信義と共に 9
また始まってしまいました。かなり失速気味ですがお付き合い頂ければ幸いです。
例に漏れず今作も続編となり、前回までの設定を全て引き継いだものになります。
初見の方は初めから読む事をお勧めします。
ドイツ出身のU-511、彼女は潜水艦としてのノウハウを学ぶ為にわざわざ日本にやって来た艦娘である。
日本は海軍国と呼ばれ、一時的とは言え名だたる列強国を退けた確かな実績がある。 そんな日本の中でも優秀な艦娘が所属する鎮守府で研修する事になったU-511は、さぞかし大変な訓練を行うのだろうと不安に駆られながら身構えていた。
彼女が鎮守府にやって来た日、貸し与えられた部屋で荷物整理を行なっているうちに夜になってしまったのだが、少なくともその日の夜に一概の不安は消え去っていたのだ。
その日、鎮守府の提督が彼女を紹介する前に、彼女を除く全艦娘に招集を掛けて行った演説を、偶然にも聞いていたのだ。
彼が行なった演説の内容を聞けば、もしかしたら敢えて言葉にする必要は無い事だったかも知れない。 しかし、彼は人を束ねる立場であり、明確な意思表示をする事に意味があると判断した様である。
その演説は広い食堂でひっそりと行われて、本来なら彼女は、その時は荷物整理に割いている筈の時間だったのだが、自室にあるトイレの存在に気付かずに建物内で共用トイレを探して彷徨い始めたのがキッカケである。
食堂になら分かりやすい場所にあるだろうと踏んだ彼女は、その足で演説の場に偶然鉢合わせしたのだ。
綺麗に整列した艦娘達を前に1人1人顔を見てまわる提督の篠原の姿が見受けられ、やがて彼は一通りの顔を見回すと最後尾まで届く様に声を張り始めたのだ。
『この度、我が鎮守府でも海外艦を一時的にだが預かる事になった。 今回はその事について少しだけ話がしたくて集まってもらった』
開口第一に飛び出した言葉に、U-511はこれから話し始める内容が自分の事であると気付いて驚きながら、すぐに身体を小さくして影に隠れ、そしてこれから彼がどんな話をするのかと、物陰からコッソリと話を聞き始めたのだ。
彼女が動揺しつつも影から見守る最中、提督たる篠原が恭しく前置きを垂れながら言うのだ。
『ドイツから来た艦娘、彼女を迎え入れる前に一つ話をしよう』
彼は艦娘達に真剣な目を向けて、ゆっくりと、そしてハッキリとした声色で言葉を綴り始めた。
『……人は皆、人権を持っている。 無論、建造により生まれてきたお前達にも人権は存在する。 だから俺はお前達の個性を尊重し、無理な矯正はしないし、あらゆる手段を用いて守っていく立場にもあるわけだ』
『しかし、お前達は普通の人間ではない。 それは俺自身も含めてだ。 俺達は強い力を持っていて、簡単に人を殺めてしまう事が出来る。 そうした力を持つ者が我々……軍隊、或いはそれに近しい存在だ。 強い力を持つ者には、例外無く大きな責任が伴い、多くのルールが課せられ、その中の一つに我々は差別をしてはならないと言う決まりがある』
『言うまでも無く、軍の中で訓練を受けた人は一般人より遥かに強いし、その団体となれば一般人がどうにかして敵う相手では無い。 そして、もしもこの中に差別主義者が居て、その偏見がまかり通ればどうなるか想像してみて欲しい……。 肌の色で助ける人を選び、見捨てる事を平気でするかもしれない。 差別対象を見れば、手に持った銃で傷付ける事も厭わないかもしれない……、と言うより、悲しい事にこれらは実例が存在している』
『これは、許されない行為だ』
『一般人の差別程度なら看過出来たかもしれないが、俺達は違う。 人を殺せる程の力を持ち、それは人から見れば立派な脅威であり、そんな軍人が持つ偏見にはとても大きな反響が生まれてしまう。 差別に同調する者が現れたなら、虎の威を借りた様に振る舞うだろうし、自分が標的にされてしまうかもと保身の為に仕方なく同調する者も現れるだろう。 そして快く思わない者も当然居て、対抗し得る力を持って糾弾するだろう……、つまり、新たな争いを生み出す火種になる訳だ』
『故に、我々は何があっても差別をしてはならない。現に俺もそんな奴は必要無いと思っているし、万が一、お前達の中に差別を行う者がいれば、例え軍備に支障が出ようとも、出て行ってもらおう』
彼がそう言うと、食堂の空気が冷たく張り詰めた。
“出て行け”と言う言葉に、場が凍る程の威力が秘められていたようで、艦娘達の表情もまた真剣味が増して、彼の言葉を一言も逃すまいと聞き入っている。
そんな彼の、たった一言が生み出したキシキシと軋む音が聞こえてきそうな程に重い空気の中でも、彼は構わずに淡々と言葉を吐き出した。
『肌の色が違うからと言って人を尊重出来ない者……、国籍が違うからと言って人を尊重出来ない者……、名に因縁があるからと言って人を尊重出来ない者……、理解が出来ないからと言って人を尊重出来ない者……──』
『──人の尊厳を踏みにじる愚か者は、俺の部下には必要無い』
彼はとても強い言葉を選んで使ったのだろう、糸を張ったような空気が更に張り詰めたのだ。
だが、動揺するような艦娘は1人としてその場に存在していなかった。
当然と言えば当然だ、何せこの鎮守府の艦娘達は篠原の従来を知っていて、国境を越えて救援活動を続けた彼の行いを尊敬していて、彼の行いを知っていれば差別を快く思わない事は明白で、故に彼が強い言葉を使おうとも単の事実確認に過ぎなかったのだろう。
それでも空気が張り詰める程に真剣なのは、彼の口から語られる言葉であったからか、彼女達が彼の明らかな嫌悪、それを改めて認識した瞬間でもあった。
そして、そんな彼女達の眼を見ながら、彼は続ける。
『この事に異論があれば聞き受けるし、この事を大本営に報告してもらっても構わない。 ──が、俺の考えは変わる事はない』
『偏見で人を拒み否定する者に、守れる未来など無いからだ』
彼がそう言い切ると、長く重い沈黙が場を支配し始めた。
何時もなら賑わっている食堂だが、今ばかりは他の何処よりも静かな場所に変わってしまっていた。
本来関係ない筈のU-511まで、身を隠していた場から動くに動けなくなってしまう程である。
万が一物音をたてて、食堂の艦娘達のあの視線が自分に集中したらどうにかなってしまうと危惧しての事である。
(厳格な提督……、流石は日本海軍……)
そんな状況であるが、U-511は少なからず関心もしていた。
差別問題は日本のみならず各国で議論され続ける問題であり、多くの軍隊が差別根絶を1つの目標にしているのも事実である。
差別とは物事に差を付けて区別する言葉だが、対象に人が当て嵌められる場合は悪意を持って使われるケースが後を絶たないのだ。
そして彼は、先程の口調とは変わった何処か柔らかい物腰で言葉を付け足し始めた。
『まぁ……、こんな事を言うとお前達は目くじらを立てて差別を根絶しようとするかも知れないな』
あれ程の強い言葉を述べた後に飛び出した台詞は、まるで彼女達が差別をしないと信じているような発言であったし、U-511もその様に捉えていた。
『実は日常で差別をしないようにしよう、と言う考えから生まれた言動が差別に繋がる恐れもある。差別問題ってのはかなり曖昧でデリケートな問題なんだ……。 じゃあどうすればいいか?』
うって変わった彼の態度と、突然突き付けられた問題に、彼女達の空間を占めていた重い沈黙も嘘のように消え去り、小さな話し声すら聞こえ始めた。
彼女達は各々考えを巡らせているようで、篠原は僅かに微笑を浮かべながら彼女達を見回していた。
『はい、じゃあ曙。 どうすればいいと思う?』
『うぇっ⁉︎ わ、私⁉︎』
突然の指名に曙は大きく狼狽えるが、一頻り辺りを見回して視線が集まっている事を再確認すると咳払いして取り繕い、彼の質問に答えた。
『どうすればって……、日常における差別って……、個人の範疇って事でしょう? そんなの、間柄とかで変わってくるんじゃ』
『そうだな、確かにその通りだ。 差別問題ってのは意識すればする程難しくなってしまう。 まぁ人種差別とかは論外だが、日常では敢えて意識する程のことでは無いとだけ言っておく』
『じゃあ何でわざわざこんな話を始めたのよ……』
『今後、海外の艦娘と関わる機会が多くなるかも知れないからな。 一応、大本営からも差別をテーマにした話をする様に指示も受けている、かなり曖昧と言ったが、かなり根深い問題でもあるわけだ。 だが俺はな、お前達に対して、そんな懸念よりも期待の方がずっと大きいんだよ』
篠原はそう言うが、未だ要点を掴めない曙は反応に困っている。 そんな彼女を置いたまま彼は本題を切り出し始めた様だ。
『差別と言うのは曖昧で、日常における差別問題などは個人の範疇で、凡そ正解なんて物は無いのかも知れない。 だけど俺達が気にも留めない様な些細な言葉が相手を酷く傷付けてしまう可能性も十分ある』
『じゃあどうすればいいか、そんなのは簡単だ。 話し合って相手の事をよく知る事……、もしも傷付けてしまったなら、ちゃんと謝る事。 自分とは違う部分もちゃんと受け入れて、理解する事だ。 理解した上で受け入れられなければ、その時はお互いの妥協点を話し合って決める事だ。 そうやって時間を掛けて話し合えば、少なくとも日常の中では差別なんて問題は消えて無くなるだろう』
篠原が話を終えてひと拍子、整列した艦娘達の中から不知火が手を挙げた。
彼はその様子に気がつくと、彼女の名前を呼びながら発言を促した。
『おっ、何かあるのか不知火』
『はい、司令のお言葉はとても良く伝わりました。 偏見を持たず、そして良き関係を築く事。 確かに友好的な関係であれば差別も起こり得ない事でしょう』
『ああ、そうだな。 お互いよく知り、尊重し合えれば何の問題も生じない』
『ですが、司令が私達に期待している事……、それは一体何なのでしょうか。 差別と言う問題と、何か関係が有る事なのですか?』
『ああ、大いにある。 矛盾した事を言っている風に聞こえるかも知れないが、俺は“差別”自体は悪いことでは無いと思っている』
『悪い事ではない……?』
『ああ、そもそも差別が問題として取り上げられるのは、それは差を持って見下しているから……、違いを尊重出来ていないからだ。 十人十色と言う言葉がある、十人居れば十人がそれぞれ違う歴史を持って、違う景色を見て、違う人生を歩んでいる訳だ、何か差が生じたり、違いが出るのは当然だろう? 何から何まで同じで差が無かったらそれはもうロボットだ』
篠原は不知火の質問にまだ答えてはいないが、逆に1つ質問を返した。
『さて、不知火。 話は変わるが、人が最も成長する時、強くなる時、それはどんな時だと思う?』
この言葉に、一部の艦娘は何か勘付いた様で微笑を浮かべていた。
そして隠れて見ていたU-511は、艦娘として彼の質問に大いに関心を向けられ、自分なりにその答えを探し始めていた。
(強くなる時……? 訓練とか困難を乗り越えた時かな……?)
奇しくも彼女の考えは不知火と少しばかり似ていた様だ。
比較的真面目な不知火が出した答えはこうだった。
『自分に課せた目標に手が届いた時でしょうか……。 不知火は日々の訓練の結果が出せた時、成長を感じる事が出来ました』
『成る程……、確かに訓練の成果が出せたなら、それはそのまま成長や強さに直結するよな』
『はい』
『だが、俺の考えでは1番では無いんだ』
『なっ、し……不知火に落ち度が……⁉︎』
『いや落ち度じゃない、俺の考えの中では1番では無いと言うだけだ。 あらゆる事を当て嵌めても訓練は強さや成長に必要不可欠な要素だ』
『で、では……、司令の言う1番とは……』
戸惑い気味の不知火の言葉を聞いて、ようやく篠原は自分の考えを言葉に変えて、ゆっくりと聞こえやすい様に丁寧に語り始めたのだ。
『それは、違いを……、変化を受け入れた時だ』
『違いを受け入れる事……、それは自分に無かったものを手にした瞬間でもあるだろう。 訓練は1を2に伸ばすものだが、変化を受け入れると言うことは、0から1を得る事だと俺は考える』
『先程述べた差別と言う言葉も、考え方を変えれば自分とは違うって事は自分には無いと言う事に気が付ける、それこそ正しい差別の仕方なんだ。 だからこそ、違いを尊み、理解し、受け入れる事が出来たなら、それは新たな可能性と言う道を切り開いた事になるだろう。 俺が期待している事はお前達が正しい差別をして、違いを見つけ、違いから学び、違いを得て成長する事だ』
彼は差別自体は嫌悪しておらず、あって然るべきと考えていたのだ。 付け加えれば、差別を問題にしてしまう者こそ忌み嫌っていた。
差別をしない為に、人と違う部分を気にしない様にして平等に接するなどでは無く、差が有るからこそ学ぶ事が出来る点を探す事。
それが単なる優劣の差だとしても、如何にして優れているか、如何にして劣っているか、理解して明確に出来たなら、誰かに教える事が出来るという、人としての成長にも繋がるだろう。
そして篠原は言葉を付け足した。
『人と人とが違う事、これを“多様性”って言うんだ』
『多くの多様性が集まり、違いを受け入れて協力した時に見出される可能性とは、とてつもない力を秘めている。 この世のあらゆる力や強さと比べても、多様性がもたらす可能性に秘められた力には到底敵わないものだ』
『具体的な例を挙げるとすれば、そうだな……、極端な話だが、今よりずっと昔の日本、まだ油皿に火を灯して部屋を照らしていた時代で“電気”と言う概念を学び、その変化を生活に取り込んだ時、何が変わっただろうか?』
『火を灯して部屋を照らしてた家に、燃料のいらない光が灯った……、だけでは無いな。 電気の性質を学び始めた日本人はやがて革命的な進歩を遂げる、それこそ何億じゃ効かない人々の生活を助ける事になっただろう』
『それもこれも正しい差別をしたからだ。 物事に差が有る事から学び、きちんと理解をして違いを受け入れる事をしたからこそ、多くの発明品が世に飛び出して今に至るまで、そしてこれからをも支え続けている訳だ。 ひとりひとり違いが無かったら、そもそも発明なんて言葉も無かった。 ひとりひとり違うから、違う着眼点を持っているから、新たな発明が生まれる。 それこそが多様性がもたらす可能性だ』
『そして悪い差別をする者、劣っているからと見下して否定する者に守れる未来は無いと言ったのも、そこに繋がる。 要するに差別主義者が誰かを否定した時、その相手が持つ多様性から得られる可能性を生涯手にする事は無いからだ。 考えを変えない限り、未来永劫0のまま、新たな1を得る事は出来ないだろう』
『そして、お前達は既に多くの多様性を得ていると俺は考えている』
篠原はそう言うと不知火に視線を戻した。
『不知火は映画が好きだったな?』
『はい』
『それも立派な多様性だ。不知火は不知火の価値観を持って映画を好きになった。 ……と言う事は、その価値観を持って誰かに教える事が出来る訳だ』
彼は次に吹雪に目を向けた。瞬間、クスクスとおかしげな笑い声が辺りから溢れ出していた。彼が何を言いたいのか言葉にする前から分かり切っているからだろう。
『ははっ、吹雪はもう言うまでも無いかな』
『はい! 工作が好きです!』
『うん、立派な多様性のひとつだな』
『えへへぇ……』
『他にも初雪のゲーム、愛宕や高雄のガーデニング、曙の釣り、赤城の食べ歩き、イク達の漫画やアニメ、川内や夕立と時雨のサバゲーも、全部引っくるめて多様性の一つだ。 この段階で人の役に立つとか生産性はどうかなんてどうでもいい、何処で何が誰の役に立つかだなんて、誰にも判らない事だからな』
その語り方から、艦娘達の私語が若干増えたところで彼は手をパンパンと叩いて今一度注目を集めると、結論を述べた。
『さて、俺が何が言いたいのかもう判るだろう? 敢えて口にする様なことでも無いかも知れないし、お前達にとって意識する様なことでも無いのだろう、何たって既に多くの多様性が集まりながら協力し合えているのだから』
『でも、大本営の意向だから仕方がない、言うぞ』
篠原は楽しそうに笑いながら言ったのだ。
『これから来る彼女にとって、ここを世界一友好的な場所にしようじゃないか』
沢山の個性が集まる鎮守府では、彼の言う事は敢えて言葉にしなくとも当たり前のように実現していただろう。
強烈な個性派が多くいて、仮に差別主義者が潜んでいたなら既に大問題になっていた筈だ。
違くて当たり前、それでいいのだ。
そして彼の最後の言葉を持って、その場は普段通りの賑わいを取り戻し始め、食堂で行われた演説は幕を閉じた。
本来ならトイレを探していた筈のU-511は、食堂に集まっていた皆が解散する前に一足先に自室に戻っていた。
結局最後まで話を聞いていた彼女は、篠原の話を聞く直前までしていた覚悟を改め直すのであった。
(……訓練ばかりに気を取られていたけど、それは間違いだったのかも知れない……)
(ユーも、ここで沢山のものを受け入れて、大きく成長出来るかな……?)
何故だろうか、彼女には楽しくなりそうな予感がしていたのである。
厳しい訓練を想定していて、少し怖気付いてしまっていた先程とは違う、遥かに前向きな心構えが出来る様になっていた。
そして期待を胸に、次の日を迎えてから、いよいよ彼女の研修が幕を開けた。
その早朝、指導役として一緒に行動する事になっている伊58は、U-511の個室まで呼びに行った。
伊58が部屋のドアをノックして、まだ眠たそうな顔でU-511が顔を出すと、彼女は笑顔で挨拶を始めた。
「グーテンモーゲンでっち! その顔だとまだ時差が抜けてないでち?」
「ぐ、Guten Morgen……、大丈夫です、ちゃんと眠れました」
「安心するでち、今日はそんなにハードな事はしないでち。 それより朝ご飯は食べられそうでっち?」
「は、はい……」
「じゃあご飯にするでち! ふふん、ここのご飯はとても美味しいよ〜っ!」
伊58はそう言ってU-511の手を引いて歩き始めた。
彼女に手を引かれて戸惑いながら、U-511は握られた手に確かな頼もしさを感じていた。
(ああ、きっと優しい人なんだ……)
そして食堂に案内されて席に着くと、伊19や168も同じテーブルに座り始め、それぞれが挨拶を始めた。
「おはようなのねん! ユーちゃんがいるから折角だし今日はドイツ式の朝ご飯にするのね!」
「おはようユーちゃん、よく眠れた?」
「ユ、ユーちゃん?」
「そうなのね、ユーボードだからユーちゃん! 可愛いと思うのね」
「私の事はイムヤって、呼び捨てでいいからね」
「は、はい!」
U-511改め、ユーちゃんの愛称が付けられた彼女は、早くも待遇の良さにこころおどらせていた。
そして本来ならメニューを取るのだが、今日の朝食は鳳翔が既に用意していたようだ。
「おはようございます、ユーさん。 ドイツでは朝食にはパンが主食でしたよね、こちらで用意させて頂きました」
「あ、ありがと……ございます」
配膳されたメニューはスライスされた小麦パンに、好みの物を挟んだり塗ったりして食べる為のジャムの瓶と、クリームソースやバターやチーズ、そしてハムやレタスなど。 非常にサッパリとした物ばかりである。
一通りの配膳を終えた鳳翔は、最後にU-511に向けて言った。
「何か足りないものがあれば、すぐに言ってくださいね。 お口に合うか判りませんが、精一杯頑張りますので」
「は、はい、ありがとうございます。 えっと……、いただきます、でしたっけ……?」
「はい、どうぞお召し上がり下さい」
そうしてU-511は朝食にありついた。
先ずはスライスされたパンにクリームソースを塗って口に運んだのだが、早速違いを見つけて驚愕していた。
(ぱ、パンが凄く柔らかくてモチモチしてる……!)
日本のパンはとても柔らかいのだ。 日本国内で硬いとされるパンですら世界的には柔らかい部類になる程だ。
あくまでもドイツ風、その範疇を出ないメニューだが、U-511はとてもお気に召したようである。
「Lecker......‼︎」
「えっ……、れっかー?」
「美味しいって意味でち!」
「本当ですか? ふふ、良かったです」
思わず飛び出した母国語、彼女はいつの間にか時差による身体の怠さも忘れてドイツ風の朝食に夢中になっていた。
(そっか、コレが違うって事なんだ。 違いがあるって、何だか楽しいな)
鳳翔がドイツの朝食を再現したのだが、実際とは少し違っていて、だけどその違いがU-511にとっては新鮮だった。
彼女はあっという間にパンを平らげると、改めて鳳翔を探してお礼を言いに行った。
「ダンケ、美味しい朝ご飯だった、あ、ありがとう」
「ふふ、どういたしまして。 でも、ユーさん、そういう時は“ごちそうさま”と、日本では言うんですよ」
「ご、ごちそうさま……です?」
「はい、お粗末様でした」
「……? むぅ、日本語は難しい。 ユーはあの朝食が粗末な物には見えなかった。 粗末とは、その、貧相な物を指す言葉ですって」
「ええ、それはですね。 “ごちそうさま”の返し言葉で、“大した事ではありませんよ”と言う意味ですよ」
「なるほどです。 今度は、えっと、宜しければ? 日本の料理を食べてみたいですって」
「はい、ではお昼にでも用意させて頂きます」
まだぎこちない日本語にニコニコと対応する鳳翔、実はずっと自分の料理がU-511の口に合うのか不安だったのだが、想像以上に喜んで貰えてとても安心していたりする。
そしてU-511も、この朝の僅かな時間で、新たな決心をしたようだ。
(ここで、沢山の違いを受け入れて、ユーも頑張るですっ!)
