2020-06-08 17:38:38 更新

その鎮守府は、銀髪の提督が運営していた。

最前線とまでは言えないが、かなりの激戦が繰り広げられている海域。

そんなところに配置される…銀髪の女提督にはとてつもない重圧がかかっていた。


重圧の原因はそれだけではないのだが。

この提督は陰でこう呼ばれている。

深海の魔女、銀の呪い。などと。



この世界は、現状深海棲艦と一進一退の攻防を繰り広げている。それもこれも艦娘の働きによるところが大きい。

しかし、艦娘の権利はなかなか拡大されない。主に、市民団体といった組織が抵抗を続けている。突然出てきた存在。見た目はただの少女なのに人非ざる力を使いこなし傷を受けても修復材で一瞬にして治ってしまう。もちろん軍の人間にとっては小娘に頼らなければいけない状況は面白くない。当然陸軍もだ。


この艦娘達を束ねるのが提督。

提督は人間だ。階級は様々だが、この女提督ももちろん人間だ。


しかし


かつて深海棲艦が現れ世界の海から人類を駆逐していき、一部の陸上を制圧した頃。

誰もが見た。

おぞましい化け物と、

それを率いる


銀髪の女達。


人々の記憶に強く焼き付いたのは化け物だけではなかった。

その美しすぎる銀髪、透き通るような白すぎる肌。


そこから、今の状況に至るまで誰もそれらを忘れることはなかった。

そして深海棲艦への恨みつらみは強く印象に残った銀髪の娘に向けられた。

そして、銀の髪は忌むべき対象となったのだ。

もちろん、銀髪に対してあまり執着してない者も少なからずいる。

(でなければ、提督になどなれはしない)

だが、依然差別は根強くこの娘が提督になれたのも奇跡としか言いようがない。

一因としては今の元帥が実力さえあれば採用してくれる人であるから、と言うこともある。


なんにせよ、ここの鎮守府の提督は実績を重ねつつもあらゆるところからの妨害、嫌がらせを受けながら運営しているのだ。

並大抵の器ではないことは自明である。そして心にかかるストレスも尋常ではない。


「てーとくさん!遠征おわったっぽーい!」

元気よく金髪の女の子が執務室に入って来る。

「お疲れ様。夕立ちゃん」

「ぽーい!大成功っぽい!!」

「よかった」

少しぎこちなくではあるが微笑む。

「やっぱてーとくさんには笑顔が似合うっぽい!」

「…そう?ありがとう」

突然褒められて少しきょとんとしつつも答える。

「ぽい!失礼しますっぽい!ごっはんーごっはん」

元気よく、語尾に♪が付きそうな感じで夕立が執務室を出ていく。


(可愛いなぁ)

