信義と共に 3【日常編】
信義と共にの続編になります。
前作を見て頂かないと、判りにくい場面もあるかと思います。
完結しました。
練習も兼ねて、色々な書き方をして行こうと思います。
お付き合い頂けたら幸いです。
どうしても捻じ込みたい話があった為、時間の流れに若干のラグが生じてしまいましたが、あまり気にしない様にして下さい……。
前作
最初から
暗いなぁ……冷たいなぁ……。
そっか、私、沈んじゃったんだ。
みんなは大丈夫だったかなぁ?
◇
どれくらい時間が経ったんだろう?
誰だろう……? 声が聞こえる。
私の名前を呼んでるのかな? あぁ、そっか。
私はそんな名前だったね。
◇
聴こえてるよ。私も話がしたいよ。
でも…… ごめんなさい。
もう上も下も判らないの。 どこに居るかも判らないの。
多分、もうすぐ消えちゃうね。
ーーハロー、素敵なお嬢さん
え? 貴方は誰? どうして此処にいるの?
ーーそこは少し寒いだろう? こっちだよ、ついてきて
そっちに行けばいいの? 貴方は神の使い? 天使さん?
ーー残念だけど、違うんだ。 でも会わせたい人が居るんだよ
そうなの? でも、ごめんなさい。 もう上手く泳げそうにないよ。
ーー手を貸すよ。 その為に来たんだから
ありがとう。 暖かい手だね。
ーーほら頑張って。 もうすぐだ
ここは…… 港だね。 どうして? 懐かしい匂いがする。
ーーここまでだ、もう一緒には行けないよ。 此処から先は1人で行くんだよ
待って。 どうして此処に連れてきたの?
ーーすぐにわかるよ。 ほら、声が聴こえるかい?
あ…… 聴こえるよ。 すぐ近くだね。 みんなの声も聴こえる。
ーーここでの事は思い出したかな?
うん。 早く会いたい。
ーー隊長の事、よろしく頼むよ。 あいつはああ見えて寂しがり屋なんだ
ありがとう、連れてきてくれて。
ーーグッドラック、良い旅を。 きっと素敵な日々が君を待っている
うん!
待っててね、いま会いに行くよ。
「や、やりました提督! 建造、成功ですよ‼︎」
「お、おぉ……‼︎ 4回とも成功か? 影が4つ見える‼︎」
ああ、この声だ。
私の名前を呼んでた声……。
よーしっ! 初対面の挨拶は肝心! 飛ばしていくぞぉ〜!
「艦隊のアイドルゥ! 那珂ちゃんだよー! よろしくー!」
ーー行ったか?
ーー行ったみたいだ
ーー我等は礫石。 使い方によっちゃ、道しるべにもなるようだ
ーーグッドラック、我等が隊長
一度轟沈した艦娘が建造により再び現れると言う、前代未聞の奇跡が起きたあの日は、きっと誰もが忘れる事はないだろう。
結局その日はお祭り騒ぎで、還って来た那珂、龍驤、白雪、龍田と共に食堂で日付が変わるまでずっとお喋りをしていた。
その翌朝、熱も冷め切らない内に大淀が篠原にこんな事を言い出した。
それは執務室で早朝に行われた会話の事だ。
「提督、大型建造をしてみませんか?」
「大型建造……?」
「はい。 通常の建造では現れない艦娘が現れる事があるそうですよ。 横須賀でも大鳳さんと言う強力な装甲空母が建造されています」
「ほほう。 ……でも大型って位だし、コスト嵩みそうだな」
「ざっくり通常の10倍程度ですかね?」
その言葉を聞いた篠原は固まった。
10倍の資材を投入して稀に現れると言うのがナンセンスだし、スタートラインに立ったばかりの鎮守府が行う事では無いだろう。
篠原は若干顔を引きつらせながら言った。
「な、何故今それを?」
すると大淀は期待に満ちた眼をキラキラと輝かせ始めた。
「昨日4連続で成功したじゃないですか! 提督なら大型でも成功する筈です!」
「まてまてまてまて」
「何ですか?」
「成功したから、今度は大きいの狙おう。 ……その考えはギャンブルのソレだ」
「艦娘をギャンブルと一緒にしないでください!」
心外です、と言いたげな大淀であったが、篠原は彼女こそギャンブル感覚にしているのでは、と思っていたが敢えて口にはしなかった。
「確かに今は資材に若干の余裕があるが、大型建造をしたら余裕は消える。 この意味がわかるか大淀、大型建造をする余裕は無いんだ」
「流れが来てると思うんですけど……」
「艦娘は流れで現れるのか?」
「違いますけどぉ……」
いつになく不満そうな顔をしている大淀。
篠原は妥協案を出す事にした。
「わかった、じゃあこうしよう。 あと2回建造する予定があるから、次通常建造やって成功したら、大淀の言う流れって奴を信じようじゃないか」
「本当ですか⁉︎ では早速工廠に向かいましょう!」
そうしてやってきた工廠。
工廠に足を運ぶ篠原の姿を追い掛けた艦娘が何人か集まってきていた。
篠原は万が一に備え、少ない資材量を妖精に指示して建造を行った。
篠原は建造時間を待つつもりで居たが、大淀がニコニコしながら高速建造材を持ってきたので止む無く使用していた。
相変わらず見た目に反して凶悪な火力のバーナーに唖然とするも、やがてカプセルが光を放ちながら開かれた。
光の中から影が現れ、ゆっくりと姿を現した長い金髪の少女。
「こんにちは! 白露型駆逐艦 夕立 よ! よろしくね!」
その瞬間、工廠に大歓声が響き渡った。
大淀は興奮を隠せず篠原の背中をパシパシ叩いている。
「ほら言ったじゃないですか! 言ったじゃないですかぁぁ‼︎」
「痛っ、やめっ、落ち着け、わかった、わかったから!」
一方、夕立は視界が開けた途端、提督と思しき人が艦娘に背中を叩かれまくっているのでキョトンとした顔をして眺めていた。
その様子に気付いた篠原は大淀の手を振り払い、すぐに仕切り直した。
「部下が興奮して、すまない。 俺がここの提督の、篠原 徹だ。 よろしく頼む」
「よろしくっぽい〜!」
「ぽい?」
「ぽい!」
夕立はそう言ってピシッと敬礼をした。
篠原は、つくづく艦娘とは個性的だと考え始めた。
個性が強すぎてあんまり増えると纏められないのでは、と言う妙な懸念さえ抱いていた。
「夕立、無理しない程度に頑張って、早く鎮守府に馴染んでくれよ?」
「ぽーい!」
「それは返事なんだな?」
「ぽい!」
「……うん、まぁいい。 夕立、もう一度建造を行うから少し待っていてくれるか? ギャラリーの奴に挨拶でもしていてくれ」
「わかったっぽい!」
夕立は人懐こい笑顔で返事をすると、ギャラリーと化した艦娘達に向かって行った。
篠原は横目で挨拶している姿を見ていたが、案外早く馴染んでくれそうな雰囲気を感じ取っていた。
そしてニコニコとする大淀とは相対的に顔を青くする篠原。
大淀の手にした書類には6000という数値が記されており、夕立を建造した資材と比べれば10倍では効かない数値であったからだ。
「……イクとゴーヤが泡吹きそうな数字だな」
「い、一回くらい大目に見て貰えますよ……」
どうしても大型建造を行いたいらしい大淀は、食い気味に書類を篠原に見せている。
約束だから仕方ないとため息をつきながら篠原は妖精に書類と同じ数値を指示した。
そして振り返ると大量の高速建造材を手にした大淀と目があった。
「待て。 10個も使うのか……?」
「そうですけど……?」
大型建造と言う奴はどこまでもコストが高いらしい。
先程より深い溜め息をつきながら篠原は高速建造材の指示を妖精にした。
するとカプセルが光を放ち、その光の中から人の影が浮かび上がった。
大淀が興奮で鼻息を荒くしながら篠原の背中を再び叩き始めた。
「来ました! 来ました来ましたよぉ! ふふふ、さぁ誰が建造されたのでしょうか⁉︎」
更に光の中から桜の花弁まで舞い上がり始め、篠原もその光景には唖然としていた。
桜吹雪を纏いながら傘の様な物を手に持ち、長い髪の毛を纏めた女性が姿を現した。
「大和型戦艦、一番艦 大和。 推して参ります」
日本人で知らぬ者は居ないとも言える、世界最大の戦艦が現れたのだ。
工廠に居る殆どが目を丸くして驚愕していた。
その場に居た扶桑だけが「出番が」と口にして顔を青くしていたが。
その様子に大和はオロオロと狼狽え始めた。
「あ、あの? 皆さんどうかされました?」
「……あっ、ああ、すまない。 私が提督の篠原 徹だ。 日本一と言える知名度を誇る君が現れたものだから、驚いてしまってな……」
「ふふふ、光栄な事ですね。 不束者ですが、よろしくお願いします」
夕立とは違い、お淑やかなイメージを持つ大和。
そんな彼女を横目に、大淀は篠原に言った。
「……大和さんの建造は日本初ですよ、提督」
「そう、か……。 まさか日本のシンボルとも言える軍艦が来るとはな……」
主にアニメの影響であるが、篠原はYAMATOの名前を海外でも耳にしていた。
地球の反対側だろうと、それほどの知名度を誇るのだ。
すると大淀は妙な切り返しをしてきた。
「提督、ご自分の二つ名をご存知ですか?」
「何だそれは? 俺に二つ名?」
「信念を貫く姿勢や、義理に厚い所などから、親しみも込めて『サムライ』と呼ばれていますよ?」
「ほほぉ……、サムライ。 ……いや、なんか照れるな」
「サムライもまた、日本のシンボルですよね? 大和さんの着任も何か納得です」
篠原自身も侍や武士が嫌いでは無く、寧ろ好きな言葉でもあったから、いつの間に自分についていた二つ名は妙に嬉しいようだ。
大和はそんな篠原の手を取った。
「素敵な方なのですね……、貴方が私の提督で良かったです」
「い、いや! そう判断するにはまだ早い気がするぞ?」
「いいえ……眼を見ればわかります。 とても優しい眼をしていますから……」
「ぶーっ! 夕立の時と反応違うっぽいー! 夕立も混ぜるっぽい!」
夕立は篠原の背中に飛び掛かり、そのまま首に手を回してぶら下がる様にしがみ付いた。
「お、お? ……随分茶目っ気があるんだな夕立は」
「えへへ〜! 提督の背中大きいっぽい!」
人柄を見て大丈夫と判断したのか夕立が戯れ付き始めた所で、大淀が得意げに眼鏡の位置を直していた。
「やはり、流れは来ていた様ですね……!」
「はは……、まぁ暫くは節約しないとな」
大型建造の消費は看過出来ないレベルなのだ。
そこへ待ってましたと言わんばかりに青葉が滑り込んできた。
「ども! 恐縮です、青葉ですぅ!」
「初めまして! 私は夕立よ!」
「私は大和と申します。 よろしくお願いします青葉さん」
「ええよろしくです! 早速ですが、お二人さん……、提督がどんな方か知りたくありません?」
その言葉に、篠原は顔を青くした。
「いや待て、その流れは止めろ!」
篠原の必死の訴えも虚しく、2人は興味を示していた。
「知りたいっぽい!」
「教えて頂けるのですか?」
「勿論ですよ〜! お初の艦娘にはまず提督の事を知って頂かないと! 青葉の部屋に来て頂けませんか⁉︎」
そう言って青葉は2人を連れサッサと工廠を出て行ってしまった。
何をどうやって教えるのか全く見当も付かないが、篠原は流れを完全に持っていかれてしまい項垂れるしかなかった。
こんにちは、電なのです。
だんだん季節の風も冷たくなってきた気がする今日この頃、電はいつものように裏庭の花壇に水を撒いています。
この裏庭はみんなで作った憩いの場なのです。
小池に金魚さんも暮らしていて、小さいけれど滝だってあるし、とってもリラックス出来る空間なのです。
気分も良くなって、お歌を口ずさんでしまいます。
「どんぐり ころころ どんぶりこ〜♪ 小池にはまって さぁ大変♪」
「どじょうが出て来て こんにちは〜♪ ぼっちゃん 一緒に遊びましょ〜♪」
歌い切ってスッキリなのです!
ですが突然、司令官さんの声が聞こえてきました。
「そのドジョウは何者なんだろうな……」
「はわぁっ⁉︎」
き、聞かれていたのです⁉︎
恥ずかしいのです!
「し、司令官さん⁉︎ い、いたのですか?」
「陽気な歌につられてな。 やっぱり電は池が好きなんだな?」
私の司令官さんは、大本営や近所の方々にお侍さんなんて呼ばれている凄いお方なのです!
私は笑顔で返事をします。
「なのです! 金魚さんは綺麗なので見ていて飽きないのです!」
小池には沢山の金魚さんが暮らしています。
赤い子や白い子や黒い子、小さいけれどみんなのびのびと過ごせていると思うのです。
ただちょっぴり残念なのが……。
「でも、泳いでいる背中しか見れないのは、少し残念なのです……」
「ふむ……」
司令官さんはその場で何か考える仕草をしました。
そして大した時間もかからない内にお顔を向けて、笑顔で言いました。
「水槽で部屋で飼ってみるか?」
「ふわ⁉︎ い、いいのですか⁉︎」
お部屋でいつでも見れるなら、暁ちゃん達もきっと喜ぶのです!
ですが、水槽と小池なら、金魚さんは小池の方が良いと思うのです。
「でも……、こんな立派なお家があるなら、きっとお魚さんにとってもコッチの方が良いと思うのです」
「そっか。 電は優しいな」
そう言って司令官さんは私の頭を撫でてくれました。
最近はこんな風に触れてくれる事が多くなって、電は嬉しいのです。
撫でられると少しこしょばいですが、心地の良い感覚に包まれるのです。
けれどちょっぴり照れ臭くて、頬が上擦ってしまうのは仕方の無い事なのです。
ですが司令官さんは、妙な事を言いだしました。
「立派なお家か……。 よし、じゃあ苔を取りに行こう」
「ふぇ?」
こうして電の奇妙な1日は始まったのです。
この時の私は、お魚を飼うのにどうして苔が必要なのか分からなかったのです。
司令官さんに連れられて、私は司令官さんのお車の助手席に座りました。
本当は艦娘が鎮守府を出撃以外の理由で離れるのはあまり良くない事なのですが、憲兵さんはニコニコ笑って「いってらっしゃい」と挨拶をしてくれます。
司令官さんの人柄が成せる技なのです!
司令官さんと一緒にホームセンターに来ました。
店内に入ると真っ先に水槽のコーナーに向かい、司令官さんはとても大きな水槽と睨めっこをしています。
「し、司令官さん……。 それは大きすぎる気がするのです」
「んー……、高さがなぁ……」
結局、司令官さんはその大きな水槽を買う事にしたようです。
値段を見た私は必死で考え直すように言いましたが、笑顔で「経費で落とす」と言いました。
職権濫用なのです!
その後、司令官さんは水槽関連の小道具の他に、シリコン製の接着剤と、強化発泡スチロールと言う素材で出来た黒い板、大きめなタッパーをいくつか買って行きました。
ついでに電のお菓子も買ってくれたのです。
チョコボールは2人で分けて食べました、美味しかったのです!
それから司令官さんは暫く運転を続けて、道は険しくなり、視界にはお山のデコボコな岩肌が目立つようになりました。
電が夢中になって景色を見ていると、司令官さんは笑いながら助手席の窓を下ろしてくれました。
「ゆっくり走るから、景色を楽しんでくれ」
「司令官さん、ありがとうなのです! 緑が沢山あって綺麗なのです!」
そう、ここは山のど真ん中。
標高の低い土地では見られない景色が広がっているのです。
暫くその景色を眺めていると、お車は河原へと降りて行きました。
せせらぎの音が響いてきて、風もひんやりしています。
河原はゴツゴツとした石が沢山あって、その奥に見える小さな川は険しい岩肌の道に沿って細く鋭角にお水が流れています。
この特徴的な構造は渓谷の一部だから、らしいのです。
とっても幻想的で、童話の世界に入ったような感覚でした。
「水に触って来てもいいぞ? ただ、奥には行かないようにな?」
「はわ! ありがとうなのです! 行ってくるのです!」
私は川に降りてお水に触りました。
川底がくっきりと見えるお水はとっても冷たかったのです。
司令官さんは小さなスコップで、岩肌に張り付いた苔を穿り出し始め、それを持ってきたタッパーに詰め込み、今度は小石を拾い始めました。
持ってきたタッパーがパンパンになると運び始めたので、電も積み込みをお手伝いしました。
司令官さんはホクホク顔で満足そうに言いました。
「いやぁ大量大量♪ 楽しみだなぁ電?」
「よくわからないけど、司令官さんが楽しそうならきっと楽しいのです!」
その後は山を降りて、手頃なお店でランチを食べました。
トロロのお蕎麦はとっても美味しかったのです。
司令官さんは舞茸の天ぷらに舌鼓を打っていました。
そして鎮守府に帰ってきて、大きな荷物を工作室に運び始めました。
暁ちゃん達がお手伝いしてくれたのですが、お出掛けの事を根掘り葉掘り聞かれて少し大変でした。
そして5時間が過ぎた頃。
水槽には、まるで渓流の一部を切り取って詰め込んだ様な美しい大自然の景色が収められていました。
リアル過ぎる岩肌の再現、苔もそこに使われていました。
その大きな水槽を5人がかりでお部屋に運んでいると、すれ違った吹雪さんが白目を向いていました。
様子が気になりましたが手が離せないので、とりあえずお部屋に置いて、お水を入れてコンセントから電源を取ります。
すると再現された岩山からサラサラと滝が流れ始め、何処からか目の細かい霧が溢れ出しました。
水面の上を漂う霧と、苔に滴る水滴がよりリアルティを醸し出し芸術とも呼べる幻想的な演出をしています。
私はぽかんとしてしまいましたが、確かに立派過ぎるのですが、何か違うと思いました。
「し、司令官さん、確かにとんでもなく立派なのです。 でも何か違う気がするのです」
「自信作なんだが、滝の険しい流れを上手く表現出来たと思う」
「確かに凄いのです。水族館でも中々見ないと思うのです」
すると吹雪さんが凄い形相で部屋に飛び込んできました。
「ア、アクアテラリウムですかコレ⁉︎ 司令官! ずるいですよ!」
「お、流石は吹雪だ、知ってるんだな?」
「知ってますよ! どうして私も呼んでくれなかったんですかぁぁ!」
「あっ、すまない……。 何か想像したら止まらなくてな?」
どうやらこれはアクアテラリウムと呼ぶらしいのです。
名前からして素人が手を出すものでは無い気がするのです。
立派過ぎてお部屋に飾るのは申し訳ない気さえしてきました。
すると今度は青葉さんが飛び込んできました。
一応ここは私達第六駆のお部屋なのですが、この人は御構い無しです。
青葉さんは私の方へ真っ先に駆け寄りました。
「ども! 電ちゃん、提督とのデートの感想を聞きに来ました!」
「はわぁ⁉︎」
デ、デート⁉︎
そんな、まさか、ホームセンターに行って渓谷に行って、ご飯食べただけなのです!
「ほ、ホームセンターはデートとは違うと思うのです!」
「いやいやぁ? この鎮守府で一緒にお出掛けしたのは、多分電ちゃんが初めてですよぉ?」
「はわわわわわ……」
青葉さんは妙な事を言って煽るのです。
すると今度は出入り口の方から視線を感じました。
扶桑さんが恨めしそうな顔をして此方を見ています。
「私だったら行き先が自販機でも喜んでいたわ……」
「し、司令官さんはそんな事しないのです! それにホームセンターはデートではないのです!」
「くっ、自慢して……! 覚えてなさい!」
扶桑さんはそう言い捨てて走り去って行きました。
司令官さんは吹雪さんに必死に弁解をしていて、暁ちゃん響ちゃん雷ちゃんはアクアテラリウムに夢中でした。
青葉さんはいつの間にか用意したマイクを私に押し当てています。
「助手席ではどんな会話をしていたんですか⁉︎」
「ふぁ⁉︎ 司令官さんが山の木の事を説明してくれたのです、本当にそれくらいなのです! 電は景色に気を取られていたのですぅー!」
入り口には今度は山城さんがこっちを見ていました。
「この泥棒猫」
「酷い言い掛かりなのですっ⁉︎」
今度は青筋を浮かべた大淀さんが飛び込んできました。
「提督‼︎ 執務すっぽかして何やってるのですか⁉︎」
「お、大淀! これは鉄は熱いうちに打てと言う諺の通りにだな」
「言い訳は結構です! 今日の書類殆ど片付いていないのですよ⁉︎」
ああ、もう、めちゃくちゃなのです……。
ここの艦娘達は、どう言う訳か、司令官さんが関わると暴走気味になるようなのです。
早く誰か収拾をつけて欲しいのです……。
午後1時過ぎ、提督である俺は窒息しそうな程の書類の山により忙殺され、今やっと昼飯にありつける余裕が出来て食堂へと足を運ばせていた。
食堂には何人か艦娘が居て駄弁っていたが、俺は構わず席に着いて、メニューを手に取る。
何かサッパリしたものが食べたい気分だ。
俺が麺類に目星を付けた所で、大淀が向かいの席に腰を落とした。
「お疲れ様です、提督」
「大淀もご苦労だった。やっぱり正式着任となれば書類も増えるものだな」
「それはそうですよ。あ、その事なのですが提督」
大淀は続けた。
「秘書艦は選ばれないのですか?」
その言葉を口にした瞬間、少々賑やかしていた駄弁りが一瞬止んだような気がした。
俺は一応周囲を見回してみたが、何故か戸締りを始める艦娘が居たくらいで先程とあまり変わらない様子だった。
さて、秘書艦とはどう言うものだろう?
