2019-08-10 03:11:07 更新

概要

信義と共に の番外編となります。 提督の過去がメインとなり艦娘は登場しません。
読まなくても本編・日常編には差し支え無い内容となっていると思います。此方は一応完結です。


前書き

本来、信義と共にII 【日常編】の最後に入れる予定だったお話になります。
ですが、日常編の内容にそぐわない提督の過去話の為、新しくパートを作りました。

艦娘は語り手以外では会話すらありませんので、ご注意下さい。


託されたモノ




かつて、深海棲艦が初めて本土を襲撃した際、日本は幾万人もの犠牲者を出しながらも防衛を成功させました。

そして、その時に亡くなった方々の追悼の為、犠牲を決して忘れない為、各所に慰霊塔がたてられました。

現在もその慰霊塔には沢山の花束が飾られ、ご遺族の方やご盟友の方々が手を合わせて祈りを捧げています。



そして◯月◯日、私達の住むこの街を見下ろす見晴らしの良い丘の上に、今は亡き戦士達の健闘を讃えた小さな石碑が建てられました。


日本で暮らすおおよそ殆どの人は、石碑に刻まれた彼等の名前を知らないでしょう。

そしてこの私も、その名前の持ち主の事を殆ど知りませんでした。


ただ、それでも私は、私達は、沢山の感謝を込めて祈る事が出来ます。



石碑に刻まれた彼等が謳うは、『なしの礫隊』。



かつて彼等は弱き者の為に身命を投げ打って戦い続けた歴戦の勇者達。

危険な紛争地域で小さな子供達を戦争から遠ざける為に、病に伏した人にワクチンを届ける為に、乾いた土地に綺麗な水を届ける為に、何年間も戦い続けた勇者達。


深海棲艦が現れた時、誰よりも早く動き出したのも彼等でした。

深海棲艦には現代兵器の一切が通用せず、彼等の培って来た技術や戦術も全く役に立ちませんでした。

それでも彼等は躊躇わず、囮となる事で時間を稼ぎ、文字通り命を削りながら住民の避難が済むまで戦い続けました。

その姿は、現代では禁忌とされる片道燃料と爆薬を積んで敵艦に突撃する神風特攻“桜花”を彷彿とさせますが、神風特攻には少なからず敵を倒した戦果がありました。


彼等にはそんな戦果も無く、1秒を稼ぐ為に死ぬ事でしか役割を果たせない。

そんな自分自身の体たらくを皮肉って、『なしの礫』を自称しました。

ただ、その1秒1秒を尋常ならざる執念を持って限界を超えて引き伸ばし、多くの人々が逃げられる時間を稼ぐ事が出来ました。


そして深海棲艦に攻撃が通用する艦娘が現れても、彼等は変わりませんでした。


私達の姿が、ヒトと変わらなかったから。

私達の心が、ヒトと変わらなかったから。


例え、どんな傷でも入渠で治せてしまおうと、人間より遥かに頑丈な身体を持っていようと、鋼鉄の武器を展開させようとも。

泣いて、笑って、怒って、悲しんで、ありふれた日常を過ごす私達は、彼等の目には守るべき人々と変わらなかったそうです。


彼等はそんな私達の前で、少しずつ、そしてあまりにも呆気なく命を散らし始めました。


あの日、突然現れた脅威的個体は、私達の全身全霊の連携攻撃を嘲笑うかのように跳ね除けて、そして彼等の命すらも弄ぶかのように蹂躙していきました。


ですが、その投げ捨てられた命が呼び起こした奇跡により、私達はここに居ます。


だから、想いを込めて祈る事が出来ます。


跡形も無くなってしまった彼等に届く様に、強く祈る事が出来ます。


感謝を、ありふれた日常を取り戻す事ができたのは、貴方達のおかげです。


そして想いが届くと言うのなら、僭越ながら伝えたい言葉が御座います。



貴方達は決して、“なしの礫”ではありません。

私達が“布石”として貴方達が遺した1つ1つを拾っていきます。


そして返事の代わりに、ささやかな祈りを捧げましょう。


時に夜光石のように輝くそれが、私達の仲間を導いたのと同じように、今度は私達が平和な世界へと導きましょう。

巡り行く輪廻の果てに、貴方達がまたこの地を踏む、その時までに。