昨日聞いた、“違いから学ぶ”と言う事が、楽しくて仕方がなかったのである。
出来るだけ多くの発見をするべく彼女は意気込んで、その指導役の潜水艦娘達も当然のように優しくて、まだ馴染めてないU-511にとても親身に接していた。
例えば彼女が伊58に、潜水艦の戦い方を訪ねた時も、優しく応対してくれた。
「潜水艦は打たれ弱いけど、他の艦には無いアドバンテージがあるでち。 だけど、そのアドバンテージも味方との連携が必要不可欠でっち。 高い隠密性を活かすのも良いけれど、まずは味方と息を合わせる事から始めるでち! だからユーちゃん、焦らずにまずは一緒に泳いでみるでち!」
「で、でっち?」
「でちでち!」
「で、……でち」
個性的な語尾だったが、彼女が急ぎすぎないようにセーブしてくれていた。
そして伊168は、彼女の些細な質問にすら、丁寧に答えてくれた。
「長距離の移動の時はどうしてるかって?」
「は、はいです」
「遠征の帰りとかなら、早くココア飲みたい〜っとか考えながら泳いでるかな? あっ、勿論警戒は怠らないよ?」
「コ、ココア……?」
「そうココア。 この鎮守府では遠征が終わるとココアの差し入れがあるんだよ、凄く濃厚で甘いやつ。 小さい事かもだけど、割とモチベーション上がるかなぁ〜」
「わぁ……! ユーも飲んでみたいですって!」
知れば知るほど、彼女にとって楽しみが増えていくようだ。
U-511は、彼女達が、働きながら、そして楽しみながら生活を送っている事に気がつくのにそう時間は掛からなかった。 それはつまり、本当に訓練だけで無く、日々の過ごし方まで学べるのだろう。
これも提督が言っていた多様性の一つなのだろうとU-511は考えて、自分も多くを受け入れて変わっていく事が楽しみになっていた。
だが、彼女は早くも壁に直面した。それは何気なく交わされた伊19との会話であった。
「ねぇ、ユーちゃん知ってる? スク水で戦う女の子って、漫画では15割負けるのね」
「……⁉︎」
「一度負けるのが10割、そのあと抵抗するけどもう一度負けるのが5割って意味なのね」
「えっ、えっと」
「寧ろ負けてから本番な漫画が多いのね」
「ま、負けるって、どう言う」
「そりゃもうグッチョグチョのネチョネチョなのね……!」
「ひ、ヒィィィ……‼︎」
鬼気迫る何かを感じたU-511は堪らず逃げ出した。
伊19が何を言っているのかまるで判らないがロクな物ではないと言う事だけは伝わったようである。
多くの違いを受け入れる覚悟をしたU-511であったが、なんとも受け入れ難い何かを見せられてしまったようだ。
そして彼女は、いつの間にかたどり着いた防波堤で両膝を抱えて座っていた。
その1人佇むポツンとした背中を偶然見つけてしまった篠原は、何だか他人事では無いような気配を感じ取り、歩み寄って背中から声を掛けた。
「……どうしたユー君、こんな所で」
彼女は海を眺めたまま答えた。
「郷に入れては郷に従え、……それって、どうなのかなって……」
その言葉だけで、篠原は何かを察したようで、とても胸中複雑と言う表情をしながら苦しそうに言った。
「いや……うん、変な奴多いんだよウチ……。 理解出来ないとかじゃ無くて、意味不明な事が多いんだよ……」
「提督も大変ですって……」
「いや、その……、うん、ありがとう……」
違いを見つけて受け入れる覚悟をしたU-511であったが、今回は何か言い得ぬ共通点を見つけて篠原と少し仲良くなったようである。
彼女の研修はまだ始まったばかりだ。
突然だが、篠原の鎮守府はちょっとした閑散期に突入している。
この鎮守府で目標とされていた備蓄計画も、資材倉庫の圧迫により、これ以上の備蓄は難しい。
まだ規模の小さな鎮守府だけに倉庫の容量も横須賀の半分にも満たないので、遠征担当の艦娘が少し頑張ったら溢れてしまった現状だ。
これにより遠征部隊は挙って暇を持て余す事になり、更には近海も健やかなままで大規模作戦の類も無く、艦娘達の仕事と言えば近海警備くらいなもの。 軍が暇なのは良い事だ。
そしてこんな時期だからこそ行われる行事もあり、今回の場合は大本営所属の審査員による内部調査であった。
今回、篠原の鎮守府の審査に抜擢されたのは、女性の身でありながら提督の素質を持つ橋本 歩と言う人物である。
橋本は大本営でも有数なキャリアウーマンで、所持している資格も10を超えるのが自慢だ。
更には上司にも一切臆しない程に肝が座っていて、相手が誰であれ常に正当な審査を下す事でも有名であり、元帥からの信頼も厚い。 因みに38歳独身である。
今回、橋本が行う仕事は篠原の鎮守府に向かい、施設内を見て回り不備がないかチェックを行い、稼働状況の確認から、整理整頓が出来ているか等の習慣まで入念に審査を行う。
そして何よりも艦娘達1人1人と面談を行い、鎮守府の運営について不満が無いか尋ねたり、パワハラ、モラハラ、セクハラなどの相談を受けたりするのも彼女の仕事である。
元々は彼女も提督としての活躍を見込まれていた身であるが、まだ記憶に新しい“ブラック鎮守府”などの事案から、第三者の目は必要であると判断され、元々のキャリアと女性と言う立場から橋本が抜擢された訳だ。
まだまだ素質を持つ人間が稀少な状況で、彼女のような存在は全体の運営を支えるべく希望の星と見ても間違いは無いだろう。
本来、審査員と言う筋書きは、招く側は冷や汗ものであるが、篠原は快く橋本を迎え入れていた。
執務室で挨拶を交わし、嫌な顔ひとつせずに彼女の仕事を応援していたのだ。
「では橋本さん、本日は宜しくお願いします」
「はい。 この鎮守府の規模でも半日ほどお時間を頂きますが、ご了承を。 審査が終わる迄はこの場で待機をお願い致します」
「はい、判りました。 貴女も長時間の作業が見込まれますので、もしも喉が渇いたら食堂に向かって下さい、お茶くらいならすぐに用意できる筈です」
「はぁ……、ありがとうございます。 では」
橋本は彼との挨拶を手短に済ませると、さっさと執務室から出ていき仕事を始めるようだ。
彼女が出ていき、パタンと閉められた扉を眺めていた篠原は、何処か満足そうに頷きながらデスクの椅子に手を掛けた所、側から見ていた大淀が彼に声を掛けた。
「随分歓迎なさるんですね。 すごく厳しいと評判なんですよ、橋本さん」
「いやぁ何、あの人は仕事は絶対に熟すタイプだよ。 今回は素直に良い仕事をしてくれる事を期待してるだけだ」
「……厳しくされたいと?」
「いや違うよ、何だその引き気味な反応は」
何を思ったのか怪訝な表情を浮かべる大淀に、篠原は抗議の目を向けながら自分で引いた椅子に腰を落とし、被っていた帽子を外しながら背凭れに寄り掛かかると説明を始めた。
「俺もまだまだ立派な上司である自覚はないからな。 艦娘達も立場上、直接俺に言い難い事だってあるだろう? そう言うのを代わりに聞いてくれるのが橋本さんなんだよ」
「はぁ……」
「運営方法に不満があったりとか、そう言うのをさ」
「へぇ……」
「……大淀、何か言いたい事でもあるのか?」
「私は橋本さんを送ってきた大本営に不満がありますけどね、例えば鎮守府の成績の記載方法とか」
「それは仕方ない事なんだって……、引き継ぐってのは、そう言う事でもあるんだから」
大淀が言うのは、篠原がこの鎮守府の数字を全て引き継いでしまっている事である。
ある一定の権限がある人物しか閲覧出来ないが、各地に散在する鎮守府の戦果や稼働状況を纏めたサイトが存在する。
そのサイトの中で、篠原の鎮守府は前任の行いも全体の数値に反映されてしまっている為、篠原自身が相当な戦果を上げていても、ちゃんと掘り下げて調べなければ彼自身の戦果は判らない状態であった。
簡潔に説明すれば、この鎮守府は過去に4隻の轟沈、そして無意味な出撃を繰り返した鎮守府で、そこの提督が篠原である。
加えて大規模作戦も大体横須賀や呉鎮守府と連携をとって参加しているので、見る人が見ればあまり宜しくない現状だ。
この事は川内の疑問から発覚した事で、その日はちょっとした騒ぎになったが、過去の出来事の記録を消してしまったら立派な隠蔽になるので致し方無い事である。
もっとも、ちゃんと調べれば篠原の持つスコアはすぐに分かる事でもあるのだが。
そのスコアを思い出していた大淀は、腕を組みながら言った。
「何気に実戦では大破艦すら出してないんですよね、提督」
「部下が優秀だからな、指揮する前に大体終わってる」
「戦略的撤退こそありますが、作戦自体の達成率は100%ですね」
「鎮守府同士の連携が如何に大切か判るな、敵の位置や編成の情報が得られるのは本当に大きい」
「あの……、コレでも自信が無いと仰せられるのなら最早嫌味では?」
「戦果だけが全てと言う訳じゃ無いだろう、かの有名な織田信長が何故裏切られたのか知ってるか?」
「そ、そうですか……」
織田信長は頭脳明晰で殆ど隙のない人物だったが、有能過ぎるばかりに心の機微など心情には疎く、部下への当たりが強かったと言う。 その結果、多くの裏切りの果て、かつての味方の手に落ちた歴史がある。
その事を踏まえても大淀はあまり腑に落ちないと言う表情だったが、ひとまず話題を置いたのかソファーに腰を落とし、今度は天井を眺め始めた。
「……と言うか、私達ここでずっと待ってる感じですか?」
「そうなるのかな。 まぁ、たまにはこんな日もあるさ」
「艦娘達と全員面談する訳ですから時間が掛かりますし、閑散期にやるのは判りますが……、私達は余計暇になりますね」
「あー、そっか……。 でも何もしてないのも不味いから、何か仕事してる風を装ってくれ」
「結構無茶言いますね、日報の余白を埋めるのに頭使うレベルの閑散期ですのに」
「実は暇を見越してリバーシ持ってきた」
「……私ボードゲームは結構強いですよ?」
「望むところだ」
こうして大本営の橋本が仕事をする最中、2人はこっそり遊び始めたのだ。
そして大淀はリバーシで対戦していた訳だが篠原の手応えが思ったよりも無かったので、彼が最も最近行った指揮の内容の事を思い返していた。
それは姫級の存在が確認された海域への横須賀との合同進撃の際に行われた指揮で、当時の水雷戦隊旗艦を務めた川内からイレギュラーの報告から始まったものだ。
『提督……、レーダーに感あり!敵潜水艦隊が接近してるみたい! 今の装備じゃ結構厳しいんだけど……‼︎』
川内が務めた水雷戦隊は敵主力艦隊が戦艦構成だったので対潜装備は心許なかった。 艤装の性質上、ある程度なら凌げたのだが複数の潜水艦が相手では部が悪い。
だが、篠原の判断は早かった。
『問題ない、折り込み済みだ。 そのまま進路を保ちながら迂回して北西にある島の間を通り抜けてくれ』
『背後取られちゃうけど……』
『島を通過する迄に対潜特化の支援艦隊が間に合う、上手くやれば死角を利用して奇襲的に潜水艦に打撃を見込める』
『へぇ……、敵を罠に嵌めるって訳ね……、いいね……‼︎』
彼は事前情報に無いイレギュラーを想定した手札を幾つも用意していた。
更に、刻一刻と変化する戦況にも連携と力技を持って打破して行く裁量も持ち合わせていた。
『支援艦隊の合流により敵勢力の動きに変化が生じた、敵主力の後退を確認。 川内、その場で足を止めて指示を待て』
『了解!』
『──横須賀より情報が入った、敵主力艦隊後方に補給艦の接近を確認、短期決戦の俺達の布陣に対して長期戦を仕掛けるつもりだろう。 川内、加賀の航空艦隊を向かわせたから持ち場を変わり戦線を離脱してくれ』
『判ったけど、私はその後どうするの? そのままお留守番って訳じゃ無いよね?』
『足の速い横須賀の駆逐艦隊と合流、背後から補給艦を叩き、可能なら敵主力艦隊に直接攻撃を仕掛ける』
『へぇ、裏取りするって訳ね……!』
『その頃には日が沈んでしまうだろうが、あまりハメを外すなよ?』
『アハッ♪ 最高だよ提督ゥゥ‼︎』
そして彼等の見込み通り、加賀率いる航空艦隊を前にした敵主力艦隊は、戦艦構成だったが夜戦を想定した防衛的な動きを見せた所、補給路を断ち、裏取りに成功した川内率いる水雷戦隊の奇襲により瞬く間に撃沈された。
彼は味方鎮守府との情報共有と円滑な連携が出来て、そして艦娘の持ち味を理解していた為、局面に対する手札の数がかなり多かったのだ。
当時の夜戦で大暴れする川内のテンションが上がり切った通信を思い出していた大淀は、苦笑いしながら思うのであった。
(あの戦闘狂もイキイキとしてる職場で運営に不満なんて上がるのでしょうか……)
更に結構高めな生活水準で衣食住で不自由はしない上、篠原が趣味に寛容で大体の事は許されるのがこの鎮守府で、何より彼は部下にトコトン甘かった。
吹雪がポロッと溢した『テーブルソーが欲しいなぁ』と言う言葉ですら1週間以内に実装されるゲロ甘采配だ。 後に叢雲が抗議したがパフェで買収されていた。
初雪が『Wi-Fiが無い』と溢した時もすぐに実装された。 後に叢雲が抗議したがやっぱりパフェで買収されていた。
或いは提督たる篠原よりも良い生活を送っている可能性がある艦娘達が持つ不満とは何なのだろうか、と大淀は考えていた。
そして何局目かも判らないリバーシに飽きた2人が、不知火が集めて執務室に持ち込んでいる少し古い洋画コレクションの吟味を勝手に始めた頃、ノックの音ともに橋本が調査終了の報告をしに戻って来た。
篠原はすぐに橋本を迎え入れ、ソファーで向かい合って座り、やがて彼女の報告が始まった。
「只今審査が終わりました。 先にお話していた倉庫の拡張計画ですが、現状の艦娘所属数から見ても必要と思われる為、早めの手配を此方で検討致します」
「ええ、ありがとうございます。 そうして頂ければこちらも助かります」
「倉庫内の整理整頓も5Sに基づき徹底されていました、今後もこの調子で宜しくお願いします」
「はい」
「艤装や装備の管理も申し分ありません、整理整頓に関しては流石は元陸自ですね」
「ははっ、部品一つ無くしたら鬼シゴキを受けますからね」
それを差し引いても、作業効率化を図るのは篠原の癖のようなものであった。
2人のやり取りを見ていた大淀は、彼が仮着任した当初、まず最初に散乱した書類を誰が見ても分かり易いようにカラー付きのプロファイルで分別していた事を思い出し、1人心の中で笑っていた。
そして橋本は、篠原にとっての本題を切り出し始めた。
「次に所属する艦娘達の不満点を纏めました」
「ええ、はい」
橋本は重ねた書類の両端を揃えながら、念を押して篠原に尋ねる。
「宜しいですか?」
「よろしくお願いします」
束ねられた書類を見た篠原は少しギョッとしていたが、すぐに取り繕い返事をしていた。
やはり運営に不満があったのだ、と彼は考え、不満を受け入れ改善策を練るべく心構えは出来ていた。
「では、始めます」
まず1人目は、厨房を取り仕切る鳳翔の物であった。
その時の鳳翔との会話を切り抜けば、こんなものであった。
『この鎮守府での生活で感じた不満点ですか……?』
『えぇと、そうですね……、なんでも良いんですか?』
『はい……、では……』
『不躾かも知れませんが、提督は“期間限定”と言う言葉に弱すぎる気がするんです』
『定期的にコンビニに向かわれては、期間限定と書かれたお菓子やカップラーメンをホクホク顔で買ってきて満足そうに食べているんです』
『特にカップラーメンは塩分がとても多く含まれていますし、今は良くても、10年後が少し心配です……』
『あっ、運営ですか? そちらは特にありません、とても良くして頂いておりますよ』
これにて橋本の報告は終わった。
それと同時に篠原は額に手を当てて俯いてしまった。
「何か思ってたのと違うんですが……」
「期間限定、お好きなんですか?」
「いや……、その、好きって訳じゃなくて……、1度も食べない内に商品棚から消えるのは勿体無いような気がしてですね……」
「お好きなんですね」
「……」
橋本の追撃により篠原は完全に俯いたが、彼女は噂通り厳しい性分のようで容赦はしなかった。
「次の報告です」
「は、はい」
休む間も無く突き付けられた不満点、続いては川内のものであった。
『ん? 不満に思う所?』
『んー……提督ってさぁ、昼のサバゲーは何セットか付き合ってくれるんだけどさぁ……、夜のサバゲーは1回しかやってくれないんだよね〜』
『すぐに“疲れたからもうお終い”って言うし。 いやいやコッチは提督が体力オバケなの知ってるんだからね⁉︎っていっつも思う。 酷いよねぇ〜』
『……へ? 運営に関して? 無いよ』
以上で橋本の報告は終わった。
それと同時に篠原は激しい抗議の声をあげ始めた。
「アイツと夜戦すると終わらないんですよ……‼︎ 1時間以上ずっと隠れて動かないから長引いて長引いて消灯時間余裕で越えますからね⁉︎」
「と、申されましても、不満点として挙げられましたので。 それに制限時間を設けるなど対策は可能では?」
「それもそうですが、そうするとリアルティーが云々言い出すんですよ……。 そしてさっきもそうですが、何か思ってた不満と違うんですが……!」
彼女達の不満点に不満を露わにする篠原の傍らで、大淀がニコニコとしたとても良い笑顔でテーブルにお茶菓子を配り始めた。
「どうぞ、コーヒーとクッキーです。 長時間のお仕事で大変だったでしょうから、コレで少しでもエネルギー補給をして下さい」
「あら、ありがとうございます」
そのやり取りを見ていた篠原は意味ありげな視線を大淀に送っていた。
(大淀お前……、大本営に不満あるとか言ってなかったか⁉︎ 何だその眩しい笑顔は‼︎)
どう言う訳か大淀が状況を楽しみ始めたようであった。
そんな最中でも、厳しい橋本は仕事は熟す女である。 コーヒーをひと口飲むと、すぐに報告を続けるのであった。
「続いては鈴谷さんの不満点です」
「……それ聞かなきゃダメですか?」
「上司の務めです」
橋本の報告が始まり、先程と同じ様に会話を切り抜くと、こんなものであった。
『ん? 不満?』
『この前見ちゃったんだけどさぁ、提督が爪切ってたんだよね』
『そしたらパチンパチンパチンって三回に分けて、中、端、端って爪を切ってたの。 鈴谷的にあり得ないかなぁ〜』
『パチンって中央を切ったら、両端はヤスリで整えた方が綺麗になるって常識じゃん?』
橋本の報告は終わった。
そして篠原から敬語が解かれ、ヤケクソ気味な言葉を溢した。
「今初めて知ったわそんな常識……!」
「女性の嗜みとして常識ですが?」
「杜撰な男ですいませんね……」
「部下というものは、こうした些細な部分も見ているものです。 改善出来る所はしていきましょう、その為の調査です」
「……」
まるで納得のいかないと言う風な篠原だったが、橋本は構わず次に進んだ。
「続いては雷さんですね」
「人選に悪意を感じて来ました」
「何の事か判り兼ねますが、報告を始めます」
そうして例の如く、橋本による雷の不満報告が始まった。
『あのね、司令官ってばたまにせっかちな時があるの』
『この前は歯ブラシを口に咥えたまま手作業しててね、それでもし転んじゃったらとっても危ないじゃない?』
『もっとちゃんとしなきゃダメよ!』
その橋本の報告が終わると、篠原は今度は素直に謝り始めた。
「はい、仰る通りです。 すいませんでした」
「KY作業と言うものをご存知で?」
「はい」
「ならば改善出来ますね?」
「はい」
雷は結構真っ当な理由で指摘するので、篠原も頭が上がらない時がわりとあるのだ。
大淀がニヤニヤとした視線を篠原に送り始め、彼はより一層気まずそうに顔を顰めていたが、やはり橋本は仕事一筋、そんなやり取りも意に介さずに報告を続けた。
「続いては初雪さんです」
そして例の如く、内容が明かされた。
『んー……、司令官はギターが弾けるのに、音ゲーはヘタクソ』
報告は終わった。
その直後に篠原は抗議の声をあげた。
「仕方ないだろ苦手なんだから……! と言うかコレ別に不満じゃないだろ⁉︎」
今度は大淀が追い討ちを掛ける。
「先を見据えた指揮をする割にリバーシも正直……」
「お前さっきから本当に楽しそうだよな?」
その後も報告が続いたが、篠原が望んでいた不満は一向に出て来る気配が無く、どう言う理屈か報告の度に篠原は凹んでいった。
だが、暫くしてようやく彼が望む様な報告があがったようで、それは長門が抱いている不満点だった。
『ふむ……、この鎮守府は順調に軍備拡大しているが、それでも駆逐艦がまだまだ少ないと思う』
『駆逐艦隊を2編成は構成出来るが、それで出撃した際、防衛力として鎮守府に残る側は駆逐艦隊を2編成構成出来ない』
『これは防衛力として駆逐艦隊を2編成以上求められた時、問題になってくるのではないか?』
その報告が終わると、極限にまで俯いていた篠原の顔があがった。
「……ようやくまともな報告が⁉︎」
「提督、落ち着いて下さい。 現状どの艦種にも同じ事が言えますし防衛力として駆逐艦隊が2編成求められる機会なんてありません」
「んん? いやでもあの戦艦長門が言う事だ、俺には推し量れない何かが……」
「ありません」
結局、不満らしい不満はたいして上がらずに報告は終わってしまったのである。
そして全ての報告を終えた橋本は書類纏めて鞄にしまうと、席を立ちながら篠原に向けて言った。
「それではこちらのデータは大本営に持ち帰り保管させて頂きます」
「えっ、持ち帰るんですか……⁉︎ それを⁉︎」
「歴とした調査記録ですから」
「何の役にも立ちませんよ⁉︎」
「それは私が判断する事では御座いませんので、ではこれにて失礼致します」
仕事を終えた橋本はサッサと執務室を出ていき帰って行った。
その潔い良いほど淡白を極めた仕事捌きと去り方に、投げやりな表情で彼女が出て行った扉を眺めていた篠原は首を垂れながら大淀に向けて言った。
「結局あの人は何しに来たんだ」
「まぁ少なくとも倉庫の件のお話が進みそうで何よりです」
「はぁ……」
「ホント、提督は私生活において隙だらけですよね」
「クッ……、嫌って程に思い知ったよ!」
完璧な人間などは居ないものだ、誰にでも短所は存在する。
ただ彼の短所は艦娘達にとって放っておけない理由の1つでもあり、それで何かと構おうとするのだが彼はその事を知らない。
痘痕も靨とは、よく言ったものである。
夏も旬が過ぎて、吹く風もどこか涼しく季節の移ろい肌で感じ始める秋の兆し、常夏よりも涼しく過ごしやすい季節でもあるのだが、閑散期と言うこともあって吹雪型の一室では珍しく全員集合して居間で足の短いテーブルを囲んでテレビを眺めていた。
鎮守府内でも地上波は視聴出来る。 まだまだ社会とは遠い存在とも言える彼女達が世論を学ぶのにも役立つ可能性があるだろう。
時刻は昼下がり、時間帯も相まって液晶画面には主婦向けの番組が映し出されていて、今回は夫への愚痴や不満などを特集していて、内容も何処か不穏なものであった。
《夫による“お前呼び”はDVの予兆⁉︎ 習慣から分かる対策講座!》
《“お前”と言う呼び方は昔とは変わって目下の者を呼ぶときに使われる言葉で、この事に悩まされている主婦の方は多いはず! 今回は男性側の心理も研究していきます!》
《実は男性が口にする“お前”とは、独占欲の現れとも捉える事が出来るって知ってた?》
家庭内での夫から妻への呼称から考察していく内容であるが、どう言う理屈か少々こじ付けが多い内容であった。
その様子をテーブルで頬杖をつきながら、にべもなく眺めていた吹雪は徐に口を開いた。
「……コレって人によるんじゃないのかなぁ」
彼女が溢した言葉を、同じく頬杖をついてテレビを眺めていた叢雲が拾った。
「それを言ったら元も子もないじゃないの」
白雪も続く。
「上官になるけど私達の司令官も部下の事を“お前”って呼ぶよね、最初は違ったんだっけ?」
「最初は私の事も“キミ”とか、“吹雪君”って呼んでたけど、司令官の場合は親しみの現れなんじゃないかなぁ。 でも馴染めてない相手には必ず無難な呼び方を心掛けてる気がするね、研修に来たユーちゃんとかも、ユー君って呼んでるし」
「私は今の方がいいわね。 と言うか、人の呼び方なんて出身や育ち方で千差万別なんだから番組を作ってまでイチイチ指摘する事? そもそも結婚するんだったら相手の言葉使いとか習慣くらい知っときなさいっての……」
叢雲は番組内容自体に否定的だったようで、その意見を聞いて、携帯の方に夢中でテレビを見ていなかった初雪が興味を示した。
「そもそも女性側も気にしてる人の方が少ない説、この辺の漁師さん一家もお前呼びだけど夫婦仲良さそうだし……」
「まぁ漁師ともなれば家族で協力しないと食っていけないんだから、その辺の信頼は厚いわよね」
「つまり……、この番組は都会人向け、共感を募ったりしてストレス発散するのが目的、あとその方が数字も取れる」
白雪は苦笑いを浮かべた。
「一番元も子もない事言っちゃった……」
「ふ……、テレビを鵜呑みにしてはいけない。 立派な商売、数字優先」
携帯を持ってから初雪は若干情報通にもなったようで、その代わりテレビをあまり見なくなった。 液晶画面を見ている時間は鎮守府イチなのは変わりないが。
そんな初雪は携帯を見ながら話題とは全く関係ない言葉を溢した。
「あっ、ねぇ吹雪、司令官がホムセン行ってレンガの吟味始めたみたい。 アカシックで響が呟いてる」
「えっ、レンガ……⁉︎ 今度は何するんだろう……?ってこうしちゃいられない、すぐに私も行かないと!」
「吹雪アンタ石工にも手ぇ出す気⁉︎ いい加減にしなさいよ‼︎」
「し、しないよぉ、キャパオーバーだよ! 金属加工凄く難しくて、木工より使う道具も大きいし高いし……」
「そんなの見りゃ判るわよ、マイ溶鉱炉持ってる艦娘は世界中でもアンタくらいでしょうしね‼︎ 大体アンタね、昨日から異様な存在感放ってるアレは一体いつ持ち込んだのよ⁉︎」
叢雲はそう言って勢いよく立ち上がり、居間の角を指差した。
指の先を見送った吹雪は、その正体に気がつくと、ふふっと微笑を交えながら言った。
「叢雲ちゃんアレは卓上ベルトサンダーって言うんだよ? 金属にも木材にも使えて便利なんだぁ」
「なんでそんなものが部屋にあるのか聞いてんのよ!」
卓上ベルトサンダーとは、大型の電動ヤスリ機である。
普通の電動ヤスリであるサンダーとは違うところは、卓上ベルトサンダーは回転するベルトに手に持った加工品を押し付ける事により研磨する点だろうか。
卓上なので両手で加工品の研磨具合を確かめながら研磨出来る点や、全体を慣らす面での研磨や、形を整える為にはとても心強い工具である。
欠点は手に持てるサイズに限られる所だが、その辺は使い分けだろう。
吹雪はまだ新しいその卓上ベルトサンダーを眺めながら、ニマニマと満足そうな笑みを浮かべていた。
「思ったより安かったから買っちゃったの。 今日中に作業室に持ってくから許してね」
「はぁ……、部屋で作業するとか言ったら張り倒すところだったわ……。 と言うか白雪も初雪もこんな物が居間に置いてあって何で普段通りなのよ」
「溶鉱炉が部屋に置いてあった時よりインパクトは薄いかなって」
「うん、慣れた」
「居間に卓上研磨機がある事に慣れんな」
余談だが、溶鉱炉と聞けば工場にある様な大型の窯を思い浮かべるかもしれないが、一般向けに小型の物も販売されているのだ。
外見はメーカーにより大きく異なるが、吹雪が選んだ物はやたらとメカニックな大きなバケツのような見た目で、初めて見る者はそれが何なのかすら見当も付かないだろう。
少なくとも、年頃の娘の部屋に置いてある物ではない事は確かである。
そして暫く時間が過ぎて、篠原の運転するSUVが鎮守府に戻って来て駐車場に停まると、後部座席のドアを開けてから第六駆の面々が顔を出し、助手席からは途中で合流した吹雪が降りてきた。
そして吹雪は一足先に駆け出して台車を取りに行き、第六駆達は率先してトランクからホームセンターで買った薄茶色のレンガを一つずつ下ろし始める。
そして篠原が降りた所で、様子を見に来た天龍が歩み寄りながら声を掛けた。
「おう! 今回は何すんだ?」
「おお天龍か。 ちょっと凝った物を作ろうと思ってな」
「凝った物?」
「ああ、ピザ窯をな」
「ピザ窯? 厨房にオーブンがあるだろ」
「ほら、裏庭の雰囲気作り的な。 それに窯があったら使うかも知れないしな」
「ふーん……、まあいいや、暇だからオレも付き合うぜ!」
吹雪程ではないが、天龍も大掛かりな作業は好きな方のようだ。 篠原の返事を待たずに第六駆達に混ざり、さっさと荷下ろしを手伝い始めた。
「おうチビ共! 重いのはオレに任せな……って、うぉ⁉︎ スッゲー量だな……、ピザ窯ってこんなにレンガ使うんか……」
「耐火セメントもあるのです、司令官さんの大きなお車が後ろに傾いちゃうくらい重量があるのです……」
「でもそこは安定の四駆だね、重心が偏っても走行に問題は無い。 そして我らはその上を行く六駆、不可能は無い」
「何言ってんだ?」
電と響が天龍の言葉を拾った所で、吹雪がリヤカーを引っ張りながら、不貞腐れた顔をした叢雲と一緒に戻ってきた。
そして吹雪はリヤカーを車の前に止めると、まだ新しいそれを眺めながら篠原に声を掛ける。
「司令官、コレいつ買ったんですか? 前はなかったですよね?」
「敷地が広いから絶対あった方が楽だと思ってな。 ネコだと重い物とか結構大変だっただろう」
「確かに……、でもコレがあればお掃除とかにも役に立ちますね!」
吹雪が納得する傍で、話を聞いていた暁が首を傾げ、篠原に疑問を投げかけた。
「猫ちゃん?」
「手押し車の事だよ、ほら一輪車とか」
「一輪車? じゃあ、どうしてネコって呼ぶの?」
「んー……、俺が聞いた話では猫が通るような細い足場の上でも通れるから……とかなんとか」
「へぇー!」
暁に雑学が増えた瞬間であった。
そしてトランクに詰め込まれたレンガの山を呆れたような目付きで眺めていた叢雲が初めて口を開いた。
「……で、これは何なのよ」
「ピザ窯を作ろうと思ってな」
「へぇピザ窯……。 はぁっ⁉︎ ピザ窯⁉︎ オーブンがあるでしょ何でピザ窯⁉︎」
先程の天龍と似たような反応だったが、今度は近くでレンガをリヤカーに移していた電が申し訳なさそうな顔で答えた。
「い、電が悪いのです……」