「秘書艦とはなんだ?」
「やっぱり知らなかったのですね。 主に執務補佐を務める艦娘の事を言います。 私では手伝えない書類等も秘書艦なら手をつける事もできますよ 」
「なるほど……、それは確かに仕事が捗りそうだな……」
「後は身の回りのお世話なども務めたりもしますね」
「はは、介護じゃあるまいし」
「いいじゃない司令官! 私がお世話してあげるわ!」
俺は顔を横に向け下に降ろすと、そこにはニコニコと笑う雷の姿があった。
この娘は世話焼きに生き甲斐を感じるタイプなのだろうか。
「もっと私に頼っていいのよ?」
「でもな、秘書艦とやらには、世話だけじゃなくて書類仕事もあるんだぞ?」
「構わないわ!」
「ん……、そうか」
俺は誰が来ても良かったので、折角名乗りを上げてくれた雷に秘書艦を任せようかと思っていた。
しかし、言い掛けた途端に待ったが掛かった。
「秘書艦と言えば、時に提督に注意を促す必要もあるわ。 私が適任だと思うのだけれど」
加賀も立候補したいようだった。
彼女は感情が表には出ないが結構な頻度で気分の高揚を自己申告している。主に食べる時は顕著だ。
表情に反して内面は感情豊かなのだろう。
そんな加賀は雷の側に行くと、並んで俺の方を見てきた。
「この前みたいに執務中に逃げ出さない様にする役割もあるのよ、秘書艦は」
「そ、そりゃ悪かったって」
「そう。提督には艦娘を平等に扱って頂きたいものね」
加賀は何処から言葉の端にトゲを持たせた言い方をしていたが、俺としては平等なつもりだから何とも言い難い。
気にしない様にしながら俺は2人に向けて言った。
「秘書艦はそんなに特別なものなのか?」
「艦娘にとって秘書艦は憧れの対象よ。右腕として、ずっと提督のお側に居られるのだから、この鎮守府では立候補は多いと思うわ」
「そうよ! 私がずっとお世話をしてあげるわ!」
「あら? 提督はまだ雷さんを秘書艦にするなど一言を言っていないのだけど?」
「司令官は私のおにぎりを美味しい美味しいって食べてくれるわ! 私が適任じゃない!」
「私もおにぎりなら握れるわ。鎧袖一触よ」
何故か睨み合いを始める2人。
俺は呆気に取られながらも、苦笑いをしていた大淀に向かって言った。
「大淀、後で立候補者を纏めよう。 多分ここで決めていい事じゃない気がしてきた……」
「あはは……、同感です……」
とりあえずその場を収めた俺は、時間を改めて秘書艦候補を募るべく投函箱を用意した。
名前を書いた紙を投函箱に入れれば立候補完了と言う簡単なものだ。
そして翌朝になって調べれば、何と大半の名前が候補に挙がっていた。
どうやら秘書艦と言うものが特別なのは本当らしい。
廊下を歩きながら、どう決めたモノかと考えあぐねていると、何か企んだ表情の青葉がやってきた。
「お悩みのようですねぇ提督……? ここは青葉に任せてみませんかぁ?」
何に悩んでいるのか青葉は分かっているようだ。
俺は更に悩む事になった。
何故だろう、凄く嫌な予感がするが、青葉は少なくとも直接害を加えた事は無かった筈だ。
悩み抜いた末、俺は青葉を信じてみる事にした。
「わかった。選抜は任せよう……」
「はい! 青葉任されましたぁ!」
そして昼頃になれば青葉の妙案とやらが俺にも分かった。
食堂に集まった大勢の艦娘達。
そして大きな文字で「秘書艦決定戦対決」と書かれた垂れ幕。
青葉は候補者が多いなら面白おかしく決めてやろうと思っていたらしい。
「お集まり頂き、ありがとうございます! これより秘書艦決定戦対決を開催致します!」
司会を務め高らかに宣言する青葉に、俺は苦笑いを送る事しか出来なかった。
審査席とやらに座らされ、鳳翔と大淀も隣に座って苦笑いを浮かべている。
会場はどよめいていたが、これから何をするか察した途端に艦娘達の目付きは変わった。
青葉はその様子を見ると満足そうに頷いて司会を続けた。
「でも流石に数が多いので……、ふるいに掛けさせて頂きますよ! 一戦目はこちら! マルバツゲームです!」
会場は騒めくも、青葉は構わず続けた。
「皆さん足元をご覧下さい! ビニールテープで線引きされているのが判りますね? 青葉がこれから出す問題に対して、マルかバツの該当する陣地に移動して頂きます! 不正解者は即失格です!」
出された問題に対して正解だと思うならマルの陣地へ、不正解だと思うならバツの陣地に移動する。
単純なマルバツゲームだが、艦娘達の目は真剣そのものだ。
やがて青葉は一枚の紙を取り出し、読み上げた。
「では問題です!」
ごくり、と唾を飲む混む音が響いた。
「提督は承認サインを書くとき、黒い油性ボールペンを使用していますが……、このボールペンのメーカーはシャープである! マルかバツか!」
「はぁぁぁぁッ⁉︎」
「んなもん分かるか畜生‼︎」
「えっ? えぇっ⁉︎ シャープ以外でペンなんてあるの⁉︎」
「確か、銀色のペンだったわね⁉︎」
会場は非難と困惑の声で包まれた。
俺は字を書く事が増えたからペンに拘っているので、知っている人は知っているかも知れない。
だが少なくとも目の前でペンを出した覚えが無い大和と夕立は白目を向いて硬直していて少し不憫に思えた。
ザワザワと騒めきながら移動を始める艦娘達、夕立は自信ありげな吹雪を見つけその後をつける事にしたようだ。
その様子に気付いた大和も後に続いた。
5分の1の艦娘がマルの陣地に移動して、バツの陣地に居る艦娘は人数差に不安に表情を曇らせていた。
「後10秒です!」
その言葉に、バツの陣地にいた艦娘達は何名かがマルに移動した。
もうカウントが終わる、その瞬間、マルの陣地に居た吹雪は身を投げ出しバツの陣地へと転がり込んだ。
「とぅ!」
「ぽい〜っ⁉︎」
「はっ⁉︎」
元々彼女をマークしていた夕立と大和は咄嗟に後を追う。
他の艦娘も吹雪を追い掛けていたのか咄嗟に移動した者が多かったようだ。
線引きされた所へ時間切れのロープが張られ、取り残された艦娘は絶望の表情を浮かべていた。
青葉は得意げに正解を発表する。
「提督の持つペンはシャープ製品ではありません! よってこの答えはバツです!」
歓声と悲鳴が響き渡り、マル陣地に居た艦娘は悔しそうに膝をついていた。
「吹雪さんは最初から分かっていたようですね?」
吹雪は良く俺と工作を行ったりもする。だからペンを目にする機会が多いだろうと宛てにされていたのだろう。
それを知ってあのような行動を取ったのだ、恐ろしい娘である。
吹雪は自慢気に答えた。
「司令官のペンは東京の銀細工職人の手によって作られたボールペンです! シンプルながらに細かな彫刻が輝く使い心地の良い逸品ですよ! 」
流石、吹雪。よく見ている。
東京の某工房で大体2万円から販売しているのだ。
特徴的な彫刻があるので気になって調べたのであろう。
マルの陣地に居た艦娘は恨めしそうな視線を吹雪に送りながら退場していき、壁際に並んで決定戦の行く末を見守り始めた。
だが咄嗟にバツに移動出来た艦娘は多く、まだ人数が多いと青葉は咳払いをして仕切り直す。
「コホン! では第2問‼︎」
艦娘達に再び緊張が走る。
「提督は良く麦茶を飲んでいますが、実は朝は違います。 毎朝コンビニで買って立ち飲みしている飲み物があるそうです。マルはカフェオレ、バツがコーヒー。 さぁどっち⁉︎ 移動して下さーい!」
「分かるかそんなもん‼︎」
「馬鹿めと言って差し上げますわ!」
「分かったら怖いだろソレ⁉︎」
今回は困惑より非難の声が強かった。
先程までは自信ありげだった吹雪の表情にも焦りが見える。
そりゃそうだ俺は飲み終わってから鎮守府に向かっている。
確かに青葉に一度は話した方があったかな、まさか問題に使うとは思わなかった。
この空気はあれだな、学校で行う小さな催しのようだ。
しぶしぶと艦娘達はそれぞれの陣地に向かいだし、祈るように手を合わせる者まで居た。
五分五分と言った感じに別れた所で、青葉は時間切れを宣言して正解を述べ始めた。
「正解はマルのカフェオレです! バツの皆さんは残念でしたー!」
悲鳴を交えながらバツの陣地に居た艦娘達が退場していく。
「因みにカフェオレの理由ですが、マルを選んだ加賀さん判りますか?」
「ええ、提督は以前パフェを食べたと話していた事から、甘い物がお好きなのでは、と……」
「ほほーっ、確かに! 中々の説得力ですが、実はそれだけじゃ無くて、朝ご飯抜いてしまった時もカフェオレなら腹持ちが良い、と言う理由もあるそうです!」
乳製品はちょっとした空腹を緩和してくれる。
ありがたい代物だ。
何か隣から視線を感じると思えば鳳翔が何か言いたげな表情でこっちを見ていた。
何だろうか……。 いや十中八九分かるのだけども、こんな所でお説教は勘弁頂きたい。
気付かないフリをしていると、とうとう鳳翔が肩に手を当てて揺すってきた。
「提督、訓練を積んでいたなら体は資本とわかっているでしょう? 何故朝ご飯を抜くような真似を……」
「い、いや分かっている。 たまにそういうことがあるだけだ!」
「それに、カフェオレだってここで飲めますよ?」
「い、いや……早朝に押し掛けるのも悪いだろう? それにコンビニは手軽さが売りなんだ、待ち時間も無く手軽なのは良いことだ、忙しい朝は非常に助かる」
「……提督、今朝は何をお召し上がりに?」
「……待て、今はその話をしている場合ではない」
何かを嗅ぎ付けた鳳翔の目が鋭くなった気がする。
いつのまにか視線を集めていたので、俺は青葉に目で合図して司会の進行を促した。
因みに残ったメンバーは吹雪、叢雲、神通、高雄、加賀、夕立、大和の7名。
ちなみに纏まって動いていた第六駆の4名は暁の「大人はブラックに違いない」と言う提案で全員脱落していた。
初雪、白雪に関しては最初のペンで吹雪に振り落とされていた。
川内は迷わずブラックを選び、脱落しても何故か得意げだった。
まだ新人の夕立と大和が生き残ったのは吹雪をマークした結果だろうか。
マルバツゲームとは言え、表情から得手不得手を見抜く心理戦の要領でもあるのだろうか。
青葉は続いて問題を出し始めた。
「第3問! これが最後です! 執務室の蛍光灯の数は10本‼︎ マルかバツか⁉︎」
いやそれ俺も知らない。
職場の部屋の蛍光灯の数覚えている奴居たら会ってみたいものだ。
と言うか秘書艦ってこんなので決めていいのだろうか。甚だ疑問である。
夕立は相変わらず吹雪を当てにしているようだが、吹雪はそれに気付いて真ん中を陣取っている。
吹雪の身体が右に揺れたら夕立も右へ、左に揺れたら左へ、2人の間に物凄い心理戦が繰り広げられている様だ。
大和、叢雲、神通は必死に思い出そうと頭を抱えて唸っている。
加賀は澄ました顔でバツへと移動し、高雄もそれに習った。
夕立はここで2人に気付き、吹雪へのマークを解いてバツの陣地へと向かった。
それに続く者が多く、全員がバツの陣地に入った所で時間切れのロープが張られた。
青葉は悔しそうに正解を述べる。
「まさかこんな結果になるとは……。答えはバツで、12本です……」
「やりました」
「ふふっ、蛍光灯換えた事がありますからね」
青葉は最後と言っていたが問題は残っているのだろうか。
楽しそうだし俺も乗ってみるか。
「よし! じゃあ俺から出題だ」
そう言うと生き残った候補者は一斉にこちらを向いた。
青葉も笑っているし続けて良さそうだ。
「北極と南極では、南極の方が風邪を引きやすい。 さぁ、マルかバツか?」
多少ズルイが、わかる人にはわかるかも知れない問題だ。
問題をきいた候補者は困惑して右往左往し始めた。
「ど、どっちのが寒いっぽい⁉︎」
「えっ、知らないし、知ってても答えられないよ!」
「ここに来ていきなりマトモな問題が来た気がするわ……」
「風邪を引く前に凍死するんじゃ」
吹雪、叢雲、高雄がマルに、夕立、大和、神通、加賀がバツに移動した。
因みに夕立は同期の大和に命運を託したような選択の仕方だった。
俺はロープが張られたのを見届けると答えを発表した。
「正解はバツだ。言ってしまうと北極にも南極にも風邪ウイルスは存在しない。ただ北極圏内の居住区ではヒト経由で感染して風邪が発症するケースもあるらしいがな」
吹雪、叢雲、高雄はしょんぼりしたまま退場していった。
俺は青葉に目配せして司会を続ける事を促した。
青葉は頷くと仕切り直し始める。
「はい! いい感じにはけたので次は三本得点勝負! 皆さんには3つの課題をクリアしてそれぞれ合計得点で競って頂きます!」
そう言って青葉は厨房を指差した。
「先ずはお料理対決ぅ! 提督の小腹を癒す、お手軽小物料理で勝負して頂きます! 先ずは神通さんどうぞ!」
指名された神通はその場でお辞儀をして返事をし、料理を作り始めた。
そしてそう時間がかからない内に出てきたのが神戸名物の1つ、明石焼きであった。
スープにつけて食べるタコ焼きと言えば分かりやすいだろうか、これは非常にサッパリとして食べやすくスープを工夫すれば味付けも自在と、小腹がすいた時食べるとしたらこの上ないだろう。
加賀が作ったのは少し凝ったおにぎりだった。
俺はてっきり加賀料理と呼ばれる名物が出て来ると思っていたが、間食ならば申し分無い。
具はマグロの叩きにネギと醤油を加えて練ったもの、これが中々どうして手が伸びてしまう奥深い風味だ。
大和はアイスクリームを用意したようだ。
どこから出したのかラムネまであった。
アイスもラムネ風味と言う抜け目の無さ。普通に美味いがラムネの行方が気になって仕方がなかった。
そして夕立は白飯の上に生卵を掛けたものを用意していた。一言で表せば、卵かけご飯。
……思えば美味しいと知りながらもう何年も食べていない様な気がするな。
卵かけご飯は一品物だから、肉などのおかずとは少しばかり相性が悪かったりして、食べる機会があまり無かったのかも知れない。
童心を思い出すな……、小さい頃は毎朝食べていた気がする。
しかし大人になるにつれて、世に溢れる凝った料理や豪華な物などに目が奪われる。
外食のメニューでも卵かけご飯は見た事が無い。
似た様なものはあったが、シンプルな卵かけご飯はついぞ見かけなかった気もする。
夕立よ、不安を露わにした顔をしているが卵かけご飯は美味しいぞ……!
俺は感慨深く味わいながら、審査席に座る鳳翔と大淀と共に得点を記入していった。
料理に関して5項目ありそれぞれ10点満点のようだ。
採点が終わったのを確認した青葉が次の課題を切り出した。
「ではお次! 翻訳筆記テストです! 秘書艦と言えば書き事が増えますので、読み書きが出来なければいけませんねっ⁉︎ では用紙を配りまーす!」
ここに来て青葉が真面目な娘に見えてきた瞬間だった。
しかし4人一斉にテストに取り掛かったのは良いが凄く地味だ。
少なくとも人が多く集まる会場で行う事ではなさそう。
初雪は飽きてきたのか携帯ゲーム機で遊び始めている。
神通、加賀、大和が澄まし顔でサラサラ書き立てて行く中、夕立が顔を青くしながらも必死に用紙に向かっているのが印象的だった。
だが、1つ問題があるとすれば、俺はサイン以外は殆どパソコンで仕立てているからそこまで筆記は重要じゃ無いんだよな。
名前書けてタイピング出来れば何とかなる。
難しい漢字とかもスペースキー押せばいいし。
“読めるけど書けない”は俺も該当しそう。
まぁ、黙っておこう。
10分後、青葉は解答用紙を纏め始め、それを大淀に手渡した。
神通、加賀、大和は自信有り気な顔をしていたが夕立は頭から湯気を出しながらテーブルに伏していた。
青葉は構わず最後の課題を発表した。
「では最後! 今や有名人な提督ですが、その知名度故に狙われる事もあるそうです……。 なので護衛能力を計らせて頂きます!」
ふざけてばかりだったが、青葉はちゃんと俺の事を考えてくれているようだ。少し見直さないとな。
青葉は続ける。
「はい、実は提督の座る席の天井には仕掛けが施されておりまして、ランダムのタイミングで金だらいが落ちるようになっています」
は?
「皆さんは提督に背を向けた状態で、こう第六感的なもので金だらいの落下を察知して提督の危機を跳ね除けて下さい!」
青葉は楽しそうな表情でそう言った。
俺は早くも前言撤回を心に決めていた。
申し訳無さそうにしながら鳳翔と大淀が俺の両腕を抑えると、真上の天井が開かれ、金だらいを何人かで支える妖精の姿が見て取れた。
俺は観念した様にため息をついた。
「大淀、鳳翔、俺は動かないから離れておけ……」
「て、提督……。 一応安全には考慮されていますが……、その、申し訳ありません……」
「青葉さんを止められませんでした……」
そう言って2人は俺から距離を取った。
1人目は神通の様だ。
俺の座る席の前まで行くと踵を返して背を向けた。
神通は最初会った時は何処かおどおどしていたが、最近じゃ何処か自信に溢れた堂々とした振る舞いが多くなってきた気がする。
間も無く、金だらいが投下された。
俺からはハッキリと見える、視界を埋めんばかりに大きくなる金だらいの底は迫力があるな。
が、ここで神通が背を向けたまま金だらいを掴み、音もなく制止させてみせたのだ。
動作も一切迷いがなく、最初から見えていたかの様だ。
会場に小さな感嘆の声が幾つも響いた。
「おぉ〜……」
「さ、流石は神通さん! 後ろに目が付いているかの様に自然にキャッチしてみせました!」
拍手が自然と巻き起こり、神通は微笑みながら会釈しその場を離れた。
次は加賀が俺の前に立ち背を向ける。
加賀は大人しそうに見えて非常に行動力があり積極的でもあるな。
たまに凍てつく様な目線を送ってくるが、それすら愛嬌の一つに見えてきた。
そんな事を考えていると、金だらいが投下された。
この迫力には中々慣れそうにない。
すると加賀は振り返りながら裏拳を放った。
「はっ!」
金だらいは拳により形状を歪めながら真横に吹き飛ばされる。
「ぐぇっ⁉︎」
悲鳴が聞こえたと思えば、観戦していた山城の腹に金だらいが突き刺さっていた。
山城はそのまま後ろに倒れてしまう。
「ふぐっ……不幸、だ、わ……」
「ご、ごめんなさい山城さん……」
おおよそ自重落下速度より遥かな加速を見せた金だらいの威力はどれ程の物だろうか。
と言うかコレは二次災害ではなかろうか。
山城は扶桑に引き摺られる様にしてその場から離れていった。
青葉は苦笑いを浮かべながら言った。
「流石は加賀さん! ですが、巻き込み確認はしないとですね! お次は大和さん!」
指名された大和は俺の前に立ち背を向ける。
大和は夕立と一緒に立候補したのは、早く馴染もうと頑張っているからだろうか。
もう少し馴染んできたら、いつか俺の事も話してみようか。
流石の青葉も、命のやり取りがあったあの映像は控えた様だし。
そう思っている間に金だらいが投下された。
そして俺の頭部に直撃し、グワンと歪む痛快な音を奏でながら床に落ちていった。
初めて金だらいを食らったわけだが、衝撃は強いがあまり痛くは無かった。
前を見れば唖然と口を半開きにした大和と目があった。
「て、提督……その……!」
「いや大丈夫だ。 なんだろうなぁ……あまり痛くは無いが……、何とも独特な余韻が残るな……」
普通に人生を過ごすのなら、金だらいが落ちてくる日はほぼ来ないだろうな。
ある意味貴重な体験かもしれない。
「はい、大和さんは残念な結果となってしまいました! 提案した本人が言うのも何ですがアレは分かる方が少しおかしい気もしますね! では次、夕立ちゃん!」
夕立は俺の前に立ち背を向ける。
夕立は前の3人と比べてしまうと確かに頼りなく見えてしまうが、終始必死で凄く一生懸命だったな。
やはり大和と同じく早く馴染もうとする心がそうさせるのかもしれない。
そしてやはり金だらいが投下された訳だが、その時には夕立は動き出していた。
「ぽーいっ!」
背後へと跳躍し、両手で金だらいを掴んだのだ。
その瞬間、神通と川内が同時に笑みを浮かべていた。
「ほう」
「へぇ……」
身長差を跳躍で補い、金だらいをキャッチした夕立は、そのまま俺に突っ込んできた。
ぶつかったら危ないと思った俺は咄嗟に両脇を掴み夕立の身体を支えると、金だらいを掲げ持つ夕立を両手に掲げると言う妙な絵が完成してしまった。
「やるじゃないか夕立」
「えへへ、朝飯前っぽい!」
再び感嘆の声が上がる中、決定戦は最後の結果発表へと移行した。
料理に関しては俺は気持ちだけで嬉しいからどれも満点をあげたい位なのだが、鳳翔が公正に配点したであろう。
筆記は大淀の目があれば間違いはなさそうだ。
金だらいは言わずもがな。
司会の青葉は整列した4人の前に立ち、結果を述べた。
「1位は神通さんですね! おめでとうございます! 僅差で加賀さんが2位です、惜しかったですねー!」
神通はそのまま頷き、加賀は少しだけ肩を落としていた。
青葉は名誉の為これ以上発表する気は無い様だが、結果的には大和が3位、夕立が4位と最下位であった。
それでも新人にも関わらず、かなり奮闘したと思っている。
2人の勇気も汲んであげたい俺は一つ、提案する事にした。
「俺の為にこんな企画を用意してくれてありがとう、見てるだけだったが中々楽しめたよ。 結果は神通が秘書艦で良いのかな?」
「はい。身命に賭してこの神通が務めさせて頂きます」
「ではその補佐、有事の代役を引き受ける者を制定するのはどうだろう? 神通も常に手が空いてる訳では無いだろうから、その時に埋め合わせ出来る者がいた方がいいだろう?」
「成る程、それでしたら私は構いませんよ」
「ありがとう……、では秘書艦補佐の方は立候補を交代で回す様にしよう……、みんなもそれでいいかな?」
艦娘達はそれぞれ笑顔で返事をしてくれた。
こうして秘書艦決定戦は幕を閉じ、秘書艦は神通が務める事になり、その補佐は日替わりで立候補者を順番に回す事になった。
俺はこれから執務室が賑やかになる予感に、少しばかり不安を覚えつつも期待をしていた。
必死になるみんなの顔を見れたし、中々青葉も侮れないじゃないか。
「ところで提督、朝食は何をお召し上がりになりましたか?」
鳳翔は笑顔でそう言った。
いい感じに締め括られた筈の場は、何故か俺へと送られる生暖かい目線が支配し始めていた。
やめろ、そんな目で俺を見るな。
篠原side
ドックに居る俺の目の前には、朝潮君が立っている。
彼女は大本営から毎月貨物船を護衛してる艦娘の1人で、不知火君と満潮君の固定メンバーの他に、ランダムで駆逐艦を3名連れてやって来る常連さんになる訳だが、今回は固定メンバー以外は連れて来なかったようだ。
目の前の彼女は敬礼したまま微動だにしない。
手に持ったパフェのさくらんぼが揺れている事から緊張で震えている事がわかった。
朝潮と言う艦娘はどうやら筋金入りの真面目っ子らしい。
少し前は、目の前でパフェを口にしてニコニコしてたのだが、俺が提督代理だったからだろうか。
俺はニコニコとパフェを食べる朝潮君を見るのが好きだったし、パフェも作り甲斐があったと言うもの。
それが今はどうだろうか。
敬礼を解かず緊張を露わに肩を震わせて硬直している。
これは結構悲しい。久し振りに実家に帰ったら飼犬が自分の事を忘れてた時のようだ。
「楽な姿勢にしていいぞ、パフェも早く食べないと溶けてしまう」
「はっ! お気遣い感謝致します!」
そう言うもの朝潮君は敬礼を解かない。
どうしたものかと近寄ると、震えが強くなり口も半開きになっていった。
本当に緊張からなのだろうか、俺の事が恐ろしくて堪らないとかそんな感じなのかも知れない。
危なっかしい程に揺れて二重に見えるさくらんぼが不憫になって来たので、俺はパフェのスプーンを借りて朝潮君の半開きになった口にアイスを放り込んでみた。
「……かふっ⁉︎」
朝潮君は驚愕した表情で何かに弾き飛ばされたかの様に後ろへ飛び跳ね、そのまま綺麗な弧を描きドックから海に落ちて行った。
俺は行き先の無いスプーンを突き出したまま見ているしか出来なかった。
こうして俺は『サムライ』の他に、艦娘達の間で『あーんして轟沈させた男』と言う不名誉な二つ名が出来てしまったのだ。
執務室で、その事を秘書艦である神通に話すと物凄く反応に困った顔をしていた。
「朝潮さんは……、その、なんて言いましょうか……、いろんな意味で真面目な艦娘らしいので……」
「なんだか寂しいんだよな。 前はあんなに緊張とかしなかったと言うのに」
「それで、朝潮さんはその後……」
「海に落ちたショックか何かで気を失っていたから医務室だな」
貨物船にも予定がある、朝潮君の代行を天龍と龍田に頼み大本営まで不知火君と満潮君の2人に混ざって護衛をして貰っている。
あの2人ならば帰りの足も大丈夫だろう。
そして朝潮君を1日だけ預かる事も大本営に伝えてある。
その事を神通に話して伝えるという、何処か気の毒そうな顔をしていた。
「朝潮さん更に恐縮しそうですね……」
「うーむ……、と言うか正式な提督になっただけで、あんなに緊張するものなのか?」
俺の言葉に書類をファイル分けしていた大淀が反応をした。
「……知らないんですか? 提督は大本営で横須賀に並ぶ英雄とまで言われていますよ?」
「馬鹿な……俺の鎮守府は26人の小規模だと言うのに……」
「歴史を辿れば提督は、最初の襲撃で艦娘もまだ居ない時に避難の時間を稼ぐ為に先陣を切って、鎮守府に着いてから本土襲撃を3回跳ね除け、脅威個体であるレ級も撃退した後に撃沈させてますからね」
大淀の言葉に神通はウンウンと頷いた。
「確かに英雄の名も相応しいかと、私も誇らしいです」
そう言うものなのだろうか。
英雄と呼ばれる事は光栄なのだが俺は中々受け入れられずにいた。
「君達だから話すが、俺は誰よりも人を殺しているのだがな。 昔は夜襲や奇襲も日常茶飯事だったし、そいつが団体の一部だったら捕まえて情報を吐かせる為に痛め付ける真似もした。 英雄と呼ばれるには、どうかと思うのだがな……」
