フネと娘
とある鎮守府の小噺
満点の青空の下。
子供たちの楽しそうな声が広場に響いている。
それに混じった女子の声も。
「待て~!」
どうやら鬼ごっこをやっているようで緑色のきれいな髪の娘が子供たちを追いかけている。
子供たちの中にも、黒髪だけではなく銀髪や紫色の髪の娘もいる。
「逃げるのです!」
ある一人の娘の号令で皆が散り散りになって逃げ始める。
「いろいろ考えるなぁ…。でも全員捕まえるよっ!」
緑髪の娘もターゲットを決めて次々捕まえていく。
鬼は緑髪だけではなく茶髪の娘も一緒になっている。
「行きますわ~!」
「早くいくよ」
「わかってるわよー!」
逃げるほうも簡単には捕まるまいと木の陰や建物をうまく使って逃げていく。
十分ほどで半分ほどが捕まった。
「お姉ちゃん速すぎ…」
「やっぱまだまだだな~」
とある少女が茶髪の鬼から逃げている。
「待ちなさ~い!」
「もう来てる!?」
その瞬間少女が木の根元に躓いて転んでしまった。
「いったっ…」
「だ、大丈夫ですの!?」
「あ、お姉ちゃん…うん少し擦りむいただけだから…」
膝らへんから血がにじんでいる。
「ごめんなさい…いま消毒液もばんそうこうも持ってませんの…とりあえず水で流してから医務室に連れて行きますわね」
「あ、ありがとうお姉ちゃん…」
「いいんですのよ」
少女をお姫様抱っこで抱きかかえて水道へ走り出す。
「少ししみるかもですわ」
軽く水で傷口を流す。
少女は少し顔を顰めながらも我慢する。
「我慢…がまん…」
「よし。じゃあ医務室連れて行きますわ」
急いで医務室へ連れていく。
医師「あー…うん。普通の擦り傷だね。まぁほっといても大丈夫でしょ。念のため消毒でもしておく?」
「お願いしますわ」
ちょいちょいと消毒をして、医務室を出る。
「申し訳ありませんわ…」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん!」
二人が抜けている間に鬼ごっこも終盤に入っていた。
制限時間が迫っている上残り人数も少ない。
「見つけたぁ!!」
「やべっ…!」
隠れていた少年を鬼の緑髪の娘が見つけて追いかけっこが始まった。
しかし数分で鬼に少年が捕まってしまった。
「くっそおー!」
「ふっふーん」
「あと一人かな…」
あたりを見回す。が、一見何も見えない。
ふと、木の上を見ると残りの一人が登って隠れていた。
「みーつけた!」
「えっ!?」
驚いて踏もうとしていた枝を踏み外してしまう。
「嘘っ…!」
自由落下していく少女。
それを見ていた人間ならだれも助けることのできる距離にはいなかった。
しかし
少女の体が地面と接触することはなかった。
「ふいー…危ない危ない」
緑髪の鬼がお姫様抱っこで抱き抱えている。
「お姉ちゃん…?」
「危機一髪だったね。次からはあんなとこに登っちゃだめだよ?」
「はーい…」
そのまま皆が集まっている場所へ戻っていく。
「あちゃー…捕まっちゃったか」
「全員捕まったね…」
「悔しいー!」
「ふっふーん♪まだまだ負けるわけにはいかないよっ!」
段々と空が茜色に染まってくる。
「もうこんな時間…」
「帰らなくちゃ…」
「お姉ちゃんじゃーね!」
「はいはーい。またねー!」
手を振り合って子供たちは鎮守府の敷地から出ていく。
「楽しかったねぇ熊野」
熊野と呼ばれた娘が茶髪の娘だ。
熊野「ですわね。少しヒヤッとしましたけれど」
緑髪の娘は鈴谷、と言う名だ。
鈴谷「はぁ…少し寂しいかも」
熊野「しょうがないですわ。そんな遅くまでは遊んでられませんわ」
鎮守府の建物へと二人並んで歩いていく。
熊野「ここの医務室ってあんまり治療用の者おいてませんのね…」
鈴谷「そりゃ鈴谷たちは修復材で直せばいいしね~」
熊野「ああいうのがいるのは提督とかですものね…」
鈴谷「改めて普通の人とちょっと違うっての感じるねぇ」
熊野「ですわね」
鈴谷「そろそろご飯だし食堂いこっか」
熊野「ですわね」
食堂には何人かすでに艦娘がいて、食事をしていた。
鈴谷「何食べようかなぁ~」
熊野「今日の重油はいい味かしら…」
鈴谷「そんな変わんないって~」
トレーを取って注文をする。
そのままいったん席を取る。
鈴谷「ふぅ…」
熊野「もう疲れましたの?」
鈴谷「そりゃちょっとはつかれるよー」
五分程で料理ができて受け取りに行く。
鈴谷「いっただきまーす!」
熊野「いただきます」
鈴谷「おいしい~!」
熊野「いつものほっとする味ですわ」
鈴谷「重油もおいしいねっ!」
熊野「落ち着いて食べなさいな…」
鈴谷「ねぇ熊野」
ご飯を食べ終わった頃に鈴谷が切り出す。
熊野「なんですの?」
鈴谷「やっぱ私たちってあの子たちとは違うのかな…」
熊野「あの子…遊んでた子たちですの?」
鈴谷「そうそう」
熊野「そりゃあ…あの子たちは一般人。私たちは艦娘ですのよ?」
鈴谷「それはわかってるんだけどさ…」
熊野「何がわかんないんですの?」
鈴谷「やっぱあの子たちは怪我したら傷がついて治るのには時間がかかるんだよね」
熊野「それは、まぁ…人ですものね」
鈴谷「うーん…」
熊野「そんなに何を悩んでいるんですの」
ご飯を食べ終わった後熊野が聞く。
鈴谷「うーん…なんて言ったらいいんだろ…」
鈴谷「うん。しっかりあの子たちを守らなきゃ。今はそれでいいや」
熊野「ふむ…」
鈴谷が熊野と別れて、しばらくぶらぶらと歩いて、広場のようなところで歩く。
すると、翔鶴が少年と一緒に歩いていた。
鈴谷「あれ?翔鶴じゃん!」
翔鶴「あら、鈴谷…」
鈴谷「その子は…」
翔鶴「提督の親戚の子ですよ」
親戚の子は翔鶴の手をぎゅっと握っている。
鈴谷「仲いいねぇ」
翔鶴「ええ。素敵な子ですよ」
鈴谷「よろしくねっ!」
親戚の子「よ…よろしく」
鈴谷「結構…シャイな子だね」
翔鶴「…かもね」
翔鶴「じゃあ行きましょうか」
親戚の子がこくりとうなづいて袖をつかむ。
鈴谷「じゃあね~」
翔鶴「また今度」
鈴谷「あの少年と翔鶴もしかして…」
少しあり得ない想像してみる。
鈴谷「まぁ…あり得ないよね。年の差すごいしね」
次の日、鎮守府に警報が流れる。
鈴谷「警報…」
館内のアナウンスで詳細が伝えられる。
「敵大艦隊発見!高速で接近です!」
「皆さん戦闘配置についてください!」
鈴谷「急がなきゃ…」
鈴谷が艤装を付けて湾内に出たとき、すでに港湾内では火災が発生していた。
時間の無駄の極みだった