どうか、届きますように。












黙祷を捧げる私達の前で、綺麗な花束を石碑の前に置いて手を合わせる男性が居ます。


彼は少しだけ寂しそうな瞳で、石碑に掘られた名前を哀れむ様に指先でなぞりながら、まるでそこに誰かがいて、語り掛ける様に呟きました。


「こんなに立派になっちまってなぁ……」


このお方こそが“なしの礫隊”の隊長だったお方。

そして今の私達を束ねる、提督。

あの日、奇跡的に生き残ってくれた、かけがえのない人です。

『サムライ』の二つ名を持つ、とても優しくて誰よりも強い、皆が大好きな提督。


普段はとても頼もしい筈のその背中は今はどこか小さくて、私には泣いている様に見えました。


提督は石碑に連なる名前の空欄の部分を指でなぞり始めます。

どれ程の余白があるか確かめるかのように、ゆっくりと。


私はその姿を見て、ズキリと胸に痛みが走りました。

その指先を走らせる行為が、自分の名前が刻まれるスペースを確認しているのだと分かってしまったからです。


提督が死を望んでいる訳では無いという事は私達にも分かっています。

ですが、どれ程の想いがその指先に込められているのかが分かりませんでした。


提督は戦う意思に込められた気高き想いを、私達に託して頂けました。

ですが、全てでは無いという事を知りました。


伝えられない想いがあるのか、それとも、私達がまだ弱いからなのか。

それでも全て打ち明けて欲しいと願うのは、我儘なのでしょうか。


艦娘全員の視線を集めていた提督でしたが、やがて砂利道を進む車輪の音が響き始めると、立ち上がって笑顔を見せていました。


間もなくすると、一台の車が近くに停車して、その後部座席のドアが開かれます。

すると、お年を召した女性の方がゆっくりと降りてきました。

とても優しそうな女性の方で、どこか誰かに似ている面影があり、艦娘達はざわめき始めました。

提督はそんな私達に構わずその女性の元へと駆け寄り声を掛けました。


「遅かったな、母さん」


そのひと言に、思わず声を漏らした艦娘の姿が多く見られました。

母と呼ばれた女性は提督を見るなり笑みを浮かべて返事をしました。


「ごめんね、準備に手間取ってね。 ……久しぶりだね、徹」


「久しぶり。 あまり会いに行けなくて悪いな」


「良いんだよ、まだまだあんたの面倒にはならないからね、好きなようにやりなさい」


「ああ。 でも無理はしないでよ、母さん」


挨拶を交わした提督は、女性と並んで私達の方へと身体を向けました。


「紹介しよう。 この人が俺の母親」


「篠原 今日子と申します。 皆さん、よろしくお願いしますね」


そう言って、今日子さんは丁寧にお辞儀をして下さいました。

私達も慌ててお辞儀を返すと、今日子さんは笑いながら言いました。


「こんな可愛い子達に囲まれて……、徹は幸せ者だねぇ」


「か、母さん……、勘弁してくれ……」


今日子さんの笑ったお顔は、提督と本当にそっくりでした。

家族であるという事もそれだけで納得できてしまうほどです。

今日子さんは提督と一緒に石碑の前まで行くと、その場で膝をついて手を合わせ始めました。



「本当に、本当に……、ご苦労様でした……」



真摯な祈りと共に綴られた言葉は重く、今日子さんの表情もとても寂しそうでした。

今日子さんは、彼等の事をよく知っているのでしょう。


私達、艦娘には家族と言う存在はありません。


ご自分の息子と、その仲間に対する想いがどんなものであったか、この時はまだ分かりませんでした。

ただ、どうしてもこの場に立ち会わなければ行けない程の理由がある事だけは、何となく分かりました。


しばしの黙祷を捧げる今日子さんに対して、提督は冗談っぽく笑いながら言いました。


「母さん、お墓とは違うんだぞ」


「……そうだったね、ここには眠っていないんだね」


つい先程まで同じ顔をしていた筈の提督は気丈に振る舞います。