「私達は軍艦ですよ提督? それを言ってしまうと華の二水戦も枯れてしまいますね」
神通はそう言って小さく笑ってみせた。
俺は妙に納得しながら神通の言葉を受け入れて、本題である朝潮君の話題を切り出した。
「それで、どうにかならないのかな朝潮君のアレは……。 正直結構悲しい」
「……うーん……、ここの艦娘達と提督のコミュニケーションを目の前で見せて、なんとか打ち解けて頂く……?」
こうして朝潮君の緊張を解くべく妙な1日が始まったのだ。
もうすぐお昼時なので医務室まで迎えに行き、目を覚ましていた朝潮君に事の顛末を教えると、床に穴が開きそうなほど激しく謝り倒したので何とかそれを辞めさせた。
「落ち着いたか朝潮君。 歩けそうなら食堂に案内しよう」
「は、はい! 申し訳ありませんでした……!」
脂汗まで滲ませて謝る彼女の胃は大丈夫だろうか。
俺はそんな事を考えながら食堂に向かい、適当な席に朝潮君を案内して座って貰った。
流石に向かい合って食べるのは不味いだろう、メニューを決めるのを見届けたら離れるか。
「これが今日のお昼のメニューだ。 なんでも好きなものを選んでいいぞ」
「は、はい! 恐縮です……!」
メニュー表を手渡すと、流石に空腹だったのか朝潮君はうんうんと悩みながら吟味を始めた。
そこへ近くへ通り掛かった夕立が駆け寄って来た。
「ていとくさーん! 一緒に食べるっぽい!」
そう言って夕立は俺の腕を取りグイグイと引っ張り始めた。
「判った判った、シワになるから引っ張るのやめなさい」
「ぽーい!」
「お前も大分馴染んできたな。 どうだ? やって行けそうか?」
「うん! 川内さんが良く遊んでくれるっぽい〜!」
川内が遊び相手を務めるとは、やはりあんなでも姉御肌なんだな。
朝潮君が目を丸くして此方を見ていたのに夕立が気付き、小首を傾げた。
「新人さんっぽい?」
「いや、大本営の朝潮君だ。訳あって明日のお昼頃まで滞在するから夕立もおもてなししてあげてな?」
「あ、朝潮です! よ、よ、よろしくお願い致します!」
朝潮君はその場に立ち、礼儀正しく頭を下げた。
夕立はそれに習い「ぽい」と呟きながら頭を下げる。
彼女のあらゆる行動には、「ぽい」と言う言葉が追従するようだ。
ゴーヤの「でち」よりも使用頻度が高く、日常会話に支障が出そうな程だが不思議と意味は伝わるのが凄い。
「じゃあ朝潮ちゃんも一緒に食べるっぽい!」
「えっ、そ、その……」
「同じ席でご飯を食べればきっと仲良くなれるっぽーい!」
「そうかも知れませんが、その……」
朝潮君は俺の方をチラチラ見ていたので、何となく察した。
「夕立、今回は朝潮君と一緒に食べてくれないか? 上官と一緒じゃあ気も抜けないだろう」
「えーっ⁉︎ この前のお話の続き聞きたいっぽい〜! 孤児の子供との約束がどうなったか気になるっぽい! 」
「あ、あのっ! その話私も気になります!」
朝潮君も興味を示した様なので、俺はその場の席に着き、料理を待ちながら、とある少年との約束の話をした。
紛争地域近辺の地にて、地雷により片脚を失った孤児院に住む少年が「サッカーをしたい」と言う夢を打ち明けてくれた時の事だ。
義足があればリハビリを積んでスポーツを行えると知っていた俺は、危険地区で医療団が近寄れない現状の中で、義足を届けるべく仲間達と共に奮闘した時の話だった。
幸いにも血が流れる事も無く、義足と共に日本選手のサイン入りサッカーボールも届ける事が出来た。
本来なら精密な測定が必要な義足だが、それでも少年はとても喜んでくれた。
そして去り際、古ぼけたサッカーボールを手に、日本選手では無く、俺と仲間達のサインが欲しいと言ってきたのだ。
そこまで話していると夕立が頼んだナポリタンがテーブルに置かれた。
朝潮君の元にも同じ料理が置かれ、俺の目の前には生姜焼き定食が置かれた。
俺は配膳してくれた鳳翔に礼を告げると、話を切り上げた。
「ここまでだな。 料理が冷めてしまうから食べようじゃないか」
「今日も美味しそう! いただきますっぽい!」
夕立はナポリタンに目を輝かせ、フォークをくるくると回してパスタを絡め始めた。
一方、朝潮君はどういう訳か涙を流して敬礼をしていたのだ。
「あ、朝潮! 感銘を受けました……! 話に聞く以上のお方です!」
「それはありがたいが、あの話のオチはな? その少年が私にサインを求めた事、その気持ちがどんなものか知る事が出来て嬉しかったと言う事なんだ」
「う、嬉しかった……ですか?」
「そうだ。少年はサッカーが出来るかもしれないと、とても喜んでくれた、そして届けた我々の名前を誰一人忘れないようにとサインを求めたのだ。 これ以上光栄な事はあるまい」
俺は言葉を続けた。
「出来れば朝潮君も、今朝のパフェはいつもの様に笑って食べて欲しかったのだ。 真面目なのは良いことに違いないが、私は自然に喜ぶ姿こそ何よりの宝物だと思っている」
朝潮君は少し悩み始めた。
俺は誰かの為に動いた時、喜んでくれればやり甲斐を感じて、感謝をされたなら誇りを感じていたのだ。
笑顔を届ける為、なんて臭い台詞があるがそれは間違いでは無い。
子供が一切笑わない土地は、地獄と何が違うというのだろうか。
子供を笑わせるのは簡単だ。夢があれば良い。
そんな事すら出来ない世界が存在している。
「提督さん難しい顔してるっぽい〜!」
昔の感慨に浸っていたら夕立が頬をむにむにと摘んで来た。
彼等は元気だろうか? なんて考え始めると思慮が飛び交うのは癖の様なものだった。
「おお、すまない夕立。 ってお前口にソース付いてるぞ。ちょっとジッとしてろ」
「んーっ」
ティッシュで夕立の口元を拭いていると、朝潮君が徐に席を立った。
「篠原司令官! ……パフェはいつもすごく美味しかったです! これからも作って頂けたらとても嬉しいです!」
「それは良かった。今度は海に落とさず食べてくれよ?」
「は、はい! 申し訳ありませんでした!」
そう言って頭を下げた朝潮君がもう一度顔を上げた時、少しだけ朗らかな笑顔を見せてくれた。
少しだけ仲良くなれた気がした昼食であった。
第三者視点
この日、篠原の鎮守府では、とある行事に向けて準備が急がれていた。
その行事とは栄えある横須賀鎮守府との演習である。
模擬弾を使って行う実戦を想定とした訓練の一つであり、艦娘達の経験を積むにはこの上ない場であり、更に鎮守府の戦力を示す試合として用いられる場合もあった。
篠原は経験を積ませる意味で夕立と大和の抜選を検討していたが、あの横須賀が相手という事で、育成を見送る事にした。
旗艦に神通を置き、扶桑、山城、加賀、川内、吹雪と出来るだけバランスを重視した構成を取った。
対する横須賀は長門、陸奥、大鳳、摩耶、鈴谷、綾波と、主力を混じえつつ育成も視野に入れた様な構成だった。
それでも中々堅固な構成であるが。
篠原はわざわざ足を運ばせてくれた横須賀鎮守府の提督、佐々木と挨拶を交わしていた。
「おはようございます。 本日は我々のため遠路遥々お越しいただき、ありがとうございます」
「はっは、久し振りだな! 俺の艦娘達も今日という日を楽しみにしていたのだ。 あのレ級を仕留めた艦娘と戦えると長門が勇んでいたぞ?」
「それは光栄ですね、私達の方もあの横須賀と演習が出来るなら良い刺激となると思います」
「そうかそうか。 それで、彼女は何処に……?」
佐々木が敢えて篠原の鎮守府で演習を行う理由の一つに、日本初の登場を果たした艦娘を一目見たいと言う思いがあったのだ。
その事を何となく察していた篠原はすぐに案内を始めた。
篠原は佐々木を案内しながら裏庭に行き、吹雪の作ったベンチに腰を掛けながらお茶を嗜む大和に声を掛けた。
「おーい、大和。 今少し時間を借りれるか?」
「あら、提督。 どうされました?」
「実は君に話したいという人が居てな? もう後ろに居るのだが、横須賀の佐々木提督だ」
篠原はそう言って横に身体をズラして大和の視界を開けると、彼女は佐々木に気付き丁寧なお辞儀をした。
「はじめまして、私は大和型戦艦 大和と申します」
「おお! ……中々の貫禄ではないか。 まさに大和撫子、可憐ながら頼もしい容姿だ」
「ふふ、お褒めにあずかり光栄です」
因みに大和は篠原の秘書艦補佐であり、演習に向け準備をする神通の代役を務めている。
今は篠原が小休憩を言い付け、裏庭でのんびりしていたようだ。
佐々木はその裏庭にまで興味を示したようだった。
「随分と手の込んだ庭園じゃないか……、これはコスモスか?」
篠原は嬉しそうに返事をした。
「はい。 チョコレートコスモスと言って、少し珍しい花ですよ。 あちらのカラフルなのがケイトウと言う花ですね」
主に艦娘達の手によって増設されていった花壇は、季節毎にそれぞれのブロックに住み分けされて管理され、菜園も同様に拡張され栽培出来る品種が増えている。
そこへ大和が立ち上がり、篠原の側へと歩み寄った。
「艦娘と一緒になって作ったのですよね? 私もいつか皆さんとこうした形に残る物を作ってみたいです」
「ふむ、まだ土地に余裕はあるからな……。 ……温室……海外の花を……ダメだ温室だけで100万超える!」
「あ、あの提督? 本当に温室を建てるのなら桁が足りませんよ?」
「何言ってるんだ作るんだよ」
「えっ?」
真剣に考え始めた篠原を見ながら、大和は発言を少し後悔し始めていた。
その2人の様子を眺めていた佐々木は豪快に笑ってみせた。
「はっはっはっ! 土木作業に強いからな篠原はっ! 大和よ、覚悟したまえ、この男はやると言ったらやる男だ」
「えぇっ⁉︎ そんな、初めてが温室建築だなんて!」
大和は花壇や種植えなど可愛い物を想像していたのだろうが、篠原の頭の中では基礎作りや間取りまでも描き出され始めていた。
ガッツリ肉体労働となること請け合いであった。
一方、長門率いる演習艦隊はドックに集まりミーティングを行っていた。
長門は全員の顔を見回しながら言った。
「今回の演習相手は小規模鎮守府だが、決して油断するな。 相手はその少数で度重なる襲撃を凌ぎ、レ級すら仕留めたツワモノ揃いだ」
長門の言葉に摩耶は首を傾げる。
「先制取られる事はまず無いだろう? 加賀さんの艦載機はちと怖ぇーけど、対空ならアタシの十八番だぜ?」
「……油断するな摩耶。 死線を越えた戦士と言うものは、目に見えない力を秘めている」
「は、はぁ? まぁビッグセブンにここまで言わせる相手な訳だ。 油断は絶対しねーよ」
「鈴谷、綾波、お前達は実戦経験が少ないが、相手を打破する鍵になり得る。 いけるな?」
「こう見えても鈴谷訓練頑張って来たし? やってやるじゃん!」
「は、はい! 頑張ります」
陸奥と大鳳は気合いを入れる光景を見守り、満足そうに頷いた。
横須賀が全力投球する事は明確なのだ。
もう一方、神通率いる演習艦隊達は食堂に集まり会議を行っている様だ。
神通、川内、山城、扶桑、加賀、吹雪は同じテーブルに半々で向かい合って座っており、どう言うわけが皆表情が暗かった。
空間に闇が差したような尋常ではない気配を漂わせるそのテーブルは、何も知らず食堂に入って来た龍驤がひと目見ると何も言わずに退出していく程だった。
目を細め俯いたまま、神通が小さく口を開いた。
「……常勝不敗の理が我々にはあります、敗北等あってはならない。 そうですね、姉さん」
「……強いと判りきった相手に勝てないんじゃ、そこまでだよね……。 ねぇ、扶桑さん」
「ええ、私達の名には軍艦の名前が、その上には……提督の名前がありますから……」
「そうですわ、姉さま……。 敗北、それ即ち提督の名の恥となりましょう……」
「鎧袖一触……、蓋世不抜よ……フフ」
「えへへ……、酸素魚雷さんが滾ってますよぉ……」
間も無く、同時に笑い声を上げ始めた6人に対して、鳳翔は「ヤバイ」と思わず口にしていた。
やがて演習の時間となった。
通信室に篠原と大和、佐々木が向かい、大淀がセッティングをしてモニターを起動した。
モニター画面には海の上で向かい合うそれぞれの艦娘達の姿が映し出されていた。
この映像は食堂に貼られたスクリーンにも中継され、多くの艦娘達が観戦を行えるようになっている。
海上の艦娘達は向かい合ってこそいるが、その距離は3海里と結構な距離が開いている。
偵察機による補助を受けた観測射撃ならば届く距離だが、会敵までの一連の流れは決して無くてはならないものだ。
間も無く、大淀が通信を入れ開始の合図を宣言した。
「皆さん、それでは演習を始めます。 ご健闘を!」
短く切り上げられた通信を耳にした長門は、声を高く張り上げた。
「最大戦速‼︎ この長門に続けぇぇ‼︎」
その言葉を合図に、横須賀の艦隊は前進を始め、大鳳が艦載機を放った。
一方、篠原の艦娘達は不動を保っている。
目の前の上空には艦載機が列を成して飛来して来ているが、誰一人動こうとはしなかった。
その様子を観戦していた食堂の艦娘達も困惑の声をあげており、佐々木と篠原も例外ではなかった。
「……何故君の艦娘達は動かないんだ?」
「な、何故でしょう? 大淀、通信をチェックしてくれ、本当に神通に開始の合図は届いていたのか?」
「は、はい! 確認しましたが通信感度良好です……。 神通さん達側の通信機が故障しているのかな……?」
大淀がひと先ず中断を宣言しようとした時、神通達は動き出した。
それは敵影を目に収めた時に放たれた言葉だった。
「ぶっ殺せ‼︎」
後にそれは、“横須賀の悪夢”と呼ばれる演習になったと言う。
空撮ドローンはその一部始終を捉えていた。
肉薄する艦載機を速力を持って摺り抜ける神通、川内、吹雪。
乱戦に持ち込み敵味方入り乱れたお陰で爆撃等行えない状態に陥った所で肉弾戦を仕掛ける艦娘まで現れていた。
加賀の放つ海面すれすれの攻撃機は容赦の無い弾幕を張り巡らせ長門と陸奥の装甲を削り出した。
対空射撃を試みる摩耶を吹雪が脚を掴み、捻りを加えたジャンプをしてドラゴンスクリューを敢行し妨害。
吹雪は置き土産と言わんばかりに至近距離で魚雷を投げ捨て離脱し、摩耶は瞬殺されていた。
呆気に取られていた鈴谷と綾波は扶桑姉妹により集中砲火を受け、厚い装甲で耐え凌いでいた長門も神通の裸絞めで意識を手放していた。
陸奥も川内により同じ末路を辿り、残された大鳳は戦慄し、その場で戦意喪失していた。
その間は3分と掛からず、決着はついた。
モニターを前に大きく口を開けて呆然としていた佐々木と篠原であったが、佐々木は一足先に我に返った。
「……篠原よ」
「は、はい……」
「君は……彼女達にどんな教育を……?」
「……普通、だった筈、です……」
「あの駆逐艦はついぞ砲撃をしなかったぞ? それが普通なのか⁉︎」
「あ、あんな技教えた覚えはありませんよ!」
「そりゃそうだ仮にも軍艦がドラゴンスクリューしてたまるかッ‼︎」
声高らかに勝ち鬨を上げる篠原の艦娘達は、鎮守府が大変な事になっている事など知らないだろう。
記録的大敗を喫した横須賀はその後、主に長門主導で格闘技の訓練を行うようになったらしい。
道場で雪辱を晴らすべく摩耶と打ち合う姿が毎日の様に見られるようになったとか。
「その程度じゃ、修羅に、修羅に勝てんぞ摩耶ァァァッ‼︎」
「ちくしょおおおっ‼︎ あの鬼‼︎ 駆逐の皮を被った鬼がぁぁぁッ‼︎」
一方、篠原の鎮守府ではあまり問題視はされていなかった。
本日は執務室で篠原、大淀、神通、そして秘書艦補佐の叢雲がのんびりと会話しながら執務をこなしていた。
ふと、思い出したように篠原が言った。
「そう言えば、向こうの長門君は海上だと何か見た目が変わっていたな……」
その言葉に大淀が反応した。
「アレは改装ですよ提督。改装を重ねると艦娘は強化され見た目にも変化が現れるそうです」
「へぇ……、俺の艦娘達も改装出来るかな?」
「改装の条件は確か、熟練度と、妖精さん達が気紛れで開発する設計図に該当するかどうかですね」
「ふむ、じゃあどんな手練れでも、妖精さんの手元に設計図があるかどうかって訳か」
「そうなりますね。 この後確認してみますか?」
「そうだな。強くなるのはいい事だ……」
神通と叢雲が何か期待する眼差しを送る中、篠原は改装の説明を受けるのであった。
横須賀を破った鎮守府がある。
その噂が流れてから篠原の鎮守府に大本営から2人が派遣されるまでは早かった。
香取型練習巡洋艦 香取と鹿島の2人である。
自己紹介を終えた2人を前に、篠原は首を傾げながら言った。
「派遣……となればいつか帰っちゃうのか」
正式な着任とは違い、契約でここに来た香取と鹿島。
香取は言った。
「3ヶ月置きに契約を更新すれば、事実上ずっと滞在する事も可能ですね、更新は提督の承認と私達の任意となります」
篠原は2人が戦力分析と訓練内容を学ぶ為に来たのだと何となく理解していた。
しかし練習艦という彼女らが持つ能力についてはよく分からないままだった。
「しかし練習艦が居れば訓練効率があがる、と……」
「はい、私達は数々の鎮守府で教官を務めて参りました。 実戦こそ劣りますが、訓練ではそれなりの自信はあります」
篠原はその言葉を聞くと、ちらりと横に視線を流し神通の方を見た。
神通は何も言わずに静かに椅子に座っていて、この件に関しては全て篠原の判断に委ねるつもりのようだった。
「私の鎮守府では神通が主導で訓練を行っていてな。君達の行う訓練がどんなものかは判らないが……、そうだな、まずは見てもらおうか」
篠原の言葉に神通は席を立ち、香取と鹿島の顔を交互に見た。
「……承りました。 案内しますので、付いてきてください」
神通は2人の案内を始め、篠原は執務室へと残った。
神通は先ずは体育館へ向かった。
そこではマットの上で組手を行う駆逐艦達の姿があった。
皆は胴着に着替え打ち合う姿は、少なくとも香取と鹿島の目には異常に見えたようだ。
「あれは……空手、ですか?」
「はい。 今は駆逐艦の時間ですが、この鎮守府では全員が空手、柔道、剣道を行なっています」
香取は横須賀演習の映像を思い出し、体術を使って戦艦を墜とした光景を思い浮かべた。
しかし、それでもあまり納得は出来ていなかったようだ。
「海上射撃訓練などは……」
「勿論行いますよ、この訓練の主な理由は“道をなぞる”為ですので。 とは言え、心技体全て鍛えられる体術は、海上に出ても腐る事はありませんよ。 柔軟な身体は砲の反動を流し、素早い連撃を可能にしますし、判断力も研ぎ澄まされるかと」
「なるほど……、艦娘の身体の部分を鍛える事によってカタログスペック以上の性能を引き出せたと……」
今は夕立が吹雪と組み合い、まだ不慣れな夕立の突きや蹴りを吹雪は捌いていた。
手の甲で簡単に払われる夕立の突き、蹴り込みも身体を逸らし空振りに終わり、吹雪に決定打を全く与えられていない。
もう一方では叢雲と初雪が激しい攻防を繰り広げ、一進一退の末に叢雲の貫手が初雪の頬を掠め血飛沫と共に赤い筋が刻まれた。
「うぇ⁉︎ ……また切っちゃった。 入渠してくるね……」
「……私も指痛めたわ……、やるもんじゃないわね……」
貫手は拳では無く、圧力を点に集中させる為に指先で突く危険な技だ。
擦れば爪により皮膚は割かれ流血は免れないが、艦娘達は入渠を良い事に好き放題やっているようだ。
だが明らかに喉元を捉えていた叢雲の貫手に、香取と鹿島は引いていた。
「……喉は禁止されていた筈ですが……」
「叢雲さんや初雪さん程になると急所へ当たる事はほぼありませんよ」
「そういう問題ではなく……」
「入渠で治ります。 艦娘を兵器足らしめる部分は有効活用するだけです」
「兵器……? それは、提督のご意向なのですか……?」
「そうですが、何か?」
眼を見開き驚愕する香取、対する神通はあっけらかんとしている。
笑顔を振りまいていた鹿島も表情を曇らせ不審な瞳に変わっていた。
香取は篠原の人柄を聞いていたので、神通の兵器を自称する発言が信じられなかったのだ。
「……まさか、あのお方は……、悪質な洗脳を……」
香取は言い掛けて言葉を遮った。
神通が一瞬だが睨んでいたような気がしたからだ。
しかし神通は何食わぬ顔のままであった。
「……判りました。貴方を納得させる事が出来るかは判りませんが……少しお話をしましょう」
そう言って神通は吹雪と夕立に声を掛けた。
「吹雪さん、夕立さんをお借りしても?」
「あっ、はい! 大丈夫ですよ!」
「私に何か用事っぽい?」
「打ち明ける時が来たと判断しました。 海上訓練中の大和さんも連れて、通信室まで来ていただけませんか?」
そうして神通は香取、鹿島、夕立、大和を連れて通信室に向かった。
そこへは大淀が既に居て、セッティングを終えた後のようだった。
「来ると思っていました。 神通さんは嘘をつけませんからね……」
「隠しても無駄だと判断しただけです」
「一応、これは箝口令まで敷かれた超が付く程の機密映像になりますからね」
そう言って大淀は通信室を出て行った。
神通はまだ困惑を隠せない4人を前に、静かに口を開いた。
「……ある所に、1人の勇者が居ました……」
神通は語り手の如く、言葉を紡いで行った。
ーーある所に、1人の勇者が居ました。
彼は仲間と共に何年も辛い修業に耐えて剣の腕を磨き、その腕を果敢に振るって多くの人々を守る為に戦っていました。
勇者は仲間達と為に、何度も死戦を乗り越え、悪を打ち払い、人々から沢山の感謝の言葉を貰っていました。
そんなある日、悪魔が現れました。
悪魔は無差別に人々へ襲い掛かりました。
当然勇者は立ち向かいますが、悪魔には勇者の剣は通用しませんでした。
どの様な攻撃を用いても全く歯が立ちませんでした。
辛い修業の日々も、悪魔の前では無意味も同然でした。
ですが、勇者は諦めませんでした。
仲間達と共に奮い立った彼は、その命を燃やしながら人々が逃げる為の時間を稼ぎ始めました。
幸いにも悪魔の縄張りは限られていたので、人々は安全な場所へと逃げる事が出来ました。
その時、魔法使いが現れました。
魔法使いの魔法は悪魔に効果を示し、悪魔を追い払う事が出来ました。
魔法使いは自分の魔法で人々を守るのだと硬く誓っていました。
ですが、魔法使いは困惑します。
勇者達はまだ悪魔に立ち向かっていたからです。
魔法使いの容姿は乙女であり、勇者達の目には守るべく存在とそう変わらなかったのです。
魔法使いは言いました、戦えない者は戦場から去るべきだと。
勇者達は言いました、傷付く者を黙って見てはいられないと。
しかし、そんな勇者達を見て、魔法使いは気が付きます。
自分の魔法は何の為にあるのだろう、と。
ーー神通はそこまで言うと、モニターの電源を入れた。
モニターには防衛戦時の映像が流れ始めた。
「似合う言葉が無かったので……魔法使いと言う言葉を当てはめましたが、魔法使いとは、艦娘の事です」
「て、提督さんが映ってるっぽい⁉︎」
「そんな……⁉︎」
4人は食い入る様にモニターを見つめ、神通はその背後から見守っていた。
かつて篠原率いる水上オートバイによる囮部隊の映像は、真似する者が現れない様にと本人の希望もあって極秘とし、箝口令と共に封印されたのだ。
だが艦娘にとって、その映像は真似しようがない上に、ある種の覚悟ともなり得る為、この鎮守府でだけ保管されているのだ。
暫く背中を見守っていた神通は、ゆっくりと口を開いた。
「……勇者には聖剣が必要です。悪を払う魔法の剣が……」
その言葉に、香取はゆっくりと顔を上げ神通の方へ振り向いた。
「……つまり、兵器と言うのは……」
「はい、彼の武器となり共に戦う事。 それはここの艦娘達の総意であり信義です。格闘技も彼の努力を知る為の本の一つ手段に過ぎませんね」
「よく……、わかりました……」
「……とは言え海上に限った話ですよ? 陸では訓練より遊んでる時間の方が多いくらいですし、住み分けは大事です」
神通はそう言って微笑んで見せると、香取も釣られて笑みを浮かべた。
鹿島は瞳を潤わせながら言った。
「素敵です……、これ程の想いがあって横須賀に勝つ事が出来たのですね……」
「私達が折れる事はありません。強敵を遥かに超える……、絶対に敵わない相手に挑み続けた者の強い想いが託されていますから……」
神通は誇らしげに胸に手を添える。
その様子を見ていた香取は言った。
「……鹿島、ここでの滞在は長くなりそうね……?」
「はい、香取姉ぇ♪」
「ところで……大和さんと夕立ちゃんは?」
「……あれ? さっきまでそこに……あれれ?」
一方、執務室では篠原と大淀が今後の予定について話し合っていた。
篠原はデスクに着き、目の前の書類を目を通して、顎を撫でながらうんうんと唸り声をあげていた。
「扶桑姉妹が航空戦艦になったから改めて戦艦を建造するべきか……? いやでも吹雪の姉妹も揃えてあげたいし、夕立も1人だしなぁ……」
「連続で改装したお陰で資材も結構厳しいですよ……。 それに確か大和さんにも姉妹がいた筈ですね?」
「……」
篠原は遠い目をしながら、天龍旗艦の遠征隊と潜水艦達を心の中で応援し始めた。
すっかり寒くなりつつあるし、帰ってきたらホットココアでも用意しようと席を立った時、勢い良く扉が開かれた。
「でいどぐざぁぁぁん‼︎」
「提督、提督ゥゥゥ‼︎」
「な、なんだ⁉︎」
涙で顔をぐちゃぐちゃにした夕立と大和は、凄まじい勢いでデスクを飛び越えて篠原に抱き着いた。
篠原は気張って堪えようと試みるも間も無く押し倒された。
「夕立頑張るっぽい‼︎ 頑張るっぽい!」
「大和も、大和も期待に添える様努力致します……!」
「な、何のことだ⁉︎ っておい、夕立鼻水ついてるって!」
一向に離れる気配の無い2人を剥がそうとする篠原を見ていた大淀は、何処かいたずらな瞳を向けて微笑んでいたと言う。
こんにちは、電なのです。
午前の遠征を終えてお昼ご飯のお時間なのです。
みんな大体同じ時間にお昼を食べ始めるので、食堂はいつもとっても賑やかなのです。
電はそんな食堂が大好きなのです!
