信義と共に
ブラック鎮守府始発ですが別に艦娘達はグレたりしてません。原作は未プレイ。
地の文構成ですが文才が無いので見苦しいかと思います。
本編完結済みです。
暇潰しに書いているので不定期更新になるかと。
見てわかる通り文法もめちゃくちゃです。
それでも良いよ、と言う方はどうぞ読んでください。
昼下がり、無精髭を生やした体格の良い男が大本営へと呼び出されていた。
彼の名は篠原 徹、32歳。
自衛隊であったが数年で辞めており、その後海外の紛争地域にてボランティア活動をしていた経歴がある。
そして今は、ソファーに腰掛けテーブル越しに対面する白い軍服を着た白髪の男と話し合っている。
先に問いかけられ言葉は、篠原にとってそれなりに衝撃的な言葉であった。
「私が、提督に?」
何かの冗談だ、そう言いたげな表情で篠原は尋ねる。
「そうだ、君に引き受けて欲しい。事は一刻を争うのだ」
白髪の男の名は宮本 幸一。
厳つい貫禄があり、皺に刻まれた奥の瞳は鋭く篠原を見据える。
戸惑う篠原に構わず宮本は続ける。
「あの時、見えていたのだろう? 妖精達が……」
その言葉は突拍子もなく、側から見れば正気を疑うような発言であっただろう。
しかし、篠原には心当たりがあったのか、俄然戸惑いながら俯き、ようやく口を開いた。
「私の…、気が狂ったのかと思いました」
「はははっ!自覚できる程度には君は冷静な判断が出来ている。そして安心しろ、君は正常だ」
宮本は笑いながらテーブルの下から段ボールを取り出して開封すると、中身を取り出した。
テーブルに置かれたソレは、純白の軍服と帽子。
彼の中で篠原が提督となる事が決まっているかの様だったが、篠原の表情は凡そ明るい返事など期待出来ないものだった。
「私には…、学がありません。海の知識も、経験も御座いません。そして……艦娘の事も」
艦娘…それは、かつて大海を制した軍艦の魂が少女の姿へと顕現し、現れた者達の事を指すらしい。
そして……、今も襲い来る人類の脅威、深海棲艦へ唯一対抗出来る存在である。
数年前、海上に突如として現れた深海棲艦を名乗る漆黒の怪物は、無差別に人類を攻撃し始めた。
現代のあらゆる兵器は通用せず、海に面した国々は壊滅的な被害を受け、ただ蹂躙される日々が過ぎて行ったのだ。
そんな時に現れたのが、艦娘である。
彼女らは提督を求め、指揮を求め、命令の元に勇敢に戦い、滅亡を待つだけの日本を救ったのだ。
今こうして過ごせている時間は、彼女達の協力があってこそのものだろう。
しかし、篠原は艦娘と話した事はなく、実際にその目で見た事はない。
映像で、それも最近になって初めて姿を拝めた程度だ。
そして…、その映像の内容は、決して良い物では無かった事が印象に残っている。
「君に着任して貰いたい場所は、君も一度は行った事がある鎮守府だ」
その言葉に、篠原は顔を上げる。
「一刻を争うとは……」
「そうだ、君が消したからな」
「意地悪を言いますね、依頼したのは貴方ですよ? 宮本元帥」
ブラック鎮守府なんて言葉があった。
それは時間外労働だとかサービス残業というものではなく、とある提督の行き過ぎた独裁により体現してしまった現実である。
その提督は地位と名誉を求め、常に艦娘を酷使し私益を肥やす男であった。
理不尽な体罰や恐喝、その鎮守府では常に誰かの悲鳴が聞こえたと言う。
しかし男は聡明であり、表には出ない様に手を尽くして上手く体裁を保っていた。
賄賂を使い身の安全を固めた上で、艦娘には弱味を握り口封じを行った。
それを元帥である宮本は、訪問の際に偶然見かけた艦娘の様子から違和感に気付き、見抜いたのだ。
その艦娘は疲れた表情で、腕を庇いながら、宮本を避ける様に迂回して建物の影へと消えた。
追い掛けてその場を見渡せば既に姿は無く、ポツポツと地面に赤い跡だけが残っていた。
事態を重く見た宮本はすぐに鎮守府内の艦娘を探し、証拠を得る為にカメラの設置を依頼したのだ。
日を改めてカメラを取り寄せようとしたが、幸いにも艦娘の1人が既にカメラを持っており、次の日には映像を入手出来ていた。
そして内容を見た宮本は絶句したと言う。
泣き叫ぶ艦娘へ、容赦無く打ち込まれる木刀。
罵声と暴力を前に艦娘はただひたすらに許しを請うていた。
そして、映像を手渡した際に告げられた「また誰か沈んでしまう」と言う言葉。
今すぐにでもどうにかしてやりたいが、表立って動けば聡明なあの男は時間を稼ぎ、更に艦娘への被害が嵩む危険がある。
目には目を、外道には外道を……、彼は心を鬼にしてそう判断した。
その映像を手に、宮本は篠原に暗殺という形で依頼したのだ。
聞けば既に何人か還らぬ人となっている。彼女らをヒトと見るならば慈悲もない。
篠原は紛争地域での慈善活動を続けるに辺り、幾重にも実戦を潜り抜けてきた戦士でもあり、その理由も子供達を守る為と正義感に溢れる男であった。
そして、宮本が知る中で日本国内で唯一の実戦に長けた男でもあった為、直接話をつけたのだ。
依頼を受けた篠原の行動は早かった。
一本の電話から部隊を結成し、宮本から受け取った敷地内見取り図から警備の目を掻い潜る侵入経路を割り出した。
その手際の良さから思わず宮本が「前にもこんな事を?」と尋ねたが、「拉致された子供を助け出す為に何度か潜入作戦を遂行した事がある」と答えた。
どこまでも正義感の強い男なのだ、と宮本は関心していた。
作戦はその日の深夜に決行され、6人の暗殺部隊は海から鎮守府内へ侵入し、10分もしない内に頭に袋を被せた提督を運び出していた。
そして、篠原が妖精を見たのもこの時である。
内部との通信を行なっていた際に篠原が「なにか、小人のような生き物が…」と小さく呟いたのを宮本は聞いていたのだ。
この言葉を聞いて、宮本は確信していた。
そして今に至るという事だ。
宮本が篠原を推すのも、その強い正義感を買っての事。
たしかに何人もの人を殺めた男、だが彼のやってきた事は同じ日本人として誇らしいとまで思っていた。
鋼の精神力がなければ、紛争地域で活動を続けられる筈も無く、強くなければ、誰も助ける事は出来なかった筈だ。
しかし、彼は多くの人々を救ってみせた。
日本で報道される事は無かったが、宮本は彼に助けられたと言う話を何度も聞いている。
過激派の無差別攻撃から身を呈して庇ってくれた事、売り物になると奪われた子供を取り戻してくれた事、貴重な食料を惜しみ無く分け与えてくれた事、他にも沢山の話を聞いていた。
当時は宮本もまた自衛隊の一員であり、物資支援のため直接その近辺の地を訪れ声を聞く機会があったからだ。
篠原には、国に守られた自衛隊では手が出せない紛争地域まで足を運ぶ為に辞職し、あくまでも個人活動と銘打ち支援を続けた行動力と勇気がある。
だから、きっと、篠原は傷付いた艦娘も救ってくれる。そんな願いが宮本にはあった。
しかし、篠原はまだ渋っている様だった。
見兼ねた宮本は条件を付け足す事にした。
「わかった……、なら代理でも構わない。 提督代理だ。 素質を持つ、今度はちゃんと教育を施した提督が来るまでの間、彼女たちを頼めないだろうか?」
そう言って、宮本は頭を下げた。
篠原は流石に観念したのか、漸く首を縦に振った。
「わかりました…、代理ですよ?」
こうして、代理として鎮守府への着任が決まったのである。
◇
それから四日後の朝8時ごろ、篠原は自分が着任する鎮守府の門前に立っていた。
この鎮守府は元々廃校であったが、本土防衛の目的で急遽改装されたものであり、学校だった名残が門前から既に残っている。
鎮守府は街の一角に面している、本来なら通勤の足で賑わっていたであろう太い道路は静かなままだ。
深海棲艦の出現により、多くの住民が内陸へ移り住んだからである。
だが、それでも篠原はこの道路が好きだった。
街並みは美しく、深海棲艦の襲撃を感じさせない程であったからだ。
暫く景色を眺めながら時間を潰していると、鎮守府の敷地内から2人の少女が息を切らせながら走り寄ってきた。
「す、すいません!! ほ、本日着任の篠原司令官ですか!?」
真っ先に駆けてきた小さな黒髪ポニーテールの少女。
勢いに少々面食らったが、篠原はすぐに返事をする。
「代理だけど、私が篠原で間違い無いよ。君は?」
「お、お待たせしてしまい大変申し訳ありません!! わ、私は特型駆逐艦一番艦、吹雪です!」
ビシ!と挙手敬礼をする吹雪、そして少し遅れてやってきた桃色のポニーテールの少女も並んで挙手敬礼をする。
「私は青葉型重巡洋艦、青葉です! よ、よろしくお願いします!」
篠原は2人を交互に見る。元気が良さそうな挨拶だったが、成る程どこか窶れた表情だ。
しかし、それよりも気になる事があった。
「まだ……、学生の様に見えるのだが…。君達が戦うのか…? 海の上で……」
「は、はい、見た目は確かにこんなですが、海の上に立てば……、その……」
「そ、そうか……」
篠原は顎に手を当てたまま、何か考え始めたのか黙り込んでしまった。
少しの間2人は篠原を見守っていたが、門の前で立たせたままと言うのも不味いので、事務室への案内を提案した。
篠原は一言詫びながら提案を受け入れ、2人に導かれ学校の様な大きな建物の中へと入っていった。
廊下を歩きながらも篠原は何処か心あらずな雰囲気であったが、執務室の中に入ってから2人へちゃんと向き合う事が出来ていた。
「案内ありがとう。えっと…吹雪君、この後の予定は何かあるかな?」
「は、はい!……え、えっとマルキュウマルマルに朝礼を行い、その時に着任のご挨拶を……」
「マルキュウ……、ああ、わかった」
篠原にとって久し振りな時間の呼び方に少し戸惑うが、直ぐに飲み込んだ。
この特殊な呼び方は帝国時代から、今の陸海空の自衛隊にまで引き継がれた呼び方である。
篠原はデスクから椅子を引くとゆっくりと腰を落とし、部屋の中を見回す。
「……ここが執務室か、結構広いんだな」
「は、はい…、作戦会議などに使われる場合もありますので…。朝礼もこの場で……」
吹雪の言葉の間も無く、執務室の扉の向こう側から複数の足音が聞こえてきた。
吹雪が告げた時刻の丁度五分前、時間厳守は徹底されている様であった。
そして、トントンとノックの音が響く。
だが篠原は扉を見つめたままだ。
不思議に思った吹雪と青葉は篠原へと顔を向けた。
「あ、あの、司令官…?」
「あぁ…、そうか、すまない。 ……どうぞ」
許可を得て扉が開かれると、ゾロゾロと個性豊かな外見の艦娘達が入室し、デスクの前に18名の艦娘が整列し、吹雪と青葉もその中へと混ざって行った。
総員20名。
篠原は席を立ち、集まった艦娘達を見渡す。
すると艦娘達は一斉に挙手敬礼をした。
アレから少なからず時間が経っている、外傷こそ見当たらないが、その目に覇気が無い。
何処か濁っていて、死んだ魚ような、力の無い生気を感じさせない瞳。
日本じゃ無い遠い場所で見かけた瞳だ、日本で見ることになるとは……。そう篠原は歯噛みした。
青葉と吹雪だけは比較的マシな表情ではあったが…。
ひとしきり顔を見渡した後、カラフルな頭髪や格好が少しばかり気になるが、口にしないまま篠原は帽子を脱いで挨拶を始める。
「本日より代理として着任する、篠原 徹だ。正式な提督が着任するまでの間、私がここの運営を任されている
「出撃に関しては私がここにいる間はほぼ無いと思って貰って構わない、他の鎮守府の協力により緊急時以外の出撃は無くても良いそうだ
「代理とは言えそれなりの権限はあるので、何か不自由があれば遠慮無く申し出て欲しい。可能な限り検討しよう
「短い付き合いだとは思うが、よろしく頼む。以上かな…、何か質問は……?」
言い終えると再び顔を見回した。並んだ人形に語り掛けるような、本当に声が聞こえているのか判らない手応えであったが、整列の中からビシッと伸ばされた腕を見つけた。
「どうぞ、青葉君」
「はい!提督…代理は、先程不自由があれば遠慮無く…と申されましたが、どの程度検討して頂けるのでしょうか!? 」
「可能な限り、だ。君達はここで生活しているのだろう? 何か必要なものがあれば、取り敢えず聞いてみて欲しい」
「そ、それは、趣味に関するものでも構いませんか!?例えば…カメラとか!」
篠原は改めて青葉を見る。
青葉は何かを訴えかけるような瞳でこちらを見ている。
そしてカメラと言う言葉、何故この娘が明るいのか判ったような気もした。
宮本元帥が接触したであろう艦娘の1人か。
そして恐らくは自分の事も知っている、どの程度かまでは判らないが…元帥の配慮の賜物か。そう篠原は判断した上で微笑みを浮かべた。
「カタログを取り寄せる、先ずはそれでいいか?」
「い、良いんですか!? やったー!!」
青葉の言動と篠原の対応から、整列した艦娘達が小声で何か話し始めた。
恐らくは青葉が緊張をほぐすために一役買ってくれたのだろう。
すると今度は吹雪の手が挙げられた。
「し、司令官!」
「代理だ」
「司令官ですよね!? 前の提督を追い出してくれたの……!」
ザワつきがピタリと止み、艦娘達の視線は一斉に篠原へと向けられた。
対する篠原は少々面食らったもののすぐに取り繕う。
「……失踪したと聞いていたが?」
「ある日突然居なくなって次の日には憲兵隊の方々も総入れ替えされていました。青葉さんが私に“助かるかもしれない”と言った次の日です!」
篠原は青葉の方を向くと目があった。
「青葉言っちゃいました!」
「何をだ?」
整列を崩してツインテールの娘がヒョコリと顔を出した。
「確かに……、あの夜感じた気配と似てるね」
「君は…?」
「私は川内だよ。よろしくね、提督」
「代理だ」
「隠しても無駄だと思うよ? 艦娘は人間よりずっと気配に敏感なんだ。どんなに足音を忍ばせても気付く人は気付くよ」
川内が周囲に目配せをすると、何人かが頷いていた。
実際に戦っている所を見た事は無いが、あの広い海で正確に敵の位置を知る技術は、日常生活にも役に立っているのか。
篠原は観念し、溜息と共に三度艦娘達を見回した。
「まぁ……何だ、少し手伝っただけだ」
「ねぇ、それで、あの提督はどうなったの?」
川内の問い掛けに篠原は口ごもった。
「どうなったかな? とりあえず、もうここには戻っては来ないだろうな」
それを聞いた川内は満足そうに頷く。
「良かった…、これでもうあの地獄からは解放されるんだね……」
「私の事は信用してくれるのか…?」
人間は信用しない、そんな風だとばかり篠原は思っていたが、この川内の言動はまるで違っていたのだ。
「皆知ってるよ? 提督がここに来るまで、何をしてきたか……。元帥が自慢気に話していたからね」
宮本元帥は人格者の1人である。
惨状を惨状のまま放ってはおけず、篠原が来るまでの間手を尽くしていたのであろう。
聞けば人間からの理不尽な扱いに疲弊し、絶望した彼女らに、腰を据えてこんな話を持ちかけたと言う。
“中にはこんな奴もいる”
宮本は冒険譚の語り手の如く、篠原のこれまでの活動を話したのだ。
やがて熱が入り過ぎて拳を作る語り手を前に、1人の艦娘が呟いた。
“もしも、そんな人が私達の提督だったら……、何か変わっていたのかな……”
宮本は迷い無く答えたと言う。
“変わるとも、彼は何度も世界を変えてきた”
枯れた土地に綺麗な水を運びに、怪我や病気に伏せる人あらば医療品を背負い、時には自然の猛威へ真っ向から挑み、決して挫けず奔走し尽くした彼の功績は今も地元で語られているに違いない。
彼に出会った人々は皆口々に“あれから変わった”と切り出すのだ。
まさかそんな風に語るとは、と篠原は照れ臭そうに頬を掻いた。
「ま、まぁいい…。君達には時間が必要だ。幸いにも現状の近海は平和を保ているからしっかりと休んでほしい」
篠原はあくまで自分の役割は一時的な運営の管理と持続であると踏んでいる。
ある程度の引き継ぎをし、寮と思しき施設に室外機など見当たらなかった事から余裕が出来たらインフラ整備の改善などから取り掛かろうと算段付けていたが、青葉の一言により考え直すことになる。
「あ、こんな話を知っていますか提督」
「代理だ。…それで、こんな話とは?」
「妖精が見える素質を持った人間は非常に貴重で、篠原提督が3年ぶりの体現者だそうです!」
篠原は力が抜けた様に椅子に座り込むと、そのまま天井を仰いだ。
彼は艦娘の事を殆ど知らずに過ごし、妖精の存在や仕様なんて知る由も無い。
つまり、これは無知の隙を晒したまま約束を交わしてしまった事になる。
全員の信頼を得た訳では無いだろうが、少しばかり期待が込められた視線を向けらる最中で、誰にも聞こえないように呟いた。
「……ハメられた」
◇
朝礼を終えて皆を返した後、篠原は引き継ぎの為に書類の山とひたすら向き合っていた。
収支決算や報告書などの業務に関わる事から、光熱費や食費などの詳細報告書などの日用に関するものまで様々な書類が紛れ込んでいる。
会社であれば部署を設けてそれぞれが担当すれば早く終わる内容であったが、これを一人で捌くのなら中々骨が折れる。
作業も多ければ独り言も多くなっていた。
「…記入が必要な書類はパソコンでテンプレを作ろう…、提出される書類の方は…どうしたものか…」
因みに執務室にパソコンは無く、手書きの書類が多かった。
さらに言うとコピー機やファックスなどの電子機器も見当たらない。
書類が乱雑に詰め込まれた棚は分別された気配も無く、前任者の気遣いが計り知れた。
「はぁ……」
海外で活動していた時使っていた車の方がずっと機能的だ、こんな有様で隠蔽が上手いのだからタチが悪い…、心の中で悪態をつきつつ篠原は整理に取り掛かった。
しばらくすると艦娘の名前が陳列した書類を掘り出していた。内容を伺うに恐らくは名簿のようなものだろうか。
朝礼の時はあえて自己紹介をさせなかった、その場に居た艦娘は一刻も早く自分のような人間から離れたいと思っているだろうと篠原は考えたからだ。
これもまた大雑把に記された書類だが、名前と人数を知ることが出来た。
駆逐艦の電、雷、響、暁、吹雪、初雪、白雪、叢雲
軽巡洋艦の川内、那珂、神通、天龍、龍田
重巡洋艦の青葉、高雄、愛宕
戦艦の扶桑、山城
軽空母の鳳翔、龍驤
空母の加賀、赤城
潜水艦の伊58、伊19
24名…、執務室に居た人数より多い。
この書類からわかった事は、彼女達はこの鎮守府が立ち上がった際に大本営から派遣された艦娘である事と、既に何名か沈んでしまっている事だ。
建造とやらを行えば艦娘が現れるらしいが、それでも母数を下回る。
そして設立から少なくとも1年間は経過している。
1年間で最低でも4名の犠牲者…、戦争を知る篠原はこの時無情にも“少ない”と感じたが、元帥の言葉を思い出し直ぐに考えを改めた。
艦娘はどんなに重い傷を負っても、生きて帰りさえすれば入渠により傷を癒す事が出来る。
更に艤装と呼ばれる装備により身体は保護され、海の上に立てば軍艦に匹敵する性能を引き出す。
極め付けは、ここ暫くの間、深海棲艦による大規模襲撃は皆無であり、この鎮守府の設立も来たるべく時の為に本土防衛に備える目的であり、本来ならば沈む事など無かったのだ。
篠原は沈んだ状況を把握する為に戦闘経歴が記された書類を探し始めたが、やがて日が落ち始めていた。
窓から差す夕日に眩しさを覚え、篠原は初めて空腹である事に気が付いた。
「用意するものが増えたな…、一度帰るか、腹も減ったし」
机周りを整理して、窓にカーテンをかけ、椅子を戻す。
クリアファイルにより色分けされた書類を纏めて棚に並べるとその足で執務室の扉を開けた。
戸締まりをしながら本館の廊下を巡り始めると、妖精が篠原の目の前に飛び出して来た。
これで遭遇したのは2度目。慣れる事も出来ずに驚いて後退りする篠原に対し、妖精はふわふわと浮きながらゆっくりと近付いてくる。
「な、なんだ…、俺に何か…?」
「とじまりはーまかせるですよー」
「喋った!?」
喋った、喋ったのだ。
手のひら程の大きさの妖精がふわふわ浮きながら舌足らずだが喋る。信じがたい光景が幾重にも重なり目を見開いた。
どうやって浮いているのだとか、何故日本語をだとか、まかせるとはどういう事なのだとか…
「ていとくさーん?」
「だ、代理だ! …いや、任せるとはつまり、その、戸締まりをしてくれると?」
ウンウンと頷く妖精。
篠原は三十路にもなって妖精と話したなんてメルヘンな事実をまだ飲み込めずに動揺しつつも、妖精に頼んでみる事にした。
「じゃ、じゃあ頼もうかな…」
「おまかせー、えーいっ!」
妖精がキラリと星を浮かべて杖を振る。
すると窓の鍵が勝手に動き出し、長い廊下の窓が一斉に施錠された。
篠原はもうどうにかなりそうだった。
「あ、ありがとう……、助かった……」
それでもお礼は言える男なのだ。
妖精は満足気に頷くと、ふわふわと何処かへ去っていった。
暫く唖然として立ち尽くしていた篠原だが、空が暗くなる頃には我に返っていた。
「……誰かに話したとして、信じて貰えるのかコレは……」
本館を出て、門を目指して通路を歩く。
寮の前の道を通り掛かると、壁に背を預けて寄りかかる艦娘の姿があった。
「夜はいいよね…、夜はさ……」
川内だ。
「…まだそこまで暗くはないが。どうしたんだ?」
何か用事があるから話しかけたのだろう。
川内は篠原の前までゆっくりと歩み寄った。
「いやさ、今日は根掘り葉掘り色々聞かれるのかと思ってたけど、何も無かったからさ……」
「そうだな…、もう少し元気な顔付きになったら聞いてみようと考えていた所だ」
「元気になると思う?」
「なって貰わないとな…。私に何が出来るか、分からないけれど、せめて身の回りの環境だけは何とかしよう」
「身の回りの環境って?」
「今はエアコンとか、日用品の類だな、寮に空調はあるのか?」
「そういう事ね。エアコンは確かに欲しいかも」
川内は対面したまま両腕を頭に回して組むと、今度は背中を向けた。
「……ねぇ、ここに侵入した時に一緒に来てた人達って、提督の仲間?」
「そ、そうだが……、仲間の事まで分かっていたのか?」
「6人かな? 凄く洗練された動きだったし、よく覚えているよ」
「……み、見ていたのか?」
「ううん、気配だけ」
篠原は言葉を失っていた。
艦娘の能力はこれほどの物なのかと、少なくとも自分は誰かに気付かれた事など気が付かなかったからだ。
「あっ、侵入に気付いた娘は他にいたけど、人数まで分かったのは私くらいだと思うよ…?」
「いや…、それでも…、大したものだ。 私は今朝まで誰にも悟られていない思っていたからな」
「まぁ、普通の人なら絶対に気が付かなかっただろうね」
ここで篠原は、ふと浮かんだ疑問を率直に尋ねてみることにした。
「私が侵入した事に気付いて、その時何も思わなかったのか?」
「思ったよ? “なんか来た”って」
「なんだそれは…」
「夜中に誰か来るのは、よくある事だったからね」
篠原は宮本元帥の言葉を思い返す。身の回りに従事する人間を買収していた事から、その類の取引など行われていたのであろう。
「でも…、明らかに忍んでる気配だったから、気になってね。次の日提督いないし」
ここで篠原は、川内の口角が僅かに上がっている事に気が付いた。
「不思議だな、どこに行ったのやら」
恐らく何かしら検討が付いている川内を前に、篠原はあえて誤魔化す態度を貫いた。
「それでさ、提督」
「代理だ」
「その仲間達の話、少し気になるんだ。あんなに息があった人達は見た事ないし、闇夜に紛れた忍者みたいだった」
「忍者か…、なるほどな」
どこまで話したものか、と考えながら篠原は更に暗くなりつつある空を気に掛けていた。
「今日はもう遅い、明日にしよう。飯もまだだしな」
「ご飯なら食堂があるよ?」
「宮本元帥が手を掛けて食堂は本来の運営が出来ているし、私が行く事は無いだろう。食事とは憩いの場であるべきだ」
寮の食堂は、宮本元帥が手を付けるまで最低限の配給しかされなかったと聞いた。
空腹の辛さもまた、篠原はよく知っているが、食事を仲間と共にする喜びもよく知っていた。
「なにさそれー、カッコつけ?」
「朝礼では、明らかに私に怯えていた娘がいたからな…、恐怖の対象の前じゃ食も細くなる」
「ま、まぁ確かに…駆逐艦の娘とかはまだね。今の提督がそんな人じゃないって分かっているんだけどね」
「随分言うじゃないか」
「こんなに気安く話しかけても怒らないしね。…実は結構怖かったんだよ?」
思い返せば確かに川内は最初から砕けた態度を取っていた。
気難しい人間ならば、ここで注意の1つはしたであろうが、篠原は年相応と考え何も言うことは無かったのだが。
「川内君は度胸があるんだな。私が厳格な人間だったら「宮本元帥の熱弁を聞いてそれはないかなーって思ったからだよ」
話に遮る川内に篠原は苦笑いを浮かべる。
「そういえば…、元々は大本営に居たんだったな、君達は」
