2021-01-22 18:39:31 更新

概要

築数十年の古アパート。その一室でひとりの少女が亡くなった。少女の霊が出ると噂されるその部屋に、幾人の若者達が住人となっては去って行った。今日もまた、ひとりの青年がやってくる。


前書き

ふと思いついた短編です。設定とオチしか考えてないので、中盤はダラダラ更新していくつもりです。


〇月〇日


私は、死んだ。



築数十年の古アパートの一室。


四畳半の居間には、小さなちゃぶ台がひとつ。


玄関を開けてすぐに台所があり、この時代には珍しく浴室も完備されていた。


三万円程度の家賃にしては、なかなか快適な部屋だった。


この部屋の主になるのは、大抵が若い男。


短い周期で入れ替わり、忽然と姿を消していった。


一番長く住んだ者で、一週間くらいだっただろうか。


押し入れの札を見て笑う者も、最後には顔から色を失い去って行く。


今日もまた、物好きな若者がやってきた・・・。



「この部屋が例の・・・。」


内装は古いが汚くはない。


壁に変な染みがある訳でもなく、至って普通の部屋だった。


「ああ、君。押し入れの御札には触れるでないぞ。」


大家のお爺さんが忠告する。


「御札ですか・・・。」


「前の住人が御札をいじってな。・・・今も意識が戻らんのだとか。」


「そうですか・・・。」


お爺さんはじっと僕を見つめていた。


まるで、品定めをするかのように・・・。


「儂はこれで失礼するよ。・・・くれぐれも御札には触らぬように。」


「御忠告、痛み入ります。」


睨みの効いた瞳を逸らし、少し訝しげな表情のまま踵を反す翁。


木製の扉は静かに閉じられ、階段を下る足音が次第に遠のいていった。


僕が興味本意で御札に触れるとでも思ったのだろうか。


初対面の、しかも若者を簡単に信用できるとは思わないが・・・。


年功者の忠告を素直に聞けない者達と同じに見られるとは心外だ。


少しだけ、心に靄が掛かったようだった。



部屋に静寂が訪れる。


噂のある場所というものは、ただ静かというだけで不気味に感じるものだ。


少ない荷物を居間に運び込み、押し入れの中へと放り込む。


二段になった右上、天井に近い部分には陰陽の御札が貼られていた。


そこで僕は気づいてしまった。


「しまった。・・・布団がない。」


貸しアパートとは言え、流石に布団までは置いていない。


九月も下旬に差し掛かったこの頃、昼は未だしも夜は冷える。


最低限の荷物しか持っていない僕が、毛布など用意しているはずがなかった。


霊の居る部屋は体感温度が下がるとも聞く。


「今日は、寒い夜になりそうだ。」


ひとり、ため息をついた。



今度の青年はひとりでやって来た。


最近はひとりで度胸試しをする気概も無いような軟弱者が多かったというのに。


余程の度胸があるのか、それとも止むを得ない事情があるのか・・・。


どちらにしろ、私には関係の無いことだ。


荷物がやけに少ないが、度胸試しに来た訳ではないらしい。


御札を見ても、何の反応も示さなかった。


それどころか、今日の寝床の心配をする始末・・・。


こうも関心を向けられないと、少し悪戯をしてみたくなる。



「お湯はしっかり出るな。」


僕は今、水道とガス系統の確認をしている。


日中でも肌寒くなり始めたこの時季だ。


冷水ばかりの生活では、とても身体がもたない。


幸いライフラインはしっかりしている。


管理が行き届いている証拠だ。


「良い部屋だ・・・古いけど。」


僕はひとり、つぶやいた。



不思議な青年だった。


霊が出る噂は知っているはずなのに、全く気にかける様子が無い。


それどころか事故物件を「良い部屋」だと言う。


この部屋に長く暮らした最後の人間である私でさえ、慣れるまでに相当の時間がかかったというのに。


不思議だ・・・。


彼がこの部屋に来てからというもの、心が安らいでいくような気がする。


悪戯心もいつの間にか、何処かに行ってしまったようだ。


これまで興味すら抱かなかった同居人を目で追う私が、そこに居た。



「鏡・・・か。」


脱衣所にそれはあった。


頭の先から腹の真ん中まで映り込むくらいに大きい。


水垢で所々汚れてはいるが、磨けば綺麗になりそうだ。


「腕が鳴るな。」


本来の姿を取り戻した鏡を想像し、掃除の計画を組み立てる。


ふと黒い靄が視界に入った。



何か考え込む青年を鏡越しに観察していた。


汚れた鏡を見て上機嫌になる彼は、やはり変わっている。


鏡には黒々とした靄に身を包む私が映り込んでいた。


嫌な感じだ。


これが、怨念というものなのだろうか。


何が原因で死んだかも憶えていないのに、恨みだけが残っているというのは如何なものか・・・。


ひとり肩を落としていると、不意に青年が視線を動かした。



目が合った・・・。


乱雑に伸ばされた白髪に片眼を隠し、黒い靄を纏わせたそれが、そこには居た。


「恨めしいかい?」


口をついて出た言葉だった。



・・・はぁ?


なんだその反応は。


私の姿を見た者は大抵が言葉を失う。


人は本当に恐怖したとき、悲鳴すらあげられない。


その場で失神するような奴もいたというのに、こいつは・・・。


「恨めしいかい?」・・・だって?


そんな事、寧ろ私が訊きたいわ。



しばらく見つめていると、それは姿を消していた。


まるで元からそんなものなど居なかったかのように・・・。


だが、僕は見た。


嘗ての住人達も見たのだろう。


彼女の恨めしそうなあの瞳を・・・。



霊というものは普通、何かしらの心残りを持っている。


感謝の言葉を伝えたいだとか、誰かの幸せを見届けたいだとか・・・。


同じ霊のはずなのに、無性に腹が立つ。


それはきっと、生前の私が「不幸」だったから・・・。


正直に言えば、生前の記憶など殆ど無い。


だから、貴女の心残りは何かと訊かれても困る。


寧ろ教えてくれと言ってやりたい。


魂に刻まれた記憶なんて、一握り程も無いのが普通だろう。


記憶の殆どは脳に刻まれるものなのだから・・・。


私は何に対して恨みを抱いているのか知らない。


わからないのではなく、知らないのだ。



居間に座り込み、ひとり考える。


この部屋には同居人が居る。


その人の方が先住であり、姿は見えない。


あれから変わった事は起きていない。


この部屋に住まうことを許してくれているということだろうか。


せめて会話くらいはしたいものだ。


確かにそこに居るのに、何をしているのかわからないというのは居心地が悪い。


彼女の姿を見る方法はないものだろうか・・・。


ふと脳裏をよぎるものがあった。


「御札・・・。」


大家のお爺さんの言いつけを破ることにはなるが、仕方ない。


これしかないと感じてしまったのだ。


僕の視線は、押し入れの御札に引き寄せられていた。



すごく見られている。


私のことが見えてる?


青年の視線が、私を捉えて離さない。


気まずい・・・。


せめて何か話しかけてくれたら・・・。


いやいや、何を考えているんだ私は。


まだ生きている青年と死んだ私が関わるだなんて、間違っている。


生者には生者の、死者には死者の生き方がある。


もっとも、既に人生を終えた私に生き方と言うのもおかしな話なのだけど・・・。



押し入れの御札は、彼女の怨念を鎮める為のものだろう。


もしくは、怨念を肩代わりするものか・・・。


この仮定が正しければ、御札に触れた若者が未だに意識不明の状態にあることも説明できる。


その人はきっと、御札を通して彼女の怨念に触れたのだ。


霊の本体は魂だ。


そして、その魂を形作るのが「想い」だ。


彼女の怨念に触れるということはつまり、彼女の心に触れるということ。


この御札に触れることで、彼女の想いを、魂を感じることができるかもしれない。



ふと気がつけば、居間から青年の姿が消えていた。


トイレか・・・?


