2021-07-22 22:14:38 更新

4話


翌日、生徒たちにとってはいつも通りの朝だった。朝早く起き、眠い中身支度をし、退屈な授業、友人たちとの談話、ただひたすら放課後を待つばかりのいつも通りの日だった。しかし、鬼塚英吉にとっては特別な日だった。赴任して2日目、まだ間もないはずだが1人の生徒のために行動する特別な日だった。


「よーし、お前らホームルームの時間なんだが出席なんてもんは面倒くせえからとらねえ。俺のホームルームが嫌なら出て行っても構わねえ。」


鬼塚の昨日とは全く違う態度に違和感を感じる生徒たち。それは穂乃果のかつての親友である海未やことりも同じだった。


「お前ら...なんで高坂をいじめたんだ?なんでクラスの仲間が不登校になったってのに誰も見向きもせず笑ってられるんだ?数学の問題解くより簡単だろ?答えてみろよ。」


鬼塚の問いかけに沈黙を貫く生徒たち。そこに海未が言葉を発した。


「先生、そんなことより今日のホームルームを早くはじめてください。その話は、私たちはしたくありません。」


海未の言葉に反応した鬼塚は、生徒全員を睨みつけた。


「そんなことだぁ?ダチの心配もできねえのか」


「ですから、あの人はもう私たちの仲間ではありません。ましてや友達などと言わないで...」


海未の言葉を遮るように鬼塚は教卓殴りつけた。教卓は壊れ、生徒たちの様子は一変し、鬼塚に恐怖を覚えた。


「そうかよ...お前ら全員そうなのか?高坂に今すぐ学校に復帰してほしいと思ってる奴はいねえのか?」


しかし、鬼塚の言葉に生徒たちは誰一人反応しなかった。クラスの誰もが高坂を必要としていなかった。


「どこまでも腐りやがってクソガキ共が...」


鬼塚はそう呟くと颯爽と教室から飛び出した。激しい物音を聞いた他の教師も廊下に出ていた。


「ちょっと鬼塚先生!今の音はなんですか!?鬼塚先生!!」


鬼塚は、他の教師の制止などものともせずに学校を飛び出し、バイクを走らせた。鬼塚が向かったのは穂むらだった。急に鬼塚が店に来たこともあり、さらには凄まじい剣幕であり、穂乃果の母は驚きを隠せなかった。