「あっ、調べたんだね。十分な初期戦力として配備されたのが私達だったんだけどね」
ここにいる艦娘は、全員が宮本元帥と面識があったと言うことか。
それだけに宮本は事態に憤慨し、暗殺という手段に出たわけだろう。
「きっと…、初めての世界がここだけだったら世界を呪ってたと思う。あの時の、私達の提督が、悪い人なんだって知ってたから何とか我慢してたよ……
「……痛かったなぁ…、傷も治らないまま出撃とかさせられたし。辛かったなぁ……、頑張っても殴られるし……
「私の妹は……、最後までそんな気持ちだったのかなぁ……」
川内が振り返る。
日も暮れて顔に影が差して表情はよくわからなかった。
「ねぇ……、助からないまま……、沈んじゃった艦娘は、どんな気持ちだったのかな……?」
篠原は真っ直ぐ川内と向き合ったまま帽子を脱いだ。
提督代理としてでは無く、あくまでも個人の意見だと言う細やかな意図が込められている。
「違う世界を知っているのなら、望んだ筈だ。自分が助からないと悟った時は、願った筈だ」
「願うの…?」
「ああ、せめてこの人だけは、と」
篠原は続ける。
「私も機関銃の一発を腹に貰った時があってな、デカい穴を開けられて出血でもう死ぬって覚悟した時、真っ先に浮かんだのが撃った相手を怨むとかじゃなく、その時望んでいた事が誰かに果たされる事だった
「生き残って、助かる事。 自分のようにはなるな、と強く願った」
まぁ結局助かったんだがな、と篠原は付け加えた。
トラックで物資を運搬していた時に、急に横付けしてきた別のトラックが荷台に乗せた機関銃で運転席に向け発砲した時の話だ。
発砲したトラックの目的は強奪の為である。
当時の篠原は撃たれながらも素早く体当たりを敢行し相手を横転させ追撃を防いだが、その時に被弾してしまったのだ。
機関銃の口径は大きく一撃が致命傷に繋がる。
そんな物を腹に食らった為、篠原は死を覚悟したのである。
幸いにも銃弾は体内を貫通し、肝臓等の重大な臓器を傷付けていなかったため緊急手術と輸血が間に合い一命を取り留めたのだ。
暫くの沈黙の後、川内が一歩近寄った。
この距離ならば、薄暗い中でも少しだけ表情が伺える。
「じゃあ…、言うね?」
篠原は次の言葉を待った。
「助けてくれて……、ありがとう……」
篠原は川内の顔を見て、釣られて笑った。
「どういたしまして」
篠原は複雑ながらも関心していた。
口振りから察するに川内の近しい人は既に沈んでしまっている。
しかし、あの理不尽な境遇に置かれながらも川内はその事を受け入れていたのだ。
この日、何度目かも判らないが思い改める、年端もいかない様な容姿でも、艦娘とは、兵士然としていた。
戦う事が宿命づけられた彼女達は、誰に教わるまでもなく、戦うと言う事の意味を知り、戦う覚悟が宿っているのだと。
「明日は川内君の話も聞きたい。…その艦娘がどんな娘だったのか気になるんだ」
「うん、いいよ。教えたげる」
かつての軍艦の魂。或いはその軍人の心までが引き継がれているのかも、そう篠原は思う事にした。
◇
翌朝、篠原は街の家電店の裏口で、そこの店主と話をしていた。
ファックスやノートパソコンにプリンタ等、作業効率向上を図る道具がとにかく不足していたからだ。
「エアコンは……、この数の在庫は流石にないですよ。今から仕入れたら三日程お時間を頂く事になりますね」
「寧ろ三日で届くんですね、こんなご時世なのに」
余談であるが、篠原は外に出れば腰が低くなる。
自分より歳下であろうと、崩した敬語で接する程だ。
店主は伝票をサラサラと書き上げながら、言葉を返す。
「物流の皆様には頭が上がりませんよ。自動車会社も凄いですよね、石油輸入量が激減したと判断した途端に一気に電気化させるなんて」
深海棲艦の襲撃、兵器が通用せず壊滅的被害は免れないと思われたが艦娘が登場し、一方的な蹂躙ではない防衛戦争勃発。
その成果から本土防衛は果たされたが敵は海上を陣取りシーラインは断裂、更に未知数な相手から戦争は長期化すると判断した政府は素早く各企業に伝達しライフライン持続の命を発したのだ。
各企業の奮闘の甲斐もあり、相当量の備蓄を残したまま日本の動脈たる物流は以前と変わらない役割を果たし続けている。
そして懸念されていた生活水準の低下は殆ど確認されず高い自給自足率を誇る。
正しく日本の底力と言える成果であった。
しかし、それでも、娯楽の類はかなり減ってしまったけれど。
「はい、こちらが領収書になります。工事の方はどうされます?」
「工事は自分でやります。数は多いですが人手は足りているので」
篠原は持ち帰れる荷物だけ車に積み込むと、鎮守府を目指した。
午前10時半、昨日は川内に朝遅れる事をあらかじめ伝えていたので、なんの気なく篠原は敷地内駐車場へと向かい、荷物を降ろし始めた。
すると背後から、静かだが良く通る声が掛けられた。
「2時間以上遅れて来るなんて、良いご身分ね」
篠原は少しどきりとしたが、手に持った荷物を一旦置くと、振り返って話しかけた人物へと向き合った。
青い袴を若い女性向けに改造した様な衣装を纏い、綺麗な黒髪を横に束ねた女性が立っている。
発言から何処か怒気を孕んでいるような気がしていたが、表情からは窺い知れない。
「すまない、川内君に買い出しで遅れる事を伝えたのだが……」
「川内なら寝てるわ」
篠原は改めて腕時計を見、時刻を確認した。
10時半を過ぎている。11時に差し掛かろうともしている。
「……そうか、川内君は寝てるのか……」
篠原はこの事について深く考えるのをやめた。
そんな様子から女性は何か察したのか、遅刻に関してこれ以上追求して来ることがなかったのが幸いか。
しかし何も言わず見ているので、篠原は女性に尋ねる。
「それで、君は?」
「私は航空母艦の加賀です」
「加賀君か……。ああ、護衛艦の元になったとされる……」
護衛艦“かが”と言う海上自衛隊最大の艦があった。
諸島に住まう住民を避難させる為に奮闘した結果大破し、今は無残な姿で倉庫に格納されている。
それでも多くの住民を守り抜いた偉大な功績がある。
「それで、加賀君は私に何か用事があったのか?」
「ええ、そうだけれど。大した用事でもないので後でも構いません。……その、荷物は?」
加賀は篠原の背後に積まれた段ボールの数々を見ていた。
「パソコンとかプリンターだな、私は現代人だから業務にはコレが必要だ」
「まるで私達が現代とはかけ離れた存在と言いたげね」
「なら加賀君も現代に染まってみるといい」
篠原はそう言って雑誌を取り出すと加賀に手渡した。
雑誌の表紙には電化製品などの商品の写真が大きく取り上げられている。
「電化製品カタログ……? 青葉の言っていた事を間に受けたのね」
「日本のカメラは凄いぞ。私も何台か持ってるが、水没させても使えるとは思っても見なかった」
「結果お金が掛かるようだけれど」
「経費で落とす」
「職権濫用ね」
そう言いながらも加賀は興味ありげに雑誌に目を通している。
「良ければその雑誌は青葉君に届けてくれないか? 」
「いえ、頼んだ本人が取りに行くべきよ。……私はその荷物を運ぶのを手伝います」
加賀はパタンと雑誌を閉じ、段ボールの上に置くとそのまま持ち上げる。
「執務室でいいのかしら?」
「ああ、ありがとう。助かるよ」
「業務に必要なモノなのでしょう?」
その後、加賀と二人で荷物を運び、執務室へと向かった。
道中の会話こそ無かったが、無表情ながら静かに後ろをついて来る姿を見て、篠原は優しい娘なのだと印象付けた。
執務室の扉を開けると、眼鏡を掛けた長い黒髪の女性が、明らかに怒った形相でソファーに腰掛けている。
そして女性は篠原を見ると怒気を孕んだ言葉で捲したてる。
「遅いですよ⁉︎ 3時間の遅刻ですよ提督‼︎」
面食らった篠原、ふと思い出しゆっくりと加賀の方を見る。加賀は無表情だ。
「加賀君……、大した用事ではないとは……」
「私にとっては、という事です」
加賀は少し意地が悪い、そう篠原は印象付けた。
「し、しかし……、人を待たせているのなら…」
「買い出しの事なら、川内以外誰も知らなかったのだから、どの道こうなっていたわ」
篠原は何も言えなかった。
その様子を見ていた眼鏡の女性は、ため息をつきながら立ち上がる。
「はぁ…、もういいですよ。買い出しに行ってたのは見てわかりましたし……」
「報連相が行き届いていなかったのは私の落ち度だ、申し訳ない……」
篠原は詫びると、荷物を床に置いて女性へと向き合う。
「それで君は…? 」
ここの鎮守府の者ではない。篠原は何となくそう感じていた。
「私は大本営より提督のサポートをする為に派遣された大淀と申します。主に大本営からの伝達や任務の確認、そして状況報告を承ります」
「大淀君か…、知っているとは思うが私は提督代理の篠原 徹だ。宜しく頼む」
大淀は大きめな封筒を取り出すと篠原に手渡す。
「これは?」
「ここから持ち帰った資料から調査し、正確なデータとして移し替えた戦闘経歴などの書類になります」
「持ち帰った……、どうりでいくら探しても見当たらなかったわけだ」
昨日散々探し回っていた時間は何だったのか、篠原は項垂れた。
火急の着任の為かなり無理を通し、十分な確認も取れないままだった事もあるだろうが。
「ひょっとして…、パソコンとかもこの部屋にあったのか?」
「いえ…、前任は機械には疎かったようですね。私用のノートパソコンなら所持していたようですが、業務に使われてはいなかったようです」
「そうか……、無駄にならなくて良かった」
篠原は言いながら荷物を再び運び始める。
「大淀君も艦娘なのかな?」
「そうですよ、ご存知でしたか?」
「いや格好がな……」
「へ、変な格好って言いたいんですか!?」
「いやいや、あまり見ない服装だからな。それに、似合っていると私は思うよ」
「それは…、その、ありがとうございます」
若干照れながら大淀は礼を言うと、コホンと咳払いをして仕切り直した。
「この衣装も艤装と同じで神聖な加護が施されています。生身にダメージがいかないよう保護し、体温調節等の役割もあります」
「成る程…、つまり鎧のようなものか」
「そうですね。艦娘によって様々な衣装がありますが、役割は皆一緒です」
「そう言うことか…、まぁ私も格好についてとやかく言うつもりは無い。余程ーー」
篠原は言いかけてやめた。
窓から見える景色に気を取られたからだ。
大淀と加賀も何事かと窓の外をみると、スクール水着のまま裸足で外を歩く艦娘の姿が映っていた。
「……加賀君」
「……何でしょう?」
「あの娘も艦娘なのだな? そしてその衣装と」
「……ええ、そうですね」
「神聖な加護とは……」
大淀は大きく咳払いをする。
「ゴホン! ……色んなタイプの神聖さがありますので…」
「流石に看過できないから連れてきてくれ……」
「はい……、承りました……」
水着の艦娘の名は潜水艦の伊19と言うらしい。
篠原は、面と向かって話をするのは初めての相手だから少しばかり不安な所があったが、連れられた伊19は少なくとも怯えるような素振りは見せていなかった。
「私に何かようなのね?」
口振りも中々個性的な艦娘だと篠原は思った。
「君の…その、格好についてなんだが……」
「イクの水着が気になるの〜?」
「流石にそのまま出歩くのは不味いからな。陸上では海と違って危険も少ない、何か別の服をだな……」
そう言うと伊19は頬に手を当て体をクネクネとくねらせシナを作る。篠原は思わず目を背けた。
「んふー! イクに服を着せるなんて提督はとんだ変態さんなのね!」
篠原は言葉を失い、そのままゆっくりと大淀の方へと顔を向ける。
大淀は何も言わずに顔を背けたので、今度は加賀の方を向いたが結果は同じだった。
篠原は項垂れ呟いた。
「か、艦娘とは……」
「ひ、一括りにしないでください!」
「頭に来ました」
ここぞとばかりに二人は立ち上がって抗議の声をあげたが、篠原はあえて取繕わなかった。
「とにかく、服を着なさい。文明人とは常にその場に相応しい格好をしてきたんだ」
「チクチクするから嫌なのね! それにコレはイクの一張羅なの!」
「一張羅……、だったら私の服を貸そう。まだ未開封だからその辺は気にならないだろう」
篠原は持ち込んだ箱の1つを開封すると、袋に覆われた白いジャージとシャツを取り出した。
「大きいかもしれないが、別の服はすぐに手配する。この服はチクチクしないぞ」
「スク水にシャツとは通なのね」
「何故そうなる…。このシャツは良いシャツだぞ? サラサラな速乾性の生地で、汗をかいても快適だし、頑丈だし、水に濡れても透けないんだ」
「透けないシャツはシャツじゃないのね‼︎」
「だから何故そうなる⁉︎」
不毛なやり取りを横目に、大淀が箱にあるジャージを手に取った。加賀もまた手に持ったジャージに目を移した。
「コレ……、ブランド物のジャージですね」
「これも経費ですか?」
大淀の眼鏡がギラリと光った。
「ほう……?」
「いや違うぞ大淀君! そのジャージは元々私の私物で持ち込んだものだ」
「私達の私物も経費で落とすのでしたっけ」
「か、加賀君、何故今それを……」
「流石、篠原提督です。噂に聞いてた通り大した度胸をお持ちですね……」
「いやこれはだな大淀君……、生活には余裕があってこそのアレがな?」
そんなやり取りを見ていた伊19は、表情に笑みを浮かべていた。
「やっぱり優しい人なのね。お顔はちょっと怖いけど、昨日の朝礼からそんな気がしてたのね!」
つい最近まで過酷な環境にいたはずなのに、今はどこかキラキラした瞳をしている。
思っていた以上に艦娘の心は強いのだろうか。
「顔が怖いは余計だが、とにかく水着の上で良いから服を着てもらうぞ?わりと本気で風紀に関わる」
「流石のイクもハードなプレイは困るのね〜!物事には段階があるのね!」
「えぇい、多少強引でも致し方あるまい…、加賀君、大淀君、少し手伝ってくれ!」
「はい!」
埒があかないと判断した篠原は二人の協力を仰ぎ、無理矢理服を着せる事にした。
だが伊19は猛烈に抵抗してみせる。
「やめるのね‼︎ とんだ鬼畜提督だったのねー!」
「もう観念しろ!」
暴れ回る伊19を3人がかりで抑え、腕に袖を通した時はこの世の終わりみたいな表情をしていたが構わず服を着せる。
そしてようやく上下のジャージを着けさせ、チャックを首元まで上げたところで伊19は床に倒れ、不貞腐れた顔で口を結んでいた。
服がぶかぶかなのがまた妙な味を出している。
篠原はその光景にどこか見覚えがあった。
「そう言えば…、実家に居た柴犬に無理矢理服を着せた時もこんな感じだったな……」
テコでも動かんぞ、と言う身体を使った意思表示である。
肩で息をしている大淀は、額の汗を拭うと加賀に尋ねた。
「前任の時も…、こんな感じだったのでしょうか……」
「いえ…、前の時はイクは殆ど鎮守府に居なかったわ……」
その言葉に篠原は反応する。
「どう言う事だ?」
「潜水艦の娘達は…」
言い掛けた加賀の言葉を遮り、伊19が答える。
「毎日毎日毎日毎日毎日24時間耐久クルージングだったのね……」
大淀は封筒をあけ、中身を確認すると口元を抑えた。
「あ…、本当ですね。……伊19さん、伊58さんと並んでほぼ休み無く遠征に向かっています」
「遠征…? つまりずっと外で仕事をしていたと? 過労で倒れてしまうではないか」
「艦娘の身体は艤装の加護もあって人間とは比べ物にならない程頑丈ですから無理が出来てしまうのです…。でも、疲労感などはやはり人並みに感じますので、相当辛い思いをされていたと思います……」
篠原は大淀の手に持つ書類を借りて内容を確認すると、確かに息をつく間もない程履歴が埋め尽くされていた。
「イク君…、よく耐えてくれたな。お疲れ様だ」
伊19は相変わらず床に寝たままだが、篠原は気にせず労う様に肩を優しくポンポンと叩いた。
「えへへ、頑張った甲斐もあるのね……」
「しかし、何故こんなにも遠征を…」
「それは前の提督が建造の為に資材を集める為でち」
篠原は声がした方は顔を向けると、執務室の扉の方にセーラー服と水着という奇妙な格好をした艦娘が立っていた。
水着と言う共通点から、何となく誰かは分かった気がした。
「君は、伊58君かな?」
「ゴーヤと呼んでくだち。みんなそう呼ぶでち」
「成る程、ゴーヤ君だね。それで建造の為とは……?」
「轟沈した艦娘をもう一度作る為でち」
「何…⁉︎」
言葉の衝撃に篠原は驚愕し目を見開いた。
大淀が資料を手に篠原の隣へ歩み寄る。
「前提督は轟沈した艦娘が居ても報告せず、隠蔽していました。この鎮守府で4名もの轟沈者が出ていた事はつい最近大本営の調査により分かった事です」
「…本土防衛の為に作られたこの場所で、いらぬ無理強いをさせて轟沈させた上で、評価が下がる事を恐れての隠蔽か……」
「そう、なりますね……」
篠原は込み上げる怒気を抑え込み、目を強く瞑った。
一度徹底的に追い詰められた日本で、やっと持ち直そうとする中でその様な事が起きた事がひたすら許せなかったのだ。
だが声を荒げても、怒りを振りまいても何も変わらないと、詰まる思いをしながら強く飲み込んだ。
「そ、それで…、可能なのか…? その、同じ艦娘を……」
「……結論から述べますと、可能です。全く同じ型、同じ容姿の艦娘も確認されています。しかし、建造して現れる艦娘はランダムと言いますか…望んだ艦娘が現れるとは限りませんので…」
「だとしたら…、ここにいる人数は増えている筈だ」
「建造しても必ず艦娘が現れると言う事はありません、むしろ現れる確率の方が低いくらいです。 前提督は相当数の建造を行なっていますが一隻も現れなかった様ですね……」
「それが唯一の吉報だな…」
「一説によると、艦娘は提督の魂に引き寄せられるとも言われています。だとしたら前提督には元々縁がなかったのだと思いますね」
それを聞いた篠原は腕を組みながらしゃがみこんだ。
足元には相変わらず伊19が転がっている。
「君は誰に引き寄せられたんだ?宮本元帥ではないよな?」
「むむ、なんだかその言い方は悪意を感じるの、ねーっ!」
何を思っての抗議が、伊19は寝そべった状態で篠原の鼻をつまむ。
「お、おい止めないか」
「イクを舐めるとイタイ目見るの! 思い知らせてやるのねー!」
伊19はあっという間に篠原に纏わりつき、背中へ回り込むと両腕で頭を抱え込み、器用に肩車の体制にまで持ち込んだ。
あまりの早さに篠原は素直に驚いていた。
「お、おぉう⁉︎ なんだその身のこなしは⁉︎」
「ジャージが無かったらもっと早いのね。さぁおしおきなの!観念するのねー!」
伊19は上機嫌に耳を引っ張ったり頬をつねったり。
流石に大淀と加賀が止めに入った。
「ちょ、ちょっとイクさん何やってるんですか⁉︎」
「みっともない真似はやめて頂戴!」
二人掛かりで伊19を剥がそうとするが中々うまくいかない。
篠原は引っ張られフラフラとしながらも、伊19が急に転落しないよう脚を掴んで支えていた。
そんな状況を伊58はじとっとした冷たい目で見ていた。
「なにやってるでちか。元々ゴーヤはお腹が空いたから一緒に食堂に行くためにイクを探しに来てやったんでち」
「提督ってば中々肉付きが良いの、齧ったら歯応えが良さそうなのね!」
「止めろ、歯応えって何だ、何をする気だ⁉︎」
篠原は危ない予感がする伊19を必死に抑えながら奮闘していると、伊58と目があった。
呆れた表情をしていたが、その瞳はなんだか楽しげだったのだ。
「時にイク君、水着にシャツが通と言っていたが、だとすると君から見てゴーヤ君はどうなんだ?」
「もう大先輩のプロフェッショナルなのね」
「何の話か判らないけど不名誉な事だけはわかるでち!」
伊58は怒り心頭に伊19を引きずり落とそうとした。
「大体なんでちか、このぶかぶかなジャージは⁉︎ だらしないから着替えるでち、洗濯して部屋に置いてあるでち!」
『え?』
綺麗に3人の声がハモる。篠原は大淀と加賀と顔を合わせた後に、頭の上で照れ臭そうにしている伊19へと声を掛ける。
「服、持ってるのか?」
「イクをなんだと思ってるの、それくらいあるのね!」
「お、おい……じゃあ何で水着で出歩いてたんだ」
「お茶を零して濡らしちゃったのね」
じゃあ何で裸足だったのか聞きたかったが、多分ろくな返事が来ないだろうと篠原は諦めた。
伊19は背中から飛び降りると、篠原の前に回り込み顔を覗き込んだ。
「いひひ、提督はイタズラしても怒らないから、好きなのね♪」
イタズラな笑顔が見れたのが、今回の騒動の収穫だろうか……。
「でもそれを言ったらゴーヤも水着のままなのね」
「は? ゴーヤはちゃんと服を着てるでち。一緒にしないでくだち!」
そしてまた騒がしくなりそうな予感がしていた。
◇
午後12時過ぎ、篠原は執務室で1人オニギリを頬張りながら、大淀が持って来てくれた資料に目を通していた。
他のみんなは昼食に食堂へと向かった事だろう。
一番気になっていた轟沈者の記録もしっかりと記載されている。
白雪、龍田、那珂、龍驤の四名、彼女らは一体どの様な状況で沈む羽目になったのだろうか。
軍艦として見れば装甲の薄い艦から沈んでしまっているが……。
二度と同じ過ちを犯さない為にも原因の追求と解明は必要だ。
しかし、履歴を遡ろうにも改竄されていた為、大きく正確性に欠くと来た。
それから彼女達の言う轟沈と人間の死は同一と捉えて良いのだろうか、そんな新たな疑問が篠原に芽生えたのだ。
軍艦の魂の成り代わりが艦娘であり、その魂こそ失われなければ何度でも蘇る事が出来るのかもしれない。否、同じ容姿同じ名前が確認されているならそれぞれが個別と捉えるべきか。
魂という概念が正しいのであれば、沈んだ時魂はどうなってしまうのか、消えるのか、または還帰るのか。
解き明かす事が出来ないであろう疑問は篠原から時間を奪うばかりで進展もなく、諦めて荷物の整理を始めることにした。
パソコンの配線を繋ぎ配置を考えていると、コンコンと執務室の扉が叩かれた。
作業をしながら篠原が一言「どうぞ」と言うと、扉が開かれ川内が他の艦娘を1人連れてやってきた。
川内と似た衣装を身に着けた大人しい雰囲氣の艦娘だ。
「君は神通君だね?」
「は、はい……、そうです……」
「ありゃ、私が紹介しようと思ったのに、もう知ってたかぁ〜」
何故か拗ねたような仕草を見せる川内に対し、篠原はデスクの上に置いてある名簿を手にし目の前にかざしてみせた。
「大淀君が顔写真付きの名簿をくれてな。この鎮守府にいる皆の顔と名前は頭に叩き込んだつもりだ」
「うわっ、顔写真って何さ⁉︎ いつ撮ったの⁉︎」
川内は名簿を手に取ると中身を確認しはじめ、神通も傍で覗いている。
「うわぁ……私が載ってる」
「少し恥ずかしいですね……」
顔写真と名前だけのシンプルな名簿だが、とても分かり易く仕上がっている。別の頁にはちゃんと細かな艤装の性能まで記載されているが、そちらはまだ篠原は目を通していなかった。
「学ぶ事が多いから、こう言うのはとても助かるな」
「提督の身の回りの環境ってやつも大分整ってきたしね」
そう言って川内は執務室を見回す。
色分けして整理された書類が纏まった棚に、筆記用具やインクなども分かり易い場所に置かれている。
デスクにはノートパソコンが置かれ、傍の小さなデスクにはプリンターもある。
電源もタコ足配線にこそなっているがコンセントにタグがつけられ、誰が見ても管理しやすい工夫がされていた。
「こうしておけば引き継ぎも楽だし、これでやっと全員の把握もできた。代理として手は尽くすつもりだ」
「じゃあもう……、誰が沈んだのか判ったのかな?」
真っ直ぐと見つめる川内は、名簿を開いてひっくり返すと川内型の頁を篠原に見えるように翳した。
「ああ……、確認している」
篠原の言葉を聞くと、川内は瞳を閉じて浮かんだ思い出をそのままに語り始めた。
「那珂はね、明るい子だったよ。この鎮守府では落ち込む日の方が多かったけれど、大本営にいた時はうるさい位に騒いでた」
すると神通が口に手を当ててクスクスと微笑む。
「ふふふ、川内姉さんも負けてませんでしたね?」
「し、仕方ないじゃん。血が騒ぐんだからね!」
口を尖らせる川内を横目に、今度は神通が語る。
「那珂ちゃんは歌と踊りがとても上手だったんです、時折披露してくれた時は何時もキラキラして輝いてました。……ゲリラライブさえ無ければ褒められるだけでしたのに……」
「酷い時は顔見るだけで煩いって言われてたからね」
「川内姉さんもです。“うるせんだい”なんてあだ名まで付いていたんですからね」
「何それ初耳⁉︎」
それからは明るい思い出話が語られた。