夕立と入れ替わるようにして、秘書艦がやってくる。

「てーとくー!お疲れ様~!」

「鈴谷も、ね?」

自然に相手を労うのもこの提督らしい。

「ありがとっ!お茶淹れてきたよ!」

「ありがとう。鈴谷」

提督がお茶を飲むしぐさ一つを見ても何か上品さを感じる。

それもそのはずこの提督、本名は神崎綾という。そして神崎家はこの国で俗にいう上流階級に属するお金持ちのお家なのだ。

今でこそ本家との関係が冷え切ってしまって本人はお金持ちではないが、本家にいたときに叩き込まれたものが今でも生きているのだ。

本家ではいい思いはしなかったが、このことだけはなにかと役に立ついいものだと思っている。


「ふぅ…。資源カツカツねぇ…」

「やっぱ厳しい?」

資源の貯蔵状況を見ながらため息が出る。

「ええ。普段の運営は何とかなるけれど大規模作戦には少し心もとないわ…」

「大規模作戦かぁ…もう計画されてるのかな?」

「私には何も知らされてはいないけれど多分あるんじゃないかしら…」

「何も知らされてないなんてあるの…?」

「まぁ…私はあまりあそこでは気に入られていないようだし…一介の提督じゃ…ね」

苦笑いを浮かべつつそう答える。

「てーとくはとっても優秀なのにね」

「その言葉だけで嬉しいわ」


「はい!書類片付け終わったよー!」

「ありがとう。今日の書類は…これで終わりね」

最後の書類に判子をついて、執務を終わらせる。鈴谷が手伝ってくれたのとそもそもの執務が少なくて思ったより早く終わった。

「まだ昼間だけど…何しようかしら」

思いっきり伸びをしながら鈴谷に尋ねる。

「何しようねぇ…お出かけ…は無理か」

「お出かけ…行きたい?」

「無理しなくて大丈夫だよ?てーとく!」

「んー…じゃあ次のお休み。お出かけしよう?」

「いいの?やったぁ!」

久しぶりの綾とのお出かけに飛び上がって喜ぶ。その様子を見てると誘ってよかったなと思える。


そもそも綾は生まれ持った銀髪のお陰で外に出るだけで陰口をあらゆるところから言われる。ゆえにあまり外が好きではないのだ。

しかも、毎日のように鎮守府の前には艦娘反対派や人権擁護を自称する人間、銀髪を半ば公然と差別するようなことを言う団体達がたむろしている。

いつ、綾が攻撃されるか。いや、鎮守府内の銀髪の娘が攻撃されるかもわからないのだ。

そのため、鎮守府の外周の壁には数十メートルおきに見張りの私兵が付いている。時間交代制だからほぼ24時間何人かは外周にいる。

壁を乗り越えてくる不審者がいたら即刻撃つように言われている。もちろん最初から実弾は撃たないが。

この者たちは綾のことを特段差別していない、それどころか逆に好いているこの世界では物好きに入る部類の人間たちだ。一般的に言えば奇特な者になるのだろうか。


鈴谷と綾がワイワイ話しているときに扉がノックされる。

「入っていいよ」

「失礼します…」

少し遠慮がちに扉を開けて入ってくる。

「どうかしたの?明石」

「実は…」

ためらいつつ口を開く。

「翔鶴さんがまた例の人々に物を投げられて軽いけがを…」

「また?」

「はい…。もう手当はしたのでけがは大丈夫ですが…」

「翔鶴が心配だわ…」

「はい…やはりショックだったようで。瑞鶴さんと今は部屋にいます」

「あとで私も行ってみるね」

「お願いします」


外で構えてる者たちは時折、休日外出している艦娘(特に銀髪や目立つ娘)に絡んでくることが多々ある。

そしてここ最近回数が増えている。守ってきた人々の中からそのように好意的でない絡み方をされて思い悩む娘も増えていた。

いくら戦場で殺し合いをしているとは言え繊細な年ごろの女の子なのだ。

戦働きをしているうえにさらに心労をかければ、いつ心が壊れてしまうともわからない。


「はぁ…どうにかならないかなぁ」

「表のアレ邪魔だよねぇ…」

「アレとか言っちゃダメよ」

表立って文句を言うのは憚られるので窘める。

「優しいね…やっぱてーとくはさ」

「優しくあれるのは皆がいるからよ」

「本当…?辛くない?」

「大丈夫よ」

そういって鈴谷を軽く抱きしめる。

「無理だけはしちゃだめだからね、てーとく!」

「わかってるわ」


その後、執務室を鈴谷に少し任せて翔鶴の元へ向かう。

「翔鶴の部屋は…ここね」

扉をノックすると中から声が聞こえてくる。

「はーい」

「私よ」

「てーとくさん!入って入って!」

綾が入ると翔鶴と瑞鶴がベッドに座っていた。

「翔鶴…大丈夫だった?」

「提督…はい。傷は大したことありませんから…」

少し寂しげな表情を浮かべながら答える。

「…ごめんね。翔鶴。私の力が足りないばっかりに」

「提督…!謝らないでください。提督は別に悪いんじゃないんですから…」

「でも私があの人たちを鎮められてないからこんなことに…」

「気にしないでください…。そういう人がいることは…わかってますから」

「ごめんね…」

早くこの娘たちを安心させてやりたいがどうしようもできない現状が歯がゆい。


暫く話した後、綾が部屋から出てくる。

「じゃあ…あとはよろしくね」

「わかってるよ」


執務室に戻った後、今後どのようにするか対策を鈴谷と少し考えていた。

「どうしようかなぁ…」

「下手に手出したらまずいよねぇ…」

「そうなんだよね…めんどくさい…」

「大本営…に相談とか」

「ダメね…私じゃ顔利かないもの。そもそも敷地外にいる民間人にどうすることもできないわ」

「きれいな髪なのに…」

「…もう慣れたわ」

「なんかごめんね…」

「大丈夫よ…問題ないわ」

「鈴谷は今日正門のほう行った?」

「朝少しだけ見に行ったけど…いつも通りにぎやかだったよ?」

「そっかぁ…」

「てーとく近づかない方がいいよ?」

「そんなつもりはないわ」

しばらく二人でどうしようかあれこれ考えてはみたが何も改善策が思い浮かばない。

