2018-09-25 02:48:27 更新

概要

雷「吐き気がする……」死と愛の繁忙期、夏。ここは信望を集めないと物資化して死する命が暮らす転生郷。人間出荷工場、魂の回収者、王政。狂った声時雨の中を小さな体で駆け抜ける雷&龍驤&弥生の戦後任務編です。


前書き

↓注意事項をご確認ください。

・シロートの拙い台本形式、一人称、三人称、複数視点、お話ごとに変わって読者の混乱を招くと思われます。

・相変わらずの誤字脱字。気を付けますが、前以て。

・誤字脱字修正の更新多し。

・顔文字や絵文字の使用を不愉快に思う方。

・本編の更新に間が空くのを嫌う方。

・今 回 は 人 が 死 に ま す。

相変わらずやりたい放題なので穏やかな海のように広い心をお持ちの方のみお進みください。





【1ワ●:雷電のサンダーソニア】



響「……っ」


深海棲艦化している電を見て、響が怯えた声を出した。様々な深海棲艦の艤装が皮膚と結合していた電の姿は、化物そのものだ。事前に聞かされて覚悟していたことはいえ、あまりに電の部分が少なくて、存在が有罪判定の深海棲艦にしか映らない。


暁「私は電のこと、電だとしか思わないからっ!」


暁はこういう時に強くなる。いつもはお子様扱いを受けちゃうんだけど、本当の土壇場では姉らしさを発揮するのだ。だけど、この時かけた言葉の全てが間違いだったのよね。電にとってこの時の私達はまだ会って日が浅い少女A、B、Cなのだ。


――――私の暁お姉ちゃんは、前世代の暁。アカデミーで仲良くなって、珊瑚で空母棲姫に沈められた人です。


――――別にテメーらとは艤装をつける前にお友達だったわけじゃない。お手紙と少し会って喋っただけで、そこまで私を気にかけるのは、 ただの姉妹艦効果に過ぎない。


だから


偽物だ、消えろ!


私の暁お姉ちゃんは、前世代の暁お姉ちゃんのみです。電とはアカデミーで仲良くなって、珊瑚で私を守って死んだんです。コイツに殺されて――――


トランスしたのは空母棲姫だった。夢見で何度も見た。私達の艤装は前世代のお古だから、その珊瑚の海の記憶は強烈だった。抗えない力になぶり殺され、生が長引くだけ苦痛を味わうのに、生きようともがいて、結局、死んだ。


いつの間にか、場には私しかいなくなっていた。暁と響は限界が訪れたのか、走って去ってしまったのだ。私は途中から電の言葉をまともに聞いていられないほどに呆けていたからいまだにここにいられただけだ。


大体、予想がついた。

なぜ電がこんな風になったのか。実験の痕跡と、艦娘が深海棲艦の艤装を展開できる。それがあの珊瑚で初めての姉妹を失ったことが原因だろうなって、なんとなく分かった。力が欲しかったのだろう。私と電の性能は、暁や響と比べて弱い。


つけこまれたに違いない。その結果、仇であるはずの敵と一体化して、苦悩に苛まれたに違いない。力を得た代償に心を破壊された。


殺して、と電がいったのは聞こえた。


雷「嫌よ」


目の前の私達を「偽物だ、消えろ」といってなお、私達を殺さないで自分が死ぬことを選ぼうとすることは電の優しさがまだ残っているからだ、と思えた。


殺して、というのは電に甘えられているようにも思えた。


私の親が持っていたアパート、そこに住んでいたみんなを思い出していた。


とある投資家の人が、私の家の小さなボランティア団体に大きな額を寄付したのだ。その寄付の一部で田舎に家を作って、恵まれない人達に貸してあげていた。入居する中に不思議と悪い人はいなかった。


15人が倍の30人になった。15人が新たな場所へと旅立っていった。新しく15名が入ってきて、また誰かが外の世界に旅立って、8部屋の2LDKのアパートはどこに遊びに行っても、みんなが笑っていた。


社会に旅立つ時、ありがとうございました、と感謝を述べられた。本当に俺、ダメだと思いました。他人の自分にここまでしてくれて、ありがとう。このご恩は忘れません。大の男が泣いているのを見た。


出ていったみんなは、夏や冬になるとお土産を持って顔を出しに戻ってきた。始まりの15人は、後から来た100人の人と仲良くなって、仲良しの輪が広がっていく。


人に頼られる存在でありなさい。


あの時は小さすぎたから、母の言葉の深さはよく分からなかった。


頼られる存在。世の中にはきっとそっちの人のほうが必要だと思えた。落ちているゴミも拾ったし、やりたがらないクラスの役員も進んでなった。捨てられた動物だって必死に飼い主を探し回った。でも、あの子に宿題を写させたのはよくよく考えれば失敗だったわね。


電「いつまでぼさっと突っ立ってんだテメーは」


雷「そっちが私を頼るまで」


雷「今ここから仲良くなっていけるだろうし」


電「失、せ、ろ?」


根比べは夜空が白むまで続いた。元帥と大淀さんが来て、私は研究部の部屋から連れ出されて、「お疲れ様です。雷さんのお陰で光が見えました」と白衣を着た夕張さんがいった。今の会話のどこかに光があったのならなによりだ。


電についていてくれないか、と元帥と大淀さんに頼まれた。


雷「まっかせなさい!」

私は一つ返事で答える。


電と私は研究部で、一年近くの時をともに過ごした。お花の世話も一緒にしたし、私もお花に詳しくなったわ。時々、暁や響も申し訳なさそうな顔をしてやって来たし、間宮さんからお手紙も時々届いた。「あの鎮守府、再建するんだって」と私がいうと、電は舌打ちで返事した。


なのです、とかまた語尾につけ始めたのは半年くらい経った後ね。

はにゃー、は聞いたことないわね。そんなこという電じゃなかったしね。


言葉遣いは相変わらず悪いけど、外様には猫をかぶって電を演じるようにもなっていた。戦艦空母のお姉さんには完全に電を演じていたわね。ただ完全な電には結局戻ることはなかった。お花を愛でている時の彼女は、どう見ても電だけどね。


結局、私じゃなくて司令官が電を救っちゃったのよね。

でもあの時は本当に報われた気分になったわ。司令官もダメダメだったけど、電との相性は悪くなかった。戦争終結です。生温いのです。なんだかお互いのダメなところががっちりと噛み合って回っているような間柄だったからね。


電は今となっては私を雷お姉ちゃん、というけど。


本気で姉だと思っていないのは分かってる。間宮亭の宴会場で電は「私のお姉ちゃんズは珊瑚の時に死んだお姉ちゃんズ」って断言したからね。だから私達のことを「新しいお友達なのです」とそういった。そういうことなんでしょうね。あの海は私達を奇妙な関係にした。


「●ワ●」


雷「なにかしら」


この表情だけは本当に慣れなかったわ。電も気付いてなさそうだけど、無意識にその顔になってる時もあるのよね。深海棲艦オーラ駄々もれだから、怖いのよ。姫鬼7種の艤装を扱えるぶっちぎりの軍の最高戦力だから尚更よ。


電が間宮さんのいる鎮守府に戻ることが決まったその日のことね。私は相変わらずウザがられていたし、珊瑚の記憶を思い出して、鎮守府で変に暴走されても困るから乙中将の鎮守府にお世話になることに決まってた。


お別れの日に、


電「ちあき、あかりこさん」


電は私の戸籍名を呼んだ。


電「綺麗な名前なのです。千の明かりを灯す子供と書くのでしょう」


雷「雷でお願いするわ」


電「このお花、あげるのです」


差し出されたのは、電が育てていたお花の一つだった。一つの花の茎が空に伸びて、茎からたくさん伸びる葉先にお花が咲いている。花は地面にうつむいている黄色のチューリップみたいだ。なんだか夏の風が吹けば、涼やかな鈴の音が聞こえてきそう。


雷「なんてお花?」


電「花色は明るいのに、花が頭を垂れるようにうつむいていて暗いでしょう」


雷「そうね。色は雷からイメージできる色だけど、花が垂れているわ」


電「ブラック・サンダーという名の花なのです。私とお友達になりたければテメーも暗黒面に堕ちてくるのです、という意味を込めたプレゼントなのです」


「●ワ●」キャッキャ


後から知ったんだけど、大嘘よ。


その花はサンダーソニアという名前だった。

あの時、私の戸籍名を呼んだのも理由があったみたいね。この花は別名でチャイニーズランタンというみたい。私の戸籍名の明かりを灯す、という漢字の書き方からイメージしてプレゼントしてくれたモノなんだと思う。


雷「花言葉は? 電、詳しいわよね」


電「詳しいですが、花言葉は好きじゃねーのです」


舌打ち混じりにいった。


電「贈る際の花言葉は個人のイメージによって決められるべきものだと思っていますので、協会が決めた花言葉で固定化するのは、本来のお花の美しさを制限すると思うのです」


電「なので、解釈は任せます」


雷「答えちょうだい」


電「テメーがしず、」


そこで言葉を止めた。答えたくないのか黙りこんだ。


色々と調べたけど、多分電が込めた花言葉は、祈り、でしょうね。


私が沈まないようにって。


ここで私も電を本当の意味で妹だと思うようになったわね。


この電は電らしさが吹き飛んだ適性率2%の電だ。

ああやって優しさは出すけど、どこか素直になれずにいる。最近、そんな感じの電も可愛いらしいと思うようになった。


電「テメーみたいたのはいつか必ず」


電「陸で沈む羽目になる」


よく分からない。


………………


………………


提督「雷さん、聞いてますか」


雷「資料の内容は昨夜に司令官から聞いたし、改めるまでもないわ。陽炎ちゃんとブレイドさんが割った情報、転生郷、ピーターズ、声の力とかね」


提督「物覚え良くて助かりますよ……」


提督「ただ3つ警告です。現海界ポイントが絞れないので獅子さんとなんとかして早く合流すること。問題は犯さないこと」


雷「最後の一つは」


提督「電さんの力で開花させたものの、あなたの想力工作補助施設はまだ開発出来ていないです。もしかしたら向こうの世界で突発的に開花するかもしれないです」


雷「分かった!」


獅子「そういや准将、お嬢は鎮守府ではどんな感じでした?」


獅子「聞きたかったんですが、鎮守府の連中に喋りかけんなって釘を刺されたもんで」


提督「鎮守府全体の掃除や、わるさめ&瑞鶴さんの部屋の整理整頓もですね。5S改革まで提唱して鎮守府の活動能力があがりました。自分と秘書の初霜さんでも間に合わない執務を手伝ってくれて、わるさめさんに殺されそうになった時は命まで助けてもらいましたし……」


提督「ただね、誰かに頼られるのを愛好している節がありますので」


獅子「悪いところも健在ですか」


提督「……雷さん、自分も昔、あなたのような優しさに出会いました。ですが、誰かに頼られるのが好きって、けっこう危ないんですよ。あなたは戦後復興妖精と契約したことで、想力の加護を受けていたから綺麗な話になったんでしょうけど」


提督「恩を仇で返された時、心がポキッと折れてしまうかもしれません」


提督「いや、失言でしたね。人の心というのは自分よりあなたのほうがよく知っている分野だ」


電「そこに関しては全くなのです」


電「この人は大丈夫ですよ」


獅子「電さんと同意見ですわ」


電「私の名を呼ぶんじゃねーのです。キマイラがみんなにトラウマを植え付けたこと、こんな短期間で許すほど私は甘くないのです」


獅子「恥を忍んで俺がここにいる意味も考慮してくださいよ」


提督「それではサーバー情報をもう一度」


――――


『サーバー3:転生郷』


『難易度 甲』


『入手目標:マーシュローズ』


『ログイン可・兵士:雷、龍驤、弥生、卯月、間宮、電』


『ログイン可・助っ人:獅子』


『ログイン可提督勢:元帥、甲大将、准将』


――――


提督「以上です。ただ奇妙なことに今の段階でログイン出来るのは雷さんと獅子さんのみです。なにか向こうでギミック解除的な仕掛けがあるそうですね。二人は合流したら、偶然力を信じて行動してください」


提督「世界観が今までとは違って格段に物騒なので、問題は極力起こさない方向でお願いします」


獅子「……了解」


厳しそうね。難易度高いのに荒事に強いタイプの兵士が少ない。


提督「雷さん、本当に、自重を心がけてくださいね?」


雷「うん、保証は出来ないけどがんばるわ!」


そういえば最後の海で帰還した時に、一歩間違えればダメンズ製造機になるって司令官からいわれたわね。


空回りしちゃう時も確かにあるわ。でも私は断じて人をダメダメにしたい訳じゃないのよ。


そこは分かってね。









【2ワ●:戦後任務編 雷&弥生&龍驤】


           👑


濡れた雑誌と、割れたビール瓶にチキンの食べかけの骨や等々の生ごみの悪臭が鼻をつく汚い路地だ。カラスが電線に数羽止まっているし、遠くの空にはハゲワシみたいなのも舞っている不吉な空だ。青色の吹きぬけた大空もどんよりと曇ってみえるのは、近くの工場から噴出している排気ガスのせいだろう。居心地と空気が悪い。


表道に出る。


商店街、だろうか。肉屋に書店、文房具店等々があるが閑古鳥が鳴いている。奇妙なことに店員と思われる人はみな子供だ。周囲の通行人を観察してみると、子供だらけで大人の姿が見当たらない。


遠くの歩道橋に立てかけられてある案内板に『転生郷四丁目』とある。


雷「あ、大きい人」


周囲の子供の中で比較的大きい人間を発見した。糸目が薄く開いていて赤眼の瞳がかすかに見える。健康的な日焼けをした肌と整った顔つきで、妙な服装をしている。下にはいているのは黒い軍用ズボンだ。迷彩柄のタンクトップの胸の辺りにはしっかりとふくらみが見て取れる。女性のようだ。


「見かけん顔だ」


高圧的な口調だ。どことなくガングートさんと同じ無頼者の匂いがするし、手は早そうな雰囲気だった。人生経験からしてこの手の輩にはあまり上手に出ないほうがいい。余計なトラブルに巻き込まれる。


「綺麗な身なりだな」くんくんと女は匂いを嗅いでくる、「清潔なシャンプーの香りもする。中々いい暮らしをしていたようだな。だというのに、転生郷に来るとは悲運だ」


毎日お風呂に入ってお洗濯した服を着ているのが良い暮らしに分類される、と。


転生郷の世界観の説明を聞いた限り、ピーターズという信望を大事にする生き物の世界だと聞いているけども、それにしてはこの人、無礼だ。信望を大事にしているようには見えなかった。


「『万歳』」


彼女がそういった途端、両腕が勝手に万歳の形になった。声の力のことも聞いていたけれども、これは面白い能力だった。特定の声に強制力を持たせることが出来る。この人の場合は万歳なのだろう。意思とは無関係に万歳のポーズが強制的に維持され続ける。


雷「とりあえず初めましてね。私は雷っていうんだけど、あなたの名前は?」


「ルル」


雷「良い名前ね。風邪を引かなさそう」


「バカだといいたいのか」


雷「誤解よ!」


女はちっと舌打ちをする。いつの間にか手にはピストルを握っている。それを斜め上の方角に向かって発砲する。カラスの羽が宙を舞って、ひらひらと足元に落ちた。


雷「降参! 万歳のポーズのままだけど、降参!」


威嚇射撃で命を奪うだなんて、物騒な場所で危険人物に出会ったようだ。


ルル「なよなよしたやつなどもう腰が砕けているはずだが、見た目よりもよほど根性があるようだな。根性があるのは褒めてやるが、ここでダストソウルシューターには逆らわないほうがいい。我等に逆らうと残りわずかな余生も途絶えるぞ?」


度胸はある。それよりもっと大きな砲口を向けられてきたし、一発や二発程度の銃撃でびびるような可愛げは戦争中の航路に置いてきたのだ。


ルル「何歳だ」


雷「18歳ね」いってから、しまった、と思う。見た目は建造した12歳の時だもんね。また銃撃でも飛んでくるかと思えば、「見た目は12歳くらいだろ。なるほど不良だ」と納得したのか、頷いていた。


雷「実は先日に交通事故に遭いまして記憶が十年分ほど飛んでるの。この転生郷について詳しく教えてもらえないかしら」


ルル「そういう理由があるのなら仕方ない。いいだろう」


通じちゃうのか。ルルは手からハンドガンを消す。トランス現象?


ルル「この転生郷に来る輩は落ちぶれ者だ。外の世界で罪を犯して信望値を失った者、コミュニティを築くのが下手で信望値を集められない者、なにものかに騙された者、捨てられた子供、要するにピーターズ社会のつまはじき者達が密集するダストボックスのような街だ。ああ、我等の魂は物資化するということは覚えているか」


雷「知らない」


ルル「信望値を集めるのが下手な者達の寿命は短い。しかし、我等の魂は物資化し、永遠を手にするのだから、肉体の死は怖くない。怖いのは悪しき魂として死んだ後になにも残らないことだ。ここは物資化を是とする。ここは社会から見捨てられた者達が物資化を待つ転生の街だ。常識中の常識だが、さすがにそろそろ思い出しただろう」


要は不良を集めて死なせる場所という印象を受けた。


雷「信じられない。まるで人間の保健所ね」


ルル「惜しい。物資化するといっただろう」ルルは手を叩いて笑った。「兼工場だ。使えないピーターズを資源化するリサイクル工場といえば分かりやすいだろ」


雷「要らない人を物に変える?」


恐ろしくむごい。それを本当に是としているのなら、この国が怖かった。それって人との関わりを断絶しているだけで死ぬということだ。司令官を思い出した。万が一ピーターズだったら信望値が足りなくて孤独死していたはずだ。司令官がホモ・サピエンスで良かった。


「誰か助けてくれ!」


近くで少年の悲鳴が聞こえるが、ルルも周囲の人も誰も反応しない。まるで犬の無駄吠えを聞いたかのように不愉快そうな顔をするだけで、誰も動かない。今の悲鳴はかなり小さい子の声だったけれども、子供がピンチに陥っているんじゃないの?


ルル「日常茶飯事だから気にするな。信望値が尽きかけたどこかの誰かだろう。直に肉体ごと消滅する。上手に資源に化けてくれればいいのだが……あ、オイ!」


少年の悲鳴が聞こえたほうに走る。癪に障る街だ。信望値ってのは労働と違ってなにかをすれば必ずもらえるというものでもないはずだ。一生懸命に他人と接しても上手くいかない場合だってある。人間関係にも、絶対はない。


雷「あそこね!」


困っている人は助けなきゃね。


2


向かいの公園には色とりどりの緑が植えてある緑地公園は通り抜ければ駅の近道となる。日傘を差して歩く人々が右へ左へ流れていく中で、ルルと同じ黒い軍服に身を包んだ集団がいた。規則的に茶色い水を吹き出す噴水の前に整列している。


その集団の隙間の向こうに、うずくまって吐血している少年がいた。中学生くらいの子だ。


「痛え……」


胸を押さえて呻き声をあげているが、周囲の人達は知らんぷりだ。こそこそと声が聞こえる。あいつ、なんに化けるのかね。食べ物がいい。俺は車だな。そんな馬鹿げた会話が繰り広げられている。事件現場で写メでも撮りそうな品格の人達だ。


雷「君、今、私が助けてあげるからね!」


「幻聴が聞こえる……幽霊、でもいい。頼む」


雷「まっかせなさい!」


声がしっかりと聞こえていないのか、少年は答えない。胸と口元を押さえて、むせび泣いているだけだ。なんとかしないと。ピーターズの信望値の枯渇は肉体を消滅させて物資化させる。


ルル「優しくてしてもソイツは直に消える。信望値はもらえんぞ?」


ルルの声だ。側頭部に拳銃が押しつけられている。ごりっとした銃口から臭う死の気配が、少しだけ身体を硬直させる。さきほども突きつけられたけれども、今は違う。ルルの眼は笑っていなく、じわじわと殺気のようなモノが確かに感じ取れた。本気、だ。


ルル「離れろ。死ぬことは悪いことではない」


雷「誰か助けてってこの子の言葉が聞こえなかったの?」


ルル「そいつは物になって多少はマシな扱いをされる」


雷「あなたのその言葉がこの子の口から出たのなら、離れてもいいわ」


ルル「死ぬ輩よりも生きる私の言葉に従え。少しくらいは信望値が増えて得するかもな」


雷「いらない」拳銃をつかんで銃口を下げる。「私はピーターズじゃないから」


でも、少年を助ける手段がなかった。傷口はふさがっていっていると同時に、首からぶらさげた機械の数値がどんどん低くなっていく。それに連れて体がさらに小さくなっていっている。このままだと消えて物資化してしまう。止める方法がわからない。


雷「あれ、止まったわね……」


なぜかは知らないけども、少年の体が一回り小さくなったところで幼児化現象が停止した。少年もルルもなにがなんだかわからない、といった顔だった。ルルが「貸せ」と少年がぶらさげている長方形の機械を奪い取って、ディスプレイにタッチした。


ルル「意味が分からん」


そのディスプレイをこちらに向けた。そこには新規登録されました、というお知らせの文字とともに『雷さんから150の信望値を得ました』との文字がある。よくわからないけども、私から発生した信望の絆がこの子の命を繋ぎとめたようだ。


ルル「今のやり取りのどこにこいつと絆が芽生える要素があった」


雷「強いていうなら、私を信じてくれたから?」


「あ、ありがとう。助かった」


高校生から小学生までに身体は小さくなってしまってはいるが、身体の幼児化はしっかりと止まっている。無事に一命は取り留めたようだ。少年が唖然とした顔でこっちを見ている。仲間にでもして欲しそうな顔ね。


「本当にありがとう」


両手をつかまれ、感謝の言葉をいわれる。なんだ、やっぱり死にたくなかったんじゃないか。そうよね。死にたがっていたのなら助けてだなんて喚き散らさない。雷はその子の手を握り返して起き上がらせる。怖かったのか、まだ涙が漏れ出ている。


ルル「貴様、ピーターズではないといったな。ではなに者だ?」


「さあ、こんな怖い人達からとっとと離れましょう……痛っ!」


銃撃音が鳴り響く。左手の甲から血が溢れかえっている。下唇を噛みしめて激痛に耐える。建造状態だから、手のひらに風穴の空いた程度で死ぬような身体ではないけれど、損傷は堪える。ルルの眉間に迷路のような皺が寄る。


「DSSの公務執行妨害だ。貴様のような新人には教育が許可されている」


雷は両手を上げて降参のポーズを取った。躊躇いなく発砲するルルに加えて背後に控えている二十人以上の兵隊達を相手にむやみに抵抗しようとは思わない。


ルル「答えろ。何者だ?」


艦兵士、じゃ伝わらないかも。建造する前、周りから呼ばれていた通称を答えた。


雷「俺達のお姫様」


ルル「そういえばどこかで見たことがあるような。これはこれは……大変失礼しました。お姫様だとは知らずにとんだご無礼を。この一件は私の死を持って償いましょう」


そういって銃口を自らの側頭部に押し当てる。


ルル「今の私が死して物資化すれば必ずあなたへの贖罪となるモノに変化するかと思います」


雷「ちょ、ちょっと冗談じゃないわ! 止めて!」


ルルはまた眉間にしわ根を寄せた。


ルル「何者だよ。ピーターズジョークが通じない」


がちゃり、と雷の手首に手錠がはめられた。


3


連行されたのは資源生産第四工場という嫌な予感しかしないところだった。汚れたコンクリで覆われたその工場内の裏口から入り、エレベーターで三階に連れていかれる。押し込まれた部屋はガラス張りの部屋で、そこから見下ろす風景はあまり気持ちのいい物ではなかった。


透明な四角い箱が規則的に並んでいて、その中には小さな子供達が入っている。まるでペットショップの中の動物のようにも見えて、そんな風に考えてしまう自分に自己嫌悪だった。子供達の何人かはぐったりと横たわっていて、よく見るとガラスのケースには赤い手形があったり、黒ずんだものがこびりついている。一人の子供がぴくりと痙攣を繰り返している。幼児化現象だ。悲惨な光景に目を逸らしかける。


雷「解放しなさい。これが違法でないとすればこの国は終わってるわ」


ルル「信望値が一定の数値を下回った場合、ここに資源化するまで折檻される。貴様があのガキを延命させたが、応急処置に過ぎん。どうせすぐに信望値は枯渇する。信望値を得られないからこそ、幼児化現象が起きるんだからな」


雷「こんな体勢でよくテロが起きないものね……」


ルル「転生郷の労働人口は五万を超える。今の段階ではまだその誰もがよくは思ってはいないだろう。だが、転生郷には軍の戦力の三分の一が終結している。その数、十五万だ。それだけの発砲許可をもらっている軍人が一般人を監視している。いい忘れていたが、ここは一般人が武装系統のワンダーを持つことは重罪だ。選挙権も思想や行動の自由もなにもない」


雷「囚人以下、まるで保健所の動物」


ルル「自分の身分を理解したか。説明した甲斐があるというものだ」


にやり、とルルが口元を歪めて嘲笑する。


ルル「ピーターズという高潔な種族は転生郷の外で暮らしている者達の生物名だ。動物の殺処分権利を独占している我々ダストソウルシューターは例外といえよう。だが、お前等のような一般の者はピーターズの形をした生ゴミに過ぎん」


人権がないとは深海棲艦にでもなった気分だった。あの子は人の形をしたゴミで、リサイクルして資源化するという。この転生の街に魂が物資化するのは是と唱える者がいるのも不思議じゃない。そう信じることで救いを見出せるのならば悪い思想じゃない。


だけれど、自分がゴミだの動物だの強制的に思わせるのは酷だ。雷は人間として生きてきただけに、今の凄惨な景色は強烈だった。同じ種族が本当にただ人の形をしているだけの動物として扱われ、死ぬまで閉じ込められる。


ルル「一つエピソードを教えてやろう。一組の仲の良い恋人がいた。美男美女のカップルだ。恐らく彼等は転生郷で唯一幸福に生きていた者達だと思う。お互いを深く愛し合っていた。だがな、ここのゴミ共はその幸福をねたんだ。ある者がビジネスライクで人を雇い、男のほうを殺した。面白いことに殺した男とそれを計画した男の信望値は跳ねあがった」


雷「だからなによ」


遠崎は顔色を眺めて楽しむかのようににやにやと半笑いしている。


ルル「そういう連中の集まりだ。他人の不幸を純粋に喜ぶ。友や恋人、家族であっても仲睦まじく振る舞うな。誰かに幸せを見られちまえば、それを手にできない大勢がお前を突き落とし、喜びを分かち合う。ビジネスだけに生きろ。ビジネスライクの関係だけが、ここではしっかりと報われる」


雷「聞けば聞くほど腐ってる……」


ルル「ああ、なんてことだろう! 殺された男のほうは良いやつだったよ。最期に残した遺書には恋人に向けてこう書いてあったそうだ。『愛した君の幸福だけを望む』だ。我等、ダストソウルシューターがその遺書を発見してな、親切に女に届けてやったんだが」遠崎は声のトーンを落とす。「残念ながら女は発狂し、我等に牙を向いた」


雷「……その先は教えてくれなくて結構よ」


聞かなくても結末は予想できる。


ルル「物資化は良きこと。私も建前ではそういうが、個人的な意見としてはクソ食らえだな。正直、そう思わなければやっていけないここの動物どもには憐憫の情を催すよ。雨の日に濡れていたら傘でも置いてやってもいいくらいだ」


あくび混じりにいう。


ルル「半年も息をしていたのなら慣れるだろうよ」


慣れたら終わりでしょ。人間として大事なナニカを失うことは間違いない。よくもこう同じ種族にこうも残虐な真似ができるものだ。


ルル「ほら、ちょうど新たな物資が来たぞ」


ちょうどエレベーターからDSSの隊員が出てくる。その隊員の間にいるのは手錠をかけられている少女だった。あの子は信望値が一定以下になり、拘束対象となったのだろう。見た目は小学生低学年といった風で、赤いランドセルを背負っていてもなんら違和感がない。


「あ、あの、ルル隊長ですよね」


少女が重々しい声を飛ばす。左手の薬指には指輪がはめられている。二度見した。


「私、確かに信望値が足りなくなったんですけど、専業主婦をしていて信望値をもらっている相手が夫しかいなかったんです。その夫に愛想を突かされて、幼児化現象を起こしてしまっただけで……だから」


ルル「耳障りだ」


ルル「『気をつけ』」


静かで低いルルの声が廊下に響き渡る。


その声が発された瞬間に、背筋が自然と伸びる。両手の指先はきっちりと伸ばして気をつけの体勢を取る。あらがおうとしても力が入らず、金縛りに遭ったかのように身動きが取れない。ルルは、複数持っている。


ルルはこつこつとわざとらしく足音を立てて、少女に歩み寄る。少女は手錠をされているので気をつけの体勢は取っていなかったが、同じく身動きは取れないようでその場でじっと突っ立っているのみだった。


「もう一度、いいます。違うんです。私、夫の浮気を責めたら、夫が勝手に私に愛想を尽かして、信望値を失ってしまったんです。私はなにか間違ったことをしたでしょうか」


雷「してないわよ! どう考えても夫がダメダメじゃない!」


ルルの手にはいつの間にか拳銃が握られている。


ルル「あるある」軽いノリで笑った。「同情する」


その銃口はしっかりと少女の眉間に押し当てられた。


ルル「残念だったな。じゃあまた来世」


引き金を引くことには躊躇いがなかった。制裁の撃鉄音が廊下に反響する。眉間から血を噴き出して少女は廊下に倒れ込んだ。ピクリとも動かない。


ちょっと待ってよ。


人が死んだわよね?