あまりの騒々しさに大本営の隊員達が手を焼いていた事、那珂の真夜中ライブに青筋を浮かべた叢雲が乱入した事、夜中に突然扶桑が吐いた事、山城が本気で川内を殴った事、寮の管理人が何故か三交代制になった事、神通が屈強な男達と混ざって陸上訓練に励んでいた事、屈強だった筈の男達が全員倒れ神通が一人狼狽えていた事、教官が何事かと尋ねたら訳も分からず涙目で“れんじゃー”と叫んだ事、龍驤がその話を聞いて落ち込む神通を傍に一晩抱腹絶倒していた事、後に龍驤が白眼をむいて倒れていた事、まだまだ沢山の思い出があった。
しかし、舞台が変わると内容は暗くなっていた。
最初こそ、本土防衛の役割を全うしようと意気込んでいた川内達。これからこの土地で励み、仲間との連携や装備を整え出来たばかりの鎮守府を大きくしていのだと思っていた。
しかし、提督の気色から違和感が漂っていたと言う。
より強固な防衛力を備える命を任せられた筈の提督は海域開放を謡い出撃を繰り返した。
提督の命令は絶対であり、大本営では僅かな実戦経験しか積めなかった艦娘達は戸惑いながらもまだ未知数な海域へと向かったのだと言う。
それからは地獄であったと。
「十分な装備もないまま進撃を繰り返して、けどやっぱり敵も強くてさ……」
「大した戦果も無いまま私達は徐々に疲弊して行き、修復も嵩み備蓄だけが減っていく有様に提督は私達に強く当たるようになりました」
“軍艦の名に泥を塗るつもりか、この恥晒しめ”そう言って鉄拳制裁を繰り出すようになったと言う。
確かに史実では敵陣に突っ込み大きな戦果を挙げた例もあるが、それは並々ならぬ訓練と計り知れない叡智と慧眼、何より備えあってのもの。
なまじ新兵が真似出来るような事では無い。
なんとか考え直すように進言するも、楯突いたと勘違いした提督は逆上し、“兵器の分際で口答えするな”と更に強く当たるようになったと言う。
「それでね、修復も補給も殆ど出来ない状態で出撃して、とうとう敵の目の前で弾が切れちゃったんだ。 ま…いつかこうなるって思ってたけどさ」
弾切れを起こした銃が撃てないのと同じ、いかに艤装とて例外では無く、彼女らは海上に浮かぶ的と成り果て抵抗すら出来ずに砲弾の雨に身を晒す事になった。
ようやく事態に気付いた提督は轟沈による毀損を恐れ、急ぎ撤退を命じるも既に遅く、この時点で2名の轟沈者が出てしまったと言う。
神通は涙を堪え顔を覆う。
「あの時は……一番損耗の激しかった那珂ちゃんが囮になると言って……」
「龍驤も残ったね……、同じ理由でさ」
当時は山城、扶桑、龍驤、川内、神通、那珂の六隻編成。
決して脆い編成では無かった筈だが、それでも崩れてしまった事から相当な無理が伺えた。
コラテラルダメージと言う言葉がある。
巻き込み被害を指し、複数人纏まっていれば誰か一人が敵の攻撃を受けた際に周囲まで被害が及ぶ事、そのコラテラルダメージを抑え少しでも被害を軽くするために一人の囮が砲撃を引き付け、味方が巻き込まれないようにしながら逃す時間を稼いだのだ。しかし1人では足らず、龍驤も囮を引き受けたのだろう。
トカゲの尻尾切りのように、1人1人切り離して撤退の命を果たした心境は如何程のものか。
顔を覆った神通が肩を震わせ、川内が側に立ち支えている。
「満身創痍でやっと港に帰ったけどさ……怒鳴り散らされただけだった。悔しかったけど、なんか、もう、どうでもよくなっちゃって……」
川内は力無く目を伏せ、篠原もまた想いを汲み取り俯くしか無かった。
仲間の死を受け入れていた、と篠原は思っていたが、違う。川内は受け入れこそしたが向き合えてはいなかったのだと篠原は感じた。
「でも、聞いたんだ。敵に包囲されて全滅は免れないであろう絶体絶命な状況下で生き残った部隊があるって……」
篠原にとって身の覚えがある話だった。
川内が仲間の話を聞きたがっていたのは、そういう事か。
篠原は椅子に深く腰を落とし、帽子を外して膝の上に放ると川内の顔を真っ直ぐに見つめる。
「私も君達と同じように……仲間を囮に切り捨て逃げ果せたに過ぎない。そして仲間を失ったにも関わらず結果は出せていなかった……」
「じゃあ私達と一緒だ」
「いや違う!」
篠原は口調を強め、神通も顔を上げて驚いたように篠原を見る。
「私は死ぬ程後悔した‼︎何故包囲されたのか、何故仲間を見捨てなければならなかったのか‼︎極め付けに何の成果も得られず犬死とも言える、無駄に動き無駄に撃たれて無駄に死んだ、仲間の価値など無かったかのような有様だ……‼︎」
「い、一緒じゃんか! 私と何が違うって言うの⁉︎」
気迫に川内も思わず声を強めたが、篠原は打って変わって落ち着いた口調で話し始めた。
「だから、私は学ぶ事にした」
「え……?」
「君は生き残り、私もまた生き残った。これは立派な経験の1つで学べる事が多くある筈だ」
「さっき何の成果も得られないって……」
「私の場合は虚偽の情報に踊らされ、最低限の装備だけで現場に向かい、潜伏していた敵に包囲され襲撃された。だから私は電子戦に長けた人を雇い、念入りに偵察し、緊急時の逃走経路を確立した上で初めて現場に向かうようにした。現にそれからは待ち伏せなど殆ど看破出来るようにまでなっていた」
篠原は続ける。
「二度と同じ轍は踏まない。生き残った者が学び大きく成長出来れば、死んでいった仲間の命は断じて無駄などとは言えない筈だ。そうすれば、少しでも報われるだろう? 私がそうしてきたように、君にも何か出来るはずだ、川内君」
「で、でも、提督の命令は絶対で、あの状況だって避けようが無かったんだ……!」
「だが、今は違う」
篠原は椅子から立つと川内の前まで歩み寄り肩に手を置き目線を合わせると、ゆっくと口を開いた。
「仮に私が君達を出撃させるとしよう、先ずはどうすればいい?」
「え…? そりゃ、相手に合わせて編成を考えて……」
「そうか。敵を知る事、そして最適な編成をする事が大事なんだな?」
「何言ってんのさ、当たり前でしょ? あとは……装備も大事だよ。艤装の性能が大きく上がるし、装備によって役割が変わって最適な編成も変わってくるから……」
「なるほど……編成と役割に応じて臨機応変に装備を組み替える事が大事だと。それでは不適切な装備で出撃した場合はどうなるんだ?」
「艤装の性能を引き出せないから……、艦娘に負担が掛かるだけで大した成果は見込めないよ」
これらは艦娘にとって、言うまでもない至極当然のことがであったが、篠原がそうさせるのか川内は答え続けていた。
「これから先は未知の海域だ。さぁ、私はどうすればいい?」
「ま、先ずは偵察機で索敵を行なって……、敵の位置を捕捉」
「そうか、偵察機で索敵すればいいんだな。しなかった場合はどうなるんだ?」
「……最悪、敵に包囲されて全滅かな」
「そうか、では全滅を防ぐにはどうしたらいい?」
「……ちゃんと補給がしてあれば応戦して時間も稼げるし…、隙を見て撤退も出来る……」
「ふむ、時間が稼げればどうなる?」
「……支援隊とか、とにかく応援を要請して間に合う時間が稼げれば助かる確率は高くなる」
「なるほど、冷静な判断が出来れば最適な構成の支援隊をまわせるからな。では隙を見て撤退とは?」
「……包囲網に穴を開ける事が出来たら……、そこから突破口が開けるかもしれない」
「なるほどな、敵の戦力によっては自力で脱出も可能と」
川内はあの時の状況を思い出しているのだろうか、肩を震わせ拳を固く握り締めている。何が不足していたか、何が必要であったか一つ一つ思い返しているようだ。
篠原は満足そうに頷くと椅子に座りなおした。
「ではこれで、川内君のお陰で私の艦隊は例え未知の海域であろうと、最悪な状況に陥ろうとも、誰かが沈む可能性が低くなったわけだ」
「あ……」
「君は最悪を見て生き残ったんだ、だからそれを防ぐ術を知っている。そして誰かに教えることも出来る、今まさに私にそうしたようにだ。あの時こそ受け入れる事しか出来なかったかも知れないが、今ならちゃんと向き合える筈だ」
篠原は続けた。
「犠牲を強いる無謀な出撃で成果も無い。だがそれらを経験した君達だからこそ言えるモノがあるのではないか? 君達が口にして初めて、仲間の死に意味ができるのでは無いか? 他ならぬ君達だからこそ、那珂君と龍驤君を知る君だからこそだ
「前を向け、川内。過去は変えられないが、未来は変えられる、君にはそれができる筈だ」
前提督の命を命と思わない態度が、仲間を失いながらも死に物狂いで帰還した艦娘達に向けて浴びせられた罵声と暴力が、自尊心を、積み上げた思い出までもズタズタに切り裂いた。
なんの価値もない、そう値踏みしてしまったようだ。
「う、うぅぅ……っ、な……、那珂ぁぁぁ……、龍驤ぅぅ……! 私っ、私はぁ……」
「姉さん…っ!」
涙を零し膝から崩れ落ちた川内を今度は神通が支える。
気丈に振る舞ってはいたが、ずっと何かを抱えていたのだろう。結果の伴わない行為が何を意味するのか、ずっと考えていたかもしれない。
川内は一度感謝を告げた。それは環境を変えてくれた事に対してだ。
改めて川内は上擦った声で篠原に向けて感謝を告げる。
「ぁ、ありがとう……聞いてくれて……、私と向き合ってくれて……。那珂も龍驤も……私の誇りだよ……!」
篠原は微笑み答えた。
「あぁ、私もそう思う」
神通は鼻をすすって蹲る川内の背中を撫でながら、篠原に顔だけ向けるとニコリと微笑んだ。
「ありがとうございます、提督。川内姉さんもですが、那珂ちゃんも龍驤さんも救われたと思います……」
対して篠原は会釈し応える。
小さく抱きしめ合うようにして支え合う二人を見、これ以上自分がこの場に居るのは無粋だと思った篠原は席を立ち、扉の方へ静かに歩みだした。
そしてドアノブに手を掛けーー
「どごいぐのざぁ〜〜っ‼︎」
「どわぁっ⁉︎」
篠原が扉を開けようとしたところ涙声の川内が足首にしがみつき、篠原はバランスを崩し頭から扉に衝突した。
篠原は倒れたまま強打した額を抑え悶絶する。
「くっ、くぉ〜……っ、なっ、何をする……」
「まだ提督の話聞いでないもん‼︎」
「せ、川内姉さん⁉︎ あ、ぁぁあ……提督すいませんすいません本当にすいません‼︎」
神通は目を丸くしていたが、事態を飲み込むと勢いよくペコペコと頭を下げ姉の失態を詫びる。
篠原は額を抑える手を退けて視界を確保しようとした所で、頭上に影が差している事に気がついた。
見上げると衝撃で開いたであろう扉の隙間から、カメラを持って見下す青葉と目が合った。
「青葉見ちゃいました‼︎」
「な、何だ⁉︎」
刹那、パシャパシャと幾重にもシャッター音が響き渡った。
「いやぁー、加賀さんにカタログの事を聞いて取りに行ったら、泣きながら鼻水垂らした川内さんに押し倒されて悶絶する提督! これってスクープですよ‼︎」
「待て! 何をする気だ⁉︎」
篠原の制止も聞かずに青葉はあっという間に走り去っていった。
唖然とする篠原と、まだ足から離れない川内を横目に見つつ、神通はスッと立ち上がる。
「提督、しつこい油汚れや溜まっていたゴミとか綺麗に掃除出来たらスッキリしますよね?」
「そ、それもそうだが…、何故今その話を…?」
「神通、参ります」
遠い目をしていたかと思えば、神通は瞬く間に執務室から飛び出していった。
篠原はスンスンと鼻を鳴らす川内と一緒に執務室に取り残され、よくわからない時間が過ぎていくだけであった。
それから足元は何かネバネバしてた。
◇
アレから数日、青葉が何者かに襲撃された事件を除けば特に何事も無く時間が過ぎていった。
出撃もなければ当然入渠もなく開発や建造も行わないので、それらに関する書類も発生しない。
篠原は時間を持て余していた訳だ。
エアコンも到着が少し遅れると一報が入り、それならばと篠原は余った時間を有効活用する事にした。
軽いDIYをしようと木材を本館の裏庭へと運んでいる訳だが、どうやら複数の影に尾行されているようだった。
篠原はランニングシャツにジャージと提督らしからぬ格好であるが、そんな事で尾行なんてしないだろう。大淀には口酸っぱく指摘されたが“代理だから”と一言いうと呆れた顔のまま何も言わなくなった。
単純に、これから何をするのかと言う好奇心か何かだろう、そう思って篠原は気にしない事にした。
裏庭は手入れがあまり行き届いておらず雑草が生い茂り、錆びたフェンスの奥には雑木林が広がっている。
篠原は木材を一箇所に纏めるとブルーシートを被せ、軍手を装備すると「よし」と意気込んで草むしりを始めた。
季節は6月下旬、虫達は容赦なく篠原に特攻を仕掛ける。
藪蚊を払いながらも黙々と草を引っこ抜く、篠原は地味だがそんな作業が嫌いではなかった。
時折振り返っては、太陽の照り付けにより乾いた地面の面積が徐々に広がって行くのを見て、満足そうな表情で再び作業に取り掛かる。彼はコツコツ積み重ねて得られる達成感が大好物なのだ。
太陽が真上に差し掛かる頃、篠原は「ふぅ」と一息つき、軍手を外して額の汗を拭うとシャツをパタパタと仰ぎながら纏めた木材の上に腰掛ける。
ブルーシートの一部をめくりビニール袋を取り出すと、中からペットボトルの麦茶とオニギリを取り出した。
昼飯休憩である。
篠原は、敷地中程まで露出した地面を見ながら満足げにペットボトルのキャップをひねる。
常温ではあるが、作業した場を見ながら飲む麦茶は最高なのだ……、飲み口に口を付け一気にーー
「あーーーっ‼︎」
「ぶっ⁉︎」
至高の一口は可愛い掛け声に妨げられた。
篠原は口元を拭いながら声のした方へ振り向くと、立派な八重歯とふわりとした髪型の駆逐艦 雷が腕を組んで仁王立ちしていた。
「そんなんじゃダメよ! 汗をかいたら塩分をもっと取らなくちゃ!」
「い、雷君か……。麦茶でもちゃんと水分補給出来るんだぞ?」
「それだけじゃないわ! おむすびだけじゃ身体は持たないし、ちゃんとお肉も食べて栄養つけないと!」
篠原は傍に置いたお握りに目を移した。
確かにそうかも知れない、と思ったが篠原なりに思ってのことである。
「……だがな、雷君。これはコンビニで売ってるオニギリだけど、なかなか具が凝っていてな? どれも美味しいし種類も多いから色々試してベストオニギリを見つけたいんだ」
ちなみに今の具は高菜ワサビ醤油握りである。高菜のシャキシャキな歯応えとツンとしたワサビ醤油の風味、そして白米の甘みが絶妙にマッチして食が進む一品だ。
「ベストって何よ!? そんなんじゃ身体はベストじゃないじゃない!」
「そ、それはそうなんだがな……?これはとても美味しいんだ」
ムスッとした雷が未開封のオニギリを取り上げた所で、今度は別の声が響く
「はわわわ……、雷ちゃん人のものを取ったらダメなのです!」
「そうよ! レディーとしてそんな悪行は見過ごせないわ!」
「ズドラーズドヴィチェ、司令官」
続々と現れた三人。同じ駆逐艦の電、暁、響である。
「影でこっそり見ていたのは君達だな?」
「はわぁー⁉︎ やっぱりバレていたのです暁ちゃん⁉︎」
「そ、そんな筈無いわ!一人前のレディーは尾行も完璧よ!」
「ニェット、レディーならストーカーはしないし、言い出しっぺの癖に途中で蝶々追っかけたりしない」
「なによ!ぷんすか!」
「事実を言ったまでだ」
ぷりぷりと怒る暁に、我関せずと言った響、収拾がつかずオロオロする電に、オニギリの成分表をまじまじと見つめている雷。
篠原にとって、こうして話す機会は初めての事であったが、たった一言の問答でここまで千差万別な表情を見せる相手にどう話したら良いかと考えていた。
「なんで私を…、えっと、尾行してたんだ?」
「はわっ、そんなつもりは無かったのです、ごめんなさいなのです!」
「なるほど、それは判った。では何か用事があったのか?」
「レ、レディーは秘密を嗜むものよ!ミステリーなのよ!」
「それを言うならミステリアスだ」
「ちょっと間違っただけじゃない!」
「ちょっとじゃない、ミステリーは一般的には怪奇現象だ。暁の秘密は怪奇現象を引き起こすのかい?」
「誰が怪奇現象よ!ぷんすかぷんすか!」
「はわわっ、二人とも喧嘩はダメなのですー!」
まるで収拾がつかない。理由も聞き出せる気がしない。誰か助け船が欲しい。オニギリ食べたい。篠原は静かにそう思った。
「とにかく君達落ち着くんだ。お昼時だけどご飯は食べたのか?」
「お、お昼ご飯はまだなのです」
「そうか、なら私に構わず行ってくるといい。多分夕方までここで作業しているから、何か用事があればまた来てくれ」
「司令官、このおむすびじゃ十分な栄養は取れないわ! 美味しいのは判ったけど、それなら間食にまわしてお昼は別に摂るべきよ!」
そう言って雷は篠原の手を引っ張った。
「お、おい……」
「食堂に行けば鳳翔さんがご馳走してくれるわ! 身体を動かしたんだから動かした分だけしっかりと食べないと!」
「わ、判った、判ったから引っ張るな。それから先に手を洗わせてくれ……!」
「ダメよ!案内してあげるから、ちゃんとついてきなさい!」
半ば強引に連れられる篠原。雷という艦娘は押しが強くお節介な性分なのだろうか。
篠原は思う所があり食堂には行ったことは無く、このまま流されて良いのだろうかと悩んでいたが、鼻歌を歌いながら上機嫌に手を引く雷を見ていると、手を振り払えずにいた。
その後ろを三人が何か話し合いながら着いてきて、ちょっとした団体となりかなり目立っていただろう。
食堂の入り口、硝子の両開き扉の前まで来ると篠原は観念し、わずかに緊張しながらも雷の手によって扉が開かれるのを待った。
中に入ると、案の定と言うべきか、篠原に艦娘達の視線が突き刺さる。見れば1人を除き全員が集まっているようだ。
気まずさに耐えながらも篠原は内装の確認も兼ねて周囲を見回した。
いくつも並べられた広い長机にパイプ椅子、机の上には調味料などが置かれ、思い思いの味付けに出来るようだ。
天井には埋め込んだ業務用エアコン、部屋の奥にはカウンターが伺え、その向こう側が厨房か。
壁側にはウォーターサーバーやグラス、茶葉や急須などが置かれた棚まである。
なるほど、宮本元帥が手を付けただけはあると篠原は一人でに納得していた。
雷は篠原の腕をグイグイ引っ張りながら先導を始める。
「ほら、こっちよ! あそこで手を洗うのよ!手伝ってあげるわ!」
「いやいや……手くらい一人で洗えるからな? ほ、本気なのか⁉︎」
「もっと私に頼って良いのよ?」
いや、体裁的に良くない。篠原はそう思った。
手を洗いつつ腕についた泥なども落としていると、本当に雷が石鹸を手に側に寄ってきた。
「爪の間は洗いにくいから私が手伝ってあげるわ!」
「か、勘弁してくれ……、三十路のおっさんが君みたいな娘に手を洗われるなど末代まで笑い者にされる」
「いいじゃない、私は気にしないわ!」
「私が気にするんだ!」
背後からクスクスと複数の笑い声に聞こえるが、篠原は耐えながらも急いで手を洗い、ハンカチで水滴を拭う。
「ほ、ほら、席つこう、な?」
「むぅ〜〜……」
雷は不満げに頬を膨らませるが、「しょうがないわね」と席に案内をし始めた。
途中、青葉の目が光っていたり、大淀がニヤニヤしていたり、川内が何か言いたげな表情を篠原に向けていたが構わずテーブルの端に着席する。
空いたテーブルを一つ挟んで加賀と赤城の二人と目があったが、篠原は盛られた山の様な丼に気付き、そちらに夢中になっていた。
視線に気付いた加賀は気まずそうに、赤城は困った様に眉を潜めていたので篠原はすぐに目を逸らしたが。
篠原の隣に雷が、その隣に電、向かいに響と暁が座ると、間も無くして和服を着こなした鳳翔がしずしずと足を運ばせた。
「やっと来て頂けましたか、提督」
「空気を読まず、申し訳ない……、仲間と顔を合わせて食事の場、私の様な者が居ていい場所では無いと判っているが……」
「そんな事は誰も思っていませんよ? 皆さんも接し方が分からなくて戸惑っているだけで、本当はとても感謝しているのですから」
そう言って優しく微笑む鳳翔に、篠原も笑顔で返した。
「そう言って貰えるならありがたい、今日だけはその言葉に甘えよう」
「そんな、今日だけとは言わずに……」
「そうよ! 司令官ったら放っておくとまたおむすびだけで済まそうとするわ!」
言いながら雷は篠原から取り上げたオニギリを鳳翔に差し出した。
「鳳翔さん聞いて! お昼これだけで済まそうとしてたのよ?信じられない!」
「あらあら……」
鳳翔の笑顔に若干翳りができた。
「いや違うんだ鳳翔君、いつも手を抜いてる訳ではなくて、今日はオニギリな気分だったんだ」
「私もオニギリは握れますが?」
「そのオニギリも20種類以上あってだな、もう少しで制覇出来るんだ」
「制覇ですか? まるで毎日オニギリを買っているような気がしてきますね」
「……いや、その……はい」
何か反論しようと思った篠原であったが、非常に情け無い光景になっていると気付き素直に認める事にした。
「流石鳳翔さん、レディだわ!」
「ダー、お艦の名は伊達じゃ無い」
「でも流石に司令官さんの言い訳は苦しいものがあったのです。三十路の男性はもっとしっかりした大人な印象ですが、思ったよりそうでもないのです」
思わぬ追撃に篠原は完全に沈黙した。
「大丈夫よ司令官、私がいるじゃない!」
「そ、そうか……」
何故か目がキラキラしている雷を横目に、鳳翔はお品書きを俯く篠原の前へ差し出した。
「こちらからメニューをお選びください、この鳳翔が腕によりを掛けて作らせて頂きます」
篠原はお品書きを一目すると、既に決まっている風に素早く鳳翔へと振り返った。
「加賀君と赤城君が食べていたもの、それと同じ物を頼もうかな」
鳳翔は目を丸くして驚き、周囲もざわつき始めた。
「お、お言葉ですが提督……」
篠原は自信ありげに手で山を描く。
「心配無い、私は食べ歩きをしていた事があってね、超特盛りだとか、富士盛りだとか、そういうのも平らげてきたんだ」
そう言って改めて加賀と赤城の方を向くと、話を聞いていたのかジーッと此方を観察していた。
「一番キツかったのが意外にもスイーツだったかな……、バケツの様なグラスに盛られたパフェで生クリームがかなりキツかった……」
「提督、その話、詳しく」
気がつくと向かいの席に赤城が座っていた。
その隣の暁も驚いている。
「ふふふ、食べ歩きの話は待ちながら話そう。鳳翔君、頼めるかな?」
「わ、わかりましたけど……、程々にしてくださいね?」
鳳翔はしぶしぶながら厨房に入っていった。
篠原は鳳翔の背中を見送った後、改めて視線を赤城の方へ向けると隣に加賀も座っていた。
暁が目を丸くして「これがレディ…!」と呟いていたが、篠原は構わず話かけた。
「そうだなぁ……、その大きいパフェなら北海道のある場所で見つけてな?イベント的にバケツパフェを作っているらしい、偶然その時に立ち寄れた私は運が良かったのだろうな。地元で採れたイチゴなどのフルーツが沢山盛られていて、アイスの層も沢山あって食べ進めて飽きは来なかった」
「バケツパフェ……、そんな甘美な日本語があったなんて……」
「流石に気分が高揚します」
加賀と赤城の二人は興味津々と言う風だが、雷は口を尖らせていた。
「糖尿病になっちゃうわ…!」
「大丈夫だ雷君、毎日食べてる訳じゃないし、糖は分解されやすいから、日常的に身体を動かしている者は糖尿病にかからないんだ」
「い、電も普通のパフェなら食べてみたいのです……」
その言葉に篠原はお品書きの内容を確認し始めた。
確かにアイスやケーキなどデザート類は無かった。替わりにお煎餅と羊羹があったが。
「宮本元帥はこの辺疎かったかな……。色々取り寄せようか」
「い、いいのですか⁉︎」
「いいとも。寧ろもっと早く気付くべきだったな……」
その言葉に、各々が歓声をあげた。
「はわぁ……今から楽しみなのです!」
「良かったわね電!」
「あ、あああ暁はレディだからそんな事に惑わされたりなんか」
「ハラショーだ。これは期待せざるを得ない」
「バ、バケツパフェが私の口に……⁉︎」
「赤城さん、涎が」
他のテーブルでも話題にあがっていた。
「パフェですか……食べたら太ってしまいそうです。でも少しなら……」
「パフェは嬉しいけどさぁ……、提督、なんか駆逐艦に甘くない? 私が食堂に誘っても来なかったくせに……」
「アイスバーがあればイクはもっと輝ける気がするのね!」
「食事以外の用途だったら全力で沈めに掛かるから覚悟するでち」
「うふふっ、素敵な事ですわ」
「自分で作ってみるのも楽しそうね」
「姉さま、私達が食べていいのかしら?」
「山城、まだ決まった訳では無いのだから、今は期待しては駄目よ……」
「叢雲ちゃんパフェだって!」
「私はそういうのはちょっと……」
「ん、デリバリーしたい……」
いつもより少しだけ賑やかになった食堂に、眼帯を付けた艦娘がやってきた。軽巡の天龍である。
彼女は入るや否や、いつもより活気立っている面々に気がついた。
「おっ? なんだぁ……? って、提督じゃねーか!」
篠原に気づくと天龍はそのテーブルまで歩く。
「おぅチビ共も一緒じゃねーか、ったく何処行ってやがったんだ?朝からいねーから探したんだぜ?」
