信義と共に 2
パート2です。初見の方は前作からお願い致します。
完結しました。
最初から
◇
美しい横一列を保ちながら滑走する5台の水上オートバイは白い尾を引きながら真っ直ぐと敵艦隊へ突撃する。
隊員の1人が警鐘を鳴らす。
「敵艦載機、確認!」
前方に捉えた5つ黒から、塵が巻き上がるように無数の点が浮かび上がり、篠原率いる部隊へと放たれていた。
艦娘達は今まさに危機迫らんとする背中を、今回は隊列を崩す事なく見守っている。
彼女達も学び、研ぎ澄まされたのだ。
駆逐艦を前列に7隻、その背後に軽巡が3隻、またその後ろに重巡と戦艦が4隻並び、最後列には軽空母と空母3隻が列を作っている。
そして潜水艦2隻は遊撃に回り、可能な限り敵艦隊へと接近を試みている。
ひな壇の様に並ぶ艦娘達は歩幅を合わせゆっくりと前へと前進を始めていた。
敵艦隊が放つ無数の黒点がいよいよ明確な形を帯び、やがて羽根のない流線形のボディーを一部緑色に発光させた姿が目に映り、その姿を見た隊員は叫んだ。
「兵装確認……、爆撃です!」
その言葉に、篠原は指示を出す。
「纏めて薙ぎ払うつもりか……。引き付けるぞ‼︎」
迫り来る爆撃機を前に、篠原達は猛進を続ける。
禍々しい爆撃機がより明確になるにつれ、焦れったい気持ちが込み上げた。
隊員達は黙ったまま、ただ篠原の指示を待ち、篠原は頑なに爆撃機の群れを睨み付ける。
「堪えろ……」
篠原は言い聞かせるようにその言葉を繰り返した。
爆弾を抱えさせたまま、あの艦爆を通過させる訳には行かない。
そして遂に、艦爆が目の前に迫り掛け、爆弾が投下された瞬間、篠原は声を張り上げた。
「右へ薙ぎ払えぇぇーーッ‼︎」
横一列に並んだ右端から順に減速を始め旋回を繰り出し、並ぶ水上オートバイは直線を保ちドアの軌道を描きながら艦爆の進路から直角に進路を変えた。
次の瞬間、雹の様に振り落とされる爆弾が篠原達の背後を掠めた。
しかし土砂の様に海面を叩くばかりで爆発は一切聞こえては来なかった。
間一髪であるが、見事に爆撃の雨から逃げ果せたのだ。
その光景に、艦娘達も唖然と口を開き、神通も食い入る様にその光景を目に焼き付けていた。
「恐ろしい程の練度……」
「やばいね……」
だが、篠原達はまだ危機を抜け切っていない。
隊員が叫ぶ。
「第2巡、来ます‼︎」
艦載機は爆撃機だけでは無い、機銃を使った攻撃機もあるのだ。
蜂の如く飛び交い、纏わり付き、必殺を繰り出す深海棲艦の攻撃機は、篠原達にとって天敵とも言える相手だ。
「縦列ッ‼︎」
篠原のその言葉を合図に、横一列は両端から抜け落ちて篠原の背後に回った。
「後方へ引き寄せろ!」
そう言って篠原達は、艦娘達の方へ滑走し始めた。
囮が敵を味方に誘き寄せるなど本末転倒に見えるが、今回は“艦娘達が協力している”と言う前回とは比較にならないアドバンテージがあった。
最高速を出し、一直線を描きながら艦娘が待ち構える方へと突き進む。
攻撃機の大群はまるで竜の影を真似た様な動きを見せ、篠原達を食らいつかんとしている。
水上オートバイがどんなに速くても、空を行く相手には敵わず、とうとう射程内に捉えられた。
機銃による弾幕が押し寄せる。
「がァッ⁉︎」
最後尾を走る隊員の1人が胸を貫かれた。
「ロバート……⁉︎」
通信機越しに聞こえた悲鳴に、篠原はその声の持ち主の名を口にした。
彼は紛争地域で仲間となった一員であったが、その身体は力無く傾き始めた。
そして、時速100kmを越える水上オートバイから振り落とされたロバートは、水切り石の様に何度も海面を跳ねて沈んでいった。
彼の乗る水上オートバイの運転を担っていた隊員は、咄嗟に伸ばして何も掴めなかった手を恨めしそうに睨み、その手で自分の太腿を殴り付けていた。
「クソがぁぁぁッ‼︎」
篠原は叫んだ。しかし、状況が変わる訳ではない。
後方に迫る大群が更に押し寄せて来ている。
そして間も無く、篠原は声を張り上げた。
「転回せよ!」
同時に身体ごと船体を大きく傾け、急旋回、180度ターンを繰り出した。
後続の水上オートバイも篠原を僅かに追い抜き180度ターンを繰り出し、その更に後続もそれに続いて180度ターンを繰り返した。
結果、先端を持って振った紐の慣性をそのまま描いた軌跡を描きながら、敵攻撃機の群れの真横を入れ違いにすり抜けたのだ。
通過を切り替えた篠原は叫ぶ。
「対空一斉射ァーーッ‼︎」
その言葉に、艦娘達は砲を空へと向ける。
「対空射撃、よーい!」
「てぇーーーーっ‼︎」
篠原達を追い掛けた攻撃機群の軌跡は直線から折れ曲がり半円を描く。
それはつまり、部分的に密度の高い空間を作り出してしまった訳だ。
空中に浮かぶ黒と緑の塊に三式弾が炸裂し、更に圧倒的な弾幕で掻き混ぜられた。
まるで煙を仰ぐ様に散らされた敵攻撃機はことごとくが撃墜されて行く。
篠原は更に叫ぶ。
「加賀、赤城、鳳翔……っ‼︎」
必死の余り敬称が抜かれていたが、三人は応えた。
「ここは譲れません」
「艦載機の皆さん、用意はいい?」
「2人とも、呼吸を合わせてくださいね?」
三人は同時に弓を構え矢をつがえ、空へと射ち放った。
放たれた矢は無数の艦載機へと姿を変え、篠原達の後を追い掛ける。
「制空権は確実、連撃を仕掛けるッ‼︎」
篠原の言葉に、艦娘達は隊列を為して前進を早めた。
敵艦載機の数をこそぎ落としてからの味方艦載機群は篠原達の頭上を過ぎ去り、やがて敵艦隊へと差し迫った。
3隻の敵戦艦の対空砲火に対して多過ぎる艦載機群は数を僅かに減らしながらも爆撃と掃射を重ね、爆発に爆発が重なり爆炎の渦が巻き上げられ雷鳴に似た轟音を辺り一面に響かせた。
その光景を見、背中の軽くなった隊員の1人が笑い声を上げた。
「アーハッハッハッ‼︎ ザマーミロだクソがぁぁッ‼︎」
パートナーを失った彼はさも愉快げに笑うが、また別の1人の声が表情を変えさせた。
「いや……、損傷、軽微……?」
前方には黒煙に忽然と浮かび上がる五つの影。
制空権確保した上での全力攻撃を前に、敵艦隊は一隻足りとも欠けては居なかったのだ。
「化け物か……っ、横須賀を破ったとは言え、これ程の……」
篠原はそう言って顔を顰めさせ、空襲を行った3名もまた驚愕に目を見開いていた。
「嘘……、そんな……⁉︎」
「なんて硬さなの……」
「ああっ……、提督っ、皆様……どうか、どうかご無事で……!」
想定を遥かに越える耐久を見せた敵艦隊を前に愕然とする最中、篠原は声を飛ばした。
「まだだッ‼︎ 我々が次を繋ぐ! その為にここにいる!」
間も無く、隊員の1人が声を上げた。
「敵砲撃、来ます‼︎」
「怯むな! まだ距離が遠いッ‼︎」
篠原達は降り注ぐ砲弾の雨に突入した。
たった3隻による砲撃は、それでもたった1発が海面を大きく削り取るほど。前回とは比較にならない桁違いの火力を醸し出している。
付近の水を掻き回させ、篠原達は水上オートバイから振り落とされまいとしがみ付いた。
だが、直線を描く隊列のすぐ横に降り注いだ砲弾が海面を掘り下げ、彼等の足元を掬い上げたのだ。
時速100kmを越える速度で歪に盛り上げられた海の断面に水上オートバイは先端を掴まれ縦回転しながら弾き飛ばされ、同時に投げ出された2名の隊員は声も発せぬまま海面に叩き付けられる。
篠原の頭上を持ち主の居ない水上オートバイが突き抜け、前の海に刺さり炎上を始めた。
その光景を目前に歯を食いしばり耐える篠原は、蹂躙されて行く事実を踏み付け声を張る。
「〜〜っ! 機銃っ、掃射来るぞぉぉッ‼︎ 征くぞ我等がなしの礫隊ッ‼︎」
4台となった水上オートバイの部隊は、間も無く迫るであろう至近弾に備え始めた。
その無謀とも取れる背中を艦娘達は食い入るように見つめ、頬に涙を伝せながらも全貌を眼に焼き付けようと刮目している。
「目を逸らしちゃダメ……! 私達の為、私達に繋げるために提督達は……ッ‼︎」
「逸らしません!……この光景は私達の恥、そして彼等の誉れ。絶対に、絶対に……っ」
命を散らし始めた彼等が謳うは、“なしの礫隊”。
投げられた小石は返ってこない。返事もない。
この光景こそが、その名の由来を物語る。
だが侮るなかれ、その礫石は、必ず布石と変わるだろう。
何故なら艦娘達がそうさせるからだ。
至近弾を蛇行で捌く篠原率いる部隊が、船体を撃ち抜かれ、また一台の水上オートバイが炎上した時、時は満ちたと、篠原は涙を散らして声を振り絞った。
「今だぁぁぁッ‼︎」
彼は何をとは言わないが、艦娘達には伝わっていた。
「魚雷装填、よーいっ‼︎」
彼女達が作り出したひな壇は、艦種毎の射程を計算し導き出した四列の並び。
駆逐艦と軽巡洋艦、潜水艦は一斉に魚雷を解き放つ。
「はなてぇーーッ‼︎」
夥しい量の雷跡が白い筋をつくり直進し始める。
「主砲よーーいっ!」
言葉を合わせ、艦娘達は一斉に砲を構える。
周囲の空気を赤く染めた深海棲艦の顔を目視出来る距離まで来ていた篠原は雷跡を引き付け叫ぶ。
「散開ッ‼︎」
一気に左右に別れ散らばった水上オートバイが開けた道に、雷跡が殺到する。
その圧倒的物量に深海棲艦も回避行動をとるが、広角より点に向け放射線状に並んだ雷跡はやがて交差し、敵目前で扇状に広がり始める。
「撃てぇぇぇーーッ‼︎」
更に篠原は叫び、艦娘達は応えた。
無数の砲身から打ち出された砲弾は、上空に密集し一本の滝となり敵艦隊へと降り注いだ。
同時に、魚雷群が一斉に起爆。
臨界を超えた爆轟が衝撃波を伴い海原に真円を描きながら駆け抜け、その上を高密度の砲弾の束が被さり、大気が張り裂ける悲鳴が轟く。
それは、篠原達と艦娘達の決して相容れぬ部分が尊重されあった結果に編み出された、一つの究極。
遠距離からの雷撃、それを隠す篠原達が導き出した瞬間の合図、全ての熱量を一点に集中させる、多重奏攻撃。
どんなに堅い連中でも跡形も無く消し飛ばすだろうと全員が確信していた。
だが、その事を嘲笑うかの様に脅威は立ちはだかる。
空高く巻き上げられた海水が雨のように降り注ぐ中、無惨な塊と化したヲ級を片手に、獰猛な笑みで赤色の眼光を迸らせるレ級が、立っていたのだ。
「キヒヒッ♪ キヒヒヒッ♪」
レ級は盾にしたであろうヲ級の残骸を放り投げると、楽しげに口を三日月の形に吊り上げ、爛々と眼を赤く輝かせる。
“やっと愉しくなってきた”と悦び震えている様にも見えた。
篠原はレ級の計り知れぬ恐怖を浴び、戦慄する。
「バカ……な……」
艦娘達と篠原達の、紛う事なき全身全霊の総攻撃だった筈。
しかしレ級は僅かに傷付いた程度で、より一層の無邪気な悪意を撒き散らしている。
艦娘達も愕然と膝をつき、こうべを垂らす。
「そんな……、こんなのって……」
「まだ、足らないの……? か、勝てっこないよ……無理だよぉ……」
口々に飛び出す敗北の言葉は色濃く、屈辱と悲壮と絶望に支配されていく。
絶対強者を前にして“敵う筈が無い”と心を軋ませた。
やがてヒビが入り、心が折れる直前に彼は叫んだ。
「……微かだがダメージは通った‼︎ もう一度、もう一度仕掛けるッ‼︎」