押し入れに背を向けて座っている私に、誰かが触れる。


心をなぞられるような感覚。


身も毛もよだつとはこの事だろうか。


とても気持ちの悪い感覚だった。


「見える。」


背後から声がした。


振り返れば、青年が押し入れの上段に登って私を見下ろしていた。


「さっき振りですね。」


青年は私に笑いかける。


虚空に伸ばされた青年の手は、あの御札に触れていた。



「何、してるんですか・・・?」


少女の声が聞こえた。


悪霊とは思えない、澄んだ声だ。


「貴女の姿が見たくて・・・。」


少女は困ったような顔をしていた。


次に投げかけるべき言葉を探しているようだった。


コロコロと表情を変える少女の瞳は、少しだけ煌めいて見えた。



いったい、何を話せば・・・。


私はそればかり考えていた。


かつての住人達は、彼らだけで勝手に話してくれていたから、私は何もする必要が無かった。


彼らには、私が見えなかったからだ。


よしんば見えたとして、私の姿が再び彼らの目に映ることは無かった。


青年には私が見えている。


私を怖がる様子もない。


寧ろ何か微笑ましいものを見ているような表情をしている。


私が無い頭を使ってあれこれ考えているというのに・・・。


イライラするというものは、こんな感じだったか。


感情を抱くということを、懐かしく感じてしまう私が居た。



「ひゃにするのよ・・・。」


「いえ、触れるかどうか試そうと思って。」



青年の手が頬に触れ、口角を持ち上げていた。


他人に触られる感覚も久し振りだ。


最後に他人の手に触れたのはいつのことだったか。


父に殴られた時?


それとも、母に撫でてもらった時だろうか。


友達と過ごした記憶は、残念ながら私の魂には残っていなかった。


どうせなら父の記憶が消えてしまえば良かったのに。


私の父は控えめに言ってクズだった。


嫌な記憶ほど、魂に深く刻まれるというのは本当らしい。


私が覚えている生前の記憶は、大半が父に関するものだった。


まったく、それを塗りつぶすくらいの思い出は無かったのだろうか。


もしかして、私には友達が・・・。


これ以上考えるのはよそう。


ところで彼は、いつまで私の頬を弄んでいるつもりなのだろう・・・。



「いい加減にして。」


強引に手を振りほどかれる。


「まったく、霊が物珍しいのはわかるけど、限度というものがあるでしょう。」


頬をさすりながら少女が話す。


頬にあてた手の動きは、触れられていた感触を振り払うものではなく、確かめているように見えた。


「私だって、元は人間よ。・・・羞恥心だって、あるんだから。」


少しずつ小さくなっていく少女の声。


生気を失ったはずの少女の顔が、朱に染まっていた。


「ごめん。でも何だか、君のことが懐かしく思えて・・・。」


初めて会うはずの少女に、僕は懐かしさを覚えていた。


幼い頃の友人にでも似ているのだろうか。


十数年前の記憶でさえ、確かに憶えていることはごく僅かだ。


名前という記録は残っていても、共に過ごした記憶は残っていない。


少女と一緒に過ごすことで、思い出すこともあるのだろうか。


人間の脳は一二〇年分の記憶を保管できるという。


忘れてしまったはずの記憶も、完全に消え去った訳ではない。


時の重みに沈んだ欠片が、いつか呼び起こされる時がくるかもしれない。


僕は、そう思った。



幽霊見たさ以外の思惑を持って、この部屋にやってくる者の事情は大抵聞くに堪えない。


夜逃げだとか、愛の逃避行だとか・・・。


そんな人達ばかりだ。


どれも成功した例しが無い。


夜逃げしてきた家族は、金銭的な生活苦の果てに一家心中を図った。


駆け落ちした男女が逃げ込んで来た時は、その父親が殴りこんで来た。


不覚にもドラマを見ているようで少しワクワクしてしまった。


青年はそのどれとも違う。


気にならないと言えば嘘になる。


それでも、私が青年の過去に触れることはなかった。


無用な気苦労をかけて、心中を図られても困るからだ。


青年もまた、私の過去には触れてこない。


訊かれたところで、碌に憶えてなどいないけれど・・・。


だから、私達が話す内容は他愛の無いことばかりだ。


好きな食べ物は?


好きな歌手は?


子供の頃の遊びは?


将来の夢は?


私は思った。


合コンかよ、と。



青年は基本、朝と夜にしかこの部屋に居ない。


昼は大学、夕方はバイト。


帰宅ついでに買い出しをして、夕食を作る。


一日たりともコンビニ弁当で済ますことなく、毎日だ。


そこいらの主婦より余程きちんとしているのではないだろうか。


家庭を持った主婦は、家事労働に充てる労力のあまり、朝食と昼食で手を抜きがちだ。


酷い時は夕食さえも簡単に済ませてしまう。


持論ではあるが、夕食は一日の華だ。


そこで手を抜かれると、流石に気分が沈んでしまう。


お隣さんもそれでよく喧嘩していた。


食事は私の分も用意してくれる。


霊とて食事はできるのだ。


所謂、「お供え物」というやつだ。


味なんて、わかるはずも無いけれど・・・。


今夜は、ロールキャベツだ。



「料理が上手なのね。」


そう少女は言った。


味音痴か、そもそも味覚が無いのか・・・。


どちらにせよ、少女が良心のある霊だということは確信した。


我ながら、命知らずなことをしていると思う。


だが、好奇心には勝てなかった。


少女には特別な料理を振る舞っていた。



「本当に美味しいのかい?」


青年は疑り深い性格のようだ。


確かに世辞なのだが、素直に受け取れば良いものを・・・。


「ええ、本当に美味しいわよ。」


笑顔もサービスしてやった。


そして青年は言う。


「そっか。山葵を入れすぎたかと思ったけど、丁度良かったみたいだね。」


山葵・・・だと?


