2020-03-21 10:31:50 更新

概要

相変わらず拙い文章が続きますが、宜しければお付き合い下さい。


前書き

物語は前回の続きから始まります。
初見の方は前作からお願い致します。


前作



初めから












貴方との絆






時刻はお昼時、艦娘である神通は本来ならば食堂に足を運ばせて、三脚に立て掛けられたホワイトボードに記された数々のメニューを眺めながら昼食の宛てを気分と相談して考え始めていた頃だろう。

しかし今日という日、彼女は憲兵の江口と共に地元の民家へとお邪魔していて、そこは大きな一軒家で、古ぼけてはいるものの歴史を感じさせる威厳を秘める立派なお屋敷のような風貌を醸していて、和風庭園の飛び石を歩いて建物に入れば伝統的な作りの広い玄関から奥へと繋がる長い廊下が姿を現した。


神通と江口を案内していた体格の良い白髪の老人は玄関に入ると怒鳴り散らすような大声をあげ始めた。


「ばぁーッ! ばぁーさん! お客さんだぞーッ‼︎」


玄関が揺れるような迫力に神通は驚いていたが、すぐに江口が安心させるため彼女に耳打ちをしていた。


「昔の人はあーやって人を呼ぶんですよ」


「は、はい……」


何事かと目を丸くしていた神通はその場で取り繕い、何とか落ち着きながら姿勢を正して成り行きを見守り始めた。

間も無くすると、老人の妻と思われる長い白髪を後ろで遣った老婦がゆっくりと長い廊下を歩いて現れた。

彼女は相応にお年を召していて顔に皺を刻みながら、それでも衰えない慈愛に満ちた満遍の笑みで表情を飾っていた。


「聞こえてますよぉ……。 もう、お客さんが驚いてしまうよ」


神通はそんな彼女を見て“普段から笑って来たのだろう”と深い印象を抱いていた。


それ程に綺麗に笑っていたのだ。


その視線に気が付いた老婦は、玄関の端に膝をていて正座で姿勢を正すと、床に指をついて頭を深く下げ始めた。


「ようこそいらっしゃいました……」


それに習って神通も、立ちながらであるが深く頭を下げて返し、江口も続いた。

そこへ白髪の老人はまたも大きな声で言ったのだ。


「婆さん、艦娘さんが来てくださったぞ。 儂等の話を聞いてくれるんだと」


「まぁ……!」


老婦は正座したままの姿勢で瞳を輝かせ神通の方に顔を向けた。


「その節はどうも……、本当に、本当にあなた方のご活躍には助けられております。 本当にありがとうございます……」


「い、いえ。 ……私は当然の事をしているだけです」


神通は戸惑いながらも返礼してその場をやり過ごしていた。

彼女にとって、このようにして提督以外の人から褒められ感謝される事は初めての事だったからだ。

少しむず痒いような焦れったいような、けれど悪くは無い心地が胸中を巡らせていた。

彼女は普段の鎮守府では堂々としているが、こんな時は従来の性格が出て来てしまうようで、感謝されても照れてしまうのであった。


そうして歓迎を受けた後、神通達は話をする為に座敷へと案内された。

広い座敷は天井までゆとりがあり、伝統的な作りである象徴としてハリなどが所々に見受けられ、畳の床の上には焦げ茶色の木彫りのちゃぶ台に橙色の厚い座布団が用意されていた。

そして2人を案内した老婦は襖の手前に控えていたが、今一度深いお辞儀をしながら言った。


「どうぞお掛けになってお待ち下さい。 今お茶をお持ちしますので……」


そう言って彼女は襖を閉めると台所へと歩いて行った。

まだ戸惑っている神通を横目に、江口は率先して動くつもりなのか用意されていた座布団に座ると、神通もそれに続いた。

そして一息ついて江口は座敷の中を見回しながら神通に話し掛けた。


「それにしても、立派なお屋敷ですね……。由緒正しい作りと言いますか、伝統的な構造ですね」


座敷からは縁側を隔て綺麗に選定された盆栽などが並べられた庭園が一望できるようだ。

庭園を飾る塔を見立てた石灯篭は、潮風や雨に晒されて風化していながらも威厳を保ち続け、長い世代引き継がれてきた歴史を物語るかの様に佇んでいる。

神通はそんな石灯篭を眺めながら江口の言葉を拾った。


「確か……、先祖代々引き継がれた小さな漁業会社を営んでいると……」


「ですね。 鈴木さんの会社はこの町の主な収入源となっているそうです。 艦娘だけじゃなくて、篠原さんにも特別感謝しているのは彼等が真っ先に敵に向かったお陰で漁船や港が破壊されずに済んだからでしょう……」


鈴木とはこの屋敷の持ち主の姓であり、神通達を招いた張本人でもある。

またこの田舎町では鈴木姓は多く、この屋敷はその一帯のご本家であった。

神通は彼等との最期の光景を思い浮かべながら、静かに言った。


「……あの時の私では……、あの敵には歯が立ちませんでした……、きっと襲撃を許してしまっていた事でしょう……。 それだけに、彼等の犠牲は決して無駄ではありませんでした」


「我々憲兵隊の中でも彼等は英雄ですよ。 ……少なくとも私には、銃も何も効かない相手に立ち向かう勇気はありません……、あまつさえ矢面に立ち続ける事など……」


「それが出来るから、彼等は英雄なのでしょう……」


生存の見込みも無く勝ち目のない戦場を前に我こそはと立ち向かえる勇気を持つ者が一体どれほど居るのだろうか。

そして事実、自ら犬死するような無謀な時間稼ぎが身を結び防衛を成し遂げたのだ。


神通は彼等が勇敢な理由を知っている。


平和を望む者は、誰よりも戦いに身を投じる事になる。

人々の生存を望む者は、誰よりも犠牲を強いられる事になる。

守らねばならないと誓う者は、誰よりも傷付く事になる。

平和が望まれるのは平和では無いから、生存が望まれるのは死が迫っているから、守る必要があるのも敵がいるからで、彼等はつまりそういう集まりである。

ただその見返りを“技術”と“執念”を持って最低限に押さえつけ続けていたのだ。


そして神通と江口が当時の光景を思い浮かべて束の間、襖が開けられて白髪の老人──鈴木がやってきたようだ。

彼は2人を前にテーブルを挟み正座で座ると、今更になり改まって挨拶を始めた。


「本日はわざわざお越し頂き、ありがとうございます。 ……申し遅れました、儂は鈴木拓郎、この町で漁業を営んでいます」


鈴木が自己紹介をした所で、彼の妻が丸いお盆に御茶を乗せて現れて神通と江口の前にそれぞれ丁寧に並べ始めた。

その様子を眺めながら鈴木は紹介を付け足した。


「そして家内の聡美です」


そして紹介を終えた鈴木は、視線を神通と江口に戻して言ったのだ。


「それでは……、儂の話を聞いてくれますかな……?」


彼は真剣な趣であるが、江口はある程度事情を知っているのか複雑そうな表情を浮かべていた。

神通は鈴木が何をするのかもまだ聞いていなかったので、この場を借りて疑問を投げかけた。


「鈴木さんは、一体何をするおつもりでしょうか……?」


神通は質問と同時に鎮守府の門で彼が発していた言葉を思い出していた。

町を守る為に命を散らした隊員と、その隊長を務めた篠原に感謝を伝えたいと言う彼の言葉は今の神通にとって無視出来ない言葉だったからだ。

さらに彼女は“彼は伝える術を知っている”とも考えていた。


そんな秘めた期待に満ちた神通の問い掛けに彼は答える。



「……この町で、花火を打ち上げたい」



その内容の意外性に神通は目を丸くしていたが、彼はそれに気が付かずに熱弁を振るい始めた。


「……近所の商店で、篠原さんに会ったんだ……」


それは連休に入る前の出来事である。


漁船に必要な雑貨を買い足す為に鈴木はスーパーに向かいポリ袋や消耗品の類に目星を付けていた所で、商品棚の角を小さく飾る花火セットを前に真剣に吟味をしていた篠原と出会ったのである。


篠原は色取り取りな小さな花火達を前に思い悩んでいて、気になった鈴木は声を掛けたのだ。


『ありゃ、篠原さんじゃないですか、珍しい』


『お……、鈴木さんですか、奇遇ですね』


鈴木と篠原が面識があるのは艦娘達のアルバイト先でもあるからだ。 漁船護衛の為、仕事上ではあるが何度もやり取りを交わした間柄である。

篠原は提督であるのにも関わらず低めな物腰と柔らかい対応が親しみやすいのか、鈴木が気さくに話し掛ける要因となっていた。

そして鈴木は篠原の眺めていた棚にある、手持ち花火のセットに目を向けながら言った。


『花火ですか?』


それは何気無く投げ掛けた疑問で、その時ばかりは鈴木も何も思う事は無かった。

そして篠原は手持ち花火の一つを手に取りながら答える。


『本当なら大きな打ち上げ花火が見たかったんですがね……、まだまだ生憎の事情ですから』


この時の篠原も何となく本音を交えて答えたのかもしれなかった。

しかし鈴木にとっては聞き捨てならない言葉だったのだ。


打ち上げ花火は深海棲艦が現れてからは、敵を刺激してはいけないと言う理由で既に5年間も催されていない。

更にこの町は去年に襲撃の危機に陥ったばかりであるし、尚更この町で打ち上げられる事は無いだろう。


それでも鈴木は、この町を守った張本人にそんな些細な夢を諦めて欲しくは無かったのだ。

篠原は挨拶程度の気持ちでその言葉を零したのだろうが、彼にとっては一大事。


彼は気が付いたのだ、大いなる犠牲を隔てて生き延びた町が、守られる前と何も変わらないままではいけないと。

確かに打ち上げ花火のような大きな音と光を発する物は深海棲艦を刺激してしまうかも知れないが、現状の海は平和を保ち、艦娘達のお陰で漁師が沖に出る事も出来る程にまでなっている。


鈴木は強い眼差しを神通に向けながら彼女に言った。


「儂等は君達の活躍にも応えたい、君達が居たから取り戻せた日常を誇りたい……。 そして彼等の犠牲は無駄で無かったと、アレから変わったのだと彼等に届けたい……!」


刻まれた皺の奥の瞳は熱く滾り、それだけに本心である事が面識の無い神通にも伝わる程であった。

しかし神通は僅かながら複雑な想いを抱き、そしてまた憎らしさに似た感情を篠原にぶつけ始めていた。


(結局……、私達の為なのですね……)


篠原が何故打ち上げ花火を見たいと零したのかを彼女は知っているからだ。


(貴方の為に動いても、自分の為になってしまうなんて……、まったくもうです……)


提督はきっと打ち上げ花火を眺める自分達を見たかったのだろうと、神通は考えた。

彼は艦娘達の見識を広める為に全力を尽くしてきた経緯がその事を確信させていた。


けれど篠原が無意識に諦めてしまうその光景は、尤もらしい理由があるようだ。

鈴木を横で見ていた江口は憲兵長と同じ様に困った様に話を始めた。


「ですが……いくら安全になったとは言え、万が一があります……。 もしも花火で深海棲艦を誘き寄せてしまったら大問題ですよ」


「……儂もワガママを言っている事は分かっている。だがな……いや……、でも……、それでも……」


鈴木は正座の姿勢で悔しそうに握り拳を作り、歯切れの悪くなった口を固く噤みはじめた。

その様子を見ていた神通は、何となくだが彼の気持ちがわかる様な気がしていたのだ。


変わったのだと言う事を知らせたい。


それは守られた者だからこそ出来る、守る者への功績を称える最もシンプルな方法なのだろう。

明るくなった世界を見せたい、元気な姿を見せたい、そして最後に“君のお陰だ”と伝えるのだ。


神通もそれが彼等への最高の手向けであると考え始めて、やがて江口に顔を向けて言った。


「……私が海上警備を務めます。 監視塔から敵接近の報せが届けば即座に迎撃出来るようにすれば、安全面は何とかなる筈です」


「で、ですが……」


「篠原艦隊、秘書艦の神通が警備に当たるという前提で、私の持つスコアと共に鈴木さんの要望を大本営に打診してみて下さいませんか?」


彼女の強気な発言に、悔しそうに顔を俯かせていた鈴木は思わず顔を上げて目を丸くしていた。


「お、お嬢さん……、君はそんなに強いのか?」


「え、えぇと、それなりに戦える筈です。 仮に敵が接近したとしても夜戦ですし……」


神通がそう言うと、江口が微笑を交えながら説明を付け足した。


「横須賀鎮守府の精鋭も彼女を前にすると尻込みする程です」


「えっ? あの、そんな事は……!」


「あははははっ! そいつは本当か? だとしたら何て頼もしいんだ、流石は篠原さんトコの艦娘だな!」


鈴木は笑いながら神通を鼓舞した。

横須賀鎮守府と言えばあまりにも有名な鎮守府であり、数々の功績を作りながらなお成長を続けている日本の柱であるからだ。

そして提督の名前が出た途端、彼女は身を引き締めたのだ。


「……提督の名の元で戦う身、相応しいだけの戦いをする迄です。 ……尤も、まだまだ未熟ではありますが」


彼女は言いながら微笑を浮かべており、その事が鈴木には余計頼もしく見えた様だ。

そして江口もまた、今一度掛け合ってみる事に決めた様だった。


「……確かに、神通さんのスコアなら大本営も検討して頂けるかも知れませんね。 私からもお願いしてみます」


鈴木は神通の名前一つで風向きが変わり始めた事を何となく気が付き、本当に実態が気になり始めたのか江口に小声で尋ねた。


「ほ、本当に彼女1人で何とかなってしまうのか?」


「……何でも、横須賀で最も強い艦娘を3分で絞め倒したとか、睨まれたら爆発するだとか……。 実際、篠原さんが提督を務めてから無敗のまま今に至るまではあります」


その言葉を聞いた鈴木はゴクリと息を飲んで、改めて神通の方に顔を向けた。

彼女にはその意図が分からず小首を傾げていた。


「な、何でしょうか?」


「い、いや、何でもない。 それはそうとお嬢さん腹は減ってないか? 良かったら食べていかないか?」


「えっ、そ、その……」


確かにお昼時であるが鎮守府の食堂もあるので神通は気持ちだけ受け取って丁重に断わろうとしていたが、既に遅かったようだ。

鈴木の妻、聡美が話の間に手腕を振るっていて沢山の料理を運んできたのである。


「是非食べて行って下さい、この町で獲れたお魚ですよ」


聡美が大きなお盆で運んで来てテーブルの上に乗せたのは沢山の豪華な魚料理である。

今が旬の艶やかな鯵の姿造り、白い光沢を放つ新鮮なイカの刺身、そして鯵は天ぷらまで用意されていて、他にも煮物やスープまでも付いている。


力技にも等しい行いだが、用意されてしまったなら食べなければ失礼になってしまう。

神通はそう思って、苦笑いを浮かべながら答えた。


「で、では……お言葉に甘えて……」


「すっごく美味しく作ったのよ? お代わりもあるから、遠慮なく食べて下さいね」


聡美はそう言うが江口もまた神通と同じように苦笑いしていた。

この場にば4人しか人は居ないが、料理は6人前程の物量がある。

鎮守府にいる赤城のお陰で感覚が麻痺していた神通はその量に驚く事もなく、そしてそれらは鈴木夫婦が自分で食べるのだと考えて特に感想は浮かばなかったが、江口は何故か自身の祖父母の事を思い出して悪い予感に身構え始めていた。

そして彼の案の定、鈴木は笑いながら言ったのだ。


「若いんだからコレくらい食べられるだろう、な?」


その後、神通は目の前に差し出された沢山の料理が全て自分と江口の2人だけに提供された物という事に衝撃を覚え、赤城に来てもらうか本気で検討している間に江口が根性を見せて事なきを得た。


そして昼食を終えてその場を後にした2人は、重たいお腹をさすりながら帰路に着いて道を歩いていた。

江口は相変わらず苦笑いを浮かべながら愚痴をこぼしていた。


「2日分くらい食べた気がしますよ……」


「あ、味はとても美味しかったですね。 ただ、その、量が……」


「若ければ無限に食えると思ってるんですよ……」


実際凶悪な物量を押し付けられた訳なのだが、神通は悪い気はしていなかった。

それは江口も同じであるが、彼女はある事に気が付いたからである。


老夫婦は彼女が箸を運ぶ様子を嬉しそうに眺めていた。

よく噛み、しっかりと食べる。ただそれだけだと言うのに鈴木は満足そうな笑みを浮かべていたのだ。

まるで未来に咲く花に水をやるように、その役割がとても名誉な事であるかのように。


その優しい眼差しは彼女にとって誰かに似ていて、とてもよく見慣れた瞳である事に気が付いたのだ。


彼女はその瞳を持つ人物を思い浮かべ、その結論に至っていた。


(……貴方はそこまでお年を召していませんでしょう? 全く……)


この日、彼女が戦う理由がまた一つ増えた。


その後、鎮守府の守衛室で江口と別れた神通は足取りを軽くさせて自室に向かって歩き出した。

彼女が自分の世界が少しだけ広くなったの自覚しながら道を歩いていると、側から人の形をした緑色の塊が突然飛び出して行く手を遮った。

余りにも不自然で見慣れないソレを前に、神通は口元を手をあてがって目を丸くしながら、唯一の心当たりを叫んだ。


「も、モリゾー……⁉︎」


「いや違うよ!」


「そ、その声は……川内姉さん?」


「正解。 因みにコレはモリゾーじゃなくてギリースーツ」


ギリースーツとは高度なカモフラージュを可能にする迷彩服であり、川内の身に纏う物は草木を満遍なく貼り付けて擬態する物であった。

ただ通気性は最悪の一言に尽き、現在は夏の真っ盛りであるが、彼女は気にしていないようだ。

そんな川内はギリースーツのフードを捲り顔を出して言った。


「神通どこ行ってたんだよ、探したんだよ?」


「ね、姉さん……、お顔のそれは……」


「あ、これ? ドーランだけど?」


ドーランとはフェイスペイントの一種であり、川内の場合は迷彩として用いているようだ。

ドーランは肌の色消してカモフラージュとして用いるだけで無く、あえて顔のバランスを崩すように模様をつける事で相手から“顔”と認識させ難くする効果を持つ。

狙撃において視覚情報とは最も重要な情報であり、それだけに認識の遅延は絶大な効果を見込めるのだ。

ただ神通はそんな姿で自分の事を探している事の方が気掛かりだったようだ。


「ね……姉さん、まさか……」


「そうだよ、サバゲーしよっか。 神通もこの格好なら夕立時雨コンビに圧勝できる!」


「な、夏にそんな格好したくありません! ちょっと本気になり過ぎではありませんか?」


「なんだよー、この迷彩メイクとか提督に教えてもらったんだよ?」


「えっ? ……い、いやでも……」


その後、ゲームと呼ぶには余りに大人気ない川内の姑息な戦い方によりすっかり拗ねてしまった夕立が篠原に当たりに行き妙な二次被害が出たのはまた別の話である。


そして、その日の夜。

夕食を終えた神通は部屋に戻り、今日の出来事を整理しながら窓から外の景色を眺めていた。

夏の夜は暗闇でも視界が通るほどで、窓からは海の向こうの水平線まで眺める事が出来ていた。

東から南に掛けて大きく広がる水平線は僅かに光を放ち、そこが星空との境目となっている。

彼女にとって見慣れた海だったが、今日は何処か違った景色に見えていたようだ。


(……空と海の境界線……、こうして見ればとても曖昧なのですね……)


余り意味のない思考であるが、少なくとも彼女は別の物を当てがって考えていた。

そんな中、入浴を済ませた川内が部屋に戻って来て神通に声を掛けた。


「お風呂今なら空いてるよー?」


「あっ、はい、姉さん」


神通は会釈しながら答えるが、川内は見向きもせず冷蔵庫の方へと向かいアイスを1つ取り出しながら別の話題を持ち掛けた。


「そう言えば浴場で吹雪が言ってたんだけどさ」


「吹雪さんですか?」


「うん、なんかさぁ、提督って今の深海棲艦との戦争が終わっても支援部隊には戻らないらしーよ? ちょっと意外だったなぁ〜」


「えっ、それってどう言う……」


「私達の為に日本に残るみたい、戦後もちゃんと暮らせるように……。 私はてっきりまた支援部隊に戻って海外で活動するかと思ってたんだけどねぇ」


「……」


「いや、でも提督らしいと言えばらしいか? ……うーん」


「なるほど……、そういう事ですか……」


「ん? 神通なんか知ってるの?」


「い、いえ! 何でもありません」


神通は咄嗟に否定してその場をやり過ごしていたが、実際は川内の言葉に心当たりがあったのだ。

それは篠原が溢した『死んでも守る』と言う言葉に繋がり、ようやく彼女の中でその言葉が具体的に形を帯びて来た所であった。


(私達の為、礎を築くおつもりですね、提督は……)


未だに社会で偏見の見られる“艦娘”と呼ばれる存在。

彼はその偏見を拭い、または謂れのない誹謗中傷から守る為、生きてその道を確立させる為にここに残るのだろう。

神通は思わず笑い声を溢してしまった。


「ふふふっ、頼もし過ぎますね」


「私達に手を出す奴が居たら例え相手が政治家だろうとやっつけそうだよね。 んで提督に更生の見込み無しって判断されたら次の日忽然と姿消しそう」


「さ、流石に日本でそんな過激な事は……」


「いーやするね、提督はやるよ。 と言うか実際やってるじゃん。 性格はアレだったけど、かなり希少な提督の素質を持った超重要人物1人消してるし」


「ぜ、前任の事ですか……、言われてみればそうでしたね……」


「宮本元帥との特別なパイプもまだ健在みたいだし、陸でしかも日本なら装備にも困らないだろうしねぇ……、と言うか何でまだ所有出来るんだろ? 海外行かないなら必要ないよね」


川内はアイスを齧りながら篠原の持つ日本では所持する事を許されない銃火器の類を思い浮かべていた。

彼の持つ武器を携帯兵装として比較すれば、警察や自衛隊の物を上回る殺傷力を伴う為かなり異常な状態であるのだ。

例としてショットガンやグレネードランチャーと榴弾が筆頭に上がるだろう。

主兵装を担う小銃も現代の実戦で高い評価を得ているM4シリーズを使用しており、それらの弾薬も何故か申請が通る。

川内はその申請を融通しているのが宮本元帥だと考え、ふと湧いた疑問を呟いた。


「……どーして宮本元帥と提督が手を組んだんだろ……。 元は同じ自衛隊だったって言っても、宮本元帥は海の方で提督は陸だよね?」


「その事については大淀さんから聞いたことがあります。 宮本元帥は旧日本軍のやり方を嫌悪していたそうですよ」


「へ? 旧日本軍……って、じゃあ何で元帥なんてやってんの⁉︎」


神通は大淀との会話を思い出しながら、悲しそうに眉を顰めて言った。


「嫌悪する理由はかつて日本が生み出した特攻兵器の数々の事だそうです……。 かつての大本営は若輩数万名の命を“有効活用”する為に多くの特攻兵器を生み出しています。 川内姉さんも艦の記憶で覚えているのでは?」


「アー……、確かにアレは……。 じゃあ宮本元帥が今の元帥の位置に着いたのって……」


「歴史を繰り返さない為でしょう。 きっと宮本元帥も昔から今と変わらず、だからこそ提督と引き合わせたのかも知れませんね」


かつて日本が開発した特攻兵器の種類は世界最多であり、今でも日本の汚点として語られる機会が多いであろう。

世界でも“冒涜”と称されるそれらの役目は、殆どが若い命に担うように命じられた。 本来なら日本の未来を担うはずの若者達は粗悪品に乗せられて“十死零生”の元で大した戦果も無く死んでいったのだ。

その事を激しく嫌悪する宮本が、かつて篠原が救いたいと願った“少年兵”を見て何も思わない筈もなく、だからこそ無理をしてでも力を貸したのだ。


そして宮本は元帥の位に着いた今でもその想いは変わらず、自殺行為を命じる提督を断固として許さず、未だに篠原とのパイプを繋げている理由もそこにある。


川内は頭の中を整理しながら、ふと思い付いた考えを口にした。


「あ……、そういや私達の代わりに海上を見張ってる“監視塔”ってさ……」


「……私も同じ事を考えました」


「や、やっぱり絶対そうだよね! アレって敵を見張るだけじゃ無くて、全国の艦娘の出撃情報も見張ってるんだと思う……」


「監視塔を通して艦娘の出撃情報を大本営のサーバーが管理しているのでしょう。高性能なカメラも搭載されている筈ですので艤装の損耗も確認出来そうですし……」


「つまり、前任みたいに戦果に焦って入渠もさせないで無理な出撃をさせてると……」


「監視塔により宮本元帥の手に情報が渡って……」


「提督が動くと……」


宮本にとって篠原の存在は、潜入先の妖精や鎮守府に異常をもたらさない上に卓越した技術を持つ同志でもあるのだ。

その事から、今も篠原が銃火器を所有し続ける理由を間違いなく確信した2人は苦笑いを浮かべていた。


「本物のアサシン……、やっぱり提督は忍者だった」


「大本営は監視塔の事を“敵の接近を感知する”程度にしか説明していませんしね……。 段階を挟むでしょうが、不正を働く者を容赦なく処分する意思が伝わってきます……」


欲に塗れた人にとって提督と言う絶大な命令権を得る地位は王座にも等しく、剥奪されそうになった場合は命令を行使して反抗を試みる懸念が生じる。

そこで最も安全かつ迅速に事態を収束出来るだけの能力を持っているのが同じ提督の立場たる篠原が適任だったのだ。

彼のもたらす守護を具体的に把握してきた神通は、一度整理しようと考えて窓際から離れながら、アイスを咥えたまま雑誌を読み始める川内に向けて言った。


「では私も入浴を済ませてきます。 姉さん、溶けたアイスで汚さないようにして下さいね」


「ふぁーい」


川内は咥えたまま喋り、なんとも締まりのない返事が返ってくるが彼女は気にせずその場を後にした。










日本の首都、東京に位置する大本営。

本来の大本営であれば陸海空の総統として各種の部門が設けられていたのだが、“艦娘”と“妖精”の関係上、そして過去に起きた組織の複雑化による内部摩擦などから学び、シンプルな構造となっていて現在の大本営で従事する者は比較的少数である。

それでも防衛省や自衛隊等の国防機関と密な関わりがある為、重要な組織であることは変わりない。


そして大本営として艦娘達も多く滞在しているが、元帥の直轄ではなく別に提督が存在している。

そこにいる艦娘達は防衛以外にも情報管理や海上の輸送網等のライフライン持続に纏わる仕事に従事し、彼女達もまた国の大黒柱に違いないだろう。

その中での最高官、宮本はとある一報により参謀と議論を交わしていた。


「……打ち上げ花火、か」


事務室の中で独り言のように宮本が溢した言葉を、大本営直属の大淀が答える。


「かの町からの申請はコレで3度目で、今回は住民の約7割もの署名まで添付されていました」


大淀はFAXで送られてきた書類を宮本に手渡し、言葉を付け足した。


「更には篠原中将の秘書艦、軽巡洋艦 神通がその警護に当たるとも」


「ふむ……、あの神通君か」


「ええ……、あの神通さんです」


少々不憫ではあるが、様々な逸話により本人の意思とは関係なく知名度が高くなってしまった軽巡洋艦、“あの神通”と呼ばれた場合は殆どが篠原の所の艦娘を指す。

艦娘同士の演習で格闘技による接触は禁止というルールが加わったのは“あの神通”の仕業であるとか。 尚、本人はその経緯を知らない。

大淀から書類を受け取った宮本は、署名欄に記された鈴木氏から始まる名前の羅列に目を落とした。


「……これで7割か」


宮本はそんな言葉を呟いた。少ないと言いたかったのだ。

篠原の指揮により町は守られたのは確かだが、それでも一箇所に的を絞った襲撃が短期間で連続して行われたと言う事実は揺るがない。

かつて敵から日本の弱点と捉えられたあの場所で、“ここは危険だ”と考えて離れてしまった人が多かったのだ。


艦娘は強い。


ただし非人道的な提督による、たった1人の独裁による著しい全体の士気の低下、及び戦力の低迷は周囲を大きく巻き込んだ衰退を引き起こす事が彼の地で実証されてしまっている。

敵は脆弱化した部分を狙う、それは当たり前の事だ。

今でこそ持ち直しているが、危険な場所だったと言う事実は消えることはない。 独裁は未だにこのようにして爪痕を残すのだ。


その事を思い返しながら、宮本は顎に手をあてがい唸るように考え始めていた。


「う〜〜ん……、どうしたモノか。 確かにあの神通君なら生半可な相手じゃ歯が立たない実力があるからなぁ」


「香取さんが数値化したスペックでも目を見張る物がありますね。 流石は川内型と言いますか……夜なら戦艦級、果ては姫級ですら一撃で仕留める火力を叩けるとは……。 これも全て篠原中将の手腕によるものでしょうか」


「アイツは絶対に勝つ事が出来ない相手に戦い続けた桁外れの大馬鹿野郎だ……。 そんな奴の意思を継いだ艦娘なら桁外れなスコアも納得出来るだろう」


「提督の素質としても非の打ち所がありませんしね……、彼には艦娘を呼び込む何かがあるのでしょう」


「そうだろうなぁ……、派遣した香取君と鹿島君帰ってこないし……。 香取君に至っては引き抜かれちゃったし」


宮本が苦笑いを浮かべると、大淀も釣られて苦笑いしていた。

香取と鹿島は戦略分析の元、篠原艦隊に見られる各能力の飛躍的上昇の秘訣を探る為に派遣されたのだが中々帰ってこないのである。

更には建造で香取の艤装が出てきてしまった以上、篠原の鎮守府では“香取”が現れない事になる為、移籍も致し方無いのである。

宮本は困ったように笑ったまま言った。


「鹿島君もいっそ移籍させちゃうかな?」


「本人が望むなら問題は無さそうですね。 本来の役目もちゃんとこなしてますし、定期的に送られて来るデータもとても役に立っていますし、衣食住の充実とか」


「お陰で全国の鎮守府のエンゲル係数もうなぎ登りだがな。 それでいて輸送艦隊の朝潮君や不知火君も篠原ん所で昼飯を食べるようになってから妙に舌が肥えたとか何とか。 いや、まぁお陰で何か月一の外食みたいなノリで楽しそうに輸送に当たるのは構わないんだがな、ウチの間宮君の複雑そうな顔を見た事あるかね?」


「データによりますと……、やはり流行りの料理ですかね……」


「私もそうだろうと思って娘に流行りを聞いてみても口を聞いてくれないんだ、どうしたらいい?」


「ベタベタし過ぎない事です。 いくら父親とは言え娘さんは中学生でお年頃なんですよ?」


「だって可愛いんだもん」


宮本は例え娘が反抗期でもめげない親バカである。

そして話が逸れていたのを思い出した宮本は、改めた口調で言ったのだ。


「して、それで花火か。 ……私はやっても良いように思えるが」


「……その場合、各地から批判の声が挙がる可能性があります。 海沿いの街はただでさえ自粛ムードですし、それでいて襲撃の危機に瀕した町で花火など……」


「確かにそうかも知れないが……、それをあの町が望んでいるのだよ」


宮本は目を細め、思い耽るように僅かに顔を俯かせた。


「……人も、町も、生きている。 人が立ち直ろうとした時、変わりたいと思った時、相応の勇気が求められる物なんだ。 それは町も変わりはない、大きな勇気が行動に移り初めて変化が伴うのだと思う」


