2019-12-01 15:33:57 更新

概要

本パートは完結済みです。 ※誤字脱字修正加えました。


前作



最初から







日常

篠原side





8月、それは太陽光がより執念深く熱波を送り続ける時期だ。

熱されたアスファルトの上をそよ風が撫でればそれは殺意を抱いた熱風へと変わる。

気温35度を越えれば危険、40に届こう物なら外出に制限すら掛けるべきだろうが艦娘達にはあまり関係は無いようだ。


外に出て日向を避けて歩く俺の視界には、白昼のグラウンドでドッジボールを興じる駆逐艦達の姿が映っていて、そのような球技が行える程この鎮守府も大きくなったのだと改めて実感させられていた。


気が付けばここに着任して、もう1年が過ぎている。

共に季節を過ごしながら少しずつ仲間を増やして、そして今日もまた新たな仲間を迎えようとしているのだ。


俺の向かう先は工廠。

隣に並んで歩く大淀は、毎月恒例となっているこの行事染みた何かを、いつも楽しみにしているようだった。


「ふふふ、提督、今日はどなたを迎えるられるのでしょうか」


今日は建造を行う日。

夏特有の蒸した空気とは相対的に、爽やかな黒髪を靡かせながら上機嫌に話しかける彼女は含み笑いまで浮かべて、まるで建造の行く末に不安の一つも感じていないようだった。


俺はどうだろうか。

もう取り繕わなくていいだろう。


不安しかない。


もう一度言おう。


不安しかない。


いや、確かに仲間が増えると言うのは頼もしい事だ。

人の数だけ出来ることは増えていくし、駆逐艦達が夢中になっているドッジボールのように人が増えなければ出来ないことだって沢山あるだろう。


ただその、艦娘という奴は1人1人の個性が強いんだ。


通常、人は集団生活を営んでいるとある程度性格に共通点が出来上がり始める。

生活を共にするにあたり、無意識に摩擦が生じないようにして角が取れて丸くなったり、協調性と共に自重する事を覚える。


艦娘にはそれが当て嵌まらないのか御構い無しだ。


俺はつい先日の講習を思い出してみる。


将来的な艦娘達の資格取得に辺り、俺はその前に必修科目を制定する事にしたのだ。

それは海に遊びに行った時は、ごく一部の艦娘にしか教える事が出来なかった、『AEDの使用方法と胸骨圧迫、人工呼吸による心肺蘇生法』の講習である。


海に出て、時に漁船護衛などにも携わる艦娘達ならば覚えていて損は無いどころか、日常生活においてもこの知識が明暗を分ける自体に遭遇する可能性もある。

仮に心肺停止した人を発見した場合、その者に残されたタイムリミットは僅か5分しかない。

この5分の間ですら、酸素を失った人の脳は急速に機能を失って行き蘇生処置が遅れるほど生存率は激減していくのだ。


故に、正しい心肺蘇生法の知識がどれ程大切で重要な事なのか分かるだろう。


だから俺は実演も兼ねて詳細に教える為、専用の練習用人形をわざわざ借りて用意したのだ。

胸骨圧迫などは見た目ほど簡単では無く、ある程度練習が必要だ。

勿論AEDや、人工呼吸用マウスシートまで用意した、胸骨圧迫のときに適切に力が入っているか確認する為のカウンターまでもだ、ここまでは良かった。


ただ講習の日、用意した練習用人形が、その日参加した私服姿の朝潮とまったく同じ服を着ていたのだ。

ご丁寧に長い黒髪のウィッグまで備え付けられていた。

しかも接着剤で固定されて外せないと来たもんだ。これ借り物なのだが。


俺は反射的に卯月の方を見た。なかなかイイ顔をしていた。


艦娘の人数が多いので時間もあまり余裕が無い、人形をなんとかする暇も無い。

だから俺は確信犯だと思った。後で問い詰めたら実際そうだった。


朝潮の格好は半袖で無地の青いシャツにデニム生地のハーフパンツで、ユニクロの結構しっかりした奴だ。

艦娘達が私服なのは俺の指示で、衣装の加護を宿そうものならば練習用人形の肋骨を粉砕しかねない奴がいると判断したからだ。


ただその人形がまったく同じ格好で同じ髪型をしているのにも関わらず、朝潮は一切動じていないのか眉一つ動かさなかったので俺は講習を続行する事に決めたのだ。

不知火が肩をピクピク震わせていたが無視だ。


そしてセオリー通り、AEDの電極パッドを付けるために説明を交えながら青いシャツを捲ったのだ。


そしたらピンク色のラインが入った白いブラジャーが姿を現した。


勘違いしないで欲しい、俺は練習用人形のシャツを捲ったのだ。

断じて朝潮のシャツを胸元まで捲ったわけではない。


その時は時間が止まったように感じた。青葉がいなくて本当に良かった。

ただ朝潮はシャツのように青い顔をしていた。

まさかこの下着に心当たりがあるのかなんて邪推してしまう程だった。


そして卯月は下衆い顔をしていた。

小悪党のようだ。


俺の精神衛生的に話を逸らそう、AEDはとても素晴らしい装置だ。

コイツは電源を入れて説明通りの位置に電極パッドを貼り付ければ後は自動で測定を行い、電気ショックが必要か否かを判断して、必要な場合は音声と共に速やかに電気ショックによる除細動を試みる。

それだけに留まらず、その後の処置の説明も機械音声で行うので緊急事態でも冷静な対処を促すことが出来るのだ。

無論、この鎮守府でも出撃ドックや食堂など分かりやすい場所に複数置いてある。


AEDは素晴らしい、だと言うのにどうして俺はこんなにも後ろめたい気持ちで一杯なのか。

俺は人として清く正しく真っ当な事を説明しているはずだ、しかし目の前の人形が朝潮と全く同じ格好をして捲れ上がったシャツからは少しオシャレな下着が晒されている。


そして青褪めていた朝潮は、今や羞恥で顔を赤くして小刻みに震えていると来たもんだ。

下着に心当たりがあるんだろう、何となく確信してしまった。


そうと知ったらもう無理だ、どうやったって犯罪臭は拭えない。


俺はこの後、この人形に胸骨圧迫からマウストゥマウスによる人工呼吸を施さなければならないと知っているだけに心が折れた。

不知火が笑いを堪えて痙攣気味だったが、その時だけはその心境が羨ましかった。


だから神通を呼んだ。


あの時、卯月が自重をしていれば俺は理不尽な罪の意識に苛まれる事は無く、卯月も朝潮の握り拳を顔で受ける事は無かったであろう。


いや、でも、アレだ。

卯月も多分根はいい子なんだ、きっと俺が前もってAEDや心肺蘇生法の重要性を説明してから講習を行えば結果は変わったのかも知れないな。

重要性を教えるための講習なような気がするが、その重要性を知るために重要な講習である事を予め説明しておく事が重要なのだ。


意味がわからなくなってきたのは、工廠特有の蒸し暑さのせいであろう。

ああ、思い返している内に、俺は建造ドックに来てしまっていたのだ。


並んだ卵型のカプセルの前で、蒸し暑さも気にも留めない大淀は楽しそうに俺に話しかけた。


「では提督、建造を行いましょう」


「あ、ああ……」


レシピは既に決めてある。

現在の鎮守府の状況から理想的なバランスを保つ為に駆逐艦か軽巡を、そしてやはり頼り甲斐のある戦艦、何かと融通の利く軽空母などを狙っていくつもりだ。


出来れば大人しい艦娘が出てくれたらな、と思う。


俺はふと先日の事を思い出した。

あれは今日という日に良く似た、日差しが強くて蒸し暑い昼下がりの事だった。


資料を持って廊下を歩いている途中、俺は暇を持て余した夕立に捕まったのだ。


彼女は綺麗な金髪を靡かせながら廊下を歩く俺の腕にしがみ付き、キラキラとした赤い瞳で元気よく声を掛けて来たのだ。


『ていとーくさーん! 遊びましょ!』


まるで夏休みを迎えた少年のような屈託の無い笑顔は綺麗だと思った。

そして可能ならば俺も付き合ってあげたかったが、講習の準備で手が空いていなかったのだ。


『すまない夕立、今少し手が離せないんだ』


『えーっ⁉︎』


申し訳ないが誘いを断ると、夕立はつまらなそうな悲鳴をあげた。

夕立は比較的言う事を聞いてくれるが、ただこの時はいつもなら近くに居た時雨が居なかった。

だから彼女は遺憾無く駄々をこね始めるのだ。


『やぁーだー! 遊ぶっぽい遊ぶっぽい〜っ‼︎』


『ゆ、夕立……』


『夕立と遊ぶっぽい〜! ねぇ〜提督さぁーん!』


『お、おい……』


夕立は俺の手を掴んでグイグイと引っ張り始めた。スーパーで見かける幼児のようだ。

時雨がいればこうはならない、何故俺は単独の夕立と遭遇してしまったのか。

そして俺は、この駄々のこね方に既視感を覚えた。


『遊ぼー! 夕立と遊ぶっぽい〜っ‼︎ ねぇーってばぁ〜っ! 提督さぁーん』


──夜戦だぁ! ねぇ夜戦しよう⁉︎ ねぇ夜戦しようよーっ‼︎ ほら提督!


『遊ぶっぽい! ぽいぽいぽいぽい〜っ‼︎』


──やーせーんーっ! 夜戦夜戦夜戦夜戦ッ‼︎


コイツ……、奴に似て来ている……⁉︎

俺は天啓を得た、夕立はいつか手に負えなくなるのだろう。

あの夜戦バカよろしく川内より厄介なのが夕立は纏わり付いてくる事だ。


『もう怒ったっぽい! 提督さんがその気なら夕立にも考えがあるっぽい!』


『おい止めろ! 張り付くな‼︎ 暑いんだよ!」


夕立は勢い良く飛びついたかと思えば瞬く間に背中へと回り込んだ。 考えと言うのは側だけの実力行使だったようだ。

彼女に暑さや湿度の概念が無いのか、こんな猛暑日にも関わらず引っ付いてくる。

一度引っ付かれたら最後、駆逐艦特有のトリモチのような粘り強さを持って中々剥がれないのだ。

俺が早々に諦めると同時に、夕立は満足そうに笑っていた。


『えへへ、提督さんの背中おっきいっぽい!』


『暑いから離れてくれ……』


『いーやー!』


オッサンの背中に乗って何がそんなに楽しいのだろうか、些か疑問である。


俺がここに着任して一番最初に背中に乗せたのは第六駆の電だった。

あの時は肩車だったが、電は静かに高い見晴らしを楽しんでいたようで非常に大人しくて可愛らしいものだった。


だが夕立は定期的に顔にちょっかいをかけて来るから鬱陶しい時が多々ある。

その時は頬を指先で弄ばれながら講習用の資料を整える羽目になった。


背中と顔の暑苦しさに耐えながら冷静になって考えてみれば、夕立が俺の手に負えた事は無い気がする。

構ってモードに移行すると見られる無限のスタミナはまるでテンションの高いゴールデンレトリバーだ。

その事に気が付いた俺は神通を呼んで事なきを得た。


神通は凄い、並大抵の相手ならひと睨みで沈静化させる。大した奴だ。


よし、ではそろそろ現実に戻ろう。

これから行われる建造は非現実を地で行く内容なのだが、まぁそう言うものだと割り切る他はない。

俺は近くで浮遊している非現実筆頭の妖精さんに話し掛けて、三回の建造を指示した。


「では妖精さん達、このレシピでよろしく頼むよ」


「はーいー」


妖精さんは間延びした声で返事をすると、そそくさと建造に取り掛かった。

資材をカプセルに投げ込み、意気揚々と火炎放射器で炙り始める。もう火力に驚かなくなった。

そして真夏日と言うのにこの様な火炎を清々しい顔で扱うとは妖精さんも結構タフな生き物なのかも知れない。


やがて無骨な金属のカプセルから幻想的な光が満ちて、建造が完了する。

眩い光を背にして彼女達は現れるのだ。


まず1人目に現れた艦娘は、どこか見覚えのある白の装束を着こなしながら元気に挨拶を始めた。


「金剛お姉さまの妹分、比叡です!」


俺にしては珍しく姉妹艦を呼ぶ事が出来た様だ。


でも金剛型か、そうか。


比叡は握り拳を翳して更に言葉を付け加える。


「経験を積んで、姉さまに少しでも近づきたいんです!」


「やめたほうがいいと思う」


「えっ?」


「あっ、すまない、何でもない」


咄嗟に突っ込んでしまったのは理由がある、俺は今朝の出来事を思い出すのだった。


朝食前、金剛が現れたと思えば突進を繰り出し、割り込んだ神通の手により絞め落とされていた。

以上だ。


ただ金剛も悪い奴ではない、感情表現が肉体言語に変わることを除けばとても女性らしい女性だと思う。

私服のセンスもいいと思うし、特に紅茶への拘りは中々面白い、因みに俺はミルクティーが好きだが伝えたら用意してくれるだろうか。

榛名も少々考えが足らないと言うかドジと言うか、姉の言うことを疑わない点があるけれど、手作りの洋菓子の完成度は高いと思う。

金剛は紅茶、榛名は洋菓子、比叡は確か御召艦としても有名だった筈だから、その面では今から期待しても良いのかも知れないな。


そして次の建造で現れた艦娘は軽空母を狙うためにボーキサイトを投入したのだが、艦種の宛てが外れて軽巡洋艦であった。

容姿は長い茶髪で、頭頂部からやたらと長いアホ毛が物凄く特徴的だった。

そうだな、少なくとも顔よりもアホ毛にしか目が行かなくなる程に特徴的だ。


「クマー、よろしくクマ」


ん、今自己紹介したのか?

俺が首を傾げていると、大淀が代わりに説明してくれた。


「球磨型の球磨さんですね。とても頼れる軽巡洋艦ですよ」


「ああ、それで“クマ”なのか」


「呼んだクマ?」


「語尾でもあるのか、便利な言葉だ」


彼女なりの自己紹介だったようだ。

球磨型は確か北上と大井もそうだったはずだが、一応姉妹艦になるのだろうか。

それにしては服装とかあまり似てないような気がするが、吹雪と叢雲みたいな例もあるし、そう言うこともあるのだろう。

そして個性派艦娘特有の変な語尾、でちでちぽいぽいと来てクマと来たもんだ。もう想像つかない世界だ。


さて、次は駆逐艦レシピである。

望み通り駆逐艦が現れたのだが……。

その艦娘は明るい桃色のツインテールと言う明らかな個性的主張をしながら挨拶を始めたのだ。


「綾波型駆逐艦 漣 です、ご主人様」


ご主人様、か。 この呼称は国と場所によって解釈が異なるが取り敢えず日本ではろくなものではない。やんわり訂正しておこう。


「ご主人様じゃなくて司令官だぞ一応」


「一応って何ですかご主人様、漣もしかしてヤベーとこに来ちゃいました?」


「ヤベー奴は確かに居るけど、綾波型なら曙が着任しているぞ」


「マジすか! ぼのたんに会えゆ〜っ!」


漣はその場で小躍りを始めた。

大人しそうな子は現れなかったが、今回の建造ではひとりっ子が増えなかった。何気に初めての事である。

俺は新しく現れた艦娘達三名に声を掛けた。


「遅くなったが、俺がここの鎮守府の提督、篠原だ。 先ずは鹿島が鎮守府内を案内してくれるから指示に従うように」


「はい!」

「わかったクマー」

「うぃーっす!」


いつも通り、新人の案内や説明は鹿島に任せてある。

俺が声を掛けるまでもなく、大淀が携帯で鹿島を呼び出していて、間も無くして鹿島はご機嫌にやってきた。


「お待たせしました提督さん♪ 新人さん達は鹿島にお任せくださいっ」


「ああ、では後の事を頼むぞ」


「はい♪」


案内くらいなら俺がしても良いのだろうが、鹿島には毎回甘えてしまっている。


他にもやる事が多いんだよな、この後1週間は新人訓練が行われるだろうし、その過程に心肺蘇生法などの緊急対応の項目を加えたいと考えているため、香取と打ち合わせする必要がある。

後は日程の取り決めか、資格取得に基づいてスケジュールを調節しないといけない。


そして大雑把な算段を取りながら廊下を歩き執務室の扉を開けると、いつもの透き通った声が聞こえてきた。


「おかえりなさい、提督」


秘書艦の神通だ。

彼女は凛々しい表情に確かな優しさを含ませながら俺に問いかける。


「建造は如何でしたか?」


「ああ、成功したよ。 相変わらず中々個性的な艦娘がやって来てくれた」


「ふふっ、また賑やかになりそうですね」


「もう充分過ぎる程賑やかな気がするけどな……」


建造は不安しかない。

誰が現れるか判らないし、個性的な性格についていけるか分からないからだ。


けれど彼女達との邂逅はどんな時だって嬉しいに決まっているのだ。


艦娘達は持ち前の個性で日常を鮮やかに彩り始める。

彼女達一人一人の放つ独創的な個性という色は日常に溶けて、常に変わり続ける万華鏡のようだ。


「楽しみだな」


「ええ、そうですね」


今だけは静かな執務室で、言葉足らずなやりとりが交わされた。

けれど伝わっているのだろう、何となくそう感じたのだ。 その事が嬉しかった。


どうせこの執務室もすぐに喧しくなるのだ、邪魔をされない今の内に期待で胸を満たしておくとしよう。

扉の向こうから響く複数の足跡を聞きながら、俺は執務を再開するのであった。






小池を眺めていたら大変な事になったのです

電side





こんにちは、電なのです。

照り付ける日差しが一段と強く、猛暑日が続く真夏日和ですが、そんな暑さにも負けずに今日も鎮守府はとても賑やかなのです!


昨日はみんなで流し素麺を体験しました。

司令官さんと吹雪さんが午前中いっぱい丸ごと使って加工した竹を使った本格的な流し素麺だったのです。

その日も日差しが強くてとっても暑かったのですが、竹を伝って流れるお水を見ているとそれだけで少し涼しく感じられたのです。


勿論、素麺もとっても美味しかったのです!

おつゆにネギを浮かべてひとくち、これなのです。

司令官さん曰く、通はミョウガも浮かべるらしいですが電は少しだけ苦手なのです。


まだ新人訓練の途中で干からびそうになっていた漣ちゃんも流し素麺で息を吹き返していたような気がするのです。

例の如く一航戦の方が荒ぶっていましたが最後尾に移動させる事で解決していました。

何故最初に気がつけなかったか今でも少し疑問なのです。


ただ人数が人数だけに茹でる側は最後までてんてこ舞いだったのです、鳳翔さん間宮さんに続いて司令官さんも大鍋を前に奮闘していましたが、滝のような汗をかいていたのを覚えています。


使い終わった竹は薪の代わりとして再利用するらしく、今日は日向に並べられて乾燥させているようです。

司令官さん曰く、年末のお楽しみらしいのです。

電はピンと来ましたが、鈴谷さん達はまだわからないようでした。

でも楽しみにしておくといいのです、きっと期待以上のものに出会うのです!


その事から電も今から浮かれてしまったのかも知れません、気がつけば用事も無いのに裏庭に足を運ばせていました。


8月、それは植物達がとっても元気になる季節なのです。

花壇のお花達も色鮮やかでとっても綺麗な花弁を開いてカラフルに景色を彩ります。

オレンジ色のリコリス、ピンク色のガーベラ、紫色のキキョウ、黄色のキヌガサキク、他にも沢山のお花がありますが、どれも綺麗に咲き誇っているのです。

吹雪さんお手製のベンチを囲むウッドフェンスには朝顔の花が飾られて、伸びた蔓が涼しい日陰を作っています。

中でもキキョウは珍しいお花だそうです。

花言葉は“不屈の心”、立派に咲いて電も嬉しいのです!


お野菜達も収穫日和なのです。

と言うよりもマメに収穫をしないと痛んでしまうほど元気良く成長しています。

花壇に比べて小さな畑ですが、育てやすいキュウリやトマト、ナスやピーマン、サヤエンドウやオクラなど種類は豊富なのです。


でも電はナスが苦手なのです。

なんだか駆逐イ級に似ていませんか?


司令官さん曰く、ナスは“野菜界のお肉”だそうで、とっても栄養価が高いから食べられるようになった方が良いそうです。

ですが電は知っています、司令官さんはトマトが苦手なのです。

ただ食感が苦手なだけで加工すれば食べられるそうですが、苦手は苦手なのでこれでおあいこなのです!


そして小池の金魚さんも去年よりもひとまわり大きくなったような気がします。

他にもお水の中で、いつの間にかメダカさんや、細長い巻貝のような小さな生き物も一緒に暮らしていました。

バッタさんによく似た小さくて不思議な虫も、池の中の水草にペッタリと張り付いています。


どこからやってきたのでしょうか?


夜中になるとゲコゲコと鳴き始めるカエルさん達は今は姿を隠しているようです。

でもお花にお水をあげている時や、お野菜の収穫をする時に不意に飛び出してくるのは驚くのでやめて欲しいのです。

電はカエルさんがいるのならオタマジャクシもいると思って小池の中を覗いてみますが見当たりません、それなのにカエルさんは何処からやって来たのでしょうか?

やっぱり生き物は不思議なのです。


そんな事を考えていると、不意に背後から声が掛けられました。


「何か見つかったか?」


「はわぁっ⁉︎」


電は驚いて変な声を出してしまいました……。

振り返れば司令官さんが立っていました。

白い制服を着ているので、多分執務の息抜きにやってきたのでしょう。


「し、司令官さんでしたか、ビックリしたのですぅ!」


「はははっ、夢中になって池を覗いてるものだから気になってな」


「もぉ〜〜……」


司令官さんはたまに意地悪するのです。

きっと電が驚く事を知っていながら急に声を掛けたのに違いありません!


「これくらいで拗ねないでくれよ、な?」


そう言って司令官さんは私の頭に手を乗せました。

ちょっぴりこそばゆいのです。


「だ、大丈夫なのです……」


「それで何が見つかったんだ?」


「はわ、そうでしたっ! 司令官さん、いつの間にか変な生き物が暮らしているのです!」


「変な生き物?」


司令官さんは楽しそうに笑いながらその場で屈んで、一緒に小池の中を覗き始めました。

電は水草に張り付いたバッタさんのような小さな生き物を指さします。


「あの茶色い虫なのです。 アレはなんなのです?」


「ん〜……アレはヤゴかな?」


「ヤゴ?」


「トンボの幼虫かな? 8月でも居るもんだなぁ……」


「わぁ!」


裏庭を見渡せばトンボも沢山飛んでいるのです、このヤゴという生き物はその中の幼虫だったようです。


「ヤゴさんは水草を食べているのでしょうか?」


「いーや、ヤゴは肉食だぞ? それもかなり優秀な狩り人らしいからな」


「はわわっ⁉︎ と言うことは一見優雅な小池の中で壮絶な生存競争が行われているという事なのです⁉︎」


「例えが壮大だけど強ち間違ってないな。 お前昨日なんのテレビ見たんだ?」


「地球大紀行なのです」


あの番組で哺乳類の先祖がネズミさんのような小さな生き物しか居なかったと知った時は驚いたのです。

過酷な環境変化や生存競争の中で進化を重ねて生き抜いた種だけが今も生きていると考えると、なんだか怖いような反面ワクワクするのです。


司令官さんは小池の中を泳ぐ金魚さんを見ながら言いました。


「でも、そうだな。 この池を中心に、この裏庭だけの生態系が出来つつあるんだろうな」


「なのです! 少なくとも池が無ければ金魚さんもメダカさんも見ることは出来なかったのです!」


「でも花壇が大きくなっただけに、流石に池が小さく見えるよなぁ……」


小池は手作りで、サイズも小さめなのです。

だから花壇のお花が咲き誇れば、その影に隠れてしまう事もありました。


「それは仕方ないのです、確かに池が大きければ鯉さんも泳ぐことが出来そうですが、電はこの小池もとってもお気に入りなのです!」


「やっぱり鯉が好きなんだな?」


「なのです! あの綺麗な模様は素敵だと思うのです!」


「鯉かぁ……、そりゃあ鯉を飼うならこの3倍は大きくしないとだしなぁ……、鯉は大きいからな」


「そこまで行ったら小さなプールなのです。泳ぎ出す艦娘が現れる危険性もあるのです」


「……」


「司令官さん?」


「……」


司令官さんが急に無言になったので、電は司令官さんのお顔を見上げました。

するとこの前草毟りをした、花壇と雑木林の間にあるスペースを見つめているのでした。

なんだか嫌な予感がしてきたのです。


やがて司令官さんは言いました。


「……行けんじゃね?」


「えっ?」


「夏季休暇もあるし……、重機を借りてくれば……」


「あ、あの、司令官さん?」


嫌な予感は当たりました。

司令官さんは爽やかな笑顔で言ったのです。


「よーし大きな池を作るか!」


「はわわっ⁉︎ そんな簡単に決めていい事なのです⁉︎」


「ついでに温室も建てるか、前からやってみたかったんだよな」


「司令官さん⁉︎ 一体何を始めるのです⁉︎」


お、小池を覗いていたら大変な事になりそうなのです!

どんなに生態系が広くてもノリで建築を始める司令官さんは恐らくこの鎮守府にしか生息していないのです。

何とか慎重に考えるように言おうと思いましたが、司令官さんの頭の中では次々と手筈が整って行くようでした。


「先ずは土地の測定を……」


「司令官、こちらをどうぞ」


「おお、悪いな」


いつの間にか吹雪さんがやって来ていてメジャーを司令官さんに手渡していました。


「ふ、吹雪さん⁉︎」


「こんにちは電ちゃん! 話は聞かせて貰いました!」


「何故そんな都合良くメジャーなんて持ってるのですっ⁉︎」


「オフの日は大体これ付けてますから!」


そう言って吹雪さんは自分の腰あたりをパンパンと叩きました。

腰のベルトからぶら下がった道具袋が揺さぶられています。

さっきまで何か作業をしていたのでしょう、格好も作業着なのです。

少なくともオフの日にそんな格好をしている艦娘はこの鎮守府にしか生息していないのです。

そんな吹雪さんはニコニコと笑いながら道具袋を撫でながら言いました。


「使用頻度の高い道具とかは、こうやって道具袋に入れておくと便利なんですよ〜」


「そ、そうなのですか……。 鋭利な道具もぶら下がっているような気がするのですが……、怪我とか大丈夫なのです?」


「トライチさんの作業着は頑丈なので、抜き身の刃物でもない限り肌は傷つきません!」


「ト、トライチさん……? 誰なのですか?」


最近、吹雪さんが何を言っているのかよく分かりません。

そして、そうこうしている内に司令官さんは測量を終えて、吹雪さんと話し合い始めました。


「小池は残して後でトンネルで繋げれば良いかな? こっちは最大で内寸800と300は行けるな」


「今回も長方形ですか?」


「いや楕円だな。ある程度形を崩して雑木林側に背景も作ろう」


「でしたら背景に起伏を作りませんか? 日本庭園で池は自然表現の一つとして挙げられますし……」


「流石は吹雪だ、正面から見た時に立体感を含ませるって事だな?」


「ジオラマみたいなものですね」


「だとしたら花壇も含めて1つの風景にしよう、その方が統一感があって綺麗になるだろう」


もう2人が何を言っているのかサッパリ分からないのです。

分からない内にとても大掛かりな工事が決まろうとしているのです。


そして司令官さんは取ってつけたように言うのでした。


「待ってろよ電! 立派な池を作るからな!」


「し、司令官さん! 考え直してください! 電のワガママでそんな……」


「何もお前だけのワガママって訳じゃないさ、俺も前々から池が小さいと思っていた」


何だか言いくるめられている気分なのです。

前回も似たような事がありました、金魚さんを近くで見たいと言ったらアクアテラリウムが出来上がったのです。

恐らく、いえきっと、自分で作りたいだけのような気がしてならないのです。


そんな司令官さんは吹雪さんに意気揚々と言いました。


「庭園か……、腕が鳴るな吹雪」


「はい、司令官! 不肖吹雪、精一杯頑張ります!」


今回は鯉が好きだと言ったら庭園が出来上がりそうなのです。

何故こうなってしまうのでしょうか……。


案の定、司令官さんの案は吹雪さんと同調を始めて膨れ上がり鎮守府全体を巻き込み始めるのでした。

この渦中の中心に自分がいる事が何となく居た堪れないのです……。





独創性

叢雲side





私には変わった姉がいる。


一番艦、吹雪。

まあ姉と言っても吹雪はネームシップと言うだけで、私がそんな印象を抱いているのも吹雪が普段姉のような威厳を見せる振る舞いをしないからだと思う。


少なくとも姉らしくはない。


そして艦娘らしくもない。


吹雪は朝から部屋を出ているらしく見当たらないけど、私達の部屋には吹雪の持つ工具箱が異様な存在感を放っている。

ハンマーや数種類の丸鋸やルーター、ドリルの替え刃が分別されて収まっていて、暫く使う予定のない工具だけ箱に保管してるらしいけど、それでいてこの量になっているのだから、もう分別の意味があまり無いような気がしてならないわ。

探せば絶対に一度も使ってない工具が出てくるわよ。


それから本棚には大量のカタログが置いてある。


工具や重機のカタログから彫刻や細工を纏めたものが沢山。

よくお風呂上がりだとか寝る前とかに熱心に目を通していて、そのまま熱が入って製図に取り掛かる事もままある。 まるで職人ね。


女の子らしくもないんじゃない?

私が言えた口では無いと思うけど。


ただ、やっている事は艦娘らしくも女の子らしくもない筈なのに吹雪に魅力を感じている艦娘が多いのは確かね。

やるからには全力と言う姿勢もあって、実戦でも駆逐艦として非の打ち所がないスコアを出せるし、日常でも普段からデザインに拘ったりしているせいか私服について相談を受ける事もあったわね。

ただ女の子が求めそうなフェミニン感とかまるで理解していないようで耐久性だとか使用感だけで答えていたわ。


なんだか司令官に似てきたわね。


ああ、そうね……、一番変わってるのは私達の司令官に違いない。

まず第一にイレギュラーで司令官になっているし、海軍というより陸軍寄りで対人戦に長ける。

極秘事項だけど元帥から暗殺や抹殺の依頼を受ける程で、私が知っているのだけで恐らく2回。


どれくらい強いかとかは基準とか無いし判らないけど、少なくとも日本より遥かに治安が悪くて政治の影響が及んでいない発展途上国の無法地帯で、何度もゲリラ戦に巻き込まれながらも乗り越えた程度の強さかしらね?