「高坂の母さん、高坂はまた自室っすか?」


「え、ええ。さっきお風呂から上がってまた部屋に戻って行きましたけど...」


「お邪魔します。」


鬼塚は、そういうとズカズカと家の中に入って行った。


「せ、先生!ちょっと!!」


穂乃果の母は、慌てて鬼塚の後を追った。


「おい、高坂。鬼塚だ。学校行くぞ。」


鬼塚の言葉に何も反応しない高坂。昨日と同じくゲームの音だけが聞こえていた。部屋の引き戸を開けようとするもなにかを引っ掛けているのか開けることはできなかった。


「先生、もう十分です...穂乃果は、もう少し時間をかけて回復させますから。」


鬼塚は、穂乃果の母の言葉を聞かず話を続けた。


「高坂、いつまで閉じこもってるつもりだ?そんなに園田や南や...康太さんとやらが気になるのか?」


鬼塚がそう行った途端、昨日と全く同じく、扉に何かをぶつける穂乃果。恐らく、康太という名前に反応したのだろう。


「何も知らないくせに...わかったようなこと言わないでよ!私はもうどこにもいかない!このままここで閉じこもって死んでやる!」


穂乃果の言葉を聞き、涙をこらえきれない母。それを見た鬼塚は、しばらくなにも話さなかった。そのうち再び部屋の中からゲームの音が聞こえ始めた。

涙を流す穂乃果の母、それを尻目に部屋に閉じこもる穂乃果、鬼塚の怒りは頂点に達した。


「お母さん、ちゃんと弁償するんで見逃して下さい。」


「えっ?」


鬼塚は、穂乃果の母にそういうと穂乃果の部屋の扉を思い切り蹴破った。突然のことで穂乃果の母、そして穂乃果自身も驚き、穂乃果は布団から思わず飛び出した。


「ちょっ...なにやってんの?!」


戸惑う穂乃果を気にも止めず、鬼塚は穂乃果を肩に抱え、外へと運び出す。


「や、やめてよ!お母さん助けて!」


穂乃果はジタバタと抵抗するが、鬼塚はビクともしない。予想外の出来事に穂乃果の母は、反応が遅れ、外に向かう鬼塚を追いかけた。

鬼塚は、外へ出ると穂乃果を下ろし、穂乃果は勢いで尻餅をついてしまった。


「どーだ高坂?久しぶりのお日様はよお。雲ひとつありやしねえ、今すぐ弁当もって遠足にでも行きたくなるだろお?」


鬼塚は、空を見上げながら自分のペースを乱さず穂乃果に声をかけた。穂乃果は鬼塚に対して抗議を始める。


「な、なによ...私のこと何も知らないくせに...もう放っといてよ!」


「いつまでも甘えてんじゃねえぞ!!」


穂乃果の抗議などかき消すかのように鬼塚の怒号が走った。


「てめえに何があったか俺にはわからねえよ。昨日来たばっかだし、誰も教えてくれねえからな。でもな、見てみろ!てめえの母さんの顔を!!泣いてる母さんの顔が見えねえのかてめえには!」


穂乃果は鬼塚の言葉を聞き、初めて母親が涙を流してることに気づいた。


「おめえが誰かに裏切られて傷つけられて痛え思いしたように...おめえの母さんもおめえの姿見て、同じ思いしてんだよ。辛いなら辛いって言えよ!助けてほしいなら助けてって叫べよ!いつまでも殻に閉じこもって、一生自分と家族傷つけるつもりかおめえは!!」


穂乃果は、鬼塚の言葉に何も言えずにいた。

鬼塚はしゃがみこみ、穂乃果に目線を合わせる。


「おめえには母さんがいて、父さんがいて、妹がいんだろうが...ちゃんと助けてくれる奴がよお。それに、学校でダチいなくなっちまって行くのが辛えなら...俺がダチになってやる。だから、また来いよ。なあに、俺がグレートな学校生活送らせてやっからよ。」


鬼塚の言葉に先程までの穂乃果の暗い表情が少しだけ和らいだ。穂乃果は、自分の気持ちを素直に話し始めた。


「で、でも...先生...私、怖いよ。あんなにも優しかったみんなが段々変わっていって...拒絶されていって...」


「だから言ったろ?おめえのダチになってやるって。助けて欲しかったらいつでも言え。地球の裏側からでも駆けつけてやっからよ。」


穂乃果は鬼塚の言葉を聞くと、少しだけ勇気を振り絞ることができた。真っ先に自室へと戻り、制服に着替え外に出た。


「えへへ...ちょっと太っちゃったかな?制服がきついや。」


「グレートだぜ高坂。」


2人は言葉を交わすと穂乃果は、母親に向かって言った。


「お母さん、今までごめんなさい。それと...行ってきます!」


穂乃果の母は、いつのまにか悲しみが喜びに変わっていた。穂乃果に向けて学校「行ってらっしゃい」と声をかけ、穂乃果は、鬼塚のバイクにまたがり学校へ向かった。

音ノ木坂の校門では、理事長が鬼塚の帰りを待っていた。


「鬼塚先生!ホームルームをほっぽり出してどこに...って、高坂さん!?」


「お、お久しぶりです!理事長!」


久しぶりに見る高坂の姿に呆気をとられるもあの時最後に見た高坂の姿とは真逆の姿だった。それを見た理事長は、少しだけ安堵することができた。


「おかえりなさい」


理事長はそう言うと鬼塚と共に高坂を教室へと向かった。教室に高坂が入った途端、クラスがざわついた。高坂が復帰するとは思っていなかったからだ。鬼塚は笑いながら言った。


「今日から復帰することになった...俺のダチの高坂穂乃果だ。今日も1日、グレートに行くぞ、おめえら。」


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