「天龍さんこんにちはなのです!」
「暁に付き合っていたらお昼時になっていた」
「しぃーっ! 言っちゃだめっ!」
篠原はそのやり取りを何となく眺めていると、天龍が話しかけた。
「ここに来たのは初めてなんじゃないか?」
「そうだな。もっと早く来ていればと軽く後悔していたところだ」
「へへっ、そうだろそうだろ。鳳翔さんの飯は絶品だしな!」
天龍は得意げに笑いながら、電の隣の椅子を引くとドカッと腰を落とした。
「そういや暁はちゃんと言えたのか?」
「あーっ! 天龍さんしぃーっ!」
「その様子だと、提督にまだ言ってないな?」
篠原は暁の方を見る。
「やっぱり私に用事があったんだな」
「それは、えぇっとぉ……」
「言葉にしねーと伝わらねぇ〜ぞ〜?」
天龍は愉快に囃し立てると、暁は観念したようだ。
「実は……司令官にお礼を言いたかったの」
「お礼……?」
何かしたか?と篠原は首を傾げた。
すると暁は席を立ち、響、雷、電と続く。
響は帽子のツバを抑えながら篠原に言った。
「ダー、司令官が危険な思いをしてまで私達を助けてくれた事に、私達は感謝を告げていなかった」
「なのです、本当は一番最初に伝えるべきだったのですが、あの時は不安の方が大きかったのです……」
「でも杞憂だったわ、司令官ったら見直しちゃった!でも暁が一番に伝えるって言うから待っていたらお昼になっちゃったわ!」
「な、なによもー!意地悪!」
暁達は篠原の横に並ぶと一斉に頭を下げ声を合わせた。
「司令官(さん)、ありがとうございました!」
篠原は目尻に熱が入るのを感じたまま、椅子から立つとその場で膝を折り目線を合わせた。
「こちらこそ、ありがとう……。そしてすまなかった、もっと早く来ていればと思うばかりだ……」
「それは本当に仕方がない事だと思うのです……、でも司令官さんの言葉できっと救われたと思うのです」
天龍も席を立つと篠原の側に寄った。
「そうだぜ、チビだけじゃない。 オレ達も凄く感謝してる、ありがとな、提督」
続けてその場にいる全ての艦娘が篠原と向かい合っていた。そして頭を下げ
「ありがとうございました……!」
全員がその言葉を口にした。
篠原は思った、やはり艦娘の心は強い。そして優しい。
感謝を告げる事は大事だ。告げられたなら自分のやった事が誇らしく思える。
篠原も例外では無く、艦娘達の気持ちがそのまま誇りへと変わっていた。
「ありがとう皆、ありがとう……」
篠原は声が上擦ってしまったが、返さねばいられなかった。気恥ずかしくはあるが、それ以上に嬉しかったからだ。
だが一つ、気になる事があった。
「それで……私の言葉とは?」
口にしたのは電であったが、篠原は何か言った覚えは無いのだ。
「過去は変えられないが、未来は変えられる……、とても素敵な言葉だと思うのです。特に今の私達にとっては……」
「ふむ……、んん?」
篠原は直感で青葉を探した、確か居たはずだ。
すぐに見つかったが既に出口の前に移動していた。
「青葉見ちゃってましたから」
「い、いつから見ちゃってたんだ、あの時!」
青葉は懐を弄るとボイスレコーダーを取り出しニヒルな笑顔を浮かべた。
「ここで確認します?」
「や、やめろ‼︎ そ、それをこちらに渡すんだ‼︎」
「商売道具は渡しませんよ!」
「ま、待て‼︎」
青葉は食堂を飛び出し走り去って行った。
篠原はすぐさま追いかけようとしたが、鳳翔が大きな丼を運んできたのを見て、ため息をつきながら席に着いたのだった。
かわりに神通と川内が凄まじい速さで飛び出して行ったのは、それから間もない事だった。
◇
相変わらず仕事が少ない日々、篠原は届いたエアコンを取り付けようと真空ポンプやホール・ソーなどの工具を取り揃え、いざ施工しようとしたら何処からとも無く現れた妖精達が一瞬で取り付け工事を完了させたので、不貞腐れながらも裏庭の草をむしっていた。
前回手をつけた時は昼飯を頑張り過ぎて満腹で動けずに作業中断もやむなしだったのだ。
少しばかり時間が経つと、吹雪が手伝いを名乗り出て来たお陰で作業が捗り裏庭の雑草は殆ど無くなっていた。
「ありがとう吹雪君、助かったよ」
「いえ! 司令官のお役に立てるならこれくらい!」
「代理だけどな。ほら麦茶だ」
篠原はペットボトルの麦茶を吹雪に手渡した。
「あっ、良いんですか? ありがとうございます!」
吹雪は受け取ると腰に手を当て麦茶を流し込む。
「ん〜〜っ、やっぱこの季節は麦茶が美味しいですねぇ」
「だなぁ、蒸し暑い時とか妙に飲みたくなるものだ」
「あれ……、司令官さんの分は……?」
「ん? あぁ、気にしなくて良いよ」
篠原は自分の分を渡し、余分を持って来てはいなかったのだ。
「ダメですよ! 脱水症になっちゃいますよ⁉︎」
そう言って吹雪はモジモジしながらも飲み口を篠原の方へと向けた。
「ど、どうぞ、口を付けてしまいましたが……、飲んで下さい」
「いや、新しいの持ってくるって」
「もうっ! 司令官さん、もーっ!」
吹雪なりに勇気を出したようだが、篠原は流石に受け取らなかった。
篠原が取りに戻ろうとした矢先、雷と電がトコトコと駆け寄って来た。
「やっぱりここに居たわ! はいっ、差入れよ!」
「司令官さん、吹雪さん、こんにちはなのです」
雷はそう言って篠原にポカリスエットを手渡した。
「ありがとう、雷君。電君も」
「な、なのです……」
篠原は受け取ったポカリスエットを一口飲むと、草むしりを終えた敷地を見渡した。
「さて、これからどうしたものかなぁ……」
「司令官さん、理由も無く草むしりしてたんですか⁉︎」
「いや、あるにはあったんだが、思ったより広くてな」
篠原はブルーシートで被せた木材を取り出し、並べ始めた。
三人は興味ありげに様子を見ている。
「何か作るんですか?」
吹雪の問い掛けに篠原は手を動かしながら答える。
「ベンチをな。それから後は花壇や小さい家庭菜園でも作れたらと思ってる」
吹雪は胸の前で手を合わせ笑顔を咲かせた。
「わぁ、素敵ですね! 不肖吹雪、精一杯お手伝い致します!」
「電もお手伝いするのです! 朝顔とか育ててみたいのですっ!」
「司令官、こういう時こそ私を頼るのよ!」
篠原はふふっと微笑むと、線引きした木板を差し出した。
「ノコギリは使えるか? 線に合わせてこの板を切って欲しい」
「はいっ、頑張ります!」
「し、司令官さん、電も……」
「電君は雷君と一緒にビニールシートを広げるのを手伝ってくれないか?」
各々作業に取り掛かった所で、また別の声が掛けられた。
「面白そうな事してんじゃねーかっ、オレも混ぜてくれよ」
「吹雪アンタこんな所にいたのね……って、何やってんの?」
天龍と叢雲が現れ、やはり作業に興味を示した。
篠原は広げたビニールシートのシワを伸ばしながら説明した。
「ガーデニング……、になるのかな? 吹雪君、このシートの上で木材を切ってくれ。 ノコギリなら隅に置いてあるから」
「はぁーいっ」
吹雪は元気よく返事をすると、ノコギリを取りに向かった。
その様子を見ていた叢雲は呟くように言った。
「……なんか土弄ったり木材切ったりしてる吹雪って様になりそうね」
「叢雲ちゃん、それどういう意味ー?」
「何も言ってないわよ」
「言ったでしょう!」
叢雲は白を切りながら篠原の方へと向かった。
「アンタもこういうの好きなのね」
「まぁな、こうして皆で取り掛かれば良い思い出にもなるだろう。そして作った物には想いも宿る、見れば何度でも今の光景を思い浮かべるだろう。モノづくりの醍醐味の一つだな」
「……そっ。 そういう事なら私も手伝ってあげるわ」
「おうおう、この天龍様を忘れて貰っちゃ困るぜ?」
「そうか、では叢雲君も吹雪君に混ざって木材を切ってくれ。天龍君は……、そうだな、力仕事になってしまうが構わないかな?」
「ヘヘっ、任せとけって!」
それから作業規模が大きくなり、何事かと顔を出した艦娘達が徐々に加わって行き、気付けば鎮守府の半数以上が集まっていた。
花壇の枠取りが出来上がった所で誰かが「小さな池とかあったら素敵ですわ♪」と言ったのをキッカケに作業は一気に複雑化。
皆それぞれ熱が入ったのか、いつの間にか用意されていた製図用紙と定期で設計図を書き上げ、必要な物が記されたチェックリストまで完成する頃には日が暮れていた。
篠原は皆に聞こえるようパンパンと手を叩き、視線が集まったのを確認すると声を響かせた。
「今日はここまでだな、キリのいい所で作業を中断してそれぞれ片付けに取り掛かってくれ」
各々が元気よく返事をし、分担して片付けに取り掛かるのを確認すると、篠原は吹雪と叢雲が切り揃えた木材を手にした。
「コレは時間が掛かるからな。先にやってしまおう」
そう言って篠原はシートを畳もうとしていた第六駆逐艦の4人に断りを入れて片付けを待ってもらうと、木材を並べバッテリー式のサンダーと呼ばれる電動ヤスリを手に持った。
サンダーはそれなりに大きな音が出る為、木材の表面を磨き始めると艦娘達の視線を集めたが、中でも一番近くで屈んでいた吹雪が興味津々と言う風に目を輝かせながら篠原の手つきを目で追っていた。
「……やってみるか?」
「えっ⁉︎ いいんですか⁉︎」
吹雪は嬉しそうにサンダーを手に取り、篠原が簡単に使い方を説明すると鼻歌を歌いながら表面を磨き始めた。
手持ち無沙汰となった篠原は、今度はトリマーと呼ばれる木材の角を削る特殊な工具を手にし、ガリガリと騒音を立てながらも角を滑らかな曲線に削り取り始めた。
するとキラキラとした好奇の視線が飛んで来たので振り向くと、やはり吹雪が興味ありげにトリマーを見ていた。顔には“使ってみたい”と描いてあるような錯覚さえ覚えた。
篠原は手に持ったトリマーと吹雪を交互に見ると、少し悩む素振りを見せる。
「う、うーん……、これは練習がいるし危ないんだよな。本来なら専用の作業台が無いとだし……」
「そんなっ、不肖吹雪頑張ります!」
「いやいや不肖じゃ困るんだ。怪我したら作業どころでは無くなってしまう。今度練習の場を設けるから今日の所はヤスリ掛けに専念してくれないか」
そんなやり取りを見て、何処からか「彼女は工作艦だったのか」なんてヤジが飛んで来たが誰もその事に及言しなかった。
吹雪は渋々ながらも承諾して、ヤスリ掛けに取り掛かると再び陽気な鼻歌を奏で始めていた。
磨き終わった木材に、篠原はハケとオイルを手に今度は塗装に取り掛かる。
ムラなく均等にハケを運ばせ何度か吹雪と交代しながらも塗装を終えると、万が一雨が降り出しても当たらないよう屋根の下に並べた。
片付けも終わり各々解散した所で篠原は執務室へと向かった。
懐からチェックリストを取り出すと、掛かる費用の計算を始める。
書類を持った大淀が許可を得て入室し、棚に向かうとファイルを取り出し、手に持った書類を小分けしながらファイルに挟んで仕舞っていき、一通りの作業を終えると篠原の方へ視線を向けた。
カタカタと小気味良い音を鳴らしながらパソコンに向かう篠原を横目に、側に置いてあるチェックリストに目を向けた。
「……随分と手の込んだ事を始めるようですね。 セメントに……手頃な石?」
「愛宕がな、池を作りたいらしい」
「池ですか? 」
「元々草が生え散らかした誰も使わないような場所だ。小さな畑に花壇に小池、ふふふっ……きっと綺麗な場所に変わる」
篠原は嬉しそうにしながら、商品名と費用を纏めた原稿を印刷し始めた。
大淀は釣られて笑いながら「そうですね」と返事をし、プリンターから出てきた印刷物を手に取ると目を通した。
「結構お金が掛かりますね……、水汲み上げポンプとか……」
「折角だしお洒落にしようと思ってな、その方が皆も喜ぶだろう。それに自腹だし誰にも文句は言わせまい」
言いながら篠原は原稿を受け取ろうとすると、大淀は原稿を引っ込めた。
何事かと篠原は訝しい表情を見せ、対する大淀は微笑んでいる。
「いいえ提督、これは環境整備費で落とします。みんなの為になるなら、それはもう必要経費ですから」
「うぅむ、しかし申請通るかな?」
「通してみせます。金額は確かに大きいですが、職人さんに依頼すればもっと嵩みますしね」
「ほほう、だとしたらその書類は制式な物ではないから、明日にでも買い出しに行って、領収書を発行してから改めて作り直そう」
「あっ、そうでした。その明日の事なんですけど……」
大淀は書類を置くと仕切り直した。
「明日は大本営直属の艦娘が資材を届けにこちらの鎮守府に来るそうです。ヒトマルマルマルまでに受け取りの準備をお願い致します」
「なるほど分かった。立ち寄るのはドックかな?」
「そうですね。恐らく貨物船を引率しながら向かわれると思いますので」
「貨物船か。懐かしいな、種類によっては即席の揚陸艇にも使ったっけか」
思い出を掘り出した篠原を見て、大淀はクスクスと笑う。
「元陸自ですもんね、すぐに辞めてしまった様ですが」
「当時の自衛隊は戦争に関わる事が出来なかったからな、明日も分からぬ人々が少し先に大勢居ると言うのに何も出来ない、歯痒い思いをしたもんだ」
「本当にお人好しですね。宮本元帥もそうですが大本営の職員の皆様からも厚い信頼を得ている理由もわかります」
「確かにあそこは元々防衛省率いる自衛隊の面子が多いからな。 でも、そんなに私の名前が上がっていたか?」
「有名人ですよ、知りませんでした?」
それを聞いた篠原は照れ臭そうに口を尖らせ「なんだかなぁ」と呟いた。
太陽も沈み掛け辺りも暗くなってきた所で、篠原は整理をしながら席を立った。
「えーっと、ヒトハチヨンゴー、本日の執務は終業とする。大淀君、お疲れ様だ」
「提督もお疲れ様です。この後はやっぱりアパートに戻るのですか? 本来なら本館にある提督専用の個室で過ごして頂く決まりですが」
「そうだな。道路挟んだ向かい側だし、緊急時にも駆け付けられる。 憲兵にも大目に見てもらっているよ」
そう言って篠原は大淀と並び、扉を開けた。
すると目を爛々とさせた川内が飛び出して来た。
「夜戦だぁぁぁぁあーーーっ‼︎」
「ぐわぁぁっ⁉︎」
「提督ーー⁉︎」
篠原は川内に突き飛ばされ床に転がり、対する川内はその様子を見ながら悪びれる様子もない。
「提督どうしたの⁉︎ 敵襲⁉︎ じゃあ夜戦だね♪」
「襲ったのは貴方ですよ川内さん‼︎ 上官に対してなんて事を⁉︎」
怒りを露わにする大淀の横に、駆け付けた神通が来るなり顔を青く染めた。
「て、提督⁉︎ すいません、すいませんっ、馬鹿姉が大変ご迷惑をお掛けして……。ここずっと大人しかったので油断してました……‼︎」
「い…、いや、大丈夫だ。大事無い」
「馬鹿姉ってなんだよ神通!」
「事実です‼︎ そんなだから“うる川内”なんて呼ばれるんですよ⁉︎」
「なんだとぉ⁉︎ 神通こそ“超スーパーサイヤ神・通”とか呼ばれてた癖に!」
神通は川内をジロリと睨みつける。
「すいません提督、今やっつけますから」
「へぇ〜、姉として舐められたままじゃ終わらないよねぇ」
闘気を纏い向かい合った二人の間を篠原は割って入った。
「やめないか! 今日はもう終業だから大人しく寮に戻りなさい! 川内君も今日は大目に見るから、部屋に駆け込む前に先ずぶつかる危険がないかしっかりと確認する事だ。いや、そもそも駆け込むのも良くないがな」
「は、はぁい……。ごめんなさい。」
「も、申し訳ありません……」
二人は肩を落としてトボトボと執務室から出て行った。
篠原は腰をさすりながら立ち上がる。
「元気が良すぎるのも考えものだな……」
「皆さんも立ち直ろうと頑張っていますからね。青葉さんの暴走は決して褒められたものではありませんが、今回ばかりは提督の人柄が周知されて良い方向へと向かった様です」
「だといいがな。 しかし川内君のアレは一体なんなんだ……?」
「発作の様な物です。酷い時は就寝元に現れ突然騒ぎ出すそうです」
篠原は思い切り顔をしかめた。
「……音響兵器か何かかアレは……。そう言えば何故か大本営の寮の管理人が三交代制になったとか、いやまさかそんな……」
「本人曰く、夜戦へのフラストレーションが爆発した結果だそうで……」
「うぅむ……、何か対策を講じねば……」
ここで篠原は妙案を思いついた。
「大淀君、裏に雑木林があったが、あちらも鎮守府の敷地になるのかな」
「えぇっと、確かその筈です。軍備状況に応じて施設拡大させる計画があったので、目で見てわかる敷地より一回り程広い土地が鎮守府として登録されています」
「なるほど、よし分かった。では今日の所は終いにしよう、また明日な、大淀君」
「あ、はい! お疲れ様です、お気を付けてお帰り下さい」
こうして二人は別れ、本館を後にした。
そして翌朝、篠原は港に立ち輸送部隊を待っていた。
一面に海が広がり太陽の光を反射して波が白く輝きながら押し寄せ、堤防の朽ちたコンクリートを叩いている。
まだ到着時間には遠いが、篠原はその光景を見るためにここに来ていたのだ。
暫く黄昏ていると、やがて遠い水平線から平べったいイカダの様な船が確認できた。
篠原は腕時計を確認すると時刻は9時を少し過ぎたばかり。
そのまま見守っていると、三人の艦娘に先導された小型のコンテナ船が港に差し掛かった。
思えば海上に浮く艦娘を見るのは初めての事、篠原はその光景をまじまじと見つめていた。
三人の艦娘は堤防の上に佇む篠原の視線に気付くと、海上を滑る様にして接近する。
「おはようございます! 篠原司令官でお間違えないでしょうか⁉︎」
「代理だけど、私が篠原で間違いないよ。君達は大本営から来た艦娘であってるかな?」
三人は一斉に姿勢を正すと、ビシッと挙手敬礼を行う。
「これは失礼しました! 朝潮型駆逐艦 朝潮と申します!」
「同じく駆逐艦 霞よ」
「私は陽炎型駆逐艦 不知火です」
何処の艦娘も個性が強そうだ、篠原はこの時そう思っていた。
「楽にしていいぞ。ドックが空いているからそこで搬入しよう、君たちはその間ゆっくりと休んでいてくれ」
三人にそう告げると篠原は自分もドックに向かうため、その場を後にした。
少し歩いて振り返ると三人は再び誘導を始めている様だ。
篠原ひドックに向かう途中、食堂に寄り道をしてカウンターまで行くと洗い物をしている鳳翔に声を掛ける。
「鳳翔君、作業中すまないが少し厨房にお邪魔させて貰うよ」
「あら提督、構いませんがどうかされましたか?」
「予定より早く貨物船が来たからな、護衛の三人におもてなしをな」
「まぁ…!」
篠原は許可を得て厨房に入ると、調理台にコーヒーカップを3つ並べ、冷凍庫から業務用アイスを、冷蔵庫からはフルーツ缶を取り出した。
先ずは空のコーヒーカップにチョコソースを垂らし、ステンレス製のヘラでアイスを掬いコーヒーカップに押し込め、カップの縁1センチの所でヘラを使って平らにならす。
続けてアイスクリームスプーンで救った丸いアイスを上に乗せ、縁にそって均等にホイップクリームを三箇所粒状に飾り付け、最後にアイスの頂上に大きめな粒をつける。
そして真上から大胆にチョコソースを振り掛ける。
イチゴを半分に切り、更に縦に四つ切れ込みを入れ、切れ込みから扇状に開くとソレをカップの縁側に刺し、頂上のホイップの粒にはサクランボを添える。
「よし出来た! ミニパフェの完成だ!」
仕上げにスプーンを刺して完成。
そうして出来上がったのが小さなお洒落で可愛いパフェ。
コーヒーカップを容器にしているので取っ手を持って立ったままでも食べられるのがポイントだ。
出来栄えは篠原が小さくガッツポーズを決める程。
そんな様子を鳳翔は目を丸くして見ていた。
「あ、あの……? こちらは本当に提督が?」
「ふふふ、私でもよく出来たと思っている」
「ど、何処かでお料理を習っていたとか……」
「パフェは料理って程難しくはないだろう、盛り付けのセンスだと私は思う」
唖然とする鳳翔を背に篠原は3つのミニパフェをトレーにのせ、食堂を後にした。
一方、朝潮達三人はドックに格納した貨物船の前で大淀と話し、搬入手続きを行っていた。
大淀は積んだ資材と手に持ったリストを確認し、不足がないか念入りに調べていた。
「……確認しました。大丈夫そうなのでこのまま搬入作業に移りますね。あちらに腰を掛けてお待ち下さい」
「了解です! お気遣いありがとうございます!」
朝潮が返事をして一礼すると、三人は壁側に置かれたベンチまで移動すると腰を落とした。
するとドタドタと騒がしい足音が響き渡り、三人は音のする方……外へ繋がる扉の方へ一斉に振り向いた。
「お、落ち着け赤城君! 後で作る!また作るから!」
「今っ! 今食べたいんです‼︎」
「やめろ‼︎ カップが倒れる‼︎ ーー加賀君⁉︎ こっちに来て赤城君を抑えてくれ……いやまて何処を見ている⁉︎ なんだその眼は⁉︎ 何故構える⁉︎ だ、誰かーーっ!」
悲鳴に近い声に朝潮が勢い良く席を立つ。
「て、敵襲ッ⁉︎」
その言葉に霞と不知火も席を立ち、扉を睨むようにして構える。
するとトレーを庇うようにして扉を開けた篠原と目が合い、篠原は少し驚き動揺していた。
篠原はすぐに姿勢を正し、トレーを手に三人に歩み寄った。
「いやぁ、お騒がせしてすまない。鳳翔君のお陰でなんとか死守できた」
そう言って篠原はトレーを差し出した。
「良かったら食べてくれ。暑いからクールダウンにはなるだろう」
三人は目を輝かせそれぞれのカップを手に取った。
「あ、ありがとうございます! 朝潮、このご恩は決して忘れません!」
「い、一応貰っておいてあげるわ……」
「篠原司令、ありがとうございます」
反応はそれぞれだが概ね好評と言う事で良さそうだ、と篠原は満足そうに頷く。
「食べ終わったらトレーに乗せて置いといてくれ、後で回収にくる」
「いえっ、そんなっ、台所を貸して頂ければ、私達でちゃんと洗います!」
「君達はお客さんだから気にしなくて良い。 ……それに今、食堂は修羅場だ」
篠原はパフェを強奪されそうになった時に駆け付けた鳳翔の表情を見ていた。
何も感じさせない能面のような顔だった。
顔を綻ばせスプーンを口に運ぶ三人を後に、篠原は資材をせっせと運ぶ妖精を眺め始めた。
「うーむ……、働き者だなぁ妖精君は」
「妖精さんは鎮守府の運営に必要不可欠な存在ですからね」
そう言いながら大淀は篠原の横に並んだ。
「素質の無い人には見えませんから、妖精さん達は驚かさない様にするため、人が近くにいると行動を控えてしまうのです」
「成る程、確かにな」
少なくとも鎮守府に人間は篠原ただ1人であり、その理由も妖精にある。
お陰で作業量も増えるのだが、基本的に何もしない鎮守府なのでかなり余裕を持った生活が出来ている。
暫くすると搬入が終わり、護衛に来ていた朝潮達の見送りをした。
比喩では無く目に見えて何処かキラキラしていたが、篠原はきっと気の所為だろうと思う事にした。帰り際に手を振ったら元気良く手をブンブンと振り返してくれたのが嬉しかった。
備蓄資材量を書類に書き込んだ大淀は篠原に言った。
「資材が届きましたので、提督には建造と開発を行って頂きます」
「防衛力の強化の為だな。しかし、建造か……」
建造を行っても稀にしか艦娘は現れない。
「私は、出るかも知れないし出ないかも知れない、そして出たら大儲け……と言う感じの物事は苦手なんだよなぁ……。ほら、パチスロみたいに」
「艦娘をパチスロと一緒にしないで下さい。建造に関しましては仕方の無い部分が多くありますので気にする事もありませんよ」
「因みに期日などはあるのか?」
「開発は週ごと、建造は一月に一度は行って下さい。資材に余裕があれば回数行って頂いて構いませんよ」
「そうか……、なら一先ず今日は買い出しだな。大淀君は休憩するようにな」
「はい、お気遣いありがとうございます」
二人は別れそれぞれの目的地へと移動し始めた。
そして昼過ぎ、買い出しを終えた篠原はレンタルした軽トラから荷物を下ろす為奮闘していた。
セメント袋に川辺まで行って拾ってきた大小様々な石、拾う際に石の色合いや模様など吟味し厳選していたら大分時間が掛かってしまった上に、厳選した割に荷台の上に小山が出来る程量が多かったのだ。
「司令官! お手伝いします!」
そこへ吹雪が駆け寄り、荷台の石の山を見て目を丸くして口に手をあてがった。
「何ですかコレ? こんなに沢山」
「池に使おうと思ってな、川まで降りて失敬してきた」
「わぁ……、立派な池になりそうですね!」
そう言って吹雪は一生懸命に石を荷台から降ろし始める。
「吹雪君、流石に数が多いから台車か何か持って来よう」
「あっ! すぐにお持ちします、待っていてください!」
駆け出した吹雪の元気の良い背中を見送ると、篠原は荷台に残った荷物を降ろし小分けして地面に置いた。
間も無くカラカラと台車を転がしてくる吹雪にむけ、篠原は申し訳無さそうに言った。