「はぁ…八方塞がりね…」

何も思い浮かばない自分が嫌になる。

「どんなに厳しくても鈴谷はずーっと一緒にいるからね」

突然鈴谷が後ろからかぶさるように抱き着いてきた。人の体のぬくもりが少し心地いい。

「嬉しいわ…」

「だから、悩みがあれば鈴谷に言ってね?全部受け止めてあげるから」

「うん…」


「少し気分が楽になったかも…ありがとね」

「いいってことよー!」

しばらく抱き締めてもらったおかげで気分が晴れた。気分がすっきりしたところでもう一度対策を話し合ってみた。

「強制的に退去させることできないんだよね…」

「でも、不法侵入未遂も少しずつ増えてるみたいだよ」

「いつかなだれ込んできてもおかしくないわね…」

「そうなると…追い払うのが一番いいんだけど…」

「武器を使えば私たちの立場がつらくなるのよね」

「でも…思い切ってやっちゃった方がみんないい気がする…しない?」

「お上は及び腰ね…ただでさえ戦いが長引いているもの。ここで民衆に下手に反戦ムードを出されたくないでしょう」

「そっかぁ…」

「私ももっと頑張って皆にいっぱい資源使わせてあげないと…」

「無理しないでね…?てーとく。」

「わかってるけど、やっぱり必要なときはするわ」

「鈴谷たちがいるってことは忘れないでね」

「はいはい」


しばらく考えなおしても特に何も思い浮かばなかったので気分転換に何かを食べに行こうかと鈴谷を誘う。

「まじで!?じゃあ間宮いこーよ!」

「わかったわ」

「やったぁ~」

小躍りしそうな感じで鈴谷が綾を間宮に引っ張っていく。


間宮に入ると、あまり人がいなく閑散としていたので間宮がすぐに声をかけてくれた。

「あら、提督に鈴谷さん。いらっしゃいませ」

丁寧にあいさつし、席に案内する。やわらかい物腰でとても心が安らぐ。

「ありがとね」

「どれにしようかなぁ」

早速鈴谷がメニューを見てどれを頼もうか悩む。

「値段は気にしなくていいからね。好きなものを」

「よし!パフェにする!」

即決である。

「ん。わかったわ。じゃあ私はあんみつに」

「畏まりました」

間宮が厨房の奥に消えていく。そして、そこまで待たせずに間宮がパフェとあんみつを持ってくる。

「ごゆっくりどうぞ」

「ありがとね」


「いっただきまーす!」

「いただきます」

先に鈴谷が口にパフェを運ぶ。

「ん~!おいしい!」

「ん。おいしいわね」

鈴谷が年相応の反応を見せるのがとても可愛らしい。

「クリームの甘みがなんとも…」

「こっちのあんみつもいいわよ」

「ひと口ちょーだい!」

「はいはい」

ひと口分だけあんみつを取って鈴谷の口に運ぶ。

「はい、あーん」

「あーむっ」

「どう?」

「おいしい!私のパフェもひと口あげる!」

「ありがとね」

鈴谷が先ほどと同じように一口とって綾の口に運ぶ。

「おいしいでしょ」

「ええ。おいしいわ」

たまにしか見せない微笑みを見せる。


「ごちそーさま!おいしかった~」

「ええ。おいしかったわね」

口を拭いて、飲み物に口をつけて少し店内を眺める。

「さて、そろそろ行く?」

「だねぇ」

綾が席を立ってお会計に行く。

鈴谷は先に間宮を出て店先で待っている。

「ありがとうございました~」


「奢ってくれてありがとうね!てーとく!」

「いいのよ」

鈴谷が綾の腕に自分の腕を絡める。ぎゅっと隣にくっついている。鈴谷の体温が感じられて気持ちがいい。

「鈴谷?」

「たまにはこうやってもどろーよ」

「いいけれど…」

鈴谷がテンションを上げていっしょに執務室へ戻る。


執務室に戻っても特に仕事は残ってないのでお出かけでどこに行くかを相談したりただ駄弁ったりしていた。

「だんだん暗くなってきたねぇ…」

窓の外を見ればもう空が茜色になっていた。気づかないくらい夢中になって話していたようだ。

「ほんとね…いつの間に」

「そろそろてーとく帰る?」

「もう少ししたらね?」

「バッグ持ってきておくね」

綾の持ち歩いてる小さな肩掛けバッグを持ってくる。

「ありがとう」

鈴谷の頭を撫でながら言う。それだけでも鈴谷がうれしそうにしてくれるのでなんだかこっちまで嬉しくなってくる。

書類と電子機器をバッグに詰めて机上に寝かせる。

「おしゃれだよねぇ…てーとく」

「そう…?ただの制服に普通の肩掛けよ?鈴谷の方が女子高生みたいで可愛いしおしゃれじゃない」

「嬉しいこと言ってくれるねてーとく!」

肘で綾の脇を小突く。

「もう…」

苦笑いしながらもまんざらでもない。


三十分ほどしたところで綾が帰ろうとする。

「そろそろ帰るわね…鈴谷」

「はいはーい!見送るね!」

「ありがとう」

いつものように帰りがけには秘書艦の娘が鎮守府の外まで見送りに来てくれる。


正面の門にはまだ人がいるため裏口の方からこっそりと出る。

「なんで鈴谷達が裏口から…」

「しょうがないわね…正門から行っちゃったら私どんな目に合うか…」

「そうなっちゃうもんねぇ…」

「早急に何とかしたいなぁ…」

愚痴をこぼしつつもどうしようもないのであきらめて裏口から出る。

「じゃあ、また明日ね!てーとく!」

裏口を出たところで鈴谷が綾に手を振る。

「ええ。また明日ね」

手を振り返して家路につく。綾が見えなくなるまで鈴谷は見送り続けている。

正門の方からはいまだに集団の声が聞こえる。


それを避けるように鎮守府に近い自宅に向かう。

その前に家で待つ妹とご飯を作るためにスーパーへ向かって材料を買っていく。

綾「さぁてと。お家に帰りましょ」


家の門の鍵をぎぎっと開けて、家に入りまた厳重に鍵を閉める。

そうしないと、何されるか、誰が入ってくるかがわからないからだ。

綾「はぁ…いちいち鍵いっぱい締めるのめんどくさいなぁ…」

ぶつぶつ言いつつ家に入る。