それも、かなり呆気なく。


即死だったのかすぐに肉体は淡い光に包まれて、物資化を始める。残念、また来世。その少女の死はたった二言でまとめられ、あの世へと葬送された。


少女は淡い光となってまるで想力が蒸発していくように、光の砂のようにさらさらとしていく。その光が凝縮して、物資化していく。彼女の屍は簡易な便箋と成り果てた。ルルはその便箋の封を剥がした。中から一枚の写真を抜き取った。


手紙が同封されている。結婚式でのものなのか、正装に身を包んだ夫婦が幸せそうに身を寄せ合っている。


ルル「夫へのラブレターかよ。なんつう一途な馬鹿だ。金にならんし、ハズレだな」ビリビリとその手紙を破いた。


ルル「固まってどうした」


ルルの身体がくの字になり、地面から足が浮いた。肩口から冷えたコンクリートの地面に落下し、ゴロゴロと二回転したところで、止まる。


いつの間にか丸めた拳についた血を見て、気づいた。


私が殴り飛ばしたらしい。目の前でこんなことされたら、カミナリも落ちる。


さきほどの少年少女を見て、この世界の異世界人の価値観は本丸の世界と同じだと気づいた。このルルという女性が暴力的な権力を駆使して好き放題やっていることは理解した。もはや遠慮は要らなかった。異世界人の価値観の押しつけ、という枷が一気に外れたのだ。


ルル「お姫様」


ルル「出荷工場の仕事の風景を見せてやるよ」


恍惚とした顔で、近くの通信機を手に取った。鎮守府にある放送器具と似ていた。無線のようなものに向かって出した声が、出荷工場内のスピーカーから流れ出す。


「万歳」


至るところから、バンザーイ、と声が重なり、合唱になる。ピーターズの強制力を伴う声の力だ。雷の口からもその言葉が出ていて、両手を万歳の動作を自然と繰り返している。「転生郷、万歳」そのセリフと動作が、意思もなく行われながら、四角い檻の中の子供達の背が縮み、淡い光となって、息絶えて、物資化していく。


転生郷、万歳、と彼らは涙でその頬を濡らしていた。檻の中の人間が光に包まれて一切れのパン、そして大量の銃器に変化して転がった。あの食料になった人はきっとなにも口に出来ず、お腹が減って仕方がなかったのだ。大量の銃器は、明確な殺意の表れだ。


ルル「貴様の信望値はまだ捕縛対象ではない。それにお前、見た目に似合わず強いな。さっきの一発はかなり効いた。医務室に行ってくる。貴様はもう帰っていいぞ」


ルル「我々に目をつけられたことの情報はすぐに出回る。覚悟はしておけ」


興味を失くしたのか、踵を返した。工場内を見下ろせば、DSSの制服を着た連中が、物資を回収していた。本当に彼らはなにも思わないのだろうか。そのリヤカーに積みあげられた過ち、物言わぬ彼らの本心を見て、心が痛まないのだろうか。


血に塗れた人間出荷工場の景色に、気分が悪くなる。


ふらふらと覚束ない足取りで来た道を戻り、出口へと向かった。


道の途中、人から頼られるような存在でありなさい。あの日の母の言葉が心でこだました。味わった無力で胸が苦しい。


外に出るとむわっとした熱気と、今までの人生を焼却するような夏日に照らされる。炎天下に晒され、乾いた道には歩く気力を奪うかのように陽炎が気炎万丈に揺らめいている。燃えているゴミを無干渉に眺めているかのような無関心で、その道を見つめる。


「あ、さっきはありがとうございます」学生服を着たさっきの少年だった。左手に持ったエコバッグには食料や日用品の物資が詰め込まれていた。


一言、二言、上の空で会話を交わした。少年は最後に頭を下げて、立ち去った。感謝の言葉を述べられることをしたのだ、と雷の胸に少しの安堵が滲んだ。人に優しく。これが間違いじゃないことが救いのように思えた。


獅子君と合流しないと。立ち上がる。

少し歩くと、歩道橋に『転生郷四丁目』との看板がある。最初に落ちた地点の汚い路地が見えた。さっきの少年が壁に背中を預けて、信望値の機械を見ながら眉をつり上げていた。


「増えてねえし」

舌打ちした。見なかったことにした。


閑古鳥が鳴いている商店街の静けさが異様に落ち着いた。胸に滲んだよく分からない安堵も、どこかから落ちる雷のような銃声音と断末魔の悲鳴にかき消されてゆく。


悲しいけど、涙は流れない。歯を食い縛り、悲しみを塞き止めたのだ。しかし、それ以上に氾濫する嘔吐感が胃から喉元まで迫りあがってくる。


そちらには耐えられず、とうとう嘔吐した。人の悲しみには耐えられても、自分自身が受け入れられない価値観への嫌悪感が制御できない。この転生郷に存在意義の身ぐるみを剥がされたかのようだった。


なに、ここ。


書店の軒先に飾られていたサンダーソニアの花が夏の風に揺られ、チリン、と音を奏でた気がした。


4


蛇口をひねって、手を洗う。場所は公共の施設として開放されていた図書館のお手洗い場だ。お静かに、の張り紙があり、この図書館内では歩く時の足音にさえ気を使う。入口ではヒールを履いた女性が「しまった」と引き返していた。図書館ではお静かに。この張り紙が悪評一つで命を削るピーターズにとっては絶対的な権力を持つのだ。


さきほど、図書館内にある小さな段差につまずいて、盛大に転んでしまった。その時、司書と思われる人が駆け寄って手を差し伸べてくれた。それと同時にどこかからパシャっとカメラの音がした。神経過敏になっているゆえの幻聴だと自分に言い聞かせる。ネットにアップされて批難の的にでもされているのかな、と雷は不安になる。同時に、あの司書の人も今頃、あの少年のように信望値の増減を確認しているのかしら、と失礼を思う。


図書館内の人気のない歴史書物の椅子に座って、獅子君を探す方法を考える。獅子君も通信設備を所持しているはずなのに応答しない。それどころか本丸世界とも通信できない。トラブルだ。どうしていいか分からなくなる。ただ大人しくしていたら解決するとも思えなかった。


図書館でPCを借りてネット環境を使って転生郷の情報を収集した。ダストソウルシューター、本丸の世界ではアミューズメント系の企業と同じ名前だ。関連性があるとは思えなくともホームページを開いた。


雷「あ」


新規に登録された準正規拘束者という名目で雷の顔と名前を掲載されていた。ルルの「すぐに情報は出回る」といったのはこういうことのようだ。


雷「信望値が生存に直結するピーターズにとって実刑判決に等しい晒し行為よね」


直にこの情報は拡散されて私は社会から石を投げられそう、と雷はさらに気分が重くなる。人の命の扱いが、本丸世界よりもずっと軽く思えてくる。


信望値が減ると体が小さくなる。ピーターズの中にはこの仕組みを利用して、若さを保ったり、病気への耐性をつけたりすることも分かった。またこのピーターズという種族は長生きすることがとても難しい種族で、老人の姿をしている人は尊敬視される。それと、歳の差結婚は日常茶飯事のようだ。


そして、王政。


この世界では王様が絶対的な権力を持っている。今の王様はかなり自由奔放な性格をしているようで、転生郷を作ったのもこの王様のようだ。政治においても一読してみたものの、「あれやれ」、「それはだめ」、「やっぱりこれはこうしろ」、「止めにしてこうしよう」のオンパレードだった。「スターリンみたいなやつだな」響の声によく似た幻聴がする。


PCを返却して外へと出る。焦げ色のレンガを歩いていると、妙に人の流れが規制されている道路に出た。駅伝でもやっているかのような、行動の制限だった。マスコミと思われる撮影器具を持った人達もいた。「すみません、なにか行われるんですか」と聞いたら、「王様の立ち合いの元、処刑があるんだよ」との返事だ。


雷「処刑って、なにをしたんですか?」


「王族の人がクーデターを企てて、この転生郷を解体しようとしたんだよ」


王様の血縁者がこの転生郷を潰そうとした。支配階級の中にも疑問視する人がいるんだ、と大きな仲間を見つけたような気分になるものの、その同調心を振り払う。なにを目的にしたうえでの判断かが分からない。最上位の決定はきっと感情論では行われないのだ。


隣にいた男が、女性に耳打ちした。批難のような視線を向けられた。「準正規拘束者ですよ」マスコミの情報浸透は早い。腫れ物を見るような眼に変わったので、「ありがとうございます」とお辞儀をして、そそくさと雷はその場を離れた。


右手首の腕輪に視線を落とした。鎮守府(闇)で司令官がみなに配ったケッコンカッコカリの効力を持つブレスレットだ。あの日の勇気と幸福を思い出し、頬を両の手のひらで張って気合を入れ直した。


処刑会場に向かう。


5


涙のような大粒の雨がポツポツとアスファルトにシミを作り始めていた。西の空にはいつの間にか隆々とした分厚い灰色の雲が迫っている。広場には見物客がぎゅうぎゅう詰めだ。小さい体を利用して、するり、と人の群れの中を縫って進む。


広場が騒々しくなる。女の子がDSSの隊員に挟まれて、歩いてくる。子供の童顔には不釣り合いな威厳を醸し出していて、ピンと背筋を伸ばして歩いていて、高貴な品格を感じる。彼女が旧ヨーロッパ時代でよく見るようなギロチン台に固定されると、民衆のざわめきが一斉に消える。


その傍にいるのが王様なのかしら。ダークスーツに蛇柄のネクタイの服装に、ビジネスカットの頭の上に王冠を載せている。ずいぶんと現代風な王だった。地を這うような低い声で「なにかあるか」といった。女の子は顔をあげて、こういった。


「この街を闊歩すれば、銃声と悲鳴ばかりだ。信望値を集められないことは悪ではない、とあれほどわたくしは申しあげました。この想いの声を大にして得た信望値も私の中には確かにあります。この私の体に宿る信望に応えられなかったこと、そして王の血を引く父上が選別思想に固執し、安直な手に出た恥を矯正できずなことが」


「無念です」


雷「私は支持する! 素晴らしいわ!」


思わず、そんな言葉を声を大にした。水を打ったように場が静まり帰り、呆気に取られた人達の顔がこっちに向いている。拘束された王女様も目を丸くしていた。「また貴様か」と一人のDSS隊員が一歩、前に出た。ルルもいたようだ。


ルル「そんなに死にたいのか……?」


雷「正しいと思えたのよ。応援したい人を応援してなにが悪……」


そこで言葉を止める。周りの視線が明らかに非好意的だった。


よく分からない。転生郷にいてこの王女様を支持しないその精神が全く持って意味不明だった。でも、場違い、なのかもしれない。子供の頃、サムライブルーの服を着て、ドーム内で迷って出た先がブラジルの応援団の席に出て、日本の応援した。その時に浴びた視線と似ていた。獅子君が迎えに来て、「子供じゃなかったら殺されていたかも」とひやひやとした様子でいった。ピーターズは子供でも容赦ない。失言だった。


王様「ルル、さがれ」と手で制した。「君は政治に詳しいのか」


雷「全く詳しくないけど」


王様「ならばそれ以上、踏み込まないほうがいい」興味を失くしたかのか、羽虫を払うように手を振った。ルルを制止した手もなくなった。ルルは腰のホルダーの拳銃に手をかけて、明らかに、なにかいえば始末するぞ、という雰囲気を発している。


泣きそうだ。

本丸の世界の政治なら多少は意見もいえても、このピーターズの世界に関しては今日に来たばかりでルルから教えられたこと、図書館で調べたことの付け焼刃となる知識しかなく、論理を含ませることができず、異世界人の見当違いの感情論になる恐れがある。


司令官と電のことを思い出した。


150年の海の戦争を終結させたのは善悪を度外視、己の意地を貫いて、花火のように闇を照らした時、その光に追随するように賛美の声が湧いた。種言葉はなく、花言葉はある。名も知らない種の美しさは、花が咲かないと伝わらないのだ。


雷「ピーターズの性質的に非効率だと、思います」


感情論や人道を説くのは得意だ。だけど、政治は決まって感情論で最上位の決定は行われず、未来、過去、現在、その全てを憂いて、時に現在を糧とするためにないがしろにしてしまう部分がある。そこまでは雷も人生経験で導き出せる。


ルル「いい加減に」


艤装はない。深海棲艦を艤装で沈める時代は終わった。これからは武装もなく、この声と行動で生きていかなきゃならない以上、この場で声をあげる覚悟はできた。それが間違いでしかなかったのなら、結末は予想できる。頭を撃ち抜かれてジ・エンドだ。


雷「この言葉が、あなた達にとって良い未来に繋がることを願うわ」


王様「発言を命ごと天秤に乗せろ。重さがなければ、容赦はない」


風が吹いた。頭を回す。幸いながら、建造する前、建造して軍に入ってからも、政治界とは近い距離感にあって、学ぶ機会も、色々な人と会話を交わす機会には恵まれていた。思考回路のタービンを回して、感情論を置き去りに、論理的にこの世界の情報を煮詰める。きっと司令官はこんな風に、戦争終結までの道のりを空想したんだろう。


雷「ルールで人の生を奪う以上、最低でもその人間が生涯で得る生産性を保証するべきだと思う……んですけど」


ルルに睨まれて、慌てて敬語をつけた。 


さすがに怖い。

本丸の世界なら、発言が的外れでも、幼い見た目で多めに見てもらえていることも少なくない。ましてや殺されはしない。ピーターズという種族は王政で、言論の自由が一部、保証されていないことは明白で、失敗すれば容赦なく轟沈判定を喰らう。


王様「……王家の祖先様のサンクトゥス様は物資化した時、信望値の光の雨を降らせたな。まさしく恵みの雨で、ピーターズは50年分の信望値の貯蓄を得た。それを利用して二代目様は信望値を等分化する政策を慣行、その結果、国民の生産性が低下の一途を辿った。先代は愚か過ぎる。生を保証することこそ、人を堕落させることはない」


新たな情報と、その意味を吟味する。


鹿島ズマンションで鹿島さんをストーカーしていた大学生を思い出した。あれは雷のボランティア団体に所属する少年だったのだ。奨学金を利子0で貸していたのだけれども、その奨学金を遊びに使い込んで返済もしない。そういう問題が続いて、教団の財政は圧迫されて、解散の話も出た。それと性質は同じだろうか。


王「転生郷の利点は著しいが、このアイラのように強引な手段を使ってまでも解体するほどに舵の執り方を失敗しているとでもいうのかな。この政策は王家や貴族でも例外なく適応されるし、なにより数字的には成功としかいえん成果も現れている。支持率は80パーセントだ。間違いだと思うのか」


雷「王権の恐怖政治体制の支持率とか尻尾振った身内からの人気よ。それで転生郷で殺戮された命はどんな物資に化けたんですか。食べ物、銃とか、消費物ばかり。その先代様が崇高な物資化を果たしたのは、なぜだと思いますか?」


さっぱり分からない。ここは駆け引きだ。


王様「その生涯の始まりが貧困家庭で育ったからだという説を推す」


なるほど、そういう経歴があったのか。


雷「ピーターズの『死は救い』という王女の言葉を歪曲せずに受け取るのなら、彼女が死して物資化し、信望値を分け与えるワンダーとなったように、次世代を幸福にするからだと思うん、です。なら、生きてこそ、です。転生郷で生まれ変わる命って即物的な物資ばかりで、私が観た中で多かったのは武器です。こんなの、悲しすぎるわ。だから、間違っていると思うんです」


王様「物資化の統計は把握している。その上で継続している理由は分かるかな」


さっぱり分からなかった。

把握していながらどうして転生郷を維持するの?

そんなに武器が必要なの?

それとも私が知らない利点がたくさんあるのか。

雷は考える。答えは出ないまま、数秒の沈黙が訪れたとき、王様が興味を失くしたらしい。「残念だ」と哀れみを向けられる。


王様「承知の上で命を天秤に乗せたのだろう。やれ」


ルルの銃口が向く。絶体絶命、もしも狙いを外せば他の人に当たる位置にいる。射撃の腕に自信があるというよりかは、外して他の人に当たっても構わないといった風だ。間髪入れずに銃口が火を噴いた。とっさに回避行動を取る。それでも被弾した。右肩だった。脳裏に珊瑚海の囮戦の空母棲姫がよぎった。新型艦戦の礫だ。


王様「……ふむ、他に誰か転生郷の存在意義を議論したいと思う輩はいるか。アイラの支持者、この子を助けたいと思う者でも構わない。もしも私に価値を認めさせたのなら一考しよう」


建造状態なので、右肩を撃たれた程度では生命の危機には直結しない。痛いのは心のほうだった。半径5メートルは人が掃けて、近づこうともしないこの現実が悲しい。隔絶された孤独を感じた。テメーは必ず陸で沈む羽目になる。あの日の電の意味を理解した。


王様「承知の上で命を天秤に乗せたのだろう。やれ」


銃口が向く。絶体絶命、もしも狙いを外せば他の人に当たる位置にいる。射撃の腕に自信があるというよりかは、外して他の人に当たっても構わないといった風だ。間髪入れずに銃口が火を噴いた。とっさに回避行動を取る。それでも被弾した。右肩だった。脳裏に珊瑚海の囮戦の空母棲姫がよぎった。新型艦戦の礫だ。


雷「実の娘、じゃないの……?」


建造状態なので、右肩を撃たれた程度では生命の危機には直結しない。痛いのは心のほうだった。半径5メートルは人が掃けて、近づこうともしないこの現実が悲しい。隔絶された孤独を感じた。テメーは必ず陸で沈む羽目になる。あの日の電の意味を理解した。


ルル「泣きながら睨むか。ついでに負け犬の遠吠えでもしてみたらどうだ」


空を仰いで銃口をにらむ。どんよりと曇った空、あの時の珊瑚の記憶と同じだ。見上げた空に艦戦の機銃があった。このままでは前世代の雷と似たような死に方だ。電を守って沈んだが、今の雷は誰のために沈む訳でもない。この無知が招いたのは無駄死に、だ。


「雷さん、いいたいことはよく分かりますが、論議がへたくそですね」


コツコツと革靴の踵を鳴らして歩み寄ってくる。喪服のようなスーツ姿に、頭にはファンシーなデザインの羊の被りモノをしているからか、声が少しくぐもっている。


「この論議は世界を救うお話ですよ」


王様に向かって開口一番、とんでもないことを言い放った。周囲がざわついた。決して良いざわめきには雷には思えなかったものの、インパクトだけはあって、注目を浴びているのも事実だ。「こんな風にインパクトで人目を惹かなくちゃですよ」


ルル「不敬者、そのかぶり物を取れ」


王様「見てくれは構わん。この場では内容だ」


王様「王である私の前でよくも世界を救うなどと抜かせるな」


「申し上げます。ピーターズの特徴として長生きしたほうが良き物資、影響力の高いワンダー化を果たすというデータが示すのは転生郷がピーターズの未来の芽を摘んでいる悪政の面があることです。本来、政治でメスを入れる場所を間違えた挙句、貴族の大半があなたに賛同したのも、即物的な面が多いと思わざるを得ません。


信望値が生命維持に直結しますから、自暴自棄を起こす輩も後を絶たない。裕福層の敵はいつだって貧困故の犯罪者で、地位と財産の確保、更なる権力の獲得を脅かす力。権力層には大ウケでしょう。身内に高額のお年玉あげている現状を、例え、その裏に思惑があるとしても政治と主張するには通すべき筋が提示されておらず、不透明です。無礼を承知で申し上げます。先代の致命的失敗により、王家の信望値は減少し、求心力も低下したなか、あなたが編み出した策は、貴族と同じく保身に過ぎず、そこが民衆から王の批批に繋がる部分もあるかと思います」


王「……それだけか?」


「それも貴族への飴です。転生郷の真の目的は『信望値がないと死んでしまうという根源的な生物的欠点を克服するためのワンダー化人体実験』であると自分は見ました。しかし、ピーターズを救う魂が産まれず、転生郷政策は表向きの理由が泥沼にハマりつつある。その現状にモノを申したのがそこのアイラ様です。


先代の過ちを、今度は信望値の貯蔵がない状態で執り行おうとしている愚策です。これが上手くありません。そのアイラ様の主張は、ピーターズは生かして人生経験をもっと積ませるべきです。転生郷廃止という発想には同意しかねますが、転生郷の物資変換データからして命を無駄にしているのも事実でしょう。この現状が続けば招くのは最も多い武器系統の物資化が示す通り、燃えるがれきの山です。ピーターズの声の力は他人を貶めるためのものでもなく、憲法にもあるように、人から信望を得るための権利かと。先代が信望値の雨を降らせたに至る想いが、現状況の転生郷で産まれるとは思えない。この子のようにピーターズを想う子を今ここで物資化させることは愚行であるかと」


王様「良い批判だ。着眼点が鋭く、問題点の本質を突いている。だが、民は先代の政策で平和ボケしたのだよ。血を見なければ危機を実感できないほどにな。転生郷の役割は君がいう以上に大きな意味がある」王様は愉快だ、と豪快に笑って髭を撫でる。


「雷さん、この転生郷は事実、あなたのいう通り、批判の嵐です。民衆は王政に手も足も出ず、自由の選択権がなく、平等公平とは言い難い不条理の檻の中で生きるしかない。動物園の動物のほうがまだ気楽でしょうね。鬱憤不満が溜まりまくっている」


雷「司令官……?」


――――つまり、こういうことです。


司令官、じゃない。


――――動物扱いされている皆、王様に思い知らせてやれ!


王政によって静寂を保っていた水面に、一石が投じられる。四方八方から大量の人間が雪崩込んでくる。我を忘れた瞳と、獣のような咆哮をあげた。誰かとぶつかった。人の濁流に流されまいと、雷はその場で後頭部を押さえて蹲る。鼓膜を激しく揺らすのは、怒号と銃声と悲鳴と嘆きだ。騒擾を始めた群衆が王家に牙を剥いたのだ。


雨村レオン――――!