その言葉に、大淀は手を止めて彼の方に顔を向けて眼を見た。何か大切な事を教えようとしている事が何となく分かったからだ。

彼は言葉を続ける。


「この署名こそ、あの町の勇気だとは思わないか? 虐げられたからこそ、あの町は変わろうとしている。我々はその勇気も守れる機関でありたい」


「宮本元帥……」


「やってみようじゃないか。 何度も危機に見舞われた呪われた地にこそ祝福が必要なのだ、何もおかしい事は無い」


既に彼の中で結論が出ているようである。

大淀はこれから簡単に予測出来る各地からの声を想像して、悪寒から引き笑いを浮かべていたが、その事に気が付いた宮本は励ますように言った。


「大丈夫だよ、大淀君」


「あの町で花火が上がる事に関しては、そうだとは思いますが……。 批判の声が町にも及ぶ可能性も……」


大淀は、批判の声により町の住民が傷付いてしまう事を懸念していた。

日本では古くから右に習う風習があり、町とて例外ではないからだ。

全体的に自粛しているのにも関わらず、最も危険だった町から花火が上がれば当然批判の声があがるだろう。

その事を踏まえても、宮本は言うのだ。


「それでも大丈夫だ。 実はこんな詩をうたう歌があるんだよ」


宮本は笑顔を浮かべながら言葉を付け足した。



「悲しみで花は咲くものか」



古今東西、花とは穢れた地には咲かない至高の象徴として飾られる。

そして何よりも花火の歴史には英霊を迎える物があり、弔いの意味も込められる。

遥か昔も、多くの死者が出た土地に慰霊花火が打ち上げられた。そしてそれらは伝統となり引き継がれ続けている。

送り火、迎え火と共に花火が打ち上がるのもその名残であろう。


苦しんだ土地だからこそ祝福が必要なのだ。


強い復興の意思が込められて打ち上げられた花を、誰が咎められると言うのだろう。

戦時ではある、そうではあるが、宮本は戦時にも関わらずその様な催しが出来る事実を肯定するべきと考えた。

彼の地には確かな希望が芽生えている事を見過ごしてはいけないのだ。


大淀も彼の意を汲んで、何か察したように息を吐いて言った。


「万が一の事があれば許可を出した宮本元帥に責任が追求されますが……、まぁ、あの神通さんですし、あの鎮守府ですからね」


「逆にどうすれば倒せるんだろうな、あの鎮守府は。 頭のおかしい対空値はまるでイージストーチカだし、近寄ればチョークスリーパーで絞め落とされ、挙句の果て雑魚は眼で殺す。 艦娘の艦の部分を疑う必要が出てくるぞ」


「ヒトとしての部分の成長がそれだけ大きな意味を持つ証明ですね、眼で殺せるのは流石に意味が分かりませんが……。 ただその急成長と共に目立って来ているのか彼を首都防衛の為、東京に身を移すべきとの声もあがっているとか」


「横須賀があるのにおかしな話だな。 とにかく花火の件は流石に私の独断では不味いから各所に話を通す必要がある、時間を掛ければ盆も明けてしまう、忙しくなるぞ大淀君」


「は、はい!」


斯くして、宮本を中心に大本営が動き出したのである。

政治に纏わる彼等がこうも簡単に動くのも、そして潔いのも全て“素質”による厳選を隔てているからだろう。

かつての大本営は組織の複雑化により幾重もの段階を踏んで初めて行動に移して来た。

そして、その“段階”の中に様々な思惑すら込められていて時に重大な悪影響を及ぼして来たのだが、現在はシンプルな構成により答えが出るのがとても早かった。


余談であるが、この成り立ちは実は横須賀のとある艦娘のひと言から始まったものである。

大本営の新設時に挙って名乗りを上げた有権者達を見て『妖精の姿も見えず、現場を把握出来ない者が上に立つなどあってはならない。 素質のある者だけを求める』と、大胆にも切り捨てたのだ。

当時は日本最大の危機でもあり唯一戦える存在からの言葉は従わざるを得なかったのだ。

そして事実、提督の素質を持たない者が鎮守府に居れば妖精は姿を隠して工廠の稼働は止まるのだから、意味もなく人を集めても防衛力が損なわれるだけだった。


ただ、素質を持つ人間の中にも卑劣な者がいるように、必ずしも“良い人”だけが提督になれる訳では無く、初期の大本営はそれなりの騒動があったのだが、かつての反省から透明化の計られた大本営で私欲を振り撒こう物なら即座に世論の的にされて晒し上げられるだけであった。


更には生粋の正義漢、元は海上自衛隊幕僚長と欠点のないキャリアを持つ宮本が元帥の位に着いた目下、悪どい者は身動きすら出来なかったであろう。

それでも宮本の目から逃れる為、提督としての素質を有効活用するべく独立した鎮守府を設立させる等して私益を肥やしていたのだが、宮本が刺客を送るとは思わなかったようである。


そんな大本営が慌ただしく動き始めた最中、話題の町の鎮守府では提督の篠原が何とも賑やかな休日を過ごしていた。

彼は両手で抱える程の大きめなバケツを手に持ち、中身が溢れぬ様に慎重に露地を歩いていた。

バケツは相当に重いのだろうか、彼の額には汗が流れている。


その背後をキラキラとした笑顔で付いて歩く電は手頃なバケツを両手に持ちながら、いつにも増してご機嫌な様子であった。


「やっとお池にお魚さんをお迎え出来るのですっ♪ とっても嬉しいのです!」


「……まさか譲って頂けるとは思わなかったなぁ……、錦鯉だぞ……」


「お婆さんが心配ない様に、大切に育てるのです……!」


「あははっ、そりゃそうだな」


実は今日という休日、篠原は拡張を終えたばかりの裏庭で何か使えるものが無いかとホームセンターに足を運ばせていた。

そこで町の婆さんが彼に挨拶をして、篠原は世間話がてら自前の池の話をしたら家の鯉を譲ってくれると言ったのだ。

篠原は一度鯉の値段を調べていて、例に習い“ちょっと良い鯉”を探して桁の違いに思わず息を飲んでいた。 当然断ろうとしたのだが婆さんの粘り強さに根負けしたのである。


そこで前から裏庭に鯉がやってくる事を心待ちにしていた電を連れて預かりに向かったその帰りである。

篠原のバケツには身体の大きな紅白の錦鯉が6匹それぞれビニール袋に入れられて、そして電のバケツにはまだ身体の小さい色とりどりの錦鯉が数匹、直に水の中を泳いでいた。


錦鯉とは1つとして同じ模様は存在せず、鮮やかな色彩を放つ鱗を華麗に纏う姿は“泳ぐ宝石”とも例えられる程である。

2人は裏庭に向けて歩き、電は手に持ったバケツの中を覗きながら愉快な声をあげていた。


「あっ! 司令官さん司令官さん!」


「どうしたー?」


「この子の背中、猫さんの模様があるのです!」


電に言われて篠原は顔だけ向けて彼女のバケツの中を覗き見たが、鯉は入り乱れていて見当が付かなかったようだ。


「どの鯉だ?」


「端っこの、この子なのです!」


「あー……、たしかに猫……かな?」


紅白の背中に欠けた紅葉模様を飾る鯉がいて、確かに猫にも見えなくもないと篠原は考えた。


「こういう特徴的な模様があると、売ったら高くなるんだよな」


「売ったらダメなのですッ‼︎」


電は頬を膨らませて抗議の目を篠原に送り始めた。 しかし彼はこんな時にも悪戯心が沸く様である。


「時に錦鯉は2億円を超える事もあるそうだぞ……?」


「に、におくえん……」


電は想定しない額に目を丸くしていたが、すぐに我に返った。

そして先程より強い抗議の意思を身体で表し詰め寄りながら捲し立てた。


「そ、それでもダメなのですぅぅぅ! 司令官さんは意地悪なのです!」


「おっと、あまりバケツ揺らすなよ? 鯉が驚いてしまう」


「もぉ! もぉ! 司令官さんは酷いのです!」


「悪かったって」


電がそっぽを向いてしまうと、流石に篠原も侘びを入れるようであった。

そんな騒がしい2人の行進は他の関心を集めるには十分な程楽しそうに見えたのかも知れない。

それでいて2人の持つバケツもまた気になるのだろう、好奇心に釣られた曙が不思議に首を傾げながら2人の歩みに混ざって行った。


「あんた達何やってるの?」


その問い掛けに、電は待ってましたと言わんばかりにバケツの中が見えるように突き出した。


「鯉を譲って頂いたのです!」


「わっ、錦鯉じゃない! それに黄金まで居る……、凄いじゃない、良く譲って貰えたわね……」


曙が強い関心を示したのが全身が金色の鱗に覆われた派手な鯉であった。

一際目立つ金色の鯉は縁起が良いとされ観賞用としても人気が高いため値が張りがちである。

篠原は譲って貰えた人物の特徴をざっくりと説明し始めた。


「店で偶然会った婆さんがブリーダーだったんだよ。庭に夫が管理してた水槽があったんだが、使わなくなったから婆さんが養殖に使ってたんだ」


「本当に大きな水槽だったのです、プールみたいだったのです!」


「へぇ〜……」


篠原は彼女達の反応を見ながら、快く譲ってくれた婆さんに対して改めてお礼に行く機会を検討し始めていた。

そうして裏庭を目指して間もなく、曲がり角のたびに関心を示した人が増えて本命の池の前に辿り着く頃にはちょっとした人集りが出来上がっていた。

第六駆の暁、響、雷と、曙に釣られた漣と、更に噂を聞きつけた吹雪と青葉がその場に集まり、そしてその注目の最中で電がビニール袋に入れられた身体の大きな紅白の錦鯉を、袋のままゆっくり丁寧に池の水に浸け始める。


「ここが新しいお家なのです……、気に入ってくれると嬉しいのです!」


電が袋の封を開けると、解き放たれた錦鯉は尾鰭を立派に靡かせて水の中をゆらりと泳ぎ始めた。

鮮やかな鱗を輝かせ、空を駆けるように優雅に泳ぐ姿は彗星のように美しく、泳ぐ宝石と称えられる事も納得の行く姿であろう。


電は歓声と共に、満遍の笑みでその姿を見送っていた。


「はわぁ……泳いでいるのです……! 鯉さんはやっぱりとても綺麗なのです!」


自分が手掛けた池に綺麗な鯉が遊泳する様は彼女にとって何よりの喜びだったようだ。

錦鯉の勇姿を食い入るように見送っていた彼女だが、その背中に響が声を掛けた。


「他の鯉も放してあげよう、このビニール袋では窮屈だ」


「はわっ! そうでした、ごめんなさいなのです」


そして電に続き暁もぎこちない手つきで鯉を放し始め、池の反対側に回った青葉はお気に入りのカメラでその様子を撮影していた。


「んっふふ〜! 記念すべき池の住民を招く姿、これは絵になりますねぇ……!」


「ちょ、ちょっと! 撮らないでよぉ!」


「暁ちゃん気を付けて下さいよー? 鯉を地面に落としたら大変ですよ?」


「もぉ! そんなドジしないわよ!」


曙はそんな暁を眺めていたが、次々と放たれる鯉を見ると池の端に移動してその背中を上から眺め始めた。

そして顎先をトントンと指先で叩きながら何やら考え始めたようだ。


「やっぱり鯉は石垣の池が映えるわよねぇ……」


満足そうな感想を独り言のように呟いた彼女であったが、その言葉を漣は拾っていた。


「ぼのっちの美的感覚は間違いなかったんすねぇ!」


「当然よ。 池自体は派手じゃなくて良いのよ、泳ぐ魚がメインなんだから」


「でも良いもんですなぁ。 こうして元気に泳いで貰えると苦労して頑張った甲斐もあったんじゃないです? ぼのっち」


「取ってつけたように変な名前で呼ぶな! アンタ私の反応で楽しみたいだけでしょ⁉︎」


池の周りにはそれぞれの感想が飛び交い、空気を大いに賑やかし始めていた。

そんな中で池に鯉を招いた張本人の篠原はと言えば、腕を組んで建物の壁に寄り掛かりながら彼女達の楽しげな背中を見守っているだけだった。

バケツを運んでから彼は何も言わずに黙って背中を見守っていたのだが、やがて吹雪が彼の視界を身体で遮りながら弾んだ声で話し掛け始めた。


「しれーかんっ」


彼女はイタズラな笑顔を飾りながら、背中に手を回して彼の反応を伺うように身体を左右に揺らし始めた。


「何考えてたんですか?」


「……何だろうなぁ?」


「えー? 教えて下さいよぉ〜?」


篠原が有耶無耶な言葉で濁すと、吹雪は更に得意げな表情で歩み寄り始めた。

彼女は本当は篠原が何を考えていたか分かっているようで、揶揄っているのだと篠原は理解した。


「あまり大人を舐めるなよぉー?」


「ふぁっ⁉︎」


篠原は近寄って来た吹雪の頬を両の指先で摘み、顔にちょっかいをかけ始める。細やかな応酬である。

彼女の頬肉は柔らかいらしく、篠原が僅かばかり力を込めただけで整った輪郭も歪んでしまっていた。


「な、何するんでふか!」


「お前、頬っぺた凄く柔らかいな……」


「人のかほで遊びなひでくだはい!」


「あははっ、変な顔だなぁ」


頬を引っ張られて呂律が回らなくなっていた吹雪であったが、対抗心が芽生えたのか自分も篠原の頬を引っ張り始め、目付きだけは得意げににしていた。


「これで、おあいこでふ……!」


頬を摘み返された篠原は一瞬だけ虚をつかれたような間の抜けた顔をしていたが、微笑と共に取り繕っていた。


「そうか、おあいこか……」


彼の微笑に気が付いた吹雪は「どうして笑ったんだろう」と思ったのも束の間、彼女は大きな悲鳴をあげることになった。


「きゃぁぁぁぁーーッ⁉︎ し、司令官んんん‼︎」


その悲鳴は池に夢中になっていた者達の関心を一気に掻き集めた。

電などは驚いて転びそうになってしまっていた。


「はわぁ⁉︎ な、何事なのです⁉︎」


彼女がつんのめりになりつつ振り返ると、篠原が羽交い締めした吹雪をグルグルと振り回している所であった。


「ふはははっ! どうだ吹雪これでもおあいこに出来るのか⁉︎」


「わぁぁぁぁっ‼︎ 出来ませんって! こんなのずるいです、卑怯ですよぉぉ!」


対抗心に対抗して体格差をこれでもかと誇張する大人気ない篠原だが、吹雪もそこはかとなく楽しげであった。

その光景があまりにも珍しかったので電がポカンと口を開けて眺めていると、横で響が並んで立つと話し掛けた。


「司令官の必殺技だね。 名付けて“地獄のメリーゴーランド”だ」


「……ちょっぴり楽しそうなのです」


曙などは心底呆れた風に眺めていたが、やがて篠原の回転力が落ち始め、遠心力で振り回されていた吹雪の足がゆっくりと地面に着いた頃、何故か技を仕掛けた篠原が真っ先に目を回して地に膝をつけていた。


「クッ……、遠心分離機になった気分だ……」


時間差で吹雪も膝をついた。


「私も目が回りました……」


2人してグロッキーになる様子を見ていた響は澄ました顔のまま解説を行なっていた。


「これは酷い。 欠点は回してる本人も目が回る所だね、まさに諸刃の剣だ」


「共倒れなのです」


篠原が自分の行いを後悔し始めたのも束の間、裏庭の奥から突然夕立が飛び出して来たのだ。


「あーっ‼︎ 楽しそうな事やってる! ずるいっぽいずるいっぽい〜〜ッ‼︎」


「ゲェッ‼︎ 迂闊だった!」


飛び込んでくる夕立を見ながら篠原は顔を思い切り顰めさせた。

裏庭の背後にある雑木林はサバゲーフィールドの入り口となっていて、夕立の格好もミリタリー調で各装備品を身に付けている事から先程までサバゲーに興じていたのだろう。

そして騒がしい声が聞こえて気になって出て来たところで如何にも夕立が好みそうな、響が命名する“地獄のメリーゴーランド”を見てしまった彼女は、休憩中の篠原の肩を容赦なく揺すり始めた。


「ねぇー提督さーん! 夕立もやって欲しいっぽい〜っ!」


「待て待て待て、ちょっと休憩させて……」


こうなってしまった夕立は欲求が満たされるまで絡み続ける。

篠原の息が整う間も待たずに彼の背中に覆い被さりながら激しい催促を始めていた。

先に回復した吹雪はしてやったりと言う表情を浮かべて篠原に言った。


「あははっ、頑張って下さいねぇ〜、司令官!」


「ぐぬ……。 お、おい夕立暑苦しいから離れてくれ!」


「やーだー!」


「畜生……、何だこの粘り強さは……!」


そんな夕立を追い掛けて出て来た時雨は、篠原に絡む夕立を見ると、魚を捕食するタコを彷彿させて苦笑いしていたが、すぐに関心は池の方に向かったようだ。


「あれ、これって鯉だよね? もう来たんだね……」


時雨の誰に投げ掛けた訳でもない問い掛けは、近くにいた雷が拾い笑顔で返していた。


「電と司令官がね、ブリーダーから貰ってきたのよ!」


「へぇ……、とても綺麗だね。 本当にほうき星みたいだ……」


「そう言えば、時雨さんは2人でサバゲーやってたの?」


「そうだよ。 昨日はコテンパンにやられちゃったから、夕立が秘密の特訓するんだってね」


その復讐心を燃やして特訓していた筈の夕立は今ではヤケクソ気味な篠原に振り回されている。

時雨はその様子を見ながら困ったように笑いながら言った。


「あはは、あの様子だと暫くはあのままだね」


「でも錦鯉に見向きもしないなんて」


「きっと提督しか見えてなかったんだよ。 フィールドの入り口から池は死角になるからね」


いつもより騒がしい裏庭はそれだけで注目を集め、それからも続々と人が集まり池の鯉の存在は早くも全体に知れ渡る事になったのだ。


そして、その日の夕暮れ、連絡を待ちながら部屋で待機していた神通に1つの報せが入り、彼女の足を急がせた。

彼女が向かった先は守衛室であり、待ち構えていた江口は笑顔で彼女を迎えていた。


「神通さん、吉報ですよ」


「え、江口さん……、ということは……」


「ええ、打ち上げ花火の許可が降りたようです」


彼の言葉に神通の表情にも思わず笑顔が浮かび上がった。

そして彼は付け足して説明を始めたのだ。


「ただし、宮本元帥は相当無理を押したようです……」


「そ、それってどう言う……」


「この打ち上げ花火により、町に被害が及んでしまった場合……、全ての責任は宮本元帥に追求され、失脚は免れないでしょう」


「そんな……!」


「ですが、何事も無いだろうと宮本元帥は確信されているようです。 ……サムライと呼ばれる提督の、その艦娘である貴女が、敵をみすみす懐に飛び込ませるような事はしないだろうと……」


「……」


神通は自分に課せられた責任の重さを再認識する。

最高位の元帥の失脚が掛かると言う、1人の身では重すぎる重圧であったが、彼女は勇み、真剣な眼差しで返した。


「必ずご期待に応えてみせます。 サムライの、その信義に賭けて……!」


彼女は提督と、自分の首を賭けた元帥の名に恥じない行動をするのみと考えたのだ。

その覚悟の込められた瞳を見て、江口は頷きながら言った。


「我々も心配していませんよ。 花火の準備はかなり急がれていますので、明日には間に合うかと思われます。 それまでに英気を養っておいてください」


「は、はい!」


神通は深くお辞儀をしてその場を離れて行き、その背中を見送った江口は静かに守衛室の中へと戻った。

そこで椅子に座って報告を待っていた斎藤は、江口の様子を伺いながら先に話しかけた。


「引き受けてくれたようだねぇ」


「ええ。 まぁ正直、何の心配もありませんからね。 そもそも花火の音や光がアウトなら演習の砲撃もダメですし、夜は明かりも灯せませんよ。 それこそ大戦時の日本みたいに息を潜めないと」


「それを踏まえても宮本さんを元帥の座から引きずり下ろしたい輩が居たんだろう……。だから各所の了承が通るのが早かった。 宮本さんの事だ、この事は織り込み済みだろうなぁ……」


「今夜、“町に被害を及ぼす”ネズミが入り込むって事ですかね?」


「だろうな。 まぁ良いじゃないか、花火を前に町を清潔にせねばなるまい?」


斎藤は不敵な笑みを浮かべて楽しそうに椅子を揺らしていた。

正義漢たる宮本の事を快く思わない、水面下に潜んでいた不穏因子を炙り出せる絶好の機会でもあるのだ。

残念な事に、人の為に戦う彼女達を自分の為に使いたい者が戦時中にも関わらず一定数存在しているのは事実である。


しかし正義の心とは常に味方を引き付ける物である。

何故なら悪辣とは違い、後ろめたい事も責められる事も無い、真っ当な心であるからだ。


故に、憲兵隊の男達は遺憾無く手腕を発揮するであろう。


そんな裏のイザコザをつゆ知らず、神通は早足に自室へと戻って行った。

そしてテーブルで頬杖をつきながらサバゲー雑誌を広げ、夜戦装備のアタッチメントのページを吟味している川内に向けて声を掛けた。


「ね、姉さん……、力を貸して頂けませんか?」


「ん、いいよー」


「ありがとうございます。 ……って即答ですか⁉︎」


感謝した直後に驚くと言う器用な真似をしてみせた神通を前に、川内は頬杖を解いて顔だけ向けて行った。


「可愛い妹がそんな風に頼んで来て、力を貸さない姉はいないって」


「姉さん……、ではこんな風に頼めば夜も静かに寝て頂けるのですね……」


「神通って頼めば太陽と月が入れ替わると思ってる?」


「……」


「で、本題は何? ただ事じゃないんでしょ?」


「実は……」


神通は打ち上げ花火の事と、その警護の事を川内に全て打ち明けた。

すると川内は彼女の向き合って、腕を組みながら責めるような口振りで言った。


「それって先ずは提督に話を通すべきだったんじゃないの?」


その言葉に神通は俯いてしまう。

独断で引き受けてしまった事は確かに彼の部下として好ましくない事だからだ。

しかし川内は神通の落ち込んだ様子を見ると態度を一転させる。


「まっ、私は口酸っぱく注意なんてしないけどね。 それに打ち上げ花火で誘き寄せられる深海棲艦が居たら演習なんて出来ないでしょ。 大和の砲撃音とかヤバいし」


「姉さん……」


「勘違いしないでね、反省しているようだから何も言わないんだからね」


「は、はい……」


いつもは立場が逆なのだが、こういう時にこそ川内は姉らしくあるようだ。 叱りながら、かつ理解者として彼女を支えるのだろう。


「で、私は何すれば良いの?」


「も、もしも敵を誘き寄せてしまった時、私が出向きますが……、それでもダメだった場合……」


「神通を倒した敵を私が引き受けるの……? 冗談でしょ? え……、と言うか近海にそんなの潜んでる状況とか既に終わってない日本?」


「ま、万が一がありますし……」


「万が一日本が詰んでた場合かぁ……」


「ね、姉さん真面目に……!」


「わかったわかったよ。 でも心配無いと思うんだよね……、ねえ、那珂?」


川内が急に明後日の方向に声を掛けると、いつの間にか神通の背後に居た那珂が返事をした。


「そぉーだよぉ? 神通は気にし過ぎ!」


「な、那珂ちゃん⁉︎ いつの間に……⁉︎ そ、それに気にし過ぎとは……」


「わかんないかなぁ? 深海棲艦が糧にする怨みとか絶望とか? そーゆーのにすっごぉく強い人達が居るんだよ、この海にはさ」


その言葉に、神通は忘れていた訳ではないが思い返すのであった。

那珂は一度沈み、そして光の人影に導かれて鎮守府に舞い戻っているのだ。

そしてそれからは近海に近寄る敵は居ても近海に出現する深海棲艦の報告は皆無である。


かつて戦士が交わした誓いの加護であろう、神通は改めて痛感していた。


しかしそれでも油断してはいけないと、神通は協力者を得る事を決めたようだ。

川内も那珂も二つ返事で了承し、万全の状態で結果の見える明日を迎える事になった。



明日とはつまり、花火が打ち上げられる日である。










人は皆、想いを抱く生き物だ。


“想い”とは思考と感情により生み出される、本来なら生物に必要の無い奇異なものである。


“想い”とは1つの器に宿るものであったり、2つ以上、若しくは不特定多数とも接点を持つあやふやなものである。


“想い”とは生命と種の存続に纏わる“本能”とは無関係でありながら、時に本能に背き生命を危ぶみ、そして時に断つ。


しかし想いの力は凄まじく、想いにより紡がれた歴史は常に常軌を逸する。

大いなる偉大な発明にも、必ず想いの力が宿っている。


何故なら想いとは即ち、人の持つ意思そのものだ。

意思とは行動そのもので、意思により身体は動き意思の力で人は歩く事が出来るのだ。

故に、人類の歩みを記す歴史とは世界に溢れる意思の軌跡であった。


そして“彼女”にも歴史は存在する。


“彼女”は多くの者の憧れであった。

当時、栄光の“華の二水戦”と呼ばれる部隊に所属する“彼女”は、常に最新鋭の装備と熟練の隊員により構成される紛れも無い最強の部隊でもある。

その者達に“彼女”は紡がれて、最強の名に恥じない戦果を次々と挙げながら、最期も熾烈な戦いの中で戦いながら沈み、沈んでもなお偉業として語り継がれる存在であった。

それが“聯合艦隊 第二艦隊所属 第二水雷戦隊 旗艦 神通”が紡いだ歴史である。


しかし、“艦娘の神通”は訝しんでいる。

彼女は潮風に長髪を靡かせながら防波堤の上に佇み、白い波が防波堤の壁を叩き泡を作る様をにべもなく眺めていた。

そして自分の歴史を思い返して間も無く、悔しそうに顔を顰めさせた。


(“華の二水戦”……違う、そうじゃない……。 艦の歴史は、私にとっての筋書きに過ぎない……)


神通は苦しんでいる。

艦娘として、人として、岐路に立たされているのだ。

そして、その岐路に追い込んだのは他ならぬ彼女自身の“想い”であった。


大凡、成人のそれに準ずる体躯と知識を持ち合わせているが、彼女がこの世界に生み出されてからの歩みは非常に短い。


彼女が初めて意思を持って目を覚ましたのは今から四年程前、大本営にある建造カプセルの中であった。

その瞬間から何故か“自分が何をするべきなのか”を理解していて、その事を疑う事は無かった。


深海棲艦と戦い、日本を守るのだ。


しかし彼女はすぐに戦いに駆り出される事はなく、大本営の敷地で“提督”を待ちながら姉妹艦である川内と那珂と一緒になって訓練に励むなどして生活を送っていた。

それは大本営もまだまだ手探りの段階で、慎重に事を運びながら現れて間もない艦娘との交流を図っている最中であったからだ。


それから季節は巡り、彼女は初の提督と出会う事になる。

そこは深海棲艦の襲撃により多くの人民が内陸部へ移住した関係で、子供の居なくなった寂れた町であった。

その田舎町の、廃校となってしまった建物を改築して造られた鎮守府に彼女は着任する事になったのだ。


その鎮守府の目的は“防衛力の強化”であり、住まう人が少なければどうしても監視の目も手薄になってしまうので、上陸を許してしまう危険性があると言う最もな理屈でもあるから、彼女はこの地を守る為に強くなろうと考えていた。


しかし当時の提督は何よりも戦果を求めていた。


横須賀の提督が最大の危機を退けて“英雄”と呼ばれるほどの偉大な名声を得たのと同じ様に、当時の提督は艦娘を使役すれば自分も同じ栄誉を授かる事が出来るのだと考えていたのだ。

英雄に憧れた提督は盲目となり、彼の者の偉業だけを見据え過程などは歯牙にも止めなかった。


その結果、俗に言う“ブラック鎮守府”が誕生してしまった。


監視の目が少ないこの土地で提督の独裁は止める者はおらず、そして唯一の頼みの綱である憲兵隊ですらもありもしない富の約束に魅入られてしまっていた。

無知故に当時の憲兵隊も提督と同じような考えを抱いたのだ。


常に戦果を横須賀と比較する提督は、彼女の背中に鞭打って戦場に送り続けた。

何の意味もない無理な戦闘を強いられ続けて幾百夜、いつしか那珂が志半ばに沈んでしまった。

彼女は絶望にも似た深い悲しみを生まれて初めて経験し、生まれて初めて人間に強い恨みを抱き始めていた。

同時に自身の存在意義を疑い始め「何故私は生まれたのだ」と疑問を抱いた。

何故このような命令に従わねばならないのか、何故死にに行くような真似をしなければならないのか、疑問は尽きることは無かった。

それでも意思とは関係無く命令に背く事出来ず、呪いのような命令が続く最中、いつしか彼女も覚悟を決めた。


やがて自分も意味も無く沈むのだろう。


だが、ある日の夜。

木目の床に布を敷いた独房にも似た寂寞とした部屋の中、窓際に寄り掛かかる窶れた容姿の川内が、無関心そうな言葉を溢した。


『……あ、誰か来た』


その時は夜中に誰かが来るのは珍しい事では無かった。金銭的な取引を行う為に提督が招いているからだ。

それだけに妖精も姿を隠してしまい、工廠が使い物にならなくなる当て付けを艦娘達が受けているだけだ。

神通もまた姉の言葉に関心も無く、拾って返事をする事もなかった。

しかし、ここで川内が僅かしかの関心を示したのを今の彼女も覚えている。


『えっ……、あれ……? これ……違……』


川内の微かな声色の変化に気が付いて神通も顔を向けたが、川内はそのまま部屋を飛び出して行ってしまったのだ。


その翌朝、提督は姿を消した。


そして本館の外が騒がしいと思い顔を出してみれば、そこには青葉の足元で、地面の上で涙を零しながら土下座をして詫びる宮本元帥の姿が目に入ったのである。


『すまなかった……、本当にすまなかった! 我々の責任だ……、いいや、彼を信じた私の責任だ……!』


『宮本元帥、お顔をあげて下さい! 大丈夫、大丈夫ですから……、わかっていますから……!』


『何が大丈夫なものか……ッ‼︎ もっと、もっと早く気が付いてさえ居れば……、この様な、この様な事には……ッ!』


青葉の制止も聞かず、元帥は服が汚れる事も憚らずに膝をつき、血が滲むまで地に頭を擦り付けた。


神通は大本営に居た頃から彼の事を知っている。

艦娘達の事を“希望”と呼び常に敬意を持って接する生真面目な男であるが、娘の事になるとどうしようも無くなる面白い男でもある。

だから許すも何も彼の事は怒ってもいないし、土下座されても困るだけだしそんな姿は見たくないと言うのが本音であった。


しかし、艦娘の為に涙を流す彼を見て、僅かに心が救われた様な気がしていたのも確かな事だった。


そんな中、川内は不意に宮本元帥に話し掛けた。


『ねぇ、昨日変な人達が来てたみたいだけど……?』


『ああ彼等か……、彼等は悪い人間では無いよ、……信じてくれるかい?』


『それは、どんな人達かによるよね……』


そして宮本は語り手となったのだ。

神通の今の提督である篠原が率いた表の部隊“Peace Maker”の活動の事を、事細かに。


海外で戦争孤児や難民の為に尽力する慈善支援部隊である事。

乾いた土地に水を届ける為、病に伏せる人に薬を届ける為、子供達に夢を届ける為に奔走する心優しい者の集う部隊の話である。


そして川内がこの時から既に篠原に目を付けていたのは明白であり次の言葉で確実となる。


『……その中に1人さ、偵察機の妖精に気が付いてた人が居たんだけど……』


彼女は大胆にも無断で艤装の偵察機を忍ばせたのである。

正確には偵察機の妖精に頼み様子を見に行って貰ったのであるが、意味は変わらないだろう。

工廠の妖精達は姿を隠してしまっていたが、艤装と共にあり戦闘に携わる妖精達は肝っ玉が据わっているのか人の目があっても常に艤装の近くで待機しているのだ。

有事の際、人の目を憚り戦えないのであれば己の存在意義に関わるからだろう。


そして川内の言葉を聞いた宮本は不味いと言う表情を浮かべていた。

何故なら彼等は秘匿の存在でもあるからだ。特に今回の行動に至っては尚更である。

それでも川内は構わずに言ったのだ。


『そんな人が、私の提督だったら……、もう一度頑張れるかな……』


『……』


宮本は更に顔を顰めさせていた。

何故なら彼等には彼等の使命と目的があり、ましては自分と同等かそれ以上の正義心に溢れる者でもあるし、何より子供達の為に全身全霊を尽くす者がそれに近しい彼女達を戦場に送る事を良しとする筈が無いだろうと考えたからだ。