綾「ただいまー」

「おかえりなさい!お姉ちゃん!」

元気な声が会談の上から響いてくる。


綾「いい子にしてた?」

「うんっ!もちろんっ!」

綾「じゃあ急いでご飯作るからね」

「お手伝いする?」

綾「うん。お願いね」

「わかった!!!」

元気に妹が返事をしてさりげなく綾の荷物を持っていく。

綾「重くない?大丈夫?楓」

楓「大丈夫大丈夫!おっとと…」

大丈夫と言った瞬間にぐらりとよろける。

綾「ほら…言わんこっちゃない…」

楓「だ…大丈夫!」

体勢を立て直して頑張って台所まで持っていく。


この娘は、綾の妹の楓。

天真爛漫といった性格で、綾との中がとてもいい。

高校生活をそれなりには楽しんでいるようだが、一部の者からは疎まれている。

その人たちに何かしたわけではないが銀髪の身内を持っているだけで疎まれているのだ。

しかし、楓は姉のせいとは全く思ってもいないしその者たちの嫌がらせはほぼ無視している。

いちいち相手をしていたら身が持たないし、何よりめんどくさいからだ。


楓「何手伝えばいい?」

綾「そうね…じゃあこの野菜を洗ってくれる?」

楓「了解!」

袋から野菜を取り出して水で軽く洗い流す。

綾「後皮むきしてくれると助かるわ」

楓「ん!」

ピーラーを取り出して皮むきを始める。

楓の鼻歌を聞きながら綾も料理の準備をし始める。


綾「お手伝いありがとね」

楓から野菜を受け取って、リズムよく音を立てながら切る。

楓「お姉ちゃんの料理楽しみ~」

綾「楽しみにしててね」


綾の邪魔にならないように楓はリビングに行ってくつろぐ。

テレビを見ながらぼーっとしているとキッチンからほのかにおいしそうな匂いがしてくる。


楓「おいしそうな匂い!」

そろそろ作り終わるかと思いキッチンの方へ向かう。

綾「ん?もうちょっと待ってね」

楓「はーい!」


料理が完成したところで棚から皿を持ってきて盛り付ける準備する。

綾「ほっ!っと」

料理を丁寧に盛り付けるて楓に渡す。

綾「はい。持って行ってね~」

楓「うんっ!」

箸を一緒に持ちながらリビングまで運んでいく。

その間に綾が洗い物を簡単に済ませてからリビングへ向かう。


綾「じゃあ」

楓「いただきまーす!」

綾「いただきます」


楓がご飯と一緒におかずをほおばる。

楓「んーっ!」

綾「おいしい?」

口いっぱいに食べ物が入っているので、頷いて返す。

綾「よかった」


楓「お姉ちゃんの料理はいっつもおいしいよ!」

綾「嬉しいわ」

互いに笑みが広がる。


楓「ごちそうさまでした!」

早々と食べ終わって食器を片付けに行く。

綾「ごちそうさまでした」




翌朝

楓「行ってきまーす!」

慌ただしく楓が階段を下りてくる。

綾「いってらっしゃーい!」

返事もしないうちにドアの閉まる音がする。

綾「今日は一段と慌ただしいわね…」

苦笑いしつつ自分も鎮守府へ行く準備をする。


綾「行ってきます」

誰もいない家に行ってきますを言ってから家を出る。


少し肌寒い空気を感じながら鎮守府へ向かう。

綾「だんだん寒くなってきた…暖房もう少ししたら入れなきゃなぁ」

ここら辺には結構人が住んでいるので出勤する人たちもたくさん駅へ向かって歩いている。

鎮守府とは逆の方向なので前からすれ違うような感じだ。


もちろん銀髪は隠して動いているため特に誰にも罵声を浴びさせられたりはしない。

偶に挨拶をしてくれる人がいるくらいだ。

もちろん、綾の素性が知れたらどんな反応するかはわからない。

少なくともいい結果にはならないだろう。


何だかんだ考えているうちに鎮守府に着いた。

綾「お疲れ様」

守衛にそう声をかける。

守衛もそれに応じて敬礼をする。

綾は敬礼を返してからまっすぐ執務室へ向かう。


執務室へついて荷物を下したところで上着を脱いで綺麗な髪を下ろす。

朝日に反射してキラキラして益々美しく、それでいて清楚に見える。


既に机の上には何枚かの報告書が置いてある。

まずはこれを片付けるところから始めようと、コーヒーを淹れてから椅子に座る。


コーヒーを片手に報告書を見ること数十分。

ある分を見終わってしまったので、秘書艦が来るまで何しようかと暫しぼーっとする。

いろいろと思い出してしまう。

嫌なこともいいことも。


ぼーっとしている間に扉がノックされる。

綾「あ、入っていいよ」

扉を開いて、矢矧が入ってくる。

矢矧「おはようございます、提督」

綾「おはよう。矢矧」


綾「今日の執務は何?」

矢矧「まず、工廠に行って新装備の話し合い。その後報告書を見てから攻略海域の編成。最後に雑務でおしまい」

綾「結構盛りだくさんだね。まぁ頑張ろう」

矢矧「全力でサポートするわ」

綾「ありがとう」


十分ほどして綾が席を立つ。

綾「じゃあ矢矧。工廠いこっか」

矢矧「わかったわ」

綾の上衣を矢矧が取って綾へ渡す。

綾「ありがとう」


綾「矢矧って冬の間その服で寒くないの?」

工廠へ行く途中ふと尋ねる。

矢矧「出撃の時はあんまり寒さが気にならないけど…普通の時は上に何枚か着たりするわね」

綾「へぇ…出撃の時は気にならないんだ…」

矢矧「ええ。こういう時は艦娘で良かったと思うわ」


綾「今日の工廠は静かね」

いつもと雰囲気の違う工廠に着く。

綾「明石ー!夕張ー!」

明石「はーい」

奥の方から明石の返事が聞こえてくる。

綾「どこー!」

明石「こっちですー!」

物陰から顔を出す。

綾「あぁ…いた」

明石「いやぁごめんなさい。いろいろとおいてあって…」

綾「大丈夫よ」


明石「で、新装備の話ですよね?」

綾「ええ。そろそろ艦載機の更新を進めていこうかと思って」

明石「となると…烈風開発ですね…」

綾「烈風かぁ…うまくいくかなぁ…」