誰かが跳ねた砂利が頬に当たり、イノシシのように飛び込んでくる誰かの足に蹴られる。顔をあげただけで押しつぶされそうな人の波に体を丸めてただ抗う。丸めた体の隙間から誰かの腕時計が滑り込んできた。ヒビが入り、血に濡れて、壊れて、時が止まっている。


さっきのは、間違いない。本心のままに動かせる力だ。大衆を扇動したのは、本心のままに行動させる声の力に違いない。ゆっくりと起き上がる。


まだ辺りは狂乱の声が騒々しいけど、人は空いていた。足元に散らばった様々な物資が血に塗れて転がっている。狂乱の騒ぎは落ち着いている。呆然と立ち尽くす大衆、DSS隊員の隙間を塗って、雨村の背中を追いかける。


雷「なにしに現れたのよ……!」


背丈も声も司令官とよく似ている。似ているだけで違う。羊のかぶりモノを脱いで、露わになったのは間違いなく、雨村レオンの顔だった。想力省での人なつっこい愛嬌のある青年とも、キマイラの廃倉庫で見た時のような狂気さもなかった。


雨村「……ハハ」


やつれて病的に生気がない。そして波風も経たない水面のような清廉とした落ち着きがある。その相貌があまりにも司令官と似すぎていた。


雷「あ、しまっ」


なにかにつまずき、横転する。息絶え絶えのピーターズだ。なにかパクパクといっている。腹部から血が溢れて、血だまりを作っている。瞳は虚ろでも、透明なしずくが垂れている。助けて、といわれた気がした。その人に歩み寄った。


雷「……っ」


銃声が鼓膜を撃ち抜く。


雷「こんなの、どう考えても絶対におかしいでしょ……」


そのおかしい現実に成す術がなく、無力にうちひしがれるしかないのも事実だ。なにをどうしたらいいかもわからない。原因不明の透明な怪物に襲われているようだ。信望値を消費して傷も治っていくはずなのだが、死にかけているということはもう直、物資化して死んでしまう。信望なんてどう与えればいいか分からない。助けた少年の時と同じ現象は、起きてくれない。


手を握って看とることしか、出来ない。

これでも、やらないよりマシ、だとこの人のために胸中で祈りを捧げる。


正しい、といわんばかりに後ろから誰かに優しく抱擁される。


雷「へ……?」


後ろから抱きしめてきているのは、人間の白骨だった。硬く冷たい白骨が動いている。頭には王冠を載せていて、その両目の空洞のくぼみにはランプがそれぞれ眼球の代替品のように入っている。その背中には樹木のようなものを背負っていて、骨と枝葉や根が絡みついていた。樹木とランプに絡まれ、頭に王冠を載せた骸骨さんだ。


この王冠骸骨、の使い方が分かる。建造した時と一緒だ。艤装だなんてモノの扱い方が、マニュアルを読まずとも、まるで体の一部のように理屈を知らなくとも、用途が分かって動かせる。骸骨がまとうツルがするすると降りていき、まだ生きている人達に絡みついた。


《希望のお知らせです》


ぶらさげていたピュアが機械音声を発した。《新たなコミュニティが築かれました》とのあとに新着の文字がいくつも浮かびあがり、その中にはルルの名前もあった。信望値が増減の変動をめまぐるしく起こしている。誰かが叫んだ。「50以上になった!」誰かの声に続いて、「私も、俺も」と声があがる。「規定数値を満たした!」歓声が止まない。


腕に抱えた人の傷も塞がって、辺りの物資化を待つだけだった人達も生き長らえている。


雷「私の、想力工作補助施設?」


こんな妙な現象を起こせる力は想力意外に心当たりがまるでない。インプットされた用途が示すのは、このランプ骸骨が想力工作補助施設であるということだ。ピュアのディスプレイに浮かぶ様々な知らない人の名前と、その人たちから供給された信望値の数字が表示されている。みんな、60だった。ルルも60だという。均一化された。この王様骸骨が一体なんなのかは分からないけれど、信望という保障されない生きる燃料、ピーターズの生きる糧をみんなに分け与えた、のは間違いなそうだ。


信望値を吸い取る。そして、誰かに分け与えることができる装備だ。


ルル「ことごとく無能を晒した」ルルの呟きが透き通るように、広場に響く。「王が殺されて物資化しちまったぞ」


彼女が拾いあげたのは、一輪のマーシュローズの薔薇だ。



           ✧



滑り台のような三角の傾斜屋根、レンガと万華鏡みたいな窓ガラス、それと十字架、見てくれは教会だ。門前には妙な歯車が設置されていて、ボロボロと金属が零れ落ちてくる。その欠片は連結し、積み重なって、甲冑を着込んだブリキの兵士になった。


卯月「ブリキの兵隊だぴょん!」


卯月は元気満々だ。ゲーム好きな卯月は参加の旨を示された時、乗り気だった。本当は雨村レオンという男の精神世界のようなものなのだが、卯月にとってはダイヴ型のゲームのような感覚のようだ。呆れつつも、弥生自身も絵本の中のような世界に目を奪われる。ブリキの兵隊の胸を覆う鉄板には英文字でトゥーストラベラとある。


卯月「異世界に来たって感じだぴょん!」

キラキラと目を輝かせている。


失礼をする前に弥生は先手を打ってしゃべりかけようとしたが、止まる。質問がまとまらないのだ。何者なのか、ここはどこなのか。常識を疑われかねない質問は逆にトラブルを招くのではないか、という不安もある。時間切れ。卯月が突撃した。


卯月「お前ら何者ぴょん。ここは転生郷のどこら辺?」


トゥーストラベラ「私達はワンダーのトゥーストラベラです。とあるオモチャ屋の店主が物資化し、我々を創造しました。今は持ち主の指示で転生郷2丁目の教会の警備を担当しています」油が足りないのか、ギギギ、と金属音を鳴らして口を開いている。「礼拝堂に用事ならどうぞお入りください。治療希望の方でしたら少々お待ちください」


卯月「教会で一般人の治療~? 戦時中かなんかか」


トゥーストラベラ「主人のキルミ様は恵まれない人達のために医者をやっているんです。外傷ならば大抵の傷は治せます。ここだけの話、主人様は金銭を取らないとはいえ、生活難なので皆のお心付けをお願い申し上げております」どうみても機械仕掛けなのに、音声は肉声としか思えない。しゃべればしゃべるほど不思議があふれ出てくる。


卯月「突撃するぴょん」

教会の中へと卯月は走っていく。


弥生「どうも、ありがとうございました」と卯月の分もお礼をいって頭を下げた。「あの、なにか怒っている様子ですが、私はなにか失礼でも」「こんな顔、です」「失礼」トゥーストラベラは頭を下げる。


「助けてええええ!」


大の男がそう叫びながらビルから飛び出してきた。礼拝堂の扉を乱暴に開いたからか、卯月が鼻を押さえてその場でうずくまっている。男の人は血まみれの服と涙と鼻水で酷い顔をしていた。そのままビル横の路地に駆けこんでいった。足跡がじょじょに遠くなってゆく。


弥生「今の、どういうことなの……?」


トゥーストラベラ「よくあることです」それ以上、なにもいわなかった。


弥生は卯月のもとまで歩いた。鼻を押さえて涙目だ。かなり強くぶつけたようで鼻血が出てきた。「治療してもらうしコラア!」と礼拝堂の木製の扉を、痺れを切らせたヤクザのように蹴って開いた。


「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件ですか」


正面のソファに座っている女性が、キルミという人なのだろう。すらりとした体型、母性溢れる横顔とこれはまあ絵に描いたような美人さんだった。睦月型でいうと雰囲気は如月と似ている。口元を綻ばせ、微笑んだ。ステンド硝子から差し込む日の光が彼女を照らしあげて、女神のような神聖さを伴う美を感じる。


卯月「鼻を打って鼻血が出たから治療して欲しいぴょん!」


キルミ「あらあら、分かりました。それではベッドに寝転がってください」大人がやんちゃな子供を慈しむかのような微笑みだ。卯月は指示通りに簡易ベッドにごろん、と寝転がる。靴を履いたままだ。


キルミ「では」ガチャン。キルミは卯月の右腕に拘束具をつける。「よいしょっと」


卯月「待つし、なんでうーちゃんにまたがるぴょん?」


キルミ「痛かったら左手をあげてくださいね」


行きますよ、と拳から音を鳴らし始める。どう見ても、これからボコるための準備にしか映らない。


キルミ「とりゃっ」


卯月「待て待て待て……っぶ!」卯月の鼻っ面にスレッジハンマーが振り下ろされる。鼻血が間欠泉のようにプシュっと吹き出る。卯月はすぐに左手をあげる。


キルミ「怪我をするから痛い目に遭うんです。っめ、このくらい我慢しなさい」


卯月「サイコパス女だぴょん!」


それでは、とキルミは右腕を振り上げる。怪我している顔面をめがけて、拳を振り降ろした。思わず弥生は目をこすって、もう一度確かめる。「ギャアアアアア!」卯月は悲鳴をあげている。キルミは傷口めがけて何度も何度もしつように拳を打ち込んでいる。


飛び散った血が、弥生の頬に付着した。容赦なく少女の顔を血に染め上げてゆく。傷を直すどころか、新たな傷を作っている。肉が潰れ、骨が折れ、少女の身体はもうぴくりとも動かなかった。キルミの拳から金色の炎が消えると、付着した血を服の袖で拭う。


卯月「弥生いいいい! 見てねえで助けろし!」


弥生「う、うん」あまりの意味不明な治療に我を忘れていたものの、その公開暴行を慌てて止めに入る。駆逐艦といえど建造状態の卯月に血を出させるとはパンチ力は相当強いはずだ。二発目の動作に入ったので止めに入る。


卯月「う、ぎゃああああああ!」


しまった。羽がい締めで止めに入っても、二発目のスレッジハンマーは止めるに至らない。「えいっ」思いきり卯月から引きはがした。ベッドの上にあった鍵を取って、卯月を手錠から解放する。「テメー、百倍にして返してやるし!」と卯月はファイテングポーズを取って、ベッドの上でぴょんぴょんとステップを刻んでいる。


弥生「あれ? 卯月の顔の怪我、治ってる……」


卯月「うん?」


卯月の鼻から流れる血は止まっていて、潰されたはずの鼻も綺麗だ。


キルミ「治療ですって! 私は怪我を殴って治せるんです!」


卯月「この世界ではヒール魔法が物理的殴打なのか!?」


キルミ「私が所持しているワンダーは準二等級の希少種なんです。公式名はフェイタルヒースですね。殴る力が大きいほど、治癒の効果が大きいんです。私は修道女でありお医者様ではないので怪我の具合が診断できないので、とりあえず思いきり殴るんですよ」


卯月「……く、傷は治してもらったわけだし、この場は矛を収めてやるぴょん」


弥生「なる、ほど」


弥生はさっきの男の人が血まみれで走って逃げていた理由を察したのだった。恐らく痛みのあまり、治療中に逃げ出したのだろう。


キルミ「私の治療を受けに来たというので、ご存じだと思ったのですが、事前に説明しておくべきでしたね」


卯月「全くだぴょん……怪我自体より痛い思いしたし」


卯月はベッドから飛び降りて、出口へと向かう。扉の手前まで歩いた時、今度は外から思いきり扉が開かれて、卯月はまた鼻を押さえてうづくまる。飛び込んできたのは少年だ。卯月は少年にこんなことをいわれる。


「治療を受けたらお金を払わないとダメだろ」


キルミ「止めなさい」子供を卯月から引き剥がす。「この子達がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。私は商売で治療しているわけではないので、金銭は要求しませんよ。御安心ください。ただ感謝の気持ちをもらえるだけで、私は満足です」


卯月「良い心がけだ。ありがとぴょん」えらい。卯月がお礼を素直にいった。


この教会には神様のいるところに神様がおらず、代わりに『治療は無料』との看板が大きくあった。恵まれない人にとってはありがたい場所なのだろう。弥生も、転生郷で使える金銭を所持してはいないので、お金を要求されてしまうと、困ってしまうのだ。


キルミ「はい、あなた様には感謝のお気持ちは、おありですか?」


卯月「へ? お礼ならさっきいって……」


キルミ「おあり、ですか?」


キルミは笑顔で首を傾げる。これは脅迫に等しい。出せコラ、神はお金取らなくても、神に仕える私は取るんだよ、ということのようだ。


卯月「あ、あるぴょん。これ、お金じゃないけど、感謝の気持ち……」


卯月はポケットから携帯ゲーム機を取り出してキルミに差し出した。「物資ですか。ありがとうございます。怪我をしたら、いつでも来てくださいね」と手を振って、処女の背中を見送った。「持ってきたもの、むしり取られてしまったぴょん……」卯月は両手を床について意気消沈している、あれ、最近新調したゲーム機だったもんね。


弥生「知らないところで、慎重に行動しないから。その勉強代」


卯月「通信が使えないらしいし、誰かを探す前に転生郷のこと現地人から聞くべきか」


弥生「切り替え早くて、よろしい」


転生郷の難易度は甲だ。今まで超えた海で難易度甲以上と認定された海はたっだの二つだった。途中参戦した海の傷痕戦、それと五年前の海の傷痕・当局旗艦の深海棲艦と戦ったキスカ撤退戦だ。2つとも難易度・史だ。難易度甲も慎重に行動するべき。


弥生「あの、弥生達、郷、転生郷に来たんですけど、主な連絡手段ってありますか」


キルミ「ピュアですね。これです」首からぶらさげている長細い機械だ。「信望値を計測する装置なんですけど、連絡用として使えます。役所で申請書に記入すれば支給してもらえますよ」


ピーターズ、物資化、声の力、信望値の情報は事前に頭に入っているが、大雑把な情報のみだ。面倒なのは持参した通信器具が機能しないので、連絡手段を構築する必要があり、ピュアの入手はのどから手が出るものの、異世界人ゆえ役所は難しい。


卯月「役人に酷いことされたから役所は行きたくないぴょん……」


いかにも暗い過去があるかのような面持ちで卯月は嘘をついた。こいつ。


「縁起の悪いピュアならいくつかあるぞ」少年がいった。「泥棒生業にしていたからな。のたれ死にして物資化したピーターズの持ち物をDSSに回収される前にかき集めてたから、そいつらのピュアならあるよ。違法モノだけど使えはする。でも、俺がタダで恵むほど裕福じゃないぞ。金がなけりゃブツブツ交換でもいい。なければ労働の対価だ」


卯月「五つくらいは欲しいぴょん。弥生、なにかモノは持ってる?」


バッグには着替えとハンドタオル、携帯、キャンディやチョコレートの三日分の食料だ。卯月がゲーム機と充電器以外持ってきてなかったのは想定外だ。この中だと、食料が物々交換に適しているだろうか。弥生は手渡した。


「お菓子かよ。まあ、二つやるよ。残りは働きな」


卯月「働かせてくれるぴょん?」


キルミ「構いませんよ。手が足りないところですから」


どうしよう。拠点を得られて、働いて物資を入手できるのも願ったり適ったりの幸運ではあるものの、卯月が深海棲艦との闘い以外でまともに働く訳がなかった。昔から鎮守府ないの家事は隙を見つけてはサボる。叱っても直らないのだ。


卯月「うーちゃん、雑事のお仕事好きだからがんばるぴょん」


息を吐くように嘘をついているよ。


卯月・弥生「ありがとう(ぴょん)」


《希望のお知らせです》


キルミのピュアから音声が流れ出る。点滅する光の文字が《新たな信望値コミュニティが開拓されました》信望値計測の機械、ピーターズは信望値がないと身体が大きくならず、そして一定値を失うと小さくなってしまうと聞いている。その数値なのだろう。ピュアの数値を見て「あれ」とキルミが声を出して卯月の顔を訝し気に凝視する。


キルミ「君から信望値がないなあ。実は感謝の気持ちないでしょう?」


卯月「この世界うーちゃんには生き辛いぴょん……」卯月、撃沈だ。しかし、無駄に根性値が高いので、すぐに背筋を正して被っていた猫をかなぐり捨てる。「テメーにトラウマレベルの暴行を加えられて、そこのガキに宝物を巻き上げられて、うーちゃんご立腹だぴょん! このババア、大人しくうーちゃんが従うと思ったら大間違いだし、と思っているけど、出された条件はありがたいから我慢して引き受けてや、」


キルミ「『ダ・マ・レ』」


途端、卯月の口がお魚みたいにぱくぱくとしているだけで声は出ていない。弥生も同じく、喋ろうとしても声が出ないことに気が付いた。これがピーターズが持つという声の力のようだ。キルミの場合は黙れ、の強制力を持つようだ。


キルミ「転生郷に収監される訳です。あなたもそのような性根ではは信望値をすぐに失って長生きできないのは分かるでしょう、私は慈悲に溢れた修道女であり、子供の教育は物理的な愛の鞭肯定派なんです」


間髪入れず、腹パンだ。卯月は喰らってもその場からぴょんとサイドステップを踏んでフックであごを揺らしにかかる。キルミは右方向に体をひねってステップインして、ぴょんっと跳ねてのアッパーを卯月のあごに叩き込む。卯月が背中から倒れた。すかさず、キルミはマウントを取って両手をスレッジハンマーの形にする。


うわあ。


殴られた痛みはあるものの、傷はグローブによって治っていく。艦娘で例えるのなら入渠しながらダメを受けている感じだ。「負けましたア!」諦めない限り地獄が続くことを悟ったのか、卯月は根をあげた。「いうこと聞くし、ババアっていわないぴょん!」


キルミ「嘘はつかないこと。人に対して誠実に、です」


卯月「りょ、了解!」


転生郷の情報とピュアの収集、活動拠点に労働報酬、それに加えて、と弥生は思う。この人なら卯月の曲がった性根を叩き直すことが可能かもしれない。


2


教会の裏手にあるいかにもなこきりの家にキルミは子供と住んでいる。修道着という慣れない服に着替えさせられて、首から十字架までぶら下げることになった。「動きづらいぴょん」神を見ればケンカでも売りそうな卯月だからか、不服そうだ。


キコリ「青いのはともかく、赤いのは雰囲気が超ミスマッチだな」


卯月「うるせーぴょん。うーちゃんに最も似合わない服の一つだぴょん……」


キコリ「ギャハハ、すぐに自覚できるほどか」


少年の名前は、キコリといって、信望値が足りなくて幼児化現象を起こしているけども、実年齢は21歳のようだ。実年齢と容姿の違いは艦娘と似ているな、と弥生は思った。


キコリ「弥生だっけ。けっこうショッキングな仕事だけど、大丈夫か」


やってくるのは小さい子が多い。子供相手に暴力振るう治療は見るのも辛いが、独りだけ来た高齢者もなかなか精神的に来るものがある。善行ではあるのだが。「大丈夫」と弥生は返事しておいた。海では開放性骨折とか腕を落として血反吐吐く場面も味わってきた。


キコリ「卯月もそうだけど、血とか暴力に耐性あるよな。強い向かい風が吹けばポキっと折れちまいそうなか細い手足なのにさ」


弥生「少なくとも、か弱くは、ないです」


対深海棲艦海軍にか弱い人はいない。世界規模で見ても、対深海棲艦日本海軍は島国を本拠地におき、艤装所有数が世界でトップ#の指に入る。最も実践の多い軍隊なのだ。建造システムにより見た目は細くても、死地でも踏ん張るような人しかいないのも事実だ。


弥生「君は、強い、ですか」


キコリ「弱えな。トゥーストラベラより弱くてお前らよりは強いってところ」


それはケンカ的な意味だろうか。確かにトゥーストラベラは金属の塊なので強いのかもしれないが、あの油が足りなそうな体ならやりようはいくらでもある気がする。警備といって辺りを巡回しているが、かなりのろのろとしていた。


ゆっくりと扉が開く。噂をすればトーゥストラベラだ。新聞紙を持っている。ギギギ、と腕を鈍く動かして新聞紙を広げる。「号外です。転生郷が変わります」「ご苦労さん」とキコリは新聞紙を奪い取って、内容に目を通した。


キコリ「マジかよ! あのくそったれ王が暗殺されたとか!」


ヒャッホウ、と歓喜の声を出して、新聞紙を投げ捨てた。転生郷は話を聞いた限り、一定以下の信望値になると、人道とは遠く離れていて物資化を強制されるという街だ。さぞ王様は恨みを買っていたんだろうな、とキコリの喜びようは理解できるのだった。


投げ捨てられた新聞紙を拾う。誰が王の暗殺だなんてとんでもないことをやったのか。目撃情報求む、の文字の下に羊のかぶり物をしてスーツ姿の人間の絵がある。こんなの目撃情報来るわけないだろ。懸賞金までかけられてなんと有力情報だけで0が六つだ。


キコリ「七桁とかやるしかねえ。有力情報集めに行くわ。上手く行って捕まれば情報提供者はヒーロー扱いで信望値もがっぽりだ!」


その言葉がキルミと一緒に神に祈りを捧げていた卯月の鼻風船を割った。新聞紙を取って隅々まで目を通している。「卯月さん、祈りの途中ですよ」とキルミから叱咤が入るが、完全に無視している。卯月が中指を立てて、キルミにいう。


卯月「あほらしいぴょん。神とかいう偶像に祈ってなにが変わるし。なあ、弥生!」背中をバシバシと叩かれる。「まあ、そうだね」と弥生は卯月の主張を支持する。貧弱な体を治そうとして、適性皆無から弥生適性を出して病気を治した。卯月がアカデミーに入る直前か。色々な出会いがあった縁のお蔭だけども、結局は死を覚悟してまで、踏ん張った自分の戦果だ、と弥生は考えている。それを神様のお陰だなんて認めない。


卯月「じっと祈ってテストの結果が良くなるか。祈り始める奴らのほとんどは、祈りをささげる前の努力を怠ったから神に祈りを捧げるんだぴょん」


キルミ「いかにも現実主義者の言葉ですが、根本から根性論が滲み出ていますね」キルミは子に説くようにいった。「いないと思うからこそ、神に祈りを捧げる心の尊さを知ることが出来ると思うんですが、卯月さんには理解が及ばないですかね」


卯月「及びませっん!」


そういってキコリの後を追いかけた。


弥生「卯月が、すみません……」


キルミ「いえいえ、弥生さんも神様を信じませんか?」


弥生「信じません。私と卯月が、信じるモノは目に見えます」


キルミ「それは素晴らしい。尊いモノですね」そういってほほ笑んだ。


弥生「はい、卯月は自分のために祈るようなやつでは、ないです。でも、誰かのために祈りを捧げることは、出来る子です」そこが卯月が口や態度の悪さで、誤解を受けやすいところでもあるのだ。卯月の血祭りなお仕置きを免除してもらうためのフォローでもある。


弥生「卯月には弥生から、いっておきます。あいつは礼儀を覚えるべきですから」


キルミ「なんだか私が思っているより立派な子達、なんですかね?」


弥生「卯月と弥生は実年齢、21歳、です」


キルミ「ふむ、卯月さんは若さゆえですかねえ……」


弥生「あれは卯月のお母さんの影響、かと」


そういって様々な共通点に気がついた、身体自体が小さくなって物資化して小さくなったり、というのはないけども、艦娘もピーターズと同じく容姿と実年齢が食い違い、そして、物資化されるのも解体システムと似ている。なんだか親近感が湧いてきたのだった。


弥生「あの、ところでマーシュローズという名称のモノをなにか知りませんか?」


キルミ「色、ですよね。これといったモノは思い浮かびませんが、どうして?」


弥生「私もなにか分かりませんけど、探して、いるんです」


キルミ「探し物ですか。私もなにか見つければ弥生ちゃんに報告しますね」


弥生「ありがとう、ございます」


キルミが掃除をする手を止めて、塵取りの中から新聞紙を拾い上げる。王様が死んだ記事が一面の新聞紙だ。じいっと目を通して、「あっ」と声を出すと、新聞紙をひっくり返して、指を指した。「王様が物資化したらマーシュローズの薔薇になったそうですよ?」


違うことを願う。王様の遺品だなんて盗めば打ち首にされてしまいそうだ。



           🐲



現海界地点、転生郷9丁目だ、異世界とはいえ、何の変哲もない街並みだ。異世界でピーターズという面白い種族が暮らす世界だというのに、間違い探しの難易度が随分と高い。遠くの空から飛行機が飛んでくる。「お疲れ様」と巻物式の飛行甲板を広げる。


龍驤の艤装は持ち運びが簡単だ。飛行甲板とギミックの首元のアクセサリ、そして式神さえあれば、艦載機発艦はできるので、持ち込んだのだが、情報収集手段として正解といえた。妖精可視才を駆使してラジコンサイズの飛行機を空へと放り投げて、偵察を行わせた。


龍驤「ひっろいな……」


上空200メートルから見上げた転生郷は敷地内を大きな塀で覆われていた。街並みは平凡だが、きちっと収監施設ではあるようだ。東京都くらいは広い。この中から散らばった仲間を探すのは艦載機を目印にすれば可能だと、妖精可視才で操縦妖精に仲間の特徴を伝えて探すよう伝えてある。妖精可視才のあるのは提督勢のみだが、まだ見つからない。


空母水鬼「素体がベースの艦兵士はいいですねー。深海棲艦の私なんか艤装が本体なので、コンパクトにして積むしかないです」


無視した。カラーリングを変えるだけで見た目は翔鶴そのものだ。


空母水鬼「提督勢はなぜ私を転生故に入れてくれたのでしょう」


全くや、と龍驤はサンバイザーを下げて、空母水鬼を視界から消した。最終的に助けようとしているからこその選択というのは聞いている。トビーとズズムを殺して雨村レオン捕まえてハイおしまい、の仕事ではあるのだが、救う、という目的が設定されているためだ。そのせいで死ぬまで戦う連中に降伏を認めさせるという方向になり、難易度が跳ねあがった。どうせ取引しても雨村レオンの言葉ですぐに白紙に戻されるやろ、と思ったが、鎮守府の意見を尊重して今回は軍人らしく任務に忠実になるとした。


空母水鬼「そういえば龍驤って軽空母で一番強いんでしたっけ」


龍驤「空母最強な」


空母水鬼「でもしょせんガチ艦隊からは外される軽空母ですし」


アカデミー入学の時からいわれたな、と昔を思い出す。軍に入る前は、軽空母ってなんやねん、正規空母やないんかい、と敬遠気味だったけども、龍驤として建造する前に、龍驤のことは調べてある。空母の中で一番かっこいいやん、と。分かるやつにだけ分かればええんや、と聞き流してきたものの、確かに艤装はピーキーだった。アカデミーの頃は赤城と加賀に何度、負けたか。軽空母だから、といわれるのが一番嫌いだった。


空母水鬼「スロット1と2が18機、28機で、3と4が6と9って」


正規空母との差を埋めるために、小技を鍛えまくった。その7割が使いものにならんかったけども。例えばそこの段ボールの上に飛行甲板を強いて、式神を艦載機に変化させて置く。テーブルクロスの要領で滑走距離確保するとか忘年会でしか使わへんかったわ。


