それだけはお願いしますね」
かえで 「ああ、そこんところは大丈夫だぜ。でも、オレと夕が姉妹って設定、よく考え付いたよな」
あやめ 「そりゃぁ、原作本穴が開くほど読みましたから。これ以上ないって設定にできたのが何よりですわ」
乙葉 「私の老け役がどう出てくるのか、見ものですね」
みつえ 「(なぎさ、乙葉を見まわしながら)この三人は何か強烈だよね」
なぎさ 「行合旅館の面々、確かにヤバいわ」
雫 「私だけめっちゃ浮いてる……」
あやめ 「まあまあ。そこはそれ、私の脚本を御覧じろってことで」
紫音 「緊張するわね……」
なぎさ 「大丈夫だよ」
あやめ 「さ、それではそろそろと幕を開けることにしますか!」
ブー(開演のブザー)
第一幕 行合旅館
??? 「あー、忙しい忙しい」(場内拍手)
出てきたのは笹ぼうきを持ったなぎさ。もちろん若おかみ風の、和服に身を包んでいる。音楽は軽快な、オープニングを告げるそれ。
なぎさ 「私、この旅館で若おかみやってます、行合なぎさって言います。もうすぐ高校も卒業するし、本腰を入れて若おかみ修行もしたいんだけど、どうにも踏ん切りがつかなくって……だって旅館自体、ここ最近不調だし、実際このままでやっていけるのかどうか、不安しかないんだよね。私的にはたたんでもいいかなって思っているくらいだし…………あ、いっけない。またネガティブなコトダマ、言っちゃった……」
そでから、かなり老けたメイクながら、しゃきっとした立ち居振る舞いの乙葉がやってくる。場内拍手。
乙葉 「これなぎさ、誰としゃべっているのか知らないけど、手が止まってるじゃないか」
なぎさ 「ああ、ごめんなさい、おばあちゃん」(箒で掃除をするしぐさ)
乙葉 「まったく。小さいころに私の娘夫婦が他界したから、孫娘だと思って育ててきたけど……ほんっと、なぎさって成長しないって言うか、子どものままって言うか……」
なぎさ 「あ、お言葉ですけどおばあちゃん……」
乙葉 「これっ!仕事着に着替えたら私のことは「女将」って呼ぶんだろ?」
なぎさ 「あ、ごめんなさい……」
乙葉 「そういうところなんだよ、なぎさ。成長してないって言うのは……」
なぎさ 「はーい」
乙葉 「わかったら、掃除の方、早く終わらせておくれ。今日も満室だからね」(舞台から歩み去る)
なぎさ 「ああ、そうだった。急いで準備するね」
なぎさ、塵取りでゴミを掃きとるしぐさ。かがんでいた腰を伸ばして
なぎさ 「ふー」
と大きく深呼吸する。
なぎさ 「まったく、おばあちゃんったら、仕事のことになるとガミガミうるさいんだから……あ、そうそう。あの人が私のおばあちゃんで、行合旅館の女将の乙葉なんだけど、自分のこと紹介しないで行っちゃったね」(場内苦笑)
あやめ(声) 「おお、だいぶきれいになったやん」
なぎさ 「ああ、その声はあやめちゃん。(観客に投げかける)え?聞こえるの?そうなんだ」
あやめ(声) 「初めまして、私、この旅館に棲みついてる幽霊のあやめって言います」
なぎさ 「でも、なんで幽霊の声が聞こえてるっかって、気になるよね?それは……」
あやめ(声) 「それは私となぎさの秘密、やろ?」
なぎさ 「ああ、そうだったね。ごめんごめん。でも、なんでうちに棲みつくようになったの?」
あやめ(声) 「前に話したかもしれんけど、私と乙葉チンって昔ながらの友達なんよ。ちょっとしたはずみで私だけ死んでしもうて。でも乙葉チンのことが忘れられなくって、ここに棲みつくことになってしもたのね」
なぎさ 「あ、そうだ、あやめに前から聞きたかったんだけど……なんで関西弁なの?それに乙葉チンって……」(場内、どっと沸く)
あやめ(声) 「そ、それは……脚本起こした中原あやめさんに聞いておくれよ」(場内さらに沸く)
なぎさ 「まあ、与太話はこのくらいにして。それにしても、いっつもこの旅館にくるお客さまって、癖の強い人ばっかり」
あやめ(声) 「ああ、それは私も気になってたの」
なぎさ 「この間の占い師さんなんて、ほんっとすごかったもんね」
あやめ(声) 「そうやったねぇ。でもスタイル抜群のすげー人やったよな」
なぎさ 「今日もお客さん、結構お泊りいただくみたいだし……どんな人がお越しになられるのやら……」
掃除を続けるなぎさ。登場人物を知らせる音楽。やってきたのは、大悟と鉄男だった。
大悟 「ああ、ここかい?行合旅館って……」
鉄男 「おお、そうみたいだなあ。雰囲気もなかなかいいし、結構風格もあるなぁ」
なぎさ (二人を認めて)「あ、いらっしゃいませ」