戦闘狂の艦娘はその手の話題でよく盛り上がっているわ、『もしも提督に艤装があれば〜』だとか。


それだけ聞くと司令官に怖い印象を覚えるかもしれないけど、そうでもない。

元は子供達の為に戦っていた人だし、基本的にお人好しで私の鎮守府でもよく懐かれているみたいね。


遊び心もあって吹雪を趣味人に改造したのも司令官。


吹雪も最初は純粋な好奇心だったみたい、見たこともない電動工具に目を奪われていたから。

少なくとも一般人が思い浮かべるような工具に電動ヤスリは出てこないわよね。

私もサンダーとか言う工具はアイロンか何かだと思ったわよ、形はそっくりだったし。


それから吹雪は物作りの楽しさを覚えたみたいで、何かにつけて司令官に相談していたわね。


その時はまだ良かった、けど吹雪はいつのまにか司令官に教わらずに独学で研究を始めるようになったわ。

そのキッカケと言うのが、神通さんの模造刀。

あの時は訳あって司令官に見つからないように模造刀を作る為、自分で調べるしかなかったから。

秘密裏に潜水艦達が集めた鋼材を使って何とか形を成した模造刀は、神通さんの乾坤一擲のひと振りと共に私達の新しい可能性の道を切り開いた。


それと同時に、吹雪の研究の道もね。


吹雪が熱心に勉強している金属加工や細かな彫刻などは司令官ですら判らない分野だそうで、その技術は殆ど独学によるもの。

だから迷走しながらも手探りで、時に盛大に失敗する事だってある。

それでも司令官は、そんな吹雪の発展を心から喜んでいるようで頑張ってまで応援しようとしていて、失敗した時も必ずフォローを入れている。


私は……まぁ……、一応、応援しているわ。


ただ、どうしても腑に落ちないのよ……。

これは私が艦娘である事に拘っているからなのか、自分でもよくわかっていない。

それでも目の前の光景には突っ込まざるを得ないのだった。


「吹雪……アンタ何やってんの……?」


「えっ? 何って見て判らないの?」


窓を開けたら騒音が響いていたので様子を見に外に出たら吹雪に会った。 そこまでは良いわ。

ただその吹雪が特殊作業車を運転していた場合、どんな反応をすれば良かったのよ。


「な、何乗ってんの⁉︎ ショベルカー⁉︎」


「ユンボだよ! 可愛いでしょ〜っ」


「可愛い……⁉︎ コレが⁉︎」


吹雪が乗っているのは黄色いボディカラーのユンボと言う掘削用建設機械だ。早い話小さな油圧式ショベル。

トラックに積めそうサイズだけど吹雪が言う『可愛い』なんて感想は微塵にも浮かばなかったわ。

吹雪は黄色い安全ヘルメットを被っていてまるで工場見学に来た学生みたいな。 イラスト屋の画像を見ているような安心感だわ。

そんな吹雪はニコニコと笑いながら私に言った。


「司令官がね、裏庭の池を拡張するんだって!」


「は、はぁ……? それでそんなの乗ってる訳?」


「えへへぇ、ホントは司令官が操縦する筈だったんだけど“少しなら動かしていいぞ”って……」


「あーはいはい、その時の光景が目に浮かぶわ……」


大方、司令官がレンタルしてきたユンボを鎮守府に運び込む際に吹雪と遭遇したんでしょうね。

そこで吹雪が好奇心の視線を送って司令官が折れた、と。

キャタピラだけど動かすだけなら簡単なの?


と言うか、池の拡張で重機を使うってどんだけ大掛かりな事を始めようとしてんのよあの司令官。


「司令官忙しいんじゃ無かったの……?」


「お盆休み使うんだって張り切ってたよ?」


「は、はぁ⁉︎ 帰省するんじゃないの?」


「私もそう思ったんだけどね……、“母には息災だと伝われば良い”って……」


「何よそれ……」


呆れた、艦娘大事にするのは良いけど家族も大事にしなさいよ。

吹雪も同じ事を思っていたのか少しだけ複雑そうな顔をしていた。


「叢雲ちゃんの気持ちも分かるよ? 司令官もたまには実家で羽根を伸ばして欲しいもんね?」


「は、はぁ? 何言ってんの……」


「でも、出来る事は出来る内にやっておきたいんだって。 それにお盆にしか出来ないこともあるんだってさ」


「結局私達に気を使ったって事?」


気を使われ過ぎたって困るのよね。

大体、普段からろくに休んでないくせに、たまの休みも艦娘の為に尽くそうだなんてお人好しにも程があるわよ。

私がそんな風に考えていると、突然背後から声が掛けられた。


「それは違うぞ叢雲」


この声は司令官。私がどう言う事か説明を求める為に振り返ると司令官らしからぬ作業着を着た司令官がスコップと木材を肩に乗せながらこちらに歩いて来ていた。

私が格好に突っ込みを入れる前に吹雪が嬉しそうな弾んだ声をあげていた。


「あっ、しれーかーん!」


「操作ミスって壁に突っ込んだかと思ったが叢雲に捕まってたのか」


「流石にそんなに早く事故りませんよ! 教えてもらったばかりじゃないですかぁ!」


「それもそうか。 ただアームの操縦は少し複雑だから先ずは俺の手元を見て覚えるんだぞ」


「は、はい!」


司令官は吹雪との会話を終えると今度は私の方を見て微笑を浮かべていた。

私はなんとなく何も言わずに腕を組んで、次の言葉を待っていると彼は言うのだ。


「俺がそうしたいだけだよ、ダメか?」


司令官は言い回しが巧みだ。自分の欲求という事にしておけば大抵の艦娘は引き下がるからだ。


そう、ここの艦娘は司令官に甘い。


殆どの艦娘が彼のやりたい事を止めようとはしない。

大体が自分達の為になる事でもあるし、何より司令官は今まで沢山辛い思いをしてきたというのもあるだろう。 だから多くの艦娘は出来る限り司令官の望むままに従う。


ただ一部の艦娘は容赦無く行動に制限を加える事もあるけどね。

例えば司令官は忙しい時は平然とお昼を抜いて執務を続けようとするけど、それを断固として許さない艦娘がいる。

鳳翔さん、間宮さん、雷が顕著ね。

余談だけどあの3人は共通してカップ麺やインスタント類を敵視しているきらいがあって、司令官が非常食用に長持ちする袋ラーメンを買って来たときは苦虫を噛み潰したような表情をしていたとか。


まぁ私はあの3人ほど口すっぱく指摘はしないわ。

予め考えておいた妥協案を提示するだけ。


「だったら顔を見せない分、たっぷり時間をとって電話でもしなさいな」


「それもそうだな……、ありがとう」


「ふん」


こう言っておけば司令官は約束を守るだろうからね。

どうせ決定を曲げるつもりは無いんだろうし、口出し出来る部分で釘を刺しておくのが私のやり方。

そして話がひと段落ついたかと思ったら、吹雪のアホがこんな事を言い出した。


「じゃあ叢雲ちゃんも着替えてこよーね? 人手は多いに越したことはないから!」


「は? なんでよ⁉︎」


「どうせこの後やる事ないんでしょう?」


「は、はぁぁぁッ⁉︎ アンタ喧嘩売ってんの⁉︎ あ、あるでしょ対空訓練とか射撃訓練とか!」


「確かに訓練は大事だけど、これは今しかできない事なんだよ?」


ネームシップが訓練を疎かにするなんてどう言う事よ……⁉︎

そんな吹雪は生暖かい笑顔を向けて言葉を付け足した。


「いいの? これからずっと残る物を、またみんなで作るんだよ? きっと忘れられない思い出になるよ?」


「う……あ……」


「司令官も、叢雲ちゃんが来てくれた方がきっと助かると思うんだけどなー?」


「ああもうっ! わかったわよ、やれば良いんでしょやれば!」


「うんうん、叢雲ちゃんは素直な方が可愛いよ!」


「るっさい! はっ倒すわよ⁉︎」


む、むかつく! 何なのよあの見透かしたような顔は!

司令官は司令官でニヤニヤ笑ってるし。


「何よアンタ! 言いたい事があるなら言いなさいよ!」


「うおっ、飛び火した」


「アンタねぇ……ッ!」


「とりあえず着替えるなら着替えてくるんだ、俺は早く荷物運んでおきたい」


「い、言われなくなって! ……ああもう!」


何で私が生暖かい目で見られないと行けない訳……?

一刻も早くその場を離れたかったから踵を返して部屋に戻ろうとしたら、背後から吹雪と司令官のやり取りが聴こえてきた。


「叢雲ちゃん、とっても良い子なんです♪」


「ああ、知ってるよ」


そう言うの聞こえないように言いなさいよもうッ‼︎

駆け足で部屋に戻った私はヤケクソ気味に声を張り上げた。


「初雪ィィィィーーッ‼︎」


「ふぇっ⁉︎ な、何⁉︎」


「寝てばっか居ないでさっさと着替えなさい! 裏庭の拡張工事よ!」


「うわダルそう……」


「アァン⁉︎ 引っ叩くわよ⁉︎」


「な、何でもう怒ってるの……⁉︎」


八つ当たり気味にタオルケットに包まって寝ている初雪を叩き起こして私もジャージに着替え始める。

吹雪のような立派な作業着は持ってないからね。


「白雪はどうしたのよ?」


「し、知らないよぉ……、二度寝してたし」


「アンタそんなんじゃ夏バテするわよ?」


「サボる口実になる」


「愚かね、せめて私に言うべきでは無かったわね!」


「げぇ……」


そうこうしている内に着替えが終わった。

この白いジャージは司令官推しの、謂わば“ちょっと良い物シリーズ”の1つ。

以前はジャージなんてどれも同じかと思ってたけど、柔軟な生地を使っているのか肩の動きへの負荷が明らかに違うし、とても軽い。

いつの間にかランニングとかでも愛用するようになっていた。 地味に愛着わいて汚したくはないんだけど、この際仕方ないわよね。


それから白雪は新入りの漣に危機感を抱いたのか尾行して監視してた。変装までして無意味にハイレベルな尾行だったけど取っ捕まえて連れ戻して来たわ。


そのお陰で少し遅れて裏庭に辿り着いたんだけど、その時には多くの艦娘達がすでに集まっていたわ。


見回せば電と響と暁が小池の金魚を網で救って水槽に避難させていた。

それぞれが網を手に取ってそれぞれの感想を口にしているわ。


「少しの間窮屈な思いをさせてしまうのです……」


「メダカが機敏すぎる。 コイツ、出来る」


「な、なぁにコレ……、ヤゴでもない変なのが引っかかったわ……なんかピクピクしてるぅ……」


アレはナナフシね、池に落ちたんじゃない?


その少し隣で大和と長門が協力して花壇の花を一つ一つ木鉢に移していた。

集まっている大半の艦娘が花壇を手掛けているわね。


「ほ、本当に建築を始めるなんて……」


「だが有言実行は素直に賞賛に値する。この様な大掛かりな事なら尚更な」


その隣で愛宕さん高雄さんも。


「温室が出来たら珍しいお花も育てられますね♪」


「月下美人の花など……根気が必要ですけど夜に咲き誇る珍しい花ですわ!」


まだ出来上がってもないのに早くも期待を募らせている様ね。

吹雪の姿を探していると、隅で製図用紙を広げた司令官と話し合っていたわ。

明石さんや天龍と龍田さんも混ざって、多分だけど主な肉体労働を手掛けるチームって事かしら?


「まずは基礎からですか?」


「そうなるな、基礎作りから始めて池の外周も同時進行させよう」


「凄く本格的ですね、電気も通すなんて……。 キュービクルが近いんで手間は掛らなそうですが」


「キューティクル?」


「天龍ちゃんには少し難しいかしら〜」


「な、舐めんな! アレだろ⁉︎ キューティクルって言えばツヤとハリだとかなんとか」


ツヤとハリで超高圧電流を受けれるなら苦労しないわね。

突拍子も無い誤解が生まれそうだから、私は天龍の訂正をしながら吹雪の元へと向かった。


「バカ天龍、キュービクルで変圧器よ。 なによツヤとハリって、バカじゃ無いの」


「なっ、うっせうっせ!2度も言うな!」


「あっ、叢雲ちゃん!」


「来てやったわよ。 で、何すんの?」


「おい無視すんな!」

「うふふ〜、天龍ちゃん可愛い。 良いじゃないキューティクルでも」


憤慨する天龍を横目に見ながら吹雪は無造作に地面に置かれた大きな紺色の箱を指差した。


「花壇が終わったらコンクリつくりかな!」


「……またコンクリなのね」


「前回の比じゃない量使うよ!」


「聞きたくなかったわ……」


相変わらず地味でしんどい作業が待っているのね。

私がため息をついていると、背後から元気な声が響いてきた。


「みんな〜っ! ポカリ持ってきたわ! 喉が乾いたらすぐに水分補給するのよ!」


振り返れば雷がポットを抱えながら間宮さんと一緒に裏庭に入って来ていた。

間宮さんが持っている紙コップを使っていつでも飲める様にと言う配慮でしょう。


新人訓練を終えて間もない新人達は唖然としているが、殆どの艦娘が順応している。


だから反応にも大きく差が出るようね。


中でも比叡はユンボの登場があまりに予想外らしく目を丸くしていた。


「ひ、ひぇぇ〜……、庭作りって規模じゃないような」


「榛名はユンボにもロマンを感じます……」


「ユンボはprettyネー!」


金剛型は何でユンボが浸透してんのよ……。

私は今朝知ったばかりだけど一般常識だったりするの?

そして金剛の言葉を聞いていた吹雪はどういうわけか勝ち誇った顔をしていた。


「ほら! ユンボは可愛いんだよ」


「はいはい、それで良いわよもう……」


私にはどう見ても無骨な機械にしか見えないけど。


再度口にするが、私には変わった姉がいる。

だけど変わっているのは何も姉だけではなく、この鎮守府自体が変わっているだろう。


少なくとも鎮守府らしくは無いんじゃない?


艦娘も基本的に好き勝手やってるし、司令官も割とやりたい放題で、それでいて全員で一致団結して庭作りを始める鎮守府が他にあれば教えて欲しいわね。 思い浮かばないなら、ここがそれだけ個性的な鎮守府って事よ。


ただ、その分愛着も湧くし思い出もたくさん出来上がって、私達が作った帰るべき居場所はこのようにして出来上がるのだと考えれば……。


これから待ち受ける地味でしんどい作業も、まぁ、悪くは無いわ。





あの日見た景色を

篠原side





午後の執務室にて、書類を片付けながらふと考える事がある。


お盆前に着手した裏庭の拡張工事は、積極的な艦娘が想像より遥かに多かったおかげで予想以上の速度で作業が進んで、生コンの乾燥を待つなどの待ち時間の方が多くなる程だ。

温室の建築も同時に進めているが、こちらは小振りな小屋が完成形なので池が完成して間もなく仕上がる見込みである。

今は基礎部分から支柱だけ伸ばした骨組みの段階であるが、愛宕達が中心に早くも内装のレイアウトを考え始めているようだ。


温室といえば二重構造の壁とガラスが必要になる。

前途の通り作業速度が早いので、早めにガラスの注文をした方が良さそうだな。


叢雲に釘を刺されていた実家への電話も済ませたし、後はゆっくり計画を進めよう。


明日から夏季休暇に入るのだ。

即ち、お盆に入る事になる。


ただ戦時中と言うこともあって長い間留守には出来ないのだが、今年はずっと鎮守府にいるつもりだから問題は無いだろう。


体面上の連休、その前の最後の書類を片付けようじゃないか。

時刻は17時になるし、ここは秘書艦の神通を下がらせよう。

俺は書類に目を通しながら、隣の机で書類をファイル分けしている神通に話し掛けた。


「神通、それが片付いたら休んで良いぞ」


「はい」


神通は素直な返事をして最後に手をつけた書類をクリアファイルに纏めて棚にしまうが、執務室からは退出せずにソファーに座って北上や利根の中に混ざった。


神通はいつもこうなのだ。


俺からしたら『今日の仕事は終わり』と伝えているつもりだ、彼女もそう受け取っているに違いない。

だが、彼女は俺が仕事を終えるまではずっと執務室に居ようとする。

それが秘書艦補佐についた艦娘にも同じ現象が起こるので少しばかり複雑な思いがある。

いずれも俺が仕事を進めようとすれば隙を見て手を貸そうとするからだ。

サービス残業を進んで行う社員を見ている気分である。


補佐の翔鶴は珈琲を淹れてくれている。


夏だからアイスコーヒーにする為、少し手間を加えて氷水で冷やしているのだ。


翔鶴は離島泊地の出来事から半年経つが、あの時の出来事が嘘のように感じられる程に落ち着いている。 まぁ、ここに来た時からそうであったけれど。

泊地の鎮守府は悲惨な結末を迎えたが、そもそも現状の“鎮守府の在り方”と言うのは酷く曖昧なものだ。

たった1人がイチ軍事力の全権を握ってしまえる事から起こり得る独裁は、俗に言う“ブラック鎮守府”の完成を幇助させる。

組織の透明化を図ろうにも提督の素質とその影響もあって、監視が行き届かずに隠蔽も容易に行えてしまうのだ。

妖精さんは一般人から身を隠し、身を隠せば工廠が止まり軍備に多大な影響を及ぼすからな。

故に現代の提督はすべからく独裁が可能で、つまるところ俺も独裁者の1人という事になる。


まぁ好き勝手やっているから否定こそしないが完全な独裁にはならないのは過去の出来事があったからこそか。


無秩序の元で行われる戦いほど無意味な事は無い。

それはこの世で最も忌むべき戦いだ。


離島泊地の事件もそうだった、あの様な戦いは何も生み出す事は無いのだ。

だけど俺はそんな無秩序の戦いに身を投じていたのだ。

そうして思い耽っていると物静かな足音と共に声が掛けられた。


「提督、珈琲が出来ました」


「ありがとう翔鶴。 今日はもう休んで良いぞ」


「お気遣いありがとうございます、提督」


翔鶴が珈琲を持って来てくれたので受け取り、そして彼女を下がらせるもやはりソファーに腰を落としていた。

そんな翔鶴は少しばかりそそっかしい所もあるが、それでもやはり艦娘で、海に出れば凛として研ぎ澄まされた風格を身に纏い敵を屠る戦士と変わる。

確かな意義を持てる戦場はなんとも高尚なものかを背中で表す様であったし、それは事実とも言えるだろう。


故に、俺は自分がやって来た戦いの在り方を考えるのであった。


かつて俺が居た戦場。

物欲に酔い痴れ、麻薬の為に戦い、麻薬を奪い、また麻薬を巡る。

強烈な快楽や圧倒的な全能感を呼び起こす麻薬やドラッグは凄まじい富になる、けれど文明の破壊因子だ。

ひと時の快楽と引き換えに脳を蝕む麻薬は人を人ならざる魔物へと変貌させるからだ。


金の亡者の目は物欲に眩み、無秩序の元では迷わず手頃な麻薬に手をつけ、それにより麻薬に脳を蝕まれた親は腹を痛めて産んだ子供を喜んで差し出す。

そして麻薬を使いただの道具に変えられた子供は真っ当な人間にはよく効いた筈だろう。

例え銃を持っていたとして小さな身体の子供に向けて躊躇わず銃の引き金を引ける者が真っ当な人間の中でどれ程居るものか。

けれど薬に侵された子供は躊躇わず引き金を引き、爆弾を抱えて飛び込んだ。 例え相手が果敢な戦士であったとしても優秀な兵士だったとしても、ありふれた優しさを抱いたばかりに餌食となった。


そうやって同じ事が繰り返され、繰り返され、残すは同類同士の殴り合いになった時、最早なんの意義も持たない史上最低の争いが残るだけだった。


組織同士の奪い合いは勝てば相手の全権を得られるが、少しでも客観的になれば堂々巡りだと気がついた筈だ。

しかし彼等はやれ信仰だの信条だの高尚な振りを続けたが、結局は富と権力に目が眩んで麻薬に手を付け自ら泥沼を作り出し、その中でしか生きられなくなった盲目の集団だったのだ。

蔓延る紛争の勝敗もより強い盲目を決めるだけに留まり、自滅を待てど金の匂いに釣られ外から新たな愚者が現れる始末だ。

こうなってしまえば、第三者による制裁を待つ他は無かった。


その役目を成り行きでたまたま担ったのが、担ってしまったのが俺の支援部隊だった。

その時の光景は隊員が『アインザッツグルッペの再臨』等と宣った程の惨状であった。


あの場所は腐っていた。どうしようもない程に腐り切っていた。

子供達が抱く大人になりたいと言うありふれた願いも、他者の物欲に弄ばれてゴミのように踏み躙られる場所だ。

子供達はその地に産まれてしまったばかりに悲劇を迎えるのだ。


腐った肉は切り落とさなけば膿を吐き出し続けて周囲を感染させる。だが切り落とす事が出来れば適切な処置で再生を促せるだろう。

その“適切な処置”が評価されていつしか“Peace Maker”等と呼ばれるまでになったが、俺と俺の部下達はついにその名を自称する事はなかった。


“切り落とす”事がどんなに残酷な選択か知っているからだ。 断じて誇るべき事ではない。


それでも“適切な処置”を行いそこに住まう人から感謝の言葉を告げられた時、初めて俺達は救われたのかも知れなかった。


ありがとう、そう言われて初めて意義が生まれた気がしたな。

笑顔の価値のなんたるかを知ったのも、その時だったのかも知れない。


だから俺は艦娘に、彼女達に自分のやって来た事を事細かに教える事が少しだけ怖いと感じている。

幻滅されるかも知れないし、糾弾されるかも知れない、いずれも甘んじて受け入れるべき事なのだが……。

言い訳臭いが中々話すキッカケが出来ない事も確かだ。 そしてこの世で最も忌むべき戦いの在り方なんて、彼女達は生涯知らなくていい気さえもしている。


代わりに、何が希望に代わるのか、何が本当の価値を持つのかを、自分の知る限りを教えていけたらと考える。

こんな事を長考しているのは、やはり季節が巡ったからか。


明日は迎え盆だ、迎え火と共に先祖の霊が様子を見にやって来るらしい。

地元からは遠く離れているから俺の先祖も父もここには来ないだろうが、もしかしたら部下達が様子を見に来るかも知れないだろう。


だから俺はここに居たかったのだ、1人の身ではこの秘密はあまりに重過ぎる。


打ち明けるべきなのか、まだ判断に迷う。

それでいて、何よりも積み上げた信頼を僅かでも傷付ける事を恐れていた。


そして自分があまりに臆病になっている事に気が付いた時、思わず自嘲気味な笑いが溢れて来ていた。


呆れたものだ、こんな有様であいつらに合わせる顔もないだろう。


そんな事を考えていると、ふと右手に暖かいものが添えられた事に気が付いた。


「提督……、どうかなさいましたか……?」


透き通る声が右側から、振り向けばいつの間にか近くに居た神通が俺の右手に手を添えながら心配そうな表情で様子を伺って居た。

俺は想定しない事態に少し動揺しながらも、すぐに取り繕った。


「い、いや、どうもしないぞ」


言いながら状況を整理すれば、ソファーでは翔鶴が、そして北上、大井、利根、鈴谷、不知火といつものソファー占領組までも会話を止めて此方の様子を伺っている事に気が付いた。

俺は改めて異様さを感じ取り、何事かを訪ねる事にした。


「みんな、どうしたんだ?」


すると翔鶴がソファーに座ったまま躊躇いながらも説明し始めた。


「え……えっと、提督が……その……」


「顔に何かついているか?」


「いえその、……凄く、寂しそうなお顔をしている気がして……」


翔鶴の言葉は真っ直ぐに胸に刺さった気がした。


寂しい、か。

まぁ、そうだろうな。


すぐに納得してしまったのは俺が仲間を失ってから、もう1年が過ぎようとしているからだ。

巡り行く季節の中で“去年は何をしていたか”なんて思い返したなら、いつか仲間の影すら見出せなくなってしまった。

思い出が無くなった訳ではないのに、その事が何となく惜しいと言うだけだ。


自分でもどうかと思う程に女々しい有様を自覚した俺は、すぐに言葉を用意した。


「少し昔を思い出してな、気にしなくて大丈夫だ」


「そ、そうでしょうか……」


「男が三十路にもなると、色々あるからな」


そう言ってやり過ごそうとしていると、突然両肩に何かがのし掛かった。


「提督さぁ……」


そう言って椅子の背後から回り込み、首に手を回して体重を乗せながら凭れ掛かって来たのが北上だ。

彼女は普段こんな事をしなかったから素直に驚いていた。


「ど、どうした北上」


北上がこんな事をすれば漏れ無く大井があんな事をし始める事請け合いだ。

本当に魚雷のような何かが飛んでくる可能性もありそうな気がして警戒のため大井の方に目を向けると、今日は大人しくソファーに座ったままだった。

俺はその事が余計異様に見えて怪訝な目を向けていると、北上はそのままの姿勢で耳元で囁いた。


「カッコつけるのは良いけどさぁ……、たまには弱くなりなよ〜」


「い、いや……」


「無理して笑ったってバレバレだかんね〜」


どういう訳かここに居る艦娘達は人の心の機微に敏感なようだ。

しかし腑に落ちない所がある、俺はそんなに顔に出やすい質だっただろうか。

平然を装う事は誰よりも身に付かなければならない立場だった筈だ。

だと言うのに、忽然と沸いた些細な感情の起伏を艦娘達は見逃さない、不思議なものだ。

だから俺は肝心な部分に触れないまま、素直に答える事にしたのだ。


「もうすぐ一年忌を迎えるからな、……少し感傷に浸っていた」


「そっか……。 それって、あの人達の事だよね?」


「そうだな、俺くらいの歳になっても思い出に殴られる時だってあるんだ。 だから心配するな」


こうやってセンチメンタルになる事は日常の中でこそ許される特権だろうに。まぁ仕事中に思い耽ってしまうのは頂けないかも知れないが。

そして、いつも騒がしいソファー占領組が珍しい顔をしているので、なんだかその様子が可笑しかった。


「ふふっ、俺は大丈夫だから。 北上もいい加減離れろ、大井が荒れるぞ?」


「そぉ?」


「それは危機管理能力の有無が問われる発言だ」


「提督さぁ〜……、メントールとかミント系の制汗剤って持続時間少ないって知ってた? なんか臭いが混じってる」


「オイ、なんで今そんな事を言った」


瞬間、大井の目が露骨に変わった。 あの禍々しい眼は上官に向けるそれではない。だが今日はまだ耐えている、偉いぞ。

そして待って欲しい、俺は確かに夏場はメントール系のシャンプーとか使うがアレは何となくスースーするからと言うだけで深い意味は無い。

制汗剤だってそうだ、ベタつくのが嫌なんだよ。


三十路、それはオッサンの花道である。

だが直面する問題は多い。


それは頭髪であったり、そしてもう一つ。

俺は激しい焦燥感を覚えながらも、その一つの疑心を追求するべく北上に尋ねたのだ。


「北上……俺って臭うのか……?」


この時の恐怖心は何事にも代え難い、北上の答え方一つで俺は激しい後悔と共に日々の行いを悔い改めるだろう。

自分では気付きにくい体臭とは、そう言うものなのだ。 気付いた時には手遅れになりがちで、気付かなかった時の一挙一動をいちいち嘆く事になる。


俺の水面下の動揺とは裏腹に、北上はあっけらかんと言った。


「んー……? よく分かんないから嗅いでみる。 帽子とるよー?」


「や、やめろッ‼︎」


「えー?」


俺は帽子に伸ばされた北上の手を振り払って、更に凭れかかった彼女の拘束からも逃れようとした。

判らないならそれで良いじゃないか。体臭とはそう言うものだ。

判らないけれどよく嗅いでみたら臭かった、など結論が出てしまったら俺は将来を悲観するだろう。

解き明かさない方がいいと言う事もある、それが良い歳をした大人のエチケットに纏わるなら死活問題だ。


女性職場で“アイツは臭い”と言う結論が挙がってみろ、死ぬぞ。


だが北上という艦娘は意外と茶目っ気があるらしい、イタズラに笑いながら俺の両肩に更に体重を乗せて拘束をきつくした。


「にひひ〜、どったの提督? 可愛いとこあるじゃん〜」


「お、おい……」


「ほらほら、観念しなよ〜?」


「何で匂いを嗅ぐことに全力を出すんだよッ⁉︎」


ヤバい、帽子が奪われる。 それでいて北上が匂いを嗅ぐため首元に顔を近付け始めて絵面的に非常によろしくない。

そう言った事に耐性がなさそうな神通が口元を両手で抑えて目を丸くしているし、鈴谷はあんぐりと口を開けている。

そして大井がとうとう痺れを切らしたようだ。


「い、いい加減にしてください‼︎ 不潔です! 北上さんも離れて‼︎」


「何言ってんの大井っち、本当に不潔かどうか匂いで確かめるんだよ〜?」


かつてここまで艦娘に恐怖を抱いた事はあっただろうか。

北上がやっている事は魔女裁判が如く、恐ろしい判決を下そうとしているのだ。


だから、本当に、本当に判らないなら判らないままで放っておいて欲しい……!


けれど、まぁ、こんな惨状の中でも思うのだ。

北上がこんな突拍子も無い事をやり始めたのも、結局は俺の気を紛らわせる為なのだろう。

気が付けば胸中に芽生えていた虚しさも薄れて、関心が明後日の方向へと向いている事に気が付いた。


全然助かっていないが、寧ろ新たな窮地に陥ったが、……助かった。


今の俺では、仲間達の事、そして全てを打ち明ける程の勇気が無いからだ。

いずれ打ち明ける日が来るかもしれないが、少なくとも今では無い、それは確かだ。


それはそれで、現状も非常に不味い状態なのは変わらないのだが。


もっと別のやり方は無かったのか些か疑問である。


利根がこちらに無関心になってテレビを見ながら煎餅を齧り始め、不知火がおもむろに取り出したメモ帳に何かを必死に綴り始め、翔鶴がオロオロと狼狽え始め、大井は殺気めいた何かを纏い始め、何時ものようなまるで収集の付かない状態になり始めた頃、思わぬ助け船が来たようだった。


ノックと共に執務室の扉が開かれた。


「司令、失礼しま〜すっ!」


元気の良い声と共に入室して来たのが、まだ着任して間もない比叡だ。

彼女は花柄の布を被せたバスケットを手に笑顔を振りまきながらこちらに向かって来た。

今の俺の状況に突っ込みが入らないのは、彼女もまた金剛型であるからだろうか。


「お姉さまと榛名と一緒にお茶菓子を作りました! 宜しければ召し上がって下さい!」


比叡は言いながらバスケットを机に置いて、花柄の布を取り払った。

中にはマフィンが入っていて、独特の甘い香りが漂っている。


「おお……、そう言えばそんな時間か……」


金剛は良くアフタヌーンティーと言いながら18時過ぎにやって来るのだ。

その度に手の込んだ洋菓子を榛名が手掛けていて、デスクワークで凝ってきた脳に程よい糖分を与えてくれる。


「金剛と榛名はどうしたんだ?」


「お姉さまは榛名の付き添いで……」


「付き添い?」


「お、お花を摘みに……」


「ああ、そう言う事か」


何となく察した俺は、未だに背中に張り付いてる北上との話題を逸らす為にもマフィンを一つ手に取った。


「まぁ、丁度良かった。 甘い物が欲しかったところだ」


「本当ですか⁉︎ 気合い入れて作りました、どうぞ召し上がって下さい!」


「ん、ああ、じゃあ遠慮なく……」


ここでマフィンの感想を述べれば北上の関心もマフィンに行くだろう。

俺はそんな思いでマフィンを齧った、その時だった。



「Noooooo‼︎ テイトォォーーク! Stoooop‼︎」



物々しい雰囲気で息を荒げた金剛が執務室に飛び込んで来たのだ。

俺は思わず吐き出しそうになったが堪えると、金剛は俺の手に持ったマフィンを見るや否やこの世の終わりみたいな絶望した顔に打って変わった。


「あぁ……、なんて事……」


一体全体どうしたと言うのだろう。

俺は何事かを尋ねるため、口の中に含んだ物を早く飲み込んでしまおうと咀嚼を早めた。


だが妙に青臭い。 なんだこれは。


噛めば噛むほど青臭い、ニガリのようで物凄く飲み込みにくい。

前に榛名が作った紅茶味のマフィンで、入れる茶葉を間違えたとかだろうか?