六駆のみんなとお喋りしながら手を洗ってテーブルに着きます。
今日のお昼メニューはマグロのたたき丼、海鮮丼、焼き魚定食、生姜焼き定食、カレーライス、焼きそば、オムライスの7種類でした。
鳳翔さんの作るお料理はどれもとても美味しいので、いつもここで迷ってしまうのです。
ふと、背後から声が響きました。
「あれ? 前と違うっぽい〜?」
振り返ると、川内さんと同じテーブルについた夕立ちゃんが配膳されたオムライスと睨めっこをしていました。
電は思わずそのオムライスを覗き見ましたが、確かにいつもと違うのです。
ソースの色が黒と白の二色で、いつもの赤いケチャップとは違いました。
夕立ちゃんは匂いを嗅いだりしながら、オムライスにスプーンを挿すと、切れ目からトロリと白いソースが溢れてきました。
オムレツの黄色と、黒と白のソース、そしてチキンライスの赤色が混ざってカラフルなそれを、夕立ちゃんはひと思いにパクリと口に運びました。
するとギュッと目を瞑り、幸せそうに口元を上げました。
「……〜〜っ! チーズっぽい! チーズオムライスっぽい〜!」
その言葉を聞いた川内さんも興味を示しました。
「ね、ねぇ夕立、私にも一口……」
「ダメっぽい! これは夕立のっぽい!」
「け、ケチっ、 いいもん追加で頼むし!」
食い意地が張ってる夕立ちゃんは可愛らしいのです。
ですが、確かに美味しそうなので、六駆のみんなはオムライスを頼む事にしました。
暫くお喋りをして待っていると、鳳翔さんがオムライスを持ってきてくれました。
私達は香ばしい香りがする黒と白のソースに目を輝かせ、両手を合わせ、声を揃えて言いました。
「いただきまーす!」
オムライスにスプーンを挿します。
やっぱりトロリとした白いソースが溢れ出してきて、スプーンを持ち上げれば、チキンライスに絡んだソースが糸を引いて垂れていきます。
お口に入れると、ふわりとチーズの風味が広がって、甘酸っぱいチキンライスとチーズの塩気が混ざり合って思わず頬が綻んでしまいました。
黒いソースの正体はデミグラスソースで、これもまた白いチーズソースと絡み合って濃厚な味わいなのです。
「お、美味しいのです……幸せなのです……」
「オムライスにチーズが合うなんて思わなかったわ……!」
「こ、これが大人のオムライス……!」
「これはスプーンが止まらない……」
私達が一口運ぶたびに感嘆の声を漏らしてしまいました。
いつものオムライスも美味しいけれど、今日の白黒オムライスも、とても美味しいのです。
川内さんも、おかわりだと言うのにオムライスを口に運ぶペースが早かったのです。
もう食べ終わる頃に、司令官さんが声を掛けてきました。
「どうだ? 美味いか?」
電は振り返ると、ジャージにシャツと言う司令官らしからぬ格好をした司令官さんが、タオルを首に掛けながら立っていました。
格好については定期的に軽い服装になるので気にしませんでした。
「とっても美味しいのです! 電は少し感動してしまったのです!」
「そりゃあ良かった、作った甲斐があったもんだ」
司令官さんは聞き捨てならない事を口にしていたので、私は思わず大きな声をあげてしまいました。
「し、司令官さんがオムライスを作ったのです⁉︎」
「あっ、おま、声が……」
「はわっ⁉︎」
私は咄嗟に口を塞ぎましたが、既に遅かったようです。
普段はオムライスなど一品物を頼まない戦艦や空母の艦娘達の視線が司令官さんに集まりました。
特に、山盛りの生姜焼き定食を食べていた加賀さんと赤城さんの目はちょっと怖かったのです。
司令官さんはバツが悪そうに頬をかきながら言いました。
「この鎮守府も人数が増えてきたからな。 妖精さんが居るとはいえ、鳳翔さん1人じゃ厳しいだろう? だから数の多い駆逐艦に人気なメニューを俺が請け負っていたって訳だ……」
「そ、そうなのですか……」
「……恨むゾォ……電ぁぁ……」
「ご、ごめんなさいなのですぅぅぅ!」
間も無く、艦娘達が司令官さんに殺到しました。
司令官さんの手料理となれば、興味を示さない艦娘はいないのです。
「提督、私もオムライスを食べたいです」
「今日はおかわりも行けそうな気分でーす♪」
「駆逐艦ばかり贔屓は良くありませんわ!」
「普段は低燃費だから今日くらい多めに食べても良いはずでち!」
「そうなのね! 許されなかったらストライキも辞さないのね!」
「そうだぞ! ずりぃぞ提督!」
「あらあら〜? 贔屓は良くないわよねぇ?」
「特盛りに出来ますか?」
「赤城盛りでお願いします」
「ふふふ……今日はついてるわね♪」
「ええ、姉さま!」
「チクショーっ! やってやろうじゃねぇか!」
司令官さんは泣き笑いしながら厨房に入って行き、艦娘達は歓声をあげて見送っていました。
背中を見送っていた響ちゃんが澄まし顔で言いました。
「……私もおかわりしようかな?」
「お、追い討ちなのですっ⁉︎」
「司令官がこれに懲りたら次は無いと思うんだ」
「……」
司令官さん、ごめんなさい。
電は、悪い子なのです。
「司令官さん! オムライス4人前追加なのですぅ♪」
「チクショー、任せろ‼︎ このヤロォーッ‼︎」
司令官さんは、自棄になりながら大きな中華鍋で大量のチキンライスを掻き回しています。
ガス台を全て使って、てんてこ舞いなのです。
鳳翔さんも大忙しで盛り付けを手伝って行ったり来たり。
「い、電もお手伝いするのです!」
「来るなぁ! 調理場は戦場だッ‼︎」
「はわぁッ⁉︎ し、司令官さん⁉︎」
忙しさのあまり、司令官さんが少しおかしくなってしまったのです。調理場は修羅場なのです。
結局、鳳翔さんの負担を減らす為に手伝った司令官さんでしたが、普段の数倍の負担が伸し掛かり共倒れする結果に終わったのでした。
でも、たまにで良いのでまた作って欲しいのです♪
いつもの様に執務に当たっていた俺は、今日も今日とて書類を眺めパソコン画面を睨みつける。
もうすぐクリスマスだし、艦娘とて女の子、そう言った行事は大好物な筈だ。
クリスマスツリーに、ケーキに、後はちょっとした小物を用意すれば良いだろうか。
因みに俺は、クリスマスより正月の方が楽しみだったりするのだが。
鎮守府に着任してから一日中寝ていると言う日は無い。別に苦では無いが、たまに惰眠を貪りたくなる。
正月ならばそれくらい許されるかもしれないと、少し期待をしていた。
それはさておき、とにかく師走はやる事が多い。
大淀と神通、そして秘書艦の加賀も真剣に書類を捌いていて、会話も無い程であった。
そこへノックの音が響いた。
俺は許可をすると、「失礼致します」と礼儀正しい声と為に鳳翔さんが姿を現した。
俺は最初こそ彼女を呼び捨てにしていたが、厨房を取り仕切る彼女は謂わば鎮守府の生命線であり、思い改めて「さん」と付けるようになった。
鳳翔さんは最初こそ拗ねたような顔をしていたが、今では普通に返事をしてくれている。
さて、そんな鳳翔さんが俺に何の用事があるのだろう。
「提督……、実は折り入ってご相談があるのですが……」
「相談……?」
「はい……。 私に、料理を教えてください」
そう言って鳳翔さんは頭を下げた。
食の女神とも等しい彼女が、その様な相談を持ちかけ頭を下げるという光景に俺は言葉を失った。
神通や加賀、大淀も目を丸くしており、ただ事では無いと言う雰囲気が漂い始めた。
「りょ、料理を……? 俺が、鳳翔さんに?」
「はい。 前に提督が腕を振るったオムライス……、こっそり一口だけ頂いたのですが……衝撃が走りました。 私は、私では、あのような味付けは思い付きませんでした……!」
こっそりと言わずに頼んだら作ったのだが……。
まあ、あの修羅場を見て追加を頼むような人柄ではないな、鳳翔さんは。
そして、今の鳳翔さんは普段のお淑やかな表情とは違い、真剣そのものだった。
「……なるほど。 ……うーん……本当に大したことじゃないんだがな……」
「し、素人には教えられないと仰せられますか⁉︎」
「ち、違う違う! ……君の言いたい事はわかった。 多分、早急に解決も出来そうだし、鳳翔さんは和服じゃなくて外出用の洋服か何かに着替えてくれないか?」
「は、はい! よろしくお願いします!」
俺は席を立つと、神通と加賀の方へ振り返った。
「こんな忙しい時に恐縮だが、留守を任せたい。 鳳翔さんの悩みは早めに解消してあげたいんだ」
「はい、お任せください」
「ええ、鳳翔さんの為なら、こんな執務も鎧袖一触よ」
2人は快く引き受けてくれたので、俺は執務室の外に出て、鳳翔さんの着替えを待つ事にした。
寮の前で待つ事おおよそ10分が過ぎた。
男であれば着替えなど一瞬で終わるのだが、やはり着物であればそれなり手間が掛かるのだろうか。
俺も先に着替えるべきだったか……。
なんて考えていると、間も無く鳳翔さんがパタパタと忙しげに玄関から現れた。
「す、すいませんお待たせして!」
鳳翔さんの私服だろうか。
おとなしいブラウンのハイヒールとスキニーパンツ、そしてお洒落なコートを羽織っていて普段との差が大きく面食らってしまった。
「なかなか似合うじゃないか。 美人は何でも着こなせるから羨ましいな」
「そ、そんな……大袈裟ですよ、でも、嬉しいです」
「俺もこの格好じゃあな……。 少しアパートに寄り道させてくれ」
「はい、かしこまりました」
そう言って俺は鳳翔を連れてアパートに向かった。
だが、着替えている間でも外で待たせるのは忍びないと、部屋の中に招く事にした。
「お、お邪魔します……」
鳳翔さんは少し緊張した面影で靴を脱いで玄関から上がると、室内を見回した後に真顔になっていた。
部屋には着替えのタンスやテーブルにベット等、質素であるが必要な物は全て揃っている筈だが。
「……想像より、その、綺麗ですけど……少々お狭い……」
「4畳半だな」
「……」
「いや鳳翔さん、確かに狭いがバストイレキッチン付きで脱衣所と収納に、バルコニーまで付いて家賃が1万切るのだぞ?」
都内であれば4畳半の部屋でもかなり高くなるが、海辺の人口が減った街では破格の値段である。
「か……仮にも中将であられるお方がこのような……」
「寝泊まり部屋なんぞ二畳もあれば充分なのだ」
「これでしたら鎮守府の提督専用個室の方が3倍は広いですよ⁉︎」
「広けりゃいいってもんじゃないさ。 必要な物が、すぐ手に届く位置にあると言うのはかなり便利なのだぞ」
俺はそう言って着替えを手に脱衣所に入った。
鳳翔さんは腑に落ちない表情だったが、まぁいいだろう。
提督が4畳半の部屋で寝泊まりしてはいけないと言う決まりは無いのだ。
着替え終わり脱衣所を出ると、鳳翔さんは冷蔵庫の前で固まっていた。
その背中はなんだが凄みがあり、雷雲のゴゴゴゴと言う音まで聞こえてきそうな程であった。
俺は釘を刺しておくべきだったと、この時になって後悔し始めていた。
「……提督? 冷蔵庫にヨーグルトとバナナしか入っていませんでしたが?」
「……」
「……調味料も一切ありませんね?」
「……そ、そうだったかな?」
俺がそう言うと、鳳翔さんは勢い良く振り返って怒り心頭で詰め寄ってきた。
そして凄まじい早口で捲し立てた。
「もう! ヨーグルトとバナナが朝食だなんてダイエット中の女子ですか⁉︎ 身体を鍛えているならお肉を食べるべきですよお肉! それにヤケに物が少ないと思ったら炊飯器もガス台も無いじゃありませんかッ⁉︎ 唯一あるキッチン家具が冷蔵庫と電気ケトル一個ってどう言う事ですかッ⁉︎ せめて電子レンジくらい置くべきでしょう、初めから自炊する気は無かったのですね⁉︎ それに食器棚もお皿が一枚申し訳程度にあるだけで他はマグカップやグラスですし、更に言えばお皿はパンの抽選で当たった奴ですよねっ⁉︎ パンだけで済ませてた日も多かったってことはですよねっ⁉︎ ヤマザキって書いてありましたよ‼︎ それに引き換えインスタント類の種類だけは充実していますね、凄いですよカップ麺だけで6種類、カップドリンク類は10種類以上ありましたよッ⁉︎ こんな生活を半年以上続けていたのですね⁉︎」
怒涛の言葉の嵐により俺はつんのめりになり、鳳翔さんは顔を赤くして肩で息をしている。
うむ、これは全体的に俺が悪いのかもしれない。
「わ、悪かった……」
「私は謝ってほしい訳ではありません!」
「せ、せめて言い訳を聞いてくれ!」
俺がそう言うと、鳳翔さんは口を尖らせたまま腕を組み始めた。聞いてくれるらしい。
「最初は長居するつもりは無かったんだ……、だから本当に最低限の生活だけで済ませていた」
「……でも買いに行く余裕もありましたよね?」
「いや、その……、その時間をお前達に使いたいなって。 艦娘達は、どんな事でも喜んでくれるだろう?」
「……もう、貴方と言う人は……」
鳳翔さんは溜め息をつくと、仕方ないなぁ、と言う言葉を含ませた微笑を浮かべた。
「それを聞いたら、怒るに怒れませんよ、ズルイです」
「は、はは……申し訳ない」
「ですが、この朝食だけは納得出来ません! 明日からはこの鳳翔が腕によりを掛けて作らせて頂きます」
「いやそれは流石に」
「何か?」
断ろうとしたが、鳳翔さんの表情に影が再び見えたので口を噤んだ。
「……あ、ああ、宜しく頼もう」
「はい♪」
こうして一悶着あったものの、俺と鳳翔さんは何とか本来の目的地に向けて移動を始めることが出来た。
車を走らせながら、俺は鳳翔さんに話し掛けた。
「それで、今朝の話だが……」
「は、はい! オムライスですね」
「それだ。 多分鳳翔さんは、知らないだけなんだと俺は思う」
「し、知らない……?」
「ああ、邪道を知らないんだ」
鳳翔さんはかつて、俺が作った小さなパフェにすら大きく反応を示して驚いていた。
あのパフェも所詮は真似事に過ぎず、オムライスも同じだ。
鳳翔さんの料理は王道を貫き、だからこそ至高の味という事に間違いは無いだろう。
だからこそ、これから行く場所は鳳翔さんにとって、ある意味で刺激的かもしれない。
1時間程車を走らせ、着いた場所の看板を鳳翔は見上げていた。
「ここは……、ファミリーレストラン?」
「そうだ。 特にオムライス系が美味いと評判のチェーン店だな」
俺は鳳翔さんを連れて店内に入ると、店員の案内でテーブル席に向かい合って座った。
そしてメニュー表を鳳翔さんに手渡しながら言った。
「オムライスだけで50種類以上あるぞ」
「そ、そんなに……⁉︎」
受け取った鳳翔さんは、目を丸くしながらメニュー表を見始めた。
「日本国は飽食とされるからな、そんな中で飲食店はより安く、美味しいものを作らなければ生き残れない過酷な激戦を強いられていた訳だ。 何百人もの人が工夫を重ねて、見事激戦を勝ち抜いたメニューがそこに載っている」
「す、凄いです……、ハンバーグオムライス、カレーオムライス……。 これはシチューでしょうか、スープにつけるもの……、まぁ、麺類まで!」
「コストを抑え、美味しく食べて貰うにはひと工夫をするか、組み合わせを変える等、アイディアを募るしか無い訳だな」
「チーズオムライスもありますね……。 知らないだけ、とはこういう事だったのですね」
「そう言う事だ。 ふふふ、料理は盗むものとよく言うだろう? 今日は最小サイズをいくつか注文していこう」
「は、はい! ありがとうございます!」
こうして鳳翔さんは見事にアイディアを盗み出し、自分の料理に活かすことが出来たと後に語った。
どんなに料理の腕前が良くても、100人以上が悩み抜いて考え出したアイディアには及ばない事もあるだろう。
それにしても、普段料理を作っている鳳翔さんが一生懸命オムライスを食べる姿は何だか新鮮だったな。
最小サイズでも2人で頑張って6種類までしか頼めなかったのは少し残念だったが。
その事を踏まえてか、鳳翔さんは帰り際にこんな事を言い出した。
「て、提督……、ま、また連れてきて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はははっ、鳳翔さんの料理のレパートリーが増えるのなら断る理由もないな!」
「はい、ありがとうございます……提督」
鳳翔さんは揺れる華の様に美しく微笑んでみせた。
俺はその笑顔を見ながら、ただ今日と言う一日が2人にとって有意義であった事を実感していた。
季節も既に真冬となり、外に居るだけで凍えてしまいそうな程に冷たい風が吹く中で、艦娘達は少々浮かれ気味。
もうすぐクリスマスがやってくるのだ。
俺はそれまでに今月の業務を終わらせるべく、大淀と神通と川内、那珂を連れて工廠へと足を運ばせた。
川内は秘書艦補佐で、そのついでに那珂も一緒だった訳だ。
今年最後の建造の為である。
川内は並んだ4つのカプセルを見ながら俺に話し掛けてきた。
「そんで提督、今回は誰を出すの?」
「いやそんな出るとは限らないんだぞ、一応……」
「今んとこ百発百中の癖して何言ってんのさ」
「まぁ、それもそうなんだがな……」
実際に俺も建造を行えば誰かしら現れる物だと思いつつある。
そう言えば、一つ聞いてなかった事があったな。
「なぁ大淀、同じ艦娘が現れる事はあるのか? 例えば……2人目の川内とか」
「地獄ですか」
「ちょっと酷くない⁉︎」
俺は苦笑いしながら憤慨する川内を手で宥めた。
まぁ定期的にもサバゲーと騒ぎ出す奴が増えたら確かに嫌かもしれない。
というか残業があると必ず現れるんだよなぁ……。
「同じ鎮守府で既に同名の艦娘が存在する場合、艤装のみ現れるそうです。 横須賀では建造で艤装のケースの方が多い様ですよ? 長門さんの艤装も2つあって改ニとそれぞれ使い分けているとか」
「なる、ほど……。 例えば加賀が沢山いたら超遠距離から瞬殺も可能とか思っていたが、なるほどそう上手くはいかないか」
「……想像したら怖いのですが」
「那珂ちゃんが2人居たらぁ〜、1人デュエットも出来ちゃう? なんだかたのしそーっ!」
話が脱線しつつあったが、とにかく2人目の艦娘は現れない様だ。
他の鎮守府なら同一艦が存在すると言うのに、同じ鎮守府内では現れないのは不思議である。
やはり建造を行う者との関係が大きいのだろうか。1人の提督が建造出来る艦娘は1人ずつまでなのか。
ひと段落した所で、大淀は改めて仕切り直した。
「それで、今回の建造はどういった具合で行いますか?」
「やっぱり戦艦が不足気味だから戦艦かな? 戦果を見れば扶桑姉妹の航空戦艦でも十分なんだが、頼り過ぎてる所もあるし、負担も減るだろうしな……」
相当量の資材が減ったが、改二となって艦種まで変わった扶桑姉妹は隙らしい隙がなくなり、爆撃からの怒涛の連撃で未だ耐えた敵はいない。
資材には優しくないが。
と言うか、改修された艦娘は恐ろしい程に強くなっているのだ。
斥候程度の相手なら会敵の報告の直後に殲滅報告が入り、俺はここ最近指揮をとった覚えが無い。
「とは言え、やっぱり吹雪や夕立の姉妹艦にも会わせたいし、戦艦レシピを1回、駆逐艦レシピを2回行おう」
「成る程、それ位なら確かに余裕を持てそうですね。 天龍さん達やゴーヤちゃん達も張り切ってますし今月は黒字ですね」
「ふふふ、ひと手間加えた甲斐もあったな」
最近は寒いので遠征後は必ずホットココアを差し入れしていたのだが、猫舌な艦娘がいたのでアイスクリームを浮かべてみた所、これが凄く好評だったのだ。
溶けたアイスがハラショーだと褒められた。
俺は妖精さんに話しかけ、それぞれの資材量を伝えると建造に取り掛かった。
そして妙に増えつつある高速建造材も惜しみなく使う……のだが、やはりこの火力は見ていて慣れないな。
そして間も無く、カプセルが光を放ち、中から人影が浮かび上がった。
何故か大淀が得意顔だ。
「ふっ、熱きサムライの魂に導かれし艦娘は、今度はどなたでしょうか⁉︎」
大淀は工廠に来るとテンションが高い。
俺は苦笑いを送りつつ、影の方へ身体を向けると、影が一気にこちらに向かってきた。
「……バァーニーングッ‼︎」
「な、なんだ⁉︎」
「ラァァァヴッ‼︎」
「んがっ‼︎」
刹那、俺の身体に人影が突っ込んできて押し倒された。
「て、提督ーーッ⁉︎」
気が付けば妙にヒラヒラした装束に身を包んだ女性が馬乗りになっていた。
「英国生まれの金剛デース! よろしくお願いしマース‼︎」
「わかった、わかったから降りろ!」
俺は妙な決めポーズをしている金剛の肩を揺らした。
すると金剛は大げさに身をよじって反応した。
「きゃっ! もうっ、触っても良いけどサー、時間と場所を弁えなヨ!」
「お、お前は……、じゃあお前は弁えた結果俺を工廠の床に張り倒したと言うのか⁉︎」
「ノンノン! これはハグで、挨拶みたいなものネー!」
夕立と同等かそれ以上に強烈な個性を持った艦娘が来てしまった様だ。
そんな金剛に神通は歩み寄った。
表情は微笑んでいたが何処か影があった。
「……随分と活きの良い艦娘が現れた様ですね。 これは、“教育”のし甲斐があります……」
「ヒッ⁉︎ そ、sorry! 今退くネ!」
金剛は戦艦だった筈、それを少し凄んだだけで言う事を聞かせる神通とは一体……。
とにかく金剛が上から退いたので、俺は立ち上がって埃を払っていると、ポカンと口を開けた艦娘がカプセルから此方を見ていた。
その心境は凄くよくわかる。俺のせいじゃないが謝罪したい気分だ。
「す、すまない……、金剛は判っていたようだが、俺がここの提督の篠原 徹だ。 君は?」
「ぼ、僕? 僕は時雨……」
「シグレ……? おぉ! 時雨か! いや良かった、実は先に夕立が着任しているんだ」
「ホント⁉︎ ふふふ、嬉しいなぁ」
時雨と言う艦娘は大人しい娘のようで本当に良かった。
と言うか金剛は本当に俺の魂に導かれたのだろうか。
少なくとも俺は愛を叫びながら誰かにタックルをした事は無い。そんな事日本でしたら捕まるだろうし、海外でもアウトだと思う。
そんな事を考えていると、大淀が辺りをキョロキョロ見回し始めた。
「あれ? もう1人は……見当たりませんね」
「ん、本当だな。 まぁ、今回は運が悪かったのだろう」
恐らく建造失敗したのだろう。
存外ショックは大きいが、こう言う日もあるだろう。
俺は金剛と時雨に案内をしよう考え始めたところ、川内がひょんな声をあげていた。
「あ、提督、後ろ」
「ん?」
その言葉に俺は振り返ったが何も無かった。
しかし視界の端に何か動く影を捉えていた。
そいつはどうやら高速で動き俺の背後にとにかく回り込み続けているようだった。
俺は何度も振り返るが、そいつはヤケに素早い。
いや、本当はもうさっきから視界の端に姿を捉えてはいるのだが……。
見たくないような気もしている。
「提督おっそーい!」
その言葉に振り向けば、大人が子供用セーラー服を強引に着たような際どい金髪の艦娘が立っていた。
「……君は?」
「駆逐艦 島風です。スピードなら誰にも負けません!」
3人目は無事に建造されていたようだが、俺は少し認めたくは無かった。
こんな格好の娘が俺の魂に導かれたかも知れないと言う事に少なからずショックを受けていたからだ。
「……島風か、うん、有名だな。 ……潜水艦に知り合いはいるか?」
「えっ⁉︎ 私は駆逐艦ですよ⁉︎」
「そうかぁ……、まぁでも口調はマトモかな?」
何か遣る瀬無い気持ちになった所、大淀が声を掛けて来た。
「……島風ちゃんはかなり貴重な艦娘ですよ? ここで建造されるまでは、横須賀にしか居ませんでした」
「……⁉︎ そうか、横須賀にもいるんだな? そうか!」
冷静に考えれば別に魂に導かれると言われていても、似た魂とかそんなではなく、きっと灯台みたいな意味合いが正しいのかもしれないからな。
「でも何で俺の後ろに隠れてたんだ?」
「遊んで良い流れなのかなって思いました。 捉えきれなかったでしょう? だって早いもん!」
そう言って島風はくるくる回り始め、あまり意味のなさそうなスカートが捲れ始めたので俺は思い切り視線を逸らした。
艦娘は本当に個性が強い。
内面的な意味から見た目的な意味でも、新しい艦娘がやってくる度に面食らっている気がする。
30代にもなるとそのテンションについて行けない事が多いんだぞ?
とにかく案内を始めようとしたら、何が面白いのか楽しげに笑いながら鹿島がやってきた。
「うふふっ、提督さんっ、新人さんでしたら私に任せてくださいっ」
「那珂ちゃんは歓迎会の準備してくるぅ〜! 裏仕事も大事だもんね!」
そう言って駆け出した那珂と入れ違って鹿島は俺の前まで来た。
鹿島は一度那珂を見送った後に再び俺に顔を向ける。
「那珂ちゃんはいつも元気ですねっ」
「そうだな……、川内型は神通が居なければ大変な事になっていただろうな」
「ちょっと! 提督それどう言う意味さ!」
「お前と那珂が騒ぐ度に神通が謝ってくるんだよ……」
そう言うと川内は気まずそうな顔になり、神通は苦笑いを浮かべていた。
おっと、話が逸れてしまったか。
「じゃあ案内は鹿島に任せて良いのか?」
「はいっ、勿論です! 提督さんは執務でお忙しいですからねっ、えへへっ」
「ブーッ! 提督ぅ、エスコートしてくれないのー⁉︎」
金剛は不満なのかそう言って腕に絡んできた。
この艦娘はスキンシップを好むのだろうか、大きな夕立と見て謙遜無いような。
しかし金剛は夕立と違い身体が大きい、女性に腕を組まれる事は男として冥利に尽きるだろうが、体裁はよろしく無い。
「金剛、とりあえず離れよう。 ほら、時雨と島風がポカンとしてるぞ」
「周りの目なんて気にしまセーン! ……ワォ! 提督中々筋肉質ダネ!」
「やめろ!」
金剛が腰にまで手を回して来た所で、何食わぬ顔で神通がその腕を掴んだ。
「……金剛さんは私が案内致しましょう」
「ホワッツ⁉︎」
「先ずは体育館ですかね? ここの鎮守府では道場が無いので代わりに体育館を使っているのですよ」
「なっ、何の代わりネ⁉︎ 痛っ、この娘握力半端ないデースッ⁉︎」
金剛はあっという間に引き剥がされ、ズルズルと神通に引きずられて行った。
「さぁ行きましょう」
「help! help me‼︎」
川内が気の毒そうな表情で見守る中、2人は扉に隠れて視界から消えていった。
「うわぁ……神通が少し怒ってる」
「これまた強烈なのが来たな……」
俺は溜息を吐きながら視界を横に向けると、どう言うわけか島風が反復横跳びをしていた。
それも結構早い。
「見て見て提督! 40ノット!」
「……島風、個性で張り合わなくて良いんだからな? それと多分反復横跳びじゃ40ノットは出ない」
「オゥッ⁉︎」
更にダメ出しすると陸上ではノットとは言わない。
その一方で時雨はオロオロと狼狽え始めている。
「えっと、えっと……僕は……」
「いや良いんだよ、そのままで」
「ほ、本当? ……僕はここに居ていいの?」
「やけに弱気じゃないか。 ふふっ、ここに来て良かったと言わせて見せるさ」
俺がそう言うと、やっと時雨は笑みを浮かべてくれた。
とりあえずひと段落だろうか?