青年の作ったロールキャベツの中を開いてみる。


肉があるはずのそこには、緑色の何かが詰まっていた。


「好きなんだね、山葵。」


良い笑顔だった。


いつか復讐してやる。


私はそう誓った。



「先生って、あのアパートに住んでるの?」


僕が担当する生徒が尋ねる。


「うん。そうだよ。」


隠すような事でもないから、平然と答える。


「・・・先生、いなくなったりしない?」


本気で心配された。


塾の先生程度の繋がりしかないというのに・・・。


教師冥利に尽きるとは、この事か。


・・・違うか。


僕が暮らすあのアパートは全国的に知られるくらいに有名なものらしい。


いかにも年頃の少年少女が好みそうな話だ。


噂というものは人から人へ伝わるときに尾ひれが付いて回る。


彼女の学校で、どんな内容に脚色されているのかは知らないが・・・。


訊けば、「神隠し」的な内容だった。


おそらくは前の住人の話が間違って広まったのだろう。


確かに彼は、彼の家に帰れていないのだから。



今日は珍しく青年が部屋に居る。


外はまだ明るい。


大学は休みだと言うが、本当だろうか。


もしや、悪質な虐めを受けて不登校になっているのでは・・・。


「だから幼女を部屋に連れ込んで・・・。」


それ以上は言わせてもらえなかった。



誰かに心配してもらえるという事は、幸せなことだ。


あまり度が過ぎると反って迷惑になったりもするが・・・。


今回が正にそれだった。


教え子が部屋に来た。


ひとりで。


男の部屋に。


人生最大の危機を土産にして・・・。


同居人の戯言は黙らせた。


幸い彼女には少女の声が届かない。


だが、今回の問題はそこではない。


古いアパートは往々にして壁が薄い。


建設費の節約なのだろうが、隣人の話し声が普通に聞こえてくるのだ。


通報されるのは時間の問題かもしれない。



「思ったより普通の部屋なのね。」


幼女は言った。


失礼な。


私はこの部屋に愛着を持っている。


自ら汚すような真似をする訳がない。


青年の教え子だとか言っていたが、少し怖い目にでも遭ってもらおうか。


久し振りの客人に気分が高揚していたのだろう。


今思えば、軽率な行動だったと反省する。


急須に伸ばした手をつかまれた私は、そのまま腕ひしぎを極められていた。



「ギブギブギブ!わかったから!ちょっ、ホントに折れちゃうからぁ!!」


霊にも骨折という概念はあるのだろうか。


涙目で懇願する少女を見ていると、どうしようもない感情が湧き上がってくる。


少女の顔が一気に青ざめる。


どうやら僕は笑っているようだ。


ゴキッ


僕たちにしか聞こえない音が響いた。


少女は気絶していた。



私が目を覚ました時には、もう幼女の姿は無かった。


台所の様子を見るに、昼ご飯を振る舞って、家に帰したらしい。


幼女に出された分は、私が食べるはずだったものだ。


私は食べなくても平気だが、ここ最近は食事を取るのが習慣になっていたせいか、少しだけ寂しいものがあった。


空腹感がなくとも、食事を取ってしまう気持ちが理解できた。


これからは青年を怒らせないようにしよう。


食事を抜かれるのは寂しい。


そして何より、青年の内に秘められた狂気を見てしまったから。



どうやら、通報は免れたらしい。


少女がポルターガイストの真似事をしようとしたのには焦ったが・・・。


もし少女が悪質な幽霊なのだと、あの子に勘違いされたら通い妻みたくなりかねない。


塾講師というものは、教え子と塾以外の場で会うことを禁止されている。


そうでなくても、年端のいかない幼子が成人男性の家にひとりで来るというのは問題だ。


今回の訪問で、何も心配いらないとわかってくれたらいいのだが・・・。


彼女の性格を考えると難しいだろう。


夕陽に染まる帰り道。


僕はまた、ひとりため息をついた。



・・・暇だ。


この部屋にはテレビが無い。


新聞も無い。


トランプすら無い。


娯楽となり得るものが、何ひとつ無いのだ。


青年が起きている夕方はいい。


何ともない会話をふたりでしていた。


青年が風呂に入っている時は扉越しに。


トイレの時も扉越しに・・・。


さすがにこれは怒られた。


青年が寝てしまう夜は寂しい。


寂しさのあまり、布団に潜り込んでしまうくらいだ。


青年の頬をつつくのは楽しい。


力加減によって反応が変化して面白い。


次第に歯止めが効かなくなっていく。


そして怒られる。


青年がいない昼は嫌いだ。


玩具も無しにどう時間を潰せというのか。


こうなったら、無理にでもついていくしかないだろう。



「私も大学に行く。」


面倒な事になった。


家に独りきりなのは嫌だと。


遊び道具も無しに、殺風景な部屋で何時間も待っていられないと・・・。


今まではどうしていたんだ。


人間というのは不思議なもので、元々無いものを我慢することはできる。


しかし、無くしてしまうことに我慢はできないのだ。


これまでの少女には、玩具など無かった。


けれど、それを知ってしまった。


だから我慢ができなくなった。


最近少女が手に入れ、そして無くしてしまいそうになっているもの・・・。


それは多分、僕だ。



「君の言う玩具って、僕のことなのかな。」


青年は笑顔でそう言った。


でも、目が本気だった。


私は死を覚悟した。


もう死んでるけど・・・。


それくらい、怖かった。



試しに少女を連れて部屋を出てみることにした。


地縛霊であろう少女がこの部屋から出られるとは思わないけれど・・・。


手を繋ぎ、先に玄関を出たところで後ろ手を引かれた。


後一歩で外だというのに、少女は尻込みしていた。


「このまま外に出て、私、消えたりしないかな・・・。」


普段の元気は何処へ行ったのか。


こんなにも弱気な少女は初めて見た。


そんな顔をされると、どうしようもない感情が湧き上がってしまう。


「そう簡単に霊が消えてしまうなら、この世に除霊師なんて職業は存在しないよ。」


目を潤ませる少女を強引に引き寄せる。


長年籠もってきた部屋から引きずり出された少女は、固くを目を閉じ縮こまっていた。


それはもう、どこぞへ売られゆく小動物のように。



青年にはもう少し思いやりというものを持ってほしい。


私がどんな気持ちで新たな一歩を踏み出そうとしているか。


幾年も部屋に閉じこもっていた幼気な少女が勇気を振り絞って一歩を踏み出すのだ。


それがどんなに勇気のいることか、恐怖を感じるか・・・。


少し考えたら、わかるはずだ。


だのに青年ときたら、お構い無しに引きずり出して・・・。


お陰で大事な一歩が青年の足の上になってしまった。


怒られる・・・。


私は新たな世界より寧ろ、青年に対して怯えていた。



何年も部屋に閉じこもっていれば、外の世界は最早、異世界も同然だ。


それが如何に恐ろしいことか・・・。


そしてその世界に踏み出すことがどれだけ勇気のいることか、僕は理解している。


もっとも、僕の場合は自分の意志で踏み出したものではなかったけれど・・・。


異世界に放り出された者にまず襲い来るのは、どうしようもない不安感。


少女にとって拠所となり得るのは、僕だけだ。


これは自惚れなどではない。


受け止めるべき事実だ。


少女をそっと抱きしめる。


君はひとりじゃないと、教えるように・・・。



青年の温もりが伝わってくる。


私は優しく抱きしめられていた。


これは神の悪戯か・・・。


平然と私の腕を折った人間と同じ人物だとは、到底思えない。


不思議と心が安らいでいく。


私は、懐かしさを感じていた。


でも、少しだけ違うような・・・。


あの時は、私が抱きしめていたような気がする。


「もう、いいかな?」


「あっ。・・・うん、ありがと。」


どうしてだろう・・・。


青年の微笑みに、私の瞳は囚われていた。



「あの・・・足、踏んじゃって、ごめん。」


少女は、僕の左足に乗っていた。


全く気づかなかった。