篠原の叫び声を耳に、艦娘達は再び前を向いた。
あの隊員達は仲間を半分失いながら、最前列で現実を突き付けられながらも、まだまだ闘志を滾らせているようであった。
「艦娘達に眼を向けさせるなッ‼︎ 銃を構えろ!」
篠原の言葉に隊員達はサブマシンガンのMP5を片手に構え、レ級に銃口を向ける。
「射撃開始ッ‼︎」
合図に一斉射撃が行われ、低く小さな銃声を幾重にも重ねながら銃弾がレ級目掛け放たれた。
軽量かつ低反動のサブマシンガンは片手でも大雑把な狙撃は容易なのだ。
しかし銃弾はレ級の身体に触れた途端気泡の様に弾けて消し飛ぶ。豆鉄砲は愚か、当たった感触すら伝わっていないのかと考える程、粗末な有様だ。
深海棲艦に兵器の類は効かないのだ。
しかし、鬱陶しい羽虫程度には思われているのかもしれない。
レ級は口の裂けた笑顔のままゆっくりと篠原達へ顔を向けていた。
その光景を見ていた加賀は、震え始めていた自分の足を殴り付け、歯を食いしばりながら奮い立たせた。
「艦載機達……お願い……!」
立ち上がり、再び弓をつがえる加賀の姿を見て、赤城も鳳翔も習い始めた。
「今こそ……、一航戦の誇りを見せる時……!」
「提督が諦めていないのに、その艦娘が膝を付くなど……あってはならない事」
触発された艦娘達は次々と立ち上がり、再び闘志を燃やし始める。
「みんな、もう一度よ。私達の艦載機達が足止めをするわ。その時にもう一度ありったけの弾をお見舞いしてあげて」
その言葉を合図に、再び艦娘達の砲が構えられた。
加賀は赤城、鳳翔と並び張り詰めた弓を弾く。
「お願い……、届いて!」
再び一斉に放たれた艦載機は群れをなしてレ級に向かい飛び立った。
切実な想いを託された翼は果敢に舞い上がり空へと駆ける。
その翼は隊員達の目にも頼もしく見えた筈だ。
「味方艦載機、来ます!」
「よし……! 進路を開けるぞッ‼︎」
水上オートバイは船体を傾けレ級から距離を置き始めた。
だが、その時、レ級も動き出していた。
レ級は艦載機の群れを一目見るとニヤリと笑い、禍々しい尻尾の先に付いた口を開かせ、夥しい量の艦載機が列を成して吐き出された。
篠原はその異様な光景に眼を見開く。
「な、何だと……、奴は……最初の攻撃には加わっていなかった……⁉︎ 手を抜いて、様子を見ていたとでも言いたいのか⁉︎」
レ級の生み出した艦載機は艦娘3名の量と同等か、もしくはそれ以上と思われた。
レ級は自ら生み出した艦載機の様子を楽しげに見て笑っている。
「キヒヒッ♪」
敵と味方の艦載機は黒雲の下で入り乱れ激しい航空戦が始まっていた。
空を何度も火炎色に照らし、次々と撃ち落とされていく艦載機は、あろう事か加賀達が放つ艦載機が押し負けつつあった。
たった1隻が放つ艦載機が、3隻の放つ艦載機に優勢を勝ち取ったのだ。
「なんて、こと……」
加賀達はそれ以上何も口に出来ずにいた。
そして篠原達に矛先を向ける攻撃機を見た吹雪が叫んだ。
「だ、ダメ……、み、みんな! アレを撃ち落とさないと……‼︎」
「行くわよ吹雪……! みんな、最大戦速ッ! タービンネジ切れても止まるんじゃないわよ!」
彼等の窮地は明白であり、しかし対空砲の射程には余りにも離れていた。
足の速い駆逐艦は一斉に速力をあげ突き進み始めた。
だが獲物を見つけたレ級の動きは早く、蛇行で攻撃機の機銃を躱す篠原達の進路を予測して主砲を放った。
捉え切れない速度ならば、別に当てなくてもいい。
海の上を滑るのだから、海ごと巻き込めばいい。
レ級にはそれが出来るようだ。
「ん、なッ⁉︎」
砲弾が飛び込み急激に陥没した海面が篠原達の目前に現れた。
篠原は穴を飛び越えやり過ごすも、瞬く間に形状を歪ませる海面に後続の水上オートバイは二台とも飲み込まれ、バランスを失った隊員達が海へと投げ出された。
その光景をサイドミラー越しに見ていた篠原は唸り声をあげ、ただ感情を剥き出した。
「あぁぁぁぁッ‼︎ よくも、よくもよくもぉぉッ‼︎」
背後に跨る神崎はそんな篠原に自制を促す。
「落ち着け隊長っ! どうせ、また会える!」
「……っ、そうか、そうだな……。 その通りだ!」
どこで会えるかまでは言わない神崎だったが、篠原は何となく察した。
そこに向かうべき時は、自分にも間も無く訪れるのだろう。
しかし、ここでひょんな声が上がった。
「あ、やっちまったわぁ……」
「どうした神崎」
篠原の問い掛けに、神崎は篠原の顔の横から握り拳を前に差し出した。
「隊長、これ……」
「お、おい……、お前……」
篠原が何か言い出す前に握り拳は開かれ、中から千切れたチェーンに絡まった何かが落下し始めた。
篠原は急ぎ掬い取り、目の前に翳して見ると、言葉を失った。
「神崎……、お前はッ⁉︎」
「悪りぃなぁ……撃たれちまったみてぇだ。先、逝くわぁ……」
振り返れば、攻撃機にやられたのか口から血が流れ、身体に無数の弾痕を刻まれ、今まさに倒れようとする神崎の姿が視界に飛び込んだ。
忘れていた訳では無かったが、部隊は攻撃機に追われていたのだ。
篠原が手を伸ばそうとした瞬間、神崎は「よせ」と言わんばかりに自ら身を投げ出した。
海面を転がるようにして沈んで行く神崎の姿に、篠原は名前を叫んだ。
「神崎ィィィィィーーーーッ‼︎」
これが一方的な蹂躙。
レ級に弄ばれる様にして毟り取られた命は、残すは篠原のみとなった。
レ級はそんな篠原を眺めてただ嗤う。
「キヒッ、キヒヒッ、キャハハハッ♪」
玩具で遊んで楽しかったと言う様な、無邪気な悪意が満ちた笑い声。
そして篠原はアクセルを離し自然停止した水上オートバイの上で、気抜けした様にぼんやりと手のひらを眺めていた。
銀に輝く血濡れたドックタグが手のひらの上に置かれて、皺に沿って赤を伝播させる様を眺めながらゆっくりと口を開いた。
「神崎、お前はこれで俺に何か託したつもりなのか……?」
篠原は強くドックタグを握り締め瞳を閉じ、何か唱えるように呟き始める。
「俺とお前は同期の桜。 一会に咲くのが花ならば、一会に散るのが運命だろう? 水臭いじゃないか……」
そして瞼を開けた時、決意に煌めく瞳が現れた。
「待っていろ、すぐに逝く」
篠原はレ級と向かい合った。
駆け付けようとする艦娘達は、篠原がこれから何をするのか分かったのだろう。
何をしても歯が立たない化け物を相手に、仲間を全て失った篠原が、何を感じたのか。
「司令官さん! ダメなのですッ‼︎」
「司令官、逃げてください……! 逃げて……、逃げろって……、早く逃げろぉぉぉぉッ‼︎」
先頭を行く電と吹雪の叫び声も虚しく、水上オートバイは急加速を始め猪突猛進の勢いで距離を詰め始めた。
レ級はその行動の意味も判ろうともせず、ただ面白おかしく禍々しい尻尾の砲を向けた。
「キヒヒヒッ!」
不気味な笑い声と共に吐き出された砲弾は、真っ直ぐに水上オートバイ目掛け突き進んだ。
その瞬間、艦娘達は喉が張り裂けんばかりに彼の名を叫んだ。
だがこの窮地で、艦娘達は篠原の異常とも言える執念を垣間見る事になったのだ。
もう弾が届く、その刹那。怒声が響き渡る。
「舐めるなぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ‼︎」
弾が当たる瞬間、篠原は跳躍し、爆ぜる水上オートバイを背にレ級へと飛び掛かった。
そして空中で背中からマチェットを引き抜くと、レ級のすぐ目の前へと飛来する。
「うおああああああああッ‼︎」
より一層の声量をあげ、篠原の足は水面を踏み抜いた。
尋常ならざる勢いと、鍛え抜かれた脚による踏み込みは海の液体を刹那の鋼鉄へと変貌させた。
マチェットを両手に顔の横で構え中腰、刹那の鋼となった海面を踏み込み、身体は前に蹴り出し、全身全霊の力で袈裟に刃を振り落とした。
「はあぁぁぁーーーーッ‼︎」
刃の軌道は完璧にレ級を捉えていた。
ーー斬った。
誰もがそう思った。
レ級を斬り抜けた篠原の身体は、勢いを殺す事も出来ず海面に水切り石のように何度も叩き付けられ飛ばされて行く。
レ級からは笑顔が消え去り、“斬られた”と錯覚した胸を撫でながら自分の身体を確認していた。
切傷も何も見当たらない青白い肌だったが、しばらく呆然と立ち尽くした後に、やがて怒りに顔歪ませ始めた。
レ級はあの瞬間、迫り来る刃が自分には効かないと知りながら確かに“恐怖”したのだ。
“雑魚の分際で”と苛立ちが見て取れる表情で、レ級は遠くに浮かぶ篠原の身体を睨み付けた。
全身を強打し動けなくなった篠原は、仰向けで海に浮かんでいた。
そして仰ぐ様に空を見て何故か微笑を浮かべていたのだ。
薄れ行く意識の中で、彼は言った。
「……勝っ、……た……」
視線の先をゆく、黒雲の下を飛ぶ、妖精がぶら下がった小さな偵察機。
彼はその偵察機の行方を目で追いながら何かを祈り、そのまま意識を手放した。
何故、艦娘達は篠原に追い付けなかったのか。
それは彼が、故意か無意識か、沖へとレ級を誘導していたからだ。
本土から少しでも脅威を遠ざけようと、艦娘に被害が行かぬようにと。
ここに来て、投げられた礫は布石と変わる。
はるか遠方の水平線から、声が響く。
「着弾観測射撃、よーーーいっ‼︎」
「てぇーーーーッ‼︎」
遥か上空から飛来する砲弾が、レ級の周りに降り注いだ。
その砲弾が海を穿ち水柱を巻き上げる。
レ級は鬱陶しそうに水を払いながら、飛んできた方角へと顔を向けた。
水平線から新たな12隻の艦娘達が押し寄せてきている。
そして背後には18隻の篠原率いる艦娘達が、今まさにレ級を射抜こうと砲を向けていた。
「キヒッ……」
せめてコイツだけは、と、レ級は浮かぶ篠原に近寄り、その首を掴み上げた。
だらんと力の抜けた篠原の身体はされるがままに海から引きずり出され、首根っこを掴み天に掲ぐように持ち上げられる。
見せしめだ、そう言わんばかりにレ級は尻尾の砲を篠原に突き付けた。
艦娘達は最悪な未来を予想し叫び出す。
「やめてぇぇぇぇーーーーッ‼︎」
その光景に、これが見たかったと言わんばかりにレ級は再び三日月に口を歪めた。
わざと勿体ぶらせ、反応を楽しみながら嘲笑う。
「提督を放せ! なのねッ‼︎」
その言葉が響いた瞬間、伊19が海中から急浮上しレ級に向け体当たりを敢行した。
レ級はよろめき、手から篠原が放された。
「て、提督、しっかりするでち!」
海面に落ちた篠原を伊58が拾い上げ、その場を必死に離れようと泳ぎだした。
邪魔をされたレ級は今度は伊19に矛先を向け、禍々しい尻尾をムチの様にしならせ叩き付ける。
「ぎゃっ⁉︎」
直撃した伊19は身体を軋ませながら弾き飛ばされた。
しかし、すぐに起き上がり、痛みを堪えその場で潜水を始め姿を隠した。彼女の役目は終わったからだ。
レ級はその様子を詰まらなそうに見ていたが、振り向いてまた口を歪めていた。
どうやっても姿を隠せない潜水艦がいる。
レ級は隠れた伊19よりも、そちらの方が気掛かりだったようだ。
伊58はその事に気付き、篠原の腕を肩に回しながら必死の形相で泳ぎ続ける。
「ぜっ、絶対離さないでち! 離さないでちっ‼︎」