龍驤艤装のスロット構成は数値上は正規空母に食らいつくことが出来るように設定されている。この艤装の極意はスロット3の6機とスロット4の3、この艦載機を工夫して飛ばすことに見出したっけ、とアカデミー時代を思い返した。スロット1と2の艦載機は、正規空母以上の火力を出すことも可能だ。単艦観演習では天城とサラトガには負けたことあるけどな。あれはミスった。ピーキーなのは間違いないけども、ゲームとかでも強キャラ使うよりも、コマンド入力難しいやつ使って最強になるほうが面白いやん。全く持っていぶし銀な艤装やで、というのが龍驤の考えだ。


龍驤「好きにせえや。ここには雨村もおるで。うち個人としてはお前ら仕留めることに何のためらいもあらへんから、戦う時は覚悟しとき」


空母水鬼「お礼はいうべきですかね。でも私はもう用済みってことなのですよね。なるほど、きっとレオンの狙いは私のメモリーを渡せばどうせクーリングオフされてくると読んでいたからだったんですかね」


龍驤「おい、うちはお前は雨村レオンの味方やとわかってるから」


龍驤「ここで必ず喉笛を食い千切るよ」


空母水鬼「肝に銘じておきます……」


普通の深海棲艦なら、殺気、少なくとも敵意を出す場面だが、申し訳なさそうな顔をするところが翔鶴と被る。話していても不愉快にしかならず、それ以上はいわなかった。


空母水鬼「あの、私にも深海棲艦の殺人衝動があるので、あまり挑発はしないでくださいね。それでは私はこれにて一旦、おさらばです!」


しっし、と手を振って空母水鬼を振り払って、偵察機が記録してきた映像に視線を落とした。事前に入手してきた転生郷の情報を頭に並べて、景色を吟味する。聞いていた通り、物騒な映像も記録していた。大丈夫かな、これ下手したらすぐにBANされる世界や。雷には獅子がいて、弥生には卯月もいるが、現海界地点がずれることも多いにあり得る。


龍驤「さて少し歩くかな」


艦載機は何機か飛ばしてある。補充できないので、慎重に2機の熟練度の高い彩雲のみだ。艦載機が仲間を見つけるか、仲間が艦載機を見つけるか、で合流する可能性は跳ね上がるはずだ。それまで公道を歩き、実際に街を見て回るとした。


小綺麗な会館の前で足を止める。見送りの館という建造物だ。駐車場が埋まる車、そして会館の前には花輪が備えてあり、札を指されている。出入り口の中をちらっと内装を伺うと、なにかの店がオープンしたわけではなさそうだ。雰囲気的には葬式の飾りつけだ。しかし、中にいるのは私服姿がほとんどで、加えて花祭壇はそこらの野草でも摘んできたのか、と思うほどに貧相だった。そもそも死んだら物資化するピーターズが葬式なんかやるのかな、と疑問がよぎる。


建物の外に設置してある灰皿の近くで知っている顔がヤニを吹かしている、


龍驤「お前、獅子か?」


獅子「誰だよ。お嬢さんも行き場がないのかな。実年齢いくつだ?」


初対面ではあるけども、間違いなく写真で見た通りの見た目だ。キマイラの獅子であるはずなのだが、シャツを血で濡らして、銃を弄っているので、声をかけたのだ。


龍驤「内緒や。30は越えてるとだけ。それでお前なにしとん?」


獅子「なるほどねえ、差し詰め、初対面の相手にそういう口の利き方しているのが災いして信望値を失った。そしてそんな小さな体になっちまったって訳だ」


龍驤「」


そんな誤解を受けて、一瞬、我を失ってしまった。


龍驤「軍の龍驤さんや! お前キマイラの獅子やろ! 雷はどうしたの!?」


獅子「ああ、龍驤さんね、初めまして、それと失礼」手のひらで銃をくるくると回してグリップを握る。「サボっている、に該当するのかね。お嬢、雷さんとは合流してない。というか、ちょっと人助けしてた。無視したらお嬢は絶対にキレるからな……」


龍驤「説明せえ……」


獅子「葬儀社のお手伝いだよ。ピーターズには葬式の概念は上流階級にしかないそうだが、信望値を大事にするピーターズにとってこういう場はオレら以上の社交の意味を持つ。商売になると思って始めたら御覧の有様だ」獅子は笑う。「偶然力って素敵だな。転生郷の会社の役員が死んで仕事が入った。あとは知らねえ。俺は今からお嬢を探すよ」


龍驤「あのさ、キミ、自分の仕事はわかってる?」


獅子「俺は理想の形で恩を返しに来た。お嬢は困っているやつを放置しておけば絶対に怒る。電さんもお嬢を悲しませたら怒るだろ。それにお嬢は俺よかよほどたくましい精神構造をしているし、俺なりに考えての行動だ」それに、と手に持っていた新聞紙を広げる。「正解だな。この世界の仕組みも大体理解したし、王の暗殺現場を撮ったメディアの写真にお嬢がいたもんだ。探す手間も省けた」


龍驤「子供でビジネスしてた連中のくせに……」


獅子「それとこれとは話が別だし、俺らは子供の面倒をしっかり見てるんだぜ。暴力団だけども、500人以上の非行少年少女達を更生させてきたんだぞ」


世社会構造全体にまで思考が伸びてしまいそうなので、あまり深く考えないことにした。ヤクザといっても、中には悪い人ばかりではないとも龍驤は知っている。祖父の友がヤクザでしかも隣のお屋敷に住んでいた。子供のころはお年玉くれるくらい気前が良かったのだ。その人の葬式に出席したのも、少しだけ覚えている。


龍驤「慎重に行動せえよ。うちらの常識が通用しないかもしれないんやで」


獅子「だが、異世界だからこそ、無知の知ってやつを自覚もしている。この世界じゃ俺も堅気スタートだし、形見も狭くねえや」灰皿にタバコを押しつけ火を消した。「ついてくるか?」


龍驤「雷は任せるわ。うちは他のメンツを探すよ」


ヤクザ者と深い交友を持つのは避けたいところだが、雷については獅子のことを信用できる。それよりも心配なのは卯月と弥生だった。卯月の暴走を弥生が止められるかといえば微妙なところで、あのゴーイングマイウェイなウサギに信望値主義のこの世界は危険すぎる。


獅子「ほら、これピュアってやつだが、連絡手段だ」


獅子から機械を渡される。聞けば、信望値を測定する機械で、携帯電話の機能もあるようだ。ありがたい。「おおきに」と礼をいって獅子を見送った。


獅子「あ、そうだ。電さんが裏手にいるぞ」


龍驤「はあ!?」


電がいるということで裏手に急行した。その裏手の小さな倉庫内で、「ヤバいヤバい!」と誰かが頭を抱えて円を描くように歩いている。手には花を持っており、茎が折れてしまっている。電が「ああ!」と声をあげた。


電「カーネーションの茎は折れやすいので、そっちの菊と同じ要領で水揚げしてはダメ!ああ、ボキボキと折れているのです!」花好きとして許せなかったのか、ずかずかと歩み寄る。倉庫内を見れば、葬儀屋の生花部なのか花がたくさんある。


電「これとこれはこうこうこうなのです!」


素晴らしい手際や、と龍驤は感心する。小さな手に五本の菊の花を持って葉を三分の二ほどそぎ落とした。「カーネーションのほうはこうなのです!」と茎の根っこを持って、今度は柔らかな手つきで歯を落とし、茎の下を花鋏で切り落とし、水につける。「水をつけて汚れを落として、生ける時は間隔を意識して、角度はこうするのです!」と生け花の実践まで始める有様だ。不恰好に突き刺さっている花は綺麗なカーブのラインになって、ふんわりとして優しく包み込むような雰囲気になっている。


電「一つ一つに気持ちを込めて生けるのです」


結構なお点前で。いや、お前なに良い仕事してんねん。


龍驤「電お前なにしとんの!?」


電「髪を降ろして私服を着ているので一瞬、判断できなかったのです」


龍驤「いつもの服やと悪目立ちするかなって思ってさ。可愛いやろ……って置いとけ」


電「見ての通り供花を製作しているのです」


龍驤「任務任務! 獅子のやつはもう行ったし、はよ行くで!」


電「どこへ?」折り畳み式の椅子を広げて座る。「がむしゃらに動くよりも、情報を集めるのが先でしょう。ここの人達から転生郷の事情は獅子とともに入手しましたのです。今回やるべきことは二つです。『雨村レオンを鹵獲すること』、『マーシュローズを入手すること』です。マーシュローズさえ入手すれば今までと同じように、私達の想力から帰りのゲートを開いてくれますので、合流よりもマーシュローズの情報入手に動くべきなのです。という訳で私はマーシュローズを考えた結果、お花かな、と思い至りまして」


龍驤「偶然力を信じて花のある場所にいたっちゅうわけやね……神と書くもんある?」


電「どうぞなのです」


紙にペンで文字を書いて、式神を艦載機に変える。意思疎通を駆使して、パイロットにその紙切れを渡して発艦させておく。空母水鬼を除くメンバーを見つけたら、待ち合わせ場所の記したこの紙を渡せ、だ。問題が起きているようなら帰ってきて報告、だ。むやみに動き回るよりも、探して居場所を伝えたほうがいいのかもな、という考えの元の行動だった。思えばマーシュローズはただの色にしか過ぎないが、黄金のハイビスカス、桜トロフィーといったものも花と関係しているので、電の読みも理解できる。


電「御見送りの館にお花を飾りに行くので龍驤さんも手伝うのです」


龍驤「関係者じゃないんやけど、大丈夫なん?」


電「ああ、そこの奥の部屋の紙切れに名前書いとけば大丈夫なのです。私も今日が初日なのです……ここ、会社として破綻しすぎているのです……」


龍驤「めちゃくちゃやな……しっかし、花と虫が好きなのは知っとったけど見事な出来栄えやな」


電「主に育てるほうで、生けるのはたしなみくらいなのです、ここの責任者が無断欠勤したらしく、花を生けられる人が一人もいないのです……」


嫌な予感だ。信望値を大事にするってことは、そういう企業体制はご法度のはずだ。なんか厄介ごとに巻き込まれた可能性が高い。瑞穂のやつが葬儀会社の娘だと、間宮亭で聞いたことある。とにかく忙しい上に肉体労働多い上に24時間体制。大変そうやなあ、と台車に生けた花を載せて、指示通りに会館のほうへと運びながら実感する。


花を飾りつけて、椅子運んだ。「なあなあ、あれって棺ですよね。ピーターズって死んだら物資化するはずですけど、中に遺体あるんですか?」


「ないですよ。ある時もありますけど、大体、物資が入ってます。今回は刃物ですよ。騎士が使うような立派な聖剣っぽいやつです」


龍驤「へえ、なるほどなあ」それが遺体がわりなんかな。


一階のホールで珍しく中年の姿をした男が「ヤバいヤバい!」と誰かが頭を抱えて円を描くように歩いている。「初めまして。なんか急に手伝うことになった龍驤です、電の連れです」とあいさつすると。「ありがとう助かる。人的な壊滅的被害を受けちまって、猫の手も借りたいほどなんだ」


ほんまにぽっと現れたやつを仕事に混ぜるレベルなので、ヤバいってレベルやないのは薄々と察している。


「死んだんだ」

その男は髪をかきむしる。


龍驤「死んだ?」


「うちの主力メンバーは社長の俺を合わせて5人で11時出勤のはずでよ、今日はお転婆姫様の公開処刑があって観に行くっていっていたんだが、DSSから連絡が入って、会場でなに者かによる反乱が起きて社員全員お陀仏だとよ! 処理が追いつかねえ!」


思わず、言葉を失う。


「とりあえず今日の仕事を終えたらちょっと閉めて対策を打つ。ええと、りゅうじょう、ちゃんでしたっけ。電ちゃんもそうだけど、マジで悪い。お給料は色をつけて渡すから、少しだけ手伝ってくれ。指示通りに動くだけで構わないからさ!」


龍驤「は、はあ、分かりました」


電が台車にお花を載せてエレベーターから二階へとやってきた。「龍驤さん、電を手伝って欲しいのです」と電の指示通り、手伝うことにした。といってもお花を取って渡すだけだ。葬儀でよく見る花祭壇というのを作るそうだ。


電「龍驤さん、短い時間とはいえ、気合を入れるのです」電がいう。「ピーターズの信望値は聞いていますよね。この状況であろうと、間違いを起こして揉めれば社員さんの信望値が大きく減少して、彼らがお陀仏する可能性もなくはない状況なのです」


色々な意味で命がかかっているやんか。


花バサミで茎を切って菊を飾り付け始め、完成までには一時間程度だ。撤収作業をして、終わり。後は社員の人が会場を仕切ってくれるようだ。出棺して参列者がやってきて、後は社長が会場を仕切って葬儀終わり。事が終われば花を倉庫に片付けて解散。


葬儀の最中はストックだけ作っておいてくれ、とのことでよく注文される供花を製作して、終われば自由時間だ。やることもなくなって待機時間となった時にピュアに連絡が入った。すぐさま応答する。「もしもし龍驤さんやで!」


弥生《弥生、です、操縦妖精さんに連絡先と居場所の紙を、受け取りました》


龍驤「そかそか! 無事で良かった!」


弥生から報告を受ける。卯月と一緒で、転生郷の4丁目のキルミという女性が運営する教会で世話になっていて、卯月のことは任せてくれて大丈夫、とのことだ。中でも「王様が死んで物資化したのがローシュマーズの薔薇で、それが怪しいです、との報告だ。直にメンバーも見つかるはずなので慎重に行動するように、と念を押して、獅子の連絡先も教えた。「龍驤さん、艦載機は控えたほうがいい、です」ラジコンだと思われていたみたいだが、どうも注目を浴びていたそうだ。「了解」と答えておく。


電「ふむ、弥生さんですか。大丈夫なのです?」


電に今の弥生達の状況を説明し終えたところ、葬儀会社御一考さんが倉庫へとやってきた。社長さんが「ありがとう、助かったよ。あとは火葬場へ行って終わりだ」と額の汗をぬぐった。「良かったらこのまま働かない?」との誘いはさすがに断った。


「電ちゃん、飾り付けてくれたお花ね、遺族の方がとても綺麗で私が死んだ時もお願いしたいわって伝えておいてくれ、と」


電「私には私のやることがあるので難しいですが、恐縮なのです」


フラワーコーディネイターは電の天職のようにも龍驤には思えたのだが、乗り気ではなさそうだ。悩める若人、まあ、少しの時間働いただけだが、肉体労働面で電の体力的にキツイものもありそうやな。葬式の回り方も覚えたし、良い経験が出来た、ということで。


電「お世話になったのです」


龍驤「お世話になりました。うちらはこれにて失礼」


「ああ、ありがとう。ここのことは心配しなくても大丈夫だからね」 


封筒を受け取って、倉庫を出る。仕事が忙しく、社員が四人も死んだ日なのに、他人を気遣う余裕もある。良くできた人やな、と龍驤は感心する。ピーターズとして伊達に中年の容姿まで成長していないということなんかな、と思うと、納得もした。


龍驤「お花の仕事やし、天職だったんちゃう? 今、姿が大人だからかもしれんけど、絵になってたで?」


電「私も誰かのためにお花を飾り付ける仕事は天職を感じましたが」電は大きなため息を吐くと、憂いを帯びた視線で見送りの館のほうを見る。「お花を挿す前に、遺族の方から、お人柄を聞いてイメージしました。やっぱり電は、死んだ人のためにお花を生けるのは、好きになれないのです」


納得できる理由だった。電は艦兵士人生の中でおそらくもっとも大切な仲間を多く失っている。そろった暁型の姉妹を珊瑚の海で沈められている。由良、長月、菊月、弥生は生きて帰ったとはいえ、当時、キスカの海で殉職扱いになっていたので、それを含めると身近な仲間を7名も戦争で失った過去がある。7名は最終世代の中では電のみだ。


葬儀という要素も加わり、湿気た空気が滲んだので、本文へと話題を移す。


龍驤「今回の件さ、相手は海の傷痕を倒すために手を組めた中枢棲媛とは違う。だって、深海棲艦として生きるいうてるもん。哀れ過ぎるわ。あれはもう深海棲艦やないし、沈めて供養してやったらええんや」


龍驤「うちらの提督がいってた通り、戦争が終わった後の軍艦は最高の平和を手にしたうちらの手で解体してやるべきや」


龍驤「けどさ、あの軍艦ども、まだ戦う理由があるって駄々こねとる。要は力であいつらの願いを焼却しようっていう作戦やろ。死ぬまで戦おうとする奴らに降伏させるって難しいってレベルやないで」


電「あの人達に関しては希望があるのです」


電は茜色に染まる空を見上げていった。


電「ズズムさんもトビーさんも、この世界で艦娘を殺して殺人衝動を抑えるという術があったはずなのに、二人で殺し合っていたのです」


龍驤「そうかもね」


電「私達を傷つけたくない、と深海棲艦の本能に抗い続けていた。本当のギリギリまで、あのキマイラとの闘いまで、私達に手を出してこなかった。私達が、まあ、神風の願いのせいでしょうけど、あぶりだされる羽目になったにも関わらず、です。ズズムさんと最初に接触した時、静かに暮らしたいだけ、といっていましたが、きっとあれこそ彼女の願いなのでしょう」


電「ですが、人がそれを許さない」


龍驤「せやな。だから上とあいつらの間に入るうちらの融通が大事ってのは分かるけど、深海棲艦として生きるってことに信念ありそうな連中やろ。仮に助けられたとしてどうするの。海の傷痕である此方が人類に非好意的だったら、今生きとると思うか。あり得へんやろ。海の傷痕を倒して此方がドロップした時点で命を絶ってた。そういう話やんか」


電「ええ、だから司令官は雨村レオンを殺さない、と決めたのだと思います。あいつは奇人ですが、司令官と同じような人間なのは間違いないです。司令官さんは私達サイドに来ましたが、雨村レオンは深海鶴棲姫と空母水鬼に出会った。あのレベルの人間らしさを持つ連中なら、情が芽生えても仕方ないです」


龍驤「仕方なくはない。ほとんどのやつが逃げて通報するやろ」


社会の一般常識を犯したことには変わりない。犯罪者をかくまって引き渡さずに匿い続けたのと同じなのだ。


電「司令官は化物だった私を見ても逃げなかったどころか、助けてくれたのです」


電「その人の弟です」


電「間違っているのは彼女達をはなから弾劾する社会のほうだ、と思っても仕方ないのです。だからネジが飛ぶのも頷けますし、雷お姉ちゃんがいっていました。最初から頭のおかしい人間なんて本当に少なくて、ほとんどの人がおかしくなっちゃっただけなのよって。だから、救う、という選択肢が出る訳です」


本当に変わったな、と龍驤はしみじみと思う。出会った時は深海棲艦に情け容赦なく、仲間すらも殺しかねない一撃を躊躇せずにするデーモンやったのに。


電「今回の任務、司令官は始めに私達に嘘をつきました」


龍驤「そんなの、わかっとる。真に受けたやつは楽天家勢力やろ。海の傷痕より、任務成功が困難や。敗北したら人類全滅の海の傷痕戦のような被害は想定されてないけどさ、どう考えても海の傷痕戦より、任務成功が難しい。これは挑戦の類」


ゲームでいうと表ボスが海の傷痕で、封印されていた裏ボスのほうが平和になったら出てきた、というゲーム的例えそのままだ。難易度高くて当たり前やっちゅうねん。


龍驤「電、お前やからうちは意見いうけどさ、神風の願い、青山開扉の欠陥を治したい。これが敗北の芽やと思うよ」


電「ほう」


龍驤「間宮さんに脈はないわ。でも、神風が書き込んだ生死の苦海式契約履行装置の効力は絶大なのは過去のメモリーも、陽炎ちゃんの過去を見れば分かるわな。ブレイドの世界で会ってから間宮さんに答え出したやろ。あとは間宮さんの返事はどうするか、首を縦に振れば二人は晴れてはい、恋人同士」


龍驤「うちらの提督は間宮さん好きちゃうやろ。それ、欠陥治ってないやん。だから、恐らく、うちらの提督にとって価値観が大きく変わる予想外の展開が来るはずや」


電「……、……」電はあごに手を添えて、なにかを思考している。


分からへんか、と龍驤は電を見て思う。今回の裏ボスは神風の願いによって発掘された。自体であり、そこから誰を回りに吹き荒れているかといえば、雨村レオンの兄の提督、そしてトビー&ズズムに気に入られている電とわるさめだ。


龍驤「うちらの提督は変わったよ。もちろん良い方向にな。でも、うちが見たら、根本は変わっとらん。そもそも欠陥とかいわれとる女周りは、根本やない。電は変われたのはお前がもともとそういう電適性100パーセントの優しいやつだったからや」


電「司令官さんは違うと?」


龍驤「違うわ。人間ってほんとに難しいねん。あの提督は戦争終結してからも、うちらがピンチになった時、全力で助けてくれるやろうな。恐らくその身を犠牲にしても。ここは相違ないはずや」


電「ええ、それは間違いないと思います」


龍驤「掘り下げてみよ。なぜ、そんなことが出来ると思う。優しいからか、うちらを愛しているからか」


電「驚いた……司令官さんが私達を愛していないというのです?」


龍驤「だったら、その時点で欠陥は治っとるっちゅうねん。悲しいけどな、うちらの提督の根本的欠陥は電が治して、うちらの提督が治ってないものあるよ」


電「私が治って、司令官さんが治ってないもので、それが司令官さんの欠陥の根本?」


龍驤「自殺願望」


電「いや、そんな、まさか……」


龍驤「深海ウォッチングは覚えてるか?」


電「ああ、わるさめさん襲撃の戦いですよね」


龍驤「深海妖精を発見したのが甲ちゃんにした理由が分かるか?」


電「それは司令官さんが発見したことにすると、色々と問題がある、との軍の判断」


龍驤「せや。色々な問題。元帥ちゃんはこういっとったわ」


龍驤「『功績は多大の一言に尽きる。だが、大和の件はまだまだ尾を引いてるのが現状だ。あいつも立場を得るのは嫌うだろ。支援施設の側面を利用して今の鎮守府の融通を更に利かせる。これが先を考えると現実的だ』」


龍驤「『あいつはどうも自分の頭のなかに軍規を無視したシナリオを持っていて、それに固執してる節もある。こういうタイプは組織において身内に敵を作り、破滅するのがオチだ。おいそれ、とはいかん』」


龍驤「ここがうちらの提督の欠陥が根本が表面化したところやないの」


龍驤「リスクを恐れなさ過ぎる。恐怖がない訳ではない」


龍驤「戦争終結に脅迫されてたんやろうな。それこそ自分の生きる理由がなかったから、必死にしがみついて」


龍驤「かつてのお前と同じくな」


だから、電と青山開扉はマッチしたのだ。

そのために死ねる。


龍驤「……病んでんねん」


龍驤「隠すのが上手いだけで」


龍驤「間違いないと思ってる」


龍驤「だから、敗北の芽につながる。雨村レオンの能力なんやったっけ」


電「『相手の本心を聞き出す声の力』と、『本心のままに行動させる声の力』」


龍驤「甲ちゃんにすら自傷行為させる力やで。このピーターズの社会はもちろん、弟はうちらの提督にとって間違いなく必殺を所持していて、恐らくそれを理解しとる。姿を現してなにか弄ってこっちの通信ジャミングして妨害してるのも、勝機があるからで、この転生郷で決着をつけて反転鏡面彼岸界への進撃を阻止するためやないの」


電「確かに……筋は通るのです……」


龍驤「神風のやつが司令補佐のためー、とか思っていても、その願いは想力という短縮の力により起こされるものやろ。これがろくな目に遭わないのは、過去の契約者達を見れば分かる。戦争の奇跡って綺麗事やない。血塗られた想いがあんねん。だから、瑞鶴もゴーヤも雪風も時雨も幸運艦と呼ばれる連中は、それを皮肉と受け取るんやで。まあ、ブレイドのやつ的にいうと、奇跡は乱数調整ってところやな。神風のやつは司令官の喉元にナイフ突きつけたも同然ってわけ。神風を責めるとかいう話ちゃうけどな」


電「なら最も危険なのは司令官さんじゃないですか!」


龍驤「おっと」走りだそうとした電の首根っこをつかんで止める。「大好きな司令官さんとなると暴走するのは電の悪い癖やで。せっかくここまで来たんやし、全部の理想を取りに行くで。うちらの提督は大丈夫や、乗り越える。お前のほうが信じられるやろ?」


電「……う」


龍驤「雨村とうちらの提督がぶつかる。うちは今回、発狂するであろう空母水鬼を仕留めることも視野に入れているよ。うちらの仕事はズズム&トビーの相手やろ。それで電、お前どうするの。お前の想力工作補助施設が鍵っちゅう話やからそっち考えろや」


その時、ピュアに連絡が来た。弥生でも卯月でも獅子でもない。まだ未帰還の艦載機が誰かを発見したのか。応答すると、沈んだ錨のようにどっしりとした重低音の声が響いた。


甲大将《龍驤だよな。元帥と私、准将、間宮も上手く現海界した》


龍驤「よしよし、ナイスや。うちと電に加えて弥生と卯月も発見した。転生郷の4丁目のキルミとかいうやつの教会を拠点にしているみたい。獅子は雷を探しに行って、雷自体とは連絡が取れていない。後、弥生からの情報でな、王様とやらが死んで物資化したのがマーシュローズの薔薇やったらしいわ。今の情報はそのくらいやで」


甲大将《了解、今から分隊に分けて行動を試案する》しばらくの間、思考したのか沈黙だ。《龍驤と電と私でマーシュローズの薔薇を奪取する。そして卯月&弥生に准将と間宮をつけて、雨村対処に当たらせる。最後に元帥と獅子は雷ちゃんと行動を共にする。という方向になった》


龍驤「待ち待ち! うちは艤装の一部を持ち込んでんやからうちの隊が雨村レオンの対処やろ。自然とトビー、最悪、妹のズズムも出てくるし、一番重要なところをなんで卯月&弥生、准将、間宮の荒事不得意メンバーやねん。卯月も艤装は持ってきてないんやろ」