俺は案内を鹿島に頼もうとしたところ、今度は川内が目の前で自信ありげに胸を張っていた。
「私は夜戦が得意だよ提督‼︎ だから夜戦しよ! やーせーんーッ‼︎」
「知ってるわっ‼︎ お前久々に聞いたが夜戦コール振り返すな!」
「提督さん、実は私、お料理にも自信があるんですっ! えへへっ、今度ご馳走しますね♪」
「そうなのか……って、あのな? 個性アピールは今しなくていいぞ」
「見て見て提督ッ‼︎ 40ノットシャトルラン‼︎」
「走るなッ‼︎」
「サンドイッチとか自信あります!」
「わかった、わかったから」
「やーせーんー! やーせーんー! サバゲでも良いよ!」
神通が居ない事により川内が荒ぶりだし、この場の収拾は困難極まる事になった。
冷静に考えれば川内も強烈な事に違い無かったのだ。
個性アピール会場と化した工廠を俺はどうすれば良いのだろうと頭を抱えていると、時雨が肩にポンと手を置いて、何やら同情するような瞳を向けていた。
「雨はいつか止むさ……」
「……」
時雨が天使に見えた瞬間であった。
だが俺はこの時まだ知らなかった。
今大変な目にあっているであろう金剛に触発された艦娘が多く現れるなんて、この時はまだ考えもしなかったのだ。
遂にやってきた12月24日、クリスマスイヴである。
俺はこの日の為にクリスマスツリーを用意して飾り付けまで行った。
30代でファンシーな雰囲気な店に行くのは少々心苦しかったが、まぁいいだろう。
食堂に置かれたクリスマスツリーは小さな真珠のようなライトでキラキラと七色に輝き、雪を模したワタで白く飾り付けもされている。
そして天辺には吹雪力作のメッキ塗装が施された輝く一番星。
良い出来である。
そして時刻は朝の4時とかなり早めで殆どの艦娘たちは寝ているのだろう。
普段なら偵察任務があるがクリスマスの2日間は休みとなっているからだ。
その代わりの条件として鎮守府に一定数以上の艦娘を滞在させなければならないが、それも見越して鎮守府内で存分に楽しんでもらおうと言う算段である。
舞台は食堂の厨房、先ずはケーキ作りだ。
寧ろその為の早起きと言って過言では無い。
俺含めて33人分、相当な重労働が見込まれる。
まずはスポンジケーキを焼くまでに湯煎など丁寧に行っていたら1時間近く掛かった。
天板にシートを敷いたものに生地を注ぎ、特大サイズのスポンジケーキをオーブンで焼き始める。
天板は2枚で特大スポンジケーキも2枚。
焼きあがれば余熱を取って、後は冷蔵庫にしまえば良いだろう。
仕上げの生クリームの飾り付け含めても、夕餉には余裕で間に合う筈だ。
焼きあがるのを待っていると、鳳翔さんがやって来て俺を見るなり目を丸くしていた。
調理台の上に散乱した器具を見て何をしていたか察したようだ。
「て、提督⁉︎ こ、こんな朝早くからケーキ作りですか⁉︎」
「おはよう鳳翔さん。 注文したケーキもあるけど、それじゃあ足らなそうだしな……」
「お、おはようございます。 ……言ってくださればお手伝い致しましたのに……」
「いや良いんだよ、今日くらい休みなさい。 クリスマスに騒ぐのは女性の特権らしいからな」
この歳になれば男は大体正月休みの方が待ち遠しくなるのだ。
同僚で結婚していた奴はアレコレ忙しそうであったが、俺は独身だ。関係ない。
しかし、そう言うと鳳翔さんは何処か不貞腐れた顔をしていた。
「休みが無いのはお互い様じゃないですか……」
「自営業みたいな所あるしな鎮守府は。 代わりに年始はサボらせてもらうよ、寝正月、良い響きだ」
「あ、あのお部屋に引きこもるおつもりですか⁉︎」
「初詣に行きたい奴が居れば連れて行くつもりだが、後は寝てようかと」
「じゃあ寝れませんね」
「……何だと」
鳳翔さんはイタズラにクスクスと笑ってみせた。
思い返せば確かに元気有り余ってる艦娘が朝だけで俺を帰してくれるとは思わない。
と言うか、最近は金剛の過剰なスキンシップが後を絶たず、大人しい神通が度々額に青筋を浮かべている。
七転び八起きと言うべきか、何度神通が執務室から締め出しても10分もすれば戻ってくるのだ。
その末、どう言う理屈か分からないが神通に向けライバル宣言までしていた。
俺は潰えそうな自堕落ライフを思うと溜め息をついた。
「……艦娘とは個性的だからな、本当に」
「ふふふ、みんな提督の事がお好きなんですよ」
「俺も好きだけどな? だからこそこんな戦争早く終わらせたい」
「まぁ……、戦争が終わった後の事も考えているのですか?」
「多少はな? でも、ほとんどの艦娘は就職には困らないだろうな」
艦娘達は見た目以上に頭が良い。
ローテで秘書艦補佐を行う為ひと通り艦娘達の執務を見る事が出来た訳だが、大きな問題は無かった。
スポンジのような吸収力があり殆ど一度教えたら忘れない為、作業に限れば申し分無かった。
そう感じたのは俺が老いたからだろうか。
焼き上がったスポンジの余熱を取り、十分に冷まして冷蔵庫にしまうと、時刻は6時を過ぎ、この時間帯でポツポツと艦娘が食堂へ入ってくるようだ。
鳳翔さんを除けば一番乗りは赤城と加賀が同時だった。
俺は真っ先に朝食を頼むと思っていたが、2人は布巾を手にテーブルの上を拭き始めていた。
結構関心してしまった。
俺は2人に気付かれない様に小声で鳳翔さんに話しかけた。
「朝だと新鮮な姿が見れるんだな……、」
「提督は朝来ませんからね……」
「ちょっと覗いてていいか?」
「くすっ、お好きにどうぞ」
許可を貰ったので俺は厨房の奥に身を潜めながら、テーブルの方を眺め観察を始めた。
今度は叢雲が欠伸をしながら入ってきた。
叢雲も布巾を手にテーブルを拭き始め、後から来た吹雪も白雪もそれに続いた。
途中、叢雲は吹雪と白雪に何か話し始めると、地団駄を踏んで食堂から出て行った。
入れ違いで香取と鹿島が入り、すれ違いながら挨拶を交わしていた。
続いて大和と扶桑、山城が食堂に入り、その後続々と艦娘達が現れテーブルの席へと座って行った。
第六駆と天龍、龍田。
暁はまだ半分寝ているようで船を漕いでいる上に帽子を忘れていて寝癖が目立っている。
雷と電が手櫛で寝癖を直そうと奮闘しているが直らないし暁も起きそうに無かった。
天龍と龍田はその様子を微笑みながら見守っているようだ。
そして青葉は何故かカメラを持っていて、何やら弄っているがメモリに保存した写真の確認だろうか?
愛宕と高雄、大淀は棚に置かれた水晶石にデコレーションを少し追加すると楽しげに席に着いていた。
穴が開いている石で覗き込むと水晶が見れると言う石なんだが、既に外見の方が煌びやかになりつつあるな。
手間を考えてなのか、朝食はメニューを取らないようだ。鳳翔さんは既に調理をしていて、妖精さん達が調理台の上に食器を並べ始め、少しずつ盛り付けを始めている。
大きな鍋で味噌汁に取り掛かる頃、イクとゴーヤが入ってきた。普通の私服だ。
それに続いて神通と那珂、金剛と夕立、時雨と島風も入ってきた。
こちらは全員ジャージだった。恐らく走り込みか何かしていたのだろう。
夕立や時雨、島風はとにかく、金剛まで一緒だったのはきっと神通の仕業だろう。
金剛の何処かどんよりした表情がどんな経緯があったのか物語っている気がする。
そして川内が居ないのは何かもう察せた。
……と思ったら龍驤がパジャマの川内を引きずって食堂に入ってきて、神通が駆け寄って何度も頭を下げ始めていた。
これでも寝たままな川内は姉の威厳というものが無さそうだ。
その後に叢雲が初雪の耳を引っ張りながら食堂に戻ってきた。
涙目で抵抗していた初雪もパジャマだった。
鳳翔さんが配膳を始める頃に改めて見回すと、やはり何処か新鮮な感じがしていた。
みんな何処か無防備と言うか、普段とは違う雰囲気である。
寝癖が直しきれてない艦娘もチラホラ居て、制服では無い娘や、普段髪の毛を纏めているのに解いたままの娘も多い。
全体的に何処か気抜けしていて、休日の朝の光景らしいな。
その珍しい光景を見て満足していると、鳳翔さんが料理の並んだトレイを持ってきた。
「折角ですから、提督もここで召し上がって行って下さい」
「おお、そうだな。 鳳翔さんはまだなのか?」
「勿論私も食べますよ。 後にすると洗い物が大変ですから……」
そんな話をしていると、カウンター席からひょこりと夕立が顔を出した。
「あーっ! 提督さんがいるっぽい!」
「おっ、見つかってしまったか。 おはよう夕立」
俺はそう言ってカウンターに近寄ると、そこで全員の視線が突き刺さるのを感じた。
見回すと席に着いていたほぼ全員が俺を見て目を丸くしている。
思わず俺は後ずさった。
「お、おはよう、みんな……? ど、どうした?」
刹那、耳をつんざく絶叫が木霊し半数以上の艦娘が出口へと飛び出して行った。
「ギャアアアアアアッ⁉︎」「嘘でしょこんな格好⁉︎」「ありえないんだけど⁉︎」「なんで居るのよぉぉぉぉ⁉︎」「い、いつもはこんなじゃないんです!」「本当に油断したわッ‼︎」
「ちょ、そんな不意打ちやめーや‼︎」「あ、あらあら……」
特にパジャマの初雪やジャージの金剛と那珂は素早かった。
川内はその絶叫で飛び起きて状況が分からずキョロキョロしていたが。
蜘蛛の子を散らすように艦娘達は退散して行き、俺は何とも言えないショックを受けていた。
「えっ、何……俺何かしたか?」
「みんなどっか行っちゃったっぽい?」
「あれっ? 提督めずらしーじゃん!」
俺はパジャマの川内がこちらに向かってきたのを見送るついでに辺りを見回して確認する。
残ったのは第六駆の4人と吹雪、白雪、天龍、川内、神通、加賀、赤城、イク、ゴーヤの14人だった。
「……何でみんな飛び出して行ったんだ?」
川内はその言葉に首を傾げていたが、代わりに加賀が答えてくれた。
「……見られたくない姿だってあるのよ……」
「んー……、ああ、寝癖とか格好かな? 化粧はしてない娘の方が多いイメージだったし……。 でも加賀は流石だな? いつも通りピシッと決まっている」
「当然よ」
赤城も胸を張りながら加賀の横に並んだ。
「常在戦場です!」
「あ、赤城さん……、涎が垂れてます」
「腹が減っては戦はできぬ……と言うやつですね!」
「良いから拭いて下さい」
赤城は上手いこと言ったと言う風な得意顔のままハンカチで口元を拭い始めた。
恐らく食べようとしたところで絶叫により妨害されてお預け食らったのだろう。
しばらくすると出て行った艦娘達がシャキッとした格好で戻って来て、気まずそうにしながらも何事も無かったという風に朝食を取り始めていた。
因みに島風だけが戻って来てもジャージのままだったので尋ねてみたら「みんな急に走り出したから追い抜いて来た」と返ってきたが、その事は別に良いだろう。
恨めしそうな視線を浴びながら朝食を終えると、すでにもうやる事は無くなっていた。
みんなが思い思いの休日を過ごす中で、俺は小休憩と称して呑気に昼寝を始め、執務室のソファーでだらし無く横になっているだけで心洗われるような心地だ。
年末を楽する為に執務を詰め込んできたのだ、付き合ってくれた神通には頭が上がらないな……。
周囲の音が遠のいて良い感じの微睡みに包まれた所で、掛け声により叩き起こされた。
「ヘイ提督ゥ! クリスマスなのに昼寝は感心しないヨ!」
「んぁ……金剛か。 クリスマスって最初からお祭り騒ぎするわけじゃないだろう?」
「でしたら私をデートに連れ出してくだサーイ!」
「……おっさんとデートしたって何もならないぞ〜……」
俺と艦娘で街を歩いてもデートと言うより雰囲気的に子連れとか親戚の娘とかそんな立ち位置になりそうなものだ。
艦娘の容姿は良くて10代後半のソレだしな……。
みんな若い。やけにスキンシップしてくる夕立とかの肌に触れた時など特に実感する。
きめ細かい柔らかな肌、それに比べて俺は何かザラッとしてるし、摘んだ皮膚はグニっと持ち上がるだけ。
同僚の赤ちゃんを抱いた時も同じ感想が頭によぎったっけか。とにかく肌が若い。
そして俺が老けたと言う逃れようのない事実が突き刺さるわけだ。
でも20年前だったら負けてない筈だぞ?
俺が明後日な対抗心を燃やしていると、金剛はつまらなそうに口を尖らせた。
「ぶー! いけずデス!」
「それにしても良く俺が執務室にいると判ったな? 今日は休みだから誰も来ないと思っていた」
「そりゃあもう、提督へのバーニングラブがあれば例え火の中水の中デース!」
金剛は変なポーズをとりながらそう言うが、このバーニングラブとやらが俺には良く分からなかった。
「なぁ金剛……、バーニングラブって意味分かって使っているのか?」
「モチロンデース! 提督のハートを掴むのはこの私デース!」
「ふむ……、まぁ何か金剛の場合は刷り込みみたいな所ありそうだが……。 ふぅむ」
「ホワッツ⁉︎ 刷り込みと違いマス!」
金剛は心外だと言いたげだ。
だがすまない、参上して開口第一にバーニングラブはその線が高い。
愛は育むものと言うしな。愛を語るには時間が足らないのだ。
「しかし……艦娘にもやっぱり恋愛感情みたいなのがあるのか?」
「そ、そりゃそーですヨ……。 艦だけど女の子ネ!」
「お年頃なんだな、青春じゃないか、存分に謳歌しなさい」
因みに俺の青春時代は部活動で終わった気もする。
思う所はあったが、色事で青春を送っていた者の半数以上は何やらドロドロしてたり儚かった気もするのでこれで良かったとも思っている。
女性への耐性は主に海外で付いたような感じだったか……。
向こうの部隊には、日本の棲み分けするスタイルの男女平等とは違い、男女共通して同じ環境で過ごす事で差別意識を取り除いているようだ。
共用の更衣室やシャワールームに裸体の女性が堂々と入ってきたものだ。
因みにそこで変に動揺したりすると周りに煽られたり弄られたりするので、慣れなければ行けなかった。
そんなこんなで昼食を摂り、その際に第六駆と吹雪、叢雲を呼び止めて食堂で待機して貰った。
そしてテーブルの上に生クリームが入った大きなボール、それからシリコンヘラに絞り袋や様々な形状の口金などケーキ飾り付けに必要な道具を並べた。
その段階で何か察した艦娘達は楽しげに笑みを浮かべ始めていた。
俺は大きな長方形のスポンジケーキをシートの上に置き、糸を使い横に切れ込みを入れつつ板を差し込み、崩れないように気を付けながら上半分を取り外した。
こうして特大スポンジケーキは4枚になり、先ずは下部の盛り付けを行うのだ。
「よーし、それじゃ飾り付けするぞー。 生クリーム係とフルーツ係で分担!」
「はーい!」
口を揃えて返事をした艦娘達は元気よく作業に取り掛かった。
「コラ響! 生クリームを舐めないで、みっともないわ!」
「ニェット、これは味見さ。 うん、凄く甘い……どれもう一口」
「イチゴが沢山あるのです……!」
「メロンとキウイ? 生チョコまであるわ……、余ったら食べてもいいかな?」
「口金の種類が多い……、これは腕がなりますね!」
「生クリームの為だけに呼ばれた感じよねアンタ」
「光栄ですよ! 不肖吹雪、頑張ります!」
俺はスポンジケーキが生クリームに包まれ真っ白になっていく姿を眺めていると、食器洗いを済ませた鳳翔さんが隣にやってきた。
「ふふふ、みんな楽しそうですね」
「池の底作りの時も、あの娘達は楽しげだったからな……」
第六駆は本当に飾り付けを楽しそうに行うし、吹雪は呼ばないとヘソを曲げるくらいだ。
叢雲は愚痴を零すが満更でもない顔をしているし、決して手は抜かない。
本当なら全員で行っても良かったのだが、流石に手が多すぎるのだ。
ふわりとした生クリーム生地の上にカラフルなフルーツが彩られた所で再び生クリームを重ね、俺は上半分のスポンジケーキを持って形が崩れないように慎重に重ね始めた。
角と角を合わせて、板の上から少しずつスポンジケーキを落として俺の仕事は終わりだ。
「よし、今度は均等で真っ平らにクリームを盛ってくれ」
「はーい!」
再び元気な返事が響き、スポンジケーキは瞬く間に真っ白になって行く。
そこで待ってましたと言わんばかりに吹雪がヘラを使って形を整え、口金で生クリームを絞り、綺麗な装飾を作り出し始めた。
その間に俺は第六駆のみんなを呼び集め、薄い長方形のスポンジ生地を取り出した。
特大サイズの物よりふた回りほど小さいスポンジケーキに薄く生クリームを塗りつけ真っ白な板の様な見た目にすると、目の前で様子を見ていた電に薄紅色の生クリームが入った絞り袋を手渡した。
「これは看板だ。 絵でも文字でも、好きなの描いていいぞ?」
「はわ! 何でも良いのです?」
「うーん……、出来ればクリスマスっぽい言葉とか?」
「わかったのです!」
わかったと言うが、電はその場ではわはわ呟きながら悩み始めていた。
俺はその間にもう一枚同じ物を用意して、絞り袋を今度は響に手渡した。
その頃には電は「メリクリなのですっ!」と丸い文字で描き終えていたので、今度はカラフルなペンチョコを電、雷、暁に手渡した。
「これで空いたスペースに好きなの描いて良いぞ。 動物の絵とか、とにかく何でも良い」
「了解なのです!」
「じゃあ私はサンタクロースを描くわ!」
「どうしようレディーらしい絵がわからないわ!」
俺はわいわい騒ぎながら作業に取り掛かる4人を眺め、視線を横に向ければ無言でディテールを刻み出す吹雪と、その異様なクオリティにドン引きしている叢雲の様子が目に入った。
側面に綺麗なリボンが流れた様な装飾は確かに凄い。
視線を戻せば、響が得意気な顔で「すぱし〜ば」と達筆で描いていたので思わず笑ってしまった。
暁がそれを見てぷんすかぷんすか言っているが、響は俄然得意顔のままだった。
すると鳳翔さんが同じ様に笑いながら俺の傍へとやってきた。
「ふふふ、……本当にみんな幸せそうですね」
「スパシーバ、ありがとうか? ふふっ」
「これが貴方の守ってきた日常なんですよ?」
「じゃあ俺の誇りだな」
早起きした甲斐もあったものだ。
やがて、その看板は特大ケーキの上に乗せられ、特大クリスマスケーキは完成した。
吹雪が意匠を凝らして完成度の高い飾り付けの上に、可愛い文字とよくわからない動物の絵やサンタクロースの姿が描かれた力作である。
そして夕餉にみんなが集まった時、いよいよ持ってクリスマスパーティーが始まるのだ。
テーブルにはオードブル料理が並びチキンフライやポテトなど洋食中心、そして特大ケーキの他に買ってきたホールケーキまでも一緒に並んでいる。
駆逐艦はノンアルコールだが、シャンパンが注がれたグラスを全員が手にした時、俺は音頭を告げる。
「よし! 今日はこの鎮守府初のパーティーだ、楽しんでくれ! 乾杯!」
その言葉に、全員が同じ言葉を返した。
「かんぱーい!」
わいわいと賑やかな笑い声が響き、ケーキを切り分けたり料理に舌鼓を打ったり。
今日ばかりはみんな戦いを忘れ、存分にパーティーを楽しんでいる様だ。
まぁ、ケーキ作りに参加したかったとお小言を頂いたりもしたが。
飲み慣れないシャンパンの味は新鮮だ。
普段はアルコール類は飲まないが、今日は特別美味しい気もする。
うっとりした顔でケーキを切り分ける赤城を眺めていると、龍驤が山盛りのチキンを皿に乗せてやってきた。
「ほら主役ぅ、ちゃんと食っとるかぁ? 赤城に食われる前に肉持ってきたで!」
「おお、悪いな龍驤」
「ええねんええねんこれくらい! こんな至れり尽くせりやってもらって何もせぇへんのがおかしいやろ〜!」
「いやそれでも良いんだよ。 見ろ、加賀が笑っているぞ? これは貴重じゃないのか?」
「ホンマやなぁ……、加賀も楽しくて浮かれてんのやろ。 山城と扶桑も幸せそうやし夢みたいな光景やなぁ」
「ただし明日で夢も終わるぞ? まぁその後すぐ年末年始の連休だけどな」
「……ちゃうねん。 いや違わんけど。 ……あかんわ、お礼言いたいねんけど、ありがとうじゃ足らんわ……」
その言葉に龍驤の方へ振り向くと、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「お、おい、どうした?」
「大丈夫や、昔思い出してな。 辛い日々ん中、ウチは沈んでもうたけど……アンタが連れ戻してくれて……、そんで、そんでこんな光景まで見せてくれて……ホンマ頭上がらへんよ」
「……おいおい、湿っぽくなるからやめてくれ。 俺はな、喜んでくれたらそれだけで遣り甲斐を感じるんだ」
そう言うと龍驤は袖で目を擦ると、今度は笑ってみせた。
「……ならそうさせて貰うわ。 ほなウチを喜ばす為に何か一発芸やってや!」
「無茶振りだなオイッ⁉︎」
「男やろ〜? ちょっと良いとこ見せてやぁ?」
先程とは打って変わった龍驤はパンパンと背中を叩いてきた。
その行動はそれなりに目立っていたのか視線を集める。
「何々? 提督が何か面白いことするの?」
「せやで! でかいのくるでみんな見とけやぁ〜っ!」
そして際限なくかち上げられたハードル。
俺は溜息を吐きながらも席を立つと厨房の中へと向かった。
その様子に天龍が不満げに言った。
「おい逃げるなよ提督!」
「良いから待ってろ。 下手でも文句言うなよ?」
俺はアコースティックギターを取り出して席に戻ると、艦娘達は意外そうな顔をしていた。
時に言葉が通じない相手でも楽しみを共有させる方法がある。それは音楽だ。
音楽は全世界共通の魅力の1つなのだ。
俺は適当にチューニングを行うと、コホンと1つ咳払いをして弦をポロポロと弾き始めた。
静かな音色のイントロを奏で、歌詞を綴る。
「Last Christmas I gave you my heart ♪ But the very next day You gave it away♪ You gave it away This year To save me from tears I'll give it to someone special ♪」
「はっ? 普通に上手いやん⁉︎ 反応に困るわ‼︎」
「り、龍驤さん、しぃーっ!」
「き、聴いたことある曲……」
「那珂ちゃんピンチかも……」
どっぷり失恋ソングではあるが「ラストクリスマス」は世界的知名度が高く、多くの人を楽しませる事が出来るのだ。
音楽は知名度を優先した方が盛り上がる場面が多いのである。
それに弾き語りのアルペジオは、ある程度練習を重ねれば割となんとかなったりする。
弾き語りを終えると拍手まで飛んで来たので、俺は得意顔で龍驤を見た。
「さぁて、俺は無茶振りに応えたぞ? 次は龍驤がやらないとな?」
「うぐぅっ⁉︎ じ、自分……今どんだけハードル上がってるのかわかっとるんか……⁉︎ 堪忍やでぇ……」
「いやアンコールでしょ」「アンコールだよね」「アンコールなのです」「アンコールですね」
「アンコール! アンコールッ!」
「アンコール! アンコール! アンコール!」
突如湧いたアンコール、助け船来たりと龍驤は流れに乗った。
口惜しいが、この流れに乗らなければ男が廃ると言うものだ。
「ちくしょう! 次はWe are the worldだ! 行くぞーっ!」
「わぁぁぁっ!」
歓声と共に俺は再び弦を弾いた。
クリスマスパーティーはまだ始まったばかりだ。
加賀side
おはようございます、加賀です。
先日のクリスマス二連休も終わり、今年最後の警備任務も終わった鎮守府は年末年始の連休に突入しました。
連休中も最低限艦娘が鎮守府に滞在する決まりがありますが、深海棲艦が年末年始に襲撃した事は過去一度もありません。それでも念の為。
朝食を終えた私は、年末くらい訓練をやめて羽を休めのんびり過ごそうと考えていると、裏庭の方から白い煙が昇っていくのが見えました。
一体何事かしら? 火事だとしても煙は小さいし……。
足を運ばせると提督が鉄製のかまどに火を付けてセイロで何か炊き出しを行っていました。
煙の正体は炊き出しの様です。 提督は薪を投げ入れて木の棒でつついて火の番をしている様です。
そしてその横にあるのは……木製の杵(きね)と臼(うす)?