生きているかも判らない篠原を運ぶ姿は、レ級にとって滑稽だったであろう。
「キヒヒッ♪」
レ級はその無防備な背中へ砲を向けた。
篠原の身体は力が抜けて重く、彼を抱えたまま潜水など出来るはずもない。
避ける術を持たない伊58は、背後から伝わる強烈な殺気を感じ取り、戦慄する。
だが、篠原を助けたいと思う者は、艦娘達だけでは無かった様だ。
『30mm機関砲、ファイヤッ‼︎』
突如、壮絶な弾幕がレ級に殺到し、足元から巻き上げられた海水により身体が包まれた。
何事かと伊58は空を見上げると、そこには陸上自衛隊の戦闘ヘリコプターの姿があったのだ。
下部に付けられた機関砲が火を吹き上げ、レ級に鬼の様な銃弾の雨を注ぎ続けている。
無論、通用などしないが、とにかく脚を止める為だろう。
鬱陶しそうにしながらレ級はヘリに向け砲を放つが、旋回撃ちを始めたヘリは高速移動を繰り出し、砲弾は虚しく空を割くばかり。
ヘリは高度を保ち高速旋回を行い、至近弾を何発か身に受けながらも、砲撃だけは躱し続け、絶え間無い射撃を続けている。
伊58は今のうちにと、泳ぎを再開するも間も無く、別のヘリが頭上に飛来して来た。
ヤケに威勢の良いパイロットの声が響く。
《死なせねぇぞ篠原ぁ! 気張れやぁ!》
今度は海上自衛隊の救護ヘリだ。
頭上をホバリングするヘリからロープを括った隊員が海に飛び降りて来たので、伊58はすぐに篠原の身体を預けに向かった。
「は、早く安全な所に届けてくだち! お願いでち!」
「はっ! 我々はその為に参上しました!」
隊員はそう言いながら、篠原の身体にロープを括ると、そのままヘリは上昇を始め救護隊員と篠原の身体は海から空へと引っ張り出されて行った。
瞳に涙を浮かべる伊58が、離脱を始めるヘリを見送りながら祈る様に呟く。
「沢山愛されてるでち……、だから絶対死んじゃダメでちよ……」
一方レ級はそのヘリを睨み付け、再び苛立ちを表情で表した。
攻撃機さえ残っていればヘリコプターもただの的でしかなかったが、今はそれも無く、ただ睨むしか出来なかったのだ。
伊58が潜水したのと同時に、黒煙が吹き始めた戦闘ヘリは、急上昇してその場を高速離脱し始めた。
援軍として連合艦隊を率いた長門は、その瞬間を待っていた。
「今だッ‼︎ 全主砲一斉射!この長門に続けぇ!」
横須賀鎮守府の主力部隊による砲撃がレ級に襲い掛かる。
そして篠原の艦娘達もその時を待ち構えていたようだ。
「みんな用意はいい? てぇーーーーッ‼︎」
挟み撃ちによる砲弾の嵐は、レ級の装甲を掠め取っていくようだ。
篠原に時間をかけ過ぎたレ級は顔を屈辱に歪めながら、その場から離れようと撤退を始める。
その様子を見た長門は叫ぶ。
「絶対に逃がすなぁ! 追撃する!」
しかし、足並みを揃えた艦娘達よりも、レ級単体の速力の方が上回っていた。
追撃も虚しく徐々に距離を離された結果、遂に姿を見失う事になってしまった。
それでも撃退に成功し、艦娘達は誰一人欠ける事無く勝利を収めたのだ。
間も無く、安全が確保されたその場に多くの自衛隊員が駆け付け、複合艇と呼ばれるゴムボートや救護ヘリにより、勝利へと繋いだ男達の捜索と救出が始められた。
周囲の警護を名乗り出た艦娘達は、その光景を見守り、引き上げられていく男が見つかる度に一筋に無事を祈り始めた。
徐々に黒雲が溶けて消え去り、美しい夕暮れが海面を赤に染めて行くなかで、山城は言った。
「彼等が居なければ……、私達は、きっと……」
その言葉に、長門は山城の横へと向かった。
「この長門率いる連合艦隊の砲撃を受けながら逃げ果せた相手だ……。山城、皆も、よく持ち堪えた」
「“囮は不要”と言っておきながら……、この体たらく……無様だわ……」
「今は生存を誇れ、それが彼等の誉れとなる……!」
こうして、緊急防衛戦は幕を閉じた。
脅威的個体に対し、完全防衛を果たし勝利を収めた艦娘達であったが、その事に浮かれる事も無く皆表情を暗くしていた。
◇
あれから3日。
総合病院の最上階に位置する広い個室の中で、ベッドに寝かせられた篠原は、夢を見ていた。
まだ平和だった頃の日本が舞台だった。
そこには、28人もの部下が居た。
外国人の顔も多く、『日本の料理を食わせてやる』と帰省する時に連れてきた、紛争地域で共に戦った仲間達だった。
寿司屋を贅沢に貸し切ってご馳走したら、舌鼓を打って喜んでくれたのを覚えている。
焼肉屋にも連れて行った。
紛争地域で上等な肉は、なかなか有り付けないからだ。
神崎がカルビを食べ過ぎて胃もたれを起こしていたような。
城が見たいと外国人の部下が言った。
京都に連れて行ったら、はしゃぎ過ぎてガイドの手を煩わせてしまったものだ。
木刀を買って喜ぶ大人をその時初めて見た気がした。
他にも色々な場所を巡った。
本当に楽しい休暇だった。
そして奴等が現れた。
部下達を引き連れて海辺の街へ行けば地獄が広がっていた。
燃え盛る街、逃げ惑う人々、我々はすぐに行動に移した。
黒い化け物は海の上に居た。
我々は数が用意出来る、水上バイクレンタルの店に駆け込み、無人となっていた店内から鍵を失敬して海に駆け出した。
黒い化け物には全く歯が立たなかった。
その時既に5人が死んだ。
今度は別の街から火の手が上がった。
鳥の様に飛び交いながら攻撃を行い街を燃やす小さなソレを、当時の我々は“攻撃ドローン”と呼んでいた。
でかいクラゲのような帽子をした人型の化け物が放つ攻撃ドローンは、仲間を13人殺していった。
今度は、笑っているレ級がいる。
化け物の顔を付けた尻尾が、美味そうに何かをボリボリ噛み砕いている。
よく見れば、ソレは人の形をしていた。
ーー喰われている奴の顔は見たことがあるぞ。
ーーやめろ。 やめてくれ。
ーーソレだけは 喰わないでくれ
ーー頼む 頼むよ……
ーーやめ
「やめろぉぉぉぉぉーーーーッ‼︎」
篠原は叫びながら目を覚ました。
全身から滝のように汗を流し、呼吸を荒くして肩を揺らしている。
「はぁっ……、はぁ……」
篠原は辺りを見回し、自分が病院にいる事に気付くと、再びベッドに倒れ込んだ。
時刻は夜だろうか、閉じ切ったカーテンの隙間から見える窓の景色には、星空が透けて見えている。
篠原はナースコールを押すと、小さく息を吸った。
「生き残って……しまったか……」
翌朝、篠原は医者の説明を受けていた。
神の気まぐれか、時速100km以上の速度で海面に叩き付けられた筈の篠原の身体は、全身打撲と捻挫だけで命に別状は無かった。
篠原は一番聞きたかった事を訪ねた。
「ほ……、他のみんなは……? 私の部下達も……運び込まれた筈です……」
医者は、俯向きながら口を開いた。
「目を覚ましたのは、貴方だけです……」
その言葉に、勢い良く席を立った篠原は目を見開き、何かを言い掛けるとワナワナと震え始めた。
そして苦しそうに何かを飲み込むと、息を吐きながら席に座った。
「……何故、私だけが……」
「申し訳ありません……。貴方が一番……救援が早かった、間にあわせる事が出来たとしか……」
海上で気を失い、呼吸が出来ない状態に陥った場合、残された猶予は僅か30分程度。
医者が言っていた事は正しく、篠原は間に合ったのひと言に尽きる。
その後の篠原は3日間の検査入院でも特に異常は見られず、無事退院する事になった。
入院中は、大本営や自衛隊の面々が見舞いに訪れ、その全員が篠原の生存を祝福し、励ましの言葉を送っていた。
その後、篠原はタクシーを呼び自分の鎮守府へと向かった。
タクシーは鎮守府の門の前で止まり、篠原はゆっくりとその地に足を付けた。
「司令官さぁぁぁぁぁーーん‼︎」
「うがぁッ⁉︎」
刹那、ロケットの如く突っ込んで来た電により再び車内に押し飛ばされた。
タクシーの運転手が唖然とする中、電は篠原の胸にぐりぐりと顔を押し付けていた。
「良かったのですぅ……、良かったよぉぉお!」
「電君……、お出迎えありがとうな。でも乗降中に飛び込むのは頂けないぞ?」
感涙を流す電を何とか抱え込み、篠原は運転手に一言詫びながら再びタクシーを降りた。
しかし今度は吹雪が目前にまで迫っていた。
「司令かぁぁぁーーんッ‼︎」
「おいやめッ⁉︎」
「はぎゃっ⁉︎」
構わず吹雪は飛び込み、電を巻き込みながら篠原を座席に押し倒した。
二度目は無いだろうと油断していた運転手は思わず二度見していた。
「遅いです……、心配したんですから……」
「ありがとう、吹雪君……。だけど危ないから乗降中の人に飛び込んではいけない」
「く、苦しいのです……」
しばらくそのままだったが、サンドイッチにされた電がカエルの様に呻き出すと、吹雪は慌てて飛び退いた。
「い、電ちゃん⁉︎ ご、ごめんなさい!」
「大丈夫なのです……。でも突進される側の気持ちがわかったのです……」
「電君は突進した自覚はあったんだな?」
篠原は今度こそタクシーから降りると、動き出したタクシーを見送った。
「……吹雪君、他のみんなは?」
「食堂に集まってますよ! 退院祝いの沢山の料理も待っています!」
「ほほう……それは楽しみだな」
「はい!」
篠原は歩き出し、吹雪もニコニコとその隣を歩き出した。
乗り遅れた電は慌てて後を追い掛ける。
「はわわ、置いていかないで欲しいのですー!」
篠原に駆け寄った電は吹雪とは反対側の服の袖を掴み、並んで歩き始めた。
「司令官さん……、こうして一緒に歩ける事が、こんなにたくさん嬉しい事だったのですね。 知らなかったのです……」
「……そうだな。 そう思ってくれるなら……、彼等も……」
「司令官……やっぱり……」
立ち止まった篠原は辛そうな顔をし、電と吹雪もまた悲しげに眉を落としていた。
犠牲によって、今の日常があることを誰よりも知っているからだ。
だが篠原は、すぐに顔をあげると笑ってみせた。
「私は誇るぞ、この日常を……。 行こう、吹雪君、電君」
そう言って、篠原は気丈に歩き出した。
吹雪と電もそれに習い歩き始める。
それから食堂に歓喜の声が響いたのは、もう間も無くの事だった。
◇
食堂に行くと、ご馳走がテーブルに並べられ、そこで待ち受けていた艦娘は篠原が入室すると共に、大きな歓声をあげて出迎えた。
涙を流す者、身体で喜びを表現する者、駆け寄って抱き締めようとする者、皆それぞれの反応であったが、篠原の帰還を心より待ち望んでいたのは皆同じ。
その後は祝賀会が開かれた、篠原は目の前の料理に舌鼓を打った。
艦娘は料理を口にする篠原を見て、嬉しそうに「それは私の自信作」「こちらは私が作りました」等と合いの手を入れ始めたりした。
そこには沢山の笑顔が花を咲かせていた。
篠原はその笑顔を胸に刻んで、やっと自分の生還を喜ぶ事が出来たのだ。
「ありがとう、みんな。 ……生き残った意味が、ここに来て判った気がするよ」
艦娘達はひょんな顔をしていたが、篠原はその顔を見て笑っていた。
川内が背後にまわり、篠原の頭の横から顔を覗かせた。
「ねぇ提督、もう身体は大丈夫なの?」
「奇跡的に軽傷だったんだ、今なら軽い運動も出来る。 もっとも、電君と吹雪君のボディーブローは中々効いたがな?」