明石「空母の皆さんの意見とかあればいっぱいほしいですねぇ…」

綾「そういうもの?」

明石「やっぱ使う人の意見は貴重ですよ」

綾「なるほどね。わかったわ。あとで空母の娘達何人かに来てもらうわね」

明石「お願いしますね、提督」


もう少し新装備について話し合ってから工廠を後にする。

「帰りがけに空母の娘達に声をかけて行こうかなぁ?」

矢矧「いま主力空母部隊は出撃中よ提督」

綾「あ、そうだったね…。帰ってきてからか…」

矢矧「夕方には帰投するはずよ」

綾「わかった」


綾「ふぅ…」

執務室に戻ってきたので上衣を脱いで椅子に掛ける。

矢矧が自然な動きで上衣を取って衣服を掛けるところにかけなおす。

綾「ありがとうね」

軽く礼をした後報告書の束を持ってくる。

矢矧「これで全部のはずよ」

綾「ありがとう。矢矧」


一枚一枚丁寧に目を通していく。

綾「あ、これは…」

矢矧「手配しておく?」

綾「お願い」


綾「んー…やっぱ衣服関係の申請が多いね…」

矢矧「どうあがいても女だものね…服飾が多くなるのも仕方ないわ」

綾「だねぇ。予算で落とせるから全然いいんだけどね」


綾「こっちは建物の修繕申請か…こういうのはすぐ直さないとね」

矢矧「士気にかかわるものね」


綾「戦闘結果の報告書はまぁ…皆勝ちばっかね」

矢矧「何週もしているし、当然と言えば当然ね」

綾「だね。練度上げも大変だ…」

矢矧「ただそれをしないとこの先もっと大変になるけれどね」

綾「頑張らなきゃ…だね」


綾「ふぅ…とりあえずこれで終わりかな?」

見た報告書をトントンとまとめて矢矧に渡す。

矢矧「ええ。これで全部よ」

綾「じゃあ…お昼にする?」


時計を見るとそろそろお昼の時間だ。

矢矧「そうね…おなかもすいてきたし…」

綾「決まりね。食堂にしましょうか」

矢矧「わかったわ」


矢矧と綾が並んで食堂へ向かう。


食堂には何人かの駆逐艦と軽巡たちがいた。

綾「ちょっと早かったかな…?」

矢矧「大丈夫よ」


電「ていとくさん…!」

綾「おお電ちゃん」

ひょこひょこと電達が寄ってくる。

電「提督さんもお昼なのです?」

綾「そうだよ。一緒に食べる?」

電「はいなのです!」

綾「じゃあ料理取ってくるから席で待っててね」

電がこくりと頷いて席の方へ行く。


綾「今日は…何にしようかな」

矢矧「私はラーメンにするわ」

綾「ラーメンかぁ…じゃあ私もラーメンにしようかな」


二人とも醤油ラーメンを注文する。

綾「安定よね」

矢矧「私はたまに豚骨行くけどね」

綾「へぇ」


ラーメンを盆の上に乗せて電達が待っている卓へ向かう。

綾「あそこかぁ」


電の隣が開いていたのでそこに腰を下ろす。

綾「いただきまーす」

「いただきまーす!」


綾「うん。おいしいわ」

ちゅるっと麺をすする。

電「提督さんはラーメンお好きなのですか?」

綾「それなりに好きだよ。麺類では一番かな」

電「そうなのですか…」

そういってカレーを一口食べる。

綾「そういう電ちゃんはカレー好きなのかな?」

電「好きなのです!」

綾「へぇ…じゃあ今度作ってあげるね」

電「いいのですか!?」

綾「もちろん。みんなにおいしいの振る舞うよ」

電「やったぁなのです!」

無邪気に喜ぶ。


綾「電ちゃん達最近変わったことはない?」

電「変わったこと…」

暁「特にないわ!」

綾「そう…ならいいわ。なにかしてほしいことがあったら言ってね」

電「はいなのです!」


綾「あー…美味しかった!」

矢矧「ごちそうさまでした」

電「デザート一緒に食べませんか…?」

綾「んー…」

ちらっと電の方を向いてから

綾「よし!いこっか!」

電「やったのです!」

暁「私もついていくわ!」

綾「はいはい。皆行こうね」


間宮の甘味処へ向かう。

間宮「いらっしゃいませ…って提督でしたか」

大きめの席に案内する。

綾「今日は私が出してあげるから好きなの頼んでね」

電「ありがとうなのです!」

綾「いーってことよ」


皆の注文が決まったところで綾が注文する。

綾「お願いします」

間宮「はーい。少々お待ちくださいねー」

そう言って奥へ引っ込んでいく。


十分ほどしてお盆に料理を乗せて持ってくる。

間宮「ごゆっくりどうぞ」


暁「いっただきまーす!」

電「いただきますなのです」

「いただきます」


電「おいしいのです!」

暁「おいしいわ!」

矢矧「うん。おいしい」

阿賀野「あーんっ」

阿賀野は酒匂と食べさせあいっこをしている。

酒匂「ぴゃぁ!おいしー!」

阿賀野「よかった~」

酒匂「はいっ!」

逆に阿賀野にスプーンでプリンアラモードを差し出す。

阿賀野「あーん」


綾「いいねぇ…平和だ…」

矢矧「そうね…」


暫くして大淀が間宮に入ってくる。

綾「おや?大淀どうしたの?」


大淀が真剣な顔つきでこちらにやってくる。

大淀「大本営からの通信です」

綾「…わかった。執務室いこっか」


先にお会計を済ませて矢矧だけを連れて執務室へ戻る。


電「なんだったんでしょう…」

暁「気になるわ…!」


執務室

綾「で、どんなことを言ってきたの?」

大淀「ここから十キロほど離れたところにある鎮守府が深海棲艦に襲撃され連絡途絶。とのことです」

綾「ふぅん…。でなにしろって?」

大淀「援軍を送れ…とのことです」

綾「やっぱり…」

綾「付近の住民の避難は?」

大淀「済んでいるそうです」

綾「わかった…。今から準備するよ」


主力の一部が出撃しているので、少ししか戦力を持っていけない。

そして、陸の方から偵察に向かうので潜水艦が連れていけない。海から行けばどれだけ敵が待ち構えているかわからない。もしかしたら鎮守府にすら近づけないかもしれない。ならば陸から様子を見つつ生存者を探した方がいい。


