輝夜一夜物語
一応「」が裕樹で『』が輝夜です。
……僕には好きな人がいる。
隣の席の輝夜さん。優しくて、可愛くて、それでいてどこか不思議で……。
『……裕樹さん』
「は、はい」
『シャーペンの芯、持ってませんか?』
「あ、あります!」
『……1本分けてもらえませんか?』
「もちろん!です!」
僕は彼女に芯を渡す。その時偶然手と手が触れ合った。
彼女は顔を赤らめながら微笑む。
その表情に僕の心臓が高鳴った。
可愛いなぁ……。
彼女の笑顔を見てそう思った。……あれ?でもなんだろうこの気持ち。
今まで感じたことのない感情だ。
なんだこれ?胸の奥が痛い。恋なんだろうけど恋にしては何か違う気がする。……これが本当の初恋なんだろう。
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放課後になり、みんなそれぞれ部活や帰宅していく中、教室に一人残っている人物がいた。
輝夜さんだ。
机の上に座り足をぷらつかせている。
「何してるんですか?」
『んっ…別に何もしてませんよ?』
「ふ〜ん……」
興味なさげに返事をするとその生徒は自分の鞄からスマホを取り出しいじり始めた。
しばらく沈黙の時間が流れる。
『……』
「……」
どうにかして話題を振らないと。そう思い、口を開いた瞬間だった。
ガラガラッ!!
勢いよく扉が開かれたのだ。そこに立っていたのは担任の教師だった。
「あっれぇー!?まだ残ってたんですかぁ〜」
ニヤリとした顔を浮かべると教師はこちらに向かって歩いてくる。そして忘れ物?を取るやいなや足早に去っていった。……嫌な雰囲気だ。
直感的にそう思う。すると案の定、彼女は立ち上がり帰り支度を始めた。
「帰るんですか?」
『はい』
短く答えるとそのまま帰ろうとする彼女を慌てて引き止める。このまま別れるのはなんかダメな気がしたからだ。
「待って……下さい」
『……昨日のこと、ですか?』
それもある。
僕は昨日、彼女がとても人間とは思えない動きをしたり、空間に穴をあけたりしているところを見た。だから正直怖いという気持ちはある。だけどそれ以上に知りたいと思ったんだ。なぜあんなことをしていたのか。それに……
「あなたに興味があるんです」
……しまった!つい思っていたことが口から出てしまった。恥ずかしさで頬が熱くなる。
だがそんなことは覚悟の上だ。
『……来て』
「は、はい!」
***
校舎裏。告白の場所としてはあまりにベタすぎる場所に連れてこられた。周りを見渡すも誰もいない。本当にここなのか? 疑問に思っていると彼女は話し始めた。
『まず自己紹介しましょう。私は月影輝夜と言います。歳は16歳です』
やっぱり同い年だった。しかしここで一つ違和感を覚える。どうして今更こんな話をするのだろうか? 普通なら名前だけ言って終わりだと思うのだが……。
『私のことどう思っていますか?』
「えっと……不思議な人だと」
『そうですよね……。私自身自分が一体どういう存在なのか分かりません。ただ言えることがあるとすればそれは……』
『かぐや姫って知ってますか?』
「……はい」
『私は……月の民なんです』
「つまりーー」
『あなたとは違うんです』
「……だから何だって言うんですか」
『この事を教えたのはあなたが初めてではありません。その度にその人の記憶を消して来たんです。ずっと』
「……だから何だって言うんですか!」
『えっ?』
「あなたが何だったとしても、僕はあなたが、輝夜さんが好きなんです」
『……』
「断ってくれてもいいです。でもこれだけは言わせて下さい。僕にとって輝夜さんは初めて会った時から特別な人だったんです。初めて見た時なんてすごく綺麗な子がいるなって思いました。それから授業中にあなたの横顔を見ているうちにどんどん惹かれていって……。気づいたら好きになっていました。一目惚れっていうやつだったんです。でもそれじゃあいけないと思って自分の想いに蓋をしてきました。でももう我慢できません。お願いします。僕の彼女になっていただけないでしょうか?」