鉄男 「おお、あなたが噂の……」
なぎさ 「はい。行合旅館の若おかみ、行合なぎさです」
鉄男 「なかなか別嬪さんじゃないか、なあ、大悟?って、大悟……」
大悟、鉄男の影に隠れて恥ずかしそうなしぐさをする。くすくすとした笑い声。
鉄男 「(引きはがし、なぎさの前に)いやあ、年甲斐にもなく恥ずかしがり屋でして……お前もあいさつしなさい!」
大悟 「あ、ぼ、ぼく……大悟って言います」(赤面しまくる大悟)
なぎさ 「よろしくお願いします、大悟さん」(お辞儀する)
なぎさの心の声 (あれ?タイゴ?その名前、どこかで聞いたような……)
みつえ 「ああ、これはこれは。ようこそおいでいただきました。鉄男さまに大悟さま」
鉄男 「これはこれは仲居さん。初めまして……で、いいんだよな?」(どっと笑い)
みつえ 「なんか初めてって感じでもないんだけど……」(さらに笑い)
なぎさ 「他人の空似ってやつじゃないですか?こちらで受け付け、よろしくお願いいたします」
鉄男 「ああ、そうだった。それじゃあ、案内お願いしますよ」
みつえ 「かしこまりました。ではこちらの方へ……」
大悟、鉄男、みつえ、舞台袖に下がる。
なぎさ、掃除道具を片付けようと袖に下がろうとする。
そこへやってきたのは、浜須賀旅館の孫娘・夕。びっくりするようなドレスに身を包んで、しかし、大股で行合旅館にやってくる。拍手と同時におおおっという歓声。
夕 「ちょっとなぎさ、これってどういうことなのよ!」
なぎさ 「ちょっちょっと夕ちゃん、いきなり何なのよ、藪から棒に……」
夕 「ああ(客席の方を向いて)、これは申し遅れました。わたくし、浜須賀旅館の浜須賀夕でございます。以後、お見知りおきを」(場内拍手で応じる)
なぎさ 「そんなのわかってるよ。で何なの、そんなドレスまで着こんで」
夕 「あら、これってわたくしの普段着みたいなものですわよ」
なぎさ 「そう言えば、高校にもド派手なドレスで登校してたわよね。で、いったい何の話なの?」
夕 「ああ、忘れるところだった。ちょっとこれ見てっ!これってどういうことなのよぉ」
夕、小道具の雑誌を突きつける。なぎさ、それを受け取る。
なぎさ 「ああ、これって、雑誌だよね」(パラパラめくるしぐさ、場内笑い)
夕 「だから、そうじゃなくて!この特集ページ、見てよ!」
なぎさ 「あ、これ?見てみて、私、大写しでセンターだよ、ほれほれ」(雑誌を夕に向けて突き出すようなしぐさ)
夕 「ああっ、なんで真ん中がわたくしじゃないのかって聞いてるんですわ、うっとおしい!」
なぎさ 「え?それを私に言いに来たの?でも、夕ちゃんだって写ってるじゃん」
夕 「わたくしは、私がこの温泉街で一番でないと、トップをかざらないと気が済まないの!それはわかっているでしょ?」
なぎさ 「うん。知ってるつもり。でも、旅館業なのにドレス着た若おかみなんて写真映えしなかったからじゃないのかなあ?」
夕 「まったく!そんな普通の事ばかりじゃダメだっていつも言っているのに……」
なぎさ 「でも、その普通の中にも毎日変わっていくことがあるから、旅館の仕事って面白いなって思っているんだけど……」
夕 「ああ、ほんっとに腹が立ってきた。おじいさまに言って、出版社に抗議してもらうわ。ほんっとに、なんでこんなことに……」(舞台から掃ける)
なぎさ 「バイバーイ、またね―。それにしてもいっつも「おじいさまおじいさま」って……ウフフ」
かえで(声) 「夕のことをあんまり悪く言わないでほしいな」
なぎさ 「そうは言うけど、その口癖が面白くって……って、誰?その声?」(舞台の虚空をきょろきょろ見まわす)
かえで(声) 「ああ?オレのしゃべりが聞こえるのか……そりゃあ好都合だぜ」
なぎさ 「あなたは、いったい……」(舞台の一点をみつめる)
かえで(声) 「オレは、夕の双子の姉妹のかえでって言うんだ」
なぎさ 「へえ。夕ちゃんって、きょうだいいたんだ。それも双子って……でもそんなこと一度も話してくれたことないよ」
かえで(声) 「まあ、オレは夕も小さかった時に、ふとした病気が元で死んじまったからなぁ」
なぎさ 「そうだったんだ。でも、かえでちゃんって、なんかしゃべりが男の子っぽいね?」
かえで(声) 「そうかなあ。まあ、快活過ぎたのが早死にのきっかけだったのかもな」
あやめ(声) 「ウチのなぎさにちょっかいかけているのはどなたかと思えば……」
かえで(声) 「なんだよ、そっちこそいきなり飛び出してきて!」