「押し付けるようで悪いけど、荷物を裏庭に運んでおいてくれないか? 軽トラを返しに行かないといけないんだ」
「はい、お任せください! 司令官も運転気を付けて下さいねっ」
吹雪は快諾して鎮守府から軽トラが出るのを見送ると、台車に石を乗せカラカラ音を鳴らしながら運び始めた。
篠原が戻って来る頃には全て運び終わっていて、裏庭に行けば丁度休憩してきた吹雪と会う事ができた。
「ありがとう吹雪君、助かったよ。 これはほんのお礼だ」
そう言って篠原は冷えたペットボトルの麦茶を手渡した。
「わぁ、ありがとうございます」
「気の利いた物じゃなくて申し訳ない、君くらいの娘が何を好んで飲むのか、疎くてな」
「私は麦茶好きですよ!」
「それは良かった」
ペットボトルを傾けて口にする吹雪を横目に見た後、篠原は木材で四角の型枠を作り始めた。
釘で角を固定すると水平にして地面に倒し、今度は大きな容器を取り出しセメントと砂を投入すると、水を加えて木材を使って混ぜ始めた。
「司令官、吹雪もお手伝いします!」
「いや大丈夫だよ。休んでてくれ」
「司令官、吹雪もやってみたいです‼︎」
「ふふっ、そうか。じゃあ頼もうかな」
吹雪の好奇心は大したものだ、と篠原は手に持った木材を吹雪に渡すと場所を譲った。
「うぐっ……結構重たいぃ……」
強力な粘りに苦戦しながらも楽しげに、吹雪はペースト状になるまで続けた。
篠原は出来上がったコンクリートミックスを型枠に流し込み、今度は最初から吹雪に頼みヘラで均等に慣らしていく。
「出来ましたっ! でも、コンクリートが少ないような……」
コンクリートは型枠の半分も埋まっていなかった。
「いや、それでいいんだ。下地だからな。固まったらその上に石を敷き詰めて行くんだ」
「なるほど……、つまりコレが池の底になる訳ですね?」
「ご名答。石を詰めるのは明日以降……、皆でやった方がいいかな?」
「そうですね、六駆の皆とか、喜びそうです!」
手を合わせてニコニコと笑う吹雪につられ篠原も笑う。
「そうだな……、完成が楽しみだ」
「はい!」
吹雪は目を伏せ、小さく呟く。
「白雪ちゃんにも、見せてあげたいな」
消え入るような声だったが、篠原の耳には届いていた。
「……白雪君か」
「あっ、司令官、それは……」
この鎮守府で沈んでしまった艦娘の一人だ。
「君の姉妹艦だったかな? ……きっと、君に似て活発な良い子なのだろうな」
「司令官……。あはは、姉妹艦でも初雪ちゃんはエアコン設置以来部屋から出て来てませんけど」
吹雪はその場に屈み込み、まだ未完成の花壇を見る。篠原もその近くで膝を折った。
「白雪ちゃんはとても真面目で、お料理も凄く上手なんです」
「ほほう、料理か……」
「はい、特にカレーが美味しいんです! 私には沢山の姉妹艦が居ますが、白雪ちゃんには敵いませんでした」
「う、うぅむ……、そう聞くと食べてみたくなるなぁ……」
「私も……また食べたいです……。白雪ちゃんのカレー……」
吹雪は両膝を強く抱え込み、悲しげに眉をひそめた。
その表情を見て、篠原は後悔する。
「いや、すまなかった……。掘り返して悲しませるつもりは無かったんだ」
「いえ、良いんです。司令官には、むしろ聞いてほしいんです。でも……」
「オレも構わねぇーぜ?」
二人の背後から声が響き、振り返れば天龍が頭を掻きながら此方を見ていた。
天龍は歩み寄りながら語り始めた。
「懲りねぇあのクソッタレのせいで、オレ達はまた敵地に駆り出されたんだ」
「い、一度失敗したのにか⁉︎」
「違ぇよ、一度失敗したからあのクズはヤケクソになったのさ」
天龍は花壇の前に腰を落とすと、泥がつくのも構わず胡座をかいた。
「何とか実績をあげて挽回させる手筈でな。ただ資材も少ねぇ、入渠もままならねぇ、そんな状況で艦娘達の傷も治せねぇと来た」
天龍は続けた。
「けど流石に轟沈させたくないらしいアイツは、傷の浅い艦娘を適当に選んで出撃させた。その時選ばれたのがオレ達だった」
「そうでしたね。空母や戦艦、重巡など火力が出せる方は殆ど大破寸前にまで追い込まれていましたからね」
「オレと龍田、そして吹雪型のお前と白雪、初雪、叢雲の六隻編成だ」
前提督は学ぶ事をしなかったのだろうか。素人同然の篠原でさえ、その編成には穴が見えた。
空母や戦艦を大破させるような儘ならない状況で何を根拠にしていたのか。
それで更に万全では無かったとすれば、死んで来いと命じたのと同じ。
「……言葉を失うとはこの事を言うのか……。……艦娘が、提督の命令に背く事が出来れば……」
「ははっ、どういうわけかオレ達は出撃命令だけは逆らえねぇからよ……」
「それは最早、呪いでは無いのか⁉︎ 督戦隊よりタチが悪い……!」
督戦隊とは、民兵や兵士が敵前逃亡しないよう背後から攻撃し、敵の方へと追い込み死ぬまで戦わせる後方部隊を指す。
効率も悪く死者は多く、だが戦う意思の無い者を無理矢理戦わせる事が出来る。篠原が最も忌み嫌うものの1つだ。
苦悶に満ちた表情で歯をくいしばる篠原に向けて吹雪は言った。
「使う人が居なければ、兵器は動かない。……私達が持つ“兵器”の側面が、そうさせるのかも知れません」
「吹雪君……」
「ですが司令官みたいに、道具の事を良く理解して丁寧に使ってくれる方なら、使われる側も悪い気持ちにはならないと思います!」
「ヘヘッ、確かにな。提督の命令ならオレも喜んで従うぜ? この裏庭みたいに、きっと皆の為になるんだろうからなぁ!」
そう言って二人はニコリと笑い、篠原は不意をつかれた顔をした。
「なんだか私が励まされてしまったようだな」
「オレ達の事で悩んでくれてんだ、オレ達が何とかしねーとな!」
吹雪は再び花壇に目を移し、仕切り直した。
「出撃した私達は、1戦目こそ何とか持ちこたえる事が出来ました。その時点で大破してしまった人が殆どでした」
「空母が居たんだ。だからオレ達は一度戻って立て直す様に進言したが、奴は進撃させた」
「本当に一瞬でしたね……、先制を取られて、気が付いたら白雪ちゃんがもう……」
「オレは龍田に庇われて何とかなった……、情けねぇ話だけどな……」
悔しそうに顔を顰める2人に篠原は言った。
「いや、それでも、その状況で良く生還できた……。その事実だけは情け無いなんて事はない」
「そうだな……そう思う事にするよ。庇って救われた命だ、せめて誇らしく生きようじゃねーか」
強気に笑ってみせる天龍は、今も何処か寂しげな印象を篠原に与えた。
「しかし、惜しいな、本当に惜しい……。私も白雪君のカレーが食べてみたかった、龍田君とも話がしてみたかった」
「司令官……そんな風に言ってくれるなんて……」
「龍驤君はいつも面白おかしく人を笑わせてくれるらしい、だが根はしっかり者だという。那珂君の事も聞いている、歌って踊る艦隊のアイドルだとか……自称らしいが。白雪君のカレーもそうだし、龍田君の話も実は聞いているのだよ?」
「げっ⁉︎ あのチビ共だなぁ〜⁉︎」
「良くからかわれて遊ばれるんだってな? お姉さんなのに」
「るせーっ‼︎」
頬を膨らませる天龍を横目に篠原は呟く。
「願わくば……私もその場に居たかった……」
束の間、静かな時間が流れた。
差し込む日差しが傾き掛け三人の影は徐々に長く伸びていく。
篠原は空想していたのだ、その場に自分が居ればどんな話が出来ただろう、どんな事が起きただろうか、楽しい事ばかりじゃ無いかもしれない、ソリが合わないかもしれない、しかしそれでも会ってみたい話がしたい。
空想は楽しくもあったが、それ以上に悲しく虚しい気持ちにさせた。
どんなに言葉を繕っても犠牲とは喪失に過ぎないのだ。
吹雪は篠原の手を取ると顔を近付けて言った。
「その気持ちは……きっと私達と一緒です。私もあの日に戻りたいって何度も思ってましたから……。だから、その気持ちをどうか忘れないで下さい……」
「吹雪君、君は……」
「同じ気持ちで悲しめたなら、いつか沈んでいった仲間達にも届く気がするんです……。 もし届いたら、こんな司令官がいるんだよって、教えてあげたいです……!」
そう言って吹雪は優しく微笑んだ。
その隣で天龍も微笑を浮かべている。
「へっ、なんだか湿っぽくなっちまったな……」
天龍は立ち上がりスカートの泥を払うと、篠原と吹雪を見ながら言った。
「腹減ったしメシにしよーぜ? 鳳翔さんのカレーもかなり美味いんだぜ?」
「そうですねっ、司令官もほら立って!」
立ち上がった吹雪は急かすように篠原の腕を引いた。
「晩御飯は食堂でご一緒しましょうっ」
「う、うぅむ……」
「ったく、下手に遠慮して食堂来ないから鳳翔さんがたまに拗ねてんだぜ?」
「わかった、行こう」
鳳翔の名前に篠原は即答し、三人は足並みを揃えて食堂へと身体を向けると青葉の姿が視界に入った。
「あ、どーも」
青葉は挨拶すると踵を返して駆け出していき、三人は大きく寄り道をする事になり食堂には中々辿り着けなかったと言う。
◇
翌日、篠原は裏庭でスコップを手に池の穴を掘っていた。
1.5×2.0m深さ0.5m。糸を使い正確に割り出し掘り抜いた地面をトントンと踏み固めていく。
そのすぐ近くでは、型枠に当てがったコンクリの下地の上に、石を敷き詰める艦娘達の姿が見える。
「うう……中々平らに置けないのです」
「底はゴツゴツしてる方が味があるって言ってたわよ?」
「あっ、見て見てっ、この石なんだか透明な部分があって綺麗だわ!」
「おお、本当だ。磨けば宝石になるかもしれない」
主に第六駆の面々で行われるそれは、手に持った石を見ては騒ぎたて、とても賑やかな光景となっている。
その傍では吹雪と叢雲が石の隙間にセメントを流し込み、竹串で突きながら空気を抜いていた。
「地味だわ、地味過ぎる。なんで私がこんな……」
「文句言わないの、それに手を抜いたら石が外れちゃうよ? 大事な作業なんだから頑張らないと」
「アンタねぇ……。 大体、初雪はどうしたのよ⁉︎」
「行けたら行くって」
「それ絶対に来ないわよっ⁉︎ 部屋から引きずり出して来なさい!」
「やっぱりそっかぁ……」
「抵抗するようならブレーカー落としてエアコン使えなくしてやればいいわ」
初雪はエアコンを取り付けて以来、滅多に部屋から出なくなったらしい。
その事に関して篠原は特に気にした事はないが、吹雪と叢雲のちょっとした悩みの種になりつつある。
高雄と愛宕は、手つかずの石の山の隣で、蛇口から繋いだホースを手に一つ一つ丁寧に石を洗っていた。
高雄は石の一つを手に模様を指でなぞりながら言った。
「それにしても何処で拾ってきたのかしら? 形は歪だけど黒くて重いし、小さな岩の様な……」
その疑問に、スコップを手にした篠原が歩きながら答える。
「ああ、岩で間違いないよ、岩石だけどな。色々な鉱石などの成分が入り混じっているから、色も黒いしズッシリと重い」
「そうだったのですか? たしかにこんな色は中々見かけませんね……」
「近所の山までドライブして拾ってきたんだ。川の上流には沢山ある」
篠原はそう言って石の山の前に屈むと、中から一つを手に取り出した。
手に取った石の中央に小さな穴が空いている。
「これは偶然見つけたんだが……。高雄君、愛宕君も、この穴を覗いて見てくれ」
2人は石を手に持つと、顔を近付けて穴の中を覗き込む。
すると、僅かな光を反射して小さくキラキラと輝く透明な柱の様な物がいくつも見えた。
水晶の塊が石の中に形成されていたのである。
「て、提督……これは?」
「これは水晶だな、石英が固まって結晶化したものだ。他の石にも見える白い模様も石英だが、ここまで綺麗に結晶化した物は大変珍しい」
「素敵な事ですわ……。こんなに綺麗な石があるなんて」
篠原はその石を手に、もう片方の手で顎を撫でながら何か考え始めた。
「……割って中を見てみるか?」
「いっ、いけません! これはそのままにするべきですぅ!」
「馬鹿めと言って差し上げますわ!」
彼女達は“穴を覗くと見える水晶”と言う構造が気に入ったのか、篠原の提案は反感を買ってしまった。
後に、2人の手により綺麗に洗われたその石は食堂に運ばれ。棚の上に敷かれたハンカチの上で恭しく置かれ、妙に神々しくご利益がありそうな雰囲気を醸していた。
手に取った者が穴を覗き込んでは小さな歓声をあげる姿が度々見かけられるようになったと言うので、有り難い物ではあるのだが。
ひと通りの作業を終えた篠原は木陰で暫く休憩していると、吹雪を連れた大淀に呼び出され、本館にある1階の空き部屋へと場所を移した。
そこには日が落ちても作業出来るように運び込まれたベンチの木材があった訳だが、既に組み立てられ完成している様だった。
篠原は完成した姿を初めて見る訳だが、それは残りの作業を全て吹雪が引き受けたからである。
大淀はその木製ベンチを前で、眼鏡に手を添えながら篠原に言った。
「提督……コレを外に置くと言うのは本当ですか……」
「いやぁ……、まぁ……そのつもりで作ったのだが……」
「そ、外に置くのは勿体ないですよ⁉︎」
オイルによる塗装を教えてもらった吹雪はここに来ては、乾いたら磨き、再びオイルを塗り、乾いたら磨き、また塗り込む、半日おきに今日に至るまでずっと繰り返していたらしい。
肌色だった木材は、今や蛍光灯の光を反射し艶やかに光り輝く上品で奥深いダークブラウンに変わり、ザラザラとした手触りも今やすべすべとした柔らかく優しい手触りに変わっている。
シンプルかつ高級感に溢れたとても完成度の高いベンチがそこにはあった。
もしも値段が付いたなら高くなりそうな程に。
大淀は吹雪の掛けた手間も知ってか、とにかくこのベンチが外に置かれ風雨に晒される事が憚れるようだった。
吹雪は照れ臭そうに言った。
「えへへ……、少しずつピカピカになっていくのが何だか楽しくて……」
「うぅむ、わかる! わかるぞ吹雪君……。磨いている内に、ただの木材に愛着が湧いてくるんだよな」
「そうなんですよねぇ……、もっと綺麗にしたくなると言うか……。こう、味が、ですね?」
「出てくるんだな? ふふふ……」
「えへへへ……そうなんですよぉ〜」
妙な同調を始める二人に大淀は溜息をつきながらも言った。
「提督、吹雪さんを何処に向かわせるおつもりですか?」
「次はディテールかな、と私は思う。まずは彫刻刀の練習から入れば良いかな」
「はい! 不肖吹雪、頑張ります!」
「提督!」
大淀の呼び掛けに篠原は真面目に考え始めた。
「ふむ……、ならコレは吹雪君の判断に任せようじゃないか。寮に持って帰って部屋に置いても良いんだぞ?」
「ホントですか⁉︎ でも……うぅん……、部屋に置くと狭くなっちゃうし……。やっぱり私はあの裏庭に置いて欲しいです」
「よろしいのですか……? 確かに水に強い塗料で仕上げたようですが、外に置けばその分早く傷んでしまいますよ?」
丹精込めて作り上げたモノがいつか朽ちる。
吹雪はその事を前向きに捉えていたようだ。
「確かに傷んで行く姿を見るのは寂しいかもですけど、それでもみんなが使ってくれた方が私は嬉しいです! いつか壊れてしまったとしても、その時はまた作ります!」
篠原は吹雪の言葉を聞いて口角を上げた。
「そうだな、また作れば良い。大事なモノだったからこそ、また手間を掛けて作ろうと思える。創作とは、そういうものなのかも知れないな……」
こうして木製ベンチは裏庭に運び込まれ、野晒しな場所へと置かれることになった。
夕暮れ時には皆解散して、篠原もまた執務室に戻り書類を捌いていた。
その隣で大淀もパソコンを使い何やら打ち込んでいる。
2人の間には特に会話も無いが、気に留める事なく思い思いに作業に没頭していた。
そんな心地良い沈黙を破ろうとする足音がすぐそこに迫って来ていた。
「夜戦だぁぁぁぁあーーーッ‼︎」
沈黙を破り勢い良く開かれた扉から現れたのは川内。
大淀がジト目を送る中、篠原は小さく喝を入れた。
「こら川内君。駆け込まなかったのは良いがちゃんとノックはしなさい。あと扉は丁寧に開けなさい」
「そんな事より夜戦しよ⁉︎ やーせーんーッ!」
「まだ夕方だぞ?」
「じゃあもうすぐ夜戦だね♪」
日に日に川内の暴走が早くなっている事実にゲンナリする大淀を横目に、篠原は笑みを浮かべながら言った。
「良いだろう、夜戦しようじゃないか」
「えっ⁉︎ ホントに⁉︎ いいの⁉︎」
「て、提督⁉︎ どういうおつもりですか! 無意味な出撃は認められていませんよ⁉︎」
思わず席を立ち詰め寄る大淀を抑えながら、篠原はデスクの下に隠しておいた段ボールを抱え、きょとんとする川内の前まで運ぶと目の前で開封してみせた。
「何これ……ヘルメットと迷彩服?」
「銃もあるぞ? エアガンだけどな」
段ボールの中には耳まで覆うヘルメットと迷彩服、更に無色のゴーグルに金属のメッシュで作られたマスク、そして拳銃のエアガンが入っていた。
拳銃用と思われるオプションパーツまでもある。
「サバゲーをしよう、川内君」
こうして突発的に夜間サバイバルゲームが開催されたのだった。
サバゲーのルールは非常にシンプルで、エアガンの弾を先に当てた方が勝ち、撃たれた人は着弾を自己申請して退場するだけだ。
エアガンを使った遊戯なので身体への接触は原則禁止。
負けた方はあくまでも自己申請なのでモラルが求められるが、みんながルールを守ればエキサイティングなスポーツにもなる。
雑木林で行うので、虫が苦手らしい大淀は遠慮したが、川内を追って来た神通は巻き込まれる形で参加する事になった。
レプリカの迷彩服を着せられ肩を落とす神通は、どこかいじらしい。
迷彩服の三人が鎮守府内を闊歩する絵はかなり目立っていたのか、暗くなって来ているにも関わらず寮から天龍が顔を出した。
「なにやってんだ……? 揃いも揃ってヘンなカッコして」
「み、見ないでください……」
神通は川内の影に身を潜めた。
対する川内はいつになく堂々としていた。
「エアガン使って夜戦だよ! 提督と勝負出来るなんて絶対楽しそうじゃん!」
「マジかっ⁉︎ おいおいオレも混ぜてくれよ! なっ、良いだろ?」
「て……、提督に銃口を向けるなんて……、そんな真似……」
「オモチャだし、安全を考慮して防具もちゃんと着ているから大丈夫さ。天龍君も参加するなら大淀君に言って段ボール受け取って裏庭まで来てくれないか? 装備一式はそこにある」
「っしゃあ‼︎」
天龍は本館へと勢い良く疾走して行った。
篠原はその背中を見送ると、明後日の方向に向け言った。
「青葉君も出てくるんだ。隠れて見ているより、混ざった方がきっと良い絵が見れるぞ?」
すると寮の影から歩み寄る青葉の姿が浮かび、何処か照れながらも返事をした。
「あちゃ〜……、見つかってしまいましたか」
「毎回毎回、何かあった後に現れるからな、君は。 今回はカマをかけただけさ」
「ほほぉ〜、この青葉をハメるとは、提督なかなかやり手ですねぇ!」
こうして青葉も加わり、裏庭にて天龍の合流を待った。
箱を持った天龍が合流し必要な装備を身に付けると、篠原は全員にエアガンを配り始めた。
「ベレッタM92F、映画にもよく登場するハンドガンだな。今回は夜戦だから少しカスタムしてある。アンダーマウントにフラッシュライト、銃口にはトレーサーと言うBB弾を発光させる装置がついている」
「ウオォッ⁉︎ よくわからねぇけどカッケェーッ‼︎」
「ほうほう……、某東京会社さんのですね? 作りも丁寧で再現率も高い……、いやー良い仕事してますねぇ」
「おおっ、なんか特殊部隊っぽい!」
「せ、川内姉さん……私は少し怖いです……」
皆それぞれの感想を述べながらエアガンを受け取り、篠原も自分のエアガンを手に持った。
「さて……、じゃあチーム分けかな? 2対3になってしまうが……、私は経験者だし少ない方でいいか」
「で、でしたら、この神通もお供させてください」
「そうか。では私の背中は神通君に守って貰おう」
青葉は自信ありげに篠原に言った。
「良いんですか提督ゥ、艦娘を同時に3人相手にするなんて正気のソレとは思えませんよ〜?」
「……確かに君達は鋭敏に気配を感じ取れるんだったな……。だが、私には神通君がいるから頼らせて貰おうじゃないか」
「身命を賭しまして提督は神通がお守り致します」
打って変わった神通から鋭い眼光が迸り、天龍と青葉は戦慄した。
「ゲェッ……、そういや神通お前、陸自の訓練に混ざっていたよな……」
「最も過酷とされた陸上訓練を耐え抜いた上に競って来た隊員達を次々脱落させ、ついたあだ名が……」
2人は声を合わせて同じ言葉を放つ。
「超・スーパーサイヤ神・通……ッ‼︎」
「そ、その事は忘れてくださいっ‼︎」
神通は顔を真っ赤にして抗議するも、すぐ隣で顔を背けながら口元を押さえ肩をピクピク震わせる篠原に気付いてしまった。
「て、提督! 笑わないで下さい……!」
「い、いや。わっ……笑ってなどーー……グフッ‼︎ ひゃめろ…今は、話しかけ、るな……ククッ」
「提督酷いです!」
「オイ神通てめぇ! 1人だけ水陸両用なんて卑怯だぞ!」
「くふっ……クハハっ……」
「天龍さんもやめて下さい!」
暫くして息を整えると、いよいよもって雑木林の中へと足を踏み入れた。
ビニールシートにより囲まれた区間に入るとチーム毎に分かれ、それぞれが持ち場へと移動した。
持ち場についた神通はまだ不貞腐れているようだが、篠原は構わず声を張り上げた。
「用意いいかーっ!」
すると天龍の声が返ってくる。
「おーう!」
篠原は神通と顔を合わせると、頷き合い再び声を張った。
「カウントーッ‼︎ さんっ、にぃっ、いーちっ! ……スタートッ‼︎」
言い終えると同時に篠原は姿勢を低くしながら走り込み、木を盾にして相手の方角を警戒し始めた。
神通もそれに続き、篠原の横に着く。
「暗くて視界が悪いですね……、これからどうしますか?」
「うーむ……、艦娘がどの程度気配が読めるのかまるで見当がつかないからな。とにかく1戦目は様子を見たい」
辺りは暗く、相手も身を潜めているのか酷く静かだ。
ただ張り詰めた空気だけが漂っている。
夜戦では動いた方が位置を悟られ不利になる、我慢大会でもあるのだ。
暫し様子を見ていた篠原だったが、相手も動く気配はない。
「神通君、フォローを頼む」
言いながら篠原はとなりの木へと移動し、ハンドガンのアンダーマウントからフラッシュライトを引き抜くと左手に逆手で構えた。
とにかく相手の方角へ、スイッチを小刻みに押しチカチカと照らす。
緑色の光の線が光源へと流れた。
トレーサーにより発光したBB弾、誰かが射撃したのだ。
篠原はすぐに身を縮こませ、神通の方へ顔を向ける。
「見えたか?」
「はいっ、逃がしません!」
神通は膝をついたまま木陰から身を出し綺麗な射撃姿勢を取ると、パスパスと軽快な音を奏でエアガンを撃った。
放たれた弾は真っ直ぐと奥の茂みを貫く。
「は、外しました!」
「だが動いた!」
こちらは不動を保っているが相手は動いた。
枯れ枝を踏み抜く足音を頼りに、篠原は今一度ライトを照射する。
「うお……っ⁉︎」
強い光に咄嗟に目を庇う天龍の姿が晒された。
神通は素早く狙撃し、弾は吸い込まれるように天龍の腕に飛んで行った。
「あっ痛ぇっ⁉︎ ヒット! ヒットだチクショー‼︎」
天龍はその場で地団駄を踏むと、手を真上にあげながら悔しそうにフィールドから退場した。
「ナイスショットだ神通君! だがこっちの場所も完全にバレた筈、動くぞ」
「はい!」
篠原は低い姿勢を保ちながらゆっくりと移動を始め、神通もそれに続く。
先程の銃撃の騒ぎに紛れ相手も動いている筈、最早方角だけでは位置を計れない。
「青葉君も川内君も手強そうだな……」
「まるで天龍さんがそうではないように言いますね」
「正直、あんなに近くに潜んでいるとは思っていなかった。気付けたから良かったが、気付かなかったら危なかったかも知れない」
「ふふふ、性格がでますね」
その言葉を聞いた篠原は、自分達のスタート地点の方へと身体を向けた。
「性格か……、だとしたら青葉君なら……」
「裏取り、ですかね?」
神通も後半への警戒を強め、その場で小さな石を拾い上げ篠原の顔を見る。
意思を汲み取った篠原は頷くと前傾姿勢を取った。
神通が石を投げ、放物線を描きながら飛ばされた石は物音を立てながら転がる。
耳を澄ませていた篠原は、同時に聞こえた微かな音を聞き逃さなかった。
「仕掛けるぞ……!」
方角を特定し、前傾姿勢から地面を蹴り上げ疾走、奥の木々へ向け走り抜ける。
その大きな足音に対し気配が動いた。
「へへへ……飛んで火に入る提督さん♪」
潜んでいた相手はその場で木を盾にしたまま射撃した。
しかし、放たれた弾は空を割いて地面に吸い込まれただけだった。
「あれっ? やばいですね……⁉︎ これ誘われましたか⁉︎」
しかし気付いた頃にはもう手遅れだった。
「フリーズ」
突如聞こえた篠原の声に、青葉は振り返ると真っ先に飛び込んだのは突き付けられた銃口だった。