今日子さんはそんな提督を見て「仕方ないなぁ」と言う笑みを浮かべました。

その僅かに首を傾げて笑う仕草は、本当に提督とそっくりです。


たったこれだけで、私達は1つ知る事が出来ました。

提督のとても優しい笑顔は、母親譲りのものだったのでしょうね。

何故でしょう、たったそれだけの事実を前に、少しだけ胸の奥が暖かくなりました。


石碑の前に花束を置いた今日子さんは、私達の方へ振り向いてゆっくりと見回し始めました。

私達の事が気になるのでしょうか、ただその瞳は何処か慈しみに溢れていました。

そして、ひと通り見回し終えると同時に、提督に言いました。


「徹、少しだけ、いいかい?」


「……」


今日子さんの言葉に、提督はバツが悪そうに頬を搔き始めました。

そして溜息と一緒に何かを察したように観念した表情を浮かべながら、返事をしました。


「ああ。 ……俺は少し、歩いてくるよ」


そう言って、提督は今日子さんに背を向けて歩き始めました。

艦娘なら、誰か1人でも提督の側に着いて行くべきだったのかも知れません。

ですが、今日子さんを目の前にして、私達は誰1人動き出せませんでした。


何か、とても大切な事を、私達に伝えようとしている。


その事が何となくわかったからです。


やがて提督の姿が見えなくなると、今日子さんは私達に話しかけます。


「徹が、お世話になっているね……」


いいえ、いいえ、とんでも御座いません。 お世話になっているのは私達の方ですよ。

私は首を振ってその事を伝えようとしましたが、上手く伝わったでしょうか。


そして今日子さんは、ゆっくりと語り始めました。


「……徹はね、最初はとても泣き虫で、とても弱い子だったんだよ」


それは今の提督の姿からはとても想像出来ない事でした。

涙脆い所は、確かにあるのかも知れません。 ただ、弱いと言うのはとても考えられませんでした。

私達は、そんな疑問を抱えた顔をしていた事でしょう。


「そうさね……、もう、ずっと昔の事になるかねぇ……」


今日子さんは疑問に気が付いたからなのか、それとも最初からそのつもりだったのか、語り手の如く提督の過去を綴り始めました。


私達は知る事になります。


提督が私達に伝える事が出来ない想いが、どれ程の物なのか。












時が過ぎるのは早いもので、もう30年以上も前の話になりますね。

あの時は中々子供を授かる事が出来なくて、お父さんにも何年も寂しい思いをさせてしまったものです。


それでも諦める事が出来なくて、お父さんと励まし合って、いつの日かお腹に命が宿ったと知った時は、お父さんと一緒に泣いて喜んだのを覚えています。


そうして日に日に重くなるお腹を抱えて新鮮な日々を過ごして半年後、やっと巡り合えた自分の子を見た時は本当に嬉しかったです。


私はこの子に会う為に生まれてきたんだな、って。


とても時間が掛かってしまったけれど、この子と出会えた事は、諦めなかったからこそ手繰り寄せる事が出来た運命だと思います。

だからこの子にも、どんな困難を前にしても、強い意志を持って乗り越える事が出来るように、と願いを込めて




徹[トオル]という名前を付けました。




でも、可愛がり過ぎたのかも知れません。

それか私に似てしまったのかも知れませんね。


徹はとても臆病で近所の人に挨拶する時も目を合わせられない程で幼稚園にいた頃は友達も出来ませんでした。

私も何かと手を尽くそうとしましたが、そのまま時が過ぎてしまい、小学校に通い始めたある日の事です。


学校に行っていた筈の徹は、身体中泥まみれ、そして擦り傷だらけで玄関に立っていました。

すぐに私は徹の両肩を撫でながら傷を確認しつつ、何があったのか聞きました。


すると、徹は泣きながら言いました。


「ケンちゃんを寄って集って蹴っ飛ばしてた奴がおった。 だから僕は注意しただけや……。そしたら、ぶたれたん……。 こんなんおかしい……、なんで注意しただけでぶたれるんや……」