けれど川内は旗色が悪いと考えたのか今度は低い姿勢をとり、上目使いで目尻に涙を露わせながら言ったのだ。


『ねぇ……、お願い……』


『よし分かった』


斯くして篠原が仮着任する事になったのだ。

彼の名誉の為語られる事はあまり無いが、屈指の親バカたる宮本は自分の娘に近しい世代の頼み事には致命的にまで弱いのである。


それからの神通の日常は激変する。


仮着任当初の出来事は当事者であれば忘れもしないだろう。後の恩人となれば尚更。

彼女は執務室で初の挨拶を交わす篠原の事を良く観察していた。彼の威厳に冷めかけていた関心が大いに寄せられたからだ。

その男は無精髭を生やしながらも精悍な顔付きであり、確かな意思を秘める強い瞳を持っていた。

そして何よりも彼女が注視したのが、白い軍服の上からでも隠し切れない、まるで隙の見当たらない体格だったのだ。

身体とはその者の生い立ちを表す、かの者は正しく歴戦の風格を背負っていた。


彼が解散を宣言した後、自室に戻った姉の川内は置いたばかりのパイプベッドに腰掛けて、両手に拳を作って熱を振りまいていた。


『やっぱ只者じゃないね、あの人』


『で……、ですが少し怖いです……』


『多分大丈夫だよ……、宮本元帥の話の通りならね。 早速話し掛けて見るかな?』


『ね、姉さん……』


川内は彼が本館から出るタイミングを見計らい部屋を飛び出して行くが、神通はまだ不安の方が大きく姉のようには行かなかったのである。

ただ、その翌日には直接話す機会が訪れた。

姉の川内に手を引かれ彼女は半ば強引に連れて行かれたのであるが、この事が彼に対する印象を大きく変えるキッカケとなったのだ。


姉と篠原のやり取りを見れば伝わる、艦娘に対して真摯な対応と優しい物腰は彼女の緊張を解くのには十分であった。

そして沈んでしまった那珂と龍驤との思い出を語ったなら、彼は楽しい話であれば共に笑い、悲しい話であれば悲壮に眉を落としていた。

その事から、強くて優しい人と、神通はそのような印象を抱く事になったのだ。


ただその強くて優しい人間が、誰よりも艦娘の存在意義を否定する事になるのであるが。


横須賀の監視網を抜けた深海棲艦の接近、その報せはまだ立て直している最中の鎮守府にとっては最悪な報せであっただろう。

しかし彼が仮着任にして数十日、その間彼の色んな表情を見て、優しさに触れて来た艦娘達の士気はかつて無く高かった。

“絶対に守る”と意気込み高く、神通もまたその例外ではなかった。

無理矢理戦場に送り出されていたのとは訳が違う、確かな意義のある戦場は何処までも闘志を滾らせた。


しかし篠原のとった行動は、自分自身を囮にして艦娘に撃たせるという本末転倒な愚行であったのだ。

彼女は激しい憤りと共に困惑する事になる。

当然、その行動は重大な問題として取り上げ、彼は艦娘達により捲し立てられたのだが、彼は悪怯れる様子もなく省みる素振りもなく、さも当然に「君達だけが戦い君達だけが傷付くのなら、俺は死んだ方がマシだ」と言い退けた。

それが彼が自らに定めた存在意義だったのだろうと今の神通は考えている。

だとしたら艦娘はどうになる、守る為に生まれた存在があろう事か人間を盾にするなんて、誰もが抱いたその疑問を、その時は大淀が問い掛けた。

おおよそ艦娘の存在意義に纏わる重大な質問にも関わらず、彼は非情にも一言で切り捨てたのだ。


──何のために生まれたか、それは実にありふれた人類共通の悩みだ。


そう言って彼は立ち去った。

要約するに、“自分で考えろ”と言ったのだ。


それから彼女は考え続けた。

人間の持つ武器の類は一切深海棲艦には通用せず、はっきり言ってしまえば彼の行いは無駄の極致だ。

地球を砕いてやろうと拳を大地に突き立てる、そんな誰もが呆れるような頼りない自殺行為だ。


そうだった筈だ、だがしかし。


横須賀を破った異常個体の接近、かつてない窮地に陥った時、彼と彼等の行いに彼女は確かな意義を見出した。

相手は艦娘側の数的有利をも鼻で笑って跳ね除ける程の次元の違う強さを持っていて、艦娘の砲撃も雷撃も空襲もまるで役に立たなかった。

その現実を突き付けられた艦娘が無力と絶望に膝を付く最中、彼等は逆境に対して余程に哮り常軌を逸した執念を持ち、盾として敵に肉薄して行ったのだ。

彼等は命を散らし、最後の1人に残された篠原は万策尽きて、それでも折れる事なく史上最も愚かな突撃を敢行した。


それは近接武器を用いた格闘攻撃。


当時、自分の死を確信していた篠原は最期に意地を見せたのだ。

銃弾は愚か、戦術核すらも通用しない相手には途方も無く頼りなさ過ぎるひと振りのマチェット。

しかし、彼の持つ生涯が募らせた積年の想い、そして熱く哮る闘志が燃やし尽くされて吐き出された一撃は立ち合った相手の理解を遥かに超えて“恐怖”を深く刻み付けた。

“絶対に通用しない”と答えの出ている攻撃を受けた相手が、過ぎ去った刃の軌跡を懸命に辿りながら身体の無事を確かめる程である。


そしてその瞬間、神通は艦娘としての存在意義を見出したのだ。


──かの者の剣となりたい。


それが彼女の導き出した答えであった。

剣となる事、彼の意思を持って使われる事を何よりも望んでいたのだ。

頼りないひと振りが見せた想像を絶する気迫、深海棲艦にとってはあっても無くても変わらないただの汎用マチェットに“死”を連想させるに至る激しさを宿らせた、彼の存在意義。


いつしかソレが自分自身に宿る時、彼女は思い知ったのだ。

もうこれ以上は無い、限界だと思い込んでいた認識を突き抜けて桁外れの闘志が芽生えた事。

自分でも恐ろしくなる程の熱の奔流が脈動と共に体躯を駆け巡り、艤装を通して発現に至る。

そうして放たれる一撃は悉くを粉砕し得る力を秘めながら、正しく敵のみを定めて穿つ。


その時の想いは今も変わらず彼女の胸中に宿り、時の流れと共に更に鋭く研ぎ澄まされ、いつしか“誓い”と変わっていた。


これが彼女だけが待つ歴史の一幕である。


しかし、この事に“華の二水戦”たる所以はあっただろうか。

ましてや“神通”である必要はあっただろうか。

それは不毛な愚考であるのだが、彼女は真剣に考えているのには訳がある。

彼女は今更になり自分の存在意義を改めて自問自答し始めていたからだ。


愚考であると分かっているのは彼女は艦娘であり軍艦では無いからだ。

その筋書きに因んだ性能の艤装を身に付けているだけで、彼女が“軽巡洋艦 神通”の経緯と同じ歩みをする事は無い。

しかし理解しながら、その事に拘らせるのが艦娘であることの由縁か。

そして何故今更になって自分を見つめ直すのか、彼女にそうさせたのは日常に紛れた想いを汲んできたからだ。


彼女は想いを手繰り日常を歩み、その偉大さを感じていた。


人は想いを抱き歴史を残す、人の歴史は人の意思を持って紡がれる物語であるからだ。

彼女が町の民家を訪れた時も先祖代々受け継がれて来た建物は歴史を感じさせていた。

彼女が見て感じた歴史は、その建物自体では無く、その建物を世代を超えて守り続けて来た人の存在を映し出していた。

その守護を“誓い”と呼ぶのだろうと彼女が理解するのにそう時間は掛からなかった。


それだけに留まらず、日常の中、目を凝らせば凝らす程に想いの痕跡は残っているものだ。

あの時ついてきた憲兵の江口もそうだっただろう、彼は民間とのトラブルの際に艦娘を守る為について来た、前任の時にいた憲兵とは違う確かな意思が感じ取れた。

そして、その意思こそが潔くあろうとする江口の想いが刻んだ誓いなのだ。


無論、彼女にも誓いは存在する。

しかしその想いは、彼女が最も尊敬する人物の抱く誓いを蔑ろにしてしまう恐れがあった。



──死んでも守る。



彼の、その一言が彼女の心を掻き乱した。

誓いとは、想いとは、時に残酷な選択をするものだ。

まだ見ぬ先の未来に必ず待ち受けるソレを彼女は恐れていた。


だからこそ彼女はソレを思考から遠ざける為に今更になって自分の存在を訝しんでいる。

彼の抱く誓いが一方通行であるから、それを変えられないから苦しむ事になっていた。

彼の誓いにより顕現する守護は絶大で強固であるから、より悩ませる事になっていた。


気が付けば彼女は胸を押さえて蹲ってしまっていた。

防波堤の上、ひっそりと丸くなる背中は小さくて頼りないもので、普段の彼女を知る者はアレが神通であるなどとは信じないであろう。


(私は……、私は……ッ‼︎)


今が幸福であるから、痛みが増す。

その痛みに耐え兼ねた彼女は、遂に隠し続けて来た悲鳴を零してしまったのだ。



「何故……、艦娘として生を受けたのでしょう……」



防波堤の壁を叩く波の音が、彼女の意思に変わって言葉を包み隠していた。 拾う者など、誰もいない。


仮に誰かが聞いていたのなら、激しく追求を迫るであろう。

波の音が隠した言葉にはそれだけ大きな矛盾が込められていたからだ。

突如降って湧いた孤独感を夕陽の光だけが彼女を慰めるように包んでいた。


もしも、もしも彼女の言葉を聞いたとして、誰かが追求したとして、彼女が想いの丈を全て打ち明けたのなら或いは変わっていたのかも知れない。

割り切れる者ならすぐに結論に至れる事であったのだが、彼女はまだ判らないままでいたのである。


こんなにも悩んでいるのに、水平線に沈む夕陽は相変わらず美しい。

夏の夕陽は、明るい蜜柑色に緑を混ぜた色彩で空を染めて、広く薄く白い帯を作り出す。

全身を巡る寂しさを紛らわせるには暖かな光景であっただろう。


彼女は微かな眩しさに眼を細めながら、その景色を眺め続けていた。


矛盾により軋ませた心の傷は時の流れが癒すだろうと、遠ざかる太陽の光に身を委ね始めた、その時だった。


「おっ、神通ここにいたのか?」


誰もいない筈の防波堤で、彼女の名を呼ぶ声が響いたのである。

それは彼女が待ち望んだ人の声でもあるが、今だけは会いたくはなかった筈だ。

何故ならまだ整理すらついていない状況であるから、それだけに彼女を焦らせた。


「て、提督……⁉︎ ど、どうして此方に⁉︎」


彼女が振り返れば篠原の姿があった。

そして彼は、彼女のややオーバーなリアクションに少しばかり面食らっていた。

そして彼女の容姿にもだ。


「結構探し回ったんだぞ? ……それに休みなのに艦娘衣装を着てるのか」


「あっ、あの、その……、これは……」


彼女は戸惑いながら、更に小さくしゃがみ込んでしまった。

そんな姿を見せながらも、要件を聞こうとするのは彼女の性分ゆえか。或いは話題を変えるためか。


「え、えっと……、私を探していたと言うのは……」


「ん? あー、少し用事があってな。 携帯で呼び出すべきだったんだけど、探せばすぐに見つかると思って横着してたらこの様だ」


「そうだったのですか……。 本当に良くココが判りましたね」


彼女が立つ場所は鎮守府の敷地内ではあるが、その最も端に位置する港の防波堤である。

わざわざここまで訪れる者は少なく、たまに曙が釣竿を振りにやってくるくらいだろう。

その事を踏まえた彼女の質問に、篠原は自分の右肩の方に視線を向けながら答えた。


「この妖精さんが案内してくれたんだ」


「え……?」


彼の言葉と共に、彼の背中に張り付いていた妖精が肩まで這い上がり小さな顔を覗かせた。

長い金髪の三つ編みがお洒落な明るい雰囲気の妖精である。

ひょこひょこと首を横に振って主張する妖精を見ていた神通は驚いたのか眼を丸くしていたが、すぐに篠原が声を掛けて我に返っていた。


「お前はどうしたんだ? こんな所で」


「えっ? ……な、何でも無い……です……。 ただの気紛れ、です……」


彼女は嘘を付くのが致命的に下手らしい、視線を合わせず俯きながら発せられた言葉はまるで説得力を持たなかった。

当然、篠原も何か勘付いたが、彼はそれを知って露骨に話題を逸らし始めたのだ。


「おっ、神通。 水平線をよく見ろ、もうすぐ太陽が沈むぞ」


「え……?」


「良いからよーく見ておけ、珍しい物が見れるかも知れない」


「は、はい……!」


篠原に言われた通り彼女は夕陽を眺め始めた。

夕陽は殆ど姿を隠しながら黄金色の空を描き始めていて、相変わらず美しいままである。

海の白波さえも黄金に染める姿はまるで世界を祝福するようで、今の彼女には眩し過ぎた。


そんな時間の流れと共に景色を変え続ける太陽ももう間も無く完全に沈む。

後は色褪せ始める静かな海が待っているのだろうと、彼女は考えていた。


その時だった。


夕陽が頭まで完全に沈んだその瞬間、美しい緑色の閃光が水平線を駆け巡ったのだ。

緑の閃光はまさに一瞬で、何かを考える前に光は消えてしまったが、その光景はいつまでも消えること無く彼女の心の中に残り続けていた。

彼女は見たこともない幻想的な輝きに言葉を失っていたが、篠原は拳を作って喜び始めた。


「おおぉーッ‼︎ 本当に崇めるとは思わなかった……!」


彼は緑の光の正体を知っていたようで、彼女もそれを察してすぐに質問していた。


「て、提督……! い、今のは……⁉︎」


「そのまんまグリーンフラッシュだ。澄んだ空で、しかも本当に限られた条件が整わなければ見る事が出来ない奇跡の現象だよ」


篠原はそう言って満足そうに笑いながら、奇跡を体現した余韻に浸っていた。

それは彼女もまた同じで、瞬く間に消えてしまった奇跡の光を頭の中で何度も思い返していた。

そんな最中、篠原は説明を付け足した。


「グリーンフラッシュを見た者には幸運が訪れるらしい」


「幸運ですか……。 確かにあの様な光景を拝む事が出来たのは幸運に違いありませんね……」


「ふふっ、まぁお前も何か悩んでいたみたいだが、きっとこれから良い事があるだろう。 それでも不安なら、誰かを頼ると良い」


彼はそう言って踵を返した。

彼女が何か悩んでいる事を理解しながら問い詰めようとしないのは彼が彼女をきちんと個人として認識していて、心の個人的な部分を尊重しているからだ。

だから彼は解決に至るかもしれない道の1つでも示して後は個人の意思に委ねるのである。


見る人が見れば、彼が非情な人に見えたかも知れない。

けれど少なくとも神通には違くて、またも優しさに触れた様な気がしているようだ。

わざわざ話題を変えて、ゆっくりと夕陽を眺める時間で彼がコッソリ様子を伺っていた事を彼女は気付いている。


同時に、何度目かも判らない憎らしさが彼に芽生えたのだ。

優しさに気がつくたびに芽生えるその想いが何なのか判らない彼女であるが、揺さぶられた感情がそのまま言葉に変わった時、初めて彼女は自覚する。


「……ズルいです」


「え……?」


その言葉を口にした瞬間、彼女の中で何かが弾けた。


「提督は何時もそうです、私達の為に尽くして下さります。 ですが……、ですが私も貴方に尽くしたいのです……、お返しがしたいのです……!」


「い、いや十分尽くして貰ってるじゃないか。 秘書艦としてもそうだし、毎日いつも助かってるぞ?」


「違、違うんです……。 そう言う事では無くて、貴方はいつも返しようが無い優しさばかり……! それが仕事の中だけであれば、私も戦果を持ってお応え出来ます。 ですがそれ以外の貴方の優しさにはどの様に応えれば良いのですか……⁉︎」


彼女があまりに真剣な表情で訴えかけるものだから、篠原もちゃんと向かい合って目を見て話し始めた。


「だとしたら、思うがままに生きて欲しい」


「そ、それでは……、私の気が収まらないのです……! どうして貴方は……っ、私が、艦娘だから……」


神通は言い掛けてやめたが、篠原はその言葉を拾っていた。

そしてさも当然には言い放つのだ。


「そうだ、艦娘だからだ」


「どうして……」


篠原は暫し説明を躊躇う素振りを見せるが、やがて決心したのかフゥと息を吐いた。

そして神通が最も聞きたく無いであろう現実を容赦なく突きつけるのであった。



「やっぱり、生きる時間が違うから……」



その言葉に彼女は強い衝撃を覚えて目を見開いた。

或いはただの上司と部下の間に留まる間柄であればあまり意味の無い言葉だっただろう。

篠原と艦娘との距離が近付いたからこそ、直面する問題だった。

彼と彼女の間にある、恐らく最後の隔りとなっている一枚の大きな壁。


それは寿命である。


艦娘は艤装を着けている間は歳をとらない。

肉体としての変化は生じるが“老化現象”は一切確認されていないのだ。

その事を踏まえた上で、彼は言った。


「深海棲艦との戦争もいつ終わるかなんて判らない。 もしかしたら10年、100年と続くかも知れない……、その事はお前になら分かるだろう?」


「はい……、だからこそ貴方は最初に備蓄計画に手を付けました……」


人と人との戦争であれば終わりが見える戦いだった筈だ。

しかし相手は深海棲艦という海上に湧いて出てくる魑魅魍魎であるだけに、既に戦争が5年も続けられながら、未だに人類側の“勝利条件”が確立されていないのが現状である。

武力行使により降伏させれば終わり、滅ぼせば終わり等と言う次元では無いのだ、深海棲艦との戦争は。

人類が勝利するには深海棲艦の発生メカニズムを正しく理解した上で原因を突き止めて対策を練り、深海棲艦がもう二度と湧かない様にしなければならない。


そしてその日が来るまで、艦娘達は戦い続けるのだろう。


だからこそ篠原は真っ先に備蓄計画により、せめて“負けない戦いの基盤”を確立させたのだ。

そして彼は、神通が最も恐れている本題に触れようとした。


「俺は人間だから、お前達が戦っている内にいつしか歳をとって──」

「嫌ッ‼︎ 嫌です‼︎ 聴きたくありません……ッ‼︎」


彼女は言葉を遮り、両手で耳を塞ごうとした。

だが篠原は彼女の腕を掴み制止させてると、嫌でも聞こえる様に言ったのだ。


「俺が死んでもお前は生きて行く……、それだけは目を逸らしてはいけない」


それはいつか必ず受け入れなければならない真実。

篠原は誰よりも先にその事に向き合って、戦争が終わろうが長引こうが同じ道を辿る事を選んだに過ぎない。

しかし彼女は目を背けていたのだ、だからこんなにも悲しい感情が雫に変わってポロポロと瞳から溢れ出ていた。

彼もまた哀しそうに眉を顰めてながら、何も言えなくなってしまった彼女に言い聞かせた。


「でも俺は信じている、いつか必ずお前が戦争を終わらせる事をな。 それに悪い事ばかりじゃ無いさ、俺の意思がお前の中にも宿っているのだろう?」


「は、ぃ……」


「だとしたら俺が居なくなっても俺の想いは生き続ける、素敵な事じゃないか」


篠原はそう言って笑ってみせたが、彼女は胸元に縋り涙を零すばかり。

そし切なく震える声で言葉を綴り始めたのだ。


「……私は……、貴方に、誓いたい……」


それは彼女の中に芽生えていた感情が言葉に変わったものである。


「なのに……、貴方の優しさに触れる度、貴方を遠く感じるのは何故ですか……!」


紛れもない、彼女が日常の中で感情を刺激されて現れた本心である。

彼女は知っている、篠原がやって来た事は全て艦娘のヒトとしての自立に繋がり、例え自分が居なくなっても大丈夫な様にしようとしている。

神通はその事が気に入らなかった。


しかし、彼の気持ちも分かるだろう。

親しむ相手が不老であったなら、真っ先に思い浮かべる事と言えば流れる時間の違いだろう。

いつか自分が死んでしまった後も相手が永く生きる運命にあるのなら、優しい彼は行動に移す事を躊躇わない。


どうせ先を見届ける事は叶わない、だったらせめて永く息災で。


それこそ老人がまだ幼い子供を見た時に、自分より遥か未来を生きる事を確信して優しく接するように。

惜しまず食べ物を与え、子供の栄養となって強い身体に育つ事を望むように。

そしていつしか立派に花咲く兆しを垣間見れただけでも、至高の喜びであるように。


神通は日頃の恩返しをしようと考えて日常を辿り、そして気が付いた。


返す宛などない事を。


何せ彼は既に満足しているから、更に言えば返される事を望んでは居ないから、受け取ったまま糧にして生きる事を望む。

そうして思うがままに生きる姿を見られる“だけ”で、もう十分だと満足してしまう彼に対して神通は不満を覚え、憎らしさを募らせたのである。


彼女の言葉にはその全貌が含まれている。


「提督、どうか私を……、求めて下さい……」


「神通……」


「貴方が“死んでも守る”と仰せられるのなら……、私は貴方の為に死を厭いません……。 貴方の為に生きる事を望みます……」


「……」


「黄泉の道までも、お供致します……」


篠原が口を閉ざすと、神通は彼の胸元に置いた手で付近の服を手繰り寄せて強く掴んだ。

その行動には答えを聞くまでは動かないと言う意思が見て取れる。


篠原の過ち、それは彼女の中の自分の存在を鑑定に入れていなかった事だろう。


神通は篠原の背中を見て強くなったのは確かな事。

そして篠原は誰かの為に自分の命を賭けて戦い続けた身、そんな彼の意志を引き継ぐ彼女が語る、「貴方の為なら死んでもいい」と言う言葉は相応の覚悟が見て取れる。


それこそが彼女の中で反発する矛盾の正体だ。


彼の誓いは彼女の息災を望む。

しかし彼女は共にある事を望んでいる。


彼の想いを知りながら背く、想いに応えたいと言う彼女にとって裏切りにも等しい行為だろう。


やがて2人の間を沈黙が支配し始めた。

薄暗い空の下、深く信頼し合う2人が相反する姿は異様であっただろう。

泣いていた筈の神通だったが、今では決意の宿る瞳に凄味が掛かり、側から見れば睨んでいるようにさえ受け取れる程である。

それは彼女が篠原の頑固さを知っているからで、生半可な気持ちでは瞬く間に折られてしまうと考えての行動だった。


そんな暫しの沈黙の後、篠原は何か察したように頭を掻きながら言った。


「はぁ……、お前も頑固だよな」


「貴方が言いますか……?」


「念の為確認するけど、本心なんだな?」


「はい」


「じゃあ……、もう終わりだな」


「え……っ?」


篠原の言葉に神通は最悪な展開を予想して身を強張らせたが、その様子に気が付いた彼はすぐに取り繕った。


「違う違う、俺の独り善がりの事だよ。 ……お前が満足してくれなきゃ意味がないからな」


「そ、そ、そうですか……」


彼女はホッと息を吐いて、言葉を繋げた。


「それに独り善がりでも……無いと思われます……。 私のこれは……、私の我儘です……」


「じゃあ取り消すか?」


「嫌ですッ‼︎」


神通が即答して改めて睨み返すと、篠原は微笑を浮かべながら言った。


「だったら、話し合おう」


「話し合う……」


「そうだ、話し合って決めよう。 元々、歳を取らない艦娘と人間の在り方なんて、片方の判断で決めて良いような事じゃ無い気がするしな」


彼の言葉に、神通にも笑みが浮かび上がっていた。


「今更……、ですか?」


「仕方ないだろう? 寿命の問題とかどうやって話題切り出せば良いんだ……、デリケートなんてレベルじゃないぞ」


「ふふふ、それもそうでしたね……」


距離が近づいたからこそ直面する問題とは、やはり双方が話し合って乗り越える他はないのだろう。

何せ前例の無い出来事なのだから、何が正解かなんて答えなど存在しないのだ。

そして彼女は篠原から一歩、二歩と後ろに下がり距離を置くと、姿勢を正しながら言った。


「提督……、例え永く生きる運命にある命でも、やはり刹那の輝きに強く惹かれるものですよ」


「……グリーンフラッシュの事か?」


篠原は刹那の輝きと言う単語から、自然の奇跡がもたらした現象を何かに例えた言葉だろうと考えた。

けれど、それはどうやら違うらしい。


「いいえ、これから起こる奇跡は、他でも無い貴方が居たからこそ実現する奇跡の光です……」


「何のこと──」


彼が言い切る前に、言葉を遮る音が空に木霊した。


けたたましい汽笛にも似た音が一本の光の尾を引いて空高く舞い昇り、刹那の瞬きと共に大きく爆ぜる。


瞬間、夜空に大輪の花が咲いたのだ。


見上げる程に高く、それでいて手を伸ばせば届きそうな程に近く、儚くも激しく鮮烈に夜空を彩る姿。


彼は夜空を見上げながら唖然と口を開いていたが、信じられないという風に言葉を溢した。


「打ち上げ、花火……」


次々と打ち上がる花火は煌めきながら広がり、全容を視界に収める事も叶わない程に大きく輝く。

実にさまざまな形を描き、その1つ1つを彼の胸に強く刻み込んだ事であろう。


花火に魅入られて立ち尽くす彼の腕を、神通はそっと握った。


「綺麗、ですね……」


「あ、ああ……」


「この花火は提督のお陰なんです。 私は、貴方と居て見られる景色が、何よりの宝物です……」


「……」


やがて2人は並んで空を見上げたまま、息を飲むほどの絶景を前に言葉も無くしていた。


花火とは、人の歴史の上にのみ咲く花である。


大きな音で注目を集め、星空にも負けない煌めきで夜空を飾る光は多くの者の関心を集めていた。


当然、彼の鎮守府でもそうだった。

花火の爆音を空襲と勘違いして建物から慌てて飛び出して来た第六駆達は、想定しない夜空の花を見てぽかんと口を開けている。


「打ち上げ花火……なのです……?」


「ハラショー……」


「えーっと、たーまやー?」


「かーぎやーっ‼︎」


同じく空襲と勘違いし、対空装備のため艤装の装着にドックへ走っていた朝潮と曙、漣も、廊下の途中の窓から広がる花火を見て足を止めていた。


「こ、コレは一体……⁉︎ 何かの信号弾でしょうか⁉︎」


「バカね、そんな不粋なもんじゃ無いわよ」


「いぇーい! たまやーッ‼︎」


他にも寛いでいた艦娘達が次々と外に出ては空を仰ぎ始めていた。


「扶桑姉さま、花火です……、花火があがりました」

「ええ山城、とても綺麗だわ……」


「Oh.... 、Beautifulネ……」

「この様な空を見る事が出来るなんて……、榛名、感激です!」

「ひぇーっ! すっごい迫力ですねぇ!」


「……ここに来て良かったね、翔鶴姉ぇ」

「そうね……、いつも期待以上のものばかり……」


様々な感想が飛び交う敷地内、けれど打ち上がる花火が満開の花弁を開く時だけは多くの感嘆の声が重なった。

そして打ち上がる花火を見て、1人の艦娘が声をあげた。


「見て見て! 花火が文字になってるよ……!」


誰かが言ったその言葉に、空を見上げる彼女達は揃えて夜空に浮かぶ文字を口にし始めた。


「本当ね……、最初は“あ”の形をしていたわ」


「どうやって花火で字を書くのかしら……、とにかく凄いわね」


「おっ‼︎ 次も打ち上がったぞ‼︎ ……“り”?」


文字が封じられた花火は次々と打ち上がり、数珠繋ぎの様に言葉を綴り始めた。


「次は……“が”、ね」


「ねぇ、これって……」


打ち上がる前に全容を把握した彼女達は、思わず口を閉ざしていた。

そして全ての文字が空に揃った時、龍驤が改めて口にしたのだ。


「“ありがとう”かいな……、なんやねん、粋な真似しよって……」


言いながら龍驤はやれやれと言った風に照れた笑顔を含ませる。


「こんなん、もっと頑張ってまうやろ……」


花火に込められた真心は、間違いなく世界を祝福しているだろう。

彼女達の胸に灯もり始める熱がその証明であった。


鎮守府の外でも大いなる祝福が響き渡る。

花火を企て、署名を募り、唱え続けた老人の鈴木は海岸沿いの道の上で小躍りしながら、怒声にも似た叫びをもって夜空を称賛する。



「あははははっ‼︎ 咲いた、咲いたぞ満開の花が‼︎」



「戦士達よ、そこからも見えるだろう! お前達が守った土地の上に、こんなに綺麗な花が咲くんだぞ‼︎」



「どうだ誇らしいだろう……ッ‼︎ 全部お前達のお陰なんだぞッ‼︎」



花火の音にすら負けない彼の叫び声は遥か彼方の水平線に向けられていた。

今更になってしまったが、今は亡き彼等の健闘をあらん限りを尽くして讃える彼は、万丈の想いを叫び声に変えていた。


例え耳を塞いだとしても、何処かに潜んでしまったとしても、必ず聴こえる様に大きな声で感謝を届けようとしていたのだ。


5年振りに打ち上がる花火には、数え切れない程の想いが詰まった刹那の輝きに違いない。

ひと目見た者の記憶に延々と残り続ける程の激しさと煌めきを持って世界を祝福する大きな花弁は、それがそのまま彼等が見出した光なのだろう。


そして防波堤の上では、何故神通が艦娘の衣装を纏っていたのか今更になって察した篠原が、確認するように彼女に話し掛けていた。


「万が一に備えて艤装をつけていたのか」


「はい……、勝手な真似をして申し訳ありません……」


「いや、いい。 少なくとも今は不粋だ」


篠原は言いながら花火を眺め続ける。

そんな中で、神通は花火の色に照らされる彼の横顔を見ながら、静かに言葉を綴った。


「……提督」


「なんだ?」


「先程の事なのですが……、誓い合う事は出来ないのでしょうか?」


「誓い合う?」


「はい……、貴方の誓い、そして私の誓い……、お互い守る誓いを交わせたのなら……、素敵な事ではありませんか……?」


「……」


「ふふっ、たった今思い付いた事なのですけどね……」


神通はおかしそうに笑うと、再び視線を空へと戻した。

そんな最中、篠原は空を見上げながら額に手を置いて目を瞑り始める。

そして彼女の言葉に触発された思考を胸の中で再確認した。


(……お互いの未来を守る為に誓い合う……、お前それって……。 いや、考え過ぎか……? いやでも……)