なぎさ (上空を見上げたような感じで)「ああ、二人とも、喧嘩は止めて。仲良くしようよ」
かえで(声) 「オレ、前々から藍色のことが気に入らなかったんだよなぁ」(場内、少しざわつく)
あやめ(声) 「ラクロスしかとりえのないアンタに言われたくないわ」(場内、堰を切ったように大笑する)
なぎさ 「なんか、他の作品が混じってきたぞ……(場内爆笑)。ええいっ、ふたりともやめぇーい!」
と怒鳴ったところで、料理人の雫がひょっこり現れる。暗転と同時に雫の立ち位置にスポットが当たる。
雫 「え、な、なぎさ?私、なんか、した?」(場内大爆笑と拍手が交錯する)
明りが通常に戻り、ふたたび劇が進行する。
なぎさ 「あ、これはシェフの雫さん。驚かせちゃってごめんなさい」
雫 「この若さで板長はおかしいもんね……シェフにしてもらってよかったぁ」
なぎさ 「でも、純和風旅館にフレンチもおかしなもんだけどね」(笑い)
雫 「さっきの若おかみの叫びだけど、二人ともって、誰と誰のこと?」
なぎさ 「ああ、イヤイヤ、なんでもないですから。ささ、仕事に戻って、仕事仕事っ」(雫の背中を押し出すしぐさ)
雫 「何か気になるなぁ……まあいいか。で、今日のメインのケーキは……」(場内笑い)
なぎさ 「うちの旅館、話題になっているのは食事のことごとくがスイーツだからなのかな?ちょっと不安になってきたよ……」(笑い)
場面転換のため暗転。BGMは軽快なそれ。
第二幕 開かずの間
なぎさ、書き割りのタンスの前で何やら探し物中。
なぎさ 「うーんと……この辺に入れといたんだけどなぁ……」
紫音(声) 「なにを探しているの?なぎさ」
なぎさ 「うん。紫色のコトダマ……じゃなくってって、もう現れてるじゃん!」
スポットが紫音に当たる。場内拍手。
紫音 「どうも、紫鬼で、ムラサ鬼です」
なぎさ 「あ、いいネーミングだねw。で、ムラサ鬼ちゃん、どうしたの?」
紫音 「それはこっちのセリフです。いったい何を探していたの?」
なぎさ 「ああ。ちょっと、昔のアルバムを、ね」
紫音 「写真ってこと?」
なぎさ 「そう。ちっちゃいころのね……あ、あった」
紫音 「私にも見せて。あ、結構かわいかったのね」
なぎさ 「あ、この子?これ、夕ちゃん」(場内笑い)
紫音 「なぎさはどこにいるのよ?」
なぎさ 「これ。遠足の時の集合写真だから、ちっちゃいけどね」
あやめ(姿を見せる) 「(袖から歩きながら)まったく、急に昔の写真を引っ張り出してくるなんて、どないかしたんかいな」
なぎさ 「ああ、あやめさん。ここだとみんなにも見てもらえるから、よかったね」
あやめ 「それにしても。確かに死んだ当時のファッションから進歩してないとは言うけど……これ、ダサ過ぎへんか?」(場内笑い)
紫音 「確かに90年代で止まっている感じだよね……まあ、私も人のこと言えないけど」
かえで 「(姿を見せる、なぎさの元に歩み寄りながら)だって、こんな格好だぜ、もうちょっと映える衣装にしてほしかったよ」
なぎさ 「かえでさんだっけ?みんなよく見えるよ」
かえで 「この部屋だけは特別って感じだよな」
あやめ 「ああそうか。かえでってここの効能自体知らんもんな……」
かえで 「何のこと?」
あやめ 「要するにここに来たら姿かたちがみんなにわかるような場所なんや。なんかあるときはここに来たらエエで」
かえで 「じゃあ、さっきの喧嘩は……」
あやめ 「あんなの、ただの言い合い。機嫌なんか悪くしてないから心配せんといて」
かえで 「よかったぁ―、これで友達増えたよ」
なぎさ 「え?今まで友達、いなかったの?」
かえで 「まあ、幽霊なんて、そもそも天涯孤独。夕のことが心配でその未練だけでさまよっているだけだからな」
あやめ 「私も、乙葉チンのことだけが心配で心配で……」
紫音 「私は旅館に憑依しているみたいなところあるから……」
なぎさ 「それじゃあ、皆さん、邪魔にならないように、各々の場所にお帰りください」
あやめ 「ええ、もうおわりかいな?」
かえで 「もうちょっとでときたいよぅ」
紫音 「私も……」
なぎさ 「もう、わがままいわないの。一旦撤収!」(掛け声と同時に舞台袖を指さす)
かえで 「(ダラダラ)まったく、自分が主役だからって……」
あやめ 「(ヒソヒソ)今度会ったらぎゃふんって言わしてやろか?」
紫音 「(こそこそ)それ、死語なんだけど」
なぎさ 「(ひときわ大きい声で)撤収ー!」
それに驚き、三人、駆け足で舞台袖から掃ける。
なぎさ 「(写真に目を落とし)あーあ、あの人ってどこでどうしているのやら……」