青葉は冷や汗を流した。
「あ、あれぇ〜……、提督さんワープしました……?」
「途中の足音は神通君のだ。さ、ヒットコールをどうぞ?」
「そ、そんなぁ〜……不覚ですぅ〜……。ヒットでーす……」
青葉は落ち込みながらトボトボと退場していった。
「ふぅ……、これで残すは川内君1人か……。しかし私達はなかなかどうして息が合うな?」
「提督そんな……嬉しいです」
神通は照れながらも器用に辺りを警戒していた。
ここまで善戦でき現状相手は川内1人、2対1で優勢に尽きるが日頃から夜戦を口遊む川内の実力はどれ程のものか。篠原はより一層警戒を強めた。
「提督、上です!」
神通の言葉が響く。
篠原は上を見ると木の上で今まさに撃ち抜かんとする川内の姿が確認出来た。
「くっ⁉︎」
篠原は急ぎ横に身を投げ出し転がりながら跳躍すると、先程いた場所に三発の弾が飲み込まれた。
「あはっ! やるじゃん!」
「させません!」
神通は素早く川内に向け弾を撃ち込むも、川内はそれよりも早く飛び退き、宙返りしながら着地する。
着地した瞬間を篠原は狙撃するが、咄嗟の判断で川内は五点着地に切り替え、更に回転を側転に繋ぎ弾を回避した。
神通は駆け足で回り込み川内に狙いを付け射撃した。
「その距離じゃ当たんないよ!」
川内は身を翻し弾を回避すると弾道から神通の位置を割り当て射撃する。
「くっ……」
神通は木の麓に飛び込み弾を防ぐ。
追い込みを掛けようと川内は走り出そうとするが、篠原がライトを照射、川内は身を晒すことになった。
「うわっ、眩しい⁉︎」
「川内姉さん、覚悟!」
神通が素早く狙撃するも川内も動きが早く、弾を躱しながら木の影へと隠れる。
篠原は川内が盾にする木ごとライトで照らし、銃も構えながら出方を待った。
篠原が“神通君の立て直す時間は稼げたか”と思慮したとき、川内は動き出した。
川内は光源に対して真横に走り抜け、篠原もライトを追わせる。
ここでエアガンがアサルトライフルの様な連射が効くタイプなら弾幕で動きを封じる事も出来たのだが今はそれもなく、弾数に限りもあり捕捉し狙いを付けるしかない。
走りながら川内もライトを使い篠原に向け照射、篠原は匍匐姿勢に移り勾配を利用し身を隠しつつライトを追わせる。
だが篠原のライトが、移動を始めていた神通を僅かながら光に晒してしまった。
篠原は咄嗟にライトの方角を変えるが、それが不味かったらしい。
先の一瞬の変化を読み取り神通の位置を捉えた川内は身を反転させ、ライトを神通に向け照射しながら射撃した。
光を中心に真横に、元々回り込む様に走っていた川内は神通のすぐ近くへと来ていたのだ。
「あぅっ⁉︎ ……やられてしまいました、ヒットです……」
神通はヒットコールをし、申し訳無さそうに退場していった。
「川内君め……、これを狙っていたか……!」
篠原は悔しそうに、だが楽しげに顔をしかめた。
自分のライトを使い索敵していたなどと思わなかったからだ。
神通を照らした時、恐らく川内は捉えられていなかったが、光を逸らした時の不自然な動きから割り出したのだろう。
残り1人と判断した川内は攻勢に転じ、篠原のライトを目掛け走り寄った。
篠原は急ぎライトを切ると匍匐をやめ、川内の位置を頭に入れながらも移動を始めた。
川内は距離を詰め必中を狙い始めた。
最初の奇襲から、距離が少しでも開けば篠原は弾道を見切り避けると判断したからだ。
間も無くライトが照射され川内の付近の木を照らした。
川内は勝負に掛け光源を目星に回り込む様に疾走した。
川内の目は木を背にする篠原を捉え、距離を詰めた上で素早く射撃する。
篠原は足音から川内に気付き、射撃の直前でライトを消していた。
「あっ……」
川内の目の前から篠原の姿が、景色が全て消え去る。
突然光源が消えた為、瞳孔の動きが追い付かなかったのだ。
予め目を強く瞑っていた篠原の方が早く視界を取り戻し、狼狽えた川内に向け射撃した。
「いったぁぁぁあっ⁉︎」
篠原の放った弾は川内の胸に直撃し、勝負は幕を閉じた。
川内はその場で悔しそうに地団駄を踏む。
「うぐぐぐっ、悔しい! 目潰しするなんて!」
「いや私も肝が冷えたよ……、暗いのにあんなに動けるとは思ってなかった」
川内は殆どライトを使わずに、側転などのスタントを決めていた。
恐ろしい程に夜目が効くのだ。
「でも提督も酷くない⁉︎ 仮にも女の子の胸に……って、ここ心臓の位置だ」
「……防弾チョッキのレプリカも考えるか」
「ねぇ提督、咄嗟に心臓狙えるの?」
「もう遅いから戻るぞ」
川内の問い掛けに敢えて答えず、篠原は本館へと足を向けた。
「えっ⁉︎ もう終わり? もう1回やろうよ〜〜」
「また今度な。今日はおしまい」
「えーっ? ねぇもう1回やろうよ! サバゲー、ねっ?」
篠原は歩きながら纏わりつく川内をあしらう。
「提督ー! 夜戦〜っ! サバゲーやろ!」
「…………うる川内」
「あーーーッ‼︎ 提督までそんな風に呼ばないでよ!」
「まぁ、楽しめたなら何よりだ。早く帰ろう、みんなが待ってる」
「ちぇっ、でも楽しかったよ。ありがと、提督♪」
こうして川内の欲求不満は多少改善された。
後に刺激に飢えた艦娘達によりサバゲーがちょっとしたブームになったらしく、要求書とその金額を見た大淀が青ざめたらしい。
◇
サバゲーから数日後、裏庭の花壇は小さな葉を飾り始め、畑も作物の芽がひょっこりと角を表し始めていた。
その奥に見える池の穴も殆ど完成形へと近付いていて、みんなで取り掛かって作った綺麗な底に、水漏れを防ぐ為にコンクリートで四方の壁が囲まれ、内側に積み重ねるようにして大き目の石が並んでいる。
上から見ればコンクリートの壁上部が見えてしまうが、仕上げには石で枠取りし上手い具合に隠れると言う。
そんな裏庭に1人やって来た電は、もう間も無くと言った池の完成に心躍らせながら花壇に水を撒きはじめた。
「でーてこ〜い でーてこ〜い 池の鯉〜♪ そ〜こ〜の松藻の しげったな〜か〜で〜♪」
電は上機嫌に歌を口ずさむ。
「手〜のな〜るお〜とを 聞いたらこい♪ 聞いたらこい♪ なのです!」
歌い終わると同時に電は小さく決めポーズを取り、その際揺られたジョウロから余分な水が撒き散らされた。
因みに池の大きさは鯉を飼うにはかなり窮屈でこの池が完成しても鯉は来ないと思われる。
「はわっ⁉︎ 吹雪さんのベンチが更に立派になっているのです!」
誰の計らいか、吹雪が作ったベンチに屋根が設けられていた。
正方形の屋根の4本柱の片側にベンチは置かれ、太陽の光を遮り涼しげな影となり休憩場所としてこの上ない状態だ。
更に上部には天井付近の柱と柱の間にウッドフェンスが正面を除いた三面に貼られ、網目にはいくつかのプランターが針金で固定されている。
植物園で見かけるような、花の飾れる風雅な屋根付きベンチがそこにはあった。
プランターからも芽が出ている事に気付いた電は、ジョウロを手に背伸びしながら水をあげようとするも、なかなか届かない。
更に手を伸ばそうとすると、無理に傾けられたジョウロの注ぎ口から水が溢れてしまう。
「はりゃっ⁉︎ つ、冷たいのです!」
パシャリと水を顔に水を浴びてしまった電は、自分の身長を嘆きながら素直に応援を呼ぶ事にした。
新設された屋根を知らせたいと言う事もあって、電は吹雪を探し声を掛けると再び裏庭へと舞い戻った。
吹雪は屋根を一目すると唖然とした後、嬉しそうにはにかむ。
「もうっ、あの人は〜……」
「司令官さんの粋な計らいなのです。でも何も言わないのは少し水臭いのです」
この様な事が出来る人物像は、2人の中で一致していた様である。
吹雪はジョウロを借りて、吊るされたプランターに水を注ぎ始めた。
「作りは簡単だけど見栄えが良い……、だから誰も気付かない間に作れたんですね。……コレが一工夫かぁ……」
「吹雪さんが職人さんの顔をしているのです」
一方、篠原は叢雲を連れて工廠まで足を運ばせていた。
工廠の中は、壁側に建造の為に使われるであろう人が入れそうな程の大きな鋼のカプセルが四つ陳列していて、中央には開発の為と思われるクレーンなどの物々しい機械が配置された作業場が設けられている。
今回篠原は開発を行う為にここを訪れ、人数の多い駆逐艦の装備を得る為に叢雲を連れてきたのだ。
ちなみに“名前が強そう”と言う単純な理由で叢雲が選ばれたのだが、本人はその事を知らない。
「……で、来たのは良いけどアンタのその手に持っているのは何よ?」
叢雲の視線の先には、透明なビンに詰められた沢山のカラフルな飴玉。
「妖精君にも差し入れをな? 昔から妖精には飴と言う印象があって持った来たんだ」
篠原はそう言って辺りを見回すと、視界のあちこちに妖精の姿を確認出来た。
「ホントお人好しよね……? いつか騙されて痛い目みるわよ?」
「ふふっ、何度も見てきたさ」
「そうだったわね……、それでも変わらないんだから、もうどうしようもないわね」
篠原は叢雲の言葉を耳にしながら、近くにいた妖精の1人に向けビンを差し出した。
「妖精君、良かったらコレをみんなで分けてくれないか? 差し入れだ」
「ふぁー!」
ビンを前にした妖精は可愛らしく叫ぶとビンにしがみ付き、そのままふわふわと一緒に浮かび始めた。
まだまだその光景に見慣れない篠原は頬をかいた。
「コレを一般人が見たらビンだけが空中浮遊しているように見えるのだろうか」
「そうなるわね、だから人の前では姿を隠すのよ」
「妖精君が見えていても十分衝撃的だけどな……」
ビンを受け取った妖精は仲間達の元へと飛んでいき何やら話した後に、全員が篠原と向かい合ってペコリと可愛らしくお辞儀をした。
叢雲はそんな妖精達と笑顔を見せる篠原を交互に見た後に、息を吐きながら口角を僅かに上げてみせた。
「じゃ、開発するんでしょ? さっさと終わらすわよ」
「すまないな、装備開発にはどうしても艦娘の協力が必要だと大淀君が言ってな。悪いが付き合って貰おう」
「いいのよ別に、自分の為になるんだし悪い気もしないわ」
そう言って叢雲は作業台の前に立った。
「それで、何を作るの?」
「そうだな……、そう言えば君は初雪君に酸素魚雷がどうのと言っていたな。確認したがそんな物は鎮守府に無かった、だから魚雷を作ろう」
「ちょ、ちょっとアンタ覗いてたの⁉︎」
叢雲は顔を赤くして抗議した。
篠原は寮の前を通りかかった時、妙な喧騒が響いてきたので何事かと入り口から寮の中を覗いたのだ。
その時、初雪を部屋から引き摺り出そうとする叢雲の姿を目にしていた。
「失言だったな。さっきのはアレだ、気のせいだ」
「誤魔化すならもっと上手く誤魔化しなさいよッ!」
篠原は食って掛かる叢雲を適当にあやし始めると、叢雲は更に頭に血が上ったかと思えば大人しくなり、そっぽを向いた。
「はぁ……もういいわよ。騒いでたのは事実だし。悪かったわね!」
「いや私も不躾だった。申し訳ない。」
「だからもういいって言ってるでしょ! さっさと始めるから出てって頂戴!」
叢雲は篠原を工廠から追い出す様に捲し立てた。
篠原は機嫌を損ねてしまったと思い、素直に言う事を聞いて工廠を後にした。
暫く時間が経った後に篠原はお詫びにとミニパフェを手に再び工廠に戻り、非礼を詫びながら叢雲に手渡すと、叢雲は不思議そうな顔をしながら受け取っていた。
受け取りながら何か心当たりを探していた叢雲は、ハッと思い返した後に申し訳なさそうに眉を顰めた。
「ご、ごめんなさい……。責めるつもりは無かったの、本当よ? つい強い言葉を使ってしまうと言うか……、はぁ……嫌味な女よね、私」
「そう落ち込まないでくれ……。君が良いなら私も良い。言葉遣いだって強気な君らしくて良いじゃないか」
「何よ? 口説いてるの?」
「単純に褒めているんだ。君は確かに荒っぽい口調だが、頼まれた事は手を抜かず引き受けて、仲間を叱れるのも大きな魅力だ。正義感に溢れた良い娘じゃないか」
「なっ⁉︎ 何を言いだすのよ急に⁉︎」
「照れたか?」
「うっさいわね‼︎ こっち見んな‼︎」
叢雲は照れながら再びそっぽを向くと、呼吸を整えた後に手に持ったミニパフェを見た。
「司令官……これは」
「まあ気にせず食べてくれ。開発の手間賃だと思って」
「そっ、じゃあ頂くわ。 でも私はこういうの……」
言いながら、叢雲はスプーンを口に入れた途端に眼を輝かせた。
「おいひぃ⁉︎ 何これおいひぃわ! 冷たくて甘いし……んぅ〜〜っ!」
叢雲は手を忙しく動かし、あっという間にパフェを平らげると、驚いた顔をしている篠原に気付いた。
「……何よ?」
「いや……」
篠原は敢えて何も言わずに目を逸らし、作業台の上に無造作に置かれた、何かの発射管の様な物に目を向けた。
「これが……君達が使う魚雷、なのか?」
「そうよ、運が良かったのか一発で出来たわ。資材が無駄にならず良かったわね? 61cm三連装魚雷よ」
「ふぅむ……、小さいが、成る程。 だが君が手に持つには大きすぎる様な」
「それはこうするのよ」
叢雲が発射管に手を添えると光を放ち、それは一枚のカードへと姿を変えた。
その光景に篠原は言葉を失い立ち尽くすが、叢雲は構わず説明を始めた。
「さっきのはただのシンボルよ。本命はコッチで、このカードが艤装に装備されると艤装の性能が上がるってワケ」
「…………バイクに跨るヒーローを思い出した」
「なんとかライダーみたいに戦闘中に切り替えたり出来ないわよ。艦娘と艤装は繋がっていて、無理に取り替えようとすれば両方に負担が生じて動けなくなるわ」
「……なるほど、出撃前に必ず装備を確認する必要があるな。 そしてライダーを知っているんだな?」
「な、なによ悪い?」
「饒舌なベルトは面白いよな」
「……私は昔の方が好きだったわ」
話題は大きく外れながらも気にする事無く、2人は工廠を後にした。
開発を終えた篠原は執務室に戻りパソコンに開発に投じた資材と成果などを打ち込み始めた。
するといつもの様に執務室で業務に当たっていた大淀が、ツカツカと篠原のデスクの前へと歩み寄った。
「……提督、艦娘達の要求書を纏めましたのでご確認を」
篠原は手渡された書類に目を通す。
「……コンバットスーツ8着、ギリースーツ2着、アーミーブーツ10足、プロテクター3着、次世代型電動エアガン12丁、ガスガン6丁、有機BB弾10kg、虫除けスプレー……」
まだまだ文字が羅列していたが、篠原は読むのをやめた。
「すごい3桁いくぞ」
「提督っ!」
ちょっとしたサバゲーブームにより、要望書の数が倍以上に跳ね上がったのだ。
「いやまて……エアガンもピンキリだし……どれ」
篠原はそう言って、より詳細を確認し始めた。
「先ずは比較的安価なガスガンから……。ふむ、M134連装機関銃とな。 50万で足りるだろうか?」
「……⁉︎ 誰がそんな物を⁉︎」
「電君だ」
大淀は“戦場は地獄なのです!”と言いながらミニガンをばら撒く電の姿を想像し、顔を青くしていた。
その様子を見ていた篠原はフォローを入れる事にした。
「いやいや、大淀君が思っている様な事じゃなくて、きっと前に見たロボットの映画で、サイボーグがミニガンをばら撒いて敵の無力化だけして死傷者ゼロに抑えたシーンがあっただろう? それの影響ではないかな?」
「そ、そうだと良いですが……。随分渋い映画を見ている様ですね電さんは」
「でも流石にこれは無理だな。これ一丁で娯楽にあてる今月の予算8割が消えてしまう。サバゲーに参加している艦娘の人数を調べて、不足のない分だけ用意して他は我慢して貰おう……」
そう言って篠原は書類を一枚捲る。
「茶道セット、鳳翔君か……。結構じゃないか、私も一杯頂けると嬉しいな」
「きっと喜んでご馳走してくれますよ」
「侘び寂びを学ぶ和敬清寂の心行き……、ふふふ楽しそうだ」
篠原はその一枚を手にパソコンに打ち込み、続いて別の一枚を手にした。
「……大人のキャミソール? ……暁君」
「あの……提督、あの娘の為にも何も言わないであげて下さい」
「……ああ。後これは衣類だから要望書に書くものではないな……」
「はい……、本人にはそれとなく伝えておきます」
この要望書だが、普段は食堂に投函箱の横に纏めて置かれていて主に娯楽に必要な物を募る為に篠原が設けたものだ。
「しかし要望書の数が増えたな。……思い切って艦娘にも給料体制を敷くか」
「給料体制はかねがね論議されていましたが……、予算の都合、最前線の防衛に当たる横須賀鎮守府以外での実装は難しいと思われます」
「……平和な海域が広がれば漁などに出る漁船も増え、艦娘達も社会の歯車になり得そうだがな……」
「近海こそ平和ですが全体の戦況は依然深海側にありますからね。この近辺での漁はリスクが大き過ぎます」
「ままならないものだな。 それでも最初の襲撃から此処まで建て直したのは誇らしい事なんだがな」
後に続けた篠原の言葉に大淀は反応した。
「私は比較的最近建造されたので実際に見たと言う訳ではありませんが当時の本土防衛戦は余りにも一方的で、艦娘が現れる頃には既に何万人もの犠牲者が……」
「それでも防衛は果たせた……。君達のおかげでな」
「防衛戦で沈んでしまった艦娘も少なくは無かったと聞きますが、私は彼女達を誇らしく思っています。生還を果たした艦娘達は今は横須賀にいるそうですよ?」
大淀がそう言うと、篠原は顔を向け笑いながら言った。
「なら1度話がしてみたいものだ、そして個人的な感謝を告げたい。助けてくれてありがとう、とな」
「私は一度話した事がありますけどね。 艦娘達の間でも英雄的な存在なので、研修で横須賀鎮守府に立ち寄って偶然見かけた時に“あの状況で守り抜いたなんて凄いです!”って、つい声を掛けてしまったんです」
「ほほう? 意外と茶目っ気があるんだな? それでなんて答えたんだ?」
「そうですね、“私達だけが守ったんじゃない、人間も戦っていた”と。それから“支援が遅くなった地も避難が完了していた、これは素晴らしい事だ”と……」
その英雄達は、猛攻に晒されながらも耐え凌いだ人間を讃えたと言う。
当時の最前は自衛隊の皆、篠原も何故だか嬉しくなった。
「ほほう、武人の様な艦娘がいたもんだな……」
「実際に凄く強いですからね……。 あっ、話を戻しますが提督」
「なんだ?」
「艦娘達のアルバイトなら一応認められていますよ?」
「おおっ、それなら! 任務や出撃の収入が無くても……」
艦娘がアルバイト出来るのなら、自由意志の元で娯楽費の予算を超えた分を賄えるかも知れない。
一人一人に予算を割り当て、超過した分を自分で稼いで貰おうと言う算段だ。
「ですが……、規約では緊急時に備えて鎮守府に最低でも24名配備、それを超えた場合に限りアルバイトによる副業を認める、とあります……」
「……そうか」
大淀は非戦闘員であり、除けば20名の艦娘しか居なかった。
大本営が指定する24名と言う数字も、四つの艦隊を最大数編成で出撃させる事が出来る為だ。
しかし過去の経緯もあり戦力が大幅に不足している当鎮守府は他の鎮守府の協力の元で、建て直す時間を与えられている訳だ。
どこか落ち込む篠原に対し、大淀は提案した。
「提督、期日も迫ってきていますし、建造を行うべきでは無いでしょうか?」
「建造か……」
「確かに稀にしか艦娘は現れませんが……、それは大本営や他の鎮守府も同じこと、この先いつ派遣されるかも分かりませんよ?」
「しかし……、前任の行いにより艦娘達は建造に対して悪い印象を持っているのでは無いか?」
「それは計画性を欠いて艦娘に大きな負担を掛けてまで建造を行なっていたからですよ」
「そうか……」
暫しの沈黙の後、篠原は何か心に決めたように頷くと席を立った。
「では、建造を行おう」
「はい」
ゆっくりと歩き出した篠原に大淀が返事をしながら続き、執務室の扉は開け放たれた。
◇
篠原が建造を行う。
その事は艦娘達も強く興味を示したようで、何処から嗅ぎつけたのか工廠には鎮守府内の半数以上の艦娘達が駆けつけていた。
建造に関しては諸説あり、曰く提督の魂に引き寄せられるだとか、妖精がご機嫌な時に現れるだとか、海が荒れる日は現れないだとか、検証しようがない話がいくつもあるようだ。
艦娘達が見守る中で、篠原は大淀に説明を受けていた。
「こちらが建造ドックになります。この鉄の卵型カプセルの中に資材を投入して建造が行われます」
「よし、ちょっと待ってくれ。聞き間違えかもしれない。 資材を投入……?」
「そうですよ?」
「この、弾薬だとかボーキサイトで君達のような艦娘が?」
「稀にしか現れませんが、そうですね」
篠原は黙ったまま大淀の頬をムニッと摘んだ。
突拍子もない行動に一瞬固まっていた大淀だったが、すぐに我に返り手を払った。
「なっ⁉︎ 何するんですか⁉︎」
「柔らかい……、君の一体何処に鋼材が用いられているんだ⁉︎」
「提督は建造に資材を用いるとご存知でしたよね⁉︎」
「神聖な儀式か或いは降霊術のようなもので艦娘が現れ、後から艤装を作るのに資材を使うものだとばかり……」
戸惑う篠原は、艦娘達の生暖かい視線を気にしながらも仕切り直す。
「わかった。……いや判らんが。 とにかく資材を投入する、と」
「はい、一連の動作は妖精さんが行います。ですので妖精さんに投入する資材の量を指示して頂く必要がありますね」
「なるほど、資材の量とは?」
「四つの資材の加減によって現れる艦娘が変わるとの報告がありますので、大雑把ですが艦種を絞れるようです」
篠原は“稀にしか現れないのに更に絞るとは”と現金な考えが浮かんだが、すぐに飲み込んだ。
そんな篠原に気付かず、大淀は説明を続ける。
「建造が始まれば、成功失敗問わず待ち時間が発生します。ですがこちらの高速建造材を使えば待ち時間を省略してすぐに完了出来ますよ」
「バーナーに見えるんだが」
「これを妖精さんに渡せばカプセルを炙って「いやいやいやいや」
篠原は大淀の言葉を強い否定で遮った。
「もう! 何が不満なんですか⁉︎」
「一度整理しよう。資材を投入したら、このカプセルの中には艦娘がいるかもしれない」
「稀ですが、そうですよ」
「で、バーナーで炙れば早く出てくると」
「はい」
「正気か?」
「なんでですかっ⁉︎」
正気を疑われた大淀は怒りを身体で示すが、篠原もまだ納得がいっていないのか構う様子もない。
「いいか大淀君、卵をバーナーで炙っても雛は孵らない。見るも無残な焦げ卵が出来る上がるだけだ」
「確かに卵はそうですけど! カプセルも卵型ですけど艦娘は違うんです!」
「君達がゴジラの様に熱とか吸収して成長すると言うのなら「わかりました! もういいです! 提督は高速建造材をつかわないで下さい‼︎」
屁理屈を捏ねる篠原に完全にヘソを曲げてしまった大淀。
慌てて篠原は機嫌を取ろうとするも、大淀はそっぽ向いて口を尖らせたままだ。
艦娘達はクスクスと笑いながらその光景を見守っていた。
篠原は観念し、大淀に向けて真面目に謝罪を始めた。
「わかった……すまなかった……。理屈をこねていたのも、私の決心がまだ付かないからなんだ」
その言葉に大淀は篠原と向き直した。
「決心……?」
篠原は苦しそうに顔を歪め、覗いている艦娘達の方へ顔を向けた。
大淀はその姿を見て、心配そうに話しかける。
「確かにギャラリーが多いですが……、例え失敗しても誰も責めたりは……」
「違う、違うんだ」
篠原は再び大淀と向き合った。
「もしも艦娘が現れたなら、新たな命を戦争に巻き込んでしまう……」
その言葉を大淀は強く否定した。
「提督‼︎ 私達は守る事に、戦う事に誇りを持っているんですよ⁉︎」
他の艦娘達も頷く。
目付きも先程の茶化すのうなソレではなく、真剣な眼差しへと変わっている。
「それだけじゃない。……もしも、那珂君や龍驤君……白雪君、龍田君が現れたとしたら、記憶はどうなる⁉︎」
篠原は続けた。
「何も覚えていなかったら……、それはっ、それは……」
哀しげに表情を落とす篠原に大淀は何も言えなくなってしまった。
篠原はここに来て沢山の思い出話を聞いてきたのだ。
決して楽しい思い出ばかりでは無かったけれど、楽しい話はニコニコと、悲しい話はしょんぼりと、喧嘩した話は口を尖らせ、仲直りした話は照れ臭そうに。
篠原は語り手の色々な表情を見てきた。
だからこそ思い出を忘却と言う悲しみに染めてしまう事が許せなかったのだ。
そんな篠原の腕を、駆け寄った川内がそっと優しく掴んだ。
「大丈夫だよ提督。またゼロから何度でも仲良くなるよ」
そう言って川内は、満開の花を咲かせたような笑顔を篠原に見せた。
見上げる川内の笑顔は陰りも無く眩しくて、最初に見せた疲れた瞳も今は輝いていた。
「確かに、覚えてなかったら凄く悲しいよ? でも絶対にまた仲良くなってやるんだ」
キラキラと、ニコニコと笑いながら川内は言葉を続けた。
「もう一度やり直せるんだ、今度は絶対に守ってみせる。 それだけじゃない、今ならもっと楽しい思い出を作れるからさ!