彼は早くも花火所では無くなりつつあるが、やがて何か吹っ切れた様に息を吐いた。


(……来る時が来たら、腹括るしか無いよな……)


篠原は随分と前に、大淀に釘を刺されていた事を思い返していた。

艦娘が個性的すぎるばかりに彼女達の妙な行動に理由を求めなかった彼だったが、今回の相手が神通であるから流石に何か察した様である。


彼女は何故相反してでも自分の主張を曲げなかったのか、芽生えた矛盾に苛まされていたのか。

尤も、本人はまだそれが忠誠心であると勘違いしているようであるが、割り切れる者なら結論に至るのは早いだろう。


とにもかくにも、篠原の中で1つの変化が生じるキッカケになったのは言うまでも無い。






影の執行人





翌る日、とある鎮守府の個室にて、液晶テレビが映し出す映像の光だけが照明の代わりに室内を薄明るく照らして、目の前に佇む男の影をぶっきらぼうに壁一面へと貼り付けている。

影は映像の明滅と共にチカチカと目障りに色合いを変えながら明滅し続けて、スピーカーから放たれる音声がひたすらに室内へ木霊していた。


《──……である事から、町では実に5年振りの花火が打ち上げられました。 花火は強い光と大きな音を伴いますが、近海に接近する深海棲艦の姿は依然見受けられず、町に危険が及ぶ可能性は今のところ無いと大本営から発表がありました。 それでは現地の様子を見てみましょう、中継を繋ぎます》


《皆さんおはようございます、レポーターの田島です! えぇ、はい、今回は何と5年振りに花火を打ち上げる事の出来たあの町に取材にやって参りました! 早速住民の方が取材に応じてくれたので、いくつか質問してみたいと思います!》


《えー、はい、早速ですが……、今回の花火5年振りとの事ですが、それ以前に去年の襲撃からまだあまり時間は経っていませんが、何か怖いとか不安を感じる事はありませんでしたか?》


《あ、はい、ありませんでしたよ。 今もこうしている内に、あそこの艦娘さん達に守って頂けていますから》


《ははぁ〜っ、それは頼もしいですね! それでは本題に入りまして、5年振りの花火は如何だったでしょうか……?》


《そりゃあ嬉しい、ですね。 かつて日本を守ってくれた自衛隊の方々など、本当に沢山の方が亡くなってしまいましたが……、亡くなった方の為にも、こうして花火が打ち上げられた事を嬉しく思います。 彼等が命を懸けて守ってくれた場所が、何時迄も寂しいままでは居た堪れませんからね……》


《……確かに、その通りですね。 こう言う時だからこそ、守られた私達は力強く立ち直って行きたい所ですね。 ご協力、ありがとうございました!》


映像の場面が切り替わり、ニュースの報道がひと段落した途端に佇んでいた白い軍服の男は唸るような声をあげた。


「クソォッ‼︎ どう言う事だ……ッ‼︎」


苛立ちを隠せずにガシガシと頭を掻き毟り、まるで取り返しのつかない失敗を悔いて焦燥に駆られているようである。


テレビの音声に混じえて男の歯軋りが不快な音を響かせ始めたのも束の間、戸惑いがちなノックの音が部屋の中に小さく響く。

ノックに気が付いた男は声を荒げて返事をする。


「あぁッ⁉︎ 何の用だ⁉︎」


言いながら男が扉に顔を向けると、か弱く怯える声が返って来た。


『ご、ごめんなさい……! そ、その……遠征が、終わりました……』


「だったらもう一回行ってこいッ‼︎」


『あ、あの……、入渠のご許可を……、中破した子が……』


「んだとぉ、沈まなきゃ問題ねぇんだからまだ必要無ぇだろ無能がッ‼︎」


『ご、ごめんなさい……っ!』


扉の向こう側から小さな足音が遠ざかるのを確認した男は改めて苛立ちを募らせ毒を吐き散らかし始める。


「あんの忌々しい老害がぁぁ……、テメェが雑魚ばかり寄越しやがるせいでこちとら数字が稼げねぇじゃねぇかよォ……」


そうして鼻息を荒くした男は目に付いた椅子を乱暴に蹴り飛ばし、蹴られた椅子は喧しい騒音と共に壁に激突した。


「クソッ、クソッ‼︎ こんな筈じゃ……ッ‼︎ そもそもあの老害ジジイが悪ぃんだ……、ポッと出の新入りなんかに優秀な奴を添えやがって……ッ‼︎」


「オマケにたった2、3回敵を退けただけで中将だぁ⁉︎ どう見ても贔屓じゃねぇかクソッ‼︎ 俺にそいつの艦娘寄越してみろよ、もっと凄い戦果を叩けるに決まってる‼︎」


呪いを吐き出しながら焦るように頭を抱えるも一転し、男は徐々に冷静を保ち始める。


「い、いや落ち着け……、俺の父は国の防衛大臣だぞ……、簡単には行かない筈だ……。 今のうちに手を回して……──」


何か策を企て始めるも間も無く、男の眼はぐるりと上を向き、身体は体重を支え切れずにドサリと散らかった床に崩れ落ちたのだ。


そして男が動かなくなった途端、誰に許可を取るまでもなく扉が動いて開け放たれる。

薄明るい部屋の中へ、今度は黒い男がゆっくりと歩いて侵入して来た。


黒い男は体格で性別は判るが、頭部はフルフェイスにガスマスクの着いた物で覆われて、目を保護するシールドまでも黒く濁り、人相など判らない物であった。

警察系特殊部隊の容姿によく似ているが、艶消し黒のプレートが胸や肩などに鎧の様に貼り付けられている等、細部の至る所の仕様が異なり、更には所属を明かす刺繍は一切無かった。


肌の露出が一切無い全身黒染めの男は、倒れ込んだ男を前に屈み込むと辺りの様子を見回しながら呟いた。


「大分エキサイトしてたみたいだな……」


そこへ黒い男と似た格好をした女が背後に迫る。


「こんなに早く効くんだ」


「まぁな。 よし、運び出すぞ、道を開けろ」


黒い男は倒れた男を肩に担ぎ上げると扉を抜けて廊下に出た。

そして扉の近くに居て目を丸くしながらオロオロ狼狽えている青い髪の艦娘に話し掛けたのだ。


「あー……、君達の提督こんなんなっちゃったから遠征は中止。 入渠して待機しとくように」


「えっ? え? あの……」


「大丈夫大丈夫、俺は元帥が依怙贔屓してくれたおかげで配備された優秀な艦娘を使って2〜3回敵を退けた程度で中将になってるから、コイツより偉いんだ」


黒い男が投げやりな軽口を叩き始めると、呆れたような口調で背後にいた女が声を掛ける。


「いやもうそれ自己紹介してるじゃん……。 それと気にしすぎ……」


「これは失敬。 君、今のは聞かなかった事にするんだ、いいね?」


最早隠す意味も無いだろうが、この男は篠原 徹以外の何者でもない。

そして背後の女も篠原の艦娘、川内であり、この鎮守府の艦娘の信頼を得る為に予め正体を明かしていたのだが、篠原までもアッサリと暴露していたので呆れていたのである。


それでも青い長髪の艦娘は状況を飲み込めていないのか、オロオロと狼狽えたままである。


「あ、あの、それ本物ですか?」


彼女の視線の先には、篠原の肩に括られてぶら下がるM4カービンライフルがあった。

彼はその事に気がつくと、またしても軽い口ぶりで言った。


「俺も本物だと思ってたけど、ただの飾りだったな」


「え、えっ?」


彼女は余計に狼狽え始めながらも質問を続けた。


「て、提督はどうなっちゃうんですか……?」


本来それは真っ先に聞くべき事だったのかも知れないが、混乱する彼女は優先順位を履き違えているようである。

聞かれた篠原は肩に担いだ男を揺さぶりながら言った。


「あ、これいる? 欲しいならあげようか?」


「い、いらないです……」


「そっかぁ……じゃあ俺が持って帰るから」


「えっ、えぇ⁉︎」


斯くして彼女の提督は連れ去られ、もう二度と姿を見せる事は無かったと言う。


そして、その提督が次に眼を覚ました場所は見慣れない何処かの部屋の中であった。


この部屋自体が何かに揺られているのか、その不快感に気が付いて意識が覚醒した男は、急に場面が切り替わった事に戸惑いながら、首を動かして辺りを見回した。


そして気がつくのは、自分が椅子に縛り付けられている事だ。

それだけに留まらず、凶悪な囚人に着せる様な袖の繋がった腕を前に組ませる拘束衣を着せられていて、身動きが一切取れない事に気が付いた。


「なんだコレは……⁉︎ どうなってやがるッ⁉︎」


部屋の中には鉄の扉以外は何も無く、頭上の照明の灯りが部屋と共に左右に揺れている事から、男はここが何処かの船の中である事だけは察しがついたようだが、拘束のせいで何もする事が出来ず、成り行きに身を任せる他は無かった。


それからどれ程の時間が過ぎただろうか、やがて鉄の扉の奥から廊下を叩く足音と共に、話し声が聞こえてきた。


『……にしてもあの艦娘、いらないって即答してたな……。 艦娘にとって提督ってのは特別なんじゃないのか?』


『いやそんなの人によるでしょ、何言ってんの?』


『まぁ、そうだよな。 本来なら命令権があるってだけなんだよな……』


『今更そんなこと言ってどうしたのさ』


『いや別に……』


『別に、何?』


『何でもない』


『何でもない事ないでしょ』


『何でも無いったら何でも無い。 ほらもう着いたぞ』


『今、誤魔化したよね』


話し声が目前に迫った時、鉄の扉が擦れた不快な音を軋ませながら開け放たれ、フルフェイスを被ったままの篠原が男の前に姿を現した。

ただ川内だけはフルフェイスを脱いでいて、髪の毛は解いたままだが素顔は晒していた。


拘束された男は人相の判らないフルフェイスの篠原よりも先に、見知った面影のある川内に声を掛けたのだ。


「おい、お前艦娘だな⁉︎ だったらさっさとこの拘束を何とかしろ、命令だッ‼︎」


口調を荒げる男に対して川内は眼を細めてにべもなく様子を眺めているだけだった。

その事が余計に男を刺激したのか、更に毒を撒き散らし始めた。


「テメェ……、提督が居なきゃ何も出来ねぇ兵器の分際で……」


「……」


「オイッ‼︎ 何とか言ったらどうだッ⁉︎」


「……」


「命令だぞコラァッ‼︎ 言う事聞けねぇのなら何の為にテメェはいんだよ、アァッ⁉︎」


男は言葉の節に怒気を含ませ威圧を込めながら川内を睨み付けるが、その視線を篠原が身体で遮った。


「元気そうで何よりだ。 さて、今がどう言う状況か分かるかな?」


「なっ、誰だテメェ……。 提督の俺にこんな真似して許されると思ってんのかッ⁉︎ さっさと拘束を解け‼︎ 誰が日本を守ってると思ってんだッ⁉︎」


「おかしな事を言うな……、お前は日本を守ってると言いながら破壊行為に及ぼうとしたではないか。 それも人の住まう町にだ」


「な、何の事だ……、知らねぇぞそんな事……」


男は露骨に視線を逸らし額に汗を浮かべ始める。

その様子を見ながら篠原は淡々とした口調で言葉を続けた。


「その時の工作員と見られる暴力団の一味から確証は取れている、みんな揃えてお前の名前を口にしたぞ」


「な……ッ⁉︎ そんな筈は無い……!」


「そうでもないぞ? その暴力団の制圧ついでに元締を調査した結果、再びお前の名前が浮かび上がったようだ。 建物を爆破させ、あたかも敵の空襲に見せかけ元帥の失脚を促す手筈か、これは立派なテロ行為だな」


「……」


「何か申し開きはあるか、このテロリストが」


男はまたも歯軋りをし、更には開き直る。


「だ、だとしてもだ……、俺を裁くには正当な手続きが必要になる……、この扱いは不当な物だ……‼︎ 即刻速やかに拘束を解け!」


「その正当な手続きを踏んでいる間にお前はパパに泣き付いて時間稼ぎをしそうだからな」


「なっ⁉︎ ……いや、知っているのなら分かるだろ‼︎ 俺の父は国を双肩に背負う防衛省の一員だ、こんな事をしてタダで済むと思うなよッ⁉︎」


「その通りだな、だから俺が適任なんだ」


「はぁッ⁉︎」


訳がわからないと睨み付ける男を前に、篠原は腰に添え付けられたポーチから小さなジェラルミンケースを取り出すと、それを男の前で開封させた。


中には液体の入った注射器が収められていて、篠原はゆっくり見せびらかすように手に取った。

男は篠原の手に持つ鋭い針に眼を奪われ、顔を強張らせた。


「お、おい……、何だそれは……、何に使うつもりだ……」


篠原は男の質問には答えず、歩きながら関係の無い話を勝手に語り始める。


「人が動物を殺すのは、生きる為に必要な事だからだ。 人は肉を食べるからな」


「な、何言ってやがる⁉︎」


「そして人が人を殺すのも、やはり生きる為に必要な事だからだ」


「な、な……」


「お前の行動は多くの人の命を脅かす危険性がある。 よって人が生きる為に、これは仕方の無い事だ」


男は何かを察し、強張らせた顔を更に震え上がらせた。

脂汗を浮かべ必死に首を振って篠原に制止を訴えかけるが、彼の歩みは止まらずに、遂には目前に差し掛かった。


男の左肩に回った篠原の、手に持つ注射器の先端が男の首筋を捉えると彼は堪らず暴れ出すが、この世で最も強固とされる拘束衣は身動きの一切を封じたままだ。

恐怖から息を短く切らし始めた男は唯一動かせる首だけで精一杯針を遠ざけようとしていたが、寸前に篠原は手を止めた。


「一応、理由を聞いておこう。 何故テロ行為なんてしたんだ?」


男は最初こそ否定をしていたが、遂には行為を認めていた。


「はっ、はっ……、で、出来心……だったんだ……」


「出来心?」


「み、宮本元帥がぁ……、強い艦娘を、送らないから……、俺の、俺の鎮守府は、いつまで経っても、弱い、ままで……」


「だから宮本元帥を失脚させようと?」


「あ、アイツは、それに、自衛隊贔屓だッ‼︎ ……元自衛隊の奴ばかり、贔屓に扱う……から……、横須賀も、呉も、舞鶴も、佐世保も……ッ‼︎ 要は全て元自衛隊の奴だ……!」


「指揮経験のある者を優先的に配備する事の何処が不満なんだ? 理に適っているじゃ無いか」


「ば、バカ言え……、自衛隊を途中で辞めてる腑抜けですら元自衛隊ってだけで戦力を融通させてたんだぞ⁉︎ 俺んトコには雑魚ばかりの癖に、最初から強い艦娘まで……」


男がそう言い放った瞬間、男の背後の壁に背中を預けて寄り掛かりながら様子を見ていた川内が舌打ちしながら男に詰め寄り始めた。

それに気が付いた篠原は左手で待ったを掛けて川内を止めると、彼女は不服そうな顔で再び壁に寄り掛かる。

死角で行われたそのやり取りに、男は気付く事もなく独白は続く。 言葉を続けている間は注射針を遠ざけられると思っての事だった。


「それに……、予算の流れもおかしい、あんな辺鄙な所の港を何億円も掛けて拡張するだと⁉︎ 極め付けは大和だ……、あんな強力な艦娘がいるのなら俺だったらもっと上手く使い熟せる……ッ‼︎」


「へぇ、大和と言う艦娘は……、その鎮守府では腐ってしまうと?」


「あ、ああ……! ソコの提督は元自衛隊の割に大規模作戦にも参加しないし海域開放にも滅多に踏み込まねぇ。 大方、大和ほどの知名度を誇る艦娘を沈めて汚名を被るのが怖ぇんだろ……、俺だったらそんなベタ踏まねぇがな……」


「うーん、確かに勿体ないよなぁ……、折角強い艦娘が居るんだし有効活用してガンガン海域を開放するべきだよな」


「だ、だろっ⁉︎ そう思うだろ⁉︎」


篠原が共感を示した事が、男には“助かるかも”と言う希望に見えたようだ。 その事が余計に口を軽くさせている。


「アレは腰抜け野郎にゃ勿体無い艦娘だ……、当然俺は然るべき所へ移動させるべきと進言したが、元帥は認めやがらねぇ……。 奴にこそ相応しいとまで言いやがった、どうやらその腰抜けの事が相当お気に召しているらしい」


その言葉に壁に寄り掛かる川内は苛立ちを露わにした表情で再び詰め掛けるが、またも篠原が左手で牽制をする。

川内は顔を顰めて男の後頭部を睨みつけ、続いて篠原までも睨み付けるが、彼はその事を構わずに話を続けた。


「でもお前の所の艦娘、中破していなかったか? 沈ませないような事を言っていたが」


「あ、アレは……、そうだ、費用対効果だ……、沈まなければ良い……、あの程度なら入渠は必要ない……」


「費用対効果かぁ……」


「は、はは、コスパって奴だ……! 大した戦果も上げねぇ奴に資材が勿体無ぇだろ? 穴を掘るのに、ショベルが有るのにスコップに金掛かる様な物だ……、分かるだろ、な?」


「ショベルか。 でもお前さっき艦娘の事を兵器と呼んでなかったか?」


「アンタは何も知らないのか……? 艦娘ってのは、命令が無けりゃ戦えない奴等だからな……、俺の様に選ばれた素質を持つ者がいて初めて人の役に立てる存在だ……」


「でも彼女達が名前通りの兵器だとして、中破と言う状況は少なからず被害が発生している事になるな。 軍艦であれば必ず負傷者や戦死者が出てしまっている状況だ……」


「そ、それは……」


「人員補給も治療も無く、損傷した状態の軍艦を出港させて……、マトモな戦果が期待出来るのか? 兵器としての扱いとしては少しおかしい気がするが……、お前は壊れた銃でも弾さえ出れば存分に戦えると言うのか?」


次第に旗色の悪くなりつつある男に、篠原は追求をやめない。


「どうなんだ?」


「そ、そもそもの問題だ、艦娘が大和だったらそんな扱いはしない……‼︎」


「いやおかしいぞ。 大和が居て全てどうにかなる状況なら戦争はとっくに終わっているとは思わないか? それに大和一つで戦況を変える自信があるようだが、それ程の智力があれば現状でも何か変わっていたのでは?」


「な……、何故そんな事を……」


「はっきり言おう、兵器であれば戦果は持ち主の手腕に問われる。 旧日本帝国陸軍では、兵士は粗悪品の銃しか支給されなかったが白兵戦で素晴らしい戦果を挙げている、何故か分かるか?」


「……」


「例え欠陥の多い粗悪品でも身を守る為の武器に違いないからだ。 当時の兵士は銃の事を正しく理解して欠陥を工夫や技術で補い克服してきた。 お前に足りないのは知識と理解と技術と何よりも根性だ」


「な、な……、そんな……」


男は先程までの威勢を失うもの、すぐに取り繕い、今度はすがる様に懇願する。

少なからず篠原には会話が出来る余地があったからだ。


「た、頼む……、殺さないでくれ……」


「ああ、もう遅い」


「は?」


衝撃に目を丸くする男の前に、篠原は右手に持った注射器を彼の前に翳した。


前回見た時は液体で満たされていた筈の注射器の中身は空だ。

篠原は男が必死に喋り続けている間に、既に針を打ち込んでいたのである。


そして空になった注射器を見た途端、男は豹変する。


「テメェェェッ‼︎ 何を打ちやがったッ⁉︎ 毒か⁉︎ んなもん使ったらテメェも足が着いてお終いだッ‼︎」


「そう思うよな、だから上手く行くんだ。 誰も毒殺だなんて疑わないだろう」


「は、ハァァッ⁉︎ 日本でそんな事出来る訳ねぇだろ、寝惚けた事言ってんじゃ無ぇぞ‼︎」


「そう思うよな、だから出来る様にしたんだ。 まさか日本でそんな事がまかり通るとは思わないだろう」


「ふざけんなぁ‼︎ 出来る筈がねぇだろ‼︎ 俺が死んだら事件として取り上げられる‼︎」


「そう思うよな、だから事故って事にしておくんだ。 それがどんな間抜けな事故でもお前のパパは悲しんでくれるさ」


「ふざ──、カッ……、ハッ……⁉︎」


毒を吐き散らしていた男は突如目を見開き、金魚の様に口をパクパクと動かしながら身体に起きた異変を表情で訴え出した。

その様子を横目にしながら、篠原は川内の方に顔を向けた。


「今注射したのが神経毒、天然由来なら毒キノコなどからも検出される成分だが、自律神経を麻痺させて脳の信号を臓器が正しく認識しなくなるものだ。 そしてこの症状は呼吸困難、横隔膜が麻痺して肺が動かせないから上手く酸素を取り込めない状態だな」


「へぇ……、じゃあ部屋で使ったのは?」


「アレは主に医療用に用いられる麻薬をロシアが軍事用に使う為に化学兵器として改造した催眠ガスだ、吸い込めば3秒で意識を失う。 致死性も高くて使い過ぎると死ぬから捕らえたい場合は用法容量を守る事だ」


「何それえっぐぃ……、3秒とか無理じゃん。 良く日本で手に入ったね」


「そう思うだろうから、わざわざ取り寄せる価値があるんだ」


死に瀕する男の前で余りにも場違いな会話だが、男は唯一顔を知る川内が視界に入った途端、食い入る様に顔を向けた。


「た……、助け……」


その言葉は確かに川内にも届いていた筈なのだが、彼女はまるで意に介していないようだ。

その事に気が付いた篠原は、今更になって自己紹介を始めるようだった。


「ああ、そう言えば何故ここに川内が居るんだろうな?」


「な……、はっ、……ッ‼︎」


篠原はフルフェイスを脱ぎ、素顔を男の前に晒した。


「どうも、腰抜けで腑抜けで元帥の贔屓にされて日本が誇る最強の戦艦を持つ提督、篠原だ」


「き……、……!」


「今回の決め手はテロ行為だったが、遅かれ早かれこんな風に出会っていただろうな」


「──……ッ!」


男の脳は酸素を求め苦しみを訴えるも、抗う術も持たず彼は絶望の相を浮かべながら意識を手放してカクンと首を落とした。

その様子を見ていた川内は篠原に言った。


「死んだの……?」


「いや、まだ心肺蘇生で息を吹き返す。 蘇生をしなければ、あと5分くらいで脳は完全に機能を止めて身体の代謝も止まり、徐々に硬直が始まる」


「ふぅん……」


「動じないんだな、人が死ぬんだぞ」


彼は真剣な目付きで川内の眼を見るが、彼女は取り乱す様子もなく普段通りであった。


「深海棲艦を沈めるのと何も変わらない感じ。 それより、提督が私を連れて行く事を許した事の方が衝撃が大きいかな?」


「艦娘が人の魔の手から艦娘を守る……、何もおかしい事はない……。 寧ろ、そう出来るべきなんだ」


「じゃあ私ってイレギュラーかな?」


「だろうな……。 諸島泊地の艦娘達は人を手に掛けたら堕ちてしまった……、けれどお前は引くくらい今まで通りなんだな」


「引かないでよ、やったの提督だし。 と言うか提督が敵と認識してて、私もその事に納得してるのが大きいのかもね」


「それでも今回は特別悪趣味なやり方だったけどな。 本来なら目覚めを待たないで仕留めている。 それで、どう思った? 人間の持つ醜い欲望は、こんな奴もいるんだぞ」


「こいつクソヤローだなって、それだけ」


「はっ、上等じゃないか」


篠原は言いながら男の頭に布袋を被せて拘束衣のベルトを解き始めた。

川内はその作業を眺めながら、再び篠原に話し掛けた。


「昼はサムライ……、夜はニンジャ……、提督は二足の草鞋を履いてるね」


「今は朝だけどな」


「ねぇ知ってる? 昔の侍も忍者も、信念や忠義は変わらないんだよ。 ただ戦い方と戦う相手が違うだけ」


「へぇ……。まぁ確かに、侍も忍者も君主に仕えているからな」


「侍は表で蔓延る敵と戦う、忍者は裏に潜む一筋縄とはいかない敵と戦う。 それだけの違いなんだよね」


「どうした、時代劇でも見てきたか?」


篠原はベルトを全て外した男を床に寝かせると、改めて川内の方に顔を向けた。

そして川内が何やら粘性のあるネチっこい視線を送っている事に彼は気が付き、怪訝な顔で返した。


「なんだ?」


「提督、私は割り切れるタイプだから、忍者にもなれるよね?」


「ああ、そこはドン引きレベルで割り切れてるから大丈夫そうだな」


「いやいやっ、さっきも思ったけど提督に言われたく無いよ⁉︎」


「ただし……」


「何?」


「お前は感情的過ぎるし、対人に関してはまだまだヒヨッコだ。 叩き込んでやるから帰ってからの日常が今まで通りだと思うなよ……?」


「へぇ……、それは、怖いなぁ……」


川内は言いながら自分の身体を抱き、微笑を浮かべながら僅かに身震いさせていた。

その一方で篠原は寝かせた男を運び出す作業に移っていた為、その事には気が付かずに予定を語り始める。


「遺体はこのまま直接大本営まで運んで引き渡す、んで今日はお終い。 銀座で飯食って帰るぞ」


「えっ、お寿司?」


「着く頃には昼時だろうしラーメンもアリだな、なんか食べたいのあるか?」


「んー、やっぱお寿司。 回らない奴」


「はいよ」


「どうでも良いけど今の私達すっごく不謹慎だよね」


「そう思うなら早く運ぶの手伝え」


斯くして制裁は執行された。

妖精の都合上、一般的に近寄る事を禁じられる鎮守府の敷地は提督の持つあらゆる側面を包み隠す結界となっていただろう。

しかし同じ素質を持つ者が見れば、その結界は余りにも無防備に見えた筈である。


何故なら憲兵隊の囲いを抜けたなら既に人の眼も無く、存在する人間は只の1人だけ。

今回の場合は憲兵隊の囲いすらも挨拶を交わしながら通り抜けた彼等はその役目を終えて、何事もなかったかのように日常に舞い戻るのであった。






篠原side




盆も終わり季節は僅かに流れて9月。

連休を明けてから、我が鎮守府では艦娘達による“業務部”が新たに制定され、大淀を中心とした香取、鹿島の3名が表向きの執務とは別の用事を引き受けてくれるようになった。

彼女達は主に艦娘達のアルバイト先との営業や、取引先との交渉から事務作業まで担当するようになったお陰で俺の作業量がとんでもないレベルで激減した。


彼女達にとっては社会勉強にもなり得るし俺の負担も減る、なんて素晴らしい制度なんだろうと思って横須賀の佐々木提督に野暮用ついでに自慢したら「そんなん何処でもやってるわ、逆に何で1人でやってんだよアホか」と、有り難い言葉を頂いてしまった。


そもそも皆忘れていそうだが、俺はイレギュラーで提督になっているし、艦娘達の提督のあるべき姿なんて判らないんだ。

ただそれでも艦娘達が不自由しないレベルで仕事を見つけた事は褒められても良い筈だ。 営業は足で稼ぐ。基本だ。


さらに兼ねてより検討していた運転免許などの講習に向けての準備も滞りなく進み、現在は資料が届くのを待つのみである。

鎮守府内で普通自動車免許でも行き渡れば、休みにレンタカーなどで普段行けないような場所にも行けるだろうし、行動範囲が広がった彼女達が何に興味を示すのか今からでも楽しみだ。


執務室の窓から陽気な日差しが差し込む中でそんな陽気な事を考えていると秘書艦席の神通が暇を見て話し掛けてきた。


「あの、提督。 少しよろしいでしょうか」


「どうした?」


「最近、姉さんが夜中静かなのですが、何か知りませんか?」


「んん? それは良い事じゃないのか?」


「それはそうなのですが、本当に静かになったので……、やっぱりおかしいです……」


「普段の方がおかしいとは思わないんだな……」


神通の方に顔を向けると何処か腑に落ちないと言う表情だ。 それ程不自然だと言う事か。

まぁ心当たりがあるとすれば、1つしかないが。


「最近俺が個別指導してるからかな? ちょっと厳し目にやってるから、疲れているのかも」


「そ、そう……、ですか……」


「前回の事もあるしな、色々覚えて貰わないと」


「はい……、それは……、存じております」


彼女は納得したようなしてないような、何とも曖昧な反応を見せていた。

もしかしたら長年川内の騒音に連れ添ってきた事もあって癖になっていたとか……、それは流石に無いか。


「どうした? ヤケに歯切れが悪いな」


「い、いえ……何でもないです……、何でも……」


神通は本当に致命的にまで嘘がヘタクソと言うか、ワザとやっているような気さえもしてくる。

そして俺がどうしたものかと手をこまねいていると、このやり取りがそれなりに注目を集めていたのか、書類を手にした大淀が机に近寄りながら声を掛けて来た。


「……昼に実戦があっても夜に騒ぎ出す川内さんが個別指導で疲労困憊と言うのは考え難いんですよ」


「と言っても俺も座学の授業とかだし、俺の指導がどうのとは思っていないけどな」


「座学ですか……、確かに体力は消耗しませんね。 だとしたら一体……」


大淀にとっても不可解なのか、俺の目の前で顎先に手を添えて真剣に悩み始める中、俺と大淀のやり取りを見ていた神通が質問をしてきた。


「提督、座学と言うのはどのような……」


「前回は神経毒をメインに勉強させたかな? 有名なテトロドトキシンとかがどの様に作用してどの様な症状が現れるのか、とか」


「なるほど……、テトロドトキシン……、フグ毒の一種でしたよね」


「そうそう、そのフグ毒が体内に入ると身体の中で伝達される信号が遮断されて強い麻痺を引き起こすとか、結構ざっくりと」


「し、信号の遮断……」


「そう、結構怖いぞフグ毒は。神経に作用して命令が送れなくなる訳だから……、例えば肺なら、本人が必死に息を吸おうとしても肺が言う事を聞かなくて、いくら頑張っても酸素の補給が出来なくなるんだ」