それも当然か・・・。


霊に質量などあるはずがないのだから。



「変わったのかな・・・。」


青年の通う大学へと向かう途次。


私はふと、違和感を覚えた。


瞳に映る景色や街の臭いに・・・。


私の記憶の片隅に微かに残るものとは違う、街の静けさに・・・。


あの部屋に縛られて、もう幾年の時が過ぎたのだろう。


それは数年かもしれないし、数十年かもしれない。


私は、私の死に際を知らない。


私が死んでから、幽霊としてこの世を彷徨うまでにどれだけの時差があったのか。


最早、知る術は無い。



何故、少女はあの部屋に縛られていたのだろう。


霊とは、想いでこの世にしがみついているものだ。


その対象が場所ならば地縛霊に、人ならば背後霊に・・・。


目的を忘れたものは、浮遊霊にでもなるのだろうか。


少女は多分、地縛霊だ。


あの部屋で最後の時を迎えたのか、それとも何か特別な時を過ごしていたのかはわからない。


ただ、少女の想いがあの部屋に籠もっていたことだけは確かだ。


少女はその想いを無くしてしまったのだろうか。


この世と少女を結ぶ程の想いを・・・。



青年と出会ったあの日から、私の身体は軽くなったような気がする。


私に纏わり付いていた黒い靄も、今では殆ど見えなくなっている。


私にとって、彼は特別だ。


彼と一緒に居ることで、私は新たな一歩を踏み出すことができたのだから。


これが、運命というものなのだろうか。


人生を終えてから巡り会うこともあるのだろうか。


それとも私の人生はまだ、終わってはいないのだろうか。


そうだとしたら、死後に始まる人生というものも、存外悪くない。



特別な人生などというものは存在しない。


その人生を歩んだ者にとっては、それが日常なのだから。


ひとつひとつの人生が、その人だけの特別だというのなら・・・。


全ての人生は等しく特別で、等しく特別にはなり得ない。


唯一無二であることが当然ならば、特別であることは特別ではない。


誰かにとっての特別も、特別の中に埋もれてしまえばその価値を失う。


人は誰かの特別になったところで、特別な人間になる訳ではない。


僕は、特別な人間などではない。


他人を幸せになど、できはしない。


他人の心に思い出を刻むことなど、できはしないのだ。



青年の通う大学が見えてきた。


彼の一日とは、どんなものなのだろう。


楽しいとは、こんな感じだったか。


心の具現化である霊が心躍る時、本当に弾んでしまうらしい。



小躍りする少女を横目に、僕は思う。


僕にとって彼女は、何なのだろう。


少女にとって僕は、何だったのだろう。


少女の想いを受け止めて猶、その答えはわからなかった。



存外、大学とは淡泊なものらしい。


私の思い描く学校とは、人の繋がりを学び感じる場だ。


共に学ぶ仲間がいて、道を示してくれる先人がいて・・・。


そんな人達が交じり合い、ひとつの時間を過ごす場所が学校なのだと思っていた。


今日という一日で、青年に話しかけてきた者はいない。


青年から話しかけることも無かった。


教授と呼ばれる人達でさえ、青年に声をかける者は皆無だった。


順に指名されていたのに、青年だけとばされた時なんて・・・。


本当にそいつを呪ってやろうかと思った。



大学に少女を連れてきたくはなかった。


広いキャンパスに群がる学生。


互いに行き過ぎる時には、大して興味の無い人にでも一瞥はくれてしまうものである。


これだけの学生がいれば、誰かしらの瞳には自分の姿が映るものだろう。


ただひとりを除いては・・・。



青年は孤独だ。


昼休み、学生で溢れかえる食堂。


誰しもが笑顔を浮かべ、食事を口に運ぶ以外にも口を開いている。


中には居心地が悪そうに、周りを気にしている学生も居るが・・・。


ただ青年だけは揺るがず、平然と箸を往復させていた。


異常な光景だと、私は思った。


孤独なことがではない。


哀れみの瞳すら向けられない。


まるで青年までもが、幽霊になったみたいだ。


この場にいる誰もが、私達を見ていなかった。



大学の講義も終わり、騒がしく街を行き交う学生を横目に僕達は静かな帰路についた。


少女は悲しげな面持ちで、話しかけてきた。


「どうして、相談してくれなかったの?」


何を相談することがあるというのだろうか。


僕は何も困っていない。


「私はもう死んでるから、手助けはできない。でも、話を聞くことくらいはできる。」


「いつも他愛ないことを話すでしょ?意味の無い会話は、親しい仲にしかできないことなんだよ?」


少女と僕、ふたりを結ぶものは何だろう。


あの部屋に、何の目的も無しに住むはずはない。


僕もまた、目的があって今ここに居る。


そのために、人間の友人は不要だ。


寧ろ、邪魔でしかない。


彼らの瞳に僕が映らないのは、偶然でなく必然。


成るべくして成っている理だ。


始まりこそ僕の意志ではなかったが、今の自分は嘗ての僕が望んだ姿に相違ない。


少女は知らない。


少女の纏っていた怨念は、決して消えて無くなった訳ではないということを・・・。



夕陽に空が紅く染まる頃、近所のスーパーは買い物袋を下げた女性で賑わっていた。


子供がどうだとか、旦那がどうだとか・・・。


ひとしきりの愚痴を言い合い、時間を浪費している。


その渦中にいる者にとっては日頃の鬱憤を晴らす機会なのだろう。


専業主婦ともなれば、不満はたまる一方、吐き出す機会は皆無だ。


自分の苦労を知ってもらうことで救われようとする。


最早、人間の本能と言っても過言ではないこの行為。


言ってしまえば、井戸端会議だ。


やるにしたって、場所は選んでほしい。


少女が興味を惹かれているようだから・・・。



世の中の女性は色々な苦労をしているらしい。


言うことを聞かない子供。


自分の苦労を理解しようともしない旦那。


小言の多い姑。


私にはどれも経験の無いことだけど、旦那の件については激しく同意する。


この人達を繋いでいるものは何だろう。


愚痴を言い合うような仲、それはきっと自分が愚痴を言うような人間だと知れても差し支えない仲だ。


表面上の付き合いだからなのか、それだけ深い仲だからなのか・・・。


そこまではわからない。


だけど、少し羨ましく思う。


私には、そんな知人はいないから・・・。


青年だって私の話を聞いてくれる。


何時間と絶えることのない無駄話に付き合ってくれる。


でも、やはり違うのだ。


私は青年のことをあまり知らない。


青年の過去は勿論、彼の趣味・嗜好さえも・・・。


一方通行の会話になっている訳ではない。


ただ、青年の応えは彼自身を映さないのだ。


一貫性が無い。


まるで彼の中に幾人もの誰かが混在しているかのように・・・。


きっと彼には何かある。


それは多分、私にも関係のあることだ。


根拠は無いけれど、不思議とそう確信していた。



「ねぇ、私に聞いてほしいこととか、ない?」


ほら見たことか。


やはり面倒なことになった。


少女は僕に悩みがあるとでも思っているのだろう。


まぁ、無いと言えば嘘になる。


しかし、人間ならば悩みのひとつやふたつあるものだろう。


わざわざ人に聞かせるようなことではない。


それに僕の場合は、悩みとはまた少し違うものだ。


自ら望んで選んだ道に課せられた制約と言ったところだろうか。


少女に話したところで解決する見込みがある訳でもない。


この制約にはもう慣れた。


そういうものだと割り切ってしまえば、何の支障も無い。



「聞いてほしいこと・・・ね。」


「そうよ。何かあるでしょう?」


「ほら、友達をつくるにはどうしたら・・・。」


「大切な人に忘れられるのは悲しいことだよ。」


「えっ・・・?」


「なんでもない。」



それきり、青年の口から言の葉が紡がれることはなかった。


青年が私に聞いてほしいと思ったこと。


大切な人・・・。


私に・・・。


私が・・・?


私が、青年にとって大切な人?


過去に私と青年は出会っている?