「だから、もしまた那珂が来たら、今度は提督も一緒だよ? 仲良くしてねっ」
溢れんばかりの笑顔が、込められた想いが篠原の胸を打った。
悲しみをとっくに乗り越えて、まるで夢を語るように話して見せる川内の前で、篠原はゆっくりと膝をついた。
「言うじゃないか……、本当に……」
川内を見上げる篠原の頬には熱い一筋の涙が流れていた。
ただ立ち直っただけでは無く、一回り大きく成長してみせた川内の発言が、その場に自分を添えた川内の気持ちが、どうしようも無く嬉しかったのだ。
「なっ、何で泣いてるのさっ? 」
「嬉しいんだ……、君の強さを知れた事、君の語る未来に私が居たこと……」
言いながら袖で涙を拭う篠原の周りを艦娘達が囲い始めた。
彼女達は慈しむような手つきでそっと篠原の背中を撫でる。
「提督……、私達はとっくに立ち直っているんですよ?」
「貴方はきっと知らないでしょうね。貴方の底抜けの優しさに、どれほど私達が救われたか」
「司令官さんは、楽しいお話をすると笑ってくれて……悲しいお話をすると悲しんでくれるのです……」
「これから作る思い出は司令官と一緒です!」
掛けられる沢山の言葉を耳に、篠原は涙を拭いながらも笑った。
「まったく……君達は本当に……」
篠原は川内の腰辺りに手を回した。
「畳み掛けよって……! こんにゃろうっ!」
照れ隠しか、涙を見られた報復とばかりに川内の脇をくすぐり始めた。
「ひゃあ⁉︎ やめっ、ちょ、あははははっ‼︎ やめてーーっ!」
「君もだ畜生っ!」
「はりゃーーーーっ⁉︎」
無差別にくすぐり始めた篠原から、艦娘達は慌てて逃げ惑う。
それを篠原が追いかけ出してからは、キャーキャーと喧しい悲鳴が工廠内にこだました。
「あ、暁はレディだからこちょこちょなんて効かなぁぁぁぁあーーー⁉︎ くすぐったぃいい!ごめんなさいーー!」
「いっ、一航戦の誇りに掛けて受けて立ちましょう! あっ、お腹は、お腹はやめて下さい‼︎ 摘まないで⁉︎イヤァァァッ⁉︎」
「イクの事もくすぐるの? いいよ」
篠原は我にかえると、コホンと咳払いをして改めて大淀の前まで歩く。
「み、見苦しい所を見せたな……」
「ふふっ、愛されてますね。普通ならセクハラだって怒られていますよ?」
「なんでイクはノータッチなの⁉︎」
篠原は目の前で抗議をする伊19を構わず、建造を担当するであろう妖精と向き合った。
「では、妖精君……建造をーーーー」
篠原が言い掛けたその瞬間、耳障りな警報が響き渡った。
《大本営より緊急通信 貴官の鎮守府近海に複数の深海棲艦が接近 》
《繰り返す》
《鎮守府近海に複数の深海棲艦が接近》
篠原の携帯電話が鳴り響いたのは直後の事だった。
◇
緊急防衛によるスクランブルが発令され、艦娘達は出撃ドックへと集まっていた。
姿勢を正して整列する艦娘達の前で、篠原は声を張り上げる。
「たった今詳細なデータが届いた、敵は駆逐イ級16隻、ロ級4隻、軽巡リ級4隻、それぞれが4つの隊列をなして此方へ接近している!敵の装甲は薄いが現時刻で既に日が傾きかけている為、夜戦が想定される
「よって加賀君、赤城君、鳳翔君は夜になれば撤退し後方支援を。残る17名で防衛線を維持する必要があるが敵の数の方が多い……‼︎闇に紛れ奇襲される可能性もある、絶対に油断するな‼︎」
篠原は言いながら海図を広げる。
「連中は自衛隊のレーダーには映らない、艦娘達の交代などで生じてしまった見張りの隙をつき忍び込んだに違いない。
「港町の海岸線に沿って広く展開、そこから歩みを進めて迎撃に当たれば街の被害は抑えられるだろう。可能なら鎮守府方面に引きつけ迅速な撤退と補給、再出撃を可能にしてくれ」
篠原の言葉に反応した加賀が、スッと手を挙げた。
「加賀君、どうした」
「失礼致します。鎮守府方面に引きつけ、万が一突破され進撃を許してしまった場合、対策などは何かお考えですか?」
「対策は無い、突破されたらこの鎮守府は敵の砲弾に晒される事になる。だが夜戦の場合、加賀君が鎮守府で目を光らせていれば前線に伝達し対処が間に合う可能性がある」
「そう、わかったわ」
篠原は少しの間を置いて、全員の顔を見回しながらこれ以上の質問がない事を確認すると、より一層声を張った。
「緊急防衛の為、編成も何も無い、総力を投じる必要がある! この事が何を意味するのか君達ならもう分かっているだろう!君達が折れたら街は崩壊する! 全力で叩き潰してくれっ‼︎ 総員、出撃せよッ‼︎」
艦娘達は一斉に挙手敬礼し声を揃えた。
「了解ッ‼︎」
次々と出撃して行く艦娘達を見送った篠原は、残った大淀と共に本館にある通信室に向かった。
通信室には複数のモニターや通信機器などが配備されている。
妖精が作り出した、艦娘の持つ電探と接続されたレーダー迄も備え付けられ敵の位置の確認も出来るが、まだ映ってはいないようだ。
大淀がモニターの電源を入れると、複数の画面には海を駆ける艦娘達の背中が映し出された。
「空撮ドローンによる中継に異常無し、通信感度良好、提督、こちらの備えは万全です」
「艦娘達の通信機の周波数は合っているのか? 一度確認してみてくれ」
篠原の言葉を聞き、大淀は通信機器の設定を見直し始めた。
「はい、確認しましたが間違いありません」
その言葉を聞くと、篠原は椅子に腰を落としモニターを眺め始めた。
その横に大淀も並んだ。
「艦娘達の士気は高く善戦が期待できます」
「そうだな……、頼もしい背中だ」
「きっと、こんな緊急時にも提督に良いところを見せようと必死なんですよ?」
ドローンが追い中継で繋いだモニターが映す艦娘達の背中は勇ましく、闘気に溢れている。
そんな映像を眺めながら、篠原は静かな声で言った。
「だが……君達は私を恨むかもしれないな。或いは裏切られたと、思うかもしれない」
「て、提督……? 何を……」
「私は提督ではなく、その代理だ。」
次の瞬間、大淀は押し倒された。
「きゃっ⁉︎ 提督、何を……⁉︎」
「悪く思わないでくれ……」
強引に大淀の手足には手錠がかけられ床に伏してしまう。
そんな大淀を見下しながら、篠原は言った。
「私はもう、これ以上彼女達の背中を見る事が出来ない……」
「ど、どうしてっ⁉︎ 何故こんな……」
通信室の扉が勝手に開かれたかと思えば、複数のガタイの良い男達の姿が目に映った。
「……御迎えに上がりました、隊長」
その男の1人が口にした言葉に、大淀は目を見開き顔を青く染めた。
「ま……まさか……、そんな⁉︎ ……ダメです‼︎ お考え直し下さい‼︎ 提督、提督‼︎ 行かないで!」
何かを察した大淀は篠原を引き止めようと叫ぶが、篠原はこれ以上何も言わずに部屋から出て行ってしまった。
「そ、そんな……、そんなっ!」
大淀は涙を瞳に浮かべながらも、身を捩り手錠を外そうと足掻き始める。
鋼鉄製の手錠は女性の力では全く歯が立たない。
「や、止むを得ません……ッ‼︎ 艤装展開……!」
展開した艤装から力を借り手錠を引き千切り、身を起こすと素早く部屋から飛び出すも既に篠原の姿は見当たらない。
通信機器に駆け寄るも肝心のマイクが持ち去られていて状況を艦娘達に伝える事は出来そうにない。
苛立ちを抑えながら大淀は執務室へと飛び込み、電話の子機を手に持った。
電話の相手は宮本元帥。大淀を派遣した張本人だ。
「宮本元帥ッ‼︎ 大変です‼︎」
宮本が通話に応えるや否や大淀は声を張り上げた。
「篠原提督が……、篠原提督が、敵深海棲艦の元へ向かったと思われます‼︎」
『な……、何だと⁉︎ それは本当かね⁉︎』
「はい、間違い無いものと思われます……、篠原提督の元隊員達の姿も確認出来ました……」
『なんて事だ……。奴の正義心を侮っていたと言うのか、私は……‼︎』
「既に、篠原提督の姿を見失いました……。加賀さんの偵察機を持ってすれば陸上で捕まえる事は可能かも知れませんが……」
『……奴の事だ。もう、どうにもならん……』
「そんな……、あんまりですよぅ……」
大淀は涙を零しながら床にへたり込んだ。
艦娘達の目が敵の影を捉える頃には、全員がその異変に気付くことになった。
「なんで……」
前方には敵影。だがその手前には見慣れた顔。
「なんでここにいるのさ⁉︎ 提督ッ‼︎」
5台の二人乗り水上オートバイが並んで浮かび、10人の男がそれぞれに跨っている。
その先頭には黒い装備のついた服装へと着替えた篠原もいた。
篠原には声が届かず、隊列を崩し必死の形相で、取り乱しながらも此方へ向かってくる艦娘達を眺めながら耳の通信機へと手を当てた。
「聴こえるか……、みんな」
篠原は周波数を合わせ艦娘達へと通信を送る。
「我々が囮になる。君達は後方からありったけの弾を撃ち込んでくれ」
瞬間、篠原の通信機は一気に混線し酷いノイズを発したが気に留めずに通信機を切り替えた。
「悪いなみんな、付き合わせて」
「ひゅー、あんな別嬪さん泣かせるんだもんなぁ……。きっと地獄に堕ちますぜ隊長」
隊員の言葉に篠原は艦娘達の方を向く。
何か訴えかけるように泣き叫ぶ姿が伺え、篠原はズキズキと痛む胸を押さえた。
だがそれも終わり、敵の艦隊を強く睨み付けた。
「奴等には我々の銃弾も、砲弾も、ミサイルも、戦術核ですら通用しない常識を逸する存在だ。……しかし‼︎」
隊員達は黙って耳を傾け、篠原は更に声を張る。
「我等が命を捨石にすれば足留めくらいは出来る筈だッ‼︎」
水上オートバイのエンジンが唸り始める。
「戦場では一瞬が命取り、ならば奴等から1秒奪えれば御の字ッ‼︎ 10秒奪えば大金星だ‼︎ 我等は“なしの礫隊”、さぁ行くぞォォーーッ‼︎」
篠原は叫び、隊員達も同時に声を張り上げ吠えた。
「ウォォォォオオオーーーーッ‼︎」
勇ましく雄叫びをあげ、水上オートバイは白い飛沫を吹き上げながら加速を始めた。
恐れる事も無く真っ直ぐ大群に突っ込む水上オートバイの小さな群れは、敵艦隊の目にも捉えられた。
1人の隊員が声を張る。
「敵、砲撃確認‼︎」
「構わん、突貫せよッ‼︎」
敵の砲弾が海面を叩き、幾多もの水柱を空へと捲き上る。
「味方艦載機と思しき! 通過間も無くッ‼︎」
「道を譲るぞ、続け!」
後半確認を行っていた隊員の声に、篠原は背後から飛来する艦載機達の進路から外れるように船体を傾ける。
篠原へ矛先を向けていた敵艦隊はまともな対空射撃を行えずに殆どの攻撃を身に受ける事になった。
機銃と爆撃の閃光が海原を駆け抜け敵艦隊を斬り裂いた。
隊員達は爆炎に狂喜し声を合わせて叫び声を上げた。
「ウォォォォーーーーッ‼︎」
「敵、イ級5隻、ロ級1隻、轟沈ッ‼︎」
加賀、赤城、鳳翔が放ったであろう艦載機は一巡で大きく敵の数を削り落とす事に成功した。
だが、篠原は一層引き締める。
「ここからが正念場だ……っ! 至近弾、来るぞ‼︎」
砲撃よりも正確な機銃。
1発でも身に受ければ重傷、或いは即死を免れないソレは眼を見張る弾幕となり襲い掛かった。
壮絶な豪雨に打たれたかの様に捲き上る水飛沫の中を縫う様にして篠原達は突き進む。
「圏内突入ッ‼︎ 旋回を開始ィ‼︎」
弾幕に晒されながらも篠原達は敵艦隊を前に迂回、回り込むように舵を取った。
「水上バイクは最高時速100kmを超える!この距離なら狙撃は不可能だ! 運が悪けりゃ当たるがな! 」
敵艦隊を中心に一定の距離を保ち円を描くように滑走し、深海棲艦の多くは艦娘達に背を向けてしまった。
好機と見た篠原は再び通信機を切り替えた。
「今だッ‼︎ 撃ち抜いてくれ‼︎」
今回は混線せず、まともな返事が戻ってくる。
相手は神通、上擦った声で懇願するように応える。
『提督っ‼︎ お考え直し下さい! 提督に当たってしまいます!』
「構わん撃て! どの道長くは持たない!」
『そんな……、そんな!』
篠原は通信を戻し、間も無くして後半確認を行う隊員が叫ぶ。
「味方砲撃確認、着弾間も無く‼︎」
「広がれ!」
その言葉を合図に、水上オートバイは旋回をやめ敵艦隊から直線で距離を取る。
次の瞬間、砲弾の雨が敵艦隊の頭上から降り注ぎ大打撃を与えた。
高く聳える水柱は数十を越え天を貫き、轟音を奏でながら砕け散る。
隊員達はその圧巻を前に再び揃えて雄叫びをあげた。
「ウォォォォオーーーー‼︎」
「イ級4隻……いえ5隻、ロ級2隻、リ級3隻沈黙しました‼︎ 勝利は目前!」
背後から二巡目の攻撃を受けた敵艦隊は致命的な損害を被った。
太陽は沈み掛け徐々に海の色も濃くなって行き、やがて完全に日が沈む。
「夜だ……、 篝火を灯せ‼︎」
篠原の合図に、二人乗りした隊員達はサーチライトを手にもち敵艦隊に向け照射した。
バッテリーから直接繋いだサーチライトの光量は凄まじく、ビームの様に絞られた光は至近距離で直視すると失明する程だ。
照射距離も500mを軽く越え、二人乗りをした理由もこの時の為であった。
照らしながら再び旋回を始め、小規模に成り果てた敵艦隊を囲み始めた。
「絶対に見失うな、捉えろ!」
四方から照射された敵艦隊は遠目でも分かる程にくっきりと禍々しい外観を晒していた。
「味方砲撃、来ます!」
闇夜を切り裂く流星群の様な砲弾が上空を飛来し、深海棲艦に向け落雷を下した。
すぐ目の前で巻き上げられた海水が火炎の赤へと染まり花の様に広がって散っていく。
やがて静まり返った暗闇の海をサーチライトの真っ白な光が照らしていたが、目に見えたのは沈んだ深海棲艦が黒い煙の粒となり霧散して行く姿だった。
「敵……、全滅確認」
隊員の1人がそう呟くと全員は黙ったままライトを切った。
完全な暗闇の中、篠原は静かに言った。
「……死にそびれたな」
「みたいだなぁ隊長」
「始末書かな、こりゃ」
「それで済むんかよ⁉︎ まっ、豚小屋にブチ込まれたら差し入れに行ってやんよ?」
「そん時はお前に脅されたって言うぞ?」
篠原の言葉に、隊員達の間から笑い声があがった。
一息ついた後、篠原は通信を切り替えた。
「敵の全滅を確認、我々の完全勝利だ。 総員鎮守府に戻りゆっくり休んでくれ」
そう言って篠原は直ぐに通信を切った。
その様子を見ていた隊員はヤジを飛ばす。
「カッケェーッ‼︎ あとやさし〜っ!」
「神崎、お前後で絞めるぞ?」
「そりゃ勘弁、隊長の絞め技でオチると悪夢を見るって有名だ。 それよりそろそろ帰りましょう、隊長」
「そうだな……」
篠原は辺りに集まった4台の水上オートバイをみて、口角を上げながら言った。
「帰投しよう。今回は誰も死ななかった、いい夜になる」
隊員達は声を揃えた。
「ラジャー!」
◇
深夜0時過ぎ、二台の箱型車両が防波堤沿いの道から左折して鎮守府の前の道へと差し掛かった。
校舎の名残を残す鎮守府の門前、その入り口にも差し掛からない半端な位置で二台の車は急停車した。
先頭を行く車両の運転手が声を出す。
「隊長」
「神崎、ご苦労だった」
助手席にもたれて掛かっていた篠原は、そう言いながらドアを開け、よろめきながらも道路の上に立った。
そして、車の正面、ライトに照らされた道の真ん中に、俯きながら佇む川内に目を向ける。
「隊員達も疲れている、道を譲ってはくれないか?」
川内は何も答えずに道路の脇へと移動すると、二台の車両はその横を抜けて走り去って行った。
未だ目を合わせようとしない川内を眺めながら、篠原はゆっくりと門に向け歩き出した。
「消灯時間はとっくに過ぎている。川内君も早く寮に戻るんだ、出撃の疲れもあるだろう?」
その白々しい態度が気に触ったのか、川内は涙を散らしながら睨み付け、走り寄り腕を大きく振りかぶった。
篠原は諦観したように立ち尽くし、迫り来る握り拳をその左頬に受け、勢い余り硬いアスファルトに押し倒された。
篠原は切れた唇の血を指で拭いながら、馬乗りになった川内を見上げた。
「艦娘も、人を殴れるのだな……」
川内は小さな震え声で呻くように答える。
「知らない……、初めて殴った……、殴る方もこんなに痛かったんだ……」
「こう見えて私も結構痛いんだがな」
「うるさいッ‼︎」
川内は今一度握り拳をつくり振りかぶった。
「この……、このっ‼︎」
しかし拳は振り下ろされる事はなく、振りかぶったまま震えるばかり。
疲れを隠せてない表情の篠原が、甘んじて拳を受け入れるつもりなのか無抵抗で見つめるものだから、これ以上傷付けるのは川内には出来なかったのだ。
「説明しろ……、みんな、食堂にいる」
そう言って川内は篠原の襟元を引っ張り乱暴に立たせると、何も言わずに背を向けて鎮守府の敷地を跨いだ。
立ち上がった篠原は埃を払いながら川内の背中を見て、やがて黙ったままその後を追い歩き始めた。
食堂では誰1人欠ける事無く艦娘達が集まり、テーブルの席についていた。
川内に連れられた篠原が入室した際にはピリッと空気が軋む音が聞こえ、皆がそれぞれの剣幕で篠原を睨みつけている。
川内が空いてる席に向かうと、代わりに大淀が前に出て篠原の前に立つ。
「……提督には、この場で、質疑応答して頂きます」
少しばかり砕けた態度だった大淀も、今は酷く事務的に語りかけていた。
篠原は集まった艦娘達を見回した後で大淀を見ると、答える。
「わかった。何が聞きたい?」
悪怯れる様子も無いという毅然とした態度に大淀は苛立ち、気を落ち着ける為か声のトーンが落ちる。
「……何故、あの様な危険な真似を」
「侵略を防ぐべく、少しでも勝率を上げる為だ」
「ふざけないで!」
テーブルを叩きながら加賀が席を立つ。
「……だからと言って、提督自ら囮になる必要は無かった筈よ。あまつさえ、それを仲間に撃たせるなんて……」
「正式な提督では無い、代理だ。代わりはいる」
その言葉に多くの艦娘が席を立ち、遺憾を顕に口々に否定の言葉が投げられた。
ひときわ大きく声を張り上げたのは、神通だった。
「提督……‼︎ 代わりがいると、本気で仰せるのですか⁉︎ 私達と過ごした日々は、簡単に切り捨てられる程度のモノだと言いたいのですか⁉︎」
吹雪は同調して席を立つ。
「そうですよ……! 司令官は思い出の大切さを沢山教えてくれたじゃないですか……! 嘘だったんですか……? あの言葉、私、とても嬉しかったのに……」
涙を目に浮かべ抗議する吹雪を見ながら、篠原は静かに口を開く。
「嘘では無い。思い出とは代用の効かない唯一の財産だ、その認識は変わらない」
「だったらどうして⁉︎ なんで死にに行く様な真似が出来るんですか司令官!」
「勝率が上がるからだと言っただろう?結果は出ている、君達は敵24隻を相手に完全無傷で生還した。街の被害も皆無、コレは偉業とも呼べるだろう」
「ーーッ‼︎ 私達は、艦娘であり、兵器です‼︎ 司令官なら司令官らしく、指揮を持って戦果を挙げるべきです‼︎ こんな勝利、ちっとも嬉しく無い、誇らしく無い‼︎」
その言葉を耳にした篠原は、吹雪に怒気を孕んだ眼孔で睨み付けた。
先程までは毅然としていた態度から一転して急激に温度が下がった為、吹雪は、いや、艦娘達は身体を強張らせた。
「兵器に最も相応しく無い姿をして、自ら兵器と宣うか……」
尋常ならざる雰囲気を醸し出しながら、篠原は固まる吹雪に向けてゆっくりと歩みを進めた。
篠原が近付くにつれ、吹雪の身体は怯える様に震え上がり、やがて目の前にまで辿り着き手を振り上げると、吹雪は身体を竦ませ眼を強く瞑った。
訳も分からず“打たれる”と明後日な覚悟をした吹雪であったが、予想に反して手を頭に置かれただけであった。
「えっ……、し、司令官?」
呆気に取られる吹雪の頭を二度三度と往復させて撫でると、篠原は息をついて周囲を見回す。
「埒があかないから、私の心境を皆に伝えよう。尤も、伝わるとは思っていないが……」
そう言って、篠原は隣の椅子を引いて腰掛けると、両肘をテーブルの上に置いて顔の前で手を組み、ゆっくりと話し始めた。
「私が21の頃だ、南半球に位置する国の一つに災害により大きな被害を被った地域があり、当時自衛隊だった私は復興支援に駆り出され現地に向かった。そして瓦礫を取り除く作業を行なっていたその日、見かけたのだ、見た目に似つかない長銃を携えた小さな少年の姿をな
「そして知った、彼等は少年兵と呼ばれ、その殆どが大人になる事なく死んでいく。 麻薬で恐怖を麻痺させて、中毒になり、麻薬の為に武装した団体に突撃をする、大人の悪意によって捨て駒に利用される彼等を見た。 子供は宝だ、子供を殺す国に未来は訪れない。 私は自衛隊を辞め、そんな彼等を救ってみせると心に誓ったのだ
「その時に何人か共に戦うと付いてきた仲間が居た。 共に協力し、時に撃たれ、そして感染症に伏し苦しみながらも、3年戦い続け悪意を取り除く事が出来た。 その地域の少年兵は解放され、彼等に日常と言うものを届ける事が出来た。沢山の感謝の言葉を貰った、私はその全てを誇らしく思った
「私が初めてこの鎮守府を訪れ君達のまだ若い姿を見た時、その少年兵の姿と重なった。最初は浮かない顔だったが、強い心を持って立ち直っても見せた。それから色々な表情を見せてくれた、泣き、笑い、怒り、悲しみ……、中々どうして、ありふれた日常を送っているではないか……
「君達は兵器と呼ぶには余りに相応しく無い、人はヒトの形を愛し焦がれるモノだ、まして女子供の姿。 艤装がなんだ、傷が早く治るからなんだ? 少女の様に立ち振る舞う君達は、私が今まで誇りを持って、全てを賭して守って来た者達と、何が違うと言うんだ?
「私は私の行いに命を賭け、その事に誇りを持っている。 君達だけが傷付き、君達だけが死んで、日本を守ると言うのなら……、命を捧げようではないか
「本来は舌を噛み切って死んでやろうとも思ったが、死んでも君達は戦い続ける。 だから私は肉の盾となり、傷の一つを減らす為に全てを賭ける。断じて自分の命を軽く見ていない、それよりも重い意味があると言うだけだ」
篠原が語り終えたあと、しばらくの静寂が訪れた。
篠原の想い、戦えぬのならせめて盾に、それすら許されぬのなら死んだ方がマシだ。と言う考え。
守り戦う事に誇りを持って生き抜いた戦士は、彼女達を戦場に送り出しただ見ているだけと言う事が出来なかったに過ぎない。
篠原 徹、その者の抱く意地である。
長い静寂の中で、篠原はこれ以上の追及がない事を何となく察して、その席を立とうとした。
そこへ大淀が俯きながら質問した。
「提督……、だとすれば艦娘は、一体何を守る為に、何の為に存在しているのですか……」
席を立った篠原は大淀を見ると、微笑を浮かべた。
「知っているか? 自分が何の為に生まれて来たかと言う疑問はな、実にありふれた人類共通の悩みなんだ」
そう言って篠原は「気が済んだなら、もう寝る様に」と一言告げて食堂から出て行った。
残された艦娘達は俯いたまま動き出さずに暫く佇んでいた。
◇
後日、篠原は後方幕僚に於ける任を放棄したと言う名目で大本営へと呼び出されたが、空撮による記録映像がその場に流されてからは羨望の眼差しを偏に集めていた。
その場で最敬礼する職員まで現れ、処分を下すような場では無くなっていたと言う。
大本営一堂、艦娘を戦場に送り出す事に心を痛めていたからだ。
結局、功績も納めていた為、何のお咎めも無かった篠原はトンボ帰りしてきた訳だ。
その事に不満を持つ艦娘達は、食堂に集まり対策会議の様な事を始めていた。
その場の司会を取り仕切る加賀は、僅かに表情に翳りを見せながら言った。
「……大本営が自制を促す事を期待しましたが、案の定な結果となりました」
赤城は目を伏せながら頷く。
「提督の意思は固く、きっと私達では止められません……」
篠原を守りたい。それはこの鎮守府に配属された全員の総意で紛れも無い事実。
或いは、共に戦う選択肢もあったのかもしれないが、人間が持つ凡ゆる兵器は全く役に立たず、共に戦うと言うのであれば篠原の行った行動こそ理に適ってしまう。
篠原が打ち明けた時、誰も否定しなかったのは人となりを知っている為、彼の積み上げた誇りを否定する事に繋がると言う事が皆分かっていたのだ。
「……いっそ手足を縛って監禁してしまおうかしら」
「か、加賀さん⁉︎」
「冗談よ」
加賀はシレッとした態度でそう言うが、間に受けたのか黒い笑みを浮かべる艦娘の姿がちらほらと見て取れた。
そんな艦娘に引きながら、山城は提案する。
「海上に出た提督を捕まえて、私達には囮が必要無いと見て納得して貰うのはどうでしょうか……?」
加賀は答える。
「水上バイクは水上を行く世界最速の乗り物よ、艦娘が追い付ける筈が無いわ。 海里で表せば約54ノット、特殊な改造を施した物なら160ノットを越えるわ」
「ごじゅ……⁉︎ む、無理です! ……でも加賀さん博識ですね……」
「調べたのよ。貴方も見たのでしょう、あの映像を」
「はい……」
艦娘達は、一台の空撮ドローンが追った篠原達の映像に一度は目を通している。
見下ろす視線から撮影されたソレは部隊の動きを良く捉え、一糸乱れぬ高度な連携を確認出来ていた。余談であるが、ドローンを追わせたのは大淀の仕業である。
その映像を神通は思い返しながら言った。
「提督が率いる部隊の動きは非常に洗練されていて一つの意思で動いている様な錯覚さえ覚えました……。それから、敵の動きを良く理解している……気がしました」
加賀は顔を向け答える。
「そうね。そしてそれらは私達に不足しているモノだと思うのだけれど」
その言葉に艦娘達は一斉に加賀へ顔を向けた。
「先程、山城さんが言った“囮が必要無い”と言う言葉はとても良い線を行っていると思うわ。 だけどあの動きを見た後に、本人を前にして同じ事を言えるのかしら?」
「口が裂けても……言えませんわね……」
「強くなるのよ。一撃で敵を粉砕して提督に近寄る前に全ての敵を跳ね除ける。それが私達が出来る唯一の方法よ」
それからと言うもの、奮い立った艦娘達は訓練に力を入れ始めた。
死に物狂いで切磋琢磨し、篠原率いる部隊を越える連携を、常に全体を捉え続けていた洞察力を身に付けるべく神通主導による訓練が幕を開けたのである。
川内が早朝から叩き起こされ、吹雪型の部屋からエアコンのリモコンが消え去った。
駆逐艦と潜水艦は速さと体力が命と言う事で、暁がレディを自称しなくなるまで走り込みをし、それを見た山城が「射撃訓練に当てられて幸運だった」と口にする程であった。
軽巡は打撃力という事で、天龍と川内は竹刀を手に激しくぶつかり合い、重巡と戦艦は並んで射撃訓練に勤しみ、時に織り交ぜ徐々にヒートアップしながらも行われた。
皆表情は固く、余念もない。
篠原は、その様子を執務室の窓から眺めていた。
「毎日、精が出ているな……」
何気なく呟いた言葉を、控えていた大淀が拾った。
「貴方を守る為だそうです」
大淀には業務があり、執務室に頻繁に出入りする必要があった為、あの一件以来も気不味い空気ながら篠原と仕事に当たっている。
変わって、他の艦娘達はあまり執務室を訪れなくなった訳だが。
お昼になると、沢山のおにぎりを抱えた雷が心配そうな顔をしてやって来ては、渡してすぐに戻っていく。
篠原は特別おにぎりが好きと言う訳ではなかったが、雷が持ってきた具沢山で小さなおにぎりは好きになっていた。
篠原もあれから食堂には行っていない。
艦娘達の気持ちを知っているからだ。
「ままならんな……」
言いながら篠原はパソコンと向かい合った。
大淀は、その何処か寂し気な横顔を見ながら言った。
「素直になったらどうですか?」
「どう言う意味だ?」
「……判ってる癖に」
篠原もわからないつもりでいた。
大事なモノを守る為、大事なモノを無くしてしまっている事など、決して判っていないつもりでいた。
手に何か持ったままでは、新しく拾う事が出来ないと言うのだろうか。
「司令官さん、電が素直になれば、聞いてくれますか……?」
篠原が表をあげると、電が扉を少しだけ開けて寂し気な目でこちらを見ていた。
“ノックを”と言い掛けたが、その落ち込んだ瞳を見て飲み込んだ。
「電君、どうしたんだ?」
電はトボトボと歩きながらデスクの前に向かうと、椅子に座る篠原の顔を見た。
「司令官さんは……守る為に戦っているのですよね?」
「ああ、そうだとも」
「だとしたら……、今、この状況が、司令官さんが守りたかった“ありふれた日常”なのですか……?」
篠原は虚をつかれた思いをした。
見たくなかったものを、見せられたような。
「電君これは……ーー」
「判っているのです……。お互い分かり合えない部分があるのは、仕方がないのです……」
電は瞳に涙をこさえ、絞り出すような切実な声で続けた。
「でも、でもっ! ……折角分かり合える部分があるのだから、そこだけは分かち合いたいのです……!
「電は、電は……っ、ひっく、みんなで作っている、池の完成がずっと…っ、ずっと待ち遠しかったのです……! でも何日経っても、うぅ、ずっと完成しないのです……っ!