「どうしようね」

「そうね…」

「偵察だから偵察機飛ばせるほういいかな」

「偵察ってこと考えると…偵察に来てるってことがばれるのはまずいんじゃないのかしら…」

「でも鎮守府内がどうなってるかも見ておかないといけないよ?」

「うーん…」

「バランスよく各艦種そろえていきましょ」

「そうね」


こうして、戦艦重巡軽巡駆逐空母まんべんなく一人二人ずつ選び出す。

「じゃあ私いない間の鎮守府よろしくね」

「ええ」


そう言って執務室を後にして明石のいる工廠に向かう。とあるものを受け取りに行くのだ。

「明石ー!」

「はいはーい!どうされましたー?」

奥の方から明石がにょきっと出てくる。

「あれ貸して欲しいんだけど…」

「あれを使うんですか…?」

少し厳しい顔をして問い返す。

「うん…今回はそれが必要…というかあったほういいかなって」

「…わかりました。少々お待ちを」

奥に引っ込んでいく。

暫くして、刀を一振りと銃を一丁持ってくる。

「こちらです」

「これが…」

「ええ。深海棲艦に抵抗できる試作品です」

「普通に使って大丈夫なのよね」

「もちろん。ただし、相手にできるのはせいぜい駆逐艦です。それもフラグシップ級は難しいです」

「人間で相手できるだけましよ」

「戦艦相手にはほんとにカスダメレベルです」

「あくまで補助的に、ってことね」

「ええ。皆さんに守ってもらってください」

「わかったわ」


二つの武器を手渡す。

「絶対に無理はしないでくださいね」

綾がこくりと頷いて受け取る。


数時間後招集された艦娘達が執務室に集まる。

「まずは集まってくれてありがとね」

「作戦についてはもう伝わってると思うけど、主に偵察、調査、安否確認、あわよくば奪還」

「私も一緒に行くけど皆が頼りだから…よろしくね」

「しっかり提督を守るネ」

「がんばります」

「頑張るよっ!」

隼鷹や萩風、時雨に夕立と高雄が隣で同じように一言ずつ話す。


「じゃあ明日の朝0900に出撃するから執務室に集まってね」

「了解!」

皆敬礼をしてそれぞれ準備をする。


「じゃあ…明日からしばらくよろしくね」

「ええ。微力を尽くすわ」


翌日。0900に執務室に綾が向かうと、当然だがしっかりと皆そろっていた。

「うん。みんな揃ってるわね」

「当然ネ!」

「じゃあ…任務を始めるわよ。途中までは車両で移動して一、二キロくらいのところから歩くわ」

「了解です!」

「じゃあ…任務開始!」

皆で裏口の方から鎮守府を出て、乗用車に偽装した鎮守府の軍用車に乗り込む。余計な手間を食らわないように。


車に揺られて進んでいくにつれてだんだん人の気配がなくなってくる。

作戦開始地点、徒歩で行動を始めるところに着いた頃には周りに民間人は誰もいなくなっていた。そもそも家が少ないというのもあるのだが。


「じゃあ…いくよ」

車を降りてまずはそれぞれの装備をいつでも使えるようにする。

「まずはこの近辺を偵察してほしいんだけど隼鷹。頼める?」

「あいよ!」

三機の偵察機を低空で空に放つ。


飛び立ってから暫くして報告を隼鷹が聞く。

「ふーむ…。近くには敵はいないみたいだね…」

「ん。わかったわ。ありがとう」

偵察機をすぐに帰投させて隼鷹が偵察機をしまってから行動を開始する。

「終わったよ。提督」

「わかったわ」


一キロほど歩いていると段々鎮守府らしき影が見えてくる。

「鎮守府の隣にある山…あそこからいったん全景を見てみましょう」

「了解ネ」

そこまで標高の高くない山をささっと登って、鎮守府から見えにくい全景を確認できるところで眺める。

「表だって深海棲艦がうろついてるわけではないようだし…誰もいないね…」

「どうしましょう…」

「もう少し様子を見て、深海棲艦がどこにもいなそうなら鎮守府の中に入ってみようと思うよ」

「了解です」


三十分ほど経ってから動きがないのを確認して鎮守府の方に歩を進める。

「こっそり行くよ。でもどこから出てくるかわかんないから周りには注意してね」

「わかりました」

高雄が先頭、駆逐艦と続いて提督と隼鷹、鈴谷。最後に戦艦が少しずつ近づいて行って鎮守府に入る。


「静か…」

誰の気配もしないので高雄に鎮守府の建物を目指すように合図を送る。

それを受けた高雄は割れた窓から中を見つつ侵入する。

全員が入ったところでいったん集まる。

「ここからは分かれて行動するけど、二人一組でね」

「了解です。さ、行きましょう萩風ちゃん」

「は、はい!」

始めて組む高雄に少し緊張気味の萩風がついていく。


綾と一緒に行動するのは金剛、榛名、隼鷹だ。

「私が前に出るネ」

「ん。お願い」

戦艦である金剛と榛名が前後で間に戦闘力に数えられない隼鷹と綾を入れる。

綾たちは二階にあるはずの執務室へ向かう。

ほかの子は一階で退路確保と、誰か生存者がいないかの捜索だ。


敵がいるかもしれない建物なのであらゆる角が怖くなってくる。

「階段も怖く見えてくるね…」

「心配いらないネ」

微笑んで緊張を解こうとする。

「…ええ」

階段を上って二階に着いたところで廊下をちらっと見て偵察する。

「誰もいない…ネ」

「執務室はそっちにあるはずなんだけど…」

「今のところどっちにもいないから、今ならいけるネ」

「ん。行きましょう」

この機を逃すまいと金剛を先頭に執務室へそろりそろりと向かう。


そして執務室への途中に唯一ある曲がり角に近づくと金剛が突然止まった。

廊下の奥から足音がする。

敵味方が判別できないので金剛が手で綾達に下がるように示す。


何者かが角から出てきたその瞬間金剛が砲を向ける。

「動くな!」


そこにいたのは銀髪の戦艦級と思われる敵だ。

「キサマラハ…」

「黙って手を上げるネ」

「…コトワル!」

敵もすぐに砲を出現させ金剛を撃とうとする。

が、金剛が即座に引き金を引いて顔面をぶち抜く。先に金剛が砲を出していたから有利であった。

「クソッ…」

よろめきながら敵が壁にもたれかかる。赤い液体が滴っている。が、容赦なく金剛はとどめを刺すため砲を向ける。

そして、躊躇なく砲撃する。赤い華が咲いた。


「あちゃぁ…これほかにもいたらばれちゃってるね…」

「さっさと執務室に行っているかを確認したほういいんじゃないカナ?」

「…そうね。ばれてるならさっさと終わらせて撤退しましょうか」

いちど砲撃をしてしまったので何かがいることはばれてしまったのでさっさとことを済ませに行く。


金剛と榛名に執務室の扉を砲撃で破壊させて一気に踏み込む。

煙が晴れると机の上に金色の目をした深海棲艦が提督を縛り上げて尋問していた。

「アラ…モウオナカマガキタノネ」

提督「くっ…貴様か…」


綾は金剛達には深海棲艦に照準させたまま一歩前へ出る。


が、反応できない速度で深海棲艦が間合いを詰めてきて綾の首を掴む。

「がっ…!?」

「シネ…!」


「させないネ!!」

深海棲艦の横っ面をぶん殴る。

「ナニッ…」

痛みに顔を顰めて綾を離してしまう。

綾「げほっ…げほっ…」


金剛「さよならネ」

砲撃で一気にとどめを刺す。


綾「金剛…ありがとう。助かったわ」

金剛「当然ネ。それよりも大丈夫?」

首を指さす。少し血がにじんでいる。

綾「うん…少し苦しいけれど今は大丈夫よ」

提督の縄を解く。


提督「貴様に助けられるとはな…」

綾「申し訳ありません。命令ですので」

そっけなく答える。


すると、すごい勢いで夕立が入ってきた。

夕立「提督さん大変っぽい!」

綾「どうしたの?」

夕立「来てっぽい!急いで!」

綾「ん…?わかったわ」

提督を無傷の部屋に残して、夕立についていく。


綾「夕立…いったいそんなに慌ててどうしたの?」

夕立「大変なもの見つけちゃったっぽい!」