この時から徹は、強い意志だけは既に持っていたのかも知れません。

ケンちゃんって子がイジメられているのを、見て見ぬフリが出来なかったようでした。


ただ、弱いから。矛先が自分に向いた時は逃げる事しか出来なかったみたいです。


私は何とかして、徹は間違ってないんだよって教えたかったけれど、何て声を掛けていいのか判りませんでした。

だけど、お父さんはハッキリと言いました。



「徹、何で泣いとるんじゃ」



怪我を案ずることも無く、玄関でベソかきながら立ち尽くす徹に強かに言いました。


「身体が痛いんか?」


「違う、違うわ……、こんなん痛くも、痒くもないわ」


「じゃあ何で泣いとるんじゃ」


「おかしいからや……、理不尽やん、こんなん」


「悔しいんだな?」


「くや、しい……」


苦しそうにその言葉を捻り出して、徹はとうとう泣き崩れてしまいました。

だけどお父さんは、慰めるような事はしません。

その時はヒドい人だと感じたけれど、お父さんは信じていたんだね。 徹の意志の強さを。


「泣くなッ‼︎ ……そんなんで泣いたらイジメっ子の思う壺やぞ! 奴等より強くなりゃいいんや!」


「む、無理やん! あいつらの方が数多いねん! それに僕は、僕は、喧嘩とかしたことないし、そんなん……きっと弱いから……無理やん……」


「今はそうかも知れないけどな、徹! 悔しいと思うのは、心が強い証拠だ! お前の強い強い心が理不尽を許してへんのや、だから逃げ帰った事すら心が許せずに涙流させてんのや! お前の心は勝ちたがってんやで!」


お父さんは泣き崩れた徹の手を力強く引いて、目の前に立たせると、両肩に手を置いて、強く言い聞かせました。


「信仰無き祈りで、願いが叶うものか! ……自分を信じなさい徹、お前が思っている以上に、お前は強い子なんや」


その時、徹の中で何かが変わったのでしょう。

手を力強く握り締めて、涙を必死に食い止めようとしていたのを覚えています。


そして、その次の日の事です。


玄関には昨日よりボロボロの格好をした徹が立っていました。

身体中青アザだらけで、額とか、肘とかも擦り傷が目立っていましたが、何処か清々しい顔をしていました。


「お母さん、僕、やっつけたぞ。 あいつら、人の事は蹴る癖に、自分が蹴られる事には弱かったん。 泣いて逃げおったわ」


徹は誇らしげにしていましたが、私は傷の方が気掛かりでした。

すぐに病院に連れて行ったら、手首や足首を捻挫していて、腕の骨にも小さなヒビが入っていました。

とっても痛い筈なのに、徹が泣く事はありませんでした。


そして、病院から帰ると、家の前に小さな男の子が玄関の前に座って待ち構えていました。


その男の子こそが、イジメられていたケンちゃんでした。

徹がたくさん怪我をしていたから、心配になって後を追いかけて、私達が病院に出掛けてしまったから玄関の前でずっと待っていたそうです。


聞けば子供の喧嘩とは思えないほど苛烈に殴り合っていたようです。

相手の人数の方が多いのに、今度は逃げる事をしないで、どんなにボロボロになっても、何度でも立ち上がって、がむしゃらに拳を振り回したそうです。


心配になった私は流石にお父さんに電話で相談しましたが、お父さんは大笑いでした。


『それでこそ男やろ!』


続けて、お父さんはこんな事を口にしました。


『次はお父さんの番だな』


そしてその日の夜、お父さんはいじめっ子のお家に直接乗り込んで怒鳴り散らしたそうです。


いじめっ子の両親は、最初こそ自分の子供がそんな事をする筈ないと主張していましたが、お父さんがボイスレコーダーを取り出して再生すると態度は一転して、何度も謝罪をして子供の躾を徹底させると共に、徹の医療費も全額支払う約束も取り付けました。