「へ? 何でアンタが悪くなるのよ」
「実は……──」
電はこうなった経緯を語り始めた。
時は遡り、昨日の夕食を終えた時、箸の扱いに悪戦苦闘するU-511を見かけた電は声を掛けたのだ。
『ユーちゃん、お箸は無理に挟もうとしなくてもいいのです。 先ずは掬うようにして使ってみると楽なのです』
『だ、だんけ……、でももう少し頑張る……』
勿論、スプーンやフォークも置いてあるのだが、U-511は和食の中で特に気に入った冷奴は何とかしてでも箸で食べたかったようである。
豆腐にネギを乗せて醤油で味付けと言うシンプルな料理、日本人ならば食べるのにそう苦労はしない食材だろうが箸初心者にとっては強敵である。
白い美肌を醤油で飾りながらお皿の上に君臨する豆腐は、先程からずっとU-511の口に運ばれる事なくお皿の少し上で無残にも崩れさってしまうのであった。
そして何度か挑戦している内に、豆腐はとうとう原型を留めない程にボロボロになってしまい、U-511は落ち込んで眉を潜めてしまった。
そこで電は少しでも気持ちを切り替えて貰おうと、違う話題を切り出したのだ。
『ユーちゃん大丈夫なのです、また挑戦すれば良いのです! と、ところで話は変わるのですが、ドイツではソーセージが美味しいって聞いた事があるのです! やっぱり日本のソーセージとは違うのです?』
『ソーセージ……? えっと、ヴルストですって? 確かにドイツでは主食の1つ、市場に出回ってる種類も日本よりも多い……と思う、日本の市場を見たことが無いから確証はないです』
『ユーちゃんはどんなソーセージが好きなのです?』
『ユーは粗挽きした大きなソーセージを窯焼きにしたフランクフルト風が好きですって……』
故郷の味を思い出しているのか、U-511は目を細めて僅かに頬を緩めていた。
その様子を見ていた電は興味ありげに言った。
『窯焼きしたソーセージ……! 言葉の響きだけでも何だか美味しそうなのです!』
『窯焼きソーセージか、確かに美味そうだよな。 ステーキみたいに切り分けて食べる方法もあったっけな』
『はわぁ……、電も食べてみたいのです』
『そうか、じゃあ作るか……』
『へ? 作る……って司令官さん⁉︎』
電が振り返るといつの間にか篠原が背後に立っていたのだ。 先程まで問答をしていたのだが、想像の方に集中していて気付かなかったようである。
そして電は目を丸くしながら言った。
『窯焼きソーセージを作るって……、専門店にでも行くのですか?』
『いやここで作るんだ』
『もしかしてオーブンでも作れるのです? あっ、でも、それでも美味しそうなのです!』
『いや窯を作るんだよ』
『……ふぁ?』
電がポカンと口を開けている内に、篠原は算段が付いたのか一人で納得したようにウンと頷いてサッサとその場を離れて行ってしまった。
そして彼が立ち去って間も無くすると、我に返った電は頭を抱えてオロオロし始めた。
『は、はわわわ……、またやっちゃったのです……! ソーセージ食べたいから手作りソーセージならまだ判るのですが何故窯を作ろうと言う発想に至るのか分からないのですぅぅぅ……』
その様子をすぐ近くで見ていたU-511は不思議そうに首を傾げた。
『窯を作る……です? ちゃんとした窯じゃないと火が通らないからダメですって』
『……』
『ちゃんとした窯は工事が必要になるですって、業者さんを呼ばないとです。でも鎮守府の都合上、それはとても難しい。 ……電ちゃん?』
『ユ、ユーちゃんは裏庭に行ったことあるのです?』
『裏庭……、池と花壇にそれから温室まである場所ですって? でっちが教えてくれました』
『アレみんな司令官さんの手作りなのです。 電達も手伝いましたが、基礎的な部分はみんな司令官さんなのです……』
『えっ? でも温室小屋……』
『……なのです』
『な、なんで提督が建築してるんです?』
篠原は多趣味で色々な事に挑戦するタイプであり、更に何かに付けて電の些細な一言を皮切りにする事が多かった。
過去に金魚を近くで見たいと言った電の言葉を受けて、水族館に飾るような立派なアクアテラリウムを仕立てたり、鯉が見たいと聞いて大規模な池の拡張工事を始めるなど前例は多く、今回も同じ始動であった。
事の発端を聞いた叢雲は、額に手を当て空を仰いだ。
「……この司令官あってこの鎮守府だったわ……」
「何気ない些細な一言からの行動の幅が広すぎて驚くのです……」
因みに叢雲がこの場に居るのも言うまでもなく吹雪に呼ばれたからである。
それから大量の荷物をリヤカーに乗せて裏庭まで運搬し、叢雲が最初に任されたのはコンクリ作りだった。
セメント粉に砂利を混ぜた物に、水を少しずつ加えながらシャベルで掻き混ぜる作業なのだが、コレが中々の重労働なのだ。
「ああもう! 何で私は毎回コンクリ練ってんのよ⁉︎」
額に汗を浮かべながら叢雲が不満を叫んだ。 何気に彼女はコンクリ作りに関しては吹雪に次ぐ勢いで、本人の意思とは関係無く経験値が上がっている。
そしてそんな彼女の叫び声を篠原が拾った。
「慣れた人に任せるのが一番かなって思って」
「慣れた覚えなんてないわよ! と言うか窯作るのにこんなにコンクリが必要なの……?」
「ピザ窯となれば相当の重量になるから、バッチリ基礎打ち込んでやらないと完成した時に時間経過で形が崩れたりヒビ割れの原因になったりするんだ」
「それでアンタ達は板を切り出してる訳ね……」
篠原は吹雪と天龍と協力してコンクリを流し込む為の木枠の作成に取り掛かっていたのだ。
最早手慣れたもので、初めての作成の時はギコギコとノコギリで切り出していた作業も今では電動ノコギリに変わり、作業スピードは圧巻である。
彼女達が測定して掘り抜いた地面に型枠を当てがって固定し、基礎となる部分の底に砂利を敷き詰める。 艦娘達が流れを覚えてきているのもあり篠原が指示を出す事なく作業が進むのだ。
そんな最中で、暁は叢雲が行なっている作業に興味を示したのだ。
「叢雲さん、私もそれやってみたいかも」
「え? じゃあ代わる? 結構力使うけど……」
「へっちゃらよ! 一人前のレディーならコレくらいどーってことないわ!」
「一人前のレディーはコンクリ練らずに業者に頼むわよ……、と言うかアンタのレディーの基準どうなってんの」
叢雲は言いながらかき混ぜていたシャベルの手を止めて、暁に手渡した。
「基本的に混ぜるだけだけど、具合を見て水を加えながら混ぜるのよ?」
「分かったわ!」
「粘りが強いからって水を入れ過ぎないでね、そうすると乾くのに時間が掛かるから」
暁は大量のコンクリを混ぜ始めるが、やはり強烈な粘りは相当な力が加わる為、捗らないようだ。
「んしょ、んしょ……、うぅ、全然混ざらないわ」
「混ぜるって言うより掘り返すみたいにすると良いわ。 とにかく満遍なく水分を行き渡らせるの」
「こう?」
「そうね、いい感じ。 砂が混ざって結構重いけど、均等になるまで混ぜるのよ」
叢雲が培ったノウハウを暁に教えていると、そこへ生暖かい視線が集まっている事に彼女は気が付いた。
そして叢雲が振り返ると、篠原と吹雪が作業の手を止めて彼女の事を眺めてニヤニヤと笑っていたのだ。
当然彼女は文句を言った。
「なに見てんのよ……!」
すると篠原は彼女の言葉を敢えて拾わずに、吹雪と目を合わせて言った。
「なんだかんだ叢雲もこちら側だよな?」
「ですねぇ」
「はぁぁん⁉︎ 勝手に私を巻き込まないで‼︎」
「いやいや、頼りにしてるんだよ叢雲を。 やっぱお前に任せて正解だったな」
「そ、そーやって適当に褒めれば部下が黙ると思ってるなら大間違いよ! この際だから言っておくけど、私は他の娘達と違って甘くはないんだからねッ‼︎」
叢雲がそう言うと、吹雪はなにを思ったのか思い出話を篠原に話し始めたのだ。
「司令官聞いて下さい、この前私がフリマの商品作ってる時にオイルが足らなくなっちゃったんですけど、その時頼んでもないのに叢雲ちゃんがホムセンまで行って買ってきてくれたんですよ」
「いい子じゃないか」
「最近だと、朝潮ちゃんと初雪ちゃんが仲良くって、よく遊びにくるんですけど、毎回お茶を出してるんですよ。 『ゲームするのは良いけど、適度に休憩入れなさい』って言いながら」
「凄くいい子じゃないか」
「だからそう言う事は本人が居ない時に言いなさいよもぉぉぉぉ‼︎」
比較的素直じゃない叢雲は普段からこんな褒められ方しかしない。少々不憫であるが真正面から褒めたら褒めたで噛みつかれるので仕方ないのだ。
その後、叢雲はブツブツと文句を言いながらも手は休める事はなく、暁が頑張って仕上げたコンクリートを型枠に流し込んでコテで綺麗に整えると今日の作業はひとまず終了した。
彼女は文句こそ言うが頼まれたからには手を抜かずに最後までやり遂げる。その点を篠原に見込まれているのだ。
そしてその日の作業が終わる頃には沢山のギャラリーが集まっているのも、今では見慣れた光景だった。
その中で、結構早い段階で電動工具の音に気が付いて様子を見に来ていた愛宕は仕上がった基礎部分を眺めながら篠原の側まで寄って声を掛けた。
「提督、今度はなにを作るんですか?」
「ピザ窯をな……、人数も多いから二層式で大きな物を作ろうかなって」
「まぁ、素敵です! カマクラみたいな形のピザ窯とか見た目も可愛らしい気がします!」
「ドーム型かぁ……、出来なくはないが、買い足す物が増えるな」
「そこは任せてください、言っていただければ今すぐにでも買い出しに行きますよ」
「流石に明日だな、コンクリが乾くのにも1日掛かるし……。 また明日に車出すからその時手伝ってくれ」
「ふふっ、やった!」
愛宕も愛宕で、技術的な意味で作業の手伝いこそは遠慮がちであるが、それ以外なら寧ろ応援する気概だったようだ。
こんな事に膨大な時間を割いても、誰も“仕事とは関係のない事をするな”とは言わないのが彼の鎮守府の特徴でもある。
寧ろ宮本元帥公認なので自重を知らないのだ。
余談だが、横須賀鎮守府の佐々木提督が篠原の鎮守府の実態を知った後で、彼を参考に自分の艦娘である吹雪にマキタの工具をプレゼントしてみた所、物凄く困った様な微妙な顔をされたと言う。 工作艦吹雪の所以は篠原の部下であってこそか。
そして篠原と愛宕の和気藹々と会話する姿を眺めていた叢雲は、ため息を吐きながら近くのベンチに腰を落とした。
「はぁ……、レンガって事は、明日もコンクリなのね……」
そんな彼女のボヤキを聞いていた吹雪は、同じベンチに座りながら労った。
「お疲れ様、叢雲ちゃん。 明日も頑張ろーね!」
「まったく、冗談じゃないわよ……、何で私がこんな事しなくちゃならないのかしら」
「もー、またそんな事言って」
「ま、アイツの事だからピザ窯作るって言ったら本当に作るんでしょ。 完成したらしたで、どーせそれ使ってまた何かやるんでしょう……」
「ふふふ、そーだねぇ。 やっぱり何かを作るって楽しいね、今まで出来なかった事を企画出来る様になるし、考えた事も無かった新しい楽しみが増えるんだもん。 コレも司令官が言ってた、“変化”って事なのかな?」
「そーなんじゃない、知らないけど。 ……はぁ、服も汚れちゃったし、一足先に私はお風呂入ってくるわ。 汗でベタベタよ、もう」
「うん、お疲れ様」
叢雲そう言って立ち上がり、吹雪が見送る中で裏庭を離れようと歩き始めると、その背中に篠原が声を掛けて引き留めた。
「あ、おい、叢雲」
「……何よ?」
「手伝ってくれて、ありがとな」
「……」
叢雲は歩くのをやめて立ち止まり、振り返らないまま返事をした。
「そっ、その台詞は……、ピザ窯が完成した時に言いなさい……」
それだけ言い残すと叢雲はサッサと小走りで行ってしまった。
彼女の背中が見えなくなるまで見送っていた篠原は、彼女の言葉に隠れた意味を理解するまでに少しばかり時間を費やしたが何とか読み取り、仕方ないと言う風な笑みを溢した。
「手先は器用なのになぁ……」
そこへ吹雪が彼の隣に立つと、ニコニコとした笑顔で言った。
「そこが叢雲ちゃんですよ」
「確かにそこが俺の自慢の部下だ」
「自慢の妹です!」
「はははっ」
「えへへぇ」
その翌日、腕捲りした叢雲がまた汗を流す姿が見られたのだが、誰も意外だとは思わなかっただろう。
それでも叢雲は“自分は甘くない”と言うが、それは手は抜かないと言う意味合いなのだろうか。
少なくとも真意を尋ねた所で答えは返って来ない、それだけは判っている篠原だった。
個性豊かな艦娘が集まる鎮守府、かの地は例え閑散期に突入して仕事がなくとも、カレンダーの空白を埋めるのにも苦労しようとも、丸一日退屈したまま過ごす日は余り来ない。
或いは仕事だけが取り柄の人ならこの時期は嘆かわしく思えるのかも知れないが、少なくとも提督の篠原は違う。
彼は年齢も30を越えて中々に良い歳をしているのだが、若い世代に負けない程度の好奇心はあるようで、暇を見つけては何かしらの趣味に興じていたりする。 そして彼の部下達もその例外ではなくて、各々思い思いに時間を使って趣味や遊びに没頭したりしている。
もしも客人がこの地を見て回ったなら、『個性豊かな鎮守府だ』と感想を口走るだろう。 それくらい自由気ままな場所だった。
だが、その個性とやらは必ずしも良い物だとは限らない。 何事にも例外は存在するものだ。
例えば叢雲は少しからかわれたりすると“はっ倒すわよ!”と威嚇してみせるが、その実、はっ倒された人は居ない事は有名だ。ただ1人を除いては。
何時も花のような笑顔を飾る愛宕は、とても温厚な性格で怒った事はほとんど無いのは周知の事実。 とある局面を除いては。
同じく何時もニコニコと笑う龍田は時に冷たい言葉を放つが、その実、とても思いやりがあって優しいと言う事はすぐに気が付ける。 それでも龍田を真顔にさせる奴が1人いた。
その奴の名は、“卯月”。
無駄に手の込んだ悪戯で的確に感情を刺激してくる小悪魔ことロキの化身。
鎮守府内で怒られた回数は数えるのも面倒な程で、仮にスコアを求めたらぶっちぎりの一位。 そもそもあらゆる事に寛容なこの鎮守府で日常的に怒られる艦娘は彼女くらいだ。
罰として神通の特別指導を受け、グラウンドを走った距離は最早未知数。もしかしたら島風よりも足が速くなっている可能性もある。
更に特別指導により組み手を行った回数も、腕立て等の筋トレを行った回数も、日頃から訓練に精を出す朝潮にも並ぶかも知れない。
自ら訓練する者は、心を鬼にして自分に厳しく納得が行く成果が出るまで続けるから鍛えられるのだろうが、本物の鬼が厳しく指導するのとでは効能が違うのかも知れない。 例えるなら虎を想定して逃げ足を鍛えるか、本物に追われるかの差だろうか。
そうして鍛えられたフィジカルは全て悪戯に発揮されると言う身体を張ったマッチポンプを実現するのが卯月と言う艦娘であった。
『うーちゃんは誰にも止められないっぴょん!』
彼女の言葉に偽りは無い。
鬼の指導によるマラソンで手にした健脚は、悪戯がバレた時のその場凌ぎの逃走にて遺憾無く発揮されている。 逃げても行く宛も特に無いし、そもそもご飯の時間には食堂に向かうので毎回そこで捕まるのだが、彼女にとってそこは問題では無かった。
──悪戯をして逃げると、対象は一時的にとは言え逃してしまい悔しがる。
彼女にとってそこが大事なのだ。
むしろ怒られるまでが、“一通りの流れ”であり様式美なのだ。 最早誰も得して無いが、そんな事はどうでもいいのである。
更に、あえて食堂で捕まるのにも理由がある。 食欲が満たされると人はストレスが緩和され、多少なりともお仕置きも緩くなるのだ。
加えて、食堂には提督たる篠原の目があり、提督の前では良い格好をしたがる艦娘は声を荒げる事なく大人の対応を余儀なくされるのである。
一度怒られたなら免罪符は得られる、完璧だ。
そして逃げる時も工夫が必要だ。 相手が追い掛けるのが面倒になるかならないかのギリギリの距離を保ち、勝ち誇った顔で様子を伺うと尚良い。 それが彼女の持つ美学であった。
そして彼女の持つ美学には、鉄の掟がある。
それは、“物理的に取り返しのつかない事はしてはならない”と言う事だった。
例えば相手の私物に落書きをする事……、これは確かに絶大な効果を秘めるが、立派な器物破損で卯月の美学に反するのでNGだ。
体重計に自壊する仕掛けを施した時も、わざわざ同型の体重計を自前で用意していたのだ。
あくまで現実で法的処置を受けないギリギリのラインを見極め、かつ損壊が出ず効果的な悪戯こそ、彼女の抱くドクトリンだ。
めげない懲りない省みない、ある意味無敵な卯月だが、最近は少し悩みがある。
彼女は自室でとても悲しそうな独り言を呟いた。
「……みんな悪戯に慣れちゃったのか、反応が薄いっぴょん……」
ここ暫くの間、彼女は成果らしい成果を挙げられていなかったのだ。
対策する術を覚えたのか浴場の体重計も誰も乗らなくなったし、口紅に偽装する為に食紅を利用して赤く染めたスティック糊も匂いでバレる。
これは彼女の悪戯の対象が、よりスリルを求めた結果、“怒らせたら怖そうな人”に限定されて来た事にも原因があるだろう。
鎮守府で怒らせたら怖そうな艦娘は大体大人びた性格をしていて、容易に対策してしまうのである。
因みに鳳翔は怒らせたら絶対に怖いが、ご飯が無くなる可能性があるので対象外だ。 長門は悪戯した時になんか嬉しそうで気持ち悪かったので最初の一回限りで次はなかった。
怒らせたらヤバイ龍田や神通はそもそも観察力に優れていて、同じ手が通用しないのもあり、最近の成果はイマイチである。
そんな深い悲しみと絶望を背負った卯月は、とある発想に至った。
それは朝の食堂で、篠原と吹雪と叢雲が同じ席で食事していたのを遠くから眺めていた時に思い付いた事だった。
叢雲が目玉焼きに醤油を差しながら、篠原に話し掛けていた。
「そう言えばドーム型って言ってたけど、どうやってレンガを積むの? 下手にやったら崩れちゃうわよね」
会話から察するに、昨日から作り始めたピザ窯の事だろう。 “カマクラみたいなドーム型の窯の方が可愛い”と言った意見により、製作難易度が上がったのである。
元々、薪をくべる層と調理する層を分ける二層式の窯で製作していたのもあり、ドーム型の天井の位置は高くなる為、その打ち合わせも兼ねて同じ席で食事をしているのだろう。
そして叢雲の質問に篠原は答えた。
「一層目は普通に積むけど、ドーム部分は内側に砂を盛って型枠代わりにしようかな」
「へぇ……、確かに砂ならドーム型も簡単に積めるわね……、ちゃんと考えてあるのね」
「プロは型枠使わずにドーム型作れるらしいけどな、今回は先人の知恵を借りるさ」
「まあ作業量は増えるでしょうけど、それで簡単に見栄えが良くなるなら上等ね」
製作を前にした食事風景として、別段珍しい事も無かっただろう。
だが卯月はドーム型ピザ窯の相談をする光景からある事に気が付いたのだ。
彼女は期待から来る笑みを抑えながらも、注意深く彼らを観察し続け、鬼の指導による座学部門で培った読唇術を用いて会話を紐解く。
「ああそうだ叢雲、作業を始める前に今月分の製造頼まれてくれないか?」
「製造? まぁ、構わないわよ」
「いつも悪いな」
「別に良いわよ。 ……そう言えば、製造は吹雪じゃなくて私を選ぶわよね、理由とかあるの?」
叢雲の疑問に吹雪も乗っかった。
「あっ、それ私も気になってました!」
「んー? ……いや、たいした理由じゃないんだがな」
「何よ、気になるじゃない。 言いなさいよ」
「初めての製造の時だったか、当初は最初だからよく分からなくてさ、それで名前が強そうだなーって理由で叢雲に頼んだ。 アマノムラクモって武器としてかなり有名だろ?」
「は、はぁ⁉︎ そんな理由だったの⁉︎」
叢雲は驚いた風な顔をしていたが、そこまで悪いように捉えてはいないようだ。 眉間にシワが寄っていない。
それどころか強そうだと最初の印象として思われた事は少しばかり嬉しかったのかも知れない、表情が何処か柔らかかった。
「ま、まぁ……、最初なんてみんなそんな物よね……」
「ふふふ、確かにムラクモって有名だもんね」
「午前中はそれでちゃちゃっと製造終わらせて、昼頃までには窯の一層目は仕上げたいな。 買い出しもあるからな」
「ん、分かったわ」
「了解です!」
彼等の打ち合わせは終わったようだ。 鬼の指導の読唇術を用いて予定を見抜いた卯月はすでに怪しい笑みを抑えられないようだ。
(……ふひひ、製造を行うなら好都合っぴょん!)
それからの卯月の行動は迅速だった。
朝食を終えた篠原と叢雲の後を付け、話していた予定通りに工廠に向かうのを見送った。
悪戯をする為に必要となる尾行にもコツがある。 それは尾行対象の目的地が明確ならばわざわざ後を追う必要がないと言う事だ。
故に卯月は、十分な時間を置いてから工廠に向かったのである。
この方法ならば彼女の中でしか“尾行”は成立せず、誰にも悟られる事もない。
そして卯月がコッソリと工廠内の様子を覗き見ると、叢雲が製造結果を篠原に報告している最中であった。
(……勝機ッ‼︎ このチャンスを逃さないっぴょん‼︎)
卯月は工廠入口からクラウチングスタートを切った。
運動エネルギーを的確に速度に変化させた加速は目を見張るものがあり、報告をしていた叢雲も接近に気付く時間などは無かった。
「──以上が製造結果よ。 まずまずじゃない?」
「ああ、申し分ないな」
呑気に報告を続ける2人に卯月の魔の手が差し掛かった。
「隙ありだぴょん!」
──バサァッ‼︎
「……へ?」
「ん?」
それは正に一瞬の出来事であった。
卯月は鎌鼬の如く低い姿勢から叢雲の足元を通り過ぎ、叢雲が卯月の存在に気がつく頃には彼女が既に一定の距離を開けてからだった。
「ぷークスクスクス! モロ出しだっぴょん!」
卯月が嘲笑うと、ようやく叢雲は自分の身の異変に気が付いた。
スカートが思い切り捲れ上がっていたのである。しかもご丁寧に洗濯バサミで上衣に前後の両端を固定され戻らないようにされていた。
彼女のスカートは下腹部まで一気に捲られて、濃い目のデニールのストッキングから、透けて見える下着まで全方位から確認出来てしまう有様だ。
「んなぁぁぁぁぁぁぁぁッ⁉︎」
叢雲は絶叫しながら急いでスカートの前を押さえつけ、その際弾かれた洗濯バサミが工廠の床に転がり、篠原はひたすら気まずそうに天井を仰いでいた。
叢雲はワナワナと震えながら、距離を保ち続ける卯月に言った。
「う、う、う、卯月アンタ……ッ‼︎」
「ぷっぷくぷぅ! ストッキングと白いパンツは正に黒と白のコントラストだぴょん! それに加えて締め付けるストッキングのお陰でヒップラインも強調されて中々良い肉感だぴょん……!」
卯月がオヤジのような台詞を吐いた瞬間、叢雲の表情が消えた。
「良かったわね司令官、出来たばかりの酸素魚雷の性能がわかりそうよ……‼︎」
「お、おい待て、叢雲!」
篠原は叢雲を止めようとするが、今の彼女は殺意の波動に目覚めて止められない。
それでも卯月は余裕そうだった。
「くぅ〜、このヒヤッと来る感覚、スリル! これだから悪戯はやめられない!」
「黙れ! アンタをとっ捕まえて熱湯に着けて全身の毛と言う毛を毟り取ってやるわ‼︎」
「ひゅー怖い! でも司令官に背中を向けて良いのかにゃ? キュートなお尻が丸出しぴょん♪」
叢雲はその時初めて、固定された洗濯バサミがひとつではない事に気が付いたのだ。
スカートの端の前と後ろ、腹部と背中にそれぞれ固定されていて、前は振り払ったが背中に貼り付けられた洗濯バサミはそのままだった。
篠原が制止しようと声を掛けたのもその為だったのだが、今更になって慌てて洗濯バサミを取り払っても色々と手遅れだった。
「……見た?」
「……俺は悪くない」
「……見たわね?」
「……俺は悪くないぞ」
「見たんでしょッ‼︎ こぉんのスケベッ‼︎」
「理不尽だろッ⁉︎」
篠原はこの日初めて叢雲によりはっ倒された。 乙女の逆鱗とは時に理不尽であるのだ。
そして上官を張り倒した叢雲はそのままの勢いで声を荒げた。
「おいコラ糞ウサギッ‼︎ そこに直れ! そっ首撥ねて海に浮かぶブイと一緒にアンタの頭を飾ってやるッ!」
「ぷっぷくぷぅ! 恥ずかしくて司令官を張り倒すなんて物騒だぴょん! だったら恥ずかしくないパンツを心掛けるぴょん、うーちゃんからのありがたい忠告だぴょーん!」
「うっさい‼︎ そして止まりなさい!」
叢雲の制止を振り切り、卯月は言いたい事だけ言ってその場から脱兎の如く逃げ出した。
常に距離を保ち続け、尚且つ鍛え抜かれた健脚を持ってすれば、幾ら駆逐艦級のエリートの叢雲が相手とて、卯月が完全に撒くのにもそう時間は掛からなかった。
そして工廠には張り倒された篠原が1人残るだけだった。彼は床に転がりながら何を思っているのだろうか。
結果として卯月の悪戯《スカートめくり》は大成功を収めたのだ。
これは単にスカートを捲るだけには留まらない綿密な計算により導き出された結果でもある。
先ず、第一に、現場が工廠である事。
ピザ窯の作業中であれば、叢雲は動きやすい格好としてジャージか何かを身につけるだろうが、艦娘の装備を作る製造では取り扱いの為に艦娘の衣装を纏い、加護の恩恵を受けるのは常識的である。
普段着がスカートでなくとも、衣装がスカートなら問題は解消されるのである。
そして第二に、篠原がその場にいる事。
叢雲は普段隙は少ない方であるが、彼を前にした場合は卯月を前にした時とは違って警戒する事もなかった。
これは篠原が模範的な上司であろうと心掛けハラスメント行為を一切せず、そして叢雲からも安心して指揮に命を預けられる程に信用されていたからである。
そして第三、これが肝心であった。
多くの艦娘は彼を前にして良い格好をしたがると言うのは前に述べた通りだが、逆に恥ずかしい部分は絶対に見られたくないと言う共通意識があると見て間違い無いだろう。
故に、彼の目の前でスカートを捲ると言う行為は、普段冷静であったり大人しかったりする艦娘も取り乱す事請け合いである。
そう、全ては卯月の計算により導き出された“解”である。
小学生レベルの悪戯とて、効果は抜群だ。 絶対に上官に手をあげる事はなかった叢雲が羞恥のあまり上官を張り倒したのが良い例だろう。
最早、卯月は誰にも止められないのだ。
味しめた卯月はその日のうちに次のターゲットを見つけてしまったようだ。
それは買い出しに向かう為に駐車場で篠原と待ち合わせた愛宕であった。
「提督、お待たせしました! ……って、その頬っぺたはどうされたんですか?」
「……いや何、うん、事故みたいなものだよ」
「事故……?」
篠原の左頬は少し赤く腫れていた。 それでも午前中は気まずい中で叢雲とピザ窯の製作を続行させたのは褒められてもいいだろう。
だが、卯月は容赦しない。
今回のターゲットの愛宕の格好は艦娘衣装ではなく私服である。
スカートを履いているが、秋のコーディネートとして膝丈のプリッツスカートを着用していたのである。
叢雲の衣装のスカートはあまり意味がなさそうな程に丈が短く、モロ出しにする難易度は低かったが、膝丈の場合はやや難易度は高いだろう。
しかし、鬼の指導により鍛え抜かれたフィジカルを持ってすれば容易い事なのだ。
愛宕の背後を狙い、卯月は駆け出した。
「うーちゃん必殺! 螺旋上昇気流《スパイラル・ライジング・エア・カレント》!!」
「えっ? ひゃぁぁぁぁぁぁ───ッ⁉︎」
立体的な構造を持つスカートがふわりと上に持ち上がる。 それはまるで、綺麗に咲いた花が蕾に戻ろうとするかのようだ。
広がるスカートは面積が多く対空時間も長く、その間、彼女の太腿は白昼の日差しを受けて外に晒されてしまったのである。
愛宕は暴れるスカートを急いで取り押さえて、足元を通り抜けて行った卯月を涙目で睨んだ。
「な、なんて事するの!」
「ピンクのパンツとは中々セクシーだぴょん! きっと司令官に見られる事も想定してたぴょん? んん? うーちゃんは見せる為の手助けをしてあげたぴょん!」
「そ……、そんな事ないわ! 可愛いと思ったから買ったの‼︎」
「どうなのかにゃー? まぁそーゆー事にしてあげるっぴょん! しーゆーあげいん、ピンクパンツ!」
「な、な……っ、待ちなさい‼︎」
「うーちゃーんは、誰にも捕まらないっぴょ〜んっ!」
卯月は一目散に逃げ出した。
彼女の暴走に眩暈がしてきた篠原はただ眉間を押さえてやり過ごしていたが、口元を押さえた愛宕が伏せ眼で彼に追求しはじめた。
「……み、見ましたか?」
「……」
「うぅ〜……、あのやろ〜……」
ちょっとしたお買い物気分は何処へやら、とても気まずい買い出しになってしまったのは言うまでも無かった。
そして、その後も卯月の暴走は止まらなかった……。
倉庫拡張を見込んで遠征に出掛けた龍田がその報告に来た時も、彼女は敢行した。
報告をする事は、遠征組にとって、成果と無事に帰還したことを褒めて貰える大事な場面でもあるが、お構いなしだ。
「スペシャルうーちゃんアッパーを喰らえ!」
「ひゃん⁉︎」
「んんっ、黒! 龍田さんは見かけに寄らず派手派手な下着だぴょん! ミステリアスな雰囲気だけど下着は黒! 黒パンツの龍田さんが何を秘めているか想像するとうーちゃんも思わずドキドキしちゃうぴょーん‼︎」
「……す」
「ん? 何かな何かな聞こえないっぴょん!」
「殺す……」
「ひぃ怖い! だけどうーちゃんは黒パンツには捕まらないぴょん!……それにしても“ひゃん!”って、“ひゃん!”って……、可愛い悲鳴だぴょん!ぷっぷくぷっぷっぷぅ〜っ‼︎」
「絶対、絶対に……逃がさないから……!」
絶対に怒らせてはいけない相手でも無敵の卯月を前にしては単なるスカートだ。
最早、本当に誰にも止められない、彼女の魔の手は遂に自身の教官にまで及んでいた。
執務室で訓練結果の報告に来た神通は、普段通りに数値化したデータを篠原に報告していた所で、その毒牙に晒された。
「──報告は以上です。 ユーさんはとても勉強熱心ですので、そろそろ駆逐艦との合同訓練も検討してよろしいかと」
「ふむ……、日本の海にも慣れてきた頃合いだろうし、ゴーヤと相談してみるか」
「報告は終わりぴょん? ならばうーちゃんの一本釣りをお見せするぴょん‼︎」