成る程、流石に気分が高揚します。
提督は餅つきを行うつもりの様です。
一航戦の誇りに賭けて、これは手伝う他無いわね。
「おはようございます、提督」
「おっ、おはよう加賀。 早速1人釣れたみたいだな」
提督はそう言って愉快げに笑いました。
釣れた、と言うのは私の事なのでしょう。 提督は事前に告知しなくても艦娘が勝手に集まって来ると踏んで1人火の番をしていたのかしら。
「煙が上がっていれば、誰だって様子を見に来ると思うのだけれど」
「ふふっ、それもそうだな」
「それで、お餅をつくのかしら」
「流石に判るか? 俺はつきたての餅が大好きでな……、加賀は食べたことあるか?」
「いえ……」
「そうかそうか、店で売ってるのとはまるで違うぞ」
「そう……」
「市販のお餅は舌触りがツルツルしてるだろうが、つきたては違う、ザラッとして甘みがある。 アレが美味いんだよなぁ……、醤油につけてそのまま口に放り込んでもいいし、おろし醤油と合わせても良いなぁ……酒が美味いぞぉ」
この人は朝食を食べたばかりだと言うのに何て事を言うのかしら。少しお腹がすきました。
かまどは二段になっていて、1段目は羽釜と呼ばれる鍋で中には熱湯が入っており、その上にセイロを置いて餅米を蒸しているそうです。
提督はセイロの蓋を持ち上げて菜箸を刺して餅米の具合を確かめ始めました。
箸はあまり抵抗なく刺さった様に見え、既に良い匂いがします。
そこへ鳳翔さんが大きな板を両手で抱えてやって来ました。
お餅を広げる為の道具でしょう。
「あら、1人目は加賀さんですか」
「鳳翔さんは知っていたのですね」
「ふふっ、餅つきは最低でも2人いないと大変ですからね、私は保険です」
確かに餅つきは、お餅をつく“つき手”と、お餅を返す“合いの手”がいたわね。
それにしても、最近鳳翔さんと提督の距離が近い……ような。
「よし、良い感じだ……、捏ねるかぁ」
提督はそう言ってセイロをずらして羽釜から熱湯を柄杓(ひしゃく)で掬って臼に振り撒くと、セイロから蒸し布巾を引っ張りだして餅米を持ち上げて臼の中へ入れました。
そして杵を持って、臼の周りをクルクル回りながら体重を掛けて餅米をすり潰し始めます。
結構思い切り力を入れている様に見えるわね……。
「ふっ! ぬっ! ……あーしんどい!」
「ふふふっ、提督頑張って下さい」
鳳翔さんは楽しげに応援しながら、水が入ったバケツを臼の近くに置きました。
やがて餅米が潰れて粘りが出てお餅になったところで、鳳翔さんはバケツの水で手を濡らしてお餅を整え始めます。
「よし、じゃあ行くぞ!」
「はい!」
間も無く、餅つきが始まりました。
提督が杵を振り下ろし、鳳翔さんは素早くお餅を返します。
ペッタン、ペッタンと愉快な音をテンポ良く響かせて、お餅は次第に目が細かく丸くなっていきました。
2人は息があっているのか、つくペースも乱れが無く一定で、響く音も心地良い。
「こんなもんか……! 頼むぞ鳳翔さん!」
「は、はい!」
鳳翔さんはお餅を両手で持ち上げて急ぎ足で板の上に乗せました。
板の上には予めビニールが敷かれていて、その上に片栗粉をまぶしてお餅がくっ付かない様になっているそうです。
乗せられたお餅はツヤツヤした大きなお饅頭のようです。
私がお餅を見ていると、提督が話し掛けて来ました。
「ちょっと千切って食べてみるか?」
「えっ……、良いのかしら……」
「中々出来る体験じゃないと思うぞ?」
「そう言う事なら……」
私はお餅から1つまみ摘んで口に入れました。
提督の言っていた通り、舌触りはザラッとしていて歯応えも市販のお餅とは違う。
そして何よりお米の甘みを凝縮させたような風味が口内に広がる。
「美味しい……」
「だろう? じゃあ次は加賀がつく番だな!」
提督はそう言って、水に浸した餅米を持ってきてセイロに掛け始めました。
「私、杵なんて持った事ないわ」
「そんなに難しくはないぞ。 持ち上げたら、後は杵の重さで振り下ろすだけだ。 力は要らないからな?」
「そ、そう……」
話している間に鳳翔さんがお餅を平べったく伸ばして置いた板を食堂へと運び始めました。
そして入れ違いで第六駆の4人がやって来ました。
あの子達は何時も一緒なのね、微笑ましいわ。
「おはよう司令官、加賀さん! 良い朝だわ!」
「ペッタンペッタン聴こえたと思ったら、やっぱり司令官さんなのです!」
「ハラショー、お餅つきだね?」
「お餅なら、きな粉が美味しい筈よね?」
「おはようございます。 提督、大漁と言えば良いのかしら?」
「そうだな。 おはようみんな」
提督は火の番をしながら第六駆の4人に説明を始めました。
私はその光景を眺めていると、今度は赤城さんがやって来ました。
「あれ? 加賀さんこんな所に居たんですか?」
「ええ、煙が上がっていたから来てみたの。 そしたら提督が餅つきをしていたわ」
「さっきの美味しそうな音の正体はお餅ですか!」
赤城さんは目を輝かせて提督の方へ駆け寄りました。
「提督! おはようございます! それでお餅は何処ですか⁉︎」
「お、おはよう。 お餅なら食堂だが、まだ食べちゃダメだぞ?」
「そんなっ⁉︎」
「今ついてるお餅は、平たく伸ばして固まって来たところで切り分けるからな。 昼頃にはすぐ食べる用のお餅をつくつもりだ」
「わかりました。では昼頃にまた来ます‼︎」
赤城さんはそう言って踵を返したので思わず足払いをしてしまいました。
転んだ赤城さんは涙目でこちらを見ました。
「か、加賀さん⁉︎」
「……赤城さん、働かざるもの食うべからずと言う言葉をご存知かしら?」
「加賀さん、つきたてのお餅を前に私が黙って見ていられると思いますか⁉︎」
「安心して下さい。 手を出したら爆撃します」
赤城さんは最近になり図々しい程に素直になりました。
提督のお陰なのでしょうが、これが本当に良い事なのか考える事があります。
私も食べるのは好きですが、赤城さんを見ていると冷静になれます。 はしたない所を見せたくないもの。
その後も音に釣られた艦娘や、煙が気になってやって来た艦娘が続々と裏庭にやってきては挨拶を交わしていました。
そして提督から説明を受けると目を輝かせます。
赤城さんは冗談だったとして、餅つきを前に帰ろうとした艦娘はいませんでした。
裏庭を離れた娘もいたけど、仲間を呼びに戻った感じね。
提督は人が増えると判っていたのか、もう一個臼を転がして来ました。
それに気付いた艦娘が何人か率先して手伝いに行きます。
その間は私が火の番をしていたのだけれど、駆逐艦達はずっと提督の後ろをついて回って、まるで親鴨と雛鳥のよう。
群がる駆逐艦達は、提督に頼まれて杵を3人がかりで運びます。
杵を運ぶのに3人も必要無いと思うのだけれど、楽しそうだから良いでしょう。
提督は蓋を持ち上げて菜箸で餅米の具合を確かめます。
「頃合いだな……。 加賀、ここからはスピード勝負だ」
「え、えっと」
「大丈夫だ。 すり鉢をイメージして米をすり潰していけばいい。 ただ体力使うぞ〜?」
提督はそう言って私に杵を手渡しました。
杵は見た目程重くはないけれど、重心が偏っていて持ちにくい。
提督は餅米を臼に入れたので、私は提督がやっていたのを思い出しながら見様見真似で餅米をすり潰し始めました。
確かに、これは重労働ね。 潰れたお米は粘りが出て杵が重くなるし、量が多いから何度も杵を持ち上げる必要がある。
提督がしんどいと零していたのも納得ね。
「おっ、おっ、センスあるな加賀は」
「……そうかしら」
自分では良く分からないわ。
でもちゃんとお餅になって来たし、上手くは行ったようだけれど。
提督はお餅の具合を見て満足そうに頷くと、パンパンと手を鳴らして注目を集めました。
「よーしっ、これから加賀が手本を見せるからな! お前達にも餅つきやって貰うつもりだから、みんな参考にしろよー?」
「ちょ、ちょっと……」
提督はたまに意地悪を言います。
艦娘達も判っているのか判っていないのか、それでも元気よく返事をして私に視線を向けました。
でも……提督の意地悪は、人をからかうと言うよりも場を盛り上げようとする目的が分かるから、悪い気はしないけれど。
いいわ、乗りましょう。
「鎧袖一触よ、心配いらないわ」
「餅は敵じゃないぞ、この場合は、精神一到かな?」
提督はそう言って楽しげに笑いました。
精神一到は、確か、集中して物事にあたれば出来ないことは無いという意味だったかしら。
今の私にピッタリな言葉ね。
「精神一到よ、心配いらないわ」
いつの間にか戻って来た鳳翔さんが、合いの手の準備をして目で「いつでもどうぞ」と合図を送っています。
私は杵を振りかぶって、あまり力を加えず、重量を活かして振り落としました。
打ち付けられたお餅がペタン!と音を響かせて、艦娘達も小さな歓声をあげました。
すぐに杵を振り上げると、鳳翔さんはすかさずお餅を返します。
再び杵を振り下ろすと、今度は強い手応えと一緒にペッタンと愉快な音が鳴りました。
提督がついていた時と同じ音です。
「おっ、やっぱりセンスあるな! でも餅をついたら早く振り上げないと、餅が引っ付いて一気に杵が重くなるぞー!」
「んっ」
提督の言葉通り、私は出来るだけ早く杵を振り上げます。
次第にお餅も粘りが出て、ついたときの抵抗も強くなっていきました。
でも、コツは掴めてきたわ。
ペッタンペッタンとリズム良くお餅をついて、鳳翔さんも息を合わせてくれます。
その様子を見ていた夕立さんと時雨さんがソワソワしながら提督の袖を引っ張り始めました。
「た、楽しそうっぽい! 夕立もやりたい! ねぇ〜提督さ〜んっ」
「ぼ、僕も良いかな?」
「わかったわかった、セイロ追加するから待ってろ」
催促されながら提督は再び餅米の準備に取り掛かりました。
羽釜に水を追加して、今度はセイロを2段重ねです。
お餅を返していた鳳翔さんがお餅の具合を見て言いました。
「んっ、良い感じですよ。 杵をバケツにつけて下さい」
「はい、判りました」
言われた通りに杵の頭をバケツにつけると、鳳翔さんはお餅を前に気合を入れ始めました。
つきたてのお餅はとても熱くて重く、もたもた運ぶと落としてしまうからでしょう。
先程の光景を思い出した私は、臼の前に板を持ってきて、いつでもお餅を乗せられる様に構えました。
「ありがとうございます、加賀さん」
「いえ、当然の事をしているだけです」
鳳翔さんがお餅を乗せると、板はずっしりと重くなりました。
私が折り畳みテーブルの上にお餅を運ぶと、鳳翔さんが丸い棒でお餅を伸ばし始めました。
そこへ赤城さんの声が響きます。
「ひ、ひと口だけ! ひと口だけーっ!」
「だ、ダメなのです! みんな我慢してるのですぅ!」
「ダー、私達はこんな事もあろうかと対空砲を装備して来た。対食う艦隊だ」
「赤城さん、気持ちは判るけれど大人のレディなら我慢するべきだわ!」
赤城さんは第六駆の4人に行く手を阻まれていました。
今だけは一航戦の名を口にしないで欲しいわね。本当、恥を知りなさい。
流石の赤城さんも駆逐艦に釘を刺されると堪えるのか、大人しくなりました。 いい薬です。
その後は、みんな順番にお餅をつき始めました。
天龍さんが杵で臼を強打して壊しかけたり、金剛さんが杵にお餅をくっ付けたまま振り上げて大惨事になり掛けたり、島風さんが速さを求めて合いの手をしていた那珂さんの手を潰しかけた時は流石に提督が注意してたわね。
赤城さんは合いの手を名乗り出たと思ったら、お餅を返す度に口に運んでいたので簀巻きにしました。 暫くあのままです。
提督、貴方は笑っていたけれど少し甘過ぎるのよ……。
お昼頃になると、吹雪さんと叢雲さんが折り畳みテーブルを追加し始め、鳳翔さんが大きな鍋を持ってきました。
鳳翔さんの後ろに並んで、同じ様な鍋やボールを両手に持った第六駆の4人も。
その様子を見た提督は、餅つきをしている高雄さんと愛宕さん、大和さんと龍驤さんに話し掛けました。
「よーし、いい具合につけたら板に乗せずそのままにしてくれ」
「はぁーい!」
「了解ですわ」
「畏まりました!」
「ほほぉ? もう昼時やからなぁ……」
鳳翔さん達が持ってきた大きな鍋には具沢山な豚汁が、ボールには餡子、きな粉、おろし醤油、おろしポン酢がそれぞれ入っていました。
提督はボールを片手に臼の前で屈み込むと、お餅をひと口サイズに千切って丸めてボールに投げ入れました。
それを見て意図を察した艦娘達も後に続き、それぞれのボールにお餅が投入されかき混ぜられます。
鳳翔さんがプラスチック容器に入った豚汁を手渡してくれました。
「はい加賀さん、どうぞ」
「ありがとうございます」
私はその豚汁を見ます。
豚肉、ニンジン、ゴボウ、里芋、コンニャク、刻みネギがまろやかな色合いのスープに浮かんでいます。
すごく美味しそうだけれど、少し足りない。
すると提督が声を掛けて来ました。
「ほら加賀、七味だ」
「……流石ね」
「やっぱ豚汁には七味が無いとだよなぁ……」
「判ります」
私は七味を受け取り、豚汁に振り掛けます。
提督は再び火の番をしながら食事を取るようで、かまどの方へ歩いて折り畳み椅子に腰を落としていました。
「各々食べ始めていいぞー! 赤城もそろそろ解放してやれ。 なんか目が怖い」
その言葉を合図に艦娘達は味付けしたお餅や豚汁に手を付け始めました。
私は血涙を流し始めた赤城さんを解放します。
「あ、あぁ……このままお昼抜きかと思いました……」
「少しは反省しなさい……」
赤城さんにも豚汁を手渡して、適当な場所に腰を掛けて一緒に並んで口にします。
味噌ベースの豚汁はとても暖かく、冬の風に冷えた身体に熱を灯すよう。
「美味しいわね」
「んっ、上々ね。 ポン酢のお餅も最高です……! 」
赤城さんは既にお餅に手を付けているようです。
確か、提督はおろし醤油だったかしら。
私はおろし醤油に和えられたお餅を口にしました。
ひんやりとした大根おろしと、まだ熱の残る柔らかいお餅。
そしておろし醤油の辛味とお餅の甘みが程よく、提督が酒が旨いと言っていた理由も何と無くわかります。 日本酒に本当に合いそう。
駆逐艦達には、きな粉や餡子が人気のようです。
叢雲さんも頬に餡をつけて夢中に頬張っていました。 彼女は何だかんだ甘い物に目が無いようね。
第六駆は提督の周りを陣取って、雷さんが餡子餅を食べさせようと奮闘しています。
提督は恥ずかしいのか、それだけは毎回阻止して未だに雷さんが食べさせる事に成功した事はありませんね。
既に鎮守府全員の艦娘が集まった裏庭は、寒さに負けずとても賑やかです。
提督はそんな中、ひと際大きく声を張り上げましました。
「食べ終わったらすぐ次の餅の準備だぞー! まだ半分も終わってないから根性見せろよーっ!」
煽るような言葉ですが、艦娘達は口を揃えて元気に返事をします。
「はーいっ!」
冬の寒さにも負けない暖かな空気を感じます。
時に焚き火の煙に燻されむせたりしながら、午後の乾いた空に再びペッタンペッタンと愉快な音が響き始めました。
今日はきっと暗くなるまで賑やかなままね。
篠原side
今日は12月29日。
昨日は餅つきを行なったが、今日の予定は何も無い。
出撃も無ければ執務も無い、素晴らしい日だ。
31日は流石に何かやるつもりだが、今日明日は寝て過ごす所存だ。
何かやろうにもこの部屋には何も無い。
シングルベッドを置いたら部屋の4分の1が埋まった。
それに加えて小さなタンスとテレビを置いたら2分の1になり、折り畳みのテーブルを広げたらベッドの上程度しかスペースが無くなる。
大体シングルベッドが悪いのだが、何だかんだ気に入っている。
布団にすれば良かったなんて今更過ぎる後悔なんてしていない。本当だ。起きて半畳寝て一畳と言うだろう。
そんな事を考えながらベッドに横になり、テレビをつけてニュースを眺めているとノックの音が響いた。
玄関を開けると鳳翔さんが、カゴを抱えて立っていた。
「おはようございます、提督」
「おお……、おはよう鳳翔さん」
「今朝はお雑煮を作ってみました。 上がってもよろしいですか?」
「本当、いつも悪いな。 凄く助かる」
鳳翔さんは「いいえ」と笑顔で返事をすると、靴を脱いでキッチンの方へ向かった。
朝7時過ぎ、みんなは朝食を終えた頃だろうか?
いつも始業が8時なので、基本的に俺はそれまでゆっくりしている。
カチャカチャと食器の鳴る音を響かせながら、鳳翔さんは盛り付けを始めている。
最初はここまで甲斐甲斐しく世話を焼かれるのは抵抗があったのだが、小さな音色で鼻歌まで聴こえてきたので、俺は出来るだけ気にしない様にしていた。
鳳翔さんが毎朝訪ねるようになってから、食器は増えたし、調味料も増えて、冷蔵庫にも食材が少し置かれるようになった。
鳳翔さんが盛り付けをしている間に、俺はテーブルを広げて布巾で拭き始めた。
そして間も無く、鳳翔さんが盛り付け終わったのでベッドに腰掛ける。
「どうぞ、お雑煮と、ほうれん草の胡麻和えと、筑前煮と、炊き込みご飯です」
「おおっ、なんだか凄いな……」
「ふふふ、腕に寄りを掛けました、ゆっくりと召し上がって下さい」
「ありがとう、いただきます」
俺が食べ始めると、鳳翔さんはテーブルの向かいに正座してニコニコと様子を伺っている。
前にそれが気になって姿勢を崩しても良いと言ったのだが正座をやめないので、急遽座布団を買ってきてソレに座ってもらうようにしたのだ。
鳳翔さんの位置からでもテレビは観れるので、それを話のネタにしたりもする。
「あら……年明けに雪が降りそうですね、結構積もるみたいです」
「ん、本当だな。 寒波が来るのか……、太平洋側に積雪は珍しいんじゃないか?」
「そうですねぇ……、私がここに居る間は雪が舞う事はあっても、積もる事はありませんでしたね」
「降り出したら出撃も遠征も禁止だな……、その代わりに雪掻きか。 んっ、やっぱ雑煮は美味いなぁ……」
「ふふふっ、艦娘の皆さんも沢山お代わりしてましたよ?」
「自分でついたお餅は格別だろうしな。 それに鳳翔さんの腕が加われば最強だな!」
「ほ、褒め過ぎですよ、もうっ」
鳳翔さんの用意する朝食は結構量がある。
普段軽めに済ませていたので最初こそキツかったが、慣れるとスルスルと胃に入る上に、朝の集中力が段違いなのだ。
高めのカロリーはエネルギーに代わり、その日疲れにくい身体にしてくれるのだろう。
身体の疲れやすさは歳のせいかと思っていたが、単純にパフォーマンスが低下していただけだったのだ。
そして何より、美味い。
日に日に俺好みの味付けになっている様な気さえする。
そのせいか置いた調味料をついぞ自分で使った事が無い。
俺はあっという間に食器を空にすると手を合わせた。
「ご馳走さま、今日も美味しかった」
「お粗末様です。 お台所、お借りしますね」
「いや、今日は自分で洗うよ、流石に申し訳ない」
「大丈夫ですよ、洗い物している内にお着替えをして下さい」
「ふふっ、鳳翔さん今日は休みだぞ?」
「あら……」
鳳翔さんは口元を抑えて照れ笑いを浮かべた。
「ではひと足先に戻って食堂で仕込みをして参ります。 提督、お昼はちゃんと食堂にいらして下さいね?」
「ああ、わかった。 いつも悪いな」
「良いんです、では……」
鳳翔さんは丁寧なお辞儀をすると鎮守府に戻っていた。
誰も居なくなった部屋で、俺はひとりごちる。
「……俺のダメ人間化がやばいな……」
客観的に見れば、普段食堂で忙しい者に朝食を作らせた上に運ばせて、食べ終わるまで待たせた上に洗い物すら任せている。
しかし鳳翔さんは、それに留まらず洗濯物にまで手掛けようとしていたので流石に阻止した。
パンツまで洗われる様になったら俺はもう立ち直れないだろう。
そこまで行ったら流石に寝床を鎮守府に移す。
つまり鎮守府に寝床を移せばどうなろうとも俺の生活は完全に鳳翔さんに管理されるのだろう。
恐らく朝は目覚ましも要らずに揺すり起こされ、飯は勝手に出てきて、服は脱いだ物をカゴに入れておけば勝手に洗われるのだろう。
飲み物や間食も自分で買いに行くまでも無く用意されて、寝る頃にはシーツが取り替えられたベッドが待っているのだろう。
鳳翔さんならそれくらいしそうだ。
完全なダメ人間にならない為に、この4畳半は最後の砦なのだ。
さて、それでも今日は少しだけダメになって良い日なのだ。
洗い物を終えた俺は二度寝をするべくベッドに横になろうとしたら、再びノックの音が響いた。
鳳翔さんの忘れ物だろうか、と考えながら玄関を開けると、私服の響が立っていた。
改装してヴェールヌイと登録されているが、呼び慣れた響で通っている。
「響だよ。 ピンポンは鳴らないんだね」
「どうしたんだ? 因みにピンポンは断線してる」
「暇だから遊びに来たよ。 ダメだった?」
俺は少し考えた。
これを許してしまえば、艦娘が入り浸る事になり得るかも知れない。
その事は上官としてあまりよろしくない事態だろう。
しかし、折角訪ねてきたのに追い返すのも忍びない。
1人みたいだし、今日は大目に見てやるか。
「……俺の部屋には何も無いが、いいのか?」
「うん、お話とか、ゲームして遊ぼう」
「ゲームねぇ……、まあ分かった。 狭いけど上がってくれ」
「スパシーバ」
俺は身体を逸らして道を譲るが、響は振り返って背を向けた。
「みんなー、あがっていいって」
「本当なのです⁉︎」
「流石響ね、やるじゃない!」
「司令官、レディを部屋にあげるんだからちゃんともてなしてよね!」
何処からか身を潜めていた電、雷、暁が現れて「お邪魔しまーす」と言いながら俺の部屋にトコトコと上がり込んできた。 ……嵌められた。
「信頼の名はどうした……」
「響だよ」
響はあっけらかんとした表情のまま玄関をあがって行った。
そして電は部屋を見回して一言。
「凄い圧迫感なのです……」
起きて半畳寝て一畳の言葉通りなら、お前達4人で2畳使っているんだぞ。
シングルベッドは大体1.2畳半だ。そりゃ狭くも感じるだろう。
雷は真っ先に冷蔵庫の確認を始め、暁は座る場所を探してウロウロしている。
「4畳半なんだ……、ベッドをソファー代わりにしてくれ……」
「……っ⁉︎ レディーをベッドに誘うなんて⁉︎」
「いや本当そこしか座れないぞ?」
「本当にそうみたいだわ……。仕方ないわね」
暁がベッドに腰掛けたところで、響は屈み込んでベッドの下に目を通し始めた。
「……響?」
「……司令官の好みを探ろうと思ってね。 流石にこんな安直な場所には置かないか……」
何を探しているのか気になったが、ろくな返事が来ない事だけは判ったので聞くのをやめた。
響と電がベッドに座り、暁と三人並んだ所で雷が妙な事を言い出した。
「……おかしいわ。 私達の朝食と同じ匂いが残ってる……」
「お前は犬か何かか?」
「食器も洗ったばかり……、だけどガス台が無いわ……⁉︎ と言うか冷蔵庫と電気ケトルしかないわ!」
ヤバイ、消去法で特定されかねない。
俺は話題を逸らそうと言葉を発しようとした時、響が座布団を手に近寄ってきた。
「……鳳翔さんだね? よく一緒に料理を作るから、鳳翔さんの匂いは何となくわかるんだ」
「……」
第六駆、恐ろしい子達である。
流石に観念した俺は、目を逸らしながら言った。
「自炊せず買い食いで済ませてたら鳳翔さんにこっ酷く怒られてな? ……それからと言うもの毎朝朝食を持ってきてくれるんだ」
「通い妻かな?」
「はわわ、響ちゃんそれどう言う……」
「いや違うからな。 真に受けるなよ?」
響は電に耳打ちで何か話すと、電と一緒に聞き耳を立てていた暁まで赤くなっていた。
俺はその光景を見て遠い目をしていると、雷は悔しそうな顔をしながら言った。
「鳳翔さんだけズルいわ……! 私だって司令官のお世話したい!」
「……遠征で沢山お世話になってるだろ?」
「違うの、司令官のお世話をしたいの!」
「あ〜……。 ……そうだ、DVDがあるからみんなで観るか」
俺はヤケクソ気味に話を逸らそうとしたが、雷は何故か脱衣所のドアを開けようとしていた。
洗濯機は最後の砦である。
俺は死守すべく雷の脇を掴んで持ち上げた。
「きゃっ⁉︎ 何するのよ⁉︎」
「こっちの台詞だ、大人しくしなさい」
俺は何とか雷をベッドに座らせて、テーブルをたたんで向かい合うと胡座をかいて座った。
雷はふて腐れた様に口を尖らせたままだが、これで何とかパーソナルスペースを確保する事が出来た。
「さて……、それでどうするか? 先程言った通りこの部屋には何も無いぞ? DVDなら少しはあるが……」
「司令官さんは1人で何をしようとしていたのです?」
「俺は二度寝だな……。 まぁ、もう目も覚めたが……」
「なら二度寝しようじゃないか」
響はそう言って素早い動きで布団の中に潜り込んだ。
電と暁は慌てて響を引っ張り出そうとする。
「はわーっ⁉︎ 何やってるのです⁉︎ 早く出るのですーっ!」
「そうよ! みっともないわ!」
「……毛布は上等な物を使っている様だね、軽いのに暖かくてサラサラでフワフワだ。 それに司令官の匂いがする」
「じ、実況してないで早く出るのです!」
響は剥がされまいと対抗し、転がって自ら簀巻きになり籠城を始め、電と暁は布団を剥がそうと引っ張り出した。
俺は苦笑いしながら言った。
「……布団で遊ぶのは構わないが、破かないでくれよ? ……引っ張ってるそれ、結構高い奴なんだ」
「は、はわっ⁉︎」
「手触りの良い布団だと思っていたけど……!」
「ハラショーだね」
電と暁は引っ張るのをやめたが、響をどうしたものかと悶々し始めた。
第六駆の艦娘が揃うと、どうしてこうも収集がつかないのだろうか。
俺は匍匐で脱衣所に向かおうとしていた雷を捕まえながらそう思った。
雷をベッドに再び座らせた所で、俺はとりあえずDVDの束を取り出した。
中古で買った某有名アニメ映画シリーズの1枚をプレイヤーにセットして映像を流し始めた。
すると電と暁は大人しくなり、座って画面を眺め始めたので、俺は再び脱衣所に向かおうとした雷を捕まえて逃げられない様に胡座の上に座らせた。雷は更に不貞腐れて両頬を膨らませていた。
響は布団から顔を出すと、こっちを見ながら言った。
「あすなろ抱き?」
「妙な言葉を知っているんだな。 こうしてないと何するか判らないんだ」
「これじゃあ私が甘やかされてるみたいだわ! せめて場所を変わって!」
俺が雷の胡座の上に座ったら大変な事になりそうだ。
とにかく俺は雷の拘束を解くわけにはいかない。
何度も言うが洗濯機は最後の砦なのだ。
「よしよし、雷ちゃんワガママ言わないの」
俺はわざとらしい言葉を使いながら、雷の頭をぐりぐり撫でた。
すると風船の如く膨れた頬が更に大きくなった。
「むぅ〜〜〜っ‼︎」
「どうした? お菓子食べるか?」
「もう! 司令官、後で酷いんだからね!」
今より酷くなる事なんてあるだろうか。
不満を表情で表す雷は、どうして俺を構いたがるのだろうか。
「なぁ雷、今日はどうしたんだ? らしくないじゃないか」
「……だって、私も司令官の役に立ちたいわ」
「十分立っているぞ?」
「でも司令官、全然頼ってくれないじゃない」
雷はそう言うと振り向いて俺の目を見てきた。
その瞳は何処か不安で揺れている。
「雷、俺はな、お前に凄く感謝しているし、勇気を貰っているんだぞ? 俺が皆と距離を置いてしまった時、お前は何時もおにぎりを握ってくれただろう? それがどんなに嬉しかったか分かるか?」
「……」
