救えない、仲間。(第7話)
世間は、バレンタインデーだのなんのかんので忙しいようですが、この話にはバレンタインデー要素はありません。
(前回のあらすじ)
優斗と茜を救出するために、優香たちが海へと向かう。
優香、由衣、咲が洞窟を見つけて、中に入るが何者かに襲撃され、倒される。
3人が倒された洞窟に他の全員が入り、3人を見つけるも愛香が今度は襲撃され、動けなくなってしまう。
襲撃してきたのは、まさかの…。優斗、だった。
目の前にいる、「元」提督は殺意をまとった目でこっちを見ていた。
近づいたら問答無用で倒す、と言わんばかりに。
朱里「ゆ、優斗…」
優斗「…」
朱里「私たちは、優斗と茜を傷つけるために来たわけじゃないから…」
優斗「…黙れ。海軍の犬ども」
朱里「だから、違うってば!!」
全力で否定する。けれども、優斗は信じようとしない。
むしろ、もっと怪しませてしまったかもしれない。
優斗「お前らも、どうせ茜を殺すつもりだろうが…!」
朱里「そんな事するわけないでしょ! 自分でいとこを殺すなんて、するわけないでしょ!!」
優斗「そこまでして俺を信じさせたいのか、お前は」
朱里「…」
朱里(ダメだ…。優斗、誰も信じる気がないみたい…。私たちの所から離れた時に何か、ひどい目にあったのかな…)
艤装を両手に持つ。もう、やるしかない。
優斗がこの状態じゃ、話もできない。茜の事は、優斗に聞かない限りは、たぶん分からない。
そのためには、優斗を嫌だけれどもここで倒して連れていくぐらいしか方法がない。
ここで、艤装を解除して戦意が無い事を示しても、今の優斗の心には少しも響かないだろう。
朱里「みんな…。戦闘準備。優斗を…。倒すよ」
心音「え…。そ、そんな事したら、お兄ちゃんが…」
朱里「気を失わせる程度でいいから。艤装の出せる出力を最低レベルにすれば、人1人は気を失わさせられる」
心音「そんな事は分かってる、けれども…」
朱里「やるしか…。ないから」
そう言って、艤装を構えなおす。春香たちも、重い表情のまま艤装を構える。
心音「こんな事…。したくない、のに…」
まさか、こんな事になるなんて艦娘になった時は、思いもしなかった。
自分の血の通った兄に向かって、自分の主砲を向ける事になるなんて。
優斗「…そう来るか」
朱里「みんな…。突撃、開始」
全員が、その一言を聞いた瞬間に優斗の方に向かって突っこんで行く。
間違って砲撃してしまったら、優斗の命が危ない。そのため、砲撃だけはできない。
せいぜい、艤装で優斗をブッ叩く程度しかできない。(それでも気を失うぐらいのダメージはある)
ただ、問題があった。
ここは、洞窟内。つまり、海上ではない。
海上ではない所で艤装を展開して戦闘なんて滅多にない。そのため、何が起こるかもさっぱり分からない。
五月雨「優斗さん…。ゴメンなさい!!」
春雨「これでも喰らってください!!」
優斗「…」
春香、愛海が最初に突っこんでくる。優斗は黙ってそこに立っていた。
優斗「…よっと」
五月雨「えっ…」コケッ。
春雨「あっ…」コケッ。
2人が突っこんできた瞬間、優斗は少し後ろに下がった。
少し下がってから数秒後、2人は優斗の目の前に倒れた。
五月雨「いったぁ…」
春雨「いたた…」
倒れている2人の首元に、立ち上がる前に手刀を優斗が喰らわせる。
五月雨「あっ…」
春雨「しまっ…」
優斗「よっ、と…。まったく、足場の悪いとこで真っ直ぐ突っ込むヤツがいるか」
朱里(…嘘でしょ!? 確かに、真っ直ぐ突っ込んだ2人も悪いけれども…。あんなに、すぐに状況を考えて即座に行動できる!?)
優斗「あと5人、か…」
朱里(マズい、このままじゃ…)
心音「こんのぉ…!」
朱里「こ、心音ちゃん! 突っこんじゃダメだって!!」
心音「お兄ちゃん、目を覚まして!! 私たちは味方だよ!!」
必死で心音が優斗に呼びかける。
最低出力で戦っているとはいえ、そこまで運動能力が下がっているわけではない。
それなのに、優斗に少しもかすらない。全部かわされている。
優斗「…」
心音「このっ…。当たってよ!!」
優斗「あんまりこんな事はしたくないけれども…。するしかないか」
心音「えっ…」
優斗「少し眠ってろ…!」ドフッ…!