ヤバい、飲み込めない。


控えめに言ってクソ不味い。


やけに青臭い……なんだこれは。

は、吐き出したいが、彼女の目の前でそんな事は出来るはずが無い……。


俺は必死に堪えていると、この物体の青臭さに懐かしい何かを感じていたのだ。


遥か望郷、この匂いは、あの日、あの時に感じた草原のようで──。


巡り行く季節、変わり行く時代の中で、いつまでも同じであって欲しい事がある。

どうか色褪せぬようにと願い、そのままの姿で何時までもそうであって欲しいと思う事がある。


故郷も、過ごした思い出も。


特に、こんな俺を何十年と支えてくれた、バカなアイツとの、確かに共に過ごしてきた日常を……。


不意に、背後から声が響く。



『よぉ、また会っちまったみてーっすねぇ』



その声はとても懐かしく、今一番待ち焦がれていた持ち主から発せられているものだと気がつくのにそう時間は掛からなかった。


気が付けば俺は白昼の草原に立っていて、そよ風が大地を撫でれば懐かしい草の匂いが鼻腔を刺激する。

白昼の空はどこまでも高く広く、それでいて凄く幸福な感じがしていた。


地平線まで続く草原の彼方を見回しながら振り返れば、バカなアイツが含み笑いをしながら立っていた。


『ちょっと来るんが早すぎやしませんかねぇ? たいちょー』


「お、お前は……」


『……あり? まだ完全にこっち側じゃないんか。 にしたって隊長をここまで追いやるって何があったんすか? 重機関銃を腹に喰らってもこうはならなかったのに相当ヤベーっすよソレ』


ああ、そうか。


迎え火などなくたって、お前はずっとそこに居てくれたのか。


また会う事が出来たのか……。

お前に話したい事が沢山あったんだ、聞きたい事も沢山あったんだ。


けれど、バカなアイツを前にしてしまうと、どうでも良くなって笑いが込み上げくる。

何を悩んでいたんだが、なぁそうだろう?


「また会ったな、神崎」


『お目にかかれて光栄ですぜ、隊長』


何が起因かも分からない。夢や幻なのかも知れない。

けれど、どうでもいい。 今度こそちゃんと別れを告げられる、そんな予感がしていたのだ。






彼岸の地

篠原side





幼い頃からずっと一緒にいて、長い時間を共に過ごし共に成長してきた掛け替えのない友との再会は、叶わぬと知りながら大人気なく抱き続けていたある種の夢だった。


亡き友と言葉を交わすこと、それは多くの者が望みながら、決して叶わずに散る儚い夢であった筈だ。


けれど俺は神崎と向かい合って話をしている。

夢か幻か、或いは正気を失ったのかも判らないが、俺は目の前に立っている男が神崎であるという事は疑わなかった。


遥か地平線まで続く、神聖さまで感じさせる草原の中で本来なら有り得ない再開。 この地があの世かそれに類する土地だと言われても納得してしまうだろう。

それなのに俺と神崎はあまりにも平凡な会話をしていたのだった。


俺は今に至るまでの経緯を話していた。

再三に渡る本土襲撃を完全撃退した事や、そこから始まった新たな日常の事などだ。


『──そっかぁ、俺達は日本守れたんだなぁ……』


神崎はそう言いながら満足そうに笑っていた。

そして、もう一言付け足したのだ。


『まぁ、知ってたけどねん』


今度は含み笑いを浮かべた。 口調に合わせてコロコロと表情を変える、そう言う男なのだ、彼は。


「肉体を失っても、やはり見えるものなのか?」


『見えるっちゃ見えるけど、見ようとした所だけっすねぇ。 きっと、こうなっちまったら記憶の中でしか身動きがとれねーんすよ。 漫画みたいに便利なものじゃ無いわな』


「じゃあ何で知ってるなんて言ったんだ」


『そんな気がしたってだけっすわ。 別に疑う理由も無いっしょ?』


「そう言うものか?」


『そう言うもんっすね』


アレから艦娘達は強くなった。 それはもう比べ物にならない程に飛躍的に。

戦いにおける理想は見敵必殺とは言ったものの、それを実現させてしまう程に高い練度を誇っている。


それが想いの力と言う物なのか、望めば望むほどに彼女達はそれに応えることが出来るようだった。


その事について考えていたら、不意に神崎が俺に質問を投げかけた。


『結局、艦娘ってなんなんすかねぇ?』


この聞き方は既に自分の中で結論が出ている聞き方だ。俺だからわかる。

要するに神崎は“お前の考えを聞かせろ”と言っているのだ。


「……想いの担い手、だな。彼女達は望めば望む程に強くなれる、絵に描いた勇者のような奴らだ」


『ぶっはぁ! あの隊長からそんなロマンチックな言葉が聞けるたぁ死んだ甲斐もあったもんだ!』


「なんだとお前……! 墓に塩盛るぞ……ッ⁉︎」


『俺ぁ悪霊じゃねーっすよ!』


こいつは一々軽すぎる。

その事に救われた事が何度もあるから強く否定出来ないが、イラッと来る事は何度もあった。

だが今日だけは特別に感じたのも、この地で会えたからか。

そして神崎は質問を続けた。


『まぁまぁでも、俺も想いの担い手ってのは良い線行ってる気がするわ。 じゃあ艦娘は何から生まれたんすかねぇ?』


「……艦娘の元か? ……やはり嘗て海で散った将兵の魂とかが軍艦に宿っていて……」


『将兵の魂は違うと思うわ……』


「そうか?」


『いやいや……、嘗ての将兵がスク水着て生まれ変わったら嫌でしょ』


「……」


『アレって隊長の趣味っすか?』


「そんな訳ないだろ⁉︎ ……というか第三者から見たらやっぱその結論に至るのかアイツは⁉︎」


『敬礼して向かい合った時、スク水着た奴だけ際どくて笑いそうでしたわ』


俺もイクの服装はどうかと思っていたが海に出る限りどうしようもないんだよ。

そして確かに、将兵の魂と言ったが、あの海兵が確かにあんな格好になるはずがない。


『俺は付喪神の一種だと思うけどなぁ……』


「付喪神か……、確かに船霊なんて言葉もあるしな」


『ところで隊長、“体性感覚”って言葉知ってる?』


「なんだ藪から棒に。 知ってるも何も体性感覚って、大体そのまんまの意味だろう」


体性感覚とは視覚や音に頼らない皮膚感覚などを示す言葉だった筈だ。

何かが触れた時の感覚や暖かいか冷たいかを感じ取る事も含まれたっけか。


『その体性感覚ってさぁ、道具とか手に持ったりすると拡張されるらしいーんすよ』


「あー……、道具を手に持った時の手応えとかそう言う奴だったか?」


人の手は非常に高性能だ。

例えば棒を手に持った時、その棒が受ける刺激を全て感覚として知覚できる。手に持っただけでそれが感覚器官の媒体としてなり得る。

単に刺激が振動に変わった物が情報として手に伝わっているからではなくて、タイムラグなく棒が刺激を受けた情報を拾っているのだ。

分かりにくければ手頃な棒を持ち、目を瞑って何かに押し当ててみると良い、棒が物体に触れている箇所から直接感覚が伝わっているのが分かる。


神崎が言う、“体性感覚の拡張”とはその事を言うのだろう。


『体性感覚の拡張ってのは、人の意識を物に移せることの証明になるっすよね? そして当然、意識にゃ意思も含まれる訳っすよ』


「ほう?」


『そう言うのが長年に渡って道具ん中で駆け巡った結果、いつしか道具に個の意識が芽生えたんじゃないんすかね? ほら、ビックバンとかも無のエネルギーが刺激されて発生したとか言うじゃない?』


「それが付喪神と?」


『そうそう。 艦娘って奴等も同じで、将兵達の意識や意志が巡る内に芽生えた艦に宿る個の意識なんじゃないんすかねぇ……』


神崎が論者ぶって説明するのが妙に鼻についたが、確かに彼女達は自分が艦である事に誇りを持っている。

付喪神に近しい存在なのは何となく納得出来ていた。


『んでさ……、想いが艦娘を強くすんのって、そこなんじゃねーんすか?』


「そこ?」


『わかんねぇーんすか? 意思っすよ隊長。 艦娘達は元は軍艦なんだし、だからこそ隊長の戦う意思に惹かれたんじゃないんすかね』


艦娘達は自我を待ちながら提督を求める。

神崎はその理由をなんとなく説明しているようだった。


『つまり俺はこう言いたい。 艦娘が強くなったんじゃない、アンタの意思が艦娘を強くしたんだってな』


「戦う意思か……」


『だから隠していたつもりの感情も、艦娘にゃなんとなく分かっちゃうんじゃねぇーんすか? 何たって自分の艦にゃ隊長の意思が乗ってる訳っすからねぇ』


「それはなんと言うか……ずるいなぁ……」


神崎は何となくここに来るまでの出来事を察しているようだった。

と言うよりも、わざわざ神崎が目の前に現れたのも俺がこんな有様だったからこそなのかも知れない。


『大丈夫っすよ隊長。 俺から見てもあの子達は良い子ちゃんだ、問題無い』


「……わざわざ打ち明ける話でも無いと思うんだがな」


『日本じゃ幕僚長だけっすよね、知ってんの』


「そうだな。 お前はどう思う? 俺達がやってきた事を打ち明けるべきかどうか」


『んー……、知りたけりゃ教えるだけで良いんじゃ無いんすか? 内容はどうアレ幻滅はされねーっすよ』


「どうしてそう思う?」


『なんとなく?』


コイツは相変わらず軽く答えたが、何やら自信ありげだった。


艦娘には過去に“多くの人間を殺してきた”とだけ伝えて具体的に説明した事は無かったが、俺が、俺達が命を奪った人数は優に800名は越えて4桁にも届き兼ねない数だ。


正直に言えば、正確には把握していない。

紛争地域とて、支援部隊だった筈の俺がこの人数を殺して来たと言うのは誰が予想出来るだろうか。


もう10年くらい経つか、俺が自衛隊を辞めて支援活動を始めた時はまだ現実を見れていなかった。


発展途上国とは賢人から見れば金の成る土地らしい。

無法地帯と化したスラム街は犯罪で溢れ、富を巡って抗争が至る所で繰り広げられている惨状の原因は、その土地とは全く関係ない外部から来た人間が作り出した物であった。


俺はその惨状を目の当たりにした時、“救いようがない”と諦めにも似た感想が脳裏をよぎった。


それでも少年兵を前に見て見ぬ振りは出来ないと、彼等を見かけては医療施設に連れて保護をする活動を始めていた。

慈善団体の活動によって成り立つ医療施設には、抗争に巻き込まれて負傷した者や紛争孤児などで溢れかえっていたのだ。

その中でも少年兵だった子供は殆どが薬物中毒も患っていて、禁断症状と戦う日々が強いられている有様であった。


特に酷かったのが“レオ”と言う少年だった。


彼は重度の薬物依存に加えて、使用していた麻薬も不純物が多く含まれた粗悪品だった。

薬物に蝕まれた脳は機能を著しく低下させ、思考力が殆ど失われて会話も出来ないような有様だった。

麻薬に含まれていた不純物にプラスチック粉や科学繊維などの有害物質が多く含まれ、そのせいで肌も至る所が火傷のように赤く爛れて腫れあがっていて、臓器も深刻な障害を患い点滴が無ければ生きられない身体へと変わってしまっていた。


禁断症状によるものか、時々恐ろしい夢を見るようだ、突然大声で悲鳴をあげて泣き始め全身を掻き毟る事もあった。

だがそれ以外は植物人間にも近く、ただただそこに居て点滴が繋げられただけの置物へと変わっていたのだ。


僅か11歳の少年に対して余りにも酷い現実だ。

ただそれでもこの少年は幸運らしく、普通はこうなってしまえば“処分”されるか野垂れ死ぬかだそうだ。


俺はレオにどうしたら良いのかも分からず、その時はただ爛れた皮膚、そして掻き毟った傷を隠す為に包帯を取り替えてやる事しか出来ていなかった。


その時は幸運について考えていた。

レオは時折襲い来る悪夢に泣き叫ぶだけの存在だったからだ。 それ以外はただ虚無を見つめてメトロノームのように身体を揺らしているだけ。



これならいっそ──、なんて考えてしまった。

苦痛しか受けない命に何の意味があるのだろう。

果たしてそれは本当に幸運だったのか。



ただ、その考えはすぐに変わる事になったのだ。

神崎がジャンク品の中から時代遅れのゲーム機を修理して持ってきたのだ。

骨董品にも近しいゲームボーイだったが、神崎はレオがゲームボーイを眺めている事に気が付いて彼の前に置いていったのだ。



たったそれだけの事が、レオを変えていった。



レオは最初こそはゲームボーイを眺めているだけだったが、いつの日か電源を入れて陳腐なBGMを夢中になって聴くようになっていた。

またいつの日か画面を覗くようになり、またいつの日かボタンに手を掛け出したのだ。


医療施設の職員も驚いていたが、俺もそうだった。

薬物により破壊されたはずのレオの脳細胞は、ジャンク品のゲーム機1つにより刺激を受けて回復の兆しを見せ始めたのだ。

ゲームボーイで遊ぶようになってから悪夢を見る頻度も減って行き、それだけに留まらず僅かしかの言葉を発するようになった。


僅かに空気を揺らした『手のひらの宇宙』と言う言葉。

彼はゲームボーイの中に無限の可能性を見出したようだった。


半月が過ぎれば流動食を口にするようになり、爛れていた皮膚も徐々に引き締まってきて俺が包帯を取り替える頻度も減ってきていたが、それでもレオの観察を続けていた。

軽い運動も出来るまでに回復して、彼は少しずつ世界を取り戻しつつあるようで、それを近くで見る事が俺にとって大切な事だった。



彼は身を持って教えてくれた。



人はどんなに絶望しても、何も見えなくなってしまっても、たった1つのキッカケを糧に光を見出すのだと。



その光が確かに彼の世界を照らしたのだと。



それが1つの“希望”であるとすぐに理解出来た。

生まれて間もない希望の光は未だ儚く、けれど確かに彼の足元を照らしているのだ。

だから空腹に気が付いて飯を食べるし、夜は静かに眠り、自分の身体が何を求めているのかを知って歩き出す準備を始めるのだ。


そして俺は新しいゲーム機を日本から取り入れようと、運送の任務に入った。

ゲームボーイであれほど回復するんだから現行の物なら完治するだろ、なんて神崎と冗談を言いながら車両を運転していたのだが……。



帰って来た時、医療施設は何者かに襲撃を受けていた。



錯乱した男が銃を持ち込んで乱射したらしい。



逃げ遅れた子供や患者達は理不尽に命を奪われ、レオもその例外では無く銃弾を身に受けていた。

レオは床に這いつくばって俺を見つけると何故か包帯の入った箱を俺に差し出したのだ。


彼にとって、どうやらその包帯が特別な意味を持つらしい。

そして最期に言葉を遺してその場で息絶えてしまった。




──もう少し、生きたかった。




『もう少し』と言う言葉、レオは半年も同じゲームをしながらその実一度もクリアをした事はなかった。 マリオがピーチ姫を救うだけのゲームなのだが、そのピーチ姫を救えなかった事が彼にとっての唯一の未練だったのだ。


彼の世界はまだそこまでしか広がっていなかったのだ。


そして12歳を迎える事もなく理不尽に潰えてしまったのだ。


襲撃した男は医療施設にある薬品保管庫をこじ開けようとしていた。何かに取り憑かれたようにバールを扉に振りかざしていた。

この男も薬物中毒者で、医療目的に使われるモルヒネを手にするために強盗を仕掛けたのだ。


子供達を撃った理由? 目障りだったんだろう。


中毒者にとって薬こそ全てだからな。


そして俺は理解したのだ。



元凶を断たねばならない、と。



どんなに犠牲者を助けようとしても、犠牲者は犠牲者に過ぎず、犠牲を強いる者がいるのだ。

このままでは救う事が出来ない、誰も助ける事が出来ない。


そう、だから殺して回ったと言うだけだ。


少年兵を作り出す武装団体を、薬物取引を行う違法団体を、如何なる手段を用いて叩き潰した。


生き残った医療施設の職員なども共に動いてくれたから小隊規模の活動は出来たのが幸いだった。



外道には外道を──……。



不法な経路で受け取った歩兵最大火力を持つ中口径迫撃砲は夜間奇襲にとても役に立った。

圧倒的人数差も使い方次第では完封せしめる火力を秘める。


斯くして俺は、度重なる大量殺戮を行なった。


事が公になれば歴史に名を残す凶悪犯罪者だろう。

けれど俺は、俺達は白々しく日常に舞い戻る。

無論だ、罪悪感など抱いた事は無かったからだ。


殺意とはそう言うものだ。

だが、襲撃を繰り替えてしても気持ちが晴れる事は無かったのも事実だった。


目的はあくまでも秩序を取り戻す事、その事を忘れなかったからだろう。

レオが見せてくれた小さな光を守れるだけの環境を得るための行為に過ぎないのだ。


それらの事を、神崎は他人事のように笑い飛ばした。


『まぁ確かに言いにくいわなぁ……、人の密集してる所に爆弾の雨を降らせたんだ』


「馬鹿正直に真正面からぶつかっても10倍以上の人数差は覆せないだろう? 戦争や戦いを仕掛ける訳ではない、消し去る為の攻撃だ」


『まーそれが出来ちゃうんだもんなぁ』


「……そうだな、そして知ったな」


『ああ、軍が本気出せば奴等を一瞬で根絶やしに出来る』


人数は多けれど俺達の敵は所詮は民間武装団体に過ぎなかったのだ。

降り注ぐ砲弾に為す術を知らず、金はあるが技術が無くレーダーや監視装置も無い。訓練も行き届いておらず全体的に統制が取れていない。


早い話、雑魚の群れだ。


故に、正規の軍隊の前では無力にも等しいだろう。

けれど軍隊とは法の元、厳しい制約が課せられ、法とは例えクズであっても保護してしまう。

そして軍隊の行動は全て監視されている為、俺達がやったように寝込みを襲って火力で叩き潰すような真似は非人道的として決して許されない。


それが出来た俺は外道という訳だ。


戦争のような大義も正義も無かった、戦いと呼べるようなフェアなものでは無かった、一方的な蹂躙である。


『皮肉なもんっすねぇ』


「何がだ?」


『いや何、最も平和を望んだ人が、最も戦いに身を投じる事になるなんてなぁ』


神崎はそう言ったが、平和が望まれるような土地で平和をもたらすには戦わなければならない。

当たり前のことだ。


『ま、でもそこはやっぱ隊長っすよ。 後始末までちゃーんとしたから俺達はアンタについて行ったんだ』


「復興活動の事か?」


『そうそう、殺してオシマイだったら只の殺人鬼。 でも隊長はそれで終わらなかった。お陰で俺達もPiece Makerなんて呼ばれちゃってなぁ……』


攻撃行為は秘密裏に行って来た。 だから人々は目の前の支援部隊が血の雨を降らせた事を知らない。


因みに俺達の派手な攻撃行為すらもありふれた抗争の1つとして片付けられる程度には当時の治安は悪かったが、それが幸いしたのかも知れない。


『ま、しっかり応酬も受けたけどなぁ。 隊長ってば下っ端の残党がチンピラに成り下がったのに殺されそうになってやんの。 組織ぶっ潰した男があーんな雑魚によくもまぁ……』


「いやいやいや……、チンピラがブローニングM2重機関銃で襲ってくるとは思わないだろう⁉︎ 対物にも使われる代物だぞ⁉︎」


『銃だけは一丁前っすからね奴等。 幹部クラス全員殺しても散らばった武器はそのままっすからねぇ……、馬鹿がそれ使って悪さ始めるのも請け合いっすわ』


「目障りなデカいハエ潰したら腹から蛆が出てきた感じだな。 散らばる分そっちのが厄介だった」


その時には隊員達の連携も格段に高く纏まりほぼ損害無く撃退は出来たが、悪どい奴は支援隊の装備を奪う為に民間航空機の救難信号を利用して罠を貼るような事もしてみせた。

そう言った事を経験して行くうちに更に練度も上がり、咄嗟のゲリラ戦にも迅速に対応出来る程になっていた。


その事を踏まえて、神崎は言うのだ。


『けどまぁ、結論から言えば艦娘も元は武器だったんだ。 隊長が敵と認識した相手にどう使われるかとか、改めて認識して貰うのもアリなんじゃねーっすか?』


「それで何か変わるとでも?」


『艦娘達に守りたいと言う想いを託したんすよね、それでどうなったんすか?』


「国を守れるようになったな、俺も誇らしいぞ」


『でもコレは戦争だ、守るだけじゃダメっすよ隊長。 驕るなよ?』


だから神崎は求められたなら応えろと言うのだろうか。

そして神崎は不敵に笑った。


『楽しみっすねぇ……、隊長の愛情よりも執念深い殺意を、敵意を宿した武器と相応の力を宿す艦娘っすか……』


「オイ、絶対ロクなもんじゃないだろソレ」


『見敵必殺に磨きが掛かる事請け合いっすね?』


「現状でも指揮いらずなんだが……。 というか何だ愛情より深い殺意って……」


『実際そうじゃないっすか? 隊長ってば好きな奴には割と放任主義っぽくて責任だけ取るっすけど、敵対した相手には120時間ぶっ通しで監視したり些細な癖までも見逃さないで、生命の終わりまで見届けるじゃないっすか。 ヤンデレって奴?』


「お前いい加減絞めるぞ」


『そりゃ勘弁。こんなとこで堕とされたら今度こそ地獄行きだ』


神崎はそう言って白い空を見上げながら背伸びを始めた。

そして満足そうな顔で言うのだ。



『さて、そろそろ時間っすわ』



この時間が終わろうとしている。 本音を言えば引き止めたかった。


だか、彼は死んだのだ。

また言葉を交わせただけ、とてつもない奇跡なのだ。


そして俺は、最期にどうしても聴きたかった事を訪ねようとして。



「なぁ、神崎……」



──どうしてお前は俺に着いて来たんだ?



胸中に抱いたその言葉を口にする前に、神崎は背中を向けたまま俺の言葉を遮った。


『あ、そうそう隊長、アンタは確かに殺戮行為を行ったにも関わらず白々しく日常に舞い戻ったの確かだ。事実だけを言えばな? けどやっぱりそこに正義はあったんだよ』


神崎は続けた。


『俺が、艦娘達が隊長の過去を受け入れると信じる理由もその辺かな?』


「どういう事だ?」


『なぁ、隊長……、いや、シノッチ』


神崎は昔のあだ名で俺の名を呼んだ。

その事から彼は今、幼少の過去を思い浮かべているのだろう。




『俺は平和を目指した事はない。 たった1人のヒーローを追い掛けてここまで来たんだ』




「ヒーロー……?」




『シノッチは俺のヒーローだ。 そして俺は世界初だろう? だから言える、どんなに残酷な選択をしても、シノッチはあの頃から何も変わってないんだよ……』



彼が何か大切な事を伝えようとしている事が分かった。

ただ、それと同時に、彼の輪郭が透けて行くのもわかった。


時間が迫っているのか、或いは彼の未練が此処で果たされようとしているのだろう。




──ずっと言ってなかったよな、シノッチ




──あん時、虐められてた俺を助けてくれて、ありがとう……。




──そん時からアンタは俺のヒーローで、今でも変わりはしない。 アンタはずっと真っ直ぐなままだ。




──あん時の俺はシノッチに光を見出したんだ。 見ろよこの世界をよ、こんなに明るく広く照らしてんだぜ? 果てが見えるかよ。




いいや、それは違う。

俺が1人だったなら、途中で折れていただろう。

そしてこの世界がお前の世界だと言うのなら、それはお前が自分の足で広げた世界なのだ。


お前から見たこの世界は、こんなにも透き通って美しいのだな。




──ありがとう、シノッチ。

真っ直ぐで居てくれて、アンタを目指して迷わず歩けたさ。




ありがとう、ケンちゃん。

共に居てくれて、お前のお陰で諦めずに歩けたぞ。




──じゃあな、親友。 グッドラック。




じゃあな、親友。 グッドラック。

今度は俺からもお前の旅の無事を祈ろう。


約束しよう。

お前の輪廻の先で迎える世界が、青く澄んだ広い海を気儘に旅が出来る世界である事を……。



願わくば、輪廻の果てにまた会おう。



俺の目の前で広がる白い世界は、景色と共に溶けて滲み始めた。

彼の輪郭も溶けて光となり白昼の空へと舞い上がり始めた。


彼の世界が終わりを迎えるのだろう。


それでも最後の最後に、変な言葉を遺すのはとてもアイツらしかった。





──そうだ、伝言だ。





──実はお前を導いた奴がいる。






──いつも美味しい飴をありがと、だとよ。






その言葉を最期に、この世界は暗転して、途端に身体に重力が戻ったのか一瞬だけ息苦しさを覚えた。


やけに身体が重く、目を開けると今度は蛍光灯の光が瞳孔をつんざいてやたらと眩しかった。


どうやらベッドの上で寝ているようだが自室ではなく、薄っすらと目を開けて首を動かせばカーテンに仕切られた空間にいる事がわかった。


消毒液の匂いが漂い、俺はここが医務室である事を何となく察した。

少しだけ怠い上半を起こしてみると、すぐに声が掛けられた。



「て、提督……! お目覚めですか⁉︎」



ベッドの傍の椅子に座っていた神通が不安そうな表情で此方を見ていた。 ずっと見ていてくれたのだろうか。


「……あれ、俺は……、何故医務室に……?」


俺がそう言うと、神通は苦虫を噛み潰したような表情で言った。


「比叡さんのマフィンを口にした途端……意識を失いまして……」


「は?」


「それより提督、お身体は大丈夫ですか⁉︎ 痛い所はありませんか⁉︎」


神通はそう言って俺の両肩に手を乗せて、真剣に容体を訪ね始めた。

今の所、何処かおかしいと言う感じはしないので、そのままの感想を言った。


「大丈夫だ、問題ない。 ……マフィン食って卒倒する方が問題だと思うが」


「良かった……。 もし提督が目覚めなければ比叡さんがどうにかなる所でした」


「や、やめとけよ?」


「提督、毒物を提供した比叡さんにどうか厳重な処罰を……」


どうやら神通は相当ご立腹らしい。

だが俺は比叡をどうこうするつもりは毛頭なく、お陰で良い夢を見れた気がしていた。


「……結果何ともないし、初犯だしまぁ良いだろう」


「て、提督⁉︎ 流石にコレでお咎め無しでは困ります! どうか厳罰をお与えください!」


「んー、じゃあトイレ掃除1週間で」


「提督……!」


どうしても許せないらしい神通は抗議の目を送っていた。

どうにか有耶無耶に出来ないかな、と考えていると、ふとある事を思い出した。

神通は撫でるとしおらしくなるのだ。


「神通……、少し良いか?」


「は、はい、何でしょう?」


「ずっと傍で見てくれてたんだな、ありがとう」


俺はそう言って神通の髪を撫でた。

頭頂部から輪郭に沿って耳元まで、サラリとした髪のきめ細かな感覚が指先を通して伝わってくる。

ふわりとした髪の毛は柔らかく、くしゃりと指先を埋めてじんわりと暖かい。

撫でているとこちらまで気分が良くなっていくの。


「て、提督……⁉︎ そ、そのような……、私混乱してしまいます……!」


「いや何、感謝を伝えると言うのは大事な事なんだ」


「わ、私は当然の事を……、あ、あの提督! こ、これ以上は……あっ……」


神通は頬を紅潮させて力の抜けた瞳で制止を訴えかけるがまるで説得力がない。

何より普段凛としたクールな佇まいの神通が、俺の手でここまで取り乱すのがとても面白かった。


だがそれも束の間、ベッドを区切っていたカーテンが勢い良く開け放たれたのだ。


「あーっ! 司令官目が覚めたのね! すぐにお粥を用意するから待っててね!」

「テイトーク‼︎ 目が覚めたんですねネー⁉︎ 私の妹がsorryヨ……! ってジンちゃん何やってるデスカーッ⁉︎」

「し、司令ぇぇ……、本当に、本当に申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ……」

「提督、ご無事ですか⁉︎」

「提督大丈夫なの? 痛い所はあったらイクがさすってあげるのね……!」

「なんだ結構元気そうじゃん?」


有耶無耶にしたかった所、丁度よく適任な艦娘達が押し寄せてきたようであった。

だがこの時の俺は、何よりも優先したいことがあった。

とにかくそれも、号泣して謝り倒している比叡を何とかしてからにしよう。


「心配かけてすまなかったな、俺はこの通り無事だ。 ……今後、比叡は料理したら必ず味見するような……」


「は、はい……! すいませんでしたぁぁ……!」


「……因みにあのマフィンはどうやって出来上がったんだ?」


「えっと……雑木林の中で綺麗な色のキノコを見つけて……なんか美味しそうで」


「……聞かなかった事にするからやっぱり何も言うな。 ……後でみっちり座学の授業をするからそれが罰だ、わかったな?」


「は、はい……」


そして俺はベッドから降りると、身体に何の問題もない事を確かめながら集まった艦娘達に向けて言った。


「少し工廠に行ってくるよ。 ……カラフルな飴玉を沢山用意してな」


艦娘達は不可解という顔をしていたが、それもそうかも知れないな。

ただ俺には、どうしても小さな彼等にお礼を言わなければならない理由があると言うだけだ。



いずれ、彼女達は俺の過去を知る日が来るかも知れない。



だが今だけは、とある余韻に浸って居たかったのだ。またしても後回しだ。

まぁそう言う日もあるだろう、何たって今日は誰よりも誇らしい気分になれる日だ。


アイツの死が、アイツの世界が、アイツの残り火が灯火と代わり確かに俺を強くした。


そう実感した日だ。





暴君放伐論

川内side





比叡の作ったマフィンを食べた提督が意識を失った。

そんな未曾有の事件が起きて激しい困惑の声が鎮守府を震撼させて、その比叡のマフィン作りを見ていたはずの榛名は味見によりお腹が大破して入渠して、私は珍しく慌てていた神通の代わりに提督が残した事務を引き継いで処理をしていた。


なんでもあのマフィンは比叡が雑木林の中で見つけたキレイなキノコを入れたらしい。 詳しく話を聞けば提督は飲み込んでは居ないらしいし、口に含んだだけで卒倒するようなキノコって聞いた事ないんだよね。


一応、粘膜に触れただけで猛毒がまわるキノコは存在するけど、それでも卒倒はしない筈。

けれど実際に提督が気を失ったから大騒ぎになっている訳で、よくわかんないなぁ。


でも何となく何事も無い気がしてるんだよね。

だから私はこの執務を出汁にサバゲーの夜戦をねだる算段を立てているところ。


んで、書類も片付いて暫く暇を潰しながら待ってたら、やたらキラッキラした神通が提督と一緒に戻って来たんだよね。

提督が無事そうで何よりなんだけど、その時はずっとモジモジしてる妹の方が気になってたかな。


何があったっての。


そして提督は倒れたと言うのがまるで嘘みたいにいつも通りだった。 寧ろいつもよりスッキリした顔だったかな?


