2021-07-24 03:14:12 更新

12話


鬼塚は、μ'sの元メンバー8人と病院へと向かった。陸上部の練習中だった凛だが、ことりのことを聞いた途端、慌てて鬼塚と合流したのだ。


「ことりちゃんが首吊りなんてどういうことにゃ?!」


凛は、穂乃果達の一見をまだ聞かされていなかった。希は、病院に着くまでの間に凛に今までのことを全て話した。


「ど、どうして言ってくれなかったの?!そんなことになってたなんて...」


「ごめんな、凛ちゃん。陸上部で頑張ってる凛ちゃんに心配かけたくなかったんや。」


凛は、自分のためを思った希達の行動に反論はしなかった。μ'sでの今までの活動があったからか、なんとなくだが全員の心中を察した。

病院に着いた鬼塚達は、ことりのいる病室に足を運んだ。そこには、ベッドで横たわることりの姿とその横で泣く理事長の姿があった。


「ことりちゃん...そんな...」


「だ、大丈夫よ...穂乃果ちゃん。すごく暴れるものだから...先生が麻酔で落ち着かせてくれたの...ちゃんと...ちゃんと生きてるから...」


絶望しかけた穂乃果に対し、理事長は涙ながらも現状を説明した。ことりは、自殺未遂であり、命に別状はなかった。全員が安堵したが、鬼塚は震える拳を抑えるのに必死だった。そこに理事長は、ことりの携帯を鬼塚に見せた。


「鬼塚先生、ことりは恐らくこれを見て...あんなことを...」


鬼塚は、理事長から渡されたことりの携帯を見た。それを見た瞬間、鬼塚の堪忍袋の緒が切れた。鬼の形相をしながら無言で病室を出たのだ。凛は、あまり鬼塚のことを知らないが今の鬼塚に声をかけるのはいけないと動物的本能でわかった。すれ違い様に龍二と冴島が病室に入ってきた。


「冴島、ここはお前に任せた。俺は英吉のところに行く。」


龍二はそう言うと鬼塚のあとを追った。冴島は、病室に残り理事長に今回の件で話をした。


「ことりちゃん...我を忘れてしまったとはいえ、警察や看護師に対して色々手出しちゃってるんで...辛いけどお母さんにも事情聴取とかしなきゃならないんす。すみません、すぐ終わらせますんで。」


元暴走族とは言え、警察官としての職務を全うする冴島。そんな冴島に真姫は声をかけた。


「先生は大丈夫なの?普通じゃなかったわよ、あれ。」


「英吉さんは龍二さんに任せておけば大丈夫だよ。あーなった英吉さんを止められるのは龍二さんだけだから。」


冴島の言葉を聞き、μ'sのメンバーは一旦病室を出た。


「一体、鬼塚先生は何を見たのかしら。」


にこは、鬼塚を怒らせた原因を考えていたが、鬼塚が落ち着くまでは保留にしておこうと全員で話した。

そんな中、凛は自分の今の現状に対しても頭を悩ませていた。このまま、μ'sを退き陸上部にいて良いのかと。

翌日、放課後にことりの精神は安定し退院したと言う知らせをμ'sのメンバーは耳にした。メンバーは、凛を含めて部室で昨日のことを鬼塚に聞いた。


「先生、昨日ことりちゃんの携帯になんて書いてあったんだにゃ?」


凛がそう聞くと鬼塚は目を閉じ、なんども深呼吸をしだした。恐らく、昨日のことを思い出すと冷静でいられなくなるためなんとか自分を落ち着かせようとしているのだろうと全員は思った。そして、鬼塚は口を開いた。


「飽きただとよ。」


鬼塚の言葉を最初、全員は理解できなかった。


「ど、どう言う意味?」


花陽の追求に鬼塚は昨日のことを全て話した。


「『君のことはもう飽きたからこれからは1人で頑張ってね』って書いてたんだよ。知らねえ女とのツーショット添付してな。」


鬼塚の言葉に全員が絶句した。人間とはここまで残酷で愚かなことができるのかと。そして、穂乃果はついに震える拳を机に叩きつけた。


「ふざけるな...ふざけるな!!」


あまりの怒りに体を震え上がらせる穂乃果を絵里と海未はなんとか落ち着かせた。そしてにこが口を開く。


「穂乃果の時から思ってたけど...どこまでクズなのそいつ...」


にこの口からいつも以上の毒舌が出された。そうしたいのは全員がそうだった。


「退院したとはいえこのままじゃ南があぶねえ、俺はこれから南の家に行くぜ。」


鬼塚はそう言って部室を出た。μ'sのメンバーも全員が同じ気持ちであり、ことりの家に向かった。

ことりは自宅のリビングで魂が抜けたようにソファに座っていた。まるで生きる活力を失くしたかのような娘を見た理事長はどう声をかければいいのかわからなかった。しばらくすると、鬼塚達がことりの家にやって来たが理事長は鬼塚達を引き止めた。


「ごめんなさい、みんな来てくれたのに。多分、今のことりに刺激を与えたらどうなるか...」


理事長の言葉もわからなくもない。昨日のことりの変貌を見れば、できる限り人との接触を避けようとするのは全員が理解できていた。しかし、その時、部屋の奥で物音が聞こえた。