「ゲェッ、また出た‼︎ 神通逃げろ‼︎」
「えっ⁉︎」
神通が咄嗟に身構えた時にはもう遅い。
卯月は誰から借りたのか釣竿を振りかぶり、釣り針は神通のスカートに食い込んだ。
「あ、そ〜れ、一本釣りぴょん!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁッ⁉︎」
卯月は釣竿を引っ張り上げ、何事かを察した神通は急いでスカートを両手で押さえ付けて抵抗する。
「ほらほら早く釣り針を抜かないと見えちゃうぴょん? あとちょっとで見えちゃうぴょ〜〜ん!」
「クッ、この……、やめなさい!」
「そーれそれそれ♪ ぷっぷくぷー!」
卯月は愉快に竿を右へ左へ、神通は隠すので精一杯なようだ。
見兼ねた篠原が、神通の加勢をしようと席を立つが、彼女は慌てて制止した。
「やっ、て、提督……、こちらを見ないで下さい……!」
「いや、でも……」
「ほらほらこのままだと、大事な司令官に大事な所が見られちゃうぴょ〜ん!」
防戦一方で神通は翻弄されるがままに思われたが、彼女は機転を効かせたのだ。
卯月が左右に振るものだから手を裾から離すわけにはいかないし、釣り糸と言うのは片手で切れるような素材では無い。
だが、人体には最も硬く、鋭利な部位が存在するのだ。
神通は一瞬の間を見抜いて、前歯でプツリと糸を噛み切り、妙な拘束から逃れたのである。
「ひぃッ⁉︎ 糸を噛み切るなんて流石のうーちゃんも予想外だぴょん!」
「御託は結構、貴女は覚悟だけすれば良いのです……」
卯月はもう少し遊ぶ予定だったのだが、完全に予定が崩されてしまった。
最早旗色が悪く、卯月の額には冷や汗まで浮かび始めていた。
「流石は神通さんぴょん……、人間工学を艦娘の戦闘に流用するだけはあるぴょん……」
戦々恐々とする卯月に迫る神通だったが、篠原が待ったを掛けた。
「待ってくれ神通、今回は俺から罰を与える」
「えっ?」
「えぇ⁉︎」
彼が艦娘に何か罰を与えると言う事は、珍しい所か今回が初の事であった。
そもそも卯月の悪戯をし続けているのも、篠原が怒らないからと言うのも大いにあるだろう。
彼が悪戯を看過していたのは、今までの悪戯なら“ドッキリ”で済ませられる内容であったからに過ぎなかったのだ。
その為、卯月も動揺が隠さず、罰を与えると言った篠原が席を立ち、こちらまで歩いてくるのを黙って見守る事しかできなかった。
そして篠原は彼女の前にまで行くと、その膝を折って視線を合わせ、肩に手を置いた。
「卯月、お前は今回少しやり過ぎた」
「し、司令官……」
「だから、他の鎮守府に移籍してもらおうかな?」
「え……」
その言葉を聞いた途端、卯月は焦り縋り付いた。
「い、嫌だ……、し、司令官……、うーちゃんの事嫌いになったぴょん? も、もう二度とやらないから許して……」
「ふむ、どうして嫌なんだ?」
「う、うーちゃんは、司令官の事も……、この場所も、みんな大好きだぴょん……、だから、だからぁ……ぅぅ……」
卯月はとうとうポロポロと泣き出してしまった。
その様子を見ていた篠原は、少し申し訳なさそうにしながら言った。
「……卯月、分かっただろう? それが嫌な事をされる側の気持ちなんだ。 “何でそんな事をするの?”って気持ちになって、悲しくなってしまう、今なら分かるだろう?」
「うぅ……、ぐすっ、もぅ、二度と、やらないぴょん……」
「だから今日は皆にちゃんと謝って、人が嫌がるような悪戯はやめるんだ」
「は、はぃ……、わかりました、ぴょん……」
「お前は頭の回転が早いし、機転も効く。 油断していたとは言え、エース達の隙を突けるのはお前くらいなものだ。 やれば出来るんだから、他の事に活用するんだぞ」
「じゃ、じゃあ移籍は……」
「冗談だ、悪かったな」
「う、ぅぅぅ……、良かったぴょん……!」
「俺も一緒に行くから、泣き止んだらすぐに謝りに行こうな」
篠原に咎められたなら、流石の卯月とて反省する他はないようだ。
前に述べた、指揮に命を預けられる程の信頼とは、卯月とてその例外ではなかった。
そして神通も矛を収めたのか、今後の改善を期待しながら泣き縋る卯月を優しく眺めているが、ここでタダで懲りるほど彼女は甘くはない。
「……でも司令官、パンツ見られた艦娘はそこまで嫌って感じはしなかったぴょん……」
「お前全然懲りてないな⁉︎」
「ほ、本当だぴょん‼︎ 信じて欲しいぴょん‼︎」
彼女は余計な火種を残すのである。
「司令官にパンツ見られた艦娘は何か満更でもなさそうだったぴょん‼︎」
「やめろ、蒸し返すな!」
「謝る時にその事も証明するぴょん!」
卯月は紛れも無い本心から飛び出した言葉だと分かるだけに、矛を収めた筈の神通も引き笑いを浮かべていた。
「て、提督、やはりもっと厳罰を……」
「なんで何時も一筋縄じゃいかないのお前達は……」
後にスカートを捲る時よりも荒れる事になったのだが、それはまた別のお話である。
U-511が研修生として鎮守府にやってきて早くも3週間が過ぎた。
彼女は1ヶ月の滞在予定の為、残す時間も後僅かなものとなっていた。
それまでの間、付きっきりで指導に当たっていた伊58とはすっかりと打ち解け始め、それにより訓練効率も大分上がって来たようだ。
「私達潜水艦は視界が効かない事が多いから、正しく音を聞き分ける事は生命線でち!」
「はいです!」
「敵の出す音も大事でち、でも先ずは味方の音をよく覚えて、何がしたいのか、そして何処に向かっているのか判るようになれば、ソナーの届かない海上の状況まで把握出来るようになるでち!」
「は、はい……」
「難しく聞こえるかも知れないけど、慣れちゃえば簡単でち! あのおバカなイクにも出来るんだから、ユーちゃんならすぐでっち!」
潜水艦はとにかく演算処理能力が物を言う。
海中は視界が無い為、音波を利用したソナーを頼らざるを得ず、また、周囲の音も数少ない貴重な情報源だ。
また、ソナーはその性質上偽装も簡単なので、偽装信号やデコイ、機雷などにも気を使いながら、常に手元の情報と照らし合わせて慎重に判断を重ねて行く必要がある。
凡ゆる情報を揃え、誤射の危険性を限りなくゼロにし、確実に敵と判断した標的の位置を割り出し、敵艦の動向を探り、そこで初めて攻撃に移り、回避不能の必殺を持って沈める。 それが潜水艦が海のアサシンと呼ばれる所以か。
そして、それを感覚でやっちゃうのが艦娘である。
彼女達が持つ艤装は、現代の技術を遥かに上回る未知のテクノロジーによるものなのか、感覚器の拡張増幅の効果があるようなのだ。
機械的な操縦をしなくても艤装の砲台を自在に操れるのは、彼女達が艤装を纏う事により第五感を越えた何かの恩恵を得ていると考えて間違いはないだろう。
その為、レーダーを見なくても感覚でレーダーの情報が分かったり、アクセルを踏み込む訳でも水蒸気圧やエンジンの回転数の操作をする訳でもなく感覚で速力の調節をして、味方や敵艦との距離も感覚で、目測とは思えない程に正確な数値を測れる。
ただ、そうして培われた技術やセンスは、誰かに教えるのはとても難しいようだ。
駆逐艦との混合訓練、潜水艦のU-511は味方駆逐艦娘と協力しながら仮想敵部隊に攻撃を仕掛けると言う想定訓練に励んでいたのだが、そこで事件が起きる。
訓練に参加した曙が仮想敵の相手に接近を試みる際に、被弾判定を貰ったのだ。
曙の直下の海面が爆ぜ、炸裂音が鳴り響き、水柱と共に爆発に呑まれた。
「のわぁっ⁉︎ ……あっちゃー……、でも直撃しなかっただけマシね、小破で済んだわ……!」
無論、妖精によるトンデモテクノロジーによる模擬弾の為、艤装にだけ現実的な損害を再現するものの実質ダメージはゼロなのだが、曙が受けた攻撃は味方によるものであった。
U-511による誤射。曙の進路上に魚雷を放ち、不幸にも深度が浅く魚雷が彼女に反応してしまったのだ。
U-511は事態に気がつくと顔面蒼白としながらも急いで浮上して曙に迫った。
「ご、ごめんなさい! わ、私……」
「ちょ、バカ! 潜水艦が魚雷撃ったあと浮上するなんてあり得ないから! 隙をついて下さいって言ってるようなもんでしょ⁉︎」
「で、でも……」
「いいから早く隠れなさい、じゃないと──」
直後、2人は纏めて砲弾の雨に晒された。 挙って戦闘継続不能の判定を頂いたのである。
ダメージこそ無いが、砲弾で巻き上がった海水をモロに浴びた曙はずぶ濡れになり、己の無様さをヤケクソ気味に笑いながら言った。
「……こうなるのよ……」
「あ、あぅぅぅ……」
高い隠密性を誇る潜水艦でも魚雷発射時は位置が特定され易く、一度魚雷攻撃をしたら深度を下げて身を隠す事が定石である。
それにも関わらず、魚雷を放った直後に浮上して曙を呼び止めたのは愚策でしかなかっただろう。
訓練だから良かった。 ただ、初めての誤射は、U-511にとってかなりショックな出来事だったようだ。
「ごめんなさい……、ごめんなさい……」
「い、いいわよ別に……、こう言う失敗を本番でしない為の訓練なのよ?」
そこへ仮想敵にまわっていた不知火が、落ち込んだU-511を見兼ねてやって来た。 因みにトドメの砲撃を行った本人でもある。
「そうですよユーさん。 そもそも不知火が敵に回った時点で曙の轟沈判定は遅いか早いかの問題に過ぎませんでした」
彼女は致命的にフォローがヘタクソだった。 それどころか曙の神経を逆撫でしてしまったようだ。
「は? アンタ喧嘩売ってる? 言っておくけど小破でも私が本気を出せばアンタ1人くらい……」
「不知火に落ち度は御座いません」
「私はアンタが先行気味だったから狙ったんだけど⁉︎」
「……す、全ては計算の内です。 不知火はこうなる事を予測して先行したのです。 戦場は不知火が掌握していました本当です」
「アンタ何しに来たの……⁉︎ さっきから言ってる事逆効果よ⁉︎」
U-511は更に落ち込んでしまった。因みに彼女も先行気味だった不知火を狙っての攻撃だったりする。 仮想敵にしては全体の練度がヤケに高い相手なので気持ちが早まっての事だった。
今回の訓練では連携力の強化を図る為、通信は行われずに独断による物が多かったのも誤射の原因だろう。
この鎮守府では、ある日を境に“想定の一致”と言う高度な連携を目指す訓練を行う様になっていて、当然難易度も相まって誤射もそんなに珍しい事ではなかったのだが、まだ慣れないU-511はすっかり意気消沈してしまった。
今にも泣き出しそうな彼女を見た曙は、静かな声で皆に提案したのだ。
「……今日は、ここまでね」
「……」
訓練の中断と共に、ずっと見守っていた伊58が泳いでU-511の元まで駆け付け、心配そうに声を掛けた。
「ユーちゃん大丈夫でち……?」
「でっち……、私、一番やっちゃいけないこと……」
「元々難易度の高い訓練でち……、ユーちゃんにはまだ早かったかも知れないでっち……、ごめんなさい。 でも味方を知るには、これが一番早いでち……」
「ごめんなさ、い……私、弱くて……」
「……ゴーヤも悪かったでち……」
例え誤射をしても、敵の目がある限りすぐに仕切り直さなければ更に被害が大きくなる可能性がある。
不慮の事態が多発しやすい今回の訓練ではそうしたイレギュラーにも迅速かつ冷静な対応が求められるのだが、経験の浅いU-511にとって敷地が高過ぎた。
そしてその日の晩、彼女は楽しみにしていた筈の食事の場に、とうとう姿を現さなかった。
いつも相席している伊58や伊19、168は彼女がいつも座っている席を見て、表情を落としていた。
「……ユーちゃんが立ち直れなかったら、きっとゴーヤのせいでち……」
「誤射して更に攻撃を誘って轟沈させちゃった……ってやっぱり相当キツイなのね……。 ユーちゃんは真面目だから、きっと、ありのまま受け止めちゃったのね」
「でも、だからってゴーヤが悪いって事は無いと思う……、ただ少し早過ぎたってだけで……」
U-511は、日本の潜水艦娘のノウハウを学ぶ為にやって来た艦娘で、ゴーヤも自分がやって来た訓練に参加して貰ったに過ぎない。
ただ、1ヶ月と言う期間ではあまりに短過ぎて、知識や経験の成長に伴わない内容をあてがってしまったのだろう。
そんな彼女達の雰囲気は食堂の場では、少し浮いていたのかも知れない。
執務を終えた篠原が神通と共に食堂にやって来た際に、普段とは違う空気のテーブルを見て気になってやって来た様だ。
「どうした、何かあったのか? ユー君の姿が見えない様だが……」
「て、提督……、実は……」
彼女達は篠原に事情を打ち明けると、彼は真剣に捉えて同じテーブルの席に着きながら言った。
「成る程な……、訓練報告の時に大体の事情は説明して貰ったが……。やっぱり当事者にとっては只事じゃないよな」
「提督……、ユーちゃんがこのまま落ち込んだままだったらどうしよう……、あと1週間しか一緒にいられないのに……、ゴーヤのせいで……」
「……いや、きっと大丈夫だ。 彼女は必ず立ち直るさ」
そう断言する篠原を前に、伊58は不安そうに首を傾げた。
「ど、どうして……そう言い切れるんでち……?」
「艦娘の心の強さは、既にお前達が実証済みだからな、何も心配は要らないさ、きっとすぐに元気になる」
「提督……、でも……」
「まぁ、こんな話を聞いて何もしない訳には行かないから、俺も少し話をしてみるよ。 何の力になれるかは判らないけどな」
「お願いします、ゴーヤじゃ、なんて声を掛けたら良いか、わからないでち……」
彼を頼ったお陰なのか、ゴーヤの表情は先程よりも少しばかり明るさを取り戻していた。
不謹慎かも知れないが、失敗する事に関して、彼はこの鎮守府で最も経験した人物と言えるだろうからだ。
実際に仲間を死なせている、取り返しのつかない事を何度も経験してきている、そうした波乱に満ちた人生を歩み続けて来た男だ。 並大抵の事では決心は揺らぐ事もない。
ただ、彼自身はその事を誇示するつもりもない様だが。
そしてザックリとした説明を聞いた篠原は食事を待たずにすぐに行動に移り、事の発端が訓練に関する事の為、神通も彼と同行する事にした様だ。
居住区の客人用の個室まで行くと静かに部屋のドアを叩き、扉の向こうにも聞こえるように少しばかり声を張った。
「ユー君、いるか? 篠原だ。 少し話がしたいのだが……」
例え落ち込んで、誰とも話したくない状態だとしても、提督が来たからには出迎えなければならないだろう。
そうして呼び掛けられたU-511は躊躇いがちにドアを少し開くと、空いた隙間から篠原の様子を眺め始めた。
「……提督、わ、私に何か……」
「少し時間を貰えないかな、外で話をしよう」
「……」
U-511は篠原と神通の顔を交互に見ると、動揺しながら黙って頷いた。
大きな失敗をしたその日の内に、提督と秘書艦が訪ねて来たのだ。 ネガティブな彼女の状態では、失態をお叱りに来たのだと悪い様に捉えていたのかもしれない。 その証拠か、彼の指示に従って後を追い廊下を歩くU-511は、少し怯えた表情をしていた。
そして重苦しい空気の中、何かに身構えて浮かない表情の彼女が辿り着いた場所は、海の見える艦娘用の出撃ドッグだった。
すっかり日も沈んでいて海も薄暗く、誰もいなかったその場所は、波がドッグの壁面をパシャパシャと叩く音だけが小さく響いていた。
篠原がその場所に辿り着くと、神通は何も言わないまま静かに壁際に寄って奥に控え、これから何が起こるのか分からないU-511は彼女の方をひと目見ると、視線を前に戻して篠原の方へ向けた。
そこで、彼が話を切り出した。
「……聞いたよ、訓練でとても大きな失敗をしてしまったと」
「……っ」
U-511の表情は強張った。 経験は浅いが、ひたむきで真面目な彼女は、その事を真摯に受け止めているだけに、まだまだ割り切れていない様だ。
そんな彼女に向けて、彼は言った。
「おっと、身構えなくて大丈夫だ。 何も責めたりするつもりは無いんだ。 ただゴーヤ達が心配していてな、様子を見てくれと頼まれたんだ」
「……でっち、……私、ごめんなさい……」
「君がどんな失敗をしたのかもちゃんと聞いている。 味方艦への誤射、そして冷静を欠いて浮上し、相手側の攻撃を誘い込んでしまったと……」
「……は、はい……、ユーが、皆さんの、足を引っ張って……」
「成る程、それはやらかしたなぁ……」
篠原がそう言うと、U-511は立ったまま俯いてしまう。
そして涙声ながら、悔しそうに言葉を絞り出し始めた。
「もし、もしも、これが実戦だったらと思うと……、ユーは、戦わない方が良いんじゃないかって……」
たった一度の失敗を重く捉え過ぎているが、それも無理は無いだろう。
ドイツとは大陸国であり、日本に比べ深海棲艦による襲撃は滅多に無い土地だ。 その為、所属する艦娘の実戦経験も低めである為、研修に来たU-511などは皆無であった。
そして島国である日本では、深海棲艦の襲撃頻度は比べるまでも無く、1人1人の経験と練度も軒並み高い。
今回の訓練の失敗とは、U-511にとって、自分より遥かに強い味方が、弱い自分のミスで沈んでしまう可能性が浮き彫りになってしまった訳である。
そんな彼女の切ない本音を聞いた篠原は、黙ったままドッグの桟橋まで歩き始め、そして海を前に彼女の方へと振り返ると、微笑を浮かべながら言った。
「ユー君、少し俺を見ていてくれないか……」
「え……?」
何事かと俯いていたU-511が顔を上げた次の瞬間、何を思ったのか突然彼は海に身を投げた。
U-511の視界からは彼の姿は消えて、代わりにいくつかの水飛沫が舞い上がっていた。
「──えぇっ⁉︎」
あまりにも突然の出来事にU-511は激しく動揺しながら急いで桟橋へと駆け寄った。
会話を見守る為にずっと気配を消していた神通も、あからさまにオロオロし始めたので秘書艦にとっても想定外の行為だったのだろう。
艦娘用のドッグはかなり小さく、桟橋も背が低いのでU-511が少し近寄ると篠原の姿はすぐに確認出来た。
そして彼女は海の中で立ち泳ぎする彼を見るとすぐに近くで屈んで引き寄せようと手を伸ばしたのだが、彼はその手を取らずに彼女に向けて言ったのだ。
「……ユー君、今の君には俺はどう見える?」
仮にも提督が海に落ちた状態だと、彼女の場合、質問に答えるより優先するべき事があるようだ。
「えっ、えっ⁉︎ そ、そんな事より、早く上がらないと風邪引いちゃいますって‼︎」
「まぁ良いから、今の俺の状況をザックリで良いから説明してみてくれないか?」
U-511は飛び込んで彼を引っ張り出そうと心の準備をしていたが、そこまで言われると冷静に観察をし始めた。
「……海から頭だけだして……、その……、浮かんでますって……」
「……今の俺が戦えそうに見えるか?」
「えっと……、み、見えません……」
「そうだ、その通りだ。 仮に敵がいたらご覧の通りの大ピンチだな」
篠原は欲しかった答えが聞けたのか海に浮かんだままひと息つくと、立ち泳ぎの姿勢のまま彼女を見上げて語り始めた。
「俺は海の上を歩けないし、ずっと潜る事も出来ない。 ましてや肩とか腕や腰に付いた砲を撃った事もないし、魚雷を直に海に放った事もない、弓矢を番えて飛行機も出せないし、そもそも発艦させたこともない」
彼が語り始めたのは艦娘だけが持つ能力についての事だった。その事に気が付いたU-511は、状況はさておいて黙って彼の言葉に耳を傾けた。
「やった事の無い事は当然分からない、憶測でしか物を語れない、そして憶測で指図するようになれば必ず取り返しの付かない重大な事故を起こす……。 だから俺は、提督なんて大層な名前で呼ばれたりするが艦娘の戦い方については無知の極みと言っても良いだろう……。 だからユー君の失敗も俺がとやかく言える立場では無いんだ」
彼は海に飛び込んでまで自分の不甲斐なさを伝えたかったようだ。 白い礼装も、今では何の威厳も持たないような有様だっただろう。
そんな姿を晒しながらも、彼は続けた。
「じゃあ俺に何が出来るかって話だが……、それは場を用意する事だと俺は考えている。 君達艦娘1人1人の得意な分野を見つけて、それに相応しい戦場を用意する事が提督の役目だ。 訓練の場も、その一つだと思って良い」
そして篠原は、彼女を見上げて言った。
「だから何度でも失敗すれば良い。 何度でもフォローさせて貰おう、それが俺の仕事だ」
「……な、何度でも……って、でも、ユーは弱いから……いつか、みんなにも、呆れられちゃう……かもって……」
「まぁ、確かに今回は俺からみても中々有り得ない失敗だったからなぁ……、そんな気になってしまうのも分かるさ」
「う、うぅ……」
「でも訓練なら取り返しが付く、やり直せる。 失敗は確かに恥ずべき事だが、失敗は恐れる事でも無い!」
「……失敗は、恐れる事じゃない……?」
「ああ、だから何度失敗したって良いぞ、なんなら誤射でこの出撃ドッグを破壊したって良い、ワザトじゃなければな。 全て“仕方ない”で片付けようじゃないか。そもそも訓練はそう言う物だ、初めから失敗が無かったら必要のない無駄な行為だからな」
篠原がそこまで言うと、涙目だったU-511の表情に僅かに笑みが混じり明るみが出て来た。
鎮守府のトップが海に身体が埋まったまま鎮守府を壊して良いなんて宣う状況もさる事ながら、彼の発言に少なからず勇気を貰ったのかも知れない。
「流石にユーでも……、ドッグは壊しませんって……」
彼女はそう言って、改めて篠原に手を差し出した。提督が海に落ちたままでは格好が付かないから、早く出て来て欲しかったのだろう。
そして彼は、ようやくその手を借りて海から這い上がると彼女に一言お礼を言って、濡れた上着を脱ぎながら言葉を付け足した。
「それとさっき言っていたが、仲間に見限られる心配も無い。 例え何度失敗したって、俺の部下は呆れたりも笑ったりもしないさ」
「え……?」
「失敗ってのは挑戦しなきゃ出来ない事だからな。 挑戦を続ける者を笑う奴は俺の部下には居ない、それがどんな事でも、訓練と関係ない事でも、実益の無い事でもな」
部下への信頼を口にする彼は何処か誇らしそうで、U-511も彼の自信満々な態度から、やっと僅かばかりの安堵を覚えたようだ。
そして篠原は濡れた上着を脇に挟むと、U-511と向き合って眼を見ながら言った。
「それにな、挑み続ける者がずっと弱いままなんて有り得ないんだよ。 今回の失敗で強い自責の念を感じた君は、それだけ成功への素質があるという事だ。 失敗から何も感じ取れない者だったらそこまでだが、君は違った。 自信を持つんだ、伸び代はまだまだあるさ」
「は、はい……‼︎」
U-511のハッキリとした返事を聞いた篠原は満足そうな笑みを浮かべて、奥で待機していた神通に顔を向けた。
神通は何処か呆れたようなジトッとした眼で篠原を眺めていて、それは彼が急に海に飛び込んでハラハラさせられた事に対しての当て付けだったのかも知れないが、視線に気がつくとすぐに姿勢を正して取り繕っていた。
篠原はそんな彼女の見慣れない仕草に苦笑いで応えながら、声を掛けた。
「神通、スコア表を持って来てくれないか」
「はい、分かりました。 ……提督も早く着替えた方が宜しいかと」
神通は言いながら壁際の棚へと歩き出し、篠原はそんな彼女の後ろ姿を眺めながら、すぐ隣で成り行きを見守っていたU-511に話しかけ始めた。
「……こんな話をした後だと、まるで自分を正当化しているように聞こえてしまうかも知れないが、実は俺も失敗ばかりだよ」
「……提督も、失敗しますって……?」
「そりゃあするさ、俺に限っては並みの人間より失敗しまくってる」
「え、え、……どんな失敗ですか?」
「おぉう、俺の失敗が気になるなんて良い性格してるなユー君は」
「ご、ごめんなさいですって……! その、やっぱり今のは無しでいいです……!」
「いやいや、良いんだよ」
篠原がひと呼吸置いて地べたに座り込むと、U-511も隣に屈み込んで彼の様子を伺い始める。
そして彼は桟橋から海を眺めながら、ゆっくりと話し始めた。
「……ある娘が風紀に著しく関与する悪戯をやっていてな、その悪戯を辞めさせる為にその娘が嫌だと思う言葉を探ったんだ、悪戯される側の心境を少しでも知ってもらう為にな」
「……」
「幾つか浮かんできたのだが、よりによって俺は一番傷付く言葉を使ってしまった。 その娘はほんの悪戯心だったのかも知れないのに、ちゃんと考えればもっとマシな言葉があったのかも知れないのに、結局その娘を泣かせてしまった」
「ちょっと、ユーには難しいです……、えっと、お説教したって事ですか?」
「そんな感じかな? すぐに悪戯を辞めさせたいばかりに、俺は極端な事を言ってしまったんだ。 中々酷い奴だとは思わないか?」
篠原が自虐気味に笑うと、U-511は反応に困ってオロオロとし始めた。
悪戯を指摘する側が自分の発言を後悔している様など、少なくとも彼女にとって見るのは初めての事だったのだ。
そこへファイルを手にした神通がやって来て、会話の一部を聞いていたのか篠原に向け言った。
「貴方が変な所で極端な事はもう私達にとっては常識ですよ。 それにあの娘も、貴方の発言直後の苦心には気が付いた筈です……、あの娘は確かに悪戯をしますが、お説教もずっと目を見て受ける娘ですから」
「……っと、聞かれてしまったか。 いや、まぁ、でも、やっぱり後で改めて……」
「ふふふ、あの娘が余計に困る姿が目に浮かびますね。 ……それより提督、着替えた方が宜しいかと思います、最近は温度差も激しいですから」
「まぁそんな柔な身体じゃないって、身体だけは頑丈だからな」
彼はそう言いながら神通が持ってきたファイルを受け取ろうとしたが、彼女はファイルから手を離さない。
篠原は何事かと顔を向けると、神通はどこかムスッとした表情で言った。
「……鳳翔さんと雷さんと鹿島さんを呼びますよ?」
「……分かった、分かりました、すぐに着替えるからその3人だけは勘弁してくれ……」
そう言いながら彼は立ち上がり、出撃ドッグの出口に向けて歩き始め、そんな2人のやり取りを眺めていたU-511は唖然とし表情をしていた。
「……提督は、もっと厳しい人だと思ってました……」
「ふふ、提督が厳しいと感じるのなら、砂糖を舐めて辛いと感じるようなものですよ。 さて、ユーさんも──」
神通が言い掛けた所で、出口方面から響く大声により遮られた。
「な、なんでビショビショになってんでち⁉︎」
「男が濡れてどーするのね⁉︎ 普通は濡らす側なのね‼︎」
「は、早く着替えなよ! 風邪引いちゃうよ?」
それは濡れたままの篠原が、気になって様子を見にきた潜水艦達と鉢合わせしている所だった。
「なんだ結局見に来たのか。 大丈夫だ、ユー君はそんなヤワな根性してない」
「良いから早く着替えるでち」
「Yシャツなのに透けてない辺りが提督さんなのね、相変わらずロマンがねーなの」
「と言うかこの制服濡らして良いやつじゃないよね……」
「クリーニングは経費で落ちるから大丈夫だ」
「まだ居座るつもりなら雷ちゃんを呼ぶでち。 雷ちゃんならお着替え通り越してお風呂場まで一直線でち」
「お前までそんな事言うの。 分かったよ、行くよ……」
篠原は追い出される様にその場を後にして、伊58は彼が行ったのを確認するとU-511の元まで駆け寄った。
「ユーちゃん、大丈夫でち?」
「でっち……、私なら大丈夫」
「……その、ごめんなさいでち、ゴーヤが性急過ぎて、難しい訓練を選んでしまったから……」
「ううん、でっち、ユーは明日もまた挑戦したいですって……!」
「ユーちゃん……?」
明らかに気色の違う彼女に、伊58は目を丸くして驚いていた。
その姿を見た伊19も、弾んだ声で伊168に話しかけた。
「ふふん、やっぱり提督さんなのね」
「何で濡れてたのか分からないけど、そうだね」
U-511は勉強熱心で真面目で、また更には感受性にも優れていた。
その為、強くなる為の訓練にも、それ以外の理由を多く見つける事が出来たようである。
そして神通が仕切り直して、言い掛けた言葉の先を続けた。
「話が逸れてしまいましたが、失敗をタダの失敗にしない為に、やらなければならない事があります」
「やらなければならない事です……?」
「今回の訓練は独断の強化と想定の一致による、謂わば戦場における理論値に迫る為のもので、とても難易度が高いのです。 ですのでユーさんの1ヶ月と言う期間ではとても遂行出来る内容ではありませんでした」
「……」
「ですが難易度の高い内容だからこそ、その失敗にも価値があるのです。 何故、どのようにして、失敗したのかを詳細に記録したい所ですが──」
神通が言い掛けた所で、またしても言葉を遮られ、それは子猫が小さく鳴くような「きゅ〜」と言う可愛らしいお腹の音だった。
鳴き声の心当たりがあるU-511は赤面しながら腹部を押さえて困った顔してオロオロし始め、見兼ねた神通は微笑を浮かべながら言ったのだ。
「……先ずは食事にしましょう、身体のパフォーマンスを整える事は訓練よりも大事な事ですから」
「ご、ごめんなさいですって……」
「あははっ、ゴーヤもお腹ペコペコでち! ユーちゃんも一緒に食べるでち!」
「今日はあのだし巻き玉子がメニューにあるのね! 北上さんが食べてたのを見たから間違いないのね!」
潜水艦娘達は以前の賑やかさを取り戻したのか活気が増しているようだ。
彼女が本当に立ち直れたのかは分からないが、少なくとも再戦を意気込む程度には復活したのは確かな事であった。
そして、その翌日。
U-511は朝早くから訓練に向けて準備をする前に執務室を訪ね、篠原に向けて頼みに出たのである。
「……提督、ユーはここでもっと強くなりたいですって……。 もっと色んな事に挑戦して、もっとみんなの事を知りたいです……。 その……、滞在期間を伸ばして頂けませんか……!」
それは彼女がこの鎮守府にやって来て、初めてのお願いでもあった。
この行為こそが打ち解けた証なのかも知れないが、内容は外交に関与する為簡単な事ではない。
ドイツの鎮守府は成長したU-511を見込んで研修生として派遣したのであり、それはドイツでも彼女は必要とされていると言う事だ。
それを踏まえても、篠原は出来るだけ明るい返事をした。