本当に神通と何かあったんじゃないかな?

なーんて。


まぁそんな愚考はさておき、とにかく約束が優先だよね、夜戦だよ夜戦!

海上歩兵とも呼べる私達艦娘の戦い方は、提督のスタイルが何かと応用出来るって判ったからね。 可能な限り取り込まないと。


で、いざ交渉に移ろうとした時、提督がこんな事を言い出したんだ。


『なぁ、俺の昔話を聞いてみるか?』


その昔話と言うのが何を指すのか判った瞬間、私は待ったを掛けて携帯で招集を掛けた。


その時の提督は執務室に居る面子にだけ話すつもりだったようだけど、そんな訳には行かないよね。 提督の事をもっと知りたい艦娘はたくさんいるからね。

そうして話を聞きたいみんなが集まったお陰で、とっくに日が落ちた夜中にも関わらず鎮守府では食堂で提督の昔話が語られた。


その時の話を聞いた衝撃ったら無いよね。


だから私は話の整理がしたくて、食堂で解散した後で仲の良い子達と集まって緊急会議を開いたワケ。

結構良い時間だったけど私の部屋には天龍と夕立と時雨、そして何故か長門までやって来ていた。 あっ、勿論那珂と神通も一緒だよ?


お互いの顔を見回せるようにテーブルを囲んで座って、私は開口一番に言った。


「……ねぇみんな、提督の話どう思った?」


私の言葉に皆はそれぞれの口から似たり寄ったりな感想を口にした。


「ヤベェ」

「あり得ないっぽい……」

「想定外だよね……」

「うむ、にわかには信じ難い……」

「提督は那珂ちゃんの事あれこれ言うけどぉ、提督が一番ぶっ飛んでる気がするぅ……」

「た、確かに常識外れにも程がありますね……」


全員がドン引きするくらいヤバイってのは事実で、ただそれは提督が気にしているような非人道的行為を見たものでは無いかな。


大体さ、フランスで唱えられた暴君放伐論と呼ばれるものがあるんだ。

それは大衆を不幸に陥れる君主に仕える義務は無く、武力制裁あるいは殺害も然るべきと言うもの。

その事は犯罪者などにも適用されて、提督はただ統治の行き届かないその地に根付いた腐敗の温床を焼き払ったと言うだけ。


提督は深く考えすぎだよね、放っておいたら益々深刻化して犠牲者が増え続けていたんだから。胸を張ってもいいと思うけど、世界がそれを許さないってのも事実だからなぁ……。


ただ、それはそうと考えながら私達がドン引きしたのは、それらを戦果として捉えた時の話だ。


私はその核心に触れる言葉を口にした。


「……小隊のキルレシオ300超って何さ……」


キルレシオ、又はキルレートは元々空軍の言葉だから加賀とかがその発想に至ったら倒れそうな数値。

具体的に言うと敵が提督の隊員を1人倒すのに300人近い犠牲を払ったと言う事。

そして惜しくも倒れてしまった隊員も包囲された上で奇襲を受けたもので、それでいて3名の犠牲に留めていた。

加えて戦死者を出してしまった状況は制裁部隊ではなく支援部隊として活動してた時のもので、制裁部隊での活動に絞れば戦死者は出していない為、キルレシオは3倍にもなる。


隊員1人1人の技能がエゲツないってのが分かるよね。


その提督の話を思い返しながら突っ込み所を探していると、天龍がこんな事を言い出した。


「こ、工兵ってそんなに強ぇーのか……? 敵の拠点がバラバラだったとは言え、一箇所でも10倍位の人数差があったんだよな……?」


提督の作戦の主軸を担った人達のことだね。

長門が顎先を撫でながら言葉を付け足した。


「砲兵でもあったそうだぞ」


そして時雨も続いた。


「提督の小隊は大きく三分隊に別れたって言ってたね。 工兵及び砲兵の“モーター”、そして斥候と遊撃の“ストライダー”、突撃を仕掛ける“イェーガー”……」


それぞれ意味がある言葉だけど、天龍が意味もなく反応した。


「なんかカッケェ……、ストライダー……イェーガー……フフッ」


よくわかんないけどカッコいい言葉を知れて、それだけでご満悦みたいだ。

夕立がその様子を生暖かく見守ってたけど、天龍って夕立の中でもそんなポジションみたいだね。

因みに分隊のチーム名は神崎さんって言う副隊長がつけたんだってさ。


そのやり取りを横目にしながら、神通が自分なりに考えて分析していたみたい。


「数的不利を補う為……、提督が最初に手掛けたのは敵を良く知る事、これは今も変わりませんね……」


「うん、そうだね神通。 で、長時間の偵察で敵のロジックを解き明かして最も有効な手段として選ばれたのが迫撃砲って訳だね」


「姉さん、迫撃砲とは私達で言う主砲のような物でしょうか?」


「んー……まぁ近いと言えば近いよね。観測射撃みたいな事をした訳だし?」


先ずは敵を知る事。

提督は敵対組織をよく観察して、技術面に至るまで探りを入れていた。

そこで判ったのが組織力がかなり低かったんだってさ。


軍隊では無く所詮は民間組織に過ぎない訳だから訓練も行き届いてない、だけじゃなくて組織体制からムラがあって、そして拠点として使用されている建物も建築技術面から見ても比較的脆い物だったみたい。

まぁ、無秩序の中では職人もまともに育たないんだろうね。 軍事基地のようなフル鉄筋コンクリートとか強固な物ではなく木造に留まってたらしい。

バリケードも有刺鉄線だとかで、とにかく文明レベルの低さがモロに出てたみたい。

そこに住まう同じ文面レベルで捉えたら上等かもだけど外部から見れば弱いって、井の中の蛙って言葉がピッタリだ。


ここまではいい、そしてここからが提督の部隊の頭のおかしさが本領発揮。


さっき時雨が言った通り、提督の小隊は3つのチームに別れてた。

モーター、ストライダー、イェーガーの3つだよ。それぞれ10人前後の規模みたい。


先ずはモーターの彼等は後方火力支援だけど、かなりの重装備だったんだって。

彼等のやる事は予め探りを入れた地点に、“砲撃拠点”を作成する事。拠点とは言え土嚢を少しこさえて地盤を安定させて精密射撃を可能にするだけの急場凌ぎのものだけどね。防衛力は皆無。

攻撃により人数差を覆す切り札だから防衛は必要なくて、その砲撃拠点で迫撃砲10門を並べて信長の三段撃ちのように敵拠点に向けて一斉射撃して叩き潰すんだって。


お陰で第1波の砲撃で大体片付くみたい。


敵拠点の近くでそんな大掛かりな仕掛けを出来たのは敵にパトロールの習慣がなかった事と、赤外線カメラなどの監視装置もなかったから出来たことみたい。 組織力って普段の習慣から設備面や技術も含めるんだね。


私はサバゲー資料で培った情報を纏めながら、大雑把に電卓を叩き始めた。


「中口径迫撃砲が約35kg……迫撃弾が1.5kg……、白リン弾もか。土嚢とか測定器や工具と、そこに提督の標準武装を加えたとして、大体102kgかな? 102kgの荷物背負って工作の為に山とか谷とか移動してたみたい」


「そ、そんなん死ぬっぽい……‼︎」

「ボクじゃ持ち上げられるかも怪しいね……。加護があれば別だけど」


夕立と時雨が顔を青くしてた。

そりゃあ自分の体重の2倍近い荷物を背負って素早く移動なんてキツイよね。

体力オバケだね提督達は。 夕立に無限のスタミナが〜とか言ってるけど、どの口がって感じ。

そして予め下見もしてたから迫撃砲の設置も迅速で、砲撃拠点として最低限の機能を得るまでに掛かる時間は30分を切ったと言う。


そして予め導き出した射角で10門の迫撃砲から繰り出される一斉射撃の威力は、高密度な絨毯爆撃を可能にしていた。

加えて白煙を撒き散らす白リン弾も降らせて、崩れた建築物に火災まで誘発させながら間髪入れずに突撃を行う“イェーガー”の部隊が生き残りを“狩る”。


真夜中での奇襲だから生き残りが居ても応戦すら難しい状況だ、視認性最悪な白煙に火災まで発生して正しく地獄。

そんな中でイェーガーの部隊は赤外線スコープを用いて的確に撃ち抜いて行ったらしい。


逃げ出そうとガムシャラに外へ走りだしても“ストライダー”が包囲網を作っていて飛び出して来た所を瞬く間に撃ち抜いて行ったみたい。


こうして数的不利を火力で捩じ伏せた訳。


敵もAK47とかドラグノフライフルだとか、ロケットランチャーだとか重機関銃とか、武器だけは立派なのものを持っていて人数もかなり多かった筈なんだけど、その事に胡座をかいていたからこそ虚を突かれたんだね。


そして、それだけじゃないんだ。


ストライダーの部隊は殲滅の目処が立つと素早く戦線離脱して、あらかじめ物資を置いた補給地点に向かう。

そして別の敵組織を潰すため次の敵の拠点に向かう。

これは離れた場所にある同名の敵組織に、情報が渡って迎撃準備を取られる前に叩き潰すからみたい。


最初のモーターが撤収作業を終える頃には、ストライダー達は工作を終えてモーター部隊に役割を変える。

そしてモーターが補給地点で素早く装備を整え、イェーガー部隊に役割を変える。

最後にイェーガー部隊も合流し、ストライダーに代わり包囲網を築き上げる。


スイッチのように役割を切り替えて、まるで流れ作業みたいに敵を駆逐していったって事だね。

つまり提督の部隊は、全員が102kgの荷物を背負って難無く移動出来る体力と迫撃砲や測定器などの操作技術と正確に敵だけを射抜く射撃センスを持ち合わせた化け物集団だったわけ。


「うーん、ヤバイよ……神通が可愛いレベルで修羅だよ提督……」


「ね、姉さんっ! それはどういう意味ですか!」


「わかってるよ神通、神通は元から可愛いから安心しなよ」


「那珂ちゃんのが可愛いもーん!」


「あーはいはい」


那珂は奇行さえ無ければねぇ……。

誰よりも目立とうとするから方向性見失うんだよ。


それで、火力と連携を用いて無敗を誇っていた提督の小隊には結末がある。

提督はその事にとやかく言わなかったけれど日本最初の深海棲艦襲撃の時、岸から海に向けて火力支援を行っていたモーター部隊は敵艦載機の爆撃を受けてやられてしまったと言う。


モーターの隊員は降り注ぐ爆弾で埋まる空を見て、最期にこんな通信を残したんだって。


──これが連中に見せてきた空か……。


この通信から分かるように彼等は悪を挫きながら、激しい軽蔑の目を向けながら、自分達が潰して来た敵が人である事だけは尊重していたんだ。

だからそんな感想が脳裏を過ぎったんだと思う。

そして提督は最も危険な、突撃を行うイェーガーを纏めていたにも関わらず、水上オートバイの機動力が優れていたと言うだけで生き延びていたんだ。


深海棲艦には兵器が通用しないから、勝てるはずが無い。


それでも逃げなかったのは彼等にとってある種のケジメだったのかも知れないね。


優しかった彼等は、沢山の人を殺して来たからそれ以上に多くの人々を救わなければならないって考えたんだと思う。

それが贖罪なのか、彼等に呪いにも似た正義心を宿らせたのは確かな事だった。


これが命より重い理由って奴の正体だったんだ。

彼等が勇敢な理由の一つに、贖罪が含まれていたんだ。


けれど私達は彼等の生き方を肯定したい。

戦いは何も生み出さないかも知れないけど、少なくとも消す事は出来る、

彼等は先陣をきって、制裁の名の下に断罪しただけなんだ。 未来永劫増え続ける悲劇の、その根っこから消し去ったんだ。


だから、彼等から学ぶ事にしたんだ。

私達も戦いに生きる艦娘だからね。


その為に今日は集まったんだよね。

神通が早速本題に取り掛かったみたい。


「制裁部隊の手口は、私達艦娘にも応用出来るかも知れませんね。 寧ろ、実証済みです」


そう言って神通が私に目配せをして来た。

何のことだろうと考えてみると、すぐに思い返す事が出来た。

レ級襲来時に使った作戦、防戦や魚雷などのアレンジが加えられているけれど、予め導き出した座標に火力を一点集中させるやり口は確かに似ているかな?


「なるほどね……。 あの時は必殺とは行かなかったけど、今の私達なら……」


「はい、姉さん。 ただあの時と違い、今の私達ではイェーガー及びストライダーの役割を果たせる人が居なければ再現は難しいかと……」


「ああそっか、提督達は生身で敵を座標に誘導してたんだもんね……、敢えて敵の射程圏内に飛び込んで敵の足を止めさせるため。 ホントぶっ飛んでるよ……」


あの時の敵は常に移動を行っていたから、控えた艦娘達の砲弾が落ちるポイントに上手い事敵を誘導させる必要があったんだ。それが彼等には出来ていた。

人間が出来て私達に出来ない筈がない。


囮戦法とも呼べるけど提督達は計算と連携により味方被害をゼロにしていた。

まさに理想と呼べる連携だったに違いない。


そして話の流れを掴んだ長門は不敵な笑みを浮かべながら言った。


「その場合は私がモーターを担うのだろう? フッ、この長門の主砲が存分に猛威を震えるな」


「その猛威を奮う為にも完璧に近い距離感と座標攻撃をモノにしないといけないね。動く敵に当てるというより、決まった座標に確実に落とすって感じ」


「ふむ……、火力だけでは不足という事か」


長門は多分この話をする為にここに来たんだろうなぁ。

そして夕立はイマイチぱっと来てないようだった。


「夕立はイェーガー? すとらいだ? どっちっぽい〜?」


「ボク達は特定の座標に敵を誘導させる感じだから、その2つは当て嵌まらないんじゃないかな? ただ間髪入れずに追撃を掛ける意味ではイェーガーが近いかな?」


「でも味方の砲撃の着弾地点が正確なら、突撃して暴れられるっぽい!」


「ね、ねぇ分かってる? それって味方の砲撃を完璧に覚えないと大変な事故に繋がるんだよ?」


夕立は突撃に燃えているらしく、ふんすと鼻息を荒くしていた。

そんな夕立を窘めながら時雨は1つの懸念を口にした。


「でも提督達がやった戦法って、ボク達にも通用するんじゃないかな……」


「どゆことっぽい?」


「ほら、提督達のやり方って敵が戦闘準備する前に一気に火力で潰すって言う感じだよね? もしも深海側に工兵の役割を担う艦がいて、鎮守府を射程内に捉えた砲撃拠点を作ったらどんな鎮守府でもひとたまりもないよ……。 レーダーに映らないんだし、不可能じゃないよね?」


時雨の言い分は、いくら私達の装備の質が上がろうと、練度を上げようとも戦う前に潰されたら負けてしまうという物だった。

提督がやった敵拠点の制圧のやり方ならあり得なくもない話だし、確かにそうかも知れなかった。

けど天龍がすぐに否定してた。


「オレ達にはパトロールの習慣があんだろ? まぁ、オレも正直言うと監視塔があんだから警備任務やらなくても良いって思ってたけど、それ聞いたら今迄以上に身を締めてやらなきゃなぁ……」


神通も頷いた。


「ええ、それともう一つ。提督の率いた小隊は全員が驚異的な技能を持ち合わせながら、罠に嵌り敵に包囲されてしまった場合は犠牲者が出てしまっていました。 この事から、どんなに自信があっても決して、断じて、油断してはならないと言う事を物語っています」


「罠ってのは相手の実力を問わず問答無用で仕留める事ができるんだね。 だからこそ慎重にもならないと……、要するにさ、戦いってのは1人のセンスよりも駆け引きが大半を占めるんだろうね」


「ええ、姉さん。 装備の差、人数の差、練度の差も策を用いれば簡単に覆ります。 故に私達が出来る事は高度な連携を可能にして凡ゆる策を遂行出来る柔軟な思考を育む事でしょう。 そうすれば戦場を掌握し此方が用意できる策の手札が増え、一方的な展開も可能という事です」


あー……、神通の訓練がより厳しくなりそうな予感。

さっきから熱が入ってるみたいだね。 正座したままテーブルの一点を見つめながら、淡々と言葉を綴り始めた。


「更に……提督が機関銃により倒れた時、残された部隊は素早い対応によりその場を凌ぐ事が出来たそうですね。 つまり指揮やリーダーの存在に頼らなくても高いレベルで対応出来るスキルが全員に備わっていたという事を意味しています。 それは私達艦娘にも同じ事が出来るのではないでしょうか?」


雑魚相手なら現状でも指揮は不要、でも強い相手ならそうは行かないからね。

長門が頷きながら言った。


「1人1人の独断による判断力の強化、と言う訳か?」


「ええ、以前私は提督とサッカーを興じた事がありました。 それから少しだけ調べたのですが、プロのサッカー選手は目まぐるしく変わる状況の中でも誰かに指示をされる事も無く、殆ど独断で動いています」


「……サッカーとな」


「ええ、サッカーはスポーツですがそのノウハウは活かせます。 プロの選手は指示も無ければ仲間と言葉を交わさなくとも巧みな連携が取れるのです。 1人1人が思い浮かべる局面に応じた理想的な試合の流れが選手の中で共通しているのかも知れません」


「成る程、高度な連携と柔軟な思考とはその事か……」


長門が腕を組みウンウンと相槌を打って共感していた。

と言うか神通がサッカーねぇ……、似合わないって言ったら怒られそう。 黙っとこ。

そして那珂が意気揚々と立ち上がった。


「みんなの心を一つにするって事だね! 那珂ちゃんそーゆーの大好きだよぉ! きゃはっ!」


「へぇー、集団とは掛け離れた行動ばっかする那珂がねー」


「な、何言ってるの? 集団の中でも那珂ちゃんの眩しさはぁ、隠せないってぇだけだよ〜! 那珂ちゃんの理想はセンター! これは共通認識だね!」


「一航戦の影に埋もれがちのくせに」


「あーーーっ! それ言っちゃう? 言っちゃうんだぁ! いくら那珂ちゃんでもあの人みたいに大食いしたり駆逐艦にデザート強請ったり食い意地で敵を殲滅させたりしないもぉーん!」


「あーいいんだー、そんな事言ってー、加賀に言っちゃお」


「うわーん!」


まぁこの事をチクっても加賀は赤城に向かいそうだね。 何となくだけど。

泣き真似をしている那珂は放っておいて、意識の共通化と言うのは連携に関して確かに大事な事だ。

私も確かに実力に頼った独り善がりな所があったかも知れない。


個人的な反省をしている内に、神通が話をまとめ上げた。


「たった今……1つの目標が定まりましたね。 彼等がやって来た事のように連携と技能、そして策を用いれば艤装の性能を越えた成果を挙げる事が出来るはずです」


「那珂の言葉を借りるけど、心を1つに、だね。 それも高い水準で思い浮かべる“想定の一致”を実現しないとだ」


「難しいかも知れませんが私達にも出来る筈です。 仮に実現出来たなら限界を越えた力を発揮出来る筈ですよ」


決して表に出る事は無い幻の“制裁部隊”。

彼等が起こした奇跡のような戦果は、並ならぬ努力と執念と連携を持って掴み取った必然だった。


私達は確かに強くなって連携も取れている。

それは自信に繋がったよ。

でもそのおかげで現状の練度に満足していたのかも知れなかった。


だから提督、今に見ててね。

私達がもっと強くなって、いつか必ず隊員達の想いも全て受け入れてみせるよ。


神通の話で切りが良かったと思った私は、その場を締め括る事にした。


「さぁーて、そろそろ良い時間だし解散しようか。 それともこのまま私と夜戦するぅ?」


「ゆ、夕立はそろそろおねむっぽい……」

「そ、そうだね、明日から連休だし池の拡張工事もあるし……寝ないとだね!」


「池の拡張工事には第六駆がやって来るのだろう? 今持てる全力はそこで発揮する予定だ、すまない」

「おい長門お前……、それは工事の手伝いで発揮されるんだよな?」


「アイドル的に夜更かしは厳禁かなーって!」

「ふふ、では今日はお開きにしましょうか」


そうして私達は解散して、それぞれの寝室に向かった。

私も頭の中を整理したくて今日は早めにベッドに入る事にした。


にしても提督やっぱ凄いなぁ……。

夜中に奇襲しかけてそんな戦果を叩き出すなんて……。


夜間に奇襲?


アレ、それって夜戦じゃん。

夜戦の神は提督だった⁉︎


あっ、ちょっと待って、大事な事忘れてた。


「夜戦だぁぁぁーーーーーーッ⁉︎」


私が思わず飛び起きると、すかさずお怒りの声を頂いた。


「姉さん今日くらい静かにしてください‼︎」

「ブレないよねぇ」


「違うんだよ! 夜戦なんだよ! 夜戦の約束してなぃぃ!」


倒れた提督の執務を処理したお礼にサバゲー夜戦受け取る算段だったんだよ!

今から速攻で畳み掛けに行こう、時間経てば有り難みが薄れちゃう、うん、そうしよう!

待っててね提督!






蒼い炎

加賀side





8月中旬、世間は夏季休暇、及びお盆休みに突入して我が鎮守府も体面上の連休に移りました。

ただ完全なお休みという訳では無く最低限の人員が鎮守府に留まる決まりなのですが、提督は連休を鎮守府で過ごすそうですので訓練や執務が無いくらいで今迄の日常と何ら変わりは無いでしょう。

去年の夏は色々な事件に見舞われ夏らしい夏を過ごす事はあまり出来なかった気がしますが、今回は少しばかり違うようです。


赤城さん曰く、何やら夏季休暇の直前に花火など沢山買っていたようで、今でこそ夏らしくは無い事を行なっていますが、風物詩と呼べる光景をこの鎮守府で眺められる日は近い筈です。


何故赤城さんがその事を知っていたのかまでは判りませんが、あまり考えないでおいた方が良いでしょう。

ある日、提督がぶら下げてきた買い物袋に反応して犬のように駆け寄ったなんて、まさかそんな事はあり得ない筈。


現在は、裏庭の拡張工事に精を出しているようです。

非番の艦娘達も全員が裏庭に集まっていて、とてもゆるい空気の中作業が進められています。

メインで作業を進める提督が一日中作業に打ち込んでいるだけあって進展速度はとても早く、最早手持ち無沙汰で作業の様子を眺めながら雑談に花を咲かせている娘の方が多いようです。


提督の姿格好も結構珍しいんじゃないかしら?

肩を出した黒のタンクトップに、二の腕あたりから手首にかけて覆うアームバンドを装着して木材のささくれた表面等で地肌が傷付かないようにしているらしいわ。 まるでドカタの人ね。


まぁ、吹雪が似たような格好をして温室の骨組みを加工しているので建築風景として馴染んでいるよう。


「しれいかーん! こちらパテ埋め終わりましたーっ!」


「おーう、じゃあちょっとダクト手伝ってくれー。 俺は明石とブレーカーの設置に回るわ」


「はーい!」


ダクト……? 空調設備の何かだったかしら? それを取り付ける?

あの2人が何を言っているのかよく分からないわ。


そう、現在提督が行なっている作業は素人だとまるで判らない分野の物で、多くの娘達が何も出来ないと言うのが現実ね。

ただ、高雄さんや愛宕さん達は花壇のレイアウトを工夫したいらしく図面を眺めてウンウンと頭を捻って思考を巡らせているよう。


自分のセンスに自信がある人は羨ましいわ、私はそう言うのに疎いらしくて私服だって赤城さんの判断に全て任せているもの。

赤城さんは食に関する事を除けば普通ですし。


第六駆の4人は長門と協力して池の底に石の板を敷き詰めているみたい。


「見て見て! この板も石英が混じってるわ!」

「ハラショー、その面を表にしよう」


「なんか今回の石は表面がツルツルしてるわね?」

「自然体のゴツゴツザラザラとした表面も味があるのですが、コレはコレで良いのです。 それより落としたら割れてしまうので注意して運ぶのです!」


「石板を落して怪我をしたら大変だ、その作業はこの長門に任せておけ。 フッ、この長門は大発動艇を積める事もあって陸上作業も実は得意なんだ」


今回の池はかなり大きいから、わざわざガーデニング用に加工された石を用意していて、重量もあるから長門が手伝っているのかしら。

そして平べったい飛び石をタイルのように敷き詰めた所を、剥がれたりしないように叢雲と初雪がコンクリを流して竹串で突いて固定しているわ。

ただ第六駆の和気藹々とした空気と違って、あの2人は不穏ね。


「太陽の日差しが痛いし暑いし……やる事も地味だし……」


「口より手を動かしなさい! この作業で手ぇ抜くと地震とか来たら簡単にヒビ割れすんのよ⁉︎」


「何だかんだ叢雲も吹雪よりだよね……」


「あぁッ⁉︎」


「ひっ、な、何でもないよぉ……」


叢雲が鞭打って初雪を動かしているようね。

ただ、どんな作業でもやるからには全力で責任を持って取り掛かる叢雲の意気込みは素晴らしい事だと思うわ。

でも白雪の姿が見えないのは奇行が目立って来たからかしら?


ただ、駆逐艦達が一生懸命作業しているのに空母の私が何もしない現状は頂けないわね。

なにか、なにか出来る事は無いかしら……。


辺りを見回せば、五航戦の2人と蒼龍が高雄達に混ざって花壇のレイアウトを相談していました。


「中央を歩けるように道にしてさ、そこから池に行けるようにすれば綺麗だと思う!」


「木枠ではなくて赤煉瓦で花壇を囲っているのをよく目にしますね。 そして花壇にオブジェクトを加えて更に飾るように……」


「あっ! それ知ってる、フラワーパークの番組でやってた奴でしょ〜!」


「ええ、実は瑞鶴と一緒にコッソリ行ってきたんですよ、ふふっ」


「えぇ〜っ、いいなぁ……」


「今度は蒼龍さんもご一緒しましょう」


「ホント⁉︎ やったぁ!」


とても女の子らしい会話が聞こえて来た気がします。

フラワーパークですか、微笑ましいですね。

そしてそこで見て来た物を花壇に活かそうとしているようでした。


私と赤城さんが一緒に出掛けた場所は──、駄目ね、飲食店しか心当たりが無いわ。

少なくとも最近連れていかれた餃子の名店は女の子らしくは無いだろうし、羽根つき餃子の知識がこの場で役に立ちそうも無い。

パリパリの食感とかスープとの相性とか……、ええ、悔しいけどとても美味しかったわ。


ひ、日頃の行いね……。

そ……そもそも提督が日常的に食の話題ばかり私達に振るから赤城さんが我慢出来なくなったのよ。

五航戦の2人を見てると女の子らしさにおける差は歴然ね。


「翔鶴姉ぇ、今度は水園遊歩道に行こうよ! 湖の上を飾る花がとっても綺麗なんだって!」


「水園? 確か山の湖の場所でしたっけ?」


「そうそう、蒼龍も一緒にさぁ」


「へぇーっ、水の上に咲く花って何か素敵!」


文字通り会話に花を咲かせているわ。

姉妹で今後の予定まで女の子らしい。


比べて私達はどうだったかしら、直近の話題と言えば……。


『加賀さん、次は恵比寿に行きませんか?』


『恵比寿? 東京だったかしら、結構な遠出になるわね』


『チーズ豚骨味噌ラーメンが人気らしいんです』


『……』


『東京はグルメの激戦地なので他にも名店が沢山! 最強の塩ラーメンとかも!』


或いは世界が大人の男性でも尻込みするようなガッツリとした強めのラーメンを女の子らしいと捉える世界だったなら私達は他の艦娘の追従を許さないでしょう。

女性向け雑誌でも食べ歩きのマップとか載っていたけれど、それはカラフルにトッピングされたアイスだったりクレープだったりスイーツを紹介する物が多くて、少なくとも赤城さんみたいにラーメン屋とかをハシゴするような内容では無かったわ。


ただ本当に悔しいけれど名店なだけあって鳳翔さんの料理に負けずとも劣らない絶品ばかり。

何だかんだ言って私も赤城さんを言い訳に味しめているのかも知れないわね。


それはそれで置いておいて、現状働いていない空母が私だけと言うのは本当に頂けないわ。

何か手伝える事……無いかしら。


提督はヒューズボックスの取り付けを行なっていて集中しているようでしたので、その近くで配線を纏めている明石さんに尋ねる事にしました。


「明石さん、私にも何か出来る事はありませんか?」


「あっ、加賀さん。 でしたら倉庫から4芯のケーブルを取って来てくれませんか?」


「よ、よんしん……とは何でしょうか……」


「数字の4と鉛筆の芯と書いて“4芯”です、箱にそのまんま“4芯”って書いてあるので見れば判ると思いますよ」


「え、えぇ、判ったわ」


4芯のケーブル、やっぱりよく分からないわ。

文字からして1つのケーブルに4本の線が入っているのかしら?


そんな事を考えながら倉庫に向かうと、中には真新しい箱が一箇所に纏めて置かれていて、断熱材と書かれた大きな箱やビスと書かれた小さな箱まで、鎮守府には必要のない大小様々な箱が沢山ありました。


空調の無い真夏の倉庫内は凶悪な蒸し暑さを孕んでいるようで、入り口から一歩足を踏み入れただけでサウナのよう。

どう言う理屈か私は熱を溜め込みやすい体質らしいので、早めに用件を済ませて倉庫から離れたいところね。


ただ、4芯と書かれた箱は見つけたのですが2種類ありました。

どちらかが明石さんの要望に添えない物なのでしょうか、もう少し具体的に聞いていればと後悔し始めていました。


2種類の箱を前にしゃがみ込み、二度手間を覚悟で両方持って行ってしまおうかなんて考えていた所で背後から声が掛かりました。


「おっ、加賀か?」


「この声は……、提督?」


振り向けば提督がやって来ていて、私と同じように箱の山の前でしゃがみ込みました。


「コンクリに穴開かないと思ったら木ビスでな……、コンクリビスを忘れていた」


「そう、ビスと書かれていた箱なら確かこっちにあったわ」


私は先ほど目についた小箱の中から、コンクリートビスと書かれた箱を取り出し、見た目の割に重くジャラジャラと音が鳴るその箱を提督に手渡しました。

箱の表記を見るにビスと言うのはネジの事を指すらしく、先端の形状により用途が異なるようですね。

箱を受け取った提督は言いました。


「ありがとう。 それで加賀はどうしたんだ?」


「いいえ。 ……私は4芯ケーブルと言うものを明石さんに頼まれたのですが、2種類あるようで……」


そう言って私がその2種類の箱に視線を落とすと、提督もそれに合わせました。


「ああ、これは外皮が違うだけだよ」


「外皮?」


「こっちは雨風や外気に晒される外用、そしてこっちは屋内って感じだな、外皮のゴムの質が違うだけだ。 でも一応両方持って行っておこう」


「そう……」


まさか両方持っていくのが正解だったなんて思わなかったわ。

ただ、その箱を2つとも提督が持ち上げようとしていました。


「待って、それは私が頼まれた物よ」


「ん? まぁ俺も使うし、俺が持って行った方が良いだろう」


「……えっと」


「……加賀? どうした?」


提督は不思議そうな顔をして首を傾げました。

それもそのはず、今の私が思っていることは非効率なワガママであると言うことは分かっています。

判らないし、知識も及ばない、けれど、どうにかして貴方の役に立ちたい。

そんな事を思ってか、思わず口を滑らせてしまいます。


「私も貴方の力になりたいの」


その言葉を聞くと、提督はひょんな顔をしていました。


そして私も我に返りました。


やらかしました。

とんでもなく詩的な言葉が出て来てしまっていました。側から見れば物凄く恥ずかしい台詞です。

もうちょっと言い方があったでしょう、何ですか『貴方の力になりたい』って。ベタなドラマでもあまりお目にかかれません。


でも口に出した以上取り消せません。


倉庫内の空気に含まれた熱分が急激に私に殺到しているような錯覚を覚える最中、どうにか心の焦燥が表情にだけは出ていない事を願いながら提督の言葉を待ちます。

そして提督はゆっくりと口を動かし始めました。


「やっぱりお前は優しいな」


想定しない言葉です。

この場合なんて言葉を返せば良いのでしょうか。

そうして返事に迷っていると、何か浮かび上がる前に提督が続けて言いました。


「俺も最近になって加賀の事分かって来た気がするよ」


あろう事か、またそれですか。

前は同じ台詞を言って食べ物を差し出して来ましたが、全然違いますからね。

なので私は何となく否定します。


「そうかしら?」


「そうとも」


提督はやけに自信ありそうでした。

その自信はそれなりの理由があっての事なのでしょうね?