「見捨てられていない、まだ見てくれている。 それだけで凄く救われたんだ。 今もずっと感謝している。 だから雷、俺がまたダメになりそうだったら、頼らせてくれないか? 落ち込んだ時、お前の優しさは俺の勇気になるんだ」
「……し、仕方ないわね、どんなにダメになっても、私だけは見捨てないわ!」
「……そう言ってくれるとな、心強いんだ。 転んでも大丈夫だと知っているから迷わず歩ける。 ほら、俺はこんなにもお前に頼っているんだぞ?」
そう言うと雷は照れたように頬を染めて、やがてニコリと笑顔向けた。
「……嬉しいわ。 もっと、もっと頼れる様に、私頑張るわ!」
布団の中からその様子を見ていた響が言った。
「転んだら私が引き起こそう。不死鳥は何度でも蘇るのさ」
「い、電も頑張るのです!」
「そうね! 一人前のレディとして、艦娘として司令官を支えるわ!」
普段纏まりのない第六駆は、こういう時には団結するようだ。
違う形の歯車が一気に噛み合わさって動き出したなら、きっと想像も出来ない力強さを見せるのだろな。
もしかしたら雷の相談を受けて、第六駆は一団となって部屋にやって来たのかもしれないな。
そこでふと疑問が浮かんだ。
「……そう言えば真っ先に部屋に押し寄せそうな艦娘がまだ一度も来てないな」
「ああ、金剛さんなら神通さんがマークしているからね。 司令官の朝の平穏は神通さんによって守られているんだよ」
「……マジか」
「マジなのです。 今朝はチョークスリーパーで落とされていたのです」
俺はふと、艦娘達の朝食の光景を思い出した。
あの時、金剛がげんなりしていたのは、朝一番に絞め技を食らったからなのか。
先輩扱き的に走り込みを行なっていたと思っていたが、想像より遥かにキツい内容であった。
神通side
新年が明けました。
最後の日は年越し蕎麦が振舞われ、例外的に0時過ぎまで食堂が開かれてちょっとした宴会まで催されました。
そして元旦は提督が人員輸送車を借りて来て、全員が近所の神社に初詣でに向かい、1年の感謝と今年の抱負を祈る事が出来ました。
朝食には豪華なおせちが振る舞われ、龍驤さんや香取さんが早速日本酒を嗜んでいました。
龍驤さんが「これで角が取れるんちゃう?」と鬼ごろしを勧めてきたのでご返杯しておきました。
その後、提督はお年玉をみんなに配り始めました。
なんと1人1万円です。
私も頂いてしまいましたが、空母や戦艦の皆様にも同様に手渡していたので提督の財布が少し心配です。
お年玉が配られた後、食堂には初売りのチラシなどが置かれて元日は多くの艦娘が出入りしていました。
1人当たりの娯楽費用に当てられた額を多少超過しても、お年玉から差し引いて頂けるそうです。
普段から提督へのプレゼントを考える艦娘も多かったのですが「娯楽費で俺の私物が増えるとかなり不味い事になる」と釘を刺されていましたが、お年玉となれば話は別かも知れません。
お年玉も元は提督のお金ですが、やはり何かお返しをしたいのです。
私は秘書艦を担っているので判りますが、12月決算報告書には特大クリスマスケーキや餅米、杵と臼のレンタル費は記載されていなかった事から、それらも提督の私財から出された物だと言う事が伺えます。
そして娯楽費も余裕がある月末は「これだけあればアレ買ってやれるなぁ」とこぼしています。
父親が娘や息子に抱くソレに近い、と大淀さんが仰ていました。
優し過ぎるのです、あのお方は。
なので、この1万円を有効活用するべく、私は情報収集から手掛けました。
提督の部屋を訪ねた事がある電さんに話を聞いてみました。
「司令官さんが欲しがりそうなもの、ですか?」
「はい。 何か無いでしょうか……」
「……広さ、でしょうか」
「ひ、広さ?」
「4畳半にベッドを置いているので非常に狭いのです」
困りました。
1万円ではアパートの部屋を拡張する事は出来ません。
因みに、これは私だけが知っている事なのですが、提督のアパートの押入れには銃火器を保管する頑丈なケースがあるそうです。
それで大きな敷布団は仕舞えないからベッドを選んだそうです。
緊急時のために教えて頂きました。
余談ですが、鎮守府内に銃火器を置く場合は別で管理する人員が必要になる為、難しいそうです。
因みに護身用の拳銃が提督には配布されますが、弾薬の管理などが複雑なので提督は個人用の拳銃を持ち歩いています。
本当はいけませんが特例として黙認されています。
続いて鳳翔さんに話を聞いてみました。
鳳翔さんは毎日朝食を届けに提督のアパートへ通っています。
あまり知っている艦娘は居ませんが、隠している訳ではありません。
「うーん……、提督が喜びそうな物……。 ガス台や電子レンジ……」
「何故無いのか分かり兼ねますが、あったとしても使わなそうですね……」
「身体を動かす前日だけはお肉を沢山食べていたそうですが、基本的に自分の食事には無頓着ですからね……」
提督は海外に身を置いていた時の食事は、かなり質素な物も多かったと聞きました。
味のしないレーションを隊員と分け合って空腹を凌いでいた時もあったとか。
時には野ウサギやヘビを捕まえてタンパク源にしていたとかも。ヘビは臭いがキツいらしいです。
あるものだけで満足する精神はそこから来ているのかも知れません。
余談ですがその精神に母性を刺激されて放っておけない艦娘が多く、鳳翔さんもその1人です。
他には雷さん、叢雲さん、龍驤さん、鹿島さん、大和さんが主に世話を焼きたがります。
昼食の際に提督のおかずを増やそうとあれこれ言う光景をよく目にしますね。
あれからも色々聞いて考えてみましたが、困った事が分かりました。
提督は、必要な物は“少し良いものを買う”傾向があるそうです。
ボールペンは2万円以上する高級ペンを愛用して、車はそこそこ値が張りそうなSUVです。
よく身に付けているジャージやシャツ、運動靴は頑丈なブランド品で、腕時計は自動巻の防水時計を用いています。
どれも1万円では足りません。
そんな時、元旦から歩き回る私の事が気になったのか吹雪さんが話し掛けて来ました。
「神通さんどうしたんですか? 探し物ですか?」
「吹雪さん……」
私は胸の内を打ち明けると、吹雪さんは目を輝かせながら言いました。
「確かに買った物をプレゼントするなら私達が出し合っても大した物は買えませんが……。 でしたら、作ればいいんですよ!」
「つく、る……?」
「はい、作りましょう! 司令官が喜びそうな物を!」
確かに、自作すれば値を抑えられるかも知れません。
「で、でもどんな物を作れば……」
「うーん……、そこなんですよねぇ……」
休日は限られている為、秘書艦である私は長く手掛ける事は出来ません。
2人で悩んでいると、そこへ青葉さんがやって来ました。
「お悩みのようですねぇ……、ここは一つ、青葉に妙案があるのですが、聞いてみます?」
青葉さんは笑いながらそう言いました。
そして、こっそり話を聞いていた様です。
問い正そうとも思いましたが、解決策があるのならそれに越した事はありません。
「青葉さん……、妙案とは……」
「司令官は日常や思い出を大事にしてますよね?」
「はい」
「でしたら、沢山の写真を飾れる大きなコルクボード等如何でしょう? 額縁とかみんなで作って執務室に飾れる立派な物を用意すれば、司令官も喜んで頂ける筈です!」
確かにコルクボードなら大きな物でも1万円でも収まります。
沢山の写真が増えていくコルクボードは、素敵かも知れません。
吹雪さんは熱が灯った様です。
「それはいいですね! 工作室に余った木材や塗料がありますし、必要な道具も揃ってますよ!」
「余った木材で足りるでしょうか……。 今はホームセンターも開いていませんし……」
「流木を拾いましょう……! 実は流木はアートとして使われる事もあるんです! 少し加工すれば額縁として申し分ない筈です!」
吹雪さんは目をキラキラさせて身体でやる気を示しています。
青葉さんは不敵に笑いました。
「では他の皆様にもご協力願いましょう……! 新年1発目のプレゼント大作戦、開始です!」
青葉さんは普段盗撮紛いの行動ばかりして度々問題になりますが、この時ばかりはとても頼もしく思えました。
「青葉さん、ありがとうございます」
「いえいえ〜っ! 司令官にはお世話になってますからねぇ!」
本当、至れり尽くせりですからね。
青葉さんはニコニコ笑っていたので、私も釣られて笑いました。
このまま綺麗にひと段落つくと思いましたが、そこへ声が響きました。
「ヘーイ! 提督へのPresentでしたら私も混ぜて下サーイ!」
金剛さんです。
彼女は以前バーニングラブと称して提督を襲撃して執務妨害して来たので少し絞めたのですが、その時から何かと張り合ってくる様になりました。
「ジンちゃんは私のライバルですが! 提督を想う気持ちだけは負けまセーン!」
「神通です。 ……まぁ人手が増えるに越した事は無いでしょう」
「oh! 鬼の目にも涙デス! サンキューね!」
「ひと言多いのですよ貴方は……」
金剛さんは毎朝アパートに突撃を試みるので要注意対象です。
そう言った意味でも近くに置いた方が良いでしょう。
こうして私達は一応団結してプレゼント企画に取りかかりました。
算段はこうです。
まず1月3日迄にコルクボードの額縁を仕上げます。
吹雪さんの設計では80cm×200cmの額縁を作り、ホームセンターで売っているコルクボードは60cm×90cmなので2枚嵌め込めるように仕上げます。
そしてホームセンターが開店したら買いに行き一気に完成させる手筈です。
吹雪さんはコルクボードを横からスライドして固定するレールを作るために工作室に篭りました。
難しそうなので手伝いを申し出ましたが、トリマーで一瞬と自信ありげに言っていたので、そこは彼女に任せる事にしました。
青葉さんと金剛さんと一緒に海岸の岩場で流木を探し始めます。
艤装をつけて海の上を行けば早いのですが、燃料を使ってしまうので陸側から探します。
金剛さんは早速岩の隙間に漂流した木を見つけた様です。
「うーん……、流木はあるにはあるけど、よく分からないネ」
「と言うかばっちくないですか? ……色も霞んでるし……」
そう言って青葉さんは流木を1つすくい上げました。
確かに色は霞んでいるし所々汚れも目立ちます。
「吹雪さんから聞いた話によると、先ずは形だけで選んでいいそうですよ。 とにかく手頃な大きさの流木を集めましょう」
「了解デース!」
「んっふっふ〜、青葉はこう見えてアウトドア派なんですよ!」
私達はそれぞれ持てる限りの大小様々な流木を集め、工作室へと持って行きました。
工作室では吹雪さんが立派な額縁の原型を作り上げていました。
作業台に乗せられた木製の額縁は、片面だけコルクボードを差し込む長方形の隙間が空いていて、内側にはしっかりと溝も掘られています。
私達が海岸に出て戻ってくるまで2時間程度しか経っていないのにここまで仕上げるなんて本当に凄いです。
額縁の表面を紙ヤスリで磨いていた吹雪さんは、私達に気がつくと作業をやめて駆け寄って来ました。
「おかえりなさい! 流木は見つかりましたか?」
「は、はい。 手当たり次第拾ってきました」
私がそう言うと、金剛さんが紐で縛って纏められた流木の束を吹雪さんに見せました。
グネグネと歪な形の物も多くて纏めきれてはいませんが。
「沢山拾って来たヨー!」
「おお……! 良い感じですね……」
吹雪さんは流木の表面を撫でながら言いました。
「では先ずは1つ1つ洗いましょう。 木の皮を全て剥がしてツルツルになるまでタワシで擦りますよ!」
洗浄のため、私達は場所を移動しました。
この鎮守府は元は学校だったので、蛇口は至る所にあります。
出来るだけ人目につかない様な場所が好ましいですね。
移動中の廊下の窓から、裏庭で折り畳み椅子に腰掛けて練炭を団扇で扇ぐ提督の姿を見かけました。
お餅を焼いているようです。
練炭を挟んで提督の向かい側には、島風さんがしゃがんでお餅を眺めています。不思議な組み合わせです。
恐らく、島風さんは駆逐艦の中で姉妹艦がいないので提督が話し相手になっているのでしょう。
建物の陰に赤城さんがいるような気がしますが、多分加賀さんが見張っているので大丈夫でしょう。
そんな微笑ましい光景を眺めながら廊下を歩いていると、金剛さんも提督に気付き窓を開けて何か叫びかけたので手刀を放ちました。
「うぐっ⁉︎ たっはーッ⁉︎ 何するネ⁉︎」
「……邪魔してはいけません。 行きますよ」
少しだけ力を込めましたが金剛さんは余裕そうでした。
日に日にタフになっている印象がありますね。
次はもう少し力を入れる必要がありそうです。
その後も廊下を歩いていると、窓からグラウンドで羽根突きをする第六駆逐艦の皆さんの姿が見えました。夕立さんや時雨さんも一緒です。
天龍さんと龍田さんがその様子を後ろから眺めて黄昏ています。
ですが響さんが筆を手に天龍さんににじり寄り始めました。
その瞬間龍田さんがニコニコ笑いながら天龍さんを羽交い締めします。
天龍さんが何か叫んでいますが、響さんは歩みを止めません。多分これから酷い事になるでしょうね。
外は寒いのにみんな元気そうです。
青葉さんはその光景を見ると、胸ポケットからデジカメを取り出しました。
ですが私が腕を動かした瞬間デジカメをしまって誤魔化すように笑っていたので、ここは誤魔化されておきましょう。
撮影は被写体に許可を得るべきなのです。
廊下を抜けて本館を出ると、工廠の裏側までやって来ました。
ここならば人目に付かず洗浄を行えるでしょう。
私達は分担して流木を洗い始めました。
真冬の野外での水作業は指先が凍りそうです。
金剛さんが小さな流木の表面を洗いながら小言をこぼし始めました。
「……ベリーコールドネ……」
「寒波来てますからねぇ……、もうすぐ雪が降るそうですよ……それも結構積もるとか……」
「そうなったらお休みも延長ネ……。 提督に褒めて貰えないデース……」
生身で出撃する艦娘は天候の影響を大きく受けるので、大雨もそうですが降雪中の航行は極端に効率が落ちてしまうのです。
視界が大幅に狭まりまともな舵取りも困難に陥る危険性も高いので、原則として悪天候時に出撃はありません。
私は黙々と流木を洗い、次の流木に手を付けようとしたら吹雪さんが声を上げました。
「あーーっ! そう言えば高圧洗浄機あるじゃないですか!」
「高圧洗浄機……?」
「はい! すっごい威力の水鉄砲みたいなやつです! 確か司令官が池作りの仕上げに使っていたはずです! ちょっと探して来ますね!」
吹雪さんはそう言って駆け出して行きました。
確かに提督は最後に池を洗うとき凄く強い水流を放つ道具を使っていた気がします。
少しの時間を置いて、吹雪さんは大きな掃除機の様なものを両手に抱えて走って戻ってきました。
「ありましたーっ! これで効率化ですよ!」
吹雪さんはコンセントから電源と取り、蛇口と高圧洗浄機をホースで繋ぎました。
そして送水ホースの先についた銃の形に似たノズルを構えます。
「えへへっ、行きますよぉ!」
吹雪さんは大きめな流木に狙いを定めてトリガーを引きました。
すると何か絞られる音と共にノズルの先から勢い良く水が吹き出しました。
流木にこびり付いた汚れや皮などを手作業とは比べ物にならない速さで根こそぎ落として行きます。
金剛さんは思わず拍手をしました。
「グレートだネ! 文明の利器は流石ダヨー!」
「では大きい流木は吹雪さんに任せて、小さい物を捌いて行きましょう」
「了解でーす!」
高圧洗浄機の登場により、一気に時間短縮が出来た私達は暗くなる前に流木を全て洗う事が出来ました。
洗われた流木は全て白い肌となり、これだけでも綺麗に見えます。
吹雪さんは再び流木を紐で纏めると、何故か工廠の方へと歩き出しました。
「あの、吹雪さん、どちらへ……?」
「工廠には艤装用の大型乾燥機があるんですよ! それを使えば明日の朝までに流木も良い感じに仕上がるはずです!」
「ぎ、艤装用の⁉︎ ……良いのでしょうか……」
「司令官も使ってるので大丈夫ですよ!」
本来なら妖精さんが黙っていない案件なのですが、ここの妖精さんは提督と艦娘に対してとても好意的です。
提督が定期的に差し入れをしているからなのでしょうか?
そう言えば、提督は憲兵さんにもお餅をお裾分けしていましたね。
その後、仲よさそうに立ち話を始めていたの見た気がします。
提督は差し入れで根を張っているのでしょうか。
そのおかげか、艦娘が鎮守府の敷地を出ても何も言いません。それどころか「もうすぐ雨が降り出しそうだから気を付けてね」等と送り出してくれる事すらあります。
流木を纏めて乾燥室に置くと、吹雪さんが機械を弄って動かし始めました。
本来なら艤装の板金や塗装の際に用いられるものなのですが、妖精さんは寧ろ流木運びを手伝ってくれました。
そして翌朝。1月2日になりました。
私達は食堂で合流した後に工廠に向かうと、流木は乾いて更に白くなっていました。
吹雪さんの指示に従い、工作室に持って行くと流木を1つ1つ作業台に並べて、大きさで組み分け始めました。
「では神通さん、金剛さんは小さい流木をこのヤスリで磨いてください!」
吹雪さんはそう言って柔らかい紙ヤスリを私と金剛さんに手渡しました。
「流木は自然体が美とされます。 たとえゴツゴツしててもそこだけ端的に磨いて均そうとしないで、全体的に均等に磨いて下さいね!」
「わかりました」
「了解デース!」
私と金剛さんが流木を磨き始めると、吹雪さんはディスクグラインダーと呼ばれる研磨機を手に大きな流木の前に向かいました。
「青葉さん、これから削り出しますので、流木が動かないように押さえててくれませんか?」
「はーい! 青葉頑張りますよぉ!」
「ここにある万力だとこのサイズは……。 不安定な形のものはベルトで固定する手もあるんですけど道具が足りません。 あっ、結構木っ端が飛ぶと思うのでマスクとゴーグルをつけて下さい」
吹雪さんは青葉さんに防塵マスクとゴーグルを手渡すと、自分も同じ物をつけました。
その後、念の為にと金剛さんと私にも防塵マスクを手渡して作業を始めました。
吹雪さんはエル字定規を使い流木に線引きをした後、グラインダーで削り始めました。
グラインダーは結構な騒音を伴い、高速回転するヤスリ部分が木肌に触れると細かい木屑が噴き出すように舞い上がりますが、吹雪さんは慣れているのか気にせず削り続けます。
青葉さんは流木を押さえながら目を丸くしていましたね。
金剛さんはその様子を見て言いました。
「ブッキーは工作艦だった……⁉︎」
「提督のせいですね。 裏庭に3つ並んでいる木製ベンチと屋根は殆ど吹雪さんが手掛けていますよ」
「Oh.......、職人から買った物だと思ってまシタ……」
「ふふ、吹雪さんも最早職人ですね」
「デスネ……」
その後、吹雪さんの手により平らな側面が出来た大きな流木の肌を均等に磨くとお昼時になっていました。
お腹が空いてきた、と思っていた所で川内姉さんがお盆を手に工作室にやって来ました。
「みんなー、差し入れだよーっ!今日はお汁粉!」
「せ、川内姉さん⁉︎」
「んふふ、頑張ってるね神通。 姉としてここは応援してあげたいなって」
「姉さん……」
「ふふっ、お礼はいらないよ!」
「……休日なのにちゃんと起きられたのですね……」
「な、なにさそれ⁉︎」
ぎりぎり午前に起きていた姉さんの差し入れには感動しました。
「Oh、ニンジャ! グッドタイミングデース!」
「私も実はお腹がすいちゃってました!」
「えへへっ、じゃあ休憩にしましょう! 川内さんありがとうございます!」
川内姉さんも混ざって、私達は工作室で昼食をとりました。
甘いお汁粉は五臓六腑に染み渡るようです。
私がお汁粉を味わっていると、姉さんはお餅を口で伸ばしながら話しかけて来ました。
「そいや、何作ってるの?」
「写真を沢山飾れるコルクボード……、の額縁ですね」
「随分とまた手の込んだ事をしてるねぇ……。 まぁその辺は吹雪だよねぇ」
投げやり的に名前を出された吹雪さんですが、嬉しそうに反応します。
「もちろんです、妥協はしませんよ! この後は流木をワックスしてキツネ色に仕上げたら、明日は額縁に飾り付けです♪」
「あははっ、本当に楽しそうに作るよね吹雪は」
「本当に楽しいんですよ!」
「安心して集中していいからね。 提督なら私達が足止めして本館に近付かないようにしてるから」
姉さんは気になる事を言ったので、私は聞き返しました。
「足止め……?」
「そうだよ神通。 神通達が何かやってるの察した娘は多いからね、聞き回ってた事もあるし、みんな勘付いて各々協力してるんだよ」
思い返せば、確かに寒いのに外で遊ぶ艦娘の姿が多く見れました。
私達の為に、自然を装いながら提督の足止めをするためだったのでしょうか。
「絶対成功させてね、神通」
「はい……!」
言われるまでもありません。
影から沢山の支援を受けていた私達の作業はより一層の想いを込めて進み、翌朝の午前中には額縁は完成しました。
歪な流木が組み合わさり枠を型取り、敢えて薄いワックスで木の手触りを残したビンテージ風の額縁です。
薄いキツネ色の木肌は背景に溶け込みやすく吹雪さんの手心が計り知れます。
提督は朝から外出していて大々的に動けるので高雄さんと愛宕さんがコルクボードを買って来てくれました。
コルクボードを二枚差し込み大きな掲示板となったそれは、一際大きな存在感を醸しています。
「出来ましたね……喜んで頂けるでしょうか」
「サプラーイズネー! きっと大喜びだヨ!」
「三が日全て費やしましたからね!」
「司令官はこう言うの好きなので大丈夫ですよ!」
そして、夕方ごろになると提督が帰ってきました。
アパートに車を停めた所で、呼び止めます。
「おかえりなさい提督、少しお時間よろしいでしょうか」
「ただいま神通。 ああ、構わないぞ。 どうしたんだ?」
「えっと……、お見せしたいものがあります」
そう言って私は提督を食堂までお連れします。
食堂では応援して頂いた艦娘の皆さんにも集まって頂きました。
入ってきた提督を見るなりニヤニヤと含み笑いを浮かべる艦娘も多かったので、提督は怪訝そうな表情をしていました。
そして、イクさんの含み笑いを見た提督は僅かに警戒を始めてしまいました。
「な、なんだ……? 変な事をするんじゃないだろうな? 特にイクお前だ」
「なっ⁉︎ 酷いのね! イクがなにしたって言うの!」
「制服に歯型つけたのを俺は忘れてないぞ……」
「いひひっ、甘噛みしただけなのね♪」
イクさんは後でじっくりお話しする必要がありそうですね。
懲りなければホットココアのアイスを没収です。
提督が椅子に座ったのを見届けた私は、金剛さんと並んでみんなで作った掲示板を取りに一旦食堂を出ました。
少しお待たせする事になってしまいますが、仕方がありません。
そして、2人で運び出して提督の前にお見せする事が出来ました。
提督は掲示板を見るなり目を丸くしています。
「こ、これは……」
呟くように漏れた疑問に吹雪さんが答えます。
「みんなで作りました! 写真を飾る掲示板です!」
吹雪さんの言葉の後に、私は想いを口にしました。
「……えっと、その……。 拙いものですが……お世話になっている提督の為に心を込めて作りました……。 こ、この1年は、この掲示板を埋めるくらい沢山の思い出を作っていきたいです……!」
「メモリーボードダヨー‼︎ チョット遅れたけどNewYearから始まるステキなプロジェクトネ!」
「青葉も沢山写真撮りますよぉ〜!」
提督はまじまじと掲示板を見つめた後に、やがて俯いてしまいました。
お気に召されなかったのでしょうか……?
「あの……、提督?」
俯いた提督の肩が微かに震えているような気がします。
私達は一度掲示板を壁に立て掛けて、提督の傍へと向かいました。
すると微かな小声が溢れました。
「ったく、お前ら……、折角の休みだってのに……」
そう言って、提督は私の手を引き寄せて抱き締めました。
「……ッ⁉︎ てててて提督⁉︎ そ、そんな……私、混乱してしまいます……!」
「ありがとう……神通。 ありがとうみんな……。 スッゲー嬉しい……」
動揺を隠せなかった私ですが、その言葉に顔をあげると、提督は涙を流しながら笑っていました。
それは、いつか見た悲しい涙とは違って……。
何故でしょう……、何か込み上げて、私まで……。
提督、今だけ、今だけ服を濡らしてしまう事をお許しください。
提督の腕は、そんな私の顔を隠すように覆って、髪に触れて、撫でてくれました。
触れられたところがとても暖かいです。
「……沢山想い出をつくろうな」
「はい……」
去年は悲しい事が沢山ありました。
でも今年はきっと素敵な1年になる、そんな予感がしています。
ふと背後から金剛さんの声が聞こえました。
「う、羨ましいデース……! 見せ付けてくれますネ……!」
そこで私は初めて艦娘達の視線を集めている事に気が付きました。頭が沸騰しそうです。
慌てて離れようとしましたが、提督の腕がそれを拒みました。
「神通、実は俺も贈り物があるんだ。 ……みんなにも用意しているが、先ずはお前に渡しておきたい」
「て、提督……?」
提督は懐から小さな長方形の木箱を取り出して、恭しく両手で持って手渡します。
出来るだけ丁寧に、慎重に受け取った私は提督の目を見ます。
その瞳は“開けていいぞ”と語り掛けている気がしたので、私は恐る恐る箱の蓋を外しました。
「こ……、これは……」
「……いつも秘書艦として頑張っているからな。 お前達のように気の利いた物ではないが……」
「いいえ……、とても、とても嬉しいです! ……宝物にします」
木箱の中には、銀色に輝くペンが入っていました。
提督がいつも使っているペンと、お揃いです。
「そうか……良かった。 これからもよろしく頼むぞ」
「はい……!」
本当に、提督には敵いません。
早速素敵な想い出をありがとうございます。
写真が無くてもこの日だけは絶対に忘れません。
幾久しく、御心のお傍に……。
赤城side
おはようございます、赤城です。
年末年始の連休も終わり鎮守府の運営も再開されました。
三ヶ日の最後の日は、とっても素敵な事がありまして、艦娘達は張り切って仕事に励もうと燃えていたところ、狙いを定めた様な豪雪により出撃は中止です。
鎮守府では肩透かしをくらって不貞寝を決める娘が多かったです。
それはさておき、最近、加賀さんの様子が変なんです。
些細な事かも知れませんが、私と加賀さんは相部屋で寝食を共にしているので判ります。
先ずは朝起きて鏡を前にする時間が長くなりましたね。
念入りに髪の毛を梳かした後に、毛先を指先でくるくる弄びながら横向いたり目元を気にしたりしています。
そして朝食では必ずおかわりを頼むのですが、昼食と夕食では頼まない上に、何だか箸があまり進まないようです。
何時もならペロリと平らげてしまう量でも、少しずつしか箸をつけません。
私と加賀さんは舌が合います。
好物も似ているので同じメニューを頼む事が多いのですが、加賀さんはあまり揚げ物やお肉を頼まなくなりました。
鳳翔さんのメニュー数が倍以上増えたのもありそうですが、一品物ばかりでお腹は大丈夫なのでしょうか。
気になって何度か直接尋ねた事もありますが「心配ないわ」と一言返ってくるだけです。
お風呂の時間も長くなりましたし、やっぱり心配です。
いつもの様に沢山食べる加賀さんに戻って欲しいです。
と、言うわけで今日の昼食は私が先回りして注文しておきました!