甲大将《マーシュローズの薔薇の情報はこっちでもつかんだんだよ。王の一族だが、サンクトゥスという名でさ、王の物資は大体、王家の宝物庫に保管されるようでさ、まあ、王家の棺の館みたいなもんだよ。面倒くさいことに正攻法じゃ限りなく不可能に近えから、突破に戦力が要るんだよ》


龍驤《いやいやいや、雨村レオン捕まえたら終わりちゃうの》


甲大将《上手く行かなかった場合の保険だよ。勝利条件の問題だし、そもそもマーシュローズの薔薇を入手さえすれば、佐久間式の想力工作補助施設の融通がかなり効く。支援が期待できるし、ズズムは出てきてねえだろ。反転鏡面彼岸界の鍵はこじ開けねえとな》


龍驤「……む」


甲大将《もちろん、状況で対応は変わるよ。とりあえず待ち合わせ場所を決めよう。詳しくは合流してから話すよ。准将がおかしな作用を受けてんだ。そこも含めて説明しなきゃなんねえから》


おかしな作用? 雲行きが怪しかったけども、嵐の予感のするワードだ。


龍驤「電、とりあえず甲ちゃんと合流するで。うちらはマーシュローズの薔薇の入手やとさ」


電「ふむ、まあいなずまソックスとパワー手袋は借りてきていますし、私も戦力として数えてくれて構わないのです。詳しい話は?」


龍驤「合流したら甲ちゃんの口から話すって」あえて提督が受けたとかいう特殊な作用は伏せておいた。暴走しそうやしな。


会館の中に遺影が見えた。見た目からして20歳の肉体ってところかな。上品でシックな雰囲気の彼女に生けてある花裁断、その中でも赤黒い花弁がいくつか重なって咲いている一輪の花に目が留まる。「あの赤黒い花、なんていうの、遺影の人に似合ってるね」


電「ダリアです。まあ、私の嫌いなお花の一つです」


龍驤「へえ、嫌いな花とかあったんやね」


電「あの品種は黒い稲妻ともいうのですよ……」


暗黒時代の過去を思い出すのか。


電「……龍驤さんは私達のためを思ってトビーさんとズズムさんを仕留めようとしてますよね。その我の強さ引っ込められないのですか」


見送りの館では葬儀が終わっている。火葬場へは行かない。遺体代わりの変化した物資にもよるが、遺族が政府から買い取ると、DSSの出荷工場へと向かわず、そのまま遺族の手に渡るらしい。最もかなり高額な値段になるので、遺品等々を引き取って物資自体はDSS事態に流されるようだ。それもこの転生郷の価値観では死してなお、人の役に立つ、ということでごく一般的なものであり、人の死自体を悲しまない奴も多いらしい。


人の死を見ると、いつも思う。


軍人としての現場で海に出て、間に合わなかった。本当に取り返しがつかないのだ。司令官として責任を負ったこともあるので、最善の対処に情が一瞬でも入り込めば、次にあの棺桶に入るのは、仲間か自分自身なのだ。


龍驤「いちいち現場で指示を待っていられへん時もある」


雨村レオン御一考の利用価値、政治的問題、知ったことではなかった。貢献というのは、自己を殺してただ隷属することではない。自己の幸せあってこその貢献なのだ。


だから、こちらのメンバーが殺されると緊急的に判断せざるを得ない場合、

龍の牙で深海棲艦の喉笛を引き裂くのだ。



                    

           🌻



間宮「うう、提督さんにも可愛らしい少年時代があったんですね……」


転生郷にログインした途端、身体が小さくなっている、ジャケットやスラックスの袖と裾をまくって整えたものの、不格好なままだ。なぜか落ちていたピュアとかいう機械、信望値を測定する機械だそうだが、この測定では肉体年齢が12歳の頃に戻っている。12歳の頃というと、電と出会った歳の頃の姿となる。


提督「資金集めです。自分たちの世界とは通貨が違うのでお金が要ります」


間宮「といわれましても……」


提督「この姿なら乞食も効果なくはなさそうですが、マスタード詐欺とかやってみましょうかね」


間宮「マスタード詐欺?」


提督「お店で椅子にジャケット賭けている人にマスタードなりケチャップなりたらして、ついていますよ、と好意的に拭いてあげて、その拍子に財布をするんですよ。一時期、海外で流行った超簡易的な詐欺ですね」


間宮「悪いことはめっ」子供を諭すように怒られる。「ああ、すみません! でも、とても可愛らしい声で可愛くないこといわないでくださいよ!」


提督「では正攻法ですね。間宮さん、このような事態の時に備えて」


間宮「指示されたモノは持参してきました!」


食料品の数々と間宮艤装の一部だ。海上の食糧庫である間宮艤装の真価は食に関することに特化しているということであり、それに伴って料理の腕も超がつくほどの一流といっても過言ではない。要は間宮の飯は、飯を食う人間相手から金が取れるのだ。


間宮「まあ、とにかく腹が減っては戦はできぬ、すべての兵法は胃袋から始まるとの赤城さんの言葉もありますし、お腹になにか入れましょう。作りますよ」


ここはさすが偶然力というべきか。

提督は近くに資源回収のボックスを見つけた。そこから綺麗な段ボールを抜き取って、折り目をつけて千切る。移動可能なポールを一つ拝借して簡易的な看板代わりだ。スマホをバッグから取った。通信機能はないけども、メモ帳代わりだ。戦争終結してから艦兵士の皆を通してから、一般人とも関わる機会に恵まれ、その中で優秀なビジネスマンとお近づきになれて、連絡のやり取りをしている。確かなモノがあれば後は工夫でどうとでもなる。三流の現場を一流に変えるからこそ一流という格言は共感できた。


時間的に午後の18時過ぎ、本丸世界と変わらず、帰宅と思われる学生、ビジネスマンも通りに交差している。出来る限り、大人、それも人当たりが良く、気さくな人物が好ましい。ガードレールにもたれ、道行く人々を観察して、声をかける。


まずキャッチして誘導して一口、食べさせたら勝ったも同然だった。20人に声をかけて、一人を誘導できた。転生郷で一番おいしい料理、とか、値段はあなたが決めてくれていいです、とビッグマウスで誘導したのだ。一つ嬉しい誤算があったのは、間宮の容姿が優れていたことと、このようなボロい商売は珍しくもないのか、抵抗が少なかったこと。


美味い。その言葉が発されたら、勝利確定だ。「おいしいですよね!」となるべく大きな声で叫ぶ。通行人の何名かの足が止まって、こちらを見た。すかさずワンセット1000円の文字を書き込んだ。高過ぎず、そして安過ぎずの値段だ。偶然力の賜物もあるが、きっかけにすぎない。間宮の料理の腕は確かなのだ。


一時間と少しで閉店。


ポールを戻して段ボールを資源回収のコンテナに放り込み、撤収の準備だ。


提督「お疲れ様でした。間宮さんの腕はさすがですね」


間宮「いえ、提督さんもさすがとしか……」


提督「売り上げは8、2でよろしいですかね。もちろん間宮さんが8です」


間宮「え、いやいやいや!」両手をブンブンと左右に振る。「得た金銭はそういう問題じゃないので、二人で使うべきですよ。今回はチームな訳ですし」


ありがたく申し出を受け入れることにして、今晩の寝床の確保だ。出来る限り、出費を抑える方向にしなければならない。まだ人通りに戻って道行く人々に質問責めをする。ここらで手ごろな値段の宿泊場所はないかの調査だ。いくつかメモをして絞り込んでいる。


目的地まで移動した。平屋とその隣にあるプレハブ小屋のある民宿だ。建物自体は古く、敷地は広く、庭の面積が軽くパーティーでも行えるほどに広い。「あ、お待ちしておりました」と二十歳そこらの若い女性が出てくる。「どうぞどうぞ」とプレハブ小屋のほうに案内された。説明通りの屋根を貸すだけ、といった今時中々味わえない無骨な宿だ。人が住める環境はあるものの、使えないので、格安でただ貸し出している場所らしい。


提督「間宮さん」湯呑にお茶を要れて、ちゃぶ台に置いた。


間宮「ありがとうございます。それで今回の任務……」


提督「抜き出した空母水鬼のメモリーからして、恐らく自分と電さんのどちらかを潰しにくるでしょうね」


立ち鏡に映った自分自身の姿をまじまじと凝視する。この異変が起きているのは電と自分の二人だけだ。そこを思考するとやはり雨村レオンがなにか細工した可能性が高かった。


電のほうにはいつ細工したのか、分からない。恐らく、戦争終結してからの数日だろうか。電が大きくなった時はまだ官僚が来る前、それ以前のどこかで電と接触して手を打ったのだ。


そう考えると、戦争終結してからすでに手を打っており、想定する危険への対応力は念入りだ。人間サイドであり、軍の情報も精通することのできる立場であることを考えると、やはりおとなしく負ける気はなく、こちらを潰すために動いているのだろう。


ブレイドの性格はわかりやすい。ブレイドが逃げても本格的に捕縛しなかったのは、恐らく今後の道筋を決めるための情報狙いだ。ブレイドがトビーとズズムの特攻艦として機能するといった電の素質、今回、雨村が最も危険視しているのは電のはずだ。


必ず電を潰す。それも反転鏡面彼岸界の鬼ヶマス到達前のこの転生郷で。


もしくは無力化、弱体化の方向で来るはずだ。そのために本人以外に狙いをつけるといえば、間違いなく自分だろう。電からの信頼度の程は自覚しているつもりだ。自分が敗ければ、良からぬ影響は出る。この身体のころ、死と夢から始まったこれまでの起点の絶望を嫌でも粘っこくまとわりつく。あの雨村レオンの声の力は、提督にとって脅威だ。


【其の一・箱庭形成能力は『四つの独立した宇宙を創造して運営する空間』である】


【其の二・空母水鬼および深海鶴棲姫を改造した深海妖精もどきの工作能力は、本来、其の一をメンテナンスするための管理保守能力である】


【其の三・『本心を喋らせる力』と『本心を実行させる力』は其の一および其の二を権利として確立するために政治世界における謀略手段として開花した力である】


【其の四・トビー&ズズムは雨村レオンの創造国家において核兵器に位置する軍事力である】


雨村レオンから取り上げた想力工作補助施設からの情報ではあるが、すでに雨村本人からの想力を供給できない故に使用不能になっている。問題点はこの応用の範囲が広すぎて対策を練りきるには時間が足りなかったことだ。今後の対策は見当の域を出ず、リアルタイムで絞り込んでいく他ない。


2


間宮「この転生郷にも液晶テレビがあるんですね」


電源を入れると、報道番組が流れ始めた。王が死んだという報道と、そして今後の転生郷の政策について、だ。生の放送のようだ。いかにもといった貴族の服を着た小柄な娘と、大柄のスーツ姿の中年男の対談のようだった。テーブルの上の名札からしてアイラというお姫様と、DSS本部総監の対話のようだ。


アイラ姫という王の娘が転生郷を廃止したいとのことだが、議会を通すような案が打ち出せていないのが現状とのこと。DSS本部の総監、トップは転生郷の維持、問題点の改善案を打ち出し、解体を拒んでいるように見える。


そりゃそうだ、と提督は納得する。人生を他人によって処理されるのだ。例えばテストの項目にコミュ能力があったとして、それが規定数値以下ならば、死を突きつけられる。個の幸福が種の繁栄に脅かされている。転生郷を間違い、などといえば、処理された人も報われず、処理した人も気が触れてもおかしくない。


アイラ《いや、信望値問題による物資化の解決の目途が立った》


姫の言葉に男が眉をひそめた。総監の男の歳喰った姿からして信望はあるのだろうが、威厳はそれほど出ていない。


アイラ《かつての王にも似た力を持つ者が現れたのだ》


そういって場に現れた人物を思わず二度見する。左の襟にあるⅢバッジと、笑みを浮かべると、少し見える八重歯の活発的な女の子だ。


提督・間宮「雷さん(ちゃん)!?」


アイラ「雷、よろしく頼む」


なぜあの子が、という疑問に提督の頭がフル回転する。まさか、と思い至った瞬間、雷の背に骸骨が現れた。樹木が絡みついて、つるがするすると伸びていく。誰かが物資化したワンダーという線は薄い。それならば雷という身元不明の者ではなく、相応の立場の者の手に渡るアイテムのはずだ。


提督「まさか、あれが雷さんの想力工作補助施設?」


《希望のお知らせです》


つるがアイラ姫の腕に絡みつくと、そんなアナウンスが王女のほうから響く。画面のほうに向けていたピュアの信望値の数値が増えていく。《止めてくれ》とアイラ姫がいうと、つるが腕から離れ、それと同時に数値の上昇が止める。再度、つるがアイラ姫の体にまとわりつくと、今度はピュアの数値が減少を始める。


アイラ《雷は信望値の増減操作が出来る。ピーターズの歴史初の能力だ》


提督「これは……」


間宮「ど、どういうことですか?」


提督「ピーターズは信望値で体が縮む。0になってしまうと物資化してしまうのです。一定数地以下の者は不良とみなされ、この転生郷に収監されます。規定値を上回ると外出の許可が下りる。しかし、更に下がれば見るも無残な強制物資化の道をたどるんです。雷さんの能力は、その規定数値以下を下回る者に信望値を分け与え、また多く持つ者から奪うこともできる。要は信望値を吸い取ること、分け与えることが出来るので、信望値でピーターズが死ぬことはなくなるということにもなりますね」


間宮「なんというか雷ちゃんらしいですね」


最も、信望値を分け与え、規定数値を下回らないからといって、皆を怠惰にしてしまう危険性もはらむし、多くの権力者は分け与える側に回るので、一筋縄ではいかず、ピーターズ全員の信望値を計算した結果、子供だらけのネバーランドになる可能性もある。問題点が山積みであり、転生郷解体には至らないのも事実だ。有効活用は、銀行。


雷《信望値銀行を創設するわ!》


着眼点は同じだが、それも問題点が一つある。


《信望値の銀行ですと》無精ひげの男の顔が渋くなる。《初期投資にかなりの信望値が必要となるが、それはどこから持ってくる。まさか国民から税金と称して徴収するのか》


アイラ《いいや。雷の信望値が1000万を超えているから問題はない。国民の平均信望


値が500程度だ。二万人相当だ。まだ規模が小さいが、有志達から募ればこの倍は見積もられる。初期運営としては現実的な数値になる。転生郷を解体ではなく、あなたのいうように政策の一環として取り入れるだけの価値は十二分にあると思う》


信望値1千万。この数値がどれだけあり得ないのかは、総監の顔を見れば一発で分かる。提督は自信のピュアを確認する。400万ほどだ。平均が600ということはズバ抜けて高い。詳細はほとんど軍の身内からではある。度肝を抜かれる。


間宮「共栄自律教団伝説の始まりなだけありますよね……」


提督「ですね」


一国の姫、そして雷の特殊能力、これらはこちらの情報入手量が莫大に増えたことを意味していい。この放送を見る限り、やはり政府は一筋縄ではなさそうだが、雨村レオンのことに協力を仰げたり、宝物庫にあるマーシュローズの薔薇の入手も簡単になっている。事前に調べた情報と照らし合わせた限り、あの場での王殺しは、本心のままに行動させる力で大衆の不満を爆発させた、と考えられる。あの場に雨村レオンがいたとしたら、恐らく王が物資化してマーシュローズになることを知っていた可能性が高い。宝物庫のことを知っていて、こちらがマーシュローズを入手するのを防ぐため、とするのが妥当なので、雷の想力工作補助施設の能力のせいで裏目に出たということになる。


狙いは電が本命だ。そして艦兵士、提督勢全て含めても、どういった能力で殺しにかかってくるとしても、狙いはこのメンバーのはずなのだ。人を観察してきた自分だからこそ、雨村レオンと話していて分かる。彼は辛抱強く、頭が回り、そして十年先を見据えて動ける策士かつ信念のためならば悪に手を染められる危険な熱を持っている男だ。性根の部分に血の繋がりを感じざるを得ないほどだった。


提督「お疲れ様です。提督です。弥生さんですか」


弥生《はい》


提督「まず手を出してくるのは、睦月型二人で人生経験の薄いあなた達である可能性もあることを踏まえて、あえてあなた達は野放しにします。卯月さんとしっかり行動を共にして雨村レオンの襲撃に備えてください。潜伏場所が分からないので、餌です。食いつく可能性はあります。少しでも雨村レオンとの接触があったのなら、連絡をください。こちらからピュアでこまめに位置も確認しますが、緊急時代はワンギリでもいいです。辛い役目を持たせていますが、近場にいますので、よろしくお願いしますね」


弥生《了解、です。それと放送は観ましたか》


提督「ええ、雷さんですね。恐らく雷グループは転生郷の政治、そして甲大将のグループがマーシュローズ奪取組、我々が雨村レオン対処組です」


弥生《ええ、と。雨村レオンさん、に出会ったらどうすれば……》


提督「マーシュローズの薔薇を入手すれば、反転鏡面彼岸界への扉は開かれ、そしてこちらの佐久間式の想力工作補助施設が解放されたも同然です。つまり、雨村レオンを殺害しても、彼の想力は停留するので、戦後復興妖精があなた達同様に女神的に復活させて完全に捕縛です。なので甲大将、電さん、龍驤さんが任務成功させるまで待ちですが、それまで雨村が待つとは思えません。短期決戦となる。戦場常駐の気概でいてくださいね」


弥生《ごめん、なさい。卯月、連絡も取ってもらえなくて、帰ってもこないから、キルミという女性と探しているんです》


提督「了解です。こちらからも探します。弥生さんの判断に任せますが、その方が信用できるというのなら、そちらのタイミングで事情を説明しても構いません」というのは我ながら酷な指令だ、と思う。世話になっている恩人の善意を利用して、事に巻き込む判断だ。


提督「間宮さん、卯月さんを捜索します。常に雨村レオンの襲撃に気をつけて」


間宮「……今までと違って、人間と戦うのは怖いですね」


提督「そんな弱気でどうするんですか。ゴーヤさんたちも、瑞鶴さん達も奮闘したのですから自分たちも頑張らないと」彼女のようなタイプにはここで大丈夫、守るから、の一言でもいえたのならいいのだろう、と提督は思う。しかし、実際問題、建造状態の間宮は提督より遥かに強靭なのだ。いざとなったら自分が、といっても、それはイヤです、というのが彼女だと提督は知っている。だから、そんな威勢は吐かないでおいた。


卯月の位置は4丁目よりも5丁目、提督達のいる位置に近かった。


提督(……たまにあの子の考えていることが分からなくなる)


母と会って話をしたが、通常の卯月よりも勝気が過ぎる。精神的に強くても、完全ではない限り、雨村レオンは脅威になるのだ。そして、そこが分からない卯月ではない。あの子は聡明かつ度胸もあり、兵士としての実力と人を想う心を持っている。


四畳半の部屋から出よう。ドアを締めようとして振り返った時に気づいた。この部屋、ちょうどこの身体の歳のころ、婆ちゃんと住んでいたアパートの部屋とよく似ている。


外は、雨がぱらつき始めていた。


短時間の大振りになったら、とふと思う。

海に身を投げた時と一緒だな。

雨村レオンの力によって、またあの時と同じく自殺に走る危険性は高い。


間宮「大丈夫ですよ。もう独りじゃないですし」


心を読んだかのように彼女がいって、驚いた。



           #128081;



信望値銀行の効果は絶大だ。入金総額は初日で1億を超えており、物資化工場に手配も完了して、丸一日かけて一時的に正規拘束対象者を解放することも可能だ。命を長寿化させたことで、信望値は更なる収支を遂げる。すでに転生郷は解体するべきだ、という意見も増えてきており、王族がアイラという子のみになったため、処刑も中止に出来た。


アイラ「苦労をかける。私も含めて多くの命を救ってもらった」


雷「気にしないでいいわ」


建造状態の駆逐の肉体労働は24時間はなんてことはない。昼戦から夜戦、日を跨いでの遠征も慣れている。緊急事態対処も含めると、24時間365日体制の上に、兵士が常に不足していたこともあり、肉体的な負担はこなれていた。


この20件目の工場で終わりだ。


連行されて長蛇の列を作る正規拘束者達に信望値を分け与える。規定数値にプラスして100を分け与え、DSS隊員の手によって拘束器具から解き放たれる。感謝の言葉をいうものもいれば、信じられないといった顔で、立ち尽くす者もいる。国家運営の住宅に向かい、明日からは社会復帰活動が始まる。学業に励む、という者、働くという者、様々だったけども、正門から出る彼ら達から舞う桜の幻影が見えるほどの開放的な空気が伝わる。


――――ありがとう。


雷「……?」


そんな声が聞こえて、周りを見る。


雷「アイラ姫、ありがとうって、お礼いった?」


アイラ「うん?」


――――クソが、あいつらぶっ殺してやるからな。


間違いない。アイラ姫はそんなこといわない。


雷「……、……」


考える。想力工作補助施設をしまえば、その声時雨は止んだ。想力工作補助施設の影響のようだ。なんとなく分かる。子供の頃によく知らない体の機能を漠然と把握して、よちよち歩きを始めるのと同じく。


他人の信望値に秘められた魂の声。


雷「……」


感謝するもの、憎しみを募らせるもの、色々な人がいる。


アイラ「しかし、雷の話がまさか神の世界の使いだとは驚いたぞ」


雷「まさかそんなにすんなり信じてくれるとは思わなくてこっちが驚いたわ……」


馬鹿正直に事情を打ち明けたら、思いのほか受け入れと理解が早かった。


アイラ「レオンの事情は知っている。王家の秘密として保持されているのだ。直接、やり取りしていたのは父上だったのだが、この世界の成り立ちは我々の記憶や歴史と違って無茶苦茶だ。設定されたものであり、他の二つの世界、そしてレオンの基地である世界、我々の上に雨村レオン、空母水鬼、深海鶴棲姫という存在が君臨し、牛耳っている」アイラは眉間を押さえてため息をつく。「父上を殺したのも雨村レオンなのだな」


雷「……間違いないわ」


アイラ「重ねて申し訳ない。雷にはやることがあるのに、こちらのことを手伝ってもらった。この恩は王家の誇りにかけてかならず返すと約束する」


雷「気にしないで。私は思うところがあるから」


こちらのログインしたメンバーも捜索し、連絡がつくよう、配慮もしてもらっている。この世界で皆と緻密に連絡を取り合うことも直に可能になる。


獅子「走り回った……ようやく発見しました」


息を切らしながら、額の汗を拭う。相当に走り回ってきたのか、いつもはセットされているオールバックのたてがみのような前髪も汗で額に張り付いている。獅子はルルの顔をじろじろと見つめた。「なにか」とルルが威圧的にいうが、獅子は意に会した様子もない。


雷「獅子君」


獅子「困った人がいたんで手助けしていて遅れました」


雷「素晴らしいわ。それと隣の人がアイラ姫様ね」


獅子「初めまして。通称ですが、獅子といいます。雷さんはオレの人生の恩人ですかね」


アイラ「恩人?」


獅子「ああ、俺はガキの頃、母親から性的虐待受けていたんですわ。それからこの雷さんの施設にお世話になりまして。そこからの縁ですかね。ヤクザ、はわかりませんかね。非合法のDSS隊員みたいな仕事しています。あ、好きな歌は『怪獣達のバラード』です」


そういって歌を歌う。アイラ様は頭に?マークを浮かべたが、一番を歌い終えるころには明朗に笑っていた。


元帥「おっす」陽気なおじいちゃんも合流だ。「わしにも詳しく聞かせて」


獅子「元帥さん」


アイラ「最高司令官殿か?」


元帥「違いますが総理もいないですし、その認識で構いませんよ」元帥の敬語は何気に初めて聞く。


獅子のほうを見ていう。「雨村レオンだが、お前まだ工場潰されたことへの復讐をしようとしているんじゃねえだろうな」


獅子「その件は終わりましたよ。確かにメンツは潰されたままですが、俺はまた違う義理人情でここでいるんです。俺らが准将と阿武隈さんをさらってケンカ売った挙句に、こっちは電さんにオレも含めて仲間の命を多く助けられている。その恩を返すためです」


元帥「野暮だが、覚悟は」


獅子「野暮ですね、俺、こんなにイケメンで性格も良いのに独身を貫いている理由が、元帥さんや准将と同じですよ。女に迷惑しかかけない信念があるからです」


そういえば、と雷は思い出した。獅子は中学生のころにもずっと戦隊モノを好きで観ていたし、任侠映画も好きだった。それが長じてヤクザになったといえば、違うのだろうけども、そういった正義感に憧れを持っているのは雷からしたら違和感はなかった。


雷「こっちの要人はそろったわね。時間は惜しいし、行動よね」


アイラ「ここから先は本格的な改革だ。権力者たちの議会に出席してくれないか」


元帥「アイラ姫、マーシュローズのバラの入手を最優先にしてくれ。雷ちゃんがある程度のピーターズは助けただろう。雷ちゃんの想力工作補助施設で転生郷に留まってしばらくの間、信望値銀行を続けてくれりゃこの維持は出来るんだろうし」


アイラ「うむ。しかしだな、こういった改革は速度が重要だ。世論が最大風速に吹いた時に動いたほうが上も巻き込みやすいだろう。宝物庫の件も私のほうから」


元帥「佐久間式の想力工作施設というものがあってだな、わしたちの頭の中で思い描くことを実現可能と考えてもらえばいい。つまり、それさえあればピーターズの信望値問題は完全に解決できる。それを持ってくるためにマーシュローズのバラが必要だ」


あ、と元帥の言葉で、それが最も確実ね、と雷も賛同する。


雷「確かにそれは間違いないわね」


アイラ「雷がいうのなら信じるが、その甲大将という兵士が宝物庫に向かっているのだろう。すでに私のほうから王宮に伝えを入れて、甲の大将と電、龍驤と名乗る三名に入場許可を出し、客人として扱うように、と告げてあるぞ。わざわざ合流するのか?」