「では説明して下さい……、貴方は私の何を知ったと言うの?」


「んー、そうだなぁ」


もしもここで提督が毎度の如く食に関する事を語り始めたら、私は引っ叩いても許される気がします。

ですが、そんな私の抱いた懸念は杞憂に過ぎなかったようです。


「加賀ってさ、最初会った時は凄く事務的な感じがしたんだよな」


「……事務的?」


「そう、事務的で仕事人間、それが最初の印象」


言われて私は思い返します。

そして確かに当初は仕事上でしか提督と話をしていませんし、手伝った事も仕事の事だけです。

冷たい印象を受けるのも無理はないわね。


「でも今じゃ何かと手伝おうとしてくれるし、思いやりがあるし仲間想いでもある。 中々熱い奴なんだなってな」


「そ、そんな事は……」


「そうか? お前は赤城の文句言いながら赤城の趣味に付き合ってやってるじゃないか。 そして訓練もそうだ、情熱がなければあそこまで真剣にはなれないだろ? そして現に今も、仕事には関係ない俺の趣味で始めたことに力を貸してくれようとしている」


「……」


「あっ、そう言えばお前も結構可愛いの好きだろ? 執務室のテレビで小動物の特集やってた時、なんか目の輝きが違った気がする」


「そっ、そんな所まで見ていたの?」


「そりゃ見るのも仕事だし」


褒められているのは何となく判るけれど自分の意図しない部分でやけに具体的だと凄く反応に困るわ。 確かに猫や犬は可愛いと思っていたけれど。

それに訓練とか戦闘のスコアとかならまだ言いようがあったのに、これじゃあ……。

とにかく冷静を保つためにも、話を戻さないと。


「と、とにかくその荷物は私が責任を持って運びます。 それくらいしか出来そうにないから」


「そんな卑屈になるなって」


「事実よ、私は吹雪のように専門知識の類は持ち合わせていないもの。 あの子の人の役に立てる趣味は羨ましいわね……」


何故でしょうか、隠していた本心が言葉の端に漏れ始めていました。

そう、私は全幅を尽くして役に立てる吹雪が少しだけ羨ましかった。


「趣味は役に立たなくたって良いんだぞ」


そう言って提督は私と向き合いました。


「今回は吹雪の趣味がたまたま俺の役に立っただけだし、そもそも趣味ってのは誰かに役立てる為に得る物でもないんだ」


「……」


「だからお前も、誰かの為にだとかそう言う考えは捨てて自分の思うがままに色々手を付けてみると良い。 もしも夢中になれる事を見つけられたなら、それは僥倖だぞ」


そう言って提督は微笑みを浮かべます。

実際、趣味を見つけると言う事は探そうとすればするほど難しい事だそうです。

ただし見つけられたならそれが生き甲斐に変わり生涯支え続ける活力となり得るのだそう、だからこそ僥倖であると。

ですが、この時の私は何処か素直にはなれなかったようです。 少し皮肉な言葉を返してしまいました。


「赤城さんのような食べ歩きでもそうかしら?」


「ははっ、それは上等じゃないか」


「……その、女性として」


「趣味の世界は性別で二等分してしまうには惜しい世界だぞ?」


「そう……」


「にしても女性らしさ、か、加賀も結構可愛い所気にしてるんだな?」


「なっ」


どうしてそうなるのかしら。

意趣返しでしょうか、皮肉を言って反撃を貰った気分です。


「か、可愛いだとか、私には縁の無い……」


「そんな可愛い髪型してるのにか?」


「ちょ、……ッ‼︎」


思わぬ不意打ちに心臓が跳ねました。

提督が私の髪型を可愛いと思ってくれていた事は嬉しい、嬉しいけれど今は不味いわ。

この身体は間違い無く倉庫内の熱気を余す事なく吸収しているに違いない。湯気とか出そう。


「こっ、こ、この髪型は生まれつきよ……! 建造された時からそうだったから、馴染んでいるってだけで……」


「生まれつき可愛かったって事か」


「あ、貴方ね……‼︎」


余裕が無くなりつつある私に提督は容赦なく追撃を入れます。

流石は敵とあらば確実に息の根を止めてきた歴戦の小隊長。私に敵意がおありですか?


そして最早言葉も出ない状態の中、提督は私の顔をまじまじと見つめながら言いました。


「加賀、お前いつから倉庫に居たんだ?」


「……えっ?」


話の流れが突然変わったので聞き返すと、提督は具体的に言いました。


「いやなんか、お前顔が赤いぞ?」


「……──っ!」


「やっぱり荷物は俺が運ぶから少し涼んで来い。 倉庫内の温度は40越えてるんだから、艤装が無けりゃ艦娘でも熱中症もあり得るだろう」


提督はそう言って4芯ケーブルの箱を抱えて立ち上がりました。

私は顔の熱が外気よりも熱い事に気がついて、ただ顔を隠す事しか出来ません。


ただ、すぐに取り繕うべきだったのです。

提督が動き出せない艦娘を前に、何もしないはずはなく……


「本当に大丈夫か?」


しゃがみ込んだままの私の肩を覆うように手を添えました。

そして至近距離で顔色を伺い始めます。


「ん、なんかやけにお前熱くないか?」


「あ、あぁぁぁッ⁉︎ だ、大丈夫です、心配いらないわっ」


「そうは言っても」


「い、いいから、構わないで」


「そんな訳にも……」


「ちょ、ちょっと水分補給してきます……ッ‼︎」


私はその場から提督を置き去りにして未だ嘗てない全力疾走で逃げ出してしまいました。

せ、戦術的敗北……? まさか。 とにかく溺れ死ぬ所でした。撤退もやむなしです。


それから冷水で顔を洗っても暫く熱は取れそうにありませんでした。


そしてこう言う時にだけ赤城さんは私に辛く当たります。


「それで逃げてきたと? 相変わらずヘタレですね」


「……」


「私は天龍さんに混ざって配管埋める溝を掘ってるんですけど、加賀さんそっち手伝いますか? 提督からは離れて作業出来ますよ」


「え、ええ……、そうね。 あの熱源は凶悪よ。 近付こうものなら鎧袖一触ね、太陽に向かう彗星の如く芯まで熱に侵されるわ」


「鎮守府で最強の空母の1人なんて言われてる加賀さんですが、その鎮守府に一番の天敵がいるなんて笑っちゃいますね」


「あ、赤城さん……、あまり虐めないで……」


それに提督は敵じゃあないでしょう。

そんな事も言い返せないまま暫くの間、猛獣から身を隠すチンチラのように提督の目を避けながら作業をするしかありませんでした。

天敵という皮肉は余りにも的確過ぎて言い返す事は出来そうにありません……。






斯くして想いは募りけり

吹雪side





こんにちは、暑中お見舞い申し上げます。

吹雪型一番艦駆逐艦、吹雪です!


まず夏のご挨拶を最初にしたのは今が正に夏の真っ盛りで世間も連休で賑わっている時期だからです!

この季節の夏といえば夏祭りや打ち上げ花火など予想される方は多いと思われますが、残念ながら私達の鎮守府近辺の街ではお祭りも打ち上げ花火もありません。

以前はあったようですが、現在は深海棲艦の出現による影響で海沿いの街は連休でも静まり返っているようです。


少し寂しい気もしますけど仕方がありません。

多くの住民が内陸の方へと移り住んでしまっているままなので、港町の人口も少ないままだそうです。

そのせいもあって鎮守府も更なる拡張に回される予算の計画があったのですが、街の需要や費用対効果の面で頓挫しているみたいです。


打ち上げ花火、見たかったなぁ……。


──なんて零した言葉が司令官の耳に入ったら、あの人はまた無理してでも何とかしようとしてしまうのが目に見えていますので、私も含めた艦娘一同は敢えて何も言っていません。


事情も事情ですし現状にも何も不満はありませんからね。


そして夏季休暇を通して行われている裏庭の拡張工事もいよいよ大詰めです!

すごく本格的な建築作業でとても貴重な体験が出来てとても楽しかったのですが、それもいよいよ終わってしまうと思うと少し寂しくもあります。


だけどみんなで力を合わせて作ったものが間も無く完成するって考えると、夜も寝付けない程ワクワクします!

温室から大きな池まで、本当にゼロから作っていったものなんですよ?


ただ、それなのに私は裏庭とは離れた工作室に居ます。


なぜかと言えば愛宕さん達に“オブジェクト”の作成を任されてしまったからですね。

何でも花壇の中央を飾るシンボルだそうで、そんな大切な製作を任されてしまいました。

とても名誉な事だと思いますし、嬉しいんですけどね。


で、でも何を作ったら良いんだろう……。


言い出しっぺの愛宕さんに聞いてみたい所ですが、愛宕さんは愛宕さんで花壇の枠組みのレイアウトに勤しんでいますからね……。


いくら工作とは言え私が手掛けてた物は木工が大半を占めますし、シンボルなら長持ちする素材が良いですよね……。


だからまだ練習中だけど、金属に防錆加工を施した何かを……。

砂型鋳造なら木型を作れば良いから私でもすぐに出来そうかな?

薬品に漬ける時間を考えても2日あれば足りそう。


でも本当に本当にどんな物を作ったら良いんだろうなぁ……。


もう結構な時間、製図用紙と向かい合っていますが何も浮かんできません。

きっと私にとって、いえ私達にとってあの裏庭は特別な場所だからですよね……。


私の趣味だってあの場所から始まりました。

まだ私達艦娘と司令官の間に溝があった時も、あの場所はその溝を確実に埋めていきました。


最初は草が無造作に生い茂っていただけの漠然とした場所だった裏庭ですが、司令官が手を付けてから少しずつ姿を変えて行きました。


初めは司令官が1人で草むしりをしていたそうです。

その時の私達はまだ新しい司令官に馴染めていないのもあって、事前に話は聞いていましたがやって来た司令官がどんな人かもまだ判らないですし、距離感とかも判らなくて戸惑っていました。

それから第六駆の雷ちゃんに手を引かれて食堂にやって来た時の司令官の戸惑った顔は今でも覚えています。

それから少しだけお話出来て、やっぱり聞いた通りの人なんだなぁって思いました。


また別の日、司令官は1人で草むしりをしていました。


私はどうして1人でやっているんだろうと思って、何となくで手伝いを申し出たのを覚えています。

そして、その時の会話も覚えています。


藪蚊の多い草の茂みを前に、背中を向けあって2人で別々の場所の草を黙々と抜きながら最初に話しかけたのは私からでした。


『あ、あの……司令官さん、質問宜しいでしょうか?』


『ん、どうしたんだ吹雪君』


『ど……、どうしてお一人で草むしりをしていたのですか、命令すれば艦娘にやらせる事も出来ますよ?』


この時の私はまだ司令官の事をよく分かってなかったんだなぁ、って今でも思います。

まぁ、仮着任から1週間も経ってませんからね。

そして司令官は背中で笑いながら答えました。


『いくら命令とは言え、ここは誰も立ち寄らないし、誰も使わないような場所だから仕事とは関係ないだろう? そんな事を頼める度胸は無い』


『えっ、じゃあどうして草むしりを……。 本当に誰も立ち寄らないような場所ですよ?』


『誰かが訪れて、誰かが使えるような場所に変えるためだよ』


たったそれだけのやり取りでしたが、私にとって司令官への印象が大きく変わるキッカケになりました。


それから時は流れて、あの裏庭は大きく姿を変え始めます。


一番最初に花壇が出来上がったんです。

木枠で囲っただけの簡素な作りの、小さな花壇です。


そして同じようにしてお野菜を育てる小さな畑まで。

最初に咲いたお花は、電ちゃんの要望でアサガオの花でした。

薄水色の綺麗なラッパのような花弁が潮風に吹かれて揺れていたのを覚えています。


次に池が出来上がりました。

小さな小さな水溜りのような池ですが、この小池の完成にだけは時間が掛かってしまいました。

その時は艦娘達と司令官の間で大きな亀裂が生じてしまっていて作業が進まなかったのです。


でもやっぱりあの場所をキッカケに、仲直りする事が出来ました!


それから小池の小さな滝から水が流れた時、何だかよく分からない感動を覚えました。

沢山の“嬉しい”が同時に押し寄せて来たような、そんな感覚です。


──何だか懐かしいなぁ、でもまだ1年くらいしか経ってないんですよね。

それにしては沢山の思い出があるので、それだけ濃厚な時間だったと言う訳ですかね?


少なくともあの場所は、時間と共に大きく姿を変えながらずっと変わらない何かがあるんです。きっと。


だから、そんな裏庭を飾るオブジェクトは絶対に手を抜きたくなくて、適当にしたくなくて、それだけに全く進展がありません。


ふと窓の方に視線を向ければ空の色は夕暮れを過ぎて暗くなりつつありました。

私は想像以上に時間が経っていた事実を前に、思わず独り言を零してしまいます。


「……もうそんな時間かぁ……」


なんて、ありふれた言葉を零しても誰も拾う人はいなくて、ただシンとした工作室の中で溶けて消えました。


工作室の窓からもあの裏庭は眺める事が出来ます。

なので私は窓際によって、工事作業の進展を見ておく事にしました。

直接関わらなくても、合間合間に進展を見るのも面白いですよね。

少し薄暗くて見えにくいですが様子を見る事はなんとか出来て、裏庭の池や温室は殆ど完成していました。

温室の二重ガラス設置は少しやってみたかったんですけどねぇ、ちょっと残念です。


それはそうと辺りが暗くなって来ても辛うじて光が差し込んでいるあの場所は、裏庭にも関わらず日の光がよく当たる場所のようですね。


流石に作業を続けている人は見当たりませんでしたが、私はなんとなく三度大きく姿を変えようとしている裏庭をそのまま眺めていました。


暫くそうしていると、背後からガラガラと引き戸が開けられる音が響きました。


「吹雪ー、そろそろ夕ご飯にするわよ」


叢雲ちゃんが食堂に誘いに来てくれたみたい。

私は振り向いて叢雲ちゃんの姿を見ながら返事をしました。


「うん、今行くよ」


「本当にずっと篭ってたみたいね。 進展はどう?」


「あ、あはは……、それが中々……」


「ふーん……。 まっ、あまり根詰めないようにね」


「うん、ありがとう叢雲ちゃん」


あれ? 今回は何も言わないんだ。 って、ちょっと失礼かな?

私は工作室の明かりを消して、そのまま叢雲ちゃんと廊下に出て一緒に並んで歩き始めました。

そして叢雲ちゃんが話し始めます。


「初雪と白雪は先に手を洗って食堂に向かってるわ」


「そうなんだ? ちゃんと作業出来てたかなぁ」


「安心なさい。 私の目が黒いうちは手なんて抜かせないわよ。 まー、白雪も根は真面目だから問題なかったわ。 初雪も何だかんだやる事はやるし」


「叢雲ちゃんも任されたなら責任持つもんねー? ホントは私も心配してないよ」


「……るっさい」


叢雲ちゃんはバツが悪そうに口先を尖らせて顔だけそっぽを向いちゃいました。

叢雲ちゃんは普段自信満々な振る舞いなのに、その行動を少しでも評価されるとこんな風になるんだもんなぁ。よくわかんないや。


私の言い方が悪いのかな?

でもね、司令官が言うともっと変になるんだよ?


そんな事を考えながら歩いていると、私はふと思い付いた言葉を口にしました。


「そういえば、この廊下も前は木造だったんだよね」


「なによ急に。 でも、たしかに前はギシギシ鳴る古い廊下だったわね、そっちのが良かったって言いたいの?」


「んーん、たった1年ですごく変わったんだなぁって……」


「それアンタが言う?」


「えへへぇ……」


「褒めてないわよっ⁉︎」


変って言われるのは少し抵抗があるけど、変わったと言われるのは少しだけ嬉しい。

それが私が身に付けた趣味を通した変化だと思うから、その変化がちゃんと身に付いているんだって感じます。


それから私は、晩御飯はなに食べようかな、なんて考えながら食堂に向かいました。


この食堂も大きく変わったんです。

改めて見回せば前任の司令官の時には無かったものが宮本元帥さんのお陰で沢山あって、それ以上に篠原司令官が来てくれてから増えたものが沢山あります。


食堂の入り口からまず目に入ってくるのが大きな手作りの掲示板です!

元旦に神通さんが司令官の為に作り始めた手作りのコルクボードの掲示板で、その時の私達はまだ自分でお金を稼ぐ事が出来なかったから、提督から頂いたお年玉を使って何とか作り出した思い出の品です。

写真を飾るための掲示板ですが、既に溢れそうな程の写真が額縁に収まっています。


余談ですが、この写真一枚一枚の裏側には番号が振ってあって、お気に入りの写真を見つけた時は青葉さんに番号を告げれば焼き増しして頂けるんです。


……因みに密かに人気な写真は、前回の海水浴で撮影したと言う水上オートバイに跨る司令官の写真だそうです……。

楽しそうに笑いながら水飛沫と共に海を駆ける姿はカッコいいですからね、青葉さんも握り拳のベストショットだそうです。

……風でシャツがめくれてちらりと覗く腹筋もなかなか、だそうです。

司令官は男性ですが海でもシャツを着たまま上裸になる事はありませんでした。だからある意味貴重なのかも?

後は桜の木の下でギターの弾き語り姿も人気だとか、実は私も両方持ってます。なんて。


表向きに人気なのはやっぱり集合写真ですね! これはもう番号を聞くまでもなく青葉さんが人数分の焼き増しを行う程です!


それから次に目に入るのが、棚に飾られたなんかご利益がありそうな石ですかね……。

コレは私でも中々シュールだと思いますし、初めて目にする方は先ず困惑しています。


その石は中身が空洞になっていて、表に空いている穴から中を覗く事が出来ます。

そして石の中には沢山の水晶を見る事ができて、とても珍しい形で生成された石英を含む石なんです。

高雄さんがその石をとっても気に入って、割って中を見ようとした司令官から守り抜いた物を飾り付けたそうです。


初めて見る方は、先ずやけに豪華に祀られた外見に驚いて、次は穴の中を覗いて驚く、一度で二度美味しい? 石ですね!


そして食堂のホール中央には沢山の木製の長テーブルと木製の椅子が並んでいます。

最初は折り畳みの長テーブルとパイプ椅子だったのですが、これらは司令官の采配で置きかわりました。地肌が触れる事のある椅子やテーブルは、暖かみのある木製の方が優しく馴染みますからね。


そうやって思い返していると、初雪ちゃんと白雪ちゃんが座るテーブルを見つけました。

そして同時に、工作室に忘れ事をしたのを思い出しました。


「あっ! いけない、工作室の戸締りしてない!」


「戸締りって窓の? アレって忘れても妖精さんがいつのまにか締めてるわよね?」


「だ、ダメだよ、戸締りも自分でちゃんとしなきゃ!」


「はいはい、じゃあ私は先に席についてるわ」


「うん、ごめんね」


「大袈裟ねぇ……、とっとと行ってらっしゃいな」


私は叢雲ちゃんに謝りながら来た道を引き返し始め、そしてその途中ですれ違いに食堂に入って行く皆さんの姿が沢山見られました。

曙ちゃんと、まだ着任して間もない漣さん、2人はそれぞれの表情で食堂に歩いて行ってます。


「この調子なら明日には出来そうね……。 でもなんで私が工事の手伝いなんてやってんのかしら……」


「またまたぁ、ボノやん頼まれても無いのに手伝い引き受けてたじゃなーい」


「先輩が率先して動いてるのに私が動かない訳に行かないでしょ? 全く……」


「その割に池の形にずっと拘ってたじゃないっすかーやだーっ!」


「当然でしょ? 鯉が泳ぐ池なら景観は大事でしょ⁉︎」


「ボノやん微妙に素直なのやめません? ツンデレならツンデレらしくツンツンしないと、テンプレって大事」


「何がツンデレよ! 何がっ! それとボノやんゆーなっ!」


漣ちゃんが来てから曙ちゃんが少し明るくなったような気がします。

そして姉妹が揃うと馴染むのも早いようです、2人は辺りを賑やかしながら食堂の入り口を潜って行きました。


それと、工事もやっぱりもうすぐ終わっちゃうのかぁ……。

シンボルの案が浮かばない以上ここで焦っても仕方ないのですが、気持ちが急かされたのか私は早足で工作室へと向かっていました。

そして些細な異変に気が付いて、思わず声を漏らしてしまいます。


「……あれ?」


工作室の明かりが点いていました。

私の中では、こんな時間にこんな所まで見てまわる人の心当たりは1人しか居ません。

私は引き戸を開けながらその人の名前を口にします。


「し、司令官ですか?」


「ん、吹雪か」


私の予想通り、司令官が工作室の窓際に立っていました。

恐らく、忘れていた私に変わって戸締りをしてくれたのだと思います。


「す、すいません! 戸締りを忘れてしまって……」


「いや何、問題ないよ。 戸締りは防犯対策だけど憲兵隊の目を掻い潜って鎮守府に入れる奴が居たら戸締り程度じゃどうしようもない気がするしな」


「こういうのは普段の意識が大事なんですっ!」


「吹雪は真面目だなぁ……」


司令官はそう言いますけど戸締りは大事です。特に夏場は本当に大事です。


網戸でも小さな虫とかが入ってきて、たまに乾燥中の塗料に張り付いちゃったりするんですよね……。

結構ショッキングな絵になるので、そういうのを防ぐ意味でも戸締りは大事なんです!


「でも、ありがとうございます。 代わりにやって頂けて」


「これも仕事だしな」


「でも司令官、連休中じゃないですか。 それでもお仕事って言うんですか?」


「責任者は俺だからな? それと仕事って事にしておけば都合が良い事が多いんだよ」


司令官はそう言って微笑を浮かべていました。

男の人って、なにかと理由を説明したがらない時がありますよね……。

そう言う時に“仕事”って言葉は便利だって事かな?


アレ? 要するに私は今、はぐらかされたのでしょうか?


でもはぐらかす要因あったかな? なんて考えていると、司令官が話し掛けてきました。


「それはそうと、そっちの進展はどうだ?」


進展とは、裏庭を飾るシンボルの事ですよね。

隠しても意味がないので、私は正直に話す事にしました。


「えっ……。 そ、その……まだ全然……」


私がそう言うと、司令官は愉快げに笑い始めました。


「あはははっ、流石の吹雪もあの無茶振りには参ってるようだなっ」


「も、もうっ! 笑い事じゃないんですよっ⁉︎」


「いやいや、俺もスッゲー良い作品を期待してるよ」


「ひ、酷いです司令官! そうやってプレッシャー掛けてぇ!」


「それだけ楽しみなんだよ。 時間掛かっても良いから、お前が作りたい物を作れば良いさ」


「も、もぉ〜……」


司令官はたまに意地悪です……!


対抗心を燃やして私も何か意地悪してあげようか、なんて思っていると、司令官は再び窓際から外を眺め始めました。


私もその立ち位置から眺めていたので分かります、そこからは裏庭の様子が見えるんです。


だから司令官は裏庭を眺めているのでしょう。


「司令官、裏庭の進展はどうですか?」


「ああ、もうすぐ出来上がるよ」


「流石司令官です、司令官が丸一日手をつければあっという間ですね!」


「……いや、俺は基礎部分か配線くらいしか手掛けて無いんだがな」


その言葉を口にした司令官の目は何処か真剣な感じがした私は、何となく司令官の隣に立って一緒に裏庭を眺め始めました。

時間は夜になってしまったのもあって辺りは暗いですが、廊下から溢れる照明の光が裏庭を照らしています。

そしてそのまま暫く眺めていると、司令官がゆっくりと言葉を綴り始めました。


「……あの池も、あの花壇も、あの温室小屋も、外見は殆どお前達艦娘が一生懸命考えて捻り出したアイデアだ。 これだけ見れば“艦娘”なんて言葉に意味なんて無いのだろう、まるで違いを感じない」


「……兵器に芸術は描けない、と言う意味ですか?」


「心が無ければ描けない、だな。 ……あそこにはお前達が今を生きて『綺麗だ』と感じた物や、『美しい』と感じた物、それぞれ感情を刺激した物が集まって形になっている……」


そして司令官はひと息置いてから、ひと言付け足しました。



「この光景を10年前にも見たかったような気がするよ」



その言葉を口にした司令官の表情は何処か嬉しそうで、誇らしそうでした。


「司令官……」


「ありがとう、お前達のおかげでまた夢が叶った気がするよ」


「し、司令官! ……私は、私だって……! それにそんなお言葉……私だけでは勿体ないですっ!」


「ん? 変な事を言うんだな?」


司令官はかつて沢山の人を助ける為に奔走していました。

だけどその影で助けられなかった人も沢山居たんです……。

司令官が打ち明けてくれた“助けられなかった少年兵”のお話、もしもそのお話に続きがあったなら彼等は今のように独特の世界を作り出して、或いはこんな風に形にしていったのかも知れませんでした。

だから司令官は“夢が叶った気がする”なんて言ったのでしょう。


でも、私達が思うがままに何かを作り出せるのも、司令官が教えてくれたおかげです。

綺麗だと感じるのも、美しいと感じるのも、世界に溢れる綺麗で美しい物を教えてくれたからです。


私達の白と黒しか無かったキャンパスに色を足したのは間違いなく司令官でした。

司令官がくれた赤青黄色は無限の色彩を帯びて世界を彩りました。

それは事実、誰も寄り付かないような場所に彩りを与えるキッカケを作り出したのは司令官じゃないですか。

一番最初に咲いたアサガオの色はたった一色ですが、これから時間と共に増える彩りに期待を膨らませるには十分過ぎる程に綺麗でした。


だから、“ありがとう”なんて言葉、ぜーんぶ引っくるめてこっちの台詞なんですよ!


「司令官、きっと私達の方が感謝してます……! それはもう言葉じゃ足らないくらいです! 絶対に負けませんよっ!」


「あははっ、まあ俺は仕事だからな。 でも気持ちは嬉しいよ」


「……そうやって“仕事”って事にして片付けるなんてズルいですよ! 卑怯です!」


「良いんだよ、それが大人の役目なんだ」


「もぉ〜〜……!」


司令官にとって、司令官がやって来た事は“当然の事”で感謝される以上の事は求めていないそうです。

では感謝じゃ足らない私はどうすれば良いんですかね?

とにかく私は勢いに任せて言いました。


「私、司令官の為なら何でもしますよ……!」


「何でも?」


「はい、何でもです!」


私がそう言うと、司令官は顎に手を添えて考え始めました。


……少しだけ大胆な事を口走った気もしますが、本心ですから問題ないでしょう。

司令官の為になら何だって出来る気がします!


ですが、司令官は私の予想の斜め上を捉えていたようです。


「そうだな……、吹雪なら本当に何でも出来そうだな」


「はい! 何でも仰って下さい!」


「……お前なら美術館に飾るような芸術だけでなく……。 今でさえ素材が良いんだ、大人になったら女優にもなれそうだし、勉強熱心だから学者や、果てはパイロットとか……宇宙飛行士だって目じゃないな……」


「し、司令官……? そう言う意味じゃ……」


どーしてそうなるんですかね、この人は!

この底抜けのお人好し! 一周回ってお馬鹿さんですよ!

でもそれだけ期待して頂けるのは嬉しいです、ありがとうございます。 ……じゃなくて。


私が困惑していると、司令官は言いました。


「ふふっ、俺の望みを叶える為に“何でも”と言ったなら、だったら俺の望みはひとつだ」


「な、何でしょう?」


「思うがままに生きてくれ。 俺はな、お前達が照らす世界を見たいんだ。 ……それが俺の生き甲斐だ」


「……」


「……まぁ、戦争も終わってないのに何を言ってんだって話だろうがな……」


綺麗事……、いえ、でも本心に違いない筈です。

事実、司令官はずっと前から1人1人の抱く世界を守る為に理不尽と戦い続けているんですから。

人々の“感謝”の言葉が彼等の誉れであったように、1人1人の持つ世界を垣間見る事が彼等の栄光だったのでしょう。

それが助けられなかった“レオ君”が見出した、微かな光の続きであると信じて。


そして司令官は続けました。


「そうだな……、戦争が全て終わったなら世界を見てまわると良い。 日本だけじゃなくて色んなところをな」


「試しに世界一の山に挑戦するのも良いだろう。 弧を描く地平線を見た事があるか? 果てなど無いと思い知るぞ」


「大きな星空を映し出す天空の鏡を見に行くのも良いだろう。 空を歩ける奇跡の湖だ、身が震える程の壮大さを感じるだろう」


司令官は最初からそうでした、私達の世界を、見識を広める為に全力を尽くして来ました。

それは今でも変わりありません。


「世界を旅する内に沢山の人と出会うだろう、気の合う奴とは友達になれるかもしれないな。 それは景色以上にお前に刺激を与えるかも知れないな」


でもそうやって、ご自分の夢を語るように私達の将来を予想して欲しくは無いんです。


「でも良い奴ばかりでは無いだろう、時には嫌な奴と会って喧嘩をしてしまうかも。 でもきっと大丈夫だ、出会いは一期一会と言うからな」


「数々の出会いの中でいつか運命の人と巡り会えたなら、燃えるような恋をすると良い。 全てを投げ打ってでも、一生涯を捧げても構わないと、まるで映画のような熱い恋をな」


「だから、思うがままに生きると良い。 世界はまだまだ広がるぞ」


司令官はそう言って私の肩に手を置きました。

私はその手を両手で握りました。


「司令官……、世界を歩くのはとても素敵だ思います……。 だけど……」


「だけど?」


「どうしてその素敵な未来のお話に、司令官の姿が見えないんですか……? これは私の気のせいですか……?」


「いや……」


「司令官! ……私は、司令官と一緒が良いです……! ずっと、ずっと……離れるのは嫌ですっ‼︎」


あまりに司令官が他人事のように夢を語るから、私は感極まって勢いに任せた言葉を言ってしまいました。


司令官には知ってて欲しい、私が趣味に夢中になれるのも、何かを作ろうと頑張れるのも、誰かが見てくれてるからだって。

作品を褒めてくれるのが嬉しかった、評価されるのが嬉しかった。


誰より優しくて、誰よりも強くて、たまに涙脆くて、太陽のように暖かい人。

私の大好きな、そんな人。


だめ……、いつか離れると思うとこんなに悲しい……。

今までの日常が嘘みたいに寂しいよ……。


あはは……、どうしよう涙が止まらないや。

重い女だって思われたらヤだなぁ……。


そうして私が俯いてしまうと、司令官は優しく頭を撫でてくれました。


「泣くな吹雪、俺はどこにも行かないから……」


「だって……、だってぇ……」


「言っただろう? 俺は責任者なんだよ」


それって鎮守府の責任者って事ですよね……?