言い切った。
心臓が爆発しそうなほどドキドキする。今までの人生で一番緊張するかもしれない。
『……ありがとうございます』
彼女は僕の手を取り微笑む。
『私も……好きです』
「かっ、輝夜さん!?」
『ふふっ……。裕樹さんのそういう所が好きです』
「あぅ……」
彼女の言葉に思わず顔を赤くしてしまう。それを彼女は微笑みながら見つめていた。
『これからよろしくお願いします』
「こちらこそ……」
『……じゃあ帰りましょうか』
「えっ、あっはい」
「あの……手……」
『嫌……ですか?』
不安げに首を傾げる。その姿はとても愛らしく、僕の胸を撃ち抜いた。
「いえっ!全然!」
こうして僕らは恋人になった。
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「……そういや輝夜さんの家ってどこにあるんですか?」
『もちろん月です』
「やっぱそう、ですよね」
とはいえあんな所に人なんて住んでないと思っていたんだけど……。
『あっ。月といっても“平行世界の月”なんですけどね』
話がどんどん大きくなっていく。
「そろそろ頭がパンクしそうなので帰っていいですか……」
『ダメです。今日は泊まっていってください』
「……はい」
『昨日の穴はこれです』
「……!?」
衝撃だった。彼女は空間に穴を開け、そのまま手を引いて僕ごと入って行ったのだ。そして気がつくとそこは昨日と同じ場所にいたのである。
「どうやってここに……」
『空間移動をしました』
「空間……」
『そういえばまだお伝えしてませんでしたよね。私の能力について』
***
彼女の説明によると、空間に穴をあける能力は空間転移と呼ばれるもので、空間に穴を空けた場所には自由に行き来できるらしい。ただし、一度穴が空くと閉じるまでに時間がかかるため、あまり頻繁に使うことは出来ないそうだ。
また、空間に穴をあけられる範囲は半径5m程度で、基本的にどこへでも行けるらしい。そして、穴の先には別の世界が広がっているという。つまり異世界だ。
ちなみに、先ほどの話にあった月はこちらの世界では見えない場所にあるらしく、月影家は代々そこに住んでいるとのことだった。
そしてもう一つ分かったことがある。
空間に穴をあけると、その穴は消えるのではなくそのまま残るということだ。ただその穴を操作できるのが彼女達だけなため一概には言えないとのことだ。
最後に、彼女が空間に穴をあけているところを見たのは、昨日が初めてではないという。なんとその数は2桁にものぼるという。
改めて思う。やはりとんでもない人だと……
***
その後、家に帰ってきた僕は輝夜さんと一緒に料理を食べることにした。月の料理というと凄いのを想像するかもしれないし、僕もそうだった。
『どうぞー』
……知ってる。
これカレーだ。チキンカレーだ。
『私達月の文明は1000年前から日本と交流を続けているので日本の料理はだいたい作れるんですよ』
輝夜さんはドヤ顔で言う。可愛い。
「いただきます」
ぱくっ
『どうでしょうか?』
「美味しい!」
『良かったです…♡』
「輝夜さんって何でも出来るんですね」
『そんなことないですよ。まだまだ知らないことばっかりです』
「……そうですか」
『はい!』
その後も会話は弾んだ。好きな食べ物や趣味など他愛もない話だったがとても楽しかった。こんな時間がいつまでも続けば良いと思った。
だが楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまうもので……。
「ごちそうさまでした」
『お粗末様でした』
「じゃあ帰ります」
『……どこへですか?』
「家ですよ」
『……あの狭い部屋に、ですか?』
「うっ」