綾「大変なものって…」


鎮守府の隣の二階建ての建物に夕立が案内してくる。

夕立「中に高雄とかいるっぽい。とりあえず見てみてほしいっぽい」

訝しみつつも綾が扉を押し開ける。


綺麗な洋風の作りの玄関が広がっている。

高雄「あ、提督…」

綾「いったい何があったの?」

高雄「この扉の先に…」

正面の大扉を手で指す。

綾「…?」


ぎぎぎっと扉を開けると

中から血のにおいと生臭さと腐った匂いがしてきた。

綾「うぇっ…何この臭い…」

吐くレベルでものすごい臭い。


高雄「電気を今つけますが…お覚悟を」

高雄が照明をつける。


そこに広がっていたのは


血みどろの床。

倒れ伏す肉塊。

男の死体は無残に引き裂かれている。

艦娘の死体は戦闘によるものなのか銃撃痕が至る所に開いている。

そして、全員裸である。

一部の死体は男と艦娘がつながったままである。


綾「…何よこれ」

高雄「あまり言いたくありませんが…娼館。しかも…艦娘を用いた」

綾「こんなの…あり得ない…」

高雄「あの提督に問いただしましょう。提督」

綾「そうね…」


提督「その必要はない」

入口から声が聞こえる。

綾「…お部屋でお待ちいただいているはずですが」

提督「大体予想はつくからな」

綾「では、ご説明頂けますか?これを」

提督「見ればわかるだろう」


綾「なぜこんなことを…」

提督「所詮モノに過ぎん。どう使おうが私の勝手だろう。もっとも、銀髪の貴様にはわからんかもしれんがな」

綾「モノ…とおっしゃいましたか」

提督「聞こえなかったか」

綾「艦娘はあなたのモノでは…」

提督「貴様のような銀髪の深海の手先のような奴の意見など聞く気はない」



綾「…こんなことが許されるとお思いですか」

提督「大本営は私を切り捨てることなどできない。いくらここが攻撃を受けようと、な」

綾「いくら戦果があるとは言え…」

提督「話は終わりだ」


提督が立ち去る。


綾「なんてこと…」

高雄「どうしましょう…提督」

綾「とりあえず証拠だけ撮っておきましょう」

高雄「了解です」


証拠を取り終わって連れてきた艦娘を集めて点呼を取って鎮守府から撤退する。

綾「よーし。皆いるわね。じゃあ帰りましょうか」

金剛「了解ネ」


こうして綾たちは一日程で帰路についた。


金剛「提督今日はもうお家に帰って休むネ」

綾「でも報告書作らなきゃだし…」

金剛「あんなもの見た後じゃ落ち着いた報告書作れないネ。今日はしっかり休む方がいいよ」

綾「…わかったわ。矢矧に明日報告書を作るって伝えておいて」

金剛「了解ネ!」


榛名「提督は…おかえりになられたのですね」

金剛「まぁ、あんなもの見てしまったら流石に動揺するモノ。今日は休んでもらおうネ」

榛名「そうですね…」


綾「はぁ…」

玄関で一瞬立ち止まってから家に入る。

綾「ただいまー」

楓「おっかえりー!」

元気よく扉を開けて姉を迎えに来る。

綾「ただいま。楓」

楓「あれ…お姉ちゃんなんかあった?」

綾「…なんもないよ?どうして?」

楓「そう?なんか元気なさそうに見えたから…」

綾「そう…?まぁ、大丈夫よ。それよりご飯の用意するわね」

楓「ん!手伝うよ!」


いつも通りの日常を過ごす。

妹にあんなものを見たとばれないように。



楓「おやすみなさいお姉ちゃん」

綾「ん。お休み楓」

寝る前の挨拶をして楓が部屋に戻る。


綾「私も寝よう…」

あまり眠くはなかったが疲れがひどかったので早々に寝ることにした。



翌日鎮守府にて。

綾「さて…纏めなきゃか」

矢矧「手伝うわ。提督」

綾「ありがとう…矢矧」

三時間ほどかけて提出用の報告書を作成する。


綾「そういえば…鎮守府で異変はなかった?」

矢矧「なかったわ。いつも通りよ」

綾「そう…」


綾「報告しに行くとき矢矧も一緒に来てね」

矢矧「もちろんよ。秘書艦だもの」


綾「じゃあ…明後日…よろしくね」

矢矧「ええ。お迎えは来るのよね」

綾「そのはずよ」

矢矧「なら、荷物用意しておけばいいのね」

綾「ええ」



綾「ただいまー」

楓「おかえりなさーい!」

いつもの通り綾が帰ると楓が迎えに来てくれた。


いつも通り食事の用意をして、楓に外泊のことを話した。

楓「お仕事…」

綾「ごめんね…。どうしても私が行かなきゃいけないから…」

楓「あ、ううん!お姉ちゃんお仕事頑張って来て!」

綾「ええ。いそいで終わらせてくるわ」

楓「待ってるね」


綾「ご飯は・・・一人でできる?」

楓「がんばる!」



翌朝

綾「じゃあ、行ってくるわね」

楓「行ってらっしゃい!お姉ちゃん!」

軽く抱き合って見送る。


矢矧「おはよう、提督」

綾「おはよう矢矧」

矢矧「もう車は表に用意してるわ」

綾「準備いいね。じゃあさっさと行って用事済ませちゃおっか」

矢矧「ええ」


表に止めてある、と言っても正門に置くと二度と出れなくなるので裏口の方だ。

綾「さあ、乗ろ?」

矢矧を先に乗せようと手で促す。

矢矧「ありがとう」

綾「いいのよ」


ゆっくりと車が動き出す。

綾「憂鬱だわ…」

ぼそっと窓の外を見ながらつぶやく。


数時間経って大本営の近くに着く。

綾「まずは…元帥様にご挨拶行きましょうか」

矢矧「そうね」


大本営のいつもお世話になっている元帥に会うためアポを取る。

「今から面会可能とのことです」

綾「ありがとうございます」

丁寧に一礼して元帥の部屋へ向かう。


廊下をすれ違う人々からの蔑んだような目も気にならなくなってきた。

矢矧は少し居心地悪そうに、いら立っている。

綾はすました顔で進んでいく。


元帥の部屋の前でノックをする。

「入れ」

ガチャ

綾「失礼します。綾、参りました」

元帥「よく来たな」

綾「はい。先の作戦のご報告をと」

元帥「わかった。報告をしてくれ」

綾「はい」


書類の束を片手に中身を簡潔にまとめたものを報告する。

綾「概要はこのようになります。詳しくはこの報告に」

元帥「ご苦労」


パラパラと書類をめくる。


元帥「ふむ…深海と至近で戦闘…」

綾「艦娘の皆がいてくれたので生きて帰ってこれました」

元帥「しっかりねぎらってやれよ。…大体読んだ。他の奴のところにも行くんだろう?」

綾「はい…一応報告をしなければならないので」

元帥「気をつけていくのだぞ」

綾「はい」


綾「失礼いたします」


綾「ふぅ…元帥様は優しいから気が楽だわ」

矢矧「よかったわね」

綾「次は…ああ、いじめられるわね」

矢矧「…」

綾「あそこの提督とも仲がいいらしいし」


綾「ふぅ・・・」

元帥の部屋の前で深呼吸してから扉をノックする。

「入れ」


深々と頭を下げながら挨拶をする。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

元帥「報告をしろ」

綾「はい」

先ほどよりも丁寧に簡潔に報告をして、報告書を提出する。


元帥「フン…」

報告書をぺらぺらめくって放り投げる。


「もう下がれ。報告は終わっただろう」


ぺこりと一礼して下がる。


綾「ふぅ…」

矢矧「お疲れ様。提督」

綾「ありがと矢矧」


綾「今日は…とりあえずやるべきことはやったから宿へ戻りましょ」

矢矧「了解」


止めてあった車を走らせ少し離れた高級ホテルに入っていく。

綾「ふぅ…」

矢矧との二人部屋に入っていきなりベッドに倒れこむ。

矢矧「お疲れ様」

綾「あー…」

矢矧がスーツケースから荷物を出す。

矢矧「着替えとか出しておくわね」

綾「ありがと…矢矧」

矢矧「いいのよ。疲れたでしょ?休んでていいわ」

綾「ありがとう…」

枕に顔をうずめて息を吐く。


矢矧(マッサージでもしてあげようかしら…)