心音「うぐっ…!?」
放たれた拳が、心音の腹に突き刺さった。
優斗自身も、自分の妹の腹に一発喰らわせるなんて事はしたくないだろう。だが、今の優斗の目に映るモノは敵にしか見えていない。
朱里「そ、そんな…」
海風「こうなったら、全員で一気に襲うしかないかもしれませんね…」
山風「そ、そんな事したら春香お姉ちゃんたちみたいになっちゃうかもしれないよ…」
涼風「足元注意すればいいだけだ!! 行くぞ!!」
朱里「…分かった。イッセーので行くよ!!」
朱里「いっせー、の、でっ!!」
4人が一気に優斗に向かって飛びかかる。しかし、優斗は特に苦にも感じていないような表情でこっちを見ていた。
朱里「ちょっと…。寝てろっ!!」ブンッ!!
艤装を思いっきり振り下ろす。横からは、七海と鈴奈が艤装で襲い来る。
後ろには里奈が回り込み、優斗を完全に包囲する。
優斗「…馬鹿が」バキィ!!
艤装を振り下ろした瞬間、自分の目を疑った。
優斗が、艤装を素手で抑えていたからだ。だが、優斗の手は曲がってはいけない方向に曲がりかけていた。
朱里「…え」
優斗「この程度じゃ…。俺は何ともねぇんだ、よっ!!」
そのまま、腕を横に広げる。七海と鈴奈の艤装が優斗の腕に当たる。
しかし、痛いとも言わずに2人を突き飛ばした。後ろから来た里奈は、それを見て怯えてしまっていた。
山風「そ、そんな…。お、お兄ちゃん、どうかしてるよ…」
優斗「どうかしてる…? それは、お前ら腐ったの脳ミソの方だろうがぁぁぁ!!」
急に叫んだと思ったら、今度は優斗がこっちに向かって突っこんできた。
行動する間もなく、優斗のキックが艤装に直撃する。
朱里(艤装を狙ってきた…?)
優斗「でやァ!!」ベキィッ!!
朱里「えっ…」
艤装に、ヒビが入る。
朱里(ちょ、ちょっと待ってよ!? 優斗って人間だよね!? なのに、なんでこんなに身体能力が…)
あまりにも、おかしい。優斗が、艦娘と対等に戦えるなんて…。
しかも、艤装を破壊できる程の力を持ってるのもおかしいでしょ!?
優斗「いっ…」ズッキィッッ!!
朱里「ゆ、優斗!?」
蹴り切った後、優斗が地面の上に立とうとするが上手く立てなくなっていた。
自分の艤装を蹴りあげた足をかばうように目の前に立っている。
優斗「か…。ぐ…」
血が流れ、赤く腫れてきていた。
海風「えっ…。ゆ、優斗さん…。あ、足…」
山風「ウソ、でしょ…」
涼風「ま、まさか、お、折れ、た…?」
しかし、優斗の目は殺意が収まるどころか、むしろ更に悪化していた。
絶対にここで倒すと言っているかのように。
優斗「この程度で…。痛いなんか言ってられるかぁぁぁ!!!」
痛みに耐えるためか、優斗が叫ぶ。
しかし、顔には激しい痛みをこらえているような、苦しい表情になってきていた。
優斗「ここで…。テメェらはぶっ倒す!!」ダッ…!!
全員の方に向かって今度は優斗が突っこんでくる。足の痛みなどどうでもいいと言わんばかりに。
涼風「ちょっ…。危ねっ…」
最初は、鈴奈を狙ってきた。
優斗の蹴りをかわしたかと思ったら、今度は拳が飛んでくる。
海風「だったら…。こっちもやらせてもらいます!」
朱里「これでも喰らってなさい!」
後ろから、優斗に向かって攻撃しようとする。
しかし、優斗も分かっていたかのように反応する。手と足に大ダメージを受けているのに、まったく何でもないかのように動き回るので、目の前にいる優斗がおかしく見える。
山風「ど、どうして…。なんで…。お兄ちゃんと七海お姉ちゃんたちが戦わなきゃいけないの…」
そんな光景を見ながら、里奈は動く事が出来ずにそこで立っているだけだった。
家族同然の男と、血の繋がってこそいないが、姉や妹のように過ごしている娘らが、意味のない戦いを行い、傷つき、苦しみ、倒れていく。
目に映る、この光景は地獄としか言えなかった。
山風「やめてよ…。お兄ちゃんも、お姉ちゃんも…」
山風「嫌、だよぉ…。こんなのって…」ボロボロ…。
自分だけ、戦いに参加することもなく泣いていた。
止められる力は、今の自分には、無い。だからと言って、優斗に何を言ったとしても耳に入らない。
目の前の光景は更に悪化する。
優斗の身体から血が飛び、姉同然の七海が膝から崩れ落ちる。妹同然の鈴奈が倒れる。朱里も、もう立てなくなってしまっていた。
海風「もう…。げん、かい…。です…」バタッ…。