全く思い出せない。


私の周りにいた男性は父だけだ。


彼氏なんて居ない。


友達のことすら覚えていなかったのだ。


そんな私に恋人が居たはずはない。


でも、ひとつだけ・・・微かに浮かぶものがあった。


幼い少年の笑顔・・・。


あの少年が・・・。


それはあり得ない。


私の記憶に残っている町並みと今の街並みはかなり違う。


もしあの少年が生きていたとしたら、今頃はとっくにおじさんになっていることだろう。


青年は大学生だ。


歳が違いすぎる。



少女が僕にとって大切な人だと、はっきりしている訳ではない。


ただ、なんとなくそう感じただけのことだ。


自分の過去さえ無くした僕がよく言えたものだと思う。


時に人の記憶とはひどく曖昧なものだ。


だけど別れの近い今なら、少しくらい感情にまかせてもいいだろう。


今日の夕飯には少し奮発した。


これが少女と囲む最後の晩餐だ。



青年との夕餉を終え、私達はゆっくりとした時間の中に居た。


部屋には静寂が訪れていた。


その静寂は心地良くも、違和感を覚えるものだった。


ここ最近の話だ。


このアパートに静けさが訪れるようになったのは・・・。


聞こえてくるのは青年と私の声ばかり・・・。


いつもなら、隣の夫婦が喧嘩する声だとか、下の階から怪しげな笑い声だとかが聞こえてくるというのに。


いつからだろう。


このアパートから、人の気配が感じられなくなったのは・・・。


金属の乾いた音が響く。


誰かが階段を上がって来ている。


この足音は多分、大家のお爺さんだ。


こんな時間に何の用だろうか。


足音が部屋の前で止まる。


ノックも無しに扉が開かれた。


普段、人らしい感情の籠もらない大家の瞳が増悪の色に染まっていた。



「おぬし、いったい何者じゃ。」


大家が問う。


その声色には恐れにも似た感情が籠もっていた。


「ただの学生ですが。」


青年は平然と応える。


「下手な嘘はよさんか。ぬしの履歴書は既に調べておる。」


「大山 佑、そんな人間は存在せん。」


そんな名前だったのか。


思えば、彼の名前を訊いたことはなかった。


それは、私が自分の名前すらも忘れてしまったからなのだけど・・・。


「そうですか。」


相変わらず、青年の声には感情が籠もらない。


「ぬしの名前など、どうでもいいわい。目的はなんじゃ。」


次第に大家の語気が強まる。


「目的、ですか。」


青年の瞳が陰る。


「他の住人が失踪した。ぬしがここに来てからじゃ。」


最早、大家の感情は隠れていない。


「僕が犯人だと?」


そんなはずはない。


犯罪を犯した人間には、必ず変化が現れる。


周囲の視線を気にするようになったり、物音に敏感になったり・・・。


青年にそんな変化は無かった。


もし大家の言う通り青年が犯人なのだとしたら、相当やり慣れていることになる。


そんなこと、ある訳が・・・。


「他に誰がおるのじゃ。」


大家は完全に青年が犯人だと盲信しているようだ。


「乾 飛鳥。」


・・・えっ?