第三幕 再び行合旅館・玄関
乙葉 「これはこれは、お懐かしゅうございます、朱音さま」
そのセリフにサティ―の曲(インスト)がかぶってくる。ボストンバック一つの朱音が入ってくる。場内一段と盛大な拍手。
朱音 「ほんっとうに久しぶりね、花の湯……」
乙葉 「あ、その……日ノ坂……」(場内笑い)
朱音 「そうだったわね。この温泉街にこうやってこられたのも、皆さんの熱意のおかげですわ」(また割れんばかりの拍手)
乙葉 「ホンに何年ぶりでしょうか」
朱音 「10年?15年?まあ、時間のことなんてどうでもいいわ。また泊りにきたくなったの」
なぎさ 「(奥から歩みより)いらっしゃいませ、当旅館にようこそ……って、女将、この方って?」
乙葉 「ああ、なぎさは小さかったからわからないだろうけど、この温泉街に一方ならぬご尽力いただいたシンガーソングライターさんだよ」
なぎさ 「へえ。そうなんですかぁ……」
乙葉 「これ、なぎさ、もう少し言葉遣いには気を付けないと」
朱音 「まあまあ。若気の至り、でもありますし、そう叱らないでいただけますか」
乙葉 「はあ、まあ、それなら……」
雫 「女将さん、今日の箸休めのクッキーなんだけど……(場内笑い)、あ、これは朱音さん!」
なぎさ 「えっ? 雫さんって、この方ご存知なんだ……」
雫 「そりゃぁ、まちに居る人なら知らない人はいないってくらいの有名人だもん……あれ?若おかみは知らなかったの?」
なぎさ 「うん。全然」
雫 「そっかぁ」
朱音 「まあまあ。こんなところで立ち話もなんですし、私もチェックインしたいし……」
乙葉 「ああ、これは失礼いたしました。では帳場の方へどうぞ」(乙葉と朱音、奥に消える)
なぎさ 「ねえねえ雫ちゃん?あの人の名前、なんていうの?」
雫 「矢沢朱音さんって言うんだって。一時代を築いた人だけど、今は小さなライブハウスとかを回っている感じみたいだよ」
なぎさ 「それで私、あんまり知らなかったんだ……」
雫 「でも、この街が一時期窮地に陥った時に、彼女がこの街をモチーフにした歌を歌ってくれたことで復活したの。だから、彼女はこの街の救世主みたいなものなのね」
なぎさ 「そうか。それで一方ならぬ、だったのか……」
雫 「そんな話、女将さんから聞いたことないの?」
なぎさ 「初耳だよ。町の歴史なんかこれっぽっちも話してくれないし……」
雫 「そうなんだ」
なぎさ 「あ、そろそろ朱音さんだっけ?お部屋に入られただろうから、私、今から行ってくるね」
雫 「わかった。私も生クリーム仕込まなきゃ」
第四幕 胡蝶蘭の間・ひときわ大きめの朱音の泊まっている部屋
なぎさ 「失礼いたします」
朱音 「ああ、これはこれは若おかみさん」(窓際で外を見ているような体)
なぎさ 「ウェルカムドリンクをお持ちいたしました」
朱音 「それはどうも。テーブルの上に置いといて」
なぎさ 「はい。では、失礼いたします」
朱音 「ああ、ちょっと待って」(振り返り呼び止める)
なぎさ 「はい、何でしょう?」
朱音 「いやね。あなた、私のことをあまり知らないって言ってたものだから、ちょっと気になってね…...」
なぎさ 「はい……」
朱音 「そうね。どこから話したらいいかしらね……」
なぎさ 「この温泉街のピンチを救ってくれたって、うちのシェフが言ってましたけど……」
朱音 「じゃあ、そのあたりから始めましょうか。私も、この街がそんな窮状だとは知らないで泊りに来てたのね」
なぎさ 「今、この温泉街が賑やかなのも、浜須賀旅館が盛り立ててくれているのが大きいって思っているんですが、ここがそんなに困っていた時代があったなんて……」
朱音 「そう。確か老舗の旅館が大火災を起こした影響が出ていたんだと思うのね。それでここの女将に相談されたのが始まりなの」
なぎさ 「何で、歌手だって、うちの女将は気が付いたんでしょうか?」
朱音 「ああ、それはギター持って泊まりに来てたから。当時は確か、お年を召したおじいさまも一緒になって懇願してたわね」
なぎさ 「おじいちゃんも……」
朱音 「で、二日ほど逗留して一曲作ったの。女将さんは一泊分の料金しか受け取ってくださらなかったけど」
なぎさ 「なるほど」
朱音 「それから、ライブハウスやラジオ、テレビでも歌ったおかげで客足が戻ったの。しばらく、私が病気で臥せっていたせいもあってご無沙汰だったんだけど」
なぎさ 「そんないきさつがあったんですね……で、今日はどうして?」