「……分かった、善処するよ。 ただすぐには答えを出せないから、少し時間をくれないか?」
「あ、ありがとうございます……!」
「断言出来ないのは申し訳ないが、ユー君はこれから訓練だったか、先ずはそっちに集中するんだぞ」
「は、はい……!」
彼女はペコリと大きく頭を下げてお礼を言うと、執務室の扉を開けて出て行き、閉じた扉の向こう側から小声で話し声が聞こえて来たのだ。
『ちゃんと言えたでち?』
『い、言えましたっ』
何やら彼女の背中を押した者がいるらしい、と篠原は一度は笑みを浮かべたものの、今度は契約書類を取り出して心底面倒臭そうな表情に変わり、投げやりな表情で大淀に目配せした。
「大淀、聞いたか?」
「腹括るしかないですよ、もう……。 契約の途中変更でしかもこっち側の要求なら、色々手札を揃えないといけません……」
「更なる成長を見込める、とか……? 本人の希望ってのも有れば割と行けそうな気がするな」
「確かに可能性は悪くないとは思いますね」
「ところで大淀、ドイツ語わかる?」
「……ぐ、ぐーてん、もーげん?」
「……香取を呼んでみるよ」
「提督、言いたい事があればどうぞお構いなく」
前途多難であるが、それでも彼は諦めないだろう。
何せ相応しい場を用意する事が彼の役目なのであれば、当然この場に留まりたいと判断した彼女の想いを無駄には出来ない。
そんな事もつゆ知らず、U-511と伊58は2人並んで軽い足取りでドッグに向かうのだった。
「ゴーヤもまだまだ知って欲しい事とか、知りたい事が沢山あるでち! 日本のアニメとかもユーちゃんはまだ見た事ないでっち?」
「アニメですって?」
「とっても面白いものや、勇気が貰える作品が沢山あるでち! 玉を6つ集めるやつとか、何でもワンパンするハゲ頭とか!」
「よく分からないけど、楽しみですって! ユーはどんな事でも沢山挑戦してみたいです!」
まだ彼女がこの地にやってきて3週間程度で、強くなれたかは曖昧な所であるが、やりたい事はちゃんと見つけたようである。
季節は巡り10月に突入した鎮守府では、1週間に渡る交渉の末、研修生だったドイツ艦U-511が異例の編入を果たしていた。
彼女の渡来は、双方鎮守府にとって友好的な関係を築くほか、国境を越えた連携にも期待されるなど水面下で前向きな反響を呼ぶ事になったのは嬉しい誤算だった。
そして着任が決まった際、U-511は前回失敗した訓練にひたむきな姿勢を見せた所出鼻を挫かれる事になる。
当時の様子を振り返れば、執務室で両拳を作った彼女がやる気を示していた所から始まった。
『今日こそあの訓練を乗り越えますって!』
神通はニコリと微笑んだ。
『先ずは新人訓練ですよ』
『えっ?』
その場にいた伊168は気の毒そうな表情で言った。
『……ユーちゃん、2〜3回死にたくなるだろうけど人って案外頑丈でなかなか死なないから頑張ってね』
『え?』
やる気に満ちた彼女の表情が若干曇った瞬間だった。
余談であるが、新人訓練の在り方も少しずつ変わりつつある。
肉体的なスペックの数値化が今後の訓練指標にも繋がる事から、訓練を通して測定する意味合いの方が注視されつつあるのだ。
即ち、従来の出来る出来ないの二択では無くなり、出来なくなるまでやる、と言う失敗する事の無い優しい訓練になったのだ。
優しさに触れた彼女は後に『足って千切れそうでも中々千切れないんですね』と語った。また、訓練を通して何故か箸が使えるようになっていたが本人がその事に気がつくのも後になってからだった。
そんなやり取りがあったのが1週間前の事。
やっと通常運営に戻るかと思われたが別にそんな事は無く、季節外れの台風が日本上陸した。
毎年恒例とも言える“記録的な大雨”を迎えた鎮守府は実に三者三様の反応が見受けられたが、海が荒れた事による水災被害などは無く、特別にコロッケが振る舞われる程度の珍事で済んだ。
少なくとも鎮守府内では特別被害は皆無であった。
嵐が過ぎ去った次の日の朝の事である、執務室で仕事に当たっていた篠原の携帯に一本の電話が入ったのだ。
相手は横須賀の佐々木提督であり、篠原にとってはかなり仲の良い関係なのだが、携帯を耳にあてがっている篠原の表情は浮かないものだった。
「……監視塔の故障ですか……」
『どうにも流木が突っ込んできて、激しい損傷を受けちまったらしくてなぁ……、んで篠原、お前に頼めるか?』
「うーん、具合によりますが見に行ってみますよ。 座標を教えてください」
『悪ぃな、後でメールで送っとくわ』
監視塔とは海を見張る為に広く散布された深海棲艦用の監視カメラ兼レーダーのようなものだ。
深海棲艦に対して従来の兵器やレーダーは一切効果が無かったのだが、工夫により接近を察知出来る程度の性能があり、今や安全が確保された海域には必ず浮かんでいる重要な防衛手段のひとつである。
そこそこ頑丈に設計されている訳なのだが、流石に大きな流木が突っ込んで来たら壊れてしまうようだ。
篠原は通話を終えると、複雑そうな表情を浮かべながら手に持った携帯を眺めながら呟いた。
「……普通、業者に頼まない?」
秘書艦として隣に座っていた神通も苦笑いで答える。
「でも引き受けるんですね……」
「別に出来ないって訳じゃ無いしな」
「そうやって出来てしまうから頼まれるんですよ、きっと……」
昨今、この鎮守府のイメージに“工事に強い”と言う変わった特色が加わりつつある。
その為、故障などの案件を委託して頼むより安く、そして早く問題を解消出来るかも知れないと今回の妙な依頼が舞い込んだのである。
とは言え篠原は横須賀とは密な繋がりがあり、無理をさせない理想的な運営が出来ているのも彼等の協力があってのもの、元々無下にするつもりなどサラサラなかった。
メールで座標を受け取った篠原は、手始めに自分のパソコンで監視塔に接続を試みたが、早速故障の弊害に突き当たった。
「ありゃ……、こいつだけオフラインだな。 うーん……」
「レーダーの機能を果たせていない感じですか?」
「そうだな……、アンテナがポッキリ折れてるかも知れないし、それだけだったら交換すりゃすぐ終わる。 でも念のためコイツからの最終記録を見てみるか」
そうして篠原は故障した監視塔が最後に送信した映像を探り、モニターには電波が途絶える直前までの映像が流れ始めた。
そこには台風により大荒れする海の様子が暫く映し出されていたが、突然異変が起きる。
“流木”と言うにはあまりに巨大な、根っこのついた大きな木が、荒波を駆けてどんぶらこと転がりながらカメラに迫って来たのだ。 そして衝突する次の瞬間には映像は途絶えて記録は終わった。
篠原はその映像の迫力から思わず笑い声をあげていた。
「あはははっ、これは壊れるわ! どっから運ばれて来たんだあの木は」
「まだ葉っぱもついていたので、土砂崩れか何かで海に投げ出されてしまったのでしょうか……」
「台風やってくれたよなぁ……、でもまあ、これなら交換で済むかな?」
「こ、交換で済むのですか? まるで車の事故の様な映像でしたが……」
「ああ全交換だよ……、うちの倉庫から新品をまるごと持ってった方が絶対に早い……、現地で組み立てる必要が出て来るが……」
「な、なるほどです……。 あ、それと一応海に出る訳ですから、護衛の艦娘を忘れないで下さいね?」
「ん、護衛か……、神通には留守を頼みたいし、誰か暇そうな奴はいないものか……」
篠原は暇そうな艦娘の心当たりを探し始めた。 こういう時に限ってソファー占領組が出掛けていたりするのは何時もの事である。
「うーん、思い切り安全圏内だから戦艦とか空母に頼るまでもないよなぁ……」
「でしたら吹雪さんなど如何でしょうか? 護衛だけではなく作業も手伝えるかも知れませんし」
「吹雪は吹雪でやる事多いからな、叢雲もピザ窯手伝ってもらったばかりだし……、初雪と白雪は何か嫌がりそうな気がする」
「そ、そうでしょうか?」
「趣味人だからな、本当は別の事やりたいけど仕方無く手伝う位の感じだろう?」
「は、はぁ……」
神通はこの時、“仕事で海に出る提督の護衛を仕方なく引き受ける艦娘がいるのだろうか”と考えていた。 部下にいらない気を使い過ぎるのも彼の短所なのかもしれない。
そんな篠原は理想的な護衛の条件を口にした。
「あくまで暇でやる事なくて体力持て余してる人がいいね」
「でしたら姉さんは如何でしょうか、馬車馬の如くコキ使って頂いて大丈夫ですよ」
「姉に厳しいな神通」
「昨日は台風のせいでサバゲー出来ないって夜から騒いでましたから」
「ははっ、サバゲーフィールド作ってから悪天候嫌いになったよなアイツ」
「エアガン……、高いですからね……」
サバゲーを嗜む艦娘達は主に電動エアガンを愛用しているのもあり、水気厳禁なのだ。
そして篠原は神通の姉、川内の性格を読んで訝しんだ。
「……ん、いや待て、これ頼んだらダシにして夜戦ねだってくるんじゃないか?」
「……」
神通は何も言えなくなり黙ってしまった。 要らない苦労が増える未来が明々と見えてしまったからだ。
更に川内が朝早く活発に動けるかと言われれば微妙な所なので、わりと判断に難しく考えあぐねていた所、突如執務室の外から騒がしい声が聞こえてきた。
『ちょ、ちょっと夕立! そんな走らなくたって提督はいなくならないよ!』
『それでも金剛さんあたりがポカすると会えなくなるっぽい!』
トタトタと床を叩く音を立てて駆け寄る足音達は、度の前まで迫ると束の間の静寂を演じてみせた。 それは川内が幾度にも“扉は静かに開ける”と注意を受けていたのを見て来た賜物かも知れない。
そしてコンコンと言うノックの音が響いた所で、何か思い付いた表情をした篠原が神通に目配せしながら合図を送ると、ノックの主が扉を開けて元気の良い言葉を放った。
「てっいとっくさーん! 遊びましょ!」
「ご、ごめんね提督、僕は一応止めたんだよ……」
現れたのは両手を広げて存在感を示す夕立と、その影で申し訳なさそうにしている時雨だった。
篠原は微笑を浮かべた。
「いや、時雨、良いところに来たな」
「え、どうしたの?」
「ぽい?」
暇でやる事が無くて体力を持て余している、一見シビアに見えたその条件を全幅で満たした艦娘が向こうからやって来たのだ。
最初の発言から彼女達は遊びに来たようなもので、そこへ護衛の仕事を押し付けるのは少々酷かも知れないが、事情を説明すると快く引き受けていた。
それどころか時雨は呆れたような顔で篠原に言うのだ。
「……いや提督、海で作業する為の護衛って、それ断ったら僕達の存在意義に関わるんじゃないかな。 むしろ何を悩む必要あったの?」
「大分長い時間拘束させちゃうし、多分相当退屈だぞ?」
「そうかな? 少なくとも僕は今退屈してないよ?」
「そうか〜?」
「そうだよ、だって──」
時雨は篠原の方を見た。
「現在進行形で物凄く珍しい光景を目の当たりにしてるからね……」
篠原はクレーン付きトラックで監視塔の部品を荷台に積み込んでいる最中である。
因みに運転席では無く、車体と荷台の間にある操作盤でクレーンを操縦するタイプのものだ。
夕立はと言えば、クレーンに吊り上げられた大きなブイにぶら下がって遊んでいて、それを危なっかしい目で見ながら時雨は続けた。
「本当、大概の事は出来るよね提督って。 免許証がどうなってるか気になって来たよ」
「まぁ、元陸自だからな」
「陸自ってピザ窯も作るんだ?」
「必要になれば作るだろうな、そう言う部隊でもある」
「へ、へぇ……」
時雨はあまり納得行かないようだったが、これ以上追及するつもりも無いようだ。
そして篠原はクレーンに吊られた巨大なブイでブランコのようにして遊ぶ夕立に注意を促した。
「おい夕立、それ200キロ以上あるんだから気を付けてくれよ? と言うか積み込みたいから降りてくれ」
「はーい!」
夕立は遊び始めるものの言う事はちゃんと聞くタイプであるようだ。今回は素直に従ってぶら下がっていたブイから手を離していた。
時に駄々を捏ねる事もあるのだが、それは要するに相手にされている状態であれば状況が何であれ構わないのかも知れない。
そして篠原は監視塔の部品を全てトラックに積み込むと、夕立と時雨に向けて言った。
「んじゃ、俺は陸路で現地まで向かうから、船着場で落ち合おう。 場所も結構辺境な土地だし多分こっちは1時間くらい掛かるかな?」
「け、結構掛かるっぽい」
「こんな依頼が続くようならコマンドシップだけじゃなくて、大本営から貨物船も貰わないとね」
「ま、組み立ても陸のが楽だし、一度海に浮かべてしまえば小型モーターボートでも牽引出来るし、陸のが色々安上がりなんだよ」
指揮艦は格納庫こそ持ち合わせているが小さい上に、そもそも洋上作業には不向きなのだ。 設備も通信や指揮やドローンによる空撮などに特化した物で、クレーンなどの貨物を取り扱う重機は一切無い為、今回の様なケースでは出番は無いようだ。
「それじゃ俺はそろそろ出るよ。 時雨、夕立も気を付けてな、万が一敵に遭遇したらすぐに神通に知らせてくれ」
「うん、分かったよ。提督も運転気を付けてね」
「いってらっしゃ〜い!」
そうして篠原は鎮守府を発ち、海岸沿いの道をトラックで走り続け、途中で山道も経由したりトラックの車幅ではキツい細道を抜けたり時に苦戦しつつもキッカリ1時間後、目的地の船着場へと辿り着いたのである。 この場所は観光地としても有名な土地だが道は悪いのが難点か。
古ぼけた防波堤に沿うよう出来上がった簡単な観光用の船着場に篠原がトラックを停めると、海の方から夕立と時雨が駆けて来た。
「やっと来た! 早速お仕事ぽい?」
「夕立が遊び始めて大変だったよ…」
「待たせたみたいだな。 でも作業前にここの管理人に挨拶してくるからもう少し待っててくれ」
「はーい!」
「うん、分かったよ」
例え1日限りの仕事でも挨拶は大切なのだ。
そうして篠原はついでにモーターボートを1台借りて、監視塔の組み立てに取り掛かったのだ。
まずは着水作業も考慮して砂浜で荷下ろしになるのだが、たどり着いた矢先、夕立が自分の身体よりも大きなブイを抱えようとしていたので篠原が声を掛けた。
「おう夕立、それは200キロ以上あるからクレーンで……」
「ぽい?」
「おぉう……」
ブイはあっさり持ち上がっていた。艤装によるパワーアシストにより200キロ程度の荷重は何とも無いのだ。
本来なら重機を駆使して組み立てる作業を手作業でこなしてしまう彼女達の働きにより、監視塔は効率よく組み立てられ始めた。
なお、ボルトの締め付けだけは篠原が全て行っていた。 艤装パワーによりねじ切る可能性が僅かにあったからだ。
とは言え、部品数もかなり多く組み立てにも慣れていなかったので、海に浮かべられるまでにはすっかり夕方になってしまっていた。
「ふぅ〜……、やっと出来上がったか……」
「似たようなパーツ多いっぽい……」
「絶対に素人に任せる事じゃないよねコレ……」
「まぁコレで後は指定の位置まで持っていって、故障品を引き上げておしまいだ。 護衛頼むぞ〜」
ようやく艦娘らしい出番が訪れた訳だ。
モーターボートでゆっくりと監視塔を牽引して行き、沖にでて暫く経った頃、流木により故障したと思われる監視塔が姿を現した。
本来なら4m程の電波塔のような姿だったのだが、流木に衝突したと思われる下部から折れ曲がりひしゃげてしまっていた。
「こりゃ酷い……、中軸が折れて断線しちゃったか……」
「本当に交通事故に遭ったような有様だね……」
「でもそれだけの事故でまだ浮いてるの凄いっぽい!」
「この部分が壊れて流されてたら更に面倒になってたからな、まぁサクサクとやってしまおう」
半壊した監視塔のブイからアンカーを巻き上げて固定を解除し、牽引して来た監視塔を同じ位置まで持って来てアンカーを下ろして固定する。
そしてノートパソコンを使い稼働状況を確認して、問題がなければ交換完了である。
画面を眺めていた篠原は満足そうな声をあげる。
「よし、識別番号の登録も終わったし、ちゃんとオンラインになってるし、コレで交換完了だ」
「終わったっぽーい!」
「ふふふ、お疲れ様だね提督」
「何言ってんだ、故障した監視塔を持って帰ってバラしてトラックに積み込むんだ」
「えぇーっ⁉︎ ……でもこのままに出来ないし仕方ないっぽい……」
「ホント、台風ってロクな事しないよね……」
もう過ぎ去った天気に文句を言いながら始まるバラし作業、コレはとにかく荷台に詰め込めれば良いので組み立てるよりも早く作業は終わったが、それでもベルトで荷物を固定する時は既に日が沈んだ後だった。
「やっと終わった……」
「戦ってないのに疲れたっぽい」
「でも提督はコレから運転だよね、休まなくて大丈夫?」
「帰るだけだし平気だよ、お前達も気を付けろよ?」
仕事も終わって後は帰るのみ。 台風から始まったイレギュラーはこのようにして終息する……と思われたが、船着場の管理人が篠原達がいる砂浜までパタパタ走って来たのだ。
「おぉ〜い、篠原さ〜ん!」
「あれ、管理人さん? 何かあったんですか?」
管理人は篠原の元まで駆け付けると、呼吸を整えてから言ったのだ。
「た、大変です、土砂で道が塞がれてしまいまして……」
「え、えぇ……」
記録的大雨により地盤が緩んでしまったことによる災害。時間差で台風の仕業である。
篠原は苦い顔をしながらも、報告しに来てくれた管理人に言った。
「だ、大丈夫です、すぐに復旧手続きを取りますので……」
「ああ、良かった……」
「また、周囲の地盤も緩んでいる可能性があります、出来るだけ現場には近付かないように近所の方に呼び掛けて下さい」
「は、はい」
「一応私も様子を見に行きますので、土砂災害の発生した場所だけ教えて頂けませんか?」
「わかりました、えぇと──」
篠原が聞いた場所に向かえば、それはすぐそこの山道への入り口だった。
道いっぱいにこんもりと詰め込まれた茶色い土の山を眺めた篠原は、その場に屈み込んで拳で自分の額をコンコンと憂鬱そうに叩いた。
「あぁ、はいはい……、今夜は帰れないな」
ついて来ていた夕立は嫌そうな悲鳴をあげた。
「えぇ〜っ⁉︎」
「来た道が塞がれてるんだから仕方が無い……、今すぐ道路啓開作業を始めても1日は掛かるからな……」
「コレも台風のせいっぽい⁉︎」
「そうだなぁ……、台風の大雨のせいだな」
「時雨! 夕立は大雨がキライっぽい!」
「ぼ、僕も度の過ぎた雨は嫌いさ……」
篠原は項垂れていても仕方ないと立ち上がり、夕立と時雨に向けて言った。
「夕立、時雨、先に海から帰ってくれ。 1日空けてしまうが不在時の対応も横須賀が何とかしてくれる筈だからな」
「えぇ……、提督さんは?」
「……」
「俺は見ての通り立ち往生だ……、トラックを置いて行くわけにも行かないからな」
「……だったら夕立も残るっぽい! 提督さんを置いて先に帰るなんて出来ないっぽい!」
「まぁ……、そうだよね。 帰るまでが護衛なんだよ、提督」
「とは言っても……、車中泊になりそうだし……」
篠原は言いながら携帯を取り出して何かを調べ始めた。
そして暫しの沈黙を隔てて、やがて何か思い付いたようにニヤリと笑い始めた。
「夕立、時雨……、お前達は口は固いか?」
「ぽい?」
「え?」
「コレから極秘任務を開始する!」
「な、何……? 極秘任務……?」
「何か企んでるね提督……」
突如始まった極秘任務……、手始めに指定された座標へ向かう任務を受けた彼女達が、依頼主と共に向かった場所は古風な旅館であった。
その中で畳の部屋を借りて、中央の長テーブルを挟んで座り、依頼主たる篠原は座布団に足を組んで座ると、恭しく語り始めた。
「……アレは10年前の事だ、ある友人が俺にこんな事を言ったんだ」
「いやちょっと待って、今夜ここで泊まるの⁉︎ いいいっしょの部屋、同じ空間で⁉︎」
「提督さんとお泊まりっぽい!」
「お、おおおお、お風呂はあるんだよね⁉︎ 旅館だからあるんだよねそうでしょう、あっでもシャンプー持って来てないどうしよう夕立⁉︎ それ以前に着替え! 着替え持って来てない! 最悪だよもー!」
「夕立もトランプ持って来てないっぽい……」
「トランプ⁉︎ そうじゃないよね、待って、夕立、落ち着いて! 冷静になって考えてみよう⁉︎ 提督と一緒に寝ることになるんだよ分かってる? 神通さんも川内さんもまだなのに僕達ってそんな」
「7並べがしたかったっぽい」
「んん〜? 今だけは夕立のお気楽な思考が羨ましいよ。 待って、僕だけなのこの状態に違和感感じてるの、提督だって男の人なんだよねぇ分かってる夕立」
「時雨ってばおませさんぽい!」
「う、うるさいよ!」
「そっちの方がうるさいっぽい!」
「聞いちゃいねぇ」
キャーキャー騒ぎ始める2人をそのまま眺めるのも良いが、篠原は汗でベタついていた事を思い出して、騒ぐ2人を放置して一足先に大浴場に向かって行った。
因みに彼は替えの服を用意していた。 その理由は作業で汚れるだろうと踏んでいたのもあるが、何より元から帰り際に寄り道する気でいたのもある。 遠出して余裕があれば寄り道をする、彼はのらりくらりを楽しめる性分だ。
篠原が入浴を済ませて着替えて戻って来る頃には時雨も落ち着いていて、それどころか抗議の目を向けて帰って来た篠原を睨みつけて頬を膨らませていた。
「……君には失望したよ」
「なんだ薮から棒に」
「普通、女の子が取り乱してたら放置する?」
「だって話聞かないんだもん。 まぁそんな事は良いからお前達も汗を流して来い」
「そんな事⁉︎ そんな事って言った!」
「良いから行くっぽい! 夕立も汗かいたからスッキリしたいっぽい」
「まって夕立やっぱ近所にコンビニ無いか探してみない? それかこの旅館の中にお店あるかもだし、とにかくシャンプーとかさ、良い匂いするやつじゃないとダメだよ、失望されちゃうかも知れないし、ほら男の人ってうなじの匂いとか嗅ぐんでしょ僕知ってる漫画で見たもん」
「うーるーさーいーっ!」
夕立は取り乱した時雨を引っ張りながら部屋を出て行き、それを見送っていた篠原は複雑そうな表情で溜息をついた。
「……あんなウブで社会出て大丈夫かなぁ」
篠原はどう足掻いても保護者の心構えである。
そんな彼は今1人で部屋に残っている訳だが、ふと視線を部屋の角に向けて無造作に置かれた時雨と夕立の鞄のような艤装が目に入ると、彼は昼間の怪力を思い出し、何となくその艤装を眺め始めたところでモゾモゾと小さな妖精が艤装から這い出てきたのだ。
篠原にとって工廠の妖精とはよく馴染んだものだが、その妖精はあまり見慣れないものだった。
「……おっと、戦闘妖精か……」
艤装に宿り、戦闘の補佐をしてくれる妖精。 彼女達の力の管轄を担う神秘的な存在でもあり、この妖精なくして彼女達は存分に艤装の力を発揮出来ない。
「俺もお前達の世話になっているようなもんだよな……、妖精さん、少し待っててくれ鞄に飴があった筈」
そう言うと妖精は艤装の上にチョコンと座り、彼を見上げながら様子を伺い始めた。
そして篠原は目当ての飴が入った袋を鞄から取り出すと、妖精の前まで行き屈み込んで封をあけた。
「工廠の妖精さんには人気だけど、君の口に合うかな?」
そう言って飴玉を差し出すと、妖精はそれを受け取りペコリとお辞儀をし、ハムスターのように飴玉を齧り始めた。
妖精達は本当に気紛れで意思疎通があまり取れない場合が殆どであるが、とりあえず食べ始めたのを見た篠原は良しとして振り返ると、襖をあけた女将と目があった。
「……」
「あの、すいません……、えぇと、お料理の準備が整いました。すぐにお持ちしても大丈夫でしょうか?」
「……ハイ」
「妖精さんの分までは用意出来ませんが……プフッ」
「……」
女将はそう言って襖を閉めた。言うまでも無く女将には妖精の姿は見えず、篠原が一人芝居をしていたように見えていた筈だ。
その後、篠原は言い得ぬ羞恥を堪えながら鎮守府に連絡を取ったのであった。
一方、大浴場では、早々に身体を洗って早く上がろうとする夕立と、念入りに身体を洗う時雨とで対立が始まっていた。
「し〜ぐ〜れ〜っ! 時間が勿体ないっぽい〜!」
「ダメだよ、清潔にしなきゃ……、古くなった角質が完璧に無くなるまで洗わないと……」
一応、温泉なのだが時雨はそれどころでは無いらしい。 因みに台風の影響か今は貸切状態である。
そして痺れを切らした夕立はスポンジで必死に泡を立て続けている時雨に言った。
「もういいっぽい! 時雨がその気なら夕立は先にあがるっぽい!」
「ま、待ってよ夕立、僕まだ湯船に浸かってないけど⁉︎」
「夕立はもう肩まで浸かって良い感じにホカホカしてるっぽい」
「ふふん、だったらもう一度身体を洗うべきじゃないかな? 知ってるかい、お湯に浸かると古くなった角質がふやけて浮きやすくなるんだって」
「時雨はもう少し素直に温泉を楽しんだ方がいいっぽい、提督さんに温泉の感想を聞かれて何も答えられない未来が目に浮かぶっぽい」
「まさか君に正論を言われる日が来るなんて思わなかったよ。 ふっ、分かった、僕の負けだよ……、ゆっくり温泉に浸かろうじゃないか」
「いやだから、夕立は先にあがるって」
「ぼ、僕をこんな広い温泉に1人置いて行く気かい⁉︎」
時雨が引き止めて抗議し続けたので夕立も湯冷めしてしまい湯船に入り直し、彼女達が大浴場から出て来たのはそれから10分以上経ってからだった。
そしてようやく部屋に戻って来た彼女達を篠原は出迎えた。
「おう、戻ったか。 温泉はどうだった? 疲れに効くらしいから良い感じに癒されたんじゃないか?」
「……ぽい」
「う、うん……、良いお湯だったかな?」
「何で余計に疲れた顔してんだ」
篠原が訝しんだ目を向け、それを苦笑いで誤魔化した時雨は部屋に起きている異変をまず聞いてみる事にした。
「ところで提督、これは……?」
「よく聞いてくれたな」
「普通聞くよ、来た時には無かったもん」
「昔な、俺の友人にこんな事を言う奴が居たんだよ」
「提督のお友達が? なんて言ったのかな」
「よく人生損してる……なんて言葉を聞くだろう? だけどソイツは“知らない事を知らないまま死んだなら、それは損とは言えない”と言っていた、まぁ理屈はわかるだろ?」
「うん……、僕も同意見だね」
「だがこれは“もし知ってしまったら、知らなかった今までを後悔するだろう”と言った物の1つと言うわけだ……」
「成る程ね……、それで結局これは何なのかな?」
言いながら時雨は長テーブルの上を指差し、篠原は答える。
「死ぬ前にコレだけは食っとけ損するぞと言われた名物、蟹のしゃぶしゃぶだ……!」
テーブルの上に並ぶ平皿の上に盛り付けられた食材、それは蛍光灯の白を反射して美しく輝く紅白の蟹の身であった。
因みに以前扶桑姉妹が福引で当てた蟹しゃぶセットはたらば蟹の冷凍物で家庭用にむけてお値段5000円相当の物だったが、此方はたらば蟹とずわい蟹のいいとこ取りをしている特選料理、その分1人あたり10000円〜と、かなり強気な値段設定である。
そしてその隣には見慣れない形の鍋もあり、篠原はその鍋が置かれたコンロに火をつけながら説明を始めた。
「元々ここは観光地だから何かあるだろうと思ったらまさかの蟹料理の名店でさ……、これはもう食うしかないなって」
「蟹のしゃぶしゃぶって……、前に扶桑さんが言ってた奴……」
「なんかもう見るからにヤバいっぽい、赤城さんじゃないけどヨダレが出ちゃうっぽい……」
「お前達はこの日……、知る事になるだろう……、“本物の蟹”って奴をな……」
彼のあまりにも強気な発言に、2人はゴクリと息を飲んだ。
鎮守府の食堂を取り仕切る鳳翔の腕がいくら良くても、そこでは絶対に食べられない料理はわりと多い。 それは厨房の設備じゃ作れない料理だったり、食べる為に特殊な道具が必要な料理だったり、ただシンプルに食材の値段のせいで提供できない物であったり。今回の料理は3番目のシンプルな理由が該当する。
夕立と時雨はそれぞれ座布団の上に座ると、改めてテーブルの上を眺め始めた。
「……なんか、あの蟹の身、夕立の指よりずっと太いっぽい……」
「て、提督の指より太いんじゃないかな……」
「まあ今日付き合って貰ったご褒美って事で、遠慮なく食べてくれ」
篠原は早速食べるように促すが、彼女達の反応はぎこちない。
時雨は正座した姿勢でモジモジと身体を揺らしながは言った。
「い、いいのかな、鎮守府のみんなに黙って、こんな……」
「時雨、深く考えるな、今日のは事故だ。 土砂で帰れなくなって野宿する訳にも行かないから偶々立ち寄った宿が蟹料理の名店だった……それで良いじゃないか」
「……どうやって食べるのか判らないっぽい」
「ん、しゃぶしゃぶ初めてか? 俺に習って食べてみろ、こうやるんだ」
篠原は夕立が見守る中で、箸で蟹の脚を摘み、しゃぶしゃぶの鍋の上に持ち上げて運んだ。
「こうやって、殻の部分を摘んで……、出汁の中を泳がせるんだ」
そう言ってぶら下がった蟹の身を熱された出汁に浸けると、一往復、二往復と揺らして掬い上げた。
熱が通った肉厚な蟹の身は、尾のようにふわりと揺れて、僅かに湯気を放ち、見るからに旨そうな存在感を示し始めていた。
「そしてタレは完全に好みだな……、そのまま行っても良いが、俺はポン酢派だ」
篠原はそう言って蟹の身を小皿のポン酢タレを塗して口に運んだ。
瞬間、彼はギュッと目を瞑り口角を上げた。
「くぅ〜……、今日頑張ってよかったぁ……」
思わず溢れる唸り声と握り拳、彼の渾身のアピールに夕立も早速真似したくなったようだ。
夕立も同じ様に箸で蟹の脚を摘み、身を垂らして出汁に浸して数往復、そこで『そのまま行ける』と言っていたのを思い出した彼女はタレを付けずに直に口の中に運んだ。
蟹の身は唇で簡単に千切れてしまうほど柔らかく、それでいて程良い弾力もあり、口内に広がる蟹の風味と香りと旨味に彼女も篠原と同じように力強く目を瞑って幸せそうに頬を染めた。
「はぁぁ〜……、生きてて良かったぁ……ぽい……」
思わずため息まで漏らした夕立を見ていた時雨は、躊躇いがちに言う。
「お、大袈裟だなぁ……、そんな、食べ物くらいで、そんなさ……」
時雨は未だに罪悪感を拭えずに葛藤しているようで中々料理に手をつけず、見兼ねた篠原が声を掛けた。
「食べないのか時雨」