「そんな者は知らん。」


聞いた覚えのある名前だ。


「薄情なものですね。彼女をこの部屋に封じ込めたのは、貴方でしょう?」


青年は笑みを浮かべる。


「なんのことじゃ。」


大家の顔が険しくなる。


「とぼけても無駄ですよ。三十年前、ひとりの少女が誘拐事件に巻き込まれ命を落とし、悪霊となった。」


そうだ・・・。


「その原因を作ったのも、少女をこの部屋に縛ったのも貴方だ。」


そうだった。


「陰陽の道を修め、今では人身売買ですか。」


思い出した。


私の無念は・・・。


「彼女の弟は高く売れましたか?」


大切な弟を護れなかったことだ。


「貴様、何故それを。」


大家の顔からは焦りの色が見てとれた。


「興味本位にここを訪れずれた若者も売ったのでしょう?霊のせいにしてしまえば、噂も広がってまた商品がやってきますからね。」


青年の笑顔が怖い。


大家の瞳に宿った怒りも、恐怖に呑み込まれていた。


「貴方も、お仲間の所へ送ってあげます。地獄巡りも楽しいものですよ?」



青年の周囲には黒々とした何かが漂っていた。


嘗ての私が纏っていた靄に似ている。


彼は満面の笑みを浮かべ、紅く瞳を煌めかせている。


不気味なまでに、彼の纏う雰囲気と表情は乖離していた。


大家は何語かも判別できない呪文を唱えている。


その声に翁らしい落ち着きは無い。


青年はゆっくりと歩を進める。


大家が気合いと共に光を放つ。


青年に纏わり付く靄の幾つかは消し飛んだようだけど、その濃さは寧ろ増しているようにも見えた。



「何故じゃ。何故、悪霊封じの呪禁が効かん!」


青年の不気味な笑みは崩れない。


「これが怨念というものです。」


「貴方を恨み、亡くなった者達の想いです。」


「これが貴方の犯した罪の重さですよ。」


黒い靄が大家に迫る。


「よせっ。来るなぁぁぁぁぁ!!」



大家の断末魔と共に靄が晴れる。


そこには青年だけが立ち尽くしていた。



「大きく、なったのね・・・。」



そこに少女の姿は無かった。



「先生。お疲れ様です。」


教え子が顔を覗かせる。


ひょこっ、なんて擬音のつきそうな登場だ。


「・・・来てたのか。」


「連絡してきたのは先生の方ですよ?しっかりしてくださいよ。」


絵に描いたような呆れ顔だ。


この娘は生まれてくる次元を間違えたのではなかろうか。


「ああ・・・そうだったか。」


「また、なくしてしまったんですか?」


また・・・か。


「記憶をなくした者は、なくしたことにすら気がつかないさ。」


もう、何度目のことだろうか・・・。


「わかってますよ。社交辞令です。もう何回このやりとりをしたと思ってるんですか。」


「三万二千五百一回だ。」


「なんで憶えてるんですか。気持ち悪いです。」


君は表情を作るのが上手いな。


「冗談だ。憶えている訳がないだろう。」


「そうですね。もう三十年近くなりますからね・・・。」


そう言う彼女は若干十二歳で、正規対魔師となった才女だ。


「ここまでがセットだ。」


いつまでも変わらない、これだけは・・・。


「もう辞めにしませんか?」


そんな訳にはいかない。


これは一種の自己証明でもあるのだから。



先生は対魔塾の特別講師であり、私の師匠だ。


非人道的な呪いを刻まれ、怨念の受け皿として改造された先生は死んだままに生きている。


何でも人身売買で売り飛ばされた挙句、対魔師協会を追放されたイカレ対魔師に対魔術を叩き込まれ、改造されたとか・・・。


見た目では二十代前半だけど、実際のところは四十歳を超えた中年らしい。


先生は悪霊の怨念を自身に取り込むことで悪霊を浄化するといった特殊な対魔術を使う。


取り込んだ怨念が消えて無くなる訳ではない。


自らが代理人として、その恨みを晴らすことで初めて怨念の浄化は完了する。


先生は悪霊というより、人間の悪意と闘っている。


人の悪意と、悪霊の怨念を誰よりも深く知る対魔師だ。


そんな訳で対魔塾の特別講師に迎えられているのだけど・・・。


評判はあまり良くない。


講義の内容が生々し過ぎるからだ。


実際、先生の講義が原因で対魔塾を辞めた者も少なくない。


けれど、塾側は先生を講師として迎え続けている。


それは先生が特別講師となってから、塾の卒業生達の死亡率が下がったからだ。


悪霊の怨念に絶えきれないような心の弱い者が途中で挫けていくおかげで・・・。


嫌われ役というのも、世の中には必要なのだ。


現実を突きつけ、お前には無理だとはっきり伝える。


それもひとつの優しさなのだろう。


私の師匠はそんな人だ。



「それにしても、あの幽霊。先生とそっくりでしたね。」


「・・・何だと。」


「そんなに驚くことですか?」


やはり、そうなのだろうか。


少女と暮らした数ヶ月ではっきりと思い出したものはなかった。


「いや~、大変だったんですよ?あまりに似てるものだから、視界に入るたびに目が合いそうになって・・・。」


だが、漠然と感じたものはあった。


運命にさえ切り離すことはできない、魂の繋がり。


「って、どうしたんですか?黙っちゃって、らしくないですよ?」


それは血の繋がりよりも濃く、確かなものだ。


「いや、何でも無い。」


偶には盲信しても良いかもしれないな。


「そうですか?なら、良いですけど。」


僕は、少女が最後に遺した言葉を信じることにした。


「何かあるなら言ってくださいよ?私は先生のお目付役なんですから。」



先生は悪霊の怨念をその身に宿す。


怨念の対象が不特定多数の人間ならば、大量虐殺が起きかねない。


だから先生にはお目付役が必要になる。


それが私だ。


先生の一番弟子にして、特別な瞳を持つ者。


特別といっても霊が見えるくらいで、他に何の変哲も無い瞳だけど・・・。


そういう御札が無ければ霊の声も聞こえないような普通の人間。


ちょっと霊が見えるだけで特別扱い。


この世界の対魔師とはそんなもの・・・。


でも先生は違う。


悪霊相手に実験を重ね、編み出された対魔術を会得している。


正確には会得させられている。


そこいらの上級対魔師とは出来が違う。


そんな先生に師事する私の実力もかなりのもの。


自分で言うのもなんだけど、事実なのだから仕方がない。


こればかりはあのイカレ対魔師に感謝する。


先生という特別を生み出してくれたことに・・・。


そして、先生と同じ時を過ごせる身体に造り替えてくれたことに・・・。



僕は特別ではない。


生きる目的を忘れ、眠りに就くことも許されず彷徨い続ける亡霊。


Living Dead.


いわばゾンビだ。


魂の抜けた器に、行き場を失った想いを注ぎ、代わりに飲み干す。


何度も・・・何度も・・・。


最早、この肉体に自分を証明するものは残っていない。


自分が自分であることの証明すらできはしない。


そんな者が特別なはずがない。


僕はただ、普通になることを許されていないだけなのだ。


それでもこの世界に、自分自身に絶望したことはなかった。


それはこの世に縛られた魂を開放する力を持っているからか、或いは未練があるからか・・・。


それすらも忘れてしまった・・・いや、忘れていた。


今ならわかる。


僕がこの世界に残り続けた理由が・・・。


僕は知っていたんだ。


姉さんがこの世界に縛られ続けていた事を・・・。


魂の何処かで感じていたんだ。


僕の使命がまだ、果たされていないことを。



先生は物忘れが酷い。


脳だけ歳をとっているのではないかと思うくらいに。


いや、それにしても酷すぎる。


私と先生はあのイカレ対魔師の下に居た頃からの付き合いだというのに・・・。


先生はその当時の事を一切憶えていない。


それで対魔の技術は鈍らないのだから、余計に腹が立つ。


技術は身体で覚えるものとはよく言ったものだ。


でもそれは、先生が悪い訳ではない。


先生の物忘れは、あのイカレ対魔師が原因なのだ。


先生は怨念の受け皿として改造されているけれど、歳をとらず死んだまま生きていること以外は普通の人間と変わりない。


脳の容量だってそうだ。


人間は理論上、一二〇歳まで生きる可能性を秘めているらしい。


脳の容量も一二〇年分あるのだから、十分に事足りるだろう。


だけど先生は、悪霊の怨念をその身に受け入れる。


怨念も人の記憶の一部だ。


対魔師として三十年もの間活動してきた先生の容量は、既に限界を超えている。


古い記憶、浅い記憶から順に溢れ出ているのだ。


私の父のせいで・・・。


昔、先生に記憶を失うことが怖くないのか訊いたことがある。


先生は言った。


「勿論、怖いさ。自分が何者で、何故ここに立っているのか忘れてしまうかも知れないのだから。」


優しい笑顔を浮かべながら・・・。


「でも、僕の使命を果たす為には、この力が必要なんだ。」


固く拳を握って・・・。


「脳に保管された記憶くらいならいくらでもくれてやる。」


決意に満ちた瞳で・・・。


「魂に刻んだ記憶で、きっとたどり着いてみせる。」


彼の魂に私の存在が刻まれることはない。


そこにはもう、彼女が居るから・・・。


だから私は彼の側に居続けるのだ。


弟子としてだって良い。


一番近くで私を感じてくれるなら・・・。


そうすれば、例え忘れてしまっても、直ぐに憶えてもらえるから。


何度でも・・・何度でも・・・。



この娘との付き合いもかなり長い。


それがいつからの事なのかは、わからないけれど・・・。


いつも僕の側に居て、支え続けてくれている。


幾度となく注がれた怨念によって、僕の記憶は書き換えられた。


この頭の中には、何処の誰かもわからない他人の記憶が混在している。


だけど、どれが僕の記憶なのかは、はっきりとわかる。


その記憶には、彼女が居るから・・・。


対魔師としての使命を果たした今、僕が僕であることを自力で証明することはできない。


姉さんを救うという目的はもう、果たされてしまったのだから。


この人格も、記憶も、僕のものである必要はもう無い。


それでも、彼女の笑顔が、呆れ顔が、僕を繋ぎ止めている。


これからは、彼女の為に生きていくのだろうか・・・。


実年齢では合法とわかってはいるが、やはりこの幼すぎる見た目は不安でしかない。


せめてもう少し、大人の姿であれば良かったのに・・・。




この世の楽園とはよく言うが・・・。


それは、あの世が楽園であることを前提にした言葉なのだろうか。


だとしたらそんな言葉は成り立たない。


あの世とは正に無。


魂だけで彷徨い続け、いつか来る転生の時をただ待ち続けるだけの空間。


こんなものなら、この世の方がよっぽど楽園と呼ぶに相応しい。


人の幸と不幸は等しく訪れると言うが、それはつまり不幸が無ければ幸も無いということ。


あの世とはそんな所だ。



仏教には一蓮托生という言葉がある。


死後の魂は蓮の華の上に生まれ変わるという考えから、死んでも一緒に居ましょうねという意味らしい。


私にはその資格が無いとでも言うのだろうか。


私が居るのは、羽衣に身を包んだ大きな天女の御前だった。



「また来てしまったのですね。」


天女は言う。


「また、とは?」


彼女に会った憶えは無いのだが・・・。


「やはり憶えていないのですね。」


天女は哀れみの瞳を向ける。


そんな瞳で見ないでほしい。


本当に自分が哀れに思えてしまう。


「弟を取り戻すのだとあんなに息巻いていたというのに・・・。」


「弟には会いました。」


「・・・そうですか。あの呪縛を自力で。」


少々の間を置いて天女は口を開く。


天女はあからさまに動揺していた。


記憶を取り戻したくらいで、そこまで驚くものだろうか。


というか、呪縛って何だ。


「あの、呪縛とは?」


「ええ、貴女には呪縛がかけられていました。大家の翁によって。」


あんの爺、一発殴っておけば良かった。


「貴女は浮遊霊として現世に戻りました。ですが、翁の陰陽術によって記憶を封じられ、あの部屋に縛られてしまったのです。」


なるほど、それで記憶が繋がらなかったのか。


「これから、どうするのですか?」


どうする?


どうするって、何をだ?