朱音 「実際はなんとなく、なんだけど、久しぶりに来たくなったの」
なぎさ 「そうなんですね。貴重なお話、ありがとうございました」(お辞儀をする)
朱音 「どういたしまして。そうだ、お近づきのしるしに一曲……って、楽器がないかぁ……」
なぎさ 「あ、もしかしたらうちの旅館にもあるかも、なのでちょっと探してきます」
朱音 「そう。なんだか悪いわね」
なぎさ 「ここはこの私にお任せを。夕食のころまでには見繕ってきますので」
朱音 「じゃあ、お願いできるかしら?」
なぎさ 「かしこまりました。失礼いたします」
第五幕 コスモスの間・大悟と鉄男が泊まっている部屋
大悟 「なあ父さん、本当にこの旅館なの?」
鉄男 「ああ。行合旅館って言うのでほぼ間違いないし、若おかみの名前もなぎさって言ってたし……」
大悟 「でも、オレ、そんな記憶全くないんだけど……」
鉄男 「まあ、お前になくても俺にはたっぷりあるからな」
乙葉 「失礼いたします」
鉄男 「あ、その声は女将さんではないですか。どうされたんですか?」
乙葉 (ふすまを開け部屋に入ってくる)「この度はお泊りいただきありがとうございます」
鉄男 「それはいいけど、何か、あったんですか?」
乙葉 「ええ。今日お二方が来られたのって、あの件のことで、ですか?」
鉄男 「うん、ま、まあね……」
乙葉 「それをなぎさに話される、というのですか……」
鉄男 「もうお年頃だし、いつまでも秘密にしておくのは本人のためにもならないだろうし……」
乙葉 「確かに、もう、そんな歳月が流れていたんですねぇ」
大悟 「二人して話進めるのはいいけど、俺に取っちゃあ何の事だか……」
鉄男 「まあな、確かに今まで黙ってて、済まなかった……」
外の廊下をなぎさがギターを抱えてやってくる。
なぎさ 「開かずの間で埃かぶってたの見つけたけど、音、ちゃんと出るのかなぁ……」
大悟 「えっ」(会場を揺るがさんばかりの大声)
鉄男 「びっくりさせんなよ、まあお前がびっくりするのもわかるけど……」
なぎさ、聞き耳を立てる。
大悟 「そんな……父さんが原因で……」
鉄男 「交通事故なんて、他人ごと、まして自分が引き起こすなんて夢にも思わないからな。タイヤのバーストの不可抗力とはいえ、巻き込んでしまったのは間違いないからな……」
大悟 「だから、その後すぐに引っ越したのか……」
鉄男 「正直言って、夫婦を死なせたのは間違いないし、たまたま留守番していたなぎさちゃんが生き残ったのも偶然の産物。今までは会うこともできなかったけど、こうして面と向かって詫びを入れたいって思ったんだよ」
乙葉 「でも、なぎさは、あなた様が相手方だとは思っていないはずでは……」
鉄男 「それにしたって、いつまでも隠し通せるものじゃあない。いつかは話さないといけないんだ。だからこうして……あっ」
ふすまが開いて、そこにギターを持ったなぎさが突っ立っている。
なぎさ 「お話、聞いてしまいました……」
乙葉 「なぎさ……」
鉄男 「若おかみ、いや、なぎささんっ」(なぎさの足元に駆け寄る)
鉄男 「12年前、ご両親が亡くなった事故、あれはこの私のしでかしたことなんです。タイヤがパンクして、ハンドルを取られてしまって対向車線にはみ出してしまった時にたまたま行合ご夫妻の車と正面衝突して……(泣き声で)私のせいなんです、私が悪いんです。どうか、どうか許してやってください……」(泣き崩れる)
乙葉 「実は……そうなんだよ。そこは堪忍してやっておくれ」
なぎさ 「……そう……だったんですね……」(絞り出すような声)
鉄男、まだ泣いている。
なぎさ、こらえきれず、ギターを抱えて駆け出すように舞台から消える。
乙葉 「これ、なぎさ……」
場面は暗転。
第六幕 胡蝶蘭の間・ひときわ大きめの朱音の泊まっている部屋
なぎさ 「朱音さん、ギター、お待たせしました」
朱音 「あら、すっごく年季の入ったギターですこと(クスクス)。用意してくれてありがとう。若おかみ」
なぎさ 「……」
朱音 「どうしたの?」
なぎさ 「し……失礼しますっ」
朱音 「若おかみさん……なにかあったんですか?」
それに答えず、すぐに部屋を出て行くなぎさ。追いかけようと思い、部屋を出たところで、鉄男がそばでたたずんでいる。
朱音 「失礼ですが、あなたは……」
鉄男 「はい。以前この町に住んでいた神戸(こうど)鉄男です。先ほど、若おかみさんがこの部屋に入っていったものですから……」
朱音 「今出て行かれましたよ。お会いになったはずですけど……何か、あったんでしょうか?」