「確かに恐ろしいですね……、それが心臓なら尚の事、自力ではどうにもなりませんし……」


「天然物とは思えないくらい的確に殺しに来てるよな……、どんな進化の仕方をしたらそんな成分が出来るんだろ」


「ですね……。 それと妙案を思い付きました、今度姉さんに大学受験レベルの参考書を見せてみます。勉強は姉さんにとっての神経毒に成り得るかも知れません」


「いや本当にざっくりとしか説明してないんだけどな、突き詰めたらイオンチャネルとか電位依存性ナトリウムチャンネルと活動電位とか細胞学の勉強になるし」


「ですが勉強と言う行為が姉さんにとっての猛毒で、姉さんの夜戦本能に基づく夜戦チャンネルからの活動欲求を遮断して感覚を麻痺させている可能性があります。 要するに疲労困憊です」


「どんだけ勉強嫌いなんだよアイツは」


でも確かに勉強中はよく唸り声をあげている様な気がする。

そう思い返していると今度は大淀が俺に質問してきた。


「それにしても……、提督の裏仕事を習っているのですよね、川内さんは」


「んー……、まー……、昼間からする話でも無いけど、教えようとしているのは暗殺だからな……」


我ながらかなり物騒な話題だと思う。

けど、俺のやりたい事は“艦娘が人から艦娘を守る”と言う事への手助けがしたいだけだ。

最初こそ俺は、艦娘に人を殺させるものか、と考えていたのだが……、いずれ俺の手が届かなくなる可能性もある訳だ。一応保険として。

外道の技術だが、彼女なら間違える事は無いだろう。


しかし大淀が聞きたいのはそこでは無かったようで、今一度質問を重ねた。


「何故、真っ先に毒の勉強を……、私はてっきり銃などの戦闘訓練を施すものかと」


「暗殺が戦闘行為に発展したら既に限りなく失敗に近いからな。 相手に反撃の機会を与えない、戦闘にまで持ち込ませない、暗殺とは一方的で理不尽であるべきだ」


「な、なるほど……、提督が言うと説得力がありますね……。 それで手札を増やす為に毒の勉強ですか……」


「最もポピュラーで確実だからな毒殺は。 とくに化学兵器の毒ガスは集団にも効果覿面過ぎて戦争で使えば協定違反になる代物だし、日本でも本拠地ならともかく派生の鎮守府レベルならそりゃもう防ぎようが無い」


「ではどの様にすれば対策出来るのでしょうか……」


「事前に気がつく事が何よりも大事だけど、仮に使用された場合はとにかく発生源から距離を取り避難するしかない。 ガスマスクで発症を遅らせる事は可能だが……、前回の提督みたいに室内でやられたらもう詰みだな」


前回の使用したケースでは外から個室の扉を塞いでガスを注入させていた。

如何に催眠ガスとて匂いと色で異常に気がつく可能性がある、対象が部屋から逃げ出さない様に扉を塞いで万が一突き破った時に備えていた訳だが、あの提督は部屋を閉め切って暗くしていた上に勝手に暴れまわっていたのでガスの正体についに気付かなかった。


そんな俺の説明がざっくりした物であったからか大淀は何処か腑に落ちない表情をしていた。 一粒ではあるが懸念が生じたからだろう。


「よし大淀、今度はバイオハザード対策の講習を開こう。 この鎮守府でも輸送作戦で物品の搬入を引き受ける事も有り得るだろうし、輸入品の中に毒性の高い化学原料がある事も十分有り得る、例えば塩酸なんかは気化した物を吸い込めば卒倒するしな」


「ええ、習慣の強化はとても大事ですので優先的にプランを組みましょう。 提督の仰せられる通り、鎮守府に仮置きされる輸入品から毒ガスが発生してしまう事故は十分有り得ますからね」


毒物は案外身近に多く存在するものだからな。

滅多に起こらない事だとは思うが、仮に工場で取り扱う様な原料を鎮守府に仮置きする事になって、その容器が破損していて液体が漏れ出していた場合は知識の有無が明暗を分ける事になるだろう。

速やかに周りに注意を促して緊急事態宣言が出来るだけでも頼もしいと言うもの。


そこで話を聞いていたらしいソファー占領組の利根がソファーに座ったまま話し掛けてきた。


「なんじゃ、暗殺から新たな訓練の話題とは物騒じゃのう」


「毒ガスの話題になったからな、その対策としてな」


「毒か……、吾輩のイメージでは毒は肉を腐らせたりするイメージがあるんじゃが」


「あー……、蛇毒とか毒トカゲがそうだったかな。 獲物を弱らせて食べる為の毒だけど、毒に感染した場所から壊死が始まったりもする」


「お、恐ろしい生き物じゃ……、吾輩は絶対に蛇にもトカゲにも近寄らんぞ……!」


「日本だと蛇はマムシくらいだがこの辺にはいないから安心するんだ。 寧ろスズメバチとかの方が怖いかな……?」


日本で最も猛威を振るっている猛毒の持ち主と言えばスズメバチがその筆頭では無いだろうか。

その中でも日本のオオスズメバチは世界一獰猛とされて毒性も極めて高い。

進化の道筋を覗きたくなる様な複数の毒を混合した液体を仕込ませており、刺されたなら激しい痛みを伴う炎症を引き起こすだけでなく、毒に対する免疫作用が撹乱されショック死すらも有り得る。

そんな物が群をなして襲って来るのだから恐ろしいと言うものだ。


「そう言えば9月だしそろそろスズメバチの季節だな……」


「は、蜂にも絶対に近づかんぞ……!」


「攻撃性は高いけどちょっかい出したり巣に近づかなければ平気だ。まぁ巣は大体隠れているから気付かないまま近付いてしまって攻撃されるケースが後を絶たない訳だが」


「それもう罠では無いのか……⁉︎」


「因みに幼虫は食べられるぞ」


「な、なんでそんな物を食べようと思うんじゃ⁉︎ 毒の虫じゃぞ、どうかしておるぞ⁉︎」


「同僚はエビみたいだって言ってたけど、俺からしたらグミみたいな食感の……何というか独特の味だったな」


「お主食ったのか⁉︎ 何故毒があって攻撃して来る生き物をわざわざ食べるんじゃ⁉︎ そんなん放っておいた方が良かろう!」


「テトロドトキシンとか言うエグい毒を持つフグを何とかしてでも食べようとする人間だぞ。 毒とか攻撃性とか関係ない、美味いか不味いかだ」


「人間は頭がおかしい……!」


利根が投げやりな表情に変わったその時、執務室の扉から声が響いた。


『それこそ食の探求と言うものです!』


利根は咄嗟に反応する。


「こ、この声は……ッ⁉︎ 熾烈な戦場を容易く捩じ伏せたミッドウェーの覇者、数多の敵を悉く葬り去り横須賀の精鋭をも戦慄させた、紅い彗星──……」


彼女が言い掛けた途端に執務室の扉が開かれ、声の持ち主が姿を見せる。


「どうも、一航戦の赤城です!」


「やはりお主か……、と言う事は……」


「はい、3時のおやつの時間です」


赤城に続いて加賀も入室して来たのだが、加賀は既に何処か不満そうな眼をして赤城を見ていた。

赤城と加賀は空いているソファーに静かに腰を落とし、北上や大井などのソファー占領組と向かい合って座り始める。


因みに利根と同じソファー占領組の大井は延々と北上に絡み続けていて、不知火と鈴谷と球磨は並んでる映画を観ていてこちらの話題には触れて来てはいなかった。

だが一航戦の2人が現れると大井も絡むのをやめ、不知火や鈴谷もテレビから視線が離れがちになり、大いに関心が寄せられているようであった。

そんな最中で、赤城は利根に話の続きを持ち掛けた。


「それで、食べられる毒のお話ですか?」


「誰もそんな話はしとらんぞ。 何故毒のあるかも知れない物をわざわざ口に含んで食べるのかと言う話じゃ」


「美味しいからですが?」


「やっぱりどうかしておる……」


「でもフグなら、毒のある部位を取り除けば普通に食べる事が出来ますからね」


「なるほど……、毒を避けると言うことかのう」


「そして毒のある部位も調理方法や養殖方法により食べる事が出来ます!」


「それじゃ! そーゆーところじゃ! 何故そんな部位をわざわざ食べるんじゃ⁉︎ 危ないじゃろ!」


「因みに珍味であるそうです」


「それはもう珍味に過ぎないと言う事であろう? 美味とは言い難いのではないか?」


「利根さんは何の危険も侵さずに美味しい思いが出来ると思っているんですかっ⁉︎ 甘いですよ‼︎」


「ちょっと待て、吾輩はいま怒られたのか……?」


利根が納得いかないと言う風な表情に変わる。

そのやり取りを横目にしながら、俺は赤城のお目当てであろうお菓子を机から取り出した。

銀座で見かけて、美味しそうだったから注文しておいた品だ。


「今日はちょっと豪華だぞ、銀座の名店のカステラだ」


その箱を見た途端に、早速赤城が食いついた。


「これは……、銀座で飼育される蜜蜂から採れる百花蜜を使用したコクのある風味としっとりとした甘みが有名な蜂蜜カステラじゃないですか!」


利根も関心が向いたようだ。


「は、蜂蜜カステラとな……なんと甘美な響きよ……」


「利根さん、これは毒の虫である蜂の産物ですよ、良いんですか?」


「グッ……、この様な物を前にしては吾輩が折れる他あるまい……! そもそも蜂蜜は違うと思うしのう」


「そうですか、仕方ないですね、代わりに食べてあげます」


「お主話を聞いていたのか?」


「毒って怖いですねぇ〜……、一航戦として利根さんを危険に晒すわけには行きませんから」


「危険な物だったら名店とまで呼ばれないじゃろう……?」


「いえ判りませんよ、毒って怖いですから」


「吾輩はお主の食い意地の方が恐ろしい。 何故そこまで必死になるんじゃ……」


「毒の虫の産物を皆さんの口に入れる訳には行きません……! ここは私が責任を持って処分致します。 そう……、一航戦の誇りに賭け──」


赤城が言い切る直前に加賀の手刀が彼女の脇腹に深く突き刺さった。


「……ッ!」

「うぁ痛ぁーッ⁉︎」


それが余程痛かったのか彼女は脇を抱えて蹲り肩を震わせているが、加賀は見向きもせずただ前を見て、淡々とした口調で喋り始めた。


「あのカステラは貴女の理性を侵す猛毒のようね。 貴女だけは口にしない方が良いわ」


「わ、脇…………、脇はダメ……、肋骨軋んだ……」


「そして貴女は一航戦にとっての猛毒ね。 私が責任を持って処分します、文字通り一航戦の誇りが掛かっているもの」


「か、加賀しゃん……、か、堪忍……」


「鎧袖一触よ、心配いらないわ」


加賀は蹲る赤城の首に右腕を回して手を顎先に、そして後頭部に左手を添え始めた。

なんだか不穏な技が放たれそうなので、俺は蜂蜜カステラを開封しながら待ったを掛けた。


「待て待て、頚椎捻ろうとするな加賀、危ないだろう」


「だからやるのよ」


「食い意地なんて可愛いものじゃないか」


「食い意地を張るたびに一航戦を名乗られる私の身にもなって下さい……」


「……ぶふっ」


「どうして笑うの」


「いや他に無い凄い悩みだよなって……ククッ」


「ちょっと、笑い事では無いのだけれど」


「あはははっ!」


相方の食い意地を気にする姿が何処かおかしくて俺は声をあげて笑ってしまった。

すると加賀は極めて遺憾と言う目付きで席を立ち、ツカツカと詰め寄ってきた。


「何がおかしいの?」


「まぁまぁ待て待て、ほらコレ食べて落ち着け」


「いい加減にし──」


彼女が早足に距離を詰めるものだからお皿を出す間も無く、俺は咄嗟にカステラの一切れを摘んで彼女の口の中へ押し込んだ。


「────ッ⁉︎」

「結構美味いぞコレ」


それも束の間、加賀は驚いて目を見開いたかと思えばそのまま身体を硬直させ、板が倒れる様な綺麗な軌道を描いてドシン!と音を立てて床に倒れたのだ。


「……え?」


余りの予想外な出来事に俺は理解が追い付かなかったのも束の間、利根が震えながら声を荒げた。


「な、なんじゃ……、我が鎮守府最強の空母が……、倒れたじゃと……⁉︎ は、蜂の毒は本当だったんじゃ⁉︎ 末恐ろしい!」


「いや落ち着け利根! そんな筈はない!」


「いいえ提督……ッ‼︎」


呼吸を整えて復活した赤城が待ったを掛けた。

そして口にカステラを咥えたまま倒れる加賀を冷静に観察しながら言った。


「コレは猛毒に違いありません。 ……特に加賀さんにとっては……、即効性も……」


「どういう事だ」

「あ、アレではないかっ⁉︎ テトロドトキシン!」

「んな筈あるか、テトロドトキシンはフグ毒だぞ、と言うかフグ毒でもこんな倒れ方するものか!」


「違います、コレは……テイトキシンです」


「はっ?」


「テイトキシンです」


「いやそうじゃなくて」


「テイトキシン」


「それは分かったから」


「お判り頂けたでしょうか」


「意味がわからないから聞いてるんだよ」


「テイトキシンに対する抗体が備わっていない場合、電位依存性ナトリウムチャンネルに過負荷を与え活動電位が異常発生、主に心臓に作用しながら全身の筋肉が硬直して速やかに意識を奪い去ります」


「そんなもんある筈ないだろ!」


俺は更なる説明を求めたが、赤城はそれ以上何も言わずに倒れた起こして背負い始めた。


「これはもう末期ですので、荒治療が必要です」


「だからテイトキシンって何だよ」


「では、失礼致します」


「おい詳しく説明していけ、おーい!」


気を失った加賀を背負った赤城は会釈すると共に、俺の手に持つ箱からカステラを何個か失敬して執務室を出て行った。

引き止めたとしても多分ロクな説明をして貰えないんだろうと何となく分かっていた俺は彼女の2つの背中を見送る事しか出来なかった。


「……嵐の様な奴等だな」


「ちゃっかり多めにカステラ持って行きましたね」


何とも言い難い余韻が空間を支配する中で、大淀が眼鏡の位置を直しながら俺に聞こえる様に言った。


「テイトキシンですか……、言い得て妙ですね」


「何が言いたいんだお前は……」


「いーえ、何でもありません」


「……」


俺は確かな居心地の悪さを覚えながら周囲を見回した。


「うぐぐぐ……、コレは恐ろしいカステラじゃ……! テイトキシンなる猛毒が含まれておるとは……!」


「アハハ、テイトキシンとかウケる。 ぬいぬい〜、鈴谷にもお皿とって〜」


「不知火はぬいぬいでは御座いません」


「聞きましたか北上さん、やはり男は毒と考えて間違い無いんですよ」


「抗体があれば大丈夫らしいよ〜」


「と言うか普通に提督を彷彿とさせる辺り失礼クマ。 あんま口にしてやるなクマ」


球磨の優しさだけが嬉しかったが、もれなく鎮守府内でテイトキシンなる言葉が流行してしまった。

その毒性は定かでは無いが少なくとも俺の心にもダメージを及ぼす物で間違いはなかったようだ。





秘め過ぎた激情





映えある一航戦、加賀。

彼女は篠原の持つ艦隊の中でも一際目立つ存在で注目を集める理由はその戦果にある。

彼女の放つ熟練の艦載機は艦娘が誇る最大射程を優に超える超遠距離攻撃を可能とし、それによる先制攻撃は敵を速やかに殲滅させる程で、大規模な戦闘においても常に重鎮として戦場に君臨し、同じく一航戦の赤城と共に大きな戦果を約束する存在である。


よって、彼女の言う『鎧袖一触』に嘘偽りはない。


だが、しかし。

彼女は今まさに鎮守府内で注目を集めているのだが、それは戦果で注目を集めた物ではない。


──『カステラを口に含んだら気絶した』。


そのような目を疑う事実により、彼女の意思とは関係なく注目を集めてしまったのである。

そんな彼女は倒れた後、赤城により自室に搬送されて布団の上で介抱され、加賀が目を覚ましたのは倒れてから1時間程経ってからの事であった。


「ん……、ここは……」


彼女は自分の状況と周りの景色を確かめながら上半を起こし、すぐ近くに座っていた赤城と目を合わせた。


「赤城さん……」


「あ、気が付きましたか」


「私は……、一体……」


「突然倒れたんですよ、部屋まで私が運びました」


「え……? そんな……」


加賀は身に覚えがないと言う風な瞳で赤城を見て、その事を察した赤城は咳払いをして仕切り直すと改めて話し始めた。



「貴女は提督にカステラを食べさせられて気絶しました」



「え? ……えっ⁉︎」


赤城の言葉に加賀は目を丸くしていて、その表情ならば誰しもが彼女の喫驚を察する事が出来ただろう。

そして、先程まで真顔でいた赤城も今度は呆れたような表情に変わり辛辣な言葉を投げ掛けた。


「このヘタレ」


「い……、いいえ、赤城さん、そんな筈は無いわ。どうしてカステラを食べさせられて気絶するの?」


「こっちが聞きたいんですけど。綺麗に倒れましたよ、パターンって」


「そんな、馬鹿な……」


「思い出して下さい。 貴女は今日、執務室に行って何をしましたか?」


「た、確か……、鍛錬を終えて執務室にお邪魔して……、提督がカステラを出した辺りで貴女が興奮して……、それで……──」


加賀は言いながら顔を青く染め始めた。

その様子から、彼女が思い出したのだろうと判断した赤城は溜め息をつきながら言った。


「はぁ……、加賀さんちょっと洒落にならないですよ」


「……し、仕方ないの。 今日は何時もより気分が高揚していた物ですから……」


「はぁ……?」


「実は今朝、夢を見たんです」


「へぇ、そう言えば朝からキラキラしてましたね」


加賀は上を見上げ、その天井の一角に景色を思い浮かべながら語り始め、それは何か高尚な物を拝める様にも良く似ていた。


「そう……、澄み渡る快晴の空の下……」


「えぇ」


「延々と続く海岸沿いの遊歩道を……」


「はい」


「提督と2人で手を繋いで歩いていたの……」


「はぁ〜、それは良かったですね、それで?」


「至高の時間だったわ……」


「えっ⁉︎ それだけ⁉︎」


赤城は目を丸くして驚いた。自分の相方の沸点が非常に低い事が信じられなかったのだ。

それでも赤城は必死に言葉を絞り出したのは、彼女の優しさ故だろう。


「ま、まぁ……確かに、手を繋いでお散歩? の夢を見て? 気分が高まっていた所でトドメを頂いた感じです?」


「そういう事になりますかね」


「要するに興奮し過ぎたという事ですか?」


「そんな風に言わないで。 私には少し、眩し過ぎたというだけよ……」


加賀は儚げに目を逸らすが、赤城は当時のムードもへったくれも無い光景を鮮明に覚えていて、都合のいい事実だけを受け止めて勝手に興奮した相方の思考を危ぶみ、その感情が表情どころか言葉にも出てしまった。


「……流石に引きます」


「なんて事を言うの」


赤城は加賀の事をよく知っている。

彼女は感情表現が大の苦手であり感情が表情に出る事は殆ど無い。

その事から冷徹な人間であると言う印象を受けがちであるが、その実、表に出ないと言うだけで内心は誰よりも熱い激情を秘めている。

それだけに感情表現が苦手と言う表と裏のギャップは大きなもので、彼女にとってもコンプレックスになっていた。


赤城はそんな加賀のフォローをするつもりでいたのだが、想像以上に加賀の激情は想いを拗らせていたのである。

加賀の表と裏、そのギャップが水を塞き止めるダムのような役割を担っていたとして、裏の激流をダムに塞き止められたなら、水はわだかまるしかない。

故にこの女は拗らせ過ぎた。 塞き止められた激流が明後日の方向に流れを変えたのだと赤城は判断した。


「加賀さん分かってますか、もう私の事をどうこう言えませんよ?」


「どう言う事かしら」


「どう言う事って、私の食欲よりも『カステラ食べて気絶』の方がずっと変です」


「は……っ⁉︎」


加賀にその様な発想は無かったのか、今更になり自分の境遇を悔い始めた。

彼女の意識は常に高く、かの者の艦隊の一員として相応しい立ち振る舞いを心掛けて来ただけに、その事が余程ショックだったようで静かに視線を落とし始めた。

そんな加賀を見て落ち込んでいる事を察した赤城は、加賀の手を取りながら言った。


「落ち込んでいる暇はありませんよ加賀さん。 間も無く提督が此方に来られる可能性があります」


「え……、な、どうして……」


「自分の部下が倒れたんですよ? 放っておく筈がありません!」


赤城の言葉に加賀はハッと我に返り、今一度深く視線を落として“余計な心配を掛けさせてしまった”と反省したのも束の間、すぐに自分の両脚に被さる掛け布団をどかし始めた。


「心配無いと伝えなければなりません」


「ええ、まずはそこですよね」


赤城は頷きながら肯定していると、加賀は赤城の姿を眺めながら顎先に手を添えて考え始めた。

自分は衣装のままだが赤城はTシャツにスキニージーンズと手頃な格好に着替えていたからだ。


「私も着替えないと……」


そう言って加賀は箪笥の方へと歩き始め、赤城はその背中を見送っていたのだが、ここで赤城に妙案が浮かんで来たようだ。

箪笥の引き出しでシャツの柄を吟味し始めている加賀の背中に向けて、赤城は1つ提案した。


「折角ですし、おもてなしをしましょうよ」


「え……?」


「提督にこの部屋で寛いで頂いて、お話をするんです」


「……」


その言葉を聞いた途端、加賀は決め掛けていた白い縦のラインが入った青色のシャツを引き出しの奥へ力強く叩き込んだ。


「待って……、服装はどうしたら……、候補がありません」


「そりゃそうでしょう、加賀さん誰かさんの影響で似たり寄ったりの物しか買わないんですから。 その柄だって私に判断委ねてますし」


「それは赤城さんも同じでしょう」


「私だってワンピースとか持ってますよ?」


「そんな、馬鹿な……」


加賀は再び目を丸くして驚きながら、自分の箪笥の中からワンピースに対抗できるであろう衣服を探し始めた。

そして苦肉の策として取り出したのが先程決め掛けた白い縦のラインが入った青いシャツだったようだ。

加賀はそのシャツを赤城に見せながら言った。


「……でもこのシャツは良いシャツよ。 速乾性のある素材で常にサラサラで、その……、水に濡れても透けないんです」


「知ってますよ、柄選んだの私ですし」


「このブランドは素晴らしい仕事をするわ。 糸密度を高めながら通気性を確保していて更に柔らかい着心地、まさにシャツに求められる全ての要素を高水準で満たしています」


「確かに最初は値段で戸惑いましたが、それも納得の着心地でしたね。私も同じブランドなので」


「提督が選ぶだけの事はあります」


「それが言いたいだけですよね?」


赤城が呆れた視線を送る最中、加賀は今度はスキニージーンズを取り出し、何処か得意気な瞳で赤城に言った。


「このジーンズも良い物よ」


「同じ物履いてるんですが」


「ジーンズは衣服の中でも時間と共に味が出てくるのだそう。 その事から少しでも長く使って貰う為に、このブランドは職人の手により1つ1つ丁寧に縫い合わせられ頑丈に仕上がっている上に、最新の素材で出来ているから軽い着心地なの」


「確かに普段着として最高ですよねコレ」


「見てください、膝の所が少しだけ色が抜けて来ました」


「ジーンズは時間が経てば経つほど魅力が出ますからね」


「流石は提督の選んだブランドね、奥が深いわ」


「結局それが言いたいだけですよね」


赤城は熱弁を振るい始める加賀に対して冷めた視線を送りながら言った。


「いや……、あの、加賀さんの提督と同じアピールはよく分かりました」


「ジャージも素晴らしい物でした。非は見当たりません」


「でもそれを言うなら私のワンピースは提督に選んで頂いたものですよ?」


「は?」


加賀の眼が詳しい説明を求める鋭いものに変わり、赤城は引き笑いしながら答えた。


「食堂には沢山のカタログが置いてありますよね?」


「ええ、そうね」


「それでカタログを見ながら、軽い感じのお出掛け用の服を探してたんです」


「食べ歩き用ですか」


「そこに提督が通り掛かったので、カタログの中から『どれがいいと思いますかー?』って聞いたら答えてくれました」


「くっ……」


ワンピースとは言え種類は多岐に渡る。

赤城は単に秋冬物の中でニットワンピースを1つ選んでもらったに過ぎないのだが、加賀にとっては羨ましかったのかも知れない。

僅かばかりに拗ねたように口先を尖らせている加賀を見ながら、赤城は言った。


「加賀さんも選んで貰えばいいじゃないですか」


「そ、そんな事……、大体何て話を切り出せば……」


「でも今日はとても良く喋りますよね、提督ともその調子でお話しすれば良いんじゃないですか?」


「貴女ね……」


加賀の拗ねたような瞳が不貞腐れたような物に変わり、赤城はただ残念そうに思うのだった。


(私の想像以上に重症ですね……)


加賀は自分が相手なら問題なく会話が出来るようだが、相手が提督だと途端に口数が減るのを赤城は知っていた。


改めて赤城は加賀の事を整理し始める。


加賀は提督に対して並ならぬ感情を抱いているが、いざ提督と向かい合うと緊張のせいで口が回らず、自分のギャップのせいで常に距離を取りがちで、相手から近付かれると混乱してしまう。

その上、想いが募り過ぎて些細な事ですら刺激が強くなってしまい今に至る。

赤城はその事をまとめ朗らかな笑みで言った。


「うん、加賀さん、貴女は面倒くさいです」


「あ、赤城さん?」


「すごく面倒くさいです。 自分で遠回り始めた挙句自滅してるんですから」


「くっ……、判っているわ」


「あんな日常の些細なスキンシップもままならないんじゃ、進展とか有り得ませんからね?」


「進展と言うけれど、艦娘と提督、どんな形に収まるのが理想だと言うの?」


「それは……」


実の所、赤城にも終着点は見えていなかったのだが、考え始める前に部屋の中にノックの音がコンコンと小気味良く響いた。

そして聞き慣れた篠原の声も扉越しに聞こえて来たのだ。


『おーい、加賀、赤城いるかー?』


その一声に加賀はハッとしながら改めて自分の容姿を確認し始め早口で赤城に話し始めた。


「あ、赤城さん、まだ着替えていません」

「もう良いじゃないですか、艦娘衣装も変ってわけではありませんし」

「そんな……」

「提督を待たせてまで気にする事ですか?」

「でも……」

「うるさいなぁ、早く応対しろ」

「うるさい⁉︎」


加賀は相方の突然の毒舌に少しばかりショックを受けながら扉を開けて篠原の迎え入れようとした。

しかし、扉を開けると篠原が立っていたのだが、その背後には明石の姿も見受けられ、加賀は不思議そうに首を傾げた。


「どうしたのかしら?」


「ん、まぁちょっとな。 少しだけお邪魔してもいいか?」


「ええ、構わないわ」


加賀は元々上がって貰うつもりだったので快く招き入れたが、なぜ明石が居るのかまでは分からなかったようだ。

明石は艦娘衣装のまま、しかし手には大きめなジェラルミンケースをぶら下げていて、理由も無く篠原の後を付いてきたと言う訳ではなさそうだ。


赤城はお茶の準備をしていたのだが、その際に3人のやり取りを見て割と深刻な事になっている事に気が付いたようである。

居間のテーブルを挟み向かい合う加賀と篠原、テーブルを挟んだお陰で加賀のパーソナルスペースは確保されているようだが、黒いバインダーを手にした篠原の質問責めは側からみれば露骨であった。


「それで加賀、目を覚ましていたようだが、その後吐き気とか気持ち悪いとか、胸焼けがするとかはないか?」


「いいえ、ありません」


「身体のむくみとか、手足の痺れや痒みは?」


「いいえ」


「目眩や立ち眩みとか、身体が重いとか……」


「特にありません」


「そうか……、ではここ最近ではどうだ? さっき言った症状が出た事はあるかな?」


「ありません、貴方が着任してからは変わらず好調よ」


「そう、か……、自覚症状は無いか」


加賀はこの時こう思った。


(提督と沢山会話が出来ている、これは大きな進歩ね……)


しかし客観的に見ていた赤城は違ったようだ。


(あっ、コレただの診察だ……)


果たして加賀が残念なのか、篠原が残念なのかと赤城は現実逃避に似た考えが去来したが、すぐさま結論に至った。

例えどんなに女心を理解していたとしても、カステラ食べて気絶されたら真っ先に病気を疑うに決まっているのだ。

赤城は猛烈に罪悪感が芽生え始めて来ているが、篠原の診察は続く。


「聞いて分かるのはこんな所か。 加賀、次は細胞を貰うぞ」


「え、細胞?」


「あー、そんな難しい事じゃないからな」


篠原がそう言うと、彼の側に控えていた明石がジェラルミンケースからキャップ付きの試験管を取り出して篠原に手渡した。

試験管の中には綿棒が入っていて、篠原はその綿棒を加賀に手渡しながら言った。


「その綿棒で頬の内側を軽く擦るだけでいい」


「わ、分かりました」


特殊な道具が出て来た所で加賀も只ならぬ気配を感じ取ったようだが、取り敢えず言われた事には従うつもりのようだ。

そして頬の内側を擦った綿棒を口から取り出すと、彼が封を開けた試験管の口を向けたのでその中に入れて、改めて質問を投げかけた。


「あの、提督……、これは……?」


「アレルギー検査だ。 後は腕にシール貼って、採血もしたいんだけど……、注射大丈夫か?」


「え、ええ、それは構わないのだけど、艦娘は基本的に病気には掛かりません。 検査は不要かと……」


加賀の言う事、奥で見守っていた赤城もウンウンと頷いて共感をしていたのだが、篠原は真剣な表情で言葉を返した。


「そうとも言い切れないぞ、病気は常に進化しているからな。 艦娘が現れてからまだ10年も経ってないが艦娘の体内で病原菌が変質する可能性もある。 建造と言う工程は先天性の凡ゆる病気とは無縁かも知れないが、その先も大丈夫と言う保証は無いだろう」