お父さんは闇雲に戦えなんて言ったわけでは無く、徹のランドセルにボイスレコーダーを忍ばせて、ちゃんと保険を掛けていたのです。


そしてその日からイジメも無くなって、私の家には毎日ケンちゃんが遊びに来るようになりました。

ケンちゃんの本当の名前は、神崎 健二くん。

同級生で、となりのクラスだそうです。


ケンちゃんと徹はとっても仲良しになりました。


「おいシノッチ! 裏山でオオクワガタが獲れたらしいぞ!」


「マジか! オオクワガタってあれやろ、指ちょん切るくらいアゴ強いやつやん!」


「マジで⁉︎ そんなん危ないやん! そんなん裏山におるとか怖いわ」


「よっしゃ獲りいこ!」


「嫌や、危ないやん! 指ちょん切られたら大変やん!」


「大丈夫や、絆創膏あるで」


「マジか、完璧やん! よっしゃ獲り行こか!」


とても小学生らしい日常を送れていたと思います


虫カゴがギチギチになるほどアブラゼミを詰めて帰って来た時なんて、私が泣きそうになりました。

時にお父さんも子供達の遊びに混ざって虫捕りをするものだから、本当に毎日大変でした。

お父さんが混ざると子供達は効率的に虫を集めるようになるんですよね。


蝶々の幼虫を大量に集めてきた時などは、私は卒倒しそうになりました。


毎日服は泥だらけでお洗濯が大変です、ポケットの中もちゃんと確認しないといけません。

林の中とかも平気で入っていくから身体中傷だらけで、絆創膏の消費もすごく早かった気がします。


それから徹とお父さんの距離もより縮まった様な気がします。


「お父さん、消防士って火事ない時は何しよん? ケンちゃん気になってん」


「そうだなぁ、電話の番をしたり、訓練をしたりしてるかなぁ」


「お父さん暇なんやね」


「お父さんが暇なのはいい事なんだぞ? お父さんが毎日忙しかったらそこら中火の海って事やで」


「ほーん、でもお父さんが消すから安心やん」


お父さんは街の消防士でした。

だから徹も、当然のように消防士を目指し始めました。


「災害から人を守るなんてお父さんはめっちゃカッコいいなぁ。 街のヒーローやん」


「はははっ、ヒーローか。 じゃあお前の事は死んでも守ってみせるぞ」


「死んでも守るって、死んだら守れんやん」


「大丈夫、お父さん鍛えてるから死なんぞ」


「それ死んでないやん」


「じゃあ生き返ったるわ。 ヒーローならそれくらいやるやろ」


「それ死んでないやん!」


小学校で行う消防訓練の時にお父さんがやってきた時は、徹も誇らしげだったと言います。

そしてケンちゃんも、お父さんととても仲良しになりました。


「おっちゃん! 見て見て蛇捕まえたん!」


「アオダイショウか?」


「シノッチ見たら驚くかなぁ?」


「ウチの母さんにやった方が驚くぞ」


「おっちゃん悪い奴やなぁ!」


ええ、本当に悪い人でしたね。 心臓が止まるかと思ったんですから。


それでも本当に毎日が幸せでした。

お父さんも、徹が大きくなったら家族で街を守れるな、なんて口ずさんでいました。


そんな幸せな日々も、唐突に終わりを告げます。


某日の深夜0時過ぎ、記録的な大震災が発生して、強い縦揺れ地震により多くの家屋が倒壊する未曾有の大災害となりました。


耐震設計を施された私達の家も呆気なく崩れ落ち、就寝中だった私達は避難することも叶わずに瓦礫の下敷きになってしまいました。

同じ部屋に居た私と徹は、奇跡的にも瓦礫の隙間に十分なスペースがあったので無傷で救援を待つ事が出来ました。


お父さんは、消防のお仕事で夜間待機だった筈です。


瓦礫に埋もれて何の光源も無く、真っ暗闇の中で私はただ徹を抱き締めて助けを待ちました。


「大丈夫よ徹、きっとお父さんがすぐに来てくれるから」


「うん……」


それから、どれ程の時間が経ったでしょうか。


身動きが取れず、飲み水すら無く、暗闇が時間の流れすら麻痺させ始めた中で、大きな重機が瓦礫を砕く物音が響き始めました。

自衛隊の方と、消防隊の方が協力して私達の上に積もる瓦礫を取り除き始めたようです。


「……徹、お父さん、来てくれたよ……」


「う、ん……」


やがて、真上の瓦礫が取り除かれて、眩しい光が差し込んできました。

光に滲む沢山の人影がこちらを見ていたのを覚えています。

その人影の一つが、手を差し伸べてきました。


「大丈夫ですかーっ⁉︎ すぐに瓦礫を退かしますので、もう少しだけ頑張って!」