鉄男 「その件で少しお話が……よろしいですか?」
朱音 「え、ええ。とりあえず、どうぞ」
招き入れる朱音。鉄男は茶卓の前に座る。
朱音 「それで、話というのは……」
鉄男 「はい。実は、私、なぎささんの両親を事故で死なせてしまった張本人なんです」
朱音 「えっ……」(言葉にならず口を押える)
鉄男 「もう12年、13年ほど前になりますか……タイヤがバーストして、対向車線にはみ出したところで行合ご夫妻の乗った車と衝突してしまって……たまたまなぎさちゃんは家で留守番していて無事だったのですが……以来、この街にも居辛くなってしまい、引っ越しすること幾度か。幸い、タイヤのせいということで罪一等は減じていただいて、こうやって普段通りに生活もさせていただいていますが……どうしてもなぎさちゃんに謝りたくて……」
朱音 「で、今日会われたんだけれど、うまく行かなかったって感じですよね……」
鉄男 「はい。でも私としても、どうやって彼女に伝えたらいいのか……戸惑っています」
朱音 「そうですね……こうやってお知り合いになれたのも何かの縁。私にお手伝いできることがあるかもしれませんから」
朱音、先ほどなぎさが持ってきたギターに目を落とす。
第七幕 開かずの間
しゃがんで泣いているなぎさ。そこへ一人、また一人とやってくる。
あやめ 「わかったわかった。分かったから、もう泣くのはおよしよ」
かえで 「それにしても、泣く演技、だいぶうまくなったんじゃね?」(場内笑い)
紫音 「私と会った最初の時なんか、もう……」(笑い)
なぎさ 「あー、もう、私の気も知らないで……(まだ泣いている)」
かえで 「ああ、まあ、確かに」
あやめ 「泣いてたって状況は変わらへんで。どうすんの?」
紫音 「加害者の人だって謝りたいんだと思うんだけど……」
なぎさ 「じゃあ、聞くけど、謝ってもらって何かいいことある?お父さんお母さんが帰ってくるとか……」
紫音 「それは……ないけど……」
なぎさ 「でしょう?わたしにとっては両親を殺した相手。分かりあえるはずがないじゃない」
あやめ 「そんなことでどないするんや、なぎささん、いえ、若おかみ!」
かえで 「藍色……いや、あやめさん……」
あやめ 「いくら相手が両親を死に追いやった相手でもお客さまはお客さま。一人のお客さまとして接しないことには、これから先、どんなことが起こっても、感情に支配されて十分なおもてなしができなくなるんやないかな?」
紫音 「ここは私情を捨てろ、という意味なのかな?」
あやめ 「少し違う。そりゃあ、人間だからすべてを包み隠すことはできないし、むしろ感情の吐露があってしかるべきだと思う。でも、それには、相手の言葉を受け止めて、自分の中で納得して、おもてなしをすることをしないといけないと思うんや」
なぎさ 「あやめ、さん……」
あやめ 「私は、その加害者の人を許さなくてもいいとさえ思ってる。でも、ここにいる間はお客さま。それを念頭におけるかどうか、だけだと思うんやけどなぁ」
かえで 「まあ、オレも、なぎさの思っていることは本人じゃないからわからないし、旅館業って意外と大変なのは夕を見ているからよくわかる。許す、許さないの前に、来てくれたことに対する感謝はしてもいいんじゃないかな?」
紫音 「いつものなぎさに戻ってほしいな、私は」
なぎさ 「みんな、ありがとう……」
4人で囲むようにひとしきり泣く一同。観客席からは温かい拍手。
乙葉(声) 「これ、なぎさぁ」
みつえ(声) 「若おかみ…」
雫(声) 「どこ行ったんですかぁ」
なぎさ 「あ、みんなも探してる。じゃあ私、行くね」
かえで 「大丈夫かよ……」
なぎさ 「大丈夫。今まで通りにしてればいいんだもん」
あやめ 「それなら安心や。でも、なんかあったらあかんから、見守っとくで」
紫音 「私も、陰ながら応援するよ」
なぎさ 「それじゃあ」
なぎさの表情は晴れ晴れとしている。「はーい」と大声を出して応えたところで暗転。
第八幕 胡蝶蘭の間
乙葉 「朱音さんにはいろいろおとりなしいただき、恐縮です」
朱音 「いえいえ。いいのよ。乗りかかった舟っていうじゃない?」
大悟と鉄男が入ってくる。
大悟 「え、ここにお邪魔させてもらっていいの?お父さん」
鉄男 「ああ、ここが私の謝罪の場だよ。失礼します、朱音さん」
朱音 「いいのいいの。関わったのも何かの縁ですから」
みつえ 「お待たせしました。若おかみを連れてまいりました」
乙葉 「おやおや。どこにいたんだろうね……」
なぎさ 「失礼いたします」