篠原はそう言って2人の方を見ると、電と吹雪は顔を赤くして縮こまっていた。
「……ご、ごめんなさいなのです」
「す、すみません……。 なんだか身体が勝手にと言いますか……」
「なぁに、気にするな。 中々可愛げがあったぞ?」
2人はより赤面させ縮こまり、篠原は愉快げに料理を嗜み始めた。
すると今度は雷が篠原に絡み始めた。
「でも無理は良くないわ! 私が食べさせてあげる!」
「……やはり来たか雷君。 だがな、食事は自分のペースで食べるのが一番美味しい食べ方なんだぞ?」
「腕に負担が掛かるよりずっとマシじゃない!」
「箸が負担になる程の怪我だったら私は退院してないからな……?」
「疲労骨折なんて言葉もあるわ、油断しちゃダメよ!」
「箸で疲労骨折になってたまるか!」
どうしても食べさせたい雷のようだが、篠原は素直に恥ずかしいのでやめて頂きたかった。
だがここに来て、食べさせる力が働き出したようだった。
加賀が席を立ち、ツカツカと音を立てて歩きながら雷に向かって言った。
「貴方の身長では提督は下を向く必要があるわ。 そう、首の骨を疲労骨折する危険があるわね……。 私が適任だと思うのだけれど」
「なっ、何よ加賀さん! 下を向いただけじゃ骨折しないわ!」
「雷君、箸も大概だからな? 加賀君も落ち着いて席につきなさい」
扶桑と山城が興味津々と言う風にまじまじと見守り始める中、更に伊19が名乗りをあげる。
篠原は伊19が顔を出した時点で既に悪寒がしていた。
「2人とも甘いのね! イクは口移しで食べさせてあげるの!」
篠原が言葉を失い、加賀と雷は唖然と口を開けた。
「……そ、そんな、はしたない真似……」
「く、口移し! 咀嚼したのを舌で押し出して流し込むのね……、昔の介護の本に書いてあったわ!」
雷の生々しい解説により、沸騰した暁は「きゅー」と鳴いて倒れた。
篠原はこれは不味いと暁を起こしながら、助け船を求めて鳳翔の方へと視線を向けた。
彼女が一言添えれば落ち着くだろうからだ。
しかし鳳翔は厨房でせっせとパフェを盛り付けていて、こちらの惨状には気付いていないようだった。
「提督覚悟するのね……! 今日のイクは一味違うのね!」
伊19が迫り始める中、テーブルの下を張ってきた響が篠原の足の間から顔を出した。
響は唖然とする篠原の顎の下でキメ顔をしながら言った。
「私は司令官に食べさせて欲しい」
「あ、ああ……、ほら……」
篠原は流れが変わる唯一の希望と判断し、手頃な位置にあった卵焼きをひと切れ箸で持ち上げ、響の前に差し出した。
響はそれを咥えてモグモグと咀嚼し、ごくりと飲み込んだ。
「……ハラショー、こいつは愛を感じる」
「そ、そうかそうか!」
「もっと食べさせても良いんだよ?」
「判った判った。どれが食べたいんだ?」
完全に2人の世界に入った篠原と響。
それを見てキャーキャーと騒ぎ出す艦娘達。
伊19は怨めしそうに響を睨み付けた。
「ずるいのね、イク達にハードルを上げさせて、自分はハードルの低い要求をして通しやすくするなんて! とんだ策士なの!」
「折角の料理を食べないのかい? まぁ私は食べさせて貰えるけどね、らくちんだ。 あっ、司令官、次は唐揚げをご所望だよ」
「むきーーっ!」
加賀は冷ややかな目線を伊19に送った。
「ハードルを上げた自覚はあるのね。 頭に来ました、表に出なさい」
「……⁉︎ なんでイクだけ悪者なの⁉︎」
「貴方が出て来なければ見込みはあったのよ」
篠原は妙な展開になったが流れを変えてくれた響に対して、ひたすら感謝の言葉を心の中で繰り返していた。
祝賀会は暗くなるまで続けられ、その後は流れで解散となった。
篠原は今日の出来事を思い返しながら家路を辿り、鎮守府から出て道路を横断する際に、ふと海岸沿いの道の方を向いた。
暫く立ち止まった後、彼はふらりと海の方へと足を運ばせた。
皮肉にも、少なくなった人口により、減った港町の光と、反比例して輝く星空は、宝石箱の様に美しく光を放ち煌めいている。
月の幻想的な光が水平線を群青に照らし、海原に輝く筋を幾つも作り出している。
篠原は、この景色も守ったのだと、ひとりごちた。
それと同時に、胸の奥に鋭利な刃物で切り裂かれた様な痛みが走った。
痛みは収まる気配も無く、やがて篠原はその場に跪き、夜空を仰ぎ見た。
「ああ……、ぁぁ………、うっ……ぁぁぁ……っ!」
篠原は星空に、散って行った仲間の影を見た。
勝手に涙が溢れ出てどうしようもなく、声を押し殺して咽び泣いた。
日常に戻り襲いくる喪失感は心をズタズタに切り裂いたのだ。
那由多の星が広がる下で、祈る様に言葉を送る。
「みんな……、見てるか……っ、街は綺麗だ……っ、そこから……、見えるか……? 艦娘も、元気だったぞ……」
篠原の問い掛けには誰も答えず、ただ波の音が聞こえるだけ。
仲間を失った胸の痛みが、そのまま想いの価値ならば、それはあまりに強すぎた。
ズキリと心が軋むたび、身体がバラバラになりそうだった。
篠原はその場で蹲り、ただ痛みに耐えて涙を流す事しか出来なくなっていた。
今回だけは、仲間の死が篠原を弱くしてしまった。
その頼り無い背中を、神通は建物の影に隠れて見ていた。
篠原を1人にしたくなかった神通は、せめてアパートまで見送ろうとした所で、急に行き先を変えた彼を見掛けたのだ。
「提督、提督……っ、何ておいたわしい……」
神通は肩を震わせながら涙を流し、篠原の背中を見守っていた。
そこへ追いかけて来たであろう川内が現れ、神通の肩に手を乗せて、並んで篠原の方へと身体を向けた。
「仲間を失って、今まで通りが、おかしかったんだ……。提督は優しいから……、心配させないように……気丈に振る舞ってたんだ……」
「川内姉さん……」
川内もまた瞳に涙を浮かべている。
神通と同じ気持ちなのだろう。
「姉さん……、どんな言葉を用いれば、提督の心を救えますか……? 何をすれば傷を癒せますか……? 私にはわからないのです……!」
「そんなの……、私にだって、わからないよ……」
本当なら駆け寄って支えてあげたかった。
しかし、篠原は強がるのだろう。取り繕って「見苦しい所を見せた」と詫びて、早足に立ち去るのだろう。
その事が2人にはわかっていたようだ。
「私は悔しいです……! お優しい提督は、私達を救ってくれたのに……」
「そうだね……」
「姉さん……、私は、私は……」
神通は川内に抱き着き、胸を借りた。
川内はそんな神通の頭を撫でて、視線は篠原の方へ向けていた。
神通は切実な想いを言葉に乗せ、縋るように言った。
「優しく、なりたい……」
神通と川内は自分の無力を嘆く。
何をすれば痛みを和らげる事が出来るのか、分かち合えるのか、分からなかったからだ。
◇
鎮守府はかつての日常を取り戻しつつある中で、篠原の普段通り過ぎる態度に違和感を覚える艦娘は多かったようだ。
話した事のない艦娘ですら、あの隊員達の死には酷く心を痛めていたが、その隊長が気丈に振る舞うので艦娘も極力表に出さないようにしていた。
でなければ、彼の心が壊れてしまうのでは無いか、と言う噂まで立ち始めていたからだ。
大淀の話では、篠原は執務中にふと窓から海を眺め始める事が、多くなったと言う。
その眼差しは、何処か羨望の色が混ざっているような気がして、眺める姿を見る度に大淀は不安に駆られていた。
艦娘達はそんな彼を支えたかった。
しかし何か大きな壁がある事に殆どの者が気づき始めていた。
そんな中で、神通は部屋に篭り防衛戦時の空撮映像を繰り返し何度も目を通し始めた。
一つの意思により動く隊員達の連携、仲間が減っていく最中で誰一人臆さない屈強な精神が全員に宿り、最後の一人となり、賭死の一撃を持って力尽きた勇猛な戦士の姿。
遠方からの撮影にも関わらず、映像はそれらを全て記録していた。
神通はこの時、人間と艦娘の決定的な違いが隔たりとなって現れている事に気付き始めたのだ。
そして、その決定的な違いこそが、篠原の傷心を癒す事が出来る唯一の方法だと考え始めた。
食堂で、神通はこの事を川内に話し始めた。
「……うん、わかった。神通がそう言うなら、私は止めないよ。と言うか神通が適任だとも思うし」
「川内姉さん、ありがとうございます」
「……ううん、神通の気持ちは私とおんなじだよ。でも、思い切ったよね」
「覚悟ならとっくに出来ていますから。私が架け橋を担います」
「みんなの協力が必要だね」
その後、2人は他の艦娘達にも神通の思案を広め始めた。
神通が真っ先に向かったのは、吹雪の所だった。
吹雪は裏庭の畑で育った瑞々しいキュウリを収穫していた所でその話を聞かされていた。
「……神通さん、本気なんですね」
「はい、お願い出来ますか?」
「勿論です! ……と言いたい所ですが、妖精さんの気紛れ次第な所もありますからね……。 ですが、神通さんの言った事は艦娘達の悲願でもあると思います、だから何度でも挑戦してみるつもりです」
「そう言って頂けますか……」
「はい! 不肖吹雪、全力を投じますよ!」
次に神通は潜水艦の伊19と伊58の元へ向かった。
神通は直接2人の部屋を訪れ、招き入れて貰った所で、心の内を打ち明けた。
「……話は判ったでち。勿論協力するでちよ」
「むしろ無理矢理にでも手伝うのねっ!」
「……本当に、よろしいのですか?」
「提督を助けられるのはきっと艦娘だけでち、提督がそうしたように、今度は私達の番でち!」
「そうなのね! それに、隠れてこっそりは潜水艦の十八番なのね!」
「危険な事を押し付けてしまい……、申し訳ありません……。そして、ありがとう、ございます……」
神通は深く頭を下げ、その場を後にした。
そして次は大淀の所へと足を運ばせた。
彼女は非戦闘員であり普段は執務室に籠っているが、15時になると小休憩と称して食堂に足を運ばせるのだ。
神通はケーキを用意して待ち構え、なんとか大淀と相談の場を設けたが、返事は明るいものではなかった。
「……話はわかりました。ですが、許可は出来かねます」
「そんなっ、そこを何とか……。 どうしても必要な事なのです」
「神通さんのお気持ちはわかります。 ですが、貴方にできますか?」
「覚悟の上です」
「そう言う事を言っている訳ではありません。 貴方は人一倍忠義に厚い方です、そんな貴方が今やろうとしている事の意味を分かっていますか?」
その問い掛けに、神通は目を細めながら答えた。
「……覚悟の上です。 私は、提督を裏切る事になるでしょう」
「それを判って……、何故……」
「……次、敵の襲撃があれば、提督は間違い無く1人で囮となり、帰らぬ人となるでしょう。 大淀さん、貴方なら、わかりますよね?」
大淀はその言葉に、海を眺める篠原の姿を思い出した。
そして、目を伏せながら言った。
「……寧ろ提督は、その事を望んでいる様な気がします。 海を見つめる提督の目は、早く仲間の元へ行きたいと、願っているような……」
「……死が、唯一の救い等と、私は認めたくありません。可能性があるのなら、私は諦めたくありません」