僕は1人暮らしをしている。というのも親に嫌われすぎて家を追い出されて以来1人で住んでいる。そのせいか風呂には週1でしか入れてなかったり1日1食だったりする。まぁ自業自得なんだけどね。でも流石に女の子の前で言うべきではなかったかな? 少し反省していると輝夜さんから予想外の言葉が出てきた。
『じゃあお泊まりですね』
「えっ?」
『今日は一緒に寝ましょう』
「えぇ!?」
『何ならこのまま住んじゃいます?』
「流石にそれは……輝夜さんのご両親の意志もありますから」
【私達は賛成するわよ?】
『お母さん!?』
「は、初めまして!」
【あら。あなたが輝夜の彼氏さんかしら。私は輝夜の母、瑠菜です】
「よろしくお願いします」
【それで、輝夜とはどこまでいったのかしら。まさかもう最後まで……!?】
『ちょっと!何言ってるの!?』
「えっと……まだキスすらしてません……」
『裕樹さん!?』
「あっ……」
しまったつい本音を言ってしまった。
すると輝夜さんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
『……そうですか』
「すいませんでした!」
『いえ謝らないでください……。その……嬉しいですし//』
「そ、そうなんですか?」
『はいっ。では、これからもずっと一緒ということでいいですか?』
「はい」
---
『ふぅ〜。今日は疲れました』
「そうですね……」
『おやすみなさい』
「はい」
翌日。学校にて。
「……」
『……ふふっ』
「あうっ」
一応付き合っていることは隠しておこうと決めたのだが、たまに輝夜さんが僕の腕に抱きついてくるものだから、クラスメイトの視線が痛かった。
ちなみに、昨日は輝夜さんが僕の家に泊まった。もちろん何もしていない。布団すら別なんだから。でも、それだけで幸せだった。
「ちょっ…あの……」
『恋人なんですから♡』
「いやあの……」
『ダメですか?』
「だ、だめじゃないですけど……」
『やった♪』
「……可愛い」
『んっ!?』
「あ、声出て……ました?」
『は、はぃ……//』
「ごめんなさい」
『別にいいですよ//……あなたになら♡』
「かっ可愛い…です」
『も、もうっ……恥ずかしいですよぉ……//』
「かわいい……かわ……い……ぐはっ」
『裕樹さん!?大丈夫ですか!?』
「だ、だいじょうぶ……れす」
『全然大丈夫そうではありません……』
「……んっ?あ、あれっ」
『大丈夫、ですか?』
「ああ…あれっ!?」
このアングルから輝夜さんの顔が見えるということは……今僕の頭があるのって……。
『どうやら軽い貧血になってたようです』
「そうだったんだ……」
…………。
『ど、どうしました?』
「えっ?」
『何だか顔色が優れないようです』
「い、いや何でもないです」
『なんでもないわけ無いですよ……ほらっ』
「うっ……これは」
『今はしばらくこうしてましょう?』
「い、いやぁ……」
『嫌なんですか……』
「いやそういう訳じゃなくてですね……」
『じゃあ……』
「はい」
結局僕はそのままの状態でしばらくいることになった。
***
『……雨、ですね』
「そうですね」
『転移すればすぐですからこういう時便利なんです』
「……」
『裕樹さん?』
「あ、ご、ごめん。ぼーっとしててさ」
『そうですか……』
「……」
『……』
どうしよう会話がない。
何か言わないと!
「あのっ!」
『あのっ!』
被った……。
「……傘使わなくて良いの、便利ですよね」
『とはいえ使う時は使うんですけどね』
相合傘もできないもんな……。
「じゃあ帰りましょうか」
『はい。……あっ、あれ?』
「どうしましたか?」
『……ここの転移ゲート、壊れちゃったみたいです』
「帰れないじゃないですか!?」
『じゃあ……』
「僕の家2人眠れるほど広くないです!」
『……だめ、ですか?』
しょうがないか。
***
傘持って来てて良かったな。あれ?