朱音が舞台の正面に、手前に大悟と鉄男、向かって右側に乙葉、若おかみ、みつえが座る。
朱音 「私も、今日泊まらせていただいて、そんな偶然があるとは思いもしませんでしたが、お話は全て聞かせていただきました」
朱音、一息入れる。
朱音 「その上で、私から、鉄男さんに、若おかみに、それぞれできることってなんだろうなって思ったんです。そう考えた時に、私にできることは、鉄男さんに謝罪の場を設けることだと思ったんです。そして鉄男さんは、若おかみに心のこもった謝罪をすること、そして若おかみもそれを受け入れていただくことだと……」
なぎさ 「ちょっと待ってください、朱音さん」
全員の目がなぎさに向けられる。
なぎさ 「今日、私は両親の死の真相を知って、今目の前に居るこの方をどうしても許せません」
朱音 「許す、許さないもだけど、まずは謝罪を受け入れて……」
なぎさ 「私の幼少時代は、仲間外れやいじめこそあまりなかったですが、両親がいない寂しさをずっと我慢して過ごしてきました。謝ってくれたとしても両親は帰ってきませんし、私の大切な時間も戻ってきません」
朱音 「そ、それは……」
乙葉 「これ、なぎさ」
みつえ 「若おかみ……」
鉄男 「お言葉、ごもっともです。いかに不可抗力とはいえ、ご両親を殺めた事実は覆りません。なんとお詫びしたらいいのか……」
なぎさ 「だから、違うんですよぅ……」
鉄男 「違うって、何がですか?」
なぎさ 「謝るっていったい何ですか?それで罪が許されるとでも思っているんですか?私はそうは思いません。でも、私も今日このことを知って思ったんです。殺そうと思って事故を起こす人なんかいない。原因は事故であって、人ではないんだ、って。よく言う「罪を憎んで人を憎まず」です。だから、私はその謝罪にこう、お答えしたいですっ」
スクッと立ち、衣装を整え、三つ指を付くなぎさ。
なぎさ 「行合旅館に、ようこそお越しくださいました」
しばらくお辞儀をしたまま。場内大拍手。
乙葉 「なぎさったら……」(結構泣いている)
鉄男 「歓迎してくださるなんて、そんな……」(こちらも泣いている)
みつえ 「いい若おかみに成長なさいましたね」
朱音 「それでこそ、若おかみですわ」
顔を上げるなぎさ。少しニヤッとする。
大悟 「あの……あの、なぎさちゃん、なのか?」(なぎさに近づいていく)
なぎさ 「あ、やっぱり大悟君だったのね!」
大悟 「苗字に聞き覚えはあったけど、だいぶ忘れちゃってたし、お父さんがここに行くって言った時に気にはなってたんだけど……」
なぎさ 「私の両親が亡くなった直後に居なくなったから、どうしたんだろうって思ってたし、連絡も取れなかったし。面影も感じなかったから、別人だと思ってたし」
大悟 「で、あの約束って、まだ覚えてる?」
なぎさ 「ええ。ぼくのお嫁さんになってください、だったよね?」
一同 「「「「ええぇ?」」」」(大爆笑)
鉄男 「なんだよ、その約束、初耳だぜ」
乙葉 「私も初耳ですわねぇ」
朱音 「これはとんでもないところから爆弾発言が……」
みつえ 「ま、まあ、その件はひとまず置いといて。せっかく皆さんわだかまりも解けたということで、ご準備させていただきました」
みつえ、パンパンと手を打つ。奥から巨大なケーキを台車にのせた雫がやってくる。場内爆笑と拍手。
雫 「急にオーダー入ったから、一段のスポンジケーキしか焼けなかったけど……」
乙葉 「それにしては、ちょっと大きいし、しっかりデコレートもされているじゃないか」
みつえ 「シェフにしては上出来です」
雫 「えへっ」
みつえ 「さあさ、せっかくですから皆さん、お近づきのしるしに、ご賞味くださいませ」
なぎさ 「みつえさん、どうやって切るのさ?」
雫 「あ、ああぁ」
乙葉 「これはこれは、とんだ失態をお見せしてしまいました」
一同、呵々大笑。ここで幕が落とされる。
第九幕 行合旅館 玄関
なぎさ 「あ―あ、今日はいろいろなことがあったなぁ」
夕 「ちょっと、ちょっとなぎさぁ」(袖から走ってくる)
なぎさ 「ああ、夕ちゃん、こんばんわ。こんな夜なのに、まだそのドレス着たままなの?」(場内笑い)
夕 「ドレスのことなんかどうでもいいわよ。私、聞いたんだからね」
なぎさ 「聞くって、なにを?誰から?」
夕 「あーもう、誰からだっていいでしょ!あなたのご両親のこと」
なぎさ 「なんだ、そんなことか……」
夕 (かなり驚く)「そんなことって……あなた、そんなことでいいの?」