私が何のことか聞く為に顔を上げると、司令官は親指で私の頬を伝う涙を拭ってくれました。


「終戦後もお前達が転んでも大丈夫なように、俺はずっとここに居るつもりだよ」


「え……?」


「……身寄りがないからな、艦娘は」


「じゃあ……、じゃあ……っ!」


「この場所は俺が守るから、いつでも帰ってこれる。 だから安心して旅に出ると良い」


司令官の座右の銘は有言実行と言っても過言ではありません。

一緒に過ごしてきた日々が司令官の言ったことは嘘ではないと教えてくれました!


で、でも酷いです、だったら最初に言ってくれれば良かったのに……!


私は勘違いで泣かされたお返しにポカリと司令官のお腹を殴りました。


「あたっ、おま……。勝手に勘違いしたのはお前だろう……!」


「い、言い方が悪いんです! 男の人っていつも言葉足らずですよね……っ!」


「お陰で可愛い泣き顔も見れたけどな? 青葉が居たらなぁ……」


「も、もぉぉぉぉ! バカァ───ッ‼︎」


この人は、この人はぁ‼︎ このっ、この!

私は恨みを込めて両手で司令官の胸を叩きました。

でも司令官は笑いながら私の手を受け入れていて、それが何だか無性に気に入りません!


それも束の間、工作室の引き戸が勢い良く開かれました。


「吹雪ィィィィィ──ッ‼︎」


青筋浮かべた叢雲ちゃんが怒声と共に飛び込んで来ました。

そして私は姉妹艦を待たせていた事を思い出しました。


「あ……っ、ごめん叢雲ちゃん!」


「おっそいのよ‼︎ ご飯冷めちゃったじゃない!」


「ご、ごめんねー!」


叢雲ちゃんは私を叱りつけた後で、今度は司令官の方へ向きました。

そして訝しむような目を向けながら言いました。


「で、アンタはどうしてここに居るわけ? まさかこれから作業を始めるつもりじゃないでしょーね……」


「いや戸締りに回っててな、偶然会った吹雪と鉢合わせて引き止めてしまったんだ」


「はぁ? じゃあ何、アンタのせいってわけ?」


「申し訳ない、詫びに何かデザートでもご馳走しよう」


「そ、そう? ふーん……、なら、まぁ、いいわ……」


あれ、司令官……?

どうしてそんな誤魔化すような真似を……。


本当は私が約束を忘れてただけなのに、こんな時にだけ嘘をつくのもズルい……!


急いで訂正しようとしましたが、司令官は私にだけ聞こえるように小声で言いました。


「これで許してくれるか?」


「えっ? あの……」


私が泣いてしまった事に対してのお詫びのつもりだったのでしょうか。

少し割りに合わないような気もしますけど……、こんな事でも気持ちが嬉しい自分が悔しい……!


ですが、この後一緒に食堂に向かった司令官でしたが叢雲ちゃんが『ミニパフェ』をご所望したので厨房に入った所を第六駆の方々に見つかってしまい、例の如く厨房で忙殺される事になりました。

SNSを通じて食べ終わったはずの艦娘もわざわざ食堂に戻ってきたとか何とか。


忙しさのあまり泣き笑いする司令官さんが見れたので、これで許してあげます……!



そして、私が作りたい物が決まりました。



あの裏庭を飾るに相応しいシンボルが浮かんで来たんです。

元は誰も立ち寄らないような場所が、今では暖かい光が差し込む憩いの場と変わって行ったあの場所は、私達にとって掛け替えのない場所なんです。


エベレストのように高い場所ではありません。

なので果てを感じさせない弧を描く地平線を見る事は出来ません。

ウユニ湖の天空の鏡のように1つの大自然の奇跡が齎した地形でもありません。

当然、星空を映し出す大きな鏡もありません。


でも司令官が居て、私達が居て、初めて意味を持つ奇跡的な運命を潜り抜けて出来た場所なんです。


果てを感じさせない夢がそこにはありました。


想いを映し出した光景がそこにはありました。


だから共に在り続ける“シンボル”を作るんです。

遥か昔からあって見えないものをカタチにして来たあの“シンボル”を……。


光の満ちるあの場所に相応しい……、そんな。



──彫刻が出来て良かった。

思い描いたものを刻む事が出来るから。



──鋳造を勉強して良かった。

1000年先も朽ちない物を作り出せるから。



──工作が出来て良かった。

想いをカタチに出来るから……。



この事ですら、私と司令官が出会った奇跡がもたらした物なんですよね。

司令官がくれて、私が育んだ特技……、だからこそ私はありったけの想いを込める事が出来るんですよね。



だから、これからも、ずっと共に……。

そんな想いを込めて。

今までと、これからを、刻んで行くモノ。



それから2日後、ソレは出来上がりました。

ただ池や温室の完成には間に合わなかったみたいですが、でも私のシンボルを最後に仕上げとなるようです。


昼下がりの裏庭には既に沢山の人集りが出来ていて、私が作品を持ってくるのを待っていました。

私は作品に布を被せて持ち運び、早足に向かいます。

中には司令官も居ました。 丸一日見てなかったので何だか嬉しくて真っ先に声を掛けました。


「し、しれーかーん!」


「お、おぉう……。 お前寝てないだろ……、顔が窶れてるぞ……」


「え、えへへ……、すいません何か止まらなくて……」


金属の薬品加工によるコーティングはそれだけで半日は潰れちゃいますからね……、それ以前の木型の彫刻とかは切り詰める必要があったんです。

私が作品を両手で抱えて再び花壇に向け歩き出すと、愛宕さんが話しかけて来ました。


「吹雪ちゃんの言った通りに出来たと思うけど、どうかしら?」


「はい、いい感じですね……! 水平は取れてますか?」


「ええ、ばっちりだわ」


私は愛宕さんに頼んで、作品を置く為の台を花壇の中央に赤レンガで作ってもらっていました。

その台の表面はセメントでしっかりとフラットに仕上がっていて、文句無しです。

でも、この丁寧な塗り方は司令官ですかね?


そんな事を考えながら、私は作品を台の上に乗せました。

そして布を取り払おうとすると、天龍さんが声を掛けました。


「何作ったんだ? 随分でっけーじゃねーか」


「えへへ、見ればわかりますよ!」


私はいよいよ布を取り払うと、皆さんは一歩前に出て覗き込みました。

そして様々な感想が飛び込んできます。


「おぉ……」「えっ、これ手作り⁉︎」「凄い……、もう木工作艦じゃなくて芸術艦だな」「素敵ですわ……!」

「嘘、これアンタが作ったの⁉︎」「うわぁ……高く売れそう」

「流石吹雪ね」


ふふーん、私の自信作ですからね! でもやっぱ恥ずかしいような……。

そして司令官も並んで私の作品を見てくれていました。



「……成る程な、日時計か……」



そう、私が作った物は“日時計”です。

時計とは、恐らく人類が初めて時間と言う概念を、“見えないモノをカタチにした”発明では無いでしょうか。

この時計盤は光があって初めて時が進む物です。

照らされた世界の時間を共に刻んでいける、世界で1つだけの時計です。


トリマーで輪の形に石板に溝を掘って、ブロンズ製の輪の形の時計盤を嵌め込んだシンプルな日時計ですが、それでも可能な限り丁寧に作ったつもりです。


その時計を見ていた司令官は、みんなに聞こえるように大きな声で言いました。


「ちょっと見てくれみんな、この時計盤の数字の横の彫刻が何かわかるか?」


そう言って司令官は時計盤に注目を集め始めました。

な、なんだか恥ずかしいですねコレ……!

でも真っ先に気が付いてくれたのは嬉しいです!


そして高雄さんも気が付いたようです。


「1の横に……カトレアでしょうか? 2の横にアネモネ……? これってもしかして……」


高雄さんの言葉をヒントに電ちゃんも気が付いたようです。

第六駆のみんなと言い合っていました。


「7時にアサガオなのです!」


「成る程、そういうトリックだね? じゃあ8時はコスモスだ」


「えぇっ、響どうして分かるの? えぇっと、9時の横のお花は……」


「彼岸花ね!」


「もう、どうして言っちゃうのよぉ!」


そして、その様子を見守っていた翔鶴さんが私に言いました。


「お花の彫刻はもしかして……、1時ではなく1月として、その月に咲き始めたお花の絵でしょうか?」


「はい、花壇に飾る時計なので少しだけ……」


「とても素敵だと思います……! この時計は1日だけじゃなくて、お花と一緒に1年を巡る物なんですね……!」


1年も丁度12当分されてますから、月に見立てて少しだけ遊び心を加えたのですが好評なようで何よりです。

そして時計盤を見つめていた司令官は私の頭を撫でながら言いました。


「これは凄い作品だ……、もう不肖だなんて言えないな。 嫌味に聞こえてしまうぞ?」


「ええっ、そんな……」


「日時計か……、本当によく出来てるな」


「えへへ……、ありがとうございます」


やっぱり褒めて頂けるととても嬉しいです。

頑張って良かったなぁって思います。


「司令官……」


「どうした?」


「……ここにはエベレストから眺めるような絶景はありません。 でも、ここでしか見られない光景があるんです」


「……」


「私にとって、それが何よりの宝物です……」


「そうか……、そうだな……」


「はい……!」


司令官は優しく微笑んで、また私の髪を撫でてくれました。


こうして裏庭の拡張工事は終わりを告げました。


生まれ変わったこの場所は、今度は日時計と一緒に時を刻み始める事でしょう。

流れる季節と共に色を変えながら、この場所でしか見られない景色と、その1秒1秒を正確に刻んで行く事を願います。


未来永劫、変わる事なく。






提督の休日

篠原side





裏庭の拡張工事が終わった次の日の事、池に放す鯉や温室に入れる花の事はさておいて俺は久々に休日らしい休日を過ごそうと算段を立てていた。

正月はなんだかんだずっと動き回っていたような気がするし、年に一度くらいこんな日があっても許されるんじゃないかな、と思う。


そう、今日は惰眠を過ごす日である。


冬ほど布団の魔力は薄れてはいるが、薄まったとしても布団は布団であり、被災地などでも食料衣類に並んで布団は大変感謝されるほど重要な存在なのだ。


朝を起きて冷房をつけた寝室で二度寝を決め込む、これ程贅沢な休日など存在しないだろう。


さぁ、起きたばかりだけど寝ようじゃないか。


朝一番、俺は志高くして意気揚々と再びベッドに倒れこんだ。

けれど、予想はしていたけれど、案の定妨げられるのであった。


『司令かーん! 朝よ! ご飯にしましょ!』


元気の良い雷の声が玄関の方から響いてくる。

ドアの前でノックと共に声を張っているのだろう、これは何時もの事だけどそんなに声を張らなくても聞こえているというのに。


やはり朝一番で二度寝は無理である。

雷と言う艦娘の前で寝たフリを続けようものなら嫌な予感しかしないから早急な起床を余儀なくされる。

玄関に鍵はしてないから多分あいつは入ってくるだろう。

そしてリビングを通り越して寝室にも入ってくるだろう。


前科があるんだ、未遂だが。


俺もたまに脱いだ物を放り投げたりしているから、こういうのを見かけたら雷の目は照明灯の如く光り輝くのだろう。

その後のことは想像に容易く、未然に防ぐ為にも俺は雷の問い掛けに答えることにした。


「おはよう雷。 少し待ってくれ、すぐに着替えるから……」


『手伝ってあげるわ!』


「いらん! ジッとしてなさい」


『もーっ!』


雷は色々言うが、こういう時はちゃんと言う事を聞いて待ってくれている。

俺の裁量を突破しない、やはり第六駆は癒しだ。


多分、電や響や暁も一緒になって待っていて、雑談に花を咲かせながらわちゃわちゃしているのだろう。

そして着替えて外に出ればやっぱりわちゃわちゃしていた。


「今日こそ秋刀魚を綺麗に食べて見せるわ! 鳳翔さんに綺麗に背骨を抜くコツを教わったんだからっ」


「やめるんだ。背骨と一緒に白身をテーブルに撒き散らす未来しか見えない」


「なによぉ⁉︎ 見てなさいよぉ〜!」


「何度も見てきたさ、無残なスプラッタ劇場をね」


「はわわ、2人とも喧嘩はダメなのですぅ!」


暁と響は毎朝毎朝どうでも良いような事で口論をしている気がする。そして電が一生懸命止めようとしている。

でも確かに秋刀魚を綺麗に食べるのにはコツがいるな。でも良いじゃないかレディなんだから。

多少不器用でも許されるものなんだ。


レディって何だったか。 まぁいい。

とりあえず俺はわちゃわちゃしてる3人にも挨拶をした。


「おはよう、今日も元気だな」


「おはよう司令官、今日も良い朝だわ! だから良い1日になるわね!」

「ドーヴラエウートラ、司令官」

「おはようございますなのです!」


挨拶を済ませて歩き出せば第六駆の4人は一緒になって歩き始める。

そして食堂を目指して廊下を歩いて最初の曲がり角で奴が現れる。


「good moaning! テイトォーク!」


金剛は毎朝挨拶の為に待っていてくれているようだが、毎回歩幅にして10歩分くらい離れた位置から挨拶をするのだ。

余談だが短距離走のアスリート達は10歩もあればトップスピードまで加速出来るらしいが、これが金剛が保つ不思議な距離について全く関係無い余談であると信じたい。


そして案の定金剛は掛け声と共に廊下を走り始めた。


「バーニィィィングゥ……」


刹那、俺と金剛の間に居た暁は容易く予想出来る自分にも到達するであろう衝撃を前に青ざめ始めていた。もう見慣れた顔だ。

だが安心して欲しい、俺が困った時に必ずやってくる奴がいるんだ。


「おはようございます、提督。 ──そして、金剛さん」


「ホワッ⁉︎」


いつの間にか現れた神通が俺と金剛の間に立ち、疾走する金剛を前に肩を脱力させながらゆらりと身体を揺らした。

まるで木の葉が風に吹かれて地を滑るかのようにするりと金剛の懐に入り込んだ神通は、余りにも低い姿勢から神速の突きを放った。


「──カハッ⁉︎」


腹部に突き刺さる神通の手は捻りを加えて更に押し込まれ、金剛の疾走による勢いは完全に殺された。

神通の手腕は日々進歩を続けて見切る事すら難しく、側から見れば突きを受けた金剛の生死すら危ぶまられる程の威力を秘めていそうだが、金剛は床に倒れたもののピンピンしていた。


「ぐぬぬぅ……! 榛名ァ!」


「クッ、これでも仕留め切れませんか⁉︎」


鳩尾に鋭い突きを喰らったはずの金剛は平然と榛名の名を呼び、仮にも味方の艦娘に対してあまりにも不穏な感想を述べた神通。

そして名を呼ばれた榛名が遅れて参上した。


「榛名、行きます!」


彼女はテシテシと床を軽やかに蹴りながら駆け寄ったかと思えば俺の目の前まで来ると立ち止まり、やがて首を傾げ始めた。


「……えっと、榛名はどうすれば良いんでしょうか?」


「いや知らんよ。 取り敢えず、おはよう榛名」


「はい、おはようございます!」


前回、前々回、毎回に注ぐ反省を活かして榛名が学習している事に俺は少なからず感動を覚えた。

これは比叡が来てくれたお陰だろうか。だとしたらどうして長女はそのまんまなのだろう。

その比叡は這い蹲る金剛の横に屈みこんで手を貸そうとしていた。


「ひ、ひぇぇ〜……、姉さま大丈夫ですか?」


「ジンちゃんの突きが五臓六腑に染み渡りマース……」


「あんな物を鳩尾で受けて喋れるなんて凄いですお姉さま!」


前回は壮大に騒がせた比叡であるが、何だかんだ金剛型にとってプラスに傾いたのでは無いだろうか。

勢いだけだった馬車馬がブレーキを覚えたような感じの安心感が出てきた気がする。


そして殺傷力を伴いそうな“あんな物”を放った神通はその様子を見るや否や、澄まし顔で俺の方へと振り向いた。


「朝食にしましょう、提督」


「あ、ああ……、そうだな……」


これが俺の鎮守府の朝一番の光景。延々と繰り広げられて来た見慣れた風景である。

いつか怪我人が出そうな気もするが、艦娘は入渠すれば治るからと色々御構い無しだったりもする。 終戦の目処が立った時は早急に常識的な判断が出来るかどうかのテストを実施しよう。


例えば神通に『人は鳩尾に強烈過ぎる正拳突きを受けた場合は死に至るケースがある』とか。

その返答次第で神通も問題児だ。慈悲は無い。

大いなる力には大いなる責任が伴うのだ。


まぁ、艦娘は人に対して傷害を与えるような事はしないため俺の杞憂に終わるだろうが。

相手が艦娘でしかも金剛だから、その力量を判断して“あんな物”を放ったのだろう。


その後、俺は暁が秋刀魚の骨に悪戦苦闘するのを眺めながら朝食を終えると本来の目的を遂げるべく席を立った。


「よし、じゃあ俺は部屋に戻るかな」


二度寝だ。何も無い日は二度寝をしてみたい。

食器を返却して速やかに部屋に戻りベッドに倒れ込むのだ。 連休中にのみ許された怠惰だ。

俺は返却口に食器を置き、厨房で洗い物に精を出す間宮さんに声を掛けた。


「ごちそうさま」


「はい、ありがとうございます」


間宮さんは洗い物の手を動かしながら顔だけ向けて返事をした。

洗い物の量が量だから手伝いたくなるが、俺が厨房に入るとどういうわけか余計に仕事が増える。

迂闊に近付けないのが現状である。


ただこのまま部屋に戻るのも味気ない気がするし、他の艦娘達の食事風景でも見ておこうか。

俺は返却口の横に立ち、辺りを見回してみる事にした。

そうすると思わぬ発見があったりするものだ。


大和、長門、そして扶桑、山城で同じテーブルだ。

その隣のテーブルには金剛姉妹が3人纏まっている。

赤城、加賀、そして龍驤に、翔鶴、瑞鶴、蒼龍も近いテーブルで纏まっている。


どうやら彼女達は近しい艦種の間柄では特別距離が近いようである。

恐らく戦闘や訓練における共通の話題が多いからだろうか。


そして、ふと彼女達が私服姿なのが普通になりつつある事に気が付いた。

食堂に集まる彼女達は殆どが私服であり、この目はその事に違和感を覚えなかったのだ。

艤装の衣装が馴染んでいた最初の頃とは随分と変わったものだ、どうせ冬になれば上着も着こなす彼女達の姿が見れるのだろう。


男性陣の話題では、時に『女性は夏服か冬服か』なんてオチの無い話が出て来るが、個人的に服装に的を絞れば冬服の方が好みだ。

厚着をするだけその者のセンスや嗜好を見る事が出来るからな。

ただ、今の季節は夏で、しかも朝という事もありラフな格好も多いだろう。


そう思いながら見回してみれば、別にそんな事は無かった。

大和は赤いラインの入ったシャツに涼しげなオレンジのスカートを身に付けているし、加賀もジーンズに半袖のジャケットと中々決まっている。


比べて俺はジャージだ。


……いや、でも問題ない。なんたってこのジャージはブランドの良いジャージだ。

通気性が良く夏場でも涼しく着回せる逸品だ。

大和のふわりとしたスカートに負けない涼しさを秘めているし、加賀のジーンズにも負けないそこそこ値がはる代物だ。

それにシャツだって良いシャツだ。

山城の身につけている、胸元がなんか靴紐みたいになってるお洒落なシャツには無い快適性を秘めている。

山城のシャツは似合っているがアレが何なのかよく分からなかった。後にレースアップと呼ばれる物と説明を頂いたが、それを踏まえても良く分からなかった。

そしてその事から加賀のジャケットも実はジャケットじゃないのかも知れない、なんかお洒落だ。 取り敢えずカジュアルに着こなしていると思う。


おおよそ勝ち目のない不毛な対抗心を燃やしていると、俺と似たり寄ったりか或いはそれ以下な格好をした奴が視界に飛び込んで来た。

そいつは真っ直ぐこちらに向かってきているようだ。


「提督ぅぅ! 夜戦だよぉぉぉぉーーーーっ!」


午前の食堂で青いチェックのパジャマのまま駆け寄りながら意味不明な事を口走っているのは川内だ。

因みに朝8時にもなっていない。遡った方が夜が近い時間帯である。


「おはよう川内、朝起きれたんだな」


「おはよー提督!夜戦する為に起きたんだよ!」


「とうとう頭がおかしくなったか。神通の手刀を食らい過ぎたか……?」


言いながらテーブルに着いている神通の方へ視線を投げると、案の定彼女は申し訳なさそうな顔をしていた。

ただ妹の心配も御構い無しに川内はパジャマのシャツを捲ったかと思えば腹の下から雑誌を取り出して俺に突き付けて来た。


「見て見て! “ナイト・レイジ”って言うインドアサバゲーフィールドは24時間いつでも夜戦が出来るんだって!」


「クソッ! 誰だ川内にサバゲー教えた奴……!」


「何言ってんの教えたの提督でしょ? ねぇ〜、ここに連れてってよぉ……、お願い!」


川内は言いながらページを開いてナイト・レイジの記事を見せつつ強請って来た。

俺はその妙に生暖かい雑誌を受け取り目を通してみると、おおよそ今日中には叶わない願いだと見て取れた。


「……北海道じゃないか」


「やっぱダメ?」


「……片道半日くらい掛かるぞ……」


「えぇ〜……、インドア戦やりたかったぁ……」


「とにかく折角起きれたんだから朝食を食べなさい。 後にすると間宮さんの洗い物が終わらないだろう?」


俺がそう言うと、返却口を挟んだ向こう側に居た間宮さんは苦笑いしていた。


「あはは……、提督は主夫寄りですね」


「すまないな、本当なら俺も手伝いたいんだが」


「い、いいえ! 結構です! 提督は軽はずみに厨房に入らないようにして下さい……!」


「……すまないなぁ」


本当に申し訳ない。 俺が厨房に入ると、どう言うわけ連鎖反応が起こり瞬時に全艦娘に情報伝達されて全員に何かを振る舞う事になる。

何の準備も心構えも出来ていない状態で50を越える人数の注文が殺到すれば厨房は世界一の戦場となる。

アイスなんて誰がよそっても同じだろうに、全く。

そして川内は腕組みをしてうーんと唸り始めた。


「朝はどうしようかなぁ……、ちなみに提督は何食べたの?」


「俺は秋刀魚定食だな。 味噌汁も付いてるしなぁ……」


「へぇー! 間宮さん、私はベーコンエッグトースト!」


「はい、承りました」


「なぁ……、俺のメニュー聞く必要あったか?」


可能なら川内の頭の中を覗いてみたいものだ。

秋刀魚と味噌汁と聞いてベーコンエッグが食べたくなる思考回路は見ても分からなそうだが。


さて、もう十分だろう。

川内がテーブルに向かったのを見送ると、俺は今度こそ二度寝をする為に歩き始めた。

志高く先ずは一歩、そして二歩目には速攻で妨害が入った。


「ていとくさぁぁ〜ん!」


「ゆ、夕立⁉︎」


夕立が両手を広げて駆け寄って来た。

あの姿勢は飛び込んでくるつもりだろうか、金剛とは違くて夕立の場合はちゃんと加減をするが、俺は1つの不安要素を見逃さなかった。


「ちょっと待てぇ!」


「ぽい⁉︎」


夕立が胸に張り付く瞬間、俺は夕立の頭を捕捉して両手で捕まえた。

顔を両手で抑えられても夕立は抵抗なく不思議そうにこちらを見上げているだけだったので、俺はまじまじと夕立の顔を観察する事が出来た。


「……夕立、お前口の端にケチャップついてるぞ」


「ぽ、ぽぃぃ……」


俺は志高く踏み込んだはずの一歩を後退させて、返却口の近くにあるティッシュ箱から一枚引き抜いて夕立の唇を拭った。


「今日はオムレツか?」


「えへへぇ、せいかーい」


夕立は何がそんなに楽しいのか、はにかんで笑い始めたおかげで拭い難い。

夕立は結構塩っ気のある物を好む気がするな。

チーズソースだとか、焼きそばのソースだとか、ケチャップもそうだ。

いずれも口の周りに付着しがちだから見ているとよく分かる。


そして時雨の姿を探せば、やっぱりと言うか時雨は申し訳なさそうな顔をしてテーブルからこちらの様子を見守っていた。

手にはプチトマトが刺さったフォークが握られていたので、恐らく食事中に夕立が突発的に動いたせいで対処できなかったのだろう。


「夕立、ちゃんと食べ終わったのか?」


「まだっぽい」


「遊ぶならちゃーんと食べてからな?」


「ぽーいっ!」


彼女は元気よく返事をしてテーブルに戻って行った。

何の為に俺を引き止めたのかよく分からなかったが、まぁ良いだろう。

前にも言ったが分からない事は分からないままでいい時だってあるんだ、特に彼女達の突発的な行動に理由を求めだしたらキリがない。


特に、その、アイツとか。


「ハロ〜ッ‼︎ 那ッ珂ちゃんだよぉ〜〜っ!」


うわ、出た!


「やぁん♪ 提督ったら『ヤベー奴と会っちゃった』みたいな顔してぇ! 辛気臭いゾ!」


ヤベー奴と会っちゃったんだよ。

川内型はそれぞれ別のベクトルの“ヤバさ”があるが、コイツは対処出来ない。

何故なら……


「今から面白い事やりまーす!」


毎回ロクな事をしないからだ。

高らかに自信たっぷりな宣言をして注目を集めた那珂は何処で捕まえて来たのかクワガタを手に持っていた。

そして宣言した途端に神通は静かに席を立ち、感情を殺した表情で那珂の背後に回り込んでいた。

俺は那珂がこれから行うであろう奇行よりも、その背後で気配と感情を殺している神通の方が気掛かりだったが、那珂は御構い無しにそのクワガタを自分の顔に近づけて行った。


「い、いくよぉ……、見ててよぉ……」


那珂は恐る恐ると言った風にクワガタを鼻先に近付ける。

誰が望んでそんな事をしているのか分からなかったが、クワガタの身になってみればたまっものでは無いだろう。

当然、クワガタは那珂の鼻を挟んだ。


「あいたたたっ!」


「いやお前何がしたいんだよ⁉︎」


「痛たたた……、これ取れないぃい⁉︎」


「馬鹿か⁉︎」


某リアクション芸人のような真似を実践した那珂は激痛のあまり涙を零し始めたが、俺はその涙にだけは同情する事は出来なかった。


「痛いよぉぉぉっ‼︎」


「いいから那珂、暴れるな! そうすれば勝手に離れるから」


寧ろこんな事の為に捕まえられたクワガタが不憫だ。

そして少しばかり時間が経てばクワガタは鼻を挟むのをやめて那珂の顔から溢れ落ちた。

そいつはヒラクワガタで、小さい頃よく捕まえていた少年にとっては宝石のような奴だった。お前とはもっと別の形で会いたかったよ。


一方、赤くなった鼻を抑えて悶えていた那珂は涙目でクワガタを睨んでいた。


「……痛過ぎて全然リアクション出来なかったぁ……アイドルの道は険しい!」


「お前アイドルの参考にする奴を致命的に間違ってるよ」


「でもあの人番組で一番目立ってたよ⁉︎」


「そもそも男だろアレ。 女のアイドルって言えば……、なんかユニット組んだり、大勢で歌って踊ったりするアレじゃないのか? なんちゃら48みたいな」


俺はアイドルについて全くと言っていい程知識が無い。 テレビをあまり見ないからと言うのもあるだろうが、日本の芸能人なども本当に有名な人しか知らないんだ。

だから最近の日本のアイドルの在り方もよく分かっていない。 何か大勢で歌って踊ってると言うのが精一杯のイメージだった。

だが、那珂はそれがお気に召さないようだ。


「あんな自動販売機の商品みたいなアイドル知らないもーん!」


「なんつー例えをするんだお前は……」


「だってぇ、アイドルチームの癖にすぐに入れ替えするんだよぉ?」


「よく分からないが、そこで経験を積んで真のアイドルとして売れる為のチームなんじゃないか?」


「じゃあアイドルじゃないじゃん!」


「そもそもお前はどんなアイドルになりたいんだ?」


「んー、那珂ちゃんはねぇ……。 そもそも今のアイドルと一概に言っても需要の多岐化によってアイドルの種類まで多岐に渡るからそれぞれ独立した狭い分野でしか活動が出来ない現状もあるんだぁ……」


なんだか急に複雑な話になってきた。

背後で気配を消していた神通も話題について行けず目が点になっている。ただいつでも手刀が放てる姿勢なのは変わらないが。

とりあえず俺はアイドルの需要がどんなものかも把握していないので先ずはその事について尋ねる事にした。


「アイドルの需要ってなんだ?」


「なんかぁ、色々あるんだよぉ? 筋肉系アイドルとか肉食系アイドルとかオタク系アイドルとか……」


「……なるほど、わからん。 歌って踊るのは違うのか?」


「勿論それもあるけどぉ、アイドル業界では一部に過ぎないんだよぉ? だから那珂ちゃんはどれが一番輝けるか試行錯誤してたの!」


「今までの奇行にそんなマトモな理由があったのか……ッ⁉︎」


今日一番の衝撃である。奇行の原因ここにあり。

もしかしたら那珂の奇行は止めるべきでは無かったのかも知れない、なんて考えが一瞬だけ浮かんで来たが冷静に考えれば奇行は奇行に過ぎず迷惑なのは変わりなかった。


「とにかくだ、テレビで一番目立っている人を参考にするのは止めるんだ。 何事も先ずは王道を目指すべきだろう?」


「えぇー……、それじゃあつまんなーい」


「ギターとか弾いてみたらどうだ? 案外打ち込めるかも」


「えっ⁉︎ 提督が教えてくれるの⁉︎」


「弾き語りができる程度なら教えられるかな」


「ホント⁉︎ やったぁ! 提督だぁーいすき!」


「調子のいい奴だなお前は……」


いつか弾き語りを教える約束でその場は丸く収まったようだ。

本当に珍しく丸く収まったので控えていた神通は行き場の無くした手刀を持て余していた。


そして俺もとある事実に気がついて衝撃を覚えた。


那珂が……手に負えただと……?