綾「うー…」

綾の背中に何かが乗っかってきた。

綾「う?」

矢矧「その…マッサージをしてあげるわ」

綾「いいの?ありがと…」

力をふっとぬく。

矢矧「じゃあ失礼するわね」


ぐっぐっと力を入れて小気味いいリズムでマッサージをする。

綾「あ~…気持ちい…」

矢矧「んっ…ふっ…よかったわ」

綾「んぁ…いい感じのリズム…」

矢矧「ふぅ…んっ…」

綾「いい感じの力加減だよ…」


三十分ほどマッサージをして、矢矧が綾の背中を離れる。

綾「うん。体が軽くなった感じする」

矢矧「よかったわ」

綾「ありがとうね」


矢矧も軽くベッドで横になる。

綾「ご飯もう少ししたらいこっか」

矢矧「ええ。そうしましょう」


綾「ふぁ…眠い…」

矢矧「早くご飯にして今日は寝る?」

綾「そうしましょ…」


ホテルの高級レストランでご飯を食べた後すぐに部屋に戻った。


綾「えーっと…」

タオルと着替えを用意する。

矢矧がその間にお風呂の準備をする。


矢矧「お風呂の用意できたわ」

綾「ありがとう。矢矧先に入っていいよ」

矢矧「いいの…?じゃあありがたくお先にいただくわ」

綾「ん」

タオルと着替えを渡す。

矢矧「ありがとう」


綾「明日ほんとに憂鬱だわ…」

風呂から矢矧の鼻歌がかすかに聞こえてくる。

綾「矢矧がいるのがせめてもの救いね…」


矢矧「提督。お風呂どうぞ」

綾「はーい。ありがとねー」

矢矧の黒く艶やかな髪が仄かに濡れていてとても艶かしい」

綾「しっかり髪乾かすのよ」

矢矧「ええ」


矢矧「明日は…いざとなったら私が…」

髪を乾かしながらひそかに決意を固める。


綾「はーぁ…気持ちいい…」

ちゃぽんと風呂に入る。

綾「あったかいわ…」


綾「お風呂気持ちよかった…」

矢矧「はい、牛乳」

綾「ありがとう」


ベッドの上にぎしっと音を立てつつ座る。

綾「はぁ…なんかだらっとしちゃうわね…」

矢矧「誰も見ていないんだから大丈夫よ」

綾「まぁ…そうね」

矢矧「大事なのはメリハリよ」


綾「ふぁぁ…眠いわ…」

矢矧「少し早いけど寝ましょう」

綾「そうね…」



翌日

綾「よし、行きましょうか」

矢矧「準備は完了したわ」

しっかりとした軍服を着て最終確認をする。

綾「じゃあ、いきましょ」

矢矧がこくりと頷いて車へ乗り込む。



数分車を走らせて、目的の提督のいる建物に着く。

綾「ふぅ…」

矢矧「行きましょう?」


守衛に声を掛けて嫌な顔をされつつも中に通される。

綾「ありがとう」

矢矧もぺこりと頭を下げて中へ入る。


通路を通っている間何も起きず、誰にも会わなかった。

綾「静かね…」


執務室の前に着く。

綾「失礼します。ただいま到着いたしました」

「入れ」

なかから少し不機嫌そうな声が飛んでくる。


綾「失礼します」

一礼をする。

提督「報告をしろ」

綾「はい」

報告書の通りに報告する。

「フン…終わったか。下がれ」



その言葉に従って足早に綾は部屋を出る。


「ふぅ…やっと終わった…」

顔面蒼白で気分が悪そうだ。緊張が解けて一気に疲れが来たのだろうか。

矢矧「大丈夫…?提督…」

綾「うん…少し気分わる…」

言葉の途中で矢矧に倒れるように寄りかかる。

矢矧「提督…?どうしたの…急に?」

「あはは…少し疲れちゃった…でも少し休めば大丈夫」

「大丈夫って…そんなに顔色悪くて大丈夫じゃないでしょう…」

綾「大丈夫…だから、心配しないで…」

綾「ごめん…少し寝させて」

矢矧「…もう」

抱っこして寝かせる。

綾「ごめんね…」


綾が意識を失うように眠り込んだ後矢矧はその寝顔を見つめていた。

「本当に大丈夫なのかしら…」

髪を梳きつつつぶやく。


数時間後に綾が目覚める。

矢矧「提督…大丈夫?」

綾「ええ…大丈夫よ。明日明後日には帰れるわ」

矢矧「本当に帰れるの…?こんな状態で」

綾「多分…ね。もうやることは終わったんだから…多分大丈夫」

矢矧「そう…」

綾「矢矧ももう寝て。私はもう大丈夫だから」

矢矧「でも…」

綾「いいからいいから。矢矧もしっかり休んで!」

矢矧「わ…わかったわ」

しぶしぶ矢矧も横になる。


綾「ごめんね…矢矧」

矢矧が眠った後にぼそっとつぶやく。


翌朝、一見元気そうな綾に起こされてホテルを出る。ホテル近くには読んでおいた車がいるはずなのでそこまで歩いて向かう。

少し綾の歩き方がふらふらしているので矢矧が時折支えながらゆっくりと進んでいた。

だが、だんだんと綾の体重が重くなってくる。いや、綾の姿勢が崩れて矢矧の肩にしがみつくようになっているのだ。

「ちょ…ちょっと提督!?大丈夫なの?!」

「あ…あはは…なんだかふらふらしてきた…」

顔を覗き込むと綾の顔は真っ赤に上気している。どう見ても高熱がある。

「提督!?すごい熱じゃない…!病院へ…」

「…大丈夫。少し寝れば治るから」

「そんなはずないでしょ…いいから病院に…」

「お願い矢矧…」

弱弱しく見上げてくる綾の目を見るとなんだか断りにくい。

「でも…」

「大丈夫だから…お願い…」

「…もう!わかったわよ!」

あきらめて綾の言うとおりに車に乗せて寝かせる。


三時間ほど眠った頃、だんだんと熱も下がってきて綾が目を覚ます。

そしてその後綾は車の窓の外をぼーっと眺めている。

矢矧はその横顔をずっと眺めている。


何事もなく鎮守府まで戻った。


車を降りると、夕立が綾を見つけて声をかけてきた。

夕立「てーとくさんおかえりっぽーい!」

綾「ただいま。夕立ちゃん」

夕立「いったいどこ行ってたの?っぽい」

綾「あー…野暮用でね」

夕立「ぽい?」

綾「とりあえず執務室に戻るから一緒に来る?」

夕立「行くっぽい!」


矢矧もその後ろについていく。

少し不安そうな顔をしながら。


「てーとくさん遠征行ってきたんだよ!報告書!出すっぽい!」

そういっていつもの報告書を提出する。

「ん。確かに」

一通り目を通して受理する。

「なんだかてーとくさん顔色悪いっぽい?」

「え、そう?」

「なんか少し青白いっぽい!」

そういって綾のほっぺを触る。

「い、いやぁ。大丈夫よ。心配いらないわ」

「ならいいっぽいけど…」

「さあさゆっくり休んでらっしゃい」

「了解っぽい」


何とか悟られないうちに夕立を入渠させる。

「提督…あまり無理はしないで。貴女だって消耗しているんだから休んで」

「大丈夫だよ、矢矧。遅れた分取り返さなきゃ」

無理して笑って作業を続ける。


一時間ほど何も言わずに作業を続けているが明らかに顔色はよくない。

矢矧はやはりどうしても休ませたい。

「提督、お願い休んで」

「大丈夫よ」

いつもの通りの返事しか返ってこない。

「提督…!いいから休んで!」

肩をつかんでこちらを向かせる。

「や、矢矧…?」

「提督…お願いだから休んで!!貴女の命は貴方だけのものじゃないのよ!」

いつになく強く綾に言う。

「えと…その…」

いきなりのことで綾は戸惑っている。

「今日の仕事はやれるものは私が片付けるから、休みなさい…!」

「でも…」

「貴女が倒れたら皆が悲しむし鎮守府の機能が止まるのよ!お願いだからあまり心配をかけさせないで…!」

若干目に涙を浮かべながら話している。

「…わ、わかったよ…矢矧」

流石に矢矧にここまで言われると折れざるを得ない。

「本当に…?」

「よかったわ…本当に…」

膝から崩れ落ちて綾に抱き着くような姿勢になってしまう。

「矢矧…」


そのまま執務室の隣の部屋にあるベッドに綾を寝かせて矢矧は自分で出来る執務を終わらせていく。

「これは…一度目を通してもらわないと困るわね…」

「これは…大丈夫ね」

執務がひと段落したところで綾の様子が気になってそーっとドアを開けてみる。静かな寝息を立てて眠っている綾がいた。


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2019-10-24 13:38:00

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2019-08-23 22:47:01

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2019-03-29 00:57:23

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1: 戦国小町 2018-10-23 21:00:16 ID: S:NENPVU

続き気になります。
どんな展開になっていくのか楽しみですね

-: - 2018-10-24 20:06:55 ID: -

このコメントは削除されました

3: SS好きの名無しさん 2018-11-23 17:19:53 ID: S:nZ-ukO

鎮守府内に在住してる訳じゃないのかー

4: SS好きの名無しさん 2019-08-23 17:54:19 ID: S:WBm7wm

下手に助けるべきはなかったね。
印象最悪と言うならば拘束してるときに
あのくそ提督の鎮守府を見て周りその後に処理するのが正解だった。
わざわざ敵さんが口実くれたのに無駄に
してしまったね。大体さ。録に抵抗もなく拠点が落ちるわけない。援軍の要請もない時点で可笑しい案件。

5: 氷雨凛鈴華(こけこっこ 2019-08-24 15:40:15 ID: S:-wUyhJ

コメントありがとうございます。
ご指摘嬉しいです!参考にさせていただきます


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-: - 2018-10-24 20:07:49 ID: -

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