「現世での生涯を終えた者は普通、そのまま蓮の華に転生し、次の生を受けるまで待つことになります。」


「ですが時には、未練を残したままやってくる方もいるのです。丁度、今の貴女のように。」


私に、まだ未練が・・・。


「私の役目はそのような方々の選択を聞き届けることなのです。貴女はどちらを選びますか?」


弟には会えた。


短い期間だけだったけれど、共に過ごすこともできた。


彼が無事に生きているとわかった今、私に何の未練があると言うのだろう。


「私にはわかりません。」


「そうですか・・・。」


静寂が訪れる。


この静寂は少し居心地が悪い。


「貴女は憶えていますか?」


話が振り出しに戻った。


そんなに私を現世に戻したいのか。


「何をでしょうか?」


「嘗て、貴女が過ごした最も大切な時間を・・・。」


私の最も大切な時間・・・。


わからない。


私が思い出したのは、私の果たすべき使命だけだ。


生前の私がどんな時間を過ごしていたのか・・・。


そんな事は、わからない。


「思い出してください。生前の貴女が、何よりも大切にしていたものを・・・。」


「これから魂の記憶を遡ります。そこで見つけなさい。貴女が本当に護りたかったものを・・・。」




「うわぁ。家賃が安かったから即決しちゃったけど、失敗だったかしら。」


目の前に佇むアパートは、建っているのが不思議なくらいのぼろ屋だった。


錆びつき穴のあいた柱に、地面が抜けて見える階段。


朽ち果て、最早鍵が意味を成さない扉。


その扉を開いた瞬間に流れ出る湿った空気。


この部屋がどれだけの期間使われていなかったのか、なんとなく想像できた。


「こんな部屋で暮らしていけるのかしら・・・。」


ちゃんと下見をしておけば、こんな事にはならなかっただろう。


しかし私にはそれをするだけの余裕が無かった。


とにかく早く逃げ出したかったのだ。


あの悪魔の居る家から・・・。



私の父は酷い暴力男だった。


仕事こそちゃんとしてくれてはいたけれど、何かと理由をつけて私を殴った。


母は私を庇ってくれた。


今度は母に暴力の矛先が向いた。


そんな光景が私の日常だった。


私にはそれが耐えられなかった。


私が痛い思いをするのはまだいい。


でも、大好きな母が殴られている姿を見てはいられなかった。


何より、母を庇うこともできない自分の無力さが嫌だった。


だから私は家を出た。


遺書を残し、かつての自分を殺し、新たな私として・・・。


「伊波 未来」


それが私の新たな名前だ。


ここから私の未来が始まる。


そんな意味を込めて、この名をつけた。



高校卒業と共に家を出た私には、致命的にお金が無かった。


行き当たりばったりで飛び出したものだから、これからの計画も何も無い。


バイトの面接もことごとく落とされた。


風呂にも満足に入れない弊害か・・・。


そんな私を受け入れてくれた職場があった。


バイトではなく、正規の職員として・・・。


それは、とある孤児院だった。


私の境遇に同情したのか、施設の浴場や台所を自由に使わせてもらえる事になった。


ありがたい反面、私もまだ子供なのだと思い知らされた施しだった。



孤児院での仕事は上手くいっていた。


子供達とも仲良くできているし、他の先生方との仲も良好だ。


というか、私も孤児のひとりのような扱いを受けている。


それには少し不満なのだが・・・。


子供達の中で、とりわけ懐いてくれた子がいた。


「白」


苗字もなく、ただそう呼ばれている子だ。


先天性の病気で髪が真白だから「白」。


私と同じだ。


少し変わった子で、何も無い虚空をじっと見つめていることがよくあった。


他の子達と仲が悪いということはないみたいだけれど、独りで居ることの方が多かった。


先生方にもとりわけ懐いている訳でもないそんな子が、私にだけは懐いていた。


「まるで本当の姉弟みたいね。」


そんな事をよく言われた。


聞けば白は、生まれて直ぐに病院から預かりの依頼があったらしい。


夫の暴力が酷く、幼いこの子が標的になったら命が危ないからと、母親が流産を装って孤児院に預けたらしい。


病院側は警察への相談を提案したが、父親を犯罪者にしたくない、娘は私が護ると、その申し出を断ったとか・・・。


私はこれを聞いて言葉を失った。


母の境遇に酷似していたからだ。


その後、病院に掛け合って白の母親の名前を調べてもらった。


「乾 琴」


私の母だった。



白と私は血の繋がった姉弟だった。


言われてみれば、どことなく顔も似ている。


母親似の綺麗な顔だ。


これは運命の悪戯か、母の護った命が今、私の目の前にいる。


今度は私が護る番だ。


私はそう誓った。



白と私が姉弟とわかったその日、孤児院の院長に頼んで白をあの部屋に泊めることを許可してもらった。


腐った畳を張り替えたりして、幾分ましにはなった部屋で運命の再会を果たした姉弟が二人。


白は何か感じ取っていたのだろうか。


初めて会った時から、私が自分の姉だと気づいていたのだろうか。


「私がきっと護るから。」


白を抱きしめ、そう囁く。


意味を知ってか知らずか、白は満面の笑顔を返してくれた。



あれから、数日が経った。


孤児院と私の家が近かったこともあり、休日に白がひとりで部屋に来ることも屡々あった。


今日もまた、白はあの部屋にやってきていた。



「おい、この部屋の住人は女じゃなかったのかよ。」


「確かに女のはずじゃ。こんな小僧のことなど知らんわい。」


「どうすんだよ?奴らの依頼は若い女の臓器なんだろ?」


「心配はいらん。健康な小僧は色々使えるからの。代わりにこやつを渡せばよい。」


「そうかよ。ならこいつでいいか。」


大柄に男に抱えられた白を見て、私は思わず叫んでいた。


「ちょっと!何してるんですか!」


私ひとりの力で、どうにかできるはずも無いのに・・・。


「やべ!見られちまったぞ!」


「慌てるでない。この女が本来の目的じゃ。それを達成すればよかろう。」


大男の傍らには大家のお爺さんが居た。


「なんだよ。それを早く言えよ。」


「ふん。さっさと黙らせんか。」


「おうよ。」


初めから、仕組まれていた事だった。



〇月〇日


私は死んだ。


母から託された弟を危険に巻き込んだままに・・・。




「思い出しましたか?」


「・・・はい。」


思い出した、全て・・・。


私とこの世をつないでいた想いも。


天女が私を現世に戻そうとしている、その理由も。


あれから白がどんな道を歩んできたのか、私にはわからない。


だけど、白がその道を歩くことになったのは私の所為だ。


その事に、私は責任を持つべきだ。


知らないなんてことは許されない。


知って、そして見守る。


いつか白が蓮の華の上に生まれ変わるまで、ずっと・・・。


それが私の果たすべき使命だ。


「貴女の道は決まりましたか?」


「勿論です。」


思えば、私は護られてばかりだ。


「では、聞かせてください。貴女の選択を・・・。」


母に・・・、そして弟に。


護るべき存在に護られてしまった。


これでは、姉失格だ。


「今度こそ、白を私の弟を護り抜いて見せます。」


そう、今度こそ・・・最後まで。


「わかりました。では、貴女を天界の定める守護霊として彼の元へ送ります。」


「貴女の想いが、無事に果たされることを祈っています。」


天女の言葉が終わると同時に、私は光に包まれた。


視界が戻った時、私の瞳には白髪の青年と紅い瞳の幼女が映っていた。



これは、対魔師として永遠の時を生きる青年と守護霊の少女、青年を慕う幼女の物語。


悪霊の怨念をその身に宿す青年は、いつしかこう呼ばれるようになっていた。


「悪霊アパート」と・・・。



~悪霊アパート~ 完













オマケ・・・(世界観をぶち壊す為、閲覧しないことを推奨します)