「……はぁ、わかりました。 私だって提督にはまだまだ提督でいて貰いたいですし」
そう言って大淀はケーキにスプーンを入れ、口に運んだ。
「これで買収されておきますよ、もう」
「ありがとうございます……!」
神通はその場で深く頭を下げた。
こうして艦娘達は秘密裏に行動を始めるのだが、ここに来て良くない報せが入ったのだ。
明朝、宮本元帥が鎮守府を訪問し、執務室の篠原の元へ向かった。
テーブルを挟み向かう会う宮本と篠原。
宮本が口にした言葉は、衝撃的な物だった。
「先日、防衛戦で撤退した戦艦レ級と思われる姿を近海で見たと言う報告が度々上がっている。 奴は恐らく、近海に身を潜め反撃の機会を伺っているに違いない……」
「……警戒を強め、住民の避難を呼び掛けます。 ですが宮本元帥、事は重大ですが……」
「何故私がここまで来たか、とな? それは奴の狙いは篠原君、君なのでは……と言う噂を耳にしたからだ」
「……成る程。私は、出来る事をする迄です」
「篠原君……、君は失い難い人材だ。君さえ生き残れば、後に教え、託す事も出来るのだぞ?」
「人は死を持って、託す事も出来ましょう。我々は、そうする事しか出来ませんでしたがね……」
篠原は座ったまま顔を動かし、窓から海の青を眺め始めた。
その表情には、迷いの一切を捨てた決意が見て取れたと言う。
レ級が再び襲撃する。
それがいつかは判らないが、少なくとも時間に限りがある事を艦娘達に教えていた。
◇
レ級目撃報告を受けてから、鎮守府でも巡回偵察任務が遂行され、24時間三交代体制で近辺の海の警戒を続けている。
レ級が篠原を狙う、という懸念は余りに根拠が無かった為、大本営は援軍など表向きな行動を取れず、宮本元帥が注意喚起の為に直接出向いた訳のようだ。
一方で艦娘達はレ級が篠原に対して執着的行動を取っていたのを目撃しているのか、その事に疑う余地など無かったようだ。
横須賀の提督と長門が口論になっている所が度々目撃されたと言う。
そして篠原の鎮守府では、警戒に常に6名が出撃している事を除けばいつも通りの日常を送っていた。
それは電の「鎮守府では日常を」と言う言葉をみんなが汲んで実現できた光景であった。
しかし神通はいつも通り訓練に励む事は無く、篠原の居る執務室に足を運ばせていた。
「提督、私に剣を教えて下さい」
「……んん?」
開口第一に告げられた言葉に、篠原は思わず聞き返していた。
「剣……? 剣道とかかな?」
「剣術でも構いません」
「私はあまり詳しくは無いが……。判った、教材を申請しとくよ」
「いえ、提督……」
神通は真剣な目付きで篠原の眼を見ている。
「液体である海水を踏み固める程の、瞬間的とは言え足場を作る程の踏み込みは、私は未だかつて見た事は御座いません」
その言葉に篠原は心当たりを探し始め、暫く考え込んだ内に、やっと自分の事を言っているのだと理解した。
「ああ……、あの時の……。 アレは水上バイクの勢いもあったし水上スキーみたいな要領が偶然働いて、奇跡的に出来たものだと私は思っているが……」
篠原は何かを考え始め、やがて頷きながら言った。
「近接格闘術の一環で刃物を用いた訓練をした事がある、マチェットやサーベルを使う事もあったから、それを教える事なら出来るかもしれない」
「無理を聞いて頂き、ありがとうございます」
そうして篠原と神通は竹刀を手に練習に向かった。
道場の様な立派な建物は無いので、校舎を改装する際、手付かずで置かれた体育館で練習は行われた。
行われた筈なのだが、どう言う訳か篠原と神通は向かい合って竹刀を握っていた。
「神通君……、練習とは」
「剣術ならば嗜んでおります。そうでなければ川内姉さんと天龍さんの指導は出来ませんでしたから……」
「そうだったな……。いやまさか、私に声を掛けた理由って……」
「はい。 この神通と剣で勝負して頂きたく存じます」
神通から強烈な眼光が走り、思わず篠原はたじろいだ。
彼が想像していたのは素振りなど基本的な練習だった訳で、打ち合い等は全く想像していなかった。
まして、普段お淑やかな神通が、いつになく強気に行動しているのでそれに面食らったのもあるが。
「防具がないぞ……」
「必要ありません。艦娘の衣装に宿る加護はご存知ですよね?」
「そ、そうだったな。では私の防具だ……」
「……寸止めしますので」
「……神通君……」
篠原は限り無く不安な顔をしていたが、やがて観念したのか溜息と共に竹刀を構えた。
篠原は右脚を一歩前に踏み出し、腰から竹刀を両手に持ち、剣先は相手の顔程度の高さまで上げた。
剣道で最も基本的とされる正眼の構えである。
あまり詳しくは無いと言った篠原だが、自衛隊の頃では訓練項目に剣道もあり心得はあったのだ。
姿勢を正し竹刀を正面に添える姿は凛々しくもあったが、神通は何処か気に入らないようだ。
「提督……、全力でお願い致します」
「ああ、そのつもりだよ」
「提督、全力で、と申しております」
神通は相変わらず静かな声色だったが、言葉の節に苛立ちが現れ始めていた。
篠原はここで、神通が何を求めているか何となく察していた。
「神通君……、怪我をさせてしまう危険がある」
「構いません、入渠すれば治ります」
「そういう問題では無い。怪我をする事に問題があるんだ」
「提督……‼︎ 私のお願いを、聞いては下さらないのですか……?」
続けて神通は一際声を張った。
「女の容姿が気になるのなら、髪を全て剃り落として頭を丸めましょう。 それでも気になるのでしたら、鼻を削いで顔を潰します……!」
「じ、神通君……」
篠原は改めて神通の眼を見た。
その眼は真剣そのもので情熱を宿し燃えるような闘志すら伝わる程だ。
篠原もその眼を見て、ようやく決心したようだ。
「わかった……。礼を欠いた事を謝罪する、すまなかったな……」
「いえ……、初めから本気を出してくれない事は、分かっていましたから……」
それを聞いた篠原は苦笑いしながらも構え直した。
竹刀を掲ぐように上げて顔の横に両手で構える。
上段の構え方で、トンボの構え等とも言われている。
篠原は構えたまま言った。
「合図は?」
「では、私が……」
神通は正眼の構えをとり、目を閉じて深呼吸をしながら集中力を高め始め、その様子を見た篠原の目付きも鋭くなった。
やがて神通が眼を開ける。
「参りますッ‼︎」
神通は大きく踏み込んだ。
そして先ずは相手の動きを見るつもりが、その時には勝負がついていた。
「え……?」
気が付けば床に伏しており、左肩が異様に熱を発し始めていた。
見上げれば竹刀を振り下ろした態勢の篠原が近くにいた。
「神通君、大丈夫か……?」
「……っ、流石、です……」
篠原は、神通が最初にどう動くかなど、一切の思慮を捨て竹刀を振り下ろしたのだ。
迷いの無い竹刀は早く、神通は見切る事も出来なかった。
篠原は手を貸そうとしたが、神通はそれを手で制して自力で立ち上がり、再び構え直した。
「……もう一度、お願いします」
「……わかった。だが何も聞かないのか?」
「聞いて得られる答えは、今は必要ありません」
神通は今一度、深呼吸をし、それを見た篠原も構え直した。
「参りますッ‼︎」
神通は後ろに一歩踏み下がり、更に上段に向け竹刀を翳し、防御の姿勢を取った。
そしてやはり篠原は構わず竹刀を振り落としたのだ。
「だぁぁッ‼︎」
「ぐッ⁉︎」
竹の砕ける音と共に、神通の身体は張り倒された。
全力の一撃は神通の防御を砕き、なお留まらず床に当たるまで振り切られたのだ。
だが、神通はその事に歓喜していた。
「ふ、ふふ……」
笑みが抑えられない。
篠原は間違い無く、全力だ。
男女の体重差、体格差、筋力差を際限無く活かし叩き付けたからだ。
一見、非道とすら取れるその行為だが、神通にとってはこの上ない敬意だったのだ。
「もう一度、お願いします!」
「……分かった」
やがて篠原の真剣味も増し、無意識の遠慮までも除外され始めた。
しかし篠原の初撃は恐ろしく速く正確で、神通は何度も打ちのめされた。
まともに打ち合う事すら出来ず、見切る事もままならない。
しかし神通は立ち上がる、正しく百折不撓の精神を持っているようだ。
「も、もう一度……お願いします!」
何度床に伏しただろうか、しかし神通はまだまだ続ける気のようだ。
萎えるどころか、眼に映る闘志の炎は更に熱くなっているようにすら感じられる程。
だが、篠原の眼には既に闘志のそれが無くなっていた。
「いや、もうやめよう」
「……ッ⁉︎ 何故ですかっ、私はまだ戦えますッ‼︎」
神通はまだ闘志に溢れ、それだけに篠原の反応が気に障った。
篠原はそんな神通に遠慮がちに目を向けて、言った。
「いや、なんか、な? 打ち合う度……神通君の服がボロボロになり始めて、……そろそろ際どい」
「えっ?」
神通は自分の身体を見て、初めて状態を理解した。
余りにも酷使したため装甲が剥がれ始め、面積の減った服がはだけ始めていたのだ。
理解した瞬間、羞恥で沸騰した。
「……っ⁉︎ おぅ、おっ、お見苦しいモノを見せてすいませぇぇぇんッ‼︎」
凄まじい速度で神通が走り去り、取り残された篠原は何も言わずに立ち尽くしていた。
「……見苦しと言うか、心苦しいと言うか」
言いながら篠原は落ちた竹刀を片付け始めたところで、道具倉庫から顔を出した青葉と目が合った。
「……油断したよ青葉君、最近そういう事なかったし」
「でも言わせて頂きます。 青葉見ちゃいましたっ!」
間も無く、青葉と篠原の鬼ごっこが始まった。
◇
レ級目撃報告から警戒を強め、1週間が経過した。
目撃報告以来、近海では目立った動きは見られず何事も無い日々が続いている。
その事から、レ級は身を隠しながら傷を癒している可能性があると判断されたようだ。
艦娘による捜索隊が結成され、近海の海を隈なく捜索しているようだが未だに成果は上がられていなかった。
鎮守府では篠原と神通の稽古が続き、神通は毎朝、立木打ちと呼ばれる鍛錬を行うようになった。
立木打ちとは、横に置いた木材をひたすら木刀で叩くだけと言うシンプルな鍛錬であるが、全力で木材を叩く為、木材を叩く度に手が痺れる程で連続して行うには相当な苦痛を強いられる。
そして今日も、体育館の裏側で神通は朝早くから木のぶつかる軽快な音を響かせていた。
神通は一心不乱に木刀を叩きつけていると、そこへ天龍がやってきた。
「おう! 今日もやってんなぁ〜!」
「……あら、おはようございます、天龍さん」
神通は手を止めて天龍と向き合った。
「おう、おはよーだったな! 最近毎朝パシンパシン聞こえるから気になって見に来たぜ」
「や、やっぱり聞こえてますか……。申し訳ありません! 天龍さんは夜間担当しておられるのに睡眠を妨げるような……」
「いやいいって事よ。 それより本当に木をぶん殴るだけで強くなるんかね……」
「反復させ、染み込ませる為ですね。 提督の速さは、相当長い日々習慣付けて行っていたと思われます」
天龍は夜間の警戒を担当している為、稽古を実際に見た事は無い。
なので神通が篠原に打ち負けたと言う事実がまだ信じられないようだ。