「うっ……、だってもし赤城さんとかにバレたら……、僕は後が恐ろしくて仕方がないよ!」
「ふっ、愚問だな時雨」
「……どう言う意味かな……?」
「赤城ならこう言うに決まっている……」
訝しむ表情を向ける時雨を前に、篠原は赤城に代わり宣言した。
「出されたら残さず食えッ!」
時雨に電流が走った。
「た、確かに……‼︎ 赤城さんなら絶対そう言う!」
既に料理として出されたなら全て食べるのが礼儀である。 かの一航戦はそう言うに違いない。
寧ろ彼女が怒るとすれば、それは出された料理に一切手をつけず無駄にする事だろう。
そしてようやく時雨も食べ始め、何度目かも判らない舌鼓を打った所で、篠原が異変に気がついて楽しげに言った。
「流石の夕立も黙っちゃうか」
「……っ!」
夕立は蟹の身を頬張ったまま何事かと目を丸くしていたが、すぐに食べるのに夢中で何も喋ってない事に気がついたようだ。
その様子がおかしかったのか、時雨はクスクスと笑いながら言った。
「ふふふ、滅多に食べられる物じゃないからね、お喋りも忘れちゃうかな」
「……えへへ」
夕立が照れ笑いを浮かべ、それからは意識していたのか口数が少し増えたが、後から蟹鍋が出てくるとまた黙ってしまっていた。
そうして豪華な夕餉を終えて少し時間が経った所で、時雨が懸念していた事態に突入した。
就寝準備である。
だが、篠原にはちゃんと考えがあったようで、和室の中間辺りから壁を探ると、部屋の仕切りとなる襖を引き出し始めた。
「はい、これで陣地分けだ。 窓際と出入り口が近い方、どっちがいい?」
広い部屋なのでちゃんと分けられるのだ。これで一応個人的な空間は確保出来るのだが、時雨は複雑そうな顔で何も言わず、代わりに夕立が元気よく答えた。
「はーい、窓際!」
「よし、じゃあ俺が出入り口だな」
「提督さんも窓際!」
「……夕立、お前はそれでいいのか……」
「時雨も楽しみにしてたっぽい!」
「えっ⁉︎ いや僕はそんな事……」
篠原は暫し考え始めた、仮にも若い女を連れて同じ部屋で寝るとなれば体裁的に非常に宜しくない。
彼は基本的に疑わしくなる様な行為は避けて余計な問題を増やさない性分だったが、今回は保護者としての側がとても強く働いていたのかも知れない。
「まぁ分かった、今日だけだぞ?」
「えっ、え、ホント⁉︎」
「ま、まぁ夕立がそう言うならね、僕も仕方ないかなって思うよ……」
そうして畳の上に川の字に布団を並べて寝る準備に取り掛かり、いざ布団に潜ろうとした時である。
何故かワクワクとした表情をして布団の上に座る夕立に向け、篠原は言った。
「いやちょっと待て夕立」
「ぽい?」
「お前のその眼はこれから寝る奴の眼じゃないな、まるで買ったばかりのゲームを開封する時の少年の様な眼だ」
「よくわかんないけど、トランプが無いから沢山お喋りするっぽい!」
「いや寝るんだよ、朝から道路啓開作業手伝うかも知れないし」
一応彼等は観光しに来た訳でも遊びに来た訳でも無く、仕事をしにこの地に訪れたのである。
「良いか、よく聞け夕立、睡眠ってのはとても大事な行為なんだ。 夕立はまだ若いから判らないかも知れないが、俺くらいになると余り寝れて無い事を悔やむ日が多くなるんだぞ」
「提督さんは体力オバケって川内さんが」
「体力あろうが無かろうが寝るときは寝るんだ」
篠原は言いながら横になると、夕立は不満そうな顔をしたまま彼を見つめて唇を尖らせ、横になろうともせず布団の上に座ったままな彼女は、余程遊びたいらしい。
そんな有様に気が付いた彼は、掛け布団を手に立ち上がった。
「……夕立」
「ぽい」
「寝ろって言ってるんだこいつめ!」
「きゃーっ⁉︎」
篠原は夕立の上に掛け布団を被せた。 睡眠を促す為の強硬手段である。
だが布団を被せられた事を皮切りに、夕立は猛烈に暴れ始め、布団を跳ね除けようと中から押し返し始めたのだ。
「こんなんで夕立をどうにか出来ないっぽい!」
「クッ、こいつ抵抗する気だな……! おい時雨手伝え、一緒に夕立を布団に封印するんだ!」
「結局遊んであげるんだね提督」
「今こいつを解き放つ訳には行かないんだ。 両端、布団の両端を押さえて封じ込めろ!」
突如始まった熾烈な攻防戦、2対1で夕立が不利に思われたが、押さえ付ける手を布団の中から掴むなどして抵抗の手は緩めなかった。
「こ、こいつ攻撃してきた……!」
「どうするの提督、中の人完全にスイッチ入ってるよ?」
「このまま体力を削り安らかに眠って貰うしか無いだろう」
「いや……、うん、難しいんじゃないかな?」
粘る事数分、案の定だったが、比較的封印の力が緩い時雨側の布団から夕立が飛び出してきて勝ち誇った顔を篠原に向けた。
「もう終わりかしら!」
「もう終わりだよ」
「えぇーっ⁉︎」
「夕立、それ以上やったらまた汗かいちゃうよ」
時雨にそう言われると、夕立はよく分からない矛を納めたようで素直に乱れた布団を直し始めた。
「提督さんは真ん中っぽい」
「お、おう……」
「左側は時雨っぽい」
「う、うん……」
「右側が夕立っぽい!」
「だからそれ、これから寝るテンションじゃないって」
「ふふ、今日くらい勘弁してあげてよ提督、嬉しいんだよきっと」
篠原は何故こんなに楽しそうなのかまるで分からなかったようだが、ひとまず就寝の用意が出来たのでそれぞれの布団に入り、部屋の灯りは消された。
「それじゃ、おやすみ、夕立、時雨」
「おやすみなさい〜」
「うん、おやすみ」
瞳を閉じ、身体を休め、包み込む静寂がいつしか心地良いものとなり、眠りにつく。
明日になればまた豪華な朝食が待っていて、それを食べたら道路啓開作業の手伝いに行くのだ。
こうして少し変わった1日は終わりを告げる……、かと思われたが別にそんな事は無かった。
小さな声が眠りを妨げた。
「ねぇ……、提督さん、もう寝たっぽい?」
それは静かになって3分後の事である。
声は篠原に向けてのものだったが、時雨も声に気が付きクスクスと笑い始め、彼もまた呆れた表情で薄目をあけた。
「……お前は一筋縄じゃいかんのか、もう寝るって流れだったろ」
「眠れるまで何かお話して欲しいっぽい」
「あははっ、それは良いね、僕も賛成かな」
「お前ら……」
時雨まで賛同したので、篠原は仕方なく話を始めた。
「それじゃあちょっとしたなぞなぞだ、1と自分自身の数字以外で割り切れない数字はなんだ?」
「えっ?」
「例えば2は、1と2でしか割り切れないよな? で、でも4は1と2でも割り切れるからダメだ」
「あっ、そう言うなぞなぞっぽい?」
「はい、じゃあ夕立、5は?」
「5でしか割り切れないっぽい」
「じゃあ6」
「えーっと、1と2と3で割り切れるっぽい」
「じゃあ7」
「割り切れないっぽい」
そうしてなぞなぞを続けて数字が2桁に達した時、不満を露わにした彼女は指先で彼の横腹を突いて中断させた。
「っと、布団の中で攻撃するな!」
「このなぞなぞ、凄く眠くなるっぽい」
「大成功じゃないか」
時雨は苦笑いを浮かべる。
「酷いよ提督、夕立に素数を数えさせるなんて」
「眠くなる話を選んだだけだ」
「もっとちゃんとしたお話はないの?」
「うーん……」
彼はようやく考え始めたようだが、良い感じに眠くなるような話なんて心当たりは無かった。
なのでまたしても適当にお茶を濁し始めた。
「昔住んでた実家の近くに面白い犬がいてな」
「面白い犬っぽい?」
「へぇ……、どんな犬なのかな?」
「それが全身真っ白な犬で、顔も白いし、耳も白い、手足も身体も白かった……」
「……」
「……」
「そして当然、尾も白い……、なんてな。 はい、おしまい、寝るぞ」
「ぶーっ‼︎」
「君には失望したよ」
薄っぺらい駄洒落に彼女達の不満は高まりブーイングが巻き起こった。
「安直過ぎてつまらないっぽい」
「化石みたいなセンスだよね」
「寝る前の話に何求めてるんだよ……」
「じゃあ提督さん、そっち行って良い?」
「うん?」
篠原が答える前に、夕立は彼の布団の中に入って来た。
流石に一つの布団に一緒なのは体裁的に不味いと止めようとしたが、その前に夕立が話し始めた。
「えへへっ、さっきの話はつまらなかったけど、きっと夕立にもお父さんがいたらこんな感じっぽい……」
この言葉を聞いた彼は、夕立の侵入を拒む事は出来なかった。
建造で現れる艦娘には両親がいない、それでいて幼い部分もある。父や母のような存在に憧れるのは当然なのかも知れない。
「……今日だけだぞ、なんたって極秘任務だからな」
「やった! ねぇ、時雨もこっちに来るっぽい」
「えぇ、僕も……?」
時雨も躊躇いがちに布団の中に入ると、照れながら笑ってみせた。
「なんか……暖かいね」
「ねぇ提督さん腕枕してみたいっぽい!」
「夕立の腕じゃ厳しいんじゃないかー?」
「逆っぽい!」
「じゃあ時雨かぁ……、それでも厳しいと思うぞ、俺の体重はお前達の倍くらいありそうだしな」
「えぇっ⁉︎」
「ちーがーうーっ‼︎」
一緒の布団に入っても中々静かにならない彼女達であったが、やがて話し声も薄れて寝息に変わり眠りについたようだ。
そんな中で、一番寝たがっていた筈なのに1人起きている篠原は、彼女達の寝顔を見ながら考えを巡らせていた。
(……俺は今まで体裁を気にし過ぎていたのだろうか……)
お父さんみたい、と言われてから現れた心境の変化。
篠原の父は彼が小さい頃に亡くなり、もうこの世には居ないが、それでも生きながら父の偉大さを知る事が何度もあった。 そしてその度、もっと話がしたかった、遊びたかったと、願っていた事も何度もあったのだ。
(色々想定外だが……、こんな日があってもいいよな……)
男三十を越えても、まだまだ学ぶ事は多いようである。
川内side
突然だけど、私達艦娘は提督の存在なくして戦う事は出来ない。
提督の命令なくして出撃も出来ないし、砲を放つ事も出来ない。
これは私達が時に“兵器”と呼ばれる由来なのかも知れない。
けど、それは、海の上に限った話だ。
私はこの日、初めて“自分の武器“を手にしたのかも知れない。
倉庫棟の一番端っこの、一番小さな、そして厳重な壁に包まれた部屋の中、金属と金網で出来た棚に囲まれた空間で、提督が辞書ほどの大きさの小さなジェラルミンケースを私に手渡して、強い瞳で私の目を見ながら言った。
『……お前なら使い方を誤らないと信じている』
私は受け取ったジェラルミンケースを開けると、中には艶消し黒の拳銃が入っていた。
M&P9──、米国で人気を博している拡張性と携帯に優れた自動式拳銃だ。
恐らく提督がコレを選んだのもその拡張性の為、私の手のサイズに合わせたグリップを用意できるからだ。確かに提督のM9は私には大きすぎた気もするからね。
でもその時はこの実銃よりも、私は提督がコレを渡す時に言った言葉の重みを改めて感じたんだ。
なんたってこの瞬間から私は、指一本動かすだけで殺傷可能な武器を携帯する許可を得たのだから。
照準を合わせるのも、トリガーを引くのも、全て自分の意思だ。
誰の命令も必要としない武器を私は手に入れたんだ。
……って、思ってたのは昨日の事。 なんて言うの、今の私は、早々この銃を使う事は無いだろうとか、信頼の証だとか、色々と浮かれていた事が恥ずかしくなってる。
土嚢を積んだ射撃場で提督がさっきから滅茶苦茶厳しく指導してくるの。
「遅い、遅過ぎる‼︎ 抜いてから発砲までせめて1秒切れ! お前より早く撃つ奴が相手ならお前は今ので撃つ前に撃たれて床に転がってる‼︎」
なんでも屋内での遭遇を想定して、板の仕切りで壁を作ったシルバニアみたいなフィールドに配置したターゲットを確認したら即座にホルスターから銃を抜いて発砲するって言う訓練。
天井は無くて、提督は上から様子を眺めながら私が少しでもモタついたりすると容赦なく怒声を響かせてくる。 あの激甘の提督が、考えられる?
コレってある意味特別扱いだったりして。えへへ。
「何笑ってんだ、さっさと薬莢拾って仕切り直せ」
「お、鬼〜っ!」
「座学にはウンザリって言ったのはお前だろう!」
とにかく反復させて動作を頭じゃなくて身体に染み込ませるだけの簡単な作業。もう何十セットやったかも判らないし、反動で手もビリビリしてるし火薬臭いしマメも出来ちゃうしで色々悲惨。
これなら座学のが良かったかも知れない。 いや、どの道やる定めなんだけども。
因みに銃をホルスターから抜いて発砲まで1秒切る人間はゴロゴロと居るらしい。 それがオートマでも、少し訓練すれば簡単に超えられる壁なんだって。
だから例えば、侵入にバレて臨戦状態の相手から逃れる場合とかだと、この出会って1秒で全てが決まる訳だから、この訓練が大事なのはよく判るし、訓練の手を抜くつもりは無い。
それと試しに提督もやってみてよ、って言ったら実演してくれて瞬く間に的を射抜いてた。
ターゲットの位置とか提督は知らない筈なのに見つけた瞬間片手で腰撃ちして射抜いてた。私から見たらシルバニアの中を歩いてた提督からいきなり発砲音が響いてターゲットに穴が開いた感じ。意味わかんない。
けど厳しくしようとしても結局甘いのが提督らしいかな?
鬼だとか悪魔だとかキラーマシンだとかターミネーターとか言ってもやる事やってれば何も言わないし、手のマメが潰れちゃった時は絆創膏貼ってくれたよ。入渠すれば治るのにね。
あと褒める時はめちゃ褒める。歯が浮くくらい褒めてくる、もうやめてってくらいね、その辺提督だよね。
まぁ、そのやる事が地味にキッツいから訓練終わった後で大浴場に行ったついでに、湯船につかりながら神通に愚痴ったら何か拗ねちゃった。
「あー……、つっかれたぁ……、自分の分野だとホント容赦ないよ提督……」
「……姉さんはズルイです」
「えっ、何が?」
「……何でもありません」
神通は特別に訓練を受けている私を羨ましく思っているみたいだ。
神通は唇を尖らせながら横目で私の手元を見ながら言った。
「……入渠すれば、絆創膏もいらないんじゃありませんか?」
「いやぁ〜……、何というか、風情が無いじゃん?」
「もう……」
絆創膏を羨ましく思うなんて我が妹ながら末恐ろしいね! ……って冗談はさておいて、多分神通は提督が培った技術が享受される事を羨ましく思ってるみたいだね。
「適材適所だよ神通〜、まぁ提督がどこまで教えるつもりか判らないけど、裏の仕事は私の方が向いてる」
「暗殺が……ですか……」
「まぁそれを言ったらそうだけど、艦娘が人間に対して持つ、身を守る手段として正当な物……、らしいよ?」
「言いたい事は分かります。 艦娘の武装は許可無く使用出来ませんし、命令にも逆らえません。 ですが暗殺と言う手段なら命令で行動制限を受ける前に手を下す事が可能ですからね」
「そうだね、道具と5mmの隙間さえあれば一方的にどうにか出来る知識は授かったよ。 同じ手を使われたら提督でもどうにもならないって言ってた」
「……例の合成麻薬ですか」
「正確には合成麻薬を兵器運用した化学ガスだね。 でもかなり厳しい条件を付けられたよ、当然っちゃ当然だけど」
「条件ですか?」
神通は興味ありそうにこっち見てきたから、私は当時の状況を思い出しながら言った。
「本当に色々あったけど、何よりも……“公正でなければならない”だって」
「公正ですか……」
「人が人を殺める時は数字で判断するんだって。 私情とか道徳とか一切無視して、大きくマイナスに傾く時だけ超法的に手を下すんだってさ」
「確かに……、実際に提督自ら動いた時もそんな感じでしたね。 後手になってしまいますが……」
「仕方ないよ神通、日本の悪は悪を理解して隠したがるから基本的に猫被ってて、獲物に牙を剥く瞬間でしか出来ないんだって言ってた。 そして、悪と正義なら、正義が一番厄介だとも言ってたね」
提督は人的被害が嵩まなければ自ら手を下す事は無い。
私達の前任の時もそう、無駄な犠牲を強いる戦い方をして、実際に犠牲が増えたから手を下した。多分だけど、あの時誰も沈んでなかったら宮本元帥も別の手段を用意したはずだ。
離島泊地の件は言うまでも無く、記憶に新しい元帥の失脚を狙った破壊工作を仕向けた提督も立派なテロ行為だから容赦はしなかった。
感情論を抜きにした数字だけを見た判断、だからこそ公平と言えるのかも知れない。
そして悪と正義とでは、正義が厄介と言ってたのも頷ける。
正義感は凡ゆる感覚を麻痺させるらしく、人を何処までも攻撃的にさせる。
正義だから悪を執拗に痛めつけたり何をしても良いと人に勘違いさせ、実際にそうした事件は多いらしい。厄介なのは罪の意識が無く、更に正義に託けて人が集まりやすい性質を持つ所かな。
そういえば差別を題材にした講義で、あくまで“違いを尊重”と語っていたのも、私達に偏った正義感を芽生えさせない為なのかも知れないね。
「まぁ〜……、難しいよね、そう言う判断って。だから提督が私に教えてる事も本当に最後の最終手段なんだと思うよ」
「現状ですと困った時の艦娘の依り代が提督くらいなのも問題ですよね。 私達の場合は頼もしい限りですが、他はそうもいかない場所もあるでしょうし」
「一応大本営も頑張ってるけどね、この前来た橋本さんとかさ」
「噂の提督の素質を持った女性の方ですね」
これからも橋本さんには頑張って欲しいね。 でも、橋本さんが来てから少しの間提督が浮かない顔してたのはなんでだろう?
と言うか、実際に銃とかの訓練して腑に落ちない事があったっけ。
「……そう言えば、Peace Makerの部隊って……、元は非戦闘員もいたんだよね」
「突然どうしたのですか? 確かに医療スタッフもいた筈ですが……」
「いや、なんかさ……、私はまだ齧った程度だから何とも言えないけど、非戦闘員が提督と同等の戦闘技能を身につけてたって考えると、幾らなんでも早熟過ぎないかな……って」
詳しい時系列まで聞いてないから判らないけど、子供達が殺された事件をキッカケに実行までの間ずっと訓練をしていたとしても半年も猶予は無かった筈、その間に迫撃砲や測定器の使い方を完璧に叩き込んで実戦に身を投じたって事になって、少し無理があるかなって今更になって思った。
でも、提督が嘘をつく事なんて無いだろうし、元からずば抜けたセンスの持ち主が集まるチームだったのかな?
そうやって私が考え始めると、神通も並んで考えながら言った。
「……何か特別な訓練を……していたとしか……、それこそ、常軌を逸した……」
「また計り知れない部分が出てきたね……」
どんな血の滲む訓練をして詰め込んだとしても、やっぱり分からないなぁ……。
頭で理解するより身体に馴染ませる……って言ってた通りなら、そんなに早く馴染む物なのかな。
おおよそ結論らしい結論が見つからないと思った矢先、突然私達に声が掛かった。
「それってさぁ……、アタシ達が知る事も出来ない事なんじゃないかなぁ……」
顔をあげて前を見ると北上か立ってた。珍しく大井を撒いてきたのかな?
「あれ、北上じゃん。 大井はどうしたの?」
「ん〜、大井っちなら簀巻きにして来たよ、流石の北上様でもお風呂の時は貞操の危機を感じるからねぇ……」
「流石にそこまでしないでしょ、女同士じゃん」
「……フッ」
私がそう言うと何故か北上は冷めた顔で鼻で笑ってた。なんだろうこの……、なんて言うの? コレはわかんなくて良いや。どうせロクな事じゃない。
そこへ免疫が低いのか少し顔を赤くした神通が言った。
「と、ところで北上さん……、先程言った“知ることも出来ない”とは……」
「ん〜……」
北上は頬をポリポリと掻きながら何か考えて、その後「ふぃ〜…」と溜息を漏らしながらゆっくりと湯船に肩まで浸かると私達に向き合って言った。
「ほら、アレだよ、アタシとか大井っちとか、建造でやってきた人はさぁ、提督の着任時の色々な事とかさぁ、想像で補うしか無かった訳よ。あっ、別に嫌味じゃないからね、気分悪くしないでね?」
「う、うん……それで?」
「提督ってさぁ、凄く尽くしてくれるじゃん? そりゃもうオーバーなくらい、身を削ってまで色々してくれてるでしょ、お陰で私達も何不自由なく生活出来てるしねぇ」
「そうですね……、本当に良くして頂いております……、何から何まで……」
「でもサバゲーの夜戦さぁ」
「うるさいですよ姉さん」
妹が怖い件。 そして私のぼやきを無視して北上は言った。
「でもそれって、殺されちゃった子供達に対しても同じだったんじゃない?」
瞬間、心臓を掴まれたような錯覚に陥った。同時に、暖かいお湯に浸かっているのに背中が寒くなった。 それくらい衝撃だった。
なんで今まで気付かなかったんだろうってなって、少し悔しくなった。
私が俯いてしまっても、北上は続けた。
「確かにチームに戦闘技能は差はあったかもだけどさぁ、人柄は似たり寄ったりだったんじゃないんかねぇ……」
そうだ、いつ撃たれてもおかしくない様な最悪な治安の場所にわざわざボランティアで行くなんて極度のお人好しくらいだ。
「んでさぁ、子供達の為に必死にアレコレして、サッカーボールとか、玩具とか、頑張って集めて来て、重い病気だった子供もやっと回復の兆しを見せた所でだよ? クスリ欲しさに殺されちゃったら、そりゃもう常識がどうのとか言ってられないくらい悔しかったんじゃないかねぇ……、それこそ、気が狂って頭おかしくなるくらいさぁ」
想像は出来る、だけど到底分かりっこないよ。
「だから気が狂うほど訓練したんでしょ、頭おかしくなるほど詰め込んだんでしょ、出来ないじゃなくてやるしか無かったんでしょ、計り知れないのも当然じゃないかねぇー……、まぁ北上さんの想像なんだけどねぇ」
北上がそう言って締め括ると、結局何も分からないけど、それでも腑に落ちた。
当時の彼等の気持ちを知るなら、この鎮守府全員を「遊ぶ金欲しさ」で殺されてみれば判るかも知れない。 けど、そんなのは死んでも御免だって事だけは判る。
そして提督もそんな事をさせない為に、今でも銃を手放さずにいるんだろうね。
「……うん、分からなかったけど、分かったかな。 少なくとも提督は今も昔もお人好しだよね」
「そーだねぇ……、ありがたいねぇ〜……」
「うっ、うぅ……、ぐすっ……、私はなんて浅はかな……」
良い感じに纏まったと思ったら神通が号泣してた。
本気の泣きを目の当たりにした北上は目を丸くして驚いてた。
「うぉっとぉ⁉︎ えっ、泣くほどかなぁ……?」
「我が妹ながら恐ろしい感受性だね……」
「ああ、やはり提督……、貴方は……、貴方は……!」
完全に変なスイッチ入った神通を前に、北上は若干引いた顔をしてた。 引かないでよ、私の妹だよ?
「うわぁ……」
「いや“うわぁ”じゃないよ、どうすんのコレ」
「うぇ⁉︎ それアタシに振るぅ〜? 川内の妹でしょ、アタシは関係ないかんね」
「いやそんな露骨に面倒くさいって顔しないでよ」
「面倒くさいから先上がりますよーっと」
「あっ、ちょ、ちょっと!」
北上さっさと出て行っちゃった。出来れば我が妹を平常にする手助けをして欲しかったんだけど。
とにかくこのまま放置もアレだし、何とか元に戻って貰わないと何するか判らないから怖い。
「ほら神通……、別に悪い事してたって訳でもないし、まぁ確かにそう言った発想は無かったってのもあったけど、そんな申し訳ないみたいな顔してちゃ提督に顔向け出来ないでしょ?」
「ね、姉さん……、私は悔しいです……! 志さえあれば提督の領域に至れると夢を見ていましたが、それこそ奢りだったとは……。 提督の歩んだ道とは、まさに、深淵……っ」
「いや分かるけどさ、落ち着いて」
このまま神通を提督のもとに行かせたら何か危なそう。
……提督の積み重ねた努力を知る為、示現流の一撃を自ら受けに行ったくらいだし。 銃や迫撃砲で同じ事になったら多分死ぬ。と言うか正気を疑われて秘書艦外されるまである。
それで何とか落ち着く様に説得してたら、そこに蒼龍がやってきた。
蒼龍はメソメソした神通を見て心配そうに聞いてきた。
「あれっ、どうしたの神通さん?」
「そ、蒼龍さん……、ただ私は、己の不甲斐なさを……」
「いや大した事じゃないんだけどさ……」
私は事の顛末をザックリと蒼龍に説明すると、蒼龍はウンウンと頷きながら湯船に入って隣に座った。
「……それ浮くんだ」
「えっ、何が?」
何でもないよ。 私もあるっちゃあるし。手の平サイズってやつ? いや気にしてないけど。別に。
「ザックリ言うと深読みしちゃった訳だねぇ〜」
「んー、まぁそんな感じかな? 神通は執念とか情熱とか、そう言うのに敏感だからさ……」
と言うより武闘派は軒並みそう言った話に弱いよね。
そして蒼龍は共感を示す様にウンウンと頷きながら言った。
「でも分かる気がするなぁ……、提督の隙だらけな部分とか見てると、つい深読みしちゃう時あるよね」
「隙だらけな部分って、そこで深読みしてどうするのさ」
「いやほら、提督って期間限定って言葉に弱いでしょ?」
「あー、うん、そうだね、それで?」
「もしかしたらだけど……、こんな過去があったのかなぁ……って……」
それから蒼龍は語り始めた、想像で作ったであろう物語を……。
◇
ある日、篠原と彼の親友が共に海岸沿いの田舎町にやって来ました。
その街並みは綺麗でしたが、閑散としていて、何処か寂しい場所でした。
親友は言いました。
「とんだ田舎じゃねーっすか、近くにホムセンとコンビニくらいしかないっすねぇ」
篠原は答えました。
「遊びに来た訳じゃないんだ、気にしても仕方が無いだろう」
篠原の言葉を聞いた親友は、笑顔で言い返します。
「いやぁでも、コンビニさえありゃ楽しめる事もあるもんよ? 隊長♪」
そう言って、親友は篠原を連れてコンビニへと向かいました。
その中で種類が豊富なおにぎりの棚の前まで行くと、彼は言いました。
「相変わらず沢山種類があるじゃねーっすか、どーよ隊長、2人でコンプしてみません?んでどれが一番か決めましょうぜ」
それは簡単な戯れだったのかも知れませんが、断る理由も特に無かった篠原は親友の提案に乗ることにしました。
「でも期間限定のおにぎりもあるじゃないか」
「それでしたら無くなる前に召し上がっときましょ、この“卵かけご飯風味”は絶対当たりっすね、俺はコレにする」
「ふむ……」
そしてこの日の晩、2人はお互い選んだおにぎりを食べて、感想を言い合って暇を潰しました。
「んー……、コレだったらシャケのが美味いな……。 シラス握りは美味いには美味いが……」
「卵かけご飯は当たりの中の大当たりっすわ、これ期間限定なの勿体ねーっ‼︎」
その語らいの場は思いの外楽しく、彼等の中で細やかな楽しみとなっていました。
そして、数ヶ月が過ぎました。
篠原はまたコンビニに向かい、親友が言っていた“卵かけご飯風味”のおにぎりを探しましたが、見当たりません。
なので、いつも売っている、ありふれたシャケのおにぎりを買って、1人で海岸まで歩いて行きました。
そして篠原は、防波堤の上でシャケのおにぎりをひと口齧ると、海に向かって呟くように言いました。
「お前の分も合わせると、これでコンプだな、別段珍しくもないおにぎりだが……」
感想を語り合う訳でも無く、独り言をつぶやきます。
「うん、美味い。……ありふれてくれた方が、やっぱ良いよ」
その場で返事をする親友は居ませんでしたが、それでも彼は海を眺めて満足そうにおにぎりを食べたのでした。
◇
いや、待って待って待って、完成度高い。
深読みして考えた想像で更に深読みさせる台詞持ってくるのやめない?
「ちょ、ちょっと待って何その母性くすぐられる想像……⁉︎ 不謹慎だけど親友って亡くなった神崎さんだよね……⁉︎」
「ご、ごめんね! 亡くなった人の事で色々言うのは失礼って分かってるんだけど、聞いてるとそんな事もあったかも知れないって考えちゃって……!」
な、なんかキュンキュンするぅぅぅ‼︎
待って、神通は、特定の相手に対して感受性の塊みたいな神通は⁉︎
「ちょっとコンビニ行って期間限定商品を常に棚に置くように言ってきます」
「待って神通、そんな事しても虚しいだけでしょ⁉︎」
「ね、姉さん止めないでください……、せめて、せめて卵かけご飯風味おにぎりをありふれた物に……!」
「だから虚しいだけだって‼︎ と言うかあり得たかも知れないってだけでフィクションだよ神通!」
この後、私と責任を感じた蒼龍の素晴らしい頑張りによってコンビニから期間限定商品が全て恒常商品になる事を防いだ。
そして脱衣室で着替えてる時、大和が入って来たんだよね。これからお風呂かな?
大和は私達を見るなり礼儀正しく挨拶をして来た。
「あら、これから出るところですか?」
「うん、そう言う大和はこれからお風呂?」
「はい、程良い夜風だったので少しランニングをして来たので、少し遅めのお風呂です」
「あぁ〜、分かるよ。 夜は良いよね、夜はさ」
「え、ええ。 ところで神通さんはどうしたのですか? 少し元気がないような」
神通は挨拶に会釈して答えていたけど、見るからに落ち込んだ雰囲気だったのが気になったみたい。と言うか気になるよね、代わりに答えておこう。
「やー、ちょっと色々深読みしてブルーになっちゃった言うか、そんな感じ?」
「深読み……ですか?」
「えっとね……」
いまいち飲み込めていないようだったから、私は大和に判りやすく説明すると、大和は深い共感を示すように大きく頷いた。
「あぁ〜……、何だか分かる気がします。 私も提督のほんの些細な一面を深読みしてしまう事がありましたから……」
「些細な一面って?」
「提督って、たまに子供っぽい所ありませんか? クワガタとか見かけた時嬉しそうな顔してましたし、エアガンとかもですが玩具に興味を示したり……」
「あーね……、確かにそう言う面もあるかな?」
第六駆が待ってる現代風ベーゴマはホビー商品だけど提督の入れ知恵らしいしね。 エアガンも確かに玩具と言えば玩具だし。私も持ってるけど。
そう言えば基本的に何かで遊ぶ事が好きみたい、それがどんな遊びであれ、たとえ幼稚だとしても。
私が納得していると、大和が深読みした部分を説明し始めた。
「そう言うのってやっぱ……、小さい頃、お父さんとあまり遊べなかった反動なのかなって……」
「……」
あああああっ⁉︎ 提督は母性を刺激する天才かぁっ⁉︎ 憶測でしかない筈なのに妙な説得力があってなんか良く分かんないけど一緒に遊んであげたくなる力が働いちゃう……!