「ホントに来ちゃいましたね、先生。」


「なんたって、僕の姉さんだからね。」


「姉に対して口が過ぎるのではないか?」


「茶番はここまでだよ。姉さん。」


「そうだな。ここからは黒霧の仕事だ。」


「私はのけ者ですかぁ~?」


「お前も私の可愛い妹だ。」


「えへへ。」


「それにしても、何でこんな演技をしないといけなかったのかな?」


「クラウの趣味だろう。」


「後で文句言ってやる。」


「程々にしておけよ?あやつはあれで小心者だからな。」


・・・・


「だ、そうですよ?クラウ様。」


「私は居ないと言っておけ。」


「まったく、時の支配者・クロノスともあろう御方が何を弱気な・・・。」


「うるさい!奴らは神殺しの一族、最強の三姉弟だぞ!私が敵う訳ないだろう!」


「だったら何故こんな茶番をやらせたんですか?」


「・・・面白いかなって。」


「・・・莫迦。」


「聞こえたぞ。」



これは、時の支配者・クロノスによって描かれた茶番劇。


本来の主人公はこれからこの世界に迫り来る危機に立ち向かう元・落ちこぼれの少年少女。


黒霧の三人は世界の物語を正しく導く為、陰ながら彼らを支える役目を持つ。


黒霧の面々を主体にした物語が必要だったのかと問われれば、


クラウ曰く


「この世界に存在しないはずだった者が、世界の物語に関わると歴史が変わる。」


「だから、黒霧の物語をこの世界の物語のひとつにすることで、この世界の住人として仕立て上げることに意味はある。」


とか。


後書き

祝・完結。この作品は現状、修正・添削が完了している唯一の作品です。異世界がテーマの他作品とは違い、現世をテーマにしています。人間の想いに迫るというか、そんな文学的な作品が書きたかったので、小難しい内容も織り交ぜてみました。出来がどうだとかは置いておいて、私的には満足のいく作品です。皆様の目にはどう映りましたでしょうか?さて、今回の物語は記憶を代償に除霊を行う対魔師の青年の物語でした。最後のオマケは無視してもらって構いません。寧ろ積極的に無視してください。実は兄弟だったなんて設定はアニメ・漫画に留まらず、ドラマや映画なんかでもよく見るものです。そもそも知らなかったというのはありきたりですから、記憶を無くしているから気づいていないことにしてみました。いきなり事実を突きつけても良かったのですが、何だか気に入らなかったので、読み手の皆さんには気づいてもらえるように書いています。物語の中の二人がいつ気づくのか、もどかしさを感じながら見るのが好きなんです、私が。皆様はどの段階で気づいたでしょうか?
この作品において、台詞があったのは青年、少女、教え子、大家、天女、誘拐犯の六人です。この六人、誰一人として普通の人間ではありません。天女と幽霊の少女は言うまでも無いでしょう。青年と教え子もイカレ対魔師によって不老不死の肉体を得ています。では大家は?作中でも陰陽師であることは書いていますが、実はスゴイ人なんですよ?まず大家には幽霊の姿が見えます。そして声も聞こえます。青年がアパートの住人を消した犯人だと気づいていたのも、青年と少女の会話を聞いていたからです。幽霊と会話ができる人間が普通なはずありませんからね。そして、あの御札を貼ったのも大家です。しかも自作で、その効果は霊を部屋に縛ること、記憶を封じること、霊能者から少女の姿を隠すことでした。幽霊の姿が見えるはずの青年が初め、少女を認識できていない理由がこれです。この御札は少女の魂の一部を封じており、分霊箱的な役割を持つものでもありました。青年が触れることによって、その役割も青年に移ってしまうのですが。そんな訳で、少女の姿が急に見えるようになったり、部屋から出られるようになったり、少女=姉と青年が疑うきっかけになったりしたのです。作中に少女の想いを受け止めた、という表現がありますが、それは御札に封じられた少女の記憶を垣間見たという意味です。教え子に少女の姿が見えたり、少女と青年の関係に気づいたりしているのは、青年に触れることで間接的に御札の恩恵?を受けたからという解釈で勘弁してください。若干話が逸れましたが、この物語における対魔師の程度を考えると、大家がかなりの実力者だったということがわかるのではないでしょうか。因みにアパートの住人は皆、大家の式神です。誘拐犯の男もその内のひとりでした。彼らはアパートの経営難を乗り越える為に、人身売買に手を染めたのです。不運なことに少女はその被害者一号となり、彼女の幽霊騒動の御陰でアパートは住みよく生まれ変わるのでした。
さて、あんまり細かい話をしていると文字数が大変なことになりそうなので、主要人物三人の紹介に移ります。

青年・・・本名、白。アルビノではないが、先天性の白髪。流産を装い孤児院に預けられた。幼少期から霊能力に目覚め、霊と会話することができた。ただ、人間と幽霊の区別ができなかった為、固く口を閉ざしていた。少女を初めて見た時、一目で姉だと気づいた。理由は髪の色が同じだったから。姉の住むアパートに遊びに訪れた際、誘拐されイカレ対魔師の下に売り飛ばされた。そこで対魔術を学んだ白は対魔師として大成し、怨念の受け皿としての改造手術を受けることになる。結果、不老不死の肉体まで手に入れてしまう。時は流れ、悪霊の怨念を受け入れる度に記憶を失ってきた青年は少女との再会を果たすも、自分の姉と気づくことさえできなくなっていた。少女の怨念を受け取り、断片的な記憶から少女が姉なのではと疑い始めるも、確信は持てなかった。大家を地獄に送り、少女の無念を晴らして猶、少女が自分の姉であることに確信は持てなかったが、青年は信じることにした。少女と共に過ごして感じた温もりを、そして最後に少女が遺していった言葉を。

少女・・・本名、乾 飛鳥。あのアパートに住んでいる時は「伊波 未来」と名のっていた。父親の暴力に耐えかねて家出。正規の職員として雇ってもらった孤児院で、白と出会う。白の過去を聞き、白が自分の弟であることに気づくも、白は誘拐され、自分は命を落とす。浮遊霊として現世に舞い戻るも、大家によって記憶を封じられ、アパートに縛られてしまう。その後、アパートに人を呼ぶだしにされ続けるが、その御陰で白と再会する。記憶を封じられていたために、白と自分の関係には全く気づいていなかったが、昇天の間際に思い出す。だが、全てを思い出した訳ではなく、天女の力によって全てを知った少女は弟を最後まで護り抜く為に再び現世に戻る。その後は守護霊として、白の旅を見守り続けている。

教え子・・・イカレ対魔師の娘。霊が見える瞳を持っており、十二歳にして対魔師試験を突破した才女。青年と同じ時を過ごす為に、父を唆して自分を不老の肉体に改造する実験体にさせた。その目論見は成功し、歳をとることなく、青年の横に寄り添い続けている。青年も彼女の健気さに惹かれているようだが、容姿の幼さに引け目を感じている様子。もう少し我慢していれば、本当の意味で一緒になることもできたかも知れない残念な娘。

と、こんなところでしょうか。
では、また別の作品で会いましょう。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


このSSへの評価

このSSへの応援

1件応援されています


SS好きの名無しさんから
2020-06-25 02:46:07

このSSへのコメント

1件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2020-06-28 15:39:11 ID: S:ZNJBbZ

ラブコメ要素満載では?


このSSへのオススメ


オススメ度を★で指定してください