獅子「甲大将なら問題ないでしょ。ならば俺らが次にやるべきことは、ちょっと休憩するのは、どうですかね」


車が停車し、雷は窓外を眺める。転生郷の外へとつながるゲート近くだけども、興味を惹かれるモノを発見し、車の扉を開いて、降りる。高さ三メートルはある長方形のナニカだ。巨大なキャンパスのようにも見える。そのキャンパスには様々なクレヨンで書いたような文字が落書きしてあった。「らっしゃい!」少年に元気よく声をかけられた。


雷「あなたは? それとこれはなにかしら?」


キコリ「しがない芸術家のキコリと申します。これは俺の所持する自慢の準四等級のワンダーである『魂の言葉の壁』でございますとも」そういうと、クレヨンセットを差し出される。「このクレヨンを持って適当に描くように動かしてください。するとその人を一言で表すような言葉がこのキャンパスに文字として現れます」


獅子「お願いしますわ。二人分、足りる?」


雷「獅子君、あなたどこでお金を……」


獅子「人助け兼、葬儀屋で日雇いバイトっす」


キコリ「そのコイン三つでちょうどでございます」


 対価を支払い、そのキャンパスに魂の声を書き写すことになった。獅子君が横に振ると、『義理人情』とらしさの出る文字が炎のような色で描かれた。本人は満足そうな顔で悦に浸っている。それそのまま獅子の信念だったからなのだろう、雷もクレヨンで描いた。


『私にまっかせなさい』


そんな言葉が描かれた。「お嬢らしいですね」と獅子君が笑った。


2


ルル「気をつけ」


声の力が耳に入り、雷の体が気をつけの体勢を取る。正門の向こう、一人の少年とルルを含めたDSS隊員が立っている。少年の口から暴言が飛び出る。「ざまあみろ。殺されても俺はお前らにこの言葉をいってやりたかったんだ」


ルル「そりゃそうだろうな」彼女の言葉は端的だが、相手を責めるようなニュアンスは全くなかった。「応援しよう。次は幸福な人生を歩むといい」上から目線の言葉ではあるものの、初めて聞く優しい声音だった。彼女の不器用な性格が伝わる一面だった。


「因果応報って辞書で引け」


少年はルルに向けて足元の小石を投げる。ルルの額にこつん、と当たった。怒ることもなく、悲しむこともなく、背を向けて走り去る少年の後ろ姿が見えなくなるまでその場で突っ立っていた。そのあとに振り返った。そして、困ったように笑った。


ルル「時代の節目になるとこういうこともあるんですね」


雷「お姫様と懇意な関係になったからって私に敬語は必要ないとだけ」


ルル「ホモ・サピエンスって知っているか。人間はだな、我々と同じく信望を大切にするが、信望がなくても生きていられるし、物資化もしない。その奇特な能力は我々をそのホモ・サピエンスと錯覚させるだけの表面的な措置だ。ピーターズの欠陥は治らない」


雷「大事なのは個人の、」


ルル「命を未来に繋ぐことか」その通りだ、ルルの口から雷が思い描く言葉が出る。「お前、もしかしてホモ・サピエンスなんじゃないか、と思うほどに価値観が我々と違う。代わり者のアイラ姫と似ている。大事なのは勤勉な者が馬鹿をみない体制なんだよ」


雷「勤勉な者が馬鹿を見ないために、この転生郷があったというの?」


ルル「では逆に転生故が解体されたら我々はどうなるか分かるか」


雷「まさかとは思うけど、あなた責任とかそんな話をしているの?」


ルル「政治だったんだ。家族を守るために、この手を血に染める仕事だ。転生郷は間違いでした。ならば我々はただの人殺しだったということだ」ルルは乾いた笑みを浮かべた。「責任とかそういう話ではない。今後の我々の心の在り方の難しさだよ」


雷「理解はしているつもり」


心の在り方の難しさは反転存在の深海棲艦こそが問いかけだ。今まで深海棲艦は災害認定を受けた有害生物の一種で、駆逐すべき存在でしかなかった。数の数え方は隻だ。中枢棲姫勢力、そして空母水鬼と深海鶴棲姫、彼女達を知った途端、価値観はすべて反転して、お互いが鏡写しの存在であることが分かり、心の在り方の問題に直面したのだ。


ルルは力のない笑みを口元に張り付けるだけでなにもいわない。


獅子「アイラ姫、お嬢、この始末どうするんで?」


アイラ「この始末とは具体的に?」


獅子「DSS隊員って人殺し集団だろ。それで今、お嬢はリサイクル工場の人間を解放した訳だ。正当な理由でな。さっきDSS隊員が石を投げられただろ。政府から正義をもらえた連中が次になにをするかといえば決まって糾弾だ。不当に虐げられた被害者である俺達の不満を一体どこにぶつけたらいい、だ。DSS隊員はガキだろうが家族いようがお構いなしだろう。そのような連中が黙っていると思えねえよ。そういった連中が結託すれば信望値の源にもなる。実利もある反社会的集団の結成は厄介だぞ」


獅子はやれやれ、と芝居がかった動作で肩をすくめる。


獅子「DSSを罰するか、そいつらの暴動を止めるのか。考えなきゃ抗争だぜ。血を流したら、更に血が流れる。もともとリサイクル工場に収監されていたやつなんて、殴られたら殴り返す奴らも多いんだろう。なにか先手打たなければならなきゃ大量に死ぬぞ?」


アイラ「DSSに被害が及ばないよう、即位した私からの声明はすでに用意してある。それも転生郷を解体計画を立てた五年も前にな。解放された後の行動は自己責任だ。罪は罪、罰は罰。処罰自体は規定に沿って行う。そこに情が入る余地はない」


獅子「その手の不満は言葉では片付けられませんよ」なにか案がある、といった顔だ。獅子はキマイラの中でも人望が圧倒的に高い。反社会勢力といえども、そこらの子供から多く支持されている、といった魔法のコミュ能力を持っている。


獅子「文句いわねえほどの飴を与える。例えば通常分配する信望値の数値を倍にするとか、徹底的に贔屓するんだよ」


アイラ「解放した者には二年間の信望値保証を設けているぞ」


獅子「そりゃ最高だ。合理的なのは、『政府以外の敵を作ってそいつに暴力性を向けさせる』だ」


雷「……なるほど、雨村レオンね。獅子君、本当そういうところ頭回るわね」


獅子「アイラ姫、無神経を承知でいわせてもらうが、雨村は王様を殺したんだろ。悪党扱いは簡単だ。だが、あいつらにとっては今の状況を考えれば雨村の王殺しは感謝に匹敵することだよな。雨村レオンが、お嬢の想力工作補助施設を壊したことにする」獅子は口元の橋をいやらしくつりあげる。


元帥「悪知恵が働くな。まあ、その保証が受けられなくなる。つまり、雷ちゃんのそれを雨村にぶっ壊されたことにすればいい。DSSも雨村の件に動員できないかな。同じ敵がいるってことは、一時休戦の可能性が飛躍的にあがる。その間にうやむやに出来る方法も出てくるはずだ。そこはわしも何回も使ってる手だよ」


元帥「世間の目を別に向けるために押さえておいた大物芸能人を逮捕したり」

とんでもないことをいっている。


アイラ「ふむ。そうだな、それに加えて私が彼らとDSSに対して誠心誠意の謝罪をしておこう。頭を下げる。もちろん、具体的な行動という形でも償おう」


かくして転生郷の治安維持に注力することになった。司令官達が心配だけども、あの人達なら、心配は余計なお世話かしら。雨村レオンに対してこちらからも牽制になることを多くできたらいいのだけども。


考えると、少し不安に襲われる。


ルル「……」


アイラ「なにかいいたいのなら、遠慮する必要はない。私がどういう性格かはわかっているはずだろう」


ルル「もしも、もしも貴様らが転生郷を否定した暁には」


謝罪しよう。などという雰囲気は微塵もない。


今までよりも殺気が強かった。鬼の深海棲艦の氷点下の憎悪の熱と似たモノを感じる程だ。そうか、と雷は思い至る。この人は出荷工場で、死を救いとするのは建前で本当はごめん被る、という本心を語った。そのうえで転生郷でDSSの仕事に精を出している。正義だと信じた王の政治が間違いなどと今更認めるには、その手は血に濡れすぎている。


「赦さない」


希望と絶望がごっちゃ混ぜになった狂気の瞳だった。



           ✧



はあ、日が暮れたけど、ようやく見つかった。


卯月「おー、弥生。残念ながら雨村のやつは見つけられなかったぴょん。キコリともさっき合流したところだし。おごりってことで弥生もなにか食べるといいぴょん」


キコリは酒を煽っている。「雨村捜索に飽きて露店していたら、お姫様と会ったんだ」と訳の分からないことをいっている。完全に出来上がっているようだ。


キコリ「声の力は人類最強の兵器だ」


卯月「うむ」卯月は出店でラーメンを食べていた。叱ったのは叱ったのだが、やはりというか反省した様子はなく、隣のキコリも酒が入って空気がいまいち締まらない。「でも、兵器といっても殺傷能力はないぴょん。腕力のほうが強いし」


キコリは首を横に振る。分かってねえな、とでも言いたげだ。


キコリ「暴力は悪いこと。だから法に触れて檻に行く。これのどこが強いんだ。そもそも殴られるってことに対して重傷を負うやつっていうのは精神のほうがダメになっちまって、こっちは医者でも簡単に治せねえ。声のほうは外傷がないが、陰湿極まりない」


人を殺して逃げた犯人は警察が追いかける。だけど、その犯人が酷い言葉を放って逃げても警察は動かない。例え、その言葉のナイフが相手に一生消えない傷を与えることになろうとも。そういう話かな、と弥生は考える。


キコリ「だが、声の力は大衆を勇気づけることもできる」


ぱあっと少年のような無垢な笑みを見せる。


キコリ「一つや二つくらい心に響いた歌があるだろう。音楽に勝る芸術を俺は知らない」


ない、とはいえない雰囲気だった。正直な話、歌にはあまり興味がなく、お気に入りのアーティストもいなければ心に響いたソングもいまだかつて出会った例がない。邦楽も洋楽も気分転換に聴いていた程度で、歌詞はなく、メロディだけのほう弥生は好きだった。レンタルショップで借りていたのはジャズやオーケストラばかりだ。


卯月「歌はアーティストのファッションみたいなもんだぴょん」


キコリ「歌は着飾っていない。むしろ人の衣を剥ぎ取るもんだ」


弥生「キコリさんはみんなの心を癒すために、あの、音楽活動を……」


キコリ「なんで音楽を商売にしてもいない俺が他人のために歌わなくちゃならねえんだ」むすっとした顔になる。「俺は夢中になるのが楽しいだけで別に第三者は必要ねえんだ。外でライブをして音をかき鳴らしたことは山ほどあるがな。今の俺はそうしなきゃきっと死ぬ」


弥生「デッド、オア、ライブ?」


キコリ「そんな感じでいいよ」


弥生「どうしてキコリさんは信望値を失ったんですか?」


キコリ「記者止めてから、ぷらぷらしていたが、知り合いに誘われて食品関係の仕事を始めたんだ。うちの商品でちょっと食中毒になっちまってよ、なんやかんやでその責任を取らされたんだ。会社自体は存続しているけどな。俺が責任を取らされた。その代わり」キコリは親指と人差し指で丸を作って苦笑いする。「これだけはたんまりもらえた」


卯月「お前、実は金持ってるぴょん」


キコリ「ねえよ。全部つかっちまった」キコリは手を叩いて笑う。「俺の音楽を聴いたやつの中に重い病気のやつがいてな、俺と同じく音楽やりてえっていうから、高額な治療費を俺が肩代わりしたんだ。そいつ今、俺なんかよりかなり売れてんの」


卯月「良い投資だ」卯月はキコリの肩を軽く小突く。


キコリ「売れた後に、俺のところにわざわざ礼をいいに来たんだよ。もう立派なピーターズって感じだが、歌はロックってんだからな。だから俺はそいつに、同情するなら金をくれっていってやったんだよな。すると。そいつは準四等級のワンダーをくれた」


キコリ「『魂の文字』っていってな、クレヨンを持って振ると、魂の声が文字になる。それだけのつまらねえワンダーだけど、面白そうって反応するやつも意外といるんだ」


キコリがワンダーを出現させる。縦横3メートルはある正方形のキャンパスだった。いくつか文字が書いてある。ぱっと目についたのは赤色の『義理人情』という文字と、『私にまっかせなさい』という言葉だ。卯月がそれを見て、目を丸くする。


卯月「小さな茶髪のやつで、三本立てのバッジをつけていたか?」


キコリ「おう。まさかお前、あの信望値銀行創設者との知り合いなのか?」


卯月「まあ」と答えを濁した。


間違いなく、雷、だろうね。


卯月「うーちゃんたちもやってみていい?」


キコリ「もちろんだ。弥生もやってみていいぞ」


弥生「どうも」


卯月がクレヨンを持って乱雑に振った。キャンパスに薄紅色の文字が描かれる。


『嘘をついたら本物を得られない』


よく分からない。本当にそう想っているのならなぜ日常的に嘘をつくのか。卯月は自嘲的な鼻息を噴射して、悟ったようにその文字を見つめている。「ほら」とクレヨンを投げられたので、次は弥生がクレヨンを振ってみる。青文字の色で、こう文字が描かれた。


『私の三月と、君の四月と、ルピナスと』


卯月「なんだそれ」


キコリ「よくあるよ。意味不明な文字が描かれるのはさ。でも本人は覚えあるんだ」


ああ、と弥生は納得した。三月の弥生、四月の卯月、そしてルピナス。このキーワードはおそらく建造しようと奮起した時期を表している。四月から卯月となる君と出会い、弥生になろうと決心した三月の私、そしてゆかりのあったルピナスのお花だろう。


弥生「置いといて、卯月、色々と話がある」


司令官と話したことを伝え、卯月と合流したことも向こうに報告した。引き続き、雨村レオンの襲撃に備えるのみで、次にやることは具体的な対抗手段の模索だった。司令官の事前説明によると、ピーターズは妖精と形態が似ていて、想力をメインに構成されている。つまり、彼らは艤装に近く、物資化した武器系統のワンダーは装備となる。その収集だ。


キコリ「疑問に思っていたんだが、お前ら一体なんなんだよ」


卯月「人間だぴょん。ホモ・サピエンス。救世主」と卯月はからかうようにいう。ばか、と弥生は諫めたが、「分かるわけないだろ」と卯月は悪びれた様子もなくいった。


キコリ「ピーターズの上位互換、信望値がなくなっても死なない奴らか」


びっくりした。


キコリ「あながち嘘って訳でもなさそうなんだよな。出会ってまだ日が浅いけどさ、俺ら信望値至上主義の側面もあるから、人の繊細な挙動から察するのはけっこう上手なんだよ。今まであれ、こいつらなんか変だなって思う場面もたくさんあるぜ。あまりにも常識的な知識がない上に、ワンダーを見る度に驚いた顔をしていたからさ」ピックでギターを弾いて大きな音を奏でた。「まあ、とにかく悪いやつらじゃないっていうのは分かる」


なぜか自嘲気味に嗤った。


キコリ「キルミさんいるだろ。お前らは運がいいよ。あの人は転生郷に対して否定も賛成もしていない。ありのままを受け入れて、誰にでも門戸を広げている。最も、あの人は外の権力者に相当に逆恨みされているのが有名で、助けを乞おうとするのは相当に切羽詰まった奴らだけだ。ああ、俺はちょっと事情が違うぜ」キコリはもう一度、ギターの弦を揺らして音を出した。「あの人といると、作曲意欲が出てくる。作曲って外から影響を受けて内にあるものを形にする芸術だからな。刺激的なやつと一緒にいるべきだろ」


確かに、あのバイオレンス療法は刺激的だ。キコリは少し音楽活動をしてから、帰るよ、といってテーブルにお金を置くと、どこかへ行ってしまった。街を歩きながらここへとやってきたけども、活気が溢れているのは、雷が照らした光のせいだろう。失敗しても、なんとかなる。取り返しのつかない過ちじゃなくなった、という安心感が充満している。良い音が弾かれるのではないかな、と思っていたところ、卯月の声で自己の世界から帰る。


卯月「男って分かりやすいぴょん。キコリのやつ、ちょっと明石君に似てる」


弥生の中で、明石君のイメージは綺麗な女のひとに鼻の下を伸ばす。そして、根性がある。秋月、明石さん、准将のことが大好き。そして工作が上手。鎮守府の所属は同じでしゃべったこともたくさんあるけども、出会って一か月と少しだ。卯月は一年以上だ。


卯月「弥生、うーちゃんと出会ってから建造するまでのこと覚えているかー?}


忘れたことなどなかった。心臓病と白血病の再発、生をあきらめていた時に、見た海や仲間との出会い。確実に迫ってきている死を回避するため、数ある駆逐の素質の中から適性はなく、建造というどんな病気やケガも治る可能性をめがけて、駆け抜けた日々。


卯月「正直、うーちゃん、ひどいこといっていたぴょん。医療目的の建造、適性がないなら適性を出せばいい。死にたくないなら、なんでこいつ諦めてるんだろって考えしかなかったぴょん」卯月は昔を懐かしむようにいう。


卯月「病気が病気だ。うーちゃんより医者のいうこと聞くべきだったと思うぴょん。うーちゃんが弥生を殺してた未来もあった」


そうだね、と弥生は思う。適性がどれかに50%あれば、医療目的の建造で完治する、と医者はいったが、卯月のように、適性を出せるようがんばろう、という選択肢は提示しなかった。医者の立場からしたら、性格を変えるために無茶しよう、などと重病患者にいえるわけがないのだ。それは医者として難しい問題だったのだろう。安静にするべき状態で卯月に外に連れまわされて、刺激的なことばかりさせられた。


卯月「キスカで弥生が殉職処理された時、激しく後悔したぴょん」


あれ、珍しいな。弥生は卯月の微妙なブルーの気分を感じ取る。


卯月「あのまま弥生を外に連れ出さずにいたら、海で死体も見つからず、世界から消えることもなく、上手く移植の話が進んだ未来があって、街の女の子として幸せになっていたんじゃないか。どうしてもそんな考えがよぎる日々」


出会った時の卯月は頭がおかしいやつ、という印象しかなかった。心臓が弱い、といっていっても、自分は荷台に乗って弥生にペダルを漕がせることに躊躇いもなかったし、母親から金をたかって、また母親名義の口座を使って競馬や水艇で遊ぶといった悪童だ。


卯月「大井のやつにいわれたぴょん。『あなた、キスカ島になにか忘れてきていませんか』ってな。うーちゃん、なんのことか判断できなくて、大井はそんなうーちゃんに対して『悟りに才能はあっても、判断力のほうに欠陥があるようですね』って。その通り」


あの事件から、阿武隈と卯月が解体したというのは知っているし、そこはしっかりメンバーで改めて話合ったことでもある。その時の阿武隈と違って卯月は飄々としていた。いつものこいつ。だけど、弥生はこう思った。無理すること、覚えたんだな、と。


卯月「司令官は本当にうーちゃんを見てる。思えばうーちゃんを旗艦にしようという話は一度も聞いたことがない。恐らくあいつ、出会った時からアブーには旗艦前提の話をしていたけど、うーちゃんにはなかった。本気の口説き文句吐いたのはアブーだけだったし」


卯月は頬杖をついて、深いため息を吐いた。これもまた珍しい所作だ。本当に変わったんだな、と思わずにはいられない。唇を尖らせて、司令官の暴言を吐き散らす、という弥生の想像とは全く違った。


卯月「うーちゃんは思えば、結果が良かったなら、でごまかして、判断が正解か不正解かは結果がすべてだと誤解していた節があるぴょん。気づくきっかけはキスカであった。うーちゃんの解釈は『弥生達がうーちゃんを守って死んだ。だから、負けていられるか』だ」


卯月「アブーの鬱症状は本当に酷かったから、うーちゃんはアブーのためにずっと一緒にいて、弥生にしたみたいに色々と遊びに連れ出した。でも、うーちゃんが励ましても、アブーの笑顔には影があって、お前じゃダメだ、というメッセージを感じた。あのキスカの真実を知った時、大井に判断力の欠陥を指摘された時、点が線になって答えが出て」


卯月が発するブルーのオーラがどんどん肥大化してゆく。


卯月「弥生と由良さんと長月菊月は損傷していて、フレデリカのやつから見捨てられて、姫鬼の群れ、それに加えて海の傷痕当局と対峙した。でも弥生達は大破したアブーやうーちゃんを狙わせないため、全員生還のため、進撃した。その時、うーちゃんはあいつらなら大丈夫と考えて現実から逃げてたのも事実だ」


卯月「目をそらして希望しか見てなくて、二年経過してから、司令官からスカウトを受けてあの鎮守府に戻った時、宿舎で、間宮亭で、抜錨地点で、ふとした拍子に、弥生達との思い出の場所で、弥生達を探している自分がいた。やっと真っ先にこう思えた」


卯月は顔を斜めに向けて、空を観ている。弥生からは後頭部しか見えない。


卯月「怖かったんだろうなって」


卯月「痛かったんだろうなって」


卯月「苦しかったんだろうなって」


卯月「そんなの当たり前で、馬鹿でも分かる。だからこそ、深く考えなかった。頭ではすぐに分かったから、深く考えなくても理解したつもりになっていたんだ。だからこそ、アブーと違ってうーちゃんはすぐに元気にふるまえる余裕も出来た」


卯月「そうじゃなかったから、アブーは自分を殺しそうなほど、思い悩んだ」


卯月「戦後のキマイラとの抗争で分かった。アブーは、もともと知っていたんだ。人の心の痛みを知るばかりの場所で育って、人の壮絶な痛みを見て見ぬふりして生き抜いてきたから、力の意味を、その責任を心の深いところで理解していた」


卯月「それがアブーとうーちゃんの才能の差で」


卯月「旗艦適性の有無で」


卯月「人間としての器の差だ」


卯月「それがキスカの時に分かっていたらな。後悔ばかりだぴょん」


そこで卯月の言葉は続かなくなった。ありがとう、とか、ごめん、という類の言葉はなかったが、卯月らしいな、と弥生は微笑ましくなった。言葉尻が震えているのは自覚していて、その弱みを見せたくないから、後頭部を向けて語っているのだろう。


そもそも弥生にとって、今の卯月の言葉も的外れだった。勝ち目のない戦いに勝つために進撃した。怖かったとか、痛かったとか、苦しかったとか、そんな考えはまるでなかった。長月や菊月、由良さんも色々と好ましくない過去がある。あの時の戦いの熱は、みなの可愛い容姿からは想像できないほどの、獣のような戦いだ。


長月と菊月が、鬼の形相で姫を三体も相手取り、装備が全損しても、相手に背を向けず、泣きながらも勇敢に突撃していったこと、由良さんが普段からは想像もできない怖い顔で、咆哮をあげながら、そんな二人を無視して、当局に突撃し、一撃を喰らわせたこと。


その中で弥生ももちろん奮戦した。

昔の記憶がよぎっていたのだ。どうせ死ぬ、と、当たり前のことも当たり前にできない。そんな風に生をあきらめて死を待っていただけの鬱屈した日々を思い返していた。自分をあきらめていたやつが、誰かのために命を賭けて、戦争に勝とうとしていることが、ただただ誇らしく思えたのだった。思い描いたのは全員生還の未来だけだった。結果として海の傷痕を引っ張り出すことになる戦いになった。


卯月「うーちゃんは良くも悪くも正直者過ぎたし。だから悪戯するし、嘘もつく」


弥生「うん」


卯月「でも、本当に幸せといえるものは全て誠実に向き合って手に入れたモノなんだな。うーちゃん、子供の頃、ギャンブルで楽して稼いだお金もなくなったし、嘘ついて手に入れて、適当にだまくらかしたモノは、思えば全て消えた」


卯月はキャンパスの文字を見つめている。


『嘘をついたら本物は得られない』


そういう意味だったのか。卯月なりの人生の教訓なのだろう。


弥生「卯月、私は今、幸せだよ」


全員生還、旗艦阿武隈のあの時の指示は5年が経過して、戦争終結という形を持って達成された。こうしてこんな風な話も出来ているのが幸福だ、と弥生は心底思う。卯月は「そっか。幸せか」と震えた声でいうと、袖で顔を拭っていた。



クライマックスが訪れたのは、キルミの教会へ戻ってすぐだ。


2


教会の十字架の前に、血に濡れた修道着が脱ぎ捨てられたように落ちている。その修道着には一本のナイフが刺さっていた。その傍に誰かが立っていた。あれは誰だ。いや、なんの生物だ、と弥生は混乱する。深海棲艦、陸地タイプの艤装によくみられる滑走路のような艤装を携えている。空母水鬼でも深海鶴棲姫でもない。ただ艤装が肉にからみつき、その接合部が赤黒く光っていることから、壊現象の特徴が見て取れた。そして、雨村レオンだと分かったのはその象牙色の腕だ。雨村レオンの想力工作補助施設だった。


卯月「雨村か……?」


卯月がそう確認したのも無理はない。想力省にいたころとあまりに容姿が違い過ぎる。それは深海棲艦のような見てくれになっているからではなく、病的にやつれていて、人なつっこくユーモアもある彼の雰囲気がまるで感じられなかった。司令官と、似ている。弥生は身体が震えるのを感じた。怖い。蜂の黒と黄の尻を見た時と同じように硬直した。


雨村「『今、どうしたい?』」


卯月は、一歩を踏み出して、雨村のもとへと走った。兵士の顔をしている。卯月は声の力によって攻撃的な動作を誘発されたのだ。「死ね」と卯月が雨村の顔面を殴り飛ばした。雨村「痛ってえな」


腕を軽く振るって、滑走路の鈍器で卯月を横殴りにした。卯月は地面を滑って、壁に頭部をぶつけていた。すぐに上半身を起こす。口からつうっと血を流して「ぺっ」と血交じりの妻とともに、歯が転がった。卯月はあからさまに強烈な敵意を発している。