「提督って剣の腕まで立つのか? 銃とかならわかるけどなぁ……」
「提督の剣は肉眼で追う事は不可能です。 そもそも、向かい合う時点で不利になりますよ」
「そんなにかっ⁉︎」
「はい。 ……お尋ねしたところ、やはり示現流剣術。一撃必殺に要を置いた最速最強の流派です」
神通の言葉に天龍は驚愕した。
「なにそれカッケェ⁉︎ 提督って実はスゲー生まれの人とか⁉︎」
「いいえ、普通に一般公開されているそうですよ? 剣を鍛えるとかでは無く、主に精神研磨の為だとか。 学生の頃に通っていたようです」
「い、一般公開されてる部門が最強なのか……⁉︎」
「示現流は自分の剣を疑いません。 なので、常に最速であり最強という事です」
「ますますカッケェ‼︎ 最速とか居合抜刀術とかだと思ってたぜ……」
「居合いが早いのはあくまでも抜刀ですからね。相手が既に構えに入っていた場合、流派による不利など無く、等しく剣術の腕が明暗を分けます」
神通は再び立木に向かい合うと、目を細めながら言った。
「提督は強いから示現流を習っていた訳では無いと思います。 示現流の本懐は刀を抜かない事、そして止む無く抜いた場合は迷わない事、剣術に疎いと仰っていらしたのは、恐らくそういう事なのでしょう」
「極力戦いは避けて……、戦う事になったら全力って事か。 確かに提督にピッタリだな!」
天龍は納得したように頷くと、踵を返しながら言った。
「さーて、んじゃオレはそろそろ寝とくわ。 応援してるぜ、神通」
「はい、おやすみなさいませ。 それと、ありがとうございます」
神通はお辞儀をしながら天龍を見送ると、再び横に並べた木材へ向かい合った。
天龍は再び響き出した軽快な音を背に、口角を上げながらその場を後にした。
一方、執務室では、篠原と大淀は海図を広げて警戒網を洗っていた。
鎮守府の表に広がる太平洋を見て、身を隠せる場所に検討をつけようとしていたのだ。
「……諸島が点在する箇所が怪しい気もするが、横須賀がそこを見逃すとは思えないしな」
「横須賀の防衛網は前回の反省を活かしかなり強固なモノとなっております。 提督が懸念した通り、やはり陸側の何処かに身を潜めている可能性が高いかと……」
「深海棲艦は自力で修復が可能なのか?」
「資材を持ってすれば可能だと思われます。 方法までは判りませんが、敵補給艦が資材を運んでいる事もありますので」
「そうか……、奴が全快する前に手を打ちたい所だが」
日本は島国であり海岸線をしらみ潰しに探すには無理があった。
現に自衛隊の手も周り捜索が行われているが成果も上がっていない。
そして篠原は暫く海図を眺めると、呟くように言った。
「……深海棲艦は、どうやって生まれてくるんだ」
「はっきりと解明されていませんが、かつて戦争で生み出させた強い怨み、憎しみ等が形になって深海棲艦となり現れる、と言う話をよく耳にしますね。 信憑性はありませんが」
「それはつまり、大規模な施設や工程を通さずに突然海上に現れると言う事か?」
「そう、なるのでしょうか……」
篠原は今一度海図を睨みつけた。
「……奴は修復のみならず、戦力まで集め始めているのでは」
「まさか……! で、ですがこれだけの期間潜伏を続けるとなれば、その線も説得力がありますね……」
「杞憂となれば良いが……」
不安が募り始めた執務室に、ノックの音が響いた。
篠原は扉に向かい「どうぞ」と一言飛ばすと、加賀が会釈し、入室してきた。
「加賀君か、どうしたんだ?」
「鎮守府前に提督と話したいと言う方がいらしたので」
「私に? 宅配便かな。暁君が持久ベイを欲しがっていたのが届いたのかな」
「仮に荷物でしたら私が受け取りを済ませています。 今回は複数人のお客様です」
「なるほど、では向かうとするか。 加賀君、知らせてくれてありがとうな」
「いえ。 ところで持久ベイとは?」
「現代風ベーゴマの玩具だよ。第六駆の間で流行っているらしい」
「……そう」
その後、篠原が門に向かうと、集まっていたのは見知らぬ男達だった。
顔に覚えもなく、心当たりもないが、篠原は先ず聞いてみる事にした。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。私が当鎮守府提督代理の篠原ですが、あなた方は?」
その言葉に、男達は一切に姿勢を正し、敬礼を行った。
「我々は自衛隊の一員で御座います。今回は貴殿に我々の願いを聞いて頂く参上仕りました!」
「わ、私に……?」
篠原は入院中に見舞いに来た自衛隊の人の顔は覚えたが、この集まった人達は少なくとも面識は無かった。
敬礼を続ける男は声を張らせた。
「はっ! 我々一同、貴殿のご活躍を耳にし感銘を受けました! そんな貴方様に、我々の命をお預けしたい所存です!」
「……それは、つまり……」
「はい、この命、何卒好き様にお使い下さい。 どうか貴殿の配下に加えて頂きたく存じ上げます……!」
男の目は熱く燃えており、並々ならぬ覚悟の元でここを訪れたのは明白であった。
篠原は全員の顔を見回したが、誰一人曇りのない決意に満ちた表情をしていた。
だが篠原は、この時強烈な痛みを覚えた。
「……君達は、また私に死ねと命じさせるのか……」
突如、前後不覚に陥り、篠原の目前にはアスファルトが迫った。
背中を見守っていた加賀が素早く駆け付け、倒れる寸前にその身体を支えた。
「提督!」
加賀の案ずる声を耳にしたものの、篠原は答える事が出来ずに、そのまま意識を手放してしまった。
唖然とする男達は篠原に駆け寄ろうとしたが、加賀はそれを止めた。
「……提督はお疲れの様子です。 今日の所は、どうかお引き取り願います」
「あ、あぁ……。 申し訳なかった……」
男達が去り、加賀は抱き留めた篠原の表情を見ていた。
悲愴を隠さない表情はとても辛そうで、加賀の胸も締め付けられる感覚に陥った。
「……死ねと命じるには、優しすぎたのよ……貴方は……」
騒動を聞き付けた艦娘が集まる中、加賀は篠原のかつての部隊の返事を思い出していた。
“イエッサー”ではなく“ラジャー”と返事をする彼等の間柄とは、並々ならぬ絆があった事を明確にさせている。
時に部下が隊長をからからって、隊長は楽しげに笑って突っ込みを入れて、親しい友の様な仲であった。
後に篠原は医務室のベットに運ばれたが、すぐに目を覚ましていた。
加賀が体温計を脇にさそうとしている所で目が合った。
「……心配かけた様だな、すまなかった」
「いいえ、それが判っているのなら良いわ。 念の為、体温計で測りましょう。貴方が思っている以上に、貴方は疲れているわ……」
篠原は言われた通りに体温計を脇に挟むと、窓から外の景色を眺め始めた。
「……弱くなって、しまったようだな……」
「提督……」
「情け無い姿を見せたな。どうか、忘れて欲しい」
「……いいえ」
加賀は忘れるつもりなど無かった。
篠原は平然を装うが、既に全ての艦娘がそれを見抜いている。
そして篠原は倒れるまで心労を患うも、誰の支えも必要としなかった。
この時の加賀もそれが判っていて返事をしていたのだが、内心は健やかでは無かった筈だ。
今の自分では支えになれないと、自覚していたのだから。
もう、限界が近いと誰かが言った。
だが篠原はそれを信じたくは無かった。
仲間を想う気持ちが重荷になるのだとしたら、思い出に価値が無くなってしまう。
人は死に託す。
託されたモノは相手を想えば想う程、力強く研磨される。
そしてまた死に託す。
そうやって人は歴史を作って来たのだろう。
現代まで生きる技術の歴史がそれを証明している。
だが篠原は、これ以上何をすれば良いのか、分からなかった。
そしてその日の夜。
弱った篠原の隙を狙ったかのようにして、奴は現れた。
執務室に佇む篠原に向かい、大淀は血相を変えて叫んだ。
「レ級が現れました……! それも大群を引き連れ、鎮守府近海に接近!」
レ級再臨の知らせは、鎮守府を震撼させた。
◇
暗い海を執務室の窓から眺めながら、篠原が立っている。
報告が正しければ、敵は“海の底から浮いてきた”
とされる。
海底に隠れていたとすれば、いくら監視の目を強めても見つからないのも合点がいった。
ソナーを持った艦娘が真上の海を渡り始めて発覚できる様な状態だ。
問題は、その敵の数であった。
どの様に掻き集めたのか不明だが、敵数は30を超えると言う。
加えて、レ級の存在を加味すれば、どの様に戦おうが数も質も敵の方が上回り、全滅は免れないだろう。
その襲撃する知らせを耳にした篠原が、口にした言葉は大淀に衝撃を与えた。
「……提督、もう一度仰て頂きませんか?」
「ではもう一度言おう」
篠原は大淀と向き合い、真剣な顔をして再び同じ言葉を口にした。
「鎮守府を放棄し、爆破させ処分する」
大淀は驚愕し、思わず俯いた。
そして震える声で言った。
「爆破ですか……」
「奴等が鎮守府を狙うのは、鎮守府を鎮守府足らしめる設備と蓄えだ。 ここを日本侵略の足掛かり等にはさせまい」
「艦娘達は……、どうするおつもりですか?」
「この日のため、バスを用意してある。陸路で横須賀鎮守府まで行き戦力の温存を最優先させる」
「最初から……、こうするおつもりだったのですね」
大淀は肩を震わせながら篠原の目を見た。
達観したような、諦めたような眼がそこにはあった。
「提督も避難するのですよね……?」
「君達を全員逃した後にな。……爆弾を仕掛ける必要がある、その手配にも時間が掛かる、仕方のない事だ」
大淀は篠原が嘘を付いている事に気付いた。
敵の狙いが自分だと知って、篠原が逃げるような真似をするのだろうか。
否、1秒でも時間を稼ぐ為に海に出るに決まっている。
既にその事は、過去の功績が実証している。
篠原は微笑を浮かべ、大淀に言った。
「すまないな、これが一番理に適っている。下手に対抗して戦力を減らすよりも、温存して次の機会に万全で備えた方が理想的だ。 それは史実の戦争が既に証明している」
篠原の言う通り、戦争では不利な戦いを避けて有利になる機会を待ち、耐え忍ぶ事で大きな戦果を挙げた例が多く存在する。
逆に、逆境を跳ね除けようと奮闘すれば、それだけ血が流れる事も証明している。
撤退は理に適っていた。
だが大淀が発した言葉は、篠原の想定しない事だった。
「……提督の敵前逃亡と疑わしき発言を確認。大本営所属常務理事部、大淀の権限を持って、篠原提督代理の権限を剥奪、身柄を拘束させて頂きます」
「なっ……⁉︎」
艤装を展開した大淀により、篠原はその場の床に伏せる様に組み敷かれた。
大淀が何をしたいのか、篠原にはわかった様だ。
「戦うと言うのかっ⁉︎ 大勢死ぬ事になるぞッ‼︎」
「知っています」
「やめろ‼︎ 確かに上陸を許してしまうが住民の避難も済んでいる! 一番被害が抑えれる撤退だ、勇気と無謀を履き違えるなッ‼︎」
「貴方には言われたくありません!」
大淀はそう言って篠原の手を手錠で拘束し、立ち上がらせ執務室から出る様歩かせた。
篠原は抵抗し大淀に考え改める様に説得を試みていたが、大淀は聞く耳を持たない上に艤装の馬力に人の身は余りに無力。