これまたキュンキュンする話題で神通はどうなるかと思ったけど突然背後から「むはっ‼︎」って言う蒸せた声が響いてそっちに気を取られた。
振り返ったら鹿島が鼻先を両手で押さえて背中を大きくのけ反らせてて、それを香取が支えてた。
「ど、どうしたの鹿島⁉︎」
「ふぐっ……、何でもないれす……、何でも……‼︎」
「何でもなくてそうはならないでしょう⁉︎」
「と、とにかく、私は今、提督さんを癒して差し上げないといけないみたいなんです……! そんな衝動が胸の内から溢れ出して……!」
「なにを言ってるの……⁉︎ ちょっと小刻みにプルプル震えないで支えにくいから! 落ち着きなさい鹿島!」
アイツ、聞いてたな。
何か聞かれたら一番か二番目かに厄介そうな人に聞かれてしまった気がするけど、あくまでもこれは憶測の域を出ない深読みなんだからね。その辺ちゃんとしようね。
そして神通はわりと平気そうだった。
「姉さん、玩具屋さんって近所にありましたっけ」
やっぱそうでも無かった。
「うん、神通も落ち着こうか。 大体神通はホビー商品の良さなんて分からないでしょ」
「私では……、提督の相手は務まらない……⁉︎」
「まーたそうやって見当違いなショック受けて本当もう一旦落ち着こう⁉︎」
神通は色々あって少し大袈裟なくらい多感な状態みたいだ。 普段はこうじゃない、多分提督の事だから。
大和も困惑してオロオロし始めた。
「あ、あの、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫! 大和も早く汗流してスッキリしてきなよ」
「は、はい……」
大和が着替えに向かったのを見送った私は、中途半端だった着替えを終わらせて神通を連れて脱衣室を出た。
んで、神通には整理する時間が必要だと思ったから早々に部屋に押し込んで、私は長風呂しちゃったからアイスでも貰おうかと食堂に向ったんだよね。
そしたら鳳翔さんが間宮さんと何か話をしてた。
「提督って甘い物とかお菓子もお好きですよね……」
「もしかしたら、それも……」
会話の端を拾っただけだけど、それだけで私にも分かった。 多分あの2人も変な深読みしてる。
……それもそうか、大浴場なんて公共の場であんな話をしたら普通に聞かれるよね。
これはやっちゃったかも知れない。
何か視界の端で雷が手に枕を持ってウォーミングアップ始めてる気がするし、視界の奥では涙目になった比叡が一生懸命お菓子作りの本を読んでてその後ろで榛名が青い顔してるし、その更に奥では金剛が既に洋菓子を作り始めてる。
お菓子の話で色々勘ぐったの見て分かるけど安直過ぎないかなあの面子。
でも、これだけ聞いて私もしないって訳には行かない気がしてるから……、うーん。
……って考えてると背後から声が掛かった。
「おっ、川内か、どうした道の真ん中で」
「んぁ、提督……?」
そういえばココは廊下の真ん中だった。 考え事に気を取られて道を塞いでちゃってたかな。
「アイスでも食べようかなって」
「風呂上りのアイスか、良いじゃないか」
「……提督って、甘い物好きだよね」
「甘過ぎなければ好きだな。 糖分ってのは、昔はそりゃあ貴重で稀少な栄養源だったから人間の舌は格別に美味く感じる訳だ」
提督は妙に雑学が多いよね。 でも、それってさ、もしかして……、いや、ダメだ。
「提督、たまには私に甘えたって良いんだよ?」
いや、何言ってんの私。マジで。
母性的な何かを刺激され過ぎたせいかとんでもない言葉が口から出ててきた。
でも、提督にはちゃんと気持ちが伝わったみたい。
「……いや、何言ってんだお前」
本当それ。いや此処まで一字一句違わず心読まれるとは思わなかったよ。
でもその何か引いた顔やめて。
「私はこう見えてお姉さんなんだよ? そんな顔は心外なんだけど」
「いや知ってるけど……、どちらかと言うとお前は妹に甘えてるだろ。 と言うかなんだ、何か不穏な気配を食堂から感じる……」
提督は既に警戒態勢に入ってた。脚を肩幅に開き、肩は脱力し腕を下げてフリーハンド。
幅広い格闘技で見受けられるこの姿勢は、360度全ての角度からの攻撃に素早い動きで対応出来る、敢えて決まった型を取らずに選択肢を増やす無形。
だけど質量に物を言わせて押し掛ける相手には効果は見込めなかったみたい。
食堂にいた深読みメンバーが押し掛けてきた。
「司令官、私がいるじゃない! 私がいればもう寂しい夜なんて過ごさせないわ!」
「提督! 私、気合い!入れて! 沢山お菓子をつくります‼︎」
「hayテートクゥ! センチな夜は私とおしゃべりして過ごしまショー‼︎」
そして廊下の背後からも鹿島が迫る。
「提督さぁぁん! 寂しい思いをさせて申し訳ありません! 今すぐ鹿島が癒して差し上げますぅぅ‼︎」
ワチャワチャしながら迫り来る彼女達を前に、提督は思い切り青い顔してた。
多分「これ収集つかねーな」とか思ってそう。
「なぁ、川内。 早速甘えて良いか?」
「ごめん無理」
「お前さっきと言ってる事──うがッ⁉︎」
瞬間、バーニングラブが炸裂して提督は押し倒されて頬擦りされてた。 そう言えば神通置いてきたしね。
深読みは程々にしないとね!
長門side
私は超弩級戦艦 長門。ビックセブンと呼ばれる戦艦の内の一隻だ。
この私が身に纏う鋼鉄は、生半可な攻撃では傷一つ付けられない堅固な盾となり、超大型の主砲は海上の一切を破壊し尽くす火力を秘める矛でもある。
私が優しい光に導かれこの地に訪れた時は、栄光の名の元に奮闘し、皆の盾となり他の艦娘達を守っていくのだろうと思っていた。
だが、既に世界最大の戦艦大和が着任していた。
この戦艦長門より堅固な守りと圧倒的な火力を誇る戦艦大和。 いや何、頼もしい限りだ。別に一番と言う事に拘りは無い。本当だ。
別に彼女がいるからどうと言う事はない、最強の盾と矛を兼ね備えた艦娘が二隻いると言うだけの事だ。
故に、この戦艦長門の栄光は揺るがないと思っていた所、共同訓練の時に知ったのだが、この鎮守府の艦娘達は異様に練度が高く最強の盾は腐りがちだった。駆逐艦や軽巡が繰り出す魚雷先制攻撃の命中精度がずば抜けていて守りにまで発展する事自体が少ない一方的な展開を得意としていた。
ならば、この長門の主砲の最大射程が最強の矛となり、遺憾無く火を噴くだろう。
……そう思っていたが、この長門の最大射程より遥か遠くから敵を射抜く一航戦の二隻も異様に強かった。
獅子奮闘によりミッドウェーの覇者と呼ばれ、横須賀から“赤い彗星”と絶賛された赤城もさることながら、冷静沈着にして大胆かつ確実に敵を屠る加賀の存在も大きく、2人並べば前衛は会敵する機会すら回って来ない程だ。
ああ……、そうだな。私は退屈していた。
別に退屈する事自体に不満は無い、ただ休日の過ごし方と言うのが最初は分からなかった。
訓練に明け暮れるのも良いだろうが、そうしていても退屈な時間と言うのものはどうやっても訪れるものだ。
そんな時だった、鎮守府のグラウンドを駆け回る駆逐艦達を偶然見かけたのだ。
この鎮守府の素晴らしい所は戦果だけではない、私生活も充実している。 その証拠に駆逐艦達が笑顔絶やさず元気に過ごしている。
明るく元気に走り回る彼女達を見た私は、自分の胸に確かに熱が灯るのを感じた程だ。
──ああ、彼女達こそ栄光なのだ。
この締め付けられる感情は何なのだろうか……、ただそこに居て笑って遊んでいるだけなのに、弾んだ笑顔や楽しそうな振舞いは、正しく天使のそれであった。それが退屈した心に与えられた初めての刺激だったのだ。
彼女達の放つ形容し難い美を語るには、私の語彙力が伴わないの事はどうか許して欲しい……。
どうしても筆舌に尽くし難く、私の頭脳から言葉を捻り出して1つだけ言えるのは、彼女達は天使であると言う事だ。異論は認めん。
駆逐艦の癒し、電を見てみよう。
『はわわ』なる単語の意味はよく分からないが、彼女の口からその単語が発せられた時には心の中に春の風が吹いたように暖かくなるのを感じていた。まさに天使の所業だ。
暁も素晴らしい。
精一杯背伸びしている姿は心を潤わせるかのようだ。
心が荒んだ覚えは無いが、仮に荒んだとしても彼女の一挙一動で天の恵みが解き放たれ、砂原に花をも咲かせよう。まさに天使の魔法だ。
雷も中々侮れない。
お節介焼きなだけに知識も相応、とても活発な見た目とは裏腹な筋の通った言動のギャップには驚かされる。どうしても提督の事が放っておけないイジらしい面も得点が高い。 概ね天使と判断して間違いは無いだろう。
響も結構奥が深い。
何処か神秘的でミステリアスな雰囲気な彼女は、普段の言動は大人びているものの、時たま見せる姿相応のお茶目な振る舞いには胸を打たれた者は多い筈だ。何を考えているのか分からない点もあり、小悪魔的な天使とも言える。
彼女達天使の魅力を語るにあたり、事前情報としてこの鎮守府の素晴らしい点をもう一つ挙げよう、それは選択の余地だ。
その選択の余地こそが彼女達天使の輝きをより一層強めていると言っても過言では無い。
基本的に自由奔放な天使達も最初は与えられた物だけで過ごす日々だったそうだが、今では自分で探して、選んで、遊びや趣味に興じるようになっている。 これは提督が本当に最低限の行動制限しか行わない為、実現出来た事でもあるだろう。
放任とも捉えられるかも知れないが、違う。 提督は趣味を応援する姿勢を持ち、時に1人の為に勉強もする。強い関心が無ければ出来ない事だ。
艦娘達もただ施しを受けるだけでは無く、確かな恩を感じている。
結果、この鎮守府では自由奔放な者ほど忠義に篤く、自由奔放なだけに変幻自在な統制が可能となっている。 驚く事に遊びや趣味の影響が戦闘面にも良い方向で発芽しているのだ。
自由なだけに不満は少なく、無論、この長門も鎮守府の艦隊運用に不満があるわけでは無い。先も述べた通り、一番にこそなれはしないが、この巨砲を遺憾無く発揮出来る場面を充てがう采配には感謝の念すら感じている。
だが神算鬼謀と言う訳では無い、指揮に関して提督には特別な力など存在しない、その力量は全て理屈で説明がつくのだが、それが寧ろ信用に値するまである。
鎮守府間での密な連携によるバックアップは戦場において恐ろしいまでの恩恵が得られる。
鎮守府規模の連携による攻防は敵からしてみれば、とんでもなく堅固な守りを見せる大艦隊を相手にするため火力を集中させた所、その火力部隊撃滅に特化した別指揮系統の艦隊が新たに参入するような事が容易く行われる。力技なだけに対策も困難だろう。
だが、戦闘面を除けば少し不満がある。
憂のない戦場の天使達は笑顔を絶やさずに生活を送るが、私は彼女達に愛されたいと願ってしまったのだ……。
そこで気付いてしまった事が、どうやら私は天使達の遊戯に混ざるには些か厳しいらしい。
天使の微笑みを向けられたいだけに張り切ってしまうのがいけないのだろうか……、彼女達が行うサッカー、バスケット、ドッチボールなどの球技を全身全霊の力を持って挑んだところ、微笑みは愚か、冷めた眼で見られる始末である。
確かに力み過ぎてバスケットゴールをダンクシュートで張り倒したり、ドッチボールで相手を弾き飛ばして壁に叩き付けたりしてしまった事もあるが、今更悔やんでも既に手遅れだ。
一緒に遊ぶと危険が伴うと天使達に判断されてしまった為、第六駆や陽炎型の天使達があまり遊んでくれなくなってしまったのだ。
他にも釣りを趣味にする天使もいる、曙だ。
彼女は普段ツンケンしているが、そこが良い。 おっと、説明が終わってしまったな。
ツンケンしているが根は真面目で、そこも良い。 ……どうやら私は説明が下手らしい。
神の気紛れか、中々近寄り難いオーラを纏う彼女と一緒に釣りをする機会を与えられた事もあった。
勿論、私は勇んで参加したが、些か勇み過ぎたのかも知れない。
張り切って勢い良く釣り上げた魚が対空砲弾の如く空へ舞い上がってしまい、急いで上空の魚を地上へ戻そうと竿を引いたら今度は榴弾の如く地面に叩き付けられ木っ端微塵になってしまった。
それから曙は一緒に釣りをしてくれなくなった。
最悪だ、アウトドア派の天使達から距離を置かれる結果になってしまった。
だが、インドア派の天使もいる。
実は一度だけ初雪に招かれ吹雪型の部屋にお邪魔した事がある。天使の部屋だ、この感動が分かるだろうか?
何故か居間のテーブルの上に丸鋸の刃とノコギリが置かれていたが『普段は可愛いあの子の部屋にこんなものが⁉︎』と言ったシチュエーションと思えば悪くはない。寧ろアリだ。
そしてその時は朝潮までついて来ていた。僥倖である。至れり尽くせりだ。
だが彼女達が行うテレビゲームと言う遊戯は些か私には高度過ぎたのかも知れない。
複雑過ぎる操作が災いして少し力んでコントローラーを粉砕してしまってから、声が掛かることは無かった。
最早、新たな出会いから新たに愛を育む他は無い。
無論だが、天使達は眺めているだけでもこの眼に癒しをもたらすのであるが、それでもやはり夢は見たいのだ。
故に、私は建造の時期になったので執務室へ進言に向かったのだ。
「と言う訳だ、より栄光の架橋に近づく為、戦略的にも効率的にも凡ゆる観点から捉えても駆逐艦の采配が今後の舵を握ると思われる……、どうだろうか?」
私は戦闘面における駆逐艦の魅力を前面に押し出して説明をしていた。
提督は真剣に話を聞く姿勢のようだ。
「……確かに、駆逐艦の機動力と瞬発力は少数精鋭が売りのウチのやり方に向いているから、言いたい事は判る。 けれど現状空母の負担が大きい気がするんだよな……」
空母は赤城、加賀、瑞鶴、翔鶴、蒼龍、そして軽空母には龍驤と鳳翔が着任している。 それだけでは不満だと言いたいのだろうか。
「空母は足りているのではないか?」
「今後の人員増加に伴い、増加した分だけ広い領域の制空権を確保出来れば駆逐艦の活躍の幅は大きくなる。 そう言った意味でも空母の存在はとても大きいと思う。 ……総力戦に発展した場合の話だけどな」
「確かに人員が増えれば行動範囲も広がり……、安全を確保したい戦域も広がるか……、ふむ」
やはり提督は提督だ、高い瞬発力が売りと言いながら常に本土防衛を意識している。
最悪な事態に陥った時に最高の采配を可能にする為、空母の存在は彼の中で優先度が高いようだ。
だがしかし、彼は部下の言葉を決して無碍にはしない男だ。
「でも狙った艦種が必ず現れる訳でも無いし、それに着任も後か先かの問題でもある。 空母や戦艦を予定していたが、お前がそこまで言うのなら今回は駆逐艦を狙ってみるか」
「フッ……、流石は私が見込んだ男だ」
提督が天使達の魅力をちゃんと理解してくれたようで何よりだ、この天使の花園を創り出しただけはある。
まぁ実際は天使の魅力と言うよりも駆逐艦隊運用の実用性を改めて説いた程度だが、より勝率の高い言葉を選んだに過ぎない。
さぁ、共に行こう提督。 生まれたての無垢な天使を我が花園に迎え入れるのだ。
そして、いざ門出の扉を開こうとした瞬間だった。 背後から声が掛かった。
「いえ、お待ち下さい提督」
「ん?」
大淀が提督を引き留めたのだ。 そして眼鏡に手を添えながら言った。
「訓練課程を考慮すれば、やはり戦艦や空母にリソースを割くべきかと思われます。 特に戦艦や空母は資材の関係で長期的なスパンを組んで訓練していく必要がありますので」
何と、大淀はもっともらしい事を言って天使建造計画を改めるように進言したのだ。
確かに戦艦や空母は資材の関係上連続して出撃する事は殆どなく実戦経験を積む機会が駆逐艦に比べ少ないのは事実だ。
だが経験が少ないとて、天使の前で実力以上の実力も出せないのか? と私は言いたい。私なら出来る。
この眼鏡、実は曇っているのではないだろうか。
私は眼鏡に向けて言った。
「大淀よ、戦艦や空母は最初から強力な攻撃が可能なのだ。 少々の遅れなど力技で何とか出来る」
「力技……と言うよりそれは性能に頼った荒技ですね。 この鎮守府の得意とする精鋭部隊による奇襲は事前の綿密さが重視されます。 荒技に頼るようでは困るのですよ。 それに色々と駆逐艦のメリットを語っていましたが、それは単に貴女が駆逐艦に会いたいだけでは?」
「な、何だと……、そんな事はないぞ!」
「では戦艦や空母を優先しても宜しいですよね? 長い目で見れば先に戦艦や空母の方に来て頂いた方が今後の計画も楽になりますので」
「グッ……、しかし戦艦や空母には既に十分な精鋭が揃っているではないか!」
「駆逐艦達にも同じ事が言えるのでは?」
ええい、何なのだこの眼鏡は……! 戦艦や空母より駆逐艦の方が可愛いだろうに!
と言うか何だその冷ややかな目は、コイツは全然可愛くない。 同じ黒髪なら、特に笑顔を作る訳でもなく真顔なのに既に可愛い朝潮を見習うべきだ。
そしてそんな目付きで睨むのならば、不知火の様に可愛く睨むべきだ。あのスンッとした表情は中々どうしてくるものがある。
私が眼鏡と睨み合いをしていると、横から提督が提案して来た。
「待て待て、そんな事で言い合うなって。 こちらとしては艦種がどうのよりも、仲間として来てくれるだけでもありがたいんだ。 違うか?」
「……いえ、仰る通りです」
「そうだな……、私が迂闊だった」
「だからこの際運に身を任せよう。 確かある一定値の資材を投入すると全艦種現れる可能性があるんだったか」
こうしてこの度の建造は一つの艦種に絞ったレシピでは無く、俗に言う“闇鍋レシピ”が採用される事になった。
確かに誰が来ても構わない、全ての艦種に役割が存在する。眼鏡……いや、大淀との論争でムキにならなくて良かった。
そして折角なので私も建造の場に立ち会う事にした。
工廠まで来て、改めて思い返せば直で建造の瞬間を見るのは初めての事だ。
提督が妖精に指示をして、指示を受け取った妖精は資材をカプセルの中へと投入し、後は待つのみだ。
それだけの事でどうして艦娘が現れるのか、私でもよく分からない。手応えの様なものはまるで感じない動作である事は確かだ。
その作業を見守っていた提督は、横に控えた大淀に話し掛けていた。
「今回は2回、現れてくれると良いが……」
「提督なら、きっと現れますよ。 さぁ、今回は何方と会えるのでしょう!」
提督は失敗を匂わせるような発言をしていたが、これは建造を行っても必ず艦娘が現れる訳ではないからだ。
だが、どう言う理屈か、彼が建造を失敗した事はないと言う。 これはあくまで艦娘内で流行っている噂だが、何でも彼の盟友の魂がこの海に留まり、彼の力になるべく艦娘達を導いているのだとか。 余りにも突拍子も無くて信憑性など無いのだが、この鎮守府ではその話が浸透している。
私がその話を思い返していると、提督が重ねて妖精に指示を出していた。 高速建造材を使うらしい。
バーナーのような物から放たれる見た目にそぐわない火炎により艦娘が即座に現れるらしい。
……見るのは初めてだが、成る程確かに強烈な火炎だ。
話を魂が艦娘を導くと言う点にまで戻そう。
仮にその話が本当だったのなら、私が駆逐艦を求める魂にも導かれる艦娘が居たって良いはずではないだろうか?
私の魂に導かれるのなら、こんな私とも遊んでくれる筈だ。
と言うか、その為に今回建造に立ち会ったのだ。
バーナーの火力が弱まって来た、いよいよだ。
さぁ来い……、我が愛しの天使よ……‼︎
瞬間、私の願いに応えるが如くカプセルから優しい光が溢れ出して来た。
これは魔法だろうか……、強く、暖かく、けれど眩しくはない幻想的な光が空間を包み込んだ。
成る程……、大淀が毎回建造に立ち会うのも頷ける。 この光は美しく、天使の誕生にも相応しいだろう。
やがて光の中から人影が浮かび上がり、待ち受けていた我々に向かい声をかけた。
「長門型戦艦2番艦 陸奥よ、よろしくね」
「……違う」
「えっ? ……あら長門じゃない、先に着任していたのね」
反射的に声が出てしまった。まさか妹が着任するとは夢にも思わなかったからな。驚いただけで他意はない。本当だ。
でも、妹と言う割には成長し過ぎている。歳下と言う感じもしないし全体的にデカすぎる。とてもじゃないが天使とは言い難い。
それにその格好は何だ、そう言うのが許されるのは島風だけだ。
島風はいいぞ、外から伺えるまだ幼さの残した四肢で走り回った時の脈動的な筋肉の動きはとても良い。見入ってしまう。それに比べてお前は完熟している、発育の余地が無い。残念だ。
だが提督は手を叩いて喜んでいた。
「おお、陸奥か! 良かったじゃ無いか長門!」
「あ、ああ……」
大淀もしたり顔で拍手していた。
「おめでとうございまーす」
「あ……、ああ……」
クッ、やはりこの眼鏡は可愛いくない。何と言うか一挙一動に含みが伺える辺り腹黒そうだ。きっとそうに違いない。
そして私は改めて陸奥に向かい合い挨拶を交わした。
先程はあんな事を思っていたが、こうして考えるとやはり姉妹艦の着任は喜ばしい事に違いは無い。
「よく来たな陸奥、ここでお前と並んで戦える日が来るとはな……」
「ふふっ、貴女がその調子なら、私はここに来れて良かったみたいね」
「安心しろ、提督は常に理に叶った戦法を用いる男だ。 私の時と同じ様に、お前の似合う戦場を用意してくれる筈だ」
「へぇ……、火遊びが得意な提督かしら?」
そうして挨拶を交わす中、突然背後から聞き慣れない声が聞こえて来た。
「特型駆逐艦……、綾波型 潮です……、よ、よろしくお願いします……っ」
天使の声により私は全力で振り返った。陸奥が唖然としていたが無視だ。同時に言葉を失った。
私は驚愕の余り天使の殺人的な容姿を食い入る様に見つめる事しかできなかったが、その間に提督が挨拶を交わしていた。
「綾波型……、と言えば曙と漣か! いや良く来てくれたな」
「あっ、あのあの……、もう下がっても宜しいでしょうか……」
「えっと、そこから下がってもカプセルの中だから取り敢えず出て来てくれないか? すぐに曙達を呼んでくるよ」
「あ、曙ちゃんも居るんですか……? よ、良かったぁ……」
安堵の表情を浮かべる生まれたての天使。
陸奥よ、先ほど心の中でデカいのは天使と言い難いと言ったのだが改めて訂正しよう。 デカい天使もいる。
何だあの駆逐艦に似つかない胸部装甲は……、そしてそれを隠してやや前屈みな姿勢は。胸の内の庇護欲が掻き立てられる仕草だ。
出るとこ出ているが全体的に引っ込み思案な天使か、まさに天使だ。
そして潮と言う名の天使は臆病でもあるようだ、歓迎の意を示す提督に対して、未だにカプセルの縁に隠れながらポソリと破壊力のある台詞を呟いていた。
「……か、顔が怖いですぅ……」
ああ、この直後の提督の顔は中々見応えがあったぞ。
笑顔が曇る瞬間と言うのは見ようとして見られる物では無いからな。
恐らく内心ショックを受けている提督に対して、大淀はフォローを入れていた。
「て、提督大丈夫ですよ……すぐに仲良くなれますって」
「……髭、剃ったのになぁ……」
提督よ、そう言う時こそこの長門に任せておけ。
この瞬間の為、何度もイメージトレーニングを重ねて来た。
初対面の挨拶は大事だ、頼れるお姉さんである事を全面的に押し出して行こう。
「私は戦艦長門だ、この地で何か困った事があれば、遠慮無く声を掛けてくれ」
「……あ、はい……、よろしくお願いします……」
ンッッッ‼︎ 縁に隠れながらペコリと会釈する破壊力ッッ‼︎ その際揺れる胸部装甲ッッッ‼︎
圧倒的ではないか……! 全体的に何か柔らかそうなイメージが伝わってくるではないか!
清楚感溢れるふんわりとした黒髪ロング……、同じ黒髪なのに大淀とは正反対のイメージだ。素晴らしい。
頬も柔らかそうだし唇も何かプニプニしてそうだ……、良いな、良い。 実に良い。
私が冷静かつ慎重に観察を重ねていると、潮は言った。
「……なんか目が怖いですぅぅ……‼︎」
待て、それは私に言ったのか……⁉︎ 目が怖いだと、馬鹿な……⁉︎
い、いや……、目と顔とでは怖い範囲が違う。目は一点だが顔は全面だ。 面積的に見込みは私の方がある。
以前、加賀がしていたように鏡の前で表情筋のトレーニングを今から行えば目付きを改善出来る可能性がある。
私が今後の作戦を練り始めたとき、携帯で呼ばれたらしい曙と漣が一緒になって工廠にやって来た。
「あら本当に潮じゃない、良く来たわね」
「あ、曙ちゃん!」
「うわーい!潮ちゃんじゃないっすかぁ!」
「漣ちゃんも……!」
潮が初めて笑顔を見せた……、その表情すら柔らかく母のような慈しみのある笑顔だ。
やはり何処ぞの眼鏡のような含みのある薄ら笑みとは格が違う。無理だと思うが姿勢だけでも見習うべきだ。
そして“顔が怖い”と言われてから数歩距離を置いて成り行きを見守っていた提督だったが、漣が駆け寄って声を掛けていた。
「ご主人たま! ここは我ら第七駆の為にケーキを持って着任をお祝いするべきかと!」
「……お前が食べたいだけじゃないのか?」
「そーとも言う! 可愛い漣ちゃんからのお願いです!」
「まぁケーキくらい別に構わないけどな、何が良い?」
「やったぜっ! いやぁ〜懐の深いご主人様は流石ですわー! ご主人様の懐が許す限りさざみん一生ついていきまーす!」
「現金な奴だなオイ」
漣は提督の手を握ってブンブンと振り回して熱烈な喜びをアピールし始めた。
う、羨ましい……、何故私にはあの様なイベントが発生しないのか……⁉︎
更に、そこへ歩み寄る潮の姿が。 どうやら漣が提督に対して失礼な事をしていると思ったらしい。
「さ、漣ちゃん、提督をそんな風にしたら……」
「んん? 大丈夫ですぜウッシー、ご主人様は基本的に何をしても怒らないんすよ。 ねぇボノやん?」
「わ、私に振らないでよ……」
寧ろご褒美だろう。提督よ、そこを変われ。
と言うか既に潮の警戒心が提督に対して薄れつつある気がする。 姉妹艦のおねだりに応えただけでそこ迄の効力があると言うのか。 クッ、何故陸奥は駆逐艦では無いのか……⁉︎
「ちょっと長門、鎮守府の案内とか無いわけ?」
待て陸奥、今はそれどころでは無いのだ……!
しかし、狙い澄ましたかの様なタイミングで大淀が便乗し始めた。
「そうですね、では今回は皆さんの姉妹艦と言う事で、各自案内をすると言う事でどうでしょう提督」
「そうだな、語らいの場にもなるだろうし、それで行くか」
待て提督、それではアプローチの場が無くなるでば無いか……!
加えて漣が提案した。
「じゃあご主人様、先ずは近所のケーキ屋さんから案内始めましょう! まさか、か弱い乙女に徒歩で行けなんて言いませんよねぇ?」
「素直に車出してって言えば良いのに、お前ホント図太くなったよな……」
だから何故提督にだけその様なイベントが発生するのか……⁉︎
自動車講習は始まっているが、まだ誰も車を持っていないからか⁉︎ 一刻も早く講習を終えて車を用意すれば私にもチャンスが巡るかも知れないが、何度やってもクラッチ繋ぎが上手く行かん!
半クラって何だ、中途半端なのは好かん!