そう言って私達にお水の入ったペットボトルを手渡すと、その人影はすぐに消えて行きました。

私は徹にお水を飲ませながら、励ますように言いました。


「徹、お父さん来てくれたよ……もうすぐ会えるから、頑張り」


「……違うで、お母さん、お父さんはとっく来てたんや……」


「え……?」


取り除かれた瓦礫の隙間から差し込む光は、ひとつの真実を映し出していました。


お父さんは確かにすぐ近くに居ました。


自分の身体をつっかえ棒のようにして私達の上にある瓦礫を支え続けていたのです。


「お、お父さん……お父さん⁉︎」


私は、瓦礫の隙間に立ったまま埋もれるお父さんの身体に手を伸ばしました。

瓦礫に阻まれながらもなんとか指先で触れる事が出来ましたが、お父さんの身体からは体温が感じられず、言葉を投げ掛けても何の返事もありませんでした。


これは全てが終わった後にわかった話ですが、お父さんは消防署で強い揺れが起こる事を察知した瞬間、緊急放送を消防団に指示した後で真っ先に私達の元へと駆け付けたそうです。

そして強い揺れの中、崩れ始めた家の中に飛び込んで、私達の元まで来ていたのです。


お父さんは、文字通り、一字一句違えず、約束を果たしたのでした。



『お前の事は死んでも守ってみせるぞ』



死因は胸部圧迫による窒息死だそうです。


とても苦しかった筈です、とても辛かった筈です。

それでも私達に心配掛けないように、いつ助けが来るかも判らない状況の中で私達に体力を消耗させないように、声ひとつ漏らさずに瓦礫を支え続けていたのです。


激痛に耐えていた筈のお父さんの最期の表情は、何処か安堵に満ちた、「間に合った」と言いたいような、そんな安らかな顔をして眠っていました。


私は暫く食事も喉を通らない程、いたく悲しみましたが、それと同じくらい徹のことが心配でした。

徹はお父さんの事が大好きだったので、もしかしたら塞ぎ込んでしまうと、この時は思っていたのです。


ですが、子供の成長はとても早いようです。


徹は沢山悲しんで、沢山後悔して、沢山涙を流した後で、私に言ったのです。


「僕は……、お父さんみたいに、誰かを助けられる人になりたい」


今までにない程、強い意志を感じました。

徹はお父さんの最後の姿から、沢山の強さを学んだのだと思います。

死んでも守るなんて事を実際にやってしまったお父さんを見て、強い使命が芽生えたのだと思います。

だから私も、心を鬼にする事を決めました。


「人を助けるんは簡単な事じゃない。 今まで弛んでた分取り戻すため、先ずは心を鍛えなさい」


「やったるわ」


「その中途半端な口調もなんとかしなさい。 田舎者だと笑われてしまうよ!」


それから私は、徹を街で一番厳しいと評判の道場に通わせました。

もしかしたらこの時の私は、徹が志半ばで折れてくれる事を期待していたのかも知れません。


徹には危険な目にあって欲しくはないし、平和に生きて欲しかったから。


ですが、徹は折れませんでした。


厳しいはずの道場の中で、いつの間にか一目置かれる存在となり、心も身体も大きく成長し始めました。

後から道場に混ざったケンちゃんと競い合うようにしてメキメキと力を付けて行きます。


今思えば、それは当然の事だったのかも知れません。


どんな困難に直面しても決して折れる事の無い強い意志を持つ事、それは私とお父さんが一番最初に徹に望んだ事だったから。


弱虫で、泣き虫で、人見知りする臆病な子だったけれど、心の内だけはずっと真っ直ぐでした。

間違っている事を、間違っていると唱える事が出来る子でしたからね。

お父さんにはその芯の強さが、初めから分かっていたのでしょう。


そして中学生になる頃には、立ち振る舞いまでお父さんに似てきました。

ただその中で、私は“徹”の部分にある強さを見た気がします。


「母さん、俺は消防隊じゃなくて、自衛隊を目指そうと思う」


「……どうしたん徹、ずっと消防隊になるって言ってたじゃない」


「神崎と話し合って決めたんだ。 自衛隊ならもっと多くの人を守れるって」


徹はこの時、お父さんの道から外れて自分の道を歩き始めようとしていました。

私も、もう迷いません。


「そうだねぇ……、お父さん越えるくらいの意気込み見せないと、天国で笑われちゃうからね」


「だよね、だからもっと強くならないと」


それから、徹は学校の部活動も基礎体力作りの為に一番厳しいとされる運動部に所属して、とにかく体幹を鍛え始めました。


ケンちゃん……その時は神崎くんと呼んでいたかな?