「……傘、忘れちゃいました?」
彼女はこくりと頷く。
「一緒に入ります?折りたたみの小さい奴ですが……」
『はいっ』
笑顔で返事をされた。こんなことでも嬉しく思うのはやっぱり好きなんだろうなと思う。
『あなたの肩濡れていませんか?』
「えぇまぁ……」
『私が濡れる分には構いませんがあなたが濡らすのは許しません』
「あ、ありがとうございます」
『だからもっとくっつきましょ?』
とんっ
「(んんん~~~っ!?)」
『そっち濡れてませんか?』
「ひゃいっ……」
『ちゃんと答えてください』
「い、いえまったく!」
『ならよかったです』
「……」
心臓が持たないかもしれない……。
『そっち濡れてますよ?』
「は、はい……」
『私がくっつけば濡れなくなりましたよね』
「は、はい」……。
「『ふふっ』」
何かおかしくなった。
「……ここです」
『入りましょうか』
----
「ただいまー」
『お邪魔します』
玄関に入ってすぐに輝夜さんを抱きしめた。
『……おかえりなさい』
……なんか凄いなこれ。すごく幸せだ……。
『んむっ!?』
「……何か、その…そういう気分になってしまって、ですね」
『こういう事、したかったんですね……♡』
「あぅっ」
『可愛い声出ましたね……♡』
「ぐっ……」
耳元で囁かれるとぞくっとしてしまうのだ。
というか、輝夜さんの声は反則級だと思います。駄目です。
***
「晩ご飯は何が良いですか?」
『……和食?』
「肉じゃがにしましょうか」
『はい♪︎』
「どうぞ」
『いただきます』
ぱくっ
「お口に合えば良いのですがーー」
『美味しいです』
「それは何より……って早いですね!?」
『裕樹さんの料理はどれも大好きなので』
「ありがとう、ございます……」
『照れてるのも好きですよ♡』
「ぐっ……」
『……可愛いです♡』
「からかわないで下さいよ……輝夜さんのが可愛いですから」
『……っ//』
「あっ、いや…事実です!」
『……もぉ///』
ずっとこの時間が続けばいいのになと思った。
***
「歯ブラシはこっち使ってくださいね」
『洗面所綺麗にしてるんですね』
「一応毎日掃除してますから」
『私の部屋は汚いですよ?』
「……?」
『お風呂はないんですね』
「たまに近くの銭湯に行くぐらいです」
『ワンルームって狭いですね』
「まあこんなもんだと思いますよ?」
実際かなり狭い方ではある。
『そうですか……私は結構広いと思っていますが』
「えっ、そんなに広く無いでしょう」
『そう思いたいだけかもしれません』
「?」
『何でもありません』
良く分からなかった。というか、何やら聞き覚えのあるような話だった気がする。
「シャワーはあるので使ってください」
『はい』
僕はいつも通り自分の布団に入った。
『一緒に寝たりはしないんですか?』
「これ1人用ですからね……」
『じゃあ、私もそちらに行っても良いですか?』
「……どうぞ」
正直言うとこういう展開を望んでいなかった訳じゃない。
『失礼します』
僕の背中側からゆっくりと入ってくる彼女の体温が伝わってくる。
『あったかい……』
「そう、ですね……」
脈拍すら伝わるぐらいに近い。
『ドキドキしているのが聞こえます』
「そりゃ、輝夜さんがこんなに近くにいるんですから……」
『嬉しいです』
「そ、そうですか……」
『もしかして照れていますか?』
「ち、違います!」
『可愛いです♡』
「輝夜さんより可愛いものなんてないです」
『……ん~っ!?///』
「可愛いですよ」
『ずるい、ですっ///』
後ろで頬を膨らませているであろう姿が容易に想像できた。……可愛すぎるんだよなぁ……。
『あなただって、かわいい、じゃないですか……』
「……」
『すぅ……』
「(眠ったのか)」
それにしたって僕は男だ。できればかっこいいと言ってほしいのだが……。
『すぅ…すぅ……』
「……可愛い」
翌日。
「体育祭ですね」
『はい!がんばりましょう!』
「えぇ、もちろん頑張りますけど……なんでジャージ姿?」
体操服に身を包んだ輝夜さんがいた。……いやまあ、なんでも似合うと思うけれど……。
---
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「そろそろ始まりそうだな……」
5月30日土曜日。今日は体育祭だ。
「あ、あのー……大丈夫ですか?」
1人の女性徒に声をかけられた。彼女は確か同じクラスの子だったはずだ……。名前は……。
「あーうん、平気だよ?心配してくれてありがと」
「いえ、顔色悪いかなと思って」
……まあ運動はふつうだし。
「彼女、見てるんだって?」
「まあね」
「がんばれ!」
「はいはい」
***
相変わらず輝夜さんは凄い。いとも簡単に1位を取る。
『どうでしたかー?』
「良かったですよー!」
楽しい。ただそれしか出てこない。
---
「わーい」
『楽しかったですね』
運動会が終わり、家に帰って来たところだ。
「晩ご飯は何にしようか……」
『手伝わせてください!』
「ありがとうございます」
結局カレーになった。
「いただきます!」
ぱくっ……美味しい!