引き摺られる様にして、どう言う訳か連れられたのは通信室だった。
複数のモニターには、見覚えのある背中が映っていた。
「……艦娘達は、もう、出撃を……⁉︎」
「はい、彼女達に撤退の意思はありません」
「なんて事を……」
篠原は力の抜けた様に蹌踉めくと、大淀が咄嗟に用意した椅子にへたり込んだ。
そこへ通信が入り、神通の声が響いた。
『提督、この様な手荒な真似をして、申し訳ありません』
「じ、神通君……! 早く戻れ、今ならまだ間に合う!」
『全ては私が仕込んだ事です、私達が負けても、恨むのなら私だけをお怨み下さい』
神通はそれだけ言うと、数えるのが面倒な程の敵に身体を向け、目を細めた。
先頭にレ級が立ち、その背後には悍ましい黒が蠢いている。
神通がゆっくりと海の上を歩き始めた。
『提督、貴方はヒトを救うのはヒトだと仰せられました。 私は私なりに考えました』
『やはり私は、兵器でありたい』
篠原はその言葉に、哀しげに顔を落とした。
決して長くはないが、濃厚な時間を共にしてきた自覚があるからだ。
そんな彼女がまだ兵器と名乗る事を悲観したのだ。
神通は歩きながら言葉を繋げた。
『私は知りました』
『全員が心を一つにした全力攻撃が、敵に対してあまりにも無力だった、その時の絶望を。 助けたい者に手が届かない、惨めな無力感を』
『ですが、私が抱いたそれを上回る絶望と虚無の感情を乗り越えて、戦う背中を見ました……』
『無力と知りながら囮を引き受けて戦場を駆け、尋常ならざる執念と鍛錬を隔て成果を挙げた……。 最期のその瞬間まで命を燃やし尽くした隊員達と、最後の1人に残されても、戦う貴方の背中を見て私は一つの結論に至りました』
瞼を閉じて、神通は左手を前に翳した。
光の粒が集まり、やがて展開されたソレは日本刀の様な姿だった。
『私は、そんな貴方の剣となりたい』
神通は突き出した日本刀の柄に右手を添えて、指を一本ずつ曲げてゆっくりと握り締めた。
『これが私の望み、私の願い、私の悲願。 ……魂が叫ぶのです……、貴方の気高き意思を持って使われる兵器であれと……! これが、私の存在意義、私達の導き出した答えですッ‼︎』
そして白銀の刃が解き放たれた。
同時に、黄金の粒子が神通の身体に纏うように舞い上がり始めた。
光は強く辺りを照らす程、しかし眩しくはない。
闇夜の海上に浮かぶ、まるで蛍のような優しい光がそこにはあった。
その幻想的な光景に篠原は言葉を失っていた。
大淀はその光景を見ながら、口添えする。
「戦意高揚状態……、ですが、これ程の光を放つなんて……」
尋常では無い覚悟が宿る光。
しかし、レ級はそんな神通を歯牙にも止めない様子で辺りをキョロキョロと見回していた。
篠原を探している。その事が神通には判った。
だからこそ、その顔が気に入らなかった。
「貴方は、この神通がお相手しましょう」
「……キヒヒッ」
レ級は身体に傷を残しているが、実戦に耐え得るまでに回復しているようだった。
連合艦隊の追撃を受けても逃げ果せる程の装甲、海を歪める程の砲撃、空母を嘲笑うかの様な艦載機。
おおよそ隙らしい隙が見当たらないが、神通は奴に最初に“恐怖”と言う名の痛みを与えた人物を知っている。
「提督……、そこで見ていて下さい」
だからこそ、本来持ち得ない日本刀を選んだのだ。
「貴方の努力は、想いは、無駄では無い事を証明します……!」
神通は駆け出した。
海を滑る様に行くのではなく、人の様に自らの足で海面を蹴り進む。
そして胸中に浮かぶ言葉を綴った。
「如何程のものか……!」
「悪を挫く為に苦痛を耐え凌ぎ、生涯を費やし鍛錬し、研磨し、培った技術が……、戦術が……、敵の前に余りに無意味、まるで存在すらしないかの様に切り捨てられた絶望は……!」
「如何程のものか……!」
「戦う身でありながら、自分だけでは守る事すら出来ない、悔しさは……ッ‼︎」
「如何程のものかッ‼︎」
「誇りを持ちながら……、投石となり死ぬ事でしか役割を果たせない無念はッ‼︎ ーー如何程のものかぁッ‼︎」
間も無く、レ級に差し迫る。
レ級はこの時初めて神通と向かい合ったのだ。
そして、迫り来る神通に、篠原の影を見た。
「その身に刻め……、そしてこの一刀は提督の想い、その一部に過ぎないと知れ!」
「キ、ヒッ⁉︎」
刀を掲げ顔の横に両手で構え“蜻蛉の構え”。
姿勢は低く中腰、踏み込みは鋭く一歩突き刺す様に。
「乾坤一擲……、刮目して見よッ‼︎」
全身全霊の力を持って振り下ろされる刃を見て、レ級は身体が強張り動けなかった。
あの日、無駄な足掻きを見せた人間は、恐ろしい攻撃を繰り出し、恐怖を与えた。
だが目の前のこいつは、同じ様に構え、あの人間の影を纏わせながら刃を振りかざしている。
決定的な違いは、目の前のこいつは、人間では無く艦娘という事だ。
「ヒッ‼︎」
レ級は急ぎ逃げ出そうと身体を捩ったが、もう遅い。
「はあああぁぁぁぁーーーーッ‼︎」
刹那、風を裂き、音すらも切り裂く一閃を放った。
刃の軌跡を辿る残光は三日月を描きレ級の身体を通り抜けた。
レ級は目を見開き、身体を通った刃の痕跡を見た。
黒い筋が身体を横断していき、黒い粒子が滲み出て粒となり消えていく。
ーー斬った。
それは紛れも無い事実であった。
レ級の身体は体重を支えられずに崩れ落ち、横断した軌跡から黒い粒子が溢れ出し空へと消えていく。
斬り抜けた神通は背中を向けたままレ級を見た。
レ級の表情は絶望に染まり、身動ぎすら出来ずにただ溢れ出る黒い粒子を眺めている。
やがて粒子が全身を覆い、跡形も無く消え去った。
それを見届けた神通は、高らかに刀を掲げ、声を張り上げ宣言した。
「敬愛なる我等が篠原提督の刃……ッ‼︎ この神通が、お届けしました!」
闇夜に輝く黄金を纏い、刀を掲げるその姿は花の様に美しく。
モニター越しで見ていた篠原の目にも、その姿は眩しく輝いて見えて、伝わる想いも暖かく、込み上げる涙が雫となり溢れ出していた。
気持ちが嬉しくて嬉しくて仕方がなかった、神通は僅かでも自分の努力を知る為に勝負を仕掛け打たれたのだ。
打たれた痛みを覚え、そこに至るまでの道をなぞり、努力を、情熱を少しでも判ろうとして、それを敵に伝えるべく自らを剣と謳ったのだ。
「あぁ……、かつての軍艦の魂が、何故ヒトのカタチで生まれてきたのか、漸くわかった気がするよ……」
篠原は続けた。
「艦娘とは……、想いを運ぶ、船なのだな……」
その言葉を聞いた大淀は、黙ったまま篠原の手錠を解いた。
もう必要無いと、判断したからだ。
篠原は涙を拭うと、言葉を続けた。
「人はヒトの形を愛し焦がれるもの……、だから君達はそのカタチを選んだのだな……」
「提督……」
「私の……俺の想いを、託しても良いのか……?」
「勿論、勿論です……っ!」
篠原はそれを聴くと微笑みを浮かべ、席に座りなおし、帽子の位置を整えた。
大淀はその場で、涙を流しながら敬礼を行い、声を張った。
「提督が鎮守府に着任しました。 これより艦隊の指揮を執ります!」
それは、絶対に相容れなかった気持ちが一つになった瞬間であった。
その瞬間、戦場に赴く艦娘達は震えた。
長いこと待ち焦がれていた時が、遂にやってきたのだ。
心臓が高鳴り、熱い血潮が脈を打って全身に巡り渡る。
空の器にマグマを注がれた様な激しい熱が腹の底から湧き上がる。
神通は溢れんばかりの熱を受け入れ、声高らかに叫ぶ。
「気高き想いは確かに託されました……! 必ず敵に届けます、必ず勝利へと導きましょう! この想いがあれば、どんな敵だろうと、どんな数が押し寄せようと、負ける事はあり得ません、それは貴方が実証して見せた紛れも無い事実!」
神通は振り返り、今度は艦娘達と向き合った。
そして熱い闘志が篭る眼差しを受けながらも宣誓を述べる。
「我等は、誇り高き篠原提督の、信義と共に海を駆けるッ‼︎」
宣言し、大群に向け真っ向から向かう神通。
吠える様な大きな返事と為に艦娘達も後に続いた。
敵がどんなに集ろうが所詮は烏合の衆、今の艦娘達には脅威でも何でも無いのだろう。
毅然とした態度で舵をとる姿がそれを物語る。
闇夜は視界が通らない。
敵の総戦力すら判らない。
それでも彼女達は威風堂々と進軍を始めたのだ。
「っしゃあ! チビども見てろよ! 斬り込みを仕掛けるぜぇ!」
神通を追い抜き、天龍が前へと出た。
続いて駆逐艦達も追いかける様に追い抜いていく。
そんな中で川内は神通の隣に着いた。
「へへっ、やったね神通!」
「ええ、皆さんの協力のお陰です……」
「さて、と、じゃあ暴れますか……。 なんか妙に身体が熱くて熱くて……」
「ええ……、熱に浮かされ火照ってきてしまいそうです……」
その間、接近を試みた天龍は砲を構え敵影に向け射撃した。
「天龍様の攻撃だぁ! っしゃあ!」
山勘で放たれた弾は掠りもしなかったが、素早く第六駆が動いた。
「敵が動いたわ! みんな、攻撃するからね!」
「電の本気を見るのです!」
「ウラーーッ!」
「てぇーーッ‼︎」
4隻の攻撃は天龍の砲弾の軌跡を挟み込む様に展開され、敵を射抜いた。
天龍の砲弾の、一瞬の光が照らした影を見切っていたのだ。
それを見ていた扶桑、山城が動く。
「敵が見えなくても……周りの状況が情報を教えてくれるわ……。 いい? 山城」
「ええ、扶桑姉さま……」
「主砲、副砲、てぇーっ‼︎」
「てぇーっ!」
戦艦級2隻による遠距離砲撃は弧を描き飛来し、敵陣広範囲に降り注ぐ。
敵艦隊は砲弾の雨を前にして、動きが制限された中、とうとう天龍率いる斬り込みが目前に差し掛かった。
「イ級12、ロ級8、ホ級4隻……? あーっ、奥にまだ居る気がするが見えねぇ! つーか全体的に黒くて分かりにくいんだよ! てめぇーらそんな姿で生きてて楽しいかッ⁉︎」
視界に晒された敵艦隊は迎撃に出始めた。
しかし、主砲を向ける暇を駆逐艦は与えなかった。
吹雪が先陣を切り出した。
叢雲、初雪もそれに続く。
「魚雷一斉発射よ!」
「沈みなさい!」
「ほんとは……こういうの得意……」
放たれた雷跡は真っ直ぐに敵に直進し、敵艦隊は回避行動を余儀なくされる。
そして、その行動を見切った者がいた。
青葉、高雄、愛宕が進路を断つように砲撃を仕掛けた。
「敵の動きが良く見えますねぇ……」
「馬鹿め……と言って差し上げますわ!」
「喰らいなさい!」
直撃した深海棲艦は一撃にて沈み、大きく数を減らし始めた。
そこへ追い討ちとばかりに神通、川内が前に出た。
「突撃用意、行きましょう!」
「さぁ、私と夜戦しよーっ!」
散り散りになった陣形を更に跡形も無く消し去るように敵を薙ぎ払い始めた。
かつての水上オートバイが見せた動きで駆逐艦が高速移動を繰り出し敵を撹乱させ、その間を縫うように他の艦娘達が斬り込みを入れ数を減らしていく。
容赦の無い連続攻撃を前に、敵艦隊の陣形は瓦解された。
装甲の硬いル級が遠距離から現れたが、御構い無しに一方的に攻撃できる者がいた。
潜伏し遊撃に回っていた伊19と伊58はル級の影を見つけ、ニヤリと笑った。