涼風「なんで…、だよ…。おか、しいだろ、優斗…」ドサッ…。
朱里「ダメ、だ…。もう…。力が…。入らな、い…」
山風「みんな!!」
ボロボロになってしまっていて、動けなくなってしまった3人に駆け寄る。
優斗は、足を引きずりながら洞窟の奥へと歩いていく。まるで、コイツらの事なんか、どうでもいいと言っているように。
山風「お兄ちゃん…」
洞窟の奥に、優斗は消えていった。優斗が去ってから少し経った後、七海たちを安全そうな所に運ぶ。
朱里「ゴメン、里奈ちゃん…。迷惑、かけちゃって…」
山風「そんな事、ない、よ…」
全員を洞窟の外に運び終える。朱里と自分以外、みんな気を失なってしまっていて目を開けようとしない。
朱里「どうすればいいんだろうね、私たち…」
山風「分かんない…。お兄ちゃんも、私たちの言葉を聞いてくれそうにもないし…」
朱里「優斗と茜を救える方法…。もう、無いのかな…」
洞窟外で、2人は座り込んでいた。
しばらく座っていると、洞窟内から茜を背負いながら、優斗が出てきた。
朱里「ゆ、優斗!? しかも、茜も!?」
優斗「…」
2人を無視して、優斗は歩いていく。歩いていく優斗を邪魔するかのように、里奈が立ちふさがる。
山風「ど…。どこに行くの!?」
優斗「…関係ないだろ。お前らには」
山風「で、でも…。お兄ちゃん、すごいケガしてるのに、そんなに動いたら大変な事になっちゃうよ!」
優斗「別に、どうでもいい話だ。分かったら、さっさとどけよ。邪魔だ」
山風「や…。ヤダ!! 絶対にどかない!!」
涙目になりながらも、優斗の目の前から動かない。意地でも、ココを通すつもりはない。
優斗「邪魔だって…。言ってんだろうが…!」
声に、怒気がこもる。恐怖で、足が震えて、立てなくなる。
兄のように慕っていた男が、ここまで怖いと思ったのは始めてだった。
山風「ううっ…」
優斗「じゃあな、海軍の駒ども」
そのまま、優斗は歩いてどこかに向かっていった。追いかけたいが、朱里は動けるような状態ではなく、里奈は腰が抜けてしまい動けなくなってしまっていた。
どんどん、優斗が遠のいていく。気がつけば、見えなくなりつつあった。
山風「そ、そん、なぁ…」
朱里「優斗…。茜…」
目の前にいた2人は、救う事も出来すに、またどこかに行ってしまった。
ここに来るまでは晴天だった空は、黒い雲が覆い始め、暗くなっていた。
朱里「…ここにいても、危ない、みたいだね」
山風「そう、だけれども…」
朱里「残ったみんなを放っておくわけには、できない、から…」
全員を連れて、祐樹の鎮守府へと戻る。
2人しか動けない状況なので、時間はかかったが天気が狂い出す前になんとか移動させる事が出来た。
鎮守府内に戻りきってからすぐに、雪が降り始めた。
天気予報を見る限りだと、この後大荒れになるとの事だった。
山風「お兄ちゃん…」
今は、心配する事しか出来なかった。
窓の外から、海を見る。そこには、黒い雲の下で波打つ海しか見えなかった。
ーー海沿いーー
優斗「クッソ…。足も、手も…」
激痛に耐えながらここまで来たが、もう限界が近かった。
降ってくる雪で、手が凍ってしまったかのように冷たくなってしまっている。
優斗「今さっきはすぐに洞窟があったから良かったものも…」
あのままあそこに居たら、また誰かに見つかって捕まってしまうのも時間の問題だと踏んで、移動したのは間違いだったか。
移動し始めてから1時間程経ったが、何も見当たらない。
優斗(やべぇ…。痛みと寒さで身体が…)
身体に力が入らなくなり始める。立つのもきつくなってきた。
優斗「んぐっ…」
砂浜に、倒れる。茜が地面に倒れないようにするために、かばったので茜は地面につくことはなかった。
だが、立てない。腕に力を入れようとするが、動けない。
優斗(ヤバい…。意識も…。もう、ろうと…)
目の前の光景がぼやけ始める。身体の力も抜けていく。
優斗(ゴメン、茜…。俺…。もう、限界みたいだ。守りきってあげれなくて…。ゴメン…)
涙が、目から流れ落ちた。泣いても、何も起きないのは分かってるけれども。
どうにも出来なかった。
そして、優斗は目をつぶった。
雪が降る中、優斗は茜を背負ったまま、海岸で力尽きてしまった。
(次回に続く)
次回『救い』に続きます。
バレンタイン。
いろんなss作品読んで、
「そうか。今日はバレンタインデーか。
」
と言ってすごしました。
※1
悲しいなぁ…。