「……流石は提督です……、私の認識が甘かったようです」


「まぁ、今回倒れた原因は疲れとかもあるかも知れないが、一応念の為だ。 そこまで深刻に考えなくていいからな?」


「はい」


その後、篠原は明石と共に診察を続けている内に、赤城がお茶を淹れる頃には概ねの作業は終了していた。

赤城は診察道具が片付けられる姿を見ながら、人数分のお茶をテーブルの上に並べ始めた。


「提督、折角ですからゆっくりしていって下さいな」


篠原と明石は出されたお茶に対して礼を言う。


「お、ああ、悪いな気を使わせて」


「ありがとうございます、赤城さん」


そして赤城も座布団に座りながら、気楽に話を振り始める。


「それにしても提督も明石さんも凄く手馴れていましたね……、採血とかもあっという間で……」


「静脈注射に関しては明石の領分だな。 元々大本営に居たから、そこで医療行為が行えるよう臨床検査技師や看護師の勉強をして来たとか」


「エヘヘ……、でも本業は修理です!」


明石は照れたように笑いながらそう言うと、篠原は腕を組んでシミジミとした雰囲気で言葉を続けた。


「俺もいつか世話になるかも知れないなぁ……」


「提督も修理が必要ですか?」


「そうだな……、頭のネジが緩んできたら締め直してくれ」


「もー、まだそんな歳じゃ無いでしょう」


言いながら明石は出されたお茶をひと思いに飲み干すと、間も無くして席を立った。


「ではサンプルを保管して参ります。 医療機関に速配されますので結果はすぐに出ると思いますよ」


「ああ、悪かったな明石」


「いいえ、提督。日頃からこんな風に扱って下さるのなら私も安心して働けますよ」


明石は爽やかな笑顔でその場を後にして、一足先に部屋から出て行った。

篠原も長居はするつもりは無かったのか出されたお茶を早めに飲み干そうと手を伸ばした所で、赤城はすかさずお茶菓子を追加し始めた。


「提督! こちら、とある有名店のわらび餅ですよ!」


「お、おお? 」


「この前食べたら美味しかったので、何個か買い置きしていたんですよ」


「へぇ〜……、俺が貰っていいのか? 自分が食べたくて買ったんじゃ……」


「どうぞ召し上がって下さい! ……加賀さんと買い物に出掛けた時偶然見つけたんですよ。 ねっ、加賀さん?」


加賀は注射痕をガーゼで押さえて静かに座っていたが、話題と共に名前を呼ばれると反応を示した。


「ええ、そうね」


更に赤城は話題を振る。


「加賀さんお餅が好きですもんね?」


「そうね」


「他にも色んなお餅のお菓子がありましたね?」


「そうだったわね」


「どれも凄く甘くて……」


「ええ」


「あっ、動物の形をした和菓子とかもありましたね」


「ええ」


「……ごめんなさい提督、少し失礼します」


赤城は加賀の腕を引っ張り始めた。

思わぬ行為に篠原はキョトンとしていたが、それでも赤城は構わずに加賀を別室に連れて行き、睨むような形相で問い詰め始めた。


「やる気あるんですか? あんなに分かり易い話題を振ったのに全て空返事だなんて」


「……だ、だって」


「何ですか?」


「自分の部屋に提督がいると思うと……、なんか、こう……胸がいっぱいで……」


「ああもう本当に面倒くさいなぁ!」


「ご、ごめんなさい……」


「本当はもっとお話ししたいんでしょう?」


「は、はい……」


「ならもっとシャキッとして下さい! 戦場にいるみたいに!」


「戦場……、そうね、戦場ね……」


加賀は何かしらの覚悟を決めたようで、その様子を見ていた赤城はひとまず良しとしたようだ。


(これなら加賀さんも少しは会話が出来る筈です)


しかし居間に戻ると先程とは打って変わって、やや緊張した趣の篠原が正座をして待機していたのだ。

加賀にもその異様さが伝わったのか、テーブルの前に座る前に赤城に小声で話しかけた。


『どうして提督が覚悟を決めた顔をしているの……』


『恐らく、他の艦娘達に振り回されている内に、少しでも不穏な空気になると覚悟を決めるようになってしまったのでしょう……』


篠原は提督になって長くはないが、それなりに密度の濃い日常を過ごして来た。

そしてその日常の中で、主に艦娘が引き起こす意味不明で不可解な事件に巻き込まれ続けて幾星霜、妙な覚悟だけは異常に早くなったのだ。


金剛の直球バーニングラブ、鹿島の変なスキンシップ、島風の突発競争、卯月の悪戯、夕立の構ってモード、川内の夜戦、那珂と白雪の奇行、雷の過保護、他にもまだまだ事例は存在するが、そんな凡ゆる想定出来ない行為を無理矢理想定して覚悟完了したようだ。


ただ、加賀にとってそんな覚悟はして欲しくなかったようである。


『私がアレと同類……、そんな……』


『か、加賀さん、コソコソしてたら余計に警戒されてしまいますので、ここは自然に……』


2人は動揺を隠し自然を装いながら同時に座布団の上に座ると、赤城が先に篠原に話し掛け始めた。


「えっと、すいません、ちょっとした相談をしていただけです」


「あ、ああ、そうか」


(正座をしながら常に左手を畳に……、いつでも動き出せる準備が出来ています。 警戒レベル2と言った所でしょうか……)


赤城は分析を始めていたのだ。

篠原は一見普通に正座をしているが、つま先は立てられ膝は肩幅に開かれている。

この座り方は道場などでも見受けられる“跪坐”と呼ばれるものであり、この体勢からでも技を仕掛ける事が出来るのだ。

彼の場合、攻撃の意思こそ無いが防御の構えに半ば入っていると見受けられるだろう。


ただやはり慕う身として加賀は警戒を解いてほしいようで、心情に急かされたように勢いだけで話し掛け始めた。


「あ、あの、提督」


「どうした?」


しかし加賀は話し掛けはしたものの、話題は持ち合わせていなかった。


(お、思わず声を掛けてしまったけれど……、なんて話をすれば……)


加賀は助け舟を求めるように視線を赤城に向けるが、赤城は赤城で警戒を解くことに塾考しているのか視線に気がつく事は無かった。

ただその代わり、篠原が来る前の話題を思い出したようだ。


「ワンピース……」


「ん?」


「そう……、ワンピース、私も選んで欲しい……なんて」


「へぇ〜……、確かに加賀なら似合いそうだなぁ」


「そ、そう……」


そのやり取りを目前に赤城は目を光らせた。 加賀の精一杯の話題にここぞと活路を見出したのである。


「じゃあ今度お洋服屋さんにお買い物に行きましょう!」

「え?」


「確かに実際に見て触った方が確実だもんな……」


「そうですよねぇ、提督今度お時間頂いても宜しいですか?」

「あの……」


「ああ、構わないぞ。 予定を空けておくから都合のいい日を教えてくれ」


「判りました、では約束ですよ」

「……」


「とりあえず俺はそろそろいいかな? お茶を出して貰って申し訳ないが、まだ仕事が残ってるんだ」


篠原は言いながら立ち上がると小さく詫びを入れた。

赤城は笑顔で頷きながら返事をする。


「すいません、引き止めてしまって」


「構わないさ、わらび餅はまた今度頂くよ。 加賀も腕のシールは水に濡らさないようにしておいてな」


「は、はい」


「それじゃ……」


話がまとまった所で篠原は退室して行き、扉が閉まり姿が見えなくなると背中を見送っていた赤城は加賀に話しかけた。


「やりましたね加賀さん、ナイスですよ」


「ワンピース……、本当に似合うのかしら……」


「大丈夫ですよ。 それよりデートですよデート!」


「え、えっ?」


加賀は明らかに動揺しながら目を丸くして赤城と視線を合わせると、彼女は満遍の笑みで言葉を続けた。


「お買い物デートですが?」


「え、ちょ、待って……、あか、赤城さんも一緒じゃ……」


「私はもうワンピース持ってますし?」


「そんなっ、無理です、死にます」


「もしかしたら沢山褒められちゃうかもですねぇ、『加賀、可愛いよ』とか『いつもより綺麗だ』とかぁ……」


「あ、あぁあぁ……」


赤城が揶揄い始めると加賀は堪らず頭を抱えて蹲ってしまった。

既に緊張で吐き気すら催し始めている加賀とは裏腹に、赤城は心底楽しそうな様子である。


「大丈夫ですって、きっとエスコートしてくれますよ?」


「そ、そう言う問題じゃ……! 外出用の服を買わないと……」


「外出用の服も選んでもらうんですか? 攻めますねぇ」


「ち、違っ! あまり意地悪しないで……」


斯くして一航戦加賀の新たな戦いが幕をあける。

余談であるが、この日は一睡も出来なかったと言う。






一幕劇場





▷彼女の選定基準





 斯くある実績とその人情から“サムライ”と呼ばれ人々からも親しまれる提督、篠原 徹。

 その鎮守府で“事実上”初の建造により現れた艦娘は駆逐艦の夕立である。

クリクリとした燃える宝石の様な赤い瞳、美しく気品のある長い金髪から、耳のように飛び出した癖っ毛。

 まるで綺麗な人形の様に整った容姿を持つ彼女は、ただそこに居て座っているだけでも絵になる様な可憐な少女である。


 ただ、この鎮守府で彼女を見た者は、彼女の事を“綺麗だ”とは思わずに、まず最初に“元気だ”と言う感想が飛び出してくる。

 それもその筈、何故なら彼女は常に元気に走り回っている活発な娘で、そして今日も元気な声が廊下に木霊しているからだ。

 朝ご飯をしっかりと食べて活力に満ち溢れている彼女は部屋の扉の前で大きな声をあげていた。


「ていとくさーん!遊びましょ!」


 そして部屋の主は返事をする。


『おう、今歯を磨いているから待っててくれ』


 篠原は提督であるのだが、艦娘達によるサポートのおかげで時間に余裕を持つ事が出来ていたので、最近はこの様にして艦娘達と触れ合う事に時間を費やす様になったのだ。

 夕立はそれだけでとても嬉しいらしく、まだ遊び始めてもいないのに、扉の前でニコニコとはにかみ始め、上機嫌に言葉を続けた。


「入ってもいいっぽい〜?」


『構わんぞー』


 入室の許可を貰った夕立は、部屋のドアを開けて部屋の中へと入って行った。

 篠原は歯磨き中でも寛いでもらおうと思ったのか、歯ブラシを咥えたまま冷蔵庫をあけてペットボトルの麦茶をグラスへと注ぎ始めていた。

 夕立はそんな彼の仕草をニコニコとした笑顔で見守り続けていたが、やがて不思議そうに小首を傾げ始めた。


「あれれ?提督さんそれなぁに?」


「ん、麦茶だぞ?」


「んーん、そっちじゃなくて、歯ブラシっぽい?」


「ん、ああ、コレ?」


 篠原は咥えてぶら下げていた歯ブラシを手に取って、夕立からも見えやすい様に目の前にかざした。

 彼は買い物をする時に“少し良い物”を買う癖があり、彼の鑑定の中で安過ぎず高過ぎない良い塩梅を探し出して厳選しているのだ。

 今回、夕立が大いに興味を示したのは、彼女が自分の持つ歯ブラシよりもひと回りもふた回りも大きな、篠原の持つ歯ブラシであった。


「なんだか夕立のと違うっぽい」


「電動歯ブラシだよ、見た事ないか?」


「んー……、たまーにCMでやってるのを見た事あるっぽい」


「あははっ、CMで見ると嘘くさいCG映像とか流れるけど、実際に使ってみると良いもんだよ」


「綺麗に磨けるっぽい?」


「ああ、人の手よりずっとな」


 電動歯ブラシは確かに良い値段になるが、相応の機能を持ち合わせているのだ。

彼の持つ電動歯ブラシは超音波により普通の歯ブラシでは落とし切れない細かな歯垢まで取り除ける優れ物で、清掃などメンテナンスもしやすい便利な物である。

 篠原は歯磨きを続行させようと思ったが、夕立がグラスに注がれた麦茶よりも電動歯ブラシに興味を示していたのに気が付いて、何の気無しに聞いてみた。


「使ってみるか?」


「えっ? て、提督さんのを?」


 夕立は目を丸くして驚いた。 篠原の使った物をそのまま自分が使うと思ったからだ。

 篠原は想像に容易い夕立の反応を見ると言葉を付け足してすぐに取り繕った。


「大丈夫大丈夫、予備の替えブラシがあるからソレを使えば良いよ」


 篠原は言いながら電動歯ブラシのカートリッジを外してブラシを本体と分離させて見せた。

 そのやけに機能的な構造が夕立の興味を更に刺激した様である。


「ブラシだけを取り替えられるっぽい〜っ⁉︎」


「えっ、いや、そこは驚く所じゃないんだが。電動歯ブラシはみんなそうだぞ」


「凄いっぽい!」


「本当に凄いのは使った時なんだが……」


「じゃあ使ってみたい! でも、提督さんの替えブラシ、夕立が使っちゃっても平気っぽい?」


 夕立は自分の為に予備のブラシが無くなる事を忍びなく思っていた様だが、篠原は微笑を交えて軽い感じで返事をした。


「布教にもなるし、仮に夕立がお気に召さなくても掃除用に使えるからな、歯ブラシは。 気にしなくても大丈夫だ」


「ホント? じゃあ試してみるっぽい〜!」


 それを聞いた篠原は彼女を洗面所に案内して、戸棚から取り出した替えブラシを本体に取り付けて夕立に手渡した。

 夕立は好奇心が見て取れるキラキラとした瞳を輝かせ電動歯ブラシをマジマジと眺め始めた。


「なんだかカッコいいっぽい……!」


 普通の歯ブラシよりも重く機械的なソレは手に持った感覚もまた違うのだろう。

 青く光るボタンや特徴的なブラシの穂先など、至る所に見受けられる違いに逐一興味を示し始める彼女に、篠原も感想が早く聞きたくなったのか早く使う様に催促も兼ねて促し始めた。


「普通にブラシを水につけたら、普段歯磨きするみたいに歯にあてがってボタンを押すだけだ」


「わかったっぽい!」


 夕立は言われた通りにブラシに水を付けて、鏡を前に口を開けると整った白い歯にブラシを押し当てボタンを押した。

 するとブラシが高速で振動し、その歯茎に伝わる振動がまた面白かったらしく彼女自身も電動歯ブラシに対抗して顔を震わせ始めたのだ。


「ぽぽぽぽぽぽぽっ!」


「あははっ!いやいや、そうはならないだろう!」


 プルプル小刻みに震える姿に篠原は声をあげて笑い始め、夕立もまた歯ブラシで歯を磨くと言うよりも珍しい歯ブラシで遊び始めている様だ。

 今度はブラシの横を噛んで歯に伝わる振動を堪能し始めた。


「みみみみみみみ……」


「噛むな噛むな、ちゃんと磨けって! 玩具じゃないんだぞ?」


 そして暫く振動を堪能していた夕立は電動歯ブラシを口から離すと、瞳を一層輝かせて篠原に顔を向けた。


「これ面白いっぽい! 夕立も同じの買ってみる!」


「面白いで歯ブラシ選ぶのか……?」


「すっごいプルプルするっぽい〜!」


「いやほら、それだけじゃなくて超音波で歯垢除去とか……」


「それから青く光るボタンとかカッコいいっぽい〜っ‼︎」


「……うん、まぁ、本人が満足そうならそれで良いか……」


 斯くして『超音波による歯垢除去とメンテナンス性』が売りだった高性能な電動歯ブラシは、『ボタンが青く光ってプルプルする』と言う理由で夕立にも使われる様になったのだ。

 それから夕立と同じ部屋で生活する時雨が『歯磨き中に夕立が変な声出して集中出来ない』と篠原に相談する姿が見受けられる様になった事はまた別のお話である。





▷日本で強い物と言えば





 潜水艦……──、それは海のアサシンである。

史上初めて潜水艦が実戦に投入された時は大きな反響が生まれ、海戦の在り方が変わる程であったと言う。

 その為に開発された対潜水艦用の兵器の数々が、海に潜る潜水艦が如何に驚異的な存在であったか証明しているであろう。

 終戦後も潜水艦に秘められた可能性は注目を集め、現代では性能を遥かに上げた原子力潜水艦まで開発され、海中を高速移動しながら弾道ミサイルまで搭載するポテンシャルはただの1隻でも小さな国なら滅ぼせる程である。

 冷戦状態の最中でも、その存在感だけで威圧を続ける恐ろしい海のアサシンである。


 そして艦娘にも潜水艦の名を持つ者がいる。


 しかし、この鎮守府の彼女達は、今では本当に敵を戦慄させる程に恐ろしい潜水艦が元なのか疑われる様な有様であった。

 自室の中、伊19はテーブルに突っ伏しながら、同じくテーブルに顎を乗せて張り付いている伊58に話し掛けた。


「ヒマなのねん……」


「ヒマでち……」


 彼女達はシャツにハーフパンツと言うラフな格好でだらし無くテーブルにしがみ付きながら、ひたすらにダラダラと過ごして時間を潰しているのだ。

 そんな2人にお盆にお茶を乗せた伊168が呆れた風に話し掛けた。


「……仕方ないでしょ、私達に出番無いんだから」


「でもアルバイトしてると自分が本当に艦娘なのか疑わしくなるのね……、海に潜りたいのね……」


「お休みが欲しいと確かに言ったでっち、でもコレはやり過ぎでち……」


 彼女達は急に暇を与えられ、更に暇を持て余し続け、それぞれテーブルに突っ伏しながら勤労を求めていたのである。

 そもそもこうなってしまったのは今から1週間前にまで遡る。

 彼女達が起床し、朝食を済ませ、半ば習慣となっている為か無駄のない洗練された動きでドックに向かい、手早く艦娘衣装を纏い、そして遠征の準備に取り掛かった時、書類を挟んだバインダーを手にした篠原により待ったが掛かったのだ。


『イク、ゴーヤ、イムヤ、その準備少し待ってくれ』


『えっ?』『何事でち?』『どうしたの?』


 彼女達は準備の動きを止めて顔を篠原の方に向けて説明を待っていると、彼は顎に手を添えて何かブツブツと呟き始めたのも束の間、3人に顔を向けて言ったのだ。


『うん……、暫く遠征は行かなくて良いぞ』


『えぇっ⁉︎ どう言う事なのね⁉︎』

『な、何事でち⁉︎』

『何があったの⁉︎』


 彼女達は大いに困惑した。

 篠原が常日頃から掲げている備蓄計画に基づき、マメな遠征を心掛けている事を知っているだけに今回のようなケースは想定していなかったようである。

 伊168に限っては混乱状態にまで陥ってしまっていた。


『て、ててて、提督、イムヤの事、嫌いになった……?』


『違、違うって、落ち着け。 と言うか仕事が休みってだけでどうしてそうなるんだ』


 篠原は縋り付こうとする伊168の手を取りながら、暇の理由を端的に、かつ的確に説明し始めた。


『実は資材置き場が一杯でこれ以上貯め込む事が難しいんだ。 お前達が普段から頑張ってくれているお陰でな』


 それは尤もな理由であったが、伊19は目を丸くしながら質問をした。


『えぇっ、でも提督の備蓄計画の水準にはまだ足りてないのね』


『そう、だから拡張工事を手配したよ。 ただやっぱりこう言う施設ってのはすぐに大きくする事が出来ないから、審査には時間が掛かるかな……』


『うっ……、だったら建造するのね! 大型艦建造!』


『それもそうだけど、今月は少し変わった事を頼まれてな』


『変わった事?』


『海外の潜水艦娘が研修のためにこの鎮守府に来るらしい。 確か一週間後くらいに日本に来るから、今回お前達にその艦娘を任せたいと思う』


『か、海外から研修しに……、何気にすごい事なのね……!』


 伊19は名だたる鎮守府を差し置いて自分の鎮守府が研修の場に選ばれた事をとても名誉に思い、伊58や168も同じ感想を抱いたのか快く篠原の提案を引き受けたのだ。

 

 それから3日間は研修にやってくる娘の為に色々プランを練ってそれなりに楽しく過ごしていたのだが、それでも1週間も経てば完全にやる事は無くなり今に至ると言うわけだ。

 伊58は伊168に持って来て貰ったお茶を口にしながら、その研修の事を思い返していた。


「そう言えば、そろそろ研修生が来るはずでち……」


「そう言えばそうなの、どんな娘なのか楽しみなのねん♪」


「仲良くなれるといいなぁ」


 3人が各々の感想を述べる最中、彼女達が寛ぐ部屋のドアを叩くノックの音が響き、少しの間を置いて篠原の声が響く。


『おーい、いるかー?』


 彼の省略した呼び掛けに彼女達3人はそれぞれ返事をして、伊58が部屋のドアを開けて篠原を迎え入れた。


「いるでち、超いるでち!」


 ドアが開け放たれた途端やけに食い気味な対応に篠原は面食らうが、すぐに取り繕い傍に控えていた艦娘の紹介を始めた。


「この前言っていた潜水艦娘を紹介しようと思ってな」


「その子が研修生でっち?」


 伊58は言いながら見慣れない容姿の艦娘の方に目を向けた。

 その艦娘は全体的に目立たない白灰色で、厚手のボレロを羽織ったような衣装を見に纏う小さな人形の様な容姿をしていた。

 そんな彼女は伊58の好奇心の溢れる視線に気がつくと、小さな声で挨拶を始めた。


「初めまして、ドイツ海軍のU-ボート、潜水艦のU-511です。 ユーとお呼び下さい」


「は、初めまして! 私は伊58、ゴーヤと呼んでくだち!」


 伊58が挨拶を返した途端、伊19が伊58の背中から飛び出し、キラキラとした瞳を向けながら自己紹介に便乗した。


「初めましてなのね! イクはイクってゆーの! よろしくなのねん!」


 そして更に伊19を追いかけて来た伊168も釣られて紹介を行う。


「私は伊168、イムヤでいいわ」


 畳み掛けるような展開にU-511は一瞬戸惑ったような素振りを見せるが、すぐに返事をした。


「よろしくお願いします」


 その光景を見守っていた篠原はひと段落ついたと見て、U-511の肩に手を置きながら、彼女の具体的な紹介を始めた。


「ユー君は1ヶ月程滞在する予定だから、その間仲良くしてやってくれ。 彼女が来た理由と言うのも、純粋に潜水艦としての役割についてのノウハウを学ぶ為だ。 何か聞かれたら、すぐに答えてやってくれな?」


「任せるでち! この日の為に作戦をずーっと練っていたでち!」


「ほほう、それは頼もしいな」


「あっ、寝泊りする部屋はどうするんでち?」


「客室を使うよ。 流石に初日から相部屋は気が休まらないだろう」


「わかったでち」


 伊58の反応を見た篠原はうんと頷いて、その場にU-511を預ける事にしたようだ。


「んじゃ、少ししたら全体にも紹介するから、それまで雑談でもしててくれ」


「はーいでち!」


「んじゃ、また後でな。 ユー君もあまり緊張しないように」


「はい、分かりました」


 身体も使って大きく返事をする伊58とは対照的に、U-511は淡白な返事をしてその場を離れる篠原の背中を見送り、背中が見えなくなった所で伊58はU-511の手を引いた。


「取り敢えず中に入るでち。 日本ではお客さんにはお茶を出すのが礼儀でっち!」


「……郷に入りては郷に従え、分かりました」


U-511は了承して、伊58の背中を追って部屋の中に向けて歩き始め、前に並ぶ伊19と168の背中も交互に眺めていた。


(海軍国……日本、最終的にアメリカに敗れるもの、その前に連勝に次ぐ連勝を重ねている……。 その強さの秘訣を少しでも学ばないと……。 ユーに出来るかな……、不安だな……)


 篠原は彼女に“緊張はするな”と伝えはしたものの、こんな所で早くも冷や汗を流し始めていた。

 そんな事もつゆ知らず、前を歩く3人は小さな声で作戦会議を始めているようだ。


「この日の為に貯金を解放するんでち……! 明日は日本の文化に触れてもらうでち!」


「日本の誇るカルチャーをお披露目するのね……! いざゆかん東京、秋葉原……なのね!」


「ついでにアキバ店舗限定グッズもゲットね!」


 実は彼女達は海に出た時の自分と似た寄ったりな容姿で普通に生活したり戦ったりするアニメや漫画に言い得ぬシンパシーを感じ、それらのキャラクターが多く登場するアニメや漫画にドップリ嵌まり込んでいたのである。

 

 要するにオタクであった。


 そして彼女達がオタク文化を知るに辺り、“海外の人なら日本の代表的アニメは好きに違いない”と言った先入観すら芽生えていて、今回存分に連れ回す所存のようであるが、篠原はその事をまだ知らない。

 この事により篠原はドイツから激しい追求を受ける事になったのだが、それは別のお話である。





▷施し





 ある日の午後、暇の多くなった執務室にて、デスクに座る篠原は椅子を軋ませながら大きな背伸びを始めた。


「う、うぅ〜ん……」


 彼が背伸びをすると、重心が偏りギシギシと音を立てる椅子と同時に、篠原の背中からもポキポキと音が鳴っていた。

 その様子を側から見ていた鹿島は、心配そうに声をかけ始めた。


「て、提督さん……、肩凝ってませんか?」


「いや……、身体動かしてるからそんな事は無いと思うんだがなぁ……、ストレッチもちゃんとしてるし」


「提督さん、肩凝りを侮ったらダメですよ? 実は普段の運動量とかはあまり関係ないようですし……」


「それでも大丈夫だと思う。 急に暇になってきて身体が鈍ってきてるんじゃないかなぁ」


「もう、そのご自分のお身体への自信は何処から来るんですか?」


「実は俺、傷治るの早いんだ。 風邪にもあまりなった事は無いから免疫力も強いと思う」


「わぁ、凄いです! ……って、それあまり関係無いですよね⁉︎」

 

 篠原の些細な自慢話を聞いた鹿島は、少しムキになりながら彼の座る椅子へと歩き始めた。


「実は私、練習艦ですからトレーナーとしての勉強もしてきたんです! ですから少し診せてください!」


「大丈夫だ鹿島、肩凝りは自覚するまで肩凝りじゃ無いんだ、だから診る必要は無い」


「そう言う事いうから鳳翔さんに怒られるんですよ⁉︎」


 実は篠原、随分前の季節の節目に若干体調が優れない時があったのだが、彼は仕事中に治ると踏んで普段通りに過ごそうとしたところ、その日の朝食時に鳳翔に見抜かれ、今回と似たような台詞を吐いた結果、ありがたいお説教を受けた事もある。

 彼は病気に関して人より詳しいのだが、詳しいからこそ些細な物は見過ごしがちであるのだ。

 鹿島は今回もそれと同じケースと踏んで、了承も待たずに彼の両肩に手を乗せると、篠原は自分の身体への信頼を口にし始めた。


「そんなに凝ってない筈だぞ?」


 鹿島は確かめるべく手に力を込めるが、その途端、酷く残酷なものを見るような眼に変わり、そして感想を口走った。


「板」


「え、今なんて?」


 予想だにしない反応を受けた篠原は振り返って追求した。


「そういうのやめてくれ、何か不安になってくる!」


「ちょっとコレは本気出さないと……」


「聞いてるかー? 少し大袈裟だぞ鹿島」


「もうっ! 良いからあそこのソファーに横になって下さい! いつもの面子は映画館に行って暫く帰って来ませんから!」


「お、おい」


 鹿島は言いながら強引に篠原の腕を引いてソファーの方へと引っ張り始めた。

 篠原は今まで見た事ない程強引な鹿島を見て観念したのか、言われるままに上着を脱いでソファーにうつ伏せになった。

 鹿島はその背中に手を置いて、首から腰に掛けて指圧しながら具合を確かめ始めた。


「やっぱり……、提督さん凝ってますよ。 肩だけじゃなくて、背中全体が張ってるような気がします」


「そ、そんなにか……?」


「肩だけじゃなくて、肩甲骨の周りとか結構固いですし、背筋もです。 提督さんは体力がありますので誤魔化せていたのかも知れませんが、いずれ症状になって現れて辛い思いをされていたかも知れません。 満遍なく解していきますので暫くこのまま横になっていて下さい」


「あ、ああ……」


 こうして鹿島のマッサージが施される事になったのだが、数分もしない内に篠原はその施術に素直に感心し始めていた。

 親指に体重を乗せて肩甲骨を中心にゆっくりと円を描くように揉み解し、腰に至るまで丁寧に指圧を続けて行く。

 トレーナーと自称するだけはあり、篠原もマッサージをされた箇所から少しずつ重りが剥がされて行くような感覚を受けて「本当に自分は凝っていたのか」なんて今更ながらの自覚をしていた所であった。

 そんな最中、マッサージを続けながら鹿島は話し掛け始めた。


「提督さんは書類やパソコンで長時間椅子に拘束される事もありますから、例え鍛えていたとしても、同じ姿勢でお仕事をされているとお身体は凝り固まってしまうものなんですよ」


「なるほどな……。 ふふっ、確かに気持ち良いなコレは……、血行が良くなって行く様な気がするよ」


「えへへっ、もっと頑張りますね!」


 鹿島は自分の指に伝わる手応えから主に上半身に狙いを定め、首筋から背骨を伝い腰に至るまで満遍なく揉み解し、頑固な凝りへの格闘を続けた。


「提督さん……、やっぱり苦労されていたんですね。 本人が気付かなくても、疲れと言うのはこんな風に蓄積されて行きますから……」


「定期的にストレッチは行っているんだがな……」


「確かにストレッチは効果的ですが、それさえしていれば大丈夫と言う訳ではないんですよ? 拘束時間の問題なんです」


「そう言うものか」


 鹿島はマッサージを続けながら、その背中に触れていた感想が改めて脳裏を過る。


(それにしても……、今まで重い荷物を背負って活動して来ただけあって逞しい背中をしています……。 ずっとお身体を酷使して来たのに慣れてしまって、そんな過去があったから日常の些細な疲れ程度、なんて事なかったのかも知れません……)


(でもでも、だからと言って疲れは疲れです! 私が精一杯癒して差し上げないと!)