卯月「殺したな。その修道着、キルミのもんだ」


一瞬、視界がブラックアウトした。卯月の言葉でようやく事態を把握した。キルミがなぜか殺されている。雨村は少しの間、黙り込んだ。なにか考えているようだ。


雨村「なあ、もう僕の事情は把握しているだろ」雨村は笑みを浮かべて、いった。「空母水鬼と深海鶴棲姫を知ってどう思った。彼女達は産まれた瞬間から、有罪判定の咎人だ。本当にそうなのか。違うだろ。君達だからこそ分かるはずだ。どう思う?」


卯月・弥生「絶対に違う」


本心の言葉を聞いて、雨村は表情を消した。


発した答えに嘘偽りはない。海の傷痕と同じく、ただ産まれただけだ。それを産まれてしまった、と考えるのは、別の全くなにかがそう自己肯定観を下げることでしかない。深海棲艦だって自分自身で生まれることを選んだわけではない。


雨村「深海棲艦は人間の脅威だ。殺すのが正しい」


卯月「そこも同感」


雨村「彼女達には人間の心があったんだぞ。僕に対して、助けてっていえる生き物だったんだ。でも世界のルールは彼女達の存在を許さない。卯月、僕が軍に通報したら彼女達はどうなっていた?」


卯月「殺処分か、モルモットにされてからの処分だ」


雨村「子供だった僕にだって分かった」乾いた笑いを浮かべた後、ヒステリックに頭頂部の髪をかきむしり、地面に向かって怒号を放った。「おかしいだろうが!」


雨村「心は僕たちと変わらない。そんなやつらが発見されて、生きたい、死にたくない、幸せになりたい、といっても、僕らは殺し続けるのか。そんなの間違っている」


雨村「いつの日か彼女達が外に出られる世界を夢見たよ!」


雨村「僕らが幸せに笑い合える日々を、今も馬鹿みてえに信じてる!」


卯月の殺気が、いつの間にか消えていた。だけど、感情的に吠えた。


卯月「間違っているのは社会のほうだ」


卯月「だけど、そこ論点にしてどうなるし!」


卯月「お前の覚悟の問題だ。深海棲艦に肩入れしてかばう。それならお前だってこうなることを絶対に分かっていて、始めたんだろうが!」


だから、戦うしかないのだろう。艦兵士の精神影響調査の結果を思い出した。適性率が70%ある彼女達に戦争の善悪を問えば、最も多い回答が「悲しいこと」だったのは有名な話だった。今この状況がまさしくそれだ。雨村レオンは、独りで世界と戦う覚悟を決めて生きてきた。始めから間違っている、と分かっていながら、自己を正義だと信じた。


卯月「間違っているのは社会だ。だからといってお前が正しいとはならないし!」


雨村「思っていた通りの答えだ。礼をいう」


発砲音とともに、卯月が、倒れた。今度は起き上がってこない。


雨村「だから、戦うしかない。失敗すればテロで」


雨村「成功すれば、革命ってことだ」


弥生「――っ」


大至急、卯月に駆け寄って傷の具合を確かめた。受け入れらない現実が襲う。


即死している。卯月が死んだ。殺された。


視界と脳がぐるんぐるんと目まぐるしく回って、吐き気と頭痛に襲われた。そして、慌てて希望を見出すことで、正気を保った。卯月の想は重課金だ。すぐに消失せずに、その場に停留する。まだ女神さえ供給できれば助かる余地はある。甲大将がマーシュローズの薔薇の奪取に間に合えば、戦後復興妖精達が卯月を女神復活させてくれる。


雨村「なんで君は卯月が殺されてからしか動けなかったと思う。声の力の硬直はすでに解けていたはずだよね。教えてあげようか」雨村は嗤った。「怖かったからだ。僕を見て、怖かったからなんだよ。つまり自分を優先したんだ。その結果、卯月が死んだまで」


言葉に踊らされるな、と弥生は強く自信を戒める。付け入る余地を与えれば、その傷口を広げるようにえぐられて、自傷行為に走る羽目になる。なんて、えげつない力なんだ、とその能力そのものに嫌悪感がよぎる。かといって激情に身を動かせば、単純な戦闘になるだけだ。勝ち目はない。卯月に殴られた傷は再生している。


雨村「フレデリカの研究にあったはずだ。深海棲艦と艦兵士の艤装の適性率は別だ。深海棲艦艤装は想力工作補助施設があれば、艦兵士でなくても、適応させられる。ちなみにこれはさ、船渠棲姫の艤装だ。絶対に一撃では僕を殺せない」


どうやって、雨村レオンを無力化する。


いや、と弥生は小さく首を横に振る。


弥生「なら、言葉であなたを、説得すればいい、です」


雨村「この期に及んでなんだそれ」


雨村レオンは大声で嗤う。


雨村「やってみろよ」


こいつは暴力で対処しても意味がない。言葉で説き伏せても意味がない。だったら、ダメもとで選ぶのは後者だ。もう艤装なんかつけていない。武力で戦うより、人間として言葉で対話を試みよう。可能性はないに等しい。


遥か前に卯月からもらった勇気を思い出せ。



【3ワ●:私の三月と、キミの四月と、ルピナスと】



入退院を繰り返して、入院することが多くなって、科学治療の投与薬品が増えてきた頃、そろそろ死ぬんだな、と思うようになった。10歳と少し生きたし、このまま辛いことばっかりなら潔く死ぬのもあり、だ。別に未練もなくて、生の美しさを聞いても、ふうん、と右から左へ聞き流していた。


昼間は寝てばかりいて、夜に目を覚ます。灯りがなくて、みんなが寝静まっているのは時が止まっているようで安心する。光に満ちた時間だと、今を生きる人達が未来の話ばかりが聞こえてきてナイーブになる。雨が降っているとなんだか心が落ち着きもする。


「なんだか浮かない顔してるねー」


浮いた顔で喋りかけてきた。まあ、個人部屋じゃないし、隣には一昨日から26歳の女性が入院してきている。前に看護師としていた話を聞いた限り、過労で倒れたらしい。服の会社を起業して軌道に乗らずに大変だとか。


「いえ、病院って空気が苦手なだけです。そちらも浮かない顔ですし、お疲れなら無理せずに休んでいたほうがよろしいかと」そういって、笑う。


「よく出来た子だー……」


「どこかで見たことあると思ったらあのコンクールの子か。うちの娘もピアノにハマってコンクール出てた。ゲームセンターにあるゲームから興味を持ったみたい。あいつがドレス着て弾くのは似合わないけども、お嬢ちゃんは似合いそうだねー」


うちの娘、というのはあのうるさい奴のことだろう。


「母上ー! 金よこせ金!」


また来た。「あいよ。今月はこれで終わり」と一番0の多い札をぶっきら棒に何枚か渡す。女の子のほうは下卑た笑顔で盗人が報酬を数えるように札を弾いている。親が過労で入院しているのに、お小遣いをせびるだけで心配はしていなくて、母のほうも気にしていない。ちょっと変な親子で正直、関わりたくないというのが本音。


「トイレー」と母が部屋を出ていった後、女の子のほうが母親の携帯を手に取った。「1、5、3だな」と数字を呟いて、スマホを打っていた。まあ、今となっては驚かないけども、こいつはネット経由で競馬していたらしい。信じられない小学生だ。


見て見ぬふりして、窓外に目を映した。病院の向こう、公道を挟んだところに地域では一番大きい楽器のお店があって、駐車場に停車した大きなトラックがピアノやオルガンを搬入していたのが見えた。


「ふうん、なんか深刻な病気?」


「えっと」


「あ、これ建造艤装リスト。これ検討したってことはけっこう重い感じか。しっかし物の見事に適性率が建造できないレベルのオンパレードで希望がなかった感じか」


まあ、そうだ。建造とかいう魔法をかけられたら身体の不調は全て治って健康体になるというのだからすがらない手はなかったものの、全滅だ。希望はある、と思っていただけにため息の回数が増えただけだった。希望は絶望に変わってばかり。


「適性ないから無理だって医者に言われた?」


「この方法は無理だっていわれた……」


「そいつ、やぶ医者だぞ」お菓子の袋を開けてポテチを食べながら、信じられないことをいった。「私とお前でその病気を治せるかもだし」


「……死ね」


「ひどいし……信じてないなー」むすっとした顔になる。「諦めるから希望が絶望に変わるんだぴょん。お前、まだまだ子供だから、いくらでも変われる。可能性があるってこと」


「ばいばい。今日から病室、変わる」


心臓機能障害、それはもう慣れたけど。


そういう言葉はいいや。


この子はきっと健康で元気だから、そんなデリカシーのないことを言える。


もう、無視した。


2


その日、病室が変わった理由を知った。


加えて羅漢した追加の病気の名前を。


死を強く意識させる病気だった。


死ぬんですか、とは聞かなかった。


誰に聞いても似たような希望の言葉が出てくるだけだから。


私に身体を譲ってくれるヒーローの登場を願うしかない。


読んでいたルイス・キャロルの小説のページにしおりを閉じた。私もウサギの後でも追って穴に堕ちれば、不思議な夢でも見られるのかな。


この本を図書館に返却がてら、ちょっと散歩しよう。


まだ、独りで歩けるうちに。


3


涼もうとして近場の図書館に入ったら、昨日のあの子がいた。図書館の机の上で勉強している子にちょっかいをかけていた。絡まれた眼鏡の子はうっとうしそうに軽くあしらって、勉強を再開している。あの子、ここに来たら必ずといってもよく見かけるな。


「あたしゃ医者になる」


なるほど、だからいつも勉強しているんだね。


「へえ、医者になりたいのかー」


「別に……」


背もたれにもたれて、天井を見上げた。


「勉強しないと親が怒るんだよ。将来、勝ち組になれってうるさい。親が私の職みたいに、誰でも出来る仕事なんかに就くなって。だから勉強してる……」


深いため息をついた。


「あの私立、受かってるかな……疲れた」


「遊ぼー?」


自己中な子だな。疲れたっていってるのに。


「あ、昨日の」


こっちに気づかれた。


「遊ぼー」


腕を引っ張られて外に連れ出されてしまった。


「荷台に乗るから、指示する通りに運転して」


とんでもないやつ。


4


「無理、代われ……」


自転車1分漕いだら息が上がった。猛暑の中、汗を足らしながらペダルを回して、こなくそ、と頑張っていたものの、この日が照るアスファルトの坂道を見たら心が折れた。


「私が一番、疲れてるんだけど……!」


眼鏡の子は走ってるからね。


「仕方ないなー……お前も荷台に乗れし」


「頼む……私も身体、弱いんだよ……」


チェンジして荷台で休む。坂道をのぼりおえると、次は下り坂だった。くねくねとした細道の先に海が見えた。大きくうねり狂うように激しく高い波と、明け透けの広大な景色に息を飲んだ。


下り坂で速度が上がる。振り落とされないように、前の子にしがみついた。「きゃははは!」と下り坂なのにペダルを漕ぎ始める。この子には恐怖がないのだろうか。速度が出過ぎて、気分が悪くなってきた。吐き気と戦っていると、急ブレーキだ。


「何者だ。お前らここになにか用か」


頭から肩口まで白髪の女の子だ。手には竹刀を持っている。


「なんか強そうだな」


菊月「ふっ、見る目はあるか。我が名は菊月……」


よく分からないけど、嬉しそうだ。


「決めたし。今日はこの中を探検するぞー!」


菊月「おい待て」竹刀の先を向ける。「鎮守府は関係者以外、立ち入り禁……」


ハラリ、とその子が履いていたスカートが地面に落ちる。自己中な子が目にも止まらぬスピードでスカートを脱がした。


菊月「決闘の申し込みと見た! お、おい、ちょっと待て!」


スカートを履きなおしている間に正門を抜ける。


由良「ふふ、第一の門番は倒されてしまったか……」


第2の門番らしき人が立ち塞がる。ぴんく頭のお姉さんだ。


手になにか持っている。長方形の箱から、筒が伸びたような、よく分からないモノだ。鉄砲かなにかだろうか。


由良「提督、どうします?」


フレデリカ「ここは一般人の子供が来るところじゃありませんよ。というか今は武器を持ち歩いているから、本当に勘弁してください。あ、お人形さんを後であげますから」


「人形なんて要らねー」


フレデリカ「ただの人形ではなく髪が伸びる人形で、お寺にも引き取り拒否されたいわくつきですよ。すごく可愛いらしいです……愛情を注げば期待に応えてくれる」


「い、要らないし!」


フレデリカ「あなたはなにをしに? 良かったら私が作った人形師の童話でも聞きますか?」


にやにやと笑い始める。変な人だ。


「3年後の下見ー」


その子はきょろきょろと建物を見渡す。


由良「下見?」


「建造はしてる。今年の4月からアカデミーに通う予定の睦月型四番艦卯月だぴょん」


「ほら、証明書は発行してもらってる」


え、この子、建造した兵士だったのか。思えば先ほど、後ろに二人も乗せた自転車で坂道をなんなく自転車でのぼっていった。あのパワフルさは建造パワーだったと。


由良「へえ、だってさ、聞いた?」


菊月「こいつが卯月か。適性データ通りの問題児だな」


卯月「まー……菊月、お前は弱そう」


菊月「なんだと……?」


卯月「そっちのピンク頭は強そう」


菊月「確かに由良さんと比べられたらな」


卯月「ちょっと装備貸してー」


由良「ダメ」きっぱりとシャットアウト。


フレデリカ「ふむ、装備でなにしたいんです」


卯月「戦う以外にあるかー?」


フレデリカ「そうですか。由良、訓練の的で精度勝負でもしてあげなさい」


卯月「いいのか! うわ、誰だか知らないけど好感度超あがったぴょん!」


由良「ええー……いくら建造しているとはいえ、アカデミー入学前の街の子に装備貸しただなんて上にバレたら怒られますよ」


フレデリカ「大丈夫です。菊月と長月に姉妹艦が増えるのはいいことでしょう」


由良「ああ、唾かけておこうってことですね……」


菊月「いや、このクソウサギは不要だ」


フレデリカ「そうですね。負けたら、卯月さんはアカデミー卒業後にこの鎮守府に着任希望を出すのはどうです?」


菊月「私の話を聞けよ……そもそも私と長月は休みの日に見学に来ただけでまだここに着任希望を出すかは分からん」


由良「来なよー」


菊月「……一年後に返事する」


フレデリカ「卯月、ハンデをあげます。由良の的は1キロ離れた場所、あなたは50メートルです。どちらかが当たり、どちらかが外せば決着で」


卯月「ハンデは要らない」


ということでその子はピンク頭のお姉さんと的当て勝負をすることになった。


「なあ、その本、ルイス・キャロルのやつ?」


眼鏡の子がポーチの中の本を指差した。


「うん」


「私は戦うとか、そういうの、見るのも嫌いだから貸して」


「いいよ。私は……海が見たいかな」


結論から言えば、卯月は負けた。


けども、白髪頭の菊月とピンク頭の由良さん、人形の大人も、驚いたような顔をしていた。なんと、卯月は1キロ離れた訓練的に4回連続で当てたらしい。初めて装備を使う子が出来ることではないとのことだ。


「ああいうのが才能っていうんだよな」


眼鏡の子はいった。


卯月「見てて楽しかったかー? 帰るぞー!」


「建造か……」眼鏡の子がいった。「私も適性出せば、治るかな」


卯月「うん? お前も身体が悪いの?」


「ちょっと心臓機能不全」


4級の障害者手帳。


「白馬の王子様でもヒーローでもなさそうだけれど、このウサギについていけば新しい世界に行けるのかなー」


「私はあまり遊べない。病院にいなきゃ」


私は2級だ。


ちょっと夕陽の眩しさで、頭が痛くなった。


由良「はい、これジュースの差し入れ。提督が車で送っていってくれるから、自転車は私が乗って届けてあげるね」


卯月「助かるぴょん」


由良「あれ、君は要らない?」


「ありがとうございます」


受け取ったけど、口内炎があるからジュースは飲めない。


卯月「さてお前ら適性データの中でどいつになりたいし」


「……私に合ってそうなのは望月?」


卯月「そいつダメダメなやつだぴょん……」


「卯月の適性者にいわれたくないかな……」


由良「あのさ、兵士になりたい訳じゃないんだよね?」


真剣な顔をして、お姉さんは膝を追って眼鏡の子の視線に合わせる。


「戦いは嫌だ。建造したらどんな病気でも治る。それ」


由良「そうだね。怪我もすぐに治るよ」


お姉さんは内緒、と悪戯に笑って連絡先を教えてくれた。なにか分からないことがあればいつでも聞いてねって。


卯月「お前はどれがいい?」


「こんな風に遊べる日は、すごく珍しいし、本来はダメなこと」


由良「……」


卯月「治したくないの?」


「あ"?」


卯月・由良「――――」ビクッ


治したくない、とでも答えると思っているのだろうか。愚問すぎて無神経な言葉にイラッとした。


「白血病、再発したんだぞ」


卯月「だから? 死ぬの?」


こんな風に返されるとは思わなくて、ちょっと面を喰らった。こいつはなんなんだ。病気のことを知らないのか、それとも知った上でいっているのなら唯我独尊天上天下の性格だ。きっとこいつはこれからも無意識に無神経な言葉を吐き続けるだろう。


「そういえば前に病院の医者がやぶっていって、あの時、あなたと私なら治せるっていったけど」


卯月「適性がないなら適性を出せばいいぴょん。オール完治の50%までな。どんな病気も怪我も治るし、だからその方法をいわなかった医者はヤブっぽいし、うーちゃんとお前ならその未来はつかめるかもしれないって思ったぴょん」


そ の 発 想 は な か っ た。


もしかして、と思うと同時に、そんな簡単に変われない、という諦めの考えも過る。でも、この時はこう思った。どうせやることないし、やってみてもいいかもしれない。読んでいたルイス・キャロルの小説のページにしおりを挟んで閉じた。


卯月のことを調べた。建造すると髪の色が赤くなる。この子の頭頂部は赤い色の髪が伸びて来ている。なんか悪さばっかりしてるのもしっくりくるな。


卯月「でも、止めとけ」


卯月「その病気なら、医者の指示に従ったほうがいい。下手したら寿命縮む」


「私は……」


別に長生きしたいとは思わない。


この病気にかかった人がヒーロー現れるのを待って長蛇の列を作っている。再発してしまったことを考えるとこれから先はほとんど運といってもいい。どうなるか分からない病気だ。


卯月「ほいこれ、うーちゃんをフォローするぴょん」


「スマホ……?」


卯月「うーちゃん、3つ持ってるから貸してやるぴょん。連絡先も入ってるし、最近はSNS始めたからついでにフォローしとくぴょん」


ガラケーしか持ったことなかった。


その白鳩みたいなマークのアイコンをタッチして、うーちゃん、とかいうアカウントのところにいった。これは日記帳、みたいなものなのかな。でも、不用意に世界と繋がるのは好きじゃなかった。ネットは悪意のない暴言に溢れている。


ピコーン、と通知の音が鳴った。


届いた文面を見て、眼鏡の子がいった言葉を思い出した。


親が私の職みたいに、誰でも出来る仕事なんかに就くなって。


だから勉強してる。


それは、悪意のない暴言だ。


「私は誰でも出来ることも出来ない」


私は人間として問題外だってことなんだろうか、と思う。


激しい運動はおろか、立っていることすら、すぐに無理になる。学校だってすぐに休むし、毎日三食、食べることも厳しくなってきた。


由良「お姉さんが良いこと教えてあげよう」


不意にお姉さんの顔が寄ってきて、おでこにお姉さんのおでこが優しく触れた。とってもいい匂いがした。


由良「君は分かっているだろうけど」


お姉さんはいった。


この時の言葉はずっと胸に焼き付いてる。


由良「この世界に誰にでも出来ることなんてない」


由良「でもね」


由良「君にしか出来ないことはある」


由良「それだけだよ?」


卯月「なんか、うーちゃんの母上よりママっぽさがあるぴょん……」


無茶は承知。適性を出すため、自分を変えてみるのはアリじゃないかな、と思った。


これこそ、私にしか出来ないこと。 


私だから、出来ること。


3月の、出来事。


5


「おはよう」


「おはようございます!」


看護師さんが手から体温計を落とした。びっくりさせてしまったようだ。いつもは面倒なので無視していたし、とりあえず自分らしくないことをしようと思って大声出して挨拶してみたんだけども。


とりあえず嫌いな食べ物も食べて、貸してもらったケータイから、世界へとアクセスして、この籠の中の隙間から遠くの景色に眼を凝らしてみる。


南アメリカで、宇宙飛行士になるのを諦めて、家業のハチミツ売りを始めた少年。


南アジアで、立派になるんだ、と断食を進んで始めるヒンドゥー教の少年。


ヨーロッパのレンガのお洒落な路上で花と服とクッキーを売る少女。


本よりも面白いお話がいっぱいだ。


自分を発信するのは怖かったけど、アカウントを作って病院の庭に飾ってあるお花の写真を撮って投稿しておいた。何のお花だろ、と呟けば、誰かが答えてくれた。


『ルピナスだってさ』


『私の妹がお花に詳しいんだよ』


白い錨のマークのアイコンの誰か。


どうやって返そうか悩んだ挙げ句、そうなんだ、ありがとう、と返した。ネットは意外と優しい人も多かった。病気になった、と書けば、心配するような言葉がきたり、同じ境遇の人なんかからも励ましてもらった。強い人だな、と思った。


面白いアプリを見つけた。


ネットで検索する時のように、条件を絞って、そのプロフィールの人に匿名で単発のメッセージを届けるというネット版の文書鳩だ。元気ですか、と送れば、誰かから元気です、と返ってきた。 そんなことが楽しい。


なので、『艦娘』と条件を入れてメッセージを飛ばしてみた。


『駆逐艦娘の愚痴です。もうすぐ大きな作戦があるのに、司令官が執務してくれなくて鬱になりそうです』


そういえば、艦娘の世界のこともよく知らない。ただよく分からない海の害のある生き物がこっちに来ないようにしている、ということくらいだ。卯月のことも、あの由良さんのこともある。調べてみたら、なんと


「世界を守ってる……」


らしい。スケールが大きすぎる。私と同じくらいの子達が兵士として戦うだなんて。そっか、だからあの鎮守府っていうところは関係者以外は立ち入り禁止で、鉄砲みたいなので的を狙う訓練をしていたようだ。


「私のように怪我や病気の子も多い?」


建造すれば元気になる。建造すれば居場所が出来る。特に駆逐、と呼ばれる艦種の依り代になった子達は訳ありが多いようだ。そうだよね。やっぱり事情がないと戦いになんて出ずに学校で友達と遊ぶよね、と納得した。


一番、面白いお話がそこにはあった。


この前に見たあの広大な海は不思議なエピソードで溢れ返っていた。その海にはまだ未知があって、ロマンで満ちている。知れば知るほど絵本を越えたファンタジーだから、私のように夢を見る人も多いのだ、と分かった。


『病気、治すために適性、出す訓練します』


と文面を投稿した。


病院の中で行われる学校の授業に参加した後、携帯が何度も点滅していた。お返事がいくつかあった。戦争参加を止めようとする声が2割、その他は応援、そして軍の関係者と思われる人からのアドバイスも来ていた。なろうと思ってなるのは難しそうだ。


『とりあえずお前はその悪い口を直せし。軍に行くのなら言葉遣いも大事だぞ』


ウサギのアイコンのやつから。卯月だ。それは前々から思っていたので、気をつけよう。そのほとんどの悪口は八つ当たりみたいなものだとも自覚していたのだ。ただこの卯月には指摘されたくはない。お前もな、と書き込もうとしたが、止めた。


『君は適性を出したいのかい?』


あの白い錨のマークの人だ。


『1つ、私から教えてあげる』


『駆逐はさ、戦うということを分かっていないと、適性は50%も出ないんだと思う』


『私の姉妹は戦争に向いてないけど、戦うことを分かってた』


戦いを理解ってなんだろう。曖昧でよく分からない。けれど、アドバイスだと受け止めておいた。


その1週間後のことだ。


治療は続けているけれども、物を食べたらよく戻すようになった。


6


「5%かー」 


もはや日課だ。小太りの医者は診断ついでの適性検査の結果を見ながら、間延びした声でいった。


なんで医者は深刻な場面でも軽いノリなのだろう。


「5%」かなりあがっている。希望の確率だった。「あの、一か八かで」


「焦っちゃダメだよ」


適性を出す訓練をこの医者は頑なに勧めない。それに薄々気づいてもいるのだろうけども、医療と称しても、性格を変化させる、というのは責任の所在で医者が大々的に先導できる分野ではなく、心理カウンセラーでもアウトの領分で、あくまで相談、という形にしないといけないらしい。


その翌日。


「15%……」

かなりあがっている。


その翌日。


「7%」

半分以下に下がった。


カタログの弥生艤装を見つめる。どうもこいつは私にこうお断りしているみたいだ。


お前じゃ役不足だ。


死ね。


7


卯月「ウサギみたいだぴょん」


見舞いに来て、そんなことをいう。


卯月「25%あれば賭けてみる価値はある。医者が止めたのは建造のシステムゆえだぴょん。あれはだな、建造すると意識を失ってその間に軍艦の夢を見る」


「船の夢見ってやつ?」


卯月「そうそう。戦争のな。うーちゃんなら卯月だけど、仲間や自分が死んでいく風景に良い気分はしなかったし、なにより人によっては精神ダメージ喰らうからな。お前、心臓機能不全もあるから、25%じゃ安全には程遠いし、びっくりして死んじゃうウサギみたいになるかもだぴょん」


なるほど、お医者さんの立場から今の段階でそんな博打は勧められないからドクターストップをかけたのだろう。


「お前、そんなに海で戦いたいのー……?」


眼鏡の子が参考書から顔をあげた。


「病気を治したい、だけ」


間違っても海に出たくはなかった。どう考えても、兵士だなんて性格じゃなかった。そもそもせっかく病気を治して、戦争に出るだなんて、本末転倒というやつだ。


「私は別に適性出たら海に出ても良いとは思うんだけどな……」眼鏡の子は意外なことをいった。「白露型とか吹雪型とか陽炎型とか睦月型とか、姉妹多くてさ」


卯月「まあ、誰にでも出来ることじゃないぴょん」卯月はそういって笑った。「親にいってやれし。医者よりもずっと数が少なくて誰かに必要とされている仕事だってな」


「……そだな。ところでお前、どの適性が25%も出たの」


「睦月型3番艦弥生」


卯月「へええええ! うーちゃんの姉だぴょん!」嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねて、スマホを弄り出す。「あの鎮守府の白髪頭の菊月と、もう一人、緑頭の長月ってのがいるんだけど、その二人も睦月型だぴょん」