「イクの魚雷攻撃、行きますなのね〜!」
「当たってくだちっ!」
ル級は船底を貫かれ爆発と共に黒い霧となり、霧散していった。
その光景をモニターで見ていた篠原は言葉を失っていた。
明らかに艦娘達の火力が上がっているからだ。
それだけで無く、命中精度や攻撃頻度までも格段に上昇しているのだ。
大淀はそんな篠原の様子を見て、おかしげに笑った。
「ふふっ、知っていますか提督。 艦娘達は想いの力で強くなる事もあるそうです」
「いや……、まさか、そんな……」
「あくまでも仮説でした。銃火器の威力を上げるには口径や火薬を調節すると言う根拠がありますが、艦娘達にはありませんから……」
そうしている間に、敵は壊滅していた。
しかし、天龍が水平線を眺めながら言った。
「やっこさん、まだ来やがるみてぇだな……。 イ級6、ル級4隻の援軍だ!」
水平線に現れる新たな敵影。規模的に最後の部隊と思われた。
それは篠原にも確認でき、それを見た彼は素早く通信を回した。
『水平線に影が浮かんだ。 この意味が判るか、天龍?』
「そういや……、何で夜なのに影が出来たんだ?」
『陽はまた登る。陽炎だ……、夜が明けるぞ』
その言葉に素早く反応したのが鳳翔、加賀、赤城だった。
「出番が回ってこないかと思いました……」
「暁の水平線に勝利を刻む、良い響きね」
「私は美味しいものに目がありませんから」
3人はそれぞれ弓をつがえ、構え始めた。
間も無く、夜が明ける。その瞬間を狙う為。
そして空が徐々に蒼く、水平線が一閃を放ち、燃える赤が浮かぶ時が来た。
「我、暁に赴けり!」
「鎧袖一触よ。 心配要らないわ」
「全機発艦……!」
解き放たれた爆撃機の群れが列を成し上空へと舞い上がった。
航空距離がそのまま射程となる戦闘機は、発艦が一つの攻撃手段と捉えれば、どの様な砲台よりも射程が長いと言える。
3隻が放つ爆撃機は、敵艦隊上空に差し掛かると高度を上げたまま爆弾を投下し始めたのだ。
その光景を見た篠原は思わず笑みを浮かべた。
「水平爆撃……!」
通常の爆撃機は急降下と為に投下して命中精度を高める。
しかし水平爆撃は高度を維持したまま投下し、対空砲の射程外から攻撃、離脱を可能とした。
しかし命中精度は極端に低下するのだが、鳳翔、加賀、赤城が投下させた爆弾は吸い込まれる様に敵艦隊へ降り注いだ。
爆発が重なり次々と沈む深海棲艦は、登り始めた太陽に溶けるようにして姿を滲ませていった。
朝焼けの眩しい海には最早艦娘達の影しか映らず、静寂を取り戻していた。
最終的に40隻にも届く深海棲艦が殺到した訳だが、結果は圧勝。
敵の多くが近海で見られる斥候の様な物であり、レ級は手当たり次第に手繰り寄せ数を集めたのだろう。
しかし艦娘達は2倍近い数的有利を覆してみせた。
艦娘は、戦う意思を持った篠原の武器となる事で、大きく成長してみせたのだ。
篠原がドックに向かい、間も無くすると艦娘達が帰投して来ていた。
神通は海上から上がると篠原の前に行き、姿勢を正し敬礼を行った。
「緊急防衛戦、総力を投じ敵42隻を全て撃沈。 誰一人欠ける事なくーー」
神通が言い切る前に、篠原は彼女を強く抱き締めていた。
突然の出来事に神通は目を丸くしていたが、篠原は構わず言った。
「お前は……、無茶しやがって……本当に……」
「てっ、てて提督⁉︎」
篠原は抱き締めたまま、神通の髪の毛が乱れるのも構わずワシワシと頭を撫で回した。
「ありがとな、神通。 そしてみんなも、よく頑張った……」
目を回し始めた神通を横目に、篠原はみんなの前まで歩き始めた。
「……お前達の気持ちは伝わった。 こんな俺だが……、これからも、宜しく頼めるか?」
その問い掛けに、艦娘達は笑顔を向けた。
大きな明るい返事がドックに木霊するのはもう間も無くの事であった。
◇
ーーあれから、変わった。
篠原が当時の事を語る時は、必ずそう言って切り出した。
仲間達の死を持って託された行き場の無い想いは、艦娘へと託され、その想いは鋭く研ぎ澄まされた刃へと変わる。
その一撃は、闇夜も切り裂く。
篠原の正式着任は、大本営だけでなく横須賀鎮守府や一部自衛隊にも歓迎されていた。
緊急防衛の功績、そして記憶に新しい未曾有の大規模襲撃防衛の功績に準ずる位も約束されている。
深海棲艦が海底に身を隠す性質も報告され、防衛や偵察に役立てるだろう。
中でも篠原が一番嬉しかったのは、死んだ仲間達の功績を称え、慰霊碑が作られると言う話だった。
身寄りの無い、元は孤児の外国人が多く居る中で、そう言った形に残る物に記されるのであれば、あの世でもきっと鼻が高いだろう。
そして本日の執務室。
激増した書類に頭を抱える篠原に、大淀がこんな事を切り出した。
「そう言えば提督、うやむやになっていましたが、建造を行って下さい。 遅れた分5回、今月分で6回ですね」
急かされる様に工廠に向かえば、やはりと言うか、艦娘達が集まっていた。
篠原は気にしない様にしながら妖精に資材量を伝えて、4つのカプセルに資材が投入され始めた。
投入後も見た目は変わらず、これと言った変化もない。
あまりに何事もないので、手応えすら判らずに居た篠原に、大淀が話しかけた。
「……あと2回行う必要がありますので、高速建造材を使いましょう」
「う、うむ……」
大淀は過去の屁理屈を思い出し訝しい表情をしていたが、今回の篠原は大人しく提案を受け入れていた。
妖精に高速建造材を手渡すと、受け取った妖精はそれぞれのカプセルにバーナーの様な物を向けた。
そして繰り出される想像を遥かに超える火炎に、篠原は白目を剥いた。
「ちょ、ちょっと待て‼︎ それは火炎放射器だったのか⁉︎」
「て、提督⁉︎ 危ないから近寄っちゃダメです!」
「やっぱりこの炎は危ないんだなッ⁉︎」
駆け出そうとした篠原を羽交い締めする大淀を前に、妖精はニコニコしながら高速建造を終えた合図を行った。
そして二人の目の前でカプセルが光を放ちながら開かれる。
光の中から、人影が浮かびあがり、大淀は歓喜の声をあげた。
「や、やりました提督! 建造、成功ですよ‼︎」
「お、おぉ……‼︎ 4回とも成功か? 影が4つ見える‼︎」
続々と現れた艦娘に2人は言葉を失い、背中から見守っていた艦娘達もまた同じだった。
「艦隊のアイドルゥ! 那珂ちゃんだよー! よろしくー!」
「軽空母、龍驤や。独特のシルエットでしょう?」
「白雪です。 よろしくお願いします」
「はじめまして、龍田だよ〜」
それはかつて、ここで沈んだの仲間達。
篠原は、あまりの衝撃に動き出さずにいると、その背中を艦娘達が走って追い抜いた。
「那珂ぁぁぁぁっ! 龍驤ぉぉぉ! 会いたかったよぉぉ!」
「きゃっ⁉︎ もう! 本当はアイドルお触り禁止なんだからね?」
「な、なんやなんや⁉︎ くるしーって、やめーやぁ!」
「白雪ちゃん! 白雪ちゃん……! 会いたかった、本当に会いたかった‼︎」
「ちょ、ちょっと苦しいってば……」
「龍田ァァァッ‼︎ やっと会えたなチクショー‼︎」
「うふふ〜、天龍ちゃんったら……」
感涙を流し抱擁を交わす艦娘達。
篠原は暫く茫然と立ち尽くしていたが、間も無く大淀と顔を見合わせ、頷き合った。
「この場に、俺は無粋かもしれないな……」
「ふふふ、後で仕切り直しましょう」
その場に相応しくないと思った篠原は、背を向けて立ち去ろうとしたが、龍驤が引き止めた。
「ちょちょちょ、まちーや! どこいくんや自分!」
「龍驤だったな、知らないかもしれないが艦娘達には思う所があるんだ。 戸惑うかもしれないが、受け入れてくれ」
「ちゃうわ! ウチらの事を呼んでおいて挨拶もなしかいな!」
「呼ん……だ……?」
篠原は、その言葉の意味を尋ねる為に振り返った。
龍驤はニコニコと笑いながら言葉を続ける。
「ウチらは、自分が沈んだ事も覚えとるで。 そんで暗い海底で漂っていた所、名前を呼ぶ声が聞こえたんや。おもろい事に、その声はあんたの声にそっくりや! 会いたい会いたい言うとるんは中々聞き応えあったなぁ……」
那珂が続いた。
「でもぉ〜、私達はどうやって声の方向に行けば良いのか判らなかったんだぁ……。 本当はこのまま消えちゃうのかなって思ってたし、身体も動かせないし〜。 でも声を聴いてたら消えたくないって思ってね……」
白雪が続いた。
「そしたら、男の人達が案内をしてくれました……。 手を引いて“こっちだよ”って……、とても暖かい手でした……」
龍田は篠原の目の前まで歩いて向き合うと、言った。
「こんなお願いもされちゃったわ? “隊長の事を頼む”って……。 なんの事かは、わからないけれど……、きっと、貴方の事ね〜?」
篠原はその言葉を聞くと、その場に崩れるように膝をついた。
「全く……、あいつら……!」
奇跡的と言えるこの現状は、誰かの想いが引き寄せた必然とでも言うのだろうか。
誰がここに彼女達を導いたのか、篠原には判っていたようだ。
この鎮守府はようやくスタートラインに立ったと言える。
これから待ち受ける数々の戦いが例えどんなものでも、きっと彼等は負ける事は無いだろう。
数々の死を乗り越え、多くの想いを託され研ぎ澄まされた必殺の刃が敗北を許さない。
託された信義と共に艦娘達は海を守り抜く。
◇end
後日談・日常編
これにて物語は完結しました。
今回が初の二次創作で、処女作になります。
後半のご都合主義っぽさは否めませんが、それでも無事に完結出来て良かったです。
元々はEDFプレイ中に艦これの話を聞いて「攻撃が効かない位で屈強な男達が黙って見てる筈がないだるぉぉ?」と思って考えた物語になります。
戦士と艦娘がわかり合うまでに、こんなバックストーリーあったら良いなーという妄想でした。
オリキャラである篠原の事を気に入って頂ける様でしたら、番外編で日常回と言うのも考えてはあります。
大変お見苦しい文章だったとは思いますが、ここまで見て下さった方、評価や応援を押してくれた方、本当にありがとうございました。
日常回待ってますので、はよヽ(・∀・)ノ
コメントありがとうございます!
番外編はストーリー構成とか無さそうなので、一話完結で不定期更新を予定しています
何話か纏まったら公開してみようと思います
楽しく読ませて頂きました。
作者様に最大限の感謝を。
番外編、日常編楽しみです。
コメントありがとうございます。
拙い文書ですが楽しんで頂けたなら冥利に尽きます!
日常編はもう少しお待ちを…!
大淀の台詞を修正しました。
もう1年ほど前の作品ですが、伝えたかったので書きます。
艦これのSS、というよりも二次創作小説で初めて泣くほどに感動したのがこの作品でした。
今でこそ多くの作品に出会いましたが、この作品が無ければ、それらの作品に出会うことは無かったでしょう。
素晴らしい作品を投稿して頂き本当にありがとうございます。
コメントありがとうございます!
そう言って頂けるのは本当に嬉しいです、慣れないながらも書き続けた甲斐もありました。
こちらこそ、沢山の作品の中から私の拙い文章に目を通して頂いて、ありがとうございます。