なぎさ 「まあ、いつかは知らなくちゃいけないことだったし、相手の方の想いもきっちり受け止められた。亡くなったことは取り返しがつかないけど、もっと大事なこともいっぱい学んだしね」
夕 「そうなのね……それなら、その想いを尊重させてもらうわ。もう、私がとやかく言うのはなしにさせてもらうわ」
なぎさ 「ありがとう、夕ちゃん」
夕 「ところで、なんだけど……」
なぎさ 「なぁに?」
夕 「この間、旅館辞めたいなぁ、なんていってたじゃない?」
なぎさ 「ああ、その話……」
夕 「おじいさまがね、資金や人の手配も含めて面倒見てやってもいいって言ってるんだけど……」
なぎさ 「そんなに思ってくださっているんだ。ありがとう。でも、もう私、平気だよっ」
夕 「どういうこと?」
なぎさ 「確かに私の代で途絶えてしまうかもしれない旅館だけど、今日、鉄男さんにあえて少し私も救われたの。鉄男さんだって、この宿に来て、私に会うことはかなり勇気がいることだったと思うのね。たった一言の謝罪のためだけにここに来てくれた。そこに感動したの」
夕 「感動……」
なぎさ 「言葉を発することで一歩前に進められたのよ、鉄男さんは。そしてその言葉を聞いて私も一歩前に進められた。旅館、頑張ろう、って。だから私、凄いと思うの……」
かえで(声) 「コトダマ……ってか?」
あやめ(声) 「まあ、すてき」
紫音 (てくてく歩いてやってくる)「まさに想いが言葉になって伝わったんですね」
夕 「まあ、それが言いたくって、私たち、ここにいるみたいなものですからね」(場内笑い)
乙葉 (なぜかキーボードを準備し始める・場内クスクスッ)「あら、なぎさに夕ちゃんまで……」
夕 「あ、お邪魔してます」
乙葉 「こんな夜は、一曲奏でたくなってみたりしたものですから……」
なぎさ 「では、あの一曲、みんなで歌って、しめましょうか」
夕 「賛成ですわ」
キーボードのソロが入る。もちろん、曲は「Wishes Come True」。姿を見せていないかえでとあやめもそれぞれのコスチュームで舞台に上がってくる。
登場していた朱音、みつえ、鉄男、大悟も合唱に加わってくる。
「確かめよう、Wishes Come True~~」
全員が一列に並び、一礼。場内、割れんばかりの拍手。かくして一連の劇は幕を閉じる。
終幕後。会場外にて。
あやめ 「いやー。一時はどうなることかと思いましたが、何とか終幕できましたね」
プロデュ―サー(作者) 「かなり改変したけどな」
あやめ 「大悟となぎさのラブストーリーは、深くしなかったですけど……」
プロデューサー 「あの程度でよかったんじゃない?主題はどこまで言っても若おかみなんだし……」
あやめ 「次回作があるなら、そうしたいですね」
なぎさ 「えっ、まだ作るつもりなの?」
あやめ 「冗談よ、冗談」
雫 「やっぱり私、今回も空気だったかな……」
あやめ 「なにをおっしゃる!登場時一番盛り上がったのは雫さんでしてよ」
雫 「そ、そう?」
あやめ 「(耳打ち)大丈夫、次回作ではめちゃくちゃキーアイテムで登場するから」
雫 「え?わたし?」
あやめ 「ま、まあ、あなたもだけども、お菓子が、ね……」
かえで 「いやあ、出番少なかったけど楽しかったなぁ」
夕 「私は着飾ってお芝居できて本望ですわ」
紫音 「セリフ少なくて、よかったわ」
乙葉 「老け役も悪くないわね」
あやめ 「脇役御一同も満足していただけたようで……」
プロデューサー 「では、最後になぎささん、ひと言」
なぎさ 「お芝居、楽しかったです。またやりたいでぇーす」
突き上げたこぶしに、一同が呼応する。冬空の下、熱い思いが一瞬その気温を上げた。
久し振りに「産みの苦しみ」を感じた一作になりました。
劇は2019年2月の設定。前後に上梓しようと思ったのですが、自身の職の問題もあり、かなり停滞。やっぱり書くときは一気に書き切ってしまわないと次の一手がなかなか思い浮かびません。
そうするとずるずると時間ばかりが経ってしまうという結果に。それでも「若おかみ×キミコエfea.君の名は。」コラボの集大成を企図されたこともあり、「まずは読んでいただこう」ということで再執筆からは一週間でできました。
ぶっちゃけ、全部盛りなんて難しいことこの上ないですし、「若おかみ」の感動をどこまで再現するか、に腐心したのですが……ちょっと第一版時点では納得いくものにはなっていないというのが現状です。
まあ舞台劇ですので、そのあたりは大目に見ていただく、ということでお願いしたいと思います。
このSSへのコメント