神崎くんも一緒になって、やっぱり競い合うようにして、時には励まし合って力を付けて行きました。


そして2人は高校卒業と同時に、自衛官候補生となり、その後3ヶ月の訓練を隔て正式に陸上自衛隊の一員となっていました。


この時から2人の体力と根性は上官から高く買われていたらしく「この自衛隊で一番厳しい訓練を受けてみないか?」なんて声が掛かったらしいです。

当時の徹と神崎くんは、どう言う訳か「一番厳しいモノを乗り越える」事に情熱を注いでいる節があり、当然のように訓練に参加していました。


想像以上にキツイ訓練に流石の徹も少しばかり後悔していた様ですが、神崎くんと一緒に見事に乗り越えて、最年少でレンジャー徽章を飾っていました。上官も目を丸くしていたとか。


そして、陸上自衛隊2度目の任期が訪れた時でした。

災害支援活動の海外出張を終えて帰ってきた徹は、浮かない表情で私に話し掛けてきました。


「母さん……、子供が銃持って戦ってた……」


「え……、なにそれは……」


「先輩の話では、少年兵って呼ばれてるらしい……」


私はこの時既に、徹が何をしようとしているのか判っていました。


「あんた、まさか……」


「母さん、父さんは見て見ぬ振りだけは俺に教えなかったぞ。 出来る事がある筈なのに何もしないのは、消極的に加担してるのと同じだ」


徹は、その少年兵達を助けようとしているみたいでした。

もう何を言っても聞かないのでしょう、そんな瞳をしていました。


だから私は、神崎くんにこっそりとお願いしたのです。


「神崎くん、徹のこと、危なくなったら助けてやってね……」


「任せとけやおばさん! ここまで来りゃもう一連托生っしょ!」


言われるまでもない、そんな風に神崎くんは胸を張って応えてくれました。


「神崎くんは、どうして徹の事を良くしてくれるの?」


「そんなん決まってるっしょ、俺とあいつはマブダチだからな!」


その言葉を残して、やがて2人は旅立ちました。


持ち得る技術を全て活かして、特にレンジャー訓練で培った“パルチザン”と言う、敵地で協力者を得て活動幅を広げる技能を遺憾なく発揮したそうです。


いつの日か、耳をすませばその活躍が聴こえてくるほどに。


徹と神崎くんの行動は“Peace Maker[ピースメイカー]”と呼ばれる部隊にまで成長を遂げて、多くの人々を救っているのだと。


天国のお父さんも、さぞや誇らしいでしょう。


お父さんの背中を見て、生き様を見て、息子がここまで大きくなったのですから。



ただ、それでも、一度だけ徹を引き止めようとした事がありました。



それは、徹が海外で重傷を負って日本に帰国して集中治療を受ける事になった事件の事です。


物資運搬中の徹を、横付けした武装トラックが運転席目掛けて機関銃で発砲したそうです。

放たれた12.7x99mmの凶弾は、装甲車両の装甲を貫通するだけに留まらず、防弾チョッキごと徹の身体を貫いて行ったそうです。


徹は奇跡的に助かりましたが、半年以上の入院を余儀なくされました。

凶弾が刻んだ傷は大きく、暫くはまともな食事も摂ることが出来ませんでした。


そんな痛々しい姿を私は見ていられなくて、病室のベッドで横たわる徹に向けて、遂に言ってしまいました。


「徹、もうやめよう? 徹まで居なくなったら、私はどうすればいいの?」


その言葉を聞いた徹は、ただ謝るだけでした。


「……母さん、ごめんな」


「なんで、なんで謝るの……」


「なぁ母さん、俺を撃ったあの機関銃は、次は誰に向けられるんだろう」


「……そんな」


「大人の俺は耐える事が出来たけど、次狙われるのは子供かも知れない。 子供だったら、きっと……」


「だからって、あんたが傷付く理由にならないでしょ!」


「……そうだな、この身体は父さんの形見だから。この傷は俺の恥だ」


「だったら……もうやめて……」


「でも俺の心も、きっと父さんの形見だ。 守るべき者を前にして、見て見ぬ振りは出来ないよ」


その言葉を聞いた私は、何も言えなくなりました。


もうとっくにお父さんよりも強くなっている筈の徹は、今もまだお父さんの想いを大切にしていたからです。