「せっせめて、ここだけはぁ……、この鎮守府だけは……、しっ、司令官さんと……うぅぅ…仲良くっ、……したいのですぅ……!」
電はとうとう堪えきれずポロポロと涙をこぼし泣き始めてしまった。
その場で膝から崩れ落ち、哀しそうに顔をしかめながら幾多も雫を床に落とす。
「うぅっ、うぁぁぁー……、一緒が……一緒が、いいのです……! みんな、みんな仲良くしてたのに……、なんでぇ……」
篠原は椅子から立つと、電の傍に屈み込み、震える肩に手を回した。
「すまない……、本当にすまない……。判っていたんだ……、気付いていたんだ……」
「電は……、電はぁ……!」
「すまない電君……。私は……皆の日常を壊してしまった……」
日常を、思い出を愛した篠原は自らそれらを踏みにじった。
しかし、それでも妥協は出来ず信念は変わらない。
それでも、割り切る事が出来ていたなら変わっていただろう。
理解を得られず意地になっていたのだ。
まるで懺悔の様に吐き出されたその言葉は自分にそう言い聞かせ咎めるかのようだった。
大淀は電の背中を撫でる篠原に向けて言った。
「電さんの方が、ずっと素直ですね?」
「私もまだまだ子供だったようだな……」
「それで、この後どうするんですか?」
「……決まっているさ」
この後、篠原は訓練中の艦娘達へと向かい頭を下げた。
そして“この場所だけは変わらずに在りたい”と想いを告げた。
目を腫らした電の顔に、ひまわりの様な笑顔が舞い戻ったのは、もう間も無くの事であった。
◇
あれから篠原と艦娘達は、お互いに思う所はあるのか少しぎこちないながらも以前の関係へと戻りつつあった。
変わったところもあり、雷と電の2人と篠原の距離が前よりも少し近くなったら所だろうか。
そんな篠原と艦娘達は、今日全員が裏庭に集まっている。
「ほら、電君。ここの電源を入れるんだ」
「な、なのです!」
電は池のすぐ横に土に埋め込まれた配線ボックスに手を伸ばし、内蔵されたスイッチの電源を入れる。
すると微かなモーター音と共に、四角い池の角に聳えた小さな岩山の頂上から水が溢れ出した。
溢れた水は岩山の溝をなぞる小さな滝となり、やがてパシャパシャと小気味良い水音を奏でながら池の中へと落ちていく。
その様子を見て、一同はそれぞれの歓声をあげた。
篠原もまた嬉しそうにガッツポーズを決める。
「よし、上手くいった……! 完成だ!」
「はわわわっ‼︎ 滝が出来てるのです! すごいのです!」
池の底に隠すように設けられた排水溝から水を汲み取りポンプを使って押し上げ、岩山から溢れる小さな滝を表現したのだ。
延々と流れ続ける滝は水滴の白い粒を跳ねさせ、何処か風流を感じさせた。
「池で何か飼うか……?」
「お魚さんなのです?」
「亀やザリガニなんてのもあるぞ。外だから気温の変化に強いのなら大体いけるな」
2人が相談していると、伊58が提案をした。
「どうせなら海じゃなくて川の生き物がいいでち!」
「ゴーヤちゃんは、いつでもお魚さんを見れるので羨ましいのです!」
「でち、海のお魚は大きいでち!だからきっとこの池は狭い思いをさせちゃうでち……」
伊58は何か思慮を巡らせていると愛宕が池を見ながら言った。
「うーん、初心者でも飼いやすい、金魚とか……?」
「デメキンさんは独特の愛嬌があって可愛いと思うのです、電は賛成なのです!」
「ゴーヤは見てて不安になってくるでち……。 でも金魚は賛成でち」
耳を傾けていた篠原は頭の中で金魚の仕入れ先を考えながら腕時計を見ると、予定を思い出し周りに声を飛ばした。
「すまない、そろそろ貨物船が来る時間だ。立ち会ってくるから行ってくる。鳳翔君、また厨房を借りたいのだが構わないかな?」
「ええ、構いませんよ。それと、私も付き添ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、私も構わんぞ」
鳳翔は前に貨物船が来た時に篠原が作り始めたパフェの手際を思い出したようだ。
加賀と赤城がやけに情熱的な視線を送っていたが鳳翔が微笑んだ途端に凍り付いていた。
固まった2人を少々不憫に思いながらも篠原は食堂を目指し、例の如くコーヒーカップに盛り付けたパフェをこしらえると冷凍庫へとしまった。
その一連のやりとりを真剣な眼差しでメモを取りながら鳳翔が見ていたので、所々口添えなどもしていた。
篠原は港まで向かうと、ちょうど朝潮が誘導する貨物船がすぐ近くまで来ていたの見つけた。
「篠原司令官! お出迎え感謝致します!」
海を滑り近寄った朝潮が、そう言って姿勢を正し敬礼すると、篠原も敬礼を返した。
「護衛お疲れ様だ、朝潮君。またドックで搬入するから、ご足労頼めるかな?」
「はっ! 最後まで全力で全うする覚悟です!」
朝潮は勇み足立たせ、再び貨物船へと戻って誘導を始めた。
篠原はその姿を見送っていたのだが、今回は不知火と霞の他に、カタログに載っていた満潮、陽炎、黒潮の姿も確認できた。
篠原は駆け足で再び食堂に戻ると、カメラを手に調理台に並べたパフェを撮影する鳳翔の姿があった。
「あっ、あら提督……これは……」
「鳳翔君は勉強熱心だな……資料用かな?」
「はい……パフェの形はメモでは、その、……勝手な真似をして申し訳ありません」
「いや、よせ。自分の手掛けた物が教材になり得ると言うのなら、それは名誉な事ではないか」
「提督……、そう仰ていただけるなんて……」
「実は今回の護衛は6人でな、足りないから良ければ一緒に作ろうか」
「まぁ……! 謹んでお受けさせていただきます」
篠原が作るパフェは非常にシンプルで簡単な物なのだが、鳳翔と並んで盛り付け、篠原は6つのパフェをトレーに並べてドックへと向かった。
大淀が朝潮と受け取りの確認を行なっている横で、手頃な位置に不知火が立っていたので篠原は話しかけた。
「不知火君、差し入れだ。 後でみんなで分けて食べてくれ」
「篠原司令、御心遣い大変感謝致します。ありがたく受け取らせて頂きます」
「ふふ、喜んで貰えて何よりだ。 今回は人数が多いのだな?」
「そ、それは……」
不知火が言い淀み始めると、代わりに霞が答えた。
「不知火が自慢して言いふらしたのよ」
「……不知火に何か落ち度でも?」
霞から目を逸らしながら不知火は拗ねた様に口を尖らせていた。
「司令はん、ウチは黒潮や。よろしゅーな!」
「陽炎よ、よろしくねっ! 不知火があんまり自慢するものだから、来ちゃったわ!」
「……満潮よ。 わっ、私は別にそんな甘いものは……」
自己紹介を始めた3人に篠原も続いた。
「知っているとは思うが、私は篠原 徹だ。遠路遥々来たんだ、遠足のおやつでは無いが、ちょっとした休憩のつもりで羽を休めてくれ」
「くぅ〜! えらくカッコええ事言うなぁ! 不知火が自慢するのも納得やで!」
「不知火は自慢などしておりません」
「とにかくおおきに! 有り難く頂かせて貰いますわぁー!」
想像を越えたパフェの好評ぶりに気分を良くしながら、篠原はその場を大淀に預けドックから出ようとした。
その時、大淀が驚く様な声を上げた。
「佐々木提督っ⁉︎」
篠原が振り向くと、目を丸くした大淀と貨物船から顔を出した男が目に入った。
白い軍服を着た、整えられた髭の似合う精悍な顔付きで、先程大淀が言った名前も篠原は聞き覚えがあった。
「横須賀鎮守府の提督……? 何故貨物船に……」
「ハッハッ、君にどうしても会いたかったのだ。 この後長門に裁かれるだろうが、やむなしだ!」
日本最大の戦力を誇る横須賀鎮守府の提督、佐々木 幸一。
80を超える艦娘を従え最前線で防衛を続けており、最も賞賛されるべくは、深海棲艦の大襲撃から本土を守り抜く艦娘達の指揮を執った偉大な功績を残している。
篠原も姿勢を正し、敬礼を行う。
「佐々木提督、自分に何か御用でしょうか?」
「堅苦しいのはやめろ。今回は詫びに来たんだ」
「自分には心当たりが御座いません故……」
「だからやめろって」
未だに敬礼も解かない篠原に、苛立った様に佐々木は顔をしかめさせた。
佐々木は大将であり、対する篠原は代理の為、位は無い。
しかし佐々木はその態度が気に入らないようだが、篠原もかつて上下関係を死ぬほど叩き込まれた身であり、ままならない。
ニコニコとパフェをつついていた朝潮も異変に気付いた途端、目を見開いて震えながら敬礼を始める始末。
佐々木は知る人ぞ知る、英雄なのだ。
篠原は、朝潮が手に持つパフェのサクランボが荒ぶり始めたのに気付き、これは不味いと提案を始めた。
「意見具申、宜しいでしょうか」
「俺は対等に話したいんだが、なんだ?」
「佐々木提督のご威光は、些か駆逐艦の者には刺激が強過ぎるようで……」
佐々木は篠原の言葉に朝潮の状態に気付き、つまらなそうにため息を吐くと、言った。
「ウチの朝潮もたまに震え出すが、大本営の朝潮まで震え始めるのか…、 朝潮にはバイブレーションでも搭載されてるのか? まぁいい、場所を移すか」
「お心遣い、恐悦至極に御座います」
「……そろそろ怒るぞ?」
篠原と佐々木は並んでドックから出ようとした時、怒気を孕んだ掛け声が響いた。
「見つけたぞ提督ッ‼︎ 貴様ァ、この長門によくも恥をかかせたな!」
唖然としている大淀に構わず、ドカドカと海上から超弩級戦艦 長門がドックへと上がり込んだ。
佐々木の表情が一気に曇る。
「ゲェッ、もう来ちゃった」
「貴様、少しは懲りたらどうだ⁉︎ 大本営定例研修で教官たる貴様が居なくてどうになる⁉︎ 候補生が唖然としていたぞ!」
「いや噂の篠原が居てさ、その鎮守府に向かうって言う貨物船があったら乗るだろ?」
「乗らん‼︎」
「忍び込んだ感じだけど」
「忍び込むな‼︎」
押し問答を繰り広げる長門だが、彼女もまた艦娘の英雄に違い無い。
朝潮がとうとう白眼を向き始めたので、篠原はとにかく場所を移したかった。
「ゴホンッ、とにかく執務室に案内しますので、続きはそちらで……」
眉間に皺を寄せていた長門はその言葉に篠原を見るとひょんな顔をしていたが、その事に気付かず佐々木は提案を受け入れ3人は執務室へと向かった。
執務室のソファーに、長門と佐々木とテーブルを挟んで篠原が腰掛ける。
大淀がお茶を3つ用意しそれぞれの前に並べると、静かに篠原の横に控えた。
篠原は大淀に小さく礼を告げた後、散々指摘された態度を改めながら佐々木に言った。
「それで、私に用事とは?」
「ああ……、前回の深海棲艦の襲来、アレは俺のミスだ。見張り入れ替えの隙を突かれ、接近を許していた、申し訳ない……‼︎」
そう言って佐々木は頭を下げた。
「いえ、その事でしたら街に被害が及ぶ事無く迎撃が出来ました。艦娘にも休息が必要で、交代の隙も埋めようが無い物、お気になさらず」
「そう言ってくれるか……」
佐々木が頭を上げた時、長門が声をあげた。
「……思い出した……、篠原提督、貴方だったのか…‼︎」
「私に何か……?」
長門とは初対面であり、篠原は長門との接点がない。
しかし長門は、熱のこもった視線を向けていた。
「……入れ違いになったが、あの時、私は確かにこの目で貴方を見た。日本最大の危機、押し寄せる深海棲艦から避難の時間を稼ぐ為に戦士達を束ね海を駆けた貴方を」
長門は続ける。
「貴方の勇敢な行動により我々の艦隊も迎撃が間に合い、より多くの命を救う事が出来た……。もっとも、礼を言う前にあなた方は既に何処かへ行ってしまったがな。……心より礼を言いたい、感謝する」
その言葉に、大淀と佐々木は篠原に注目した。
「あの時……敵の動きを読めていたのは、そういう事だったのですか……」
「そうか……、長門が口々言っていた話は、やはり篠原か……」
最大の危機に、例え未知数の相手だとしても篠原が何もしない筈がない。
その事はこの場に居る者の常識だったのか、疑いの声もあがらなかった。
篠原は長門に顔を向けて言った。
「そうか、あの時敵が沈んでいったのは君のお陰か……。此方こそありがとう長門君、君達のお陰で日本は危機を逃れた。 しかしあの時は姿が見えなかったが……」
「この長門の主砲は遠距離からも敵を射抜く。肉眼で、しかもあの状況で見えないのは仕方がない事だ」
「でも君からは見えていたのだな」
「ああ、しっかりとな。 艤装により強化された視力は確かに貴方の姿を捉えた。20人以上の部隊を果敢に指揮する姿は本当に勇敢だったぞ」
その言葉に大淀が反応する。
「20人以上……? 提督それって……」
「大淀君、君の思っている通りだ。多くの仲間を失いながら敵を知り対策を編み出した。今はもう……半数も残っていないが、死んだ仲間みんな勇敢だった……」
仲間を想ったのか篠原は俯き、長門は「そうか、彼等はもう……」と零し、静かに目を瞑った。
佐々木はそんな篠原に言った。
「しかし後方幕僚が突撃とは、とても褒められたもので無いがな」
「何ッ⁉︎ 提督でありながら、まだ続けていたのか⁉︎」
そう言って長門が席を立とうとすると、佐々木がそれを片手で制した。
「だが……、男として、君の行いは、尊敬せざるを得ない……」
佐々木は帽子を脱ぎ、テーブルの上に置いた。
そして熱い眼差しで篠原の目を見る。
「実は提督候補生がいる、だが君には関係ない。君に万が一の事があれば、この俺が、佐々木 幸一が、君の艦娘の面倒を見よう……!」
その言葉に大淀は哀しげに顔を背けた。
だが長門は納得が行かないようだった。
「しかし、艦娘がっ!」
「言うなぁッ‼︎ 男がそう決めたんだ‼︎」
佐々木は長門の言葉を遮った。
「篠原にとって、人間も艦娘も無い。……篠原、俺は君のように勇敢になれないが……」
「いえ……とても心強い、頼もしい限りです」
そう言って篠原は立ち上がると、デスクの引き出しから一冊のノートを取り出し佐々木に手渡した。
「これは……?」
「後任が決まったら、渡そうと思っていた物です」
篠原は続けた。
「吹雪君はモノづくりが好きで創作意欲が強いです。 叢雲君はスイーツが好きですが本人は否定するのでそれとなく渡してください。 初雪君は漫画をよく読みますが定期的に外に連れ出さないと引き篭もってしまうので注意を……」
「待った待った……」
佐々木はまだ言い掛ける篠原を止めた。
「このノートはつまり、そうなんだな?」
「はい。この鎮守府の艦娘達の好物を流し書きしたものですが……、元々は好物を知って取り寄せる雑誌とかの参考にするつもりだったんですがね、ご覧の通り全て覚えてしまいまして」
「いや……、だとしても、これはまだ、受け取れない。君の手でまだまだ書き続けるべきだ。……その時が、来たら……ありがたく使わせて貰う」
言いながら佐々木は帽子を深く被り、鍔に手を掛けたまま立ち上がった。
「いい加減戻らねば、本気で怒られてしまうからな……。そろそろ失礼する」
「わかりました、送迎の車を用意しましょうか?」
「いや、いい。……長門行くぞ」
「わ、わかった……」
それから佐々木は早足に執務室を立ち去った。
追い掛ける長門は戸惑いながら話し掛ける。
「お、おい……、どうしたんだ?」
「これ以上アイツを見てたら惚れちまう。……熱過ぎんだよ……アイツは……」
この時、長門は何か光る物が頬を流れたのを見ていた。
それが何かを悟らせまいとした佐々木の意思に 、長門が気付くのはもうすぐの事だ。
「……そうだな。戻るか」
「おう」
この2人の信頼も、また厚い。
◇
提督候補生がいる事、そして佐々木提督のご厚意の話はすぐに艦娘達に広まったようだ。
英雄と称され、その名声に恥じない活躍を続ける横須賀鎮守府統括 佐々木 幸一 と言う男。
彼の元で働けるのなら艦娘として名誉な事であるが、ここの鎮守府では違うようだった。
そしてそれらは、提督代理と言う一時的な立場であった篠原が、いつか居なくなってしまう事を示唆していた。
壮絶で余りにも一方的な戦いを凌ぎ、多くの仲間の死が彼等を強くし、編み出された“囮戦法”。
提督を辞めても、篠原はソレを辞めないだろう。
艦娘達は何となくその事だけは分かっているようだった。
それから艦娘達は少し変わった。
青葉が堂々とカメラを構えて撮影するようになった。
「提督、もう少し寄って下さい!」
「こ、こうか?」
「て、提督……、その、近いです……」
「いくら提督でも扶桑姉さまに触ったら許しませんからねっ⁉︎」
「扶桑さんの照れ顔頂きました!」
初雪が部屋から出て執務室を訪ねるようになった。
「提督……、いっ、一緒にゲーム……、しよ?」
「ゲームかぁ……久し振りだな。こう見えて結構やってたんだぞ?」
「ほんと……? どんなゲームしてたの……?」
「マイクラとかかな?」
「あっ……、納得」
第六駆逐艦の4人が、毎朝鎮守府の門で待ち構えるようになった。
「司令官、おはよう! 今日もいい天気だわ!」
「あっ、寝癖ついてる! 直してあげるからちょっと屈んで!」
「ドーヴラエウートラ、今日のラッキーカラーは白だった。この響をおんぶしていいんだよ」
「はわわっ⁉︎ 響ちゃんだけズルいのです!電は肩車がいいのです♪」
「朝から元気だなぁ……君達は」
叢雲がクッキーを焼いてくれた。
「こ、コレ……、良かったら、食べて……」
「おお、凄いな‼︎ ……叢雲君が焼いたのか?」
「そ、そうだけど……。 変に勘繰らないでね、この前のお礼よ!」
「はははっ、ありがたく頂くよ。今度は私も焼いてみようかな?」
「アンタ、クッキーまで作れるの⁉︎」
「その時は一緒に作ってみよう。楽しそうじゃないか」
「そ、そう……。気が向いたらね……」
川内と吹雪は相変わらずだったけども。
「提督ゥゥゥッ‼︎ サバゲーの時間だよーッ‼︎」
「せっ、川内姉さん! 廊下は走ってはいけません!」
「川内君……、私はサバゲーの時間を設けた覚えはないぞ?」
「知ってるよ? 今設けたもん!」
「君な……」
「あっ、川内さん! 頼まれてたライフルの木製ストック出来ましたよ! 黒塗り塗装のトライバル模様です!」
「ホントッ⁉︎」
「ふ、吹雪君……、私も凄く気になるから見ても良いかな?」
彼女達は思い出を作りたかったのだ。
最後に“ありがとう”と送り出す為に、“出会えて良かった”と彼に言わせるために。
しかし、余りにも早く、そんな日々は終わりを迎えるのであった。
《ーー大本営より、緊急通達。横須賀鎮守府担当の防衛線が打撃を受け決壊、脅威的個体が近海に接近。大至急襲撃に備えよーー》
警報と共に告げられた内容は、未だ別れの覚悟すら出来ていない艦娘達にとって、死刑宣告にすら等しかった。
◇
横須賀が敗れた。
その報告は聞く者を戦慄させるには十分過ぎるほどであった。
ましてその脅威が接近している等と知れたら、きっと絶望し、運命を呪うだろう。
だが、篠原は違ったーー。
「敵脅威の詳細が入った。戦艦級が3隻、空母級が2隻……、……いずれも人の形をしているらしい」
艦娘達が集まる出撃ドックは静まり返り、ただ篠原の声だけが響いている。
「大本営より制定された呼称では、戦艦ル級、戦艦レ級、空母ヲ級とされ、特に脅威とされるのはレ級だ。 奴は1隻だが船が持つあらゆる攻撃を兼ね備えた、謂わば異常個体だ。
「前回の襲撃は所詮、斥候に過ぎなかったのだろう。それで進展率から我々の戦力を割り当て、今度は少数精鋭で防衛線を一点突破し、この鎮守府にトドメを刺しに来たに違いない」
その言葉に、歯を食いしばり震える艦娘が多く見受けられた。
自分達の存在を日本の“弱点”と敵に認識された事が悔しかったのだ。
そして篠原の格好も、弱い自分達が許せなくなる要因の1つとなっていた。
彼は海軍服ではなく、タンクトップの上に黒いベスト、黒いアーミーボトムを身に付け全体的に黒々としていた。
その格好はあの時と一緒、彼は再び囮となるのだ。
ベストには通信機やナイフ、拳銃等が手頃な位置に取り付けられ、背中には大型のマチェットが樹脂の鞘に収まり背負われている。
一際目立つ大型マチェットだが、バイクに跨りながらロープを切断する等の用途に使うもので、その分刃渡も長い。
「3時間……、3時間耐え凌げば我々は生き残る。……相手は横須賀を退けた精鋭だが……」
艦娘達の抱く何かを感じ取った篠原は、敢えて煽るように、整列した艦娘達の前を歩きながら顔を見渡し始めた。
「君達は、それが出来るのか?」
投げ掛けられた言葉は着火剤となり、彼女達のプライドに火を灯した。
一斉に同じ言葉が叫ばれ、ドックに木霊する。
「出来ますッ‼︎」
闘志の炎を目に宿し腹の底から声を上げた。
篠原は再度尋ねる。
「勝てるのか? 君達に」
今度は更に大きな声が大気を震撼させた。
「勝ちますッ‼︎」
その言葉を耳にした篠原は、不敵に笑って海の方を見た。
晴れていた空は闇雲が立ち込め、海原は黒く染まり不吉に濁り始めている。
脅威が来る、すぐそこまで仕留めに来ていると示唆するようだ。
「ならば征くぞッ‼︎ 此方から仕掛ける、抜錨せよッ‼︎」
篠原は怯まず喉を震わせ、艦娘達もそれに続く。
「了解ッ‼︎」
篠原はドックから飛び降り水上オートバイに跨ると素早く加速させ、艦娘達はそれを追うようにして続いた。
港から出るとすぐに4台の水上オートバイが現れ篠原の背後へと回った。
二人乗りバイクに、無理して三人が乗るバイクに篠原は近寄り、言った。
「神崎、こっちだ」
「落ちたらちゃんと掬ってね?」
神崎と呼ばれた隊員は篠原のバイクに飛び移り、そのままシートに跨る。
神崎は背後を振り返り、追従する艦娘達を見回した。
「まーじでかわい子ちゃんばっかだなぁ……。隊長、誰が本命なのん?」
「お前落とされたいのか? だが可愛いのは確かだな」
「あんな子に頼らなきゃ生き残れない世界なんて、いっそ滅んじまった方がいいんじゃねーかなぁ?」
「かもしれないが、今も生きている。それとな神崎」
「どしたん?」
篠原は目を細めながら言った。
「俺達は今日、死ぬだろう。空母がいるんだ」
水上オートバイを越える速度を出すものがいる。それは空母の艦載機だ。
篠原にとって、かつて部隊を半壊させた小さな死神達。
その言葉に、神崎は一瞬動きを止めたが、すぐに鼻で笑ってみせた。
「地獄までお供しますぜ? 隊長♪」
「フフッ、これから見る地獄よりも地獄なのだろうな?」
「あー……、じゃあ天国かもしんねっすねぇ? 相対性なんとかって奴で」
「あはははっ、なら結構じゃないか!」
篠原がそう言って笑うと釣られて隊員達まで笑い声をあげ始めた。死地に向かうには余りに陽気。
彼等が恐れるのは死では無く、己を見失う事他ならない。
艦娘達は追従しながらその光景を黙って見ていたが、口を尖らせた川内がつまらなそうに呟いた。
「なにさ、あんな表情見たことない」
篠原率いる部隊の仲睦まじさを見て、緊急事態にも関わらず嫉妬したのだ。
その呟きを拾った神通は川内に言った。
「川内姉さん……きっと提督は提督として接していたから、温度差を感じてしまうのかも知れませんが。きっと真心は同じですよ?」
「そうかもしんないけどさぁ……ーーって、神通おまっ……聞いてたの⁉︎」
「ふふふ、でも私もちょっぴり妬けちゃいましたよ」
「そっ、そんなじゃないし!」
川内と同じ気持ちが多いのか、面白くないと言う気持ちが目つきに出ている艦娘は結構いたようだ。
その間も無く、篠原達の水上オートバイは徐々に減速し急旋回を行うと艦娘達と対面するようにして並び始めエンジンを止めた。
何事かと艦娘達も足を止め様子を見守る中、隊員達はシートの上に立つと、一斉に敬礼をしたのだ。
その表情は真剣そのもので、意図を汲んだ艦娘達も敬礼を返した。
手の向きが違う敬礼が交差する中で、篠原は全員に聞こえるように声を張らせた。
「みんな、1つだけ言っておきたい事がある」
波の揺れる音だけが響く中、篠原は続けた。
「いつか君達は私に艦娘の存在意義を問うた事があったな。“何を守る為、何の為に存在するか”と、……少しだけ持論を持ち出そう、参考になるかは判らないが」
それは、ここに居ない大淀の言葉であったが、通信室で聞いているだろう。
「ヒトを救うのは、ヒトだ。……君達が戦い続けると言うのならヒトの心を忘れないで欲しい。意思を持ち戦う事が、守る事と誇りに繋がる事を、教えておきたかった……」
それだけ言うと、篠原は再びシートに跨り、他の隊員も敬礼を解いてシートに跨った。
その間、艦娘達は考えていた。
言葉の意味と、どんな思いで篠原がそれを口にしたのかと。
水上オートバイが横に動き、開けた視界から水平線に浮かぶ黒い何かが捉えられた時、艦娘達は1つだけ理解した。
誰かが叫んだ。
「行かないで……っ‼︎」
その言葉は水上オートバイの轟音で揉み消され、篠原率いる部隊は突撃を始めた。
足並みを揃え不吉に染まる黒い海に白い五本線を描きながら彼等は滑走した。
禍々しい五つの黒を睨み付け、篠原が声を張り上げる。
「さぁ行くぞ‼︎ 我等が死に場所は、海の上に得たりぃぃぃーーーーッ‼︎」
「オォォォォォーーーーッ‼︎」
雄叫び響かせ大気が震える。
苛烈極まる壮絶な3時間が間も無く始まるのだ。
◇
続き
お見苦しい文書をここまで読んで頂きありがとうございます。
話の構成的に文字数オーバーするので、続きはパート2からにしました。
続きに期待してます(*^^*)
出来れば、長く読みたいので、ある程度まとめて更新する方がいいかな~
コメントありがとうございます。
携帯で少しずつ書いては保存を繰り返して執筆しているので、完結まで纏めた場合は何日か非公開で進めて行こうと思っています。
凄く面白いです( ☆∀☆)
続き待ってます。
期待!!
応援のコメントありがとうございます
ここから始まって、今を生きてるSSです。無理なく続けて欲しいので、ここに応援メッセージを残して置きます。期待!!!
コメントありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!