『どうですか?』
「めっちゃおいしいですよ!」
『ふふん♪』
とても嬉しそうな様子で微笑む輝夜さんを見て、なんだか少し心が温まる感じがした。
『お風呂入れますね』
「はい」
あの家は引き払って輝夜さんの家に住まわせてもらえることになった。正直、こんなに良い物件は無いだろう。家賃はいらないし風呂は広いしベッドも部屋もある。何より輝夜さんがこんなに近くに居る。最高だ。
『じゃあ入りますね』
「行ってらっしゃい」
【一緒に入らないの?】
『ちょっ、ちょっと……やめてよ』
【ふっふっふっ、冗談よ。ごゆっくり】
『もぉ~っ』
輝夜さんがお風呂場に入っていった後、彼女の母親に話しかけられた。
【裕樹くん、だっけ?】
「はい」
【あの子が人間じゃないってこと、知ってるわよね?】
「もちろんです」
【あの子、人間のこと好きなんだけどね……昔はその力をセーブできなくて、いろいろあったのよ。だから、もし何かあったら助けてあげてほしいなって……】
「そんなの、当たり前じゃないですか」
【あら、そう。なら安心できるわね。よろしく頼むわよ】
「任せてください」
彼女はこの先もずっと僕と一緒にいてくれるのかなぁ。
【……それから】
「はい?」
【一応あの子、まだ処女だからね】
「ふぁっ!?」
【あれでも気にしてるからさ……】
「そ、そういうことは言わないでください!」
【はいはいww……まあ、あんた次第だけど。私は応援するからね♪︎】
多分だけど、この人には勝てない気がする。
『ん~……』
「どうしました?」
『眠たいです……寝ても……いいですか?』
「もちろんです。あ、電気消しましょうか?」
『ううん……このままで……』
「わかりました」
『……』
「……」
明るいと寝づらいな……。彼女はもう寝てしまったようだし。
明日は休みだったかな。とりあえず朝起きたときに聞けばいいだろう……。
翌朝。いつものように目が覚めた僕は隣を見ると……。
『すぅ……すぅ……』
「えぇ……」
輝夜さんが僕の腕を抱きながら眠っていた。
これ、どうやって抜け出せばいいんだ!?起こしてしまうのも申し訳ないし……。
---
腕が痛い。
彼女は軽いとはいえ、1人の全体重が乗っているとなればそれなりに重いのだ。
「(誰か……早く来て……)」
『んぅ……』
あ、起きちゃった……。
「おはようございます」
『はい……おはようございます』
「えっと…いつまでこうしていれば……」
『もう少しだけ……お願いします……♡』
「えっ、あっはい」
『……んっ♡』
頼むから寝返りを打たないでー!