お父さんが最期に教えた事は、揺るがぬ誓いだったのでしょう。


ただ真っ直ぐ信じた道を行く、その名は信義。


傷付くのを恐れて、更に命が惜しくて逃げ出せば、その誓いは嘘に変わります。

お父さんがそうしたように、“死んでも守る”と誓ったように。

命を超えた固い誓いが宿っているのでしょう。


徹は決して命を軽く見ている訳ではありません、命より重い理由があるというだけなのです。


そして徹は退院すると同時に誰かを守る為に、再び旅立ちます。

その飛行機に乗る前に、徹は私に言いました。


「母さん、頑丈な身体に生んでくれてありがとう」


何て言葉を返したら良かったのでしょうね。

ただどうしようもなく嬉しかったのだけ覚えています。

そして迎えに来た神崎くんも、私に向かってこんな事を言いました。


「隊長がまた血を流しても、流した分だけ俺の血を入れてやるわ。 俺は歩く輸血パックだしな! だからおばさん、安心してなー」


「またアンタはふざけてばかり……。 でも、ありがとうね、徹に血を分けてくれて」


「任せとけって言ったでしょ、息が合うから血も合うんだろうな! 隊長は俺が、死んでも守るからさっ」


それが、“Peace Maker”としての最期に交わしたやり取りでした。

次に帰ってきた時の出来事は、貴女達、艦娘の皆さんが一番良く知っている筈ですよ。












提督に代わって全てを打ち明けてくれた今日子さんは、ゆっくりと石碑の方に身体を向けて景色を眺め始めました。


私達は思い知る事になりました。


重い……、余りにも重い、それが素直な感想でした。

提督が私達に託したモノは、ほんの氷山の一角に過ぎないと言う事だったのでしょう。

だから提督は私達の重荷とならないように、沈黙をもって身を軽くしていたのだと思います。


ですが私は、今ならその重さも全て受け入れられるような気がしているのです。


私達は、想いを運ぶ艦だから。 提督がそう教えてくれましたから。


提督の戦う意思に込められた、幾千もの夜を越えて大切にされてきた想いが今、伝わってきます。


本当に、本当に奇跡のような想いです。


そしてこの事を、提督の母である今日子さんが語る事に意味がある事が、この時になってやっと判りました。

今日子さんには提督にはどうしても託せない想いがある筈です。

愛の形を少しだけ知ることが出来たからでしょうか、何となくわかる気がしたのです。


そしてその想いが言葉に代わる瞬間が、遂にやってきたようです。

今日子さんは私達の方へ振り向くと、少し申し訳なさそうな表情で言いました。



「皆さん……、徹のこと、これからも頼めるかしら?」



その次の瞬間、私達は全員が同じ言葉を発して返事をします。


そして、あの人そっくりな笑顔が見れたのは、もう間もなくの事でした。





後書き

こちらのお話はお蔵入りまで考えていたのですが、半分以上打ち込んでしまっていたので公開する事にしました。

篠原の過去の出来事が趣旨ですね。
この作品タイトルの“信義”に纏わる部分と、篠原の強さの由来を物語っている……つもりです。
艦娘達がそれを知った上で今後の行動に変化が伴う……かも知れません。

作品を繋げるリンクは敢えて付けないでおくつもりです。
ですが『この話は必要だ』と感じたならリンクを貼って繋げるかも知れません。


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2020-10-18 02:39:53

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1: 50AE 2019-08-09 23:54:46 ID: S:LFKdlz

月並みですが、素晴らしいです。

投稿ありがとうございます。

2: りぷりぷ 2019-08-10 03:10:40 ID: S:6Kjniz

コメントありがとうございます!

このお話はこれで終わりますが、日常編はまだ続きますのでよろしくお願い致します!


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