今後の作戦が複雑化する最中、陸奥は現実的な事を言い出した。
「ケーキも気になるけど、私は先ず訓練場を見ておきたいわ」
流石は我が妹、早くも武勲を挙げるべく訓練に精を出す所存の様だ。だが今はケーキを優先するべきだっただろうに。
「長門、案内よろしくね」
「クッ……」
その後、上手い口実が見当たらず天使達が提督を引っ張って工廠を出ていくのをただ見守るしか出来なかった。
だが、私は諦めないぞ……、今日が終われば間もなく新人訓練が始まるはずだ。
その時にまたアプローチの機会が巡ってくるだろう。
今日は新たな天使と巡り合えた、それでいいではないか。
「フッ……、では参ろうか陸奥」
「ええ」
こうして清々しい気分で工廠を出ようとした時だった。 残っていた大淀が呼び止めた。
「長門さん」
「……何だ?」
「目は口程にものを言うそうですよ……、気を付けてくださいね?」
「……」
やはりコイツは、可愛くない……。
10月のある早朝の事。
紅葉の季節でもあるこの時期は、赤や黄色が山並みを彩り、見応えのある景色となっているだろう。
その一方で鎮守府では、朝早くから舗装された路地に散らばった落ち葉を竹箒で掃いて集める篠原の姿が見られた。
彼は時間さえあれば誰かに頼む事もなく自分で片付ける性分であり、今回もまた同じ理屈で早朝から掃き掃除を行なっていたのだ。 彼はこうしたコツコツとした作業が好きだった。
ただ鎮守府のトップが早朝から掃き掃除などやっている所を見ると、その部下は黙って見てはいられない様だ。
何処からか彼の姿を見掛けたらしい鳳翔が、自分も竹箒を握り締めて彼の元へと駆け寄って声を掛けていた。
「お、おはようございます提督、私も手伝いますよ」
篠原は掃除の手を止めて鳳翔の方に体を向けると挨拶に応えた。
「おぉ、おはよう鳳翔さん。 大丈夫だよ、落ち葉も少なかったし、もうすぐ終わるから」
彼の足元には落ち葉を集めた小山が出来ていて、周囲の路地上も落ち葉はあまり見当たらなかった。
周りの様子を見て既に掃除を手伝う場所がない事を知った鳳翔は困った様に笑いながら、持て余した竹箒を揺らしながら言った。
「本当、これじゃあ私達の立つ瀬がありませんね」
「何言ってんだ。 鳳翔さんの立つ瀬が無かったら俺なんてもうとっくに谷底に真っ逆さまだ」
「そ、それは大袈裟ですよ」
「大袈裟なものか、鳳翔さんはこの鎮守府の心臓と言っても良いくらいだからな」
「も、もう……」
事実、この鎮守府の食堂は鳳翔の完璧とも呼べる週間備蓄に基づいて計画的に組み込まれるメニューにより、限りなく少ない廃棄で多彩な料理を提供出来る様になっている。
鳳翔の好きな物を食べて貰いたいと言う切実な思いで実現したメニュー制は、想像も出来ない程の並ならぬ努力の結晶でもあるのだ。
そして、そんな彼女の努力を知っている篠原は、ふと彼女がこの場にいる事に疑問を抱いた。
「そう言えば鳳翔さんは仕込みとか大丈夫なのか? この時間はいつも厨房で忙しそうだったよな」
現時刻は朝の6時、艦娘達もまだ起き始めた頃合いだろう。 そして、そんな時間だからこそ、鳳翔だけが掃き掃除をしている彼に気が付いたのだ。
そんな鳳翔は笑顔で答える。
「実はもう昨日の段階で仕込みは終わっているんです。 今日はカボチャ料理メインですからね」
「へぇ〜、カボチャかぁ……」
その言葉を聞いた篠原は、カボチャ料理の心当たりを色々と思い浮かべた。
まず定番はカボチャの煮物だろうか、とても甘く、とてもまろやかな舌触り、それでいて栄養満点と文句の無い絶品だ。
「うんうん、いいね、想像だけでも旨そうだ。 でも何でカボチャメインなんだ?」
「あら提督、今日はハロウィンですよ?」
「ハロ……ウィン? ……ああ、ハロウィン! もうそんな季節か……!」
そう、路地の落ち葉が気になるこの季節は10月末。日本ではハロウィンの季節である。
去年は諸事情あって催されなかったが今年は違うし、思えば艦娘達も昨日から浮かれていた気がするなぁ、と篠原は考えた所で見落とした点に気が付いた。
「しまったお菓子を買ってない……」
「まぁ……、では今私がトリックオアトリートの呪文を唱えたら、提督は為す術がありませんね♪」
「いやいや、今の鳳翔さんは仮装してないし、オバケには全然見えないからノーカウントだ」
「む……」
“オバケには見えない”と言われた鳳翔は、今日は機嫌が良いのか少しだけ羽目を外したようだ。
持て余していた竹箒を両手に持ったまま上に跨って、少し得意気な表情をしてみせた。
「どうですか? これで私も魔女ですよ?」
「ふふっ、あはははっ、こんな可愛い魔女のイタズラなら少し興味があるかな」
「も、もう……!」
自分でやっといて鳳翔は急激に恥ずかしくなったのか、若干後悔しながらいそいそと姿勢を正し始めた。
鳳翔の少し子供っぽい珍しい光景を見守っていた篠原は、彼女の姿勢が戻るのを待って言った。
「まぁ何だ、たまには早起きするもんだ。 お陰で今のうちにお菓子を買ってこれる」
「三文の徳……とも、あまり言えない気もしますけどね」
「……お菓子が無いってだけでイタズラが許される日だぞ、今日は本当に運が良かった」
「ふふっ、お菓子が無ければきっと困ってしまいますね?」
「何されるか想像も出来ないが……、うーん、あんまり考えたくない」
こうして篠原は朝の善行によるものか、今日訪れるであろうオバケ達への対抗手段を準備する事が出来たのだ。
そして時は少し流れて執務室、彼は机の中に買い込んだお菓子を忍ばせてオバケの襲来日時を秘書艦の神通と共に予測しようと相談していた。
「うーん、やっぱりオバケが来るとしたら日が沈んでからかな?」
「ふふっ、どうでしょうか? 最近のオバケは昼間でも活発ですからね、張り切って準備していましたから」
「何、そうだったのか? 全然気が付かなかったな……」
流石の提督でも部屋の中で艦娘達がコッソリと企てるとなれば、見抜く事は難しかったらしい。
彼の運営方法では、軍の寮生活に有りがちな抜き打ち検査など皆無であったからだ。これにより彼女達は気ままにありふれた生活を堪能しているのである。
そんな篠原が現れるであろうオバケ達の心当たりを探し始めていると、早速執務室の扉を叩くノックの音が響き渡った。
最近のオバケは礼儀正しいようだ……、と彼は呟きながら、ノックの主に許可を送ると扉は勢いよく開け放たれた。
「じゃーん! トリック・オア・トリート!」
威勢の良い掛け声と共に現れたのは、有りがちなシーツを被ったオバケ4人組。しかし意匠はなかなか拘っているようで、シーツの白地にコウモリやカボチャのワッペンが貼り付けられていて、その奇抜な容姿から篠原は目を丸くしていた。
「おおっ、本当に来た……!」
「お菓子くれないとイタズラするのです!」
「ダー! 今日はお菓子の切れ目が命の切れ目なんだよ」
「折角変装してるのに中の人がすぐわかるな」
「今日の私は一人前のオバケよ! 怒らせると、とっても困った事になっちゃうんだから!」
「大丈夫よ司令官っ! 困っても私がちゃーんと面倒見てあげるわ!」
纏まってやってくる割に言動が纏まっていない賑やかな面子は第六駆逐艦娘の面々だろう。
篠原が席を立って応じると、彼女達は速やかに囲み始めた。
「お菓子の用意はしてあるから、イタズラは勘弁な」
「ありがとなのです!」
「凄い、全部コンビニで買えるお菓子だ」
「あっ、私これ知ってる! 大人買いってやつだわ!」
「司令官また変なカップラーメン買ってないわよね? 後でレシートチェックするんだからね」
オバケ達はお菓子を受け取ると律儀にお辞儀してその場を後にする……かと思われたが、どう言う訳か4人組の視線は秘書艦席に座る神通の元へ集中していた。
そして何事かと様子を伺っていた神通にむけ、オバケは呪文を唱えたのだ。
「トリック・オア・トリート!」
「えっ」
神通はお菓子の用意などしてなかった。と言うよりも『標的は提督だけ』と心の何処で思っていて、まさか自分が標的になるとは夢にも思わなかっただろう。
無論、そう言った心理をオバケが読んでいたのは言うまでもなく、神通は目で篠原に助けを訴えたのだが、彼は楽しげに笑っているだけだった。
「そうだよなぁ……、お菓子が無いならイタズラを受けるしか無いよな」
「そ、そんなっ、提督……!」
「諸行無常なのです」
「何故自分は大丈夫と思ってしまうのか」
「ひひひ、相手が神通さんでも容赦しないんだから」
「でも安心して、執務に悪影響は及ばせないわ!」
「み、皆さん⁉︎」
こうして神通は職場にお菓子を持ち込まなかったばかりに、オバケ達の若干の良心を残したイタズラを身に受ける事になったのだ。
そして満足したオバケ達が退室して間も無く、彼女は何処か投げやりな表情で視線を床に落として唇を尖らせた。
「……提督、酷いです……」
「確かに執務には影響が出ないな……」
篠原が神通の頬に書かれた猫のヒゲのような落書きをまじまじと眺めていると、彼女は露骨に顔を背けた。
「あ、あまり見ないで下さい……」
「次が楽しみになってきたぞ」
「も、もう! 意地悪です!」
こんな仕打ちを受けても仕事の手は抜かない辺りは彼女らしい。 猫ヒゲを書かれた神通は不貞腐れた顔をしながらも今月の報告書を纏める仕事を続けていた。
それから少しの間をおいて、今度は吹雪型の面子が執務室にやって来た。
彼女達は全員がカボチャの被り物をしていて顔はまるで判らない有様だったが、元気の良い第一声は判断材料として十分事足りた。
「司令官! トリック・オア・トリートです!」
「この声は吹雪か? ほほう、ジャック・オ・ランタンだな」
顔を模したカボチャは最早知る人ぞ知るハロウィンの顔でもある。
しかし吹雪型の4名の中で明らかに元気のないカボチャが紛れていて、篠原はそちらが気になっていた。
「そこの奥に引っ込んだカボチャは叢雲か?」
「なっ、ど……、どうして判ったのよ……⁉︎」
「だって柄じゃ無いし、今みたいに目立たないようにしそうだなって」
「う、うっさいわねぇ‼︎ 仕方ないでしょ被されたんだから‼︎」
最早どっちがイタズラされているか判らない有様である。
そんな叢雲を横目に、初雪と思しきカボチャが篠原に声を掛けた。
「私はお菓子じゃなくても良いよ。 新作のゲームとか」
「残念ながらお菓子しかないんだよ」
「ちぇっ、やっぱり持ってたか」
そんなやり取りが交わされる中、消去法で白雪が被っているカボチャがマジマジと神通の顔を眺めていた。
「……」
「……あの、何か……」
「……可愛い」
「えっ?」
神通の頬に描かれた三本ヒゲが白雪には似合って見えたらしい。
そして篠原が初雪に助言する。
「今の神通はお菓子を持ち合わせてないからな、イタズラされてしまったんだ」
「て、提督っ⁉︎」
「……! 神通さん、トリック・オア・トリート!」
「そ、そんな……!」
おおよそ計画的と思われる篠原の発言により、神通は呪文を唱えられて為す術も無くイタズラを受ける事になってしまった。
その後、左右の三本の猫ヒゲに加わえて鼻先を黒く塗られた神通は、肩をシュンと落としながら執務に当たっていた。
「……提督、酷いです」
「……」
「……提督?」
神通が愚痴っぽく声を掛けても返事が無かったので、彼女は顔ごと篠原の方に向けると、彼は吐き出さない様に口元を手で多い、笑いを堪えてフルフルと肩を揺らしていた。
普段はとても真面目な神通が、鼻先を黒く染めて、猫のヒゲまで生やして、それでいじけているのがとても面白かった様だ。
神通はその事に気が付いて、更に強い抗議の目を送った。
「提督……っ!」
「ちょっ、やめっ、今は、話しかけるな……!」
「も、もぅ! この事は忘れませんからね!」
怒ると怖いと評判な神通でも、今だけは全く怖くない。 それどころか小動物的な可愛さまで感じる人が多そうな有様である。
イタズラは執務に影響は及ばない程度であるが、篠原に限って隣が愉快過ぎて集中が途切れがちだ。
そして彼女の訴えも虚しく、新たなオバケ達が執務室へとやって来た。
「ハロウィン任務の遂行にやって参りました! 司令官、トリック・オア・トリートです!」
トンガリ帽子と黒マントで魔女を模した朝潮が、やっつけにネズミ耳のカチューシャを付けた不知火と、あまり違和感の無い黒いウサギ耳を付けた島風を引き連れてやって来た。
「へぇ……、魔女と、ディズニー帰りの不知火と、間違い探しの島風か」
「何ですか、不知火に落ち度でも?」
「だって急にハロウィンって言われても判らないもん!」
「と言うよりも、朝潮がしっかりとハロウィンしてるのが俺としては驚きかな?」
「この格好のことでしょうか?」
「ああ、凄く拘ってるじゃないか」
「はい! 妖精さんが用意してくれました!」
妖精が用意したと言う事は、例の水着の如く実戦に耐えうる性能を秘めていると言う事だ。
篠原は『魔女というのもあながち間違いではないのかも』と考えていた所、不知火が彼に声を掛けた。
「あの、しれ──……」
だが、言葉が遮られた。
彼女は気付いてしまったのだ、脇に控えながら極力姿を見せない様にひたすら存在感を消して無と化していた神通に。
瞬間、彼女は込み上げる笑気を抑えるべく手で口元を覆いながら滝の様な汗を流して震え始めた。
不知火にとって神通は武道を教わる師のような存在であり、その容姿を笑ってはいけないと言う強い気持ちが働いているが、鼻先を黒く染めて三本ヒゲを描きながらションボリしている姿は妙にツボを刺激するらしい。
不知火が必死に堪える最中、篠原は彼女の様子に気が付いて、何か察したように言った。
「神通はオバケのイタズラにあってしまってな……、対抗手段を持っていないばかりにこんな事に……、残念だよ……」
「そ、そうでしたか……」
事情を察した不知火は、不憫な神通に向けて同情するような眼を向けた。
「神通さん……」
「な、何でしょうか……」
不知火は朗らかな笑みを浮かべて言った。
「トリック・オア・トリートです……」
古今東西、オバケや妖怪の類は弱ったところに付け込む厄介な事この上ない存在なのである。
その後、頭に立派なネズミ耳が追加された神通は投げやりな表情で執務に当たっていた。
耳に鼻にヒゲと、おおよそ完璧なパーツを取り揃えてしまった彼女は、何も言わずに黙々と月末決算の書類を色付きのファイルに挟んでいて、作業の進展を篠原に報告していた。
「提督、今月分の書類は纏めて赤のファイルに入れておきました」
「おう、ありがとな」
「提督、今月も資材は黒字ですよ」
「ああ、そうみたいだな」
「提督……、これから訓練結果の報告書を纏めますが……」
「ああ……」
「提督、何故背中を向けているのですか……?」
「察してくれ……」
「提督……」
篠原は彼女のあまりの完成度の高さから、いよいよ視界に入れるだけで仕事にならなくなって来たようである。
普段の勤務態度や素の性格からは想像も付かない変貌を遂げている優秀な秘書艦は、それだけに強烈なインパクトを秘めているのだ。
それもこれもハロウィンの仕業で、オバケ達はまだまだやってくる。
「トリック・オア・トリート! ぽぉ〜〜っい!」
やたら勢いの良い呪文と共に、狼の被り物と肉球のついた手袋を装備した夕立が時雨と共に元気よく訪問して来た。
因みに時雨は申し訳程度に顔や腕に包帯を纏って仮装していたが、仮装への躊躇いが見て取れる状態で、今も夕立の影でおずおずとしていた。
「おお……、狼に頭を食われかけてる夕立に、ミイラになりかけてる時雨か……」
「違うっぽい〜っ! 夕立が狼さんっぽい! お菓子くれないと提督さんも食べちゃうっぽい!がるるっ!」
「た、食べる⁉︎ ゆ、夕立それって……」
「まぁ狼……、妙に似合ってるな。 時雨も時雨で包帯が妙に引き立っている気がする……、チョイスは悪くないな」
彼の言葉を聞いた時雨は羞恥からから、伏せ目になりながら言った。
「て、提督……、これでも結構恥ずかしいんだよ……、僕の精一杯なんだ……」
「そうかそうか、頑張ったんだな」
「う、うん……、さっきウサ耳付けた島風とすれ違ったけど、僕が真似したら恥ずかしくて死んじゃいそ──」
時雨は言い掛けて辞めた。それとほぼ同時に途中までの発言を激しく後悔した。
何故ならネズミ耳に黒鼻にヒゲとパーフェクトな神通と目があってしまったのだ。
「……ごめんなさい」
「何故、謝るのですか?」
「ごめんなさい」
「あの?」
「ご、ごめんなさい」
先程の自分の発言と照らし合わせた時雨は謎の罪悪感を身に覚え、ひたすら謝る事しか出来なかったが、夕立は違った。
「あっ! 神通さんも気合入ってるっぽい!」
「夕立さん……、これは違うんです……」
「神チュウさんっぽい?」
瞬間、夕立の発言を聞いていた篠原と時雨が語感の良さに同時に吹き出した。
神通は激しい抗議の目線を送るが、篠原は笑いを堪えながら言った。
「神通はな、くふっ、オバケのイタズラでこんな有様に……くふふっ」
「提督! もう説明しないで結構ですから!」
「成る程っぽい! じゃあ夕立も! 神通さん、トリック・オア・トリートっぽぉ〜っい!」
「ああもう!」
斯くしてノリでイタズラを受けた神通は、肉球の手袋を手に入れ、より完成度を上げて来たのである。
いよいよもって仕事に支障が出てくる度合いだが、幸か不幸か残された仕事も後わずかなものであった。
今日最後の書類を処理した篠原は、椅子にもたれて背伸びをしながら言った。
「よぉーし、これで大分片付いたかな?」
「お疲れ様です提督。コーヒーでも淹れましょうか?」
「ん、その手じゃ不便じゃないか? 俺が淹れるよ」
「あ……、ありがとうございます……」
とうとう篠原が神通の変わった容姿に慣れたようだが、彼女は複雑そうだった。
そして2人がコーヒーで一息つく間にもオバケ達はやって来た。
「うぃーっす! デッド・オア・アライブ!」
やたらと物騒な呪文を唱えてやって来たのが漣と、後につられて曙と潮である。
彼女達は着ぐるみパジャマを着ていて、漣はピンクのウサギ、曙が青いペンギン、潮が灰色のコアラと、それぞれ違う見た目をしていた。
「へぇー……そう言うのもあるんだな、可愛いじゃないか」
「あざーっす! いやー、さざみんのセンスは間違いじゃなかったみたいですねー!」
「曙はペンギンなのか……」
「う、うっさい良いでしょ別に‼︎ あんまジロジロ見んなッ‼︎」
「で、潮はコアラか」
「は、はいぃぃ……、あ、あまり見ないで下さいぃ……」
恐らく曙と潮は漣に無理矢理着せられた口であろう。恥じらい方が尋常ではなかった。
2人は心ここに有らずと言った風に、落ち着かずに視線を泳がせてやり過ごしていたのだが、ある一点に視線を向けてからは落ち着きを取り戻していた。
「……秘書艦って、大変なのね」
「そうみたいだね、曙ちゃん」
「う……、うぅ……」
今度こそ本物の同情の目を頂いた神通だったが、出来れば自分に気が付いて欲しく無かっただろう。
そんな神通を見た漣は、顎に手を添えながら言った。
「はっはーん? さては神通さん、お菓子をお持ちでない……?」
「……コーヒーとお砂糖ならありますよ」
「隙を見せたな! トリック・オア・トリィィーット!」
誰かに誘導される訳でもなく漣は呪文を唱えて、結果的に神通はフードを取り払ったコアラの着ぐるみパジャマを手に入れたのである。
着ぐるみパジャマはフリーサイズであり、コアラの色合いもさる事ながら尻尾まで付いていて、最早神通は非の打ち所が見当たらないレベルにまで進化を遂げる事になった。
「いよいよ手を付ける場所がなくなって来たな」
「……ここまで来ると流石に慣れました」
ハロウィンとは、例え秘書艦でもイタズラの標的に過ぎないのだろう。
丸い耳に、黒い鼻先、両頬に三本のヒゲ、尻尾のついた灰色の着ぐるみパジャマ、駆逐艦達の手によりこれ以上ない仕上がりを見せている神通だが、彼女はまだ油断していない。
何故なら、ハロウィンの時期に決して看過してはいけない艦娘がまだ執務室に現れていないからである。
めげない、懲りない、省みない、イタズラに関しては誰もあの子を止められない。
「トリック・オア・トリックだっぴょ〜〜ん!」
万全を喫して参上したのが、悪魔の翼を象った飾りを背に付けた卯月である。
「うーちゃん参上! さぁ司令官! お菓子くれないと全力でイタズラしちゃうぴょーん!」
「来たな卯月……、だがお菓子の備えは万全だ……」
「ちぇ〜っ! お菓子の在庫が尽きるかもって、わざわざ最後になるまで待ってたのにあんまりだぴょん!」
「どんだけイタズラしたかったんだお前は……」
「赤城さんも参加するように根回ししようとしたけど、加賀さんが既に釘を刺してて出来なかったのが悔やまれるっぴょん」
「……なんて事思い付くんだ」
仮に赤城までオバケに混じって襲来していたなら、彼の在庫は尽きていただろうが、それが出来ないと分かってから勝算は薄いと判断していたのか、卯月は素直なものだった。
「まぁ今回はお菓子を貰いに来たぴょん!」
「そうか、最後のひとつだから選べないが……」
「お菓子なら何でも良いぴょん!」
お菓子を受け取った卯月は満足そうな笑みを浮かべてお礼を言った。
「ありがとぴょんぴょん♪」
「やっぱり最後は皆で集まって分けて食べるのか?」
「そうだぴょん、今夜は駆逐艦の皆でお菓子パーティーしま〜す!」
そう言って踵を返した卯月だったが、その時に神通と目があっていた。
神通は反射的に身構えたが、彼女の予想に反した言葉を卯月は笑顔で綴っただけだった。
「神通さんの仮装も中々似合ってるぴょん! それじゃ、まったね〜っ!」
彼女はそう言い残して執務室を後にした。
最も警戒していた卯月から何の悪戯も受けなかった神通は口元に指をあてがって何か考え始め、その一方で篠原は改めてハロウィンの感想を口にした。
「うん……、中々面白い風習だなハロウィンは」
「そうですね……」
「まぁそれも、もうお終いかな? 神通ももう着替えても良いんじゃないか?」
ハロウィンの中心となっていた駆逐艦達にはお菓子が行き渡り、自分の役割はこれで終わりと彼は判断したのだが、声に反応して表を上げた彼女から飛び出した言葉は、彼の予想に反したものだった。
「……いいえ、提督、まだ終わっていませんよ?」
「ん?」
「トリック・オア・トリートです……!」
神通の呪文を聞いて、篠原は彼女の意図を理解した。
オバケのイタズラを受け続けた神通は既に仮装していると言っても過言ではなく、卯月がイタズラの標的にしなかったのも、彼女から見ても神通はハロウィンの仲間に見えていたからだ。
それと同時に、篠原は自分の置かれた立場を思い返した。
「……よ、弱ったな……お菓子はもう無いぞ……」
「ふふっ、提督に為す術はありませんね?」
「お、お手柔らかに頼むぞ……」
「知ってますか提督、那珂ちゃんは沢山の衣装を持ってるんです♪ 意地悪な提督にはどんなイタズラをしましょうか……」
「……ほ、本当にお手柔らかに頼むぞ神通……‼︎」
オバケや妖怪が仲間を増やす為に人を引き込むと言う話は、実によく聞く話である。
ここまで目を通して頂き、ありがとうございます。
今パートはこれにて終了となります、沢山の応援やコメント、とても励みになりました!
本当にありがとうございました!
次回は構成がある程度まとまり次第で明確な投稿日時は未定です。
また、別のものを書き始めるかもしれませんが、そうなった場合、次回はかなり遅くなるかも知れませんが、ご了承下さい……。
お帰り❗無事で良かった‼️
こんにちは~♪
おおっ!続編待ってましたぁ~!!
それにしても、皆さんコロナに翻弄されてますね…早く元の日常が戻って欲しいものですねぇ(苦笑)
コメントありがとうございます!
>>1さん
何とか山を越えた感じです……w
ただこれからも油断しないようにして行きたいですね!
>>ぴぃすうさん
1ヶ月弱間が空いてしまいましたが、再開する事が出来ました!
コロナ騒動は本当にヤバイですな……、早く健やかな日常に戻って欲しいものです……
ふぉぉぉ!待ってました!更新ありがとうございます!
多様性の宝箱みたいな変人集団篠原艦隊での生活でユーちゃんがどのように「変化」するのかが楽しみですなぁ笑
続編が読めるだけで幸せなので、更新頻度は気にせずにのんびりながーく続けて頂ければ幸いです(●´ω`●)
コメントありがとうございます!
ユーちゃんの変化もそうですが、折角の海外艦なので着眼点の違いによる周りへの影響とかも上手く出来たらな、と思います!
更新速度については、そう言って頂けると本当に気が楽になります。
ありがとうございました!
待ってましたヽ(・∀・)ノ
さてさて、ユーは新兵訓練で、来なきゃ良かったと思うのかな(笑)(。-∀-)
コメントありがとうございます!
ユーちゃんの担当は例の公式鬼教官ではないので、はてさて……?
新作お待ちしておりました!
間が空いても、次が来てくれることは嬉しいです!
こんちゃです~♪
…良いっ!橋本さん良いっ!!(笑)
悪意の人選の前に萎れてしまった篠原さんに合掌…(^_^)チーン
パフェで買収される叢雲、可愛いんですけど(*´ω`*)
コメントありがとうございます!
>>50AEPさん
そう言って頂けると嬉しいです!
今後もマイペースに更新して行きます!
>>ぴぃすうさん
サバサバ系を極めた様な人として登場させたつもりでしたが、気に入っていただけたなら良かったですw
>>10さん
ツンツンしてる人が意外とチョロかったりすると何かこう胸に来るものがありますよね……
更新待ってました!
金剛辺りは「スキンシップが足りないデース!」とか文句言ってそうですね笑
とにかく長門さんが憲兵のお世話にならないことを祈ります(´°ω°)チーン
>> tm_brotherさん
金剛さんは割と接点が多い方……な気がしますが、それでも足らなそうですねw
長門さんはまだ力を貯めている最中ですので、もう少ししたら何かしらネタにしようかと企てておりますw
更新来たァァァ!
まさかのピザ窯w 海外艦による「変化」とはこういうことでしたか(絶対違う)
にしても篠原艦隊の叢雲は保護欲掻き立てられる可愛い子ですねぇ、篠原さんのパパ化が止まらない気がしますw
こんちゃです♪
あはは♪やっぱ叢雲ちゃんはチョロくて可愛いですねぇ(^o^)
流石は吹雪ちゃんの妹だけあって土建属性ありそうですし…そのうち吹雪型全員で『吹雪組』とか作ったりして(笑)
コメントありがとうございます!
>> tm_brotherさん
いえいえ、間違いなくユーちゃんの影響による変化ですよ多分! いえきっと!
それにしても提督のパパ化ですか……、あの艦娘の参上も考えてみますw
>>ぴぃすうさん
土建属性なんて初めて聞きましたwww
吹雪組ですか……、私はそれを聞くと某ワンパンヒーローを思い出してしまいます
叢雲、なんちゅうかエエやん(*´ω`*)
何かネジリハチマキして、コンクリ練る叢雲を想像している(°▽°)
コメントありがとうございます!
>>17さん
叢雲さんは、やるからにはキッチリやるってイメージですよねぇ……
ねじり鉢巻どころか、そのうちちゃんとした作業着とか用意するかも知れませんな!
ばんちゃです♪
めげない懲りない省みない…卯月ちゃん、あんたはサウザーですか?(笑)
まあ美学を持って鬼にも仕掛ける辺りは真の勇者ですよね~( ̄▽ ̄)アハハハ
いつもコメントありがとうございます!
>>ぴぃすうさん
自分より弱い相手では無く、強い相手を選んで悪戯する辺り、うーちゃんもある意味武闘派なのかも知れませんな……!
ばんちゃでーす♪
うんうん♡ユーちゃんは可愛いですって!!(笑)
篠原さんとこなら逞しく成長するでしょうね♪
それにしても神通さんが鳳翔さんと雷ちゃんと鹿島ちゃんを切り札に使うとは…思わずホッコリ(笑)
>>ぴぃすうさん
ゲームやった事ないけど、あの色素薄い感じが何か好きでしたw
提督は正論で捲し立てられると弱かったらするので、神通さんの切り札効果はてきめんですな…!
ばんちゃです♪
篠原さんに父親の姿を求める夕立ちゃんか…今回は暖かさの中に少しだけ切なさを感じる話でしたね。
それはそれとして…「出されたら残さず食えッ!」は流石っ(笑)
コメントありがとうございます!
イクメン要素は無いですが、まだ幼さの残る艦娘を見ているとそう言う側面って結構ありそうな気がしますね……´д` ;
それと私も赤城さんの説得力は本当に流石だと思いますw
こんちは~♪
あはは♪私的には今回は蒼龍さんがMVPですね♡この子役者やわ( ̄▽ ̄)ニヤリ
次点で壊れかけた神通さんでしょうか?…TKG風味のおにぎりは確かに美味ですけど♪
それにしても…母性ってなんなんでしょうね?(笑)
コメントありがとうございます!
それって暴走グランプリのMVPでしょうかね…?w
因みに私はコンビニおにぎりで銀シャリにハマってた時期がありましたが、今では無難なツナ派です。
それと母性は立場を逆転させて考えてみるととよく分かる……かも知れませんな(*´-`)
ばんちゃです♪
あはは♪蒼龍さんは今回の暴走グランプリのトリガーという意味で(笑)
ちなみに私はエビマヨが好きですね!
タクシーの乗務員は例外なくコンビニ常連ですので、おむすびはコンプ率高いですよ~(^^)/
母性か…本能的に警戒態勢が発動するレベルのやつは勘弁して欲しいかもかも~(笑)
コメントありがとうございます!
確かに今回は蒼龍さんの作り話が起爆剤になりましたなw
余談ですが私も昔は物流のお仕事をしていてお昼はコンビニ飯がメインだった時期がありまして、忙しい時とかコンビニおにぎりに何度も助けられましたw
卯月のスカートめくり‼
こりゃ~イカン‼こんな悪戯兎は俺が飼ってシッカリと躾ないと( ・ε・)
叢雲白、愛宕ピンク、龍田黒、エエやん(*´ω`*)
訓練さして、全色コンプリートだ。
おっと、仕留めた獲物のトロフィーを得る為に、青葉も狩りに同行させないとな。
お巡りさん>>29この人です!
……って冗談はさておき、コメントありがとうございました!w
ばんちゃです~♪
長門さん…貴様『ながもん』だなッ!?そうに違いあるまいッ!(^_^;)ww
むったんが苦労するのが目に浮かぶなぁ…着任したばかりだというのに不憫な…(笑)
コメントありがとうございます!
私も強烈なの仕込んじゃったなぁ……と思ったりしています…w
こんちゃでーす♪
パート9完結おめでとうございます!!
新作にも期待ですが、パート10もしっかり待ってますからね~( ̄▽ ̄)キリッ!
それにしても…『神チュウさん』は最高♡ww
コメントありがとうございます!
お陰様で今回も最後まで書き遂げる事が出来ました、いつもコメントありがとうございました!
新作の方は、此方のサイトがほぼ艦これメインな感じなので出そうか迷っている所でして、本当に予定は未定って感じです(・・;)
神チュウさんは語呂が良いですよね、わりと似合っている気がします!
忙しくて見れなかったら9パート完結してる!?おめでとうございます!
長編なのにクオリティ全く下がらないの凄すぎです!ただ「デッド・オア・アライブ」で吹き出してスマホベトベトになったのは許せません。無理のない継続的な投稿を要求します!
とりあえず川内に、大きさだけが良さではない、と教えてあげてk(憲兵
コメントありがとうございます!
いや本当にここまで続いてるのは応援してくれる皆さんのお陰でしたw
ただ色んな書き方で練習も兼ねてダラダラ続けているだけだったりもしますが、毎回コメントや応援頂けて本当に嬉しい限りです!
そして川内さんのアレは個人的にですがもう少し大きくてもよk(
何時もキャラの特徴が良く出て面白いんですけど。
今回のハロウィン回も爆笑(^w^)
特に、叢雲のキャラじゃないと隠れる可愛さ。漣のデッド・オア・アライブで爆笑。漣なら言いそう。そして、めげない、懲りない、省みない、のウサザー。
いつも読んでで、本当に楽しいヽ(・∀・)ノ
この作品が、まだまだ続いてくれる事を願います。
コメントありがとうございます!
相変わらず原作未プレイでwikiと睨めっこしていますが、キャラがちゃんと出せているようなら良かったです!w
続編は現在執筆中ですので、もうすぐ1話だけでも公開出来そうな感じです!
もう少しだけお待ちください!