「腕が…痺れ……」
『すみませんっ……』
「いえいえ」
……しばらく動けなかったのは言うまでもないだろう。
---
【いやー昨日はどうなったのかしらねぇ?】
『ちょっと!』
「まあまあいいんじゃないでしょうか」
『裕樹さんもなんでスルー出来るんですか!』
「2人で寝て……その後腕枕を……」
【ほーう?】
「それからは特に……」
【ふーん♪︎】
「ニヤつかないで下さいよ!」
『ふふっ……』
「輝夜さんは笑わない!」
【でも初心すぎるのも考えものよねぇ?】
「いやまあ、それは確かにそうなんでしょうけど……」
『裕樹さんってやっぱり優しいですよね』
「輝夜さんまで!」
【ま、これからも仲良くね♪】
「わかってますよ」
『私もですよ?』
「もちろんです!」
『そういえば今日は休みですし、どこかに行ってみませんか?』
「良いですね」
うーむ。手持ちなんてない。
【はいこれ】
「……!?」
こっそり5万円を渡さないで下さい……。
****
いわゆる「デート」というものだ。とりあえず持ってる服で間に合わせたけど、大丈夫だろうか。
『裕樹さん、お待たせしました』
「全然待ってま…せ……」
今日の輝夜さんは普段よりもオシャレをしている。やはり女の子なので、こういう時くらいはちゃんとしないといけないらしい。
『どこに行きますか?』
「輝夜、さん…それ……どうしたんですか?」
『へ?何のことですか?』
「その衣装」
『あ……これはこの前買ったんです!』
かなり高そうだ。家の広さといい、ひょっとしなくても彼女の家は相当お金持ちなのではないか。そんなことを考えていると、いきなり手を引っ張られた。
「わっ」
『さ、いきましょう』
「ちょっ……引っ張らないでくださいよ」
『ふふっ♡楽しいです……ね♡』
「僕もです」
とりあえず……この服何とかしよう。
『ここのお店、一度入ってみたくて……』
「へぇ~」
意外にも落ち着いた雰囲気のカフェだ。店内にはジャズっぽい音楽が流れていて、いかにも女子が好きそうな感じ。
『ここにしましょっか』
「はい。あの、お金は割り勘に……」
『ん?』
「……お願いします」
“圧”に負けるなんてなぁ……。
「おまたせしました」
『とても美味しそうです!』
「……」
メニューの写真を見る限り、僕には少し量が多い気がする。だが、残すのは絶対にしたくない……。
「いただきます」
『いただきます』
「……」
『おいしいです』
「本当ですか」
『はい。あ、食べ過ぎですかね?』
「いっぱい食べる人は好きです」
『じゃあ頑張ってたくさん食べないと!』
「無理しない程度にしておいてくださいね」
『はい!』
微笑ましい光景である。
『そっちもらって良いですか?』
「どうぞ。はい」
『……むーっ』
「?」
彼女はおもむろに口を開ける。これあれか?“あーんして”って事か!?いやでも……恥ずかしいな。
『……ダメ……ですか……?』
上目遣い……。こんなことされたら断れるわけないじゃないか!
「はい、あーん……」
『あっ……うんっ♡』
「えっと……もう一回しますか?」
『うんっ♡』
「じゃあはい、あーん」
『……んむっ♡』
美味しそうに食べるなぁ……えっもっと?
『はい♡』
「はいはい」
結局全部を食べさせたところで限界がやってきた。
『ごちそうさまでした!』
「満足していただけましたか?」
『はいっ!また来たいですっ』
「是非とも」
僕は一口も食べてないのは……言わないでおこうかな。幸せそうだからね。
「次はどこに行ってみます?」
『服が欲しいです』
「分かりました」
それからしばらく買い物を続けた後、今度は靴屋さんに向かった。
『これどうですか?』
「可愛いと思います」
『こっちは?』
「似合っていますよ」
『もう……そういうのいいですから……♡』
「え……」
『こういう時は決めなきゃ駄目ですよぉ♡』
「じゃあ左ですかね」
『違いますよね?』
なんだろう。よくわからないけど怒らせてしまったらしい。
「すみません……」
『うぅ……そうじゃなくて、謝ってほしい訳じゃないんです……よ?』
「輝夜さん、僕ファッションセンスないので分からないんですよ。だから教えてくれませんか?こういうの」
『ふふっ♡じゃあ私にお任せくださいっ!』
「お願いします」
****
『どうでしょうか?』
試着室の中から出てきた彼女。その姿はとても可愛らしく、見惚れてしまうほどだ。
「すごい……」
『へ?』