「理事長、すんません!」


鬼塚だけでなく、嫌な予感をした全員が部屋の中に入るとことりがベランダから身を乗り出し飛び降りようとしていた。理事長は、必死に叫んだ。


「ことり!やめて!」


「もういいの...ごめんね、お母さん。もう、楽にさせて...」


ことりは、一歩でも足をずらせば落ちてしまう状態だった。穂乃果と海未は必死にことりを説得しようとした。


「お願いことりちゃん!戻って来て!」


「そうです!死んでも何もなりません!」


「なにがわかるの...友達も...好きな人も...全部失くしちゃった...人生狂わせれた私の気持ちなんてわからないよ!」


2人の説得も全く通じず、ことりは一歩もその場から動かなかった。絶望しているとはいえ、恐怖心が残っているのか足を震わせながら涙目になることり。そんな状況をただ見ていることしか出来ない一同。ことりは理事長に向かって言った。


「ごめんね、お母さん。」


そして、ことりはついにベランダから飛び降りてしまった。穂乃果はことりの手を必死に掴もうとしたが届かなかった。


「あ、あぁ...」


理事長は、その場で泣き崩れた。最愛の娘を救えなかったことを後悔していた。しかし、穂乃果が慌ててベランダから下を覗き込むと何故か安心したような顔をしてその場に座り込んだ。


「ほ、穂乃果...どうしたのよ...」


絵里が恐る恐る穂乃果と同じようにベランダから下を覗き込むと「ああ!」と驚愕した。そこには、いつの間にか車をベランダの真下に設置し、クッション代わりにしながらことりを抱きかかえる鬼塚がいた。


「おー、いててて...全国の高校生はみんなこれやるのかよ。」


そう言う鬼塚の腕の中で荒いながらもしっかりと呼吸をしていることりがいた。

部屋にいた全員が急いで鬼塚の元に走った。


「せ、先生!これって一体...」


驚く花陽に鬼塚は答えた。


「いやぁ、こういう時はよ、1回ちゃんと飛び降りた方がいいんだよ。一瞬だけど落ち着くからよ...あー、いてえ。」


背中をさすりながらことりと共に車から降りる鬼塚。ことりは、まだ自分の身になにが起きているか理解できていなかった。そして、呼吸が落ち着くと同時に鬼塚に言った。


「な、なんで...」


そんなことりに鬼塚は言った。


「どうだ、1度飛び降りた感想は?」


鬼塚の質問の意図がわからない全員は、何も言えなかった。


「ったく、冗談じゃねえよ。高坂にも同じ思いさせておいて、自分が辛いからってなんでもかんでも死んで解決しようとするなんてよ。おめえを産んでくれたのはどこのどいつだよ?おめえの人生支えてきてくれたのはどこのどいつだよ?目の前にいるおめえの母ちゃんと高坂達じゃねえのか。そんな奴らの目の前でおめえが死んだら...今度はこいつらが死にたくなるじゃねえかよ。」


鬼塚は、呆れるような言い方でことりに言い放った。


「おめえまで人の人生狂わせてどうすんだよ!?」


鬼塚の言葉は、ことりに痛いほど伝わっていた。ことりは静かに口を開いた。


「ほんとはわかってたの...死んでも意味ないって。でも...いじめられるようになって...高坂さんの気持ちが痛いほどわかって...康太さんに裏切られて...もう何もないの...もうどうしたらいいかわからないの!」


そんなことを言うことりに鬼塚は優しく指で弾いた。


「なぁに言ってんだよ。見てみろよ、いるじゃねえか。おめえの目の前に...無くなってなんかねえよ、おめえのダチはよ。」


鬼塚の指差す方をことりは見た。するとその瞬間、穂乃果がことりを抱きしめた。


「私はずっと友達だと思ってたよ。ことりちゃん。」


穂乃果の言葉を聞き、ようやくことりは自分の周りを見ることができた。そして、ようやく自分にとっての大事な友人を思い出すことができた。その瞬間、ことりの目から涙が溢れた。


「ご、ごめんなさい...穂乃果ちゃぁん!」


ことりは穂乃果を抱き返し、そして、赤子のように泣いた。ようやく、ことりも穂乃果に心を開くことができた。そんな中、海未が不満そうに口を開く。


「まったく、穂乃果...私はじゃなくて私達は、ですよ?」


「えへへ、間違えちゃった。」


そんな3人の姿を見た理事長は、かつての幼い頃の3人の姿を思い出していた。当たり前で懐かしい不思議な光景にようやく笑うことができた。


「鬼塚先生、ありがとうございます。」


理事長は、鬼塚にそう言うがふと2人のクッションになった車を見た。


「...ってあれ?これって...わ、私の車じゃないですか!?」


鬼塚とことりのクッションになった車は、理事長のものだった。よく見ると新品のように見えた。


「あ...そういえばお母さんこの間、すっごい高くて良い車買えたってはしゃいでたよね...」


ことりのその言葉に空気が凍った。その場にいたメンバーも「こいつやりやがった」と顔を青ざめていた。


「お、に、づ、か、せ、ん、せ、い?」


理事長から禍々しいオーラが湧き上がるのが見えた。鬼塚は、こっそりその場を去ろうとしていたが理事長にあっけなく捕まった。


「い、いや...ほ、ほら...見てくださいよ理事長!大事な娘の命を救うために散っていったシャボン玉のように華麗で儚き車の姿を!まるで柱の男と戦ったシー◯ーのようじゃないっすか!わっはっはっ!」


どこかの波紋使いに例えるが、理事長以外ピンときていない様子だった。そして、理事長が口を開いた。


「桜井理事長にお給料のこと報告しておきますね?」


「うおおおおおおおお?!」


鬼塚英吉、音ノ木坂学院にてタダ働き決定。


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