彼女は間違いなくトップクラスの問題児だった筈だが、俺の話により良い方向に靡いた。 これは素晴らしい事だ。

これは俺の裁量が以前よりも増えたお陰かも知れない。

この調子で俺の裁量が増えていけば、いつしか金剛も突進を辞めて、島風も廊下をゆっくりと歩いて、比叡がまともな料理をして、川内も夜大人しくなり、卯月もイタズラを辞めて、夜中にカップ麺食べても雷や鳳翔さんが微笑んでくれるかも知れない。


建造のたび変な奴が増えるもんだから俺はてっきり『艦娘にはマトモな奴が少ない』なんて結論を出してしまっていたが、反省と共に考えを改めるのだった。

恐らく提督としての器があれば彼女達は真っ当な日常を送り始めるに違いない、精進せねば。


それはそうと二度寝はしてみたい。


素晴らしい発見をした朝、衝撃ばかりで眠れそうにないが休日に二回もベッドで横になったと言う事実が大切なのだ。

未だに食堂の出口から最も遠い食器の返却口から動き出せていないが、そんな事よりもこれから動き出そうとする心構えが大切である。


意気込み高く先ずは一歩、そして二歩目三歩と歩けば、まだ着任して間もない球磨が北上大井と一緒になって食事をしているテーブルが目に止まった。

別の目的はあれど提督としてちゃんと馴染めているか確認するのは大切だ。 遠目だけど様子を伺ってみれば、球磨はシャケの赤身を綺麗にほぐしながらゆっくりと口に運んでいた。

球磨はなんとも大人しい感じだが、比べて大井の方は賑やかだった。


「あぁ〜……、納豆をかき混ぜる北上さん素敵ですぅ……!」


「納豆は身体に良いからねぇ〜」


「私は北上さんから溢れる栄養だけで生きていける気がします……!」


「あはは〜……。 あ、球磨、お醤油とって」


「はいクマ。 それと大井、食事中くらい静かにするクマ。 ちゃんと味わって食べないと作った人に失礼クマー」


「う……」


「根はいい子なんだよ? 根はね?」


「そうだとしても公衆の面前で痴態を晒すのは良い子とは言えないクマ。 北上、ちゃんと躾けろクマ」


「あ、あはは……。提督に期待かなぁ〜」


球磨という艦娘は中々頼もしい性格をしているようだ。 どうやら姉妹艦とは着任した日時に限られず、例え妹の方が強かったとしても姉は姉らしくあるのかもしれない。


球磨か。 いい子じゃないか。常識人っぽいし。


そして何か北上が不穏な事を述べていたので早急に眺めるのをやめておこう。飛び火の危険がある。

大井の冷たい目線は今でも慣れないんだよな。 加賀のたまに見せるソレに似ている。


さて、心配はなさそうだが漣の方も見ておくか。

彼女の姿を探せば、やはり駆逐艦同士で纏まって食事をしていて曙の隣で秋刀魚を突いていた。

意外にも曙の隣には朝潮が居て、普段曙は口酸っぱく注意する朝潮に追いかけ回されているが仲が悪いという事では無いのだろう。


何を喋っているのかは判らないが、漣が何やら企んだ顔をすれば曙の眉間に皺が寄っていて、朝潮は不思議そうな顔をしている。

それだけで何となく何が起きているのか分かると言うものだ。


こうして見ていると、新たな仲間がやって来ても環境さえ整っていれば彼女達が馴染み始めるのに俺の手は必要ないのだろうな。


下手な人間よりも理想的な関係を築けるようだな、艦娘とは。


再三に渡る素晴らしい発見をしたところで、今度こそ食堂を離れよう。その為に急いで食べたんだ。

さもなければ彼女達の朝食が終わる。

それがタイムリミットだ。


そうして出口の方へ歩き始めると速攻で声が掛けられた。


「えへへっ、提督さん♪ おはよーございますぅ」


今になって食堂にやって来てニコニコと朗らかな笑顔で挨拶してきたのが鹿島だ。 後ろにも香取と大淀の姿があった。


「おはよう鹿島。 そして香取、大淀も」


「おはようございます、提督」

「おはようございます」


「これから朝食か?」


俺がそう言うと、鹿島が一歩詰め寄りながら笑顔で答えた。 だが距離が近いので俺は一歩後ろに下がった。


「はい♪ 少しお話しをしていたら遅くなってしまって」


「そ、そうか。 ゆっくりとな」


「提督さん、朝食がまだでしたらご一緒しませんか?」


「俺はもう済ませたから……」


「そこを何とか……!」


「意味がわからん」


最近鹿島の目が怖い。なんか必死で怖い。

そして他の娘に比べて距離が近いんだよな鹿島は。 彼女の持つパーソナルスペースが狭いのかも知れない。

そしてルックスがルックスなので思春期の少年だったらドギマギして気が気じゃなかったかも知れないな。


だけど俺はオッサンだ。

それもハニートラップの類を受けないよう良く訓練された最新鋭のオッサンだ。通用しない。


なので一歩後ろに下がった俺の距離を詰めようと鹿島が一歩踏み込んで来ても、軽やかに彼女の肩を抑えて静止させる事も容易い。


「鹿島、近いって」


「えっ? そうでしょうか……? でも、近付かないと提督さんのお顔がよく見えません!」


「朝からオッサンの顔なんて見たって仕方ないだろ。 花とか綺麗なものを見て中和しときなさい」


「またそう言う事を言ってぇ……」


鹿島はそう言って不貞腐れたように頬を膨らませていたが、俺は朝イチにドアップのオッサンの顔が現れたら寝惚けて張り倒す自信がある。

見たくて見ようとする物ではないのだ、オッサンの顔とは。


鹿島を適当にあしらっていると、大淀が話し掛けた。


「提督、この後ご予定などありますか?」


「ん、何か用事でもあるのか?」


「いえ、何となく気になっただけですよ」


「そうか。 生憎だが予定は無いな、だから二度寝でもして過ごそうかなって」


「へぇ……」


すると大淀は眼鏡の位置を直しながらほくそ笑んだ。


「二度寝ですか、出来ると良いですね」


「な、何が言いたい……」


「提督、貴方はまだご自分の立場を正しく理解されていないように思えます。 たった今、二度寝の事を私に話したのも『艦娘達は食事に夢中で離れた位置にいる俺の会話なんて関心が無いだろう』等と高を括っていた事と思えます……」


「へ?」


「後ろを見てください」


俺は言われた通りに後ろを向けば、今まさに食事を中断して駆け付けたであろう川内と目が合った。


「提督ぅぅ! 予定ないなら私とサバゲーやろーっ! 今度こそ勝ってやる!」


更に夕立も口に物を含みながらやって来て、咀嚼しながら眼で何かを訴えようとしていた。


「もぐもぐもぐ……」


「いや判んないから、飲み込んでから喋りなさい」


「ごくんっ! ……美味しかったっぽい〜!」


「そうか。 ……えっ、それだけか?」


凡そ見当の付かない不可解な行動を目の当たりにした俺は思考が停止しかけたが、今度は不知火が俺の左手を引っ張り始めた。


「司令、映画は如何でしょうか。 コック長が客船の中で無双する映画です」


こいつはまた川内あたりが真似をしそうな、握手に応えたら手首折って来そうな俳優の渋い映画のチョイスをしてきた。


そしてそれに留まらず、彼女達から次々と要望が投げかけられたのだ。


「ヘイヘーイ! 提督ゥ、予定がナッシングなら私とデートしまショー!」

「電達と海岸で遊ぶのです! 伝説のシーグラスを見つけたいのです!」

「おーい、たまには私も構ってくれないと不貞腐れるぞ〜?」

「潜水艦も忘れちゃダメでち! こう言う日こそ労わるべきでっち!」


あっ、これ何時もの[収拾がつかない]やつだ。

と言うか大淀はこれが分かっていて俺に予定を訪ねたのではないだろうか。

そんな大淀に俺は話しかけた。


「……大淀、何とかならないか」


「無理です、諦めて下さい」


結局この日も二度寝は叶わなかった。





続・提督の休日

篠原side





何時もよりひと回り騒がしかった食堂から自室に戻ってきた俺は洗面所でヤケクソ気味に歯を磨いている。

あの食堂でどんな力が働いていたか見当も付かないが二度寝の計画が綺麗さっぱり無くなった事だけは確かな事だった。

ここの艦娘は貴重な時間を俺に割いて何が楽しいのだろう、まるで見当が付かなかった。


例えば俺が10代の頃は同じ世代でバカをやっていた方が大人と遊ぶよりずっと楽しかった。

大人とは生きる世代が違うわけで、そうなると当然話題になる物や趣味嗜好も変わるわけだ。

だからお互い分かり合える分野も少ないから、遊ぶとしたら同年代くらいが基本だったな。


歯磨きを終えて口をゆすいで洗面所を出れば居間には第六駆の面々がソファーで寛いでいるのが伺える。

あの面子は本当に暇な時しか訪れない、話のわかる奴だ。


そして第六駆の向かいのソファーには利根、北上、大井、不知火が座っていてラグマットに寝転んでいる球磨と胡座をかいて台テーブルに肘を乗せる鈴谷が居る。

最近球磨が追加されたこの団体は何かにつけて押し掛けるよくわからない奴だ。


そして八畳に10名が鎮座しているという人口密度の高さ。軽いパーティー気分なのかも知れないがやっている事は何時もの駄弁りとヤケに渋い映画鑑賞である。


そして俺の部屋の筈のこのリビングは、40インチの液晶テレビの前に4人がけのソファーが2つテーブルを挟んで置いてあり談話室のような空間になりつつあるし、事実俺もそんな気がしてきている。

因みに寝室に鍵を取り付ける事になったのは言うまでもない。


何故こんなにも彼女達が入り浸る事になっているのか、1つ心当たりがあるとすれば俺がサービスをし過ぎたのかも知れない。


俺は33歳独身である。


その事を踏まえて冷蔵庫を開けてみよう。

300Lの冷蔵庫の扉側には五本の2Lペットボトルが置かれていて、チルドにはロールケーキが箱で置かれ、プリンやゼリー等のカップ製品も多く見られて、ホイップクリームやチョコソース等の味付け用の物まで。

まるでとんでもなく甘党な所帯持ちの冷蔵庫のようだが、殆どが艦娘達に振る舞う為にいつの間にか増えていた物だった。

食品棚にはお菓子もある、選り取り見取りだ。


ただまぁ、こうして用意したのも俺だし、この事をとやかく言うつもりは無い。

純粋に彼女達が遊びに来てくれるのは嬉しいし執務中では知る事の出来ない意外な一面も垣間見たり出来る。


それに孫が訪ねて来た祖父母の気分も味わえる。


小さい頃は祖父母の家に遊びに行ったらやたら豪華なご馳走が待ち受けている事が幾度となくあった。

祖父母は当時俺が子供だったにも関わらず、俺が無限に食べる事が出来ると本気で考えているのではないかと疑う程度に滞在中ご飯やお菓子を提供し続けていた。


今となれば、その気持ちは何となく判る気がする。

食とは世代に関係なく旨いものは旨いと感じる。だからお年寄りが幼少の子に対する貴重なコミニュケーションだったのかも知れない。

何が好きなのかも、教えて貰ってもそれが何なのかも判らないが、とにかく喜んで貰いたいんだ。だからお菓子等の食べ物を通して愛情を伝えるのだろう。


そこまで歳をとった覚えは無いが、実際俺も彼女達共通の話題がイマイチ判らない時も多いし何かと共通点が多い気がしていた。

なので些細なところで共感できるポイントを稼ぎたい所存だ。


流し見した所、彼女達が囲むテーブルの上には飲み物が無かったからお茶でも持っていくか。


食器棚に目を向ければアパートの頃よりずっと増えたグラスや皿などが並べられている。

俺はその中から人数分のグラスを揃えて適当なお茶を注ぎトレーの上に並べ始めた。

10人も居れば一番大きなペットボトルでもすぐに空になる、暇を見つけてまた買い足す必要がありそうだな。


キッチンカウンターから出て手前のソファーに第六駆の面子が並んで座っているので、ソファーの背凭れからはみ出した後頭部が並んでいるように見える。

俺は通りがけに一番横に座る電の頭を通り掛けに撫でながらテーブルの中央へと向かった。


「飲み物入れて来たぞ、テーブル空けてくれ」


左手で電の頭を撫でなが右手でトレーをテーブルに置く。 しかし、ここで俺は左手に違和感を感じた。

通り掛けに後頭部から撫でたのだが、電の髪質はもっとボリュームがあってフワッとしていた。

しかし今手に伝わる感触はサラサラとしている。


その違和感に気が付いて俺は撫でている左手の方へ視線を向けてみると、無表情の大井と目が合った。

そして冷静に状況を観察してみてやっと分かった。


俺は電と勘違いして大井の頭を撫で回していたのだ。


猫だと思って撫でてみたらヤマアラシだった時の心境は恐らくコレに近い。

よく見ておけば気付けたのかも知れないが右手で持つトレーに集中していたと言い訳をさせて欲しい。

同じ茶髪だし、大井は大井で座りながら屈んで響の足元に転がったヘアゴムを拾っている最中だったようだ。その為、一時的に電のいた場所に座っていたのだろう。

それで背丈を見誤ってしまった。


「す、すまない大井……!」


ヤマアラシの針は革靴すら容易く貫く。俺はあっけに取られていたが咄嗟に手を引っ込める冷静な判断が出来たようだった。

いつの間にか席を変わっていた電はトレーのグラスを皆に配り始めているが、それ以外は大井の反応が気掛かりなようで駄弁りも止まり急に静まり返った。


そのシンと静まり返ったリビングで俺はこれから大井に何て言われるのだろうと身構えていた。

宮本元帥は実の娘の頭を撫でたら慰謝料を請求されたと聞く、実に恐ろしい話だ。俺は生きた心地がしなかった。

しかし俺の予想とは裏腹に大井は無表情のままサラリと言ってのけた。


「別に、いいですよ。 気にしてませんから」


「そ、そうか……」


緊張から解き放たれた俺はふぅと息を吐くと、その様子にようやく電が気が付いたようだ。


「司令官さん、どうしたのですか?」


「ん、いいや。 なんでもないよ」


言いながら今度こそ俺は電の頭を撫でた。

彼女は撫でられるのが好きなようで、こうして頭を撫でると目を細めて笑みを浮かべる。 この安心感よ。


そんな事をしていると、北上が俺に話しかけて来た。


「提督ってさぁ〜」


「ん?」


「駆逐艦や潜水艦の子は良く撫でてるけど、それ以外の子は撫でないよねぇ〜……」


北上がそう言うと、鈴谷が勝手に言葉に悪意を含ませた。


「えっ? ロリコンって奴?」


「お前な……」


すぐに否定しようとしたが、映画を見ていた不知火が画面から目を離さないまま更に聞き捨てならない言葉を発した。


「不知火はロリコンでも構いません」


「お前それちゃんと意味分かって言ってるのか?」


人数が多ければ多いほど話は脱線しやすいようだ。

今度は電がムスッとした表情で鈴谷に言った。


「鈴谷さんそれだと電達がロリコンの対象になってしまうのです。 訂正するのです」


暁も同調する。


「そうよ失礼しちゃうわ!」


「えっ……? あ、アハハ……」


鈴谷は苦笑いでそこはかとなくやり過ごそうとしている。

そんな事より第六駆が“ロリコン”の意味を正しく理解している方が衝撃が大きかった。

僅かながら複雑な心境で電の事を眺めていると、今度は利根が話し掛けて来た。


「提督よ。 北上が言うのは恐らく撫でる者と撫でない者の違いの事であろう」


「そーそー、流石利根さん頼りになるぅ〜」


「ふははは、これしき造作も無いぞ! と言うよりお主が言葉足らずなお陰で鈴谷が誤爆した感じだがのぅ」


「えー?」


利根がジト目で北上を見て、北上はあっけらかんとしている。

北上の説明が面倒と言ったぶっきら棒な台詞が何処か初雪を彷彿とさせるが、高度な読解力があれば含ませた本当の意味を知ることが出来るのだろう。多分。


それにしても撫でる者とそうで無い者との違いか。 これまたよく分からない話題を振られたものだ。

とにかく俺は北上に向けて説明をした。


「駆逐艦の頭を撫でるのは、それで喜んでくれるからだな。 そう言った理由が無ければ原則として女性の肩と腕以外の部位には触れないようにしている」


「へぇ〜……、そうなんだ。 じゃあアタシが撫でて〜って言ったら撫でるの?」


北上の言葉には俺よりも早く大井が反応した。


「北上さん何を言ってるんですかっ⁉︎」


凄まじい剣幕だ。 大井は自分が触れらる事よりも北上が触れらる事の方が激しい抵抗があるようだ。

それからは大井は露骨に警戒するような鋭い眼差しを俺に送り始めていた。


「いや……大丈夫だ大井、北上は冗談で言ってるだけだから……」


「提督ぅ〜、撫でてぇ〜」

「北上さんんんんんんんんん⁉︎」


北上がヘラヘラと笑いながらそう言うと、大井は堪らず荒ぶり始めた。

大井の突き刺すような視線がより一層強くなった所で、今度は鈴谷が妙な事を尋ねて来た。


「実際さぁ、どうなの提督。 駆逐艦以外にも撫でて欲しい艦娘いるんじゃないカナー?」


「いや……、うーん……、やぶさかでも無いが少し遠慮してしまうかな?」


「えっ、何で? 別にいいじゃん」


「男が女性に払う敬意には遠慮も含まれているんだよ。 変な意味では無いが、俺は君達をちゃんと女性として意識して尊重しているつもりだ」


俺がそう言うと暁は腕組みをしながら満足そうに頷いた。


「うんうん、流石司令官ね! とても紳士だわ」


流石レディだ、物分かりが宜しい。

ただ鈴谷はまだ納得出来ないようだった。


「女性って意識して遠慮ぉ……?」


「あのな……、基本的に性差が大きく出る部位に触れないのは大人の社会人として常識なんだぞ?」


「でも頭じゃん」


「髪も似たようなもんだ。だから原則触れないし、個人的にボーダーは身体が完成する位の16歳辺りを過ぎたら対面上は大人として接してるかな? 例え親しい仲だとしてもな」


それくらい成長すると頭でも触れるのを躊躇う。

そこまで言っても鈴谷は何だかお気に召さないようで口を尖らせ始めている。


「夕立は遠慮無く撫で倒してるじゃん」


「アレは……何だろう、夕立だからとしか言えん」


「何それ!」


夕立は撫でないと拗ね始める。

拗ねた夕立は始末に負えないので適度に構う必要があるのだ。

ただ、俺は鈴谷もまた拗ねた夕立と似たような顔付きになり始めているのに何となく気が付き始めた。

その様子を訝しんで眺めていると、利根が言った。


「提督よ、鈴谷も撫でて欲しいんじゃ」


「何、そうなのか?」


「はっ、はぁっ⁉︎ 違うしぃ!」


「鈴谷よ、提督相手に受け身で待っていても何も始まらないぞ。なんせ提督だからのぅ……」


何故か俺が貶されたような気がするが、まぁ良いだろう。

遠慮はあるがして欲しいならする。神通も撫でた事あるしな。

ただ当の本人が違うと言っているのだから違うのだろう、俺は出し掛けた手を引っ込める事にした。

すると鈴谷の頬が膨れ始めたので俺は躊躇いがちに彼女の前まで移動すると頭に手を置いた。


「よ、よしよし……」


「……っ、これじゃ鈴谷が頼んだみたいじゃん……!」


「頼まれなきゃやらんよ」


「クッ……」


「おい、撫でたんだから機嫌直せ」


「台無しだよ! 提督のバーカ!」


コイツはアレだ、すこぶる面倒臭い。

なんで俺は文句言われながら撫でているんだろう、世にも奇妙な不思議な心地に包まれた。

顔で遺憾の意を露わにする鈴谷はさておいて、内容はどうあれ話題の中に入れたので俺は球磨に話し掛ける事にした。


「ところで球磨、ここには慣れたか?」


彼女はカーペットの上で頬杖をついて横になっていたが、俺が問い掛けると上半身を起こして答え始める。


「クマー、北上も居るし思ったより早く馴染めそうクマ。 ご飯も美味しいし、ここに来て良かったクマ〜」


「それは良かった。 北上と同じ部屋だけど何か不足はないか?」


「特に無いクマー。 めぼしい物は大体揃ってたクマ」


「流石は北上様だな。 ……それはそうと地べたに座らせるのは申し訳ないな、座椅子か何か持ってこようか」


「大丈夫クマ、このマットなんかサラサラふわふわで気持ちいいクマ」


球磨は言いながらラグマットの生地を撫で始めた。

床に敷いてあるのはちょっと良い値段がするラグマット。

ふわふわとした暖かみのある素材で踏み心地が気に入って夏場でもそのまま使っていたのだ。

サラサラと言うのは使用されている極細繊維の事だろう。

俺も球磨と同じようにマットの生地を撫でながら言った。


「んー、とは言え流石にな。 少し待ってろ」


一旦その場を離れて俺は寝室に向かった。

そしてクローゼットから両手で抱える様な焦げ茶色の大きめなビーズクッションを取り出して球磨の元へと戻った。


「ほれ、これもフワフワしてるぞ」


そう言ってクッションを手渡すと球磨の目が輝き始めた。


「こ、これはすごいクマ……! 身体が埋まるクマ……!」


「お気に召したか?」


「くまー!」


球磨は大きなクッションに身体を沈めてご満悦の様だった。

そしてそのモコモコした塊には響も強い興味を示したようだ。


「なんて凶悪そうな代物なんだ……」


「実際凶悪クマ。 こいつぁヤベークマ」


「よし私も混ざろうじゃないか」


「このモコモコは私のだクマ!」


「宜しい、ならば戦争だ」


響と球磨はビーズクッションを引っ張り合う妙な争奪戦を繰り広げ始めた。

ビーズクッションは伸縮性のある素材なのでスライムのように引き伸ばされている。


「破くなよ〜? それ中身出たら後片付けホントに面倒なんだから」


「クッ、駆逐艦の癖に手強いクマ」

「不死鳥の名は伊達じゃない」


クッション争奪戦で夢中になっているが、とりあえず2人はこう言う物も好きなんだな。

クッションの中に詰まった極小のビーズが撒き散らされない事を祈りつつ争奪戦の行く末を見守っていると、背後から生暖かい視線が向けられている事に気が付いた。


振り返れば北上がニヤニヤと笑いながらその視線を向けている事が分かった。 何やらその視線に意味が含まれていそうだ。


「……なんだ北上」


「んー? いやぁ〜……別に〜?」


「何だその意味有りげな否定は……!」


どう言う事か追求するべく利根の方へ顔を向けると、利根も似たような顔をしていた。


「提督は提督だからのう。 書き足す物が増えたのではないか?」


「何を言ってるんだ……?」


最近こんな風に意味深な視線送る奴が増えて来たな。

どうにか看破しようと試みていると、何故か大井に横腹を指で小突かれた。

振り向けばムスッとして恨めしそうな眼で俺の事を見ている。


「本当に何なんだよ……」


「別に……何でも有りません!」


「人の事突っついておいてそれは無いだろう……」


彼女達の行動が良く分からないのは、彼女達が女性だからだろうか、それとも艦娘だからだろうか。

取り敢えず俺は響が出払って空いたソファーのスペースに腰を落とすと、腕時計を見ながら適当に声を掛けた。


「まだ昼には時間があるな」


その言葉には隣に座る暁が拾ってくれたようだ。


「お昼に何かするの?」


「昼は特に予定ないから暇そうな艦娘に声掛けて話でもしてみるかなって。 普段中々ゆっくりと話せない奴もいるし……」


鳳翔さん、間宮さん、明石はあまり長く話せていない気がする。

だからこう言う時に時間を割くのが都合が良いだろう。

それからテレビで流されている映画がクライマックスを迎えようとしていたので、そちらに目を向けていると、不意に暁が話し掛けた。


「ねぇ司令官、さっき女の人は16歳辺りから大人として扱うって言っていたけれど、どうして?」


「法律がそうだからな、何となく目安にしてる」


日本では女性は16から入籍出来て、条件付きだが社会人として責任能力を得られる事になる。故に大人として扱うにはこの頃かと簡単に考えたのだ。

すると暁は別の質問を投げかけた。


「どうして16歳なんだろう……」


「身体がちゃんと完成するからだな。 勿論責任能力の事もあるが、似たような理由で男は18歳だったか?」


「えっ、男の人の方が完成が遅いの?」


「おっ、良い質問だな暁」


暁のように知的好奇心をすぐに質問してくれる子は教え甲斐がある。


「実はな、男も最初は女の身体を持っていたんだよ」


「えぇ⁉︎ じゃあ司令官も本当は女の子だったの⁉︎」


「そう言う事になるかな? 本当に最初の頃の段階だな……、まだ親の腹の中に居る頃は女と同じように身体が作られるんだ。 で、ある程度お腹の中で身体が出来上がったら徐々に男の身体へと変化していくんだよ」


「へぇ〜……!」


「それで産まれ出てからも変化は続いて、成長に必要なエネルギーが骨格や肉体の変化にも使われるから女よりも成長が遅いなんて言われているな」


更に言うと男は心の成長まで遅いらしく、それは肉体の成長に追い付かない程ゆっくりなのだとか。

ある意味では男の身体には神秘が詰まっているのかも知れない。あまり語感はよろしく無いが。

ちょっとした学校の先生気分で雑学を披露していまが、次に暁はこんな事を言い出した。



「じゃあ赤ちゃんってどうやって出来るの?」



俺は学校の先生にはなれそうに無かった。

と言うか、知っておきなさいそれくらい。小学校で勉強する内容だぞ。 日常に支障が出ない上にアルバイトが出来るレベルにまで勉強出来てる筈なのに何故ピンポイントでそこだけ抜け落ちているのか。

でもレディだからそう言うものなのかも知れない。

神通……は多分ダメだ。 アイツにしよう。


俺は出来るだけ穏便な方法を選択する事にした。


「お、大淀が詳しく知っているぞ」


「司令官は知らないの?」


「……同性から聞いた方が要領が良いんじゃないかな?」


「そう言うものなの?」


「そう言うものだ」


それから俺に送られていた生暖かい視線は冷ややかな物へと変わって行ったが知らぬ存ぜぬ。


けれど無知で恥をかくなら鎮守府のなかでの方が良さそうだし、彼女達の為に常識的な事象を纏めたテストの実施は早めた方が良いと判断する事になった。


現代の提督業は複雑化を極めるのだ。





貴方との絆





良く晴れた日の休日、照り付ける太陽の日差しが徐々に強くなる夏のお昼前の事。

普段は秘書艦として従事していた艦娘の神通も、たまの休みを頂いたので1人で鎮守府の敷地を宛も無く歩き回っていた。

仕事熱心な彼女は、例え事前に知らされていたとしても休日はどうしても時間を持て余してしまいがちなのだった。


そんな彼女はゆっくりと舗装された敷地の道を歩く。


大きなグラウンドの隅には葉の青い木々が涼しげな日陰をつくり、木の葉の形をクッキリと砂の上に映し出していた。

グラウンドには何処からとも無く蝉の鳴き声が木霊する中でひときわ大きな声が響いている。

白いシャツにジャージのズボンを身に纏い動き易い格好をした夕立が、風を切って綺麗な金髪を靡かせながら目の前のサッカーボールを蹴り上げた。


「夕立キィーック!」


可愛らしい掛け声と共に空を舞い上がるサッカーボールはグラウンドの上に放物線を描いて落ちて行く。

夕立と同じ様に動き易い格好をして走る時雨は、地面の丸い影を追い掛けてボールが落ちる直前で胸で受け止めた。


「行くよ、それっ!」


時雨は胸の上で弾ませたボールを今度は膝の上に落とし、宙を舞うボールを手頃な位置に調整すると掬い上げるようにして蹴り上げた。

勢いのあるボールは真っ直ぐとグラウンドの隅を目掛けて駆け抜けて、その先にあるまだ真新しいサッカーゴールの中へと突き進んで行った。


ボールはそのままネットに埋まるように思われたが、行く手を阻む人影が堂々と立ち塞がっている。

その影の持ち主はゴールの守り手を引き受けている戦艦長門。 彼女は射抜くように正確に飛来するボールを見据えて微笑を浮かべた。


「フッ……、甘い!」


彼女はパシィン!と弾ける乾いた音を響かせて片手でボールを受け止めた。

同時に時雨は悔しそうに顔を顰めるも、長門は意に介さずにボールを掴んだままゆっくりとスローインの姿勢に移った。


「超弩級戦艦長門……、その威力、刮目せよ!」


彼女は大きく踏み込み地響きを奏でながら腕を大きく回した。

風の悲鳴と強烈な遠心力と共に長門の腕から弾き出されたボールはその猛々しさから大砲から撃ち出された砲弾を彷彿とさせ、疾風と共に砂を巻き上げながらグラウンド中央に一直線を描いて大胆不敵に横断を始めた。

時雨も、そして夕立もその砲弾を前に止める事は出来ず、更にてっきり自分にパスされると思っていた曙の前を高速ですり抜けて行った。

偶々進行方向上に居てしまった漣は身に迫る危険を察知して頭を庇いながらその場に伏せると、ボールは彼女の頭上を掠めて髪の毛を散らせながら反対側のゴールまで駆け抜けた。


誰があんな物を止めると言うのだろうか、そんな真っ当な理由から砲弾に擬似したボールは今度こそゴールに入るものと思われた。

しかし、不敵な笑みを浮かべた戦艦大和がゴールを前に立ち塞がる。


「推して、参ります……」


彼女は大胆にも直進上に立ち、両手で挟むようにその砲弾──もといボールを受け止めたのだ。

両手で挟まれたボールは勢い衰えずに空転を始めるが、大和がより一層の力を込めると白煙を撒きながらやがて制止した。

その光景を眺めていた長門は舌打ちと共に身構え始め、ボールを手にした大和は片手に持ち直した。


「撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れ無し……それが砲撃の有るべき姿。 そしてこれが──日本の誇り、世界最大の戦艦──大和の力ですッ‼︎」


彼女はその場で高く舞い飛び華麗な前転と共にボールを撃ち出した。

ハンドスプリングスロー……、身体のバネ、体重、そして回転の瞬発力を全て乗せた曲芸染みた荒技である。

弾き出されたボールは最早砲弾──、いや手元を離れた瞬間から更に加速を始めるソレは大口径ライフル弾とも呼べるだろう。

駆逐艦達が冷静な状況判断により退避して誰も居なくなったグラウンドを、縦に切り裂き一刀両断するボールは真っ直ぐに長門の目前へと迫った。


「クソッ‼︎ この長門を侮るなぁぁぁぁッ‼︎」


長門はボールを両手で受け止めるも勢いを殺せずに、ボールと共に身体ごとゴールへと押し込まれ始めた。

勢いに押された長門の両足がグラウンドに二本の爪痕を刻んで行く最中、彼女はより一層強く大地を踏み抜いた。


「うぉぉぉぉぉぉぉーーッ‼︎」


彼女が叫んだその瞬間、ボールから突き抜けた衝撃が足元を伝い大地に真円を描き、ボールが纏っていた疾風だけがゴールを通り抜けてネットをはためかせた。

長門の踵はゴールライン直前で止まっており、即ち彼女は大和のボールを止める事が出来たのだ。


やり遂げた長門は『これは間違いなくファインプレーだ』と考えて、駆逐艦達による黄色い声援を心待ちにしていたが現実はそうでは無かったようだ。

グラウンドから退避していた夕立、時雨、曙、から盛大なブーイングが長門に送られていた。


「こんなんサッカーじゃないっぽい!」

「そうだよ! それに何で衣装纏ってるの⁉︎ 提督から貰ったサッカーボール壊したら幾ら長門さんでも怒るからね!」

「そもそもスローインでゴール狙うの反則でしょ反則!」

「こ、こんなトコに居られるか! 私ぁ部屋に帰るぜ!」


髪の毛をむしられた漣だけは顔を蒼褪めさせてその場から逃げ出して行き、残る3人はそれぞれ不満を露わにしていた。

こんな筈ではと愕然とする長門と、事前に彼女から誘われていただけでトバッチリを食らった大和はただただ狼狽えるばかりであった。


こんな調子ではあるが、今日も鎮守府は平和なのだ。


行く末を見守っていた神通はクスクスとおかしげに笑ってまた歩き始めた。


(ふふ、皆さん楽しそうで何よりです……)


グラウンドの喧騒を背に露地を進み鎮守府の建物の影に差し掛かる。

日陰に入れば涼しい風が微かにそよいで彼女の髪を少し撫でて通り抜けていき、風に釣られて顔を動かせば建物の中で廊下を走る卯月の姿が目に映った。


「うわーい! 辞めるっぴょん! 消防斧なんて何処で拾ってきたぴょん!」


卯月は何かの脅威から逃げているようで、そのすぐ後ろに赤い斧を手にした龍田が笑顔で追い掛けていた。


「絶対に逃がさないからぁ〜♪」


彼女は健やかな笑顔であるが眉間にシワが寄っていて、狂気にも似た明らかな怒気を孕んでいるようだ。

側から見ればサスペンス劇場も真っ青な残酷な事件を予感させる場面であるが、神通はいつもの事なのであまり気に留めずに廊下を過ぎ去る背中を見送っていた。


(卯月さん、また悪戯をしたのですね……)


卯月の十八番は悪戯である。 神通は幾度と無く注意してきたが卯月が悪戯を止める事は無く最早殆どの人が諦めかけているのだ。


ただその後も何かに追われる人が廊下を通り過ぎて行き、それは神通にとって追われているのは珍しい人物であった。

この鎮守府を纏める最も偉い人物、提督である篠原の姿である。

彼は額に汗を浮かべながら、赤面しつつも詰め寄ってくる大淀を宥めようとしているようだった。

ただ情勢は宜しくないようで、彼は早過ぎる後退りをしながら早口に説得を試みている。


「お、落ち着け大淀! 話せば、話せば分かるから!」


「落ち着けるものですか! 暁ちゃんになんて事を……!」


「俺からはどうにもならないんだから仕方ないじゃないか! どうしろって言うんだ!」


「教える私の身にもなって下さいよぉおお! 提督が“腹の中”なんて言うからコウノトリも否定されたんですよ!」


彼は確かにこの鎮守府で最も身分が高い筈なのだが、怒り心頭にズカズカと詰め寄る大淀に怯んで距離を取り続けいるようだ。

提督の威厳なんて何のその、彼は不利にたじろぐばかりで詰め寄る大淀からは逃げる事しか出来ないようだ。

ただ、彼は大淀に何か悪い事をしたと言うよりも、同じく不運な目に遭っているように神通には見えていた。


「そもそも何で高校生レベルの計算が出来てソコだけ知識が抜けてるんだよッ⁉︎ あり得ないだろ⁉︎」


「し、知りませんよ! とにかくっ、一緒に来てくださいっ! 提督も責任持って教えるべきです!」


「い、嫌だ!」


篠原と大淀は騒がしく廊下を通り過ぎて行き、やがて神通の視界からは見えなくなってしまった。

行先が気になっていた神通だったが、話の内容的にそこまで重大な事では無いと判断して後を追うのを止める事にした。

そして先程のやり取りを思い返しながら再び宛もなく歩き始める。


(……“ソコ”とは何処の事でしょうか……?)