 鹿島はふんすと息巻いて、マッサージに熱中する事30分。

 一通りの行程が終わる頃には篠原の身体には異変が起きていた。


「な、何だコレは……、身体が軽い⁉︎」


 湧き出る肉体の開放感と、浮遊感すら感じる程に軽くなった己の身体に篠原は大きく目を開いて驚いていた。

 鹿島は肩を回したり腰を捻ったりして具合を確かめる彼を見ながら嬉しそうにはにかんでいた。


「えへへ、それが本来のお身体の調子なんですよ? 提督さんが元気になって私も嬉しいです!」


「今なら空も飛べるかも知れない」


「も〜、提督さんの方が大袈裟ですってぇ、うふふ」


 極めて快調である事を態度で表す篠原を見て、達成感を感じてニコニコと笑っていた鹿島だったが、今度は彼の方から提案を始めた。


「大分長い時間やって貰ったからな、鹿島も手が疲れただろう?」


「えっ? 私は別にそんな……」


「いいから、少し手を出してみてくれないか?」


 篠原がそう言うと、鹿島は遠慮がちではあるが右手を差し出した。

 彼は鹿島と隣り合ってソファーに座りながら手を握ると、親指をそっと握り始めた。


「コレは母に教わったものだけどな……。 俺が小さい頃、道場に通っていた時に手を痛めてしまう事が多かったんだが、その度に母にやって貰ったマッサージがある」


「え、えと……、確か精神修行の為の……」


「そうそう、示現流剣術の道場で狂った様に木を叩きまくる奴。 アレすごく手が痛くなるんだよ……」


「そ、そうなんですか……」


 まだマッサージは始まっていないのだが、鹿島は既に血行が良くなって来たのかソワソワと落ち着かない様子である。

 篠原が真剣な表情で手を握っているものだから、何事も無くてもそれだけで照れてしまっていたのだ。

 そして鹿島の手を握っていた篠原はその事にも気付かず、やがてマッサージを施し始め、それは親指と人差し指の間にある水かきの部位をゆっくりと指圧するものだった。

 

「んっ……」


 指圧をして溢れた小さな声を、篠原は拾っていた。


「痛むか?」


「す、少しですが……、でも気持ち良いです……」


「成る程な……、鹿島も手が凝ってるんだろう、少し筋張っているぞ」


「あ……、えへへ、そ、そうだったんですね……」


 指の筋肉の凝りは主に書記など手を使った作業を長時間に渡り行っていると現れ易い症状である。

 その事を踏まえて、篠原はマッサージを行いながら話し始めた。


「入渠で疲れは取れない……、コレはそう言う事なのか」


「て、提督さん?」


「いや何、お前がマッサージしてくれた時に言っていた言葉が気になってな、それでだ」


「え、えっと、私なんて言いましたっけ……」


「俺が苦労してると言っただろう?」


 鹿島が要点をつかめずに小首を傾げていると、篠原は微笑みながら自分の思惑を打ち明け始めた。


「結果を見さえすれば、人が頑張った事は判るけど、それがどれ程頑張ったのだとか、どれだけ苦労して来たのだとか、そう言うのは案外判らないものなんだなって。 ちゃんと見てきたつもりだったんだが、こうして触れないと判らない事もあるんだな。 この事に今更気がつくなんて俺もまだまだ上に立つ者として未熟なのだろう」


「そ、そんなっ、提督さんはご立派ですよ!」


「お前達はみんなそう言うからな……」


「みんな本心ですってぇ!」


「それはとにかく、まぁ……、その、何だ……、こんなに頑張ってくれて、ありがとな」


「……っ!」


「俺が言いたいのは、つまりそう言う事だ。 お前の努力や費やした時間にも報いれる者でありたいと思っている、例え結果が伴わなくてもな」


 彼は大衆を纏める立場であるが、その事を言い訳にせず、自分が見落としていた鹿島の頑張りの事を反省していたのだ。

 そのまま掌の中央の窪みを親指で指圧しながら言葉を続けた。


「まぁお前は結果も持ってくるんだから、本当に大した奴だよ」


「そ、そんな私なんて……、実戦ではお役に立てませんし…………まだ派遣ですし……」


「戦う事が全てじゃないさ」


「で、でも私、練習艦なのに訓練でも香取姉に良く怒られちゃうんですよ? “甘すぎる”って……」


「俺はそれで良いと思ってるよ。 多分香取も分かっていて言ってるんだと思う」


「えっ?」


「どんなに鍛えて強くなっても、それで人を助ける事は出来ないんだ。 戦う力はあくまでも脅威を退けるだけ。 本当に人を救えるのは、鹿島、お前の様に培った技術や知識を惜しみなく人に分け与えられる優しい人に限られる」


 篠原はマッサージをしていた手を止めて、鹿島の眼を見ながら言った。


「俺はお前の甘さも引っくるめて、お前の優しさを心より尊敬している。 それはお前にしか無いものだから、誇りに思うべきだ」


「あ、あぅ……」


「さ、右手は終わったから今度は左手を出して」


「は、はいぃ……」


 突然の褒め殺しに鹿島の思考は停止しかけたが、とりあえず血行だけはかなり良くなったようである。

 

(こ、こう言うところ……‼︎ こう言うところですよ提督さん……ッ!)


 鹿島の手の凝りは解れたが、別のものが凝り固まったのは彼女だけが知る秘密である。

 また余談であるが「この鎮守府で最も甘い人物は?」と問われると、多くの者が彼の名を述べるのだが、その事を本人は知らないままである。





▷誠心誠意!





 篠原には1人、気になる駆逐艦が居る。

 彼が思う艦娘の駆逐艦達は元気旺盛で遊び盛りなイメージが定着しているのもあり、それだけに彼女は浮いた存在にも見えていた。

 普段ツンケンしている曙も積極的に周りに絡むと言う事はしないものの、釣りと言う中々奥の深い趣味を堪能しているし、お節介焼きの雷も相応の振る舞いで楽しくお話をしたりしている。

 

 ただ、朝潮と言う艦娘はその限りでは無かった。


 彼女は真面目を絵に書いた様な性格で優等生と言う言葉が似合う艦娘であるが、それだけに自他共に厳しく律しようとする傾向がある。

 更には私生活においても隙は無いらしく、僅かな空いた時間でも訓練や予習などに時間を費やす徹底ぶりである。

 その性格故なのか、篠原は彼女が何か遊びに興じている姿を見た事が無いどころか、気を抜いたところすら見た事がなく、それだけに気掛かりだったようだ。

 暇な時間があるからそんな事を思い付くのか、とにかく彼はその事を秘書艦の神通に相談している所であった。


「……という訳で、どうにか朝潮の肩の力を抜く事は出来ないものかな」


「そ、そう言われましても……」


 神通は困惑していた。何せ自分もあまり遊びに興じた事が無いからだ。

 ある意味、彼女と朝潮の共通点かも知れなかった。


「司令官が肩の力を抜けと言うのなら、この朝潮、全力で肩の力を抜く覚悟です‼︎」


 篠原の言葉を聞いていた朝潮は敬礼と共にそんな事を言い出した。

 流石の神通もここまで融通が効かない訳では無い為、篠原が思う事が何となく判るようで苦笑いを浮かべる程である。

 ただ今回は篠原が悪ノリを始めたようである。


「じゃあ試しに全力で肩の力を抜いてみてくれないか?」


「え⁉︎ わ、判りました肩の力を抜きます!」


 朝潮は肩の力を文字通り抜き始めた。少しだけ肩の位置が下がった。

 有言実行はしたものの、物理的なものであり根本的な所は何も変わっていなかっただけに、篠原にはより一層異質に見えてしまっていた。


「朝潮、肩の力を抜くと言うのはそう言う意味じゃないぞ」


「し、司令官……、私に何か不足がありましたか! すぐに改善致しますので何なりとお申し付け下さい!」


「とりあえずソファーにいる北上を見てみろ」


「はい!」


 朝潮は北上の方を見た。視線に気が付いた北上は既に不満そうな瞳をしていた。


「見ました!」


「お前にはどう見える?」


「はい! 白昼堂々としかも司令官が執務中にも関わらずソファーに寝そべって頬杖をつきながらお煎餅を齧っています!」


「どう思った?」


「とてもだらしないです! 少なくとも女性としても艦娘としてもダメダメです!」


「朝潮は素直だなぁ」


 彼女の容赦の無い言葉に北上の眉が僅かに動いた。


「あーウザい、良いじゃんどーせやる事無いんだし〜」


「そうです、北上さんはコレで良いんです! 養ってあげたくなるでしょう⁉︎」


 大井が北上のフォローに回るも根本的なフォローにはなっていなかったが、誰も気にしなかった。

 大井とはつまり、そうなのだ。

 そして篠原は北上について本題に取りかかり始めた。


「朝潮、肩の力を抜くと言うのは、あーやって何も気に掛けずに過ごす事を言うんだぞ。 今の北上には上官とか時間とか関係ないんだ」


「そ、そんな……」


 朝潮の表情が驚愕の物に変わり、震える視線を北上に送り始めていた。どうやら彼女にとって“何も気に掛けない”と言う事があり得ないらしい。

 そして篠原もここまで来て“余計な事をしているのでは”と自らを改め始めた所で、執務室に陽気なノックの音が響き渡った。

 そして篠原が入室の許可を出すと現れたのは駆逐艦の初雪であった。


「司令官、一緒にゲームしよ……」


「ん、ゲーム……、そうかゲーム機!」


 猫の様にのほほんと過ごす北上からは具体的な答えは得にくかったのかも知れないが、初雪は違う。

 彼女は北上と同じ様に常に脱力しながらゲーマーの一面も持ち、遊び方に関しても事欠かない艦娘であったのだ。


「初雪、良かったら朝潮も混ぜてくれないか?」


「ん、べつに良いけど」


「ゲーム……ですか?」


 初雪はチラリと朝潮の顔を見た。


「ゲームやった事あるの?」


「司令官が言うゲーム機と言うものは経験がありませんが、司令官がやれと言うのなら、この朝潮全力を投じる覚悟です!」


「へぇ、全力。 ふーん、そう……」


 初雪は視線を切って今度は篠原の方を見た。


「司令官、少し朝潮さん借りてくね」


「ん、俺はいかなくて良いのか?」


「ちょっと仕込んでみる」


「仕込む? まぁ分かった。 朝潮、試しにゲーム機で遊んで来ると良い」


「はい!」


 そうして朝潮は初雪の個室まで訪れる訳であったが、たどり着いた頃には各々別の思惑が飛び交っていた。


(……ちょっと難しいゲームをやらせて、ゲームの難しさを知らしめてやろう……)


 初雪はゲーム業界のシビアさを知らしめる為。


(何故こんなにペットボトルが散乱しているの⁉︎ 上着も脱ぎっぱなし、この子は片付けられないの⁉︎ 整理整頓をしなければ必要な時に必要な物がすぐに見つからないでしょう! ……い、いいえ朝潮、先ずは司令官の言うゲームをやらなければ!)


 朝潮は部屋のシビアさを痛感していた。

 その後、朝潮は初雪が選んだゲームを先ず遊んでみる事になるのだが、コレが初雪や篠原の思惑とは外れた結果を招く事になった。


(アクションゲームと呼ばれるゲームらしいですが……、操縦が難しい上に、すぐに敵に殺されてしまいます……)


(ですが……、他の敵に見付からない様に1対1で戦う様に心掛ければ、有利に戦場を展開出来ます……!)


(操作キャラクターは銃を持っていますが威力は低いようです……。 ですが、相手の攻撃の直前に撃ち込めば相手の攻撃を阻害するだけ無く、大きく体勢を崩します……! そして追い討ちにより相手は致命的損害を受ける……)


(はっ‼︎ 司令官……、これはもしや、仮想訓練と呼ばれる物の1つと言うわけですか……‼︎ この朝潮、感服致しました‼︎)


 朝潮が篠原の期待していた事とは全く見当違いな方面に発芽した頃、初雪はそのゲーム画面を見て驚愕していた。


(嘘でしょ……、良い意味で有名な変態ゲーム会社が作った鬼畜難易度のアクションゲームなのに……、もう銃パリィや内臓攻撃を扱ってる……)


(ギミックの理解やクリアリングも申し分ない……、朝潮さん、本当にゲームやった事ないの……?)


 そして朝潮もゲームをしながら、初雪に対して考察を始めていた。


(……初雪さんは今まで訓練もあまり参加しないし、部屋に引き篭もってばかりと思っていましたが、隠れて修行をしていたと言う事でしたか……‼︎ 散乱したペットボトルにはカフェインが含まれるコーヒーの類や、明らかに滋養強壮剤の一種である瓶まで転がっています……、つまり寝る間も惜しんで訓練に励んでいた……⁉︎ 部屋が散らかっているのも、片付ける暇さえも無い程に打ち込んでいたと⁉︎)


(なんたる執念‼︎ なんたる勤勉さ‼︎ 私も見習わなければなりません‼︎)


 そして、2人の思考が交差する。


(初プレイとは思えない適用力……、朝潮さん、貴女は……──)


(初雪さんのスコアは申し分無い筈ですが、それでも一切の慢心はないという事ですが……! 初雪さん、貴女は……──)



((──天才だ……!))



 鎮守府で最も肩の力を抜いた艦娘と、肩の力が入った艦娘、その本来なら相容れない2人の間に友情が芽生えた瞬間であった。








前哨






 圧倒的な攻撃範囲、驚異的な殲滅力、絶対的な対空力──、それら格の違いという物を意図せず敵に見せしめる鎮守府の主力、加賀。

 遥か遠方から敵を射抜く千里眼は青空の狩人たる鷹の眼の如く、繰り出される爆撃は地獄の沙汰を現世に現すが如く、そして降り注ぐ火の粉を小手先で打ち払う姿は正に攻守一体の砦。

 そんな彼女は今日、決意に満ちた瞳で玄関の扉の前で佇んでいた。

 その姿はまるで──、失敗すれば終焉を迎える闘いを迎える孤独な勇者の影を背負っているかのようであった。

 もしも今、誰かが彼女の背中を押したなら、或いはそのまま前に倒れ込んでしまう……、そんな錯覚さえも受けるほどに緊張で硬くなった背中を、彼女を良く知る赤城が、真剣な声で話し掛けたのだ。


「加賀さん……、本当に行くんですね……」


 茨の道の前に立つ彼女の、一体誰がその背中を押せるものか……、赤城の瞳にはそんな不安な色が映し出されていた。

 しかし加賀は、勇敢にも返事をして、その扉を開けたのである。


「鎧袖一触よ……、心配いらないわ」


 その言葉を最後に、彼女は旅立って行った。

 仮に彼女を勇者に例えるのなら、赤城にはあまりにも頼りなく見えていた筈だったが、加賀の気持ちを良く知る彼女は止める事は出来なかった。

 赤城は知っている、今一番不安に駆られているのは加賀である事を。

 その余りにも不憫な加賀の心境を悟り、哀しげに目を伏せながら、赤城は誰も居なくなった部屋で1人言葉を溢した。



「……ウソつき」



 赤城は1人、つい先日までの紆余曲折を思い返し始めた。

 色々な根回しと言い回しで何とか提督の篠原と加賀のお買い物デートを確約した。それはいい。

 しかし、その後の加賀はあんまり良くなかった。

 篠原に秋物のワンピースを選んでもらうと言うありがちで簡単なデートの約束を取り付けた翌日、加賀は一睡も出来ず、更に『服を買いに行く服が無い』と喚き続けた。

 幸いにも約束の日まで時間があったので、赤城は定番と言える流行のファッションカタログを手渡したのだが──、


『胸元のポケットがお洒落? は? 何を言っているの、この本は。 胸元のポケットが何故お洒落なの、意味が分からないわ』


『か、加賀さん、それはポケットのデザインがお洒落って言いたいんですよ』


『本当ね、アクセントにリボンって書いてあるわ。 けどポケットの入り口にリボンが付いていたら邪魔でしょう。 この服は何がしたいのか判らない、意味不明ね』


『お洒落がしたい服ですよ』


『それに作りが複雑で縫い合わせも脆そうね、陸上訓練でもしたら一瞬で布切れに変わりそうです。 こんなのは衣服としてどうかと思います』


『今どんな服が必要なのか思い出して下さい、訓練に耐えられる作業着とか胴着とかでデートに行くつもりですか』


『クッ……』


 ──……加賀は少々お洒落に疎かった。

 それでも加賀は直向きに自分と向き合い、欠点を克服しようとしていた。


『赤城さん、笑顔の練習をしてみたわ。 どうかしら?』


『ひいっ、怖っ⁉︎ 殺さないで‼︎』


『頭に来ました』


『り、力んだ真顔で口だけ歯を見せて笑ってたらそれもう威嚇ですよ⁉︎』


 しかし、成果はあまり芳しく無かった。

 その後も加賀はめげずに笑顔の練習を頑張っていたのだが赤城のSAN値が減る一方で進展を見せず、偶然その現場に居合わせてしまった瑞鶴が泡を吹いて倒れる頃には“無駄な努力はやめよう”と言う結論に至っていた。

 そして何処か暴走気味な加賀に変わり赤城は思考する。


(加賀さんってこんなにポンコツでしたっけ)


 空回りを続ける加賀を危ぶみ、赤城は元凶を辿るべく篠原の身近によく現れる艦娘の事を思い出し始めた。

 度々騒動を起こす金剛型、度々騒音を起こす川内型、言動が極端になりつつある本来思慮深い筈の武闘派達、本来なら加賀もそうだった。

 この鎮守府では艦娘が提督に惹かれるにつれ、戦果と反比例して艦娘の思考が残念になっている事実が浮き彫りになっていた。


(提督の胃腸も心配になってきました……)


 この鎮守府の艦娘は頭がおかしい。赤城はそう結論付けながら外のラーメン屋で炒り胡麻特濃味噌トンコツニンニクマシマシ替え玉バリカタ4玉目を紅生姜と共に平らげたのが昨日の事、何も解決出来ないまま当日を迎えたのである。


 結局加賀はシャツの上に翔鶴から貰ったジャケットを羽織り、スキニーを履いた何時もの普段着で出掛けることになった。

 加賀のスタイルはかなり良いので、それだけでも抜群の釣り合いが取れるのが唯一の救いか。

 

 しかし、やっぱり不安が大きく、赤城はコッソリと後をつける事にした。

 そして建物を出る途中、赤城は折り紙で綺麗な万華鏡を使っていた龍驤と目があった。


「ん、どないしたん? ……ってか何や口クッサいなアンタ。 昨日ニンニク食ったやろ」


「……」


「……なんか言えや。 何や人の顔じーっと見て」


「……」


 赤城は龍驤も一緒に連れて行く事にした。

 突然腕を掴まれた龍驤は抵抗を試みたが体格差は揺らがなかった。

 そして待ち合わせ場所である鎮守府の駐車場に走りながら赤城は事情を龍驤に説明すると、龍驤は心底呆れた表情で言った。


「はぁ? 買い物? 別にウチらが水さす事やらないやろ」


「……いいえ、加賀さんが暴走したら大変です」


「加賀の暴走ってアンタ。 大半の理由がアンタやろ、駆逐艦にお菓子ねだるのやめーや見てて痛々しいねん」


「今は事情が違うんです、デートの為の格好も決まらなかった加賀さんは半ば自棄になってます!」


「はぁ……、でもあの提督やで? 似たような格好しとるんちゃうん?」


「それはそうかも知れませんが、万が一暴走したら何するか判りません‼︎ 貴女もここの鎮守府で過ごしていたらわかるでしょう!」


「悲しい事に何も言えへんなぁ……」


 提督たる篠原は歴戦の戦士でもあり、幾多もの窮地を乗り越え人々の命を救って来た筈なのだが、ここ最近は艦娘達により窮地に追い込まれがちであり、乗り越えようと頑張りはするものの成果に及ばない事が多かった。

 そんな篠原の身を不憫に思えた龍驤は護衛と割り切り赤城の尾行に付き合う事にしたようだ。

 そして駐車場まで駆け寄れば、そこでは丁度加賀と篠原が顔を合わせた所であった。


「来たか、おはよう加賀」


「お……、おはよう、ございます……」


 加賀は既に緊張気味で、その光景を側から見ていた赤城は既に焦燥に駆られていた。


「あっ、アレ駄目かも知れない」


「……提督、めっちゃ男前やん……‼︎」


 篠原の格好が普段着とは程遠かったのだ。

 マットな質感と上品さが売りのフライトジャケットに白地のシャツで清潔感も醸した秋の定番コーディネート、極め付けは何時もの無精髭を綺麗に剃り落としてクッキリとした輪郭は爽やかさを引き立てていた。

 赤城が前日にデートである事を念入りに説明した事もあり、彼は“女性に恥をかかせる訳には行かない”と、大人の身嗜みとして流行を取り入れただけなのだが、彼の場合は無事に成果に繋がったのだ。

 加賀はその容姿をまじまじと見つめるも束の間、すぐに目を逸らしてしまっていた。


「……髭、剃ったのね」


「ん、ああ、いつか綺麗に剃ろうって思ってたんだよな。 コレのせいで怖い印象与えてるとか聞いてたし」


「そう……」


「まぁ取り敢えず行こうか、助手席に座って」


 篠原は言いながらSUVの助手席のドアを開き、加賀は会釈しながら乗り込んだ。

 その一部始終を見ていた赤城は早くも頭を抱えていた。


「ああもう! どーして髭剃ったの聞いておいてそんな素っ気無い返事するんですか⁉︎ せめて感想言うべきですよ⁉︎」


「て、てかどないすん⁉︎ 車で出掛けるなら追いつけへんで!」


「こんな事もあろうかと、既にグッチさんを呼んであります‼︎」


「何しとんの⁉︎ グッチさん今日非番の筈やろ⁉︎ 艦娘の為の憲兵隊とは言え流石に便利に使いすぎやない⁉︎」


 彼女達が言う“グッチさん”は憲兵隊の1人、江口である。 

 彼は主に艦娘達が外出した時に護衛としてコッソリ後をつけて外的要因により問題が生じそうになった時にサッと出てきて片付ける頼もしい味方でもある。

 更に地の優しさやユーモア等もあって鎮守府でも“ノッチ”の野田と共に浸透している憲兵の1人だ。 因みに既婚者であり、最初の子供は男の子の予定。

 そんな彼は赤城の言いつけ通り鎮守府に来たのだが、辿り着いた時に先程の発言を偶然聞いていたようだ。


「良いんですよ、非番でも家に帰れる訳じゃありませんしね」


「うっ、ウチらの為にホントに申し訳あらへんよぉ……」


「貴女達が居て我々の日常は守られていますから、私も貴女達の日常で何か役に立ちたいんですよ」


「くぅ〜……めっちゃ良い人やんグッチさん……、嫁さんはきっと幸せやでぇ……」

「流石グッチさんですね……!」


「あはは、それより赤城さん」


「はい、何でしょう?」


「最近ハマってるガムがあるんですけど、噛んでみます?」


「是非‼︎」


 江口は懐からスティックタイプのフルーツ風味キシリトールガムを取り出して梱包されたひと粒を赤城に差し出し、龍驤は苦笑いしながらその光景を見守っていた。


(やっぱ前日にニンニクはあかんか……。 てか普通に出来る男やなグッチさん、既婚も納得や)


 赤城の口内が爽やかリフレッシュなクールミントに染まった頃、江口の車に乗って彼女達も動き始めた。


 かくして鎮守府では実質初となる艦娘と提督のデートが始まったのである。





らしさ・上





 加賀と篠原が出発して数十分、江口の運転する車は篠原のSUVを追い掛けて高速道路のゲートを潜り一定間隔を維持しながら追従していた。

 後部座席に座る龍驤は、不意に首を傾げながら湧いて来た疑問を隣に座る赤城に話し始めた。


「なぁ……、コレってバレへんの? 結構堂々と後をつけてる気がするんやけど……」


「仮にバレたとしても、この車がタクシーとかなら警戒されてしまうかも知れませんが、グッチさんのお車なら大丈夫でしょう」


「……なるほどな、そう言う事かいな。 食事以外にも頭回るんやな自分……」


「考えて食事出来るって良い事じゃありませんか?」


「口も回るんやなほんま……」


「よく動かしてますから!」


 龍驤の皮肉を軽く受け流した赤城は視線を前に走るSUVへと向けた。

 早くも篠原と加賀の様子が心配になっているようだ。


「向こうは大丈夫でしょうか……」


「心配性やなぁ……」


 しかし、当の本人達2人はそれ程深刻な状態にはなっていなかった。

 篠原の車に乗ってから必死に話題を探していた加賀であったが、その心境を察してなのか不明だが篠原が分かりやすい話を振っていた。


「どうだ、車はいいものだろう? 既に艦娘の免許の準備は整ってて、明日にでも募集を掛けるつもりだから加賀も講習を受けてみないか?」


「え、ええ……、そうね」


 兼ねてより地味に準備をして来た資格取得の機会が訪れようとしているのだ。

 その為、篠原は車の魅力を伝えるべく熱弁を振るっていて、ザックリとした説明だけでも車の魅力と言えば中々語り尽くせないもので、話題は枯れる事は無かった。

 デートと言う割にはヤケに生真面目な題目であったのだが、むしろそれは小根が真面目な加賀にとっても乗りやすい話題はだったのか、緊張しつつも喋る事は出来ていた。


「車選びの基準とかはあるのかしら……、貴方は普通の車より大きい物を乗っているけれど」


「その辺は燃費とか色々あるけれど最終的に完全に趣味だよなぁ……。 俺は走破性とか坂道が強いからって理由でこのSUVを選んだつもりだけど、最終的に見た目で選んでいた気がするよ」


「成る程……、ますます判らないわ」


「個人的に加賀はスポーツカーとか似合いそうだな。 あの洗練されたフォルムの車にお前の様な美人が運転していたら、すれ違い様に目で追ってしまうかも」


「……っ、からかわないで。 それに、スポーツカーなんて高過ぎるわ」


「スポーツカーって言うと高いイメージだけど、他の車とあまり変わらない値段で買えるさ。 確かに何千万とかする奴より性能は劣るけど、日本国内でその性能が引き出せるのはサーキットくらいだろう」


「確かにこの車の走破性も整備された道路では目立たないものね」


「ごもっともだな。 一応アレだぞ、路面のデコボコとかの振動をかなり吸収してくれるんだぞ。 軽自動車とかは僅かな起伏でもかなり揺れるしな」


「……そうね、助手席に座っていても判るわ、とても静かに走行している」


「乗り心地ってのも大事なポイントだ、それにな、加賀」


「何かしら?」


「いざ選ぶ時、お前の想像以上に悩む事になるぞ、何たって種類が多い上に高いからな。 人生の中でも特に金のかかる買い物だ」


「そ、そう……、そうよね」


 真面目な話題だが、話し手の陽気な空気は次第に加賀の緊張を解いて来た様だ。 普段通り程度には舌が回り始めた頃、車は高速道路を降り始めた。

 そして目的地周辺まで迫ったところで、篠原は本題に入り始めた。


「それで、ワンピースだったか?」


「え、ええ」


「秋物のワンピースかぁ……、正直俺もお洒落とか詳しく無いからその辺期待しないでくれよ?」


「だ、大丈夫よ……、私にはお洒落と言う概念がない様だから」


「一体何があったらそんな結論に至るんだ」


「現実を見たのよ」


「そのジャケットとかお洒落じゃないか」


「こ、これは……翔鶴に貰ったの。“似合いそうだから”って……」


「へぇ〜……、妹が世話になってるからとかかな」


「それに普段着も全て赤城さんに選んで貰ってます」


 何処か自虐気味になって来た加賀を横目に、篠原は話を脱線させ始めた。


「じゃあ、日常で加賀が選んでいる物ってなんだ?」


「えぇと……、弓道で使う装備や道具だとか……、五航戦からも判断を委ねられる事もあります」


「結構大事な部分の選択を任されてるんだな。 俺には判らないが、弓選びって専門的な知識とかも必要なんだろう?」


「そうね……、自分の体重だとか、握力だとか、またどんな風に矢を飛ばしたいのか、そう言うのが関係してくるから、弓の素材からこだわる必要があるの。 ただ値段が高くて良い弓を選べば良いと言う訳ではないわ」


「成る程なぁ……、俺だったらそこそこ良い弓を選んで満足してしまいそう」


 その言葉を聞いた加賀は、ここに来て初めて話題を振り始めた。


「前から聞きたかったのだけど、何故いつも物を買う時に“そこそこ良い物”を選ぶのかしら。 何か拘って決めている様だけれど」


「経験上それが一番無難な選択だったんだ。 安い物は値段相応に早く壊れたりするし、高い物はその性能を引き出し切れなかったりするしな」


「そう言う事ですか……、確かに安い物は安いなりの理由がありますからね」


 こうした雑談を続けている内に、車は大型ショッピングセンターの敷地の中に入って行った。

 服を買いに来たのに専門店では無い理由は、この手の大型ショッピングセンターでは内部の遊歩道に沿って多くの企業が挙って店舗を出していて選択肢が非常に多いからである。

 主に衣類を扱う区画では各ブランドが競う様に目玉を商品を張り出しているので目移りもしやすいが、“買い物を楽しむ”事は存分に出来るだろう。

 そうして名だたるブランド店の仕切りに入った2人は順調に衣服の吟味を始めたのだった。

 そして立ち並ぶ色取り取りの服を前に、篠原は選定を始めていた。


(正直、レディース服なんか全くこれっぽっちも判らないが……、とりあえず色から選んで行けば良いかな……。 加賀のイメージカラーと言えば青か白かなぁ……)


 そして加賀も篠原の後ろに控え、顎に手を添えながら思考を巡らせていた。


(折角なら……、提督の好みに……、なんて言える筈無いわよね……)


(秋物だからなぁ……、袖が無いのは少し寒そうかな? と言うか何だこれ、ワンピースってこんなに種類あるのか……⁉︎)


(でも提督に選んで頂けるなら何だって構わないわ……)


(……もしかしなくても、俺が引き受けるべきじゃなかったのでは……。 あの時の妙な空気から逃れるためとは言え早まったか……‼︎ ただ選んで欲しいと言ったからには期待されていると言う事だよな……)


(とても真剣な表情で服を選んでくれている……、それも私のために……。 悩んでくれている提督には悪いけれど、何だか気分が高揚します……)


(期待に応えられるだろうか……、いや落ち着け……大丈夫だ、加賀は見た目よりも実用性を重視する傾向があった筈だ……。日常でも論理的に判断する様に心掛けている節もあるし、そう考えれば俺にも十分判断材料があるんじゃないか?)


(人に選択を委ねる事がこんなに特別だと感じた事はありません)


(そもそも何でワンピースなんだ、実用性ならもっと良い物があった筈……。 えぇい分からん! 純粋に何が似合うかで選ぼうにも元が良いんなら極端な格好でも無い限り何でも似合うだろう⁉︎)


 加賀が少し浮ついた心地に包まれる中で、篠原は深読みしを過ぎて沼に嵌まりつつあった。

 他ならぬ一航戦の加賀であるからこそ何か理由があると考えたからである。 

 その結果、2人の間に沈黙が現れているのであるが、双方の旗色はまるで違っていて、それだけに何処か際立って見えてしまっていた。

 

 コッソリ跡をつけて来た龍驤と赤城は物陰からその様子を見ていて、篠原と加賀の間のなんとも言えない微妙な空気に歯噛みしていた。


「なんやねんアレ……、何でお互い黙って服見てんの?」


「さ、さぁ……」


「ウチが思うデートと違うねんけど。 何が楽しいんや……」


「少なくとも加賀さんはすこぶる上機嫌に見えます」


「何処でわかんねんソレ、ウチにはいつも通りにしか見えへんで」


「加賀さんの眼をよく見てください」


 赤城の言葉を聞いた龍驤は遠巻きに加賀の眼を凝視し始め、やがて何か気づいた様に声をあげた。


「な、なんかキラキラしとる⁉︎ 何かこう……、いかにもな“活きの良い眼”って感じしとるやん!」


「貴女も加賀さんの事がわかって来たようですね」


「よぉーく見ないと機嫌が分からないってのも酷な話やな……。 ところでグッチさん何処いったん?」


 龍驤は後ろを振り返り、江口の姿が見えない事を改めて確認していた。

 赤城は同じ様に振り返りながら言った。


「恐らく……、私達の邪魔をしないため何処かの影に忍んでいるのでしょう」


「忍者かアレは。 なんかウチの鎮守府、超人おおない? 憲兵隊だけで陸海空集まっとるやん、港にごっついヘリやボートも止まっとるし」


「本来なら憲兵隊は陸だけな筈なのですが、コレも時代と言う奴ですね……。 自衛隊に特殊な逮捕権を与えた様な団体ですから」


「悪さは出来へんなぁ……」


 因みに憲兵隊の彼等の所持するヘリはボートは災害時にも活用される用途があったりするのだが、そこは従来の自衛隊と変わらない役割が見込まれているからであろう。

 そして龍驤と赤城が進展を見守る中で、綺麗に着飾ったマネキンを見上げていた篠原は加賀に1つ提案をした。


「……飯時になっちゃったし、昼飯にしようか」


 逃げ[戦略的撤退]に走ったのである。要するに整理する時間が欲しかったのだ。

 加賀は特に断る理由も無かったので提案を受け入れて、モール特有の飲食店が立ち並ぶエリアまで足を運ばせた。

 数々の看板とショーケースに並ぶ料理のサンプル達、ここでは和洋に限らず幅広い分野の料理が提供され、ファーストフードから少し高級感のあるレストランまで、訪れた人の都合に合わせて食事を済ます事が出来るエリアである。

 まさに買い物ついでに……、と言った2人には打ってつけの場所であった。


「それで加賀、今は何の気分だ?」


「あの、何の……とは」


「麺とかパンとか肉とか白米とか……」


「えっと……」


 加賀はモール内を示すマップに視線を向けて看板の名前を一つ一つ吟味し始めた。


(……全部赤城さんと行ったことあるお店だわ)


 そして立ち並ぶチェーン店を制覇していた事実を受けて言い得ぬショックを受けていた。

 だが、今回は機転を効かせるようだ。


(でも、それなら私が提督の気分にあったお店を紹介できるはず……)

 

 加賀はマップから視線を外すと、今度は篠原の方に向けて言った。


「貴方は何が食べたいのかしら……、私なら良いお店を紹介出来るかも知れないわ」


 加賀は機転を効かせたつもりだったが、彼女にとっての痛手となった。

 篠原は笑顔で答えた。


「おお、流石だな!」


「えっ」


「ちょっと待って、今考える……」


(えっ、流石って、流石だなって、……また食の印象が強くなってしまった⁉︎ と言うより最早確定要素と言っても過言では無いわ……!)