「すごく綺麗ですよ!」
『き、綺麗……ですか……?』
「はい。本当に凄くかわいいです」
『……あ、ありがとうございます……///』
この後、店員さんの生暖かい視線を感じながら会計を済ませた。
『次は裕樹さんの番です』
「お願いします」
『お任せください!全力でコーディネートさせて頂きますね♡』
なんだこの笑顔。ちょっと怖いんだけど。
「これが似合うと思うんです」
『これは……?』
「Tシャツです」
Tシャツか。確かに無難かもしれない。
『下はこれなんかどうでしょうか?』
「お任せしますよ」
『ではこちらに……』
数分後。
「お待たせしました」
『ほ、ほんとにこれで大丈夫ですか?』
「はい」
「とても良くお似合いです」
『あ、ありがとう……ございます……』
そしてその後、自分の服も買い終えた。
『いっぱい買っちゃいました』
「そうですね」
『それじゃあ後は……あっ!』
「っと!大丈夫ですか?」
『……しばらくこのままで///♡』
「そう、しましょうか」
『はいっ♪』
その後しばらく2人で店を歩いていたが、突然彼女が立ち止まった。
『どうかしました?』
「いえ」
ただの気まぐれだろうか。
『もう少しゆっくり回りたいのですが、良いですか?』
「もちろんですよ」
『ありがとうございます』
「あれ、ここって……」
『あ、はい。映画館です』
なるほど。ゆっくり2時間を過ごすには丁度良い場所か。
『この映画、前から見てみたくて……』
「へぇ~。何の映画ですか?」
『恋愛映画です。前に友達と見に行ったら泣いちゃって……』
「なにか思い入れでもあるのですか?」
『実はその時に好きな人ができて、告白したら見事に玉砕してしまって……』
「それは……」
悲しい思い出じゃないか。そんな話を軽々しく聞いてしまった……。
『でも今思えばいい思い出です。あの時の私は恋に興味が無かったんだと思います』
「そうなんですか」
『でも今は……大切な人ができました♡』
「なら良かったです」
それが僕であってほしいと思いつつ、映画館の中に入る。
****
『面白かったです』
「そうでしたか。僕も楽しめました」
2時間半が終わり、外はすっかり暗くなっていた。
『もうこんな時間なんですね』
「本当ですね」
急いで帰らないと……いや。その前に1つやりたいことがあるんだった。
「輝夜さん」
『はい?』
「先程はなし崩し的に抱きついてきましたが……僕達は改めて、ハグというものをするべきだと思うんです」
『……はい』
「……良い、ですか?」
『ふふっ』
「えっ?」
『……いつでも抱き締めて下さいね♡』
「じ、じゃあーー」
『どうぞ♡』
「……失礼します」
彼女の身体はとても柔らかく、甘い匂いがする。まるで麻薬のように脳を犯していく感覚。ずっとこうして居たいと思えるような。
『ふふっ♡』
彼女は僕の耳元で優しく囁いた。
『大好きですよ……♡』
「僕も好きです」
ああ。楽園なんてここにあったんだな。
****
「ふぅ……」
シャワーを浴び終え、ベッドにダイブする。今日はとても充実していた気がする。
『ガチャッ』
ドアが開く音と共に現れた彼女。
『えへへっ♡』
「どうしたんですか?」
『一緒に寝たいなぁって……♡』
「あっ!は、はい!」
『じゃあ失礼しまぁす♡』
彼女も自分の布団に潜り込んでくる。
『裕樹さんの温もりを感じます♡』
「そう、ですかね?というより暑いですけど」
『冷房付けますか?』
「お願いします」
涼しくなってきた所で会話を再開する。
「そろそろ明日の準備をしなくてはいけませんね」
『……むぅ』
「……どうしました?」
『また敬語になっていますよ?』
「うぐっ」
『さっきまであんなに親密になったと思っていたのに……』
「ごめんなさい」
『ダメです。許しません』
「許してよ」
『ちゅーしないと許さないもんっ』
「分かったから」
彼女にキスをすると、幸せそうに微笑みながら言う。
『これくらいで許してあげます♡』
「これからは気をつけるよ」
『お願いしますね?』
「うん」
『それと……ちゃんと責任取ってくださいね?』
「せきにん?えっと、どういう意味ですか?」
『もうっ!分かりました!』
何か……良いな。
今回、初めて20000文字を超えてしまいました。読みづらく感じてしまったかもしれません。
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