神通は神通なりに推理を始めるも中々進展を得られなかったが、その事もあまり気に留めずに露地を歩き続けた。

去年より広くなった鎮守府の敷地は一周回るだけでランニングにも申し分無い広さとなっていて活用する者が多く、今日も休みの日だと言うのに汗を流して露地を駆ける朝潮が背後から神通の横を走り抜けて行った。

彼女はすれ違いでもきちんと挨拶をするようだ、風に靡く黒髪に健康そうな汗を弾かせながら神通に声を掛けて行った。


「こんにちは、神通さん!」


「こんにちは、精が出ますね」


「はい!」


朝潮は爽やかな笑顔と共に挨拶を終えるとそのまま走り去って行った。

その清々しい笑顔に当てられた神通も思わず微笑を浮かべて背中を見送って、そして再び歩き始めた。


間も無くすると和風な立派な建物の前に差し掛かり、神通にとって馴染みのある建物だったので足を止めて中を覗いて見ることした。


(今日はお休みの筈ですが……、誰かが使っているような……)


その建物は道場であり、艦娘達が体術などの訓練の時に使われる建物だ。

二棟が連なって繋がっている道場は片方が弓道の為に用意された建物で、人のいる気配を感じていた神通は使用している人物を心に浮かべながら弓道場の方へと足を運ばせた。


すると神通の思った通りの人物が真剣な趣で和弓を番えていたのである。


空母である加賀は弓を引き絞った美しい姿勢を保ったまま射位に立ち、60m先にある的を静かに見据えている。

言葉も、そして息すらも止めてただ真剣に的を見据える彼女は、神通の目から見ても生唾を飲む程凄まじい集中をしているようであった。

そのゴクリと飲み込む音すらも喧しく感じる程で、ここだけ鎮守府とは別の空間に切り取られたと錯覚する程に静かな空間が出来上がっていた。


張り詰めた空気の中、やがて加賀が番えた矢を放つ。


鳥の羽音にも似た一瞬の風の呼応と共に、鋭い切っ先は静かに迷い無く的の中央を射抜いた。

そこで初めて息を吐いた加賀はゆっくりと弓を降ろすと、彼女の数歩後ろに正座で控えていた赤城が立ち上がって話し掛けた。


「正鵠を得る、お見事です」


「そう……、これくらい当然よ」


加賀は素っ気なく返事をして赤城の横を通り過ぎて矢を抜きに行こうとしたが、赤城はニコニコと笑いながら更に言葉を付け足した。


「提督にも見せてあげれば良いじゃないですか」


「……どうしてそこで提督が出てくるの」


加賀は足をピタリと止めて返事をしていた。それ程気掛かりだったのだ。

そして赤城はイタズラな笑みに変わり、加賀を揶揄い始めるのだった。


「そうですよねぇ、加賀さん提督が居ると気が乱れちゃいますからねぇー?」


「そんな事はありません」


「そうですか? では呼んでみましょうか」


「やめて頂戴、提督は休日でもお忙しい筈です」


「そうなんですか、じゃあ呼びますね」


赤城は加賀の制止も聞かずにワザとらしい仕草で懐から携帯電話を取り出した。

すると加賀はすかさず赤城の手を掴んで呼び出すのを止めて、今度は小さな声で言ったのだ。


「……い、意地悪はやめて……」


「だって焦れったいんですもの。 加賀さん近寄られると弱すぎやしませんか? 折角近くに行けても“あー”とか“うー”としか言えないようじゃいつまで経っても何も変わりませんよ?」


「空母はショートレンジには弱いのよ……。 それに“あー”も“うー”も言った覚えはありません」


「艤装の性能を言い訳にしないで下さい、提督と戦う訳でもないのに」


「いいえコレは立派な戦闘よ、提督は的確に心臓を止めに来ているわ」


「……それって単に加賀さんがちょっと褒めらただけで勝手に悶えてるだけですよね? 自滅じゃないですか」


「……頭に来ました」


「えっ? ちょっと⁉︎」


言い返せなくなった加賀は、八つ当たり気味に力技で赤城を黙らせる事にしたようであった。

和弓の弦を指先でピンと弾かせながらゆっくりと赤城の方へとにじり寄り始め、悪寒から赤城は後退りを始めた。


「か、加賀さん、弓で何する気ですか⁉︎」


「輪ゴムを押し付けてパチンと弾く悪戯があったわね? それよ」


「弓の張力でそれやったら洒落になりませんよ⁉︎」


そのまま赤城は逃げ出し加賀は追い掛けて行った。

生まれたばかりの喧騒が遠のいて静まり返った弓道場の隅っこに居た神通はとても珍しい物を見たような心地に包まれながらその場を離れる事にした。


(加賀さんも子供っぽい所があるんですね……)


神通は、先程の光景は加賀と赤城の2人だけの時間であったからこそ見る事の出来た特別な光景であるとして、その事を心にしまって置く事にしたようだ。

そして再び露地を歩き幾ばくか、彼女は気がつけば裏庭にまで差し掛かっていた。


大きな花壇に大きな池、艦娘達の憩いの場である。

個性豊かで十人十色、まるで纏まりがないように見える彼女達が1つになってゼロから作り出したこの場所は、神通にとっても特別な場所に違い無かった。


拡張された花壇にはまだ余白があるものの、立派な花が咲いている。

大きな池にはまだ小さな金魚くらいしか泳いでいないが、ずっと広くなった世界を思うがままに堪能しているようだった。

そして神通は花壇の中央に目を向けて、シンボルとして作られた日時計を視界に収めた。

時計盤の中央から伸びる針の影は短く、太陽が真上にある事と同時にもうすぐお昼時である事を彼女に教えていた。

そして神通はため息を一つその場で零した。


(……結局、何も思い付きませんでした)


彼女は知っている。

先程見てきた楽しげな日常の一幕は、当たり前の事ではなく弛まぬ努力と執念が実を結んだ賜物である事を。

誰も彼も笑っている恵まれた環境であるからこそ、彼女は恵みをくれた人物に相応しい恩返しをしたかったのだ。

そしてその人物こそ、この恵まれた鎮守府の提督たる篠原の事である。


以前この地が“ブラック鎮守府”等と呼ばれていた時期があり、日常的に虐待行為や無謀な突撃命令等が強制されていたが、篠原率いる制裁部隊の手により当時の提督は姿を消し独裁の幕を閉じた。


事実上、篠原は彼女達を救ったのだ。


しかし神通はその事がほんの一部に感じられる程に、それからの日常に返し切れない程の恩を感じていたのだ。

戦時中にも関わらず笑顔の絶えない日々は、上に立つ者の途方も無い努力の結晶であると考える彼女は更なる思慮に耽け入る。


(提督は……日常を愛するお方……)


秘書艦である彼女は常に近くで篠原の事を見て来た。

そして彼が戦う事よりも真剣に、しかし楽しそうに悩み始める瞬間を何度も見て来ていた。

それは珍しくも何ともなく、とても平凡で有り触れた取るに足らない悩みであった。

彼は執務室で仕事中に暇を見つけると、微笑を交えながら少年のように目を輝かせて言うのだ。


──今度は何をしようかな。


ただの気まぐれかも知れないそれが行動に移る時、日常を色鮮やかに彩って行くのを感じる。

そうして過ごして来た日々が神通にとってかけがえのない思い出へと変わって行くのだ。

このようにして彼女が有り触れた日々を万感の思いで噛み締める事が出来るのも、彼が全てを打ち明けていたからだ。


そして彼女は思い知る。


この幸せな日々の影で途方も無い代償を彼一人が支払っていた事を改めて実感していた。


だから彼女は日常を噛み締め謳歌する。


未だ嘗て無い理不尽を前に大切な仲間を失い、掛け替えのない親友を失って、最早万策も尽きて、それでも戦う事を諦めず、諦めなかったからこそ今の日常がある事。

日常の一つ一つが取り返しのつかない日々である事を知っているからだ。


そして慈善支援団体“Peace Maker”と、その裏の顔“制裁部隊”の事。

あらゆる国家、あらゆる勢力、あらゆる権力、あらゆる法律をも意に介さず対象を抹消する武力団体。

誰にも語られる事は無かったその出来事と、その仲間の事を語った次の日。


篠原は神通に言ったのだ。

その言葉が今日の神通を宛てもなく彷徨わせた原因でもある。


その日告げられた言葉は、寝惚けた彼女が休日を勘違いしてウッカリ執務室に来てしまった事で、偶然居合わせた篠原との他愛も無いやり取りから飛び出した、本来なら胸にしまったまま言うつもりは無かった言葉だっただろう。


『あははっ、ワーカーホリックか神通は』


その日は愉快な笑い声から始まった。

裏庭拡張の為の資料を取りに来た提督と、無意識に業務の準備に取り掛かっていた神通が執務室で鉢合わせしてから間もない事だった。

篠原が自分の過去を語ったその夜、神通は話を思い返してあまり寝付けずに朝を迎えて寝惚けていたのだ。

彼女は己の失態を恥じらいながら静かに言った。


『あまり笑わないで下さい……』


『いやすまない、神通もたまにはボーッとしてる事もあるんだな』


『も、もう……』


篠原にとって彼女が何か失敗する事自体が珍しかっただけで特に気にしていなかったが、神通はただ寝惚けて執務室に来たと言うだけなのに、大袈裟な程に恥じらってモジモジと己の遣る瀬無さを身体で表していた。

そんな彼女に篠原は明るく声を掛ける。


『そんな気にしなくて良いんだよ、誰かに迷惑掛けた訳でも無いのに』


『で、ですが……』


『そんな取るに足らない勘違い程度で気に病むなって。 可愛げがあって良いじゃ無いか』


『かっ、可愛げ……』


その一言で神通は更にしおらしくなってしまったが、もにょもにょと口を動かして精一杯の主張を始めたのだ。


『で……ですが……、失敗は、失敗ですし……』


彼女は周りに厳しいと評判だが、何よりも自分自身に厳しい性分だったのだ。

それでも寝惚けて執務室に来た程度なら本来気にしなかったかも知れないが、鉢合わせたのが他ならぬ彼だからこそ厳しく律しようとしたのだろう。

そんな彼女の健気すぎる姿を見ていた篠原は何時もの笑顔で言うのだ。


『何度でも失敗すれば良いさ、取り返しのつく事なら俺が何とかするから』


そんな彼の無条件の優しさを受け入れられる程、神通は自分に甘くは無かった。


『そ、そんな……いけません……それは流石に甘え過ぎです……』


『良いんだよ、俺がそうしたいだけなんだから』


篠原は言いながらゆっくりと歩いて窓際まで移動すると改めて神通の方へと振り向いた。

彼が何か言おうとしている事に気が付いた神通は静かにその時を待っていると、やがて彼は語り始めたのだ。


『俺の父親も……、そして神崎の奴もさ、俺に対して“死んでも守る”なんて言ったんだ。 俺は父の時も神崎の時も、最初ばかりは大袈裟な冗談だとばかり思っていた』


篠原は神通の眼を見ながら微笑を浮かべ、そして更に言葉を続けた。


『……今ならその気持ちも分かる気がするよ。 俺の父も、そして神崎もひょっとしたら同じ気持ちだったのかも知れないな……』


彼は一瞬だけ視線を外して遠くを見つめるように眼を細めると、少しの間を置いて再び眼を合わせた。

そして今度は真剣な眼差しを向けて、宣誓にも似た確かな言葉を綴り始めたのだ。



『俺はお前を──、お前達を死んでも守るよ』



その瞬間、彼女は自分の心臓がトクンと跳ねた事を繊細に記憶している。

彼女は話だけなら篠原の父親の事を知っていて、幼少期の親友とのやりとりも知っていて、その話を聞いた時に託された想いが今、一つに繋がったのを感じからである。


──父親が我が子に見出したもの。

父のようになりたいと言う最愛の息子を前に何を期待したのだろう。


──親友が自分を助けてくれたヒーローに見出したもの。

理不尽に立ち向かう背中は、彼の眼にどの様に映っていたのだろう。


ソレは無限の可能性を秘めて何よりも力強く、それでいて何よりも儚く、風が吹けば崩れ落ちてしまいそうな程に脆い。

だけど前を向くため、生きる為には必要不可欠な大切なもので、心ある者のみが持つ事を許される命よりも尊き存在。



──夢と希望。



篠原は戦えない自分の代わりに武器となる艦娘達に夢と希望を見出した。

それはただの武器であったなら有り得ない話で、意思を持って意思を重んじる彼女達だからこそ見出す事が出来た、期待する事が出来た、彼の夢となる事がなり得たのだ。


子供の将来に期待する様に。


ヒーローに未来を委ねる様に。


篠原もそれと同じように彼女達の行く末に期待して未来を委ねたのだ。

自分の過去を知り、自分の意思を汲んで、そして想いを託されて強くなってみせた彼女達だからこそ委ねる事が出来たのだ。


だからこそ、思うがまま生きる彼女達を見守る事が彼の夢へと変わっていた。

かつての名前も知らぬ誰かを守る事から、目の前の良く知る誰かを守ると言う新しい使命が芽生えていた。

その変化にどれ程の想いが込められているか神通にもまだ判らない程だったが、それでも彼女は確かな事を知る事が出来たのだ。



──斯くして信義は気高く宿る。



究極の誓いが彼女の胸に刻まれている。

それは本来なら自覚する事も無い曖昧な存在だった筈なのだが、彼女は確かに認識し始めていて、何故なら彼女はずっと疑問を抱いていたからだ。


どうして仲間の死を前に強くなれるのか。


それは神通がかねて篠原を見て来て抱いた疑問だった。

ヒトが想いを託されて強くなると言うのなら、源を失えば弱くなってしまう筈だと彼女は考えていた。

事実、彼女は提督無くしては戦えないと捉えているし、現実でも大切な人を亡くして弱くなってしまう人が大半を占める。

だから彼女は『彼自身が強いのだ』と考えていたが、それは大きな間違いである事に気が付いたのだ。


誓いを隔て、想いは生きる。


死を喪失と捉えるのならば、篠原の仲間は死んでなど居なかった。

死が彼を強くしたのでは無い、残された想いが彼を支え続けて強くしていたのだと考えを改める事になった。

どうして想いが残り続けていたのか、それはそのように約束をしたに過ぎない至極単純な事である。


死して尚、その人の為に。


誓いは時に生命の垣根を超える。

共に励む仲間が同じ夢を描き、同じ理想を抱いていたのなら可能な筈だ。

目的を見失わず、真っ直ぐに、己がために生きる事が仲間の悲願たり得るのだから。


全ては想いの力、愛を持って信義は芽吹く。

心と心の間にのみ現れる、この世で最も尊き1つの信念である。


だからこそ彼女に今日と言う1日で日常を巡り歩かせたのだ。

日常の中で幸せな一幕を再認識する為に、それを守らねばならないと固く誓う為に。

そして彼女は一つ一つを確かめながら、何か返せないかと探していたのだ。


篠原も本当なら『死んでも守る』なんて台詞は言うつもりは無かったのかも知れない、何せその後彼は自分で吐いた台詞を恥ずかしがって頭を掻きながら早々に退散してしまったからである。


それでも神通は報いたいと切に願った。


本来なら気付かなかった自分に宿る信義、日常を巡ればそれはずっと前から芽生えていた物であると彼女は考えた。


(提督に……、最高の思い出を……)


彼女は願う。

彼との日々が心を強くしていた様に、自分も彼の力へ変わる思い出を作る事を。


ただ彼女は不器用で、もう長い間歩き回っていたが何も思いつかなかったのだ。

気が付けば鎮守府を歩いて一周して正面の門の前に立っていて、ただ時間だけを消費してしまった事を悔いていた。

そして悩みの源たる篠原に向け、八つ当たりにも近い憎らしさを募らせ始めていた。


(もう……、あのお方は……)


神通は彼の記憶に残る特別な想い出を作りたかったのだが、彼はどんな些細な事でも喜んでしまう。

お互いをよく知りながら、どんな料理を差し出しても“美味しい”と言って食べてしまう人の一番好きな料理を考えた時は存外思い悩む事にも近いだろう。


(やはり私一人では何も出来そうにありませんね……、一度戻って姉さんにも相談しましょう……)


既に太陽は真上にあり、食堂にも人が集まり始める時間帯だ。

彼女はその場で踵を返して食堂に足を向けたその時、背後から騒がしい声が聞こえて来たのだ。

気になった彼女は振り返ってみれば、そこには男女6名の大人が守衛室の窓を通して憲兵長に話し掛けているところであった。


「……そこをなんとかなりませんか? 貴方は大本営とお話が出来るのでしょう?」


「そ、そう言われましても……」


憲兵長の斎藤は困った様に眉を顰めながら対応しているが、その反応を見るからに集まる6人の大人達が悪い人では無いとう事だけは分かった。

何より彼等の中で、神通も何処かで見かけた顔が数人いたのも大きいだろう。


「……電気屋の店員さん……?」


神通が零した言葉に心当たりのある男性が1人反応を示し、そして神通の存在に気が付いたようだ。


「き、君は……、やっぱり艦娘だったのか」


男性の言葉に斎藤は少しだけ顔色を悪くしていたが、神通は構わず返事をした。


「はい、軽巡洋艦の神通です。 そう言う貴方はこの街の電気屋さんの……」


「あ、はい。 篠原さんには何時もお世話になっております。 その後エアコンや洗濯機の調子は如何でしょうか? もしも不備があれば保証期間内ですので無償で修理なども承っておりますよ」


「えっ、あ、あのっ」


電気屋の男は職業病のような挨拶を始めるが、話の流れを掴めていない神通はたじろいでしまった。

するとその男の妻と思われる女性が、肘で男の脇腹を小突いたのだ。


「ちょっと、困ってるわよ?」


「あっ、申し訳ありません。顧客と意識した瞬間なんか無意識で……」


「い、いいえ、今のところ不備は見られない様な気がします。 何時もありがたく使わせて頂いております」


神通がそう言って取り繕うと、男は照れたように笑いながら会釈して小さく詫びを入れた。

そして話がひと区切りしたのを見計らった神通は、彼等に問い掛けたのだ。


「それで今日はどうされました? もしも提督にご相談があるのなら私が変わって伝言致しますが」


神通がそう言うと、彼等の中からお年を召した男性が一歩前に出て来た。

黒く日に焼けた肌、顔には皺が刻まれ髪の毛にも白髪が混じっているが体格が良く、肉体労働の類を生業としている事が面識の無い神通でも理解出来た。

そして白髪の男性はゆっくりと喋り始めた。


「儂はこの街に店を構えているからバケモノの襲撃があっても逃げる事は出来んかった……、店を壊されたら食っていく事も出来んから……


「ま、先祖代々受け継がれたゆかりのある店だから、逃げるつもりなんてさらさら無かったがなぁ……


「でもよぉ、襲撃の日に若い奴らがやって来て無理やり儂を避難させたんじゃ。 儂が怒鳴り散らしたって怯みやしねぇし腕っ節も強くて敵わんかったわ……長い間生きてるから只者じゃねぇって事くらい分かったぜ……


「そいつらにゃ悪いが……避難させられたあとで儂は一人で店に戻ったんじゃ。 ……そして見たんじゃよ」


この時、神通は既にこの白髪の男性が何を見て来たのかを予感していた。

そして男性が確信に至る言葉を綴ったのだ。


「あの男が……、篠原さん達が身を呈して、儂らを守ってくれたんだろう……?」


白髪の男は見てしまったのだ、嘗ての部隊が肉の盾となり命を削りながら時間を稼いだ事を。

そしてその部隊の男達が今では一人しか見られない事が何を意味しているのかも、この街の住民であるからこそ分かっているのだろう。



「儂等は……どうにかして篠原さんに、彼等に感謝を伝えたい……!」



人の目は誤魔化せない。

憲兵長たる斎藤が困るのも無理はないだろう、何せ彼等は秘匿の存在であり、公にしてはならない非合法の団体であるからだ。

石碑は建てられたがそれは慰霊碑であり、行動を讃えた物は残らない。

特に艦娘が現れた今、“なしの礫隊”のような命を顧みない行動は禁忌にも等しいのだから、語られない事を篠原自身も望んでいる。


ただ、神通はそんな彼等の事を放ってはおけなかったようだ。



「判りました……、僭越ながら私もお力添えさせて頂きたく思います……」



そしてこの巡り合わせが、彼女が送る日常に大きな変化を伴わせる事になる。



「想いを……伝えましょう……」



それは一つの想いを巡る、新たな物語の始まりに過ぎないのだった。
















後書き

ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。
物語の途中ですが、文字数限界のため続きは次回に持ち越して本パートは終了となります!

忠誠心マシマシな神通さんの物語が書き上がり次第、新たなパート8を立ち上げたいと思います!
それと神通さんの物語的に“ 信義と共に 5.5”の番外編は先に読んでおいた方がいいかな? なんて思ったので後でリンクを繋げておきます。
艦娘メインのお話ではないので番外編としていたのですが、気付かずに飛ばしてしまった人は申し訳ありませんでした。

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1: 50AEP 2019-10-24 06:53:51 ID: S:AbtEQ8

50AE改め、50AEPです。

お待ちしておりました!

のっけからフル回転の神通さんに特別手当をあげたいです。

2: りぷりぷ 2019-10-24 08:45:29 ID: S:HVR4wa

コメントありがとうございます!
お待たせしてすいません、色々ありましたが更新再開していきますので今後ともよろしくお願い致します!

神通さんは貴重なブレーキ役となりますので出番が多くなりがちですね、心の中で労っておきます……!

3: SS好きの名無しさん 2019-10-24 14:39:19 ID: S:idEGiu

『比叡は確か~(略)~期待しても良いのかも知れないな』

そう、もう戦友達のところへ逝くの…
新章始まったばかりだけど、さようなら提督。

4: SS好きの名無しさん 2019-10-24 20:35:13 ID: S:6K1SjM

㊗新章!待ってました!!

5: りぷりぷ 2019-10-24 21:51:26 ID: S:vLa-Oh

コメントありがとうございます!

>>3さん
期待しただけで死亡確定するとはこれいかに……
私の想像以上に恐ろしい物のようですね……

>>4
お待たせしました、ジワジワと更新して参ります!

6: SS好きの名無しさん 2019-10-27 00:11:43 ID: S:UNbNOX

ありがとうありがとう🎵ヽ(・∀・)ノ
更新が来たのを見た時は、メッチャ嬉かった(*´ω`*)
今回新たに比叡が建造されたが、あれは確か御召艦では無く、汚飯艦のはず(笑)(  ̄▽ ̄)

7: りぷりぷ 2019-10-27 07:54:08 ID: S:bEZeLu

コメントありがとうございます!
今後も気ままに更新して行きますので目を通して下されば幸いです!

比叡さんは味音痴程度の印象だったのですが、どうやら殺傷力が伴うようですね……

8: SS好きの名無しさん 2019-10-30 08:41:21 ID: S:6cWw7-

ありがたき!待ってました!

9: りぷりぷ 2019-10-30 20:05:30 ID: S:Jyglbm

コメントありがとうございます!
頑張って参りますよ!

10: SS好きの名無しさん 2019-11-01 05:49:30 ID: S:3fYURh

司令官は比叡の料理に堪えられるのだろうか・・・
そしてやはり叢雲は可愛いなw

11: りぷりぷ 2019-11-01 08:17:28 ID: S:6tXgAd

コメントありがとうございます!
比叡さんが登場してから司令官の胃を心配をする声が目立ちますな……。
叢雲さんはデレを見せないツンデレと言うイメージです。
テンプレだけどヨシ!

12: SS好きの名無しさん 2019-11-02 22:42:14 ID: S:K588CG

やはり比叡は汚飯艦だったか(´Д`)
それはそうと、重機関銃弾を1発でも腹に食らえば即死でしょ(笑)(  ̄▽ ̄)

13: りぷりぷ 2019-11-02 23:07:25 ID: S:5WPTXO

コメントありがとうございます!
二次創作とかで比叡カレーを海に流したら生態系に重篤な影響を与えたとかぶっ飛んだレベルの話がいくつもあったので此方でもぶっ飛んだのを採用しましたw

重機関銃のくだりは、実はコッソリと公開した番外編5.5で少しだけ触れてますが、車両の装甲を貫通したものを受けて瀕死になった感じです!
直撃喰らってたらバラバラになってそうですな……

14: SS好きの名無しさん 2019-11-03 03:34:13 ID: S:OJs8VR

あぁ・・・ついに司令官もダークマターの餌食にw無事に帰ってこれるんだろうか・・・

15: りぷりぷ 2019-11-03 15:04:10 ID: S:lqh8Vr

コメントありがとうございます!

此方の比叡さんも二次創作の中では可愛い方みたいですな……

16: SS好きの名無しさん 2019-11-13 18:56:56 ID: S:DYRZvf

こんなにも乙女な加賀さん他には居ないなとw

17: りぷりぷ 2019-11-13 21:28:08 ID: S:ULmzzr

コメントありがとうございます!

自分で調べた限りですけど加賀さんは鉄面皮だけど本当は激情家で、感情表現が苦手で若干コンプレックスで他作品でも提督に想いを募らせる場面が多い気がしたのでこんな感じに仕上がりました……っ!

18: SS好きの名無しさん 2019-11-14 17:02:45 ID: S:uxpiij

加賀の思いでの中の赤城が食ばかりなのが毎度ながら面白い。
今回は、一航戦漫才は無かったが、毎度一航戦の絡みは笑わせてくれるヽ(・∀・)ノ
そして加賀さん、カワエエなぁ(*´ω`*)

19: りぷりぷ 2019-11-14 19:02:41 ID: S:mjxKuV

コメントありがとうございます!

実際、赤城さんを登場させる時は取り敢えず“なんか食わしとけ”って感じで書いてるんであながち間違いでも無いです……っ!
それでもキャラ立ちしてしまうのが赤城さんのすごい所だと思います!

20: 50AEP 2019-11-17 20:30:02 ID: S:gUliYI

今回も素晴らしいお話をありがとうございました!

21: りぷりぷ 2019-11-18 15:02:18 ID: S:nbyE_Y

コメントありがとうございますー!
これからもマイペースで更新していきます_(:3 」∠)_

22: SS好きの名無しさん 2019-11-21 20:09:43 ID: S:qEd0Gq

ある日、1人で単騎出撃した際に
岩に囲まれた小島を発見して
以来、そこは提督の秘密泊地になり
二度寝に最適な場所というのは
ど~ですか?

23: りぷりぷ 2019-11-21 20:28:20 ID: S:Qpj4d1

コメントありがとうございます!

こちらの提督は海では戦えないタイプなので単騎出撃は難しいかな、と……

二度寝はとにかく、なんやかんやあって流れ着いた小島でサバイバルライフとかありがちな展開はやってみたい気もします!

24: SS好きの名無しさん 2019-11-21 20:55:48 ID: S:p0P5iF

22ですが返信ありがとうございます。
それならば、提督がボートに乗って
釣りしてたら潮に流された末に
偶然発見したというのは
どうでしょう?
初めは救出に来た神通と二人だけの
秘密だったが周囲から怪しまれて…

25: りぷりぷ 2019-11-21 21:21:16 ID: S:TQ_bOK

度々ありがとうございます!
実はゲームの方の原作に近づける為、前パートから続く背景設定を固めたおかげで遭難というケースに持っていく展開が難しかったりします……(監視塔とかコマンドシップとか固有サーバーとか

もしも甘々な感じのお話とかヤキモチ焼きのお話などがお目当てでしたら、もう少し内容に進展があれば書くかも知れません……!
私は創作初心者ゆえ、その手の感情描写は苦手ですが少し勉強してみます……!

26: SS好きの名無しさん 2019-11-21 23:18:52 ID: S:5Be7lj

わかりました!
無理をせずに頑張って下さい。
いつも応援してます、楽しみにしてます。

27: りぷりぷ 2019-11-21 23:54:32 ID: S:_uG-Sb

応援ありがとうございます!
本当に励みになります( ´ ▽ ` )


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1: SS好きの名無しさん 2019-11-03 03:36:01 ID: S:b9eg3X

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