「あ、赤城さん、これは……」
「特盛りチーズ牛丼です! すごく美味しいんですよ!」
加賀さんは特盛り牛丼を前に少し気不味そうな顔をしています。
やっぱり、どこか具合が悪いのでは……。
「か、加賀さん大丈夫ですか……?」
「い、いえ……、大丈夫、心配要らないわ」
加賀さんは辺りをひとしきり見回した後、覚悟を決めた眼をしていました。
そして箸に手をつけます。
「いただきます……」
加賀さんは合掌した後に、一気に箸を走らせました。
顔より大きくドンブリに盛られたお肉がみるみる減って行きます。
そうです、この食べっぷりこそ加賀さんです。
私も負けていられません。
大きなお口を開けて、ひと思いに牛丼を放り込んでお肉とお米の味を噛み締めます。
某チェーン店の人気メニューを参考にアレンジしたと言う牛丼ですが、チーズとお肉はとても良く絡んで箸が止まりません。
私が牛丼に舌鼓を打っていると、背後から夕立さんの声が響きました。
「てーいとーくさーん! 早く来るっぽい!」
「待て待て、雪を払ってから食堂に入るんだ」
提督が夕立さんに手を引かれながら食堂に入って来ました。
雪遊びをしていたのか厚手のコートの肩に雪を乗せていて、夕立さんもモコモコな格好で雪まみれです。
「ゴフッ⁉︎」
その瞬間、加賀さんが噎せてしまいました。
「か、加賀さん! 大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫よ……心配要らないわ……」
加賀さんはそう言って、まだ半分残っているドンブリを睨み付けています。
なんだか震えている様な気がしますし、額に汗まで浮かべていますし、本当に大丈夫でしょうか?
「あ、赤城さん……、残りを食べて下さい。 ……私は少し……お花を摘んでくるわ……」
そう言い残して加賀さんは早足で御手洗いに向かってしまいました。
提督は夕立さんを連れたままカウンターに向かい鳳翔さんから七輪と金網を受け取っていました。
「ありがとう鳳翔さん、夕立達がどうしてもカマクラでご飯食べたいって聞かないんだ……」
「ふふふっ、滅多に雪は降りませんし遊んであげて下さい。 はい、こちらはお餅とお醤油です」
「ていとくさーん! 急がないとカマクラ溶けちゃうっぽい!」
「絶賛降雪中だぞ夕立……、本当は雪が止んだらカマクラを作るべきなんだ……。 この歳になると寒さはな、骨まで染みるんだよ……」
「寒さを凌ぐ為にカマクラを作ったから大丈夫っぽい!」
提督は七輪を抱えた夕立さんに催促されながら食堂から出て行きました。
見渡せば第六駆の4人や、吹雪さんの姿も見えません。
恐らく外に作ったと思われるカマクラに居るのでしょう。
そして提督の手には、今や在庫が減って来たお餅が入った袋。 上々ね。
一航戦赤城、出ます。
私は加賀さんの残したドンブリを空にした後、返却口に食器を置いて、提督の後を追いました。
前回、提督は島風さんと一緒に食べていました。
少し分けて貰おうと思っていましたが、その時は加賀さんが妙に睨んでいたので動き出せませんでした。
その代わり、私の聴覚はあの時の事を鮮明に捉えています。
『焼けるのおっそーい……』
『まぁまぁ、島風……、じっくり焼いて少し表面が焦げてカリカリになるまで待つ。 そして海苔で巻いて砂糖醤油に絡めて食べると最強なんだぞ……、サクッと表面が割れて熱々の中身が蕩けて最高の食感だ……』
それ……、絶対美味しいやつです。
提督はカマクラの中で同じ事をすると思うので、少しだけ分けて貰いましょう。
加賀さんもそれなら食べてくれる筈です。
お餅好きですもんね、昼食メニューに載っていたら必ず頼んでましたからね。
ただ量に限りがある関係で特盛りに出来ないので私はあまり頼めませんでしたが。
そんな思考を巡らせながら、私が外に出た途端に加賀さんに呼び止められました。
「何処に行くつもりかしら?」
「か、加賀さん! 大丈夫でしたか?」
「ええ……、心配要らないわ。 それより何故提督の後を追うのかしら?」
何故加賀さんがその事を知っているのでしょう、見ていたのでしょうか?
とにかく私は説明をします。
「提督が駆逐艦の娘達とお餅焼くそうです!」
これだけで何が言いたいか伝わったのか、加賀さんの表情が一気に曇りました。
「……赤城さん、駆逐艦達からお餅を取り上げる気……?」
「違いますよ! 少し分けて貰うだけです!」
「みっともない真似は辞めて頂戴」
何故でしょう、加賀さんは何処か怒っている様な気もします。
前の加賀さんだったら迷わず一緒について来た筈です。
ですが、そこで思わぬ助け船が来ました。
「おっ、赤城と加賀じゃないか。 何やってるんだこんな所で」
戻って来た提督が私達に話しかけて来ました。
「あっ、提督お餅焼くんですよね!」
「あ、赤城さん……」
「そうなんだけど砂糖忘れてな? 良かったら一緒にどうだ?」
「はい、勿論です!」
やりました。
提督は大抵のお願いを聞いてくれる素敵な人です。
この前は大盛りのパフェを作ってくれましたし、げんこつ唐揚げなるものも再現してくれました。知っている料理の種類も多いのです。
文武両道の名将とはまさに提督の事を指すと思います。
ですが加賀さんは遠慮気味でした。
「でも……、良いのかしら。 お餅の在庫はもう少ないって……」
「それはそうなんだけど、傷んできてるんだよ……。 何個かカビも生えてしまったし、早く食べないと捨てることになる」
「そ、そう……。 そう言う事でしたら……」
食べ物を粗末にするなんて、とんでもないですからね。
提督がお砂糖を取りに戻るのを待って、私達はカマクラへと向かいました。
カマクラは3つ出来ていて、カマクラ同士がトンネルで繋がっていました。
その横で厚着をした吹雪さんが平スコップを持って、雪をレンガの様に押し固めて均しています。
今でも十分カマクラは大きいですが、まだまだ拡張する気の様ですね。
私達は3つの内1つのカマクラの中に入ると、シートの上で時雨さんと夕立さんが練炭を団扇で扇いでいました。
「おかえり提督。 ……加賀さんと赤城さんもきたんだね。 じゃあお餅を追加しないとね」
「2人ともいらっしゃいっぽーい! お餅パーティーしましょ!」
時雨さんは袋からお餅を取り出して網の上に並べます。
提督はお砂糖の入った小袋を置くと、トンネルを経由して隣のカマクラへと向かいました。
そこには第六駆の4人が練炭を囲んでいて、提督はお砂糖を渡しに行った様です。
加賀さんはカマクラの中を見回していました。
「……想像よりずっとしっかりした作りね。 5人でも十分なスペースがあるわ」
「主に提督と吹雪さんが張り切ってたからね……。 僕は殆ど見てるだけだったよ」
「その光景が目に浮かぶわね」
「夕立も頑張ったっぽい!」
「でも提督の背中に雪を入れちゃダメだよ夕立」
「……お返しされたっぽい。 凄く冷たかったぽぃ〜……」
「自業自得だよ」
時雨さんはおかしげに小さく笑いました。
まだ日が浅い彼女は良く夕立さんと行動を共にしていて、夕立さん経由で提督との接点も多く、提督を経由に他の娘達とも早く馴染んでいました。
夕立さんと談笑を始めた内容を聞いた感じでは、先程まで第六駆と雪合戦をしていたとか。
雪ですか……。 カキ氷ってありますよね?
実は雪を見て真っ先にその発想が浮かんでいましたが、果たして美味しいのでしょうか。
季節的にカキ氷はあいませんし、発想は浮かぶもの、実際に雪にシロップを掛けて試した人は少ないのではないでしょうか。
私にとって季節差は些細な事です。
食べられるのか、食べられないのか。
私はいつのまにか手に持っていた雪のかけらを見て、ごくりと唾を飲んだ所で提督が声を掛けて来ました。
「……雪は大気中の有害物質が含まれているから食用には適さないぞ……」
「はっ⁉︎」
何故わかったのでしょうか。
気が付けば加賀さんもジト目でこちらを見ています。
提督はそのままシートの上に胡座をかいて座り、網の上のお餅の具合を確かめ始めました。
「良い感じにキツネ色に焦げてきたな……。 もう食べられるぞ」
そう言ってお餅の1つを手に取り海苔で巻き始めました。
「隙ありっぽ〜い!」
「あっ、こら」
飛び掛った夕立さんは提督の手に持たれたお餅に齧り付きました。
「行儀が悪いぞ夕立。 お餅は逃げないから」
提督は口では注意するものの表情は笑っていて、胡座の上に腹這いになる夕立さんの長い髪の毛がシートに落ちて汚れない様に片手で支えていました。
その時の事を私の聴覚は事細かに捉えています。
歯が海苔を破るパリッとした乾いた音と、お餅の表面を割るサクッとした音……。
そして提督の手に残るお餅からみょーんと伸びる白いアーチが夕立さんのお口に繋がっています。
私の分はまだですか。
そんな事を考えていると、時雨さんが海苔を巻いたお餅を渡してくれました。
「どうぞ、赤城さん、加賀さん。 先に食べて良いよ、僕は待つのが好きなんだ」
「天使ですか⁉︎」
「あ、ありがとうございます」
私は受け取ったお餅に砂糖醤油をたっぷり絡ませて口に運びました。
サクッとした食感の後にとろりと弾力と粘りのある熱々のお餅、最高の焼き加減です。
また1つ悲願が叶いました。
「これは美味しいですね、加賀さん!」
私は思わず加賀さんに共感を求めましたが、加賀さんはお餅を手にしたまま提督と夕立さんを交互に見ていました。
提督はまるで餌を与える様に腹這いになった夕立さんにお餅をあげていて、夕立さんは口だけ動かしてモグモグと咀嚼しています。
もう片方の手は髪の毛が溢れないように支えていますね。
「提督、私のお餅をお食べください。 両手が埋まっている様ですので補佐をさせて頂きます」
加賀さんはそう言ってお餅に手を添えて提督の口元に差し出しました。
提督は目を丸くして驚いて、時雨さんも口をポカンと開けています。
「い、いや気持ちだけで十分だ」
「遠慮はいらないわ」
ど、どういう事でしょう。
まるで不器用ながらも気を引きたくて必死な様な……。
それにしたって、気を引くならもっとマシな方法があるのに何故お餅を食べさせる様な……。
……もしかして加賀さん……?
そう、……そう言う事だったのですね。
ここは一航戦の誇りに賭けて、赤城もお力添えさせていただきます。
私は食べ掛けのお餅を提督に差し出しました。
「私の分もお食べください!」
「あ、赤城⁉︎」
提督は更に面食らった顔をしていました。
加賀さんまで驚愕した瞳をこちらに向けています。
水臭いですよ、加賀さん。
食事関連で強い印象を残す事によって、私達がまだ知らない料理を提督が思い浮かべた時、真っ先に私達の名前が上がるはずです。
今、ひと切れのお餅で後の一攫を目指す、素晴らしい算段です。
私はウインクをして合図を送りましたが、加賀さんは更に困惑の色を瞳に乗せていました。
提督は焦ったのか、手に持ったお餅を夕立さんのお口に押し込んで素早く網の上のお餅を手に持ちました。
「ぽひぃぃっ! あっついっぽぉぉぉいっ‼︎」
「す、すまん夕立。 ほら加賀と赤城、俺は手が空いたから大丈夫だ」
「そう……」
加賀さんは素直に自分のお餅を口に運びました。
そして私に抗議の目線を送っている様な気がします。
「か、加賀さん……?」
「赤城さん、後でお話があります」
失敗したから怒っている様です。
夕立さんは夕立さんで抗議を身体で示して、提督の胡座の上で荒ぶっていますが、加賀さんは後でじっくりと問い質す口の様です……。
食べ終えた後少しお話をしてから、私と加賀さんは部屋に戻りました。
そこで加賀さんは真剣な目付きで語りかけます。
「赤城さん、何故あんな事を……?」
「それは加賀さんのお手伝いをしようと思いまして」
「なっ、……どう言う事かしら?」
「もう、水臭いですよ。 私と加賀さんはずっと一緒に居るんですから……、加賀さんの気持ちは分かるつもりです」
「え……っ⁉︎ そ、それって」
加賀さんは動揺を隠しきれないようです。
珍しく感情が外側に出ていて、僅かに頬を朱に染めています。
隠していたつもりだったのでしょうが、私にはお見通しです。
「でも正直、もう少しやりようが有りましたよ? あれは悪手ですね、加賀さんらしくもありません」
「……っ、そ、その……、私は……感情表現が苦手で……、どうしたらいいのか……」
「でも安心して下さい、私も協力しますよ!」
「あ、赤城さん……」
大丈夫です、加賀さん。
食事に関して印象を残すのなら、もっと良いやり方があります。
私と加賀さんが手を組めば、成し得ない事はありませんからね。
大淀side
私は大本営より情報や任務の管理を務める為に派遣された、大淀と申します。
一応、研修として数々の鎮守府を見て回った事がありますので判りますが、この鎮守府は他と比べて異常な戦果を挙げています。
先ずは駆逐艦の回避率でしょうか、提督の着任以来の成績で、未だ直撃を受けた駆逐艦は居ません。
敵空母による先制爆撃を受けたとしても陣形を操り引き付けた上で爆撃網から離脱してやり過ごします。
そして全艦に通じて見敵必殺の精神が宿り、一巡の攻撃で瞬く間に敵を無力化させます。
どの様な相手でも決して慢心せず全力を投じる為、弾薬の消費は激しいですが見合う以上の成果を挙げています。
遠征部隊も士気が高く、無駄遣いをしなければ資材は基本的に黒字です。
そして、鎮守府には派遣を除いた艦娘の人数も30を越えた為、進撃し海域を解放する権限が与えられました。
充分な防衛力を保ったまま戦力を割けると言う事です。
よって、今後の活躍に大きな期待を集めている鎮守府でもあります。
その鎮守府を纏める提督、篠原 徹と言う男性も異常と呼べる1つの要因です。
建造は極めて低い確率でしか艦娘が現れないと言われていますが、彼の建造成功率は100%。
未だ失敗した事がありません。
時代錯誤の武士道精神を持ち合わせていたりするので、かつて艦娘が軍艦だった頃に乗っていた兵士達と同じ匂いを感じ取り、艦娘が導かれているのかもしれませんね。
提督は艦娘に優しく接して大抵の我儘を聞いてあげている上に、叱る事はあっても手をあげる事はありません。
さらに遊び上手で行動力もある為、艦娘達は提督の事をとても慕っています。
で、そこで浮かんでくる疑問があります。
艦娘はうら若き乙女の姿、そんな娘達に毎日囲まれて過ごしている提督は、ちゃんと女性に興味はあるのでしょうか。
例えば、別の鎮守府の愛宕さんや高雄さんは、良くセクハラの被害に遭うそうです。
更に男性の多くが彼女の胸に目が行くそうですが、この鎮守府ではそんな話聞いたことありませんし、提督はそう言った部分には目を向けません。
基本的に目を見て話しますし、女性の胸や脚を凝視するのは失礼にあたると知っているからでしょう。
ですがボディータッチが全く無い訳ではなく、肩をポンと叩いたり、駆逐艦限定ですが頭を撫でる事はあります。
例外的に神通さんが過去二回、情熱的な熱い抱擁を受けていますが……、それはまぁ……流れ的にアリでしたし本人全く嫌がってませんし、と言うか嬉しそうですし。
川内さんの話によると、突然夜中に思い出してのたうちまわっているとか。尊い。
そんな神通さんですが、実力はトップクラスです。
水陸両用と言う噂まで流れる程で、横須賀の長門さんを絞め技で堕とした話はあまりにも有名です。
そして某高速戦艦をワンパンで沈める神通さんでも、提督には敵わない様ですね。
思い返すだけで沈ませるなんて流石ですね。海じゃなくて枕らしいですが。
まぁ、そんな訳で、話を戻しましょう。
「……以上の事から、提督には同性愛または不能では無いか、と言う疑いの声が上がっています」
「……」
「提督、執務室には私以外誰も居ませんから本音で話して下さって結構ですよ? 実際どうなんですか?」
「どう、とは……」
「女性に興味は無いんですか?」
朝の食堂で定期的に噂される話が毎回気になっていた私は、執務室で直接聞くことにしました。
提督は椅子に座ったまま遠い目をしています。
「つまりアレか……、艦娘に恋愛感情または劣情を抱かないのか、と?」
「はい、艦娘も艤装解体すれば普通の人間と変わらないと言うのもご存知ですよね? そして駆逐艦でも真はずっと大人である事も……」
「……そうだな、そう言った意味で好きな艦娘は居ないが、愛してはいる。 それと劣情に関してはちょっと下品な話になるが……」
「構いませんよ」
「海外に居た頃は、お互い全裸で女性と話したり向かい合ったりする機会が多かった。 とある部隊の人間なんだが……、そこで興奮しようものなら皆から“猿”と罵られていただろう」
聞いた事あります……、海外にある軍属の男女平等における処置の1つですね。
生活を浴槽など服を脱ぐ場まで共通し、その際に裸体に劣情を抱こう物なら未熟な精神として厳しい罰を受けるとか。
理性あっての人間、理性が無ければ猿、と言う事でしょうか。
「では提督は……理性で押し込めていると?」
「いやな、禁欲が長期間続くとな」
「はい」
「……何も感じなくなる。 無だ。」
「か……、枯れてますよ提督ッ⁉︎」
不能とまでは判りませんが、少なくとも枯れていました。
更に刺激に慣れ過ぎて生半可では刺激にすらならないのでしょう。
医者でも似た症状が出る事があると聞きますし。
「俺も枯れたかなとか思ったけど、冷静になって考えればそこまで困らないな、と」
「ご結婚とかはどうされるんですか⁉︎ 子供好きですよね提督」
「いやまだ早い」
「30過ぎて何言ってるんですか⁉︎」
「……言ったな⁉︎ ついに言ったな大淀ぉ! 言っておくが心だけは若いぞ‼︎」
提督はそう言って席を立つとバンバンと胸を叩きます。
鍛えてるだけあってまだまだ身体が心に追い付いているのでしょう。
ですが宮本元帥の話によると30からジワジワと追い付かなくなるそうです。
例えば余裕と思っていた階段が地味にしんどいとか。
「おい、なんだその人を哀れむ目は」
「提督も10年前は22歳だったんですよ。 あ、今年なら23ですか?」
「やめろ!そういう事を言うな!」
「提督がその気でも、男性として意識し始めている艦娘が何人か居るんですよ?」
「……は?」
提督は心当たりが無いのかぽかんと口を開けています。
金剛さんのアプローチも何かの冗談だと思ってそうですしね。
私の見た感じでは、常にオープンな金剛さんを除いて、少なくとも意識しているのは神通さん、加賀さん、鳳翔さんの3人。
神通さんは普段シャキッとして堂々とした隙の無い立ち振る舞いですが、提督が近くに居ると何処か頼りなくなります。ただ本人は無自覚でしょうね。
加賀さんは顔には出ませんが、提督の前では女性らしくあろうと努力している気がします。
ですが最近また提督の目がある昼食でも何時もの大食いを見せました、よく判りません。
鳳翔さんは毎朝ご飯をわざわざ持って行く程ですが正直まだ判断には迷います。暫定ですかね。
川内さんも怪しい気がしますが、彼女は何を考えているのか判りません。
夜戦バカと呼ばれていたりもしますが、夜戦とはバカには務まらない非常に緊迫する戦闘です。
その策略と慧眼を持って外堀から埋めているのだとしたら少し怖いですよね。
ただ、皆さん愛があるのでしょうね。
縛るのが恋、と言う言葉もありますが、第1に提督の都合を案じています。
そんな愛され提督はあっけらかんと言いました。
「何かの間違いじゃないか?」
私は大きな溜め息を隠す事なく吐き出しました。
「はぁ〜〜……っ」
「いやいやいや、冷静に考えてもみろ、見た目だけでもひと回り以上違うんだぞ?」
「はぁぁぁぁ〜〜〜………っ、本当に、はぁ〜……」
「言いたい事があるなら言っていいぞ……」
「じゃあ言わせて頂きますが、毎日自分の為に一生懸命働いてくれて、些細な我儘にも嫌な顔ひとつせず付き合ってくれて、失敗しても励ましてくれて、ダメな事はちゃんと叱ってくれて、自分の誤ちも認めてちゃんと謝ってくれるし、仕事外でも尽くしてくれる。 そんな人が居たら意識する艦娘が居てもおかしくはありませんよ? 提督は妙に隙があって放って置けませんし」
それだけじゃ無いんですけどね貴方の魅力は。
ですが、ここまで言ってやっと提督は考えるつもりになった様です。
「……当然の事をしてきたつもりだったんだ」
「いやいや……、これが当然だったら少しおかしいですよ? 前々から聞きたかったのですが、どうしてそこまで艦娘に尽くそうとするのですか? ……“あの日”の事も確かにありますが……それでも仕事以外でも凄く献身的ですよね。 ケーキやお菓子もそうですし、本来必要無い玩具やゲームまで……」
その言葉を聞いた提督は、執務室の窓際まで歩いて外を眺め始めました。
私は提督の背中を捉えたまま窓の外に目を向けると、元気に雪合戦をする艦娘達の姿が見えます。
その光景を見ながら提督は言いました。
「意思を持って戦う事が、誇りとなる。 前にそう言ったんだが、覚えているか?」
「はい」
忘れはしませんよ、あの時の通信は。
私はその場に居ませんでしたが、マイクが拾ったあの時の声は、叫びは、怒声は、悲鳴は、微かに聞こえた息遣いまでも、全て覚えています。
持ち出した話の重さとは裏腹に、背中で語る提督の表情は、何故か笑っている様な気がしました。
そんな明るい声で提督は言いました。
「知って欲しかったんだ、ただそれだけだ」
「え……?」
「なぁ、大淀」
提督は振り返って、優しい笑顔で尋ねました。
「この世界は好きか?」
意思を持って戦う事が誇りになる。
それは、自分が何を守って戦っているのか知る事によって、胸を張って誇れる事を指しているのかも知れません。
……加賀さんが見込むのも無理はありませんね。
私は出来る限りの笑顔で答えます。
「……はい、好きです」
いや、これズルいですよ。結局全部私達の為ですし。
私は思い知らされます。
美味しい料理が好き、可愛い服が好き、面白い小説が好き、綺麗な石が好き、美しい景色が好き、可憐な花が好き、楽しいゲームが好き、甘いケーキが好き、熱々のお餅が好き……。
気が付けば、数え切れない程の“好き”が芽生えていました。
そのどれもが、ここに来て拾ったもの。
そのどれもが、失い難い暖かい記憶。
私は、気持ちを込めて今一度言葉を綴ります。
「大好きです」
その言葉を聞いた提督は、満足そうに笑って「そうか」とひと言だけ言い残すと、再び窓の外を眺め始めました。
提督の誇りは、すぐ目の前に広がっているのでしょう。
私のそれは、少しずつ注がれて、ゆっくりと満たされて。
満たされて、やがて溢れ出した。
何故でしょう、1番が何なのか、私ははっきりと言えるようです。
もしかして、みんな同じ気持ちだったのかなぁ。
「……っ、……責任、取ってもらいますから……」
「ん? 何の話だ?」
「な、何でもありません!」
貴方は知らないでしょう。
私達の持つ沢山の“好き”には、常に誰かの影が写っているんですよ?
その人を想うと、守りたい気持ちが溢れてきて、その全てが胸を張って誇れます。
出遅れた気もしていますが、本人がこの調子ならまだまだ見込みはあるはずです。
ふふふ、なんだかもっと楽しくなる予感がしますね。
提督、これから、変わりますよ。
◇end
続編
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
沢山の応援や評価、コメントはとても励みになり、本来なら3日に一度のペースで更新を予定していましたが、張り切り過ぎましたw
最後まで楽しく二次創作をさせて頂きました。
応援や評価、コメントして下さった方、この場を借りて改めてお礼を申し上げたいと思います。
本当にありがとうございました。
文字数の関係もあり、これから先のロマンスを匂わせる終わり方……「俺たちの冒険はこれからだ!」みたいな事になってしまいましたが、日常回と言うことで大目に見てください。
温室建築回を複数に分けて入れたかったのですが絶対文字数足らないので蔵入りになりまして、今回はちょっと半端な文字数になってしまいました。
続編を執筆中です。
あ、あまり期待せずお持ちください……
それでは長文乱文失礼致しました。
待ってました‼️( ☆∀☆)
コメントありがとうございます。
日常系って結構難しいですが頑張ってみます!
よし来た。良かった(σ*´∀`)
コメントありがとうございます
練習も兼ねて色々試しながらやって行こうと思います!
良きかな良きかなヽ(・∀・)ノ
更新が楽しみ(*´∀`)
コメントありがとうございます!
頑張ります!
この作品の更新が楽しみヽ(・∀・)ノ
コメントありがとうございますー!
やはり期待!!
ありがとうございます〜
ちゃんと日常らしく書けてるか不安ですが、頑張ります
めっちゃ面白いです‼️
コメントありがとうございます〜!
前作はきっちり完結してくれましたし、今作も筆が早くてサクサク更新されるのが何よりありがたい…
加賀さんや、貴女も以前朝潮達のパフェに手を出そうとしてませんでしたかw
コメントありがとうございます!
前作は流れが出来てから書き始めていたので何とかなりましたが、今作は日常回という事で、ネタが浮かび次第書き殴ってますw
更新止まったら察して下さい……
加賀さんと赤城さんの差は鳳翔さんの折檻で懲りたか懲りないかの違いですな!
めっちゃ面白い(*´∀`)
お餅回の、加賀が良い感じで赤城がめっちゃ面白かった。
コメントありがとうございます!
赤城さん加賀さんはキャラが立ってますからね……!
基本殴り書きですが、楽しんで頂けたら幸いです!
いいなぁ
コメントありがとうございます!
文字数限界まであともう少し、お付き合い頂けたら幸いですー!
まだまだ続けて欲しいなぁヽ(・∀・)ノ
コメントありがとうございます〜
現状だと見切り発車になってしまうので、続けるとしたら、小話を追加するか、或いは構成練るの待って頂く感じになるかと……。
小話でしたら登場人物を指名して頂ければ何か即席でお話を考えてみようかな……?
このコメントは削除されました
こちらこそ面白い作品を作っていただきありがとうございます!
コメントありがとうございますー!
しおりとか評価とか毎日増えていくお陰でかなり捗りました。
また書き始めたら宜しくおねがいします!
完結お疲れ様でした。次回作を気長に期待しております!
コメントありがとうございます〜!
じ、次回作ちょっとまじめに考えてみますwww
続編熱望ヽ( ̄▽ ̄)ノ
コメントありがとうございます〜!
プロットはほぼ仕上がりつつあります。
既に書き始めて居ますが、段落がついたら公開し始めようかな?