菊月《弥生? そいつはいいな。卯月はともかく、弥生は手がかからなさそうな姉妹だし、来て欲しい》


卯月が「ますますあの鎮守府に着任したくなったぴょん」


その日はそんな話をした。夜が来てから、とても幸せな話をして、希望ある未来を夢見ていることに気付いて、嬉しさのあまり寝付けなかったのだ。だから、こっそりと夜中に抜け出して看護師さんの監視の目を抜けて、夜の街を散歩してみようとしてみた。


卯月「……なんでかな」


卯月はいった。お前の考えていることがなんとなく分かる。


8


迷った。この病院は広くて、建物内部は把握し切れてはいない。ただ夜中でも慌ただしく、看護師の方が動いていたのを覚えている。そういえば外にサイレンも長く響いていた。扉の前に座り込む。この扉の前は少しくぼみがあって、廊下からは見つからない。


「事故か」


けっこう大きな人身事故があったことを知る。SNSにアップされている写真からしても、倉庫を連結したような大きな車が大通りで横転していて、たくさんのバイクや車が、歩道を超えて転がっており、警察の姿もある。緊急搬送口のほうが騒がしいから、交通事故に遭った人達の受け入れをしていることに気づいた。


そっと病室に戻ろうと腰をあげる、来た道を引き返し、階段まで来たところで、一階から更に下に降りる。病院の地下って何があるんだろ、という好奇心だ。


階段を降りたところで、病院の職員がいたのを見かけて、階段裏の物置にとっさに身を隠した。数名が慌ただしく動き回り、階段を駆け上がっていく。ここはどうしてだか、車のエンジン音が一階よりも大きい。地下駐車場が近くにあるのだろうか。


「あそこの部屋……」


あの鎮守府で色々なものを見てから好奇心が強くなっていた。そそくさとその扉の前に移動した。鍵を閉め忘れるほど、慌てているのか。扉を開くと、真っ暗闇だったので、スマホのライトを頼った。目前にあるのは長方形のナニカだ。あ、と瞬時に察する。 


霊安室。


なぜ、それを見てしまったのか。きっとあの鎮守府や戦争のことを知ってしまったからだろう。そして自分が死に近い生であること、死ぬってなんなんだろうな、と思ったのだ。今思えば、死の眠る箱は、運命の扉だった。


「っ」


すぐに、その部屋から逃げ出した。綺麗に整えられる前の、ありのままの死体が、強烈すぎた。弛緩した全身の筋肉でぶよぶよになって、顔の形がしおれた植物のようにへなへなで、目を見開き、皮膚がどす黒かったり、紫に変色していた。


納棺師が口や目に綿を詰めて、生前の状態にメイクするままのありのままの死体が、強烈すぎた。


「ひい……」


お化けにでも襲われたかのように、その場から逃げ出した。


階段で足を滑らして、無様に転んだ。


「い、いたっ」


足首をひねってしまった。立ち上がる気力もなくなっていた。真っ暗闇の中で、少しのサイレンの音と車のエンジン音が聞こえる。


数秒の後、景色が切り替わる。黒煙があがり、炎上し、砲弾の発射音、その中で動けず、波に弄ばれるだけの自分がいた。なぜ、こんな光景が見えるんだ。意味が分からない。あれを待っていただなんて、怖気が走るのだ。


誰か助けて。私、体が弱いんだ。


でも、知ってた。


体じゃない。


痣が出来るのは、体が軋むのは、痛くて、苦しいのは、もうダメだ、と耐えきれなくなって、ギブアップするのは、


“お母さん”


“元気な身体で”


“あなたを産んであげられなくて、ごめんね”


いっつも心のほうだった。


――――駆逐はさ、戦うということを分かっていないと、適性は50%も出ないんだと思う。


あの白い錨のマークの子のメッセージを思い出した。


戦うってなんだ。


孤立無援だろうが、燃料なかろうが、灯台が見当たらなかろうが、単純だ。死にたくなければ、生きるしかない。それが戦う、ということだ。ひねった足でも立ち上がって、階段をのぼる。


よぎる。水死体が一番、気持ち悪いよね。いつの日か看護師から聞いた言葉だ。あの鎮守府の人達は、卯月は、そうやって死ぬ可能性が高い場所に向かおうとしている。無論、自分自身も、だ。それがどういうことなのか。


心臓の鼓動が震える。ああ、倒れる。


起き上がる。倒れる。腕をつかってもがいて、前に進む。足の力が不意に抜けて、倒れて、鼻を地面にぶつける。感覚のある手でてすりとつかみ、起き上がる。「なぜこんなことをするの」誰かがいった。「意味がないよ」きっと卯月と出会う前の私が、そこらのモノに乗り移って、私の奮起を邪魔する声を発する。「死ぬのを待とうよ。早いか遅いかだけ」


「違、う」


死は、訪れるのが早いか、遅いか、じゃない。少なくとも、今の私は、死ぬにはまだ早すぎる。今まではただただ生きる理由も必要も見出せなかっただけだ。今はもう違う。世界と繋がり、今、死と直面し、友達も出来た。


命がうづきだしてきたのだ。


「私は、死にたく、ない」


階段の上に誰かが突っ立っていた。職員じゃない。小さな子だ。


自分だ。いるはずのない存在がそこに立っている。顔や体躯はそっくりでも、見たこともない制服と、月の髪飾りをつけている自分だ。


こっちを見ていたが、駆け寄っても来なければ、声も出さずに、ただ見下ろしている。ただの幻影のくせに、上からこんな言葉を投げてくる。「待っていれば、消息不明の家族が見つかって移植出来るかも、しれない」


世界にとって私の命なんて些細なものだろう。例え神様にとって小数点以下の意味のない乱数調整だとしてもかまわない。むしろ、神様に気に留められてもいないほうが、チャンスだ。だって、もう少しで、『弥生』に手が届きそうだ。


ゆっくりと、そして一階まで戻ったところで、盛大にこけた。


「………ふふ」


そいつに笑われた。

体も心も、あっちこっち痛いけど、起き上がる。ほとんど頭の中は真っ白で、病室へと戻ろうと足を動かしていた。その子は私が見た夢だったのだろう。弥生となった自分の未来をも、通りすぎた。


「ナイスガッツ、です」


それを最後に背後の気配は消えた。


戦うってのはこういうことか。

納得した。


その翌日のことだ。


私には弥生の適性が、90%、宿っていた。




世界を守るための体と心を、手に入れた。



           ✧



なのに、どうして卯月は死んだ。


あの日よりも遥かに苦しい。歯を食い縛っても、目頭が熱く、あの時は流れてこなかった涙がとめどなく溢れてくる。視界がぼやける。神に届く場所にある十字架がゆがんで様々なモノに見える。十字架、磔代、剣、そして夜空に輝く星の光にも見える。


弥生「それでも、弥生は――――」


雨村レオンに伝える言葉はただ一つだ。


弥生「あなたを赦したい、です」


雨村レオンが目を丸くした。


真理、といえば大げさかもしれない。


けれど、ついさっきこの人が間違ってなどいない、という本心も自らの口から飛び出した。正義の反対はまた別の正義、だから今、雨村レオンと私達は衝突している。希望の邪魔をするのは、いつだってまた別の希望なのだろう。


多くの希望があれば、絶望も多くなる。オセロのように多ければたくさん裏返ってしまうのと似ているな、と弥生は不意に思う。


弥生「だから、あなたも、私達を、赦して、ください」


懇願するように、弥生はいう。雨村レオンとの距離は、ないに等しい。雨村は眉間にしわ根を寄せた。なにもいわない。手を出してこない。しばらくして、こういった。


雨村「『今、どうしたい?』」


乾いた音が、響いた。右手で、雨村レオンの頬を張っていた。


雨村「ほらな、結局、僕が赦せないんだろうが」


髪の毛をつかまれてぐいっと引っ張られる。見上げると、深海棲艦特有の赤黒い瞳がそこにある。


弥生「当たり前です……!」


敗けずに睨み返した。卯月を殺されているのだ。


弥生「今、どうしたいか、だなんて、答えは決まっている。お前を、ぶっ殺して卯月の仇を取ってやりたい。だけど、それをしたら、ただの動物です。深海棲艦を殺すのと変わらない。ここは感情を殺して矛を収めるのが人として正しいあり方です!」


弥生「あなたは間違ってなどいない。それは人間としての心でトビーさんとズズムさんを助けたからです! でも今、人としての正しい在り方を取らないのなら――――!」


弥生「あなたはその時の良心を失い、完全に道を踏み外してるってこと、です!」


雨村「なるほど。ぐうの音も出ない」


あっけらかんにいった。


弥生「なら、」


雨村「社会の決まりに背くエゴだったんだよ。人として正しいとか、そんなの関係ないんだ。ただ僕は僕の正しいことをしただけでもね」


雨村「だってそうだろ。そのために、始まりの時期に僕は実の両親すら、手にかけている」


雨村「僕はね、最初から間違っていると分かっていて始めているんだ。言葉で僕を説得するだなんていうから期待してみれば、的外れな自己理論ばかりだ。目の前にいる存在をこれっぽっちも理解していない」


雨村「深海の提督やるって、人類を敵に回すってことだ」


雨村「だから、温かい心でも、もっともな正論でも、僕を無力化できる訳ないだろ。その言葉で、深海棲艦は攻撃を止めないのと同じだ」


雨村「もはや理屈の段階じゃない。ここまでやって、妥協なんかできるかよ」


雨村「僕らだって、お前らが、あの日、最高の結末を手にしたように、全部を獲りにいく。君の司令官と同じく、勝利をもってしての戦争終結のために僕は人生を投げ売った」


雨村「ラスボスのお前らを力ずくで捩じ伏せる」


ああ、そうか、と弥生はようやく納得した。


雨村「君に恨みはない。打ち明けると、殺す必要性もない。それどころか今の言葉を聞いて敬意を払うに値する人格者だと認識したよ」


雨村「でも僕は君をぶっ殺すんだ」


雨村「現代が産み落とした君みたいないい子を良心の呵責なく殺せずして」


雨村「なにが革命だよ?」


ハッキリと断言できる。


この悪魔は、私じゃ手に負えない。

司令官にピュアでワンギリをかける。


           🐲



甲大将「姫からの許可はもらっているし、連絡も届いていたんだが」


ファンタジー世界らしく、宮殿もイメージそのままだ。アイラ姫から許可は下りているものの、ややこしい問題に直面した。宝物庫はアイラの命でも外様は通してはならん、との遺命があるとのことで、入場をお断りされたのだ。


一度、引いたのは姫の名を出した以上、力ずくで突破したらアイラ姫の面子がつぶれるため、改めて指示を聞く必要ありと判断したからだった。その甲大将の判断に龍驤は不服だった。露骨に態度や口調に出る。


龍驤「正面切って堂々と行動しようとするのは甲ちゃんの悪いところや」


甲大将「おかしいんだよ」甲大将は低い声で唸った。「誰も通すな、だ。私はそこを二度、確認したし、姫の許可があるというからさ、その遺命の文書も見せてくれただろう。間違いない。誰も通すな、と書いてあった。現海界のシステムはこの世界にはねえし、騎士団の最高位が普段は運搬を指揮するって話だが、その騎士様も中に入れねえわけだ」


龍驤「マーシュローズの薔薇、どうやって中に運び込むのかってことか」


甲大将「やっぱりこれ雨村に一杯食わされたか」


その言葉の意味を龍驤は思考する。


雨村レオンが王を殺した。これは何のためかといえば、どう考えても王が死して化ける物資がマーシュローズの薔薇であることを知っていたからだ。王の物資は王家の宝物庫で眠る、ということから、当然その物資もそこに運び入れられるモノだと考えた。


龍驤「もしかしてあの現場にいたのは、王を殺すことともう一つ目的があった、ということ?」


甲大将「王を暗殺するのになぜあの殺し方を取ったのか、も考え抜くべきだった。ありゃ間違いない。どさくさに紛れてマーシュローズの薔薇を手中に収めるためだ。あいつの想力工作補助施設の管理運営能力なら、ダミーを用意できても何もおかしくねえ」


龍驤「なら、雨村レオンが所持しているってこと!?」


転生郷の外にまで出たのに、とんだ無駄足だ。しかし、龍驤としては願ってもないことだった。最初からそっちのほうに首を突っ込むべきだと考えていたからだ。


甲大将「お前の悪いところ。熱くなると即行動に移そうとする」


電「全くなのです。江風さんですか。龍は知性の生き物です」電は嫌味ったらしく、いう。「宝物庫の番人が嘘をついて実は中に運び終えている可能性だってあります。確認すべきなのです」


甲大将「電のいう通りだが、悪い。迷っている。龍驤か電だけでも准将のほうに移すべきか、それともってな。結論、宝物庫に強行だ。なにか面白いワンダーもあるかもしれん」


龍驤「雨村が所持しているってことは、それを守り抜く策があるってことやん」


電「トビーさんに渡したかも。とにかく答えを確信できない状況なのです。そもそも、雨村の手に渡っているのは壊している、というのが合理的ではないのです?」


龍驤「それはあるけど、希望もあるやろ。あいつ、黄金のハイビスカスはなぜか壊しておかなかったし、あれはなにかうちらが最終海域の鍵以上に意味があるモノなのかも」


甲大将「アイラ姫から連絡来たわ、三人で強行突破してくれてもいいとよ。電、手袋を片方、私にくれよ。お前はいなずまソックスでいい。龍驤は中に入ったら艦載機を飛ばしてくまなく中を調べろ。電はそのソックスで走って探せ。私は騎士団長様のところに行く」


電がはめていたパワー手袋の片方を脱いで、甲大将に渡した。


作戦会議を行った後、甲大将と別れて行動を取ることとなった。


2


宝物庫まではまた辿り着けた。アイラから直接、伝えて欲しい伝言がある、といえば、渋い顔をされたが、門は再び開かれた。ここから先、一キロも庭を歩いて本殿のほうへと向かう。何度も豪勢な扉をくぐり、弾力のある赤いじゅうたんを歩いて、地下へと向かう。案内人の騎士から「この絨毯は私の父でして」といわれた時は、反応に困った。地下水路を歩いているかのように、こつん、と足音がおおげさに反響する。


揺らめくろうそくの炎を10本を超えたところで、宝物庫の前へとたどり着いた。幸いなのは王家の墓の役割もあり、厳重さよりかは華やかさに重きを置いており、鍵は厳重そうだが、奥深くということもあり、特別、堅固な扉ではなさそうなところだ。


「アイラ様から連絡が入り、私の耳にも入っています。直接とのことですが」


門番は腰の剣の塚に露骨に手をかけている。疑われているようだが、騎士は案内人を含めて三人だ。電の容姿、龍驤の容姿の見てくれは幼い女にしかすぎず、また腕に覚えがあるのだろう。少なくともなにかあっても三人で対処は可と判断しているようだ。


電「ごめんなさい」


電がパワー手袋で目の前の門番を殴り倒した。次に消失を錯覚する速度で他の門番をささっとブン殴って再起不能にした。剣を抜く暇もない見事なお手際だ。電が扉を力で壊しにかかっている間に、騎士達の手足を服をちぎって縛り、鍵がないか探してみたが、持っていない。中は巡回しないのか、それとも中を巡回するのは番人とは別なのか。


電「この扉、パワー手袋でも、こ、壊れないのです!」


龍驤「騎士達を巻き込まんように、後ろに下げてな」


艦載機発艦、彗星の爆撃で扉を強引にぶち破る。瞬時の判断だ。どうせ遅かれ早かれ、案内人の騎士が戻らないことは不振に思われるだろう。爆弾を放ったことで、上にもすぐにバレるだろうが、この扉の中に入れなかったら元も子もないのだ。


電「むちゃくちゃやりますね!?」


龍驤「お前だけにはいわれたくないわ」


軽口を叩ける余裕はある。


爆炎の中を構わず抜けて、宝物庫、王家の墓場の内装とご対面だ。てっきり金銀財宝の山でもあるかと思えば、芸術品コレクターの自慢部屋のように、骨董品の類、絵画、それにいかにも聖なる、といった装飾の剣や盾、誰か分からない銅像といったモノが、並べてられている。第一印象としては美術館といったところだ。


意思疎通を駆使して艦載機も飛ばし、マーシュローズの薔薇の捜索に当たる。


五分経過したが、見つからない。艦載機を戻して報告も受けても、見当たらないとのことだ。まだ騎士が押しかけない。ここまで来るのに無駄に時間がかかるのが幸いしたんかな、と龍驤は思う。


電がぼうっと突っ立っているのを発見した。


扉がある。どす黒く、分厚い無骨な鉄製の扉だ。まだ奥があるのか。


龍驤「電、なにしとんねん。それも壊せへんなら、また――――」


電「ここ、見てください」


電が指さした先には三つのくぼみがある。


龍驤「このくぼみの形、花、か?」


電「ハイビスカス、サクラトロフィー、バラの形です」


その三つのキーワードで連想するのはそれぞれの世界の入手目標の花だ。そして、龍驤も察した、気付く、というよりは、感じ取り、見抜いたというべきか。その扉の黒はなぜか、深海棲艦の気配がする。もはや本能に近い。憎悪に濡れた姫の気配を向こうから感じる。


恐らく、反転鏡面彼岸界へと続いている。


視界の脇にあった壺がかすかに振動した。次の瞬間には、激しい揺れに襲われる。地震を疑ったが、どこか違う。激しい衝撃が何度も定期的に行われているような、感覚としては爆撃をされているような、そんな振動のように思える。


龍驤「ちょっとうちは上の様子を見てくるわ」


電「分かりました」


派手に宝物庫の扉をぶち破ったのに駆けつけてこない騎士達、恐らくは上でなにか異常事態が発生しているのかもしれない。そしてさきほどの感覚が間違いでなかったとしたら、爆撃を行えるやつは一名しか思いつかない。


空母水鬼ことトビーだ。


3


宮殿敷地内で深海棲艦型艦載機の襲来、空を見上げた限り、深海猫艦戦、深海地獄艦爆、深海復讐艦攻の3種だ。艦爆種が6割ほどか。


ほぼ確実に空母水鬼によって襲撃を受けている。


騒がしい宮殿内を駆け上がり、出来るだけ上空に近い位置へと向かう。宮殿の防護としては備え付けの対空砲がいくつかあるようだが、一度の発射に10分かかる欠陥品であり、あの小さな艦載機に命中させるのは難しい。


甲大将「よう、騎士団長様いわく、マーシュローズの薔薇は運び込んでいないとよ。たった今、確信した」


豪勢な装飾の扉の向こうにはこれまた豪勢な椅子が一つだけある。いかにも王座の間といった内装だ。そこで甲大将と、重そうな鎧を着こんだ男がいる。騎士がいう。「この攻撃に対処できるとお伺いした。力を貸していただけないだろうか。マーシュローズの薔薇は本当に運び入れていない。保護した王はそこに」と指さした王座に一輪の薔薇がある。


甲大将「ってことだ。あれに触れたが本丸と繋がらねえし、あれはダミーだ」


龍驤「キミたちには対処できへんのやな。ったく、騎士や宮殿、ファンタジー世界やのに、鉄砲や車もあって、戦闘機はない。ここは無茶苦茶な世界観やな。とまあ、うちはあれとやり合えるが、真正面からやっても絶対に勝てへん。戦闘力の差がありすぎるねん」


甲大将「龍驤、南方の方角から飛んできてる。空母水鬼のやつが転生郷から抜けてきて、なぜかは知らねえけど、王宮をがれきの山にしようとしている。ここから艦載機飛ばしてもあいつの妖精可視才ありの深海艦載機になぶられて終わりだろう」甲大将は騎士団長に向き直っていう。「車と、死ねる兵士を用意してくれねえか。用意した車の一つに龍驤が乗る。出来るだけ敵の懐に潜り込ませてくれ。ここから発艦しても勝てっこねえ」


「承知しました。人間の囮を用意して玉砕覚悟で敵元まで突っ込めというのですね」


甲大将「私も一台、運転するよ。それに龍驤は乗れ」


「分かりました。可能な限り、総動員します」


 即答できるとはな、と龍驤は感心する。信望値などなんだのと計算があろうが、転生郷の教えに、死は救い、とある。この王宮にいる連中が、死にたくない、などといえば、失望していたところだった。相応の信念は持っている以上、数に数えられる兵士ではある。


「急報です!」騎士の一人が飛び込んできた、「アイラ様から、王宮を捨てて退避し、戦える者は甲大将殿の指示に従い、急襲者の首を取れ、とのことです!」


「全く、あれだけ王宮の歴史と価値を教えたのに。アイラ様は昔からいつもこんな風に保守的な王と違ってお転婆だ。殺処分が決定しても、まるで反省した様子がありません」長い付き合いを感じさせる苦笑いだ。「男らしくて困る」


甲大将「ギャハハ、将来有望だな。手はず通りに頼むぜ」


龍驤「そのまま准将グループ行くわ。ああ、それと宝物庫に反転鏡面彼岸界へと続く扉があった。三つのくぼみがあったわ。ハイビスカスとサクラと薔薇な。ゲーム的にいうと三つのくぼみに入手目標をそこにセットで開くんちゃうかなっていうのはうちの意見」


甲大将「了解、こっちからも報告だ。准将から弥生から危険信号の連絡が来たとよ」


甲ちゃんの顔は、今の空模様と同じく、今にも泣き出しそうだった。


甲大将「卯月は死んだとよ。弥生も危ない。マーシュローズの薔薇の入手に遅れたら助からねえ」


龍驤「そか」


龍驤はバイザーを下げる。なるほどな、空母水鬼のやつ、うちらの足止めが目的か。


周辺の地図を広げて、地形を見る。妖精可視才持ちの理性人間並みの深海棲艦の水鬼、これだけでカタログスペック的に評価すれば、人類に対して戦略的な殺戮を行えることから、ランクはSSSはくだらない。


しかし、脅威、イコール実害ではない以上、直接的に戦闘能力を示すモノではない。


空母水鬼は翔鶴艤装80%、そして反転建造時期はマリアナで翔鶴が大破した時、深海鶴棲姫の反転建造時期と照らし合わせれば、雨村レオンと出会った時期も推測できる。


まだ新人だった頃の翔鶴の戦闘経験、その他が20パーセント、そして空母水鬼が深海棲艦として生まれてからの表の海での戦闘経験は二年と少しだ。引き籠っていた間の戦闘経験は妹のズズムとの殺し合いといったところか。


提督としての経験が、龍驤として歩んだ仲間への理解が、思考を回転させる。甲大将に合理的な予想した潜伏地点を予測し、伝えた。


甲大将「落ち着けよ。悪い癖、見えているぞ」


龍驤「わかってる」


少し前のうちなら、卯月が殺されてんやで、と噛みついていた。


4


湿気のある山林地帯に向かって走る。転生郷と宮殿の間にある場所だ。足止めが目的だとすると、転生郷と王宮の間に陣取るのが普通だ。そうでなければ、スルーしてそのまま直接、転生郷に向かった場合、本末転倒になるからだ。加えて空母水鬼の雨村レオンの溺愛ぶりからし、明確な戦闘手段を持つうちを絶対に雨村と合わせたくないはずだ。賢いやつなら、利を囮にし、動く場面ではあるものの、あの空母水鬼は感情的なのも明白だ。


甲大将「軍用車の12台、まだ一台も横転してねえ」


空から狙いをつけている艦載機はざっと50といったところ。じいっと観察してみると、狙いをつける車を選んでいるように見える。妖精可視才が上乗せされた理性的な動きだ。深海棲艦艦載機ではありえない隊列的な空襲だが、制御し切れていない。軍用車に備え付けられてある装備の発砲に反応しているからだ。艦戦機が奇妙な動きをして、遠くの空へと引いていく。わっかりやすい。目的地の方角だ。肌身で感じ取る鬼の気配も、色濃くなってきている。どうやら潜伏地点は当たりだ。無駄なく懐まで辿り着けたのは大きい。


甲大将「では、作戦通りに頼む」


軍用車の助手席から飛び降りて鬱蒼とした山林地帯に突っ込み、甲大将はそのまま車で行けるところまで登り続ける。ぬかるんだ泥の上を進み、空から身を隠すように、あえて獣道の進路を取った。深海艦載機の暴威が山林にとどろいている。どこかで戦闘が行われており、連れてきている騎士、甲大将もまともに喰らえば一発で再起不能の威力だ。


戦闘能力は圧倒されている。本来、空母水鬼などフル編成で戦う敵であり、間違っても空母一体で戦うべきではない。自殺行為。もしも、勝てるとしたら、その戦闘能力差をなくすためお互いに銃を急所に向けあう場面まで持っていくこと、距離を詰めることだ。ただ空を舞う敵から目をつけられた。


龍驤「式鬼神、召喚法陣、龍驤大符、艦載機、発艦」


この艤装に宿る優位性を駆使する。最高度一律の艦載機が少しだけもっと上に飛べるようになる呪文だ。最高連度の烈風を一機、空に舞わせた。その一機に恐ろしいほどの数の深海艦載機がたかって仕留めにかかる。その間に龍驤は更に前に進む。生い茂る木々、つる、ぬかるんだ大地、陰に湿気、今ある環境の様子を確認し、策を練る。


そろそろ深海レーダーで捕まえられたやろ。しかし、艦載機の集中砲火に襲われないのは味方の奮闘あってこその恩恵だ。山頂部に近づくに連れて、聞きなれた艦載機の攻撃音や、命を賭して戦う兵士の雄たけびが大きくなっていく。


なんや、あの戦い方。


空母水鬼はいた。しかし、妖精可視才で艦載機にしゃべりかけ、飛ばしても数機だ。狙いが、決まって即死とはならない場所だ。兵士を殺さずに無力化する戦闘方法を取っていたのだ。余裕の表れか、と思ったものの、龍驤はこう解釈する。翔