 過去から今に至るまで続く赤城の行動によって根付いた“一航戦=食(消費者)”のイメージは、加賀がずっと取り除きたかったイメージであって、少なくとも彼女が持つ“良い女”のイメージでは暴飲暴食など有り得なかったからだ。

 しかし、赤城が暴飲暴食を披露するたびに丁寧に“一航戦”を名乗り続けてすっかり定着してしまった経緯があった。


(……あの赤いの、後で覚えておきなさい……、戦闘は艤装の性能が全てでは無いと言うことを教えてあげるわ……)


 “何が食べたいか”と今の気分と相談している篠原を眺めながら、人知れずに加賀はドス黒い呪詛を送り出し始めた。

 放たれた呪詛を割と近くで受信した赤城は本能から来る悪寒に震え上がった。


「ヒッ……、この感じ、今晩のおかずが減る気配⁉︎」


「なに言うとんの?」


「た、対象を目視してなくても殺気をぶつけてくるなんて……、また腕をあげましたね加賀さん」


「なに言うとんの?」


「加賀さんが殺気立つと私のおかずが減るんですよ」


「……意味が分からへんわ、最初から何一つ分からへんわ、あんたが言っとる事全部」


 突然両肘を抱えて震える赤城に呆れた眼を向けていた龍驤であったが、間もなく篠原達が動き出した事に気が付いた。


「おっ、向こう何処の店入るか決まったみたいやで!」


「……はっ⁉︎ お、追いかけましょう!」


 我にかえった赤城は今一度身を引き締めて2人の後を追った。

 






らしさ・下





 秋とは言えまだ9月、篠原が出した要望は“さっぱりとした和食”だった。

 そこで加賀が選んだお店が設立六十年の歴史を持つ有名店で、やや強気な値段設定ではあるが、素材の製造過程から拘り、魚肉類の餌や環境、野菜類の使用農薬等を全て厳選して管理した最高級食材により振る舞われる料理は至高とも言われた。

 チェーン店ではあるが店舗数は少なく、その理由も店を任せる調理人1人1人に長いスパンの下積み期間を設けているからである。

 故に、各店舗の調理人は例外なくプロのみが選出される敷地の高いブランド店だ。

 また、和食として王道を貫くだけでなく定期的に風変わりな料理を提供しているのも人気を博している理由の一つだろうか。

 更にSNSサイトでコメントを添えて写真を公開するなど宣伝行為をした場合、ソフトドリンクが一杯無料になったりもする。

 硬派なイメージと思われがちであるが流行にも敏感な飲食店であった。


 とりわけ高級感のあるお店なのでデートにも申し分無い筈だったのだが、加賀の旗色はあまりよろしく無かった。

 座席について向かい合って座って、注文をして後は料理が運ばれてくるのを待つのみなのだが、加賀にとって篠原と2人で向かい合って食事をすると言う行為が初めてだったのだ。

 先程まで後ろから眺めているのとは訳が違う、加賀は緊張と共に焦燥に駆られていた。


(……な、何か話題……、話題……!)


 食いしん坊キャラという属性を拭い去る為にも下手な事は言えないと律したばかりに、食事の場での話題を持ち合わせていなかったのだ。

 一方、篠原は既に注文を済ませたにも関わらず、メニュー表を眺めて気になる料理のチェックを始めていた。 彼にとって初めて来る飲食店で次の目星を予め考えるの癖のようなものだった。

 彼のお気楽な思考に対して、加賀の焦燥は沼に嵌まりつつあるようだ。


(ヒレカツ丼かぁ……)


(何故提督はメニュー表を手放さないの……、その状態で振れる話題なんて食事の事しか無いじゃない、あわよくば食事の話題を振ったら漏れなく私も赤城さんと同じ……。 でもこの空気で仕事の話とか訓練の話とかは詰まらない女と思われてしまうかも知れない……)


(おむすび定食ってのも凄い気になる……)


(日頃の行いってこう言う事も言うのね、例えば今ここに居るのが私ではなくて吹雪さんとかだったら話題に事欠かないのでしょう……、趣味は魅力になるとは正にこの事ね……。 私も趣味を探すべきでした……)


(へぇ、定食なのに……、おむすびと味噌汁だけなのか。 ああでも判るわ、質素だけどコレ美味い奴だ。 ふむ、具も選べるのか……、味噌にシャケに梅に昆布……。 昆布かぁ〜〜……最近食べてないなそういや)


 加賀の選んだお店に、篠原は既に食べる前からとても満足している様子であるが、彼女はその事に気がつく気配は無かった。

 その様子を離れたテーブルから見守る赤城と龍驤はコソコソと会議を始めていた。

 一応、彼女達は売店で買ったサングラスをつけて仮装したつもりでいるが、独特な雰囲気とシルエットは隠しきれていない。 この場合は気分の問題だろう。


「……やっぱり加賀さん、話題振れてませんね……、お喋りが止まってます」


「まぁ……、仕事一筋みたいなトコあるしな加賀は……。 楽しい話とか振るのは少し厳しいんちゃう? と言うか提督は提督でメニューみてるだけでヤケに楽しそうやん」


「提督は食べ歩きも好きなんで、こう言うお店に入るとメニュー吟味するそうです……。 だから加賀さんなら今こそ話題に困らない時間な筈なのですが……」


「……食べ物の話題が振りにくいんちゃうん……、誰かがアホするから」


「どこのアホですかね……」


「かぁ〜っ、今鏡もっとらんのが悔やまれるわ」


 龍驤が赤城の無自覚を嘆く一方で、一向に進展らしい進展を見せない加賀と篠原の2人であったが、加賀が話題に困っているうちに篠原が先に話し掛け始めた。


「なぁ、加賀……、この“おむすび定食”って美味いのか?」


 残酷にもそれは加賀が忌避していた話題で、加賀は更なる焦燥に駆られた。


(そ、それは私が赤城さんに連れられた時に注文した定食です。 一見質素にも見えますが国産コシヒカリ米の高品質な艶と光沢のあるお米を使って握られたおむすびは、王道を貫く大切さと言うのを再確認させられる程の贅沢で奥深い味わいでした。 お米のひと粒ひと粒が主張して噛めば噛むほどお米の甘みが溢ふれて、具が無くても飽きない逸品です……)


 駆け巡る思考の渦、恐らく加賀がその気になれば全身全霊で推せる定食に違いないのだが、言葉に変わって出てきた物は淡白なものだった。


「ええ、おいしいと思うわ」


「やっぱそうだよなぁ……、次はコレ頼もう」


 無慈悲にも会話終了である。

 加賀はこれから話を盛り上げられる素材は揃っていたにも関わらず取り下げてしまった己の失態を後悔しながら間も無く、注文していた料理が運ばれてきたようだ。

 白く清潔な服に身を包んだ店員により配膳された料理は篠原も加賀も同じ“日替わり和定食”で、和食の鉄則として挙げられる“一汁三菜”、多彩で新鮮な食材の味を尊重し、また季節の移ろいを献立に取り入れた定食である。

 篠原は目の前に配膳された和食を見て満足そうに笑みを浮かべていた。


「キノコとほうれん草の胡麻和えに焼き鮭に味噌汁……、いや吸い物かな? いいね、加賀に任せて正解だった」


「そ、そう……」


 間も無く箸をつけ始めたのだが、もりもりと食べて舌鼓を打つ篠原に比べて加賀はあまりにペースが遅かった。

 

(き、緊張で箸が進みません……。 と言うか味が分かりません)


 対する篠原は食事の場を良い機会と考えて話し掛ける機会を窺っていた。


(この際にワンピースの事聞きたかったんだが……、なんか様子が変だな……)


 篠原が加賀が妙に気を使っている事に気が付き始めた頃、その2人の様子を観察していた龍驤も異変を指摘していた。


「どんだけ緊張しとるんや加賀は……、あんなんらしくないで……」


 赤城はおむすびを口に頬張りながら様子を伺い、返事をする。因みに具は練り味噌だ。


「ですね……、どうしてあそこまで縮こまってしまうのでしょうか……、料理にもあまり手を付けていないようですし……」


「口に合わんかったとか……?」


「いえ、それは無いでしょう。 私と加賀さんの好みは大体同じなんでシャケは大好物の筈です‼︎」


「えっらいトコから出た根拠やなぁソレ……」


 龍驤が“どこまで信じたものか”と訝しげに赤城の方に視線を流し始めた時、篠原が明らかにおかしいと考えて話を切り出し始めたようだ。


「加賀、どうしたんだ? 体調がすぐれないとか……」


「い、いえ……、そんな事はありません……」


 明らかにペースを掴めていない加賀は、篠原には食べるのを躊躇うように見えていた。

 実際、その考えは当たっていて、加賀は食い意地が張っていると思われたくない一心であった。

 そしてその様子が篠原にとって既視感を与えていた。


「なんだか前の赤城みたいだな」


 彼の口から溢れた想定しない言葉に、加賀は俯きかけていた顔をあげた。


「えっ?」


「んー……、いや、結構前に、元支援部隊の俺の前で沢山食べる事を憚っていた事があったみたいでさ。 俺はそんなの気にしないから良かったんだけど、赤城は相当気掛かりだったみたいでな」


「ど、どう言う事……、詳しく説明をお願いします」


「いや何、俺は昔から飢餓に苦しむ人の面倒とかも見てきて、そんな俺の前で贅沢に飲み食いするのはどうなんだろうって赤城なりに考えていたみたいだ」


 それは篠原が着任してまだ間も無い頃の事である。

 彼の過去を知った赤城は自分が贅沢をしている事を自覚して、途端に彼の眼に自分がどのように映っているのか判らず怖くなった。

 “欲深い奴”と括られる者は篠原が兼ねてより敵対して戦っていた相手でもあっただけに、同類とまで行かなくとも似た様に括られる事を本心から拒んでいた。

 しかし、その頃には既に篠原の中で“赤城は食べるのが好き”と言う方程式が組み上がっていて、赤城の自覚が態度に出た瞬間看破されたのである。

 “特に用事や体調不良などの理由も無く大好物を差し出しても食べない”はその頃から異変であった。

 

『あれ? 赤城チョコモナカ好きじゃ無かったか?』


『い、いえその……、い、いらないです……』


 チョコモナカを拒んだ、それはもう大層な異変であった。

 とは言え、当時はまだまだ日も浅かったのもあり、一見して単なる遠慮か気分の問題と言う事で片付いたのかも知れないが、赤城は加賀とは違い表情に良く出てしまっていた。

 明らかに気まずそうに眼を伏せる彼女を見て、事の発覚に至ったのだ。

 そして篠原がその事を指摘すると、観念した赤城は自分の心境を打ち明けた。

 

『その……、食べ物に困っている人達の為にも奔走していた提督の前で、このように贅沢をしてしまうと……、なんと言いますか……』


 軽蔑されてしまう──……、そんな明後日な思惑からとても歯切れが悪い赤城に対して、ようやく要点を掴んだ篠原は意外そうな顔をしながら笑っていた。


『なんだそれは……、別に食べるのに困らないんだったら幾ら食べても良いだろう、現に俺は食べてるし』


『そ、そうですか……』


『まぁでも気持ちは分かるよ、確かに飢餓に苦しむ人がいるのを知っていながら贅沢するのは不謹慎だとか言う輩がいるかもしれないが、それでも気にしなくて良い。 その理屈が通れば、俺の支援部隊も食べるのを控えて全員飢えに苦しむべきだったのかって事になるんだよ、超が付くほどの肉体労働なのにな』


『はい……』


『食べる分には全く構わないが、俺が嫌なのは食べ物を粗末にする奴かな? 日本でも話題になってたかな、人気店で買ったメニューを撮影だけして食べずに捨てていく奴、アレは見ていて本当にムシャクシャしてしまう。 実現は不可能でも、その捨てた食べ物を貧困国に配る事が出来たなら、一体何世帯の飢えを和らげる事が出来るのだろうとか考えてしまうからな……』


『食べ物を食べずに捨てるなんて……⁉︎ そ、それは本当に不愉快ですね、作る側の気持ちを何だと思っているのでしょう!』


『まぁ、日本は飽食とされるから、そう言う奴も増えてしまっている。 だけど食べ物に恵まれているからこそ、思う存分食べられる国でもある。 お前が守っている国はそう言う場所だから、存分に堪能すれば良い。ちゃんと働いてる奴が沢山食べてても誰も文句言わないさ』


 篠原がそう言うと、赤城もやっと安心出来たのか何時もの柔らかい笑みが戻っていた。

 その様子を確かめながら、篠原は続けた。


『それに俺は沢山食べる奴の方が好きだ。 人は食べた分だけ力に変える生き物だから、見ていて安心するんだ』


『そ、そうなんですか……?』


『人は食事でエネルギーを補給するから、沢山食べられる人は沢山エネルギーを蓄える事が出来るんだ。 よく食べてよく働く、まさに理想的だ』


『な、成る程……』


『そしてお前は日本を守る艦娘だから、日本の多彩な料理を堪能しても良いはずだ。 何も後ろめたい事なんて無いさ、守るべきものを知る事は、必ずお前の誇りに変わるだろう』


『は、はい……! 一航戦赤城、これからも誇りに磨きを掛けて、精一杯頑張ります‼︎』


 守るべき“今の日本”を知っていく事、それは彼女達艦娘の使命感を滾らせる事になったのは言うまでも無く、赤城も例外では無かった。

 その日から悩む間も無く懸念を解消した赤城はいつも通りに過ごして、今日まで多彩な料理に舌鼓を打つ日々を送っていたと言うわけだ。


 そして、ザックリとだがその経緯を聞いていた加賀は眼を丸くしていた。


「そう……、そんな事があったの」


「赤城もああ見えて多感なんだなーって思ったなぁ……」


「いえ、それより……」


 加賀は恨めしそうな目付きで篠原を睨んでいた。

 あまりよろしく無い感情だが、今回はちゃんと表情に現れているようで、篠原も少しギョッとしている中で、彼女は言った。


「赤城さんが食い意地を見せる度に“一航戦”を口にするのは本当に貴方のせいだったのね……」


「えっ、そうなるのか?」


「そうなります。はぁ……、もう……、なんと言うか……」


 何処か投げやりな加賀を前に、篠原は“怒られるかもしれない”と身構えていると、何を思ったのか加賀は左手を挙げて通り掛かった店員を呼び止めていた。

 そしてメニューを翳して指差しをしながら注文を始めたのだ。


「すいません、コレとコレ、追加でお願いします」


「はい、畏まりました」


 店員は伝票を書き足して丁寧に一礼すると注文を厨房にまで運んで行き、それを見送った篠原は急に変わった雰囲気について加賀に尋ね始めた。


「ど、どうしたんだ? 急に注文追加して、食欲無いんじゃ」


「大丈夫です、食欲はあります」


「何かあったのか?」


「何にもならなかったと言うだけよ」


「どう言う事だ」


「……強いて言うなら、努力は人を裏切らないと言うのはきっと嘘ね。 正しい努力をしなければ人は報われないのよ」


「うん……?」


 加賀は恋心を抱いた時から“良い女性”であろうとしていた。

 感情表現が苦手であるから、相手に不快な思いをさせてしまわないように努めていて、その事に囚われて印象ばかりを気にしていてずっと長い間空回りを続けていた事に今更になって気付いたのだ。

 “食い意地が張った女だと思われたらきっと幻滅されてしまう”、と自らを制しすぎた矢先、当の本人はこれっぽっちも食い意地に関して気に掛けていない、寧ろ真逆の発想をいだいていると来た。


 ──よく食べてよく働く……、成る程、通りで。


 要するに加賀は、半年以上に渡る空回りを自覚した矢先、理想像を無理してでも演じる事をバカバカしく思い、吹っ切れたのである。

 そしてようやく、普段通りに箸を進め始めた加賀の様子を見ていた篠原は、“もう大丈夫かな?”と考えて胸に留めていた事を尋ね始めた。


「……それで、加賀」


「何かしら」


「ワンピースの事なんだけど、どんな奴が欲しいとか……」


「それは貴方が決めて下さい。 私はワンピースに詳しく無いので」


「えっ、いや俺のが詳しく無いって。 と言うか、え? なんでワンピース欲しいんだ?」


「そうね、別にワンピースで無くてもいいわ。 貴方が私に似合う服を探してくれたならそれでいい。私は満足よ」


「……加賀、なんか変わった?」


「これが素よ」


 吹っ切れた加賀は先程とは打って変わって切れ味が増した。

 その言いたい事を言う、躊躇いが無くなった様子は、篠原にとっても見ていて気持ちが良いものだった。


「そうか。 うーん、加賀ならコート類とか似合いそうだよなぁ……、秋用のコートとかもカッコいいのあった気がする」


「そう……、貴方はコートの方がいいと思うの」


「俺はな」


「じゃあそうするわ。 それと……──」


 加賀は少しの間を空けて、様子を伺う篠原と目を合わせながら、得意そうな表情で言った。


「ここのおむすび定食のおむすびは、テイクアウトも出来るわ。 とても美味しいから、帰りにでも食べてみたらいいと思うわ」


 以前であれば、躊躇い遠慮がちであった彼女だが、少なくとも篠原には今の方が魅力的に見えていただろう。 彼女の話を聞いて笑みが溢れたのが何よりの証明か。


 そしてその様子を見守っていた赤城も安堵の声を上げていた。


「良かった……、今度は取り乱す事なくお話できてます。それも何時もの自分のペースで……」


「結局、ウチらが見張る意味は無かったんやな……」


「お互い楽しそうな一面が見れただけでも収穫ですよ」


胸を撫で下ろす赤城を見ていた龍驤は、ふとある事を思い出してからかってやろうと悪戯心が芽生えたようだ。


「てーか、さっき“好みのタイプ同じ”言うてたけど、ひょっとして赤城も加賀と同じで提督の事……」


「えっ⁉︎」


「おん?」


 龍驤は少しからかうだけのつもりだったが、思いの外赤城の反応が大きく、彼女は動揺しつつ目を丸くしていた。

 勿論、龍驤は見逃さなかった。


「まさかホンマに……」


「やっ、ヤダなぁ、そんな事は無いですよ⁉︎」


「これはグッチさんに頼んで居酒屋いかなあかんな。 畳のある個室な」


「ま、待ってください、私達は見張りを……」


「もう必要ないやろ! ……ってか思い返せば怪しい節チラホラあったやん、その辺の事詳しく聞かせてもらおうやないか、ほんなら会計済ませてサッサといこか!」


 龍驤は楽しげに赤城の腕を引いて店を出て行った。

 そして吹っ切れた加賀は自分のペースを掴んで今までより強気に行けると思われたのだが、秋物のコート売り場で試着の際、篠原の言葉に早くも動揺していた。


「おっ、良いなぁ。 やっぱ白いトレンチコート似合うな加賀は」


「そ、そうかしら……」


 相変わらず褒められると照れてしまい口数が減ってしまうのは変わりなかった。

 それでも完全受け身が誘い受けになった程度の差は出来ただろうか。

 そうして加賀にはお気に入りの一着が出来上がり、秋先から冬に掛けて少しお洒落な白いトレンチコートを着飾る姿が見受けられる事になった。

 彼女にとってその一着は、いろんな意味を兼ね備えた記念の一着で有るのかもしれない。






◇オマケ





 篠原と加賀がデートに行った……、その報せを受けた鎮守府の艦娘が一部で物議を醸していた。

 実態はデートとも言い難い普通の買い物だったが、彼女達にそんな事は関係ない。

 有る艦娘は地団駄を踏みながら言った。


「1人だけ抜け駆けなんでずるいデース‼︎」


 またある艦娘は眼鏡を光らせながら言った。


「いえ、ですがコレをダシにして提督にデートを強請る事は存分に可能かと」


 そしてまたある艦娘は大丈夫そうに言った。


「榛名はそれでも大丈夫です」


 更にある艦娘はカメラのレンズを磨きながら言った。


「証拠写真つかめないのが痛いですねぇ……」


 そんな不穏とも言い難い微妙な空気で何の目的で集まっているのかよく分からない団体に向けて、鶴の一声が掛かった。


「そんなのおかしいっぽい!」


 彼女は言った。


「加賀さんは普段から頑張ってるからご褒美で遊びに連れてって貰っただけっぽい! それなのに無理矢理デートなんてワガママっぽい!」


 更に続けた。


「夕立もいい子にしてたら、きっと提督さんも遊びに連れてってくれるっぽい〜っ! 提督さんを困らせてまで連れてって貰うより、その方がずっと嬉しいっぽい!」


 彼女の発言に、ある者は輝きに目を眩まし、ある者は眼鏡が割れ、ある者は悔い改め、ある者はシャッターを押した。


「何というイノセントハート……、きっとこう言う所ネ……」


「純粋無垢なものを見て余りの眩しさに眼鏡が割れた⁉︎ 私の衣装はどうなって」


「うぅ……、榛名はいい子ではありませんでした……」


「撮影した写真にも後光が差して見える……⁉︎」


 ある者のピュアな心が鎮守府に起こる珍騒動を一つ解決したのだが、提督の篠原はその事をまだ知らない。


 今日も鎮守府は平和である。






後書き

 お待たせ致しました、今パートはここで終わりとなります。
 途中で更新が止まってしまったりなどして遅れてしまっていましたが、それでも見限らずここまで目を通して頂いた事を本当に嬉しく思います。
 そして、『信義と共に』も長編となっている気がしますが、日常メインになってから終わりが見えませんねw
 本当に皆様のコメントと応援があってここまで続いています、本当にありがとうございました。

 余談ですが、乙女な加賀さんは筆者の勘違いから生まれた属性だったりします。wikiを見て“表には出さないが裏には激情を秘めてると”とあったのを勝手に解釈した結果ですが、実際はグイグイ攻める強気クールだったようですねw
 他の作者様の作品など目を通してキャラクターの勉強をしていますが、原作未プレイ故にちゃんと特徴を出せているのか不安になったりしています。
 もしも“アレ?”って思ったなら創作という事で見逃して頂ければ幸いです……。


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1: 50AEP 2019-12-09 21:31:36 ID: S:Mt3ZHZ

お待ちしておりました!

花火には鎮魂の意味合いも込められていますからね。

2: 50AEP 2019-12-09 21:34:32 ID: S:gjfflw

いつもながら、シリアスとギャグと日常がいい具合にミックスされていて続きが楽しみです!

3: りぷりぷ 2019-12-09 22:47:01 ID: S:fmlNiK

コメントありがとうございます!

作中の登場人物の意図を汲んで頂けるのは本当に嬉しいですねw
今回も応援よろしくお願いします!

4: tm_brother 2019-12-11 05:34:58 ID: S:jFufpm

うぉぉぉ!待ってました!
遂に鎮守府花火大会までのお話ですね!今後も楽しみにしてます!

物語上、修正必要そうな誤字を見つけたので、ご報告だけ…
1.神通が大本営に打診するように伝えた後、神通の強さを鈴木に教える場面。おそらく主語が鈴木→江口かと。
2.「欲に塗れた〜命令権を得る『地区』」
*最後の方です。

お身体に気をつけながら投稿頑張ってください!いつも楽しみにしてます!

5: りぷりぷ 2019-12-11 13:02:24 ID: S:GzdFOQ

ご報告ありがとうございます!
見直してはいますが、かなり見落としがちなのでとても助かります!

これからもマイペースに書いていきます〜っ!

6: SS好きの名無しさん 2019-12-25 17:20:30 ID: S:1-o4GC

次回の一航戦漫才期待ヽ(・∀・)ノ

7: りぷりぷ 2019-12-25 22:48:19 ID: S:d2Nmx4

コメントありがとうございます!

次回は普段とは立場が真逆なようです……?
年内に更新できるよう頑張ります!

8: SS好きの名無しさん 2019-12-29 15:39:12 ID: S:l4wyH8

青い一航戦の買い物デート編はあるのかな。あれば楽しみですね(*´ω`*)

9: りぷりぷ 2019-12-29 23:31:37 ID: S:SVwGEt

コメントありがとうございます!

一応お買い物デートは書くつもりです!
ただその前にちょっとした小話でお茶を濁そうかなと検討中です〜!

書き始めるのも恐らく年が明けてからになりますので、暫しお待ち下さい!

10: 斯波提督 2020-01-02 05:53:14 ID: S:ZmbhTl

新年明けましておめでとうございます

本年も楽しいお話を期待してます(^^)
お身体に気をつけて頑張ってく
ださい

11: りぷりぷ 2020-01-03 01:28:43 ID: S:pDkevf

斯波提督さん、コメントありがとうございます!

新年明けましておめでとうございます!
今年は妙に気温の変化が激しい気がしますので、風邪を引かぬ様にお互い気を付けて行きましょう!

更新はぼちぼち執筆し始めていますので、もう少々お待ちください!
予定としてはちょっとしたお茶濁しです!

12: 斯波提督 2020-01-24 00:05:39 ID: S:ulr1Hp

更新が待ちどうしいです

13: tm_brother 2020-02-23 01:53:16 ID: S:sP6Gw2

突然更新が止まってしまいましたが、何かあったのでしょうか…
近況報告だけでも頂ければ安心出来るのですが…差し出がましくてすいません。
更新待ってます

14: りぷりぷ 2020-03-01 19:55:38 ID: S:jUyAM6

ご無沙汰しております。
更新が止まってしまい本当にすいませんでした……。
実は年末年始にiPhoneのアプグレしたのですが、その際にコチラのアカウントにログイン出来なくなってしまい、解決出来ないまま仕事の方も忙しくなって来てスッカリ更新の事を忘れていました……。
一応、僅かながら書き留めた分もありますが、iPhoneでも全角空欄が入力出来るようになったので1から書き直しております。
更新はもう少しお待ち下さい。

15: 斯波提督 2020-03-07 00:16:51 ID: S:s0zVHL

更新楽しみに待ってます

16: りぷりぷ 2020-03-08 16:50:59 ID: S:x3iGSe

大変お待たせしてすいませんでした……!
次回は出来るだけ間が開かない様に心掛けます!

17: tm_brother 2020-03-10 05:06:06 ID: S:QWPdjn

あぁぁぁぁぁぁ更新されてるぅぅぅぅうぉぉおおお良かったぁぁぁあああああ!
待ってました!そして返信して頂いていたのに気づいていませんでした、すいません…
ログインの問題は面倒ですね…早くの解消を願っております。
そして!今回の!更新分!さすがとしか言えない程面白かったです!ずっとニヤニヤしながら読んでました笑
もう次回の更新が楽しみです!りぷりぷさんもお身体に気をつけて下さい!

18: りぷりぷ 2020-03-11 09:06:38 ID: S:ce-P1n

コメントありがとうございます〜!

ログイン問題は本当に原因が判らないだけに厄介ですね……、対策が出来るだけマシとも言えますが……。
今回の更新はサクッと読める様な短い話を繋げてみた感じの内容でしたが、面白いと言って頂けて本当に嬉しいですw
拙い文章ですが、これからも読んで頂ければと思います!

19: 50AEP 2020-03-13 22:11:15 ID: S:4ErcQS

お待ちしておりました!

加賀さんのポンコツぶりで大笑いさせていただきました!

20: ぴぃすう 2020-03-14 01:42:13 ID: S:one3ZN

はじめまして。いつも楽しく読ませていただいております。

加賀さんほか、提督LOVE勢が篠原さんに焦がれるにつれ思考がぽんこつになっていくのが微笑ましいですね!

ところで無精髭の篠原さん、バトル・クライでの吹雪のドラゴンスクリュー以降、私の脳内では闘魂三銃士時代の武藤敬司で再生されるのですが…どーしましょ(笑)

これからも楽しい日常編を期待しております。

21: りぷりぷ 2020-03-14 07:17:54 ID: S:KXZmqI

コメントありがとうございます!

>50AEPさん
加賀さん最初はシャキッとしてた気がするんですが、どうしてこうなったのか私にもよく分かっておりませんw

>ぴぃすうさん
初めまして! こんな拙い文章を読んで頂けて光栄に思います!
思考回路ポンコツなのはもう仕方ないですね、作者より頭の良いキャラは出せませんから(泣)

無精髭の篠原さんが武藤さんみたいだったら第六駆の子達、顔見ただけで号泣してますね……。
ただガチムチスキンヘッドのオッサンも個人的にアリだと思いますので、良いと思います‼︎(篠原さんフサフサですが)
因みに作者の脳内ではミリタリー系最強オッサン筆頭バイオのクリスさんの容姿で執筆しております。
銃が似合うオッサン良いですよね、オッサン!

22: ぴぃすう 2020-03-15 08:57:48 ID: S:lRTaVb

オッサン…良いですよね!激しく同意です( ̄▽ ̄)キリッ

朝にドアップで現れたら私も即座に張り倒す自信があります!多分グーで(笑)

なるほどクリスさんですか!これは脳内修正せねば!しかし武藤さんはキャラ強すぎる…果たして僕勝てるかなぁ?(笑)


23: りぷりぷ 2020-03-15 11:14:34 ID: S:qo7OpT

コメントありがとうございます!

オッサンは良いものです……、ダンディズム溢れるロマンを感じます。
年齢もあって現実的な設定盛れるし最高ですね‼︎

一応、脳内でクリスと言いましたが、彼は登場作品毎に別人レベルで容姿が変わっているので最終的にはご想像にお任せ致しますw
私の脳内でも推しのゲームキャラがクリスだったからと言うのが大きいですからね(特にピアーズと組んだ時のストーリーとか)
ただ武藤さんは絵面が面白過ぎるので真面目なシーンが作者的に心配でなりませんw

余談ですが、主人公のスペックとか割りと細かく考えているものの、発言の根拠の為に物語でザックリ語られる位に留めて行くつもりです。
設定について想像に困ったら『ぼくのかんがえた最強の自衛隊員』って事で手を打ってくださいwww

24: SS好きの名無しさん 2020-04-06 20:23:21 ID: S:fca5_X

更新されてたぁ(゜ロ゜;ノ)ノ
遅くなりましたが、続きを書いて下さいまして、ありがとうございます。
何時もながら、本当に面白いヽ(・∀・)ノ
これからも、頑張って下さいね。楽しみにしてます(*´∀`)

25: りぷりぷ 2020-04-07 21:13:35 ID: S:9JMXk3

コメントありがとうございます!
此方こそこんな文章に目を通して頂けてとても嬉しいです!
続編もぼちぼち書き始めると思うので、その時はまたよろしくお願いします!


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